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天使に逢いたい
第7話 GOOD MORNING!前編
暗く広い部屋の中、2人の男が何をするわけでもなくただそこにいる。周囲には重苦しい空気が立ち込めているが、別段気にしている様子もない。
(ここは今でも変わらんな。)
机の脇に立っている男が心の中で呟く。そしてそれとは別の事を口にする。
「どうするつもりだ?」
静かな口調。そして机に両肘をついて椅子に座っている男のほうが返答する。
「今はそれをする理由がない。」
簡潔な返事だが、多大な含みを持たせている。彼の言葉には周囲の重力を増す効果があるのだろうか。たっているほうの男はふとそんなことを考えた。
「必要なのは理由ではなく口実だろう?早く手を打っておかないと子供たちにまで手が伸びるぞ。父親だろう?」
「今更父親面などできるはずもない。俺はここで彼らのためにできるだけのことをするのみだ。いまはそれでいい。」
男は再度心の中で呟く。
(やれやれ、相変わらず不器用な男だ。)
日は昇る。誰のおかげというわけでもなく、ごく自然に。
月曜日の朝というものはいつの時代も憂鬱なものだ。シンジが転校してきてからすでに10日ほど経過している。
朝のホームルームが始まる前、ほとんどの生徒達は談話にいそしむ。そして碇シンジもそんな中の一人だった。
「トウジ、どうしたの?」
僕は僕の前の席に座り、僕の机に突っ伏しているトウジに尋ねる。その横にはケンスケが立っている。そして僕の背後ではアスカ、綾波、草薙、そして洞木さんがなにやら談笑している。
「朝飯食うとらんから力がでえへんのや…」
「トウジは昼飯のために学校に来てるんだろう?それまであきらめろ。」
ケンスケが横から冷静に口を挟む。
「あかん…死ぬ……」
「2限は体育だよ。」
僕はトウジにとどめを指す。
「………」
トウジ撃沈。
「そういや碇。今日の収穫は?」
「収獲って、ケンスケ……」
「朝のお決まりのやつだよ。」
「あ、まあ……」
僕は自分のバッグを指指す。なぜか必要以上に膨らんでいる。最近下駄箱の中に入っている手紙のせいだ。多いときは40通を数えたこともある。が、なぜかアスカが何かしら理由をつけてきて、捨てることになるのであまり読んだことはない。
「あいかわらずやなー、センセは……」
トウジは僕をからかうために言葉を吐いたがいかんせん力がない。
「碇、相変わらずもてるな。俺にも分けて欲しいよ。」
ケンスケがさみしそうに呟く。とりあえず弁解しよう。
「たぶんもてるというより珍獣扱いされてるだけだと思うよ。どうしてかはわからないけど。」
「ま、それも一概に否定はできないけど、絶対にそれだけじゃないぞ。」
「そうなの?」
「そや。」
「……」
とりあえず僕は考え込む。いくら考えても答えが浮かばないので中断し、話題を変えた。
「そうだトウジ、ケンスケ。これでも食べる?」
僕はバッグの中から袋を取り出すと机の上に置いた。中にはフィナンシェが入っている。売れ行きが好評で最近は最初の3倍の量を作っていて、味見用に15個ぐらい焼いて持ってきたやつだ。店には600個分ほど作っておいてある。
「おっ♪」
おいしそうな匂いを察知してトウジが圧縮されたバネみたいに飛び起きた。
「ねえ、みんなも食べない?」
後ろにいる女性陣にも声をかける。
「ほな遠慮なく!」
「ああ、一つもらうよ。」
「しょうがないわね、食べてあげるわよ!」
「ありがとう、いただくね!」
など、全員が肯定の返事をする。
それぞれが手に取り、ぱくついた。
「………」
「………」
「………」
「………」
「………」
5人は一口食べたとたんなぜか固まった。
「あれ?もしかしてまずかった?ごめん。」
僕も一口食べてみる。結構いいできだと思うんだけど……
「……その反対だよ……」
ケンスケが小声で答える。
「うますぎる…犯罪的や…」
トウジは涙すら浮かべている。その横に立った洞木さんはなにやら複雑な表情をしているが。
「トウジ、なにも泣かなくても…」
ここでみんな弾かれたようにいっせいに食べ始めた。なんとなく鬼気迫るものもある。
「レイは食べないの?」
蚊帳のにおかれているような状態になっているレイに聞いてみる。
綾波の目は何かを訴えているようだ。
僕はすぐに納得した。あれじゃ普通は取りにいけないよな。半ば戦場となっている僕の机をちらりとみる。
「あ、それじゃ、ハイ。」
僕は一口小さくかじっただけの自分のを綾波に渡した。
「……」
綾波は頬を染めながらおいしそうに食べ始めた。
ここでやっと気がついた。
(あれ?もしかして間接キス…?そうだ、ここは日本だった!)
内心パニックだが、兄妹なんだからまあいいやということにして自分を納得させた。
トウジetcがたべることに夢中になって気がつかなかったことは幸いだ。・・・洞木さんには後でレシピを教えてあげようかな?
アスカたち一同はみな満足そうだ。だが、今一番幸せを味わっていたのは女子一同の視線を一身に受け、さらに赤くなった綾波レイであったのは間違いないだろう。
そしてシンジは自分を見つめている悲しくさびしそうな人物の存在に気がついていた。
太陽が出ている間は人は安心し、楽しむことができる。
昼休み。
管弦楽部は定期演奏会が近いので練習にいそしんでいた。この部活は女子が8割を占めている。が、それは仕方がないだろう。芸術系の部活はいつの世も女子が興味を持つほうが多い。
そしてこの時、部員一同は本番以上の緊張感を味わっていた。草薙ユミも例外ではない。
なぜなら、碇シンジ、惣流・アスカ・ラングレー、綾波レイ、という学校のスター大集合といってもいいメンツを聴衆としていたからだ。
女子部員はシンジがいることに、
わずかながらの男子部員はアスカとレイがいることでがちがちだった。
「どうしたのよ、ユミ?」
アスカが草薙に問い掛ける。アスカは部活を覗きに来たのははじめてというわけではないので、あからさまにみんなが緊張しているのに気がつき、草薙ユミに問い掛けた。
「みんな緊張しちゃって…私もだけど」
「練習なんだからもう少し気楽にいけば?」
皆が固いのは自分のせいだとまったく分かっていないシンジが、割と気楽に言う。
「そうよ!練習のうちから緊張しててどうすんのよ!」
「……そうよねー。」
草薙ユミはシンジをちらっと見てからどうすればみんなの緊張がほぐれるか思案する。
そしてどうやら思い付いたようだ。口元が緩む。
「あ、そうだ。シンジ君少し弾いてくれない?そうすればみんなの緊張も緩むと思うから!いいですよね部長!」
シンジがユミの視線を追うと、部長らしき眼鏡をかけたバイオリニストはうなずいていた。頬が少し赤くなったのは愛敬だろう。
「え、あっ、でも…演奏会近いんでしょ?まずいんじゃ…それになんで僕が弾くと緊張が解けるの?」
「いいじゃない、シンジ。やりなさいよ。」
「私も聞きたい。」
アスカとレイにお願いされたら断れる男なんて世の中に早々いやしないだろう。
「はぁ、じゃ、少しだけね。でも僕はあんまり上手くないよ。」
管弦楽部の女子から拍手と声援があがる。
「謙遜しなくていいよ!はい、シンジくん。これ使って!」
ゆみは自分の使っていたチェロをシンジに使うよう促す。
「ありがとう、じゃ借りるね。」
シンジはチェロを構え、小さく宣言した。
「少しだけ弾かせてもらうね。……ヨハン・セバスチャン・バッハの無伴奏チェロ組曲第一番。」
シンジはゆっくりと目を閉じ、ゆっくりと演奏を紡ぎ出していった。
透明で限りなく優しいシンジの音色が音楽室中に広がっていった。
部員達はすぐにシンジの力量の凄まじさを理解した。
そしてそれはわずか数分だったが、聴衆となった人たちの心を軽くし、感動させるには十分すぎるほどの効果を持っていた。
「ふー。」
シンジは校舎裏のごみ焼却場の前にいた。掃除当番のシンジは一人でごみを捨てに来ていたからだ。
「あの、碇、シンジ君……」
うしろから申し訳なさそうな声が聞こえ、シンジは振り向いた。
そしてそこには女の子が一人たっていた。シンジは見覚えがある。自分のクラスにいる女の子だからだ。
「中居ユウコといいます。あの…」
「知ってるよ、同じクラスだよね。で、どうしたの?」
おどおどしたユウコにシンジは優しく言葉を返す。彼女は栗色の髪をセミロングにしており、かなり可愛い部類に入るだろう。事実、彼女はランキング5位に位置している。ただ、シンジの基準はアスカとレイであるため、シンジにとって容姿はたいして問題ではない。
「あの、私あなたに相談したいことがあるんです……」
神妙な面持ちでユウコは言葉を紡ぐ。普通の男ならいちころかもしれない。
「いいけど、何?」
「……今ここでは…あの、6時に川の側の公園に来てもらえますか?」
シンジは自分の記憶を探る。ここらへんで川の側にある公園はひとつしかない。
「うん、わかった。でも、相談役って僕でいいの?」
ほとんど、というかまったく話したこともないような女の子に突然相談があるなんていわれたら誰でも疑問に思うだろう。それをシンジは口にした。
「……あなたでないと、意味ないんです…」
彼女は辛そうに答えた。
そしてシンジはこの時なにか不穏なものを感じた。
「わかった。絶対いくね。じゃ、6時に。」
シンジは教室に向かって歩き出した。
残された少女は呟く。
「もう、後には引けないのね……」
夕暮れに人は去っていく・・・そして宵闇は確実にやってくる。
シンジはいつもどうり喫茶店で働いていた。そして時計を見ると、
「加持さん、ちょっと抜けます。私用なんですけど約束があるので。」
といって抜け出してきた。客の中から「えー」と、文句を言われたが約束だから、といってその人たちに手を振って出てきた。
そして公園に向かって歩いていった。
すでに公園の奥のほうに中居ユウコはいた。そして確認すると公園に入っていく。
ここで、シンジは違和感に気づいた。そしてシンジの頭の中に警報が鳴り響く。
(妙だな…)
時間的にも薄暗い公園内に人影がないばかりか、いつもシンジのことを監視もしくは護衛をしていたネルフ保安部の気配すらもない。こんなことは第3新東京市に来て以来一度もなかったはずだ。シンジは保安部をまいたつもりはないし、ガードが解けたとも考えられない。
そしてかわりに暗い殺気を伴った気配がいくつかある。気配を殺しているが、それでもシンジは察知していた。
(4人、いや5人か…プロだな。)
彼はみずからの能力をフル稼動させ、的確に状況を把握した。保安部やその道のプロは絶対に存在を悟られないようにしているのだが、シンジはすべて察知していた。一般人の、それも一介の高校生になせる業ではない。
そしてそれらへの注意を忘れず、何気ない顔で中居ユウコのもとへ近づいていった。
「おまたせ。」
「碇君…」
彼女は校舎裏であったときより更に辛そうな顔をしている。
シンジはとりあえず話を切り出した。
「で、相談って?」
彼女はうつむき、しばらくの逡巡の後、こちらへ駆け寄ってきた。そして……
「ごめんなさい!」
その手には彼女にはまったく似合わない無骨なアーミーナイフが握られていた。それは彼女がスカートの中から取り出したのをシンジは見ていた。
シンジは頭の中で算段をはじめ、そして結論を導いた。
その1秒後、シンジは左手で脇腹とアーミーナイフを押さえていた。しかし、その手からは大量の血が流れ落ち、白いシャツを赤く染めていた。右手ではユウコを押さえていたが、しばらくするとふらふらと後ろ向きで歩き出し、気を失うかのように背後の川へと落ちていった。
周囲にはにやけた男達と、悲しみと後悔の涙を落とす一人の少女が残されていた。
そして夜の帳が完全に町を覆ったころ。
アスカは風呂に入っていた。
「ふんふんふーん♪」
ご機嫌に鼻歌を歌っていた。
「明日はバカシンジに弁当でもつくってやろうかなぁー!」
彼女は自分の思い人の姿を心に描いて、妄想をはじめた。
その頃、綾波レイは静かに寝ていた。
すぅー・・・すぅー・・・
規則正しい寝息をたてている。
そして彼女は時折口元を緩め、微笑む。
彼女は幸せな夢を見ていた。
そしてそれはある程度まで現実のものでもある。
その頃、草薙ユミは自分の部屋で髪の手入れをしていた。
鏡台のまえでせっせと髪をブラシで梳いている。普段はポニーテールだが、解くと結構長い。
鏡台の上には整髪料の類や櫛、アクセサリーなどがある。それと写真立てがひとつ。その中にはケンスケから買った写真が収められている。
彼女はときおりその写真を眺め、極上の笑みをむける。写真の中の人物に届くよう。
そして一言。
「待っててね♪」
その時ユウコはネルフの中の留置所にいた。
「お父さん・・・碇君・・・」
彼女はただ祈っていた。
床には小さな水溜まりができていた。
誰もが朝が来ることを望んでいた。
作者より
すみません。最近めっちゃ多忙なので書き上げたとこまでアップしときます。
後半は打ち込みをまだしていません。メールが予告どうり来たのでとりあえず、です。今回は6通来ました。
それと『仲居ユウコ』について。第1話に登場していることに気がつきましたか?
できるだけさっさと打ち込みをしてメールが規定どうりの数(いつもと同じ5通ね)になるまでは後編を仕上げておくので見捨てないでね!
TAIKIさんの『天使に逢いたい』第7話、公開です。
話が動きはめましたね(^^)
シンジ帰還前後から始まったストーリー。
その後シンジの活躍と共に、
徐々にひかれていた伏線(?)
中井ユウコの行動はその伏線利用の第一弾でしょうか。
登場はしていたけど、
”悩んでいる”とか”思い詰めている”とかの表現はなかったので、
伏線とはちょっと違うのかな?
川に落ちたシンジ。
これまでの超人ぶりから見て、
シンジは無事でしょう!?
公園に潜んでいた5人のプロも、
仕事の結果にニヤニヤと笑う程度のプロでしたから、
シンジの芝居(?!)に気が付かなかった。と(^^;
・・・そうだといいなぁ・・
さあ、訪問者の皆さん。
「感想五通ごとの更新」に苦しみはじめているTAIKIさんを更に苦しめる?!
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