【新世界エヴァンゲリオン】
<格納庫ケイジ>
四つのモノアイがアスカを見下ろしていた。
正確にはアスカを見ているわけではない。
なぜならその目に光が宿ることはもはやないからだ。
最後の戦いで徹底的に破壊されたエヴァンゲリオン弐号機。
だがサードインパクトの後、弐号機は傷一つない姿でジオフロントに横たわっていた。
それもまたリリスの癒しの一部なのだろうか?
ネルフが下した決定は無期限凍結。
弐号機はケイジに安置され安らかな眠りについた。
制服の腰に手を当て弐号機を見上げているアスカ。
「…また来ちゃった。私もまだまだ弱虫ね、ママ」
答えは返っては来ないが構わない。
「弱虫…か」
顔を左に向けるとただ安置されている弐号機と違い、硬化ベークライトで厳重に封印された初号機が目に入る。
見えるのは紫色の頭部だけ。その眼窩にも光はない。
「
バカシンジ…」無意識のつぶやきは誰の耳にも入ることはなくケイジに消えていった。
<リツコの研究室>
「アスカいる〜?…ここでもないか」
ミサトは旧友の研究室に入ってくるなり言った。
正確には技術局一課研究室とかなんとかいう名前だが、『リツコの研究室』という名前がもっとも実状に即している。
そのまま遠慮せず中を見回すミサト。
リツコがやっとモニターから顔を上げる。
「どうしたのミサト?今日はもうあがりでしょ」
…こっちはこれから残業だけどね、という皮肉を込めて尋ねるリツコ。
「へへへ〜残業ご苦労様。まぁリツコあってのネルフだもんね〜」
そういってミサトはご機嫌をとる。
相も変わらずリツコは忙しい。使徒の殲滅を終えて暇になった作戦部と違ってネルフのオーバーテクノロジーを管理している技術部の仕事量は以前とさしてかわらない。研究・開発に専念できるようになっただけマシなのだがリツコには更に忙しくなる理由が別にあった。それゆえ毎日ネルフに来ているわけではないし、一日中仕事に専念出来るわけでもない。下手をすると使徒が襲来していた昔の頃の方が暇だったかもしれない。
「…心にもないことは言わないことね」
眼鏡の奥の目が冷たい。
「ごめんちょ。で、アスカ見なかった?一緒に帰ろうと思ったんだけど」
「ミサトの車に乗る危険性をやっと認識したんじゃないかしら?」
「あによ!今日はやけにつっかかるわね」
ミサトは口を尖らせた。
「別に」
リツコは素知らぬ顔でモニターに向かう。
…むっかつくわねぇ
ミサトの頭脳がリツコにやりかえす方法を捜すべく猛回転を始める。
視線をあたりにさまよわせると答えがあっさりと導かれた。
「あ、そっか」
「何?」
「確か碇司令、今日は珍しく早くあがるって話よねぇ」
ミサトの顔が独特のニヤニヤした笑顔に変わる。ゲンドウのニヤリ顔とはひと味違う。
が、ろくでもないことには変わりない。
「…そ、それがどうかしたのかしら?」
顔は冷静だが声は動揺している。
「結婚してまだ2年だもんねぇ〜早く帰りたいわよねぇ?」
ミサトはずいと身を乗り出しリツコの机に肘をついた。
「べ、別にそんなことないわよ」
「…じゃ、この料理の本は何よ」
一冊を手に取るミサト。
「こ、これは…そ、そう。科学者だからって料理の一つもできないというのは良くないから、知識だけでもね」
…まったく、妙なところでめざといわね
「ほー科学者ねぇ」
ミサトのニヤニヤ顔がさらにエスカレートする。だが、このままやられているようでは赤木リツコ博士とは言えない。ぼそっとつぶやく。
「…ミサトみたいにはなりたくないしね」
「どういう意味よ!」
バンと机を叩くミサト。
…ほ〜らすぐにムキになる
口の端に笑みを浮かべるリツコ。立場は逆転した。
「さぁ、一緒に暮らしているアスカに聞いてみたら?…そうそうアスカを捜してるんだったわね」
話が最初の用件に戻ったためミサトも追求を断念せざるをえない。
「テストの後、ケイジの方へ行ったみたいよ。…少し調子悪いみたいだし、たぶん7番ケイジじゃないかしら」
「そう………ま、アスカも年頃の女の子だもんね。いろいろあるか」
ミサトの顔が娘を心配する母親のような表情になる。
つられてリツコの表情も柔らかくなった。
「ふふ、あなたいい母親になるわよ」
「えへへ」
少し照れて笑うミサト。
「そうそう、ちょうどいいわ。渡すのは明日にしようと思ってたんだけど…はい」
リツコは一冊のファイルを取り出しミサトに渡した。
「何、これ?」
「いいものよ」
リツコの言葉に胡散臭そうなものを感じるミサト。
とりあえずファイルを開いてみる。
題名を見てミサトは軽い頭痛を覚えた。
「…あんたって本当に悪趣味ね」
リツコは楽しそうに笑う。
「あら、そうかしら」
表紙には『マルドゥーク機関による報告書』と記してあった。
【第壱話 帰宅】
<碇ゲンドウ宅 リビング>
国連直属の特務機関ネルフ総司令碇ゲンドウ。
形式上であれ彼に命令を下せる人物は世界でも数える程しかいない。
だが、その彼も今は逆らうことを許されなかった。
「キャッキャッ」
ゲンドウの腕の中の人物はゲンドウの髭をつかむと引っ張っる。
何を気に入ったのかわからないが力一杯に引っ張っている。
だが、ゲンドウは微動だにせずにこの拷問に耐えていた。
今日はリツコが残業で遅くなるというので珍しくゲンドウが彼女を、ゲンドウ・リツコ夫妻の養女である…碇レイ満2歳を連れて帰ったのである。
「レイ…髭を引っ張るのはやめてくれんか」
いくら子供の力でも痛い物は痛い。既に髭が何本も引き抜かれている。
たまらず言ったゲンドウであったが…レイはゲンドウの言葉を聞くと突如顔を歪めた。
…まずい
ゲンドウがそう想った瞬間、レイは目に一杯の涙を浮かべ大声で泣き出した。
「待てレイ!私が悪かった!」
あわててご機嫌取りを始めるゲンドウ。
「ほらほら、髭を引っ張っても構わんから、なっなっ」
そしてにっこりと笑う…はっきりいって怖い。ネルフ職員のほとんどが裸足で逃げ出すだろう。もっとも生まれてからずっと見てればさすがに怖くないということだろうか、レイは泣きやむと笑顔で再び髭を引っ張り始めた。
「キャッキャッ」
ゲンドウはリツコが早く帰ってくることを祈り続けた。
<格納庫ケイジ>
「アスカ〜帰るわよ」
ケイジに入るなりミサトは言った。初号機を見ていたアスカが振り返る。
「ミサト?よく居場所がわかったわね」
「ま、だてに3年も同居してないってところね」
ミサトはそう言ってアスカの隣に並んだ。
「で、どうしたの?弐号機かと思ったら初号機を見上げて」
「う…べ、別に何でもないわよ」
ごまかすようにアスカは言った。
「ふ〜〜〜〜〜〜ん」
半眼になるミサト。
「何よ、その疑いに満ちた眼は」
「ぶぇっつにぃ〜〜」
「さ、さぁ早く帰るわよ!」
アスカは足音も高らかにケイジを出ていく。
…シンジくんのことを思い出してたのね。
アスカと同じように初号機を見上げる。
サードインパクトを起こした初号機は国連事務総長の名において永久封印が決定された。本来は解体したいところだがさすがに恐ろしくてできなかったらしい。形式上であれ国連の指揮下である特務機関ネルフはそれに従い、ネルフ本部に初号機を封印した。ただ、大多数がターミナルドグマへの封印を提案したにもかかわらずゲンドウはケイジでの封印にこだわった。以来、7番ケイジが2体のエヴァの寝所とされ、一種の聖域とされている。ここに入ることを許されている者は少ない。
ミサトはこの紫の巨人に乗っていた少年の事を思い出していた。傷つき苦しみ血を吐くような思いをしながらそれでも自分たちを救ってくれた少年の笑顔を。
「ミサト!!」
「はいはい今行くわ」
ミサトは可愛い妹の方へ歩き出した。
ハッチを出るときに………一度だけ振り返った。
<旧東京湾上>
『もうすぐ新横須賀に到着だ、寝ぼけた頭を起こしてくれよお客さん方』
パイロットの声が響きわたる。無論、乗客が寝ていないことは承知している。
「…だそうだシンジくん。降り支度をするとしよう」
無精ひげをさすりながら加持が寝台から身を起こす。
「やっと煙草が吸えるな」
そう言ってポケットの中身を確かめる。
「支度って言っても荷物もないでしょう?」
寝心地の悪い寝台の上で身体を伸ばしながらシンジが言った。
「ま、そりゃそうだ。支部の荷物は後から別便で来るしな」
「明日…じゃなくて今日ですか…時計を直さないといけないな…今日は久しぶりにまともな所で眠れそうですね」
思えばここ数日まともに眠った覚えがない。
耐えられない訳ではないがやはり柔らかい寝床で眠りたいと思うのが人情だ。
おまけに…赤い染みや黒い染みに彩られた自分の戦闘服を見下ろす。
さすがに清潔とは言い難い。
「病院のベッドに送られるのは願い下げだけどな。
油断するなシンジくん。アスカは随分と格闘技の腕があがったそうだからな」
加持がそういうとシンジの顔色が変わる。
「な、なぜそこでアスカの名前が出て来るんですか?」
「照れることないじゃないか」
加持の顔がにやける。
狭い床の上で腕立て伏せをしていた巨漢の黒人が起きあがる。
床の上にあぐらをかき、少し考え込んでから周囲に訪ねる。
「アスカっていや、確かセカンドチルドレンの女の子だったかな?」
寝台でクロスワードをしていた金髪女性が追い打ちを掛ける。
「あら、シンジの恋人なの?」
「ち、違いますよ!!」
ついむきになるシンジ。
巨漢がにやりと笑う。
「あのシンジがここまで動揺するんだ、まちがいないな」
「あたしとは遊びだったのね、シンジ」
そういいながら女性は両手で顔を覆って泣く真似をする。
「な、何言ってるんだよ!ジャネット!!」
「おや、シンジくん。ジャネットとはそういう仲だったのか」
「違うに決まってるでしょ!」
からかわれているのはわかっているがついムキになる自分がうらめしい。
同じようにからかわれても軽く受け流すであろう加持がとどめをさす。
「安心しろシンジくん。ちゃんとアスカに殺される前に救出してあげるから。
ま、俺の見立てでは全治1ヶ月というところだな」
「…加持さん」
シンジはがっくりと肩を落とした。
「ねーねーシンジの彼女ってプリティーなの?」
興味深げにジャネットが聞いた。
「ん?…そうだな。数年前は超がつく美少女だったからな、今はさぞかし美人に…」
「…だから彼女じゃないですってば」
ぼそりと呟くシンジ。
「じゃ、紹介してくれ」
ジョニーが唐突に言った。
「ジョ、ジョニー?」
「安心しろ、お前の友達だ、悲しませるような事はしないさ。ただちょっと楽しい夢を…まあ待てシンジ、人間話せばわかる。俺達は仲間だろ?な、落ち着け。とりあえずその銃口をだな」
「全てを疑え、でしょ」
ジョニーの眉間に黒光りする銃口を突きつけ殺気を隠さずにシンジは言った。
「あらジョニー。教え子の成長を身をもって確認できるなんて幸せねぇ」
「ああうらやましいな」
ジャネットと加持がうんうんとうなづく。
「すまんシンジ俺が悪かった!だから命だけは助けてくれ!」
どこで覚えたのか銃を突きつけられたままジョニーが土下座する。
「いえ、わかっていただければいいんです」
何事もなかったようにすました顔で銃を懐にしまうシンジ。
「ち、いつのまにか俺より手が早くなりやがって」
命拾いしたジョニーがぼやいた。
「ま、お前さんは別なものに手を出すのが早いからな。
そっち方面じゃさすがのシンジくんもかなわないさ」
「リョウジには負けるよ」
「そういうのを五十歩百歩って言うんですよ。…あ」
シンジの表情が変わる。
「どうしたのシンジ」
「いえ、病院送りになるのは僕じゃなくて加持さんの方じゃないかと」
「ど、どういうことかなシンジくん?」
加持の顔色が変わる。
「おーおーリョウジが動揺している、明日は雪か?」
「まさにオリエンタルマジックね」
ジャネットが訳の分からないことを言っている。
シンジはかつての自分の保護者に似た目つきで続ける。
「だって、ミサトさんにまだ連絡してないんでしょ。生きていたって」
「どーいうこと?」
「加持さんは消されそうになって死んだ振りをしたんです。
知ってるのはネルフでも司令と副司令ぐらいだけのはずです」
「ほーほー」
「で、恋人のミサトさんにも何にも言ってなかったから、ミサトさんは死んだと思って」
「あらあらシンジよりひどいわね」
「で、その恋人って腕の方は?」
「仮にもネルフの作戦部長を勤めているんですよ。
それにゲヒルン時代にしっかり訓練を受けているはずですし」
「あーあそれは駄目ね、ご愁傷様」
「リョウジもバカだな。せっかく生き延びてたのに今日が命日か」
「シンジ、お葬式にはよんでね」
加持は脂汗を流しながらシンジに言った。
「あー、シンジくん?」
「駄目ですよ、加持さん。ミサトさん毎晩泣いてたんですから。責任とってください」
「ジャネット。どっちのほうが重傷か賭けないか?俺はリョウジの方」
「あら、年頃の女の子って怖いのよ〜。じゃ、あたしはシンジね」
4人を乗せた輸送機はゆっくりと新横須賀へ降りていった。
<葛城家食卓>
葛城家では遅い夕食を取っていた。二人の美女の足下ではペンペンが嬉しそうに魚をくわえている。
かつての同居人がいなくなって一時は廃墟となりかけた(一時は実際廃墟だったとある少女は証言している)葛城家だったが、恥も外聞もかなぐり捨てて周囲の助力を請い、血のにじむような努力を重ねた結果、人が住める環境、うまいと人に言ってもらえる食生活を手に入れていた。もっとも、そのほとんどは年下の被保護者の力によるものが大きいが…
「…ねぇミサト」
後かたづけをしながらアスカは、ビールを飲んでいる保護者に声を掛けた。
「なーに?」
「…なにか私に隠し事してない?」
「
ぶっ!ゲホッゲホッ…な、なんのことかしら?」…まったく最近鋭くなってきたわねぇ。
吹き出したビールを拭きながらミサトは思った。
リツコによれば、
『もともとアスカは優秀な子だし、同居してればお互いに能力に磨きがかかるのは当然ね。ミサトの野性的な勘が受け継がれたのよ。もっともさすがにミサトの料理の腕までは…』だそうである。
「そ、そういえば今日の料理もおいしかったわよ。やっぱりアスカって天才よね〜」
「…怪しいわね」
ジト目のアスカ。実際アスカの料理の腕はあがっている。かつての同居人には及ばないものの最近はリツコが幼いレイを連れて教えを請いに来るほどである。おそらく学校やネルフに費やす時間を料理の勉強に使えば一流の料理人として暮らしていけるだろう。
「ま、いいわ。じゃ、アタシもお風呂入るね」
「ほーい」
追求を諦めたアスカがバスルームに消えるとミサトは胸をなで下ろした。
NEON WORLD EVANGELION
Episode1: Their home is Tokyo−3
<ネルフ本部執務室>
「どうした碇、虫歯か?」
「…問題ない」
冷たいタオルを顔に押し当てたまま答えるゲンドウを見て怪訝そうな顔をする冬月。
「家族団らんのところを悪かったな。少し向こうでトラブルがあったらしくてな。そのせいで予定が早まってしまったそうだ。まぁ俺だけでもいいとは思ったんだが…」
「いや、礼を言っておこう」
らしくない言葉を言うゲンドウをいぶかしむ冬月。
「なにか悪いものでも食ったのか碇?」
ゲンドウが答える前に報告が入る。
『到着しました』
ゲンドウはあわててタオルをしまうと何事もなかったかのように手を組み直す。
それを横目に冬月が言う。
「入りたまえ」
以前と何も変わらぬ風景だった。ゲンドウはデスクで手を組みその横に冬月が立っている。
加持がシンジを促し二人は広い執務室を歩いていった。
「ご苦労だったな二人とも」
最初に冬月が声を掛ける。
「お変わりなさそうで」
「お久しぶりです。副司令」
「加持君は相変わらずの様だな。だが君は…見違えたなシンジ君」
背も伸びたその姿にユイの面影を見つけてうれしくなる冬月。
…やはりシンジ君はユイ君似か、これは女性が放っておかないな
「随分と背が伸びたな」
「はい、ありがとうございます」
シンジも答えた。
「さて、そろそろ碇にも挨拶してやってくれ。待ちくたびれているだろう」
そう言ってゲンドウの方を見る。
加持がすこし身を引き締め申告する。
「加持リョウジ並びに碇シンジ両名、只今ネルフ本部へ帰還いたしました」
敬礼する二人。
「…ごくろうだった。君にはずいぶんと世話を掛けた」
加持はすぐにいつものくだけたスタイルに戻る。誰が相手であっても好きなように振る舞うのが加持の常である。
「いや、結構楽しかったですよ」
「そうか………シンジ」
数年前より大きくなった息子を見据える。以前の様にびくびくしていた所はみじんもない。
視線を交わしても揺るがずじっとゲンドウを見ている。
「…よく帰ってきたな」
口調は変わらないが成長した息子に対する父親の情がこもっていた。
それを感じ取ってシンジも笑顔で答える。
「うん、ただいま父さん」
「…たくましくなったようだな」
「まだまだ半人前だけどね。父さんは変わりない様で安心した」
「…そうか」
ゲンドウが口元を歪める。それがうれしさの表現だとわかるのは冬月だけだった。
…お前も父親だったんだな
冬月も微笑んだ。
挨拶が済むと頭を切り換え仕事の話に移る。
冬月が必要事項の確認を行う。
「加持君は本日付けで正式にネルフに復帰してもらう。特殊監査部をとりしきってもらうことになるだろう。アメリカ支部から同行してもらったジャネット・コリン、ジュリアン・アンダーソン両名は加持君の下についてもらう。それでいいかね?」
「ええ、問題ありません」
「シンジ君の教育結果については報告を受けている。すぐに第一線の人材として使える様だな。今後も教育・訓練を続けていけば問題なかろう。対外的にはエヴァのパイロットとして第一支部に出向していたサードチルドレンを呼び戻したということになる」
そこで一度話を切るとゲンドウが尋ねた。
「シンジ」
「なに父さん?」
「初号機が封印されたのは知っているな」
「うん」
「お前に与えてやれるのは量産型のエヴァシリーズだけだ。
それでも…もう一度エヴァに乗れるか?」
ゲンドウの表情に変化はない。冬月と加持はじっとシンジの返答を待っている。
「僕は今でも初号機のパイロットだという気持ちに変わりはない。
けど、それはまた別の話だよ。
僕は出来ることをやるだけさ。それに量産型を動かせないなんていったらアスカやトウジに笑われるしね」
「ふ、そうか」
「そういえばトウジの調子はどうです?」
冬月にそう尋ねる。
ネルフの要請を受けたトウジはフォースチルドレンとしてエヴァのパイロットに再登録されることを了承していた。現在はアスカと同様に訓練を受けているはずだ。
「さすがにアスカ君には及ばないが立派なものだよ。後でデータを見るといい」
「そうですか」
「では、あらためてシンジ君をパイロットとして登録しておこう。それ以外の任務だが…」
「お前にはパイロットのガードをやってもらう」
パイロットのガード…それはアスカとトウジの安全に責任を持つということだ。以前と同様、あるいはそれ以上にエヴァのパイロットは重要だ。
「うん。当然だと思うよ」
「無論、いままでの保安体制は変わらない。形式上、シンジ君にもガードをつけることになる。が、いざという場合にはシンジ君の指揮下に入る様に言ってある」
「わかりました。一度、細かい打ち合わせが必要ですね」
「こういう所は縄張り意識が強い。一度シンジくんの実力を見せつけてやった方がいいんじゃないか?」
「別にそこまでしなくてもいいんじゃないですか?」
「特に作戦部…葛城の所と折り合いが悪いんだ、あそこは。意図的にアスカを放っておいたこともあっただろう?」
昔の事を思い出してシンジが少し考え込む。
「そうですね。徹底的に話し合っておいた方がいいかも知れませんね」
その返事を聞いて加持はおもしろくなると微笑む。
「シンジ君の実際の立場については保安部、諜報部も含め最高機密扱いにする。それ以外で知らせるのは赤木君と葛城君くらいだな」
「…MAGIにアクセスすることもありますからマヤさんにも話した方がいいかも知れませんね」
「そうだな、その辺りは赤木君と話し合ってくれたまえ。
さて、その他の細かいことだがシンジ君には第三新東京市立第壱高校に編入してもらう。
まぁ、カモフラージュとパイロットの護衛のためだが…当然クラスは両名と一緒だ。
高校の授業など退屈かもしれんがな」
「別に授業を受けるだけが学校に行く理由ではありませんよ。それはアスカが一番よくわかっていると思います」
「…ふむ、そうだな。ところで問題の高校には葛城君に教師として入ってもらっている」
「はぁ?」
思わずシンジが間抜けな声をあげる。
「葛城が人にものを教えるとは…世も末だな」
加持も失礼なことを言う。
「葛城君は一応優秀だよ」
よくよく考えれば冬月もひどいことを言っている。
作戦部長に抜擢した張本人のゲンドウは黙して語らないが何を考えているやらわかったものではない。
「使徒が片づいて以来、作戦部には余裕があるのでな。
平和ぼけする暇がないようにと思って出向してもらった。
日向君や青葉君にも非常勤だが行ってもらっている」
無論、シンジも加持も額面通りには聞いていなかった。作戦部の面々が堂々とガードすることにより敵対勢力の干渉に対する抑止力としているのだ。
「しかし葛城がねぇ。まさか赤木…技術部の面々は?」
「彼女はその…子育て中だからな。代わりに伊吹君を行かせて葛城君が無茶をしないように補佐をしてもらっている」
「リっちゃんが子育てねぇ…」
そういいながら加持はゲンドウとシンジを見る。
「何だ加持君?」
「何です加持さん?」
異口同音の答えを聞いて加持は肩をすくめる。
「いえいえ、何でも」
「冬月…なにがおかしい?」
冬月は笑いを堪えて続ける
「何でもない。さて最後になるが…シンジ君」
「はい?」
「君の住まいだが、どうするね?」
「あ…」
考えていなかったと言えば嘘になるが考えたくなかったのも事実である。
「一応、葛城君にはリツコ君が先刻話したそうだが」
「シンジくん、司令に気兼ねすることはないぞ。シンジくんの帰りを美人の女子高生が待っているんだ。葛城も涙を流して喜ぶことだろう」
そういいつつ加持はゲンドウの反応をうかがう。今のところゲンドウの表情には変化がない。古今東西、ゲンドウをからかう度胸があるのは冬月を除けば加持だけだろう。
「何か言い方がいやらしいですね。それにミサトさんが泣いて喜ぶのは加持さんの方でしょう?」
「俺の方はいいからいいから」
「…シンジ」
「な、なに父さん」
「今すぐ決めろとは言っていない。しばらくはジオフロントの宿舎でもいいだろう」
「う、うん」
…ほう聞き分けがいいな碇。
だが冬月が感心したのも束の間だった。
「だが、とりあえずはだ」
「え」
「今日の所はお前の…
その…義母さんに挨拶をしに来い。レイもお前に会いたいだろう」「…綾波。あ、今は碇レイだったね…」
一瞬、シンジの顔に影が降りる。
「………」
「そうだね、今日は父さんの家に泊めてもらうよ」
「…そうか」
「では二人ともさがっていい」
冬月が終了を告げる。
「はい」
「…シンジ」
「なに?」
「…後で呼びに行かせるから一緒に帰るか?」
そういったゲンドウの表情は読めない。だが、シンジは笑顔で答えた。
「うん、わかった」
二人が出ていくと執務室には静寂が戻った。
「冬月…」
ゲンドウが呼んだが返事は来ない。
ふと冬月を見ると肩をふるわせている。
どうやら笑いを堪えているらしい。
「…何がおかしい、冬月」
「いや、お前も人の親なんだと思ってな、くく…」
「…私は、ネルフの司令としてだな…
おい冬月!人の話を聞け!」冬月は十数年ぶりに大声で笑った。
「涙を流すほどおかしいのか!!」
この後、シンジと一緒に帰ると連絡を入れたゲンドウが今度はリツコに大笑いされたのは余談である。
<碇家玄関>
ドアの前で二人は立ち止まった。
「…シンジ、一つ言っておく」
振り返らずにゲンドウは口を開いた。
「何?父さん」
真剣な様子のゲンドウに身構えるシンジ。
「リツコのことは義母さん、レイのことはレイと呼べ」
「え?」
「では入るぞ」
ゲンドウがさっさと入ったため慌ててシンジも追いかける。
玄関で待っていたリツコにゲンドウが言った。
「…帰ったぞ」
「はい、おかえりなさい」
あいさつがすむと二人はまだ靴を履いたままのシンジを振り返る。
「その…た、ただいま帰りました、
お…お義母さん」そのまま顔を赤くしてうつむくシンジ。
「お…お帰りなさい、シンジくん」
つられるように顔を赤くしてしまうリツコ。
「あ、あの…」
「な…なにかしら」
はたから見たらお見合いの様にも見える。
他人が見たら何をやっているんだと言われる所だが本人達にもその自覚があるのが問題だ。それに今の所見ているのはゲンドウだけであるが、例によって何を考えているのか顔からはわからない。
その間もお見合いめいた会話は続く。
「髪…染めるの、やめたんですね」
「え、ええもういい年だしね」
「いえ、お、義母さんはまだ若いですよ」
「そ、そう、あ、ありがとう」
「あの…」
「えーと…」
同時に声を出してしまい固まる二人。
「あ、先にどうぞ」
「
あ、ありがとう。えーと、そ、そのシンジくん、その、今まで通り、リツコでいいわ。その、なんだか恥ずかしいし」
「あ、そ、そうですか、実は僕もちょ、ちょっと恥ずかしくて」
そこへじっと聞いていたゲンドウが声をかける。
「…シンジ」
「な、何?」
「…父さんは哀しいぞ」
想像だにしない台詞に驚きながらも顔を赤くしたまま反論するシンジ。
「そ、そんなこと言ったって急には無理だよ!!」
「そうかやはり何年も放っておいたあげく外国へ飛ばした私を許してはくれんのだな…」
「そんなこと言ってないだろ!!」
そこへ冷静さを取り戻したリツコが割って入る。
「…ちょっとゲンドウさん」
「な、何だ?」
瞬時に動揺するゲンドウ。
「シンジくんに無理にお、お義母さんと言わせようとしたんですか?」
声が冷たい。
「い、いや私はだな。
そ、その親子としてだな…」だんだん声が小さくなっていくゲンドウ。
「それに今の言い様はなんですか!シンジくんがとても優しい子だということはわかっているでしょう!それなのに…」
「あ、あのリツコさん」
「シンジくんは気にしなくていいのよ。あ、靴を脱いで早くあがって。ご飯にしましょう」
とたんににっこりと笑って答えるリツコ。
「で、では私も」
「ゲンドウさん!」
「な、何だね?」
叱りつけようとするリツコとびくびくするゲンドウという珍しい光景を目にして唖然としているシンジの耳に泣き声が聞こえた。
「あ、泣いてますよ」
「…あら本当」
リツコがパタパタとスリッパの音を立てて泣き声の主のもとに向かう。
「…どうした、はやくあがれシンジ」
いつもの口調と無表情に戻ったゲンドウがシンジを促した。
…父さんて、父さんて
しばしの間、アイデンティの崩壊に苦しむシンジだった。
「あーよしよし。どうしたのレイ?」
リビングではリツコが懸命にレイをあやしていた。だが、一向に泣きやむ気配はない。
「どうかしたのか」
「それがわからないんです。ゲンドウさんかわってみます?」
「い、いや私は…」
さんざん髭を引っ張られて痛い目にあったゲンドウは心持ち後ずさる。
「じゃ、お兄ちゃんにお願いしようかしら」
「え、ええーっ!?」
リツコは構わずシンジにレイを渡す。
シンジはあわててレイを受け取り抱えた。
「あーよしよし、泣かないで綾波、じゃなかったレイ」
シンジがそう言った途端ぴたりと泣きやむレイ。
じっとシンジの顔を見つめる。
…瞳の色は黒か。髪も黒いんだ。でも、綾波の面影があるな。
そうか綾波の赤ちゃんの頃ってこんなんだったんだ。
そんなことを思いながらレイを見つめていると可愛い瞳が閉じられすぐに小さな寝息が漏れ始める。
「あらあら」
「………」
二人の視線に気づきシンジは嫌な予感を感じた。
「ふーんやっぱりね」
「な、何がですリツコさん」
「レイは本当に自分に正直だということよ。私よりもシンジくんの方がいいのね」
「………」
「ど、どういう意味ですか?」
「あら、だってレイはシンジくんのこと好きでしょ」
「そ、そんなこと!!」
赤くなるシンジを楽しそうに見ながらリツコは続ける。
「だってシンジくんを守って自爆したり、最後もシンジくんを選んだし」
「
そ、それはその」「………」
「赤ちゃんにもどってもシンジくんが一番なのね」
「…リツコさんってやっぱりミサトさんの親友なんですね。僕をからかうときのミサトさんと同じ顔してますよ」
ジト目でリツコを見るシンジ。だがリツコはすましたもので、
「あらそう?偶然よ」
「…シンジ」
「な、なに父さん」
これ以上厄介な事を言わないでと願うシンジ。
だが思えば自分の願いがまともにかなった試しはない。
しかも相手はそのほとんどの場合において願いを阻んだ張本人だ。
「レイは戸籍上はお前の妹だが血のつながりはない」
「だ、だから何」
「レイと結婚したくなったらいつでも遠慮せず言え、誰にも文句は言わせん」
さらっと爆弾発言をするゲンドウ。
「父さん!!綾波、じゃないレイはまだ赤ちゃんなんだよ!」
「あら、レイが20歳になるころはシンジくんは30代半ばでしょ別に問題ないわ」
「リツコさん!!」
「冗談よ。さ、とりあえずご飯にしましょう。ゲンドウさんもはやく着替えて下さい」
「ああわかった」
ゲンドウが部屋に消えるとリツコも台所に向かった。
後には眠っているレイを抱えたシンジが取り残される。
「ふぅ、何をやっているんだろう」
父と母と妹、ありふれた親子の風景…だが、シンジにもゲンドウやリツコにもかけがえのない風景だった。
…本当の幸せってこういうのをいうのかも知れないな…
チルドレンのお部屋 −その1―
アスカ
「ちょっと何なのよ!この出番の少なさは!!ヒロインはアタシでしょーっ!
…ファースト、あんたも何か言ってやりなさいよ」
レイ
「…碇君にあやしてもらった…碇君に抱いてもらった…ポッ」アスカ「
ポッ、じゃないでしょ!ポッ、じゃ!あんた赤ん坊にされちゃったのよ!!
シンジとのラブラブな展開なんか金輪際ないのよ!
…ってそれはそれで別にいいか」
レイ 「………」
アスカ「あ、ちょっとどこいくのよファースト?」
レイ 「…作者の所」
アスカ「今更行ったって遅い…
痛っ!こらいきなりATフィールドなんか張るんじゃないわよ!!」トウジ「やれやれ相変わらずやな惣流と綾波は」
アスカ「…あんた脇役の分際でなんでこんなところにいるのよ?」
トウジ「なんやシンジの方がよかったんかいな?」
アスカ
「だ、誰もそんなこと言ってないでしょ!」トウジ「ほんま素直じゃない奴やな。
設定上もう一回エヴァに乗ることになったんやし出てきても文句ないやろ」
アスカ
「(きっぱり)いーやある!」トウジ「なんやつれない奴やな。…渚って言うたか?フィフスが出るよかましやろ」
アスカ「…それは言えるわね。とりあえず設定上は出てこないはずだけどあいつが出てくるようならファーストと手を組んでもいいわ」
トウジ「ま、そういう時は綾波の方が…お、噂をすれば帰ってきおった」
レイ 「……」
アスカ「早かったわね、てっきりフォースインパクトぐらいの騒ぎになるかと思ったのに…何赤くなってんのよ?」
レイ 「…妹だし赤ちゃんだから、ご飯を食べさせてもらったり、一緒にお風呂に入ったり、一緒に寝たりしてもらえるって言われたの………ポッ」
アスカ
「だからポッじゃないでしょ!ポッじゃ!!」レイ 「…それに今は子供でも大人になったら…ポッ」
アスカ
「ちょっとあんた何考えてんのよ!!そんなこと作者が認めてもこの私が絶対認めないわよ!!」トウジ「まぁまぁ落ち付けや惣流。ひとまず綾波は今んとこ赤ん坊なんやし…」
アスカ
「うるさいわね!剣はペンよりも強し!こうなったら実力行使よ!出てこい作者―っ!!」
トウジ「おい、そりゃロンギヌスのや…もう聞こえてへんか。しかしシンジも難儀やなぁ」
レイ 「…碇くんの妹………ポッ」
トウジ「あー、もうあんじょうしくさってや」
予告
彼らはミサトの前に突然帰ってきた
男の笑みはミサトの涙を誘い
少年の笑顔はミサトに再び幸せをもたらす
一方、高校生として平穏な日々を送るアスカ
彼女の周囲にも嵐は着実に近づいていた
嵐の中心となったとき
アスカはいったいどうするのか?
次回、新世界エヴァンゲリオン
第弐話 再会
さぁて次回もサービスしちゃうわよん!