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天使に逢いたい
第10話 中編
「用意はいい?シンジ君。」
やさしげな声がドアの外からかけられる。
その声の中に、不安を感じさせまいとする努力をシンジは機敏に察知する。
が、この声の持ち主がここにいる事は、シンジにとって意外だった。
そして声をかけてきた女性は中に入ってきた。
シンジの返答を聞きもしないうちに入ってきたのは彼女らしいといえるかもしれない。
なぜならここは男子更衣室。
「あれ、ミサトさん、知ってたんですか?」
シンジは椅子に座り、うつむき目を瞑ったまま答えた。
「私はネルフの上級職員、葛城ミサト二佐よん♪・・・・・・シンジ君、ありきたりの事しか言えないけど、がんばってね。」
「・・・・・・ミサトさん。」
「何、シンジ君?」
「A・Tフィールドって何か知ってますか?」
ミサトはしばし考え込む。
「・・・位相空間を一定の力場に展開したものじゃないの?」
「・・・・・・」
シンジは何も答えない。
そしてゆっくりと目を開き、立ち上がる。
左手首のスイッチを押す。
プシュゥ
プラグスーツ内のエアがぬかれ、体に密着する。
薄いプラグスーツ越しに彼の均整のとれたプロポーションがあらわになる。
ミサトを簡単にねじ伏せる力を持ち、それでいて彼女よりも細い体躯。
そしてミサトはシンジの顔にしばし見とれた。
今の彼は、男の顔をしていた。
かつて見た、彼が自分の意志で戦いに赴くときの顔。
普段の顔とは別の、強い意志を秘めた顔。
「じゃ、いきます。あれ、ミサトさん、どうしたんですか?」
邪気のない声。
それとともに普段の、優しく、そして少し頼りない表情に戻る。
「あ、いや、なんでもないわ。リツコたちが待ってる。行きましょうか。」
彼女はすでに理性以外の何かで、成功を確信していた。
「弐号機、起動臨界点まであと8・・・7・・・」
「2・・・1・・・突破!起動しました!」
ここ一年の間、まるで聞く事のなかったオペレーターの声が響き渡る。
「22・・・24・・・26・・・」
シンクロ率は、止まることなくどんどん上昇を続けていく。
「70.2で安定しました!」
「すごいですね!初めて単独で乗った弐号機にいきなり70オーバーなんて・・・」
マヤが子供のような歓喜の声を上げる。
「そうね、でも今回はそれが目的じゃないのよ。」
(でもそれができたら奇跡ね)
後の言葉を飲み込んだリツコが冷静に答える。
(でもシンジ君はいつも奇跡を起こしてくれたわね・・・)
ほんのしばらくの間だが、回想をする。
(こんな事を考えるなんて、私も変わったわね。)
思考を中断し、自嘲する。が、決して嫌ではない。
「碇司令、本当によろしいですね?」
後部、司令席に座する碇ゲンドウに念を押す。
「今回の指揮権はすべてシンジに任せてある。・・・問題ない。」
いつものセリフまで若干の間があったことに、リツコ、冬月、そして静観するミサトは気がついた。
「わかりました。プログラム・スタート。」
リツコは小さく、しかしはっきりとした声で言った。
間髪いれずオペレーターの声が響く。
「初号機起動!シンクロ率80,8で安定!」
「リンクしました!!」
「初号機、弐号機共にシンクロ率上昇中!」
そこに漂うのは緊張感という名の濃厚な空気。
「両機共に暴走!」
「シンジ君!」
ミサトが悲痛とも取れる声で反応する。
「・・・!いえ!パイロット側から抑え込んでいます!シンクログラフ、99.7±0.3で安定!」
「強制切断は何があってもしないよう言われているわ。続行します。」
そのころエントリープラグ内はというと
(・・・気持ち悪い・・・・・・)
シンジはまたも目を瞑っている。
表情はいつもとたいして変わらない。
普段と違うところと言えば、左耳にいつものピアスがついていない事ぐらいだろうか。
だが、その中身は違った。
激しい嘔吐感。
たとえようのない精神負荷による終わる事のない頭痛。
(・・・・・・・・・A・Tフィールド、か・・・)
シンジは肉体の苦痛などどこか遠い世界の出来事であるように追いやり、思い出すように考える。
(使うもの次第、って言ってたよね・・・今からやってみるよ)
シンジは軽く微笑みを浮かべると、自分の精神世界へとダイブした。
深く・・・
深く・・・
そして対面する。
「だから少し力を、貸してくれる?」
誰に向けられたものかはわからない。
だが、その声は確実に届いていた。
そして・・・・・・
・・・・・・変化が起こる。
「初号機、A・Tフィー・・・いや、違います!」
「なに!?」
リツコはすぐさま解析を始める。
「初号機、12枚の・・・羽を・・・展開しました・・・」
オペレーターの自信なげな声がする。
事実、初号機からは本当に6対の羽が背から伸びている。
それに呼応するように弐号機の背からも羽が伸びてくる。
神々しいまでの光を惜しげもなく発散していた。
そしてゆっくりと開いていく・・・
誰もが息を呑む光景。
そしてリツコは見覚えがあった。
(ゼーレエヴァ戦の時と同じ・・・まさかシンジ君が自力で!?)
「プラグ内、3番モニターに写して!」
リツコが言う前にミサトが言い放つ。
彼女の顔にはあきらかに焦りが見えている。
「だめです、プラグ側からカットされています!」
その声にミサトは愕然とする。
そしてその表情は叫びにうってかわる。
「リツコ!一体何が起こってるの!?」
リツコはエヴァ両機が映されたモニターを見ながら表情を崩さずに返答をする。
「わからないわ。ただ・・・・・・」
「なによ!」
「シンジ君がA・Tフィールド以外の何かを自力で展開している事は間違いなさそうね。」
「な・・・・・・!」
ミサトが何か言おうとするが、オペレーターの声によって遮られた。
「解析終了!光粒子と波動、重力素子からだとMAGIは示しています!その中心最大出力は・・・・・・うそ・・・」
「どうしたのマヤ!早く言いなさい!」
リツコは苛立った声を上げる。
そしてその声で我に返った彼女はすぐさま、しかし言いよどんだ。
「は、はい・・・推定13万テラ・アーデルハイトです・・・プラグ内からです。」
リツコは目をこれでもかと言うほど見開き、ボールペンを落とす。
聞き間違いかと思った。
すでにリツコも目の前で何が起こっているのかわからなくなった。
(なんですって!世界中のエネルギーどころか太陽のエネルギーですら足元にも及ばない数値よ!下手をすれば地球なんか一瞬で消滅・・・・・・一体何が起こってると言うの・・・・・・・・・それより・・・・・・)
「まずいわ!機体が耐えられない!強制切・・・・・・いえ、続けて。」
リツコは、あとはただ祈る事しかできないということに気がつき、そのことを呪った。
そしておよそ1分後。
この場にいたものにとっては永遠とも取れる時間。
羽に包まれるようにしていた両機からゆっくりと光が消え去り、羽を閉じていった。
その場に残ったのは、手足はもちろんのこと所々が千切れ、もしくは千切れかけ、装甲は見る影もなくなった、かつてエヴァであったろう残骸だった。
特筆すべき事は、潰れたコアの前に人影が二つ、あったことだ。
そこには確かに生命が息づいていた。
「まったくもう、なんでいきなりネルフに呼び出されなくちゃならないのよ!」
猛り狂っているアスカ。
彼女の機嫌が悪いのは、中間テストが終わりシンジと遊びに行こうと思ったが、当の本人が捕まらない、ということが最大要因であったが。
「あらレイ、あんたも?」
「ええ。」
アスカが綾波レイを呼ぶときの呼称が、すでにファーストからレイに変わっていた。
「まったく、何があるって言うのかしら!あんた、なんか聞いてる?」
「いえ、知らないわ。」
素っ気無い返答をされるが、これは彼女の個性だと思い込む事によってすでに苛立つ事はない。
「あ、来たね。」
通路で待っている人影がひとつ。
そしてこの声はそこから発せられた。
「あら、シンジじゃない。あんたも?」
シンジはその問いに答えず、ただ微笑みを返すのみ。
そしてゆっくりと歩き出す。
「こっちだよ、来て。」
いつもより少し強引なシンジ。
その雰囲気に二人ともしばし飲まれる。
シンジは呼吸を乱している。
アスカがその横に、レイが一歩後ろに続く。
元来我慢強いとはいえないアスカがその沈黙に耐えられなくなったのは必然だろう。
「一体何があんの?サプライズドパーティーとかだったらシャレにもなんないわよ。」
「そうだね。それに近いかもしれないね。」
「はあ?」
やがてシンジの足が止まる。
アスカにとってあまり思い出したくもない隔離病棟303号室のまえで。
プレートは、ない。
「・・・誰か入院してるの?」
アスカは、なにかどうしようもない不安を覚える。
「いいから入って。」
シンジは微笑みをたたえながらアスカに言う。
綾波レイはずっと後ろで黙ったままだ。
「誰がいるって言うのよ!」
不安が激昂に変わり、シンジにぶつけられる。
シンジは軽く息をつくと、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「アスカをエヴァの呪縛から解き放ってくれる、最初で最後の人だよ。」
「・・・お兄ちゃん、それって・・・」
シンジはレイに向かい軽く頷く。
だがアスカには理解不能だった。
シンジはひとしきり困った顔で考え、強硬手段に出る事にした。
「!?・・・っ」
つまり、アスカを強引に病室に押し込んだのだ。
そしてアスカは、そこにあるはずのない人影を見る。
目の前のベッドに静かに座っている人物。
その名を惣流・キョウコ・ツェッペリン。
「・・・・・・ママ、なの?」
おびえた子羊のように、弱く、震えた声。
「ええ。」
それだけ言うと、堰を切ったようにキョウコはアスカに駆け寄り、優しく、強く抱きしめる。
「大きくなったわね、アスカちゃん。今まで本当にごめんなさい・・・これからは一緒よ。」
・・・・・・ママの匂いだ・・・・・・
理性以外の部分で理解した時、流れ落ちる涙を止める事はもはや不可能だった。
同304号室。
こちらでも同じような光景が見られた。
綾波レイと碇ユイによって。
「世界中の誰がなんていおうとも、あなたは私の可愛い娘よ。」
碇ゲンドウとシンジは、その言葉と、子供のように泣きじゃくるレイをドアの隙間から見たあと、静かにドアを閉めた。
「・・・・・・ご苦労だったな、シンジ。」
病棟の壁に寄りかかっている二人。
シンジがその言葉を聞いかどうかは分からない。
だが、目を瞑り、微笑みながら安心したようにゆっくりと崩れ落ちる。
その背に腕を廻し、支えるゲンドウ。
「今はゆっくりと眠れ、シンジ。・・・・・・ありがとう。」
決して面と向かっていう事はないセリフが、あどけない寝顔の少年に向かい告げられた。
なんか少しSFチックになってしまいました・・・・・・
このシリーズの基本はちょっとシリアス、ほどほどにラブコメ、ホントに少しだけ訳の分からん設定付き、なんで、あまり堅く考えないで下さい。
それはともかく・・・
次回はお気楽モードでお送りします。
TAIKIさんの『天使に逢いたい』第10話中編、公開です。
シンジの素晴らしい能力で、
サルベージは無事成功(^^)
六対の羽と、
太陽以上のエネルギー。
ダイブした先で何が起こっていたのでしょうか。
アスカもレイも大きな支えが新たに生まれたことで、
また一歩安定へ・・。
良かったね(^^)
さあ、訪問者の皆さん。
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