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シンジは狭い換気孔の中を匍匐(ほふく)して進んでいた。
白いシャツにはべっとりと血が染み付いている。
左手には止血のためハンカチがきつく巻かれているが、それはすでに朱に染まっている。
が、どうやらもう出血は止まっているようだ。
だがシンジはそんなことはまるで気にする様子もなく淡々と進んでいく。
天使に逢いたい
第7話GOOD MORNING!後編
シンジが刺されたのは今から4時間ほど前になる。
脇腹を刺されたと見せかけて実は左手の甲が刺さるようにしていた。しかも大量の出血を伴うように。
シンジはその時交わされたわずかな会話を思い出す。
左手で脇腹を押さえ、右腕で彼女を引きつけて彼女の耳元で囁くようにして話す。
そうしないと気づかれる恐れがあるからだ。
(心配しなくていいよ、…お父さんのことだね。)
彼女の体が一瞬強張る。
シンジは続けていく。
(悪いとは思ったけど調べさせてもらったよ。で、お父さんは今どこかわかる?)
(……ごめんなさいっ…)
彼女も小声で呟く。その声は泣いていた。現にナイフを持つ手が震えている。
(大丈夫。気にしないで。それより知っているのなら早く。時間がない。)
(……たぶん会社の、アルファゼネラルの隠し地下室だと思います。)
(わかった。必ず助け出してみせるよ。)
そしてシンジはみずから崩れ落ちるようにして川に飛び込んでいった。
あたかも気を失うかのように。
その後シンジは下水道の中に入り込んだ。
川までは高さ5メートル以上はあり、水深も深くないので普通なら底に叩き付けられてよくて重傷、普通は死んでしまうような状況だが、シンジは水面につく寸前、体を開いて接触面を増やすことで沈む距離を最小にとどめ、底に叩き付けられるのを防いだ。
大量の出血で気を失ったところにあれだけの高さから落ちたら、助かると思うものはまずいまい。
シンジは素人の振り回すナイフなど目を閉じても躱すことはできるのだが、なぜわざと刺されその場からくらますなどと回りくどい事をしたのか?
理由はいくつかある。
たぶんよけたりしようものなら男達が何らかの手段を持ってしてシンジ達2人をこの場で殺すだろう。もともと僕を呼び出す事が目的なのだろうから。
保安諜報課の人たちを行動不能に追い込む事ができ、しかも分散している手だれ達5人をこの場で相手にするのは、シンジ一人なら可能だが女の子を守りながらというのは得策ではない。
そしてなぜユウコがシンジを狙ってきたか。
これはすでにいくらか調べてあるシンジには大体の予想はついていた。
彼女の父親は科学者で、しばらく前から行方不明になっている。
問題なのは彼女の父親がゼーレの息のかかった会社に勤めていたという事だ。
しかもかなりの上方に位置していて、それらのほとんどをすでに潰しているゲンドウも潰す口実を見つけておらずまだ手出ししていないので残っている。
何の理由で拘束されたのかはわからないが、その娘がネルフのチルドレン達と同級生、これだけでもチルドレン達の情報収集をさせるスパイとしての利用価値があるのに、それにも増してゼーレを潰した碇ゲンドウの息子と同じクラスで同級生、というになれば利用しない手はない。たぶん父親を立てに脅したのだろう。
そしてどうすればこの状況を回避もしくは打破できるか。
そこに彼のとった行動の意味がある。
多分男達はこの場で僕ら2人を殺しておくつもりだったのだろうが、シンジが死んだと見せかける事でユウコに手出しをする事はないだろう。
彼女にすべての罪をかぶせる事ができるからだ。
彼女の言い訳なんてむこうはいくらでも隠蔽工作で隠す事ができる。
彼らにとっては一番都合の言いようになったということだ。
二つの死体がただあるよりはずいぶんマシだろうから。
依頼主はほくそえんでいるだろう。
だがすべてはシンジの思惑どうりに進んでいった。
シンジは悲しんでいた。
他人がただ、シンジの父親、ゲンドウに脅しをかけるためだけに一人の女の子を利用し、あまつさえこれからの彼女の人生に大きな束縛をかけようとしていた事に。
腕時計には3時間ほど前にメッセージが一つはいっていた。
今は送信する事はできないが受信だけならできる。
特殊プロテクトがかけられたそのメッセージの内容は『仲居ユウコ拘留済み』というものだった。
シンジはこれを見て少し安心した。
少なくとも彼女が無事だと分かったからだ。
シンジは無言で換気孔のなかを下へ下へと降りて行く。
音はまったく立てないどころか、気配一つ感じさせない。
やがて一つの部屋の上でとまる。
下の部屋に弱々しい気配を感じ取ったからだ。
その横には冷静な気配がひとつ。
シンジはゆっくりと覗き込む。
そこには椅子に座り、後ろ手に縛られている男が一人。かなり衰弱しているようだ。
その横には黒服を着た男が立っている。
黒服の男の胸のところに銃が入っているのがシンジにはわかった。
シンジは調べた情報の中のユウコの父親の顔と、その座っている男の顔が一致するのを確認する。
ここでシンジは手持ちの武器を確認する。
シンジが刺されたアーミーナイフ。血のりがべっとりついている。
ポケットの中に入れて持ち歩いている本物のダマスカス鋼でできた4インチのバタフライナイフ。
刀身には美しい虹色のグラデーションがついている。
そしてシンジが愛用しているハンドガンのうちの一丁であるベレッタM92FS改。
これにはシンジの手によりチューンナップが加えられている。
このサイドアームは装弾数が15+1もあり、このような場合非常に重宝する。
その代えのマガジンが2つ。
そのうちの一つに装填されている弾丸は普通のものではない。
そしてジッポライター。使いようによってはこれも武器になる。
それに高性能プラスチック爆弾にその信管。
最後に爆弾の遠隔操作をする事もでき、その他様々な機能がある最強の現代兵器かもしれない特別な腕時計。
シンジが内部の設計、プログラムをし、その他はネルフ技術部に作ってもらったものだ。
それらを確認するとシンジは心の中で静かに呟いた。
(目標確認。ミッション・スタート。さあ、COOLにいこうか。)
それは恐ろしく冷静な声であった。しかも最後は少し自嘲気味に笑っていた。
そしてその言葉を言いきる頃には少年から戦士の顔へと変わっていた。
それから2時間後、シンジは再び同じ場所にいた。
その間、先にモニタールームにいっていたからだ。
モニタールームは、そこからそんなに遠くはなかった。
忍び込むと、のんきに足を組んでモニターを見つめていた男を後ろから一撃で昏倒させ、やるべき事をはじめた。
まず内部の映像を録画し、くり返し再生になるようにしておく。
こうすればしばらくは目を欺けるだろう。
そしてコンピューターにハッキング。
左腕の時計からマイクロケーブルを引っ張り出すと内部のコンピューターにアクセスを開始する。
まずアクセスコードを解析する。
次にセキュリティシステムをこれから3時間使用不能にする。
そして最後に裏帳簿などやゼーレに関わる事の機密事項を腕時計のデータバンクにいれておく。
自分のアクセスしたログはすべて抹消させておくのも忘れなかった。
これらすべてを2時間でこなしていた。ここの地図はもう頭に入っている。
まさにプロの手口である。
ここは地下4階にあたる事がわかった。
地下二階までは駐車場になっていて、表向きビルはそこまでとなっている。
当然ながらここはほぼ知られていない。
公表されていない部屋など、いくら警察でも探しようがない。
何かを隠蔽したいとき、まさに絶好の隠し場所といえる。
シンジはバタフライナイフであっさりと鉄格子を引き裂く。
信じられない事にナイフで鋼鉄を切断していた。
おそらくただのナイフではないのだろう。
そしてシンジは音もなく下の部屋へと降りる。
切断から侵入まで1秒とかかっていない。
ガードの黒服の男が銃を抜いて振り向くがそれよりシンジの蹴りのほうが早かった。
シンジのしなやかな蹴りは相手の顔面、しかも口の中を正確に捕らえる。
ぐしゃ!
あごの骨の砕ける音が鈍く響く。
そして男は何も音を立てる事なく倒れていった。
この部屋は密室状態なので銃声や叫び声、もしくは見張り交代でもない限り人はこない、とシンジはふんだ。
黒服の男は死んではいないが、しばらくは話すこともできない上に流動食の生活だろう。
椅子に座っているほうはただ唖然ととしている。
何が起こったのか理解できていないのだろう。
こういう場合は時間が勝負だとわかっているシンジは、椅子に座っている男の拘束をすべて解くと、そこで寝ている男のサイレンサー付きの銃を拾い上げ、装弾数を確認する。
そしてここに来て初めて口を開いた。
「中居さん、ですね。助けに来ました。」
状況にまったく似合わないきれいな笑みだった。
呆気に取られていたが、やっと口を開く。
「……私は行けないよ。」
「あなたは中居ユウコをこのままにしておくつもりですか?」
シンジは、大方このような答えも予想していたし、何より時間がないので早々に切り出す。
シンジは血のりのついたアーミーナイフを中居に渡す。
「これはあなたの娘さんが持っていたものです。あなたは彼女にこんなことをさせておくつもりですか?」
シンジの口調は熱を帯びる。眼光もいつもの優しいものに変わっていた。
「あなたの娘さんは、本当にあなたの事を心配してますよ。」
中居はしばし、べっとりと血のついたアーミーナイフを見つめる。
そして、
「……わかった。」
やがて苦そうに口を開いた。
「さあ、行きましょう。時間がありません。」
この時のシンジはもう冷静で透徹とした眼差しに戻っていた。
そして通ってきた換気孔に中居を押し上げると、自らも入り込んだ。
換気孔を先ほどの地図の最短ルートを選択し、進む。
だが、中居の体力は相当落ちているらしく、スピードが上がらない。
それでもやっと出口に差し掛かったとき、爆発音が響き渡った。
「早い……」
シンジは小声で呟いた。
先ほど、換気孔を開けて後を追ってくるのをさけるために、少量のプラスチック爆弾を仕込んでおいた。
今の爆発は間違いなくそれだろう。
開けた人は命を落とすまではいかないだろうが両手の安否は保証できない。
これでこのルートには様々なトラップが仕掛けてあると錯覚させ、追尾不能とさせる。
すべてを計算した行動だ。
だが、シンジはせめて出るまで待って欲しかった。
外の警備の数が一気に増すのは目に見えているからだ。
これからは一分一秒が勝負。
中居を外へ出し、シンジもさっさと外に出ると、手近な車に向かって先ほどのサイレンサー付きの銃を一発撃ち込む。
そしてそれは恐るべき正確さで車のドアロックを破壊する。
「あれに乗って!」
シンジは短く叫ぶ。中居はすぐに駆け寄ってシンジがロックを破壊したセダンに乗り込む。
案の定、というか追手が車に乗って来た。
(3台か…)
シンジはすぐさま確認すると今度はベレッタを取り出し、先頭の一台のタイヤに向かって撃つと自分も乗り込む。
追手の車はスピンし、後ろの2台もどうやら巻き込まれたようだ。
「後ろでかがんでてください。」
それだけいうと、シンジはダッシュボードの下に潜り込む。
ケーブルを切断するとそれを腕時計につなぎ、何やら打ち込む。
あっさりとエンジンがかかった。
その間わずか3秒。
車泥棒も真っ青の鮮やかさだ。
そして車をスタートさせた。
「きみはいったい……?」
先ほどまで衰弱と緊張で口を開く事ができなかった中居は、やっと緊張が解けたのか口を開いた。
娘と大差ないだろう少年が一人で、しかも簡単に自分の救出をやってのける。
疑問に思って当然だろう。
しかも、中居は後で知る事になるがシンジは救出だけにとどまってはいなかった。
「あなたの娘さんのクラスメイトですよ、ただの。」
シンジは未だ緊張を解かないがそれでもさらっと言ってのける。
中居はひどく驚き、後ろからシンジを見つめる。
そして続きを口にする。
「…なんで私を助けに来たんだい?」
シンジはここでため息を一つ吐いた。
「ただ目の前の困っている人を放っておく事ができない、それだけですよ。」
シンジは自嘲を含む言葉を終えると表情を変えた。
バックミラーには追手の車が移っていたからだ。
シンジは無言でオートを切りマニュアルにして一速落し、アクセルを踏んでいった。
車のスピードが上がっていく。
相手は窓から身を乗り出し、サブマシンガンで打ち込んでくる。
相手の狙いはタイヤだ。
シンジは高度なドライビングテクニックと職業的第6感でそのすべてをはずすと、不意にリアとバックウィンドウが砕け散った。
相手が業を煮やし、直接打ち込んできたのだろう。
「ひっ……」
中居は小さく悲鳴を上げると慌ててシートの下に潜り込み、身を隠す。
だがシンジは運転しているのでそうはいかない。
銃弾のうち一発がシンジの左肩にかすり、血しぶきを上げる。
後方ではロケットランチャーらしきものを構えようとしているのが見える。
それでもシンジは顔色一つ変えずにこの状況を打破する機会をうかがっていた。
そしてチャンスは唐突にやってきた。
200mぐらい先に交差点が見える。
シンジは車の能力をフルに使い加速させていった。
スピードメーターは200kmをとっくに超えている。
後ろの車もあわててスピードを上げる。
そしてそのまま交差点に差し掛かる直前、シンジはステアリング・アクセル・ブレーキ・クラッチ、それらすべてを微妙な力加減で操作し、後輪を滑らせてカウンターを少しだけいれる。
超ハイスピードでのドリフト走行!
繊細なコントロールと正確なタイミングを要するこの技術を、こんな銃弾ひしめく状況下でできるのは世界でもそうはいないだろう。
シンジの乗った車は大きな弧を描いて交差点を右に曲がっていく。
だが後ろの車はそうもいかない。無理矢理曲がろうとして車を滑らせてしまい、交差点に激突!
炎上はしていないが、追ってくる事はもう不可能だろう。
そしてシンジは速度を落とさずにそのまま走らせ、やがてジオフロントへと消えていった。
シンジの顔を確認できたものは、救出者以外だれもいない。そして彼の潜入の形跡すらまったく残ってはいなかった。
そして死者は敵味方、共にゼロ。
ここにシンジのコードネームの由来とも言えるシンジの真骨頂はあった。
誰にでも、朝は訪れる。そして朝日は平等に降り注ぐ。
朝の冷気があたりを満たす頃。
「ふーっ。」
シンジは加持の店でコーヒーを飲んでいた。
コーヒーの名前は、シンジの好きなセレベス・トラジャ。
疲れた体にコーヒーの苦みとコクが深く染み入る。
先ほどまでの戦士の面影はもはやなく、ただひとりの、どこかぼけた少年の顔だった。
ただシンジの服に染み付いたもう黒く変色した血のみが、先ほどの出来事を語っている。
加持はというと、シンジの前でグラスを磨いている。
「シンジ君、おつかれさん。」
大体すべてを知っている加持はシンジにそう声をかけた。
「ふーっ…」
シンジはもう一度大きく息を吐き出すと、返答の変わりに微笑んでみせた。
そしてシンジは先ほどの出来事をゆっくりと加持に語っていった。
加持は黙ってシンジの話を聞いている。
それがいつもの決まりごとであるかのように。
シンジにとって加持リョウジとは、兄のような存在であった。
同様に加持にとって碇シンジとは、弟のような存在だった。
その少し前にあたる。
中居はネルフ施設内の喫煙所内で待たされていた。
その顔には明らかな疲労が浮かんでいる。
普通の人があれだけの状況の中にいれば、それは当然だろう。
10分ぐらいしてシンジがやってくる。
「お待たせしました。あちらです。」
シンジはそれだけ言うと案内をしていった。
歩き出し、黙って後ろについていく。
警備がいるところで立ち止まると、その警備のひとと何やら話をして、中居になかに入るよう促した。
中は冷蔵庫、ベッド、机などとりあえず一通りがそろっている部屋だった。
そして中に入ると中居の娘、つまり中居ユウコが疲弊した顔でベッドに寝ていた。
その顔を見詰め、泣き出す中居。
シンジは言う事だけを述べた。その声はとても優しい。
「アルファゼネラルはもうすぐ解体します、もう大丈夫でしょう。」
シンジはみずから探り出した情報を父親に渡していた。
それはその会社を潰すのに十分なものであった。
そして続ける。
「あと、中居さんには次の仕事も手配しています。でもNervのB級研究者クラスの監視がつきますけど…。」
シンジは最後のほうは言いにくそうに呟いた。
ここで中居は顔を上げる。
「何から何まで…なんていったらいいのか…」
その顔は涙で濡れ、声が震える。
感ここに極まれり、といったところだ。
「いいですよ、なにもいわないで。それより研究員としての仕事、日本とアメリカ、二つ用意していますけど決めておいてください。これがそこの資料です。」
シンジは小冊子を二つ渡す。
「あと、悪いですけどもうしばらくここに居てください。」
「わかったよ、それぐらいのことなら。」
「……すみません。7時に拘束は解けます。」
シンジはその返答に一言答え、微笑む。
「じゃあ、僕はこれで。」
「ちょっとまってくれ!」
シンジが出て行こうとするのを中居が引き止める。
「君は一体何者なんだ…?」
先ほどと同じ質問。わからない事ほど知りたがる科学者の本能だろうか。
シンジは振り返ると答える。
「だからただのクラスメイトですよ。あ、それと僕の名前は、碇シンジと言います。」
「・・・そういえば名前はまだ聞いていなかったな。」
シンジはやさしく微笑んだ。
中居はその微笑みに見とれた。
そしてシンジは外に出て、ドアが閉まるのを確認し、壁に寄りかかりゆっくりと目をつぶる。
そしてポケットからキャメル・マイルドのソフトケースを取り出し、その中から一本抜くと、ジッポライターで火をつける。
深く吸い込みゆっくりと吐き出すと、呟いた。
「……ミッション・オーバー……ふぅ…」
それは、シンジの戦士としての時間が終わりを告げる合図。
再び目を開けたときにはいつもの優しく繊細な少年へと戻っていた。
その後シンジはいつも通りに学校にいっていた。
昼休み。
トウジとケンスケがいつも通りシンジの席の周りによってきて、話をはじめる。
ただ、今日は珍しくアスカがこちらにずんずんと足音を立てながらやってくる。
そのあまりの勢いにみんないっせいに注目している。
ただケンスケだけはデジタルビデオカメラをとりだし、まわし出す。
「あれ、アスカ。どうしたの?」
「バカシンジ、あたしがあんたの弁当作ってきてあげたわよ!」
アスカがぶっきらぼうにそういい、弁当箱を突き出す。
アスカの弁当のほうに気を取られて、アスカの顔が少し赤いことにシンジは気がつかなかった。
「あ、ありがとう、アスカ。」
右手で受け取る。ちなみに左手と左肩には包帯が巻いてあり、左肩は服に隠れて見えないし、左手はポケットに手を入れたままだ。
そのおかげでシンジの怪我に気がついたものはまだいない。
「いい?少しでも残したら、殺すからね!」
照れ隠しのため、今日は一段ときついアスカ。
「う、うん、ありがとう。」
ぎこちない感謝の言葉ときれいな微笑みをアスカに返す。
そしてさらに顔を赤らめたアスカは来たときと同様の勢いで去っていく。
たぶん屋上でレイや洞木さんや草薙と昼食を取るんだろう、なかば呆然としたシンジはそんなことを考えた。
周囲は珍しいものを見てしばし固まった。
「センセ、今日は愛妻弁当でっか♪」
当然ながらトウジの突っ込みが入る。
呆然としていたシンジはこれで現実に引き戻される。他の生徒も同様、一気にざわめき始めた。
「ええっ、そんなんじゃないよ!」
トウジの突っ込みにシンジはうろたえる。アスカたちが絡むと、どうやら彼は弱いようだ。
「この状況で言い訳はできないぞ、碇。」
今度はケンスケの突っ込み。いつものパターンだ。
ここで女子は我先にとシンジに詰め寄り、
「明日は私が……」
などと言うが、ここまでいうとでみんないっせいに止まる。
敵の多さに硬直状態になったようだ。
女子の間に見えない火花が飛び散っている。
なぜか他の学年の女の子もいたりする。
『明日は誰がシンジの弁当を作るか?』戦争勃発!(爆)
・・・とりあえずそちらは気にしない事にしたシンジは、状況を打破する糸口を見つけた。
「じゃ、トウジはどうなるんだよ。」
「ああ、やつはいつもの事だからいいのさ。」
「ふーん、いつも洞木さんの手作り弁当食べてるんだー?やっぱりー!」
ケンスケのややあきれ気味の声に、シンジはからかうように言った。
「ち、ちゃう!こ、これは残飯処理や!」
「トウジ、その言い訳は聞き飽きたよ。」
「だよね。」
「くぅー!シンジが苛めくさる!」
碇シンジ15歳。少しはごまかすのがうまくなったようだ。
いつもならここで終わるのだが、今日に限り新たな問題が生まれた。
教室の前の扉のところに中居ユウコの姿が見えた。
立っているだけで入ってこないので、何かあるのかと思いみんなそちらを注目する。
「あの、みなさん、私これから転校します。」
「ええーーっ!!!」
ユウコの発言に盛大な声が上がる。
当たり前だろう、いきなりこれから転校するなんて言われれば。
彼女と仲のよい女子達は、
「どこに!?」
「なんで?どうして!?」
「いつ決めたのよ!?」
など、口々に聞いているが、彼女はシンジをじっと見ると、駆け寄ってきた。
またケンスケを除く全員の動きが止まり、注目する。
中居ユウコはシンジの前に立つ。
「あの、ごめんなさい!傷、大丈夫ですか?」
「あ、これね。うん、たいしたことないよ。それに僕がわざとやったんだから気にしなくていいよ。」
シンジは左手をだし、微笑んでみせた。
自分が刺したところだ。血がたくさん流れ出たのを見ている。
ユウコは、シンジは自分を心配させまい、としていることがわかった。
ユウコはシンジの優しい言葉と表情に涙が出てきた。
そしてユウコはシンジにきつく抱きついた。
「少しの間、このままでいさせてください…」
突然の事にトウジその他一同は固まったままだ。
シンジも驚いたが、振りほどくような事はしなかった。
ユウコはホントに少しの間そのまま抱き着いて、体を離す。
「……落ち着いた?」
シンジはまた微笑んで言う。
彼女はその顔に顔を赤くするが、目はそらさない。
「はい、あの…父から聞きました。私たちアメリカに行きます。ホントにいろいろ、ありがとうございます……」
「あんまりたいしたことはしてないよ。」
事実はどうあれ、彼は本気でそう思っていた。
「……私、あなたたちが昔何をしたか、少しは知ってます。」
「そう…」
シンジは少し悲しそうに呟いた。
シンジの胸に不意に去来する記憶。
エヴァに乗っていた頃。
サードチルドレンと呼ばれた自分。
「あなたはもっと誇っていいんですよ!たいしたこと、今まで何度もしてるんだから。それに私にまで……あなたは間違いなく世界の恩人なんだから。」
「……ありがとう、中居さん。」
「あと、最後にいいですか?」
「うん、で、何?」
何気なく返事をしたがそれに対し彼女は先ほどより頬を赤らめる。
そして少しだけ目をそらした後、彼女はシンジの首に手を回し、つま先立ちをしてシンジの唇に一瞬だけ、キスをした。
やっと硬直が解けた周りの一同はまた固まった。
「だからというわけじゃなくて、私、あなたの事が好きです。……でももう、逢えないんですよね。」
それだけいうとユウコはうつむいた。
シンジも周囲に負けず驚いていたが、そのことばに落ち着いて返した。
「…そんなことはないと思うよ。本人次第さ。少なくとも僕はそう信じてきた。だから今ここにいるんだ。大丈夫。逢いたいと思えばきっとまた逢えるよ。」
いつにも増して優しく、そしてどこか強いものを感じさせる口調だった。
それは、彼の本心から生み出る言葉であった。
彼女ははっとして顔を上げる。
「……そうですね。」
父の事があったおかげで、最近彼女の笑顔を見たものはいなかった。
そのユウコが微笑んでいた。
彼女のその顔にシンジは一瞬見とれた。
「……はじめて見たけどやっぱり笑った顔のほうが可愛いね。」
シンジは大変珍しい事にストレートにそう言った。
「えっ…」
シンジにそんなことを言われるとは思っても見なかったユウコはうつむく。
そしてすぐに顔を上げて、シンジをみつめ一言。
「あのね、アメリカにしたのはね、ここにいるとあなたに溺れそうだったからなの・・・」
シンジは一瞬言葉の内容が理解できなかった。
そしてユウコはそんなシンジに微笑みながら言葉を続けた。
「じゃあ、またきっと逢いましょう!さよなら、世界と私を救ってくれた碇君!一生忘れないわ!!」
それは今までで一番きれいな笑顔だった。
そしてシンジの言葉も聞かず外へ飛び出していった。
「センセ、一体何だったんや…?」
一番早く硬直から解けたトウジがシンジに聞いた。
「ん、ちょっとね、彼女に相談されてね。だから彼女の悩みを解消する手助けをしたんだ。ただそれだけだよ。」
シンジは少し翳りを帯びた表情で答えた。
「ほうか……」
その顔から何か感じ取ったトウジはそのことは何も聞かなかった。
女子一同は彼のその表情にほおを熱くしたのは言うまでもない。
だが、トウジの口から次に出てきた言葉はシンジを恐怖させるのに十分だった。
「……でもセンセ、惣流達になんて言うつもりなんや?」
「………!!」
銃弾の雨のなかにに身をさらして、なおかつそれがあたっても顔色を変えなかったシンジが、今は明らかな恐怖の顔を浮かべている。
「忘れてた……どうしよう……」
それをみたトウジが一言。
「難儀なやっちゃなぁ……」
まるっきり他人事の意見だった。
ここで都合がいいことにアスカとレイ、草薙が戻ってきた。
無情にもケンスケは先ほど取った映像をアスカたちに見せた。
多分ケンスケはこれから起こるであろう惨劇を期待しているのであろう。
シンジにとってはこれ以上ない迷惑であるのだが。
シンジはこれから起こる事を想像し、恐怖に沈んでいった……
第7話終了における後書きらしきもの
作者「やあ!今回は前半書き終えてから次の日には後半(これね)書き上げたと言うこの速さ!最も更新はメール次第だけどね。ま、今回は意見が分かれるところでしょうが、今度からこんな感じの話も結構いれていきます。」
シンジ「・・・・・・」
作者「あれ?どうしたのかい、シンジ君?」
シンジ「僕って・・・かっこよすぎ・・・」
作者「ちょっと加持さんはいってるよね、シンジ君。車泥したり、煙草まで。いやかい?」
シンジ「え、いや、加持さんは僕の尊敬する人ですし、嬉しいです。」
作者「ならよかった。けど会話が少ないねぇ、最後で補ったつもりだけどさ。それに女性陣がほとんどでなかったね、今回。特に綾波・草薙は。」
シンジ「そうですね。ちょっとさびしいかも。」
作者「でもよかったろう?最後には学校美少女ランキング5位のユウコさんを虜にしてその上KISSできたんだから。」
シンジ「え、僕は、いやそんな・・・(すでに真っ赤)」
作者「君は面白いねえ、反応が素直で。」
シンジ「・・・・・・(もうゆでだこ状態)」
作者「そうそう、めぞんエヴァ作者ランキングをのぞいたらなんと6位に入っていたんですよ!感動もんですね!」
シンジ「へぇー、こんなものでも気に入ってくれる人いるんだー!」
作者「シンジ君、それを言ったら身も蓋もないよ・・・あ、そうだ。この場を借りてお礼の言葉。シンジ君、どうぞ!」
シンジ「えっと・・・毎回メールをくれるT2さん、伝九郎さん(字が違ってたらゴメンね)、マルコキアスさん、いつもメールありがとうございます!」
作者「ファン投票いれたよー、って言う方はぜひメールください!ホントに嬉しかったので。あ、それとA04号室のKeiさん、ありがとうございます!」
シンジ「カウンターもいつのまにかすごい事になってるしねぇ。嬉しいな、僕としても!かっこいい僕は評価されてるんだ!!」
作者「ところでシンジ君、『新約精霊狩り』の計良さんからもメールをもらったんですよ!」
シンジ「うわー、あの!すごい出世だねぇ!」
作者「では次回予告といきましょうか?」
シンジ「・・・なれない事はしないほうがいいんじゃない?」
作者「・・・・・・(考えている)そうだね、じゃ、お次もメール5通で更新と言う事で!」
TAIKIさんの『天使に逢いたい』第7話後編、公開です。
スーパーシンジvs死体の確認もしない三流工作員。
勝負は見えていましたね。
兵器の設計までするシンジvs三流工作員の報告を疑いなく受け入れた組織。
勝負は決していましたね。
わずか一年そこらでここまでのことを収得したシンジ。
後極めて欲しいのは・・・”締め方”でしょうか。
煙草を吸って、一言
「……ミッション・オーバー……ふぅ…」
・・・(^^;;;
さあ、訪問者の皆さん。
貴方の感想をTAIKIさんに!
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