「騙したねッ!」
放課後。
シンジは芸人でないことに気づき、トウジ達に声を上げた。
僕は僕で僕
(102)
「待てッ!落ち着け、シンジ!」
「せやッ!話せばわかる!」
ケンスケとトウジは、ジリジリと後退(あとずさ)りしながら、シンジから距離を取ろうとしていた。
そんな二人に、シンジは微笑みながら一言。
「ガチョーン♪」
「は?」
「へ?」
シンジの奇抜な言動に、二人は呆気に取られた。
訳が解らないと言った表情を見せる二人に、シンジは微笑みながら話しかける。
「別にいいよ。僕もそれなりに楽しかったと思うし」
そう言った後、シンジはニコッと笑って言葉をつなぐ。
「その代わりにさ、教えてくれない?ホントの僕は、どんなだったか?」
「あ、ああ…」
ケンスケは頷きつつ思う。
(……雰囲気は全然変わって無いってのに…ホントに記憶喪失なんだな。)
「碇君、チョットいい?」
シンジが友人達と話してるいると、背後からヒカリに話しかけられた。
振り向きながらシンジは答える。
「何?……えっと」
「あ、そうね。記憶喪失だったわね。…私、委員長の洞木ヒカリ」
シンジの記憶を配慮し、ヒカリは自己紹介をした。
シンジは気を使わせたことを謝りながら訊ねる。
「ごめん。…それで僕に何か用?」
「ここじゃ何だから、ちょっと一緒に来てもらっていいかしら」
ヒカリは少し刺のあるような言い方で、シンジに話した。
そんなヒカリの言葉を聞き、側にいたトウジとケンスケが口を挟む。
「何や、委員長。シンジを何処に連れて行く気や?」
「そうだぞ。親友の俺達を差し置いて、抜け駆けは許されないんだからな」
「ただ話をするだけよ。それじゃあね」
二人にサクッと答えると、ヒカリはシンジを教室から連れ出した。
その光景を少し離れて見ていたアスカは、小さくガッツポーズをしながら呟く。
「ナイスよ、ヒカリッ」
「…って、アスカッ。さっきから私の話聞いてないでしょ?」
アスカの隣に立って、文化発表会のことを話していたマナは、ムッとした顔を見せた。
そんなマナの言葉を聞き、アスカは席を立ちながら話す。
「う、うん。まぁ、いいんじゃない。…じゃ、私、用事が出来たから、後でね」
マナの話を、アスカは全然聞いていなかったようである。
そう言った後、ヒカリ達の後を追うように、アスカは教室から出て行った。
アスカの去った教室で、マナはムスッとした表情で呟く。
「もう、勝手なんだから…」
そうマナが呟くと、アスカと一緒に話を聞いていたマユミが話しかける。
「それで、どうします?文化発表会」
「あ、うん…。一応、候補だけでも出しておいた方がいいよね」
そう言って、マナは考え込む仕草を見せた。
マナを見て、マユミも考える仕草を見せながら話す。
「普通なら、喫茶店とか展示関連が基本ですよね」
「喫茶店かぁ…」
マユミの言葉を聞くと、マナは妄想を始めた。
<マナの妄想>
都心部の一画にある喫茶店、『アミーゴ』。
大してメニューは多くないものの、美味しい珈琲を炒れることで、それなりの客足がある。
そして、今日も普段通りの穏やかで、和やかな、営業を行っていた。
「マナ。三番テーブル、あがったよ」
「は〜い、チョット待ってね♪」
マナを呼んだのは、喫茶店のマスターであるシンジだった。
ちなみに、マナはシンジの妻であり、喫茶店の良きパートナーでもある。
フロアからマナが戻ってくると、シンジは微笑みながら話しかける。
「ごめんね。マナに、こんな事させちゃって」
「ううん、私は全然構わない。だって……」
恥かしそうに話しながら、マナは頬を桜色に染めた。
マナの言葉を聞き、シンジは不思議そうな表情で訊ねる。
「だって?」
「教えてあ〜げない♪」
シンジの問いに、マナは満面の笑顔で答えた。
マナの笑顔を見ると、シンジは苦笑しながら話す。
「ま、それもいいかもね」
穏やかな雰囲気の調理場。
そんな中、客の声が響く。
「Aセット、まだぁ〜?」
「あ、は〜い。今、持って行きま〜す」
客の声に答えた後、マナはAセットを持ってフロアに出た。
「お待ちどう様でした。珈琲は食後にお持ちします♪」
注文の品を届けると、マナは幸せそうな表情で思考する。
(だって…。だって…ずっとシンジと一緒に居られるから。)
<教室、2-A>
「…島さん。霧島さん。聞こえてますか?」
マナが悦に浸った表情で妄想していると、マユミの声が聞こえてきた。
その声に気づくと、マナは焦り混じりに口を開く。
「な、何?よ、呼んだ?」
「呼んだも何も、さっきから話しかけてるのに……」
マナの妄想が長かったのか、マユミは俯(うつむ)きながら答えた。
マユミの言葉を聞き、マナは苦笑しながら話す。
「ごめんね、山岸さん。喫茶店って案が良かったもんだから、つい」
「いいんです。どうせ私の話なんか、誰も聞いてくれませんから…」
そう言って、マユミは顔を両手で抑え、落ち込んだ素振りを見せた。
マユミの言動に、マナは思いっきり動揺した。
マナは慌てながら話す。
「そ、そんなこと無いよ。聞く、聞く、良く聞く。聞かせて、聞かせて、是非聞かせて」
そう言って、マナはマユミに嘆願するような眼差しを向けた。
マナの言葉を聞くと、マユミは両手を離して口を開く。
「バァ〜♪」
マユミは満面の微笑を浮かべていた。
どうやらマユミは、マナに一杯食わせるのが目的だったようだ。
マナは呆気に取られた表情で呟く。
「山岸さんって、案外お茶目だったんだ…」
「な、何言ってるんですか。何だか恥かしくなっちゃうじゃないですか。……もう」
自分の行動が恥かしくなったのか、マユミは頬を赤くした。
そんなマユミを見て、マナは一言。
「可愛い……」
「霧島ぁ、さっきから何話し込んでんだよ?」
マナが呟くと、近くにいたケンスケ達が話しかけてきた。
ケンケの問いを聞き、マナは我に返りながら答える。
「あ、うん、文化発表会のこと。急に私達だけで、出し物をやることになっちゃって」
「そら大変やな。ま、決まったもんはしゃあないし、頑張れや」
まさか自分も含まれているとは露知らず、トウジは気楽な言葉を吐いた。
トウジの言葉を聞き、マナはサクッと話す。
「鈴原君も頑張ってね。文化発表会」
「え、なんで知ってんだ?俺達が出ること?」
「せや。まだ誰も知らん筈やで」
マナの言葉に、ケンスケとトウジが驚いたような口振りで話した。
二人の言葉を聞き、マナは驚いた表情で訊ねる。
「嘘?鈴原君達も、担任の先生から言われたの?」
「担任?何の話や?」
「俺達は自主参加で、担任は関係無い筈だけどな?」
トウジとケンスケは、マナの問いの理由が解らないと言った風だった。
そんな会話を聞き、冷静に状況を把握していたマユミが口を開く。
「霧島さん、説明した方がいいんじゃないですか?」
「あ、うん」
マユミの言葉を聞いた後、マナは担任の話を説明し始めた。
<校舎前>
(碇君?…。)
レイは校舎を出た所で、シンジの姿を見つけた。
ヒカリの後ろを歩くシンジを見て、レイは足を止め、少しの間だけ何かを考えた。
そして考えた後、レイはシンジの姿を追った。
校舎裏に来ると、ムッとした表情でシンジを見据えながら、ヒカリが口を開く。
「碇君。アスカとのこと、ホントに何も覚えてないの?」
「アスカとのこと?……何かしたの、僕?」
シンジは訳が解らないといった様子だった。
そんなシンジの言動に頭にきたのか、ヒカリは声を上げる。
「それじゃあ、アスカがあんまりじゃない!キスしたことも忘れるなんてッ!!」
「キッ、キスぅぅぅ?!ぼ、僕がぁ?!」
ヒカリの言葉に、思いっきり動揺し、声を上げるシンジであった。
スタタタタッ。
シンジが声を上げると、何処からともなくアスカが現れて声を上げる。
「酷〜い!あの時のことは全部嘘だったのねぇ〜!!」
「「ア、アスカ?!」」
二人は突然のアスカの登場に、驚いた表情で声を上げた。
二人の声を聞くと、アスカは泣いたフリをしながら、シンジ達のもとから駆け去った。
立ち去るアスカを目で追うと、ヒカリはシンジの方に向き直して声を上げる。
「碇君、最低ッ!」
そう声を上げた後、ヒカリはアスカを追うように、その場から去った。
一人取り残されたシンジは、俯(うつむ)きながら思考する。
(僕は…アスカとキスしたの?)
シンジが思考して少しの時間が流れると、レイが`ゆっくり´と歩み寄ってきた。
シンジの前に立つと、レイは口を開く。
「碇君」
「綾波さん…」
レイの姿を瞳に映すと、シンジはレイの名前を`さん´付けで口にした。
その言葉を聞き、レイは話す。
「綾波。碇君は、そう呼んでくれてた…」
「…そう」
レイに答えながら、シンジは先程のアスカとの事を照らし合わせ、レイが自分の前に現れた理由を模索した。
(何かしたのかな?……したんだろうな、きっと。)
「………」
そんな風に俯(うつむ)きながら思考するシンジを、レイは何も言わず、ただ黙して見つめていた。
レイの視線を感じると、シンジは謝罪の言葉を口にしながら話しかける。
「ごめん。綾波に何したか、記憶に無いんだ。……悪いことしたんだよね、たぶん僕が」
だが、レイは首を横に振った。
レイの行動を見て、シンジは少し驚いたような表情を見せて訊ねる。
「え?違うの?」
「夕陽。…また、一緒に夕陽が見たい」
レイはシンジの瞳を見つめながら、静かに自分の想いを告げた。
その言葉を聞き、シンジは不思議そうな表情で訊ねる。
「……僕と…見たの?」
コクリ。
シンジの問いに、レイは頷いて答えた。
そんなレイを見て、シンジは優しげな微笑を見せながら話す。
「うん、いいよ。一緒に見よう」
シンジはレイの言葉を受け入れた。
別に拒絶する理由も、他にやるべきことも思いつかなかったから。
ギュッ。
了承の言葉を確認すると、レイはおもむろにシンジの手を掴んだ。
そして、シンジを連れて、校舎の外へと歩き始めた。
「あ、え、え?え?」
レイの行動に驚きながら、シンジは校舎を見上げて思考する。
(鞄、教室に置いたままなのに……。)
そんなことを思考した後、ゆっくりと視線をレイに戻した。
シンジは、優しげな微笑を浮かべて思考を繋ぐ。
(でも、綾波の手…柔らかい。)
<校舎、下駄箱>
駆け去ったアスカは、下駄箱の前で泣いたフリをしていた。
シンジが追いかけて来るのを期待して。
だが、シンジは来なかった。
アスカの前に現れたのは、シンジでは無く、ヒカリであった。
「アスカ、大丈夫?」
「え、ヒカリなの?」
シンジでは無く、ヒカリが来たことに、アスカは驚きを隠せなかった。
アスカの表情を見て、ヒカリは不思議そうな表情で口を開く。
「あれ?泣いてないの?」
「う、うん」
ヒカリに答えながら、アスカは校舎の外を見つめた。
シンジが現れるのを期待して。
そんなアスカを他所に、ヒカリは憮然とした表情で話す。
「それにしても碇君の態度、許せないモノが有るわね」
だが、その言葉は、アスカに届いていなかった。
アスカは校舎の外を見つめながら思考する。
(シンジ…。)
<高台>
シンジ達は、第三新東京市が一望に出来る高台に来ていた。
高台から第三新東京市を見つめながら、シンジはレイに訊ねる。
「ここが夕陽の見える場所?」
「………」
だが、レイは何も答えない。
ただ沈黙して、第三新東京市を見つめている。
そんなレイを見た後、シンジは会話の続かない手持ちぶたさから、周囲を見回していた。
そして、ベンチに気づくと、レイに話しかける。
「時間、あるよね?……座って待たない」
コクリ。
シンジの言葉に、レイは頷いて答えた。
ベンチに向かいながら、シンジはレイの横顔を見て思考する。
(夕陽を見たい、か…。……不思議なこと言うんだな、綾波って。)
<教室>
「一大事やないかい!何で、もっとはよ言わへんかったんや!」
生徒達の姿がまばらになった教室。
そんな中、マナから担任の話を聞き、トウジが声を上げていた。
「仕方ないでしょ。私も、さっき先生に聞いたばっかりなんだから」
トウジの驚きぶりに、マナは少し呆れた表情を見せて答えた。
マナの言葉を聞き、トウジは驚きと焦りの混じった声を上げる。
「って言うたかてな、残り二週間も無いんやで!」
「だからって私に文句言わないでよ!」
トウジの声の大きさに、マナはムッとした表情で声を上げた。
そんな二人の会話を聞き、ケンスケが口を開く。
「…言い争っても時間を浪費するだけだぜ。対処策を考えないと、不味いんじゃないか?」
「そうですよ。残された時間内で出来ることを考えないと…」
ケンスケに続き、マユミが前向きな発言をした。
案外、土壇場に強い、ケンスケとマユミであった。
二人の言葉を聞き、マナとトウジは反省したような表情を見せた。
場が落ち着くと、ケンスケが考える仕草をしながら口を開く。
「飲食店、展示物関連は、この際却下だな。リスクが多過ぎる」
「えぇぇ〜。喫茶店も駄目なの〜」
ケンスケの言葉に抵抗するように、マナが声を上げた。
その言葉を聞き、ケンスケは話す。
「当然だろ。喫茶店なんか特に不味い。材料費とか、手間とか、金銭の集計とか、考えてみろって」
「…………ウッ。…却下に賛成」
少し考えた後、マナは自分の願いを引き下げた。
マナの言葉の後、ケンスケは『ニヤッ』と含み笑いを浮かべながら口を開く。
「この際、例の計画を実行するしかないな」
「ま、まさか?!」
ケンスケの言葉に心当たりがあるのか、トウジが大袈裟に驚いた声を上げた。
そして、二人は息を合わせて声を上げる。
「地球防衛バンドッ!!」
「ドキッ!女だらけの水…着…って、違うんか?」
トウジの言葉を聞き、ケンスケは不覚を取ったという表情を見せ、唸り声を上げる。
「それが有ったのかぁぁぁぁ!」
スコーンッ。
二人の会話を聞き、マナが後ろからトウジの頭を叩いた。
そして、マユミと共に声を上げる。
「だれが水着になるのッ!」
「絶対に却下ですッ!」
ガラッ。
そんなコントのような会話をしていると、教室の扉が開き、ヒカリとアスカが戻ってきた。
二人の姿を見ると、マナが微笑みながら話しかける。
「あ、お帰り」
「ただいま」
素っ気無くマナに答えると、アスカは自分の席に着き、帰りの準備を始めた。
「なんや委員長も一緒か。シンジはどないしたんや?」
トウジはヒカリの姿を見ると、シンジが居ないことに気づき訊ねた。
「知らない」
ヒカリはムッとした表情を見せて答えた。
ヒカリの表情を見て、トウジは小さく驚いた表情で話す。
「なんや怖い顔してからに」
「ま、何にせよ人数が増えたんだ。一緒に考えればいいじゃないか」
そう言って、ケンスケは周囲をまとめた。
子供達の中でリーダシップの才能が有るのは、意外にもケンスケかもしれない。
「それ賛成♪」
ケンスケの言葉に、マナは微笑を見せて賛成した。
そんな周囲の声を聞きながら、マユミがアスカに話しかける。
「アスカさん、何かいい案思いつきました?」
「え?ああ、発表会のことね。それにしても、何で私達が出るわけ?」
マユミに答えたアスカは、教室を出る前に聞いた話を、殆ど聞いていなかったことを露呈した。
その言葉を聞くと、マナはマユミの肩をポン叩き、苦笑混じりに話す。
「山岸さん、説明御願い」
アスカとヒカリが、マユミ達から説明を聞いた後。
アスカはトウジ達の案を聞き、馬鹿にしたような口調で話す。
「何それ、地球防衛バンドぉ?しょっぱいネーミングねぇ」
「しょっぱくて悪かったな、しょっぱくて」
「せや。そんなら惣流が、代案出せっちゅうんじゃ」
ケンスケとトウジは、ムッとしたような表情を見せて話した。
二人の言葉に、アスカは何か代案があるのか、微笑みながら話す。
「代案?有るわよ。簡単で手間も時間も要らないのがね」
「何?」
アスカの言葉を聞き、ヒカリが訊ねた。
ヒカリの言葉だけでは物足りないのか、アスカは他の少女達にも訊ねる。
「聞きたい?」
「うんうん、聞きたい♪」
「聞きたいです」
マナとマユミは微笑みながら答えた。
そんな二人の言葉を聞き、アスカは残りの男子二人に訊ねる。
「あんた達は?」
「一応聞いてやってもいいで」
「右に同じ」
トウジとケンスケは、先程のアスカの言動が気に入らなかったのか、憮然とした態度で答えた。
二人の態度を見ると、アスカは素っ気無く話す。
「あっそ。じゃあ言わない」
そんなアスカの発言を聞き、マナが静かにヒカリに話しかける。
「洞木さん」
「ええ」
マナの言葉の意味を知ってか、ヒカリは頷いて答えた。
そして、さり気無くトウジの背後に回りこみ、ヒカリはトウジを羽交い絞めにした。
ガシッ。
「な、なんや?!急に?!」
突然羽交い絞めされたことに驚き、トウジは声を上げた。
マナは戸惑うトウジの表情を一瞥すると、近くにあった筆箱を首筋めがけて叩きつける。
「せりゃッ!」
バギッ!
鈍い衝撃音が教室に響くと共に、トウジの体は床に倒れた。
「ぅっっっ…」
床で首筋を押さえ込むトウジを見て、マナは微笑みながら話す。
「みねうちじゃ。安心いたせい♪」
「さ、次は相田君ね」
マナの言葉に続き、微笑を浮かべたヒカリがケンスケの方を見て話した。
ケンスケは身の危険を察知すると、アスカに向き直り、45℃の角度に上体を曲げて口を開く。
「喜んで拝聴させて頂きます!!」
変わり身の速い友人の言動に、トウジは悲壮感を漂わせながら呟く。
「う、裏切りもん……」
<高台>
夕暮れの第三新東京市。
日の沈み始めた第三新東京市は、全てが夕陽の色に染まっていた。
その光景は、美しいと表現するのに、充分なものであった。
夕陽に染まる第三新東京市を見つめながら、シンジは感動混じりに呟く。
「夕陽…。……凄いね、この景色」
「……」
だが、レイは何も答えず、静かにベンチから立った。
そして、夕陽に手をかざしながら呟く。
「手をかざす。…血の色が見える。……私は生きてる。……碇君も生きてる」
レイの白い肌も、青い髪も、赤い瞳すらも、夕陽の色に染まる。
その光景を見て、シンジは思わず心の内を吐露する。
「綺麗だ……」
シンジの呟きは、心の中から自然と湧き上がり、素直にレイの姿を現すに相応(ふさわ)しい言葉だった。
その呟きを聞き、レイは何のことを言ったのか理解出来ず、不思議そうな顔をした。
「?……ぁ」
だが、しばらくすると、その言葉の意を悟り、恥かしそうに頬を夕陽色に染めた。
レイの表情を見て、シンジは思わず自分が発言した言葉に気づき、顔を赤くした。
そして、恥かしそうに謝罪の言葉を口にする。
「ご、ごめん」
コクリ。
シンジの言葉に、レイは頷いて答えた。
互いに沈黙する二人。
その沈黙を気まずいと感じたのか、シンジがタドタドしく口を開く。
「そ、そのさ。ぼ、僕、教室に鞄を忘れて来ちゃったんだ。取りに返らないと」
そう言って、シンジはレイのもとから立ち去ろうと、背中を見せた。
ギュッ。
その背中を見ると、レイは思わずシンジの服の裾を掴んだ。
レイの行動に振り向くと、シンジは戸惑いの表情を見せて呟く。
「え?あ、あの…」
「……私も一緒に」
レイは自分の想いを口にした。
恥かしそうに、頬を夕陽色に染めながら。
<夕陽に染まった通学路>
シンジとレイは、来た道を戻っていた。
周囲は日が沈みかけ、夕陽もその濃さを増していた。
そんな中を歩きながら、シンジは思考する。
(夕陽。…血の色か。……生きてる。
僕は生きてる。……今は、それでいいのかもしれない。)
シンジは自分の気持ちの整理をつけていた。
何故、こんなにも気持ちが落ち着いたのかは、シンジにも理解できない。
ただ、レイと共に夕陽の中を歩いているだけなのだが……。
「碇君」
シンジが思考していると、不意にレイに話しかけられた。
「ん、何?」
レイの言葉を聞き、シンジは訊ねた。
レイは静かに話す。
「記憶が無くても、存在自体は碇君そのもの。……それは変えられないこと、変わって欲しくないこと」
「……どういう意味?」
レイの言葉が理解できず、シンジは不思議そうな表情で訊ねた。
レイは淡々とした表情で答える。
「私の言葉に意味は無い。…あるのは事実と、自分の想い」
「難しいこと言うんだね、綾波って」
その言葉を聞き、シンジは苦笑しながら話した。
シンジの言葉を聞くと、レイは小さく驚いた表情を見せた。
そして、静かに頷きながら口を開く。
「そう。…そうかもしれない」
レイの返事を聞き、シンジは微笑を浮かべて訊ねる。
「綾波と僕は、記憶が失くなる前にも、そんな会話をしてたの?」
「……そんな会話?」
どの会話のことを言っているのか理解できず、レイは訊ね返した。
シンジは答える。
「難しい会話。今みたいの」
「………」
シンジの言葉に、レイは沈黙で答えた。
レイが沈黙したことに気づき、シンジは謝罪の言葉を口にする。
「あ、ごめん。変なこと言っちゃって」
「そんなこと…無い」
言葉の答えを捜しているのか、レイは俯(うつむ)きながら返事をした。
そんなレイを見て、シンジは申し訳無さそうに呟く。
「そう。それならいいんだけど……」
夕陽の中を歩く二人。
そして、少しの時間が流れると、シンジが微笑みながら口を開く。
「今日は、ありがとう」
「…何が?」
シンジの言葉を聞き、レイは訊ねた。
シンジは優しげに微笑みながら答える。
「一緒に連れて来てくれたこと。……何か悩んでたのが、スッキリした。…ホントに、ありがと」
「そ、そう。…良かったわね」
シンジの言葉に少し動揺したのか、レイは珍しく言葉に詰まりながら返事をした。
激しくなる自分の心臓の音を聞きながら、レイは思考する。
(ありがとう…感謝の言葉。……碇君に感謝されてる。
不思議な気持ち。……嬉しい?)
一方、その頃。
教室で話していた子供達は、いつもの帰り道を歩いていた。
歩きながら話す話題は、アスカの提案した文化発表会の出し物だった。
「即興芝居って言っても、やっぱ台本が要るだろ?」
ケンスケは、後ろを歩くアスカ達に訊ねた。
アスカは答える。
「まぁ、あった方が便利といえば、便利ね」
どうやら話からすると、文化発表会の出し物は、アスカの提案した『即興芝居』に決定したようだ。
その会話を聞くと、トウジは声を上げる。
「ワシは芝居なんかやらへんッ。バンドがええッ」
パコン。
トウジの声を聞き、後ろからヒカリが頭をはたきながら口を開く。
「決まったことに文句を言わないの。多数決なんだから」
「せやけど、シンジも綾波も、抜きで決めたんやないかい。無効や無効ッ」
そう言って、トウジは断固拒否の姿勢を見せた。
そんなトウジの言動を見て、マユミが苦笑しながら話す。
「でも、二人足しても、バンドは無理ですよ」
「ううっ、ケンスケの裏切りもん!」
マユミの言葉を聞き、トウジはケンスケへと声を上げた。
ケンスケは話す。
「仕方ないだろ。八人編成なんて大所帯、誰がまとめるんだよ。やったとしても、支離滅裂な演奏になるのが、目に見えてるって」
「それもそやけど…」
ケンスケの言葉を聞き、トウジは返答に窮した。
そんなトウジ達の会話を聞き、ヒカリが話しかける。
「鈴原、諦めなさい。男らしくないわよ」
「クゥ〜、しゃあ無いかぁ」
ヒカリの言葉が効いたのか、トウジは『即興芝居』を認めた。
トウジの件が一段楽したのを見て、マナが話題を戻す。
「で、台本の件は、どうするの?」
「俺、やってもいいぜ。どうせ暇だしな」
マナの言葉に、何か思いつきがあるのか、ケンスケが名乗りをあげた。
ケンスケの名乗りに、マユミが微笑みながら話す。
「それでいいんじゃないですか?私達、テストもありますし」
「そうね。でも、変なの書いたら承知しないわよ」
マユミの言葉を了承すると、アスカはケンスケに釘をさした。
ケンスケは苦笑しながら話す。
「即興芝居で変になる筈ないって。演じる奴らが問題なんだからさ」
そんなことを話していると、目の前にシンジが現れた。
先にアスカ達を見つけたのか、シンジは小さく驚いた表情を見せて口を開く。
「あれ、皆?」
「お、シンジやないかい。綾波と何処行っとんたんや?はは〜ん、さては…」
シンジとレイが並んで歩いているのを見て、トウジは今朝の事件を思い出し、ニヤニヤとした表情を浮かべた。
その言葉を聞き、シンジは焦り混じりに否定する。
「そ、そんなんじゃ無いよ!一緒に高台に行っただけだよ!」
「それってデートじゃないのか?」
サクッと一番痛い所を点く、ケンスケであった。
「あぅ……」
その言葉に、シンジは言葉に詰まってしまった。
シンジが返答に困ったのを見て、マナが青筋を立てながら詰め寄る。
「シンジくぅぅぅぅん、それホントぉぉぉぉ?!」
だが、それだけで事態は収まらなかった。
「ふ、不潔よ!アスカとキスした上に、今度は綾波さんにまで手を出すなんてッ!」
ヒカリの上げた声は、シンジへの駄目押しとなる言葉だった。
『!』
ヒカリの言葉に、一同は驚きの表情で固まってしまった。
だが、固まらなかった人物もいる。事の張本人であるシンジだった。
シンジは申し訳無さそうに話す。
「でも、僕、覚えてないんだよ…」
その言葉を皮切りに、回復した子供達は口々に声を上げる。
「許されないぞ、シンジッ!」
「シンジ、お前っちゅう奴は!」
「さ、最低ですねッ」
「不潔よッ」
シンジを罵倒する声。
そんな声を聞きながら、マナは乾いた笑い声を立て、真っ白に燃え尽きていた。
「あはは…はは……」
相当なショックを受けたようである。
一方、事の真相であるアスカは、楽しそうに笑っていた。
戸惑いの表情を見せるシンジを見て、アスカは微笑みながら口を開く。
「いい〜気味♪」
シンジが帰って来た日常は、平和を謳歌していた。
つづく
あとがき
久々に子供達だけの話でした。正直、楽しいです♪