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天使に逢いたい
第８話 Everyday Hope
「そぉれっ！ここだぁ！！くたばれー！」
「うおおおっ！？」
アスカの攻撃にケンスケが悲鳴を上げる。
「アタシに勝とうなんて甘いわよ！」
アスカが勝利の宣告をした。
ケンスケはがっくりとうな垂れている。
「アスカ、強―い！すごいねえ。」
草薙ユミが賞賛の声をアスカにかけた。
「この天才のアタシにかかったらこんなもんね！わははっ！！」
アスカは調子に乗っている。
「お兄ちゃんはやらないの？」
「うーん、どうしようかな？」
後ろで２人の様子を見ていたレイが、隣のシンジに声をかける。
ここは『ＲＩＧＨＴ』内の超大型アミューズメントパーク。
今日はここにいつものメンバーで来ていた。
トウジとヒカリは、向こうにある１週間前にできたばかりの体感ゲームの順番待ちをしている。
ちなみに女性陣の費用はシンジ持ち。（ヒカリは除く）
前回の報いである。
ケンスケは格闘ゲームで文字どうりこてんぱんにやられていた。
「うう…俺だってこの街じゃベスト３に入る腕前なのに……」
やっていたゲームの名前は『Ａｒｍ＆Ｒｅｇ』という、対戦格闘ゲーム。
ケンスケはこのゲームをかなりやり込んでいて、最近では負け知らずだった。
それだけにアスカに完敗させられたことは、ケンスケに巨大な精神ダメージを与えていた。
「シンジ、逃げるの！？さっさと入ってきなさいよ！」
「うーん、じゃあやってみようかな？」
今度はシンジが対戦台についた。
「お兄ちゃん、がんばって。」
「シンジくん、がんばってねぇ！」
レイとユミの声援がシンジに飛んだ。
当然その他にもギャラリーはたくさんいる。
ケンスケは結構有名だったらしく、それを簡単に打ち破ったアスカが美少女だと言う事もあって、ほとんどがアスカの勝ちを予想していた。
もっとも、シンジたちはその容姿から決定的に目立ってはいるのだが。
シンジは今ごろ操作法の説明を見ている。
アスカの勝利は決まったようなものだ。
シンジは、上級者ならまず使わないスピードはあるがパワーはほとんどないものを選んだ。
アスカはというと、パワー重視のやつだ。大技好みのアスカらしいといえる。
「シンジ、最初から本気で行くからね、覚悟しなさいよ！」
「うん、わかったよ。」
何がわかったのか、と突っ込みたいところだが……
バトルスタート！３本先取制だ。
言わずもかな、シンジは２本立て続けにあっさりととられた。
シンジはその間、色々な攻撃を試しただけでアスカはほとんどノーダメージ。
「シンジ、もっと真面目にやんなさいよ！もっともアタシに勝てるはずはないんだけどね！」
調子に乗りまくりのアスカ。もう誰にも止められない……
「無理だよ。俺でさえ勝てないやつにはじめてやるシンジが勝てるはずないだろ。」
答えたのはケンスケだ。いまだ隅のほうでしょぼくれている。
この言葉にはさすがにカチンときたレイとユミ。
「お兄ちゃん、負けないで！」
「シンジくん、アスカに目にもの見せてあげて！」
こっちはこっちで燃えている。
「うん、わかった。じゃそろそろいこうかな。」
意味不明な言葉でシンジは答えた。
アスカは頭に『？』を浮かべたが、バトルが始まったので疑問はあっさりと忘れ去られた。
「きゃあー！なによこれぇ！」
戦闘開始１０秒後、アスカの盛大な声が上がった。
無理もないかもしれない。
シンジはアスカの行動を先読みするかのように的確かつ最大効果の技を繰り出していた。
シンジは前の２本の戦闘で、キャラクターの能力を把握する事に努めていた。
そしてほぼわかったと思ったので、やっと攻撃に回ったのだった。
それがまた恐ろしく強い。
およそ初めてこのゲームをやった人間には到底見えない。
そして今度はアスカが先ほどのケンスケと同じ状態となったのだった。
ギャラリー一同の盛大な歓声が上がった。
「ムキーーッ！くやしい！バカシンジなんかに！！あのゲーム、壊れてんじゃないの！？」
「まあまあアスカ。碇君になら別にいいじゃない。」
アスカはゲームの筐体に蹴りをぶち込んでわめいているのを、隣でヒカリがなだめている。
あのあとシンジから金をふんだくってさらに５回ほど挑んだのだが、そのすべてが惨敗。
「手加減なんかしたら殺すからね！！」とアスカに言われていたので、シンジも一応まじめにやったのだった。
そのシンジは恋愛診断をやっていたりする。
レイ、ユミと別々にやって、お互い結果は見せていないようだ。
シンジはあんまり結果には興味がないらしい。
ヒカリは横目でそれを見て、やれやれ、仕方ないというような感じで
「ほら、アスカはやらないの？」
シンジたちを指差してアスカに言ってみる。
アスカはそれに気づくと慌てた。
「えっ！うそ！や、やるわよ！シンジ、待ちなさい！！」
効果覿面だったらしい。
実はその前に、嫌がるトウジを半ば引きずるようにヒカリは同じのをやっていた。
結果は、トウジが横で赤くなってその上ヒカリが上機嫌なのを見ると、かなりよかったようだ。
ケンスケの周りには寒風が吹きすさんでいた……
「あらシンジ君。」
「あ、リツコさん。どうしたんですか、こんなところで。」
シンジは恋愛診断からやっと開放されたところに意外な人物から声をかけられた。
赤木リツコ。
全世界で屈指の科学者であると同時に、その知識でＭＡＤな人体実験をする事が多々あるという、普通の人ならあまり関わりたくはないであろう人物。
彼女に実験室に踏み込んだものは……
まあ、それはおいといて、そんな人物がなぜアミューズメントパークにいるのか、シンジは不思議に思った。
「今日は私が制作したゲームの公開日なのよ。やる事ができるのは２４チーム限りだけど…フフッ」
「そうですか、じゃ！」
なんとなく最後の含み笑いが怖いシンジは、その場から立ち去ろうとした。
「あ、シンジ君やっていかない？３人でワンチームなんだけど。どうせアスカやレイもいるんでしょう？」
断ろうと思ったとき、意外なところから声がかかった。
「あー、碇君！」
誰かからお呼びがかかったのでとりあえず見てみると、そこにいたのは木村ツインズ。学校の美人双子姉妹として名高い。
眼鏡をかけているほうがリカで、かけてないほうがミカだったはずだ、とシンジは考えた。
「あの３人が現在のトップよ。」
赤木リツコはそう言った。
奥を見ると、２人の陰に隠れて見えなかったが、もう一人…あ、確か森さんだったかな？
「えっと、数値は…右から順に３２、３２、２９ね。」
「……一体何のゲームなんです？」
とりあえず聞いてみた。
リツコさんのメガネが少し光った気がした。
聞く前から少し後悔した。
「フッフッフ…あれはね、エヴァの技術を流用したゲーム、その名も『Ｅ・Ｖ・Ａ』よ！」
「そのまんまじゃないですか…」
心の中で思いっきりため息を吐いたのは言うまでもない。
「仮想空間の中に戦闘アンドロイドを作り出し、それをＡ１０神経接続で操って相手を倒すのよ。」
「まるっきりエヴァそのものですね……」
「まあＡ１０神経につなぐのは同じだけど所詮はゲームだからだれでもシンクロＯＫよ。フィードバックもないし。あ、でもシンクロ率は経験や才能に依存するわね。さっきの数値を十分の一にしたのがシンクロ率よ。シンクロ値はたいして影響しないけど。そうね、反応速度に若干の変動があるぐらいね。」
「へえ、面白そうじゃない！」
アスカが横から声をかけてきた。
いつの間にやら、リツコさんの説明を聞いていたようだ。
「今までの最高数値はいくつ！？」
「あ、彼女たちよ。」
リツコさんは木村姉妹と森さんのほうを指した。
「あれ、アスカじゃない！それに綾波さんも！？」
また木村ミカが声をかけてきた。
「何、シンジ君もやるの！？いいわ、勝負しましょうよ！」
「アスカ、かかってきなさい。ひねってあげるから！碇君、こてんぱんにしてあげるわよ。」
森さんはシンジを一回見たあとはもう静かにうつむいているだけなのだが、木村ユカ、ミカが挑発してきた。
僕はやんわりと断ろうと思ったのだが、アスカが燃えないはずはない。
「シンジ、やるわよ！ファーストもいいわね！？」
どうやら僕は答えをきくまでもなく決定らしい…
「ええ、いいわ。」
綾波もなぜか少し怒っている。目が怖い…まあいいけどさ。
（はぁー……）
結局こういうことになし崩し的に巻き込まれるんだよな、僕って。
「エントリープラグまで…」
別にエントリープラグ本体があるわけではないのだが、その中身のシート一式がご丁寧に並べてあった。
大きく違う部分は、やたらでかいヘルメット状のものをかぶる事ぐらいか。
アスカは嬉々としてシートに座り込んでいる。
綾波は…とっくにスタンバイＯＫ状態だ。
このゲームは業界では結構注目の的らしく、プレスや観客の数が尋常ではない。
しかもアスカと綾波の容姿もあって、無論木村さんたちと森さんも掛け値なしで美人だが、それ以上のハンパではない注目を受けている。
（おまけに僕まで…）
シンジのほうが今時珍しい美少年と言う事でアスカたち以上の注目を受けているのだが、自分の容姿の事を彼はまったく気がついていない。
よって自分はおまけだと考えている。
ため息を吐いて僕もシートに乗り込んだ。
「碇君、がんばってー！」
女の子達の黄色い声援に混じって、草薙の声が聞こえた。
シンジはとりあえずそちらに向かい手を振ると、周囲がざわめいた。
観客の女性の大方は羨望の視線をユミに向ける。男性は草薙を一回見たあと、憎悪の視線をシンジに向ける。
草薙はおかげで真っ赤になってしどろもどろしている。
会場中でシンジだけだろう、わかっていないのは。
「ほらシンジ、なにボーッとしてんのよ！」
「はいはい。」
そんなこんなでゲーム開始となった。
「じゃ、綾波はバックアップお願い、僕とアスカは久しぶりにあれやろうか。」
「わかったわ。」
「あれ？…ああ、あれね！いいじゃない。」
ヘルメット内部の全方向モニターに囲まれ、バトルフィールドが映し出されたとたん、シンジは言い出した。
（なんだか懐かしいな。）
シンジは懐古した。
シンジの機体は無論初号機ベース、アスカ、綾波も言うに及ばず。
相手の姿が見えたので思考は中断した。
相手は弐号機タイプが２機、参号機タイプが１機。
「６２秒でケリをつける。いくよ。」
シンジはそう言った。
「ＯＫ、シンジ！」
「わかったわ！」
２人とも懐かしく思ったのだろう、綾波までが珍しく感情を出した声で答えた。
・
・
・
・
・
・
・
・
「うーん、まあまあね。」
「「ふぇー…」」
アスカの声に対するユカ＆ミカの息の合った返事。
観客は沸きに沸きまくっている。
結果は言うに及ばず、シンジ達は相手にかすらせる事さえなくあっさりと勝った。
冷静な綾波のバックアップに、シンジ･アスカの双子の木村ツインズ以上に正確なユニゾン。
この三重奏トリプルプレイに勝てるものは存在しないだろう。
そして宣告どうり６１．７９秒で決着がついた。
「さすがね。」
赤木リツコがそう言った。言葉とは裏腹に彼女の顔は「当然の結果ね」といっている。
「レイ、面白かった？」
少しぼーっとしている綾波にシンジは聞いてみた。
「…うん、お兄ちゃんと一緒だったから。」
綾波はうつむいて言ったものだからシンジはどう返事をすればいいのか困った。
「はじめてやったんでしょ、３人とも！なんであんなに簡単に倒せちゃうの？」
シンジが降りたとたんシンジの左側に陣取り、腕組みをした草薙が聞いてくる。シンジは右腕に組まれるのを嫌がるので必然的に左側になるのだが。
シンジはこの助け船にのった。
「まあ、はじめてだけどはじめてじゃないからね。」
「なにそれ？」
草薙が困ってしまった。
「「「はははっ！！」」」
シンジ･レイ･アスカは、お互いを見合わせて笑った。
「あなたたちの記録のおかげでいいデータが取れたわ。さすがね、この数値。」
「誰が一番でいくつだったんですか？」
リツコの声に答えたのは意外にもユミだった。
「そうよ、それなら負けないわよ！」
木村ミカが言った。よっぽど悔しかったのだろう。それまで全勝だったのだから。
ちなみに現在のレコードホルダーはこのツインズである。
「私とミカは３２よ。」
どちらかといえば知的な印象の木村ユカの言葉。さすが双子、同じように悔しいのだろう。
「あそこのボードを見なさい。言っておくけど故障じゃないわよ。」
リツコさんがペンで差した先を見ると、数値が表示された。
『REI ７８９ SHINJI ９１２ S･A･L ８２５』
観客・プレス陣は興奮どころではなくなり、逆に静まり返った。
今までの最高記録をあっさりと２０倍以上の記録で塗り替えた。
実のところ、今までの３２という記録でさえ、他のプレイヤーを圧倒的に上回るものだったのだ。
「「「うそ！」」」
桁外れな記録に木村姉妹と草薙はユニゾンで凍りついた。
「シンジ君の記録はまず破られる事はないわね。」
リツコはごく冷静に答えた。
「ちぇ、やっぱりシンジかぁー！」
アスカはあまり残念そうには聞こえない声であっさりと言う。
もはや木村ツインズはアウト・オブ・眼中。（死語かな？）
森ミカコに至ってはほとんどしゃべる事がなかったので存在すら気がついてないだろう。
「あなたもお兄ちゃんが一番だ、ってことはわかってたでしょう？」
レイも気軽にこたえる。
このところ彼女は明るくなっていったようだ。ただしシンジがいるとき限定だが。
「アスカも碇君なら納得でしょ？」
「まあね。」
ヒカリはアスカと簡単な受け答えをする。
「さすがやな、センセ。」
「ま、シンジなら当然だろ。」
トウジとケンスケも驚かず、当たり前の事実として受け入れている。
この会話は静まり返っている場内すべてに聞こえている。
そしてそのことはより一層の驚きをもたらす。
「そろそろいこうか、みんな。じゃ、リツコさん。」
とりあえずシンジがその場を締めた。
シンジたち一同は静まり返った会場中の視線を浴びながら退場していった。
その日の夕方。
「シンジ君、どうだい、ここの生活には慣れたかい？」
「ええ、まあ。」
シンジは目の前のコーヒーを飲みながら答えた。
ここは草薙邸。
シンジは草薙２佐と話をするために訪ねてきていた。
「で、話とは何かな、シンジ君。」
シンジは真剣な眼差しでゆっくりと話し始めた。
空気は、重い。
「ここに『目』と『耳』はありますか？」
「いや、自宅には一個もないよ、君にはわかってるだろう？」
「まあ、一応は。」
「じゃあ、聞こうか。」
「はい。あなたは情報部ですから知っていると思いますけど…」
シンジはここでいったん切った。
「……アルファゼネラルの事かい？」
「…はい。あそこにあったゼーレのリスト…目標の中にあなたの名前がありました。」
「そうか…」
情報部のトップである草薙。
極秘事項は彼がすべて処理する。
パイロットはもちろんのこと、真実に近いものを消しにかかるのは当然の行為かもしれない。
むしろ今まで何も起こらなかった事のほうが不自然だ。
「あなたには常時警護がついていますが、今まで以上に気をつけてください。『ＢＢＤ』が出てくる可能性は大です。……あれは危険過ぎる。それに、そろそろ『遺産』が動いてもおかしくありません。」
「『ＢＢＤ』を相手にした事は？」
「あります、一回だけ。そのときは撃退しました。」
「あれに勝ったのか…さすがだな。」
「草薙は、学校にいる限り僕ができる限りのことはするつもりです。」
「そうか、わかった。シンジ君が娘を守ってくれるならこれ以上の事はない。君以上のガードは世界広しと言えどいないからね。対抗馬としては加持リョウジぐらいか、すまないが頼む。で、話しはそれだけかい？」
「え？あ、まあ…」
シンジは少し拍子抜けした。
自分の命に関わる事をあっさりと済ませてしまうとは…
「そうそう、どうだい、うちの娘は？」
草薙２佐はいきなり軽い口調で切り出した。
重い空気は一気に吹き飛ぶ。
「え？あ、とってもいい女の子だと思いますよ。一緒にいるとこっちまで明るくなるような気がしますし、よく気がきいて優しいし。」
「はははっ！自慢の娘だからなぁ。容姿も悪くないだろう？」
「それは間違いなくかなりいい部類に入るでしょうね。」
シンジは思うところを正直に述べた。
「まったくうちの娘ときたら、最近は君の話ばっかりするんだぞ。困ったものだ。」
「え？」
シンジは「え？」を連発。話がよく飲み込めていない。
「ということで、今日あたり君について話してあげようと思うんだがどうかな？」
「え、あ、わかりました…。でも去年の事は……」
「ああ、そっちのほうはわかっているよ。」
「すみません。この一年の事はそのうち僕が自分で話しますから。」
話はここで中断した。
なぜなら、こちらへ近づいてくる足音が聞こえたからだ。
「お父さーん、って、シンジくん！？」
「では、そろそろ失礼します。」
「ああ、またいつでも来なさい、今度はもっと腹割った話をしよう。」
「え、シンジくん、もう帰っちゃうの？」
「うん、またね、草薙。」
「ユミ、おまえはここに座りなさい。」
多分僕の話をするんだろう、そう推測したシンジはさっさと出ていった。
残されたユミ。
「なあに、お父さん？」
「ユミ、シンジくんの事、どう思ってる？」
いつもの父の冗談かと思ったがその目は真剣だった。
ユミは真剣に話し始めた。
「最初は一目ぼれみたいなものだったけど…」
「……」
父は黙って聞いている。
「今は私、本気よ。お父さんがダメと言っても、私絶対にあきらめない！」
その目には明らかな決意が見て取れた。
「そうか。わかった。では約束どうりシンジ君の事を話してあげよう。」
「え？」
「おいおい、なにもダメなんていうつもりはないよ。男嫌いかと思ったおまえの惚れた相手だしね。」
「……うん。」
「先に言っておこうか。」
草薙は目をつぶり、ゆっくりと口を開いていく。
「今のシンジ君は自分を傷つけてでも他人を助けようとする。しかもそんなことは自分の中にしまっておく。……彼の心はもう傷だらけかもな。本当の意味で彼は、そう、優しすぎるんだ。見ているこっちが苦しくなるほどに。」
「………」
今度はユミが押し黙る番だった。
「そんな彼を支える事のできる女の子が、彼には必要だ。それを踏まえて聞いてくれ。話を聞いた後でもおまえがそういう存在になれるか、いや、なろうとおもうか、そこにかかってる。もしそうだったら、なるべくシンジ君のそばにいてやって欲しい。」
この話があまりに重いものである事をユミは悟った。
そして決意を込めた口調でひとこと。
「……わかったわ。」
彼女のそう言った時に顔に草薙は満足した。
そして淡々と話し始めた。
あたかも物語を語るかのように。
日曜日。
シンジはいつもどうりに起きて、喫茶店の商品を作り終えた。
部活は中止になったので比較的のんびりできる、はずだった。
ピンポーン
滅多になる事のないインターホンからの呼び出しがあった。
「はあい？」
少々間抜けな返事になってしまった。
「バカシンジ、開けなさい！」
顔を確認する前に怒号のおかげで誰だかはっきりとわかった。
これで間違えようものならただじゃ済まないだろう。
「アスカ！？どうしたの、こんなに早く？」
ただいまの時刻、朝の8時。
以前の生活ならアスカは間違いなく、寝ていたはずだ。
「まあいいや、今開けるね。」
僕はエントランスのロックをはずした。
実のところ、このマンション内には僕しか住んでいない。
まあＮＥＲＶのおかげでそうなったわけだが……
この生活は少し寂しい反面、いくら騒いでも怒られないし、チェロも弾き放題と言う、なかなか僕にはありがたい状況ではある。
アスカはそこから1分とかからず部屋の前まで来た。
ロックを開ける。
「きゃっ！なんて格好してるのよ！」
バチーン！
と、快く響いた。
僕の格好はシャワーを浴びた後だったので上半身は裸。ただし下はナイロンのハーフパンツをはいている。
別に自宅なんだから上半身が裸ぐらい、別にいいだろう、と言おうとしたが、さらにこじれそうなので止めた。
「どうしたの、アスカ？」
いそいそといつもの真っ白いシャツを着ると（このシャツは何枚か持っている）アスカに尋ねた。
「あんた、今日バイク納品でしょ？」
「いや、まあそうだけど…」
僕がよく状況を飲み込めないでいると、アスカが苛立った声を出した。
「あたしも一緒に行ってあげるっていってんのよ！」
「え、あ、そう。」
「なによあんた、このアタシがわざわざついていってあげるって言うのに、それだけ！？」
「え、うん、ありがとう、わざわざ僕につきあってくれて。」
とりあえず僕はそう言った。
アスカは朝っぱらからハイテンションだ。
そんなアスカに僕がさからえるはずはない。
僕の人生のどこかでインプリンティング（刷り込み）されたのだろうか……
アスカはその後赤くなって下を向いて何やらブツブツ呟いている。
（アタシったらまた、なんて口の利き方してんのよ！こんなんじゃ…）
こんなことを呟いていたのだが……シンジが聞いていなかったのは幸か不幸か。
「アスカ、朝ご飯もう食べた？」
僕はアスカにそう問い掛けた。
「ううん、まだ。」
「そう、じゃあ今から加持さんとこ行かないとならないから、そこでなんか作ってあげるよ。それから取りに行こう。それでいい？」
「うん、わかったわ。」
「じゃあ着替えてくるから。」
そういって僕は自分の部屋へと入り込んだ。
なんか前半と後半のアスカに妙なギャップがあるなぁ…
そんなことを考えて着替え始めた。
「ああっ！アタシのバカ！」
アタシはシンジが部屋に入ったとたん頭を抱えて葛藤した。
「何でシンジの前だと素直になれないのかしらね？このままじゃ作戦が…」
ぶつぶつとまた呟いている。
がちゃ
「じゃあいこうか。」
でてきたシンジを見る。
ピンクのラルフ･ローレンの長袖シャツに黒いスラックス。ベルトは太い皮製のものだ。多分靴はさっき玄関においてあったＧＵＣＣＩのローファーだろう。
いかにもデートってカンジの服装だ。
実のところ本当にシンジは意識していないのだが。
（ものすごくさまになってるわね……）
自分の容姿には自信を持ってるアタシでも、シンジに見とれてしまった。
「アスカ？大丈夫？顔赤いよ。」
「な、なんでもないわよ！いくわよ！」
「そう、ならいいけど。」
シンジはにっこり微笑んだ。
それを見てますます赤くなりそうだと悟ったアタシはさっさと外に出た。
シンジはフルフェイスのヘルメットと、紙袋に入ったものを運んでいる。
多分加持さんとこに出すやつの下地だろう。
学校で食べたやつのことを思い出す。
（あれは凄まじくおいしかったわね…あれならお金払ってでも食べたいわね。）
それがあたりまえだろ、という突っ込みはもちろんどこからも入らなかった。
（それにしてもシンジと歩いてると最高の優越感が味わえるわね…）
朝だから多くはないけれど、男性、女性問わずすれ違う人たちが１２０％の確率で振り向く。
あそこではカップルがケンカしている。理由は一目瞭然。
アタシは最高に機嫌がよかった。
「アスカ。」
「えっ、なによシンジ！」
「何、と言われても…ここなんだけど。」
アタシはまた通り過ぎそうになっていたらしい。
自分の妄想癖が嫌になった。
アタシははじめて来るので、とりあえず外観を見てみる。
シックだけどカントリー調を思わせる概観。
ドアには『Ａｄａｍ＆Ｅｖｅ』の木彫りプレート。
落ち着いた雰囲気が醸し出されている。
「へえ、いいカンジね！」
「うん、僕もそう思うよ。じゃ、入ろうか。」
カラン…
ベルの音をさせつつドアを開ける。
「へえー。」
店内も外観と同様、そして観葉植物がたくさんあってものすごくいい。
「よう、シンジ君、今日はアスカちゃんもか。」
「おはようございます、加持さん。」
「加持さん、おっはよー！」
「じゃシンジ君、いつもどうりヨロシクな。」
「はい。」
シンジはテキパキと行動を開始した。
アタシも手伝おうとしたけど、勝手が分からないので止めておいた。
シンジはモスグリーンのエプロンを着けている。
（エプロンの似合う男子高校生コンテストがあれば、ぶっちぎりで優勝ね）
本気でくだらない事を考えてしまった。
シンジのほうはひとしきり終わったみたいで、料理をつくり始めた。
「アスカ、カウンターに来てくれる？」
「あ、うん。」
シンジは2人分の朝食を並べていった。
「紅茶は何がいい？」
「アタシはオレンジペコね！」
シンジは苦笑するとティーサーバーでいれはじめた。
アタシはとりあえず食べはじめた。
「……あんたの作るもんって、飽きない上においしいのよねー。」
（アタシの立場がないわ。）
最後は心の中で呟いた。
「そう？ありがとう。」
「そういえば服装って、誰かから教わったの？」
シンジについての疑問。
「あ、加持さんから。」
「ふーん、それで納得がいったわ。」
シンジは紅茶をいれると店の奥に引っ込んでいった。
「ケーキのスポンジ、うまく焼けてるか見てきますね。」
加持さんにそう言い残した。
加持さんと2人っきりになったアタシ。
なかなか気まずい雰囲気ではある。
なにやら加持さんが笑いながら言ってきた。
「実のところ女の口説き方も教えようと思ったんだけどね。」
「加持さん、シンジに余計な事教えないで！」
「ほう、なんでだい？だれか困るのかい？」
「アタシが困るのよ！」
「ほう。」
「え…あ…」
ボン！
そんな効果音がぴったりだった。
「加持さんのいじわる…」
「はははっ！」
加持さんは独特の男臭い笑みを浮かべた。
「アスカ、いこうか？」
シンジが奥から出てきてそう言った。
「うるさいわね！さっさといくわよ！」
しまった！八つ当たりしてしまった。
でもシンジと加持さんは顔を見合わせて苦笑しあっただけで何も言ってこなかった。
「さーて、今日は納品ね！早くこないかなぁー！」
「リオナちゃん、浮かれてないで仕事！」
「……はぁーい。」
「すみませーん。」
開店直後、あっという間にシンジ君＆アスカちゃんの名物カップルが来た。
そう言えば前もこの時間に来たなぁ…
「いらっしゃい！シンジ君、できてるよ！」
「あ、どうも。」
「とりあえずこっちね！」
シンジ君を連れて歩いていく。
都合のいい事にアスカちゃんはどっかに行ってしまった。
「乾式クラッチキットにアールズのブレーキホースとクラッチホース、ブレンボのマスターシリンダーにプリロード調節機構付きのリヤショック、６ポッドレーシングブレーキにステンレスローター！まさにスペシャル仕様ね。でもエンジンじゃなくて足回りからなんて、マシンのつぼを心得てるわね！あ、フレームの補強もやってあるわよ。」
「まあ、足回りがいいとエンジンパワーをむだなく使えますからね。」
「で、シンジ君！」
「きゃあ！」
私は悲鳴を上げてしまった。
いきなり私の真後ろから店長が大声で言ってきたからだ。
ひげ面でむさい上に太い声。（店長には悪いけど）
聞きなれていても突然真後ろから声がすれば誰でも驚くとおもうわ。
「店長！驚かさないで下さい！」
「あ、すまんすまん！ところでだ、シンジ君。」
「はい、なんでしょう？」
「走行会に出てみないか？うちのチームで。」
「それ、いいわね！私見てみたい！」
「ええ、いいですよ、別に。」
「じゃあ決まりだ！伝説となった天才ライダーの走りが直に見れるな！」
店長には、実はその他にも思惑があるのだが……ここでは伏せておこう。
「じゃあ支払いはこれで。」
シンジ君はカードを出した。
私はそれで支払処理を済ませる。
シンジ君はバイクを外に出し、エンジンをかけてアイドリングさせている。
そしてまた店長と話している。
「ああ、アスカちゃん、どうしたの？」
「あの、これもいいですか？」
アスカちゃんは半キャップを持って来た。
（ははーん…）
ぴんと来た私。
「クス…シンジ君とタンデムしたいのね？」
「……」
言葉で語らなくとも顔で語ってる。うーん、わかりやすい！
「いいわ、それシンジ君へのサービスであげるわ！早く行きなさい。」
私は物分かりのいいお姉さん口調でそう言った。
「ありがとうございます！」
アスカちゃんは開口一番元気よく駆け出していった。
私はカードをシンジ君に返しに行くと、アスカちゃんはフルフェイスのメットをかぶっていた。
しかももろに見覚えのあるメットを！
真っ白い下地、側面にはブルーのスタイリィッシュなラインと小さな『Ｓ』の文字。
後ろには黄色でこれまた小さく描かれたイラスト。
意味は分からないが『０１』と描かれている。
「はい、シンジ君。これカード。」
「あ、どうもありがとうございます。」
「しかしシンジ君。あのヘルメット…」
「あ、そうです、あのヘッドギア。よく知ってますね。」
あ、そうだ。シンジ君はアメリカで免許を取ったんだっけ。
アメリカではレースぐらいでしかメットをかぶる事はないからヘッドギアと呼ぶんだ。
「そりゃあ、あなたのファンだからね！そのメットのレプリカも販売されてるのよ、知ってた？」
「へ？」
本当にシンジ君は知らないらしい。
自分についてこれほど理解できていない人間も珍しいな。それとも自分に興味ないだけかも…
「ほらバカシンジ、行くわよ！」
アスカちゃんはとたんに不機嫌になる。しかしまあ、ここまで露骨に…
ちなみにシンジ君はメットをかぶっていない。
「シンジ君、ヘルメットは？」
「僕の免許には特例１４４がついてますし。じゃあ、また！」
あたしが驚いているうちに、エンストもなく（レーサーだからね）軽やかにクラッチをつないで走り去っていった。
「ねえシンジ！」
「ん、何、アスカ？」
「明日学校に行くときこれに乗ってあたしを迎えに来なさい！わかったわね！」
「はいはい。明日だけね。」
「…わかってるわよ、シンジが朝忙しいのは。」
シンジの背中に抱き着いて幸せ一杯のアスカはそう言った。
その顔は微笑んでいて最高の笑顔なのだが、あいにくシンジからは見えなかった。
翌日、シンジはみんなにからかわれ（もしくは女子から嫉妬を受け）、辟易したのは言うまでもない。
後書きらしきもの
作者「今回はさっさと本文は書き上げたもののタグ付けが面倒でほっぽっておいたという怠惰ぶり！」
シンジ「怠慢だねぇ。」
作者「そりゃ、シンジ君から見ればそうかもしれませんが。」
シンジ「それにしても、綾波ってメインキャラの割にでないね。」
作者「結構出しにくいんですよ、個性的なうえしゃべらない。」
シンジ「今回の前半、何、あのゲーム？」
作者「適当に考えただけです、気にしないで。後半の、シンジとアスカがバイクを取りに行ってメットを買う、というのはある人からのリクエストにお応えしました。」
シンジ「なるべくリクエストどうりに作者に書かせますのでよろしく！」
作者「シンジ君、そんな勝手に・・・」
シンジ「（無視）ではさようなら、また次回お会いしましょう！」
作者「おーい・・・」
ＴＡＩＫＩさんの『天使に逢いたい』第８話、公開です。
ケンスケの商売はまたまた繁盛の予感・・
マンネリのコメントすみません(^^;
シンジの完璧度は益々上昇！
傍らにいるアスカとレイも・・・
これも以前に言いましたね(^^;；
素直な言葉が出ないアスカちゃん。
顔には出るのに・・・
これも・・・使ったことがあるネタだ (;;)
スランプがコメントにまで入ってきた神田です・・・m(__)m
さあ、訪問者の皆さん。
ＴＡＩＫＩさんに感想を送りましょう。
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