文化発表会、前日。

校舎裏には大きな箱を持った少女達が数人、誰かを待っているような仕草を見せている。

そこへ一人の眼鏡を掛けた少年が訪れた。

 

 

 

僕は僕で僕

(104)

 

 

 


 

「随分、遅いじゃない」

少年の姿を確認すると、少女達の一人がムッとした表情で口を開いた。

少年は答える。

「いや悪い。美術部の連中とも話があってね」

「言い訳はいいわ。それよりも約束は守ってくれるんでしょうね」

そう言って、少女達は怪訝な面持ちで少年を見つめた。

少年は不敵な表情を見せながら答える。

「無論だ。必ず実行させよう」

「……分ったわ。とりあえず、これが衣装よ」

少女達は僅かの間、少年を見つめた後、大きな箱を手渡しながら話した。

箱の中身を確認すると、少年は眼鏡を触り、微笑みを浮かべながら話す。

「協力感謝する」

 

 

<文化発表会、当日>

 

賑やかな校内の中、子供達は体育館の壇上袖に来ていた。

今日、ここで芝居を行うことになっているからだった。

そのことを知ってか、体育館内にはそれなりの人数が入っていた。

 

「おぉ、入っとる、入っとる。意外に多いんやないか?」

壇上袖から、生徒の入り具合を眺めながら、トウジが微笑みながら話した。

「うん。結構、来てるね。……何か緊張しちゃうな」

そう言って、シンジは緊張した表情を見せた。

その言葉を聞き、アスカは少し呆れたような口振りで話す。

「ここまできたのに、怖気づいたの?…記憶を失くしても、そんな所は相変わらずね」

「僕は僕だからね」

アスカの言葉に、シンジは苦笑して見せた。

 

緊張感と、穏やかな空気とが入り混じった雰囲気。

そんな中、ケンスケが大きな箱を持ってきた。その箱は、昨日、女生徒達が持っていた箱と同じモノだった。

ケンスケは箱の蓋を開けながら話す。

「全員分の衣装が入ってるから、適当な順番で着替えてくれよ。その間に俺は、立ち位置をバミったりしとくからさ」

「アスカ、衣装が来たよ」

ケンスケの言葉を聞き、マナは近くで話し込んでいるアスカ達に話しかけた。

アスカは驚きながら訊ねる。

「え、あるの?」

「相田君が用意してくれたみたいです」

アスカの問いに、マユミが微笑みながら答えた。

マユミの言葉を聞くと、ケンスケはバツが悪そうな顔を見せ、頭を掻きながら話す。

「まぁ一応は、人数分あるんだけどな…」

「何か問題があるの?」

その言葉を聞き、ヒカリが訊ねた。

ケンスケは申し訳無さそうに答える。

「シンジの衣装が女物なんだ」

「えぇぇぇぇ!僕、女物の衣装着るの?!」

シンジは声を上げた。

それもその筈だろう。言わば、女装して客席に出るという事なのだから。

そんなシンジを他所に、少女達は自分達の衣装を探している。

シンジの声に、マナとアスカは興味が無さそうに呟く。

「ふ〜ん、そうなんだ……」

「ま、私じゃないから別に……」

この際、シンジが女役をすることなど構わないようだった。

「…それ、どういうこと?」

レイは冷静に状況を見つめ、静かに訊ねた。

レイの問いを聞き、ケンスケは手を擦りあわせながら、シンジに向かって説明する。

「ホントに悪いッ!俺の発注ミスだ。そんな理由で、女役に変更頼むよ」

ケンスケの説明を聞きながら、シンジは嫌そうな顔で呟く。

「そんなのヤダよぉ…」

「すまん。この通りだ!」

そんなシンジに、手を擦り合わせ、頭を下げるケンスケであった。

二人の会話を聞き、トウジがシンジに話しかける。

「シンジ、女役ぐらい我慢せい。ワシも諦めとるんや」

「うっ…」

トウジも女役だったことを思い出し、シンジは言葉に詰まった。

そこへ、衣装を物色していたヒカリが、女物の衣装を手にしながら声を上げる。

その衣装は濃い紺色のワンピースだった。

「あ、これじゃない?鈴原の衣装」

「地味ねぇ。執事らしいって言えば、執事らしいけど」

アスカは、ヒカリの手にした衣装を見ながら話した。

アスカの言葉を聞き、ヒカリは訊ねる。

「アスカの衣装は、どんな感じ?」

「えっと…これじゃない?」

ヒカリと同じように衣装を探していたマナが、一着の衣装を箱から取り出しながら話した。

その衣装は、豪華で所々に細かな刺繍の入った、いかにも金持ちの衣装というものだった。

アスカの衣装を見て、マユミが微笑みながら話す。

「豪華な衣装ですね」

シンジとの会話が逸れたのを、これ幸いとばかりに、ケンスケが話す。

「悪どい金持ちの衣装だからな。貧相な感じは不味いだろ?」

「ま、悪くないんじゃない」

マナから衣装を受けとると、アスカは満更でもないといった表情を見せた。

皆が衣装を確認する中、話を逸らされたシンジは、諦めが付いたのか、衣装を確認したいのか、ケンスケ達に訊ねる。

「それで…僕の衣装は?」

シンジの言葉を聞き、マナは衣装の入った箱の中から、一着の服を取り出した。

「……もしかして、これ?」

その服は清純そうな、清潔そうな、純白の、まるでウェディングドレスのような衣装だった。

衣装をマナから受けとると、シンジは引きつった表情でトウジに訊ねる。

「と、トウジ。衣装、代えてくれない?!」

「嫌やッ!ワシは地味が好きなんじゃ!!そんなヒラヒラが付いたのなんか、着れへん!」

あまりの衣装の派手さに、思いっきり、自分の衣装を肯定するトウジであった。

そんなトウジの言葉に、ヒカリがサクッと話す。

「ヒラヒラじゃなくって、フリルって言うのよ」

 

「フ、フリル…」

そう呟くと、シンジの心は途方に暮れた。

 

 

<客席>

 

体育館には折りたたみ椅子が並べられ、生徒達がまばらに座っている。

その様子を眺めるようにして、二人の女性が体育館の出入口付近に立っていた。

二人の女性は、ミサトとリツコであった。

右側にある父兄用の椅子に腰を下ろすと、ミサトが口を開く。

「少し早く来過ぎたみたいね」

「開演、何時から?」

ミサトの言葉を聞き流すと、リツコは日頃の激務からか、こめ髪を軽く撫でながら訊ねた。

その様子に、ミサトは苦笑しながら話す。

「午後一って言ってたから、そろそろじゃない?」

「そう」

リツコは俯(うつむ)き加減に淡々と答えた。

その言葉に、ミサトは少し呆れたような表情で訊ねる。

「何か素っ気無いわねぇ。こういうの嫌いなの?」

「嫌いじゃないわよ。ただ馴れていないだけ」

微笑みながら話すと、リツコは舞台に視線を移した。

「ふ〜ん、そういう事にしといてあげるわ」

含み笑いをしながらリツコに答えた後、ミサトは壇上を見て言葉をつなぐ。

「立ち位置バミってるじゃない。へ〜、結構、結構。即興にしては頑張ってるじゃない♪」

舞台では、ケンスケが白いゴムテープで、立ち位置をバミ(場を見るの略語)っていた。

ミサトの言葉を聞き、リツコは話す。

「ま、それなりに期待しましょう」

 

そんな二人の隣では、女性徒達が雑談を楽しんでいた。

女性徒達は、なぜか手にインスタントカメラを持っている。

「ねぇ、ホントに碇君が女装するの?」

「するって。その為に、衣装を用意したんだから」

「衣装ってどんなの?」

「ウェディングドレス〜♪」

『嘘〜?!』

「それに、碇君の着替える所の生写真付き♪」

「でも相田の事だから、お金取るんじゃない?」

「50円だってさ」

「商売上手ねぇ〜。で〜も。碇君の為なら、え〜んやこ〜らッ♪」

そう歌いながら、女性徒の一人は財布の中身を確認した。

 

意外なことに、陰気さ漂うシンジは、女性徒達から絶大な人気を得ていた。

それもその筈かも知れない。整った顔立ちを見せ、その上、エヴァのパイロット。

おまけに、人当たりに対する特有の優しさを持っているのだから。

だが、シンジ自身はこの事に気づいていない。

もし、知ったとしても否定するだろう。

「ただの童顔で、好きでエヴァに乗ってる訳じゃなくて、人と接するのが臆病なだけ」…と言って。

 

舞台に幕が引かれ、そろそろ開演という中。

リツコとミサトの許には、青葉が姿を見せていた。

二人の後ろに座ると、青葉は微笑みながら話しかける。

「お疲れ様です」

青葉の声を聞き、振り向きながら確認すると、二人は口を開く。

「あら、青葉君。仕事、抜けてきたわね♪」

「レイ?」

「そういうことです」

二人の言葉に、青葉は苦笑して答えた。

そして、肩に掛けてきた鞄から、8mm録画用のハンディカムを取り出す。

その機材に、ミサトは微笑みながら訊ねる。

「一生の記念ってやつね♪」

「そうッす。こういった行事は外せないですからね。気合入れて撮るッすよ!」

青葉はハンディカムを視線に持っていき、上下左右を確認するように見回した。

リツコは青葉の姿を見て呟く。

「親バカね」

「あら、人のこと言えないわよ。私達だって、仕事抜け出して来てるんだから♪」

リツコの呟きに、ミサトは満面の笑みを浮かべて話した。

リツコは苦笑しながら話す。

「好きに言って頂戴」

 

ブーッ。

リツコ達が会話を追えると、体育館に開演の知らせを告げる音が響いた。

そして音が止むと、ケンスケの声が続く。

-ただいまから地球防衛劇団による、即興舞台げキッ!ガッ!-

ケンスケの声は、途中から呻(うめ)き声に変わった。

そして打撃音が響く。

バキッ、ドガッ、ガスッ。

打撃音が止むと、体育館にはマナの声が聞こえてくる。

-失礼しました。只今より2-Aの生徒八名による、即興舞台劇、『ヴェニスの商人』を上演致します。-

マナの言葉を繋ぐように、アスカの楽しげな声が響く。

-どうぞ、ごゆっくり御覧下さ〜い♪-

 

そして幕は上がった。

 

 

<舞台>

 

舞台袖から、シンジが女装姿で歩いてくると、女性徒達は感嘆の息を発しながら一斉にフラッシュをたいた。

シンジは恥らいつつも舞台中央に来ると、芝居を始めようと、客席に向かって口を開く。

「まったく訳が分らない。どうしてこうも気が滅入る?」

 

シンジの一言が終ると、すかさずケンスケのナレーションが入る。

-舞台は中世のヴェニス。その街で、正直な商いを勤しんでいる女商人のシンジは、稀なことに苦悩に喘いでいた。
それもその筈である。資産を投入して買い込んだ商品の輸送船が、数隻、行方知れずになったのだから。-

 

シンジの屋敷内。

シンジは俯(うつむ)き加減に、部屋の中を右往左往しながら口を開く。

「自分でも厭(いや)になる。どうしてこんな感情に取り憑かれ、どうしてそんな感情を背負い込んだのか、皆目見当がつかない。
…とにかく気は滅入るばかり。……まるで、自分で自分の心を掴みあぐねている感じだ」

そして、天井を見上げると`ため息´を吐き出し、呟くように話す。

「……いや、そうじゃない。ぼ、私は運が良かったんだ。何も取引先は一つという訳じゃないし、船だって一つじゃない。
数隻の船が行方知れずになったとしても、全財産を失った訳じゃない」

「姉様…」

シンジが天井を見つめていると、妹役のレイが入室してきた。

レイの姿は商人の妹に相応しく、手間の込んだ可愛げのあるものだった。

その姿を瞳に入れると、シンジは「ほぅ…」と感嘆の息を漏らし、その姿に見惚れてしまった。

レイの姿は可凛と言っていいほど淑やかで、人を魅了するに充分な姿だったから。

シンジの前まで静々と歩み寄ると、レイは耳打ちするように小声で呟く。

「……碇君、問い掛けて」

「あっ」

セリフを即興で繋げながら話すことを忘れていたのか、シンジは思い出したように口を開く。

「ど、どうしたの?また船が行方知らずになったという知らせ?」

「ええ。…また一隻、消息を絶ったらしいって連絡が」

そう言って、レイは俯(うつむ)いた。

シンジはレイを瞳に映しながら口を開く。

「大丈夫、心配要らない。まだ五隻も残っているじゃないの。まだ大丈夫。五隻失ったら、これからどうするかを心配しよう」

「…そうね。そうすることにする」

レイが顔を上げながら答えると、舞台袖からマユミの声が響く。

「シンジ、シンジは居るかい?僕だ。君の友人、マユミだ。
君が僕の友人なら、この扉を開けてくれ。さもなければ、この扉は永遠に閉じてくれ」

友人の声に微笑を見せると、シンジはレイに話しかける。

「レイ。悪いけどマユミを中に入れてくない?彼の言葉からすると、急ぎの用らしいから」

「……」

シンジの言葉を聞き、レイは戸惑いを感じたのか、俯(うつむ)いてしまった。

レイは思考する。

(レイ…。苗字じゃなくて、名前で……。)

そんなレイの思考を知らず、シンジは不思議そうに小声で囁く。

「綾波?どうしたの?」

「あっ…。マユミさんを中に入れる。それでいいのね?」

シンジの声に気づくと、レイは芝居を続け、そそくさと舞台袖に消えた。

 

その間に、ケンスケのナレーションが入る。

-シンジの心に最も近く、最も親しくしている友、ヴェニスの貴族、マユミ。
彼は貴族という家柄に生まれながらも、僅かな財産しか相続しませんでした。俗にいう貧乏貴族というやつです。-

 

舞台袖からマユミが現れる。

マユミの姿は貧乏貴族らしい、粗末な身なりだった。

そして、舞台中央へ足早に歩きながら来ると、マユミは口を開く。

「良かった。君に拒絶されたらどうするかを、考えずに済んだよ」

「君を拒絶する?とんでもない。私達は親友じゃないの」

「嘘でも嬉しいよ」

シンジの言葉を聞き、マユミは微笑みを見せた。

そしてシンジの顔を見ると、マユミは少し驚いたような表情で言葉をつなぐ。

「疲れてるのかい?」

「疲れてる?私が?………うん、そうかもしれない」

シンジは少し俯(うつむ)き加減に話した。

マユミは不安げな顔つきで訊ねる。

「何かあったのかい?」

「商品を積んだ船が数隻、行方知れずになって…」

そう言って、シンジは疲れた微笑を見せた。

マユミは同情するような表情で口を開く。

「それは大変だな。……その…なんだ。かける言葉が見つからないよ」

「大丈夫、心配は要らないよ。まだ五隻も残ってるんだから。それに五隻分の商品だけでも、大した値が張る品物なの…さ」

女性的な言葉遣いに抵抗があったのか、シンジは少しの間の後、『さ』を付けた。

マユミは微笑みながら話す。

「そうか、それなら良かった。実は、君に借金を申し込むつもりで来たのだからね」

「幾ら?20ダカッツぐらいなら、手許にあるけど」

そう言って、シンジは微笑を見せた。

マユミは申し訳無さそうに頭を掻きながら話す。

「いや、その…桁が少し違うんだ」

「百桁なの?それなら知り合いの商人に頼んで、何とか工面して貰うことが出来るけど?」

シンジは少し驚いた表情を見せながら話した。

その言葉を聞き、マユミは更に申し訳無さそうに話す。

「その……もう一桁上で…3000ダカッツほど入用なんだよ」

「さ、3000ダカッツ?!そんな大金を、どうして君が?」

あまりの金額の大きさに、シンジは声を上げて訊ねた。

少しの沈黙の後、マユミは恥かしそうに答える。

「……恋をしたんだ。…その恋を叶える為、結婚を申し込もうと思ってね」

「…恋。…そうか。…いえ、そう恋ね」

男口調で答えた為、シンジはセリフを言い直しながら話した。

そして、シンジはスカートの裾を持ち、部屋の中を右往左往しながら考える仕草を見せた。

シンジを見つめながら、マユミは話しかける。

「すまない。こんなことを頼めるのは君しかいないんだ」

「別にいい…わ。君に頼まれることは、私が君に必要ってことだから…」

女性的言い回しを多少戸惑いながら使うと、シンジは微笑みながら話した。

そして舞台中央に足を運ぶと、マユミに訊ねる。

「そのお金は直ぐにいるの?」

「ああ。彼女の許には、毎日のように求婚者が押し寄せているらしい。…何しろ彼女は名門の家柄の上、莫大な資産家だからね」

マユミは多少俯(うつむ)き気味に話した。

更にシンジは訊ねる。

「まさかと思うけど、君は彼女の財産が目当てなの?」

「馬鹿なこと言わないでくれ!彼女の心に惹かれたことはあっても、財産なんかに惹かれたことは、一度だって無いッ!
こう見えても僕は、人間として恥じる行為は何であるかを知ってるつもりだ!」

シンジの言葉に憤りを感じ、マユミは声を上げて答えた。

マユミの言葉を聞くと、シンジは安心したかのように微笑を見せて話す。

「やっぱりマユミだね。…安心した。…君が恋をしたなんて初めて聞いたから、少し訊ねてみたかったの」

そう言って、シンジは小悪魔っぽく、上目づかいにマユミを見た。

ドキッ。

シンジの上目づかいと、『恋』という言葉に、マユミは心臓を高鳴らせた。

マユミは思考する。

(……そ、そんな瞳で見られたら、私。…ど、どうすればいいの。……あっ、お芝居。)

芝居が途中だったことに気づくと、マユミは慌て気味に口を開く。

「そ、そうか。僕の方こそ、こんな話を急に持ち出して、悪いと思ってるよ」

「謝らないで。私とマユミの仲に、そんな謝罪の言葉は必要ない筈だよ」

そう微笑みながら話すと、シンジは舞台の袖側に足を進める。

そして声を上げる。

「レイ、出掛けるよ。惣流さんの所にね」

「惣流だって?!あの強欲と悪徳を衣に纏(まと)った人物に、君が何の用があるんだ?!」

惣流の名に、マユミは嫌悪を露わにしながら声を上げた。

シンジは微笑みながら答える。

「彼だって商人だよ。損得勘定が出来るなら、私に融資してくれる筈だ…よ」

思わず男言葉を使ってしまい、『よ』を付け加えるシンジであった。

だが、マユミは納得がいかない。

「しかしだな…」

「それに3000ダカッツの大金を貸せるのは、このヴェニスの街では、彼ぐらいしか知らないしね。
な〜に、心配は要らないって。船が到着すれば、3000ダカッツの`はした金´ぐらい、ノシをつけて返せるよ」

船の帰還を信じているシンジは、力強くマユミに話した。

 

二人の会話が一通り済むと、レイが再び舞台に登場する。

そして、シンジに向かって口を開く。

「姉様、表に馬車が待ってる」

「ありがとう、レイ。留守番は宜しく頼むね」

そう言って、シンジはマユミと連れ立って、舞台から退場しようとした。

そんな二人に、レイが声をかける。

「姉様、私も一緒に行っていい?」

「えっ?…あ、あの」

台本に無いレイのセリフに、シンジはどう返答していいか解らず、口ごもった。

そんなシンジを見かねて、マユミが口を開く。

「構わないだろ?な、シンジ?」

レイの大胆な即興的なセリフに、マユミは機転を利かせ、苦笑しながら話した。

シンジは動揺しつつも頷く。

「あ、うん」

 

三人が舞台上から去ると、出番がまだ来ないヒカリとマナが、学生服のままで、舞台の幕を引いた。

幕が引き終わると、ケンスケのナレーションが入る。

-こうして三人は、悪徳商人、強欲卑劣、数々の悪名を持つ、惣流家へと足を運ぶのでした。-

バキッ!

ケンスケのナレーションが終ると同時に、鈍い衝撃音が響いた。

ナレーションに激怒したアスカに、ケンスケが張り倒される音であった。

 

とにもかくにも、第一幕は終えた。

 

 

<客席>

 

「可愛いわね。思わず笑っちゃったわ♪」

「シンジ君の女装、山岸さんの男装。意外に似合うものね。正直、感激したわ」

一風変わった二人の姿に思わず笑みのこぼれる、ミサトとリツコであった。

その後ろでは、8mmの残り電源を確認しながら、青葉が口を開く。

「でも、レイちゃんも可愛かったッすよ」

「「親バカねぇ〜」」

青葉の言葉に、声を合わせながら二人は苦笑した。

二人の言葉を聞くと、青葉は思い出したように口を開く。

「そう言えば…司令、来ないんですかね?せっかく、シンジ君の晴れ舞台だって言うのに…」

「忙しんでしょ。初号機の凍結申請とかで」

青葉の言葉に、ミサトは微笑みながら答えた。

ミサトの言葉を聞き、リツコは話す。

「あら、私、来る前に会ったわよ。「少しだけ見に行くつもりだ」って言ってたけど?」

ミサトの言葉に、ミサトは話す。

「シンジ君、驚いて卒倒しなきゃいいわね♪」

その言葉に、一同は笑い声を上げた。

 

 

一方、女性徒達は…と言えば。

「ねぇ、撮った?撮った?」

「とー然じゃない。やっぱり女装姿も様になるよね、碇君って♪」

「うんうん、言えてる。どことなく神秘さが漂ってさ」

「しかも、妖しいし♪」

その言葉に、女性徒達は楽しそうに笑った。

案外、女性徒達のオモチャにされてるシンジであった。

 

 

<舞台裏>

 

第一幕の終った舞台裏では、少年達による、簡単な舞台変更が行われていた。

美術部が作ったと思われる背景と、近所から借りてきたテーブルと椅子を並べるだけの、本当に簡単な舞台変更だった。

一通り、舞台変更が終ると、ケンスケがシンジに話しかける。

「シンジ。もう少し、女の言葉遣い出来ないか?」

「僕は、一生懸命やってるつもりだけどね」

シンジは次も出番がある為、衣装を着けたまま答えた。

その姿は、どことなく違和感がありつつ、新鮮なものであった。

シンジの言葉を聞くと、ケンスケは頭を掻きながら話す。

「まぁ、それは認めるけどさ。出来るだけ、『なんだよ』とかを『なのよ』に言い換えてみてくれよ。だいぶ違うからさ」

「うん、出来るだけ努力してみる」

そう言って、シンジは微笑を見せた。

ドキッ。

シンジの微笑みに、ケンスケは思わず胸を高鳴らせた。

ケンスケは、自分の危うい感情に戸惑いつつ思考する。

(この格好で、この表情…。……やばいなぁ。…やば過ぎるぜ。)

そうケンスケが思考していると、まだ制服姿のトウジが話しかける。

「こっちの準備、終ったでぇ〜」

「私の方もいいわよ」

トウジに続き、舞台上で椅子に座ったアスカが声を上げた。

「分った。直ぐ始める」

二人の声に答えると、ケンスケは念を押すようにシンジに話す。

「いいか。女役、女言葉、出来るだけ頼む、な?」

「分った。出来るだけ、やってみるから」

そう言って、シンジは精一杯の微笑を見せた。

その微笑に、ケンスケは心の中で叫ぶ。

(やばいッ!やば過ぎるぞぉぉぉぉぉッ!!)

 

 

<客席>

 

客席では、一風変わった芝居が上演されているとの噂を聞き、かなりの数の生徒が集まっていた。

そんな中、リツコ達の許にはゲンドウが姿を現していた。

「「し、司令?!」」

ゲンドウの登場に、青葉とミサトは驚きながら声を上げた。

二人は同時に、同じことを思考する。

((噂をすれば…何とやら。))

そんな二人を他所に、リツコは落ち着いた様子だった。

青葉の隣に座ったゲンドウに、リツコは微笑みながら訊ねる。

「副司令は留守番ですか?」

「ああ。多少、ボヤかれたがな」

リツコの問いに、ゲンドウは短く答えた。

その言葉を聞き、リツコは苦笑しながら話す。

「「また押し付けおって…」ですか?」

「…そんな所だ」

リツコの言葉に、ゲンドウは微笑むこと無く答えた。

相変わらず寡黙で、無愛想なゲンドウに、青葉は引きつった表情で硬直していた。

そんな青葉に視線をやったゲンドウは、ハンディカムに気づき、静かに話しかける。

「…それで、シンジ達の芝居を撮っているのか?」

「は、はいッ!」

緊張した為か、青葉は声を上げて答えた。

その声を確認すると、ゲンドウは青葉に手を差し出し、口を開く。

「…ダビング、頼む」

「りょ、了解ですッ!!」

青葉は声を上げ、ゲンドウの手を力強く握り返した。

そして、今以上に気合を入れて、撮影に望むことになるのであった。

 

そして、第二幕の開始を告げる、ケンスケのナレーションが始まる。

-惣流家に訪れた三人は、主の待つ居間へと通された。そこでは、家主たる惣流アスカが、憮然とした顔つきで待っていた。
それもその筈である。悪徳商人である惣流は、お人好しの商人である、碇シンジが大嫌いだったのだから。-

 

幕が上がると、そこには椅子とテーブルがあり、背景には豪華な室内の景色が書かれている。

そして、椅子にはアスカが憮然とした表情で座っていた。

そのままの表情で、アスカは口を開く。

「入りたまえ。碇シンジ君と、その御仲間達」

豪華な衣装に見を纏ったアスカは、侮蔑を込めた口調で話した。

その声を聞き、シンジ達が舞台袖から登場した。

 

ズルッ。

シンジの姿を瞳に入れた瞬間、ゲンドウは椅子から滑り落ちそうになった。

そして思わず呟く。

「な、なんだ、あの姿は…」

呟きを途中で切ると、ゲンドウは思考で繋ぐ。

(……似すぎている。…あの姿は、似すぎている。)

「大丈夫ですか?碇司令」

ゲンドウの焦りっぷりに、ミサトは苦笑混じりに訊ねた。

額に浮かんだ脂汗を手で拭いながら、ゲンドウは冷静を装いつつ答える。

「む、無論だ。私が驚くことなど有り得ない」

ゲンドウは、サクッと自分が驚いていたことを露呈するのであった。

 

ゲンドウの驚きを他所に、舞台では、シンジが口を開く場面がきていた。

シンジは女性的な言葉遣いを心がけて口を開く。

「惣流さん、ごきげんよう。実は、私、貴方に頼みがあって来たの」

 

シンジの言葉遣いは、女性的と呼べるものになっていた。

 

 

 

つづく


(103)に戻る

(105)に進む

 

あとがき

ま、色々ありますけど、あと1〜3回は、舞台で話が進むと思います。(笑)

Gƒ|ƒCƒ“ƒgƒ|ƒCŠˆ@Amazon Yahoo Šy“V

–³—¿ƒz[ƒ€ƒy[ƒW Šy“Vƒ‚ƒoƒCƒ‹[UNLIMIT‚ª¡‚È‚ç1‰~] ŠCŠOŠiˆÀq‹óŒ” ŠCŠO—·s•ÛŒ¯‚ª–³—¿I