(へぇ…。結構、役になりきってるじゃない。)

シンジのセリフを聞き、アスカは小さく驚いた表情を見せた。

そして、考える仕草を見せながら口を開く。

 

 

 

僕は僕で僕

(105)

 

 

 


 

「頼み?君が私に頼みごとを?……からかっているのか?」

「からかってなんかいません。真剣に頼みごとをする為に来たんです」

そう言って、シンジは懇願する瞳で、アスカを見つめた。

アスカはテーブルに肘をつき、シンジ達に冷ややかな眼差しを向ける。

そして、ゆっくりと口を開く。

「ヴェニス一の商売人と言われた君が、私に頼みごとか…。生きていれば、面白いことがあるものだ」

侮蔑するようなアスカの口振りに、マユミが堪らず口を開く。

「聞くのか、聞かないのか、ハッキリしてもらえないか?」

「君達は私に頼みごとに来たのだろ?…そんな言葉遣いが許されると思うのか?」

ニヤニヤと不敵な笑みを浮かべながら、アスカはマユミを見据えた。

アスカの言動に、マユミは唇を噛み締めた。

そんなマユミを見ると、シンジが口を開く。

「貴方とは犬猿の仲です。でも商売に関しては、それなりの才能がある方だと思っています」

「世辞はよしてくれ。実際、私は君のことが嫌いだ」

そう言って、アスカはチラッとシンジを見た。

アスカの視線を感じると、シンジは微笑みながら口を開く。

「でも、貴方は商人ですわ。得のある話なら、乗るべきだと思いますけど?」

「……フッ。…話したまえ」

シンジの微笑を見ると、アスカは椅子にもたれながら話を聞く了承を出した。

シンジは話す。

「今日来たのは他でもありません。貴方に借金を申し込む為、ここまで来たのです」

「幾らだ?」

面倒臭そうにアスカは訊ねた。

シンジは微笑みながら金額を口にする。

「3000ダカッツほど」

「それは大金だな。だが、君でも作れる額と思うが?」

だが、大して驚いた表情は見せず、アスカは静かにシンジに訊ね返した。

その問いを聞き、シンジは商品を積んだ船の到着が遅れていることを説明した。

説明を聞き終え、アスカは机の上を、右手の人差し指でトントンと叩きながら訊ねる。

「ふむ。なるほど、話は解った。すると、君は友人の為に、私に借金を申し込む。そういう訳だな?」

「その通りです」

シンジは頷いて答えた。

アスカは侮蔑するような笑みを見せながら話す。

「相変わらずの善人根性。…虫唾が走る」

「ッ!」

アスカの言葉を聞き、マユミは思わず拳(こぶし)を握り締めた。

そのことに気づき、シンジはマユミを緩やかに手で制止した。

そんな二人を見て、アスカは`ゆっくり´と立ち上がりながら口を開く。

「…貸してもいいが、条件が二つある」

「条件?」

アスカの話を黙々と聞いていたレイが、ポツリと呟いた。

シンジに歩み寄りながら、アスカは不敵な微笑を浮かべて話す。

「商売上の条件と、個人的な条件だ」

シンジを値踏みをするような瞳で見つめると、アスカは言葉をつなぐ。

「一つ目は、担保を保証すること。…守れるかな?」

「…守りましょう。私の屋敷なり家財なり、好きなものを担保にしてください」

少しの間の後、シンジは一つ目の条件を受諾した。

その言葉に頷くと、アスカはシンジの顔に、自分の顔を近づけながら話す。

「二つ目は、私を受け入れてくれること。…いかがかな?」

(せ、セリフが違う?!)

アスカのアドリブに、シンジは戸惑いの表情を見せた。

そんなシンジの表情を楽しむように、アスカは言葉をつなぐ。

「その条件を飲めば、金は貸そう。無利息でね」

ギュッ。

「……近すぎ」

シンジとアスカの距離を見て、レイが二人の間に割って入った。

(レイッ〜!!)

顔には出さないものの、心の中で激怒するアスカであった。

アスカとシンジが距離を置くと、マユミが近寄り話しかける。

「…どうする?」

「アスカのセリフが違うこと?」

シンジは小声で訊ね返した。

その問いに、マユミは苦笑しながら答える。

「違います。…この条件を飲むかどうかです」

「あ、どうしよう…」

問いの意味に気づき、シンジは小さく考える仕草を見せた。

そんなシンジを見て、マユミは話す。

「一応、話を進めるためにも、飲むべきじゃないでしょうか?」

「そだね」

そうマユミに答えると、シンジはアスカに向き直った。

シンジの視線を感じると、アスカは微笑みながら訊ねる。

「話はまとまったかね?」

「分りました。貴方を受け入れましょう」

アスカの問いに、シンジは静かな微笑を浮かべて答えた。

その返事に満足そうに頷くと、アスカは訊ねる。

「ふむ。では担保だが、これは1ポンドの君の肉、というのでどうだろうか?」

「何だね、それは?」

アスカの言葉の意が理解できず、マユミが怪訝な面持ちで訊ねた。

ニヤッ。

一瞬、不敵な笑みを浮かべたアスカは、直ぐにその表情を消し、口を開く。

「もし借金を返せなかった場合は、君の体の一部分から、私の好きな部分の肉を貰う。…たかが、1ポンド、大した量ではなかろう?」

「そんな物でいいのか、君の欲しい担保は」

金銭とは程遠い担保の要求に、マユミは拍子抜けした表情で話した。

アスカは話す。

「彼女は私を受け入れた。その事実だけで充分なのだが、まぁ…飾りみたいなものだ」

「そういうことですか、そんなことなら御安い御用ですわ」

二つ目の条件を聞き、シンジは快く了承の言葉を口にした。

アスカは机の引出しから、書類を出しながら話す。

「では商談成立だ。早速、契約書の作成にかかろう」

「契約書か…。サインは私がしよう」

書類を見て、マユミが一歩前に出ながら話した。

マユミを制止するように、シンジも前に出ると、微笑みながら話す。

「いえ、私がするわ。どうせ船が期日までに戻ってくれば、この契約書は無効になるから」

「君がそういうのなら…」

そう言って、マユミはシンジにサインを譲った。

その様子を見て、アスカは苦笑しながら話す。

「麗しき友情ですなぁ」

 

幕が引かれる中、ケンスケのナレーションが響く。

-こうして、極悪な商人と善良な商人は契約を結んだのでした。-

 

 

<幕の引かれた舞台裏>

 

トントン。

幕の引かれた舞台裏では、アスカが椅子に腰掛け、肩を叩いていた。

隣に来たマナに、アスカは`ため息´混じりに話しかける。

「ふぅ〜、肩こっちゃった。日頃使い慣れない喋り方って、思ったよりキツイわね」

「それにしては、上手く使えてたよ」

そう言って、マナは微笑を見せた。

マナに答えると、アスカは椅子から立ち上がりながら訊ねる。

「ま、それなりにね。…出番、次だっけ?」

「うん♪」

マナは微笑んで答えた。

その微笑に苦笑すると、アスカは客席を隠した幕を見ながら話す。

「ミサト達が来てるから、緊張しないようにね」

「嘘?リツコさんも?」

アスカの言葉に、マナは驚いた表情を見せて訊ねた。

アスカは話す。

「来てるみたいよ。シンジ達は気づいてないでしょうけど」

マナは幕を少しだけ開け、客席をチラッと覗いてみた。

(あ…ホントだ。…司令まで来てる。)

そんなことを思考した後、マナはアスカに向き直り、ムッとした表情で話しかける。

「他人事だと思って〜。もぉ、聞かなきゃ良かった」

「緊張する柄じゃないでしょ。気楽にやんなさいよ♪」

そう言った後、アスカは舞台袖に向かった。

 

「ナイスだぞ、シンジ!」

アスカの向かった反対側の舞台袖では、女役をどうにかこなしたシンジが、ケンスケ達から話しかけられていた。

シンジは返答に困りながらも口を開く。

「ど、どうも」

「これで、半分以上の生徒は、シンジのことを女子と思った筈だ!」

ケンスケは自信有りげに話した。

その言葉を聞き、シンジは戸惑いの表情で話す。

「そ、それは困るよぉ」

「心配するな、俺は困らない」

「ワシも困らへんでぇ〜♪」

シンジの言葉を、サクッと受け流す友人達であった。

ちなみに、トウジは執事役の衣装に着替え終わっている。

シンジが友人達と話し込んでいると、背後からレイが静かに話しかける。

「…碇君、手伝って」

「え、あ、うん」

次の舞台変更の事に気づき、シンジはそそくさとレイの後に付いて行った。

シンジとレイ。二人が並んで歩く様を眺めながら、ケンスケが不思議そうな表情で訊ねる。

「なぁ、こうして見るとさ。綾波とシンジって似てないか?」

「全然似てへんで。シンジはシンジ、綾波は綾波や」

ケンスケの作った台本のようなモノを見ながら、トウジは適当に答えた。

トウジの言葉を聞き、ケンスケは首を傾(かし)げながら呟く。

「そうかな…」

 

シンジ達と反対側の舞台袖では、アスカとヒカリが会話していた。

衣装の襟元を緩めるアスカを見ながら、ヒカリは話しかける。

「それにしても、ハマってたわよ。さっきの演技」

「まぁ、私にかかれば、何事も敵じゃないわ」

満更でもない、と言った微笑を見せるアスカであった。

アスカの言動に、ヒカリは微笑みながら口を開く。

「相変わらずね♪」

程良い緊張感の中、アスカは何かを思い出したのか、唐突にヒカリに訊ねる。

「…ヒカリの相手役って、鈴原だっけ?」

「え、うん」

唐突な問いに、ヒカリは頷いて答えた。

その頷きを確認すると、アスカは微笑を浮かべながら話しかける。

「ね、チョット耳貸して」

 

シンジは丸めた壁紙を手に持ち、舞台へと歩いていた。

その後ろを歩くレイは、シンジに訊ねる。

「少し、持つ?」

「いいよ。軽いから…」

クラッ。

そう答えた瞬間、シンジは体勢を崩し、レイの方へと寄り掛かった。

シンジの体を優しく支えると、レイは不思議そうな表情で訊ねる。

「…碇君?」

「ご、ごめん。また立ち眩みしちゃって…」

そう謝罪した後、シンジは頭を軽く振りながら、体を起こした。

シンジの言葉を聞き、レイは訊ねる。

「また?」

「………」

だが、シンジはレイに答えず、淡々とした表情で思考する。

(…今週で、何回目だろう。……目眩(めまい)を起こしたの。)

 

 

<第三幕>

 

ケンスケのナレーションと共に、舞台の幕が上がる。

-シンジが命懸けで作った資金を元に、マユミは身なりを整え、執事のヒカリと共に、愛する求婚者のもとに向かっていました。
その頃、マユミの愛しの人であるマナは、ひっきりなしに訪れる求婚者たちに悩まされていた。-

 

幕が上がると、舞台の中央のテーブルにマナが着き、その側でトウジが女執事の衣装を着て突っ立っている。

トウジの不釣合いな格好に、客席では嘲笑の声が囁かれる。

そんな中、トウジは緊張した面持ちで口を開く。

「マナ様。お見合い相手がいらしてますが」

標準語をどうにか使いこなすトウジであった。

そんなトウジの言葉を聞き、マナは少し呆れた顔で口を開く。

「またぁ〜?」

「はい。また、です」

`また´に力を込め、トウジは話した。

その言葉を聞くと、マナは机に体をもたれかけながら話す。

「全く、懲りない人達。財産や名誉なんて、人間として生きる上では、飾りほどの意味しかないのにね」

「………」

次のセリフが自分だとは気づかず、トウジは呆け顔を見せていた。

そんなトウジに気づき、舞台袖でケンスケがカンペを手に声をかける。

「トウジッ!セリフ、セリフ」

「そ、それが解らないから、こうして会いに来るのでしょう」

ケンスケの声に気づき、トウジはカンペを棒読みにしながらセリフを口にした。

マナは苦笑するような微笑を浮かべて話す。

「それって正論♪」

そう言うと、マナは机から体を起こし、遠くを見つめるような表情で話す。

「私の好きな人は一人って、決まっているのにね」

「マユミ様は、必ず会いに来てくれると思います。…マナ様に相応しき、良識の持主とお見受けしますから」

マナの気持ちを察し、マユミの名を出すトウジであった。

トウジの言葉に、マナは優しげな微笑を浮かべ、ゆっくりと立ち上がりながら話す。

「うん、彼は来る。……必ず、絶対、きっと」

「では、今日も例のごとく…」

そうトウジが話すと、舞台が暗くなり、ケンスケのナレーションが入る。

-数多い求婚者達を退ける為、マナは一つの謀(はかりごと)を持って対処していました。
その対処法は効果抜群で、いまだ一人、その謀を攻略出来た者は居ませんでした。-

そこまでケンスケが話すと、舞台の照明が一斉に点く。

舞台上には誰も居ない。

 

そんな中、再びケンスケのナレーションが入る。

-求婚者のもとに到着したマユミは、一室の部屋に通されました。愛する求婚者に会うことも叶わずに。-

 

ケンスケのナレーションが終ると、マユミとヒカリが舞台に姿を現す。

舞台中央に来ると、マユミは周囲を見回しながら口を開く。

「ここで待つように、か……」

「どう致しましょう?」

舞台袖付近に立って、ヒカリは落ち着いた物腰で訊ねた。

マユミは答える。

「とりあえず、待つべきだな」

そして、周囲を歩き回りながら言葉をつなぐ。

「しかし、モロッコ王とアラゴン王を退けるとは、大した方だな」

「気が引けますか?」

マユミの言葉に、ヒカリは苦笑しながら訊ねた。

マユミは力強い微笑を浮かべて答える。

「そんな気は毛頭無い。かえって強靭な意志になったよ」

「それでこそ、マユミ様です」

マユミの言葉に頷いて答えると、舞台袖から一人の人物が登場した。

その人物を瞳に入れると、マユミは小さく驚いた表情を見せて口を開く。

「おや、君は?」

「執事のトウジに御座います。その節は、お嬢様がお世話になりまして…」

執事のトウジは、新たな求婚者であり、待ち望んだ求婚者に深々と頭を下げた。

そして、以前に世話になった御礼を言った。

「いや、礼はいい。なにしろ、今日、僕は彼女に…その、なんだ…結婚を」

トウジの言葉に、マユミは口ごもり恥じらいながらも、結婚を申し込みに来たことを告げた。

「存じ上げております。…こちらの部屋へどうぞ」

舞台袖の方に入室するように左腕で促しながら、トウジは話した。

その言葉に、ヒカリは訊ねる。

「…私は?」

「ここでお待ちください」

トウジは俯(うつむ)き加減に答えた。

心配そうなヒカリの表情に、マユミは微笑みながら話す。

「案じるな、私なら大丈夫だ」

そう言い残し、マユミは舞台袖に消えた。

…と、ここで舞台が暗くなり、幕が引かれる筈なのだが、その気配が無い。

 

トウジが怪訝な面持ちで周囲を見回すと、ヒカリが駆け寄ってくる。

そして、抱きつきながら口を開く。

「会いたかった!トウジッ!」

「な?!」

突発的、衝撃的、驚愕的なヒカリの行動に、トウジは戸惑いと驚きの表情を見せた。

恥かしそうに顔を赤くしながら、ヒカリは小声で説明する。

「あ、アドリブ…。ア、アスカがやれって言ったから…」

「そ、そーかぁ」

ヒカリ以上に顔を赤くするトウジであった。

トウジに説明すると、ヒカリはアドリブ的なセリフを口にする。

「…あの約束を覚えているか?」

「忘れることなんて出来へ…ませんわ。オーッホッホッ」

ヒカリに抱き付かれた驚きからか、トウジは思わず素で答えようとした。

だが、そんなことはお構いなしに、ヒカリは話しかける。

「その約束が叶ったら、私達は…」

「そ、そう。…けッ、ケッケッ、ケッ」

ヒカリの言葉を繋ぐように話すつもりが、緊張からか上手く話せないトウジであった。

 

そんな二人を他所に、舞台袖ではアスカを先頭に盛り上がりを見せていた。

「あぁッ、シャキッと言いなさいよねッ!じれったい!」

「無理じゃないですか?アドリブって、意外と難しいですから」

「頑張れ、鈴原君♪」

「なに緊張してんだよ。トウジの奴ッ」

「でも、トウジ。…顔が真っ赤だ」

「結婚…」

 

そして、舞台ではトウジの奇妙な呻き声が数分間続いていた。

「ケッ、ケッ、ケッ」

まるで蛙の鳴き声か、小悪党の笑い声のようである。

プチッ。

ついに巻き切れたか、トウジの頭の中で『何か』が弾けた。

「ケーッ、ケッケッ!」

体育館に、トウジの不気味な笑い声が響いた。

その様子を見て、緊急事態を察知したケンスケが声を上げる。

「幕引け!幕ッ!」

 

 

<客席>

 

トウジの不気味な笑い声が響いた後。

幕の引かれた舞台を見ながら、ミサトがリツコに話しかけている。

「彼、イッちゃってたわね。…いったい何の役なの?鈴原君の役?」

「あの笑い声からすると、魔女じゃないですか?」

ミサトの背後で、青葉が答えた。

青葉の言葉を聞き流し、リツコは淡々と話す。

「執事役よ。本来の設定から言えばね」

「分んないわよ。芝居が芝居だけに、捻(ひね)ってくるかもよ」

その言葉を聞き、ミサトは考える仕草を見せながら答えた。

そんなことを会話していると、ゲンドウの重たい声が響く。

「……シンジの出番が無い」

『あはは…』

ゲンドウの言葉を聞き、三人は乾いた笑い声を立てるだけだった。

 

 

<舞台袖>

 

「………ケッ…ケッ」

乾いた笑い声のようなものを発しながら、トウジは呆けていた。

その様子を見て、マユミが呟く。

「鈴原君、壊れちゃいましたね…」

「だっらしない男。たかが、あの程度のことで、取り乱すなんて」

アスカはトウジを見て、キツイ言葉を口にした。

その言葉を聞き、マナが口を開く。

「アスカ、言い過ぎだよ」

「言い過ぎなんかじゃないわよ。はぁ〜あ、日頃は威勢がいい癖に、こんな時はからっきしね」

ため息混じりに、呆れ顔を見せるアスカであった。

そんな会話をする少女達のもとに、ケンスケが現れ、マユミに話しかける。

「山岸さん、チョットいいかな?」

「はい?何ですか」

マユミが振り向くと、ケンスケは申し訳無さそうに話す。

「トウジがあの調子だからさ。少し時間稼ぎしてくれないか?」

「私が…ですか?」

マユミは戸惑い気味の表情を見せた。

その表情を見て、ケンスケは頭を掻きながら話す。

「ああ。カンペを幕袖に出すから、それ見て、長ゼリフを言うだけでいいからさ」

「そういうことなら…。……でも、私に出来るでしょうか?」

マユミは不安げな表情で訊ねた。

その問いを聞き、ケンスケは拝み倒すような格好で一言。

「神様、仏様、マユミ様ぁ〜。お願いしますぅ〜」

「や、やめてください。やります、やりますから」

ケンスケの言動に、思いっきり恥かしがるマユミであった。

 

一方、シンジ達は次の舞台変更をしていた。

ヒカリは金色の箱を壇上に置きながら、寂しそうに呟く。

「私、鈴原に嫌われてるのかも…」

「ん、何か言った?」

背景の絵を画鋲で貼り付けながら、シンジは不思議そうな表情で訊ねた。

思わず自分の気持ちを口にしていたことに気づき、ヒカリは慌て気味に話す。

「う、ううん、何でも無い」

シンジの隣で背景の紙を持ったレイが、ヒカリを見つめ、静かに話しかける。

「…貴方は嫌われてなんかいないわ。…見てれば判るもの」

「あ、うん…」

レイの言葉に、ヒカリは小さく驚いた表情を見せながらも、頷いて答えた。

その表情を見て、レイは訊ねる。

「…どうしたの?」

「べ、別に…」

慌て気味に言葉を返したヒカリは、不思議そうな表情で思考する。

(…綾波さんって、こんなに鋭かった?)

 

 

<第四幕>

 

ケンスケのナレーション。

-マユミが部屋に案内されると、そこには三つの箱が置いてあった。箱には、それぞれ文章が書かれていた。
第一の箱は純金製で、「これを選ぶ者は、多くの人間が望むものが与えられる」と書かれている。
第二の箱は純銀製で、「これを選ぶ者は、その人間が値するだけのものが与えられる」と書かれている。
そして最後の箱は鉛製で、「これを選ぶ者は、自分が持っている全てのものを賭けなければならない」と書かれていた。-

 

第一の箱の前に来ると、マユミは僅かに視線をやって呟く。

「金の箱。…上面(うわべ)で人の気を惹くもの」

そして、ゆっくりと第二の箱の前に来ると、少しの間だけ見つめて呟く。

「銀の箱。…人の手から手へと受け渡される銭を作るもの」

二つの箱を見つめたマユミは深々と`ため息´を吐いた。

そして、一度だけ舞台袖を見た後、マユミは虚空を見つめた。

 

マユミは話す。

「時として外見は、実体と`かけ離れ´ているもの。…世間は、いつでも上面の飾りに欺かれる」

舞台袖を見つつも、直ぐに客席に視線を戻し、マユミは声を上げて独説する。

「たとえば裁判においても、どれほど汚れ腐った訴えであっても、やんごとなき人の言葉が風味を添えれば、邪悪な外見も押し隠される」

客席の方へと、マユミは一歩前に踏み出ながら言葉をつなぐ。

「信仰においてもまた、いかに異端の過ちであっても、謹厳な顔で祝福し、聖句を引いて異端ならずと証明すれば、
美しい飾りによって、その罪深さも押し隠される」

マユミの独説を聞き、客席は静まり返った。

だが、そんなことは意に介せず、マユミの独説は続く。

「いかなる悪徳も、外見になんらかの美徳の印を装わぬほど、単純なものは一つとしてない。
要するに上面の飾りなるものは、狡猾な世間が賢者を欺こうとして身につける、見せかけの真実なのだ」

そう言った後、マユミは`ゆっくり´と鉛の箱に視線を移す。

そして哀しげな微笑を見せながら、静かに箱を手にして口を開く。

「…憐れな鉛の箱よ。希望を抱かせるよりは、むしろ不安を与えるモノよ。その飾り気の無さが、私の心を動かす」

箱を胸に抱くと、マユミは優しげな表情を浮かべて話す。

「……お前を選ぼう。…その結末に喜びのあらんことを」

 

 

<舞台袖>

 

「トウジはまだかッ?!」

ケンスケはカンペを手に、シンジ達に小さく声を上げていた。

その声に、シンジは神妙な表情で答える。

「うん、まだ…」

「ケッ…ケッ……ケッ…」

トウジの精神的ショックは大きく、未だ回復していなかった。

その状況に、ケンスケは出番の迫ったマナに声をかける。

「霧島。こっちは何とかするから、とりあえず行ってくれ」

「う、うん」

トウジが多少気懸かりだったものの、マナは舞台袖へと向かった。

そんな中、トウジを見つめていたレイはポツリと呟く。

「羞恥心と緊張感とで、混乱したのね…」

「ったく、男の癖に」

レイの言葉に、アスカはムッとした表情で不貞腐(ふてくさ)れていた。

「ちょっとゴメンね」

そんな二人をかき分けるように、ヒカリが姿を現した。

「あ、ヒカリ…」

ヒカリも出番が近い為、アスカは小さく驚いた表情を見せた。

ヒカリはトウジの前に立つと、大きな深呼吸を一つした。

そして、右手を振りかぶる。

パシーン。

トウジの頬を、ヒカリは思いっきり引っ叩いて声を上げる。

「鈴原ッ!私のこと嫌いなら嫌いでもいいから、しっかりしてッ!演技でもいいから立ち直って!」

一気に捲くし立てるように声を上げると、ヒカリは舞台袖に足早に去った。

ヒカリの行動の成果か、トウジは目をシパシパさせつつ、頬を撫でながら呟く。

「ヒカリ…」

トウジの呟きを聞き、アスカは驚いた表情で思考する。

(へぇ〜、名前で呼んだわね。鈴原も、その気が無いって訳じゃないのね。)

そんなアスカの思考を他所に、トウジは俯(うつむ)き加減に、シンジへと訊ねる。

「シンジ。…ワシの出番か?」

「…うん」

トウジを心配するような瞳を見せながら、シンジは答えた。

その言葉を聞き、トウジは自嘲するような微笑と共に訊ねる。

「ワシにやれると思うか?…ヒカリの相手役」

「やれるわ。…貴方なら。……それを彼女も望んでる」

その問いに、シンジでは無く、レイが優しげな表情で答えた。

レイの言葉を聞き、トウジは顔を上げ、何かがフッ切れたような表情で話す。

「そうかぁ。そんならビシッと決めてくるで」

そして、ケンスケの声が響く。

「おい、トウジの出番だッ」

その声を聞き、トウジは力強く、ゆっくりと立ち上がり、舞台袖に向かおうとした。

舞台袖に向かうトウジを見て、アスカは静かに話しかける。

「……ヒカリを泣かしたら承知しないから」

「わぁっとる…」

そう言ったトウジの表情は、どことなく頼もしげに見えた。

 

 

<再び、舞台>

 

マユミが箱を選ぶと、舞台袖からマナが姿を現した。

マナは微笑みながら口を開く。

「御名答。流石は私の見込んだ御方♪」

「マナ…」

マナの登場に、マユミは驚いた表情で呟いた。

マナは話す。

「私は喜んで、貴方の妻となります」

そう微笑みながら言いつつも、マナは思う。

(今だけ、ね♪)

そんなマナの思考を知らず、マユミは芝居を続ける。

「しかし、私には貴方に差し上げる物、誇るべき物は何も無い。しいて上げるなら、この心と体ぐらいだ」

「それで充分で御座います。私の望む、それ以上の物は、この世界に存在しません」

マユミの言葉に頷くと、マナは満面の微笑で暖かな言葉を口にした。

その言葉に、マユミは口元に手を当てながら、微笑を見せて話す。

「…なんて言ったらいいんだろう。言葉が見つからない。…まるで夢を見ているようだ」

ムギュッ。

そうマユミが言った後、マナは唐突にマユミの頬を引っ張った。

「夢じゃありませんわ♪」

「うん、ゆぅふぇじゃない。(うん、夢じゃない。)」

マナの行動に驚きながらも、マユミは話し続けた。

頬から手を離すと、マナは笑顔で話す。

「しっかり現実を見てくださいまし。そして、しっかり愛してくださいましね♪」

「おめでとうございます。マユミ様」

そんな二人のもとに、舞台袖からヒカリが登場した。

ヒカリの言葉を聞き、マユミは微笑みながら返答する。

「ありがとう」

「…あの…マユミ様。実は、私も御一緒に結婚したいのですが」

そんな会話をした後、ヒカリは多少恥らって見せながら話した。

だが、先程のことが影響しているのか、どことなく寂しそうでもある。

ヒカリの言葉に、マユミは苦笑しながら話す。

「僕は男と結婚する趣味は無いけど?」

「そ、そういうことじゃ無いです!」

マユミの言葉に、ヒカリは慌て気味に言葉を返した。

そんな穏やかな雰囲気の中、マナが登場した舞台袖から、トウジがゆっくりと姿を現して口を開く。

「…私とヒカリは愛し合っています。そこで、結婚の御許しを頂ければと思いまして」

「鈴原……」

トウジの登場と、その言葉に、ヒカリは思わず胸が一杯になった。

多少照れ臭そうにしながらも、トウジは話す。

「ワシ…私はヒカリと約束したのです。マナ様の結婚が決まった時には、私達も…と」

「本当なのかい、ヒカリ?」

トウジの言葉を聞き、マユミはヒカリに訊ねた。

ヒカリは恥かしそうに頷きながら答える。

「ほ、本当でございます。…もし、御許しくだされば」

「勿論さ。喜んで承知させて貰うよ」

マユミは満面の笑顔で、ヒカリ達の結婚を承諾した。

その言葉を聞き、マナが楽しそうに話す。

「これで私達の結婚式も、いっそう華やかなものになるね♪」

 

和やかで穏やかな雰囲気の中、トウジが思い出したように口を開く。

「あ、忘れていました。先程、使いの者が手紙を持って参りました」

「私宛?」

その言葉を聞き、マナが訊ねた。

トウジは答える。

「いえ、シンジ様からマユミ様宛にございます。」

「シンジから?」

トウジから手紙を受け取ると、マユミは早速封を切り、手紙を読み出した。

そして読み進める度に、マユミの顔は青ざめていった。

「どうかされたのですか?」

マユミの表情を見て、ヒカリが訊ねた。

マユミはヒカリに手紙を手渡すと、焦りの混じった表情で呟く。

「…ヴェニスに戻らなければ。一刻も早く戻らなければ。……シンジの命が無い」

「何があったのですか?!」

突然の言葉に、マナは驚きの表情で訊ねた。

マユミは手紙の内容を苦みばしった表情で話す。

「商船が一隻残らず沈み、シンジは無一文になったそうだ。当然、借金をしたアスカにも、金は返せなかった。…クッ、それが魂胆だったのかッ」

そう言って、マユミは悔しそうに拳(こぶし)を握り締めた。

手紙を読んでいたヒカリは呟き、そして声を上げる。

「アスカ殿に裁判所に連れて行かれ…。…ッ!直ちにヴェニスに戻る準備を致します!」

そう声を上げると、ヒカリは手紙を投げ出し、舞台袖に去った。

マナは手紙を拾うと、ヒカリの読んでいた続きの部分を読み上げる。

「アスカは体の一部分として、私の心臓を1ポンド要求し…どうやら私の命もこれまでのようです」

手紙を一通り読み終えると、マナはマユミに訊ねる。

「…マユミ様。シンジ様とは、どういった関係で?」

「私の親友であり、唯一無二の存在だ。君と同じぐらいにね」

マユミは焦りの表情を見せつつも、事実を包み隠さずに話した。

その言葉を聞き、マナは微笑を見せて話す。

「なら、私の財産を使ってください。貴方の親友は、私の親友。貴方の無二の存在は、私にとっても無二の存在」

「……すまない。その行為に甘えさせて貰う。…何しろ、借金の原因は僕にあるのだから」

マナの提案を、マユミは受諾した。

その後、マユミはマナに事情を説明した。

 

事情を把握すると、マナはトウジに問う。

「トウジ。用立て出来そう?」

「いえ、出来ません。それなりの金額を動かすには、それなりの権限が無いことには」

トウジは申し訳無さそうに、用立て出来ないことを話した。

その言葉に、マユミは悔しそうに呟く。

「法律か…」

「…は、はい。法律上、財産の運営権は、マナ様にありますので…」

舞台袖に見えるケンスケのカンペを見ながら、トウジは話した。

その言葉を聞くと、名案が閃いたのか、マナは微笑みながら口を開く。

「なら直ぐに結婚式を挙げましょう。神父を呼んで、指輪を用意して、ドレスは要らないから♪」

「畏まりました」

トウジはそう言って舞台袖に消えようとした。

そんなトウジを見つめながら、マナは一言。

「貴方達も一緒にね♪」

「か、畏まりました」

動揺しつつも、どうにか言葉を返すトウジであった。

 

そのセリフを最後に舞台が暗くなる。

そして、ケンスケのナレーション。

-マユミ宛に送られた手紙の最後は、こう締め括られていた。-

手紙の部分をシンジが話す。

-死に際までに貴方に一目会いたかった。でも、それは貴方の心のままにして下さい。
私の貴方への友情が、どれほど程の価値を与えているか、とても心許なく感じるから…。…どうか御無理をなさらぬよう。-

再び、ケンスケのナレーション。

-このシンジの手紙を契機に、急遽、二組の結婚式が行われることになった。-

 

 

<客席>

 

「やるわね、アスカ」

幕が引かれると、ミサトは口元に手を置き、考えるような仕草で呟いた。

その呟きを聞き、リツコが訊ねる。

「何が?」

「心臓を1ポンド要求する所なんて、狡猾じゃない。しかも契約書があるんなら、シンジ君に逃げ場は無いわ」

そう言って、ミサトは肩をすくめた。

ミサトの言葉を聞き、リツコは小さく驚いた表情を見せながら訊ねる。

「…貴方、この話知らないの?」

「マキァヴェッリは読んだけど、シェイクスピアまでは興味が湧かなかったのよ」

リツコの問いに、ミサトは苦笑しながら答えた。

ミサトに答えるように、リツコも苦笑しながら話す。

「まぁ、ミサトらしいって言えば、らしいけど」

「それって、褒めてんの?」

リツコの言動に、ミサトは怪訝な表情で訊ねた。

リツコは微笑みながら答える。

「ええ、それはもう。作戦部長様」

そんな二人の背後では、男二人がボヤいていた。

「…レイちゃん。出番無いッすね」

「シンジもだ…」

 

スタタタタッ。

そんな大人達のもとに、一人の少年が手に細長い紙を持って、駆け寄っていた。

少年とはケンスケであった。

アスカ達から、ミサト達が来ていることを聞きつけたからだった。

ミサト達の前に来ると、ケンスケは細長い紙を差し出しながら口を開く。

「何も言わず、この紙を引いてくださいッ!」

 

 

 

つづく


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あとがき

これって即興芝居じゃないですよね。失敗したかも。(苦笑)

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