「僕と…君の……隙間」

そう呟いた後、シンジの意識は深い闇に落ちた。

プラグスーツの漂う、エントリープラグでの出来事だった。

 

 

 

僕は僕で僕

(100)

 

 

 


 

<四日目、初号機・エントリープラグ内>

 

LCLに溶け込んだシンジの意識は独り言を呟く。

プラグ内の状況に、自分の心の状況に…。

 

「誰もいない。…誰もいない。……誰もいない」

-君が目を背けてるだけさ…。-

もう一つの自我が呟くと、シンジの意識に皆の顔が通り抜ける。

(ミサトさん、リツコさん、加持さん、綾波、マナ、アスカ、トウジ、ケンスケ、委員長、ネルフの人達……。

……沢山の人達。…僕の知ってる人達。…僕を知ってる人達。)

シンジの思考を知ってか、自我は静かに語りかける。

-知りたくなくても知ってる。知りたくても知らない。…そんな人達。-

「違う。知らないだけなんだ」

シンジの言葉を聞き、自我は冷たく突き離すように話す。

-知りたいと思ったことも無いのに…。…君は臆病なんだよ。-

「君に何が解るの?!僕の何が解るの?!……人を知ることは苦しいのに。……知られることは、もっと苦痛なのに」

-君は知らないんだ。…それを臆病って言うことを。-

「そうだ。……僕は臆病だ。怖くって、怖くって、怖くって、逃げ出したくなるんだ。…人からも…使徒からも」

-だから僕に心を分けた…。-

「もう嫌だったのかもしれない。…怖かったのかもしれない。…怯えながら戦って、怯えながら守って、怯えながら生きることが」

シンジの言葉を聞き、自我は訊ねる。

-怯える?…使徒に?人に?-

「両方…だと思う。…人も…使徒も……怖い」

そう言った後、二つの心は静かに沈黙した。

 

少しの時間が流れると、自我が独り言のように呟く。

-使徒。…人の脅威となる存在。人の敵として存在するモノ。君が恐れるモノ。-

「…使徒。…使徒は、怖い」

そう呟いた後、シンジの意識に、これまで経験した使徒との戦闘が思い浮かぶ。

(使徒、使徒、使徒。…僕らの敵。…僕が存在する理由。…僕が父さんに必要とされる理由。

…怖い。……怖くてたまらない。…だけど、倒さないといけない。…じゃないと皆が。…じゃないと父さんが。)

シンジの思考を遮るように、自我が静かに問いかける。

-君の敵は誰?-

「僕の敵は使徒」

-違う。君の心の奥底にある、敵、敵、敵。…心の奥底にある敵のことさ。-

自我の言葉を聞き、シンジの意識に一人の男が出現する。

その男は、シンジの父であり、ネルフの総司令。碇ゲンドウであった。

(父さん?…。……父さん。父さん!父さん!父さんッ!!)

意識に浮かんだ父へ、シンジは声を上げる。

「……チクショウ。チクショウ!チクショウ!チクショウッ!」

いつの間にか、シンジは敵意を抱いていた。

使徒にではなく、父、ゲンドウへ。

父への悩み、憎しみ、悲しみ、それらを憤りに変え、シンジは罵る。

「よくもトウジを傷つけ、母さんを殺したなッ!父さんッ!!」

-父さんは、君を、僕を…捨てたの?-

シンジの憤りに反するように、自我が静かに訊ねた。

その声を聞き、シンジは憤りを押え込んで話す。

「そうだ。父さんは僕を捨てた。…捨てたんだ」

ドクンッ。

何処からか心臓の脈打つ音が聞こえた。

その次の瞬間、シンジは十年前の出来事を思い出していた。

母の乗る初号機を、自分が大きなガラス張りの窓から覗き込んでいる出来事を。

そのことを思い出し、シンジは呟く。

「……僕は…見ていた。僕はエヴァを知っていた。そしてあの時、逃げ出したんだ。……父さんと母さんから」

-…父さんは捨てなかった。-

自我はシンジの心に呟くように静かに話した。

その声を聞き、シンジは呟く。

「そうだ。父さんは悪くない。……僕が逃げ出した。…だから」

 

そう呟いた後、シンジの意識は再び深い暗闇に落ちた。

 

 

<夜、青葉のマンション>

 

レイは自室のベットで目覚めた。

頭に包帯を巻き、病院服姿のレイは小さく呟く。

「……まだ、生きてる」

 

 

<十四日目、初号機ケイジ>

 

ケイジ上部にある作業通路の上から、ミサトが初号機を眺めている。

ミサトの腕と頭の包帯は取れ、体の怪我も回復しているようだった。

ミサトは初号機のプラグを外す作業を、静かに物言わず見つめている。

作業員達の声が響く中、ミサトは思考する。

(二週間…。…まだ二週間?…それとも、もう二週間?

…もう、の方ね。……なんとなくだけど。)

そう言って、手摺(てすり)に背中をもたれさせると、ミサトは寂しげに呟く。

「結構キツイ…。…こたえるのよね。こういったのって」

そんなことを呟いた後、ミサトは顔だけを動かし、作業をチラッと見みながら思考する。

(…だからって訳じゃないけど、早く帰って来なさい。

皆待ってるから。…アスカも、レイも、霧島さんも、山岸さんも、鈴原君も……皆…皆、皆待ってるから。)

 

そう思考した後、ミサトは寂しげに…自嘲するように微笑んだ。

 

 

<零号機ケイジ>

 

「問題無さそうね」

零号機を見上げながら、リツコは背後から来るコダマに話しかけた。

コダマは手のチェック用紙に、何やら書き込みながら答える。

「でも、このまま修復作業が重なると、生体部品が足りなくなりませんか?」

「足りないわよ。実際」

左腕の接合面を見つめながら、リツコは簡潔に答えた。

その答えに納得がいかず、コダマは不思議そうな表情で訊ねる。

「すると、参号機の修復は棚上げですか?」

「いえ、修復するわ。足りないモノは借りてくればいいから」

そう言って、リツコは再び歩き始めた。

「はぁ…」

リツコの言葉が理解出来ず、コダマは歩きながら思考を巡らせた。

(借りてくる?…どっから?…松代?…まさかね。

………他に借りれるとこって言ったら。……!)

借りる場所が思いついたのか、コダマは小さく驚いた表情を見せた。

そして、リツコの背中を見ながら訊ねる。

「借りるって、まさか、ドイツ支部からですか?」

「ええ、そう。伍、六号機の部品を回して貰う手筈になってるわ」

コダマの問いに、リツコは振り返らずに歩きながら答えた。

リツコの言葉を聞き、コダマは戸惑いの表情を見せながら訊ねる。

「そんなにエヴァを造って、どうするんでしょうか…。…ここにあるエヴァだけじゃ、不満なんでしょうか?」

「………」

コダマの問いに、リツコは沈黙で答えると、淡々とした表情で思考する。

(…エヴァの数が不満。…いえ、ここのエヴァに不満があると見るべき。

そう見た方が理解できるし、納得がいく…。)

そう思考した後、リツコは軽く`ため息´を吐いた。

 

 

<ネルフ、第一発令所>

 

司令部から発令所に、サルベージの作業場所は移されていた。

いつ襲ってくるか知れない敵、「使徒」に備えての為だった。

 

「……いよいよ明日ね」

職員達が明日の準備を進める中、ナオコが独り言のように呟いた。

その呟きが聞こえたのか、隣に座っているマヤが微笑みながら話しかける。

「お疲れ様です。予定より、二週間も早く遂行させるなんて、さすが赤木博士ですね」

「年の功、それだけよ」

マヤの言葉に、ナオコは疲れたような微笑で答えた。

そんなナオコの表情を見ながら、マヤは多少不安げに訊ねる。

「帰って来ますよね?」

「シンジ君の意思が、こちら側に向いてればね」

そう答えた後、ナオコは耳たぶを触りながら思考する。

(…こちら側への精神の定着。…帰って来たいと思う意思は、シンジ君のみが知る。

……結局それが、他人である私達が干渉出来る限界。)

 

 

<十五日目、プラグ内>

 

シンジの精神は暖かい感覚に包まれていた。

陽だまりの中で、母の手に擁かれているような感覚を。

その感覚にシンジは呟く。

「優しい。…暖かい。人の`ぬくもり´なのか……これが」

-知らなかった?-

「……知らなかった」

自我の声に、シンジは穏やかに言葉を返した。

 

流れる時間。

緩やかに時間が経過する中、シンジの精神に、レイのイメージが浮かび上がる。

ネルフ内のエレベーターの中で、レイはシンジの方を見ずに訊ねる。

「寂しいって、何?」

「今までは解らなかった。…でも、今は解るような気がする」

シンジは穏やかにレイの問いに答えた。

そして、シンジとレイの禅問答のような問い掛けは続く。

「幸せって、何?」

「これまで解らなかった。…でも、今は解るような気がする」

「優しくしてくれる?…他の人が」

「うん」

「どうして?」

「……僕がエヴァのパイロットだから」

シンジがレイに答えると、自我が精神に割り込み、シンジの中に声を響かせる。

-僕がエヴァに乗っているから大事にしてくれる。-

「それが、僕がここに居てもいい理由なんだ」

-僕を支えている全てなんだ。-

自我の声を受け入れると、シンジは静かに話す。

「だから…僕はエヴァに乗らなきゃいけない」

「乗って?」

そのことを気にした様子も無く、レイは訊ねた。

シンジは答える。

「敵、皆が敵と呼んでいるモノと戦わなきゃいけない」

「戦って?」

「勝たなきゃいけない。……そう、負けちゃいけないんだ」

-皆のいう通りエヴァに乗って、皆のいう通りに勝たなきゃいけないんだ。-

「そうじゃないと……誰も、誰も…誰も」

 

そうシンジが呟くと、頭の中に次々とシンジの知る人物が浮かび上がる。

その人物達は次々と似たような言葉を口にする。

「頑張ってね」

「頑張って」

「頑張れや」

「頑張れよ」

「良くやったな…シンジ」

その言葉を聞き、シンジは声を上げる。

「ミサトさんも、リツコさんも、トウジも、ケンスケも…父さんも、褒めてくれるんだ。…エヴァに乗ると褒めてくれるんだ!」

シンジは耳を押え、膝に顔を埋めながら更に声を上げる。

「こんな僕を褒めてくれるんだ!」

そして、「頑張れ」と口にする者達に叫ぶ。 

「僕は頑張ってる…。頑張ってるんだ!……誰か僕に優しくしてよ。こんなにまで戦ったんだ!こんなに一生懸命戦ってるんだ!
僕のことを大事にしてよ!僕に優しくしてよッ!」

 

再び、シンジの精神を暖かい感覚が包む。

そして自我の声が響く。

-脆弱だね…。君の心は。-

その声に、シンジは何も語ろうとしない。

自我は優しく話しかける。

-ねぇ…。僕と一つになりたい?…心も体も一つになりたい?-

そう話すと、シンジの精神に自我のイメージか浮かび上がる。

自我のシンジは裸だった。

裸身の自我は優しげな表情を浮かべ、シンジへ話しかける。

「それは、とてもとても…気持ちのいいこと」

自我の言葉を聞くと、不思議とシンジの精神は落ち着いていった。

 

自我は優しげな微笑を浮かべ話す。

「安心して。……心を解き放って」

 

 

<第一発令所>

 

ネルフの面々が顔を揃えた中、サルベージの作業が始まろうとしていた。

ちなみに参加者は、赤木親子、コダマを含むオペレータの面々、ミサト、そしてゲンドウという顔ぶれであった。

司令が見守るという緊張感の中、マヤが報告する。

「自我境界パルス、接続完了」

その報告を聞き、ナオコが淡々と合図を口にする。

「サルベージ、スタート」

「了解。第一信号を送ります」

「エヴァ、信号を受信。拒絶反応無し」

ナオコの合図に、日向と青葉が静かに作業を開始させた。

二人の報告に、コダマとマヤが続く。

「続いて、第二、第三信号、送信開始」

「デストルドー、認められません」

「了解。対象をステージ2へ移行」

報告に答えると、ナオコは次の指示を下した。

十年振りのサルベージ作業は、意外なほど静かに滞りなく始まった。

その作業を見つめながら、ゲンドウは思考する。

(シンジ……。)

 

 

<プラグ内、シンジの精神イメージ>

 

「……ハッ!」

病室のベットに寝ているというイメージの中、シンジは突然目を見開いた。

すると唐突に心に声が響いてくる。

シンジを知っている人達の、シンジが知っている人達の声が…。

「バカシンジ!」

「シンジ君」

「よぉ、シンジ」

「おい、シンジ」

「碇君」

その声は加速していき、シンジの心の中で繰り返された。

そして、その声を聞くたびにシンジの心の中は混乱していった。

 

 

<第一発令所>

 

第一発令所には警報音が鳴り響いていた。突如に乱れた波形パターンが原因であった。

マヤは焦り混じりに報告する。

「駄目です。自我境界がループ上に固定されています」

「全波形域を全方位で照射して頂戴」

ナオコは即座に事態を収拾しようと、指示を下した。

そしてマヤのモニターを見ながら、ナオコは焦り混じりに呟く。

「駄目…。発信信号がクライン空間に捕らわれている」

 

少し離れて様子を見ていたミサトは、側に居るリツコに小声で訊ねる。

「どういうこと?」

「……恐らく、失敗」

リツコは何も出来ずにいる自分を多少歯痒く思いながら答えた。

「っ……」

リツコの言葉に、ミサトは思わず息を飲んだ。

 

鳴り止まない警報音に、ナオコは次の指示を下す。

「干渉中止、タンジェントグラフを逆転。加算数値をゼロに戻して」

「はい!」

カタカタッ。

コダマは指示を即座に実行した。

だが、事態は収まりを見せない。

「旧エリアにデストルドー反応。パターン、セピア!」

「コアパルスにも変化が見られます!プラス0.3を確認!」

青葉、日向の二人が事態の急変を報告したからだった。

その報告を聞き、ナオコは指示を下す。

「現状維持を最優先、逆流を防いで!」

「はい。プラス0.5、0.8……変です!せき止められません!」

マヤは指示を実行しようとしたが、受けつけようとしない。

その報告を聞き、ナオコはモニターを見ながら声を上げる。

「なぜ!帰りたくないの、シンジ君?!」

 

 

<プラグ内、シンジの精神>

 

「わからない…わからない…僕は……僕は……」

シンジの精神はプラグ内の操縦席で、膝を抱え、うずくまっていた。

そんなシンジのもとに声が響く。

-何を願うの?-

自我の声ではなく、懐かしい、暖かい、聞き覚えのある声が。

 

 

<第一発令所>

 

発令所での事態は最悪な方へと流れていた。

そんな中、青葉と日向が声を上げる。

「信号を拒絶しています!」

「プラグ内の圧力上昇!」

「作業中止!電源を落として!」

ナオコの決断は即決だった。

だが、無情なマヤの報告が発令所に響く。

「駄目です!プラグがイグジット(排出)されます!」

マヤの声の直後、発令所のモニターにプラグからLCLが溢れる様が映し出される。

流れ出たLCLの中にプラグスーツが…シンジが着ていたと思われるプラグスーツがあるのを見止め、ミサトは叫ぶ。

「シンジ君ッ!!」

 

ググッ。

その様子を見ていたゲンドウは両の手に力を込めた。

このとき、一番叫びたかったのはゲンドウかもしれない。

 

 

<初号機内、シンジの精神>

 

シンジは再び病室のベットの上で目覚める。

そして呟く。

「ここは?」

シンジが呟くと、周囲の情景が変化し、シンジが電車に乗っている景色に変わった。

電車には、もう一人の自分の姿がある。

もう一人の自分は、シンジの問いに答える。

「エヴァの中だよ」

「エヴァの中?……僕はエヴァに乗ってるの?…どうして?」

シンジの精神は混乱していた。

自分の状況、存在が理解できずに……。

 

そして、シンジは自分がエヴァに乗る理由を思い出す。

昔の出来事を重ねながら。

 

第五使徒の時。

「碇シンジ君、一つ質問してもいい?」
マナがシンジに訊ねる。
「何?」
シンジは微笑みながら訊ね返した。
「使徒と戦うこと怖くないの?」
「怖いよ…とても…」
シンジの顔は真剣になっていた。
「パイロットを辞めたいとは思わないの?」

少しの沈黙のあとシンジが口を開く。
「それは…できない」
「なんで?」
「僕が逃げたら、使徒との戦闘で傷つく人は減ると思う?」

進路相談の時。

「僕の?………僕の進路、聞いてどうするの?」
アスカの言葉に、シンジは少し戸惑いを感じながらも訊ねた。
「どうするって……」
シンジの言葉に、アスカは頬を赤く染めた。
妙な雰囲気で、二人は沈黙してしまった。

「……解らないよ」
沈黙を破り、シンジは静かに微笑みながら、アスカに言った。
「解らないって…どうして?」
シンジの言葉を聞き、アスカが不思議そうに訊ねた。
「使徒がいて…エヴァがあって…僕がいるんだ。……だから解らない」
アスカに答えるシンジは、悲しげな微笑みを浮かべていた。

第十使徒、パイロットを降ろされた時。

「使徒との戦闘に、生き抜く自信が無いから?」
アスカがシンジに訊ねた。
「……それもあるかも」
アスカの問いかけを聞き、シンジは呟いて答えた。
そして、シンジが口にした言葉は、アスカの言葉を肯定すると取れる言葉だった。
その言葉を聞き、アスカは訊ねる。
「…でも本当は、生きているのが怖いからね?」

第十使徒、強引にエヴァに搭乗した時。

「シンジ君、説明して。あなたは何故(なぜ)ここにいるの?」
回線が開くなり、ミサトは憮然とした表情で訊ねた。

少しの沈黙の後、シンジは答える。
「……生きてるから。……僕は…生きていたいから。……ここに、います」
シンジは真剣な表情で、ミサトに自分の思いを告げた。

そして、一人の男の声が響く。

「だから還って来い。そういう訳じゃない。……ただ、君には君にしか出来ない、君になら出来ることがある筈だ。
…誰も君には強要は出来ない。自分で考え、自分で決めろ。自分が今、何をすべきなのかを………」

それらの言葉を思い出し、聞きながら、シンジは呟く。

「僕は…僕は……」

 

 

<初号機ケイジ>

 

初号機ケイジでは、ミサトがシンジのプラグスーツを握り締め泣きじゃくっていた。

ミサトは嗚咽混じりに声を上げる。

「人ひとり助けられなくて、何が科学よッ!!」

それは近くにいる赤木親子へのものだった。

二人は何も言えず、沈黙と沈痛な面持ちで立ち尽くすだけだった。

そんな二人に、ミサトは更に声を上げる。

「返してッ!シンジ君を返してよ!」

 

ミサトの声が響く中、ゲンドウは初号機の前に立っていた。

ゲンドウは初号機に向かって呟くように話しかける。

「……シンジ。…シンジ。シンジッ!」

いつしかゲンドウは声を上げていた。

ゲンドウは初号機から目を逸らさず、声を荒げる。

「シンジッ!!」

 

 

<シンジの精神>

 

「人の…。…暖かい匂いがする。……暖かい。…とっても暖かい」

そう呟いた後、シンジの心に一つの想い出が浮かぶ。

母の胸で母乳を飲んでいる頃の想い出が。

 

そして、どこからともなく声が響く。

『セカンドインパクトの後に生きていくのか、この子は……この地球に』

『あら、生きていこうと思えば、どこだって天国になるわ。……だって、生きているんですもの。幸せになるチャンスはどこにだってあるわ』

『……そうか、そうだったな』

 

そんな声が響く中を、幼い顔をしたシンジが泳いでいた。

精神の海と呼ばれるものなのか、精神が創りだした虚構の海なのか、それは解らない。

だが、シンジは泳いでいる。

微笑を浮かべながら。

 

そして、再び声が響く。

穏やかに会話する男女の声が…。

『決めてくれた?』

『男だったら、シンジ。女だったら、レイと名づける』

『シンジ…レイ……。…フフフ』

 

暖かな声を聞きながら、シンジは一つの光を見つけた。

水に揺らめきながら、優しく輝く光に。

 

 

<初号機ケイジ>

 

「シンジッ!」

声を上げた後、ゲンドウは拳(こぶし)を作った手を力強く握り締めた。

泣きじゃくっていたミサトは、ゲンドウの声を聞き、少し驚いたような表情を見せていた。

碇司令は、紛れも無くシンジの父親だったのだと気づき。

 

パシャン。

その時、不意に水の弾ける音が響いた。

水音を聞き、ミサトが振り返ると、そこには裸のシンジの姿があった。

ミサトは声を上げる。

「シンジ君ッ!!」

 

 

<17日目、深夜>

 

シンジはネルフの病身施設に厳重のガードのもと収容された。

普段からでも厳重なのだが、今回ばかりはその様相が違う。

シンジが使徒である可能性が、未だ不鮮明だったからである。

 

分厚い壁と窓の無い病室は、暗闇に包まれていた。

そんな中、シンジは`ゆっくり´と目を開けた。

シンジは、天井を虚ろな瞳で見つめながら呟く。

「……僕は…誰?」

 

暗闇の静寂の中。

シンジの瞳には、無機質で真っ白な天井だけが映っていた。

 

 

 

つづく


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あとがき

精神面の描写は四苦八苦しました。
書いてるうちに、頭の中がグチャグチャになってしまって…。どーにか読める程度に成ってると思うのですが。(苦笑)

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