【新世界エヴァンゲリオン・外伝】

 

 

<リツコの研究室>

 

「先輩、昨日のテストの結果分析なんですが…」

マヤは部屋に入るなり言った。が、そこに敬愛する赤木リツコ博士の姿はなく、代わりにその息子の姿があった。

「シンジ君じゃない、どうしたの?」

「どうもマヤさん。お邪魔してます」

シンジはそういうとリツコのパソコンから目をはなした。

「えぇ!先輩のパソコン使ってるの!?」

「はぁ、手頃な端末がこれしかなくて…」

「パ、パスワードは?」

「僕が入るときのために別パスワードをもらいましたけど?」

ガーーーーーーーーーーーーーーーーン!!

とバックに文字を背負って落ち込むマヤ。

「マ、マヤさん?」

「…私だってそんなものもらえないのに」

「い、いやそれはその、僕の立場上ですね…」

「そういえばMAGIのアクセス権も私よりシンジ君の方が上だし…」

どんどんどん底に落ちていくマヤ。

シンジはこの場をおさめ、かつ後に尾を引かない方法を必死に考える。

「そ、それはですねマヤさん。リツコさんがマヤさんを大切に思っているからですよ」

「せ、先輩が私を大切に?」ポッ

途端に元気になるマヤに少しひくシンジ。

「そ、そうですよ。マヤさんがそれだけの権限を持つとネルフに敵対する者にとっては格好の目標になります。僕はそういう輩に対抗する訓練を受けていますが、マヤさんはそうじゃないでしょう?だからリツコさんはマヤさんの身を案じてこういう処置をとっているんじゃないでしょうか?」

「そうよね!うん、これからも先輩のためにがんばらなくっちゃ!」

ガッツポーズのマヤにほっと息をつくシンジ。

(…アスカと付き合う内に身に付いた知恵がこんな時に役に立つとは思わなかった)

「そうそう、それでシンジ君は何をしてるの?」

やっと当初の問題にもどるマヤ。

「強いて言うなら暇つぶしです。家に帰れないもので」

苦笑するシンジ。

「帰れない?アスカと喧嘩でもしたの?」

「どっちかというとその逆ですね…もうすぐ2月14日でしょう?」

「14日?…ああ、バレンタインね。それで?」

「アスカがチョコの練習をしてるんです」

「いいわねぇシンジ君。でもそれでどうして帰れないの?」

怪訝な表情を浮かべるマヤ。

「一応、アスカは僕には秘密にしたいらしいんです。この前もたまたま予定より早く帰ったら慌てたアスカが台所で転んじゃいまして」

「なーるほど。優しいのねシンジ君」

ちょっぴりアスカがうらやましいマヤ。

「はは、ありがとうございます」

ちょっと照れるが、もういい加減慣れてきたシンジ。

「でも、何で先輩の所なの?葛城さんとか加持さんとか…」

「…からかわれるのは目に見えてますからね。こんな話をミサトさんの所でしたらどうなることか…ここなら平日は誰もいませんからシミュレーションでもしようかと」

「それは言えるわね」

ミサトのにんまり顔を思い浮かべるマヤ。

「じゃ、よかったらデータ分析手伝ってくれない?このままじゃ残業になりそうなの」

「よろこんで」

二人がかりの作業によりデータは5倍のスピード(当社比)で処理された。

 

 

<葛城家 台所>

 

アスカは連日格闘していた。

料理は必要に迫られたせいもあり自然に上達したのだが、まだお菓子を作ったことはなかったのである。

とりあえずヒカリから数冊本を借り勉強をする事から始めた。

 …市販のチョコを溶かし、型に入れて冷やす。

あっさり手作りのチョコができあがる。

だが、何か釈然としないアスカ。

「…こんなの誰にでも作れるじゃない」

以前のシンジに何もかも任せっきりだった自分ならいざ知らず、立派に料理をこなせる様になったアスカの自尊心はこの程度で満足しなかった。

かくしてアスカの戦いが始まる。

 

 

 

【外伝第壱話 冬の空に】

 

 

暦の上では2月。

しかし、徐々に回復の兆しを見せているとはいえまだまだ日本は常春の国であった。

 

 

<通学路>

 

「おはようアスカ、碇君」

「おはよう委員長」

「おはよヒカリ」

「ど、どうしたのアスカ?」

「…寝不足」

いつもははちきれんばかりのエネルギーを放つアスカが憔悴しきっていた。

 

「ふーん。そういうこと」

いつものようにシンジが離れるとヒカリはアスカに理由を問いただした。

昨晩、試作用の材料を使い切ったアスカは各文献をあたる作業を始め、果てはインターネットで世界中のお菓子ページを徹夜で回っていたのだ。

…それでもしっかりと朝食を作り、お弁当を用意するあたりアスカがただ者ではない証拠だが。

「ねえアスカ。確かにチョコに凝るのもいいとは思うけど、チョコはチョコで置いておいて他になにかプレゼントするっていうのもよくあるわよ」

ぴたりと立ち止まるアスカ。

「な、なに?」

「…その手があったわね。ふっ天才のアタシともあろう者がこんな簡単なことに気がつかないなんて」

ぐっと手を握りしめるアスカ。

(…ほ、これで一安心ね)

ヒカリはほっとするといつもの様に他愛もないお喋りを始めた。

 

 

<通学路 翌朝>

 

「おはようアスカ、碇君」

「おはよう委員長」

「おはよヒカリ」

「ど、どうしたのアスカ?」

「…寝不足」

いつもははちきれんばかりのエネルギーを放つアスカが憔悴しきっていた。

 

「ふーん。そういうこと」

いつものようにシンジが離れるとヒカリはアスカに理由を問いただした。

こういうときの贈り物の定番を調べた結果、何か手作りのものを送ることにしたまでは良かった。だが、いくら器用なアスカといえども一晩で上達するはずもない。かくして格闘している内に朝を迎えたということだ。

…それでもしっかりと朝食を作り、お弁当を用意するあたりアスカがただ者ではない証拠だが。

「で、何を作っているのアスカ?」

「ふふふふ、贈り物の定番、手編みのセーターよ!!………あれどうしたのヒカリ?」

がっくり膝を落とした親友を気遣うアスカ。

「…ねえアスカ。あなた日本に来て何年になる?」

「うーんと3、4年くらいかな?」

「日本に冬が無いの忘れたの?」

ピシッ

音を立てて固まるアスカ。

「はははははは………」

「セーターなんか作ってみなさい、優しい碇君のことだから暑いのを我慢してセーターを着て暑気あたりで倒れるのがオチよ」

「た、確かに…」

「とにかく別の案を考えたら?」

 

 

<通学路 翌朝>

 

「おはようアスカ、碇君」

「おはよう委員長」

「…おはよヒカリ」

「ど、どうしたのアスカ?」

「…寝不足」

いつもははちきれんばかりのエネルギーを放つアスカが憔悴しきっていた。

 

「ふーん。そういうこと」

いつものようにシンジが離れるとヒカリはアスカに理由を問いただした。

毛糸系の手作り品は駄目と判明した。そのため今度は小物や刺繍に切り換えたのだが、いくら手先が器用なアスカといえども一晩で裁縫が上達するはずがない。かくして格闘している内に朝を迎えたということだ。しかも、手は絆創膏だらけである。

…それでもしっかりと朝食を作り、お弁当を用意するあたりアスカがただ者ではない証拠だが。

「うーん、うーん、うーん」

「ど、どうしたのヒカリ?」

深刻に悩み始めたヒカリを心配するアスカ。

(…せっかくアスカが頑張っているんだし、応援してあげたいけどこのままじゃ体壊すわね)

ちらっと背後のシンジを見る。

気付いたシンジが困った顔で微笑む。

(…碇君も止めるに止められないということね)

そのときヒカリはひらめいた。

「ねえアスカ」

小声でアスカに言う。

「な、何?」

「碇君とデートするとき…」

「な、何言ってんのよ!?」

「しっ声が大きい」

「な、なんでそんな話になるのよ?」

「いいから…デートするとき、たぶんアスカのことだから、行く所も予定も全部碇君まかせね?」

「う…」

図星である。

「おまけに碇君が出してくれるのをいいことに食事代も何もかも碇君任せ、おまけにお土産まで買ってもらってるんじゃないの?」

「ど、どうしてわかったの?」

「本当なの!?」

「こ、声が大きい」

「…アスカ、あなたねぇ」

「あ、アタシだって悪いと思ってるわよ。昔もずっとそうだったらから今度はアタシがと思って財布を取り出すんだけど、いつの間にかあいつが払ってんのよ!それもことごとくうまいタイミングでアタシの気をそらして!」

「…愛されてるのねアスカ」

「………」

「照れない照れない」

赤く染まったアスカを見て微笑むヒカリ。

「あのね…」

「だからどう?」

「何が?」

「バレンタインはアスカが先に全部段取りして碇君に一円も出させないの。あらかじめそう言っておけば碇君も気をつかわないでしょ?」

「なるほど、その手があったわね。サンキューヒカリ」

「どういたしまして」

ほっとするヒカリ。

(…これでアスカも安心して眠れるわね)

だが、ヒカリは失念していた。バレンタインデーにはホワイトデーがついて回ることを。

そして、ヒカリは知らなかった。過去、葛城家の教育によってシンジには10倍返しが常識になっていることを。

 

 

<2−A 教室>

 

「碇君」

「何、山岸さん?」

お弁当を食べながら談笑している一同。いつもはもっぱら話を聞いているだけのマユミが発言した。

「14日なんですけど何か予定ありますか?」

『ぶっ!!』

一斉に口の中の物を吹き出す2−Aの面々。なんとも汚い気もするがそれはさておき…

「ちょ、ちょ、ちょ、マユミ!!」

慌てふためき卵焼きを落とすマナ。

「予想外の展開だ…」

カメラを取り出し眼鏡が光るケンスケ。

「い、い、い、い、いくらマユミでもこればっかりは駄目よ!!」

顔を赤くしながらも詰め寄るアスカ。

「ちょ、ちょっと落ち着きなさいアスカ!」

喧噪の背後ではあることないこと噂話に花が咲いている。

「センセも災難やな」

「もてる男はつらいねシンジ君」

「えーと…どういうことかな山岸さん」

シンジが尋ねるとぴたりと騒ぎが止まる。

「え?副会長の予定を教えて欲しいって要請が生徒会にたくさん来てるから何かあるなら公表しようかなって…」

マユミの発言でしらけるクラス。

「なんだつまらん」

「これから乱闘になるかと思ったのになぁ」

「山岸さんて思い詰めるタイプだから」

「三つ巴の戦いになるかと思ったのにぃ」

「でも、碇君はアスカ一筋だから」

「もったいないわよねぇ」

めいめい好き勝手なことを言っている。

「………ま、今日の所は勘弁してあげるわ」

ぷるぷると震えながらも拳をおさめるアスカ。

「本当に人騒がせねぇ」

名残惜しそうに卵焼きを見つめるマナ。

「早とちりした私達にも問題はあるわ」

反省するヒカリ。

「で、シンジ。何か予定はあるのか?」

カメラをしまって問うケンスケ。

「え、別に………」

訴えかけるような視線を感じて思わず口ごもるシンジ。

視線の主を追うと相手は赤くなってうつむく。

「…そのあるような、無いような」

「なんやそりゃ?惣流とどっか行くんやないのか?」

「すーずーはーら!」

「べ、別にこいつらなら今更恥ずかしがることもないやろ!」

「で、何か予定はあるのかい?」

「べ、別にないわよ。ね、シンジ」

「う、うん」

「じゃ、これから誘うのね」

「マ、マナ!!」

「照れなくてもいいでしょアスカ。第一この日ばかりはあなたは全校女子生徒の敵になるんだから」

「う…」

大いにありうることである。

転校早々、アスカを奪った(と思われている)シンジには連日果たし状が送られた。

律儀に応対していたシンジだが10何番目かの果たし合いを終えた所でぷっつりと途絶えた。素人相手なのでシンジは当然手加減していたのだが、それでも一般人には地獄のような恐怖だったらしい。

それからは陰険な嫌がらせ攻勢に変わった。もっともそんなものがシンジに効果があるはずもなく、女子によるファンクラブが結成されるとそれもあっさり消えて無くなった。女子に嫌われるのはもっと怖いらしい。

同様のことがアスカにも言える。なにせ女王様なアスカである。放って置いても敵は多い。だが、この日は特別だ。

シンジが一言「アスカのチョコしかもらえない」とでも言おうものならヤケになった女子達が何をするかわからない。

「そこで、ちょっと提案なんですけど…」

人差し指を立ててマユミが説明を始めた。

 

 

NEON WORLD EVANGELION

 Side Episode1: FEB.14 

 

 

「マユミって実はすっごーーーーくキツイ娘じゃないかって時々思うわ」

「同感かも」

マナとヒカリはそれを見て感想を述べた。

マユミ作

 『副会長へのバレンタインチョコポスト』

  投函者多数の場合はホワイトデーのお返しはありませんのでご容赦下さい。

  チョコと一緒に渡すプレゼントはこちらの番号札をつけて下さい。

                             壱高生徒会

「いいアイデアだと思うんですけど?」

「ま、いいんじゃない」

まんざらでもないアスカ。これで手渡しできるのは自分だけである。

「失礼じゃないかな…」とか言っていたシンジは教室に連行されていった。

「なにごとも諦めが肝心やで」

「そうそう」

 

「さぁこいバレンタイン!!」

なにやら当初の目的が違っている気もしないでもない今日この頃。

ズズズ

「おや、もう無くなったのかい?」

カヲルはコーヒー牛乳のパックに名残惜しそうに語りかけた。

 

 

 

 

<バレンタイン当日 2−A 教室>

 

「ふう」

席に着くとシンジは息を吐いた。

朝から周囲にいつも以上に気を払っていたのだ。

下手にチョコをもらおうものならアスカの機嫌は急降下するのは確実だ。

せっかくアスカが上機嫌なのだから…

幸か不幸か校門も、下駄箱の中も、廊下も、教室もこともなく過ぎた。

どうやらマユミの策が功を奏したらしい。

だが、それで油断したのが運の尽きだった。さすがに戦場を離れると勘が鈍るのだろうか?後からシンジはそう思った。

「はい。シンジ、あげる」

「え?」

顔を上げるとマナがにっこり微笑んでいた。

『うおおおおおおおーっ!!』

一斉にどよめく教室。

「もちろん、ほ・ん・め・い・よ」

片目をつぶるマナ。

さらにどよめく教室。

(…ふ、不覚)

これを油断と言わずして何と言おう。

「なるほど霧島を忘れていた」

「最近おとなしいと思ったのよね」

「惣流に対抗できるのは霧島ぐらいだもんな」

「おいこりゃ血を見るぞ」

 

「受け取ってくれるわよね?」

シンジはちらりとアスカの顔色を窺った。

(…浅間山の火口並だな)

冷静に分析するシンジ。

「マナ、悪いけど…」

マナはがくりとその場に崩れ落ち両手で顔を覆った。

「マ、マナ?」

「う…う…シンジはアスカの方が好きなのはわかっているわ。私はただシンジに自分の想いを送りたかっただけなのに…う…う…そうよね…仕方ないわよね。私なんか私なんか…」

嘘泣きである。はっきり言って気付かないのはマユミぐらいだろう。が、嘘とわかっていても女の子を泣かせることに耐えられるシンジではなかった。

「わ、わかった、受け取る。いや、ありがたくもらうよ!」

「うん、ありがとうシンジ」

にっこり笑うマナ。

「センセってほんまにお人好しやな…」

「嘘ってわかってても泣き落としには逆らえないんだな」

「碇君って優しすぎるんですよね」

「まぁそれが碇君のいいところじゃない?」

 

ガタン

 

音を立ててアスカが立ち上がった。

(…わかっててやったんだから諦めよう)

殊勝に覚悟を決めるシンジ。

が、アスカの目標は違った。

「マ〜ナ〜」

「なにかしら?シンジの現在彼女の惣流アスカラングレーさん」

ピシッピシッと火花を散らすマナとアスカ。

(…止めたら今度は矛先がこっちに来るんだろうな)

わかっていても止めにかかるシンジ。

せっかく自分からそれたんだから放っておけばいいと思う周囲の面々。

だが、予想外の人物が乱入した。

「シンジ君」

「え、なんだいカヲル君?」

沈黙を守っていたカヲルが立ち上がる。

「少し前から気にはなってはいたんだけど、今日は好きな人にチョコレートを贈る日なのかい?」

「そ、そうだけど」

真剣な口調にうなずくシンジ。

「そうだったのか………」

憂いの表情を浮かべるカヲル。

ただ見ているだけならこれほど女心をくすぐる絵もないだろう。

その顔がぱっと明るくなり、

「シンジ君。帰りにチョコレートパフェでも…」

すさまじい衝撃音と共にカヲルの姿がシンジの視界から消えた。

「「あんたはシャレになんないっていつも言ってるでしょうが!!」」

ツープラトンキックをヒットさせた美少女二人が叫ぶ。

「だ、だから僕はいつも本気………ぐえっ」

「「あんたは死んでなさい!!」」

(…ごめんねカヲル君。僕も我が身が可愛いんだ)

シンジにも見放されたカヲルはミサトが来るまで踏み続けられた。

 

「起立、礼、着席!」

「おはようみんな」

『おはようございまーす!』

うんうんとうなずくミサト。今日も教え子達は元気なようだ。

「あり、渚君どうかしたの?」

そういいながらシンジの方を見る。

「…いつもの事です」

苦笑いするシンジ。

「あ、なるほどね」

机の上で生ける屍と化しているカヲルはとりあえず放っておいて出席をとる。

「そういや今日はバレンタインデーね。男子諸君、もらったら十倍返しが礼儀よ」

うんうん、とうなずく女子。

もらえたらなぁ、と涙する男子。

「あ、山岸さん」

「はい?」

「駄目じゃない、箱はもっと大きいのにしないと。もうあふれてるわよ」

「そうですか…読みが甘かったですね」

マナが手を挙げる。

「それは生徒会室前の箱のことですか?」

「そうよん。シンちゃん、甘い物の食べ過ぎは良くないから注意してね」

「は、はあ」

男子一同からの殺気のこもった視線が痛い。ついでにいうと一部女子からもだが。

「いいのよシンジは私のチョコだけ食べてれば」

マナが断言する。

「な、なんですってー!?」

当然の如く反応するアスカ。

「おー、女の戦いね〜」

「ミサト先生、見てないで止めて下さい!」

「あらいいじゃない洞木さん、こんなおもしろいもの止めるなんてもったいないわ」

「ミサトさ〜ん」

「シンジくん。もてる男にはそれなりの苦労もついて回るのよ」

「別にもてたいわけじゃないですよ」

今の言葉で男子一同の怒りの炎に更に油を注いだのだがシンジは気付かない。

「アスカも素直に言えばいいでしょ!自分のチョコ以外はもらうなって」

「言ったってマナは泣き落としするんでしょう!」

「もちろん!だってシンジって優しいもんね〜」

「ねえ碇君。生ものがあったらとりあえず処分しておきますけど構わないでしょうか?」

マイペースなマユミ。

「………山岸さんにまかせるよ」

「あ、そうそう。お楽しみのところ悪いけどシンジくん」

「はい?」

「急で悪いんだけど午後からネルフに行ってね」

「ミサトさん…一応、機密事項なんですから」

「だって、みんな知ってるんだからいいじゃない、ね?」

うんうん、とうなずく一同。

「はぁ、わかりました。午後は欠席ですね」

「急ぎじゃないから昼休みは学校で過ごしても大丈夫よ」

そう言ってミサトは女子一同にウィンクした。

 

 

<ネルフ本部テストルーム>

 

「…というわけです」

シミュレーションプラグ内からリツコに話すシンジ。

「あらあらそれは大変ね。マヤ、もう1%下げてみて」

「はい」

世間話をしながらもリツコの思考には淀みない。シンジのシンクロ率も安定している。

以前なら思考ノイズが入るだの何だのと文句を言っていたリツコだが、この親子の対話が試験者及び被験者に良好な影響があることがわかったためテスト中はあれこれ他愛もない話をするのが習慣になった。

「単なる口実よ」

とは作戦部長の談だが、

「何か問題がある?」

とすかさず切り返したそうである。

ちなみにマユミの案はネルフ本部でも採用された。こちらはさすがに手際が良いため溢れるようなことはなかったが、しばらくの間シンジがチョコを見ることさえ嫌がるのは請け合いである。

ちなみにリツコはちゃっかりと手渡した。

(…母親の特権よね)

「じゃあ放課後になったらアスカが乗り込んでくるわね」

そう言ってちらりとモニターを見る。

「………」

「…コンマ32秒ですがS2機関の出力が0.12%増加しました」

「惜しかったわね。やっぱりミサトも呼んだ方が良かったかしら?冷やかしのプロだものね」

「リツコさ〜ん」

今行っているのはS2機関の出力テストである。

暴走の危険もあるためシンクロがもっとも安定しているシンジが担当しているのだが安定しすぎているため逆にあまり変化のデータが取れないのだ。

「シンジくんが冷静すぎるのよね」

贅沢な悩みをもらすリツコであった。

 

 

「というわけでヒカリ。アタシは早退するからあとよろしく」

「がんばってねアスカ」

止めても無駄とわかっているヒカリは親友を寛大に見送った。どのみちアスカにとって高校の授業など意味はない。

同じ真似ができないもう一人の親友は大いに悔しがった。

 

 

「あらアスカ、早かったわね」

リツコはアスカにあいさつするとふとアスカの顔を見つめ直し、そして考え込む。

「………先輩?」

「どうしたのリツコ?」

「リツコさん?」

カチカチカチと音を立てリツコの頭の中で計算が進んでいく、そして…

「…うふ」

リツコがもらした笑いに寒気を覚える一同。

リツコはまわりにお構いなしに端末のキーボードを叩き始めた。

目にも留まらぬスピードで指がデータを打ち込んでいく。

ディスプレイの表示を見る限りMAGIに何か計算させている様だ。

やがてMAGIの回答が表示される。

「…計算通りだわ」

満面に笑みをたたえて顔を上げるリツコ。

「シンジくんちょっと休憩にしましょう。アスカもチョコを渡したくてうずうずしてるみたいだし…」

「リツコ!」

「はいはい。マヤ、みんなも一休憩よ」

「は、はい」

戸惑いを隠せないマヤ。リツコがテスト中に休憩を挟むことは珍しいのだ。

 

シンジがプラグから出るのを横目にリツコはアスカに話しかけた。

「ごめんなさいねアスカ。せっかくのバレンタインなのに」

「べ、べつにいいわよ。そんな日本の習慣なんか…」

「このテストはおいそれと延期できないのよ。シンジくんと楽しい一日を過ごすはずだったのに悪いわね」

「わ、私は別に映画も買い物も食事も予定してないから大丈夫よ」

「あらそうなの?」

(…正直者ね)

思わず笑みがこぼれるリツコ。

「そこでお詫びと言ってはなんだけど」

「…何?」

 

シンジが戻ってくると満面の笑みを浮かべたアスカが待っていた。

「アスカ?」

「はい、シンジ。チョコレート」

大きな紙包みを手渡すアスカ。

「あ、ありがとうアスカ」

「じゃ、また後でね」

それだけ言うとあっさり立ち去るアスカ。

「?」

あまりのあっけなさが腑に落ちないシンジ。

(…アタシが初めてあげるチョコなんだから大事に食べなさいよ!!とか…)

(…よ、良かったらもらって。と真っ赤になるとか…)

「良かったわねシンジくん」

リツコの声で我に返るシンジ。

「あ、はい…その、アスカどうかしたんですか?」

「ええ、アスカにもテストを手伝ってもらおうと思ってね。アスカは喜怒哀楽が激しいからいいデータが取れそうだわ」

「はあ」

(…せっかくのバレンタインにテストなんかやってられないわよ!!ぐらいは言うと思うんだけどなぁ)

「うふふ」

「リツコさん?」

リツコの笑いが不気味なシンジだった。

 

 

「ほほーやるわねリツコ」

作戦部長は到着早々そうのたまった。

「ぬかりはないわ」

リツコはそう答えた。

「凄い…シンクロ率が通常の2割増しです。S2機関の出力も約30%増加しています」

マヤの報告がリツコの思いつきの正しさを物語る。

「湯加減はどぉ、お二人さん?」

「「ミサト(さん)!!」」

プラグ内から異口同音に答えが返る。

「さすがミサトね。二人のユニゾンは完璧だわ」

「ほめてほめて〜」

エントリープラグ内にはシンジとアスカが一緒に入っていた。

無論、二人乗りのプラグなどないからシンジがアスカを抱きかかえるしかない。

形はどうあれ一緒に過ごすという予定は果たされアスカはご機嫌だった。

最高のデータが取れるとあってリツコは延々テストを続行し、パイロット達の反対もなかったため結局テストはその日の深夜までおよんだ。

 

 

<執務室>

 

「どうした碇?機嫌が悪そうだな」

レイを預かっていた冬月が執務室に入ると不機嫌を絵に描いたゲンドウが待っていた。

「ふ、問題ない。全てはシナリオ通りだ」

「………」

(…相変わらず訳のわからぬことを)

やれやれ、と首を振る冬月。

「…そう言えば今日はバレンタインだったな。もらう相手がいる奴がうらやましいぞ碇。私など伊吹君が義理チョコをくれたのがせめてもの救いだよ………どうした碇?顔色が悪いぞ。今日はもう帰ったらどうだ?」

「…冬月先生、後を頼みます」

レイを引き取り執務室を出るゲンドウ。

「ふふふふふふふふ…」

不気味な笑いがドアの向こうに消える。

「大丈夫か碇?」

…この後、ゲンドウはリツコが帰宅してチョコを渡すまでバレンタインデー撲滅計画を練っていたとかいないとか。

 

 

おわり

 

 

<おまけ>

 

「ねえねえやっぱり霧島先輩と一緒だよ?」

「でも、霧島先輩は碇先輩が好きって話じゃない」

「それを言うなら碇先輩は惣流先輩一筋って話でしょ?霧島先輩がちょっかいをかけるのは本気じゃないって聞くわよ」

なにやらそんな話をそこかしこでしている女子達。話をしながらもカヲルから視線を外そうとはしない。

 

「…ところでマナ」

カヲルは話の区切りのいいところで話題を変える。

「なにカヲル?」

いまだにカヲルと登校しているマナ。よからぬ噂がたつのも当然というものだ。

「先程からたくさん視線を感じるのだけれど、僕の顔にでも何かついているのかい?」

確かに校門を入った辺りからカヲルにたくさんの視線が注がれているのにはマナも気付いていた。

「別に何もついてやしないわ。単に今日はバ………ねぇカヲル。あんた今日が何の日か知ってる?」

「? 今日は確か2月14日だったね。なにかあったかな?」

「…まあ一応外国帰りだし、あんたらしいといえばあんたらしいけど」

(…こういうところがつくづくシンジの親友よねぇ)

「何かあるなら教えてくれないかい?」

「今夜までの宿題にしておくわ」

「それはひどいな。僕に一日悩めというのかい?」

「ま、それはそれとしてあの子達が可哀相だから先に行くわ」

「?よくわからないね」

「すぐにわかるわよ。じゃ、お先」

さっさと校舎に入っていくマナを見送りつぶやくカヲル。

「…やれやれ、女性の心とはかくも計りがたいものなのかな」

 

「渚先輩!」

「? 僕になにか用かい?」

「受け取って下さい!」

ラッピングされた包みをずいっと差し出す女子。

「これは?」

「チョコレートです!お願いします!」

「? 頂けるものならありがたく頂いておくけどいったい…」

そういって受け取った瞬間、我も我もとあちこちから駆けつける女子生徒達。

「どうぞ!」

「あ、ありがとう」

「私の気持ちです!」

「は、はぁ」

「………」

「う、受け取ればいいんだね?」

よくわからないが次々と差し出される包みを受け取り続けるカヲル。

怒涛のごとく押し寄せた女子達は荒波が引くようにあっという間に消えていく。

単に恥ずかしいからなのだがさすがにそこまではわからない。

後には持ち切れないチョコの山をそば屋の出前のように器用に抱えたカヲルと徹底して無視して通り過ぎる男子生徒達だけだった。

「…なんだったんだろう」

リリンとして生を受け3年。まだまだ奥が深い事を悟ったカヲルだった。

 

 

「「ごちそうさまでした」」

夕飯を終え、手を合わせる二人。

カヲルは既に基本を覚え込み自炊できるのだが一人での食事は味気ない。別段カヲルは気にしていないのだが、ときたま二人で夕食を共にする事がある。

今日はカヲルが作ったのでマナが後片付けをしている。

「?」

テーブルの脇に乗った小さな包みに気づくカヲル。覚えはない。

「マナ?」

「な〜に?」

「この包みは?」

「あ、あまったからあげる。デザート代わりに食べちゃって」

「?」

包みを開けるカヲル。小さなハート型のチョコレートが顔を出す。

「………」

マナは洗い物に集中しているようだ。

ぱくり

(…甘いな)

なぜかカヲルの顔から表情が消えた。

「? どうかしたの?」

ふっと微笑むカヲル。いつもの顔だ。

「いや。…ありがとうマナ、とても美味しかったよ」

なぜか無言になるマナ。そのまま洗い物にもどる。

「…そう」

そのまま静かな時間が流れていった。

 

 

 




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