<???>
(少なくとも物質的現実界の出来事ではないようだね)
カヲルはズボンのポケットに手を入れながらそう考える。
周囲はどこまでも白い空間だけが広がり、自分の姿を映す鏡はない。だが、今のカヲルには自分がどういう姿をしているかわかる。ヒトの身ならぬ能力で。
白い肌、銀色の髪、紅い瞳。
自分の本質そのものの姿だ。
「だからといって身体のサイズまであの頃に戻す事はないさ」
中学生の制服に包まれた己が身体を見てひとりごちる。
「君もそう感じないかい?」
おもむろに振り返るとそう問い掛ける。
その視線の先に鏡に映したような格好で自分が立っていた。
「君は誰だい?」
笑みを浮かべて問い掛けるカヲル。
「僕はカヲル、渚カヲル。マルドゥーク機関の報告書におけるフィフスチルドレン。しくまれた子どもさ」
同じく笑みを浮かべて答えるもう一人のカヲル。
「………」
「そして第十七使徒。最後のシ者さ」
「不思議だね。それは確か僕のことではなかったかな?」
「そうさ。でも、それは正しく、同時に正しくない。なぜなら今の君はヒト、リリンの一人に他ならず、同時にいつでも使徒へと変じることができる」
「もっともその逆は僕の意志では無理だけどね。世の中そうそううまくはいかないってことさ」
「だから僕は君であり君でない」
「ふむ、僕の影のようなものなのかい?」
「そうであり、そうじゃない」
「複雑だね」
「そうだね」
「一体僕たちはどっちがどっちなのだろうね?」
「区別に関してはそうでもないさ。君と僕には違いがある」
「たとえば?」
「僕は霧島マナに何の感情も持っていない」
「!」
シーツを跳ね除けるように上半身だけ飛び起きる。
そのまま荒い息づかいを懸命に整えることに集中する。
ようやく落ち着いたところで渚カヲルは呟いた。
「…夢、なのかい?」
『夢?』
『そう、夢。…あんた見たことないの?』
『………』
「?」
(…リリス?いや、これはいったい…)
動揺という初めての感覚に戸惑うカヲル。
そんな彼をいつもの彼に戻したのは寝ぼけた声だった。
「どうしたの?」
【外伝第七話 ある朝の風景】
<AM 07:05 霧島マナの部屋>
「どうしたの?」
寝ぼけ眼のマナがシーツを体に巻き付けながらゆっくりと身を起こした。まだ半分眠っているらしく目をこすっている。その仕草がどうにも可愛らしい。
ふっとカヲルの顔に微笑が戻った。
「起こしてしまったかい?悪かったね」
爽やかさ全開の笑顔を向けられながらもマナは何一つ感銘を受けた様子はない。せいぜい欠伸を堪えるくらいだ。
「別にいいけど、ふわぁぁ…それで?」
結局、欠伸をもらしたあとでカヲルを促す。
「ちょっと…夢を見てね。気が動転してしまったようだよ」
「へぇ、あんたが慌てるなんて相当な夢だったのね」
「そうだね…生まれて初めての体験だったよ」
(夢を見るなんてね)
最後の言葉は口に出さずに心の中で呟いた。
コポコポコポコポ
マナはワイシャツを一枚羽織っただけでコーヒーを沸かしている。今更気にしたものではないということだろうが、割と、いやかなり、刺激的な情景である。
「コーヒー飲むよね?」
返事はない。
「ちょっと聞こえてる?」
そう言って振り返ったマナの唇がいきなり塞がれた。
「むむむむむむむ」
不意を打たれて赤くなるマナと対照的に涼しい顔をしたカヲル。
「ぷはっ!…ちょ、ちょ、ちょっとあんた!…ってあれ?」
怒鳴ろうとしたマナはカヲルの姿を見てキョトンとした顔になる。
カヲルはすでに身支度を整え終わっていた。
「申し訳ないね。コーヒーは次回にとっておくよ」
そう謝るとカヲルは玄関に向かう。
「あれ?今日、休みでしょ?」
「一応今日はそうなんだけどね」
靴を履いたところで少し考え込むカヲル。
「マナ、一つお願いをしてもいいかな?」
「なに?」
「アスカ君に会ったらこう伝えてくれるかい」
「アスカに?」
「『休みをもらってしばらく旅に出ます。探さないで下さい』」
こともなげに言うとカヲルはドアを開ける。
「うん…え?」
徐々に言葉の意味が頭に浸透する。
「休みをもらって…旅ぃーっ!?」
「じゃ、たのんだよ」
ひらひらと手を振りながらカヲルはドアの向こうに消えようとしている。
「ちょっちょっと待ちなさい!!」
マナは慌てて追いかけようとした。
「その格好で外に出るのはやめてほしいな。マナの美しい脚を鑑賞する権利は僕だけのものにしておきたいからね」
「わったったったった」
マナは慌てて部屋に戻る。
「それじゃまた」
マナが身支度をととのえてドアを開けた時にはもちろんカヲルの姿はどこにもなかった。
<AM08:15 通学路>
彼女に対する周囲の評価は以下のようなものである。
『頭脳明晰』
『スポーツ万能』
『美人』
『スタイルがいい』
『気立てが良く、元気で、かつ優しい』
次にそれらの評価に対する彼女の感想。
「…どこが?」
別に彼女は謙遜している訳ではない。それなりに自分に自信を持っている。だが、しかし、
「頭がいいっていうのは…」
『大学?あんたの年の頃には卒業してたわよ』
『えーと、じゃ最初に卒業した大学から…』
『特許件数?そんなものいちいち数えてないわよ。何千、何万件ってあるんだから…』
『ふっ問題ない』
さもありなん。
「スポーツ万能っていうのは…」
『バレーだろうがバスケットだろうが当然アタシがbPよ』
『反射神経が”少し”いいだけだよ。まぁ筋力も持久力も”人並み”にはあるしね』
『え、スポーツ?そうねぇ、ゲヒルン時代はだいたい一位の商品をかっさらってたけど。もち男女混合でね、その方が商品がいいのよん』
『ふっ問題ない』
さもありなん。
「美人っていうのは…お姉ちゃんでしょ、母さんでしょ、ミサトさんでしょ、マヤさんでしょ、えーとそれから、ヒカリお姉ちゃん、マナお姉ちゃん、マユミお姉ちゃん…」
さもありなん。
「スタイルがいいっていうのは…お姉ちゃんでしょ、ミサトさんでしょ…やめた」
さもありなん。
「気立てがいいっていうのは、ヒカリお姉ちゃんにマヤさんに…」
「元気がいいっていうのは、お姉ちゃんにマナお姉ちゃんに…」
「優しいっていうのは、マユミお姉ちゃんに渚さんに…あとやっぱりお兄ちゃんね」
さもありなん。
超中学級少女、碇レイ。彼女の悩みはつきない。
「それでも劣等感に潰されたりしないのはさすがというかなんというか…」
肩をすくめる長身の親友、名を相馬キョウコと言う。
「なにか言った?」
「別に。レイってたくましいわよねって話」
「それはいえてますね」
うなずくもう一人の親友。こちらは髪を三つ編みにした少女。名を草壁マリナと言う。
余談ではあるが二人ともかなりの変わり者という風評だが、そうでなければレイの親友はやっていられないということだろうか?マリナ嬢の仰せによれば『レイと一緒にいて劣等感を抱かずにいれるやつにしか親友になれないのよ』だそうである。それが証拠にレイは友達はとても多いが親友はこの二人だけだったりする。
「そう?」
それはさておき二人の指摘に疑問を返すレイ。
「その身体のどこに入るのっていうくらい食べるしさ」
「そんなに食べてるかな?」
同年代の友人というカテゴリーを外すとレイにはかなり親しい人物が多い。そして、非常に大食らいな人物もまた多い。
「おまけに全然太りませんしね」
「そう?」
「「そうなの!」」
実際、レイは食べている程には太らない。体質的な物も確かにあるのだろうが、実際はそのカロリーのほとんどを運動エネルギーとして消費しているからであろう。健康とはかくあるべし。
「まぁまぁそれよりさ………あれ?」
話題を変えようとしてふと立ち止まるレイ。
「ん?どうしたのレイ」
「えーと、ちょっとまってて!」
「え?ちょ、ちょっとレイ!そっちは!!」
言うが早いがレイは駆け出した。それはもはや陸上選手のスタートに近い。瞬時にトップスピードに乗ると、ガードレールをハードル走のように奇麗なフォームで飛び越える。あっという間に車道を横切ると反対側のガードレールを飛び越える。
「ありゃりゃ相変わらずあの子は」
「まったく鉄砲玉ですね」
両手を上に向けて肩をすくめる親友二人。この程度で驚いていては碇レイの親友はつとまらない。
(?)
感覚を刺激する気配にカヲルは振り返った。その視界にまっすぐ突っ込んでくる女子中学生の姿が入った。
(リリス………違う。碇レイか)
ズシャシャシャシャ!
路面に煙をあげてブレーキをかけるレイ。ちなみにリツコが余暇に作った彼女のスニーカーはこの程度ではびくともしない。無論、鍛え上げたレイの身体は言うに及ばず。
「はぁはぁはぁ」
それでもさすがに荒い息を吐くレイ。カヲルはかまわず爽やかにあいさつした。
「やぁ朝から元気だね、レイ君」
「な、渚さんこそ…」
「酸素を吸入したほうがいいね。はい吸って」
「すぅぅぅ」
「吐いて」
「はぁぁぁぁ」
「落ち着いたかい?」
「ふぅ…はい。
それにしてもこんな所でこんな時間に会うなんて珍しいですね」
そう言いつつ鞄を後ろ手に両手で持つと、小首をかしげるような仕種で上目遣いにカヲルを仰ぎ見た。犯罪的に可愛いその姿は、残念なことにシンジやカヲルなどその手のことに関心のない人物にしか向けられない。
「朝起きたらなんとなく旅に出たくなってね。ちょっとしばらく休みをもらって旅行でもしようかと思いたったところさ」
「わぁいいですね。どこに行くんです?」
「さぁ気の向くまま風の吹くままといったところかな」
「はは、渚さんらしいです」
「そうかい?」
「ええ」
「お土産を買ってくるよ。なにか希望はあるかい?」
「おっきなぬいぐるみ!!」
とたんに元気百倍、天下無敵の笑顔で言うレイ
「ぬ、ぬいぐるみかい?」
「えぇ抱きかかえられないくらいおっきいの!これっくらいのがいいです!」
両手を広げて大きさを示すレイ。
「ぜ、善処してみるよ」
その言葉を聞いて更に嬉しそうな顔をするレイ。
彼女にとって渚カヲルという男性は父と兄に次ぐ位置を占めている。惜しむらくは3人とも売約済みということだろう。
「お〜い、レ〜イ」
「置いていきますよ!」
反対側から手を振る友人達。
「あ、いっけない遅刻しちゃうや。それじゃ!」
手を挙げるとレイは再び駆け出す。無論、来たときと同じルートを通って。
第十使徒を迎え撃つ初号機のようなその雄姿を見送りながらカヲルは声を返した。
「ああ、気をつけて」
(本当に好意に値するね、君は)
「ねぇレイ。今の人だれ?」
「お兄ちゃんの友達」
「近年まれにみる美男子でしたね」
「…そっかな?」
「…あんた美的感覚がいかれてんじゃないの?」
「それは違うわキョウコ。この子はお兄さん以外の男は目に入らないんです」
「なによそれ!」
「事実でしょうが」
「でも、レイのお兄さんは確かに美男子ですね」
「「うんうん」」
<AM10:00 ネルフ本部作戦課第一会議室>
青い瞳の作戦本部長が第一声を発した。
「それであの“馬鹿”はどこ?」
怒気を隠そうともしていない。
「霧島三尉宅でロストした後、0815に碇レイ専属の保安部要員が視認。追跡に移りましたが同0821再びロスト。以後、第三新東京市内において所在は確認できず」
「相変わらずうちの保安部は能無しね」
「………周囲50kmに範囲を広げて捜索中ですが、依然としていかなる痕跡も発見できておりません」
「ますます能無しね」
怒り心頭の作戦部長に報告者はびくびくと震えている。自分には何の責任も無いのだから平気な顔をしていればいいのだが、わざわざ反応する彼の名は瀬名ワタルという。ちなみに階級は三尉。
(あぁ、やっぱ俺仕事まちがったかなぁ)
とほほ、と心で泣く瀬名。
エリート中のエリートの部署、(人妻とはいえ)若くて美人の上司の下についた時はこの世の春かと思ったが、世の中そうそう甘くはないようだ。
「まぁそう怒るなよアスカ。それだけ彼の手際が見事だったということさ。作戦部としては喜ぶべきじゃないか?」
落ち着いた声が投げかけられた。
「なんで日向さんはそう落ち着いていられるわけ!?」
「だって俺まで怒っていたら収拾がつかないだろ?」
アスカの怒声にも軽く肩をすくめただけで答えを返す。
(あぁ、先輩。その境地にはどうやったらたどりつけるんすか?)
感動者の瀬名であった。
ふぅと一息つくアスカ。
それを見るとほっとし、同時に日向一尉の重要さを再認識する一同。
日向マコト一尉。永遠の作戦部長補佐。
本来はもっと上の階級のはずの彼が一尉でとどまっているのは作戦部長が三佐であるからに他ならない。もっとも特別手当はしっかりついているので本人はあまり気にしていないらしい。ちなみに40代を手前にしていまだ独身である。
「シゲルのところはなにやら別件で立て込んでいるようだしこれはなす術なしかな」
「…情報部が?」
「あぁ少しきな臭いらしい。渚君の件は渚君の件で放っておく訳にはいかないが、これは保安部の仕事だ。とりあえずこちらはいつでも行動できるよう万全の体制を整えておくというところでどうだい?」
「………」
「保安部もそんなに無能じゃないさ」
「…ふぅ。ま、しかたないわね。差し迫って出撃があるわけでもないし、とりあえず騒ぐのはよしましょう。それにあいつは誰かに黙って連れて行かれたりするようなタマじゃないものね。ひとまず副司令に報告してくるわ。日向さん、あとお願いね」
「了解」
プシューッ
作戦部長が出て行き扉が閉じるとほっと息をつく一同。普段の彼女は実に付き合いやすい上司であるのだが怒ると手がつけられないのだ。
軽く周囲を見回すと日向が再び口を開く。
「みんな、聞いての通りだ。さしあたり鈴原君を呼んで状況を説明する。彼まで旅に出られても困るしな。その後は所在を定期的に報告させるとしよう。瀬名、手配を頼む」
「あ、はい直ちに!!」
瀬名は慌てて端末に向かうとトウジに連絡をつけている。別に発令所に戻ってから連絡をつけても構わないのに。この辺りが瀬名のいいところであり、悪いところだ。
微笑む日向。まだ瀬名にはわからないだろう。アスカが怒っているように見えるのは友人としてのカヲルを心配する気持ちのあらわれだということが。
(…ま、いずれわかるさ。ここはそういう場所だからな)
日向は自分のファイルを取ると発令所を出ていく。自分の親友の職場で情報を仕入れるために。
NEON WORLD EVANGELION
Side Episode7: Morning Service
<AM10:10 ネルフ本部総司令執務室>
「…ってわけよ」
「ふーん」
ズズズズズズ
玉露を味わう美女二人。10年以上前には怪しい男達が暗がりで密談するだけだった場所も変われば変わるものである。
「霧島さんの意見は?」
「マナ?」
「そう」
電話で話したときの内容を思い出すアスカ。
「『あのばかぁ!!』とか言ってたわよ」
「ぷっ」
思わず吹き出すミサト。
「なによ?」
「つくづくあんたたちって親友よねぇ」
ミサトの言葉の裏を読みとって顔をしかめるアスカ。
「…うちの旦那はいきなり姿を消したりしないわよ」
「アスカが来る前に家出したことあったわよ」
「…ミサトとの同居に耐えられなかったのね」
「じゃあ、司令が娘さんをつれて実家に帰るのも時間の問題ね」
「………」
「………」
不毛な言葉の応酬の空しさに気付いたのかしばし無言で湯飲みを傾ける二人。
茶菓子を食べ終わるとアスカが再び口を開く。
「で、その司令には?」
「今は空の人よ。それに心配事を増やすこともないでしょ」
「とりあえずはミサトどまりということね」
「別にまだなにかおこったわけでもないわ。さしあたって各地の紛争も落ち着いている時にわざわざ騒ぐこともないっしょ」
「あっそ」
「ところがそれがそうでもないんだな、と」
男はそうつぶやくと後ろを振り返る。
「………」
後部座席の人物は沈黙したままだった。
<AM00:02 戦略自衛隊入間基地某所>
薄暗い部屋に入り、ドアを閉めると軍服姿の男が三人同時に敬礼した。
「相田二尉以下三名出頭しました」
二人を後ろに従えた士官がそう申告する。
デスクに座った年配の人物が顔を上げ、眼鏡をかけたその士官に告げた。
「一つ訂正しておこう相田一尉。君の階級は一尉だ。襟章も直しておきたまえ」
「そうだったか?」
ケンスケは後ろの二人を振り返って尋ねた。
「えーと隊長は二月前に二尉に降格されましたよね」
「そういえば先月に一尉に昇進しただろう?」
「でも、確かそのあとまた二尉に」
「隊長も人が悪いからな」
「まったくまったく」
「お前達…人の事が言えるのか?」
コホン
デスクの男の咳払いで姿勢を正す三人。
「先日の任務での功績により君は一尉に昇進した。辞令が出ているはずだが?」
「申し訳ありません。生憎と辞令は多々頂いておりますのでどれが最終のものか日付を確認してみませんと」
「やれやれ」
男は手元のファイルを開いた。
「…一尉になってからの降格処分が26回。それで今再び一尉ということは昇進に値する功績も26件ということだな」
「戦自も人手不足ということですか」
「…世も末ですね」
「…だから我々が忙しい」
「お前達はだまってろ」
「「イエッサー」」
言われたとおり口をつぐむと直立不動の姿勢をとる二人。
「最近の主な配属はいわゆる憲兵隊、MP。狙った獲物は逃さない、ついた渾名がティンダロスの猟犬。ところでこのティンダロスというのは何か知っているかね?」
「ただの猟犬じゃありふれているとかで波佐間三尉が発案したと聞いております。波佐間?」
「谷口三尉から借用した20世紀の怪奇小説から引用しました」
「…よろしければ参考文献を」
「遠慮しておこう。続けるぞ。降格の主な理由は上官侮辱、命令拒否ならびに着任拒否。…ずいぶんと好かれているようだな」
「いい上司に恵まれることが多いもので」
「それでもクビにならないのはいろんな部署で弱みを握っているからという噂があるが本当かね」
「さて?」
ケンスケは肩をすくめた。
「…私の弱みがなにか知っていたら教えて欲しいものだな」
「………」
ケンスケはそれには答えない。
「まぁいい。ところでこの着任拒否というのは?」
「データをお持ちのはずですが?」
男の手元のファイルを示すケンスケ。
「一応、拒否した任務の一覧は持っているがね。今一つわからない」
「きっとたいしたことじゃないんですよ」
ケンスケは他人事の様に言った。
「調べられることは調べておかないと気が済まないほうでね」
「実に“ここ”向きの人材だ。適材適所ですね」
「で、本音は?」
一つ咳払いするケンスケ。
(やりにくいおっさんだ)
中途半端なことではかわせそうにない。戦自にも人材はいるということか。
「…つまらない意地ですよ」
「どういうことだね?」
「それらの任務はすべてある地域、更に言うならある組識に関係した任務です」
「?」
「そしてその組識の中枢に私は多数の友人を持っています」
「それで?」
「失敗しても成功してもコネのせい、と思われるのが嫌だっただけです」
再度、資料に目をやる。
「…第三新東京市…ほうネルフか」
「…知ってたか?」
「…いや、だが推測はできる」
ケンスケの背後で囁き合う二人。ちなみに向かって左、中肉中背で人の良さそうな顔をしている青年が波佐間三尉。隣に立った長身の目の鋭い青年が谷口三尉である。見た目はともかく長年ケンスケの部下をやっている…やっていられる二人である性格は推してしるべし。
「だが、今回は曲げて君に頼みたい」
「拒否すればどうなさいます?」
「君がかぶった部下の罪状を再調査するというのはどうだね?」
ケンスケの後ろで二人が身体を緊張させる。ケンスケもわずかに顔をしかめた。
「閣下は小官を暴発させたいのですか?」
「そんな度胸はないよ。だが、この任務は君に頼みたい」
少し考えて口を開くケンスケ。
「…内容は?」
「ある施設の調査だ」
「…それだけですか?」
「調査結果によるが、施設の破壊、目標の追跡。そうなった場合、君の友人達の所につながるかもしれないな」
「…なぜ私に?」
「戦自内部の調査をするにあたって君以上の適任はなかなかいないと思うがね」
「…要員は?」
「君と君の部下、それに陸戦隊を一個中隊つけよう」
今度は長く考え込むケンスケ。
ややあって背後を振り返る。
「波佐間、谷口、お前達の意見は?」
「そりゃ無益な質問ですよ隊長」
「なぜ追うか?そこに獲物がいるから」
「…お前らって」
「では、よいかな?」
カツン
ケンスケは踵を合わせて敬礼する。
「相田一尉以下三名、ただいまより特別任務にかかります」
<AM08:00 日本海沿岸某所>
汐(うしお)トオルはコックである。正確にはコック見習いである。より正確にはコック見習いであった。彼を雇ってくれていた食堂の主人が交通事故で死ぬまでは。
『トオルさんさえよかったら…』
とおかみさんは言ってくれたけれども、半人前の自分が店を預かるのは死んだご主人に対して失礼である。そう言ってトオルは職を失った。
特需が相次いで景気はよくなったといっても職を探すのはやはり難しい。
「どぅすっかなぁ…」
「なに不景気な顔して不景気なこと言ってるの?」
「泉…」
彼の元同僚という立場の…泉フミエが缶コーヒーを持って立っていた。
(じゃあ今はどういう関係なのだろうか?)
トオルはたまにそう思うことがある。
「だって不景気なんだから仕方ないだろう?」
「あーやだやだ」
フミエもトオルと一緒に職を失った身だ。もっともフリーター生活が長かったせいか、トオルと違ってさばさばしている。
『落ち込んでないで遊べるうちに遊んじゃおう!』
そういってトオルを連れ出したのもフミエである。わざわざ夜明け前にやってきて日の出を見るあたり大したものだとは思う。
「せっかく海に来たのにそれじゃあねぇ」
「海かぁ…広いなぁ」
「なによそれ?」
「そう思ったんだからいいだろ?」
そう言ってトオルは再び海を眺める。
「ふぅーん。まぁ広いのは確かよねぇ」
そのままトオルが海に向かって叫んだり、それをフミエが馬鹿にしたりして二人は過ごした。
それなりに気分が回復したらしいトオルは、
「昼飯でもおごるよ」
と告げる。
「おーおーその感謝の心が大事だぞ、トオル君」
「へいへい」
ザザザザザ
「「うん?」」
場所は浜辺からだいぶ離れた林というか森、それもどうやらかなりの急斜面だったらしい。
たまたまそのそばの遊歩道を歩いて戻っていた二人の前に何かが転がり出た。
「なんだ?」
「なにって…ちょっと!?」
慌てて駆け寄るフミエ。その物体を見たトオルも慌てて続く。
「なんだこりゃ?」
「なにって…子供に決まってんでしょ!!」
二人の前に転がり出たのは5、6歳位の子供だった。病人が着るような貫頭衣を着ているもののその他は…
「あら…可愛い」
「どこを見てるんだどこを」
「こほん…男の子みたいね」
「猫や犬じゃないんだから…それにしても」
頭でも打ったのか気を失っているらしい男の子を観察するトオル。森の中を走ってきたのか貫頭衣はぼろぼろであちこち裂けている。腕もひっかき傷だらけで、裸足の足に至っては見るに絶えない。
「肌が結構白いわね、白人かしら?」
「髪も眉毛も黒いぞ?」
どうでもいいことを確認する辺り結構二人も気が動転しているらしい。
「えーと息は荒いが別に死にそうって風でもないな」
「この辺の子かしら?」
「病院に入院している患者かなにかじゃないか、この近くに病院ってあったっけ?」
「知らないわよそんなの…ま、あったらその辺に見える…なにあれ?」
周りを見回していたフミエの視線が止まる。
森の向こう、小高い山の方からなにやら煙が立ち昇っている。どことなく火も燃えているような…
「病院が火事になって逃げてきたとか?」
「うーん」
知らないふりをして逃げるという手もあるが、そこまで二人は薄情ではなかった。結局、トオルが自分の荷物をフミエに渡して子供をおんぶして背負った。
「じゃ、とりあえず手近の電話ボックスから救急車を呼ぶってことで」
「いいんじゃない?」
うなずいて歩きだした二人の後ろで再びなにか音がした。
ザザザザザ
「「………」」
顔を見合わせてから振り返る二人。
濃緑色の上下の服を着た男がなにやら長い物を支えに起き上がったところだった。TVや映画など各種メディアに各種情報が溢れかえる今日、二人はそれが俗にライフルというもっぱら人間を殺傷するための道具だということを知っていた。
「待てお前達!」
素直に従った方が利口であったかはどうかは別として、二人はパニックに陥った人間らしくしごく当然な手段に訴えた。
つまり、後ろを向くととっとと走って逃げ出したのである。
「◎△□×!!」
なにやら背後から声が聞こえるが耳に入らない。
「な、なんなのよなんなのよ!」
「俺が知るか!!」
背後から爆竹を鳴らしたような音がした。
二人の間の空間をなにかが飛んでいく。次の瞬間、トオルの頬が小さく裂けて血が飛び散る。
「痛ぇ!!」
それでもめげずに全速力で走る辺りなかなか見込みありである。
「くそっ」
男は舌打ちするとライフルを下ろした。
子供を撃っても構わないならとっくにあの二人を死体に変えているところなのだが。
ザザ
「!?」
パン
何かが破裂するような音がした。
「追ってこないな?」
「いいことじゃない!」
息せき切って走る二人。
赤い水たまりに足を踏み入れ男の生死を確認する。
「…」
かすかにうなずく。
それを見た別の男がレシーバーに話しかけた。
「こちらハウンド3。ポイントD−5にて狐を一頭射殺。ただし、シルバーフォックスの行方は不明。以降の指示を願います」
坂道を駆け昇って、来るときに使った道路までたどりつくと二人は路面に突っ伏した。
「はぁはぁはぁはぁ走ったぁ…」
「はぁはぁこんなに走ったのは久しぶりだ…」
「同感…」
しばらくそのままで呼吸を整える。
「とりあえず追ってこないわね」
「なんだったんだろうな」
「ちょっとあんた血出てるじゃない」
「たいしたことないよ」
「そういうことじゃないでしょ!」
ハンカチを取り出すとフミエはトオルの顔に手を伸ばす。
「あ」
「なに?」
トオルの視線を追いかけてフミエは子供に視線を向ける。
「う…」
「目が覚めた?」
「そうみたいだな…おい、しっかりしろ」
ゆさゆさと子供を揺さぶるトオル。
「あ…」
意識が戻ったのか子供は手を支えに起きあがろうとする。
「まだ無理しない方がいいわよ。頭打ったのかもしれないし」
「…う、あ、ダレ?」
「誰って…え、ちょっと」
上半身を起こした子供はそれでも目を開こうとはしない。
「お前…目が見えないのか?」
子供はしばらく黙っていたが頷いた。
「でも…わかる。こっちにオンナのヒト。そっちにオトコのヒト」
そう言って子供はトオルとフミエを指さした。
「ふーん」
「はぁ」
子供はわずかに首をかしげる。
「あなたたち…テキじゃないの?」
「敵?」
「ボクのテキじゃない。そんなかんじがする」
「そりゃまぁ、今、会ったばかりで敵もなにもあったもんじゃないからな」
「ちょっともっと言いようがあるでしょ!」
「そんなこと言ったってなぁ…ん?」
子供は口元をほころばせていた。
「やっぱりボクのテキじゃない」
「ふーん。そりゃどうも」
「そんなことより、あんた名前は?」
「な、ま、え?」
「そう名前。あたしはフミエ。こいつはトオル」
「フミエ…トオル…」
「そうだお前の名前は?」
「ミ・チ・ル…」
「ミチル、ね」
「ミチル、か」
久しぶりに帰ってきたチルドレンのお部屋 −深く考えずその7−
トウジ「…なぁ」
アスカ「…何よ」
トウジ「いくらなんでも、もうチルドレンは無理やろ」
レイ 「そう?」
カヲル「すでに一児の親となっている人もいるからね」
レイ 「やったーっ!今度こそあたしの…
ガスッ!!
レイ 「いまのはなに?」
トウジ「なんや鈍い音してへんかったか?」
アスカ「気のせいよ(きっぱり)」『まったくあの子は懲りないわね』
シンジ「まぁ綾波は今でも十分チルドレンで通用するよね」
レイ 「そう?」
トウジ「だいたいなんで今更なんじゃ?」
アスカ「それはもちろんこの外伝が一話では終わらないからよ」
シンジ「今回のお話はもう少し続きます」
カヲル「何人か新キャラクターが出ていたようだね」
アスカ「後、一回でも出番があれば御の字でしょうけどね」
トウジ「そういや、わいもシンジも今回出番無しやったな…な、なんや!?」
トウジに蔑むような視線を向けるレイ、アスカ。
シンジ「はは、まぁわからない人もいるよ」
トウジ「な、なんや!?シンジ出とったんか!?」
カヲル「まあそれは次回のお楽しみということで」
予告
さぁてみんなおひっさしぶり!
ミサトお姉さんの予告よん(はあと)
謎の少年ミチルと出会うことで
なぜか追われることになったトオルとフミエ
ミチルを追う者達の狙いはなんなのか?
三人を第三新東京市に誘う謎の人物
瞳閉ざした少年は一体何者なのであろうか?
次回、新世界エヴァンゲリオン
さぁて次回もサービスサービスぅ!