「仮定が現実の物となった。因果な物だな。提唱した本人が実験台とは」
「では、あの接触試験が、直接の原因という理由か」
「精神崩壊。それが接触の結果か」
僕は僕で僕
(114)
「しかし残酷なものさ。あんな小さな娘を残して自殺とは」
「いや、案外、それだけが原因では無いかも知れんが」
2005年、ドイツにある、とある墓場。
喪服の男達は、遠目に見える少女、母を失った少女を肴に、めいめい勝手なことを口にしていた。
一番辛いのは誰かも知らずに、一番悲しいのは、泣きたいのは誰かも知らずに。
少女の名は、アスカ。
そう。御察しの通り、惣流・アスカ・ラングレー、4歳時の出来事であり、記憶の片隅にある思い出である。
話を戻す。
男達の視線を余所に、アスカは、見知らぬ小母さんから話しかけられていた。
「偉いのね、アスカちゃん。いいのよ、我慢しなくても」
悲しみに脆いのか、小母さんはハンカチで顔を抑え、溢れる涙を拭っていた。
だが、アスカは淡々とした表情、無機質とも取れる表情で、母の死を悲しむ小母さんを見つめていた。
そして、スッと小母さんから目を逸らすと、真正面、母の墓標を見つめながら、芯のこもった口調で答える。
「いいの。私は泣かない。私が泣いたって、ママは喜ばないから」
その言葉に感極まったのか、小母さんは、アスカの肩を包み込むようにして抱き締めた。
「いい子ね、アスカちゃん」
唐突な小母さんの行動に眉一つ動かすこと無く、幼子のアスカは真摯な瞳で思考する。
(ママを喜ばせてあげるの。
沢山、沢山、喜ばせてあげるの。一杯、一杯、笑えるように、喜ばせてあげるの。…もう、泣かなくてもいいように。)
<シュミレーションプラグ内>
時は戻り、2015年、ネルフ。
弐号機のシュミレーションプラグ内。
今日もネルフでは、相変わらずのシンクロ試験が行われていた。
-珍しいわね。波形パターンが乱れてるわよ。-
プラグ内に届いたミサトの声に、アスカは苛立たしい想いを押し殺した声で答える。
「…わかってるッ」
無愛想な表情で答えたアスカは、膝の上に肘をつき、左の眉の上を左の中指で抑えながら思考する。
(今になって思い出すなんて…らしくない。らしくないじゃない、私。)
過去を思い出した自分、過去を振り返った自分、過去を垣間見た自分に対しての思考であった。
そして、僅かな時間が流れると、アスカはモニターに映るマユミの姿を見る。
静かに、穏やかな表情で集中するマユミを瞳に映すと、アスカは淡々とした表情でポツリと呟く。
「なぁに、やってんだか…」
<試験場、制御室>
子供達の映ったモニター、シンクロ作業を補助する機器の作動音、職員達が上げる報告の声。
それらが混じり合った中、ミサトは、作業を進めるリツコへと話しかける。
「アスカの調子、どう?」
「全く駄目。上がらないわ。…山岸さんといいい、アスカといい」
ミサトの言葉に`ため息´混じりに答えると、リツコは腕組みし、モニターを見つめながら思考する。
(アスカに関しては、それなりのプライドを持って乗っているから、問題は大きくは無い。…この場合、山岸さんを優先させるべきかしら?)
リツコはチルドレン達のシンクロ値、特にマユミのシンクロ値に、危惧の念に似たものを感じていた。
昨日から、一向に上がる気配を見せず、それどころか下がる気配さえも見せる値に対して。
そうこうして、思考が達したのか、軽く吐息を吐き出すと、側にいるマヤへと指示を下す。
「山岸さんのシンクロ領域を、コンマ3、下げてみて」
リツコの指示とは、汚染区域限界まで擬似的な精神負荷をかけ、
そこから、自己の精神が持つ、resist領域的なものを引き出そうという試みであった。
だが、それには危険が付き纏うものであり、そのことを把握しているマヤは、戸惑い混じりの表情で訊ね返す。
「これ以上は、汚染区域ギリギリになりますが」
「危なくなったら中止するだけよ。マヤ、下げて」
「…はい。了解です」
作業する手を休めること無く、マヤは思考する。
(先輩の言うことも理解出来る。
でも、納得がいかない。何かを犠牲にして、代償を支払ってまで試すような試験じゃない…と思う。)
だが、結局はマヤには何も出来ない。
立場も、実力も、リツコには到底及びつかないことを知っていたから。
淡々と進む、テストという名の実験。
そんな中、二人の会話を横目で窺っていたミサトは、真摯な眼差しを見せながら思考する。
(危険な要素を含んだテスト。…これって、ある種の人体実験ね。)
ミサトは思考を中断させると、フッと息を吐き出し、自嘲するような表情を見せて思考を繋ぐ。
(…人のこと言えたガラじゃないか。)
<喫煙所>
人気の無い喫煙所では、テストを終えたミサトとリツコの姿があった。
ミサトはガラス張りの壁にもたれるようにして立ち、リツコは近くの椅子に腰を下ろし、先程の疲れを取っていた。
外の景色を淡々とした表情で眺めるミサトに、リツコはチラッと覗き見るようにしながら話しかける。
「アスカと山岸さん、二人に何かあった?」
「シンジ君の記憶、と言いたい所だけど、違うわね。あれから結構日も経ってるし、その兆候が今になって表れる筈無いもの」
「皆目見当つかない?…保護者失格ね」
ミサトの言葉の意を悟り、リツコは皮肉混じりに答える。
皮肉を感じ取ったのか、ゆっくりと視線をリツコの方に向けると、ミサトは真剣な眼差しを見せながら口を開く。
「もともと保護者失格だったのかも知れないわ。実際、保護の名を冠した監視活動なんだから」
ミサトの神妙な言葉に重苦しい雰囲気を感じ、リツコはなるべく陽気に振舞えるよう、話題を選んで話しかける。
「あら、でも、青葉君は違うわよ。彼は保護者活動を、自ら勤(いそ)しんでやってるもの」
「彼は大いに私情を挟んじゃってるでしょ。…私みたいに、どっかで線を引いちゃって無いし」
ミサトは、作戦部長と保護者の板挟み状態であることを、素直に告げ、苦笑して見せた。
そして、リツコの言葉、話題に解(ほぐ)されたのか、ミサトは微笑み混じりに言葉を繋ぐ。
「そう言うリツコの方はどうなの?霧島さんと上手くいってる?」
「私?私と霧島さん?」
まさか自分に質問が来るとは思っていなかったのか、リツコは鳩が豆鉄砲を食らったような顔を見せていた。
その表情を楽しむかのように微笑むと、ミサトは訊ねる。
「案外、私と似たり寄ったりだったりして♪」
「そうね。そう…」
かもしれないわね、と言葉を繋ごうとしたリツコであったが、何か含む所があったのか、唐突に考える仕草を見せた。
突発的なリツコの仕草に、ミサトは不思議そうな表情で訊ねる。
「どしたの?急に」
その問いに、リツコは優しげで穏やかな微笑を浮かべながら答える。
「今朝、霧島さんから聞いたんだけど。…子供が、産まれるそうよ」
「…へ?こども?う・ま・れ・る?」
唐突で、衝撃的な言葉に、ミサトは呆気に取られた表情を見せた。
そして、ゆっくりと事の次第に気づくと、悲鳴とも雄叫びとも取れる驚声を上げる。
「こ、こ、こ、こ、子供が産まれるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅッ?!」
あまりの声の大きさに、リツコは顔をしかませると、苦笑混じりに話しかける。
「そう、子供。愛すべき我が家族、チクワ嬢の子供がね」
「は?」
リツコの言葉を勘違いしていたのか、理解出来ないのか、ミサトは訝しげな瞳でリツコを見つめた。
その視線に気づき、リツコは楽しそうに微笑みながら答える。
「あら、覚えてないの?あんなにチクワのこと、お祝いしてくれたのに」
「チクワ?…ああ、彼女のこと」
ようやく話の内容を把握したミサトは、以前の出来事を思い出した。
猫とリツコの妊娠を勘違いし、お祝いのパーティを催したときのことを。
そのことを思い出すと、ミサトは微笑を浮かべ、先程とは打って変わったような落ち着いた口調で訊ねる。
「彼女、もうそろそろなんだ」
「ええ。どんな子が産まれてくるか、楽しみだわ」
そう言って、優しげな微笑を浮かべるリツコであった。
ミサトは、いつにないリツコの表情を見ると、柔らかな口調で話しかける。
「リツコってさぁ、そうしてると…」
そこまで口にしたミサトは、何かを思ったのか、途中で言葉を切った。
言葉を切ったことに対し、リツコは訊ねる。
「そうしてると、何?」
リツコの問いに、ミサトは苦笑しながら答える。
「…なんだか母親になったみたい、って思ったの」
その言葉を聞いたリツコは、照れ臭そうに、それでいて寂しそうに微笑むだけだった。
<女性用化粧室>
「くっ…」
洗面所前では、アスカが下腹部を抑え、苦しそうな呻き声を発していた。
目の前に映る自分の顔、苦悶の表情を瞳に映すと、アスカは嫌悪の感を露わにしながら口を開く。
「女だからって、何でこんな目にあわなきゃいけないのよ。子供なんて絶対いらないのに」
そうアスカが口にした瞬間であった。
ガチャッ。
不意に女子トイレの扉が開いた。
その音に気づき、アスカは怪訝な表情を見せながら扉の方を向いた。
「子供、嫌いなの?」
用を足しに来た、マナの姿であった。
マナは淡々とした表情でアスカの隣に立つと、洗面所の手洗い口に手をかざした。
すると、蛇口に備えられた自動センサーが反応し、水が流れ落ちてくる。
マナは丁寧に手を洗いつつ、鏡越しにアスカを見つめながら話しかける。
「私は好き。…それに、罪が無いのに憎んじゃ可哀想だもの」
「物好きなのよ。マナは」
アスカは鏡から目を背けるようにして立つと、若干の揶揄を込めながら話した。
その言葉に苦笑すると、マナは蛇口から手を離し、穏やかな微笑を見せながら口を開く。
「そだね。そうかも知れないし、そうありたいと思ってたりするけどね」
「馬鹿じゃないの?」
「なんか刺あるねぇ。」
言葉に辛辣なものを感じると、マナはポケットからハンカチを取り出し手を拭った。
そして、アスカの下腹部へ視線を向けると、思い出したように言葉を繋ぐ。
「…まさか、痛みが酷いとか?お薬分けたげよっか?」
「そ、そんなんじゃ無いわよ」
マナの視線に、アスカは恥かしそうに顔を赤くしながら答えた。
そんなアスカの表情に、マナは優しげに微笑みながら話す。
「ならいいけど」
そう話したマナは、ポケットへハンカチを直しながら言葉を繋ぐ。
「あ、そうそう。もう直ぐ、チクワちゃんが母親になるの知ってる?」
「チクワ?…ああ、リツコの猫ね」
「様子、見に来ない?」
「見に…って、今から?」
唐突な誘いの言葉に、アスカは多少返答に困ったような表情で答えた。
だが、マナはそんなアスカの表情など気にせず、陽気な声を上げる。
「無論、勿論、はい、それロン♪善は急げで、ホホイのホイ♪」
マナはガシッとアスカの手を掴むと、小粋な鼻歌混じりに歩き始めた。
そんな突発的な行動に、アスカは戸惑いの表情で声を上げる。
「ちょっ、ちょっと、マ?!」
だが、アスカは言葉を途中で切った。
アスカは引っ張られる手をそのままに、ゆっくりと真剣な表情を見せると、俯(うつむ)き加減に思考する。
(ま、いっか。…なんか、マユミと顔合わせたくないし。)
<エレベーター前>
ネルフ内、エレベーター前に少女が一人。
学生服の姿のマユミである。
テストとを終えたマユミは、帰宅の途につく為、学生鞄片手に、エレベーターが到着するのを待っていた。
だが、マユミは、エレベーターに目を向けること無く、俯(うつむ)き加減に思考する。
(結局、あれから口を聞いて貰えない。…気に障ったのなら、謝るのに。)
マユミの思考は、アスカのことだけを考えていた。
数日前、アスカに言われた言葉、その後のアスカの態度を気にして。
そこへ、エレベータの到着した音が響く。
その音に、ゆっくりと顔を上げると、マユミはエレベーターに乗り込もうとした。
しかし、途中で足を止めてしまった。予想外な、意外な人物に出くわしてしまった為に。
「あ…」
マユミは小さく声を上げると、瞳に赤い瞳の少女を映した。
赤い瞳の少女、レイは、マユミを一瞥すると、淡々とした表情で話しかける。
「乗る?」
「は、はい」
戸惑いながも了承の言葉を口にすると、マユミはエレベーターに乗り込んだ。
長い沈黙の間(ま)。
言いようの無い、長い、長い沈黙が二人の間に流れた。
もともと寡黙なマユミと、それ以上に寡黙なレイ。沈黙が流れない方が不思議というものでもあるが。
このまま沈黙したまま、目的の階に着くかと思われたが、
唐突、長い沈黙の空気からして、唐突と感じられる程の間合いで、レイが、マユミのを方を向くこと無く話しかけてきた。
「心を開かなければ、エヴァは動かないわ」
「心?…エヴァは人の心を理解するんですか?」
唐突に話しかけてきたレイに驚いたものの、それ以上に話の内容に驚いたのか、マユミは不思議そうな面持ちで訊ねた。
その問いに、レイは言葉少なめに答える。
「そう。エヴァには心がある」
「四号機にも、ですか?」
「人の全てに心が在るように、エヴァの全てに心が在る。…分かってる筈よ」
マユミの問いに、レイは静かに、落ち着いた口調で答えるだけであった。
その言葉に、マユミは思考を巡らすかのように呟く。
「こころ…」
そう呟き、僅かな時間が流れると、マユミは、何故レイがこんな話をしたのかを訊ねる。
「もしかして、私を気遣ってくれてるんですか?」
だが、レイはその問いに素直に答えず、淡々とした表情で、自分の想いを口にするだけだった。
「心を理解すれば、きっとエヴァも理解してくれる。そして、それはエヴァに限ったことじゃない…」
チン。
そこまでレイが口にした所で、エレベーターは止まってしまった。
「着いたわ」
「あ、はい」
レイが降りるのを促しているように思えたのか、マユミは慌て気味にエレベーターの外に出た。
マユミが降りたのを確認すると、レイは開閉スイッチを操作した。
「あ、あのッ」
ゆっくりと閉じるエレベーターの扉へ、中に居るレイへと、マユミは何かを告げようとしたのか、声をかけた。
しかし、無情にも扉は閉まってしまった。
ガクン。
マユミの瞳には、下降するエレベーターの点灯表示が映るだけだった。
そのことを把握すると、マユミは静かに踵を返し、歩き出しながら小さく呟く。
「ありがとうございました。…綾波さん」
<ナオコの研究室>
カタカタタ。
キーを叩く音が、ナオコの研究室に響いていた。
音の主は、先日、リツコの助手の経験を終えたばかりのコダマである。
実際、先の経験は、コダマにとって刺激のあるものであった。
未知の知識、未知の素材、それらを含めた未知の体験を過ごせたのだから。
そして、コダマは、その経験を忘れるまいと、端末へ、事細かと記録している所であった。
「ちぃーッス。洞木さん、居る?」
コダマが入力作業を進めていると、聞き慣れた男性の声が聞こえてきた。
その声に気づくと、コダマは席を立ち、振り返りながら答える。
「あ、はい」
振り返ったコダマの瞳には、何度か作業を手伝って貰ったことのある人物、青葉の姿が映っていた。
コダマは小走りで青葉の元に行くと、微笑みながらサクッと答える。
「赤木博士なら留守です。司令室に行ってますよ」
その言葉に口元だけで微笑むと、青葉は言葉をつなぐ。
「洞木さんって呼んだろ。君に用があるんだよ。時間、ちょっといいかな?」
「え、あ…、構いませんけど」
青葉の言葉に、コダマはチラッと室内の時計を見ると、了承の言葉を口にした。
コダマの了承を確認すると、青葉は親指で廊下を指差しながら話しかける。
「じゃ、場所を変えて話をしようか」
自販機前。
以前は、加持が多用していた場所である。
青葉はそれを知らずして、コダマをこの場所へと導いた。
しかし、青葉は、この場所が密談をするには適した場所だと知っていた。
監視カメラも無く、物陰も少ない、つまりは人に覗かれる不安が無い。
ネルフ内にあるにしては、なんとも好都合な場所だったのだと、最近になって気づいたのである。
青葉とコダマは適当な飲み物を買い、長椅子に腰を下ろすと、軽い談笑を交えた。
そして、幾許かの時間が経過すると、青葉はコダマを誘い出した目的でもある、黒いマイクロチップをポケットから取り出した。
青葉は、それをコダマに差し出しながら話しかける。
なるべく普段と変わらない、穏やかな口調で。
「これ、上に内緒で、赤木博士にも内緒で調べて貰える?」
「チップ…ですね。これが何か?」
「何かって言われても、俺も良く分かんないんだよな」
「それで私に調べろと?」
「話が早くて助かるよ。
組み込んで立ち上げた途端、パスを要求されるから、そのパスを解析して欲しい」
「はぁ…。でも、その程度の作業でしたら、伊吹一尉の方が適任じゃないですか?実力も私とダンチ(段違い)ですし」
コダマの言うことも尤(もっと)もであった。
実際、同じオペレータ職員として付き合いの長い、マヤの方が依頼しやすいであろうことは、単純に推測できる。
その言葉を聞き、青葉は短く微笑むと、肩の力を抜き、背もたれにもたれかかりながら答える。
「それも、考えなかった訳でも無い。でも、マヤは駄目だ。上を信頼し過ぎてる。…組織として見れば、それが正しい事なんだろうけど」
「上の方達、嫌いなんですか?」
「嫌いじゃないさ。…ただ」
「ただ?」
「気に喰わないだけさ」
そう答えると、青葉は、せせら笑うような自嘲するような表情を見せて思考する。
(14歳の少女に`死ね´と指示する…そんな連中が好きになれるかッ。)
だが、そんな苛立ちにも似た思考は、コダマの言葉によって遮られる。
コダマは微笑みながら、隣に座る青葉へと話しかける。
「面白い人ですね、青葉さんって」
「それって誉めてる?」
思考を中断させた青葉は、苦笑混じりにコダマへ訊ねた。
コダマは満面の笑みを見せながら答える。
「勿論、誉めてますよ。一尉の肩書きを持ちながら、上層部批判を出来る人って、そうそう居ませんから」
その言葉に小さく笑うと、青葉は両手を擦り合わせ、冗談混じりに話しかける。
「批判したことは内密にね。流石に飛ばされちゃうのは怖いからさ」
「あはは。明日辺り、上海辺りに飛んじゃってたりして」
「おいおい」
(…思ってたより、楽しい子だな。)
コダマと会話を交え、依頼すべきものを託した青葉は、そんな思考をするに到っていた。
そうこうして、何気に付近にあった掛け時計を見ると、青葉は口を開く。
「…と、こんな時間か。じゃ、俺行くよ。
パスが解析出来たら、俺の携帯に電話くれる?番号は…君なら調べられるか」
「お茶の子サイサイです♪」
「頼もしい限りで」
コダマの陽気な返事に、青葉は苦笑しながら答えると、そのままの表情で言葉をつなぐ。
「じゃ、くれぐれも内密にね」
「了解です」
青葉の言葉に、ピシッと敬礼して答える、トコトン陽気なコダマであった。
一人、歩き出した青葉は、無機質な廊下を眺めながら思考する。
(餅は餅屋。俺は俺の出来ることをすればいい。)
そんな思考をした青葉は、誰に言うことも無く、唯、呟く。
「俺の可能性。…可能性、か」
<司令室>
「これが君の見解かね?」
ナオコの作成したレポートを手に、冬月は怪訝な表情を見せながら話しかけていた。
話しかけられた人物であるナオコは、腕組みし、少し冷めた表情を見せながら答える。
「楽観的、と言われれば、それまでの見解ですが、これが私の結論です」
現状での、シンジと第十一使徒に関する報告。
それが、ナオコが司令室を訪れた理由であった。
そして、その報告書には、記憶喪失及び嘔吐感を含めた上でのナオコの結論が書かれていた。
二人が会話を進めていると、それまで報告書を読んでいたゲンドウが口を開く。
「シンジは人だと?」
「希望的推測と祈事的予測が、多々含まれてますけど」
「君らしくない見解だな」
自らの意思が混入された報告書、それを伝えたナオコに対し、冬月は率直な意見を口にした。
その言葉に、ナオコは冷めた微笑を浮かべながら答える。
「そうかも知れません。ですが、私は彼を殺すことを由(よし)としませんので」
「…それが本意か」
ゲンドウの言葉を聞き、ナオコは`ゆっくり´と優しげな表情を見せると、静かな口調で答える。
「シンジ君は、とても純粋な子ですよ。…ユイさんに似て」
「だが、その純粋さは罪でもあった。それが初号機であり、エヴァという結末だ」
冬月の言葉。
その真摯なまでの言葉は、周囲の人物を沈黙させてしまった。
長い沈黙が流れる。
だが、このまま沈黙する訳にもいかず、ナオコがゲンドウを見据えながら口を開く。
「…もし、もしもシンジ君が使徒だとしたら、どのような処遇を与えるおつもりですか?」
その言葉に、ゲンドウでは無く、冬月が訊ねる。
「その可能性が有るのかね?」
「第十一使徒が精神的・物理的融合過程を、現時点で完全にクリアしているとするならば…いえ、飽くまで、仮定の話でした」
「仮定の話にしては、良く洞察している」
「最悪且つ、不本意な洞察ですわ」
冬月の皮肉とも取れる言葉に、苦笑の表情で答えるナオコであった。
二人の会話を聞いていたゲンドウは、報告書をテーブルに置くと、ナオコへと話しかける。
「話は了解した。下がってくれて構わん」
「私の質問への返答がまだです」
そのナオコの言葉に短く微笑むと、ゲンドウは真摯な眼差しをサングラス越しに見せ、重い口調で話し始める。
「シンジはシンジだ。
しかし、使徒だと認識したならば、それはもうシンジでは無い。…使徒だ」
<リツコ宅>
キッチンの片隅のダンボール。
底に暖かそうなタオルケットが敷かれたダンボール、それが、チクワの居住先であった。
「大きなお腹ね」
アスカの口にした言葉は、猫のチクワの現状を素直に表現していた。
その言葉を聞き、アスカと同じように中腰になり、ダンボールの中を覗き込んでいたマナが、微笑みながら答える。
「もう時期だからね」
「で?」
「で?って何が?」
何故ここで疑問符が出るかの疑問に思ったマナは、不思議そうな面持ちで訊ね返した。
その問いに、アスカは少しムッとしたような表情で答える。
「その手に持ってるものは何?!ってことよ」
「あ、これ?これは、文化人類学上、墨汁って言われる物。勉強不足だねぇ〜」
「へぇ〜、初めて知ったわ。これが文化人類学的にいう墨汁なのね。って、違〜うッ!!」
マナの冗談に乗せられたアスカは、苛立たしげに声を上げ、スクッと立ち上がった。
そして、マナが手にした墨汁を睨みながら言葉をつなぐ。
「何で墨汁を持ってんのか、それを訊いてんでしょッ!」
「なはは。そーでした」
あっさりとした笑いで答えると、マナは台所の奥へと案内するように手を広げながら言葉をつなぐ。
「台所の奥を御覧下さ〜い♪」
「げッ」
マナの示した方向を見たアスカは、驚きの呻き声を上げた。
だが、マナはそんな呻き声など気にせず、陽気な声を上げる。
「第弐弾!ってな感じで、一筆宜しくね〜♪」
その瞬間であった。
平穏の空気を切り裂くようなサイレンが鳴り、第三新東京市全域にアナウンスが流された。
-第三新東京市全域に非常警戒態勢が発令されました。
市民の皆様は、速やかにシェルターへと避難を開始して下さい。繰り返します。-
短し平和の終りを告げ、戦闘を告げるアナウンスが苛辣に響いた。
そのアナウンスを聞き、アスカとマナは、過酷な現状を知った瞳で静かに呟く。
「使徒」
「…まだ来るの?」
つづく
あとがき
リツコとミサトの会話部分は、危うく似た展開にする所でした。(汗)
前回はリツコだったので、今回はマナ、ってな感じで。(笑)