シンジの意識が回復した次の日。
チルドレン達は、いつもと同じようにテストを行う為、朝からネルフに来ていた。
そこで、どのような出来事が待っているか知らずに。
僕は僕で僕
(101)
<男子更衣室>
チルドレン達がテストを行っている間、ミサトは更衣室の前で少年が出て来るのを待っていた。
ミサトは壁にもたれながら思考する。
(……ったく、せっかく戻って来たのに。)
プシュ。
ミサトが思考していると、更衣室の扉が開き、そこからプラグスーツを着用した少年が出てきた。
少年の顔を見ると、ミサトは作り笑顔を浮かべ話しかける。
「どう?着てみた感じは?」
「はい、妙な感じです。…こんなのを着てたんですね、僕」
少年は多少俯(うつむ)き加減に答えた。
そして、その少年はシンジであった。
シンジの言葉を聞くと、ミサトは残念そうな表情で訊ねる。
「まぁね。……それで、思い出せない?初号機の事とか、他の子達の事とか?」
「いえ…全然」
そう言って、シンジは何とも言えない寂しげな表情を見せた。
シンジの表情を見て、ミサトは微笑みながら話しかける。
「ま、いいわ。それじゃあ、リツコ達も待ってるから、シュミレーションルームに行きましょうか?」
「は、はい」
ミサトの言葉に、シンジは緊張した面持ちで答えた。
そして歩き出しながら、シンジは不思議そうな表情で思考する。
(…初号機?…リツコさん?…シュミレーション?……僕は、こんなことをしてたの?)
<シュミレーションルーム>
いつもの場所と違った場所にチルドレン達は来ていた。
多少の戸惑いはあったものの、チルドレン達はリツコからシンジの説明を聞いていた。
「記憶喪失〜?!」
リツコの説明を聞き、アスカは驚いた表情で声を上げた。
他のチルドレン達も驚きを隠せず、戸惑いの表情を見せている。
そんな子供達の表情を見て、リツコが冷静に説明する。
「まだ決まった訳じゃないけど、表面上はそれと似た状況が現れてるわ」
「サルベージが原因とは思いたくないけど、極度に発達した科学は魔法と区別がつかなくなるから…」
リツコに続き、ナオコが釈明とも取れるような説明をした。
ナオコの言葉を聞き、レイが静かに呟く。
「クラークの第三法則」
「そんな…」
リツコ達の説明に、マユミは戸惑いの表情で呟き声を上げた。
そんなマユミを横目で見た後、アスカはムッとした表情で訊ねる。
「それじゃあ、シンジはこれで御役御免って訳?」
「そんなことは無いと思うけど…」
アスカの言葉に、マナが不安げな表情で口を開いた。
その言葉を聞き、アスカは素っ気無く答える。
「でも、今まで以上に役に立たないんじゃ、どうなるか解ったもんじゃないわよ」
「ただの記憶喪失だけなら、まだいいわね」
子供達の会話を聞いていたリツコが唐突に呟いた。
その呟きを聞き、マナが不思議そうに訊ねる。
「どういう意味ですか?」
リツコはマナの返事に言葉を詰まらせた。
その様子を見て、ナオコが助け舟を出す。
「…リッちゃん、説明の続きを」
ナオコの言葉が助かったとばかりに、リツコは説明を始める。
「え、ええ。とりあえず、今からシュミレーションを試します。
シンジ君の体がエヴァの操縦を覚えているか、確かめてみる必要があるから…。勿論、貴方達にも協力して貰うわ」
「え?シンジ、こっちに来れるの?」
リツコの説明に、アスカが微笑みを見せて訊ねた。
リツコは微笑みながら答える。
「ええ、体の方は順調に回復してくれたから」
「久し振りだね、シンジ君に会うの。アスカ、嬉しい?」
アスカの表情を見て、マナが楽しそうに訊ねた。
その問いを聞き、アスカは顔を赤くしながら答える。
「バッ、バカ言ってんじゃ無いわよ!……誰があんな奴」
そんな穏やかな雰囲気の中、静かに話を聞いていたレイが口を開く。
「…それで、私達は何をすれば?」
「シンジ君とシュミレーション形式で戦って貰うわ。
無論、シュミレーションだから、怪我の心配はしなくていいわ。思う存分戦って頂戴」
リツコの説明は、MAGI からシュミレーションプラグに各エヴァのデータを送り込み、そのデータ間で戦わせるというものであった。
簡単に言えば、MAGI を通した、痛みの感じない戦闘訓練のようなものである。
リツコの説明を聞き終え、トウジが手を上げながら訊ねる。
「ワシもですか?」
リツコは答える。
「シンクロテストばっかりで、戦闘経験が少ないでしょ。いい機会だから乗ってみなさい」
「はぁ…」
どうにも、戦闘するという実感が湧かないトウジであった。
プシュ。
細かな説明が終ると、チルドレン達の背後の扉が開き、そこからミサトが入室して来た。
記憶を失くしたシンジを連れて。
シンジを見た一同は、思わず微笑を浮かべていた。
そんな中、何を思ったのか、トウジはマナの肘を突いて囁く。
「…おい、霧島、行くで」
「え、今?」
マナは戸惑いの表情を見せていた。
マナの返事を他所に、トウジはスタタタとシンジの前に出て口を開く。
「怪我無いみたいやな」
少し遅れてトウジの横に来たマナは相槌を打つ。
「頭には毛があるのに怪我無いなんて、これいかに。な〜んちゃって♪」
「霧島、そりゃ十億年前のギャグや!」
素早くツッコミを入れるトウジであった。
だが、続けてマナがボケをかます。
「え〜い、オツリ十億円♪」
「お前は近所の八百屋のオバはんか?!必殺、飛びツッコミ〜!!」
トウジはジャンピングしてのツッコミを入れようとした。
だが、マナはヒラリと避けて頭をはたきながら話す。
パコン!
「ツッコミ返しぃ〜♪」
「眼鏡、眼鏡…」
頭をはたかれたトウジは、往年の漫才を再現とばかりに眼鏡を探す仕草を見せた。
そんなトウジにマナは一言。
「君、そればっかりやなぁ〜」
そこまで終えると、二人は笑顔で一礼する。
「「これまた失礼致しました〜♪」」
突然始まった漫才に、他の面々は静まり返っていた。
数秒後、レイは訳が解らないといった表情で呟く。
「……何?」
「何なんでしょうか…」
レイの呟きに答えようにも、マユミにも意味が解らなかった。
そんな二人にアスカが呆れた表情で呟く。
「三バカ+1よ。……マナには失望したわ」
少女達の会話を聞いたリツコは一言。
「無様ね」
「あら、懐かしいじゃない♪」
二十世紀の漫才ブームを知ってるナオコだけは、微笑を浮かべていた。
一方、場を引かせたことを感じ取った二人は反省会に入っていた。
トウジはマナに訊ねる。
「ちょっと外したんとちゃうか?」
「だって、記憶喪失になってるって展開じゃ無かったんだもん。それにしたって、こんな時にやること無いじゃない!」
マナは恥かしさに顔を赤くしながら、トウジに怒った。
マナの言葉を聞き、トウジは青筋を立てながら声を上げる。
「何言うてんじゃ!霧島が言い出したんやないかい!シンジが退院したら、イの一番で笑かそうて!」
「あ、逆ギレ?女の子にキレるなんてサイテー。もう解散だね、このコンビ」
トウジの言葉を聞き、マナは冷めた目でトウジを見て、コンビ解消を告げた。
「あ、あのなぁ……」
怒りを通り越し、呆れるトウジであった。
パンパンッ。
「はいはい、漫才はそこまで。シンジ君も呆気に取られちゃったしね」
二人の喧騒を見て、ミサトが手を叩きながら注意を促した。
ミサトの声を聞いて子供達はシンジに注目した。
皆の視線を感じ、シンジは緊張しながら自己紹介を始める。
「あっ…碇シンジです。初めまして…」
この言葉を聞いた時、子供達は確信した。
シンジが記憶を失くしていることを。
<シュミレーションプラグ内>
チルドレン達が自己紹介を終えた後、シンジはシュミレーションプラグに乗っていた。
簡単な説明だけを受け、頭にインターフェイスを装着して。
シンジがLCLに四苦八苦していると、リツコから回線が入る。
-どう?プラグ内の感じは?-
「あまり気持ちいいモノじゃないです」
シンジは気持ち悪そうな顔をしながら答えた。
その言葉を聞き、リツコは微笑を浮かべながら答える。
-それでこの数値が出せれば大したモノよ。-
「……そう、ですか」
リツコの言葉を聞き、シンジは素直には喜べないような口調で答えた。
その雰囲気を感じ取り、リツコは微笑を消して説明する。
-最初の仮想敵は黒い機体の参号機。痛みは感じないから、思い通りに操作して頂戴。-
「…はい」
返事を返しながら、シンジは不安げな表情で思考する。
(参号機……。…戦うって言ったって…出来るのかな。)
<シュミレーションルーム>
シンジがシンクロを開始すると、急にオペレーター達の動きが活発になりだした。
それもその筈である。
シンジが使徒であるかを判定する作業を兼ねているのだから。
「数値計測順調です」
「シンクロ波形パターン、問題ありません」
「81.82.83.……シンクロ値84.6で安定しました」
マヤとコダマの報告を聞くと、リツコは了承の合図を出す。
「了解。変化があり次第、随時報告して頂戴」
そう言った後、リツコは側にいるナオコに訊ねる。
「どう見る、母さん?」
「何とも言えないわ。この状況だけじゃ…」
作業を見つめた後、ナオコは考える仕草を見せながら答えた。
ナオコの言葉を聞き、リツコは微笑みながら答える。
「そうね。…でも、私は少しだけ安心してるわ」
「どうして?」
リツコの言葉を意外に思い、ナオコは不思議そうな表情で訊ねた。
リツコは答える。
「この表情、この波形データの波。シンジ君が初めてエヴァに乗った時と、似過ぎるぐらい似てるから」
一方、ミサトとチルドレン達はモニターに映し出された仮想の戦場を眺めていた。
戦場は第三新東京市、時刻は正午、配置された機体は二体のみ。
そんな戦場を見つめながら、ミサトは二人に話しかける。
「ほら、両機とも動かないと始まらないわよ」
「あ〜っ、うざったいわね!手に持ってるパレットガンは飾りなの?!」
動かない二体に苛(いら)ついたのか、アスカがトウジに向かって声を上げた。
アスカの声を聞き、トウジは回線越しに声を上げる。
-わ〜っとるわい!今から撃とうと思ったんじゃッ!!-
その様子に見飽きていたマナは、他の少女達に楽しそうに訊ねる。
「ねぇねぇ、賭けしない?明日の宿題賭けて?」
「賭け、ですか?」
マナの言葉を聞き、マユミが訊ね返した。
マナは微笑みながら答える。
「うん、そう。シンジ君と鈴原君、どっちが勝つか?」
「…私は碇君」
「とりあえずシンジでいいわ」
「私も碇君でいいです」
マナの問いを聞いていたのか、少女達は一斉にシンジを指名した。
これまでの戦歴、信頼からすれば、それは当然のことであった。
少女達の声を聞き、マナは呻(うめ)き声のようなものを発しながら呟く。
「う゛…。……鈴原君みたいのしか残って無いじゃない」
「早い者勝ちよ。ツイて無かったわね、マナ♪」
その呟きを聞き、アスカは楽しそうに笑った。
アスカの笑顔を見ながら、マナは引きつった表情で思考する。
(総負けじゃない。……うぅ、私としたことが。)
パンッ。
少女達が会話していると、シンジ達の様子を見ていたミサトが手を叩いて注意を促した。
「はい、喋ってないで、こっちに注目。動き出したわよ」
<シュミレーションプラグ内>
-行くで、シンジ!-
トウジは声を上げると、参号機を初号機めがけ突進させた。
ブンッ!
「ゥッ!」
初号機は身動き一つ出来ず、参号機の突進をまともに喰らってしまった。
横転する風景の映像がプラグ内に映し出される。
(あれ?……ホントに痛くないや。)
周囲の映像を見ながら、シンジは体に全く痛みが無いことに気がついた。
そんなシンジのもとにミサトからの回線が入る。
-シンジ君、寝転がってないで反撃しなさい。-
「は、はい!」
緊張しつつ返事をすると、シンジは思考する。
(…でも、反撃ったってどうやって。)
-どりゃぁぁぁぁッ!-
シンジが思考していると、空中から参号機が肘を落としてきていた。
その映像に、シンジは思わず目を閉じ声を上げる。
「うわッ!」
<シュミレーションルーム>
結局、シンジの対戦相手はトウジだけで終了との運びとなった。
あまりにも、シンジの操作が不手際だった為だった。
シンジ達に上にあがる許可を出すと、リツコは`ため息´まじりに呟く。
「…無残な結果ね」
「う〜ん、もうチョット頑張ってくれると思ったんだけどね」
ミサトは苦笑しながら話した。
ミサトの言葉を聞き、アスカは素っ気無い表情で口を開く。
「まぁ所詮、記憶喪失じゃエヴァの操縦は無理ってことよ」
そんなことを話していると、マナがアスカに小声で耳打ちする。
「アスカ、約束忘れないでね♪」
「解ってるわよ。それにしても、シンジの奴、全然役立たずじゃない」
マナに答えた後、アスカはムッとした表情で話した。
その言葉を聞くと、マユミが真剣な表情で呟く。
「これから大変ですね。…碇君」
「そうね、大変ね。だから貴方達がシンジ君を支えてあげて頂戴。…無論、私達もサポートするわ」
マユミの呟きを聞き、ナオコが優しげな表情で子供達に話しかけた。
「面倒臭いわね」
「了解」
「はい」
「はい♪」
子供達はそれなりの言葉を発しながら、ナオコの言葉を了承した。
シュミレーションの戦闘に、シンジの目処が立てなかったミサトはリツコに訊ねる。
「それで、これからどうするの?シュミレーションの効果は無いみたいだし」
「後日対策を考えるわ。とりあえず休憩にしましょ」
そう言って、リツコは子供達とコダマ達に休憩の許可を出した。
プシュ。
許可を出したと同時に扉が開き、シンジ達が帰ってきた。
二人を見ると、マナが駆け寄り、シンジに微笑みながら話しかける。
「シンジ君、休憩だって。喫茶室に行こっ♪喫茶室に♪」
「あ、うん」
戸惑いながら返事を返すシンジであった。
ミサト、リツコ、ナオコの三人だけになった部屋。
三人だけになると、ミサトは真剣な表情を見せて訊ねる。
「シンジ君の診断結果は出たんですか?」
「一応、ある程度の精神波形データは取れたわ」
ミサトの問いに答えると、ナオコは`ため息´を吐いた。
そんなナオコを見て微笑むと、リツコが説明を付け加える。
「でも、現時点では確認出来ず。今回の結果、精神は一つよ」
「とりあえずは一安心って所か…」
二人の言葉を聞き、ミサトは少しだけ安堵したような表情を見せた。
ミサトの言葉を聞きながら、ナオコは独り言のように呟く。
「一安心ね……」
<ネルフ内、喫茶室>
喫茶室のテーブルに着いた子供達は、シンジを中心に話を進めていた。
ちなみにシンジと共に円形のテーブルに着いているのは、アスカとマナである。
レイ、マユミ、トウジはシンジの後ろのテーブルに着いている。
アスカはシンジを見つめながら口を開く。
「あんた、ホントに何もかも忘れちゃった訳?」
「そうらしいんだ…」
シンジは俯(うつむ)き加減に答えた。
その言葉を聞き、アスカは驚いたような表情を見せて話す。
「呆れた〜。それじゃ私やマナ達のこと、ホントに何も覚えて無いの?」
「うん…」
アスカの問いに、シンジは静かに頷いた。
落ち込んでいるようなシンジの言動を見て、アスカは椅子にもたれながら話す。
「…ふ〜ん、それもいいかもね。人間思い出したくないことも一杯あるし」
「でも…。思い出したくないことも含めて、僕の記憶なんだよ」
結局、これが現時点でのシンジの本意であった。
シンジの言葉を聞き、隣に座っていたマナが話しかける。
「考え込むの良くないよ」
「ありがと。…えっと」
マナの言葉に礼を言うと、シンジは名前を思い出せず口ごもった。
そんなシンジに苦笑しながら、マナは優しく話しかける。
「マナ。霧島マナ。シンジ君は私のこと、マナって呼んでくれてた」
「……御免。そんなことも思い出せなくて」
マナの言葉に、シンジは謝罪の言葉を口にしながら答えた。
結局、根本的なものはシンジのようである。
「`しんみり´すること言うじゃない。昨日のことじゃなくて、明日のことだけ考えてればいいんだからさ」
シンジの言葉を聞き、アスカは不器用ながら励ましの言葉を口にした。
その言葉を聞き、シンジは自嘲するような微笑を浮かべ話す。
「明日のことか…。……僕にも来るのかな」
「碇君にも明日は来る。私にも明日は来る。…生きていれば。……そう言っていたわ」
シンジの背後で話を聞いていたレイは、以前にシンジから聞いた言葉を口にした。
だが、その言葉を自分が言ったことなど思い出せず、シンジは不思議そうな表情で訊ねる。
「誰がそんなこと言ったの?…」
ガタッ。
シンジの問いを聞き、レイは何を思ったのか、突然席を立った。
そして、シンジの前に立って、彼の両頬に優しく触れた。
「えっ?なっ、何?」
シンジはレイの行動が理解出来ず、戸惑いの表情を見せた。
だが、そんなことに構いもせず、レイはシンジの瞳に自分の瞳を近づけ口を開く。
「碇君、私の目を見て…」
「う、うん」
レイの赤い瞳を見つめながら、シンジは恥かしそうに頬を赤く染めた。
レイはシンジの瞳を覗きこみながら思考する。
(……この瞳。…でも、この感じ…碇君。)
そう思った後、レイはシンジの頭を優しく抱きしめた。
そして、優しく語りかける。
「おかえりなさい…」
レイがシンジを抱きしめたことに理由があるとすれば、それはシンジがレイの知るシンジだったから。
それだけで充分であり、それだけが必要だったから。
レイに抱きしめられるシンジを見ていた一同は、驚きと怒りの表情で声を上げる。
「何ぃぃぃ!シンジ?!お前ら、そういう関係やったんか?!」
「だ、大胆ですね」
「あ、あ、あ、綾波さんッ!!」
「この馬鹿シンジッ!何照れてんのよ!!」
<同日、午後>
結局、子供達は午後から学校に行くことになった。
シンジの記憶を戻す為、以前と近い環境に置くことをかねて。
昼休みの教室に来た少女達は、委員長のヒカリに声をかける。
「おっはよー♪」
「おはようって、そんな時間じゃないわよ」
自分の席に行くマナの背中を見ながら、ヒカリは苦笑混じりに言葉を返した。
ヒカリの言葉に、教室に入ってきたアスカが憮然とした表情で口を開く。
「テストよ、テスト。相も変わらずの、テスト三昧(ざんまい)」
「ここ最近、使徒も来て無いですからね」
アスカの言葉に答えながら、マユミは自分の席に向かった。
実際、アスカが第十四使徒を倒してから二週間近く、使徒の影すら現れていなかった。
そうこうして、アスカが一人で午後の授業の準備をしていると、ヒカリが肩を小さく叩いた。
その行動に気づき、アスカは訊ねる。
「ん、何?ヒカリ?」
「鈴原なんだけど…」
ヒカリは顔を赤くしながら話した。
ヒカリの表情に、アスカは小さく驚いた表情を見せながら話す。
「あ、ああ…下駄箱。三バカトリオ復活ってな感じで盛り上がってたわよ」
「そう…」
アスカの言葉を聞き、ヒカリは少しだけ不安げな表情を見せた。
ヒカリを察してか、アスカは微笑を浮かべて話す。
「大丈夫よ。鈴原のバカは、絶対、ヒカリに気があるから」
「う、うん」
ヒカリは自分に言い聞かせるように頷いた。
そんなヒカリを見て、アスカは苦笑しながら思う。
(恋する乙女ねぇ。……ま、人のことは言えないか。)
アスカが思考していると、唐突に校内放送が教室に響く。
-2-A、霧島マナさん、職員室まで。2-A、霧島マナさん、職員室まで。-
校内放送を聞き、何か思いついたのか、アスカがニヤリとしながら口を開く。
「チャ〜ンス」
<校舎内、下駄箱>
久々に顔を揃えた三バカトリオは、シンジの記憶喪失という事実に盛り上がりを見せていた。
その事実をトウジから聞いたケンスケは声を上げる。
「何ぃぃぃぃッ!記憶喪失ぅぅぅぅぅ!かぁっこいいぃぃぃ!絶対にかっこいいぜ、記憶喪失なんて!」
「まぁ、そういう訳や」
トウジはシンジに同情しているのか、あまり興味が無さそうな感じだった。
だが、そんなトウジを他所に、ケンスケは鼻息荒くシンジに訊ねる。
「なぁ、太陽はどっちから昇る?1+1は?」
「記憶喪失ったって、つい最近のことばかりだよ。太陽は東から昇るし、1+1は2だよ」
シンジは、いかにも当然といった口振りで答えた。
「そんなことは解るのに、俺達のことは忘れてしまったのか…ウウッ」
そんなシンジの言葉を聞くと、ケンスケは突然泣き始めた。
ケンスケの行動を見て、何かあると見たトウジは小声で訊ねる。
「何企んでるんや、ケンスケ?」
トウジの問いに、ケンスケは力強く小声で答える。
「トウジ、お前も泣けッ。とりあえず、泣いとけッ」
「お、おう…」
とりあえずケンスケの言葉を了承し、二人はシンジに向かって息を合わせて泣き始める。
「「俺達、親友の顔を忘れるなんて〜!」」
「あ、あのさ、泣かないでよ。出来る限り思い出すように努力するからさ」
突然の二人の行動に、シンジは多少取り乱しながら話しかけた。
根は純情なシンジであった。
そんなシンジに、しがみつきながら二人は声を上げる。
「「シぃぃンジぃぃぃぃ!!」」
<職員室>
一方、職員室に呼び出されたマヤは、担任から報告事項を伝えられていた。
マナは戸惑いの表情を見せながら訊ねる。
「文化発表会の出し物ですか?私達だけで?」
「ええ、そうです。何でも構いませんよ。その代わり、出席日数の方は目を瞑ることにします」
担任の話はチルドレンとして出席日数足りないことと、その為の代案提示だった。
その話を聞き、マナは引きつった笑顔で呟く。
「こ、交換条件ですか…」
「他の教科の担当とも相談したのですが、この案で行くことになりましてね」
マナの言葉に、担任は淡々と答えた。
マナは訊ねる。
「断ったら、どうなるんですか?」
「来年も…同じ教科の同じ所を勉強します」
担任の言葉は、サクッと重大な事実を告げていた。
そのことを瞬時に理解し、マナは戦闘でも見せたことの無い、真摯な熱い瞳を見せて口を開く。
「是非、やらせて下さい!!」
<教室>
教室ではアスカを中心に、シンジの話題で盛り上がっていた。
アスカの周囲に集まった同じクラスの少女達は、驚いた表情で口を開く。
「え〜っ!嘘〜!本当の記憶喪失なの?」
「なんか、小説みた〜い」
「そうなのよ。シンジったら、私と交わした熱いキスのことも、すっかり忘れてて…ウッぅぅ」
そう言って、アスカは一世一代の`泣いたフリ´を演じて見せた。
アスカの話を聞き、マユミは驚きの表情で口を開く。
「え、そうだったんですか?!」
マユミの言葉に続き、クラスメイトも次々に口を開く。
「だいた〜ん!」
「でも、そんな大事なことを忘れるなんて、碇君って最低!」
そして、トドメとばかりに側にいたヒカリが呟く。
「…ふ、不潔だわ」
シンジの話題で盛り上がっている教室の入り口では、当の本人が来ていた。
シンジは戸惑いの表情で口を開く。
「あ、あの…」
「シンジ、お前はクラス一のコメディアンで、毎朝皆を笑わせてたんじゃないか」
ケンスケの言葉は当然、嘘である。
シンジの記憶喪失を利用したイタズラであった。
「ぼ、僕が?」
ケンスケの言葉を真に受け、シンジは驚きの表情で訊ねた。
シンジの問いに、トウジが真剣な表情で話す。
「せや。そないなことも忘れとったんか?」
「う、うん」
トウジ達に答えながら、`まさか´という疑念を捨て去れないシンジであった。
だが、結局、シンジはコメディアンとして、教室の壇上に立った。
黒板の前に立つと、シンジはオドオドしながら口を開く。
「……ど、どーもぉー」
「声が小さい!」
「いつもの芸人『碇シンジ』は、そんなもんじゃなかったぞ!」
シンジの言動に、悪友二人は手厳しい言葉をかけた。
二人の言葉を聞き、シンジは確信する。
(僕は…芸人だったのか。)
確信に近いものを得たシンジは、力強く声を上げる。
「皆、どーもー、シンジ君でーす!」
皆の注目を集めると、シンジは体で人文字を作りながら声を上げる。
「命ッ!!」
突然始まった、シンジの奇怪な行動に、教室全体は冷たい空気に包まれた。
そのことを察知し、シンジは小さく呟く。
「う、受けない…」
「一人ユートピアをやりまーす!」
場の冷たい空気を変えようと、シンジはポケットから輪ゴムを取り出して口に咥えた。
そして、そのゴムを引っ張ると、勢い良く自分の口に命中させた。
シンジの奇怪な行動に、クラスの女子達は冷たい視線と共に口を開く。
「何よ、あの態度」
「もしかしたら、わざと記憶喪失のフリをしてるんじゃないの?」
「あれじゃあ、アスカさんが可哀相です」
マユミの言葉は、サクッとトドメを刺していた。
そんな周囲の視線を感じ取り、シンジは冷や汗混じりに呟く。
「受けてないぞ…」
だが、一人だけ馬鹿受けしている少女がいた。
アスカであった。
「ククック、ククッ…」
アスカはシンジの馬鹿ップリに笑いを堪えるのに必死であった。
そして、笑いを取れなかったシンジは、トウジ達のもとで反省会に入っていた。
「何やっとんねん。芸風の磨きこみが足りんのやッ。磨きこみがッ」
「反省しろッ」
二人の言葉を聞き、シンジは戸惑いの表情を見せながら呟く。
「僕の…芸風が…」
その一部始終を教室の片隅で見た後、レイは呆気に取られた表情で呟く。
「……何?」
つづく
あとがき
こ、この展開は……。
どうか、暖かい目で御覧になってください。(笑)