【新世界エヴァンゲリオン・外伝】

 

 

 

<九州某所>

 

「ごめんください」

時刻は昼過ぎ。山間の小さな村。周囲を水田に取り囲まれたこじんまりとした一軒家。

古びた玄関からその声はした。

村では聞き覚えの無い若者の声に、家の主人が怪訝そうな顔をしながら戸を開ける。

「こんにちは」

そういってさわやかに笑ったのは20台後半の青年だった。

(はて?どこかで会ったかな?)

なにやら引っかかるものを感じる主人。

「家に何か用かな?」

「ええ」

青年は微笑みを絶やさない。そう、いつも彼は微笑みを絶やさない。

「探しましたよ」

その時、主人の脳裏に一人の人物の名前が閃いた。

「君は!…まさか!?」

青年はうなずく。

「ええ、その通りです」

「…そうか」

主人は大きく息を吐いた。肩を落とすと急に老け込んだように見える。

だが、青年はやはり微笑みを絶やさず言った。

「渚カヲルです、どうぞよろしく」

 

 

 

 

 

<朝、キッチン2−A>

 

昨日も一昨日も平穏だった。

まるでずっと昔からそうであったかのようなのどかな時間。そもそも自分達がなぜこんな所へ来てこんなことをしているのかも忘れてしまうような日々。

今日もまたそんな平穏な一日が始まるはずだった。
 

ガタ
 

小さな音がした。

汐(うしお)トオルは何気なくそちらへ目を向ける。

視界に入った物を理解するのに数秒。

「………ミチル?」

返答は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

【外伝第拾話 ただ、ありふれた風景を】

 

 

 

 

 

 

 

<引き続きキッチン2−A>

 

 

「おい、しっかりしろミチル!!」

慌ててミチルの身体を抱え起こすと揺さ振るトオル。

「なにやってんのよ!安静にしなきゃだめでしょ!!」

泉フミエの冷静な声を聞いて我に返るトオル。

「そ、そうだな悪い」

謝りながらフミエにミチルを渡すトオル。

「ほらミチル、おきなさいミチル、こんな所で寝てちゃ駄目でしょ?………寝るなーっ!寝ちゃ駄目よミチル!!

ぱんぱんとミチルの頬を張るフミエ。

「こら待て!言ってることとやってることが一致してないぞ!!」

「寝たら死んじゃうって知らないの!?」

「そりゃ冬山遭難だ!!」

冷静そうに見えて実は思いっきり錯乱していたらしいフミエを慌てて取り押さえるトオル。

「静かにしなさい!!」

ピタ、と止まるトオルとフミエ。

年季の入った一喝を放ったのは無論人生の4割ほどをとある役職に捧げていた人物である。

硬直した二人をよそにミチルの額に手を当てるヒカリ。

「かなり熱があるわね。これはうちでどうこうするよりおとなしく病院に行った方がいいわ。二人の上着持ってきて。とりあえず病院に行くまではそれで体温の低下を防ぎましょう」

ヒカリの話を聞いているうちにどうにか落ち着いた二人が顔を見合わせる。

「…どう思う?」

「どうって…考え過ぎかもしれないけど、まさかってこともあるしな」

忘れていたがミチルは正体不明の子供である。僻地の施設(しかも何やら燃えていた)から逃げ出してきた。ついでに言うなら(なぜか)戦自の兵士に追われていて、国家権力を敵視している風である。そんな子供となぜ一緒に行動しているかは別として(まあ成り行きだが)、本当に自衛隊なり警察なりに追われているなら公的機関や大きな施設には手が回っている恐れがある。

「…そうよねぇ、病院なら手が回っているかも」

「子供ってことはわかってるだろうしな」

めっきり逃亡犯な会話をする二人。

「…事情はよくわからないけどとりあえず普通の病院はまずいのね?」

「ええできれば、ってうわわっ!?」

「きゃっ!!」

いつの間にやら二人の間に立って話を聞いているヒカリ。

「あ、あの店長…」

「こ、これはその…」

「細かい話は後からにしましょう。今はミチルちゃんを病院に連れて行くことが最優先」

「「はい」」

「とりあえず私の知り合いが勤めている診療所があるからそこに行くといいわ。今、住所を書くからトオル君はタクシーを呼んで。フミエちゃんはさっき言ったようにミチルちゃんの身体を温めて」

「「はい!」」

弾かれたように二人は行動に移った。

 

 

<第三新東京市郊外>

 

タクシーが向かったのは郊外にある小さな診療所だった。

山の裾野で敷地内にも木々が生えている。こじんまりした建物でかなりの年月を感じるが、管理は行き届いているらしく不潔さとは無縁である。

が、二人の乗客はそんなことに構ってはいなかった。

「すいません急患なんです!」

タクシーが止まりざまトオルはミチルを抱えて診療所に飛び込んだ。

待合室で順番待ちをしている御老人方が何事かと顔を上げると、今度はフミエが飛び込んでくる。

「ミチルを助けて下さい!!」

そのままわいわい騒いでいる若夫婦を眺めて話に花を咲かせる御老人方。

ほどなく若夫婦は二つある診療室の片方に消えていった。

 

 

無茶苦茶焦っていますと顔に書いた二人を診療室で迎えたのはうら若い女性の医師であった。線の細い顔立ちで長い黒髪をたたえたかなりの美人である。

あれこれしゃべりつづける二人を眼鏡越しに見据えた後、彼女はとりあえず二人を落ち着かせることにする。

「はい、落ち着いて下さい。その子がどうされたんですか?」

「え、えぇと熱が出て!」

「そう!もう熱いくらい!」

「馬鹿!熱が出りゃ熱いに決まってるだろ!」

「間違ってないじゃない!」

「はい、わかりました。とりあえずその子をそちらのベッドに寝かせて下さい」

わめく二人をまったく気にした様子もなく落ち着いた声で指示を出す。

「それでいつごろから症状が?」

「あ、朝っていうかさっき急に倒れて」

「なるほど。昨晩の様子はどうでした?」

「特に…なぁ?」

「ええ…いつも通りでした」

あくまで落ち着いた声で聞く医師にいつのまにか同じように落ち着いている二人。それを見てにっこり笑う医師。逆に二人はなぜか赤面する。

「わかりました。それでは診察を始めますので、お父さんとお母さんは外へ出ていて頂けますか?」

「え?」

「は?」

「騒ぐだけなら邪魔じゃから外で待ってろと言ったんじゃ!」

突如、二人の背後から声が響く。

振り向いた二人は飛びあがった。

「ひぃっ!!」

「きゃあっ!!」

「なんじゃ人を化け物みたいに」

恐持ての顔をした男はそう文句をつける。白衣を着ている事からすると医師らしい。髪にまじった白い物の度合いからすると結構な歳の様だ。

「にらんじゃ駄目ですよ先生。先生がにらむと顔がちょっと恐いんですから」

女医はにこにこと笑いながらミチルに体温計をくわえさせる。

(ちょっとじゃないだろちょっとじゃ)

(ああショック死するかと思った)

胸をおさえて動悸を抑える二人。

「別ににらんでないわい」

「あらそうでした?すみません私もまだよく見分けがつかないものですから」

「ふん」

笑いながら聴診器を用意する女医をよそに老医師は扉を開ける。

「ほらさっさとこんか!」

「わっ」

「ちょ、ちょっと」

老医師に腕を捕まれ外へ引きずり出される二人。

それを見送ると女医は真剣な顔でミチルの方へ向き直る。

「大事無ければいいんですけど」

 

 

「わわわ」

「きゃっ」

空いた席に二人を座らせると老医師は受付に向かう。

「そこでおとなしく座ってまっとれ…次は?」

老医師の質問に事務の女性が答えた。

「増田さんです」

「シゲゾウ爺さんか、大方嬢ちゃんの尻でも触りに来たんじゃろうが当てが外れた様じゃな。わしの方へ通せ。嬢ちゃんは急患を看とるんでな」

「はいわかりました」

ぽきぽき指をならしながら診察室に消える医師。診療所の主であり名を檜山カクズミという。診療所には二人しか医者はいない。正確にはこの周辺一帯にはこの二人しか医者はいない。

嬢ちゃんと呼ばれた女性の名前は山岸マユミ。ヒカリの親友である。

 

 

「過労から来た風邪…たいしたことなくてよかったですね…あら?」

診察を終えたマユミはミチルの髪の付け根にふと目を留める。

なにかに気づいたのかあちこちの髪を見てみる。どうやらマユミの予想はあたっているようだ。

「そういう御両親には見えなかったけど…ああ、そういうことですか」

ペンライトを持ってまぶたを開けてみたマユミは納得してうなずいた。

「やっぱり…まぁ直接健康には関係ないからいいでしょう」

 

 

マユミからミチルの容態についての説明と二、三日おとなしくしていれば落ち着くという話を聞いてほっと胸をなで下ろす二人。

「解熱剤を注射しておきましたからすぐに熱は下がると思います。入院までする必要はないでしょう。お薬を出しておきますから一日三回食後に飲ませてあげて下さい。あと、経過を確認しますから三日後にまたいらしてください」

1つ毎にはい、はい、と一緒にうなずく夫婦を見て微笑むマユミ。

「ところでお住まいはどちらですか?」

「あ、はい、第三新東京市駅近くの…」

「あら市内に住んでいらっしゃるんですか?」

「「はい」」

「それでしたらもっと近くに大きな病院がいくつもあると思いますけど?」

「いえ、そのちょっと普通の病院は駄目で…」

「はぁ」

「困っていたら店長が」

「店長?」

「えぇ鈴原さんとおっしゃるんですが…」

「あぁ」

ぱんと手を合わせるマユミ。

「ヒカリさんのお店に勤めてらっしゃるんですか?」

「ええ」

(この人が店長の知り合いかぁ)

「はい」

(ううう、店長のお知り合いってなんで奇麗な人ばかりなんですかぁ?)

「なるほど。…それで事情というのは?差し支えなかったらでよろしいんですけど?」

「いやその」

「なんていうか、ねぇ?」

よくよく考えるに自分達でもはっきりと説明できるほど状況を理解していない二人。

「保険証がないとか?」

「え?」

「あ?そ、そうよ、どうするトオル!?」

「あ、あ、あ、あ」

無論、ミチルに使える保険証など二人が持っているはずも無い。

「ど、どうしようトオル」

「どうしようったって」

「わかりました。細かい所は私の方でなんとかしておきます」

きっぱりと言うマユミ。

「え?」

「は?」

「本当は事務処理とか困るんですけどね。うちに来る患者さんには同じような方も結構いらっしゃいますから」

「えと、あの、その」

「なんていうか」

マユミは笑みを浮かべている。

「「…すみません。御面倒をおかけします」」

「その代わり、保険がきかないから高いですよ」

にっこり笑うマユミ。

「ま、仕方ないです」

「よろしくお願いします」

「はい、お大事に」

 

 

「なにが、高いですよ、じゃ」

患者とその両親が出ていくと檜山が顔を出した。

「あら先生いらしたんですか?」

「お前さんまた立て替えるつもりじゃな」

ほとんど睨み付けるような目つきで言う檜山だが、マユミの方は特に気にする様子も無い。

「私もまだ半人前ですから勉強代みたいなものです」

「ふん。わしは半人前を雇うほどもうろくしとらんぞ」

「困った時はお互い様ですから」

「ふん。まったく変わった嬢ちゃんじゃ」

そう言いながらもごつい笑みを浮かべる檜山。

「そうですか?」

「そんなんでは嫁の貰い手がおらんぞ」

「それは困りましたね」

マユミはにっこりと笑った。

 

 

 

アパートに帰り着いて一息つく二人。

「ま、大事無くてよかったよな」

「そうね…まったく心配かけさせんじゃないわよ」

こつん、とミチルの額を指で突くフミエ。すやすやと眠っているミチルは反応しない。フミエは笑うと布団をかけ直す。

「ふーもう1時か」

「結構、時間がかかったわね」

「………」

「どうしたのトオル?」

「いや、なんか忘れているような」

「若年性痴呆症?」

「違うっ!!」

「ま、お昼ご飯食べたら思い出すでしょ。たまには私が作るわ」

そういって立ち上がりかけたフミエが止まる。

「どうした?」

「あの、さ、今、1時って行った?」

「ああ」

「…お店…大丈夫かな?」

 

ミチルの看病をフミエに任せて全力疾走で店に向かうトオル。

だが、満席状態の店に入ったトオルを出迎えたのは、

「いらっしゃいませ」

と朗らかに笑うヒカリであった。
 

さしたる問題なく昼時を乗り切った店長のお言葉。

「二人が来てくれるまでは一人でやってたんだから当然でしょ?」

ごもっとも。

 

 

 

 

<数日後、診療所近くの野道>

 

遅めのお昼休み。マユミは診療所の近くを散歩するのが習慣である。

病院のご多分にもれずたくさんの御老人方の訪れる午前中が終わればマユミの勤めているような小さな診療所は暇になる。若先生と呼ばれていて人気があるマユミもそんなわけでのんびりと昼休みをとれるという訳だ。

セカンドインパクト前の自然が残っているこの辺りを歩く時間がマユミはとても好きだった。もっともちょっと視線を転じれば麓の方には超近代都市が広がっているのだが。

(微妙な位置という所ですね)

さてマユミが久しぶりにその人物に会ったのはちょうど診療所近くまで帰ってきた所だった。

「やあ」

木にもたれている眼鏡の男性が軽く手を挙げて挨拶した。

「どうも」

マユミは笑みを浮かべると挨拶を返した。

 

 

時間はあったのでそのまま二人は辺りを散歩することにした。

「どうですか、最近は?」

「忙しいけどなんとかやってるよ。もっとも俺達の所は暇なのが一番なんだけどさ。あいつらの所と同じでね」

そう言ってケンスケは肩をすくめる。

「山岸の方は?」

「私の方もそれなりに忙しいけどなんとかやってます。こちらこそ暇なのが一番なんですけれど」

「違いない」

「ええ」

そのまま二人は他愛の無い雑談に興じた。

 

 

<診療所前>

 

「あ、先生」

「どうもこんにちは」

診療所の前で今来た所らしい親子連れと出会う二人。

「こんにちは。その後お加減はどうですか?」

「おかげさまで」

「もともとは元気な奴ですから」

マユミが挨拶する横で何気なく親子連れを観察するケンスケ。親には見覚えがある。ヒカリの店で働いていた店員だ。

(子供がいるとは思わなかったな………!?)

子供に視線を転じたケンスケの身体に緊張が走る。

同時に子供の顔が上がり閉じられた目がゆっくりとケンスケに向けられた。

 

 

親子連れは先に診療所の中に入っていった。午後の診療開始まで待合室で待つつもりらしい。

「………」

黙ったままのケンスケを見上げるマユミ。

「どうかしました?」

「今の人達って山岸の患者さん?」

「ええ」

「…ひょっとして委員長のお店で働いてない?」

「あら、よくご存知ですね」

「この前委員長の店に行った時に見かけたような気がしてね」

「ああ、なるほど」

 

それじゃ、と診療所に入って行くマユミを見送るとケンスケは携帯を取り出した。

(俺が監視されているのは別としても、山岸がいる以上この辺りはかなり監視態勢が厳しいはずだ。こいつ程度の機能じゃ間違いなく傍受されるな)

そう思いつつもケンスケは携帯のボタンを押す。その表情は既に軍人の顔に戻っている。電話はほどなく相手につながる。

『はい』

「俺だ。ターゲットを発見した。すぐに招集をかけろ。俺も夜には合流する」

 

 

 

 

<夜、第三新東京市内の居酒屋>

 

「それじゃ」

「おう乾杯といか」

杯を傾けるケンスケとトウジ。一杯空けたところでケンスケが聞いた。

「シンジと渚は?」

「シンジは日本に帰ってきたばかりで忙しゅうて家にも帰れんっちゅう話や。実際、パイロット風情のわいじゃ5分電話引き止めるんで精一杯やったわ」

「御愁傷様」

「渚はなんや休暇とって旅行に行っとるとかでの。つかまらんかったわ」

「旅行…うらやましいねぇ」

そのまま話を続けてふと思い出したように聞くケンスケ。

「そういや委員長のお店も店員を雇ったんだったね」

「ん?おう。なかなか働き者や。根性もあるしの」

「ふーん?いつから働いているんだい?」

「そうやな…あぁほうほう、確かお前が前に店に顔を出した時があったやろ。あの二、三日前や」

「へぇ…」

内心、情けなくて仕方が無いケンスケ。部下ともども三人そろってターゲットのそばにいながら気づきもしなかったのだから。

「ま、二人でもそろっただけましだな」

「せやな。シンジももう少ししたら落ち着くやろうし、渚も帰ってくるやろ。そしたらまた飲もうや」

「そうだな」

 

 

 

<深夜、戦略自衛隊入間基地某会議室>

 

ブリーフィングルームにはターゲットの写真とその保護者である男女。それに関わる人物達の顔写真やデータが並んでおり、そのいくつかにはVIPや要注意人物といった表示とそのランクが最高級であることを示す表示がなされている。

「…以上のことから目標は間違いなくネルフの監視下に入っています。また、そうでなくても周囲の状況を見て頂ければわかる通り、これ以上の作戦行動はネルフ側の了解無しには行えずまた成功ものぞめません」

そう報告を締めくくるケンスケ。もっともケンスケの部下達はとうに承知している内容だ。

ケンスケの報告する相手は彼をこの任務につけた人物、彼の右手に座っている初老の男以外にはいない。

「ふむ」

男の反応はそれだけだった。ケンスケもどう返していいかわからない。

「………」

「それで君はどうするね?私がここで作戦を打ち切ったら」

少し考え込むケンスケ。

「そうですね…結末くらいは見届けますよ」

「ふ」

男は笑みを浮かべると任務の終了を決定した。

 

 

 

 

 

 

NEONWORLD EVANGELION

 Side Episode 10: Their life

 

 

 

 

 

<朝、九州某所>

 

「よっこいせっと」

畑で土にまみれて作業にいそしむ青年が一人。

「やぁ楽しそうだな。俺もまざってもいいかい?」

「えぇどうぞ」

掘り出したサツマイモを片手に微笑むカヲルとシャツの袖をまくりあげる加持。

そのまま二人は農家の手伝いに精を出し、お土産にダンボール箱一杯のサツマイモをもらうことになる。

場所はご当地九州薩摩。

加持自らが指揮を執るにあたり、ようやく渚カヲルの身柄が捕捉された。

 

 

 

<昼過ぎ、輸送機機内>

 

「助かりましたよ。なかなか帰れなくて困っていた所です」

「いやなに、こちらこそ迎えが遅くなって悪かった」

朗らかに笑い合う二人だが、二人の両脇に並ぶ疲労困ぱいした隊員達はとても加わる気になれない。ちなみにネルフ保安部及び特殊監査部からなる渚カヲル捜索班御一行である。

「そうそう、このサツマイモで思い出したが、君が忘れて帰ったお土産、えーとみかんにりんごに梨とらっきょう、田楽に焼き物、あとイカの塩辛とかもあったかな?あれは全部君の家に運んでおいたから」

「それはどうも。いつも忘れたことに気づいて取りに帰るんですが、どういうわけだが別の場所に行ってしまいまして」

「いやいや。ああ、それと三陸海岸で釣り上げた魚の山はさすがに放置するとまずいから霧島三尉の家に送っておいた。問題ないかい?」

「ええ、かまいません」

カヲルはさわやかに笑った。

 

 

 

<数日前、夜、霧島マナ自宅>

 

とても冷蔵庫に入りきらない魚の山、山、山…ネルフ印のクール宅急便なのがせめてもの救い…を前にぷるぷると拳を握り締めるマナ。

「カヲルのぶわぁっきゃろぉぉぉぉぉーっ!!にぃどとかえってくんなぁぁーっ!!」

 

 

 

<同、ネルフ本部総司令執務室>

 

「あの日、第三新東京市に飛来したエヴァシリーズ各機にはカヲル君の肉体を用いたダミープラグが搭載されていました」

シンジはそう口火を切った。聞き手はミサト一人である。

「綾波と同じくクローン培養された肉体です。一方、ダミープラグに搭載されることの無かった肉体や培養途中の細胞、各種実験データは一個所に集められてはいませんでした。エヴァ自体が世界各国で分散して製造されていた以上それは仕方の無いことでしょう。ダミープラグそのものを一個所で製造するのは危険を伴いますからね」

「そうね。事実、本部ではダミープラグを製造していることを察知することはできなかった」

「綾波のデータは完全に秘匿されていましたからね。カヲル君という適格者をゼーレが手に入れていることがわかっていれば別だったでしょうが。…それはともかくその他の培養されていた肉体はカヲル君がネルフ側に加わった際にすべて破壊されました。その時点で完成されていた肉体に限って、ですが」

「すると今回の件は?」

「日本でエヴァを建造したりダミープラグを製作したりするのは不可能です。本部に察知されれば、なぜ本部で作らせないのかということになりますからね。ですが…」

「クローン培養そのものや研究は日本でも行える」

「そうです。最終的に日本で行っていた研究のデータや設備はネルフが破壊しましたが…」

「その前にプライベートで戦自に流した奴がいた?」

「ええ。クローン培養のデータとおそらくは培養途中の細胞サンプルが戦自に渡った。…ですが受け取った人物は極秘に研究を進めようとしたがそれが発覚。研究自体は続けられることになったが、それを発見した研究所の上層部がこれまたそのまま上には内密で研究を続けることにした。ネルフ本部を抱える日本を憂えたのか、研究に打ち込む余り暴走したのかそれは今となってはわかりませんが…」

「どうなったの?」

「先日、戦自の特殊部隊が問題の研究所を制圧。抵抗した所員は全て反逆罪や背任罪で即時処刑。投降した所員も全て拘束されて軍法会議を待っているところです」

「ありゃ過激ね。ま、下手に温情をかけるとうちにいらぬ疑いをもたれるとでも思ったんでしょうけど」

「研究データや培養前の細胞サンプルは全て確保。ただし、研究所では既に一個の人間として成長した研究体がいた。過去に破壊された肉体と異なり、カヲル君と同時間軸で成長しておらず、まだ子供といえる段階です。カヲル君の細胞を元にはしているが別の人間といえるでしょう。何より彼には彼個人の意識がある。つまり魂を持っているということです。綾波と綾波のクローン、カヲル君とカヲル君のクローンの場合とは決定的に違う」

「で、戦自は確保に失敗。研究体は逃走?」

「そういうことです。戦自は一応保護を目標としていたようですがどうも研究所が襲撃されたのに乗じて彼が自力で脱出したみたいで」

「ふーん。…すると渚君はその彼を追いかけているわけ?」

「僕も最初はそう思いましたがどうもそれだけではないようですね」

「ていうと?」

「研究所のリストに載っている人物で一人、逮捕も射殺もされていない人物がいます。ずいぶん前に行方不明…まぁ脱走したと言うべきでしょうね。普通に退官しようとしたら口封じに殺されかねませんから」

「それで?

「その人物は彼の精神面を担当しており、彼の名付け親でもあるという話です」

 

 

 

<キッチン2−A>

 

昼食の時間帯も終わりのんびりと喫茶店モードのキッチン2−A。

「…というわけです」

処理に困ったマナが魚の山を持ち込んだのはヒカリの店だった。

「うちは全然構わないけど…マナも大変ね」

苦笑するヒカリ。

「そうなんですぅ、とほほ」

「コーヒーくらい飲んでいきなさい」

「ありがとうヒカリ」

素直にカウンターに座ったマナにカウンターの内側から声がかけられる

「マナ…さん?」

「え?」

声のした方を覗き込むマナ。

じゃがいもの皮むきをしていたらしい子供が顔を上げている。

「こんにちは。僕、私を知っているの?」

「え、あ、キリシマ…マナさん?」

「そうです。どこかで会いました?」

「ううん。え、あれ?どうしてボクしってるんだろう?」

包丁を置いて考え込むミチルと覗き込んだままのマナ。

そこへヒカリがコーヒーカップを持ってきた。

「この前アスカと一緒に来た時に会わなかった?…あ、あの時は皮むきに熱中してたわね。じゃ、マナも初対面ね。でも、ミチルちゃんなら気配を覚えていたとか」

「そう、なの、かな?」

首をかしげるミチル。

「この子は?」

「うちで働いてくれてる子達の子供なの。目が見えないのによくお手伝いしてくれて助かってるわ」

ちなみにトオルは倉庫の整理、フミエはヒカリに頼まれて買い物に行っている。

「へえそうなんですか。僕、えらいね」

「あ、ありがとう」

にっこり笑うマナに赤面するミチル。

 

 

 

<九州某所の山村>

 

男はカヲルに茶を入れると語り出した。

「…私は既に一個の人格を持っているあの子がモルモットとして扱われるのが嫌になった。だが、一介の学者に過ぎない私にそれをやめさせる力は無かった」

「…誰もが強くあれるわけではありませんからね」

「…できることならもう研究を続けたくはなかった。だが、私にまかされている精神面さえも他の面々に任せることは耐え難い。それでなくても上層部に内密で研究している現状では手を引けば殺される可能性が高かった」

「………」

「そしてなによりもあの力があることを他の者に知られる訳にはいかない、あの力は彼が自由を手に入れるためにきっと必要になるはずだった。だが…」

「彼はあなたの脱走を手助けした」

「そう。あの子の知性・精神の発達は早かった。そして、あの力の扱い方を覚えるのもね。そして、あの子はとっくの昔に私の考えを読んでいた。そして自分が私が逃げるための足かせとなっていると判断した」

「………」

「彼はある日私に言った。自由を、とね」

「…そしてあなたは脱走し、その代わりに彼の情報を上層部へ流した」

「ああ、その通りだ。なんとも情けない話だがね…これで全部かな」

「ええ、充分です。ありがとうございます。知りたかったことは全て知りました」

「…聞かせてくれるかね?」

「ご心配なく。彼は元気ですよ。そして戦自にもネルフにも縛られてはいません」

「…そうか」

男の顔に安堵が浮かんだ。

 

 

 

 

<第三新東京市>

 

のんびりと手を繋いで夕方の街を散歩するトオル、フミエ、ミチルの三人。

「しかし、教会っていうのはねぇ」

「別にいいんじゃないか?」

ミチルの提案で教会に向かっている三人。

「最初の友達が神父様ってところがすごいわねぇ」

「ま、それはそうだな」

「そうなの?」

首をかしげるミチル。

「たぶん世間一般的には………よくよく考えたら別に変な話でもないわね」

「まぁ俺達日本人だし、なかなかなじみがないからかな?」

「そうねぇ、あ、あそこじゃない?」

教会のシルエットが前方に見えてきた。

「「?」」

ミチルが不意に立ち止まった。結果的に腕を引っ張られる形になった二人が振り返る。

「どうしたのミチル?」

「あれは、あのヒトは…」

「あの人?」

ミチルはじっと前方に視線を注いでいる。その視線を追いかける二人。

ミチルの視線の先、教会をバックに一人の青年が立っていた。

「え?」

フミエが怪訝そうな声を上げる。

「…どうした?」

「いや、なんだか一瞬、髪が銀色に…それに目が赤く…」

「ふーん…実は俺もだ」

だが二人の見つめる青年は確かに黒髪で黒い瞳をしていた。

 

「あれはボクだ」

唐突にミチルが言った。

 

「「え?」」

 

そして、二人は夕日と教会を背に相対する事になる。

 

 

 

 

 

トオルとフミエはその場を満たす不思議な空気に動けなくなっていた。

ミチルはトオルとフミエの手をはなしその青年の元に歩み寄る。

「やぁ、やっと会えたね」

微笑む青年。

「あなたは…」

「君、でいいよ」

ミチルを遮り青年はそう言った。

「キミは…」

「覚えているはずだよ…わずかかもしれないけどね」

「………」

「記憶というものは刻み込まれていくものなんだ。それは決して消えることはない。つらいことだろうと悲しいことだろうと、楽しいことだろうとうれしいことだろうと変わりなく」

「………」

「ただ、忘れることはできる。どこにその記憶を刻んだかね。そうすることでヒトは生きていくことができるのさ」

「………」

「でも、まだ君にはその必要はない。むしろ忘れてはならない記憶を積重ねている所じゃないのかい?」

「…ナギサ・カヲル?」

ミチルの言葉にうなずくカヲル。

「そう。それが僕の名前。自分を自分と認識する最初の束縛。ATフィールドと同じく自分と他人とを区別するもの」

「………」

「今度は君の名前を聞かせてくれるかい?」

「…ミチル」

「それだけかい?」

「………」

「そうかい………じゃあ本題に入ろう。君はなぜその瞳を開かないんだい?」

「!?」

「髪を染め、瞼を閉ざし、己を見せようとはしない」

「……‥」

「本当に他人に理解してもらおうと望むなら自分をさらけだすことも必要だよ」

「ジブンをさらけだす?」

「そう、それをリリンの言葉で勇気と言う」

「ユウキ…」

「今こそ君はその勇気を示す時じゃないかい?」

カヲルの言葉にミチルはトオルとフミエを振り返る。今の自分にとってもっとも大事なものを。

ややあって視線を正面に戻す。カヲルの顔からは微笑みが消えている。

視線を右に向ける。教会が見える。彼の初めての友人であるランの言葉が蘇る。

ぐっと拳を握ると再びトオルとフミエに向き直る。

そして………目を開いた。

 

「紅い…瞳?」

「おい、ミチルお前…」

すっと風が吹いた。

同時にミチルの髪から色素が抜け、肌の色が変わっていく。

 

「トオル、フミエ…これがボクのホントウのスガタ」

 

そこにいるのは銀髪に赤い瞳の白子の子供。

「ごめんなさい、トオル、フミエ。ボクは…」

「…はぁ」

「…ふぅ」

息を吐くと、つかつかつかと歩み寄る二人。

トオルが腕をのばすとミチルはびくっと震えて目を閉じる。

トオルは息を吸い込み、

「こぉの不良息子が

とおどけて言った。

「へ?」

くしゃくしゃくしゃとミチルの髪をかき乱すトオル。

「本当ね、父親に似たのかしら?」

「母親だろ?」

ミチルが顔を上げると二人とも笑っている。

「フタリとも…おこらないの?」

「ん?ああ、怒ってる怒ってる」

「うんうん、怒ってるわよもちろん」

そういって顔を見合わせる二人。やはり笑っている。

「ボ、ボクはフタリをだましたんだよ!?」

「そう言われてもなぁ」

「別に僕の髪の毛は黒色です、とか聞いた覚えはないし…」

「目が見えないのかって聞いた時もたしか肯定も否定もしなかったような気がするわねぇ」

「ボ、ボクはにげるときにフタリのセイシンにカンショウしてシコウをにぶくさせたんだよ!」

「へー難しい言葉しってんのね」

「あーそれで妙に家に帰ろうとかいう気持ちが起きなかったんだな」

「ヘ、ヘンだよトオルもフミエも!」

「変か?」

「変かもしれないわねぇ。あなたはどう思います?」

フミエはそうカヲルに問い掛ける。全然見ず知らずの相手だが、不思議とそうすることにためらいはなかった。

「そうだね。僕が言っても信憑性にかけると思うけど…」

ミチルもカヲルに視線を向ける。

「たぶんものすごく変じゃないかな?」

「「やっぱり?」」

その言葉にどっと笑うトオルとフミエ。

「…でもさ」

「…そ」

「「俺(あたし)達は家族だから」」

「!!」

絶句するミチル。

トオルとフミエは優しくミチルを見下ろしている。

「そ、それだってボクが…」

「なぁミチル。最初はともかくとして今もお前は俺達を操ってるのか?」

ぶんぶん、と首をふるミチル。

「ならさ、今のあたしたちは自分の意志で一緒にいるわけじゃない」

「ま、結婚もしてなけりゃ養子縁組もしてないけどな」

「でも、でも」

「いいか?そもそも、俺達は失業中だったんだ」

「ミチルに出会ったおかげでいい再就職先が見つかったわけだし、お礼を言わなきゃいけないわね」

「ボクは、ボクは」

何かを堪えるように言葉を振り絞るミチル。トオルはその前にしゃがみ込む。

「なぁミチル。男ってのは大きくなったら簡単には泣けないもんだ」

「泣いたら格好悪いもんね」

そう言ってフミエもしゃがみ込む。

「だから、小さい時には好きなだけ泣いておいた方が特だぞ?」

「う…う…」

「ほーらお母さんの所においで」

「う…わ…」

「我慢は身体に毒だぞ」

次の瞬間ミチルはフミエの胸の中に飛び込み大声で泣き出した。

 

 

 

とあるビルの最上階にある喫茶店。

窓際の奥まった席のテーブルに二人の男が座り、その一方の男の背後に二人の男が立っている。

テーブルの二人はいくつものビルの合間の隙間を通り教会を直接視認できる位置に座っていた。

「つまりどういうことなんだ?」

眼鏡をかけた男…相田ケンスケは正面に座る男に尋ねた。

「…確かにあの子はアルビノだよ。遺伝子に欠損があるんだろうね。でもそれはもともと欠損のあった遺伝子をベースにしてるんだからむしろ当然の結果だと言えるよ」

温和な顔の男はそう答えた。

「………」

「しかし…」

「…なるほどな。じゃあアルビノはみんな“あれ”かって言われれば、確かにそんな訳はないか」

合点がいったという風に頷くケンスケ。

「そういうこと」

「ですが、確かにあの子には特異な能力があります」

ケンスケの背後から谷口が口を挟んだ。

「髪や肌を染めていた染料自体はごく一般的なものですがそれを固定化させて落ちないようにしているのは彼自身の能力です」

「…谷口さんとおっしゃいましたね」

「はっ!」

男はわずかに視線を動かし谷口を見ただけだが、谷口は思わず背筋を伸ばし姿勢を正す。

「ならお聞きしますが地球上に超能力者と呼ばれる人たちがどのくらいいるかご存知ですか?」

「超能力者…あ…」

「なにも特殊な力を持っているのは“あれ”だけじゃないんですよ」

「なるほど…」

うなずく波佐間。

「まあ元になった遺伝子が“彼”のもので、あの姿ではそういう誤解を受けるのも仕方の無い事なのかもしれませんが…」

温和な顔の男はどこか遠い目で言った。

 

 

<再び教会前>

 

泣いている子供とその両親を残しカヲルはその場を立ち去る。

が、ふと思い出したように足を止めると振り返ってミチルに声をかけた。

「そうそう、忘れないうちに君の名前をもう一度聞かせてくれるかい?僕は物覚えが悪くてね。いつもマナに叱られてばかりさ」

その言葉を聞いてミチルは顔をフミエからはなすと腕でごしごしと顔をこする。そしてカヲルの方を振り向いて口を開く。

「ミチル…ウシオ・ミチル」

そう言った後でトオルとフミエの顔を見るミチル。二人は笑ってうなずく。ミチルは笑顔を浮かべるともう一度カヲルに言った。

「ボクのナマエはウシオミチル」

「そうかい」

カヲルはかすかにうなずくと心底嬉しそうに微笑んだ。

その笑顔はミチルの心から一生消えることが無かった。

 

 

 

 

<喫茶店>

 

「これでおしまいか?」

ケンスケはそう聞いた。

「とりあえずはね」

「そうか…手間を取らせたな」

ケンスケは席を立つと相手にそう告げる。

「お互いさま」

温和な顔の男はわずかに笑みを浮かべる。

「ああ、そうだな。…それじゃ、またな。次はプライベードで飲みに行こう。たまにはお前達も独り者に付き合えよ」

「独り者?」

不思議そうな口調だが顔は笑っている。

「…まったくどいつもこいつもいくぞ波佐間、谷口」

「は」

二人は男の前に立つと姿勢を正し敬礼する。

「「それでは失礼致します、碇司令」」

男…特務機関ネルフ総司令碇シンジは微笑むと席を立ち答礼を返した。

 

 

 

「あれが特務機関ネルフの碇総司令ですか」

「すごい人ですね、噂以上だ」

基地へ帰還中のジープの車中。興奮醒めやらぬと言った様子の二人が言った。

「わかったならたいしたものだが‥あいつはそんなことを言われても喜ばないさ」

「「‥‥‥」」

ケンスケの言葉に口を閉じる二人。

「俺は寝る。基地に着いたら起こしてくれ、以上だ」

しばし無言の二人。

ややあって波佐間が口を開く。

「なぁ」

「なんだ?」

「なんで隊長は戦自にいるんだと思う?隊長の能力なら十分…」

「つてもあるしネルフでもやっていける、か?」

「ああ」

「そうだな。だけど、だからこそ隊長は戦自にいるのかも知れない」

「どういう意味だ?」

「…今度、隊長がいない時にな」

そういって谷口は視線でバックミラーを示す。

「…了解」

うなずくと波佐間も口を閉じる。

バックミラーのケンスケは身じろぎ一つしなかった。

 

 

 

 

 

「ちょっとそこ行く方向音痴」

カヲルは足を止めると大袈裟に肩を落とした。

「もっと他の呼び方はないかい?」

そう言って横を見るカヲル。ブティックのウィンドウにもたれるようにして一人の女性が立っていた。無論、近づく前からそれが誰かカヲルにはわかっていた。

「じゃ、超弩級馬鹿」

容赦なく告げるマナ。

「つくづく君とアスカ君は親友だと実感するね」

「そっちこそもっと他に言うことはないわけ?」

マナの声に剣呑な空気が混じるが、カヲルは意に介さない。

「ちょうどよかった。ちょっと買い物に付き合ってくれないかい?」

「あんたねぇ…ま、いいわ」

そのまま横に並ぶと自然に歩き出す二人。

「ところで何買いに行くの?」

「ぬいぐるみさ」

「ぬいぐるみ!?」

「そうこのくらい大きなぬいぐるみ」

両腕を広げてみせるカヲルを見てため息をつくマナ。

(いつか自分はこの男を完全に理解出来る日が来るのだろうか?)

「…たぶん来ないわね」

ぼそっとつぶやくマナをよそにカヲルは楽しそうに説明を続けている。

「レイ君のお土産に買ってくる約束をしたんだけど、あいにくと海でも山でも売ってなくてね」

「あんた…相変わらず無茶苦茶やってるわね」

マナの口調に呆れたという空気が混じる。

「今の会話でそこまで察してくれるとはさすがだね。…好意に値するよ」

「…あ、そ」

「そうそう忘れる所だった」

不意に立ち止まるカヲル。つられてマナも立ち止まった。

「なに?」

「ただいまマナ」

「………おかえりなさい」

 

 

おわり

 

 

 

 

 
じゃないよ(笑)

 

 

 

「そうそうこっちも忘れないうちに」

カヲルは携帯電話を取り出すと電源を入れた。

「どこにかけるの?」

「ちょっとね」

そう言いながら短縮ダイヤルを押すカヲル。

電話はすぐにつながり相手が出る。

「………」

「ちょっと」

「………」

黙ったままのカヲル。

「無言電話はやめなさいよ!」

「………ありがとう。それじゃまた」

そうとだけ言ってカヲルは電話を切った。

「どこにかけたの?」

「さてね、じゃ行こうか」

「ちょっとカヲル!」

「いやぁ今日は実にいい天気だね。そう思わないかいマナ?」

「そうじゃなくて!」

 

 

 

 

 

 

 

「どういたしまして」

つぶやくとシンジは携帯を切り懐にしまった。

帰宅ラッシュが始まったのか目の前の道を走る車の量が増えてきた。

キッ

シンジの前に見慣れた車が止ま

ウィンドウが開くと運転手が顔を見せ

「ぴったりですねミサトさん」

「でしょ?」

「ええ計算通り30分の遅刻です」

にっこり笑うシンジ。

「シンちゃんのいけずぅ」

とてもネルフの総司令と副司令とは思えない会話に興じている二人をよそに反対側のドアが開くとアイを連れたアスカが姿を見せる。

「サンキュ、ミサト」

「お安い御用よ。じゃまたね」

そう言い残してミサトは走り去った。

車を見送っていたアスカは振り返るとため息をつく。

「…どうでもいいけどコアラじゃないんだからパパの足にしがみつくのはやめなさい」

「う゛ーっ」

ひしっとシンジの右脚にしがみついたアイが不平をもらす。

「じゃ、だっこしてあげるよアイ」

「うん!」

シンジに抱え上げられたアイはすぐにご機嫌になる。

「もう、本当にあなたはアイに甘いんですから…」

「君にそっくりでとっても美人だからね」

しれっと答えるシンジ。

「………」

「どうかした?」

「ママ、顔が真っ赤」

「こほん…それより何食べるアイ?」

ひとつ咳払いして話題を変えるアスカ。

「お子様ランチ!」

はは、アイはいつもそれだね」

「だっておいしいのよね、ヒカリの店のお子様ランチ」

「「ねーっ」」

「はいはい、じゃ行こうかお姫様達」

シンジは右腕でアイを抱え、アスカはあいた左腕に腕をからませる。

ごくごくありふれた親子連れが夕暮れの街を歩いていった。

 

 

 

おわり
 

 

 

 

 

 

チルドレンのお部屋? −???−

 

レイ (きょろきょろ)

レイ 「………」

レイ 「…ふっふっふっ」

レイ 「やったーっ!今度こそチルドレンのお部屋だーっ!!」

レイ 「お姉ちゃんもいないみたいだし、父さん風に言うと

 

 

ゲンドウ『ふっ問題ない』

 

 

って感じ?」

レイ 「思えばつらく長い日々でした(よよよ)。本編の方から出演してるにも関わらずいつまでたってもどれだけたっても出してもらえない日々。こんなに愛らしい私を捕まえてどういうつもりでしょう」

(作者注:チルドレンと書いて適格者と読むんだよ?)

レイ 「うるさいっ!今日はここはあたしが占拠したーっ!!」

勝ち誇る。

 

 

 

30分後

レイ 「誰も来ないね」

ぱりぱりと煎餅をかじる。

 

 

 

 

 

1時間後

レイ 「さすがに間が持たない。やっぱりチルドレンって複数形だもんね…う゛っ」

暇つぶしにしていたトランプ占いでよくない結果が出たらしい。

 

 

 

 

 

 

2時間後

レイ 「だからあたしは一人は苦手なのよーっ!!」

青年の主張風に叫んでみたりする。

 

 

 

 

 

 

 

 

3時間後

レイ 「しくしく、お兄ちゃんお姉ちゃん」

床にのの字を書いているらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

6時間後

カサ

ポケットから折りたたんだ紙が落ちた。

レイ 「うるうるうる…うん?なにこれ?」

紙を広げて読むレイ。

アスカ『レイへ。

    新世界の打ち上げをかねてチルドレンのお部屋の拡大版をやることになったわよ。

    ま、チルドレンにこだわらない座談会ってことだから誰でも出ても構わないの。

    よかったわね、これでやっとあんたも出られるわよ。

    本当は直前まで内緒なんだけど連絡した時にあんたがいなかったら可哀相だしね。

    このメモを入れておいてあげるわ。優しいお姉様に感謝するように。

    ちなみに座談会を始める時間と場所は………』

レイ、腕時計を見る。

汗がたらたら流れる。

レイ 「…こういうとき母さんだったらこう言うのよね」

 

 

リツコ『無様ね』

 

 

レイ 「えーん!!作者めぇ覚えてろーっ!!!」

どきゅーん、と効果音を残して走り去る。

あっという間に見えなくなる。

 

 

 

つづく…のか?
 




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