文化発表会、前日。
校舎裏には大きな箱を持った少女達が数人、誰かを待っているような仕草を見せている。
そこへ一人の眼鏡を掛けた少年が訪れた。
僕は僕で僕
(104)
「随分、遅いじゃない」
少年の姿を確認すると、少女達の一人がムッとした表情で口を開いた。
少年は答える。
「いや悪い。美術部の連中とも話があってね」
「言い訳はいいわ。それよりも約束は守ってくれるんでしょうね」
そう言って、少女達は怪訝な面持ちで少年を見つめた。
少年は不敵な表情を見せながら答える。
「無論だ。必ず実行させよう」
「……分ったわ。とりあえず、これが衣装よ」
少女達は僅かの間、少年を見つめた後、大きな箱を手渡しながら話した。
箱の中身を確認すると、少年は眼鏡を触り、微笑みを浮かべながら話す。
「協力感謝する」
<文化発表会、当日>
賑やかな校内の中、子供達は体育館の壇上袖に来ていた。
今日、ここで芝居を行うことになっているからだった。
そのことを知ってか、体育館内にはそれなりの人数が入っていた。
「おぉ、入っとる、入っとる。意外に多いんやないか?」
壇上袖から、生徒の入り具合を眺めながら、トウジが微笑みながら話した。
「うん。結構、来てるね。……何か緊張しちゃうな」
そう言って、シンジは緊張した表情を見せた。
その言葉を聞き、アスカは少し呆れたような口振りで話す。
「ここまできたのに、怖気づいたの?…記憶を失くしても、そんな所は相変わらずね」
「僕は僕だからね」
アスカの言葉に、シンジは苦笑して見せた。
緊張感と、穏やかな空気とが入り混じった雰囲気。
そんな中、ケンスケが大きな箱を持ってきた。その箱は、昨日、女生徒達が持っていた箱と同じモノだった。
ケンスケは箱の蓋を開けながら話す。
「全員分の衣装が入ってるから、適当な順番で着替えてくれよ。その間に俺は、立ち位置をバミったりしとくからさ」
「アスカ、衣装が来たよ」
ケンスケの言葉を聞き、マナは近くで話し込んでいるアスカ達に話しかけた。
アスカは驚きながら訊ねる。
「え、あるの?」
「相田君が用意してくれたみたいです」
アスカの問いに、マユミが微笑みながら答えた。
マユミの言葉を聞くと、ケンスケはバツが悪そうな顔を見せ、頭を掻きながら話す。
「まぁ一応は、人数分あるんだけどな…」
「何か問題があるの?」
その言葉を聞き、ヒカリが訊ねた。
ケンスケは申し訳無さそうに答える。
「シンジの衣装が女物なんだ」
「えぇぇぇぇ!僕、女物の衣装着るの?!」
シンジは声を上げた。
それもその筈だろう。言わば、女装して客席に出るという事なのだから。
そんなシンジを他所に、少女達は自分達の衣装を探している。
シンジの声に、マナとアスカは興味が無さそうに呟く。
「ふ〜ん、そうなんだ……」
「ま、私じゃないから別に……」
この際、シンジが女役をすることなど構わないようだった。
「…それ、どういうこと?」
レイは冷静に状況を見つめ、静かに訊ねた。
レイの問いを聞き、ケンスケは手を擦りあわせながら、シンジに向かって説明する。
「ホントに悪いッ!俺の発注ミスだ。そんな理由で、女役に変更頼むよ」
ケンスケの説明を聞きながら、シンジは嫌そうな顔で呟く。
「そんなのヤダよぉ…」
「すまん。この通りだ!」
そんなシンジに、手を擦り合わせ、頭を下げるケンスケであった。
二人の会話を聞き、トウジがシンジに話しかける。
「シンジ、女役ぐらい我慢せい。ワシも諦めとるんや」
「うっ…」
トウジも女役だったことを思い出し、シンジは言葉に詰まった。
そこへ、衣装を物色していたヒカリが、女物の衣装を手にしながら声を上げる。
その衣装は濃い紺色のワンピースだった。
「あ、これじゃない?鈴原の衣装」
「地味ねぇ。執事らしいって言えば、執事らしいけど」
アスカは、ヒカリの手にした衣装を見ながら話した。
アスカの言葉を聞き、ヒカリは訊ねる。
「アスカの衣装は、どんな感じ?」
「えっと…これじゃない?」
ヒカリと同じように衣装を探していたマナが、一着の衣装を箱から取り出しながら話した。
その衣装は、豪華で所々に細かな刺繍の入った、いかにも金持ちの衣装というものだった。
アスカの衣装を見て、マユミが微笑みながら話す。
「豪華な衣装ですね」
シンジとの会話が逸れたのを、これ幸いとばかりに、ケンスケが話す。
「悪どい金持ちの衣装だからな。貧相な感じは不味いだろ?」
「ま、悪くないんじゃない」
マナから衣装を受けとると、アスカは満更でもないといった表情を見せた。
皆が衣装を確認する中、話を逸らされたシンジは、諦めが付いたのか、衣装を確認したいのか、ケンスケ達に訊ねる。
「それで…僕の衣装は?」
シンジの言葉を聞き、マナは衣装の入った箱の中から、一着の服を取り出した。
「……もしかして、これ?」
その服は清純そうな、清潔そうな、純白の、まるでウェディングドレスのような衣装だった。
衣装をマナから受けとると、シンジは引きつった表情でトウジに訊ねる。
「と、トウジ。衣装、代えてくれない?!」
「嫌やッ!ワシは地味が好きなんじゃ!!そんなヒラヒラが付いたのなんか、着れへん!」
あまりの衣装の派手さに、思いっきり、自分の衣装を肯定するトウジであった。
そんなトウジの言葉に、ヒカリがサクッと話す。
「ヒラヒラじゃなくって、フリルって言うのよ」
「フ、フリル…」
そう呟くと、シンジの心は途方に暮れた。
<客席>
体育館には折りたたみ椅子が並べられ、生徒達がまばらに座っている。
その様子を眺めるようにして、二人の女性が体育館の出入口付近に立っていた。
二人の女性は、ミサトとリツコであった。
右側にある父兄用の椅子に腰を下ろすと、ミサトが口を開く。
「少し早く来過ぎたみたいね」
「開演、何時から?」
ミサトの言葉を聞き流すと、リツコは日頃の激務からか、こめ髪を軽く撫でながら訊ねた。
その様子に、ミサトは苦笑しながら話す。
「午後一って言ってたから、そろそろじゃない?」
「そう」
リツコは俯(うつむ)き加減に淡々と答えた。
その言葉に、ミサトは少し呆れたような表情で訊ねる。
「何か素っ気無いわねぇ。こういうの嫌いなの?」
「嫌いじゃないわよ。ただ馴れていないだけ」
微笑みながら話すと、リツコは舞台に視線を移した。
「ふ〜ん、そういう事にしといてあげるわ」
含み笑いをしながらリツコに答えた後、ミサトは壇上を見て言葉をつなぐ。
「立ち位置バミってるじゃない。へ〜、結構、結構。即興にしては頑張ってるじゃない♪」
舞台では、ケンスケが白いゴムテープで、立ち位置をバミ(場を見るの略語)っていた。
ミサトの言葉を聞き、リツコは話す。
「ま、それなりに期待しましょう」
そんな二人の隣では、女性徒達が雑談を楽しんでいた。
女性徒達は、なぜか手にインスタントカメラを持っている。
「ねぇ、ホントに碇君が女装するの?」
「するって。その為に、衣装を用意したんだから」
「衣装ってどんなの?」
「ウェディングドレス〜♪」
『嘘〜?!』
「それに、碇君の着替える所の生写真付き♪」
「でも相田の事だから、お金取るんじゃない?」
「50円だってさ」
「商売上手ねぇ〜。で〜も。碇君の為なら、え〜んやこ〜らッ♪」
そう歌いながら、女性徒の一人は財布の中身を確認した。
意外なことに、陰気さ漂うシンジは、女性徒達から絶大な人気を得ていた。
それもその筈かも知れない。整った顔立ちを見せ、その上、エヴァのパイロット。
おまけに、人当たりに対する特有の優しさを持っているのだから。
だが、シンジ自身はこの事に気づいていない。
もし、知ったとしても否定するだろう。
「ただの童顔で、好きでエヴァに乗ってる訳じゃなくて、人と接するのが臆病なだけ」…と言って。
舞台に幕が引かれ、そろそろ開演という中。
リツコとミサトの許には、青葉が姿を見せていた。
二人の後ろに座ると、青葉は微笑みながら話しかける。
「お疲れ様です」
青葉の声を聞き、振り向きながら確認すると、二人は口を開く。
「あら、青葉君。仕事、抜けてきたわね♪」
「レイ?」
「そういうことです」
二人の言葉に、青葉は苦笑して答えた。
そして、肩に掛けてきた鞄から、8mm録画用のハンディカムを取り出す。
その機材に、ミサトは微笑みながら訊ねる。
「一生の記念ってやつね♪」
「そうッす。こういった行事は外せないですからね。気合入れて撮るッすよ!」
青葉はハンディカムを視線に持っていき、上下左右を確認するように見回した。
リツコは青葉の姿を見て呟く。
「親バカね」
「あら、人のこと言えないわよ。私達だって、仕事抜け出して来てるんだから♪」
リツコの呟きに、ミサトは満面の笑みを浮かべて話した。
リツコは苦笑しながら話す。
「好きに言って頂戴」
ブーッ。
リツコ達が会話を追えると、体育館に開演の知らせを告げる音が響いた。
そして音が止むと、ケンスケの声が続く。
-ただいまから地球防衛劇団による、即興舞台げキッ!ガッ!-
ケンスケの声は、途中から呻(うめ)き声に変わった。
そして打撃音が響く。
バキッ、ドガッ、ガスッ。
打撃音が止むと、体育館にはマナの声が聞こえてくる。
-失礼しました。只今より2-Aの生徒八名による、即興舞台劇、『ヴェニスの商人』を上演致します。-
マナの言葉を繋ぐように、アスカの楽しげな声が響く。
-どうぞ、ごゆっくり御覧下さ〜い♪-
そして幕は上がった。
<舞台>
舞台袖から、シンジが女装姿で歩いてくると、女性徒達は感嘆の息を発しながら一斉にフラッシュをたいた。
シンジは恥らいつつも舞台中央に来ると、芝居を始めようと、客席に向かって口を開く。
「まったく訳が分らない。どうしてこうも気が滅入る?」
シンジの一言が終ると、すかさずケンスケのナレーションが入る。
-舞台は中世のヴェニス。その街で、正直な商いを勤しんでいる女商人のシンジは、稀なことに苦悩に喘いでいた。
それもその筈である。資産を投入して買い込んだ商品の輸送船が、数隻、行方知れずになったのだから。-
シンジの屋敷内。
シンジは俯(うつむ)き加減に、部屋の中を右往左往しながら口を開く。
「自分でも厭(いや)になる。どうしてこんな感情に取り憑かれ、どうしてそんな感情を背負い込んだのか、皆目見当がつかない。
…とにかく気は滅入るばかり。……まるで、自分で自分の心を掴みあぐねている感じだ」
そして、天井を見上げると`ため息´を吐き出し、呟くように話す。
「……いや、そうじゃない。ぼ、私は運が良かったんだ。何も取引先は一つという訳じゃないし、船だって一つじゃない。
数隻の船が行方知れずになったとしても、全財産を失った訳じゃない」
「姉様…」
シンジが天井を見つめていると、妹役のレイが入室してきた。
レイの姿は商人の妹に相応しく、手間の込んだ可愛げのあるものだった。
その姿を瞳に入れると、シンジは「ほぅ…」と感嘆の息を漏らし、その姿に見惚れてしまった。
レイの姿は可凛と言っていいほど淑やかで、人を魅了するに充分な姿だったから。
シンジの前まで静々と歩み寄ると、レイは耳打ちするように小声で呟く。
「……碇君、問い掛けて」
「あっ」
セリフを即興で繋げながら話すことを忘れていたのか、シンジは思い出したように口を開く。
「ど、どうしたの?また船が行方知らずになったという知らせ?」
「ええ。…また一隻、消息を絶ったらしいって連絡が」
そう言って、レイは俯(うつむ)いた。
シンジはレイを瞳に映しながら口を開く。
「大丈夫、心配要らない。まだ五隻も残っているじゃないの。まだ大丈夫。五隻失ったら、これからどうするかを心配しよう」
「…そうね。そうすることにする」
レイが顔を上げながら答えると、舞台袖からマユミの声が響く。
「シンジ、シンジは居るかい?僕だ。君の友人、マユミだ。
君が僕の友人なら、この扉を開けてくれ。さもなければ、この扉は永遠に閉じてくれ」
友人の声に微笑を見せると、シンジはレイに話しかける。
「レイ。悪いけどマユミを中に入れてくない?彼の言葉からすると、急ぎの用らしいから」
「……」
シンジの言葉を聞き、レイは戸惑いを感じたのか、俯(うつむ)いてしまった。
レイは思考する。
(レイ…。苗字じゃなくて、名前で……。)
そんなレイの思考を知らず、シンジは不思議そうに小声で囁く。
「綾波?どうしたの?」
「あっ…。マユミさんを中に入れる。それでいいのね?」
シンジの声に気づくと、レイは芝居を続け、そそくさと舞台袖に消えた。
その間に、ケンスケのナレーションが入る。
-シンジの心に最も近く、最も親しくしている友、ヴェニスの貴族、マユミ。
彼は貴族という家柄に生まれながらも、僅かな財産しか相続しませんでした。俗にいう貧乏貴族というやつです。-
舞台袖からマユミが現れる。
マユミの姿は貧乏貴族らしい、粗末な身なりだった。
そして、舞台中央へ足早に歩きながら来ると、マユミは口を開く。
「良かった。君に拒絶されたらどうするかを、考えずに済んだよ」
「君を拒絶する?とんでもない。私達は親友じゃないの」
「嘘でも嬉しいよ」
シンジの言葉を聞き、マユミは微笑みを見せた。
そしてシンジの顔を見ると、マユミは少し驚いたような表情で言葉をつなぐ。
「疲れてるのかい?」
「疲れてる?私が?………うん、そうかもしれない」
シンジは少し俯(うつむ)き加減に話した。
マユミは不安げな顔つきで訊ねる。
「何かあったのかい?」
「商品を積んだ船が数隻、行方知れずになって…」
そう言って、シンジは疲れた微笑を見せた。
マユミは同情するような表情で口を開く。
「それは大変だな。……その…なんだ。かける言葉が見つからないよ」
「大丈夫、心配は要らないよ。まだ五隻も残ってるんだから。それに五隻分の商品だけでも、大した値が張る品物なの…さ」
女性的な言葉遣いに抵抗があったのか、シンジは少しの間の後、『さ』を付けた。
マユミは微笑みながら話す。
「そうか、それなら良かった。実は、君に借金を申し込むつもりで来たのだからね」
「幾ら?20ダカッツぐらいなら、手許にあるけど」
そう言って、シンジは微笑を見せた。
マユミは申し訳無さそうに頭を掻きながら話す。
「いや、その…桁が少し違うんだ」
「百桁なの?それなら知り合いの商人に頼んで、何とか工面して貰うことが出来るけど?」
シンジは少し驚いた表情を見せながら話した。
その言葉を聞き、マユミは更に申し訳無さそうに話す。
「その……もう一桁上で…3000ダカッツほど入用なんだよ」
「さ、3000ダカッツ?!そんな大金を、どうして君が?」
あまりの金額の大きさに、シンジは声を上げて訊ねた。
少しの沈黙の後、マユミは恥かしそうに答える。
「……恋をしたんだ。…その恋を叶える為、結婚を申し込もうと思ってね」
「…恋。…そうか。…いえ、そう恋ね」
男口調で答えた為、シンジはセリフを言い直しながら話した。
そして、シンジはスカートの裾を持ち、部屋の中を右往左往しながら考える仕草を見せた。
シンジを見つめながら、マユミは話しかける。
「すまない。こんなことを頼めるのは君しかいないんだ」
「別にいい…わ。君に頼まれることは、私が君に必要ってことだから…」
女性的言い回しを多少戸惑いながら使うと、シンジは微笑みながら話した。
そして舞台中央に足を運ぶと、マユミに訊ねる。
「そのお金は直ぐにいるの?」
「ああ。彼女の許には、毎日のように求婚者が押し寄せているらしい。…何しろ彼女は名門の家柄の上、莫大な資産家だからね」
マユミは多少俯(うつむ)き気味に話した。
更にシンジは訊ねる。
「まさかと思うけど、君は彼女の財産が目当てなの?」
「馬鹿なこと言わないでくれ!彼女の心に惹かれたことはあっても、財産なんかに惹かれたことは、一度だって無いッ!
こう見えても僕は、人間として恥じる行為は何であるかを知ってるつもりだ!」
シンジの言葉に憤りを感じ、マユミは声を上げて答えた。
マユミの言葉を聞くと、シンジは安心したかのように微笑を見せて話す。
「やっぱりマユミだね。…安心した。…君が恋をしたなんて初めて聞いたから、少し訊ねてみたかったの」
そう言って、シンジは小悪魔っぽく、上目づかいにマユミを見た。
ドキッ。
シンジの上目づかいと、『恋』という言葉に、マユミは心臓を高鳴らせた。
マユミは思考する。
(……そ、そんな瞳で見られたら、私。…ど、どうすればいいの。……あっ、お芝居。)
芝居が途中だったことに気づくと、マユミは慌て気味に口を開く。
「そ、そうか。僕の方こそ、こんな話を急に持ち出して、悪いと思ってるよ」
「謝らないで。私とマユミの仲に、そんな謝罪の言葉は必要ない筈だよ」
そう微笑みながら話すと、シンジは舞台の袖側に足を進める。
そして声を上げる。
「レイ、出掛けるよ。惣流さんの所にね」
「惣流だって?!あの強欲と悪徳を衣に纏(まと)った人物に、君が何の用があるんだ?!」
惣流の名に、マユミは嫌悪を露わにしながら声を上げた。
シンジは微笑みながら答える。
「彼だって商人だよ。損得勘定が出来るなら、私に融資してくれる筈だ…よ」
思わず男言葉を使ってしまい、『よ』を付け加えるシンジであった。
だが、マユミは納得がいかない。
「しかしだな…」
「それに3000ダカッツの大金を貸せるのは、このヴェニスの街では、彼ぐらいしか知らないしね。
な〜に、心配は要らないって。船が到着すれば、3000ダカッツの`はした金´ぐらい、ノシをつけて返せるよ」
船の帰還を信じているシンジは、力強くマユミに話した。
二人の会話が一通り済むと、レイが再び舞台に登場する。
そして、シンジに向かって口を開く。
「姉様、表に馬車が待ってる」
「ありがとう、レイ。留守番は宜しく頼むね」
そう言って、シンジはマユミと連れ立って、舞台から退場しようとした。
そんな二人に、レイが声をかける。
「姉様、私も一緒に行っていい?」
「えっ?…あ、あの」
台本に無いレイのセリフに、シンジはどう返答していいか解らず、口ごもった。
そんなシンジを見かねて、マユミが口を開く。
「構わないだろ?な、シンジ?」
レイの大胆な即興的なセリフに、マユミは機転を利かせ、苦笑しながら話した。
シンジは動揺しつつも頷く。
「あ、うん」
三人が舞台上から去ると、出番がまだ来ないヒカリとマナが、学生服のままで、舞台の幕を引いた。
幕が引き終わると、ケンスケのナレーションが入る。
-こうして三人は、悪徳商人、強欲卑劣、数々の悪名を持つ、惣流家へと足を運ぶのでした。-
バキッ!
ケンスケのナレーションが終ると同時に、鈍い衝撃音が響いた。
ナレーションに激怒したアスカに、ケンスケが張り倒される音であった。
とにもかくにも、第一幕は終えた。
<客席>
「可愛いわね。思わず笑っちゃったわ♪」
「シンジ君の女装、山岸さんの男装。意外に似合うものね。正直、感激したわ」
一風変わった二人の姿に思わず笑みのこぼれる、ミサトとリツコであった。
その後ろでは、8mmの残り電源を確認しながら、青葉が口を開く。
「でも、レイちゃんも可愛かったッすよ」
「「親バカねぇ〜」」
青葉の言葉に、声を合わせながら二人は苦笑した。
二人の言葉を聞くと、青葉は思い出したように口を開く。
「そう言えば…司令、来ないんですかね?せっかく、シンジ君の晴れ舞台だって言うのに…」
「忙しんでしょ。初号機の凍結申請とかで」
青葉の言葉に、ミサトは微笑みながら答えた。
ミサトの言葉を聞き、リツコは話す。
「あら、私、来る前に会ったわよ。「少しだけ見に行くつもりだ」って言ってたけど?」
ミサトの言葉に、ミサトは話す。
「シンジ君、驚いて卒倒しなきゃいいわね♪」
その言葉に、一同は笑い声を上げた。
一方、女性徒達は…と言えば。
「ねぇ、撮った?撮った?」
「とー然じゃない。やっぱり女装姿も様になるよね、碇君って♪」
「うんうん、言えてる。どことなく神秘さが漂ってさ」
「しかも、妖しいし♪」
その言葉に、女性徒達は楽しそうに笑った。
案外、女性徒達のオモチャにされてるシンジであった。
<舞台裏>
第一幕の終った舞台裏では、少年達による、簡単な舞台変更が行われていた。
美術部が作ったと思われる背景と、近所から借りてきたテーブルと椅子を並べるだけの、本当に簡単な舞台変更だった。
一通り、舞台変更が終ると、ケンスケがシンジに話しかける。
「シンジ。もう少し、女の言葉遣い出来ないか?」
「僕は、一生懸命やってるつもりだけどね」
シンジは次も出番がある為、衣装を着けたまま答えた。
その姿は、どことなく違和感がありつつ、新鮮なものであった。
シンジの言葉を聞くと、ケンスケは頭を掻きながら話す。
「まぁ、それは認めるけどさ。出来るだけ、『なんだよ』とかを『なのよ』に言い換えてみてくれよ。だいぶ違うからさ」
「うん、出来るだけ努力してみる」
そう言って、シンジは微笑を見せた。
ドキッ。
シンジの微笑みに、ケンスケは思わず胸を高鳴らせた。
ケンスケは、自分の危うい感情に戸惑いつつ思考する。
(この格好で、この表情…。……やばいなぁ。…やば過ぎるぜ。)
そうケンスケが思考していると、まだ制服姿のトウジが話しかける。
「こっちの準備、終ったでぇ〜」
「私の方もいいわよ」
トウジに続き、舞台上で椅子に座ったアスカが声を上げた。
「分った。直ぐ始める」
二人の声に答えると、ケンスケは念を押すようにシンジに話す。
「いいか。女役、女言葉、出来るだけ頼む、な?」
「分った。出来るだけ、やってみるから」
そう言って、シンジは精一杯の微笑を見せた。
その微笑に、ケンスケは心の中で叫ぶ。
(やばいッ!やば過ぎるぞぉぉぉぉぉッ!!)
<客席>
客席では、一風変わった芝居が上演されているとの噂を聞き、かなりの数の生徒が集まっていた。
そんな中、リツコ達の許にはゲンドウが姿を現していた。
「「し、司令?!」」
ゲンドウの登場に、青葉とミサトは驚きながら声を上げた。
二人は同時に、同じことを思考する。
((噂をすれば…何とやら。))
そんな二人を他所に、リツコは落ち着いた様子だった。
青葉の隣に座ったゲンドウに、リツコは微笑みながら訊ねる。
「副司令は留守番ですか?」
「ああ。多少、ボヤかれたがな」
リツコの問いに、ゲンドウは短く答えた。
その言葉を聞き、リツコは苦笑しながら話す。
「「また押し付けおって…」ですか?」
「…そんな所だ」
リツコの言葉に、ゲンドウは微笑むこと無く答えた。
相変わらず寡黙で、無愛想なゲンドウに、青葉は引きつった表情で硬直していた。
そんな青葉に視線をやったゲンドウは、ハンディカムに気づき、静かに話しかける。
「…それで、シンジ達の芝居を撮っているのか?」
「は、はいッ!」
緊張した為か、青葉は声を上げて答えた。
その声を確認すると、ゲンドウは青葉に手を差し出し、口を開く。
「…ダビング、頼む」
「りょ、了解ですッ!!」
青葉は声を上げ、ゲンドウの手を力強く握り返した。
そして、今以上に気合を入れて、撮影に望むことになるのであった。
そして、第二幕の開始を告げる、ケンスケのナレーションが始まる。
-惣流家に訪れた三人は、主の待つ居間へと通された。そこでは、家主たる惣流アスカが、憮然とした顔つきで待っていた。
それもその筈である。悪徳商人である惣流は、お人好しの商人である、碇シンジが大嫌いだったのだから。-
幕が上がると、そこには椅子とテーブルがあり、背景には豪華な室内の景色が書かれている。
そして、椅子にはアスカが憮然とした表情で座っていた。
そのままの表情で、アスカは口を開く。
「入りたまえ。碇シンジ君と、その御仲間達」
豪華な衣装に見を纏ったアスカは、侮蔑を込めた口調で話した。
その声を聞き、シンジ達が舞台袖から登場した。
ズルッ。
シンジの姿を瞳に入れた瞬間、ゲンドウは椅子から滑り落ちそうになった。
そして思わず呟く。
「な、なんだ、あの姿は…」
呟きを途中で切ると、ゲンドウは思考で繋ぐ。
(……似すぎている。…あの姿は、似すぎている。)
「大丈夫ですか?碇司令」
ゲンドウの焦りっぷりに、ミサトは苦笑混じりに訊ねた。
額に浮かんだ脂汗を手で拭いながら、ゲンドウは冷静を装いつつ答える。
「む、無論だ。私が驚くことなど有り得ない」
ゲンドウは、サクッと自分が驚いていたことを露呈するのであった。
ゲンドウの驚きを他所に、舞台では、シンジが口を開く場面がきていた。
シンジは女性的な言葉遣いを心がけて口を開く。
「惣流さん、ごきげんよう。実は、私、貴方に頼みがあって来たの」
シンジの言葉遣いは、女性的と呼べるものになっていた。
つづく
あとがき
ま、色々ありますけど、あと1〜3回は、舞台で話が進むと思います。(笑)