【新世界エヴァンゲリオン】
<修学旅行3日目>
3日目、グループ単位の自由行動である。
当然の事ながらミサトはシンジ達と一緒にいた。
マヤは別グループに随行している。
「しかし、さすがに2日も回った後だとメジャーな名所は残ってないわね〜」
ガイドブックを見ながらミサトが言った。
最初の2日で金閣寺や清水寺等々代表的な名所は既に回り尽くしている。そのため3日目はその後に残る名所を各々探し回ることとなっている。一応は古文・日本史の授業を兼ねているという話だが真相は不明である。
「古い町並みを歩くだけでも結構楽しいですよ」
シンジが言った。
「そうですね。私こういう町並み好きです」
マユミも同意する。
「シンジも山岸も渋いね」
ケンスケは古い町並み(をバックにした女性陣)の撮影にいそしんでいる。
「まっセカンドインパクト前なんてレベルの古さじゃないもんね」
マナは辺りの家屋を見回した。
瓦屋根が延々と続くというだけでも実感が違う。
「結構悪くないわね。ヨーロッパの古城なんかとはひと味違うわ」
思いの外楽しんでいる様子のアスカ。
「アスカ、お城とか行ったことあるの?」
「一応ね。ま、いまいちだったけど」
「いいわね。私も一度行ってみたいわ」
「わいは日本の城に行ってみたいけどな」
「そうね鈴原ってそういう感じよね」
一通り意見が回った後あることに気付く一同。
ミサトがこめかみを押さえる。
「…シンジくん」
「すいません。油断してました」
ため息をつくシンジ。
「別にシンジのせいじゃないわよ」
「そうね、悪いのはあいつだわ」
「しゃーないやっちゃな」
フィフスチルドレン渚カヲルはこりずに迷子になっていた。
【第八話 いざなえるモノ】
「…不穏な気配がするね。残念なことだ」
常日頃と異なる真剣な表情で呟くカヲル。
カヲルは木造の橋の上に立って川の流れを見ている…ように見える。
「…僕にも何かするべき事があるのかい?」
「………」
彼の視線の先の少女は無表情のまま答えない。
ただ、その赤い瞳の輝きがわずかに増した。
「…なるほど。今はまだその時では無いというわけだね」
一人で納得するカヲル。
少女が不意に視線をずらす。
カヲルもその方角に顔を向ける。
目に入るのは岸辺の家々だけだが、カヲルは何かに気付いたようだ。
「…シンジ君が来たようだね」
「………」
「…会わないのかい?」
「………」
少女は無反応だったが再びカヲルを見る視線は先ほどとはやや異なっていた。
「…そうか、わかったよ」
カヲルは瞳を閉じる。
再び瞳をひらいたとき少女の姿はどこにもなかった。
シンジ達が橋の上に辿り着いた時、カヲルはただ川面を見つめていた。
「いや、みんなすまないね。きれいな鳥が飛んでいたので目で追いかけていたら体の方も追いかけちゃったというわけだよ」
相変わらず屈託のない笑みを浮かべるカヲル。
「…そのうち車にはねられるわよ」
「…その前にドブか川におちるんじゃない」
「…電柱にぶつかるというパターンはありそうですね」
「…ちょっと3人とも」
「…ほんまの所危ないんとちゃいますかミサトさん?」
「…う、あたしもそうは思うんだけどね」
「…シンジ、エヴァのパイロットってこんなのでつとまるのか?」
「…カヲル君、少し変わってるから」
一同ずいっとカヲルを睨むがカヲルは一向に動じなかった。
ずずずっとざるそばをすする9名。昼食の最中である。
「シンジの作るおそばもおいしかったけどこれもまた格別ね」
「さすがに本職の人にはかなわないよ」
苦笑するシンジ。
「そぉ?あたしはシンちゃんの作った方がいいけど」
「…ミサトの舌は当てになんないわよ」
「碇君っておそばまで作ってたんですか?」
「昔、何度かね」
「ふーん」
さすがに麺を打つとなると重労働なのでやったことのないヒカリがうなる。
「そういやセンセ、最近は料理しとらんみたいやな」
「弁当も惣流が作ってるみたいだし」
「今はアスカが台所を支配してるもんね〜」
ミサトが思わせぶりに言う。
アスカは先の展開が読めるため無視して食事に専念した。しかし、
「へーそうなんですか〜」
マナという共犯者がいるときのミサトの冷やかし度は1.5倍(当社比)となる。
シンジが絡まなければいい親友なのだが…
「旦那様は座ってて、なんてところですか?」
「そうなのよ。まるで新婚家庭でしょ?」
「ミサト先生も大変でしょ〜」
「あ、わかる?もぉ当てられて当てられて」
パキッ
アスカの手の中で割り箸が二つに折れた。
「ア、アスカ?」
シンジが心配そうに顔をうかがう。
「大丈夫よシンジ。いつまでも子供じみたからかいに付き合うなんて大人のすることじゃないものね」
と、懸命に普通の顔を保ち新しい割り箸をとる。
「…結構こらえるわね」
「ミサト先生が年中からかってるから耐性ができたんじゃないですか?」
「甘いわマユミ。腐ってもあの惣流アスカラングレーよ。爆発するのは時間の問題よ」
「だったらマナもいい加減にしなさいよ」
女性陣の話をよそにぽつりとカヲル。
「ふーん。ところで二人はいつ結婚するんだい?」
バキッ
二つに割られる前の割り箸が中央から二つに折れた。
すくっと立ち上がるとテーブルを離れていくアスカ。
「アスカ、どこいくの〜?」
ミサトが陽気に聞いた。
「お手洗いよ!!」
団体様ご歓迎と看板に掲げている店だけあって化粧室も奥に広いスペースをとっている。
アスカは肩をいからせながら歩いていた。
「…んとにまったくあの腐れ使徒は…………?」
何かに気付きふと立ち止まるアスカ。
テーブルにいた時と違い妙に静寂感が漂っている。
なにか…なにか違和感を感じる。
この場をすぐに離れた方が…
「な…に?」
シュッ
微かな音がした。
すぐに意識が遠くなっていく。
そんな…催眠ガ…
アスカの姿が見えなくなってからカヲルが言った。
「何か悪いことを言ったかな?」
はぁ、とため息をつく一同。
もっともミサトは一人上機嫌でぽんぽんとカヲルの肩を叩く。
「いーのいーの、この調子でよろしくねん」
「いえどういたしまして」
「ミサトさ……………?」
しゃべる途中で固まるシンジ。
「どうしたのシンジくん?」
「何か…においませんか?」
「え、そう?」
鼻をくんくんさせるマナ。
「そーいや、なんか嗅ぎ慣れたようなにおいが…なんやったかな?」
鼻のいいトウジが言った。
「確かに僕も…」
怪訝そうな表情を浮かべるカヲル。
「エヴァのパイロットって鼻もいいのかな?」
「エヴァって何か臭うんですか?」
「生ものやないんやさかい、そんな…あ、思い出したわ」
「そうかLCLに似てい…」
カヲルの顔が険しくなる。
すばやく視線を交わすミサトとシンジ。
うなずくミサト。
シンジは席を立つと素早く店の奥へ向かった。
ミサトは携帯を取り出し、短縮ボタンを押す。
「おいシンジ!?
…ミサトさんこれは?」
「様子を見に行ってもらっただけ、あなたたちはここにいて…あ、日向君?あたし!」
訳が分からず座ることしかできないトウジ達。
そしてカヲルは何かを探るかのようにじっと目を閉じていた。
「葛城一佐から連絡が入りました!!」
日向が司令塔に向かって報告する。リツコから報告を受けていた冬月が振り返る。
「内容は?」
「ケース202です!」
「20…アスカ君か。
総員第一種警戒態勢!!」
サイレンが鳴り響き、MAGIのアナウンスが始まる。
『総員第一種警戒態勢、総員第一種警戒態勢、各員…』
「周囲に展開中の部隊は?」
青葉に尋ねる。
「保安部の4個小隊です。うち1小隊は………
10分前からLOST!?」「何でこっちに報告が来てないんだ!?」
日向が怒鳴る。
「わかりません!保安部からの報告では…続けて2番目もLOST!
」『京都周辺のネットワーク回線で広範囲にノイズ発生!』
「すぐに、3番から5番のプログラムを流して!」
オペレータの報告に叫ぶリツコ。
「保安部の件は後回しだ!戦自の部隊は?」
「現在展開中。ですが展開終了まで10分はかかります!!」
「やむをえんか…」
警報がなり、メインスクリーンがMAGIのモニターに切り替わる。
『EMERGENCY』
スクリーンを覆い尽くすメッセージ。
冬月とリツコの顔色が変わる。
「ネルフ本部に対しハッキング!」
「目標は保安部データバンクに侵入!」
「早いな!」
報告しながら青葉と日向が侵入者撃退に当たる。
「回線封鎖完了、敵性体に対し攻勢プログラ…え?侵入者消滅、回線遮断…」
あまりのあっけなさに日向も唖然となる。
「…もろすぎるな」
「ええ、MAGIのチェックをします。場合によっては封鎖の必要が…」
冬月とリツコが顔はますます厳しくなっていく。
再び、青葉が叫んだ。
「
再度ハッキング!…いえ、排除終了。…続けて3回線から同時に侵入!」
「どうなってるんだ…」
日向がうなる。
ここにミサトがいたら既に解答を導いていたかも知れない。
「敵性体三者とも排除。先の二つとほぼ同レベルと推測されます!」
「再度侵入!今度は5回線からです!!」
「………」
リツコは無言で司令塔を降りていく。
「何が狙いだ…」
冬月は眉間に一際皺を寄せた。
「……………」
シンジの目の前は血の海だった。
店の店員と変装した保安部員が数人、血塗れで倒れている。
喉を切られたのが直接の死因の様だ。
はっきりしないのはその後めった刺しにしてされたらしいためだ。
…プロには違いないが二流だな。
辺りを見回し敵の力量を推察する。
無駄な殺戮に辺り構わず残った痕跡。
…雇われ殺し屋レベルか?
…いや、違うな。そう思わせておいて
…とりあえずアスカはまだ無事だ
そう考えて気を落ち着けるシンジ。
携帯を取り出して保安部を呼び出す。
『………現在、回線が非常に混み合っております。しばらくしてからお掛け直し下さい』
やけに長い呼び出し音の後に帰ってきたのはそんなメッセージだった。
「………なるほど」
シンジの頭が冷静になっていく。
神経が静かに研ぎ澄まされていく。
かすかに残るガスの臭いを血の臭いからかぎ分ける。
そして耳がかすかな音を捉えたときシンジは既に跳んでいた。
「shit!!」
ジャネットは舌打ちした。
二台の乗用車が前方を塞ぐ形で左右から飛び出したためアスカを乗せた車を取り逃がしてしまったのだ。
直後、小気味良い破裂音が連続して続く。
「ジョニー!“ワルキューレ”をロスト!そっちは!?」
連絡しながらサブマシンガンのマガジンを交換する。
『…おいおいこっちは観光バスだぞ?追いかけるだけ無駄だ。シンジに早めに知らせなかったのが裏目に出たな』
相棒の報告を聞きながら転がってきた車のタイヤを蹴り飛ばすジャネット。
「すんだことは仕方ないわね。あたしは一応こいつらを調べてから合流する」
『了解。こっちも“ピュアレディ”の回収に向かう』
通信が切れるとジャネットは二台の乗用車を眺める。
「…とはいったものの調べるところなんて残ってないわね」
ジャネットが蜂の巣にしたあげく手榴弾で爆砕した車は真っ赤な炎を上げていた。
シンジはなるべく人を殺したくないと思っている。
それは戦場においては単に甘いだけでしかない。
訓練中もその甘さゆえ何度となく病院に担ぎ込まれることとなった。
それでもシンジはその気持ちを捨てたくはなかった。
そして、今のシンジの実力であれば相手を殺さずに制圧することも可能である。
生かしておけばアスカの情報も手に入れられるかも知れない。
だが…
今は確実に息の根を止めなくてはならない、しかも一撃で。
自分一人ならどうとでもなるがすぐ近くにはミサト達がいる。
躊躇している間に被害が増えることはなんとしても避けなければならない。
多勢に無勢、こちらは素手。
迷いは…無かった
何かが砕ける音が数回、ほぼ同時に聞こえた。
シンジがその場を立ち去った後、血の海に横たわる人間の数は数名増えていた。
「ちょっと、もしもし?日向君!?」
携帯にいくら怒鳴っても返事は返ってこない。
「ミサトさん」
「シンジくん。…どうだった?」
トウジ達から少し離れる二人。
「思った通りです」
ミサトの顔が一段と険しくなる。
「そう…アスカはよりにもよって他の男とデートの最中というわけね」
「…女性かも知れませんよ」
わずかに聞こえてくる内容はふざけていても顔は真剣なためトウジ達も二人に話しかけられない。
「保安部も潰された様です。近くにジャネットとジョニーがいるはずですからみんなをつれて合流して下さい」
「ちょっとシンジくん!」
「僕はアスカを迎えに行きます」
断固とした口調でシンジが言った。
「………」
「………」
一段と小声でミサトが言った。
「…足手まといかしら?」
「そんなことはありません。ですがカヲル君やトウジ達の護衛が必要です」
「敵はシンジくんを目的にしてるのかもしれないわ」
「でも、二人は放っておけません。しかし、アスカも急いで追いかけなければなりません」
「お困りのようだねお二人さん」
「「加持(さん)!?」」
二人の間に加持が顔を出す。
「この程度でMAGIにけんかを売るとはいい度胸ね。それとも余程の馬鹿かしら?」
「そうですね。この程度なら松代の2号機でも余裕で対処できます」
リツコと日向はあまりにも弱体な侵入者について話し合っていた。
後ろでは青葉がひっきりなしに侵入と排除を報告している。
音楽の練習で鍛えた彼の声は残念ながら仕事場において役に立っているようだ。
「で、MAGIの分析は?」
「90.9%の確率で時間稼ぎです」
「…なるほどね」
「つまり、敵は本部に対し絶え間なく攻撃を続け、我々が京都に対し直接行動に出るのを妨害しているというわけだな」
報告を聞いたゲンドウが言った。
「はい。侵入回線はバラバラで発信源も地球上各地に分布しています。これらを逆トレースして物理的に排除して回るのは無意味です」
「しゃらくさいまねを…」
忌々しげに呟く冬月。
「肝心の京都のサポートは?」
「MAGIが自己防衛を行わなければならないため予定の3割も行えていません。松代や他のネルフ支部経由も考えましたが京都自体のネットワークは規模が小さいため…」
日向は言葉を濁した。
「満足にはいかんか…しかも、本部の人員もおかげで大忙しだな」
冬月はてんやわんやの発令所を見下ろした。
マヤは京都、日向はミサトの代理でゲンドウ達の所にいるため青葉が一人で必死に切り盛りしている。
「敵は象に群がる蟻のようなものだ。まともにやっても勝てない事を知っている」
ゲンドウが呟く。
「京都への回線を遮断できない以上、全ての敵を排除するまではこの状態が続きます」
「だが敵は戦力を小出しして持久戦か…で、京都の状況は?」
「現在の所は戦自からの報告のみで詳細は不明です。ですが、加持三佐が京都に入りましたのでまもなく連絡が入ると思われます」
「どうする碇?」
「………」
「冗談じゃないわ!行くったら行くわよ!」
「おい葛城、これは俺達のしご…」
「関係ないわ!嫁入り前の妹を連れ去られて、はいそうですか、とおとなしくしていられるほど大人じゃないのよ私は!!」
「ミサトさん、声が大きいですよ」
そういってトウジ達を見る。
トウジ達は話術巧みなジャネットとぎこちないながらも会話を続けている。
ただ、カヲルの笑みがいつもとやや違っている気がして気にかかる。
「どうするシンジくん?」
「加持さんが決めて下さいよ。一応は上官なんですから」
「階級はあいにくと葛城の方が上でね。未来の総司令命令、ってのは無理か」
『絶対行く!』と顔に書いたミサトの方をうかがう。
「ところで肝心のアスカは?」
「あっちこっち走り回っているようだ。こっちの目をまくためだろうが…どうやら東の方向に向かっているらしい」
ジャネットやネルフ保安部の追跡を振り切った誘拐者達だったが戦自の追跡部隊…さすがに日本国内は彼らの方が専門である…による徹底的な監視を受けていた。
「戦自は?」
「さすがにおおっぴらに道路封鎖ともいかんからな。適度に警戒線を張って時間稼ぎをしてもらっている」
アスカがいなければ誘拐犯達がとっくに地上から消滅しているのは間違いない。
町中だろうとお構いなしにロケット弾の二三発も撃ち込むだろう。
アスカが一緒にいるから悠々と走っていられるのだ。
「…仕方ない。葛城も連れていくか」
「…そうですね、時間がもったいないですし」
「本部のサポートもないし、何かの役には立つだろう」
決定すれば行動は早い。すぐさま3人は店を飛び出した。
「なによ、ここは…」
アスカは辺りを見回した。
周囲は赤と白に彩られている。
白い大地に赤い湖。
空は暗黒。
湖の岸に自分は立っている。
寄せては返す赤い波。
赤い水…LCL?
湖の中央には巨大な白い人型の物体が存在していた。
それが一体何なのか、自分が知っている
知っている気がするのに思い出せない。
「…えーと、私何やってたんだっけ?」
たしか………………思い出せない。
「それにしてもシンジは何やってんのよ!アタシをこんなところに一人に…」
一人
…一人
……ひとり
………ヒトリ
アスカの体が震え出す。
…何よ、何だってのよ!私は大丈夫。昔の私じゃない!一人でいいって強がって大丈夫ぶっていたけど本当は寂しかった私じゃ…
「…それって結局、一人がイヤということには違いないか。
ねえシンジどこ?
早く迎えに来てよ」
涙がこぼれ落ちる。
それもかまわない。
シンジがいないと寂しいのは本当だから。
『何を願うの?何を望むの?』
技術部長赤木博士はご立腹だった。
言ってみれば蚊の群に取り囲まれているようなものだ。
うっとうしくて払っても払ってもきりがなく、たまに刺されると痛いわけではないが腹が立つことこの上ない。
おまけに…
…うちの可愛いお嫁さんをさらっていくなんていい度胸じゃない!!
日頃沈着冷静、ともすれば冷酷で通っているリツコの心の中はゴゴゴゴゴゴと音を立てて煮えくり返っていた。
作戦部長葛城一佐が同じ心境であるのは想像に難くない。
今、二人が同じ場所にいないのは実に幸運だと日向は感じていた。
「伊吹一尉からです」
ジョニーのバスと合流したのだろう、マヤからの連絡が入る。
もっとも簡潔な電子メールだけだが。
「それじゃ反撃開始といくわよ。飛んで火にいる夏の虫という言葉を身をもって教えてあげるわ」
『ピーピー』
音がしたのはシンジのトランクだった。
「あ、リツコさんみたいです」
トランクを開くと簡易端末…当然、並のコンピュータではない…が立ち上がる。
「やっとつながったか」
「やっと?まさか本部にもなにか?」
ミサトの顔が一層険しくなる。
「ま、ちょっとした嫌がらせだな、あれは。さぞかしリっちゃんはご立腹だろうよ。
シンジくん運転を代わってくれるかい?」
「わかりました」
一旦停止しシンジの運転で走り出した車の助手席で加持は端末を操作する。
回線を開くとすぐさま膨大なデータが表示される。
「この回線は大丈夫なの?」
「衛星を介してはいますが、一応バスのマヤさんに直結です。その先は同様に本部のリツコさんへ」
「この回線に割り込むぐらいならマシンの買い換えを検討した方がいい…シンジくん、ナビゲーターにデータを送る。誘導に従ってくれ」
言いながら加持は端末から通信ケーブルを引き出す。
「わかりました」
「それにしても戦自は何やってんのよ!?」
ミサトはまだ怒っているようだ。
「道をあけてるのさ、相手が逃げやすいようにな」
3人を乗せたジープは山道へ向かって疾走していった。
声のした方角に振り返るアスカ。
蒼い瞳が一人の少女の姿を認識する。
「レイ?…違う。ファースト…綾波レイね」
制服姿のレイが立っていた。
14歳のままの姿で。
その体はぼんやりとしていて白く光っているようにも見える。
…いいえ、ファーストの体が白いの?
『何を願うの?何を望むの?』
無表情に繰り返すレイ。
「…相変わらず愛想が無いわね」
一人じゃないと分かって安心したのか少し落ち着いた口調で話すアスカ。
「いったいここはどこなの?どうしてこんな所にいるの?知ってるなら教えなさいよ!」
かすかにレイの視線がうつむく。
『…そう、あなたは覚えていないの。…それとも忘れたの?』
…そうだ、こいつはこういう付き合いにくい奴だったんだ。
そう思いつつ頭をかくアスカ。
「…とりあえず記憶にないわね、こんなわけわかんないところ」
『…ここは世界の一つの形。碇くんが願った世界の一つ』
「…シンジが?」
…シンジが願った?こんな何もない寂しい世界を?
『本当よ。世界は一度はこの形になったの』
「一度は?」
『碇くんが最後に願った世界が今の世界の形。あなたが当たり前と感じている世界の形』
アスカは考え込む。
レイはじっと待っている。
アスカは顔を上げると言った。
「…サードインパクト?」
『すべてのヒトが一つの存在になり互いの欠けた心を補完し合う。
それが心の補完。
それが人類補完計画』
「………」
アスカは黙って聞いている。
『ヒトは一つになった。
でも、また別れた。
それに耐えられないヒトは消えてしまった。
それがサードインパクト』
「………」
『一つになった心は傷つかない。でも、それは同時に例えようもない孤独』
「………」
『他人が存在するから初めて自分が存在する。
他人と触れ合うことでヒトは怒り、哀しみ、傷つく。
でも喜び、楽しみ、笑うことができる。
他人を、何より自分を完全に理解することはできない。
でも、だからこそ理解しようとヒトは努力する。
だから碇くんは願った。
再び、心の壁・ATフィールドが自分と他人を分かつことを』
「それが…」
『それが碇くんの願った世界。碇くんが望んだサードインパクト』
「シンジの願い、シンジの望み…」
アスカは繰り返すように呟く。
レイは再びアスカを視線で射抜くように言った。
『あなたは何を願うの?何を望むの?』
「…かまわん、やりたまえ」
ゲンドウの裁可は下った。
リツコ、マヤ、シンジの三者合作自己防衛プログラムの概要をリツコが説明した直後である。
内容は簡単。
使徒としての活動を停止したものの依然MAGIとの共生関係にある第十一使徒イロウル。その自己防衛本能を刺激することによりMAGIの防衛を行わせようというものだ。
無論、その効果は防衛のみならず敵コンピューターに対する攻勢にまで波及する。
MAGIオリジナルですら自爆の寸前まで追い込まれたのである。太刀打ちできるコンピューターが存在するとは考えられない。
「北米方面の回線からいくわよ」
ネルフの反撃が開始された。
「それで相手はどこの所属かわかりましたか?」
シンジは前を見たまま言った。
誘導通りならまもなくアスカを乗せた車を捕捉できるはずだ。
「問題といえば問題だが、赤木もそれどころじゃないらしいな。もっともどこか判明する前に潰しちまいそうだが」
加持は肩をすくめた。
「それにしても変ですね」
シンジは胸の中で燻っていた疑念を口にする。
加持も同意する。
「そうだな。アスカをさらうときの手際は見事だが逃走経路の方はおそまつきわまりない。それでいて本部に攻勢を仕掛けるだけの力がある」
「複数の組織による共犯でしょうか?」
「わからん。ま、面倒なことは本部の連中にお願いするさ」
「そうですね。今はまずアスカを取り返さないと」
後部座席のミサトは淡々と話すシンジの顔を見ていた。
その表情には変化が感じられない。
…アスカがさらわれて怒り心頭かと思ったけど。
そんな感じはしない。
焦っているようにも見えない。
「どうした葛城?」
モニターから顔を起こし加持が言った。
「え?ああ、その………シンジくんがあんまり冷静なんで驚いてるのよ」
「………」
シンジは前を向いたままだ。
「あ、別にシンジくんが冷たいとか言うんじゃなくて…」
「わかってます。
…僕だって本当は焦ってるんです。
こうなる可能性が高いのは最初からわかっていたのにそれを防げなかった。
護衛としては失格ですね」
…そう、シンジにとって最大級の失敗だ。紛れもなく油断によるもの。責められるべきは保安部でもジョニー達でもなく自分自身だ。
シンジも当然尾行者の存在には気付いていた。ジョニー達からも何度も報告を聞いていた。それでも放置して置いたのは状況からして単なる監視員に過ぎないと判断したからだ。彼らが火器の類を持っていないのは確認されていた。無論、他にも人を殺す方法はいくつかあるが、その場合はシンジや保安部員達が介入する間がある。ゆえに無用の戦闘は避けたのである。
…出来ることなら友人の目の前で人殺しはしたくない。
シンジの偽らざる本心だ。
そしてアスカの場合もアスカが席を立つのと前後して一般客を装った保安部員達が化粧室に向かうのを確認していた。
が、結果はこの有様である。
…甘いな、僕は。
加持は無言で端末を睨んでいる。
…だがなシンジくん。疑わしきは殺せ、そんなのは寂しいだろ?
口には出さない。シンジもきっとわかっているはずだ。
「僕はアスカをさらった奴らを許せません。それは僕の本当の気持ちです。でも、それ以上に守りきれなかった自分を許せないんです。だから、アスカを助けるために冷静に相手を憎み、冷静に怒っているんです」
「…そっか」
ミサトはふっと肩の力を抜くとシートにもたれた。
「ミサトさん?」
「…シンジくんは知らない内にあたしより大人になってたのね」
「そんなことないですよ。僕はまだまだ子供です」
自嘲気味に呟くシンジ。
「…そう?ま、そういうことにしときましょうか。…でもね、あたしもまだまだ子供なの」
そう言って笑みを浮かべるミサト。
「おや、それは初耳」
キーを叩く指を止める加持。
「えへへ。…だからシンジくんを見習って冷静に相手を憎むわ」
ミサトの顔が引き締まる。先刻までとはまったく別の顔、ネルフの作戦部長の顔だ。
シンジと加持はちらっと視線を交わす。ハンディキャップが強力な助っ人にかわったという事を確認するために。
すでにミサトの頭脳はウォーミングアップからフル回転に映っていた。勘が次第に研ぎ澄まされていく。普段のミサトの勘はまるで当てにならないが作戦中の勘は命を預けるに値する。
NEON WORLD EVANGELION
Episode8: AT
Field
「私が何を願うか?」
そういってアスカは腕を組んだ。
「そうねぇ…」
脳裏に少年の笑顔が浮かぶ。
「考えるだけ無駄ね。私の願いはシンジがずっとそばにいて私を一人にしないこと、決まってるじゃない」
『………』
「何よ、言ったわよ?」
無言のレイに不安になるアスカ。
…でもこいつがしゃべらないのはいつものことか
『…そう。あなたはそう願うの』
「そんなのはじめからわかってるでしょ?」
『いいえ。わからないわ』
「何でよ?」
『あなたの口から聞くまでは、それは私の推測にすぎない』
「…ま、それはそうかもしれないけどさ」
…いちいち当たり前の事を言う奴ね〜
『あなたの願いはわかったわ。でも、それは碇くんの願いなの?』
「え?」
『あなたは碇くんにそばにいて欲しい。そして今は碇くんが側にいる。でも、碇くんはいつまでもあなたのそばにいてくれるの?』
「い、いてくれるわよ」
『どうしてそう言えるの』
「あ、あいつがいったからよ。アタシのそばにいたいって」
『それは本心なのかしら』
「本心に決まってるじゃない!!」
『どうして』
「だって、だって!」
『あなたは碇くんの側にいるために何かした?』
「………」
『碇くんのためになにかしてあげた?』
「………」
…料理、掃除、洗濯。そんなことはみんな昔あいつがしてくれたこと。あいつは馬鹿だから何の打算もなくやってくれてた。
『それで本当に碇くんがそばにいてくれると思うの?』
「うるさい!うるさい!うるさい!何でそんなこと言うのよ!!
アタシはあいつが好きであいつはアタシの事が好きで…」
『本当に?』
「!?」
アスカは膝をつき自分の体を抱きしめた。
ふるえが止まらない。
…あいつはアタシが好き。あいつはアタシのそばにいてくれる。アタシを一人にしない。
…でも、本当に?
忘れていた震え
一人のさみしさ
独りの恐怖…
『本当のことは誰にもわからない。そう、碇くんにも…』
「はんっ!ネルフに喧嘩を売ったらどうなるか教えてやるわ!」
マガジンの弾丸を確認しながらミサトが言った。
「そうだな。とりあえず当分馬鹿なことをしないようにしつけてやらないとな」
ライフルを背負う加持。シンジは拳銃の弾を交換している。全員、防弾ジャケットをつけ臨戦態勢である。
京都郊外山中の谷間。川岸に偽装して待機させたヘリにアスカを乗せ換えるつもりらしい。周囲にも小部隊がいくつか確認されているが、市街地を離れてやっと本領発揮を許される戦自特殊部隊が強襲する予定だ。シンジ達はそれにあわせて本隊を襲撃しアスカを取り返す算段だ。
「低空飛行でレーダーをかわして海まで直行。日本海か太平洋で潜水艦にでも乗り換えって所かしら」
ミサトがざっと敵の計画を推察する。
「それはそれはご苦労なことだな。ところでシンジくん、その弾丸は?」
「あ、これですか?」
弾丸を一個手渡すシンジ。
「おっと」
見かけによらず重い。薬夾には赤い木がペイントされている。
「ひょ…ひょっとして赤い木で赤木って意味?」
「…らしいな」
「くしゅん!」
「風邪ですか?」
日向がキーを叩く手はそのままに聞いた。
「誰か噂でもしてるのかしら?まあいいわ。次、ヨーロッパ方面の回線いくわよ!」
いくつものサブモニター上で次々と敵コンピューターが制圧されていく様子が表示される。そのスピードは人間業ではない。
「リツコさん特製の対装甲目標弾だそうです。軽装甲車までなら一発だって言ってました。ヘリを撃とうかと思って」
「拳銃弾で装甲車?調子に乗ってほらふいてんじゃない?」
「いや、赤木ならやりかねん。しかし反動もかなりあるんじゃないか?」
「ええ、常人が撃ったら肩が砕けるからやめておけって言ってました」
「相変わらず何考えてんのかわかんないわね…」
「まぁいい、分かれるぞ。正面は俺が行く。シンジくんはヘリのある右側から、葛城は反対の左側面から援護を頼む。シンジくんがヘリを吹っ飛ばしたら突入だ」
「OK」
「わかりました」
ミサトは騒々しくシンジは無音で茂みの中に消えていく。
対照的な二人に思わず笑みをこぼす加持。
「…まったく変わった姉弟だな」
呟くと加持は歩き出した。行く手には何も存在しないかのように飄々と。
『碇くんはあなたのことが嫌いかもしれない』
「いや、聞きたくない!」
『碇くんはあなたがどんな目にあっても構わないかもしれない』
「いや、聞きたくない!」
『碇くんはあなたを置いていなくなるかもしれない』
「いやーっ!聞きたくない!!」
沈黙…
『碇くんはあなたが呼んでも来てくれないかもしれない』
「………違う」
『碇くんはあなたの身が危なくても助けてくれないかもしれない』
「………違う」
『碇くんはあなたのことが必要でないかもしれない』
「………違う!!」
沈黙…
『どうしてそんなことが言えるの?』
「…どうして?決まってるじゃない」
『………』
「アタシが!シンジを!!信じてるからよ!!!」
『………』
「あんたの言うとおり本当の事なんて誰にもわからない!
わかるわけないのよ!!
だけどアタシはなにがあろうとシンジを信じてる!!
あいつは絶対アタシを助けに来てくれる!!
アタシは信じてる!!」
爆発音と爆風が静かな山中を震わせた。
「あいたたた…」
念のために樹を背中にしてよかったと思うシンジ。
発砲直後の反動でシンジはまっすぐ樹に叩きつけられた。
それでも素早く立ち上がり銃を構え直す。
「…やっぱりリツコさんの言うことを信じないで試し撃ちしとくんだった」
そう苦笑混じりに呟いた顔が厳しく変わると黒煙を上げて燃えるヘリの方向へと身を躍らせた。
「………リツコは拳銃にミサイルでも詰めてんの?」
相変わらず無茶な物を作る親友の顔を思いつつ中腰で走るミサト。
樹々が開けると、前方に人影が見えた。
ヘリの方に向かって銃を構えている。
少女の姿は…無い!
「おんどりゃあああ!!!」
腰だめにライフルを一斉射。数人をなぎ倒しすぐに林に隠れる。
こっちに注意を向けた男達が今度は別方向から掃討される。
「アスカはまだ車の中、ね」
確認すると再びライフルを構えた。
タイミングを合わせてトリガーを引き絞ると小気味いい音と共に弾丸が放たれた。
「敵は二手だ!」
「少人数だ!近くの部隊を呼べ!」
車の中に叫ぶ。
「とっくにやっている!!だが、応答がないんだ!!」
直後、離れた山中でいくつもの爆発が起こる。
「ちっ!」
ようやく事情を悟り舌打ちする男。
一人が車の後ろに回ってサブマシンガンを構える。すでに車外には二人しか残っていない。
「一人ずつ各方向を牽制しろ!俺は人質を出す」
そういってアスカの方へ向き直ろうとした男の耳にターン、ターンと軽快な音が聞こえた。
「なっ!?」
外にいた二人が宙を舞い車のドアに叩きつけられた。
割れたガラスが男に降りかかる。
「新手か!?」
拳銃を構えて運転手が助手席の方を伺う。
ターン!
男の目の前で運転手の首から上が見えない拳に殴られたかのようにブローバックした。
そのまま運転手は運転席側の窓に叩きつけられガラスを突き破る。
残るは自分一人。
外をうかがうとライフルを構えた人影が別々の場所に二人確認できた。
距離があるし木陰のため拳銃で狙撃するのは難しい。
もう一方、ヘリの燃える助手席側はわからない。だが、運転手は助手席側から撃ち抜かれたのだ。わざと姿を現しているところをみると二人は囮か?
身を低くしてゆっくりと後部座席のドアをあける。
このまま、外に這い出てアスカを引きずり出し盾にするのだ。
後は奴らの車を奪うなりなんなりすればいい。
そう考えながら男はドアの外に身を乗り出した。
そっと辺りをうかがう。
敵の気配はない。
一瞬気がゆるむ。
「!?」
男が反応するより早くその身体は車の天井に叩きつけられる。
わずかに遅れて骨が粉々に砕かれる音がする。
空中で絶命した男の身体はそのまま重力に引かれ落下した。
「ふぅ」
シンジは掌底を振り抜いた体勢のままで地面に横たわった身体を起こすと加持とミサトに手を振って合図した。
何のことはない。ドアの陰になって見えないであろう地面の上を凄まじい速度で這い進んで男がドアを開けるのを待っていただけだ。
男の死体をどけて後部座席をのぞき込む。
アスカは反対側のドアにもたれてすやすやと眠っていた。
「…よかった」
レイは微笑んだ。
それはシンジにしか見せたことの無い笑顔。
アスカはなぜか心が安らぐのを感じた。
「…ファースト?」
『そう、忘れないで』
「………」
『あなたにこの世界を見せたのは思い出してもらうため。
サードインパクトの時の事を全部覚えているのは碇くんだけ。
他の人はぼんやりとしか覚えていない。
だけど、あなたにも思い出して欲しかった』
…あなたと、そして碇くんのために
「ファースト…あんた」
『夢から覚めたらあなたが覚えているかどうか私にもわからない。でも…』
「…馬鹿ね。私は惣流アスカラングレーよ。覚えてるに決まっているでしょ」
レイを遮ってアスカが言った。
『…ありがとう』
「…あんたに礼を言われるとどうも背中がかゆいわね」
本当に背中をかくアスカ。
『…そろそろ起きる時間よ。
忘れないで碇くんを信じるということを。
そして碇くんもあなたを信じているということを…』
「ちょっと待ちなさい!…一つ忘れてるわよ、レイ」
アスカがレイをレイと呼んだ。
『…?』
「アタシはあんたのことも信じてるし、あんたもアタシのことを信じてる。そうでしょ?」
『…』
レイは一層幸せそうに微笑んだ。
「ま、シンジがあんたをどう考えてるかは本人に聞いてちょうだい」
『…ありがとうアスカ』
レイもアスカをアスカと呼んだ。
「…ふん」
照れ隠しに鼻を鳴らすアスカ。
『…もう一つ、いずれあなたと碇くんに危険が迫るわ』
「だからわざわざ出張してきたわけ?余計な心配よ。アタシとシンジなら何があっても大丈夫に決まってるでしょ!」
胸を張りあふれんばかりの自信をもって答えるアスカ。
『…そうね』
「そうよ」
二人は顔を見合わせるとクスリと笑った。
急に眠くなってきたことを悟るアスカ。
「ふ…ふぁ。夢の中で眠くなるなんて変な話ね…」
『眠ったら夢を見るのだから、夢の中で眠れば起きるのは自然でしょう?』
「そう、かな?ま、いいわ。眠たいから寝るね…」
そういうと目を閉じる。
『………』
「暖かい…」
シンジがそばにいるときとは別の暖かさだ。
弐号機に乗ってママに抱かれたときのような。
レイ…綾波レイ…リリス…全ての母…
『さ…』
さよなら、と言いかけたレイは言い直した。
『じゃ、また。アスカ…』
「またねレイ…」
「アスカ…アスカ」
「うるさいわね、もう起きるわよ…」
目を開けるとシンジの顔が目の前にあった。
「ほら、言ったとおりでしょ」
「え、何が?」
「何でもないって…シンジ?」
「え…あ、ごっごめん!」
アスカはシンジにしっかりと抱きかかえられていた。
慌てて離れようとするシンジの背中に手を回す。
「アスカ?」
怪訝そうなシンジ。
「いいから」
しばしの間アスカはその感触を楽しんだ。
「おやおや、山中で抱き合うとはロマンチックだねぇ」
「炎上するヘリをバックにロマンチックもないでしょ?」
加持とミサトの声が耳に入ってもシンジを離さないアスカ。
とりあえず気が済むまでシンジに抱きついてそれからアスカはシンジを解放した。
「ふわぁぁぁ。何がどうなってんのよ?」
と、顔を上げると目の前でヘリが炎上していた。
辺りを見回すと何人もの人間が倒れている。たぶん…死んでいると思う。
思わずシンジに抱きつき直すアスカ。
「眠ってた所を見ると催眠ガスを吸わされたんだな」
「みんなで迎えに来たのよ」
そういう二人の姿はどこから見ても兵隊である。見るとシンジも同じように…
「ちょっちょっとシンジ!あんた何危ないことやってんのよ!」
「え、だって」
「だってもくそもないわよ!!こんなこと専門家に任せておきなさい!
気持ちは嬉しいけどシンジに何かあったら…」
「アスカ」
真摯な瞳に黙るアスカ。
「な、なに?」
「僕はアスカを置いて死んだりしない。アスカを一人にしたりしない、そうだろ?」
「………」
「ね?」
「………うん」
…ほらやっぱりこういう馬鹿なのよこいつは。
アスカは心の中で呟いた。
肩をすくめる加持とミサト。
4人の背後でゆっくりと拳銃をもった腕が上がっていく。
乱戦であっても正確に急所を撃ち抜く加持とシンジに比べれば圧倒的に白兵戦経験に乏しいミサト。そのミサトに撃たれた男がまだ生きていたのだ。
パン!
ミサトは反応できなかった。
シンジはアスカに抱きつかれていたため対応が遅れた。
加持は咄嗟にナイフを放った。そのナイフは確実に男の喉を貫くだろうが、既に発射された弾丸を止めることは出来なかった。
弾丸はスローモーションのようにゆっくりとアスカの背中に迫る。
シンジはアスカをかばおうと弾丸の軌跡に身体を割り込ませた。
アスカは唱えるように祈った。
シンジはアタシを置いて死んだりしない!アタシもシンジを置いて死んだりしない!
弾丸はゆっくりとシンジの背中に吸い込まれ、そして…
キーン!!
突如方向を変えると空に消えた。
ATフィールド!?
4人は目を疑った。
だが、弾丸を弾いた赤い発光現象は紛れもないATフィールドだった。
「やれやれ、思ったよりも“ヒト”使いが荒いんだね…」
そう呟くとカヲルはゆっくり前のめりに倒れる。
「ちょっと!?」
慌ててジャネットが受け止める。
「大丈夫!?ねぇ!?」
既に暗い闇の底へと意識を追いやったカヲルは答えない。
気絶したカヲルを手近な場所に寝かせる一同。
彼らは気づいていなかった。
倒れる直前にカヲルの瞳が赤く輝いたことを。
ミサトは二人の寝顔を確認すると中のシンジにうなずいて部屋を出た。
「悪かったわね、あなた達」
輪になって座っているトウジ達に謝った。
「何言うとんですか、ミサトさんのせいとちゃいます」
「そうです。悪いのはアスカをさらおうとした人たちです」
トウジとヒカリが言った。
「ありがとう、鈴原君、洞木さん。…でも今の発言、息がぴったりあってたわね〜」
そういってニンマリ笑う。
「「そ、そんな…」」
ハモって答える二人に一同から笑いが起きる。
トウジとヒカリもミサトがいつものミサトに戻ったことを悟ると、視線を交わしてから笑いに加わった。
「…笑いは人の心を癒してくれる。そう感じないかシンジ君?」
「カヲル君…目が覚めたんだね」
カヲルはゆっくりと上半身を起こした。
隣の布団に眠っているアスカを見る。
少し疲れが感じられるがその美しさにはかげりがみじんも感じられない。
「…彼女も無事のようだね」
「…うん」
「…結果、23211個の侵入ルート全ての相手をデストラクト。現状から推測される敵の正体は1302件の候補が上がっています」
「それでは意味がないな」
「はい。ですが、本件終了後に行ったMAGIによる再計算の結果がこちらになります」
リツコは計算結果をデスクに並べた。
「………」
「…なるほどな」
冬月も渋い顔でうなずく。
「加持君に連絡しておいてくれ」
「はい。…葛城一佐とシンジくんには?」
「本部への帰還後でかまわん」
…せっかくの修学旅行だもの、残りの時間くらい楽しませてあげろってことね
「わかりました、では失礼いたします」
「うむ、ご苦労だった」
リツコが出て行き扉がしまると冬月は視線をゲンドウに向けた。
「……碇」
「ああ、わかっている」
「やぁみんなおはよう」
「あ、渚君大丈夫なの?」
髪を指ですきながら現れるカヲル。
「ええ、おかげさまでね」
「男のくせに貧血なんて情けないわね、ほら」
「マナ、何だいこれは?」
マナからコップを受け取ったカヲルが聞く。
「見てわからない?トマトジュースよ。しっかり鉄分を補給しなさい」
「赤いね………まるで血の赤だ」
遠い目をしてつぶやくカヲル。
どこか現実離れした雰囲気に沈黙の帳が降りる。
「何、寝言言ってんの。まったくただでさえ大変なときにぶったおれて、おまけに栄養失調の気もあるだなんて。あんた京都に来てから何食べてたわけ?」
アスカは部屋に入ってくるなり自分のことは棚に上げ文句を並べ立てた。
「栄養失調…ああそういえば何となくお腹も空いてきたね」
とりあえず手に持ったトマトジュースを飲み干すカヲル。
「渚、ダイエットでもしてるのか?」
「でも、渚さん、昨日も一昨日もとってもたくさん食べてた気がしましたけど」
「ま、晩飯にはちと早いからな。菓子でも食うとけや」
「はい、渚君」
「ありがとう」
そう言って出された袋菓子を手に取るカヲル。
どう見てものんびりと食べている様に見えるのだがあっという間に袋はからになった。
「おや?もうなくなってしまった」
「あんたどういう胃袋してんのよ?」
…相変わらず変な子ね〜
いつものように騒ぎ始めた子供達を見ながらミサトはドアを開ける。
「どう?」
ドアのすぐ横の壁に背中を預けた加持に尋ねる。
ジョニーとジャネットは少し離れたところで警戒を続行している。
「ああすまん、ちょっと待ってくれ。ああ葛城だ…」
加持は携帯を耳に当てたままで答える。
「…だいたいかたづいたそうだ。戦自の部隊も撤収中。旅行は続行できるぞ」
「…そういう気分じゃないんだけどね」
子供達の前では隠していたげっそりした表情を浮かべるミサト。
「まがりなりにも教師をやってるんだ。職務をまっとうするんだな」
「何なら変わってあげましょうか?」
「謹んで遠慮しとくよ」
「あ、そ」
そういうとミサトは舌を出しながら中に消えた。
加持は再び携帯に注意を戻す。
「…悪い。で、それは間違いなんだな?」
『残念ながらね。このことはこっちに帰ってくるまで二人には内緒よ』
「ああわかってるよ、それじゃ」
携帯を切るとポケットにしまう。
会話中ずっと持ったままだった缶コーヒーの缶を無意識に握りしめる。
「四対四、決闘か…」
ブシュッ
あふれたコーヒーが手をぬらした。
−チルドレンのお部屋 その8(京都別荘編?)−
アスカ「ほら、もっと身だしなみに気を使いなさいって言ってるでしょ」
(説教しながらレイの髪にブラシを入れる)
レイ 「………」(わずかに微笑んでいる)
トウジ「…なんやえらい仲良さそうやな。なんかあったんかシンジ?」
シンジ「それが僕にもわからないんだ。僕が来た時にはもう和気あいあいと話してたし」
アスカ「じゃ口紅塗ってあげるからこっち向きなさい」
レイ 「口紅?」
アスカ「そう。ま、レイのキャラクターには少し合わないかもしれないけど…
でもシンジが喜ぶことは請け合いよ」
レイ 「碇くんが喜んでくれるの?…お願い」
アスカ「任せときなさい。でも、何色がいいかしらね〜」
トウジ「………(夢でもみとんのやろか?)」(信じられないという顔)
シンジ「………(綾波とアスカが仲良くしてる。よかった)」(対照的ににこにこ顔)
カヲル「仲良きことは美しきかな、だね。もっともあの二人は最初からきれいだけど」
シンジ「カヲル君は何か知ってるの」
カヲル「ああ、エヴァのビデオは全14巻ってことぐらいならね」
シンジ「………」(さすがにこめかみを押さえる)
トウジ「渚…お前、実はわいと生まれ一緒やろ?」
アスカ「カ・ン・ペ・キ。さぁシンジを落としにいくわよ!えいえいおーっ!!ほら、あんたもやるのよ!」
レイ 「腕を突き出せばいいのね?」
アスカ「そう、行くわよ、えいえい…」
アスカ&レイ
「「おーっ!!」」
予告
西暦2000年セカンドインパクト
西暦2016年サードインパクト
二つの事件に深く関わり
二つの事件の現場に居合わせながら
生き残った唯一の女性葛城ミサト
彼女は二つの事件の記録を手記に記す
セカンドインパクトに消えた父への想い
サードインパクトを起こした少年への想い
記されていく物語は新たな物語の呼び水となるのであろうか
次回、新世界エヴァンゲリオン
お楽しみに