【新世界エヴァンゲリオン・外伝】

 

 

微かな衝撃。

爆発音。

そして激しい衝撃とそれに伴う揺れ。

今まで話していた隣の男性が倒れるのが見えた。

咄嗟に彼をかばうことが可能な自分の反射神経と運動能力。

それを喜ぶべきか嘆くべきかシンジには判断がつかなかった。

 

 

 

 

 

【外伝第六話 現在(いま)と云う時】

 

 

 

 

 

 

「あんた一体何やってたのよ!?」

聞くや否や電話の相手を怒鳴りつけたのは誰あろう特務機関ネルフ本部副司令葛城ミサトである。

『弁解のしようも無い。まさか白昼堂々と魚雷を撃ち込まれるとはさすがに予想してなかったからな』

らしくないすまなそうな声に、ミサトはなんとか心を落ち着ける。

「それで司令の容体は?」

声のトーンが下がったことと“司令”という呼び方を使ったことからミサトが落ち着いたことを確認した加持は報告を始める。

『傷そのものはかすり傷だ。頭を打ったようだが脳波やその他の点に異常はない。まだ意識は戻らないが後はいたって問題無い』

「さすがは司令ね」

『鍛え方が違うからな。そもそも国務長官をかばったりしなかったら頭を打つようなことにはまずならなかっただろう』

「あらあらまたシンジくんの株が上がるわね」

『この国は割とネルフを嫌っている方だったからな。ありがたいことだ』

「わかったわ。とりあえず大事無いなら司令のことだから予定を続けるでしょう。何か問題が発生したらまた連絡して」

『了解』

「ところであんたが電話してるってことは司令のガードは?」

『そばに腕利きを2、3人つけてはいるが、基本的にあちらさんまかせだ。いや〜気合が入っているぞ、合衆国の面子にかけてもって感じだな。おまけに州兵が辺り一帯を封鎖して警備してる』

「ま、それなら大丈夫か」

『じゃ作戦部長によろしくな、葛城副司令殿』

「へいへい」

 

 

携帯を切ると待っていた士官が声をかける。

「ミスター・イカリの意識が戻られました」

「ありがとう」

この時点で加持はまだ事態の深刻さを知る由も無かった。

加持が考えていたのは、米軍の展開の早さとその必要以上の警備状況の意味だった。

無論、それには理由がある。時はやや遡る。

 

 

 

 

 

「まったく、よりにもよって我が国でとはな」

苦々しげな顔で言ったのはこの大陸での最高権力者たる合衆国大統領である。

「碇司令は軽傷ですが意識を失っているという話です」

「知ったことか!テロに遭うなら他の国で遭え!」

大統領の言い様にさすがに顔をしかめる補佐官。仮にもネルフの総司令は国賓として招いているのだ。それに怪我をした理由は国務長官をかばったためと聞いている。それでなくても碇司令は多くの国家から支持を寄せられて…

ルルルルルル…

ちょうどそこに電話のベルが鳴った。

大統領に促され電話を取る補佐官。

「はい。いえ私は…は?失礼だが…いいかね君……わかった待ちたまえ……閣下、お電話です」

「誰だ?」

「それが名乗りません」

「なんだと?」

「それではつなげないと言ったのですが、『話せばわかる』と、しかもどうやら直通回線のようで…」

つまり相手は大統領へのホットラインを持つ人物となる。

「いいだろう」

大統領は受話器を受け取ると口を開く。

「もしもし、君は一体何者だ?大統領という仕事はそれなりに忙しいのでね、手短に…」

『それは失礼した大統領閣下』

「!?」

「閣下?」

大統領の顔色が急変したのに気付き何事かと気遣う補佐官。

だが、大統領は狼狽した様子で慌てて手を振ると補佐官を室外に追い払った。ドアが閉まるのを確認すると両手で受話器を掴み小声で話す。

「あ、あなたはもしや」

『私の声を覚えていてもらえたとは光栄だな』

「い、碇ゲンドウ!?」

『………ふっ』

大統領は電話回線の向こうで相手がニヤリと笑うのが目に浮かんだ。

 

 

「不甲斐ない息子が面倒をかけているようだな」

『い、いえとんでもない。当方の警備不行き届きが原因です。お詫びの申し上げようもない』

「別に謝罪は必要はない。怪我をしたのは息子の責任だ」

『きょ、恐縮です』

実際に見るまでもなく脂汗を浮かべる大統領の顔が想像出来る。

「だが、息子にもしものことがあれば少々困る」

『い、いえ、ご子息、いえ碇司令は軽傷です。ご心配には…』

「頭を打って意識不明だそうだな、このまま意識が戻らぬという事もあるだろう」

『そ、それは…』

「犯人もまだ正体すら判明していないそうだな、なら息子にとどめを刺しにくることも考えられる」

『………』

「無論、仮にそうなったとしてもそれは息子に運がなかっただけのこと。閣下が気に病むことはない」

『は、はぁ』

「だがその場合は私が一時ネルフの司令代行を務めねばなるまい」

『左様ですか』

「そして、その最初の仕事はネルフに対する脅威の排除となるだろう」

『そ、それはもしや…』

「残念なことだが、貴国にテロリストが存在し、それからネルフを守るためには貴国を滅ぼすしか方法がないとなれば…」

『そ、そのようなことを!』

「…できないなどとは思ってはいまい。息子ならもっと平和的な方法を用いるだろうが生憎、私の方法は異なる。いずれにしろ、そうせずに済む様、貴国の善処を期待させてもらおう」

『お、お待ち下さ…!!』

ガチャリ

 

 

「おじーちゃん!」

「どうしたアイ?」

とててて、と走ってきた孫の呼び声に答えるゲンドウ。場所は碇ゲンドウ宅のリビング。よもやこんな所から合衆国大統領に電話をしていたとは誰も思うまい。

「おほん、よんで!」

そういってアイはあぐらをかいたゲンドウの足の上にちょこんと座る。

「いいだろう。なにを読む?」

「えとね、えとね、どっちにしようかまよってるの」

二冊の絵本を抱えて考え込むアイ。

「ふ、問題ない。両方読んでやろう」

ゲンドウはニヤリと笑った。

 

その頃、半狂乱の大統領はペンタゴンの総司令部とCIAの長官を呼び出し、シンジの徹底的な警護と犯人の確保を最優先で命令していた。

 

 

 

「ようシンジくん、具合はどうだ?」

人払いをしてあるので加持は普段の様に気兼ねなく呼びかけた。

ベッドの主は上半身を起こすと答えた。

「ちょっと頭がズキズキします」

そう言いながら包帯の巻かれた頭を押さえる。

「ま、頭を打ったんだ。その程度ですんで良かったと思うんだな」

「そうですね。そのまま死んじゃったり記憶喪失になるよりはマシです」

「まったくだ」

(…どうやら問題なさそうだな)

「ところで加持さん」

「何だい?」

「さっきから見慣れない兵士の人がたくさん見えるんですけど…」

「ああ、さすがに向こうもプライドがあるからな。念入りに警備してくれてるのさ」

まだ加持は違和感に気づいていなかった。加持もシンジに大事が無くてほっとしているというところがあったのだろう。

「はあ、そうですか」

「とりあえずミサトにはかすり傷だから騒ぐなと連絡しておいた。アスカ達もそう心配して騒ぐこともないだろう」

「…アスカが心配してくれるなら怪我をしてみるのもいいかもしれないですね」

「おいおい、そんなことになったらみんな大童だ」

「冗談ですよ。第一、使徒が来たら困りますしね。まあ僕がいなくてもアスカと綾波なら大丈夫だと思いますけど」

「?」

加持はここで初めて異変に気づいた。

「…使徒?」

「ええ、僕がいないと初号機は動かないから零号機と弐号機だけでしょう?あれ、加持さんどうかしました?」

加持は自分の顔から血の気が引いて青ざめていくのを感じた。

「なんだか顔色がよくないですよ?」

この仕事を始めてからここまで焦るのは初めてかもしれない。

「加持さん?」

まず深呼吸してショックに対応する体勢を整える。

そしてごくりと唾を飲み込み決定的な質問をした。

「…シンジ君、今年は西暦何年か知っているかい?」

「? 何かの冗談ですか?」

「い、いや最近物忘れがひどくてね。念のためさ」

「はぁ」

「それで?」

「もちろん2015年ですよ」

(…世の中には知らない方がいいことがあるんだな)

加持はそんなありふれた感想を思い浮かべることしかできなかった。

 

 

 

 

 

「はい、私です。…あーなんだリョウジか、どっかした?シンジくんの意識が戻ったって知らせならいいわね。アスカを引き止めるの大変だったんだから。まったく作戦部長の自覚がないわね。戦闘機で飛んでこうなんて………どうかしたの?」

加持からの応答が無いのに気付き尋ねるミサト。

『…あーそのシンジくんの意識が戻ったのは本当だ。少々頭が痛いようだがたいしたことはない』

「そりゃなによりね。シンジくんになにかあったら泣く子が星の数ほどいるもの」

『…その、少し問題が発生してな』

「問題?」

『…少しばかり記憶に混乱が見られる』

「事件前後の記憶がないとか?」

『…もうちょっと』

「たとえば日本にいるつもりとか?」

『…まあ間違ってはいないな』

「困ったわね。会談内容を忘れられたりすると面倒なんだけど」

『…その、実はもっと面倒でな』

「…なによその奥歯に物の挟まったような言い方、あんたらしくないわね」

『…わかった。単刀直入に言おう』

「…」

『今のシンジくんに言わせるとお前は29才だそうだ。よかったなぁ“葛城”』

ガチャン

ミサトの手から受話器が落ちた。

 

 

 

「はあ、暇だな」

なんでも頭を打ったから一応精密検査が必要でその準備に時間がかかっているらしい。

しばらく病院の厄介になったことがなかったから退屈だ。

でも、ここの天井ってなんだかいつもの天井と違うな。いつもの天井はもっとなんていうか…まぁいいけど。

加持さんは加持さんで当たり前のことをいくつも質問するし…検査の一環かな?

ミサトさんが29歳でアスカが14歳なんて当たり前すぎると思うけど…

「あの、少し外を歩いてもいいですか?」

加持さんの部下だという人に言ってみた。

「申し訳ありません。もうしばらく我慢して頂けないでしょうか?」

といわれては仕方ない。でも、僕みたいな子供に敬語を使うなんて腰の低い人だな。

…ていうかお医者さんに始まって話す人がみんな敬語を使うんで調子が狂うんだよな。

早く加持さん帰ってきてくれないかな。

 
よくよく考えれば身体は大きくなっているし左手の薬指には指輪がはまっている。そもそも加持とその部下以外の人間とは英語で会話しているのだ。それでも文字通り身体で覚えたせいだろうか?頭と体にとってはごく自然なことらしく鏡がないこともありシンジはいまだに自分の変化に気づいていなかった。

 

 

 

 

 

ミサトはひとまずリツコを呼んで事情を話すことにした。ゲンドウから一足先におおかたのことは聞いていたもののさすがに記憶喪失の報は伝わっていなかったらしい。

「というわけよ。よかったわねリツコ。あんたも30に逆戻りよ」

「いいわけないでしょ。お互い行き遅れに戻っちゃったじゃないの」

ショックはショックなのだが科学者のはしくれだけあって事実を受け止めるのが早いリツコ。

「ひとまず対応策を協議したいの。とりあえず今日中に記憶が戻らないようなら外遊は中止ね」

「その程度じゃすまないわ。現在のネルフはシンジくんを中心に回ってるんだから」

「そうはいっても14歳の男の子に総司令は勤まらないわよ」

「そういえばアスカは?」

「ははは、さすがに言い出せなくて」

「ショックでしょうね」

 

 

 

 

「…今、なんて言ったの?」

アスカがそう聞き返したのはミサトの発言からきっかり30秒後のことだった。

「シンジ君が記憶喪失になったわ。ざっと15年分」

「残念ねアスカ。独身に逆戻りよ、もっとも14歳じゃ結婚は無理だけど」

「あらミサト。子供がいる以上は責任をとってもらわないと」

どうでもいい会話を続ける二人に憤りを感じるアスカ。

「…あんたたち」

拳がぷるぷると震えている。

「…慌てても仕方が無いわ」

「…私達は一足先にショックを受けて慌てふためいておいたから。アスカも今のうちにすませておかないと尾を引くわよ」

「そんなの無理に決まってんでしょ!どうしろってのよ!?シンジの前に行って『あなたの妻』ですって自己紹介でもしろっての!?」

「そうよ」

「え?」

あっさり答えるミサトに戸惑うアスカ。

「シンジくんの立場を考えれば時間がないわ」

「可能な限り速やかに記憶を取り戻してもらう必要があります。さしあたってはショック療法を採用するわ。14歳の頃とは容貌が違っていても、シンジくんの心の中で重要な位置を占めている人物と顔を合わせれば、ショックで記憶が戻る可能性があります」

「ちょっと非科学的だけどね」

「あらそうでもないわよミサト。そういう症例は割と多いんだから」

「なるほどアタシはうってつけということね。ま、望むところだわ。シンジの分際でアタシのことを忘れようだなんて46億年早い!」

「そうそう。久しぶりねそういう素直じゃない言い方」

「…あのね」

「別にアスカのことを忘れたりはしてないわよ」

「でもスタイルも抜群だし奇麗になったし、今のシンちゃんには刺激が強すぎるかも」

「それも手ね。アスカ、この際二人目を作ったら?今度は男の子がいいわね」

「そういうリツコたちは行かないの?」

「正気を保てる自信がないわ」

「そうね、最悪シンちゃんを絞め殺しちゃうかも」

「どういうこと?」

「「“老けましたね”って言われるのが怖いのよ!」」

それから数分間アスカは今の状況を忘れて笑い転げた。

(…さすがミサトね。作戦は大成功だわ、これでアスカは大丈夫よ)

(…ちょっと身を切る思いだったけどね)

(…事実よ、受け止めましょう)

(…あんたおばあちゃんになってから一段と冷静になったわね)

(…ほっといて)

顔で笑って心で泣く二人。

「と、とりあえずレイも連れてくけどいい?」

どうにか笑いの発作から立ち直ったアスカがそう言った。

「レイを?アルビノじゃないことをのぞけば容貌はそのままでしょ」

「そうね。性格のギャップはあるけど…」

「それもあるけど最終兵器としてアイを連れて行きたいから面倒を見てもらえないかと思って」

「そういうことなら構わないわ。レイも行きたがるでしょうしね」

「でも、そうなるとちょっち腕利きの護衛をつけたほうがいいわね…ああ、適任がいるわ」

なにやら閃いたミサトは受話器をとるとどこかに電話をかける。

「あ、私だけど…」

それからシンジの症状を事細かに説明して相手の返事を聞くと電話を切った。

「ぜひ連れてってくれってさ」

「誰に電話したの?」

「もち、強力な護衛よ」

 

 

 

 

 

 

 

『ああシンジ君。よもや僕のことを忘れたりしてはいないだろうね』

「潔く覚悟を決めれば?ま、アンタのことなんか忘れた方が身のためよ」

『それはひどいよアスカ君。僕はシンジ君のためにこの世に存在しているんだから』

「あんまり戯言ばかり言ってると帰還命令を出すわよ」

『いくら君といえども僕がシンジ君に会うことは止められないよ』

「…マナに言ってやろ。渚がシンジのため“だけ”にこの世に存在するって言ってたってね」

『仕方ない墓場の沈黙を守るとするよ』

通信が途絶える。

「あいかわらず馬鹿ね」

「…渚さんって本当に変わってますね」

「レイ。はっきり変人って言ってやった方があいつのためよ」

「あはははは」

軌道シャトルの窓からは白い翼しか見えない。

だが、そこには地球上でもっとも強力な生物が飛んでいるのだ。

ミサトが護衛につけたのはカヲルだった。

『ま、インパクトって意味じゃ彼も相当なもんだからね』

そうミサトはのたまった。

 

 

「ねぇお姉ちゃん」

「ん?」

「お兄ちゃん、あたしやアイのこと忘れちゃってるのかな?」

「そうね。あんたは覚悟しておいた方がいいわよ。シンジのことだから“綾波!?”とか言うわよ、絶対」

「綾波さん…あ、なるほど。お兄ちゃんは今14歳だから…」

「でもアイのことを忘れたりしてたらおしおきね」

「お、おしおき…」

「もっともアイの方がショックを受けるようじゃ困るからとりあえずアイは最後の手段よ。それまではシンジに会わせないようにするわ。お願いねレイ」

「うん、わかった」

二人の間ではアイがすやすやと寝息を立てていた。

 

 

 

 

 

 

NEON WORLD EVANGELION

 Side Episode6: MEMORY 

 

 

 

 

 

 

「とりあえずショックは大きけりゃ大きいほどいいってリっちゃんが言うからアスカ達のことは伏せといた。とりあえず今の所は自分が29でネルフの総司令だってギャップに苦しんでるよ。それはそれとして…いいのか?」

窓の方を見て尋ねる加持。

「ミサトがそうしろって」

「なら俺が口出しすることじゃないが…」

窓の外に異様な物体が鎮座していた。病院の駐車場に駐留していた戦車や装甲車に場所をあけさせてなんとかスペースを確保した空き地にエヴァンゲリオン八号機がその体を休めてるのである。映像で見たことはあっても実物を、しかもこんな間近で見たことは無いため警備の兵士達も動揺を隠せない様子である。間もなくネルフ第一支部からも部隊が到着してエヴァの点検を開始するはずだ。ちなみにシャトルが空港に着いた後アスカ達はヘリで病院に向かったのだがそのあいだも八号機がそばを飛んでいたため市内は今頃大騒ぎだろう。現在パイロットであるカヲルはLCLを落とすためシャワー室に行っている。

「それはそれとしてなんだか嬉しそうだなアスカ?てっきり落ち込んでるかと思ったが」

「別に記憶が戻らないって決まったわけじゃないし、日本で目一杯落ち込んでおいたし。だいたいアタシが暗いとシンジも悲しむしね。それになによりシンジの頭の中は今14歳なんでしょ?」

「ああ」

「うふふふふふふふ」

意味ありげに笑うアスカ。

「…もしやアスカ」

「そうよ。あいつが帰国してから10数年、なにをどうやっても勝てなかったけど今ならアタシのやりたい放題よ!」

「喜んでたくせに」

「そ、それはいいの!この際、シンジを教育し直すいいチャンスだわ!」

時差ボケなどなんのその、今にも高笑いしそうなアスカを見やる二人。

「お姉ちゃん、ものすごく楽しそう」

「気になる子ほどついついいじめるっていうだろ?14歳の頃のアスカはその典型だったんだ。その頃から恋愛感情があったのかどうかは定かじゃないが、まぁ見るからにもう素直じゃないなって感じでね。気づいてなかったのは本人とシンジくんくらいのものだ」

「なるほど」

「二人とも何か言った?」

「「いいや(え)、何にも」」

 

 

 

厳戒態勢の敷かれたシンジの病室の前。

アスカは腰に手を起き心持ち上を向く。

「よしっ…じゃ、とりあえずアタシから行くわね。加持さんアイをお願いね」

「ああ任せとけ」

「アイ、加持さんの言うことを聞いていい子でいるのよ?」

「はーい。よくわかんないけどがんばってママ」

「お姉ちゃんファイト!」

「まっかせなさい…行くわよアスカ」

 

 

 

(…これは夢なんだろうか)

そう思ってほっぺたをつねったら痛かった。

(…夢じゃない)

どこかに行っていた加持さんはしばらくして戻ってきたけどその後がすごかった。

(…僕は29歳。そういえばなんだか体つきが違う)

そういうレベルか?

(…使徒との戦いは終わった。よかったもう戦わなくてもいいんだ)

まあ確かに使徒とは戦わなくていい。

(…ネルフの総司令。誰が?)

「君だよシンジくん。お父さんの後を継いで今は君が総司令だ」

(…信じられない)

「ミサトは副司令だからな、日本で留守番中だ」

(…ミサトって呼んでる。よかった二人とも結婚したんだ)

それで気になっていたことを尋ねてみる。

「あの、僕指輪してるんですけどもしかして…」

そこで加持さんはにやりと笑った。

「それは秘密だ」

 

 

トントン

ドアがノックされた音で我に帰る。いつもなら護衛の人が応対してくれるんだけど今はいないみたいだ。

「はい」

「…シンジ?」

「その声…アスカ?」

「う、うん」

「わざわざアメリカまでお見舞いに来てくれたの?」

「ま、まあね」

(…アスカがそんなに心配してくれるなんて怪我の功名って奴かな)

「あ、ありがとう。と、とりあえず入ったら?」

「あ、あのシンジ」

「なに?」

「その、記憶が無いってほんと?」

「うん。知らない間に15も年とっちゃったみたいだね。しかもネルフの総司令だなんてなんだか冗談みたいで…」

「…」

「アスカ?」

「入るわよ」

「ど、どうぞ」

(…あ、そういえばアスカも29さ…)

 

 

「シンジ!!」

それはすさまじいインパクトをもって僕に襲い掛かった。

ベッドに叩き付けられ顔が押しつぶされ…ない?あれ。

なんだか息苦しいけど…気持ちいいというかなんというかこの柔らかい感触は…そのもしかして…

「うわぁぁぁぁぁーっ!!」

 

 

「あれ?」

きょとんとするアスカ。今の今まで真下にいたシンジが居ない。見るとベッドから降りて跪き壁に手を当てて息を整えている。

(…なるほど体は覚えているってわけね)

今更ながらにシンジの非常識な身のこなしを思い知るアスカ。

(…なら)

アスカは戦術を変更する。

「シ〜ン〜ジ」

シンジに背中から抱き着く。

「わあ!」

「どうしたのシンジ息が荒いわよ?」

「そ、そのアスカ、む、む」

「胸がどうかした?」

(…なるほどミサトがおもしろがってたわけね〜)

狼狽するシンジを見て納得するアスカ。

「ほ、本当にアスカ?」

「当たり前じゃない。こんな美女が世界中のどこにいるってのよ」

そう言われて振り返るシンジ。

確かにアスカなのだが遙かに輝きを増した美貌に一瞬息を忘れる。

「と、とにかくちょっと離れてくれない?」

「どうして?アタシたちは死ぬのも生きるのも一緒って誓ったじゃない」

「え、え?」

「ほら」

シンジの左手を持ち上げて自分の左手を沿える。

薬指に指輪が光る。無論、二人ともだ。

「あ、あ、あのアスカさん?」

「なんでしょうシンジさん?」

「も、も、も、もしかして?」

「なーに?あ、アンタひょっとしてアタシの名前まで忘れたんじゃないでしょうね?」

「そ、惣流アスカラングレーだろ?」

「アンタ馬鹿?それは10年くらい前までの話でしょ」

「じゃ、じゃあ今は?」

「もっちろん、碇アスカラングレーよ」

くらっ

「あれ、ちょっとシンジ?ねぇシンジ!?」

アスカはシンジを揺さぶるが意識が戻る気配はない。

「もう!ここからが面白いところだったのに」

「よほどショックだったんだなアスカと結婚したってのが」

いつのまにか入ってきた加持が言った。

「美しいことって罪よね」

そういいながらアスカはシンジをベッドに寝かし直すとシーツをかけてシンジの髪を整えている。

(こういう所は立派に奥さんなんだけどなぁ)

加持はそう思いつつも別の言葉を発した。

「ま、そういうことにしとこうか」

 

 

(ああ、目が覚める)

「…ん」

(…もうちょっと寝ていたかったな)

(アスカに迫られてしかも結婚してるなんていい夢だったのに…)

「…ん起きた?」

(…この声…綾波?そうかまた使徒にやられたかどうかして病院に、それでいつものように綾波が…)

(…どうせなら戦いが終わったっていうのが正夢だったらいいのに…)

「うん、今起きるよあやな……みぃ!?」

綾波は見慣れた制服でなく私服姿だった。いや、それはそれでよく似合っていて可愛いのだけれども、髪も目も黒くてなんだか肌の血色もいいような…

そして綾波はこう言った。

「おはよう“お兄ちゃん”」

くらっ

 

「結構インパクトがあったようだな」

「その前にレイが年を取ってないってことに気づきなさいよね」

「お兄ちゃん?お兄ちゃん!?」

ゆさゆさとシンジを揺さぶるレイ。

「やめときなさいレイ。逆効果よ」

 

 

 

「大丈夫かいシンジ君?」

だれか男の人の声がする。加持さんじゃないみたいだけど…

「ええなんとか…それにしてもすごい夢だったなぁ」

目を開けるとゆっくり体を起こし頭を振る。

「どんな夢だったんだい?よかったら聞かせてくれないかい」

「アスカが僕と結婚してたり、綾波が僕の妹だったりするんです」

「ふぅんそれは大変だねぇ。でも、それは悪夢と言うよりは幸せな夢というべきだろうね」

「はは、本当だったら幸せですけど…?」

そこで僕は気づいた。

「どうかしたのかいシンジ君?」

気持ちのいい笑みを浮かべた男の人が立っていた。加地さんとは違うタイプだけど…なんだかとってもいい人って感じがする。20代後半くらいかな?

「あの…あれプラグスーツ?」

「ああ備えあれば憂いなしというからね。ま、念のためさ」

(…ひょっとしてエヴァのパイロットなんだろうか?ということは新しい仲間か…)

相変わらずシンジは14歳の頭で考えていた。

「き、君もエヴァのパイロットなの?」

そこで少し男の笑顔が引きつった。

「…わかっていても耐えなくてはならないのかい…ヒトの歴史は悲しみにつづられているね」

なにやら大袈裟に嘆いている。再度、話し掛けるのにシンジは多少の勇気を必要とした。

「あ、あの…」

その声に視線を戻す男…無論おわかりとは思うが渚カヲルである。

「シンジ君。この質問をするのは僕にとって非常に勇気を必要とする。けれども、僕はどうしてもそうしなければならないのさ。生と死は等価値だからね」

やや錯乱気味のカヲル。

「は、はあ」

「さあ答えてくれシンジ君!僕の名前は!?」

「………」

「………」

「………」

「………」

「…あの、どこかでお会いしましたっけ?」

くらっ

「だ、大丈夫ですか!?」

 

 

 

「ふ、ふふ、悲哀に値するよ、悲しいってことさ。リリンとはつらく悲しい生き物だね」

廊下のベンチでバックに縦線を背負って座っているカヲル。

「あの…なにかぶつぶつ言ってますけど」

「ほっときなさい」

「どうやら彼との記憶はきれいに心の整理がついたということか」

「よかったわね〜あんたの努力の賜物よ」

そうアスカが声をかけるが聞こえていないらしい。

「ふ、ふふ、ふふふふふ」

さすがに加持も気になる。

「…大丈夫かな?」

「シンジに魚雷をくらわした奴等の居場所がわかったら教えてやって。暴れまわったら落ち着くでしょ」

「別にシンジくんが直接魚雷を受けたわけじゃないが…」

(まぁそうしたらさすがのシンジくんも死ぬだろうな)

「いいのよ。さぁて、もう一回アタシがいくわよ」

「お姉ちゃんすごく楽しそう」

「そりゃそうだろうな。いつものシンジ君なら軽くあしらわれているところだから」

意気揚々と病室に入っていくアスカを見送る二人。

 

 

「シンジ、大丈夫?」

遠くからアスカの声が聞こえた。

「あ、アスカ?」

「そうよ」

その返事は思ったよりも近い。

「夢を見たんだ。綾波が妹だったりそれから…」

「それから?」

なんとなく更に近づいた気がする。

「アスカが僕の奥さんだったり…勝手な夢だね、ごめん」

「いいのよシンジ」

気のせいか息がかかったような気も…

「いいって…アスカ?」

「だってそうじゃなきゃ膝枕なんて恥ずかしくてできないじゃない」

「!?」

瞬時に覚醒するシンジ。

目を開けるとアスカの顔が視界いっぱいにあった。

そして頭の下にはなにやら柔らかい感触が…

「うわぁぁぁぁぁぁーっ!!」

 

 

「…何も逃げなくてもいいんじゃない?」

アスカの声に剣呑な調子が加わる。

瞬時にベッドから飛び出し壁で背中を隠す体勢をとっているシンジ。

「そ、そんなこといっても…」

「嫌なの?」

上目遣い攻撃

「う」

「そうよね。アタシみたいに乱暴で我が儘な女の膝枕なんて…」

視線をそらすと目元を覆う。

「そっそんなことないよ!」

罪悪感に襲われ、思わず詰め寄るシンジ。

「じゃ、ここね」

笑って膝を指差すアスカ。

(…謀られた)

そのまま為す術もなく膝枕体勢に移行する。

「しかしほんと昔のシンジね〜」

「なんだよそれ」

「ふふふふ」

「そういや使徒は全部倒したって聞いたけど?」

「そうよ」

「じゃアスカはどうしてるの?」

「相変わらずエヴァのパイロットよ。もっとも最近は作戦部長もやってるけど」

「さくせんぶちょう!?」

「ミサトが副司令になったら誰かが後を継がなきゃいけないでしょ?」

「それはそうだけど…15年のギャップはすごいなぁ」

しみじみと思うシンジ。

「そうね。15年っていえば長いわね」

「あ」

「なに?」

「その綾波、年を取ってなかったけど?」

(…この話題は避けた方が良かったかな?)

(…えーとシンジはまだ知らないはずね)

無駄な心配をしているシンジをよそに、話す内容を考えるアスカ。

「…綾波ってファーストの方のレイよね?」

「え?えーと、よ、よくわかんないけどそう。でも髪の色とか目とか…」

「何言ってんの、さっきアンタが見たのは綾波レイじゃないわよ」

「え?」

「あの子は碇レイよ。自分の妹の名前くらい覚えときなさい」

「えええええええええええええーっ!?」

「うるさいわね」

「い、妹って!?だって母さんはえ、えええええ!?」

「はあ…確かに母親は違うけど間違いなくアンタの妹よ」

「母親が違う?」

「そう。アンタのお父さん再婚したのよ」

「ええええええええええーっ!?」

「ま、気持ちはわかるわ」

「だ、だ、だ、だ、誰と!?」

「誰って、リツコに決まってんでしょ」

「えええええええええええーっ!?」

 

 

シンジの叫び声は廊下中に響いていた。

「そんなにショックを受けるようなことなんですか?」

ここって病院なんだけどいいのかな、と小首を傾げつつ尋ねるレイ。

「まぁあの時分の人間にとってはそうかもな。さて…アスカ!」

ドア越しに声を掛ける加持。

「なに加持さん?」

「悪いがそろそろ消灯だそうだ」

「わかったわ、レイお願いね」

「はーい!」

(…確かに綾波があんなに元気に返事はしないよな)

妙に納得するシンジ。そこでふと視線を転じる。

「?」

アスカがバッグを取り出して荷物を整理してる。

そしておもむろに服を脱ぎはじめる。

「ア、アスカぁ!?」

「どうしたの?」

「ど、どうしたのってアスカこそどうする気!?」

「どうする気って…寝るから着替えるだけよ」

「どうしてここで!?」

「ここで寝るからに決まってるじゃない…あれひょっとしてアタシの裸を気にしてるの?」

「は、はだ…」

シンジの顔に赤みが差す。

「今更恥ずかしがることなんてないでしょ。シンジはもうすみからすみまで見てるし」

「す、すみからすみぃ!?」

「当たり前でしょ。シンジはあたしの体を好きに出来るんだから」

「す、す、すきにって!?」

「なんなら実際にやってみる?」

「え、え、遠慮します!」

「ぷっ赤くなって」

「そ、そのアスカ、僕たち…」

赤い顔のまま尋ねるシンジ。

「そうよ。夫婦なんだし当たり前でしょ。だいたい結婚したの高校生の時よ?」

「こ、高校生!?なんでそんなに早く!?」

「なんでって…」

赤くなるアスカ。

(…待てよ)

「うふっ」

「アスカ?」

「高校生のときにね。ちょっと…」

「ちょっと?」

「そうミサトがいない二人っきりの夜に」

「ふ、二人っきりの夜に?」

「嫌がるアタシを無理矢理…」

「む、無理矢理?」

「アタシ痛いって言ったのにシンジがシンジが…」

「………」

シンジの顔から血の気が引いていく。

「でも、いいの。アタシ初めてだったからシンジは男らしく責任をとってくれるって…でももう忘れちゃったのよね。いいわ、そのまま忘れて…」

肩をふるわすアスカ。

シンジは手を伸ばしかけてやめる。

(…俺って最低だ)

(前から思っていたけどここまで最低な奴だとは思わなかった)

とことん自己嫌悪に陥るシンジ。

(でも…せめて責任はとらなきゃ)

なけなしの勇気を総動員して決心を固めるシンジ。

「ア、アスカ。ごめん。謝ってすまされることじゃないけどごめん。僕は覚えてないけどそんなことは関係ない。ちゃんと責任をとるから」

「…責任?」

「そ、そう。僕は最低な奴だけどがんばってアスカを幸せに…ってアスカ?」

アスカは確かになにかをこらえるかのように肩を震わしている。だが手はお腹に当てられている。正しくは腹を抱えるという。

(…謀られた)

「アスカ!!」

「あははははははははははははははははは!!」

「ひどいよアスカ!」

「ごめんごめん!しっかしほんとばか正直ねぇ!」

「もうアスカの言うことは信じない!」

「そんなに怒らないでよ。少なくとも高校生で結婚したってのは本当なんだから」

「じゃ、どうして?」

「う…そ、それは自分で思い出して。それでなくてもプロポーズと結婚式を忘れるなんて最低よ」

何やら赤くなって答えるアスカ。

「わ、わかったよ」

実際は自分からプロポーズしたとは恥ずかしくて言えないというのがアスカの本音である。

「しかしこれだけやっても思い出さないなんて重症ねぇ」

「そう言われても」

「後は最終兵器しかないか」

「さ、最終兵器!?」

「そうよ。覚悟はいい?」

「あ、あんまりよくない」

「却下」

アスカはすぅっと息を吸い込むと叫んだ。

「アイーーーーッ!!」

 

 

ダダダダダダダ!

アスカが叫んだ後そんな音が聞こえて来た。

「ママッ!?」

「今日はパパと一緒に寝てもいいわよアイ」

「ほんと!?」

「もちろん。さぁパパに抱っこしてもらいなさい!」

「わーい!!」

「あ、あのアス…」

 

 

その小さな女の子は僕に向かってジャンプすると衝撃的な台詞を言った。

「パパーッ!!」

くらっ

ガツン!!

僕の意識は再び闇の底に落ちていった。

 

 

「いたいいたいいたいいたいいたい!」

アイは頭を抱えてシンジの上で転がり回っている。

「…さすがはアスカの娘だな。あのシンジくんを頭突きでKOできるのは後にも先にもアイちゃんだけだろう」

アイの後から入ってきた加持が感心したように言った。

「加持さん変なことに感心しないで!ほらアイ頭を見せて」

「いたいよママ〜」

「はいはい。もう大きなたんこぶつくって」

「けどアイの動きに咄嗟についてけなかったなぁ。さすがはお兄ちゃんとお姉ちゃんの子供」

「レイだって人の事はいえないわよ。小さい頃はシンジのお腹によくタックルしてたくせに」

「あははははは」

 

「うーっ」

「痛いのはここかい?」

「うん」

「父さんが撫でてあげるからすぐに痛くなくなるよ」

「うん!」

なでなで

頭を撫でられアイは気持ちよさそうにしている。

きょとんとする一同。

「「「シンジ(くん)(お兄ちゃん)?」」」

「ただいま」

そう言ってシンジは微笑んだ。

 

 

 

「問題はアイを見て記憶が戻ったのかそれとも頭を打って記憶が戻ったのかどっちかね」

一通り騒ぎが落ち着いてからアスカが言った。加持はミサトに報告しているらしい。

「そういえばお仕置きがどうとか言ってたねお姉ちゃん」

「そうよ!」

(…さぁこの機に一気に主導権を奪い返すのよ!)

そう考えていたアスカの腕をつかんで引き寄せるシンジ。

「な、なによ」

「ちょっと耳を貸して」

「しょ、しょうがないわね」

耳を近づけたアスカにささやくシンジ。

「ぼそぼそ」

「な!?」

真っ赤になるアスカ。

しばしうつむいた後、人差し指と人差し指を合わせて心持ち体をくねくねする。

「しょ、しょうがないわね。ゆ、許してあげるわ」

「うん、ありがとうアスカ」

 

 

「えーと?」

事態が飲み込めないレイ。ちょうど電話を終えた加持の顔を仰ぎ見る。

「なんでもシンジくんにはアスカを陥落させる奥の手がいくつかあるそうだ」

「どんな手ですか?」

「あいにく企業秘密だそうでね。俺にも教えてくれない」

「むー」

アイをアスカに預けたシンジが声をかける。

「加持さんご面倒をかけました。それにレイもありがとう」

「なに」

「どういたしまして、おかげで初めて海外旅行…あっ旅行じゃないか」

「あら、そうだったわね。いいわ、明日は一緒に観光しましょう」

「本当?」

「ええ、その代わり今日はもう寝ましょう」

アスカの腕の中のアイはもう眠りの国に行っている。

「そうだな記憶が戻ったと言っても、シンジくんは安静にしていた方がいい」

「そうですね。じゃ、お兄ちゃんお大事に」

「うん、おやすみレイ」

「おやすみなさーい」

「じゃあまた明日」

加持とレイは挨拶をして病室を出た。

「とりあえず一件落着かな?」

加持はそういってレイを見たが、レイはなにやら難しげな顔をしている。

「どうしたんだい?」

「あの…」

「なんだい?」

「渚さん大丈夫でしょうか?」

そう言われて加持も難しげな顔をする。

実際問題、カヲルは作戦部の管轄下であり加持に命令権はない。カヲルは数時間前に姿を消したままだ。然るにカヲルが今どこでなにをしているかまでは知らない。アスカは把握しているはずだが…ふと、窓の外を覗いてみる。昼間は病院のどこからでも見ることのできた巨人の姿はそこになく、ただ月の光だけが注いでいた。

「…普段の彼なら放っておいても大丈夫だ」

「…普段の渚さんなら、ですか」

「…ああ普段の彼なら、な」

「「………」」

「「あははははは」」

二人は顔を見合わせた後乾いた笑いを交わした。

「さぁ俺達も休むか」

「そ、そうですね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふ、ふふ、ふふふ。憤怒に値するよ!激怒しているってことさ!怒りに身を任せるとはこういうことを言うんだね!怒りを忘れたらリリンじゃないと言うそうだし!」

遠巻きにする米軍をよそにテロリストのアジトを破壊し蹂躙するエヴァンゲリオン八号機。

その様まさに地獄絵図。

『うぉぉぉぉぉぉぉぉーん!!』

エヴァが高らかに吼える。

かろうじて脱出に成功したテロリスト達は米兵に保護を求めて泣きついたということである。

 

 

 

 

 

 

おわり

 

 



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