「・・・起動開始」
ネルフの最深部、やや薄暗く狭い空間にシンジの重々しい声が響く。
「しゅ、主電源・・・。ぜ、全回路接続・・・・・・。」
応えてシンジの下方よりマヤの熱を帯びた声があがると共に、マヤが一旦は立ち上がってシンジに背を向けると上半身を屈めた。
「主電源接続完了。起動用システム作動開始」
シンジは己の方へ突き出されたマヤのお尻にニヤリと笑った後、マヤのスカートを豪快に捲って、タイツとショーツを一緒にゆっくりと下ろす。
「き、稼働電圧・・・。り、臨界点まであと0.5、0.2・・・・・・。と、突破」
「起動システム第2段階へ移行」
「パ、パイロット、接合に入ります・・・。シ、システム・フェイズ2・・・。ス、スタート・・・・・・。」
タイツとショーツが膝まで下りる間、マヤはすぐ目の前にある壁へ付いた両腕を恥ずかし切なそうにブルブルと震わせていた。
「シナプス挿入、結合開始」
下半身まで伝わってくるその震えを止める為にマヤのお尻を左右から両手で押さえ付け、シンジがマヤへ向かって半歩ほど進み出た途端。
「あんっ!!」
「伊吹二尉っ!!報告はどうしたっ!!?」
「は、はい・・・。しょ、初期コンタクト異常なし・・・。さ、左右上腕筋まで動力伝達・・・。くふっ!!」
マヤは悲鳴を上げて背を弓なりに反らすと共にその場へ崩れ落ちそうになるが、シンジの激しい叱責に慌てて壁へ付いた両腕に力を入れて耐える。
「・・・第3次接続準備」
「っ!?」
シンジはマヤの態度を満足そうに頷いて再び重々しい声を響かせると、マヤは顔をハッと上げて我に帰り、顔をシンジへ恐る恐る振り向かせた。
「絶対境界線まで、あと0.9・・・。0.8・・・。0.7・・・。0.6・・・。0.5・・・。0.4・・・。0.3・・・。」
そんなマヤへクスリと笑って右手の人差し指を立てて見せ、シンジはカウントダウンをしながらその人差し指をある場所へ導いて行く。
「ダ、ダメっ!!や、やっぱり、ダメっ!!!シ、シンジ君、やっぱり止めようっ!!!!そ、そんな所、不潔よっ!!!!!」
そして、人差し指が目的地に到達する寸前、何やら怖くなったマヤはシンジの人差し指から逃れるべくお尻を左右にフリフリと猛烈に振り始めた。
「パルス逆流っ!!第3ステージに異常発生っ!!!中枢神経素子にも拒絶反応っ!!!!」
すかさずシンジはマヤのお尻を押さえ付けようとするが、意外にもマヤの抵抗は激しくなかなか押さえ付ける事が出来ない。
「ああっ!!んふっ!!!きゃうっ!!!!はあっ!!!!!ふうっ!!!!!!」
「マヤさん、静かにっ!!誰かに聞こえちゃうよ・・・って、ダメだっ!!信号が届かないっ!!!零号機、制御不能っ!!!!」
同時にマヤは自分でお尻を動かす度に色っぽい悲鳴を思いっ切りあげ、焦ったシンジはマヤを静めようと注意するも全く効果無し。
「実験中止。電源を落とせ」
シンジは即座に実験中止を決断して、マヤのお尻に両手を置いて奧にあるレバーを引こうとする。
「い、嫌っ!!や、止めないでっ!!!」
「おやおや・・・。マヤさんったら、1週間で随分とHになっちゃったんだね」
しかし、マヤはシンジの動きに合わせて半歩後退し、シンジはマヤの意外な反応に驚いて目を細めた後、愉快そうにクスクスと笑い始めた。
「ち、違うっ!!ち、違うもんっ!!!そ、そんなんじゃないもんっ!!!!」
「それじゃあ、マヤさんのリクエストに応えて・・・。零号機、予備電源に切り替わりましたっ!!完全停止まで、あと35秒っ!!!!」
シンジの指摘に今さっきの言葉を反芻して、マヤが羞恥心にシンジの願い通り動きを止めるが、俄然やる気が出てきたシンジはマヤへ半歩前進。
「あっ!!」
バシッ!!
「あっ!!」
バシッ!!
「あっ!!」
バシッ!!
前方との距離が詰まった事により、マヤは壁に肘を付いて体勢を保ち、何やら色っぽい悲鳴をあげながら苦しみを耐えるかの様に拳平で壁を叩く。
「あっ!!」
バシッ!!
「あっ!!」
バシッ!!
「あっ!!」
バシッ!!
シンジはその様子を満足そうに見ていたが、己の言葉通り35秒後にニヤリと笑って腰を引いた。
「オート・イジェクション作動っ!!」
「・・・えっ!?」
シンジの突然の不可解な行動に驚き、マヤが切なそうな顔を振り向かせた次の瞬間。
「ひぎっ!?」
体の芯を突き抜ける様な激痛が走り、マヤは奥歯を噛みしめて痛みに耐え、壁に額と腕を付いて崩れ落ちそうになる体を必死に支えた。
「マヤさん、ゆっくりと息を吐いて・・・。大丈夫、痛くしないから・・・。ねっ!?」
「シ、シンジ君、お願い・・・。や、止めて・・・。へ、変になっちゃう・・・・・・。」
シンジはニッコリと笑って謎のアドバイスを施すが、マヤは脂汗を流しながら首をイヤイヤと左右に振って何やらシンジへ必死に懇願する。
「ダメ」
「うぐっ!!」
だが、シンジはニッコリと笑って許さず、先ほどと同じ失敗を繰り返さぬ様にマヤのお尻をしっかり押さえ、更にマヤへ半歩前進した直後。
「おおうっ!?特殊ベイクライト、放出っ!!?」
「い、嫌ぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜っ!!
マヤから思わぬ反撃を受けたシンジは、驚きながらも両足を左右に広げて反撃を避け、マヤは恥ずかしさに悲鳴を響かせて全身の力を抜いてゆく。
「では、実験再開」
「あうっ!?」
その隙を突いてシンジは改めて半歩前進し、マヤが再び体に走った激痛に首と背をビクンッと弓なりに反らす。
「あ゛っ!!」
バシッ!!
「あ゛っ!!」
バシッ!!
「あ゛っ!!」
バシッ!!
するとシンジは容赦なく前進と後退を繰り返し始め、マヤが悲鳴をあげながら苦しみに耐えるかねて拳平で壁を叩く。
「あ゛っ!!」
バシッ!!
「あ゛っ!!」
バシッ!!
「ああっ!!」
バシッ!!
ところが、不思議な事にマヤの悲鳴は痛みによる物から別の何かへと次第に変わってゆき、シンジが満足そうにニヤリと笑ってほくそ笑む。
「ああっ!!」
バシッ!!
「ああっ!!」
バシッ!!
「ああっ!!」
バシッ!!
今更ながらだが、シンジとマヤがそこで何の実験を行っているのかは全くの謎であった。
カラカラカラカラカラ・・・。
「ふぅぅ〜〜〜・・・。(そう言えば、マヤさんってそうだったっけ。今度からは気を付けないといけないな)」
トイレットペーパーを豪快に巻き取る音を響かせ、シンジは何故か濡れている足下の床をトイレットペーパーで拭きながら深い溜息を付いた。
目の前の洋式便座には、虚ろな目で口を半開きするマヤが、脱力したかの様に両腕を力無くダラリと下げ、便座カバーに背を持たれて座っている。
「はい、マヤさん。ちょっと足を開いてね」
ジャァァーーーッ!!
両手でマヤの両足を左右に開いて便器へトイレットペーパーを捨て、シンジがトイレットペーパーを流すべく水洗コックを回したその時。
カチャ・・・。
「っ!?」
水流の音に紛れて何か物音が聞こえ、驚いたシンジは体をビクッと震わせた後、生唾を飲み込んで恐る恐る個室の扉をゆっくりと開けてゆく。
タッタッタッタッタッ・・・。
そして、シンジがわずかに開いた扉の隙間から覗き込むと、2人が居る女子トイレを駈け出て行く何者かの後ろ姿が出入口辺りで刹那だけ見えた。
(・・・まずいな。いつから、居たんだろう・・・・・・。)
シンジは驚愕に目を見開いた後、垣間見えて網膜に焼き付いた第壱中の女子制服を脳裏に思い浮かべ、それが誰なのかを推定して目を細める。
「んんっ・・・。シ、シンジ君・・・。わ、私・・・・・・。」
「あっ!?気付いたようですね。大丈夫ですか?」
だが、マヤが意識を取り戻すと、シンジは険しい表情を一変させて優しい表情で振り返り、マヤへ極上の笑みでニッコリと微笑む。
ジャァァーーー・・・。ァァーーー・・・。
しばらくして、マヤが座る便座の水流が止むのに少し遅れ、真向かいの個室からも水流の止む音が聞こえた。
真世紀エヴァンゲリオン
M
E
N
T
H
O
L
Lesson:5 レイ、心のむこうに
『B3ブロックの解体終了』
『全データーを技術局一課分析班に提出して下さい』
黒こげになって倒れた第4使徒を覆い被す様に立てられたプレハブ小屋。
「それにしても、臭っいなぁ〜〜・・・。」
「確かに・・・。しかし、こうなると使徒もお終いね」
学生服にヘルメットを被るシンジは巨大な使徒を見上げながら鼻を摘み、作業着姿のミサトも鼻を摘んでシンジの意見を大いに頷く。
第4使徒戦より既に2週間、腐敗処理が施されているにも関わらず、第4使徒は第三新東京市の炎天下に勝てず凄まじい腐臭をあげていた。
しかも、ここはプレハブで密閉されている為、幾ら逃そうとしても腐臭は止まる事を知らず、プレハブ小屋に腐臭が充満しまくり。
それでも、技術部の面々は人類が初めて手にした使徒のサンプルに目を喜々と輝かせ、技術部は連日に渡って第4使徒の分析を行っていた。
「リツコ・・・。あんた、こんな所に何時間もよく居られるわね」
「あら、人間の適応力を馬鹿にしてはいけないわ。あなた達だって、あと数分もすれば臭いなんて気にしなくなるわよ」
ミサトは近くで熱心に使徒の分析をしているリツコへ呆れて声をかけるが、リツコは平然と顔を使徒へ近づけて書類にペンを走らせている。
「こんな所、1分も長く居たくはないわよ。・・・で、何か解ったわけ?」
「そうね・・・。丁度、良いから休憩にしましょう。2人とも付いてきて」
ますます呆れてミサトが溜息をつくと、リツコは少し考えた後、ペンにキャップを挿して分析室へ歩いて行った。
ピピピピピ・・・。ピィィーーーッ!!
電子音が鳴り響いて難解な数式が目まぐるしくディスプレイをスクロールしてゆき、最後に甲高い電子音と共に『601』の数字が表示される。
「・・・何、これ?」
「解析不能を示すコードナンバー」
「つまり、訳が解んないって事?」
「そう・・・。使徒は粒子と波、両方の性質を備える様な光のモノで構成されているのよ」
ミサトはまるで理解不能な解答に不思議顔を向けると、リツコは肩を竦めて答えにならない答えを返し、脇に置いてあるコーヒーへ手を伸ばした。
「・・・で、動力源はあったんでしょ?」
それを合図にミサトも一息ついて手に持っていたコーヒーに口を付け、シンジもコーヒーを口に含みながら2人の会話に声を立てずクスリと笑う。
「らしきものはね・・・。でも、その作動原理がまだサッパリなのよ」
「まだまだ未知の世界が広がっている訳ね?」
「とかく、この世は謎だらけよ。例えば・・・。ほら、この使徒独自の固有波形パターン」
ディスプレイに写ったシンジのその笑顔を目ざとく見つけ、ミサトの質問を受けつつ、リツコはキーボードを叩いて席を譲るように脇へ立った。
「どれどれ?・・・・・・これって」
表示が変わったディスプレイを覗き込むなり、ミサトは驚きに目を見開くが、シンジは興味なさ気に欠伸をしてディスプレイを見ようともしない。
「あら、シンジ君は驚かないのね?・・・それとも、驚く必要がないのかしら?」
「へっ!?・・・何がです?」
リツコはシンジの反応に何かを確信して探りを入れるが、シンジに欠伸途中の間抜け顔を向けられる。
「これよ。構成素材の違いはあっても、信号の配置と座標は人間の遺伝子と使徒が99.89%ほど酷似している事」
「・・・と言うか、中学生の僕にそんな物を見せられても、さっぱり何が何だか解りませんよ」
「そうよ。こんな遺伝子配列をこの年頃で知っているはずないじゃない。まあ、アスカなら知っているかも知れないけどさ」
ならばとリツコはディスプレイを指さして説明するが、シンジはキョトンと不思議顔で肩を竦め、ミサトがシンジの意見に追従して頷く。
「それも、そうね。どうかしていたわ(さすがに、この程度ではボロを出さないか・・・。)」
(フフ・・・。リツコさん、まだまだ甘いですよ)
リツコはこれ以上の追求は無理と悟るも挑戦的な視線を向け、シンジは挑戦を受けて精進が足りぬと言わんばかりに目だけをニヤリと笑わせた。
(な、何なのよ・・・。な、何なのよ。こ、この緊迫感は・・・・・・。)
シンジとリツコの間に挟まれ、ミサトは2人の間で交錯する視線の探り合いを感じ取り、居心地の悪さに緊張の汗を背筋にタラ〜リと流していた。
(・・・んっ!?)
不意に管制室のガラス窓を挟んで目の前をゲンドウと冬月が通り過ぎてゆき、ミサトはこれ幸いと反射的に2人の姿を追って目線を動かす。
「お待ちしておりました。これがそうです」
するとすぐ近くで作業をしていた白衣姿の技術部員に出迎えられ、ゲンドウと冬月が赤黒い物体の前で立ち止まった。
ちなみに、この赤黒い物体は、第4使徒戦後に初号機の掌に残っていた第4使徒のコアのなれの果てである。
「これがコアか・・・。残りはどうだ?」
「それが超高温で根こそぎやられていまして炭化しています。これも初号機になんとか残っていた物の1/3程度にしか過ぎません」
冬月は興味深そうにコアへ顔を近づけるが、鼻へツーンと来た異臭に慌てて顔を引き、技術部員は苦笑を隠して2人へ遅まきながらマスクを渡す。
「構わん。他は全て破棄だ」
「はい」
ゲンドウは間抜けな冬月をニヤリと笑う口元をマスクで隠すと、人前では常に着用している手袋を珍しく外して直にコアへ手を当てる。
「・・・おや?」
「どうしたんですか?」
その際、ミサトはゲンドウの両掌に火傷後がある事に気付いて不思議声をあげ、シンジがリツコとの化かし合いを止めてミサトへ視線を向けた。
「ほら、あれ・・・。碇司令、手に火傷をしたみたいな後があるけど、どうしたのかなと思って」
「・・・本当ですね」
「リツコ、知ってる?」
ミサトの指さす先を興味なさ気に眺め、シンジは溜息混じりに言葉を吐き出し、ミサトはシンジの態度を怪訝に思いつつもリツコへ解答を求める。
「あなたが本部へ転属する前、起動実験中に零号機が暴走したのを聞いているでしょ?」
「ええ・・・。」
「その時、レイがエントリープラグの中に閉じ込められてね・・・。それを碇司令が彼女を助け出したの。加熱したハッチを無理矢理こじ開けて」
その質問にミサトではなくゲンドウの背中へ冷たい視線を送りながら、リツコは無表情に言葉を紡ぎ出した。
「・・・碇司令が?」
「掌の火傷はその時の物よ」
「へぇぇ〜〜〜・・・。勇敢と言うか、何と言うか、かなり意外な一面ね・・・って、ごみん。シンジ君の前で失礼よね」
ミサトは初めて知ったゲンドウの一面に驚き、思わず失礼な感想を漏らすが、近くにゲンドウの息子がいる事を思い出して慌てて言葉を訂正する。
「いえ、別に・・・。でも、本当にそうでしょうか?」
「・・・どういう意味?」
だが、シンジは全く気にした様子もないどころか、無表情にミサトの感想を否定し、ミサトが眉間に皺を寄せて不思議顔で聞き返す。
「勇敢と言うところです。だって、ミサトさんも自分の車を大事にするでしょ?多分、この場合はそれと一緒ですよ」
「ちょっと、シンジ君っ!!その言い草じゃ、まるでレイが道具みたいじゃないっ!!!」
応えてシンジが小馬鹿にした様に肩を竦めると、ミサトは激昂して大声で叫び、ゲンドウと冬月が何事かと視線をこちらへ向けた。
「違いますか?・・・だって、父さんにとって、僕も綾波も所詮は道具。いや、人形かな?ある目的の為のね」
「「っ!?」」
シンジは背中にゲンドウの視線を感じて邪悪そうにニヤリと笑い、その笑顔を目の当たりにしたミサトとリツコが恐怖に思わず固まる。
「リツコさんもはっきりと言ってあげれば良いんですよ。今みたいに、ただ黙って遠くから眺めているだけじゃなくてね?」
「・・・えっ!?」
しかし、シンジはすぐに表情を素に戻してリツコへ真剣な眼差しを向け、リツコはいきなりのご指名に驚きながらもシンジへ視線を向けた。
「例え、一卵性の双子は姿形が似ていても・・・。
姉は姉、妹は妹、それは全く別の人格、全く別の人物・・・。そして、起源は一緒でも分かたれた魂は全くの別物だとね」
シンジは一旦言葉を切って目を瞑った後、何かを暗に比喩して鋭い眼光をリツコへ放つ。
「「「・・・っ!?」」」
リツコはその視線と言葉の意味が解らず怪訝そうにするが、一瞬後に意味が解った途端、加えてゲンドウと冬月も驚愕して目を最大に見開いた。
「・・・シ、シンジ君。あ、あなた、何が言いたいの?」
「フフ、さあね。それはリツコさんが1番良く知っているんじゃないかな?」
一拍の間の後、リツコは我に帰って怖ず怖ずと尋ねるも、シンジはクスクスと笑って答えをはぐらかす。
「シンジ君、良く解んないんだけど・・・。双子が別人格なのは当たり前なんじゃない?」
「ミサトさんもそう思いますよね?でも、世の中にはこんな当たり前の事も解らない愚か者がいるんですよ・・・。全く、困ったものです」
そのシンジの背後では、ゲンドウが唇を噛んで拳をギュッと握り、憤怒の表情を浮かべていた。
「キャっ!?冷たいっ!!!」
「へへん♪ボォ〜〜ッとしているミキが悪いのよ♪♪」
明けて翌日、日本晴れの上天気の中、3時間目の授業が体育である2年A組の女生徒達はプールで気分爽やかな水泳。
「あっ!?碇くぅぅ〜〜〜ん♪」
「碇君も一緒に泳ごうよぉぉ〜〜〜♪」
一方、男子生徒達はうだる様な炎天下の中、ムシムシと陽炎立つコンクリートのバスケットコートの上で気分最悪なバスケット。
「やぁ〜〜ん♪碇君のHぃぃ〜〜〜♪♪」
「なんか、鈴原の目つきやらしいぃ〜〜っ!!」
それ故、試合の休み番の男子生徒達はだれた恰好で地面に座り、こぞって10メートルほど先にあるプールへ視線を向けて涼を取っていた。
「みんな、ええ乳しとんなぁ〜〜・・・。」
「ああっ!!この瞬間をカメラに撮れないとはっ!!!相田ケンスケ、一生の不覚でありますっ!!!!」
もっとも、男子生徒達は涼を取るどころか、トウジとケンスケの様に鼻息をフンフンと荒くさせて体を悶々と余計に熱くさせている。
(綾波、元気なさそうだな・・・。やっぱり、昨日のアレが効いているのかな?
まあ、僕とした事が夢中になって気付かなかったのは迂闊だったけど・・・。これはフォローしておかないとまずいね)
そんな中、スクール水着姿程度では悶々としないシンジは、プールサイドで寂しそうにポツンと体育座りをしているレイを冷静に観察していた。
ちなみに、スクール水着で悶々とする趣味が世の中には存在するが、どうやらシンジはその方面にはさほど趣味を持っていないらしい。
「おっ!?センセ、何を熱心な目で見とんねん?」
「綾波かぁ〜〜?ひょっとしてぇぇ〜〜〜?」
「・・・違うってば」
シンジのその視線に気付き、隣に座るトウジとケンスケがニヤニヤと笑う顔をシンジへ近づけ、シンジが苦笑を返す。
余談だが、ミサトが家出から帰ってきた翌日、ケンスケを仲介としてシンジとトウジの間には改めて堅い友情が結ばれていた。
おかげで、トウジはアキとも和解して、今では長らくご厄介になっていた相田邸から自宅へ戻っている。
だが、所詮それは恐怖から結ばれた偽り友情であり、トウジは自分で気付かないフリをしながら心の奥底でシンジへの怒りを未だ持ち続けていた。
実際、シンジはアキとの交際を止めておらず、それどころか兄公認と勘違いしたアキは、前にも増して積極的にシンジとの交際をしている。
「またまた、あ・や・し・い・ぃ〜〜っ!!」
「せやせや、男やったら正々堂々とせいっ!!」
「綾波の胸っ!!」
「綾波のふとももっ!!」
「「綾波のふ・く・ら・は・ぎ・ぃぃ〜〜〜っ!!」」
しかし、ケンスケとトウジの追求は止まず、2人は鼻息をフンフンと荒くする顔を寄せ合い、暑苦しい顔をますますシンジへ近づけた。
「だから、違うってば・・・。」
「だったら、何を見ていたんだよ?」
「わしの目は誤魔化されへんっ!!」
さすがのシンジもこれにはたまらず腰を引き、もう一押しだと確信したケンスケとトウジが更なる追求の手を伸ばす。
「僕が見ていたのは洞木さんだよ。彼女って、意外と着やせするんだなぁ〜〜っと思って」
「え゛っ!?」
応えてシンジは水着がお尻へ食い込んだのを直しているヒカリへ視線を向けてニヤリと笑い、一瞬にしてトウジのニヤニヤ笑いがピシッと凍った。
ピィィィィィ〜〜〜〜〜〜ッ!!
「あっ!?僕達の番だ。さあ、行こう」
その直後、試合終了を知らせるホイッスルが辺りに鳴り響き、シンジは何事もなかった様に立ち上がってコートへ入って行く。
「トウジ・・・。明らかに、碇は委員長を狙っている。早く何とかした方が良いぞ?」
「っ!?・・・な、何とかって何やねん」
ケンスケがシンジに聞こえない様な小声でトウジへ囁くと、トウジは体をビクッと震わせた後、ケンスケの言葉の意味が解っていながらとぼける。
「俺の知っている限りだと、碇は彼氏がいる娘には興味がないしらしい・・・。だから、いい加減に男らしく腹を括って委員長に告白をしろ」
「な、なんで、わしがイインチョに告白せなあかんねんっ!!わ、わしはイインチョの事なんて何とも想ってへんわいっ!!!」
ならばとケンスケはトウジの弱点である男らしさで攻めるが、トウジは顔を真っ赤に染めつつケンスケの言葉を必死に否定して全く効果無し。
「なら、良いんだけどな・・・。あとで後悔するなよ?一応、俺は忠告したからな」
「お、おう・・・。」
ケンスケはトウジに深い溜息と白い視線を残してコートへ入って行くが、トウジはその後に続かず試合が始まってもそこにいつまでも佇んでいた。
『エヴァ零号機は第三次冷却に入ります。第六ケージ内はフェイズ3まで各システムを落として下さい』
『先のハーモニクス、及びシンクロテストは異常なし。数値目標を全てクリア』
誰もが自由を謳歌する放課後だが、チルドレンと言う称号を与えられたシンジとレイには休息はまだ訪れない。
『了解。結果報告はバルタザールへ』
『了解。エントリープラグのパーソナルデーターはオールレンジにてメルキオールにコピー。データー、送ります』
初号機とのシンクロ実験も一通り終わり、エントリープラグでシンジはぼんやりとアナウンスを聞きながら実験終了のお声を待っていた。
『メルキオール、了解。回路接続』
『第三次冷却スタートします』
だが、その表情には退屈と言う2文字はなく、シンジは真向かいの零号機が収納された『零号機ケイジ』のある一点を熱心な様子で見つめている。
『CBL循環を開始』
『廃液は第二浄水システムへ』
その一点には拡大表示されたウィンドウが開き、プラグスーツ姿のレイが零号機エントリープラグのシート調整作業をしている様子が映っていた。
『各タンパク壁の状態は良好。各部、問題なし』
『零号機の再起動実験までマイナス1050分です』
しかも、レイが動く度にシンジはカメラで追いかけ、レイのお尻へカメラ位置を合わせる徹底ぶり。
(やっぱり、綾波はスタイルが良いね。腰なんか、こうキュッと締まっていてさ・・・って、誰だよっ!?このうすらデカい馬鹿はっ!!?)
そこへ不意にレイとカメラの間を遮る者が現れ、不愉快そうにシンジはカメラ位置を動かし、今度はレイの胸へカメラを合わせようとする。
(なんだ、父さんか・・・。相変わらず、父さんも懲りない人だねぇぇ〜〜〜・・・。)
しかし、その途中でレイに近づいてきたのがゲンドウだと解り、シンジは何しに来たのだろうと言う興味が湧いて外部マイクのスイッチを押した。
『レイ・・・。調子はどうだ?』
『・・・問題ありません』
ゲンドウがレイの後ろで立ち止まって声をかけると、レイはチラリと後ろへ顔を向けた後、すぐに正面へ顔を戻して興味なさ気に返事を返す。
『そうか・・・。この後、一緒に食事でもどうだ?』
『いえ、結構です』
未だかつて体験した事のない冷たい態度のレイを怪訝に思いつつ、ゲンドウは食事に誘うが、レイは振り向きもせず誘いをあっさりと断った。
『・・・な、何故だ?』
『碇君と一緒に帰る約束があるから』
『な、なにっ!?』
動揺に声を震わせながら尋ねると、レイはほんのりと頬をポッと紅く染めて応え、ゲンドウは見た事もないレイの乙女の横顔にビックリ仰天。
『用がなければ、これで・・・。』
『ま、待てっ!!ま、待ってくれっ!!!レ、レイっ!!!!』
するとレイは作業を中断して話は終わりだと言わんばかりに立ち去ろうとし、ゲンドウは慌てて我に帰って手を伸ばすもレイの歩みは止まらない。
『ダメ・・・。碇君との約束は大事』
『レ、レイぃぃぃぃぃ〜〜〜〜〜〜っ!!』
それどころか、レイは振り返ろうともせずスタスタとケイジを出て行き、ゲンドウの絶叫だけが虚しく辺りに響き渡った。
「くっくっくっ・・・。振られてやんの」
情けなく両膝を床に付き、頭をガックリと垂れるゲンドウの姿が愉快でたまらず、シンジがお腹を抱えて必死に笑いを堪える。
(おのれぇぇ〜〜〜っ!!シンジめぇぇぇ〜〜〜〜っ!!!私のレイを、私のレイを、私のレイをぉぉぉぉ〜〜〜〜〜っ!!!!)
そのシンジの心中を感じ取ったのか、ゲンドウは立ち上がってサングラスを押し上げると、射殺さんばかりに初号機を鋭くギラギラと睨み付けた。
「ダメダメ、そのサングラスをかけている限りは全然恐くないよ?」
応えてシンジは左人差し指で左目を下に引っ張って舌を出すアッカンベーをゲンドウへ向ける。
「んっ!?・・・・・・あ、そっか。まだ、シンクロしているんだっけ?」
たちまちゲンドウの睨みが一段と増し、シンジはまるでこちらを見ている様な反応に首を傾げて、未だシンクロ実験中だと思い出した次の瞬間。
バシャンッ!!
シンジが素早く顔から左手を下げるのに反応して、初号機も素早く顔から左手を下げ、肩まで浸かるLCLを豪快に叩きつけた。
ドッパァァァァァーーーーーーンッ!!
「のわぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜っ!!」
その結果、凄まじい波紋がケイジへと広がり、ゲンドウとケイジにいた作業員達へ恐ろしいほどのビックウェーブが襲う。
『し、司令っ!!・・・シ、シンジ君っ!!!あ、あなた、何をやってるのっ!!!!』
「あっはっはっはっはっ!!く、苦しい・・・。と、父さん、僕を笑い殺す気なの・・・。あっはっはっはっはっはっはっはっはっはっ!!!」
すぐさま実験責任者であるリツコからお叱りの言葉が飛んでくるが、シンジはお腹を抱えて笑っている為に返事が出来ない。
『のわっぷっ!!わ、私は泳げないんだっ!!!だ、誰か助けてくれっ!!!』
「だ、大丈夫だよ・・・。くっくっくっくっくっ・・・。だ、だって、ここの水はLCLだからね・・・。あっはっはっはっはっはっはっ!!」
おかげで、シンクロする初号機も体を激しく揺らしてしまい、ケイジのビックウェーブは寄せては返し、しばらく収まる事はなかった。
「ぶえっくしょんっ!!」
意味もなくただっ広い司令公務室に響く豪快なくしゃみ。
「碇・・・。風邪か?」
「・・・ああ」
司令席横のソファーで詰め将棋に興じている冬月が顔を向けると、ゲンドウは忌々し気に頷き、司令席上に常設したテッシュ箱へ手を伸ばす。
ブビィィ〜〜〜ッ!!ブビ、ブビッ!!!
「そう言えば、前々から調査していた件だがな。やはり、シロだったよ」
全く遠慮のないゲンドウの鼻をかむ音に顔を顰め、冬月はふと司令席へ来る前に貰った書類の内容を思い出して結果を告げた。
ブビ、ブビッ!!ブビィィ〜〜〜ッ!!!
「・・・そうか」
ゲンドウはもう一踏ん張り鼻をかんだ後、テッシュを広げて何やら悦に入った様子でニヤリと笑い、司令席脇に置いたゴミ箱へテッシュを捨てる。
「そうかって、お前な・・・。昨日の口振り、シンジ君は何かを知っているんじゃないのか?
まさかとは思うが、秘密裏に老人達がシンジ君に接触していたと言う可能性もなくはないぞ?実際、シンジ君はユイ君の後継者でもあるしな」
冬月はゲンドウの気のない返事を諫めようと改めて顔を向けるも、鼻をかみ過ぎて真っ赤になったゲンドウの鼻がおかしくて顔を背けた。
「問題ない・・・。調査ではその結果が出なかったんだろ?」
「しかし、だな。もしかしたら、私達のシナリオに支障をきたす存在になるかも知れんのだぞ?」
ゲンドウはサングラスを押し上げ、冬月の心配をニヤリと笑って一笑するが、冬月は背中を向けたまま笑いに肩を震わせて心配を重ねる。
ちなみに、2人の会話にある調査とは、たまに怪し気な言葉を仄めかし、戦いでは常人離れした力を見せるシンジについての物。
その結果は、技術部のDNA鑑定でもシンジ本人と認められ、諜報部の過去10年を遡る追跡身辺調査でもシンジに埃は全く出てこなかった。
「イレギュラーで出来た波紋には、隣へイレギュラーの小石を投げ込み、その波紋同士でお互いを打ち消すだけだ」
ガラッ・・・。カチャ・・・。
だが、背後で引出の開く音と電話の受話器が上がる音が聞こえ、冬月は何事かと再び顔をゲンドウの方へ向ける。
(また、良からぬ事を考えているな・・・。頼むから面倒だけは起こすなのよ)
「ふっ・・・。」
そして、冬月はそこにあった悪巧みをしていそうなゲンドウのニヤリ笑いに深い溜息をつき、ゲンドウは今か今かと電話の着信を待つ。
プルルルル・・・。カチャ・・・。
『・・・はい』
「ごっほっ!!ごっほっ!!!・・・すまん。少し風邪気味でな・・・。ごっほっ!!!!ごっほっ!!!!!」
一拍の間の後、受話器よりレイの声が返され、ゲンドウはわざとらしく咳き込んでレイの情へ訴えた。
『そうですか・・・。お大事に』
「ま、待てっ!!き、切るなっ!!!レ、レイっ!!!!」
ところが、育ての親から思いやりを教えて貰わなかったレイは、無下に電話を切ろうと別れの言葉を告げ、慌ててゲンドウが叫んでレイを止める。
『・・・はい』
「うむ・・・。この通り、私は風邪をひいている。・・・そこでだ。お粥を作りに見舞いへ来てくれないか?」
その甲斐あってか、レイは電話を切るのを止め、ゲンドウは満足そうにウンウンと頷き、電話をかけた目的をレイに頼もうとしたその時。
『キャッ・・・。ガシャンッ!!』
「ど、どうしたっ!?レ、レイ、どうしたんだっ!!?」
レイの可愛い悲鳴と共に携帯電話が地面に落ちた様な音が受話器に響き、ゲンドウはレイの身に何か起きたのかと心配して受話器へ叫ぶ。
『せっかく、誤解が解けたのに・・・。これでお別れだなんて寂しいね。綾波』
「な゛っ!?その声はシンジっ!!!」
すると受話器からレイに代わってシンジの声が聞こえ、ゲンドウは何故シンジがそこに居ると言う思いを巡らせながらもビックリ仰天。
『い、碇君、ダメ・・・。で、電話中・・・・・・。』
「2人とも何をやっているっ!!シンジ、今すぐレイから離れるんだっ!!!おい、聞いているのかっ!!!!」
更に言葉とは裏腹に全然嫌そうじゃないレイの甘い声が届き、ゲンドウは場面が見えないだけに想像力を目一杯に働かせて混乱大パニック。
『綾波・・・。』
『・・・い、碇君』
「レイ、お前も惑わされるなっ!!お前の碇君はここにいるぞっ!!!」
しかし、ゲンドウが幾ら叫ぼうともシンジとレイに声は届かず、受話器の向こう側から甘い雰囲気だけがゲンドウの元へ返ってくる。
『んっ・・・。んっんっ・・・・・・。』
「レ、レイぃぃぃぃぃ〜〜〜〜〜〜っ!!」
そして、遂には甘く吐息を漏らすレイの息づかいが聞こえ、ゲンドウは絶叫をあげながら滂沱の涙をルルルーと流す。
「・・・レ、レイにこだわりすぎだな」
ギィィーーー・・・。バタンッ・・・。
このままここに居たら、とばっちりを喰らうと判断した冬月は、静かに将棋盤を抱えてそそくさと司令公務室を退場して行った。
「「乾ぱぁぁ〜〜〜いっ!!」」
ガゴン、ガゴンッ!!
美味しそうな料理が列ぶ葛城邸のリビングのテーブルの上でエビチュ・ビールの缶がぶつかり合う。
ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ・・・。
「「ぷっはぁぁ〜〜〜っ!!かぁぁぁ〜〜〜〜っ!!!うまいっ!!!!」」
シンジとミサトは揃ってビールを一気に飲み干し、酒臭い息をまき散らしながらおでこを左手でペシペシと叩いてビールの味にご満悦。
「・・・あ、あなた達、いつもこうなの?」
「「ええ、そう(ですけど、よ)?」」
本日夕飯にお呼ばれされたリツコは、その光景を唖然と見つめて大粒の汗をタラ〜リと流すが、シンジとミサトに不思議顔を返された。
「そう・・・。でも、シンジ君。あなた、まだ中学生でしょ?」
「またまたぁ〜〜。リツコさんったら、つれないんだからぁぁ〜〜〜」
プシュッ!!
リツコはこめかみに人差し指を置いて溜息混じりにシンジを注意するが、シンジは堪えた様子もなく早くも2缶目に取りかかる。
プシュッ!!
「そうよん♪1人で飲むより2人、2人で飲むより3人、3人で飲むより4人の方が楽しいじゃない。さあ、リツコも飲みなさいよ♪♪」
「クワッ!!クワァァ〜〜〜ッ!!!」
それに続けと言わんかばりに、ミサトも2缶目に取りかかってシンジを援護し、ペンペンもご機嫌にビールを飲みながら羽根をバタつかせた。
「はぁぁ〜〜〜・・・。ところで、ミサト。あなた、どうしてジャージなんか着ているの?」
「そうそう、僕もさっきから不思議に思っていたんですよ。どうしてなんですか?」
リツコは深い溜息をついて説教を諦め、代わりに先ほどから思っている疑問をミサトへ尋ねると、シンジもリツコの疑問に乗ってミサトへ尋ねる。
ちなみに、リツコの言う通り、いつもはラフな恰好を好むミサトが、今日に限って何故か紺色のジャージを着ていた。
ついでに、シンジは部屋着であるオレンジ色のシャツにGパン、仕事帰りのリツコは水色のノースリーブシャツにブルーのミニスカート。
「えっ!?い、いや・・・。こ、これは・・・。ちょ、ちょっち・・・。そ、その・・・・・・。
おおっ!?さすが、シンジ君ねっ!!!この鳥の唐揚げは絶品だわっ!!!!リツコも食べてみなさいよっ!!!!!」
たちまちミサトは何やら焦って言葉を詰まらせ、シンジへ恨めしそうな視線を向けた後、誤魔化す様にテーブルの上に列んだ料理へ手を付けた。
「(・・・どうしたのかしら?)あら、本当。イケるわ」
「クワッ!!クワッ!!!クワワワワッ!!!!」
リツコはミサトの様子を怪訝に思いながらも料理に手を付けて舌鼓を打ち、ペンペンも同族とは知らずに食べて舌鼓を打って羽根をバタつかせる。
「ふふん♪毎日、こんな料理が食べられるなんて羨ましいでしょ♪♪」
「ええ、そうね。(ミサト・・・。あなた、終わってるわ)」
するとミサトは殊更にシンジの料理を自慢してニコニコと笑い、リツコは相づちを打ちつつも、心ではミサトへ深い溜息をついて哀れんでいた。
それもそのはず、ミサトが今言った発言は、つい1週間前にこの家から家出をした人物の物とはとても思えないからである。
「そうだ・・・。シンジ君、頼みがあるのよ」
「何ですか?」
「レイの更新カード、渡しそびれたままになってて・・・。悪いんだけど、本部に行く前に彼女の所へ届けて貰えないかしら?」
リツコは気を取り直すと、ふと思い出した様に自分のハンドバックを漁り、シンジへレイのIDカードを差し出した。
「ほぉぉ〜〜〜・・・。マヤさんの次は綾波ですか?」
「な、何の事かしら?(も、もしかして、見透かされているの?)」
シンジはレイのIDカードを受け取ってニヤリと笑い、リツコは体をギクギクゥ〜〜ッと震わせ、シンジから視線を逸らしてビールを飲む。
「なに、なに?どうしたの?どういう意味なの?・・・っ!?」
唯一会話に付いてゆけず2人の顔を交互に見比べていたが、ミサトはシンジがIDカードを食い入る様に見つめているのに気付いて動きを止めた。
「どぉ〜〜しちゃったの?レイの写真をジ〜〜ッと見ちゃったりしてぇぇ〜〜〜?ひょっとして、シンジくぅぅぅ〜〜〜〜ん?」
「違いますよ」
ミサトは眉をピクピクと跳ねさせたニヤニヤ笑いを向けるも、シンジはIDカードからチラリと目線を上げてミサトの考えを軽く一蹴する。
「またまた、照れちゃったりしてさぁ〜〜。レイの家へ行くオフィシャルな口実が出来てチャンスじゃない」
「フフ、嫉妬ですか?ミサトさん、可愛いですよ」
その態度が癇に触ったのか、ミサトはますます眉をピクピクと跳ねさせるが、再び目線を上げたシンジにクスリと笑われた途端。
「そ、そ、そんなんじゃないわよっ!!ま、ま、ま、全く、もうっ!!!」
「そうですか?いやいや、残念だなぁぁ〜〜〜」
(ミ、ミサトが手玉に取られている・・・。ひ、人をからかう事にかけては誰にも負けないミサトが・・・・・・。)
ミサトは瞬く間に顔を真っ赤に染めてシンジから視線を逸らし、シンジはクスクスと笑い声を立て、リツコは底知れぬシンジの実力に戦慄する。
「・・・で、なんでなの?」
「はい?」
「だから、なんでそんなにレイを熱心に見てるのかって聞いているのよっ!!」
それでも、シンジがIDカードのレイの写真を熱心に見ている理由を問わずにはおられず、ミサトは視線を逸らしたまま不機嫌そうに尋ねた。
「同じエヴァのパイロットなのに、綾波の事を良く知らないなぁ〜〜っと思って・・・。」
「いい娘よ、とても・・・。あなたのお父さんに似て、とても不器用だけど」
応えてシンジは再びIDカードを見つめた後、刹那だけリツコへ視線を向けると、リツコが妙に芝居がかった感じで髪をかき上げる。
「不器用って・・・。何がですか?」
「・・・・・・・・・生きる事が」
過去の経験から引っかかったと心の中でほくそ笑み、シンジは笑いを堪えてリツコへ言葉を促し、リツコが寂しそうな微笑を浮かべて応えた。
「くっくっくっくっくっ・・・。はっはっはっはっはっ・・・。あっはっはっはっはっはっはっはっはっはっ!!」
「ど、どうしたのっ!?シ、シンジ君っ!!?」
刹那だけリビングに静寂が広がるが、遂に堪えきれなくなったシンジが次第に大笑いを始め、ミサトがシンジのいきなりのご乱心にビックリ仰天。
「くっくっくっくっくっ・・・。はぁ・・・。はぁ・・・。リ、リツコさん、違うでしょ?」
「・・・なにが?」
一頻り笑った後、シンジは再び笑いを堪えて息切れしながらリツコへ視線を向け、リツコは決めゼリフを笑われて不機嫌そうに眉を寄せる。
「父さんの場合は『生きる』事に不器用なんじゃなくて・・・。『イカす』事にでしょ?」
「はっ!?・・・生かす事?」
シンジはニヤリと笑ってリツコの言葉を訂正するが、リツコは意味が解らず首を傾げ、気分を落ち着けさせようとビールを口に含んだ。
「またまた、とぼけちゃってぇぇ〜〜〜。どうです?この際、僕に乗り換えるってのは?僕なら若さも、持久力も、テクニックもありますよ?」
ブゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥーーーーーーーーーーーッ!!
「けっほっ!!かっほっ!!!けっほっ!!!!かっほっ!!!!!」
だが、シンジの全くの謎の追加説明に言葉の真意を即座に理解し、リツコは口に含んでいたビールを一気に勢い良く吹き出して激しく咳き込む。
「のわっ!?な、何すんのよっ!!?リ、リツコっ!!!?」
「ご、ごめんっ!!ミ、ミサトっ!!!」
その放射上にいたミサトはビールをモロに被り、酒臭いジャージの上着を脱ぎ捨て、慌ててリツコはハンカチを取り出してミサトへ駈け寄る。
「・・・って、ミサトっ!?」
「あによっ!!」
「そ、それ・・・。」
しかし、寸前のところで動きを止め、ミサトの不機嫌顔に応えて、リツコはキャミソール姿になったミサトをブルブルと震える指で指さした。
リツコの指先がブルブルと震える理由、それはキャミソール姿で露出したミサトの肌に幾本もの縄目が軽く痣になって走っていたから。
もっとも、何故ミサトの体に縄目が走っているのか、何故それが理由でリツコの指先がブルブルと震えるのかは全くの謎である。
「えっ!?・・・あっ!!?ち、違うのよっ!!!!こ、これは、そのっ!!!!!と、とにかく、違うのよっ!!!!!!」
「こ、ここ、最近・・・。め、珍しく、ストッキングを・・・。しかも、黒のストッキングを履いていると思ったら・・・。そ、そうだったの?」
ミサトはリツコの指さす先を見るなり、慌ててジャージの上着を手繰り寄せて上半身を隠し、リツコはワナワナと震える瞳をミサトへ向けた。
「嫌ぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜っ!!そんな目で私を見ないでぇぇぇぇぇぇ〜〜〜〜〜〜〜っ!!!」
タッタッタッタッタッタッタッタッタッタッ!!ガラッ!!!バタンッ!!!!
その視線に耐えきれなくなり、ミサトは涙声で絶叫をあげながら自分の部屋へ駈け逃げて行く。
「ミ、ミサト・・・。ひぃっ!?」
「どうです?僕なら、あらゆる趣味に通じていますから・・・。父さんと違って、リツコさんを絶対に満足させる事が出来ますよ?」
リツコはミサトを追おうと腰を浮かすが、いつの間にか側へやってきたシンジに肩を抱かれ、首筋に吐息をかけられて体をビクッと震わす。
余談だが、シンジの言葉の意味は全くの謎ではあるが、リツコはシンジの言葉通りここ最近ずっと女性の幸せをご無沙汰していた。
何故かと言うと、若い頃はやんちゃ坊主でブイブイと言わせたゲンドウも、48歳で寄る年並みには勝てず最近はさっぱりと淡泊らしい。
「わ、私、そろそろお暇させて頂くわっ!!ミ、ミサトによろしくっ!!!」
タッタッタッタッタッタッタッタッタッタッ!!プシューー・・・。
身の危険を感じ、リツコは恐怖に怯える絶叫をあげながら葛城邸を駈け逃げ出て行く。
「しょうがないな。ペンペン、今晩は男同士で飲み明かすか?」
「クワッ!!クワッ!!!クワァァ〜〜〜ッ!!!!」
あっと言う間に酒宴から家主と主賓が消えてしまい、シンジはやれやれと肩を竦めると、唯一残ったペンペンと改めて乾杯を交わした。
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