ケンスケの差し出した紙を見て、ミサト達は不思議そうな表情を見せた。

そして、ミサトが口を開く。

「その紙を引けばいいのね?」

 

 

 

僕は僕で僕

(106)

 

 

 


 

「はいッ!お願いしますッ」

ケンスケは頭を下げたまま、紙を突き出している。

その紙を、まずミサトが引いた。

次にリツコ、青葉、ゲンドウの順で引いていった。

全員が引いたのを確認すると、ケンスケは頭を上げて口を開く。

「番号、お願いします」

「えっと…私は一番」

「私は二番」

「俺、四番ッす」

「三番だ」

ミサト達は自分が引いた紙の番号を話した。

その言葉を聞き、ケンスケが例の如く配役を告げる。

「一番はシスター。二番は大公。三番四番はカス、ハズレです」

「カ、カス…」

カスという響きに、青葉は思わず手を震わせた。

そんな青葉を他所に、リツコはケンスケの行動が理解出来ず訊ねる。

「何なの、一体?」

「これから、僕ら地球防衛劇団の芝居に出て貰います。その為の配役選抜用紙です」

そう説明しながら、ケンスケは用紙を回収した。

説明を聞き、ミサトは苦笑しながら話す。

「あはは…配役選抜用紙かぁ」

一方、ゲンドウは眉を寄せながら、危うい思考をする。

(ぬぅぅ…ハズレだとぉ。……一緒に。…シンジと一緒に出たいッ!)

そう思った後、ゲンドウは静かに口を開く。

「…無効だ。この選抜には不正を感じる」

ギックゥゥ!

その言葉に、ケンスケは思いっきり動揺した表情を見せた。

ゲンドウの言葉を聞き、リツコはゲンドウの方を向きながら淡々と話す。

「…司令、私の配役で良かったらどうぞ」

「いいのか?赤木君」

リツコの言葉に、ゲンドウは訊ね返した。

リツコは素っ気無く答える。

「私が出る必要性を感じませんから」

「すまない。感謝する」

ゲンドウは、言葉短めに感謝の言葉を口にした。

そんな二人の会話を聞き、ミサトが小声でリツコに訊ねる。

「ちょっとぉ、私に司令と一緒に出ろって言うの?」

「これを機会に親睦を深めるといいわよ」

そう言って、リツコは苦笑して見せた。

リツコの言葉を聞き、ミサトはゲンドウの方を向きながら呟く。

「親睦ったって…」

ニヤッ。

ミサトの視線の先には、不敵に歪んだ笑みを見せるゲンドウの顔があった。

その顔に、ミサトは引きつった表情で呟く。

「……ふ、深めるのは遠慮しとく」

そして、ケンスケが動揺しながらも口を開く。

「と、とりあえず時間が無いんで、舞台裏に来て貰えますか?」

「へいへい」

「…シンジが待ってる」

ケンスケの言葉に、ミサトは面倒臭そうに、ゲンドウは舞台を見つめながら答えるのであった。

舞台に向かう三人の背中を眺め、リツコは苦笑しながら話す。

「…災難ね」

そんなリツコの背後では、カスと言われた青葉の叫びが響く。

「チクショ〜ッ!俺ってカスなのかぁッ!!」

その叫びを聞き、リツコは小さく呆れた表情で呟く。

「…こっちは無様」

 

 

<舞台袖>

 

ミサト達が舞台袖に来ると、シンジはゲンドウの姿に驚いた表情を見せた。

まさか父と共演するとは夢にも思わなかった為に。

シンジは驚きの表情で呟く。

「え、あ…と、父さん?」

「…フッ。…似合ってるぞ、シンジ」

シンジの言葉に、ゲンドウは短く微笑みながら答えた。

「あ、ありがとう」

ゾゾ、ゾクッ。

洒落なのか、本気なのか、どちらとも取れない言葉に、シンジは背筋に悪寒を覚えながらも、どうにか返事をするのであった。

シンジの戸惑い気味の表情に、ゲンドウは危険な思考をする。

(だ、抱きしめたいッ。…いっ、いや不味い。…私はネルフの総司令。こういった所で、醜態は見せられん。)

ゲンドウの心の中では、悪魔の囁きが聞こえる。

(抱きしめちゃえよ。感情に素直なまま生きんだよ。そんなに善人ぶってどうすんだよ、バ〜カ。)

その囁きを聞き、ゲンドウは力強く決意のような思考を固める。

(そ、そうだ。私は善人などではない。感情に素直にッ!)

「シンジッ」

ガバッ。

そう思考した後、ゲンドウはシンジを抱きしめた。

スカッ。

だが、そこにはシンジの姿は無く、抱きしめた行動は仕草だけに終っていた。

(はぁッ?!…い、いない。)

そんなことを思考しながら、ゲンドウは周囲を見回した。

周囲を見回すと、シンジはゲンドウの側をサクッと離れ、ミサトと会話していた。

「ミサトさんも出るんですか?」

「てへへ。ま、こうなっちゃったら勢いで出ちゃうから、宜しくねん♪」

シンジの言葉に苦笑しながらも、楽しそうな素振りを見せるミサトであった。

ミサトの言葉に、シンジは微笑みながら話す。

「はい、勿論です」

二人の会話を聞き、ゲンドウは眉を寄せながら思考する。

(か、葛城三佐に笑顔など見せなくていいッ!私にだけ見せればいいッ!!)

「シンジ…」

そんなことを思考しながら、ゲンドウはシンジの背後に忍び寄った。

そこへ、ケンスケがゲンドウの衣装を手に話しかける。

「あ、シンジの親父さんは、ヴェニス大公の役で…」

ギロッ。

「私の邪魔をするな…」

お前は邪魔だ、と言わんばかりに、ケンスケを睨(にら)みつけるゲンドウであった。

ゲンドウの気迫のようなものを感じ取り、ケンスケは後退りしながら謝罪の言葉を口にした。

「す、すみませんッ!」

一方、シンジはアスカに話しかけられていた。

アスカは衣装の襟袖を整え、シンジの前でクルッと回って訊ねる。

「どうかな?おかしい所無い?」

「うん。いいんじゃない」

そう言って、シンジはアスカに微笑を見せた。

シンジの微笑を見て、ゲンドウは思考する。

(おのれッ!弐号機パイロットにまでッ。)

そんなゲンドウの思考を知らず、シンジはマナに話しかけられる。

マナは舞台に向かいながら、シンジに懇願の瞳を見せて話しかける。

「しばしの別れ、お名残り惜しゅうございます」

「あはは。マナ、雰囲気出てるよ。…頑張ってね」

マナの芝居がかった言葉を聞き、シンジは笑いながら励ましの言葉を口にした。

その言葉を聞き、マナは微笑みながら自分の言葉で返事をする。

「まっかせて♪」

マナの返事を聞き、シンジはマユミ達にも微笑みながら話す。

「山岸さん達もね」

「はい。じゃ、行って来ます」

「ヒカリ、行くで」

「あ、待ってよ。鈴原」

次の舞台に向かう子供達は、それぞれの言葉を口にしながら舞台に向かった。

その会話を聞いていたゲンドウは思考する。

(…シンジの浮気性めッ。)

マユミ達が去ると、レイが台本を手にシンジに近づき、こめ髪を撫でながら静かに訊ねる。

「碇君、少し教えてくれる?…」

「あ、うん…」

レイの顔に自分の顔を寄せながら、シンジは質問に答えようとした。

グイッ。

だが、そこへゲンドウが割って入った。

ゲンドウの行動に、シンジは不思議そなう表情で訊ねる。

「…ん?どうしたの、父さん?」

ポッ。

「い、いや…何でも無い」

ゲンドウは自分の行動が恥かしかったのか、少し頬を赤くしながら話した。

ゲンドウの様子に、シンジは背筋に嫌なものを感じながら思考する。

ゾゾゾゾッ。

(な、なんで顔を赤くするんだよぉ…。き、気持ち悪い…。)

そう思った後、シンジは不安げな面持ちでレイに話しかける。

「あ、綾波。向こうで話をしよう」

「え?…ええ」

その言葉を聞き、レイは不思議そなう表情を見せつつも、シンジと共にゲンドウの側を離れた。

(シンジ…。)

シンジを見つめながら、ゲンドウは思考しながら歩み寄ろうとした。

ズデッ。

思考しながら歩いていると、ゲンドウは床に落ちていたガムテープに蹴躓(けつまづ)き、床に顔面をしたたか打ちつけた。

その様子に、ケンスケが素っ気無く訊ねる。

「シンジの親父さん、大丈夫ですか?」

「……む、無論だ」

鼻血を出しつつ、言葉を返すゲンドウは健気にも見えた。

 

 

<第五幕>

 

ケンスケのナレーション。

-急遽決まった結婚式だった為、神父ではなく、シスターのもとで挙げる事となった。-

 

舞台右側には、シスターの衣装を着たミサトが立ち、その反対側にはマナ達が畏まっている。

二組の婚約者を前に、ミサトは話す。

「汝は山岸マユミを夫として認めますか?」

「…はい」

静かに答えるマナ。

マナの返答に頷くと、ミサトは微笑みながらマユミに訊ねる。

「汝は霧島マナを妻として認めますか?」

「はい」

マナと同じように、静かに答えるマユミであった。

二人の言葉を聞くと、ミサトはマナ達の背後に立つヒカリたちに話しかける。

「汝ら両名は、互いを夫婦として認め、愛し合うことを誓いますか?」

「「はい」」

ヒカリとトウジは、互いの声を合わせて答えた。

二組の了承の言葉を確認すると、ミサトは満面の笑みを浮かべて口を開く。

「宜しい。では、結婚の証として指輪の交換を」

スッ。

トウジに指輪をはめて貰うヒカリは、嬉しそうに瞳を潤ませながら一言。

「ありがとう…」

 

と、ここでケンスケのナレーションが入り、舞台に幕が引かれる筈なのだが、ミサトが即興で話し始める。

「では指輪の交換が終った所で、両組に熱〜いキスを交わして頂きましょう♪」

『おおぉぉぉ〜』

ミサトの言葉に、観客席からは`どよめき´のような声があがった。

マナ達は焦りの表情で、ミサトに話しかける。

「ちょ、ちょっとミサトさん、話が違いますぅ」

「そうですッ。キスするなんて話に無いです」

「そ、そんな…人前で」

「あ、あか〜んッ!それは、あかん!」

マナ達の言葉を聞き、ミサトは笑顔で口を開く。

「あか〜んも、いや〜んも、好きのうち。トットと決めちゃいなさい。客席も待ちかねてるわよん」

『ゴクリ…』

観客席からは、生唾を飲む音が聞こえてくる。

マナは引きつった表情で声を上げる。

「だ、駄目ですよぉ〜。私達、女同士ですよ!」

「そんなこと、出来ませんッ」

マユミは恥かしそうに俯(うつむ)いてしまった。

ヒカリは鈴原に訊ねる。

「どうする?鈴原」

「ひ、人前では出来へん!」

トウジは顔を赤くしながら、自分の気持ちを素直に言った。

その言葉を聞き、ヒカリは頬を桜色に染めながら話す。

「…あ、うん。……そうだよね」

マナ達の反論の弁を聞くと、ミサトはツカツカと舞台中央に立ち、観客席に向かって口を開く。

「今日、この二組の婚礼の儀を御覧になられた幸運な方々、耳を澄ませて聞いて頂きたい。
愛し愛され、恋し恋された両名が、今日ここで誓いのキスを交わす段、御覧になりたいとは思いませんか?」

ザワザワ。

観客席からは、戸惑いの声と困惑した言葉が飛び交う。

そんな言葉を他所に、ミサトは話しかける。

「私が求めている結論は一つ。あなた方が見たいものが、私の見たいもの。見たいのか、見たくないのか、ご返答をお聞かせ願いたい」

『見たい…』

『見たいよな?』

観客席からは、好奇心の詰まった会話が聞こえる。

その会話を聞き、ミサトは微笑みながら声を上げる。

「小声では、ここまで届きません。どうか大きな声での発言を願い致します!」

『見た〜い!』

『見たいぞ!!』

『キ〜スッ!』

ミサトの人心掌握よろしく、観客席からは賛同する声が上がった。

その声を聞き、ミサトは観客席に声を上げて訊ねる。

「ストーンズのギターは?」

『キース!』

ロックを聴く生徒がいるのか、その言葉は正解であった。

更にミサトは訊ねる。

「フーのドラマーは?」

『キース!』

ミサトの問いに、違う生徒が声を上げて答えた。

その答えに頷くと、ミサトは冗談混じりに訊ねる。

「餓狼のボスは?」

『ギース!』

「正解、正解、大正解。では、皆さんで連呼しましょう♪せぇ〜の」

笑いながら頷くと、ミサトは観客席を扇動し、一斉に声を上げる。

『キ〜ス!キ〜ス!キ〜ス!キ〜ス!キ〜ス!キ〜ス!キ〜ス!』

 

その光景に、トウジは引きつった表情で呟く。

「あがっ…客席が敵にまわッとる」

「ミサトさ〜んッ」

ミサトの行動に、マナは声を上げたが、時既に遅いことを知らされるだけであった。

マユミは舞台袖を見ながら呟く。

「幕は引かれないんでしょうか?」

「無理みたい。…相田君、こっち見て笑ってるもの」

マユミの呟きに、ヒカリは反対側の舞台袖を見ながら答えた。

その言葉に、マナは焦りと戸惑いの表情で呟く。

「は、ハメたわね…」

客席が`キス´を連呼する中、ミサトはマナ達に振り返りながら話しかける。

「さ、観客はキスを望んでいます。どうか御期待に添えますことを♪」

ミサトの言葉と客席の声に、マナ達は追い詰められた表情を見せた。

そして、何か思いついたのか、マユミはマナに話しかける。

「霧島さん、チョット耳を貸してください…」

「…え、何?」

マユミの言葉に気づくと、マナは聞き耳を立てた。

一方、ヒカリは困惑した表情でトウジに話しかけていた。

「す、鈴原、どうしよう?」

「や、や、やるしかあらへんッ。か、か、か、覚悟を決めろやッ」

どもりながらも、覚悟を決めるトウジであった。

その言葉に、ヒカリは恥かしそうに頷く。

「う、うん」

マナ達が話し終えたのを見て、ミサトが微笑みながら訊ねる。

「心の整理はつきましたか?」

「わっかりました。キスします」

「仕方ありません」

「は、はいぃぃぃ!」

「…はい」

マナ達は、それぞれの思惑の中で返事を返した。

その返事に満足そうに頷くと、ミサトは話す。

「では、キスを」

『おぉぉぉぉッ!』

ミサトの言葉に、客席からは感嘆の声があがった。

 

スッ。

マユミはマナの背中に手を回すと、体を覆いかぶさるようにして、唇が見えなくなるような姿勢をとった。

そして、マナに静かに話しかける。

「見せかけるだけですから…」

「…うん」

マユミの言葉に、マナは緊張した面持ちで言葉を返した。

ガクガク。

一方、トウジは体を震わせながら、ヒカリの両肩を掴んでいた。

「……いいよ。…鈴原」

ヒカリは覚悟が決まったのか、静かに話し目を閉じた。

「お、応…」

ヒカリに答えると、トウジは震えながらキスをした。

ヒカリの額に、優しく、緊張したキスを。

 

二組のキスに、客席からは歓声が上がる。

『ありがとう!シスターッ!』

『良くやったぞぉ!鈴原ぁッ!』

そして、ケンスケのナレーション。

-式を挙げたマユミとヒカリは、急ぎヴェニスに戻るのでした。無論、命のかかったシンジを助ける為に。-

ケンスケのナレーションと共に、幕は引かれた。

 

 

<舞台裏>

 

舞台裏では、唐突にキスを強要され怒り心頭のマナ達が、ケンスケを取り囲んでいた。

マナは怒気を発しながら、ケンスケに話す。

「相田君、解ってるよね!」

「そうです。説教部屋行きです!」

「説教じゃ足りへん!拷問部屋や!」

マナに続き、マユミとトウジも声を上げた。

「なはは…。んじゃま、私はそういうことで〜」

周囲の喧騒を肌で感じ、ミサトは分が悪いとばかりに、客席に逃げ去った。

ミサトの行動に、マナが声を上げる。

「あ、ミサトさんにも話が……逃げられた」

だが、ミサトの姿は舞台裏から消えていた。

逃げ足の速いミサトの行動に、アスカが腕組みしながら一言。

「戦略的撤退。…流石は作戦部長ね」

ミサトを逃がしたことに、マナが頬を膨らますと、ケンスケに向かって声を上げる。

「もぅ、こうなったらミサトさんの分、相田君に回すことにするッ」

「シ、シンジ、何とか言ってくれッ!」

マナ達の怒気に、ケンスケはシンジに救援を求めた。

だが、シンジはサクッと一言。

「自業自得だと思うよ」

「そうね」

シンジの隣で、静かにトドメを刺すレイであった。

レイの言葉の後、ケンスケは周囲をマナ達に取り囲まれた。

ケンスケは悲鳴に似た声を上げる。

「ヒィィィィ〜!」

ボコスカ、ドカスカ。

ケンスケを殴打する音が、舞台裏に響く。

そんなタコ殴りにされるケンスケを尻目に、ヒカリは額を触り、微笑みながら思考する。

(…少しだけ、相田に感謝かな♪)

 

 

<客席>

 

「シスター、御苦労様」

客席に戻ってきたミサトを見ながら、リツコは微笑んで話しかけた。

「にゃはは。ちょっと悪乗りし過ぎちゃったかしら」

そう言って、ミサトは笑いながら席についた。

ミサトの言葉を聞き、リツコは微笑みながら訊ねる。

「台本じゃなかったのね」

「まぁね。適当に結婚させてください、って言われちゃったから、ツイね」

悪戯っ子のような微笑で話しながら、ミサトは舌を出した。

その言葉に、リツコは苦笑しながら話す。

「悪党ねぇ〜。正直、敵に回したくないタイプよ」

「褒め言葉として頂いとくわ♪」

リツコの言葉に、楽しそうに笑うミサトであった。

一方、ミサト達の背後では、青葉が哀愁を漂わせながら静かに愚痴る。

「どうせ俺なんか…」

完全に影の脇役と化している青葉であった。

 

 

<舞台裏>

 

「せめて…その胸の中で。…ガクッ」

タコ殴りにされたケンスケは、シンジの側まで来ると意味不明な言葉を発し、力尽きたように倒れこんだ。

「ユ…じゃなかった。…だ、大丈夫?……少しやりすぎじゃない?」

ケンスケを床に寝かしながら、シンジは不安そうな表情で、トウジ達に話しかけた。

トウジは答える。

「いいんや。ワシらの恥かしさに比べたら軽いもんや」

「同感、同感」

頷きながら、腕組みするマナであった。

そんな会話を聞いていたアスカは、微笑みながら訊ねる。

「ねぇ、マナはマユミと本当にキスしたの?」

「え?」

アスカの言葉に、マナは小さく驚いた表情を見せた。

その言葉に、マユミが慌て気味答える。

「し、してません。したフリをしただけです」

「そ、そうだよ。ファーストキスは大事な時まで、取っとくもんだもん!」

マユミに続き、マナが慌しく話した。

二人の言葉を聞き、アスカは微笑みながら話す。

「焦る所が妙に妖しかったりして」

アスカの言葉に、マナとマユミは力一杯釈明をする。

「あ、アスカ〜ッ!」

「体を覆いかぶせて、唇を見せないようにしたんです」

その言葉に、アスカは楽しそうに笑いながら話す。

「どーだか♪」

アスカ達の会話を聞いていたゲンドウは、シンジの背後に忍び寄り、不敵な微笑を浮かべる。

ニヤッ。

そして、先程マユミが取った行動と同じように、シンジの体に覆いかぶさって話す。

スッ。

「…こういう風にか?」

「あ、と、父さん?」

突然のゲンドウの行動に、シンジは戸惑いの表情を見せた。

ゲンドウは静かに話す。

「心配するな。…演技だ」

「う、うわっ…」

ゾゾゾゾッ。

徐々に近づくゲンドウの顔に、シンジは鳥肌を立てた。

そこへ鈍い衝撃音が聞こえてくる。

ガン。

衝撃音と共に、ゲンドウの体は床に突っ伏した。

その様子を見て、シンジは驚いた表情を見せた。

そこにはゲンドウを見下ろすように、レイが舞台裏にあった角材を持って立っていたからだった。

「………」

レイは無言で、シンジに角材を手渡した。

ことの状況を理解したシンジは、戸惑い気味にレイに話しかける。

「…え、あ、助かったよ。…ありがとう」

そんなレイの行動を見て、アスカとマナは心の中でガッツポーズを見せる。

(ナイスよッ!)

(シンジ君、危機一髪ッ!)

 

ムクッ。

意識が回復したのか、ゲンドウは唐突に体を起こす仕草を見せた。

そして、怒気を発しながら周囲を見回す。

(むぅぅぅぅ。ネルフの総司令を小突くとは、何処のどいつだ?!)

キョロキョロ。

「ぬぅお!シンジッ!」

ゲンドウが周囲を見回すと、角材を手にしたシンジが瞳に映った。

自分の状況に気づき、シンジは角材を床に捨てながら声を上げる。

「はぁッ?!こ、これは違うんだ、父さん!」

だが、シンジの声は届かず、ゲンドウはヨロヨロと壁にもたれるようにして思考する。

(…ま、まさか反抗期なのか?!私の教育がッ……す、すまん、ユイ。…私が不出来なばかりに。)

ゲンドウの様子を見て、トウジが驚きの表情で呟く。

「お、おい、親父さん肩震わしてるで…」

だが、トウジの言葉は無視された。

アスカの言葉の方が重要であったからだった。

アスカは話す。

「それよりも、次の舞台準備はいいの?結構、時間過ぎてるけど」

「あ、急がないと…」

「とりあえず、舞台変更を済ませちゃお」

「合点承知の助や」

「あ、私も」

「シンジ、行くわよ」

「うん…」

アスカの言葉に答えながらも、シンジは怪訝な表情で思考する。

(……今日の父さん、少し変?)

シンジが思考して立ち尽くしていると、レイが静かに話しかける。

「碇君…」

「あ、ごめん」

レイの言葉に気づくと、シンジは舞台準備に向かった。

 

ググッ。

シンジ達が去った後、床に寝かされたケンスケが`ゆっくり´と体を起こした。

そして、ゲンドウの姿を確認すると、眼鏡を触りながら話しかける。

「…シ、シンジのお父さん。…もし良かったら、僕に協力して貰えますか?」

「……何をだ?」

ケンスケの言葉に気づくと、ゲンドウは問いの意味を訊ね返した。

ケンスケは立ち上がりながら話す。

「生写真購買層向上計画。通称ナマコ(生購)計画。……この計画、僕だけでは力不足のようですから」

「…生写真?」

その言葉に、ゲンドウは怪訝な表情で呟いた。

ケンスケは話す。

「僕が撮ったシンジ達の写真のことです」

「…シンジの写真。……今日の写真もあるのか?」

少し考える素振りを見せると、ゲンドウは静かに訊ねた。

ケンスケは口元に不敵な微笑を浮かべながら話す。

「無論です。協力して頂ければ、全て無料でシンジの生写真を差し上げます」

「……フッ」

ケンスケの言葉に、ゲンドウは短い微笑を見せるだけだった。

 

 

<第六幕>

 

舞台には背景も無く、小道具も無い。

ただ、舞台が広がっているだけだった。

 

ケンスケのナレーション。

-ヴェニスに戻ったマユミは、マナから預かり受けた金を手に、アスカの元へと駆けつけていた。-

 

舞台中央にアスカが登場。

その後を追うように、マユミが舞台中央に登場しながら口を開く。

「金を持ってきた。君に借りた3000ダカッツに、更に10000ダカッツ上乗せし、13000ダカッツ君に払おう」

「それで告訴を取り下げろと?」

マユミの言葉に、アスカは`せせら笑い´を浮かべながら話した。

そんな態度に、マユミは怒りを理性で抑えながら話す。

「そうだ。どうか取り下げてくれないか」

「嫌だ。期限を守れず金を返せなかった。このことが罪であり、訴えるべき内容なのだからな」

マユミの言葉を、アスカは最もらしい理由で退けた。

マユミは話す。

「そこを曲げて頼みたい。……頼む。シンジの命を奪わないで欲しい」

「帰ってくれ。私は忙しい身なのでね」

マユミの嘆願に、アスカは面倒臭そうに舞台袖に向かいながら話した。

そして、舞台袖の手前で立ち止まると、マユミに向かって一言。

「法廷で会おう」

「クッ…」

その言葉に、マユミは舌打ちしながら舞台に膝をついた。

落胆の色を隠せないマユミのもとに、静かに反対側の舞台袖からレイが登場する。

マユミの側に立つと、レイは静かに訊ねる。

「話は済みました?」

「レイ…」

レイの問いに、マユミは虚ろな瞳で答えた。

レイは話す。

「…姉に残された時間は少のうございます。…どうか、その僅かな時間を無駄に過ごしませぬよう」

「…分かった。…食事でも一緒にしようか?」

その言葉を聞き、マユミは静かに立ち上がりながら話した。

レイは話す。

「はい。姉も喜びます」

「シンジは落ち込んでるの?」

ゆっくりと歩き出しながら、マユミはレイに訊ねた。

マユミの隣を歩きながら、レイは俯(うつむ)き加減に話す。

「……はい。…でも、マユミ様の姿を見れば大丈夫と思います」

「そうだと`ありがたいな´…」

マユミの言葉を最後に、二人は舞台袖に消える。

 

マナとトウジが舞台に登場。

マナは手紙を手に、考え込むような仕草を見せている。

その様子に、トウジが淡々と訊ねる。

「マナ様。マユミ様は何と?」

「アスカが示談の話を突っぱねた。…そう書いてるわ」

そう言って、マナは深い`ため息´を吐いた。

マナの言葉に、トウジは神妙な面持ちで話す。

「欲よりも深き憎しみ。ある意味、純粋なもの…」

「感心してる場合じゃないわ。シンジく…さんを、助ける手立てを考えないと」

思わず、素でシンジの名前を呼びそうになるマナであった。

マナの言葉を聞き、トウジは話す。

「…それですが、私に一つ考えがあります」

マナが興味の有りそうな表情を見せたのを確認すると、トウジは言葉をつなぐ。

「シンジ様が訴えられたのならば、私達が裁けば良いのです。公明正大に、非の打ち所が無いように」

トウジの言葉に、マナは少しの間、考える仕草を見せながら沈黙した。

そして、答えに達したのか、微笑みながら口を開く。

「…解った。ヴェニスの大公様ね?」

「御明察です」

そう言って、トウジは微笑を見せた。

マナは小躍りしそうになる胸を抑えながら、微笑みながらトウジに話しかける。

「早速準備をお願い。大至急、私もヴェニスに向かう用意をするから♪」

「畏まりました」

トウジの言葉を最後に、二人は舞台袖に退場した。

 

ケンスケのナレーション。

-マナは一通の書簡をヴェニスの大公宛てに出した。その手紙が`どのような´効果を生むかは、いまだ誰も知らない。-

ナレーション後、舞台に幕が引かれた。

 

 

<舞台裏>

 

シンジ達は一番の見せ場といえる、法廷場面の準備をしていた。

椅子を並べ、壁紙を張って。

 

「シンジ、楽しいか?」

シンジが一人で壁紙を張っていると、背後からゲンドウが訊ねた。

少し驚いた表情を見せながらも、シンジは答える。

「え、うん。…楽しい…と思う。」

「記憶が失くても、か?」

シンジの言葉に、ゲンドウは訊ね返した。

シンジは少し考えながらも、自分の気持ちを素直に口にする。

「うん。…記憶が失くても、楽しい気持ちは嘘じゃない……そう思う」

「そうか。…ならばいい」

その言葉に、ゲンドウは静かな微笑を見せるだけだった。

 

 

<第七幕>

 

ケンスケのナレーション。

-多種多様な思惑が交差する中、裁判は開廷しようとしていた。そして、その訴えの内容から、裁判はヴェニス中の注目を浴びていた。
注目の大きさを示すように、ヴェニスの大公も姿を見せ、アスカの非道を説得しようとしていた。-

 

大公役のゲンドウは、椅子に腰掛けたまま話す。

「アスカ君。君が親切などという言葉を知らない`どんなに´非情な人物だとしても、今のシンジの境遇には同情せずにはおれまい。
もし君に良心というべきものが存在するならば、君も今までの態度をきっと改め直す、と私は信じているのだが…」

ゲンドウの言葉を聞き、アスカはニヤリと笑いながら口を開く。

「と・に・か・く・国法を守ってください。私が欲しいのは、肉1ポンドだけでございます」

そして、ゲンドウを見据えながら言葉をつなぐ。

「それとも何ですか、この商人の街ヴェニスでは、国法は商売を守る為に無いと?」

「むぅ…」

その言葉に、ゲンドウは返事に窮する素振りを見せた。

アスカの言動に堪りかね、マユミが席を立ちながら声を上げる。

「金を十倍にしよう!」

「駄目だ」

アスカは一言で、マユミの言葉を退けた。

レイとマユミに挟まれるように座っていたシンジは、静かに話す。

「マユミ、座って頂戴。今の彼には何を話しても無駄だから…」

「シンジ…」

シンジの言葉に、マユミは大人しく席についた。

スクッ。

マユミが席につくと、今度はレイが席を立ち、アスカに話しかける。

「私が姉様の身代わりになります。…アスカさん、どうか私の心臓の肉を取り出してください」

「心掛けは立派だが、私はシンジの心臓が欲しいだけなんだ。…そこの所を勘違いしないで頂きたい」

レイの言葉を、アスカは丁重に退けた。

自分を擁護する二人の言葉に、シンジはレイの手を取り話しかける。

「…もういい。…レイ」

「………いいの?」

シンジの言葉に、レイは訊ね返した。

その問いに、シンジは頷いて答える。

コクリ。

「バカ…」

レイは小さく話すと、静かに席についた。

そこへ、裁判官と書記が入場してくる。

「遅れました。今回の裁判を担当するベラリオという者です」

「その書記官でございます」

その裁判官と書記官は、変装したマナとトウジの姿であった。

ゲンドウは二人の姿を確認すると、微笑を浮かべながら席へと案内する。

「良く御出で下さった、ベラリオ博士。ささっ、こちらへ」

席につくと、マナは木槌を打ちつける。 

カンッ。

そして、厳粛な雰囲気を漂わせながら口を開く。

「では、アスカ殿の訴えにより、ヴェニスの法に則った裁きを行います。真実と平静を友とし、自らの訴えを述べるように」

 

 

 

つづく


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あとがき

どーにも壊しきれず、中途半端。(笑)

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