日本重化学工業共同体。

躍進するゲヒルンという組織に対抗し、日本の工業系企業が発足させた団体である。

2005年、時田シロウは日本重化学工業共同体の一員として、JA建造計画の任についていた。

 

 

 

僕は僕で僕

(112)

 

 

 


 

「どうですか?このプラン。是なら、ゲヒルンが建造している奴にも、引けは取らないと思いますが」

時田は開発課から上がってきたJAの設計図を手に、此処ぞとばかりに力説していた。

場所は日本重化学工業共同体、重役室。

だだっ広い部屋には、時田とその上司しか居ない。

時田の言葉を受け、その上司は、綿密に作成された設計図、机の上に置かれた設計図を渋い表情で見つめ、言い難そうに口を開く。

「…大胆過ぎやしないかね。是だけ巨大な物を製造するとなると、極秘裏に事を運べんだろ?」

上司の問いに、時田は真剣な表情を見せて答える。

「ですが、是が開発課の総意ですし、私自身、これしか手が無いと思っています」

だが、時田の意見は、上司の苦虫を潰したような顔から紡ぎ出される言葉によって退けられる。

「このような物に予算は通らんだろうし、組めんよ。…それにだ。既に戦自も動き出しているという噂もある」

「しかし」

言葉少なめに口を挟む時田の胸中には、焦りにも似た思いが渦巻いていた。

このままでは、ゲヒルンとの間に、決定的な技術力の不均衡が生じるやもしれない。

その不均衡は、今後の活動に支障をきたす域に達するやもしれない。

そんな危惧のような念が、時田の胸中に去来していたからである。

ピ、ピピ。

煮詰まったような雰囲気の中、机の上の電話が鳴り、上司は用件を聞く為、電話の内線ボタンを押した。

電話からは、秘書と思われる女性の声が聞こえてくる。

-専務。戦自の方から、お電話が入ってます。内線の八番をお使いください。-

「ああ、分かった」

そう言って、内線のスイッチを切ると、上司は時田に向かって話しかける。

「時田君、この話は当分の間、凍結だ。下がってくれたまえ」

(クッ…。)

時田は腹の奥で歯軋りしながらも、取り乱すこと無く、整然と一礼し、その場を後にする仕草を見せた。

退室出口へと向かう時田の背に、上司と戦自との会話が届く。

「あ、これはどうも。先日は大変失礼致しまして…は?時田を?…おい、時田君。ちょっと待ちたまえ」

「?」

今まさに退室しようとしていた時田は、怪訝の表情で振り返った。

だが、上司はその表情を気にすること無く、命令口調で話しかける。

「君に言伝だ。赤木という人が、明日、君に会いたいそうだ。予定、空けておけ」

「はぁ…」

力無く返答する時田の思考には、疑問の渦がとぐろを巻いていた。

(戦自が?私に?接待か?…謎だ。訳が分からん。)

 

 

<翌日>

 

オフィス街近くにある喫茶店に、時田と赤木という女性が座っていた。

赤木という女性、彼女は紛れも無く、以前までゲヒルンに勤務していたナオコであった。

なぜ、彼女がここに居るのか?

その答えは簡単である。

ゲヒルン退社後、ナオコは戦自と手を組んだ。

それだけである。

 

目の前に座るナオコを、時田は上目づかいに窺い見ながら思考する。

(赤木。…女だったのか。)

戦自という関連もあってか、男と会うものだと思っていた時田は、肩すかしを喰らったような印象を受けていた。

だが、それを表情に出さぬよう、時田は取り繕ったような愛想笑いを浮かべて話しかける。

「あの…、単刀直入にお訊きしても?」

「ええ、どうぞ」

「なぜ、戦自の方が私なんかに?私は大した役職じゃありませんし…」

時田の言葉に、ナオコは小さな含み笑いを浮かべると、手許の珈琲カップを撫でながら答える。

「私はね、現場の人間が好きなの。上で指図するだけの人じゃなくって、額に汗して頑張る人の方がね」

「はぁ…そいつはどうも」

褒められるのか、貶されてるか、判断に苦しむ言葉に、時田は納得のいかない面持ちを見せるだけだった。

時田は珈琲を啜りつつ、観察するような眼差しでナオコを見つめながら思考する。

(何なんだ…?一体全体。)

そんな思考をした瞬間であった。

「…そう言えば、ジェットアーロンの図面、見せて貰ったわ」

「ぶぼッ!!」

不意打ちのようなナオコの発言に驚き、時田は口に含んだ珈琲を噴き出してしまった。

しかし、時田の驚きも当然である。

社外秘、それも極秘レベルに関することを、サラリと言ってのけたのだから。

「内調を甘く見ないことね。はい、ハンカチ」

驚く時田を尻目に、ナオコはバックからハンカチを取り出し、それを差し出しながら話しかけた。

ちなみに、内調とは、日本政府内務省調査部のことである。

「あ、すみません」

時田は申し訳無さそうにハンカチを受け取ると、膝についた珈琲を拭った。

何とも情けないような、みっともないような気持ちになりつつも、珈琲を拭き終えると、時田は手に持っていたハンカチに視線をやった。

時田の瞳には、珈琲色に染まったハンカチが映る。

「あの…洗って返しますので」

汚してしまったハンカチに、時田は、その言葉しか思いつかなかった。

時田の言葉を聞き、ナオコは少し考える仕草を見せた後、少し冷めたような微笑を見せながら口を開く。

「そうね。そうして貰えると助かるわ」

 

数分後。

ナオコの素性が、彼女自身の口により明らかにされた後、時田は素直な驚きの表情を見せて話しかける。

「いや、まさか、あの赤木博士だったとは」

「世辞はいいわ。話を続けましょ」

そう言って、次に続くであろう言葉を遮ると、ナオコは顎に手を置き、時田を見据えながら言葉をつなぐ。

「内部に小型のリアクターを装備、連続150日の連続使用が可能。作業用機械としては充分な出来だと思います」

「あ、ありがとうございます」

褒められると思っていなかったのか、時田は嬉々とした表情で感謝の言葉を口にした。

だが、その言葉は即座に意味の無いものになってしまった。

ナオコが、真摯な眼差しを見せながら口にした一言によって。

「ただし、それは飽くまで作業用機械として」

「ぐっ…。しかし」

「この程度じゃ、使徒…いえ、ゲヒルンのエヴァには勝てない。私が保証するわ」

力強く、ナオコは時田の声を真っ向から否定した。

実際、時田達が計画しているJAの出来には目を見張るものがあった。

だが、それだけであった。

日本重化学工業共同体の持つ技術力、計画力は認める。しかし、それに見合うだけの機体ではない。エヴァに勝てる機体では無い。

それが、ナオコの見解であったから。

時田はナオコの言葉を聞き、JAの事よりも、噂にしか聞いたことの無いゲヒルンの建造物、『エヴァ』という名称を持つものに対し、声を上げる。

「エヴァ?エヴァと言うんですか?ゲヒルンの巨大ロボットは?」

「ロボット…」

時田の言葉を聞き、ナオコは苦笑混じり呟いた。

そして、耳たぶの辺りを触りながら言葉をつなぐ。

「そうね。人の造りしモノとしては妥当な言葉ね。けどね、時田さん。あれはロボットでは無いわ」

「?」

意味が解らないといった顔を見せる時田に、ナオコは少し翳りのある表情で話す。

「あれ自体が意思を持ち、尚且つ人の意思を乗せているから」

「ロボットに意思…ですか」

時田の呟きを聞きながら、ナオコは思考する。

(機械として考えてた人間に、いきなり理解しろと言っても、どだい無理な話ね。)

そして、その言葉を最後に、二人は黙ってしまった。

時田はゲヒルンとエヴァのことを思考し、ナオコは喋り過ぎてしまった自分を反省して。

幾許かの時間が流れ、互いに沈黙が長すぎたと気づいた頃、ナオコが時田の瞳を見つめながら口を開く。

「…エヴァに勝てる機体、造ってみる気ない?」

「は、はいぃ?」

唐突な問いに、時田は素っ頓狂な声を上げた。

その声に苦笑しながらも、ナオコは瞳を逸らすこと無く話しかける。

「返事は、ハンカチを返す時にでも聞かせて頂戴」

 

 

<2008年、ゲヒルン>

 

だだっ広い所長室に男が二人。

所長であるゲンドウと、副所長の冬月の姿であった。

ゲンドウは口元に髭をたくわえ、所長という肩書きに似合うだけの威厳を見せており、
冬月もまた、それまでの苦労を偲ばせるかのように、皺(しわ)の数を増やしていた。

冬月は、横に座るゲンドウを窺い見るようにして話しかける。

「赤木君の娘さんが入所したそうだな」

「ああ。今、MAGI を見に行っている」

ゲンドウの返事を聞き、冬月は若干の皮肉を込めた口調で話しかける。

「代用品か?」

「違うな。…親子だ」

「碇からその言葉を聞くと、何とも希薄なものに感じるよ」

その言葉を聞き、ゲンドウは口元だけで笑って見せると、背もたれに寄り掛かるようにして話す。

「シンジは私の側に居ない方が幸せだよ。私の正体を知らずに済む」

親子という言葉に、ゲンドウは、別居している息子、シンジと自分の関係を照らし合わせていた。

ユイが初号機に取り込まれて以来、顔を会わせていない息子のことを思い出して。

そのゲンドウの言葉を聞き、冬月は若干の間を置いて答える。

「…世間の風聞など、気にする必要は無いと思うがな」

「違うな。事実、私は妻殺しだ。こうなる予兆を抱きながらも何も出来なかった…唯の愚者に過ぎん」

ゲンドウの言葉は、是までの世間の自分に対する評価、妻を実験を名目に殺したという批判を含んだものであった。

その言葉の意を知る冬月は、苦渋に満ちた表情で話しかける。

「碇、…あまり自分を責めるな」

「ああ、分かっている」

冬月の言葉に、ゲンドウは短く答えるだけであった。

 

この数年後、セカンド・インパクトの調査組織であったゲヒルンは解体される。

しかし、それは同時に『ネルフ』が誕生したことも言い表していた。

ゲヒルンという組織自体は、ネルフに引き継がれていた訳であるから。

 

 

<2012年、ネルフ>

 

「もぅ嫌…。此処どこなの?」

薄暗いネルフの本部の地下通路で、一人の新人女性職員が迷子になっていた。

彼女の名は、伊吹マヤ。

MAGI 建造計画の任に就く為、ネルフを訪れたのだが、複雑な通路を歩くうちに妖しげな場所へと迷い込んでしまっていた。

元々は侵入者を防ぐ為の通路でもある為、マヤが迷うのにも納得がいく。

「ううっ、出口…」

出口を探し、かれこれ数時間。

探せど、探せど、見つからぬ出口に、マヤは涙目を見せ、幼子のような小さな呻き声を上げていた。

すると、そこへ聞き慣れた声が届く。

「マヤ、居るの?」

「先輩?!」

先輩でもあるリツコの声に気づくと、マヤは嬉々とした表情で駆け出した。

そして、懐中電灯を持って周囲を見回しているリツコの姿を発見すると、マヤは力一杯飛びき、声を上げる。

「先輩、先輩、先ぱぁぁぁぁぁぃッ!!」

「ぐっ…。ちょ、ちょっと、マヤ。苦しい」

ベアハッグのような体勢で抱き絞められ、リツコは苦悶の表情で声をかけた。

そのことに気づき、マヤは慌てて力を緩めると、涙の乾かぬ瞳を見せて声を上げる。

「あ、すみません!でも、でも、でも!迷って、迷路で、暗くって、とっても怖かったんですよ!!」

マヤの勢いある話し振りに、リツコは苦笑しながら話す。

「言葉遣いが滅茶苦茶。…少しは落ち着きなさい」

 

数分後。

暗い通路を懐中電灯で照らし、発令所へと歩みを進める中、リツコは、白衣の裾を掴むマヤへと話しかける。

「MAGI のマニュアル、ある程度は理解出来た?」

「ある程度と言うか、半分程度しか理解出来て無いです」

幼子が母のスカートの裾を掴むかのように、リツコの白衣を掴むマヤは、多少申し訳無さそうな声で答えた。

そんな声の語気に気づき、リツコは柔らかな口調で話しかける。

「それだけ理解出来れば上等よ。早速立ち上げの準備作業に入るから、そのつもりでね」

「立ち上げって…そこまで進んでるんですか?」

「飽くまで、立ち上げの為の準備作業よ。流石に私一人じゃ限界があるから」

「そう、ですよね」

一区切り置いて答えたマヤは、MAGI の凄さ、リツコにすら限界があると言わしめたシステム構成に、息詰まるような思いを感じていた。

だが、その思いは一瞬にして消え去る。

「期待してるから、そのつもりでね」

リツコの期待。

尊敬している先輩からの期待に、息が詰まるような思いは、胸が躍るような思いに変貌してしまった。

リツコの言葉に、そんな思いを抱くと、マヤは頬を上気させながら答える。

「は、はい。頑張ります!」

健気な、それでいて無邪気なような返事に、リツコは穏やかな微笑を浮かべて思考する。

(…少しは楽になると、いいわね。)

 

 

<年代不詳、暗闇の会議室>

 

人類補完委員会、またの名をゼーレ。

ネルフを影で牛耳る者達の組織である。

その人員は13名から構成されており、ゲンドウも13番目の人員として名を連ねている。

 

薄暗い照明の中、議長であるキールが重い口調で話す。

「神は我々の手の内にある」

その言葉を皮切りに、ゲンドウを除いた11人のメンバーが次々に口を開き始める。

「神と等しき力を持つ存在、綾波レイも共にな」

「一つ目の素体はコアの形とし、二つ目は人の形とした。…罪深き行為だな」

「だが、我々に後戻りは許されない」

「この事実、碇が黙っておるまい?」

そこまで会話が進むと、キールが是までの言葉を退けるように、威圧的な話し振りで答える。

「無用の心配だ。碇は是まで通り、補完の道を共にする」

「…ゲノムのこと、彼女のこと、碇は知ってるのかね?」

キールの発言を聞き、甲高い声の男が疑いの眼差しをむけながら訊ねた。

その問いに、キールは言葉短めに答える。

「無論だ。碇には全てを話してある」

「その上で受け入れたか…。碇ゲンドウ、恐るべき男だな」

鷲鼻の男の言葉に、キールは重く低い声で話す。

「故に、我々と共にある」

 

 

<2015年、暗闇の会議室>

 

時は戻り、現在。

拘束された冬月の元へ、一人の人物が姿を見せていた。

 

「…君か」

突然、暗闇から差し込んだ光に目を細くしながらも、冬月は室内に入室して来た人物を確認した。

その人物は、この事件の実行犯である加持であった。

加持は、椅子に結び付けられていた冬月の両腕の紐を解きながら話しかける。

「御無沙汰です。外の見張りには、しばらく眠って貰いました」

「この行動は君の命取りになるぞ」

加持の行動、いわばゼーレを裏切る行動に、冬月は気遣いの言葉をかけた。

その言葉に、加持はいつもと変わらぬ、平静な表情で答える。

「真実に近づきたいだけなんです。僕の中のね。…よっと、解けました」

冬月は、自由になったことを確認するように両手を動かすと、ゆっくりと椅子から立ち上がりながら話しかける。

「それ故、私を利用した…か」

「危険に晒すつもりは無かったのですが、強硬手段に打って出るとは…正直、計りかねました」

「此処の連中は、そういう輩だよ」

「そのようで」

冬月の悟ったような言葉に、加持は苦笑のような笑みで答えると、出入口付近に視線をやりながら言葉をつなぐ。

「本部近くまでお送りします。あとは、諜報課の連中が上手くやってくれると思いますので」

「君はどうする?」

「デートの待ち合わせがありますので、其方に向かいます」

「…そうか。上手くやりたまえ」

言葉少なめに話しかける冬月は、加持が自らに迫る危険を予感していることに気づいていた。

その上で、今の言葉を口にしたのであった。

加持は、冬月の言葉に薄い微笑を見せながら答える。

「ええ、そのつもりです」

 

 

<ネルフ本部、隔離室>

 

「御協力、ありがとうございました」

椅子の上で膝を抱えるミサトの前では、諜報課の黒服の男が、IDと銃を差し出しながら感謝の言葉を口にしていた。

その言葉を聞き、拘束が解かれたと判断したミサトは、静かな口調で訊ねる。

「もういいの?」

「はい。問題は解決されました」

「彼は?」

「私は存じません」

諜報課の男の言葉に、ミサトは俯(うつむ)くようにして言葉を返す。

「…そう」

 

この時、ミサトの胸中には、嫌な予感が漂っていた。

最低な男が、最低な結末を迎えるような予感が…。

 

 

<夕暮れ迫る野原>

 

「ダダダダダッダァァァッ!」

迷彩服に身を包んだケンスケが、模型銃であるK9を片手に、野を駆け回っていた。

どうやら、一人でサバイバルゲームを楽しんでるようである。

「ぐぁッ!」

敵にやられたフリをしているのか、ケンスケは唐突に呻き声を上げ、仰向けに倒れこんだ。

ケンスケの瞳には、赤く染まり始めた雄大な空が映る。

夕空を瞳に映すと、ケンスケは妙に冷めたような口振りで呟く。

「…なんか、つまんねーな」

そんなことを呟いた後、ケンスケは体を横にし、周囲に生えていた雑草を力一杯握り締めながら思考する。

(シンジやトウジはエヴァのパイロット。…なのに、なのに俺はッ。)

思考と共に力一杯雑草を引き抜くと、ケンスケは自嘲するかのように呟く。

「へっ、最低だな、俺」

 

キキッ。

数分後、野営の為、ケンスケがテントの準備していると、車のブレーキ音が響いた。

その音を聞き、ケンスケはテント道具を地面に置くと、付近から双眼鏡を持ち出して思考する。

(車?…こんな所に珍しいな。)

ケンスケは腹這いの姿勢で双眼鏡を目に当てると、車から降りてきた人物を覗き見た。

(シンジの知り合いだよな。…確か、加持さんだっけか?)

野原付近にある巨大な換気口に立つ加持を、記憶の中に該当する人物だと判断すると、
ケンスケは付近にあった模型銃を手に取り、燃えるような眼差しを見せながら呟き声を上げる。

「距離五百、只今より監視活動に入る」

 

それから数十分後。

加持にも、ケンスケにも何も変化は訪れていなかった。

ケンスケは変化しない事態に飽きてきたのか、欠伸をしながら思考する。

(ったく、何だよ。さっきから突っ立てるだけじゃんか。…止めっかな、そろそろ。)

そう思った瞬間であった。

遠くから車のエンジン音が聞こえてきた。

「!」

エンジン音に気づいたケンスケは、妙に興奮した表情を見せ、乾いた唇を舌で舐めながら思考する。

(状況に変化あり!監視任務を続行する!)

 

そんなケンスケの思考通り、加持の元に変化が訪れた。

車は加持の近くで止まり、そこから見慣れぬ黒服の男が二人、降りてきたからだった。

加持は黒服の男達を瞳に映すと、薄笑いを浮かべた表情で話しかける。

「よぉ、遅かったじゃないか」

そんな加持の言葉を無視し、黒服の男達は懐から拳銃を取り出した。

 

「!」

黒服の男達と加持の行動を見つめていたケンスケは、驚きの瞳を見せて思考する。

(お、おい、懐から銃をって…やばいじゃん、やばいじゃん、やばいじゃぁぁぁぁぁんッ!!)

緊急事態が目前に迫ると、人間は2種類に分類される。咄嗟に行動出来る人間と、出来ない人間にである。

そして、この場合のケンスケは前者であった。

男が銃を出した瞬間、ケンスケは瞬時に判断し、草むらから立ち上がり声を上げる。

「だぁぁぁぁぁあッ!!」

パススススンッ!

ケンスケは黒服の男達の注意を自分に向けようと、手に持っていた模型銃を連射していた。

「「?!」」

唐突に現れたケンスケに驚き、黒服の男達は拳銃を加持から逸らした。

黒服達の行動に、加持はガクッと肩を落とし、疲れたような`ため息´を吐き出しながら呟く。

「はぁ…なんとも」

その呟きと同時に、加持は行動を起こしていた。

まずは一番近くに立つ男へ、中指を支点とした人差し指と薬指による目潰し。

加持の指は、男が掛けていたサングラスを突き破り、見事に目を突いた。

男が痛みに耐えかね、目を抑えた瞬間、加持の上段回し蹴りが側頭部を襲う。

ゴッと鈍い音、蹴りの衝撃音が周囲に響く中、加持はもう一人の男が銃を自分に向けていることに気づいた。

だが、加持は動じだ様子を見せず、瞬時に見を屈め、銃を構えている男へと突進した。

加持の行動に、銃を構えていた男は慌て、銃を撃つ判断を遅らせてしまった。

グニッ。

加持は男が撃鉄を起こす前に、金的へ拳を叩き込んでいた。

そして、加持は金的に走る痛みに悶絶して倒れる男の頭部へ、トドメとばかりに蹴りを叩き込む。

ゴッ!

蹴りの鈍い衝撃音が響くと、加持は疲れたような表情で、ポリポリと頭を掻きながら呟く。

「終る筈、だったんだがな…」

…と、加持が安堵の`ため息´は吐こうとした瞬間であった。

「ぐッ!」

突然、右膝に痛みが走った。

その痛みが銃で打ち抜かれたものだと判断すると、加持は片足でジャンプするように草むらに飛び込んだ。

ドサッと草むらに体を横たえ、太腿を抑えると、加持は思考を巡らす。

(消音機?どの方角から?…ゼーレ?……いや、この手並みからすると。)

自分の撃たれた銃器、方角、組織、それらのことを思考すると、加持は痛みの為か、苦みばしった顔で呟く。

「無茶した報い…って訳か」

ガサッ、ガサッ。

加持の呟きの後、付近の草むらが揺れ、ケンスケが顔を覗かせた。

ケンスケは加持が撃たれたことを見ていたのか、不安げな面持ちで訊ねる。

「だ、大丈夫ですか?」

「よぉ、君か。助かったよ」

加持は痛みに脂汗を流しながらも、命の恩人に微笑んで見せた。

ケンスケは、未だに興奮が冷めないのか、体を震わせながら訊ねる。

「て、て、敵なんですか?あいつら」

加持は太腿を抑える手に力が入らなくなってることを感じつつも、気丈に微笑んで答える。

「正義の味方さ」

その言葉に、ケンスケは素っ頓狂な声を上げる。

「へ?」

そんな声を聞きながら、加持は`ゆっくり´と目を閉じ、穏やかな表情で思考する。

(潮時か。……葛城、すまん。)

 

この事件を契機に、加持リョウジと相田ケンスケの姿は、第三新東京市から消えた。

 

 

<ミサト宅>

 

「ただいま」

拘束から解放され、帰宅したミサトを待っている者は、誰も居なかった。

そのことは、ミサトにとって幸いだった。

人前では、特に子供達の前では見せれないような、疲れに満ちた表情をしていたから。

ドサッと、ミサトは食卓の椅子に座ると、祈るような格好で今日起きた出来事のことを考え始めた。

加持の行動、加持の思惑、加持の存在、加持の今後、全ての思考は、加持という一人の男に向けられていた。

それから数分後。

考えるたびに縺(もつ)れていく思考に、ミサトは重い`ため息´を吐き出しながら顔を上げた。

「!」

その瞬間、ミサトの瞳に点滅する留守番電話が入ってきた。

ミサトは藁(わら)をも掴むような顔を見せながら、留守電の解除ボタンを押した。

すると、そこからは聞き慣れた声、今一番聞きたかった声が聞こえてきた。

-葛城。俺だ。多分、この話を聞いてる時には、君に多大な迷惑をかけた後だと思う。すまない。
リッちゃんにも、すまなかったと謝っといてくれ。
あと、迷惑ついでに俺の育てていた花がある。俺の代わりに水をやってくれると嬉しい。場所はシンジ君が知っている。
…葛城、真実は君と共にある。迷わずに進んでくれ。
もう一度逢えることがあったら、8年前に云えなかった言葉を口にするよ。-

ポタ、ポタリ。

加持からのメッセージを聴き終えた瞬間、ミサトの瞳から涙が溢れてきた。

引き裂かれるような加持への想い、締め付けられるような加持への想いを、心に留める事が出来なかったから。

ミサトは流れる涙をそのままに、胸を抑え、嗚咽混じりに呟く。

「馬鹿…。あんた、ホントに馬鹿よ」

 

 

<碇家>

 

「御馳走様」

夕飯時ということもあって、シンジは少し早めに夕食を食べ終わった所であった。

仕事で忙しいゲンドウを抜いた、一人だけの食事であったが。

そして、シンジが食器を下げようと、席を立った瞬間であった。

「うっ…」

以前にもあったような、急な立ち眩みを起こし、床に膝を着いてしまった。

だが、今日のは以前のとは違い、激しいものであった。

シンジは床に両手を着くと、胃に入っているものを全て吐き出す。

「ぐぇっ!げほっ」

酸っぱい匂いが嗅覚を刺激する中、シンジは虚ろな瞳で思考する。

(体が、頭が、気分が…壊れ。)

だが、思考は嘔吐感に遮られた。

「うぇっ」

苦痛にまみれた表情を見せながら、シンジは嘔吐を繰り返した。

何度も、何度も、胃に痛みが走るまで…。

 

数分後。

それから何度嘔吐したのだろうか、シンジは吐瀉物に頬を擦り寄せるようにして倒れ込んでいた。

シンジは吐瀉物に濡れる頬をそのままに、苦痛と自嘲の入り混じった表情で呟く。

「…駄目な僕」

 

 

 

つづく


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あとがき

どーにも、こーにも。(苦笑)

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