2015年、ネルフ本部、ナオコの研究室。
カタカタと、マヤが端末のキーを叩く中、ナオコはシンジに関する診断書に目を通していた。
使徒か、人か、一個人の見解として、最終的な決断を下す為に。
僕は僕で僕
(111)
フッ…と`ため息´を吐き出すと、ナオコは診断書をテーブルに置いた。
そして、軽く目を閉じると、こめ髪の辺りを撫で始めながら思考する。
(疑念、疑惑、疑心。…どこから見ても、どう見ても、疑いは晴れず。かと言って、使徒と断定できる要素も無く…。)
これで何度目になるのだろうか、ナオコは同じ思考、堂々巡りのような思考を繰り返していた。
それもその筈であろう。
ナオコの決断は、14歳の少年の命、シンジの命運を握っているのだから。
「ふぅ…」
僅かの時間が経過すると、ナオコは疲れた`ため息´を吐き出し、寂しげな表情でポツリと呟く。
「白と黒。併せ持った灰色は、如何にすべきか…」
カタカタ、タ…。
その呟きを聞き、マヤはキーを叩く手を休めると、背後に居るナオコの方に振り向きながら訊ねる。
「何かの舞台の台詞ですか?」
マヤの見当違いな問いに苦笑すると、ナオコは微笑みながら口を開く。
「そうね。似たようなモノかも知れないわ。…『全世界が一つの舞台、人間は皆、役者に他(ほか)ならぬ』、って言葉もあることだし」
「お気に召すまま、ですね」
ナオコの口にした言葉の意を理解し、マヤは微笑みながら、その台詞が使われている劇の名を答えた。
その言葉に満面の笑顔で頷くと、ナオコは診断書を手に思考を再開させ、マヤも再び入力作業を再開させた。
マヤがキーを叩く音、カタカタとした小気味いい音が響く中、ナオコは微笑み混じりに思考する。
(お気に召すまま…。そうね、それもいいわね。)
そんな思考の後、ナオコは穏やかで優しげな表情で決断した。
『人である』
誰が何と言おうと、シンジは人であると。
お気に召すまま…。
自らの儚(はかな)い願いを込めた、祈りにも似た決断でもあったが。
<2004年、箱根・地下施設>
ナオコの研究室。
この頃のナオコは多忙を極めていた。
だが、ある種の目的を持った忙しさは、それなりの高揚感と充実感を伴っていた。
目的。
それは、自分が打ち立てた理論を立証出来るという、科学者として、自尊心にも似た欲求を刺激されていたからである。
人格移植OSという名の理論、それを構築するという欲求の為に。
カタカタ。
ナオコが端末のキーを叩いていると、背後からドアの開く音、誰かが研究室に入室してくる音が響いた。
興味が無かったのか、ナオコはその音を無視して端末を叩き続ける。
だが、結局、ナオコの作業は中断させられることになった。
入室してきた人物に話しかけられた為だった。
「赤木博士。人格移植の基礎理論、進んでます?」
カタ、タ…。
ナオコは作業の手を休めると、背後を振り向き、その人物の顔を見つめた。
ユイ、だった。
穏やかな表情を見せるユイに苦笑すると、ナオコはキュッと回転式の椅子をずらし、ユイにもモニターが見えるようにしながら口を開く。
「ええ。エヴァの生体理論を応用すれば、どうにか構築できると思うわ」
「あの人が聞いたら喜びます」
ナオコの言動に、ユイはモニターを覗くこと無く、微笑を見せながら答えた。
ユイの言葉に少し考える仕草を見せると、ナオコは訊ねる。
「御主人は上?」
「はい。計画の異議申し立てに」
「例の計画?」
ナオコの問いに微笑みながら頷くと、ユイは目を逸らすようにして口を開く。
「あの計画は必要無いと思いますから…」
「でも、エヴァは必要でしょ?」
「MAGI も、です」
ナオコの問いに、ユイが微笑みながら口を挟んだ。
その言葉に苦笑すると、ナオコは真剣な眼差しを見せ、皮肉を込めた口調で話しかける。
「例の計画は不必要。でも、エヴァとMAGI は必要。それって随分と傲慢じゃない?」
傲慢。
驕り高ぶる・人を侮る、という意味を持つ言葉に、ユイは返事に窮したのか、それまでの微笑を消し、沈痛な表情で俯(うつむ)いてしまった。
二人きりの研究室に気不味い空気が流れると、ユイが俯(うつむ)いた顔を上げながら口を開く。
「…そうかもしれません」
ユイの表情に、苦渋の色と混迷の匂いを感じ取ると、ナオコは苦笑しながら話しかける。
「そんなに深刻にならなくてもいいわよ。
本来、計画の中心には、貴方の推論が適応されてるって聞くし。計画の中心人物が否定してるって言うのなら、何の問題も無いわよ」
だが、ユイは微笑を浮かべるでもなく、浮かぬ表情を見せて、ナオコの言葉に答える。
「だといいんですが…」
「気になる?」
「はい。…最近の活動、かなり強引になってきてますから」
「ゼーレ」
コクリ。
ナオコの口にした組織の名に、ユイは真摯な眼差しを見せながら頷いた。
その頷きの後、二人の間に流れる奇妙な間。
そして僅かな時間が流れると、ナオコが口元に手を置き、猜疑の瞳を見せながら訊ねる。
「…貴方、本心は補完を望んでるんじゃなくって?」
「えッ?」
ナオコの唐突な問いの言葉に、ユイは濃い驚きの表情を見せた。
その表情を見ると、ナオコは耳に掛かった髪を掻き上げながら口を開く。
「ホントに必要無いのなら、もっと強く、貴方自身がゼーレに赴いてでも、否定する筈よ。私に話をするとかじゃなくてね」
「私は…」
ユイは言葉に詰まってしまった。
今の人類を無条件に認めてしまっている自分、ある種の可能性として補完を認めている自分とが、鬩(せめ)ぎ合い、葛藤していたからだった。
ユイの困った顔を見て、ナオコは微笑を浮かべながら口を開く。
「止め止め…、この話は終わりにしましょう。私が貴方を虐めてるみたいに見えるから」
「すみません」
ナオコの気遣いに、ユイは微笑を浮かべること無く、真剣な表情で感謝の言葉を口にした。
その言葉に、ナオコは苦笑しながら話しかける。
「謝らないで頂戴。ホントに虐めてるみたいだから」
数十分後、ユイの去った後。
ナオコは端末を操作する手を休めると、いつに無い冷徹な表情を浮かべながら思考する。
(みたい、じゃなくて…虐めたかったのね、私。)
そして、軽く`ため息´を吐き出すと、寂しげで哀しげな瞳を見せながら呟く。
「嫉妬か。……嫌な女ね、私」
<2004年、箱根・地下第2実験場>
ニカッ。
幼子が笑っていた。無垢な瞳と、純真な笑顔で。
だが、その子供は、この場所には不釣合い極まりないものだった。
今日、この場所、箱根の地下第2実験場では、エヴァ試作機の稼動実験が行われる予定だったから。
(…どういうつもりかしら、ユイさん。)
興味津々といった様子で周囲を見回している子供を見て、ナオコは怪訝な表情を見せつつ思考していた。
それもその筈である。
子供の名は碇シンジ、間違い無く、ユイとゲンドウの子供であったから。
そうこうして、ナオコが怪訝な表情を見せていると、背後から男の声が聞こえてくる。
「なぜ、ここに子供が居る?」
白衣を袖に通した冬月であった。
ホンの数ヶ月前までは、この施設の存在すら知らなかった男は、ゲヒルンの副所長という待遇を与えられていた。
その冬月の声を聞き、ナオコは淡々とした口調で答える。
「碇所長の息子さんです」
ナオコの返事を確認すると、冬月は眉間に深い皺を寄せながら、隣の所長席に座るゲンドウに話しかける。
「碇、ここは託児所じゃない。今日は大事な日だぞ」
「……」
冬月の言葉に、ゲンドウは手を組んだ姿勢のまま、沈黙で答えた。
そんな沈黙で答えるゲンドウを察してか、室内にユイの声が響く。
-御免なさい、冬月先生。私が連れてきたんです。-
ユイの声は試作機からのもので、その声に緊張の色も、焦りの色も無かった。
唯、穏やかな、いつもと変わらないユイの声だった。
その声を聞き、冬月は苦虫を潰したような顔で話しかける。
「ユイ君。今日は君の実験なんだぞ」
注意を促す冬月の言葉に、ユイは穏やかで優しげな声で答える。
-だからなんです。この子には、明るい未来を見せておきたいんです。-
それが、『碇ユイ』、最後の言葉であった。
<一週間後、箱根の地下施設>
稼動実験は失敗に終った。
その失敗というツケに、ゲヒルンは、あまりにも大きな代償を支払った。
『碇ユイ』を、この世から失うという代償を…。
冬月はスーツ姿で所長室に居た。
所長室とは言っても名ばかりで、大した代物がある訳でもなく、殺風景そのものと呼ぶべき部屋であった。
そして、その部屋を見回すと、冬月は部屋の主のことを思考する。
(あれから一週間。…碇は未だ帰らず、か。)
実験失敗の後、ゲンドウは心の痛みを隠すかのように、自分の存在を消した。否、失踪と呼ぶ方が正しいのかもしれない。
それまでの間、冬月は何もしない訳では無かった。
ナオコと共に状況把握の為のデータ収集及び、サルベージ作業の為の準備作業。
怒涛のような作業量と、目紛(めまぐる)しいような忙しさを経験していた。
全てはユイ帰還の為。
だが、その作業自体、ゲンドウが戻って来なければ、全ては灰塵に帰す。
ゲヒルン日本支部の所長であり、ユイの夫でもあるゲンドウの協力無しでは、全ての事は進まなかったからだった。
「ふぅ…」
プシュ。
冬月が重苦しい`ため息´を吐き出すと、唐突に背後の扉が開いた。
誰かと顔を見た冬月の瞳に映ったのは、ゲンドウ、一週間振りに姿を見せたゲンドウであった。
だが、冬月はゲンドウの姿に驚くこと無く、淡々とした表情で話しかける。
「少し、窶(やつ)れたな」
「…」
ドサッ。
その言葉に沈黙で答えると、白衣姿のゲンドウは所長席に腰を下ろした。
相変わらずの無愛想ぶりに、冬月は苦虫を潰したような顔を見せながら話しかける。
「この一週間どこへ行っていた?傷心もいい。だが、もう自分一人の体じゃないことを自覚してくれ」
「分かっている」
低く重い声で答えたゲンドウは、真摯な眼差しを冬月に向けながら言葉をつなぐ。
「冬月。今日から新たな計画を推奨する。無論、キール議長には既に提唱済みだ」
「まさか、あれをッ」
冬月は、表情にこそ驚きは見せなかったもの、瞳と語気には充分過ぎる程に驚きを含ませていた。
その言葉を聞き、ゲンドウは静かに力強く口を開く。
「そうだ。かつて誰もが成し得なかった神への道、人類補完計画だよ」
グッ。
『人類補完計画』という言葉に、冬月は両の腕に力を込め、真摯な瞳で思考する。
(…欺瞞か。)
<数ヶ月後、ゲヒルン日本支部、所長室>
「どういうことだ、碇ッ!」
怒気を身に纏った冬月は、いつものように所長席に座るゲンドウへ、声を荒げていた。
その理由は唯一つ。
『赤木ナオコ解任』という、突発的な出来事を耳にしたからであった。
冬月の声にゲンドウは慌てる様子もなく、淡々と落ち着いた表情で答える。
「辞意願いを受理した。それだけだ」
「辞意?辞意だと…。…詭弁だな。MAGI も完成させずに、赤木君が辞意を表明する筈が無いッ」
ゲンドウの言葉を、冬月は力強く否定した。
その言葉を聞き、ゲンドウはフッ…と短く微笑むと、机の引出しから一通の書簡を取り出した。
そして、それを冬月に差し出しながら口を開く。
「辞表だよ。彼女の筆跡に相違ない筈だ」
パシッ。
多少乱暴に書簡を受け取ると、冬月は『辞表』と書かれた封の中身を取り出し、目を通し始めた。
冬月が辞表を読む間、所長室には息が詰まるような時間が流れた。
険悪な空気、尖ったような空気が張り詰めた時間が。
そして、冬月は辞表を読み終えると、キッと険しい瞳をゲンドウに向けながら口を開く。
「確かに、彼女のものだ。だが、なぜこうも突然に辞表を提出した?」
「……」
冬月の荒々しい剣幕に、ゲンドウは静かな沈黙で答えた。
そして、僅かな時間が流れると、ゲンドウは不敵な表情を見せ、せせら笑うような瞳を見せながら口を開く。
「侮辱し、陵辱し、屈辱を与えた。…そう言えば満足か?」
「貴様という男はッ」
冬月はググッと両手に力を込めると、ゲンドウを睨みつけながら、怒気を押し殺した声を上げた。
だが、ゲンドウに動じた様子は無く、唯、静かに真摯な瞳を見せて話しかける。
「殴りたければ早くしろ。……疎まれるのには慣れている」
ゲンドウの言葉を聞き、冬月は数年前に聞いた言葉を思い出した。京都警察にゲンドウを迎えに行った時の言葉を。
「人に好かれるのは苦手ですが、疎(うと)まれるのには慣れています」
そして、その言葉にダブらせるかのように、ユイの言葉を思い出す。
「あの人…不器用な人ですから。何かと、ご迷惑をお掛けするかもしれません…」
二つの、二人の言葉を思い出した冬月は、ゆっくりと肩の力を抜き、苦渋に満ちた表情で口を開く。
「止めておこう。我々には成すべきことがある筈だ」
「フッ…」
その表情を見て、ゲンドウは短く微笑むだけだった。
数分後。
ナオコの失踪という事態に対処する為、冬月は今後の活動のことを、ゲンドウと話し合っていた。
腕組みした姿勢で、冬月は所長席に座るゲンドウに訊ねる。
「しかし、MAGI はどうする気だ?基礎理論を構築した段階で、作業を停止させる気か?」
「可能な範囲で建造に取り掛かる」
「不可能な範囲はどうする?」
「可能になるまで待てばいい」
そのゲンドウの言葉を聞くと、冬月は俯(うつむ)き加減の仕草を見せて沈黙した。
そして、僅かな時間が流れると、冬月は顔を上げてゲンドウに訊ねる。
「…だが、我々の時間は限られている。それに、赤木君の代わりが簡単に見つかるとも思えん」
冬月の言葉に微笑すると、ゲンドウは静かに答える。
「心当たりは、有る」
<2015年、ネルフ本部>
初号機ケイジでは、リツコが朧げな瞳を見せていた。
集点の定まらないような瞳に初号機を映しながら、リツコは淡々とした表情で思考する。
(全ての発端。)
そんな思考をすると、リツコの背後から女性の声が響く。
「赤木博士?」
「……」
だが、リツコはその声に気づかず、初号機を見つめるだけであった。
すると、そんなリツコに苛立ってか、声の主は呼び声を一段高くする。
「もしも〜しッ!赤木博士、聞こえてますかぁ〜?!」
「え、何?呼んだ?」
ようやく呼び声に気づいたリツコは、背後を振り向き、声の主の顔を見た。
リツコの瞳には、ため息をつくコダマの姿が映っていた。
「はぁ…。さっきから呼んでますぅ〜」
「御免なさい。初号機に魅入ってたから」
コダマの表情に苦笑すると、リツコは釈明の言葉を口にした。
その言葉を聞き、コダマはリツコの背後に見える初号機を瞳に入れながら、楽しげに答える。
「あ、そういうことなら解ります。洗練されたデザインの機体ですし」
そして、コダマはリツコの隣に立つと、瞳をキラキラと輝かせながら言葉をつなぐ。
「紫のボディに、特異且つ無意味にも思える角。くぅ〜ッ!燃えるものを感じますね!」
妙に熱いコダマの喋りに、リツコは思考を巡らし、ポツリと呟く。
「貴方。もしかして、ロボット萌えな人種?」
「あ゛、あぅッ」
その呟きに、思いっきり動揺し、気不味そうな顔を見せるコダマであった。
クスッ。
いかにも図星という素振りのコダマに微笑すると、リツコは穏やかな表情を見せながら話しかける。
「別に責めてる訳じゃ無いわよ。人それぞれ、趣味ってモノがあるんだし」
「そ、そうですよね。趣味、趣味です。あはは…」
リツコの言葉に、コダマは、ホッと胸を撫で下ろしながらも、乾いた笑い声を立てるのであった。
そんなコダマを見て、リツコは楽しげな表情を見せて話しかける。
「にしても、物好きな趣味ね」
「物好きだなんて、そんな…。てへへ、照れちゃいます♪」
そう言って、コダマは照れ臭そうに顔を赤くした。
「褒めてる訳じゃ無…ま、いいわ」
勘違いに近いコダマの言動に、リツコは訂正を促そうとしたが、途中で止めた。
コダマの表情が、リツコには、妙に心地良いものに感じられたからだった。
そんな想いを感じると、リツコは優しげな表情を見せながら訊ねる。
「で、呼んだ理由は何かしら?物好きな洞木さん」
「あ、それですけど、参号機の件でチョット」
「手短に御願いするわ」
「はい♪」
コダマの返事を聞くと、リツコを短く寂しげに微笑し、こめ髪を掻き上げながら思考する。
(そう言えば物好きな人って、過去(まえ)にも居たわね。)
<2005年、長野県>
第二新東京市、第二東京大学。
十年前、リツコは大学生という肩書きを持っていた。
「葛城さん?」
リツコは学食の前で、一人の女性に話しかけられた。
その女性は、食事の載ったトレー片手に、気さくに自己紹介をする。
「そ。葛城ミサト、宜しくねん♪」
ミサトの顔をマジマジと見つめると、リツコは小さく驚いたような表情で思考する。
(私に話しかけてきた?物好きで…いえ、違うわね。この場合…)
そして、思考が達したリツコは、怪訝な表情でミサトに話しかける。
「貴方、阿保なの?」
「あ゛?」
突然の侮辱の言葉に、額に青筋を立てるミサトであった。
数分後。
二人は食堂のテーブルに着き、一時の談笑を楽しんでいた。
リツコは微笑み混じりに口を開く。
「御免なさい。私に話かけて来る人って、皆無だから」
「いきなり『阿保』って言われた時は、どーしてくれよぉぉぉかぁッ!って思ったけどね♪」
「煮て喰う?焼いて喰う?」
「遠慮しとく。女を喰っても、自慢にならないし。って、それよりもさ」
サクッと問いを切り返すと、ミサトは機関銃のように話し始めた。
その話し振りは、まるで滝のように、ドドドドドッという擬音まで聞こえそうな程の勢いであった。
それから、更に数分後。
ミサトの話は、いまだ止む気配を見せていなかった。
「でね、ウチの父親と南極に行ったのが運の尽きで、失語症になっちゃったって訳。
まぁ、辛かったと言えば辛かったけど、ある意味、いい経験させてもらったかなぁ、なぁ〜んて思ってる訳よ」
ミサトの話に少し疲れたような顔を見せつつ、リツコは耳たぶに触れながら思考する。
(失語症だった割には、屈託無く、良く喋る人。…葛城さんか。葛城、葛城…聞き覚えが……ああ。)
思考に達したリツコは、ミサトの話を遮るように口を挟む。
「貴方、葛城博士の娘さんね?」
リツコの言葉を聞き、ミサトは話を中断させ、舌をペロッと出して楽しげに微笑む。
「あ、バレちゃった。やっぱり」
「有名だから、葛」
そう言って、話の主導権を自分に持っていこうとしたリツコだったが、甘かった。
リツコの言葉を、ミサトは一方的に無視し、再び話始めたからだった。
「んでさ、話の続きなんだけど…」
ミサトの機関銃トークに、リツコは眉間に皺を立てながら思考する。
(訂正。…恐ろしく、良く喋る人。)
数ヶ月後。
第二新東京市の街角には、リツコの姿があった。
リツコは人を待っているのか、腕時計を眺めながら思考する。
(…遅いわね。)
リツコの待ち人はミサトであった。
どうやら、ミサトに恋人が出来たらしく、その人物を紹介して貰う為、こうして待っているらしい。
街の雑踏の中、流れる時間。
その時間はリツコにとって退屈だったのか、鞄から煙草を取り出すと、ゆっくりと吸い始めた。
煙草の白い煙に紛れ、何気に漂ってくる思考は、唐突に恋人が出来たミサトのことだった。
リツコは淡々とした表情で思考する。
(感情に流されて、自分を見失う。…違う。ミサトの場合、情欲に流されての方が納得いきそう。)
「御免〜。待った?」
そんな思考をしていると、呼び出した当人である、ミサトが姿を見せた。
かれこれ45分の遅刻に、リツコはワザとムッとした表情を見せて答える。
「…待った」
「御免ちゃい」
リツコの言動に、ミサトは素直に手を擦り合わせ、謝罪の言葉を口にした。
その謝罪に苦笑すると、リツコはミサトの肩に手を置く男性を見て訊ねる。
「その人が、彼?」
「あ、うん」
ミサトの返事もそこそこに、男性は薄ら笑いを浮かべながら口を開く。
「加持リョウジです。宜しくな、リッちゃん。噂は葛城から良く聞かせてもらってるよ」
「随分と、馴れ馴れしい人ね」
加持の言葉に、リツコは冷めた表情で答えた。
そんな言葉にもめげず、加持は微笑を浮かべながら訊ねる。
「リッちゃんに?それとも葛城に?」
「両方」
相変わらずの冷めた表情で答えるリツコだった。
そんな、尖った空気のような雰囲気の中、友人と恋人の板挟みにあったミサトは、乾いた笑い声を立てる。
「な、なはは…は」
ミサト、心の俳句。
困ったら 笑って誤魔化せ タリラリラ〜
つづく
あとがき
駄目〜。(笑)