第壱章 フィアット …そして時は動き始めた… A part
1Years Later
「ふう…」
少年はロビーに降り立つとため息を小さく一つついた。周りからさまざまな視線を感じ
る。無理もない。服装こそ地味な部類に入るのだが、少年の母親の面影が強く出たのだろう、
少年でありながらどこか少女じみていて、美少年と言っても決して過言でないその容貌と左耳につけら
れたリングから十字架を釣り下げられている印象的なピアス、そして何より独特の翳りをお
びたその表情がその少年に独特の魅力を与えている。
だが少年はその中から好奇以外の視線を巧みに感じ取っていた。
「5人、か……」
その五組の視線のうち、もっとも自分から近い視線の持ち主のほうに歩いていくとこう
いった。
「諜報部の方ですね。ボクの頼んでおいたモノ、届いてますか?」
そのごく普通のビジネスマンにしか見えない男は面食らった。
「ああ、第三駐車場のC−186だ……」
「ありがとうございます。」
さっそく少年はその場を離れ、いわれた場所に向かっていった。
「やれやれ、諜報部屈指の腕前といわれた俺が、こうもあっさり見破られるとは……。『ジ
ーニアス』のふたつ名も伊達ではない、ということか……」
「おっはよ!ヒカリ!!」
赤みがかった金髪、蒼い目をもった、誰に聞いても美少女、を答えてくるであろう少女の、
元気な声が教室じゅうに響き渡った。手には学校指定のカバンと、かなり大きめの紙袋を持
っている。
「おはよう、アスカ。また今日も?」
ヒカリと呼ばれた少女は、少々呆れ顔で紙袋をさしながら返答した。
「ああ、これね。困っちゃうのよねぇ、みのほどしらずのバカが多くって!」
袋から出されたそれは大量のラブレターだった。
「そうよね、アスカは好きな人いるからねえ。碇君、いまごろなにしてるのかしら。」
そこまでいって触れてはならないことだと気付きハッとした。
「……そうよね。アタシのことほっぽいてなにしてんだか。手紙もたまにしかよこさないし。
でもあと1年で帰ってくるっていってたし……」
普段の彼女なら見せないさびしそうな表情でいったかと思うと、つぎにはもう、
「そんなこと言ってヒカリ!あんただって…」
そういうと廊下側一番後ろの席に陣取っている3バカトリオのなかの大バカ(アスカ談)に
向かって一瞥した。メガネをかけて、デジタルカメラをこちらにまわしている少年となにや
ら話していた。
「なぁに撮ってんのよ!そりゃあ、美しいこの私を撮りたいのはわかるけど!」
「なにいってんじゃいこのアマァ!!……」
こうしてまた変わらぬ日常が繰り広げられることとなった。
ここは第3新東京市立第一高等学校。といっても市内には実は2つしか高校は存在しな
い。よって中学から大半はこの学校に入学することになる。しかも、セカンドインパクトが
あったときに生まれた子供はごくわずかで、2学年、3学年は6クラスずつあるのだが、1
学年はわずか1クラスしかなく、『奇跡の世代』とすら呼ばれていた。それでも、遷都が決
定された同市では、転入生が跡を絶たず、1週間に転入生が2人はくる、と言う状況であっ
た。クラスが増設されるのもそう遠い話ではないだろう。
「しかし妙な話だねえ…」
「ん、なんや?」
口喧嘩に終止符を打ったのはメガネの少年、相田ケンスケだった。
「いいかいトウジ。考えてもみなよ。この1クラスしかない学年に一高美少女ランキングト
ップテンのうち7人までもがいるんだよ。おかしいとはおもわないか?」
「ん、そやなあ。で、その7人って、だれや?」
ケンスケは少々ずっこけそうになりながらも返答する。
「いいか。まずダントツ1位を誇る惣流だろ。」
さきほどまでトウジの口喧嘩の相手を見る。つられてトウジもみるのだが、その対象は
こちらに中指をつきたててきた。
「けっ!なんであんなんに人気あるんや!」
「まあまあ、次は綾波。あの神秘的かつ独特の雰囲気でナンバー2の人気だな。」
2人は窓際一番後ろの人物に目をやった。その少女は文庫本に目を落としていた。本当
に読んでいるかはまったく不明だが。
「あとは森ミカコに中居ユウコだろ。」
教卓の周りに集まっているうちの黒髪でショートの少女と栗色セミロングの少女をさす。
「それに木村リカ&ミカの双子姉妹。」
「まあ納得できんなあ」
「あと今日は午後から出席予定の草薙ユミ。これで7人だ。委員長もいいセンいってるし。
まあ写真が売れればそれでおれはいいんだけどね。」
メガネが怪しい光を纏う。そうこの2人、鈴原トウジと相田ケンスケ、特に後者は、学
校内の美少女、もてるオトコの映像を撮影・販売し、みずからのこずかいとしているのだ。
ガラガラガラッ…
教室前の扉からの教師の登場ですべての会話は打ち切られた。
少年は街中をバイクで疾走させていた。2ストローク500ccのエンジンがおたけび
をあげる。時計をチラッと見る。11時15分。
「やっぱりコイツじゃ街乗りはちょっとつらいかなあ。でもまあ無理もないか。ドイツのア
ウトバーンでつかってたヤツだし…」
とても街中を走るスピードとはおもえないほどの猛スピードのなか、白と青を基調とす
るヘルメットの中で呟いた。
「給料が入ってる、っていってたからもう一台買おうかな……」
そんなことを呟いてから2時間前の邂逅を思い出していた。
……ひときわ重厚なとびらをノックする。
「はいれ。」
言われて中に入る。そこには少年の父、碇ゲンドウの姿があった。
「ただいま、父さん」
「おまえには部屋が用意してある。これがその家のキーだ。わかっていると思うが安全を確
認できるまではこのことも機密事項だ。こっちがセキュリティカード、それに免許証だ。」
そう言い放ちカードを渡す。碇ゲンドウの言葉には言いも知れない威厳と重厚さがある。
「おまえは出発の日付けでS級特殊常任勤務者になっている。直属の上司はいない。階級
は三尉だ。給料も入っている。」
少年は意外そうな顔をした後、一つ聞いた。
「学校は?」
「明日付で第一高等学校に手配してある」
「わかったよ父さん。」
そういうと少年はくるりときびすを返た。
「シンジ」
「…なに?」
少年は振り向かずに答えた。声をかけられたことが意外であった。
「よくやったな。これからおまえは自分のやりたいようにしろ。」
その言葉には常にまとわりついてきたあの威厳さがなかった。そしてその言葉で、碇シ
ンジはすべてを理解することができた。
少年は涙を浮かべ微笑みながらも振り返らず、ただ言葉のみを残していった。「ありがと
う。じゃいくね、父さん。」
シンジははじめて父が父であることを知り、喜びをかみしめた。
…それから冬月さんにあって…
思考はここで中断された。なぜなら50メートルぐらい先の交差点で制服を着た女の子
がトラックに轢かれそうになっていたからだ。シンジは無言でギアを1速落しスロットルを
全開にした。
「もう、すっごく格好よかったんだから!」
草薙ユミは学校にくるなりそういった。彼女はアスカ、レイについで美少女ランキング3
位に食い込んでいる。まもなく3番目のファンクラブができるくらいだ。(言うまでもない
が、現在2つ存在するファンクラブはアスカとレイだ)
「で、なにが?」
周りの女子陣がいっせいに興味を示す。時は昼休み。話をするにはもってこいの時間だ。
「さっき私が学校にくるとき、暴走トラックに轢かれそうになったの!その時あの人が…」
「あの人、って名前は?」
「聞き忘れちゃったの。こっちが動転しちゃって…って話の骨折らないで!」
「ごめんごめん、それで?」
少女は気を取り直すと『夢見る乙女モード』で話を再開した。
「そう、あの人がバイクで私を腕に抱えて救ってくれたの。それでヘルメットをとってわた
しに『あの…大丈夫?』って、とってもやさしい笑顔で…」
ちょっとイッてしまった顔で目を輝かせながら話している。
「そのひと、顔、よかったの!?」
さっきとは違う少女が聞く。
「もう、いいなんてもんじゃなかったわ。天使もかくや、ってぐらい。背もスラッとして高
めで。印象的だったのは左耳に付けてたピアスかな。十字架をつっててそれがもうすっごく
似合ってたの。」
「そんなの、助けてもらった、って言う状況だからかっこよく見えただけじゃない?ピアス
なんかつけててちょっとばかり顔がいいヤツなんて、たいしたこたぁないわよ!そのへんに
ごろごろいるわ!」
この言葉を言ったのは当然アスカだ。そしてこれを聞いたユミはむくれてしまった。
「そんなことないもん!」
子供が駄々をこねるような口振りでユミは言い返した。
「あー、はいはい。でもユミの心を射止めた人かぁー。みてみたいなぁー!」
フォローを出したのはヒカリ。さすがによく気が利く。
この日、クラスの女子は『ユミの心を射止めたひと』の噂でもちきりとなった。
…キーンコーンカーンコーン…
今日一日の授業終了を告げるチャイムが鳴り響く。ホームルームも終わり、後は家に帰る
だけだ。
「ヒカリ!一緒にかえろ!」
「うん、あ、でもちょっと待ってて!プリント出してきちゃうから。」
そういうと教壇の上に集めてあるプリントを職員室に運ぼうとした。
「それなら私も手伝うわよ。」
「あ、いいわ。少しだから。アスカはここで待ってて。」
そういうとひらりと身を翻し出ていってしまった。
(教室に残っているのは…)
アスカはあたりを見回すとほとんど誰もいない事に気付いた。残っているのはアスカと、
もうひとり隅で文庫本を広げている綾波レイだけだった。
「ちょっと、あんたなんで残ってんの?」
アスカは気まずい雰囲気に耐えられず口を開いた。が、無視されてしまった。
さすがにカチンときたらしく、余計な事まで口走ってしまう。
「あからさまに無視してくれるけど、ほんとはあんた、シンジがいなくてさびしいんでしょ
う!?」
レイはこの言葉には反応した。
「さびしい…そうかもしれない…でもそれはあなたも同じでしょう?」
「!!!」
「おまたせー!…あれ、どうしたの?」
「なんでもないわよ!さっさと帰りましょ!」
つづく……かなあ?
TAIKIさんの『天使に逢いたい』第壱話Aパート、公開です。
帰ってきた十字架ピアスの男。
・・これはシンジですね?
いきなり校内ナンバー参を魅了して・・・
アスカとレイも加えたドタバタの予感(^^;
さあ、訪問者の皆さん。
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