トン、トン、トン、トン、トン・・・。
葛城邸のリビングに響く苛立ちを含んだ断続的な音。
トン、トン、トン、トン、トン・・・。
その正体は、テーブルに右手で頬杖をつき、午後7時12分を示す壁時計を睨むシンジが、左手の人差し指の爪先でテーブルを叩く音。
「ふぅぅ〜〜〜・・・。ミサトさん、おっそいなぁぁぁ〜〜〜〜・・・・・・。」
シンジはテーブルを叩くのを止めると、夕飯時なのに連絡もなく帰宅が遅いミサトに対して深い溜息をついた。
ガサゴソ、ガサゴソ・・・。
「せっかく、ミサトさんの為に買ってきたのに・・・。」
そして、テーブルの上に置いてあった茶色の紙袋の中から1本のバナナを取り出し、シンジはバナナをテーブルに置いて再び深い溜息をつく。
「クワッ!!クワワワワッ!!!」
寝ころんでTVを見ていたペンペンはそのバナナを目ざとく見つけ、シンジが食前のデザートを独り占めするのかと思って自己主張をする。
「なに?お前、これが食べたいの?」
「クワワッ!!」
シンジは羽根をバタつかせるペンペンの視線がテーブルの上のバナナにあると気付いて尋ねると、ペンペンはより一層に羽根をバタつかせた。
「それじゃあ・・・。食べてみる?」
「クワッ!!」
するとシンジは愉快そうにニヤリと笑ってバナナをペンペンへ差し出し、ペンペンが喜び勇んで嘴を大きく開けて食らいつこうとした次の瞬間。
ウィーーン、ウィーーン、ウィーーン、ウィーーン・・・。
「クワワワワッ!?」
なんとバナナが不思議な生き物の様に妙なモーター音を鳴らしながらくねり動き始め、ペンペンは後方へ飛び跳ね、尻餅をついてビックリ仰天。
「ぷっ!!くっくっくっくっくっ・・・。ほぉ〜〜ら、食べて良いんだぞ。ペンペン」
ウィーーン、ウィーーン、ウィーーン、ウィーーン・・・。
「クワワッ!!クワワワワッ!!!クワァァ〜〜〜っ!!!!」
更にシンジは意地悪そうな含み笑いをあげてペンペンへバナナを差し出すと、ペンペンは首をイヤイヤと左右に振って尻餅をついたまま後ずさる。
「ほらほぉ〜〜ら、バナナだぞぉぉ〜〜〜・・・。ペンペンが食べたいって言ったんだろぉぉぉ〜〜〜〜・・・。」
ウィーーン、ウィーーン、ウィーーン、ウィーーン・・・。
「クワァァ〜〜〜っ!!クワァァァ〜〜〜〜っ!!!クワァァァァ〜〜〜〜〜っ!!!!」
だが、シンジはペンペンが後退すれば前進し、遂に壁際まで追い詰められたペンペンが、目の前に迫る怪奇バナナ獣の恐怖に絶叫をあげたその時。
ピンポーン、ピンポーン♪
「んっ!?誰だろ?こんな時間に・・・。」
「クワァァ〜〜〜・・・。」
葛城邸に来客を知らすチャイムが鳴り響き、同時に怪奇バナナ獣の躍動が止まり、ペンペンは胸をホッと撫で下ろして深い安堵の溜息をつく。
ピンポーン、ピンポーン♪
「はいはい、今行きますよ。・・・ったく、面白いところだったのに」
一方、シンジは興冷めだと言わんばかりに頭をボリボリと掻き、催促するチャイムの音に舌打ちして玄関へ向かう。
「ク、クワッ・・・。」
しかし、ペンペンの前には已然と怪奇バナナ獣が置かれており、ペンペンは怪奇バナナ獣の恐ろしさから目を離せず固まった。
プシューー・・・。
「はぁ〜〜い、どなたですか・・・って、あれ、マヤさん?」
玄関の扉を開け、シンジは不機嫌顔で応対に出るが、スーパーの買い物袋を持って玄関先に立つマヤを見つけ、すぐさま表情を笑顔へと変える。
「えっ!?あっ!?・・・せ、先輩から連絡がきてない?」
「・・・先輩?・・・リツコさん?・・・連絡?」
だが、直前の不機嫌顔をしっかりと見ていたマヤは、オドオドと怯えた様子で問いかけ、シンジが理解不能な質問に不思議顔で眉間へ皺を刻む。
「う、うん・・・。か、葛城さんが出張だから、シンジ君のお世話をしてあげなさいって言われて来たんだけど・・・。め、迷惑だったかな?」
「迷惑なんてとんでもない。凄く嬉しいですよ・・・。でも、ミサトさんが出張って?」
その表情にシンジが怒ったと勘違いしたマヤは、俯いて上目使いで怖ず怖ずと尋ね、シンジはそんなマヤへニッコリと微笑んで質問を重ねた。
「あれ、知らなかったの?葛城さん、一昨日から第二の方へ出張らしいわよ?
でも、酷いわね・・・。一緒に住んでいるシンジ君へ何も言わないで出張に行くなんて・・・。私だったら、絶対そんな事しないのに」
シンジの言葉にたちまち表情を輝かせつつも、マヤはシンジと一緒に住むミサトを嫉妬して、ここぞとばかりにミサトを責め立てながら自己主張。
「いや、もしかしたら僕の方が忘れていたかも知れませんし・・・。一昨日から友達の家へ泊まりに行ってましたからね。
(変だ・・・。ミサトさん、出張があるなんて、一言も聞いていないぞ・・・・・・。
まあ、ミサトさんの事だから言うのを忘れたとも考えられるけど・・・。そんな素振りや出張の用意をしている様子もなかったし・・・。
第一、それならそうでマヤさんが一昨日ではなく、今日になって来た理由が説明つかない。
それでいて、マヤさんは僕が一昨日から居なかった事を知らない様だし・・・。これは絶対に裏があるぞ。リツコさんの動向が怪しすぎる)」
しかし、シンジはミサトを責めるどころか自分を責め、心の中でマヤから与えられた情報を怪しんで眉をピクリと跳ねさせる。
余談だが、シンジは昨日と一昨日は友人宅へ泊まりに行き、2日間とも着替えをする為だけに葛城邸へ朝帰りをしていた。
「ま、いっか・・・。さあ、どうぞ。マヤさん」
「えっ!?」
そして、マヤのこの訪問がリツコの策略だろうと推察しながらも、シンジは特に断る理由も見付からないのでマヤを家へ招き入れる。
「えっ!?・・・って、僕の世話をしに来てくれたんでしょ?」
「うん・・・。シンジ君、もう夕飯は食べた?」
「いいえ、マヤさんの手料理を食べる為にお腹を空かせて待っていましたから」
「も、もうっ!!シ、シンジ君ったら上手なんだからっ!!!」
こうして、マヤは敬愛する先輩のリツコに売られ、ミサトが居らずシンジだけが居る悪魔城へと足を踏み入れて行った。
「ク、クワッ!!」
その頃、長い長い怪奇バナナ獣との睨み合いの末、遂にペンペンが恐怖と緊迫感に耐えかね怪奇バナナ獣へ嘴で攻撃を開始した。
ウィーーン、ウィーーン、ウィーーン、ウィーーン・・・。
「ク、クワワァァ〜〜〜っ!!」
その途端、またもや怪奇バナナ獣は妙なモーター音を鳴らしながらくねり動き始め、ペンペンは驚愕しつつも応戦しようと嘴を尚も突き出す。
「こらこら、これは高かったんだぞ?」
ボグッ!!
「グワッ!?」
だが、背後に立つシンジから脳天唐竹割りチョップを喰らい、ペンペンは前倒しに床へ倒れて轟沈。
「ねえ、シンジ君。辛いのと辛くないの、どっちが良い?」
「そうですね・・・。じゃあ、辛いのでお願いします」
キッチンで夕飯の準備をするマヤの質問に応えて、シンジは怪奇バナナ獣を拾ってミサトの部屋へ向かう。
(さすがにマヤさんへコレを使う訳にはいかないか・・・。ミサトさんが帰ってくるまでのお預けだな。
その代わり、お預けを喰らった分、ミサトさんにはたっぷりとお仕置きをしなくちゃね・・・。そうだ、その為にも明日はアレも買ってこよう)
その後、シンジはミサトの部屋でシンジ宛の書き置きを見つけ、ミサトが一昨日からネルフにも出勤せず家出をしている事を知った。
真世紀エヴァンゲリオン
M
E
N
T
H
O
L
Lesson:4 雨、逃げ出した後
ザーーーーー・・・。
明け方より降りしきる雨の勢いは止まる事を知らず、空はとある少年の心を表すかの様にどんよりと曇っていた。
「トウジ・・・。いつまでそうやって居るつもりなんだ?」
「・・・・・・。」
葛城邸のインターホンのボタンへ指を置いたまま既に30分も無言で固まっているトウジに、ケンスケが呆れた様に深い溜息をついて問いかける。
「なあ・・・。」
「う、うるさいわいっ!!だ、黙っとれっ!!!」
だが、トウジからの返事は返って来ず、ケンスケが再度呼びかけると、トウジは苛立ちを隠せず怒鳴りつけてケンスケの問いを一蹴した。
「トウジ、こんな話を知ってるか?警察に捕まるにしても、自首するのと警察の捜査で捕まるのでは、その刑罰に大きな差が出るんだぞ?」
「・・・な、何が言いたいんや?」
ケンスケは肩を竦めて更に深い溜息をつき、トウジはいきなり意味不明な事を言い出したケンスケの意図が解らず、不思議顔をケンスケへ向ける。
「つまり、幾らそうやって悩んでいても、いずれ時間が来れば碇さんが出てくるよな?
だったら、こっちから尋ねていって、話の先導権と優先権を取った方が何にせよ断然に有利だって事だよ」
「そ、そうかの?」
「そうさ。だから、こうしている間にもトウジはドンドンと不利になってゆくんだ。思い切って早く押しちゃいなよ」
「せ、せやけど・・・。い、碇さん、怒ってへんかな?」
応えてケンスケは早くボタンを押せと諭すが、不安一杯のトウジはシンジを呼び出す勇気が沸かず、怯みまくって人差し指をボタンから少し引く。
ちなみに、ここ数日でトウジとケンスケのシンジに対する言葉づかいなどは目上の者、格上の者へ対する敬語へ変わっていた。
「大丈夫だって。トウジの言葉を借りるなら、碇さんは天下を取る人なんだろ?」
「・・・せ、せやな。て、天下を取る人が心の狭いはずあらへんよな?」
これはいかんと判断したケンスケは、トウジが勝手に都合良く評したシンジ像で説得し、少し勇気づけられたトウジの人差し指がボタンへ戻る。
「ああ・・・。それにトウジには力強い味方があるだろ?」
「せ、せやっ!!わ、わしにはカステーラが有るんやったっ!!!よ、良っしゃ、わしは押すでっ!!!!お、押しちゃるでっ!!!!!」
すかさずケンスケはトウジが小脇に抱える菓子包みの賄賂を指摘して畳みかけ、トウジは瞳に決意の2文字をメラメラと燃やして頷いた。
「そうだっ!!その意気だっ!!!さあ、押せっ!!!!」
「おうよっ!!」
そして、更なるケンスケの応援を受け、遂にトウジはボタンを押そうと右腕に力を入れる。
ザーーーーー・・・。
ザーーーーー・・・。
ザーーーーー・・・。
ザーーーーー・・・。
ザーーーーー・・・。
ザーーーーー・・・。
しかし、いつまで経ってもインターホンのチャイムは鳴らず、静寂の中に雨が降りしきる音だけが響いていた。
ザーーーーー・・・。
ザーーーーー・・・。
ザーーーーー・・・。
ザーーーーー・・・。
ザーーーーー・・・。
ザーーーーー・・・。
ただただ時だけが無駄に過ぎてゆき、永遠とも思える1分弱が経過した頃。
「はぁ・・・。はぁ・・・。あ、あかんっ!!ま、万が一、碇さんがカステーラを好かんかったら、どないしたらええんやろっ!!!
ケ、ケンスケ、やっぱり明日にしよっ!!きょ、今日は雨も降っているし、なんや日が悪いっ!!!せ、せや、日が悪いんやっ!!!!」
トウジは緊張にブルブルと震えて強ばった右腕を左腕で持って引っ込め、その場へ荒い息をついて汗をダラダラと流しながらしゃがみ込んだ。
「はぁぁ〜〜〜・・・。そうやって、また逃げるのか?」
「・・・せ、せやかて」
「トウジ・・・。男らしくないぞ?」
目線を右手で覆って深い溜息をつくケンスケに、トウジは視線を合わす事が出来ず俯くが、ケンスケがトウジに対しての禁句を言った途端。
「なんやてっ!?ケンスケ、もういっぺん言ってみいっ!!!」
「違うと言い切れるのか?毎日、毎日、碇さんの影に怯えて・・・。昔のお前は何処へ行ったんだっ!!あの男気溢れるトウジはっ!!!」
「ケンスケ・・・。お前・・・・・・。」
一瞬にして怒髪天になったトウジは、勢い良く立ち上がってケンスケの襟首を掴み、右手が退けられたケンスケの顔を見るなり言葉を失う。
「俺は悲しいっ!!こんな軟弱な奴が俺の親友だった事にっ!!!トウジ、お願いだ、頼むっ!!!!俺を失望させないでくれっ!!!!!」
「せやな、ケンスケの言う通りや・・・。良っしゃ、わしは腹を括ったでっ!!押しちゃる、押しちゃるでぇぇ〜〜〜っ!!!」
ケンスケは涙ながらに以前のトウジの勇姿を語り、その涙に心打たれたトウジは、シンジと向かい合うべく再びボタンへ人差し指を置いた。
恐らく説明の必要もないと思うが、今ケンスケが流している涙は真っ赤な偽物であり、その正体は目薬を使った古典的な芸。
実を言うと、先ほどケンスケは目線を右手で覆った際、トウジが俯いた隙を狙って目薬を注していた。
なにせ、現在のなよなよと鬱陶しいのトウジが第4使徒戦以来ずっと相田邸へ泊まり込んでいる為、ケンスケも帰って欲しくて必死なのである。
「そうだっ!!それでこそ、トウジだっ!!!さあ、押せっ!!!!」
ドンッ!!
そんなトウジの決意を最後の後押しをするかの様に、ケンスケが勢い良くトウジの背中を叩いた次の瞬間。
「あっ!?」
ピンポ〜〜ン♪
不意を突かれたトウジは前へ押され、必然的に人差し指はボタンを押してしまい、結果的に来客を知らすチャイムが葛城邸内に鳴り響く。
「ド、ドアホぉ〜〜っ!!な、何すんねんっ!!!お、押してしもうたやないけっ!!!!ケ、ケンスケっ!!!!!」
(・・・全然、腹括ってないよ。こいつ・・・・・・。)
焦ったトウジは驚愕と絶望の入り交じった表情でケンスケの襟首を掴んで怒鳴り、ケンスケは目を伏せて猛烈に深い深ぁ〜〜い溜息をついた。
プシューー・・・。
「はぁ〜〜い、どなた?」
朝風呂を満喫していたシンジは白いバスローブを身に纏い、不機嫌そうに玄関の扉を開けた次の瞬間。
「「おはようございますっ!!」」
「・・・お、おはよう」
玄関先に立っていたトウジとケンスケが一斉に腰を90度に曲げて大声で挨拶し、いきなりの展開にシンジが驚きに目を見開きながら挨拶を返す。
「碇さんっ!!これ、つまらない物ですが受け取ってくれまへんかっ!!!」
「うん、くれるって言うなら貰うけど・・・。どうして?」
トウジは頭を下げたまま菓子包みを両手で茫然するシンジへ差し出し、シンジは思わず菓子包みを受け取りつつも受け取る理由に理解を苦しむ。
「あれ以来ずっと学校へ来ていませんので、碇さんが僕等のせいで怪我でもしたのかと思っての見舞いの品ですっ!!」
「えっ!?そうなの?だったら、返すよ。僕、怪我なんてしてないしね」
その疑問に応えて今度はケンスケが声を張り上げ、受け取る理由がない事を知ったシンジは、菓子包みをトウジの両手へ戻そうとする。
余談だが、シンジは第四使徒戦以来ずっと学校を無断欠席しており、人にはそう簡単に話せないプライベートの時間を満喫していた。
「そ、それとわしからの詫びもありますっ!!ど、どうか、受け取って下さりまへんかっ!!!」
ところが、トウジは受け取ろうとせず、下げた頭から床にポタポタと汗をこぼしながら、戦々恐々の思いで菓子包みの本来の目的を告げる。
「へっ!?詫び?・・・何の事?」
「「えっ!?」」
ますますシンジは2人の言い分が解らなくなって問い返すと、反射的にトウジとケンスケが顔を上げ、3人揃ってキョトンと間抜け顔で見合う。
「・・・だから、詫びって何の事なの?」
一瞬だけ妙な間が流れた後、シンジは濡れ髪を両手で掻き上げ、髪をオールバックにすると再び問いかけた。
「せ、せやから・・・。わ、わしが碇さんを殴ってしまった詫びです・・・。は、はい・・・・・・。」
(す、凄い・・・。ほ、本当に俺達と同い年なのか?・・・う、売れる、これは売れるぞっ!!あ、新しい顧客層の開拓だっ!!!)
トウジはその仕草に不機嫌なのかと勘違いして再び頭を勢い良く下げ、ケンスケはサマになりすぎるその仕草に何やら商魂をメラメラと燃やす。
「ああ、その事ね・・・。あれなら、全然気にしてないと言うか、すっかり忘れていたよ。
でも、そうだね。どうしても、君が気に病むんだったら・・・。僕も君に酷い事をしちゃったから、お互い様って事でどう?」
「碇さん、ほんまでっかっ!!」
シンジは首を傾げて考え込んだ後、やっとトウジの言いたい事が解ってクスリと笑い飛ばし、トウジはシンジのお許しに満面の笑顔で顔を上げた。
「良かったなっ!!トウジっ!!!」
「ありがとう、ありがとう。ケンスケ・・・。やっぱり、碇さんは天下を取る人や。懐も広いで・・・・・・。」
ケンスケはようやくトウジが家から出ていってくれると涙ながらに喜び、トウジもようやく命の危機が去ったと涙ながらに喜ぶ。
「何だよ。その天下を取る人ってのは・・・。あとさっきから思っているんだけど、碇さんってのを止めてくれない?僕等は同い歳だろ?」
「「・・・(せやけど、そうだけど)」」
しかし、シンジが先ほどから2人が呼ぶ自分へ対する敬称に不満を漏らした途端、即座にトウジとケンスケは素に戻って再び余裕をなくす。
「僕の事はシンジ・・・。そう呼んでくれないかな?」
「「解りました。シンジさん」」
シンジは笑顔でフレンドリーに名前で呼ぶように頼むが、トウジとケンスケの態度はあくまで変わらず一歩退いた態度。
「だからさぁ〜〜・・・。年上みたいに『さん』付けは止めてくれない?こう見えても、僕はまだまだ若いんだ」
「「す、(すんません、すいません)っ!!シ、シンジ君っ!!!」」
その態度を少し悲しそうに微笑んだ後、シンジが明らかに不機嫌顔で不満を漏らし、慌ててトウジとケンスケは3歩下がって土下座して謝る。
「はぁぁ〜〜〜・・・。呼び捨てで良いんだってば、僕達もう友達だろ?」
「「・・・と、友達?」」
シンジはおでこに手を置いて深い溜息をつくと、トウジとケンスケがシンジの言葉に驚いて顔を上げ、信じられないといった表情で尋ねた。
「そう、友達だよ。・・・特に鈴原君とはね。男と男のドツき合いで生まれる熱い友情・・・。う〜〜〜ん、若いって素晴らしいねぇぇ〜〜〜」
「おおっ!!おおっ!!!せや、せや、せやなっ!!!!そしたら、わしもトウジでええでっ!!!!!」
応えてシンジはクスリと笑ってトウジの弱点を攻め、案の定トウジは勢い良く立ち上がり、感動に腕を組んでウンウンと頷きまくる。
「お、おい・・・。だ、大丈夫なのかよ?」
「かまへん、かまへんっ!!それが男の友情っちゅうもんやっ!!!のう、シンジっ!!!!」
ケンスケは恐る恐る立ち上がり、いきなりタメ口で会話を始めたトウジを心配して耳打ちするが、トウジは自信満々にシンジを呼び捨てた。
「そうだよ。僕は相田君とも是非友達になりたいんだけどな?」
「・・・解った。それじゃあ、俺の事もケンスケって呼んでくれよ。シンジ」
「フフ、よろしくね。ケンスケ」
するとシンジは心底嬉しそうにニッコリと微笑み、ケンスケはその微笑みに嘘はないと感じて右手を差し出し、2人が笑顔で友情の握手を交わす。
「うんうん、男の友情、男の友情・・・・・・。良っしゃっ!!この際やから、ここで義兄弟の契りを3人で結ばへんかっ!!!」
「「絶対に嫌だっ!!」」
トウジは遅れてなるものかと握手の上に自分の両手を重ね、この友情を更に深める提案をするが、シンジとケンスケに即答であっさりと断られる。
「何でやっ!?何でなんやっ!!?義兄弟の契りやでっ!!!!これこそ、男の友情の上をゆく、漢の友情やでっ!!!!!」
「なあ、シンジ。良かったら、お前を写真に撮らせてくれないか?」
「んっ!?僕の写真・・・。どうして?」
「わしを無視すんなぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜っ!!」
「実はさ・・・。俺、学校で女の子達の写真を売るバイトを隠れてしてるんだ。頼むよ・・・。取り分の50%を渡すからさ」
「ん〜〜〜・・・。解った。でも、取り分は要らないよ」
「おい、シンジっ!!ケンスケっ!!!聞いとんのかっ!!!!われっ!!!!!」
それどころか、己を無視してケンスケとシンジは2人だけで友情を深めてゆき、怒髪天になったトウジは大声で2人の会話に割って入った。
「・・・トウジ、うるさいよ」
「す、すんません・・・。」
「ほ、本当に良いのか?シ、シンジ・・・。(や、やっぱり、こいつを怒らせちゃダメだ)」
だが、シンジに鋭くギロリと睨まれて、たちまちトウジは意気消沈し、ケンスケは思わず忘れていたシンジの本質を思い出して戦慄する。
「うん、良いよ。どうしてもって言うなら、たまにお昼でも奢ってくれる程度で良いから。その代わり、女の子達にジャンジャンと売ってね」
「ああ、それは任せてくれっ!!それじゃあ、早速撮るから何かポーズを・・・。」
トウジが静かになると、シンジは再びフレンドリーにニッコリと微笑み、気を取り直したケンスケが学校鞄からカメラを取り出そうとしたその時。
「シンジくぅ〜〜ん♪石鹸、まだぁぁ〜〜〜♪♪」
「あっ!?ごめん・・・。人を待たせていたんだ。だから、写真はまた今度ね・・・。じゃ、2人とも学校で」
プシューー・・・。
葛城邸内より女性の声が玄関先へ届き、苦笑するシンジが2人へ別れを告げ、玄関の扉が閉まってトウジとケンスケだけがその場へ残された。
「もうっ!!シンジ君、遅ぉ〜〜いっ!!!」
「フフ・・・。ごめん、ごめん」
脱衣所へ戻ると、頬をプクゥ〜ッと膨らませたマヤがお風呂場から顔だけを出して待っており、シンジがその年齢不相応な仕草にクスリと微笑む。
「でも、ちゃぁ〜〜んとマヤさんの声は聞こえてましたよ。・・・玄関先までね」
「えっ!?・・・も、もしかして、お客さんが来ていたの?」
「ええ・・・。きっと2人で一緒にお風呂へ入っていたのがバレたでしょうね」
だが、シンジが微笑みをニヤリ笑いに変えた途端、マヤはシンジの言葉に不機嫌顔を驚き顔へ変えた後、羞恥心に顔を真っ赤に染める。
「っ!?」
しかも、シンジがバスローブを脱いで堂々と裸体を晒したものだから、マヤは耳まで真っ赤に染めた顔を慌ててシンジから逸らす。
「・・・あっ!?」
「フフ・・・。マヤさんは本当に可愛いね」
シンジはその隙を突いて素早くマヤを抱きしめ、そのままお風呂場の壁へ押し付けてキスを交わした後、マヤへ極上の笑みでニッコリと微笑む。
「きゃうっ!?シ、シンジ君・・・。そ、そこはダメ・・・。ふ、不潔・・・。」
「・・・昨日も言ったでしょ?マヤさんに不潔な所なんてありませんよ」
その後、シンジとマヤの間に何があったのかは全くの謎だが、マヤは大遅刻でネルフへ出勤してリツコにこってりとしぼられた。
(これは予想外の展開だ・・・。ま、トウジなら大丈夫か?)
葛城邸の玄関先で茫然と佇む事30秒弱、ようやく我を取り戻したケンスケは、願わくばの気持ちを込めて隣へ横目を向けた。
「なあ、ケンスケ・・・。シンジの奴、あの恰好ちゅう事は風呂へ入っとったんやろな?」
「ああ・・・。多分、そうだろうな(あっちゃぁ〜〜・・・。トウジにしては鋭すぎる)」
「んで、最後に聞こえてきた女の声・・・。あれも風呂に入っとるっちゃう意味やろ?」
「あ、ああ・・・。た、多分、そうだろうな(ダ、ダメだ、こりゃ・・・。)」
しかし、ケンスケの願い虚しく、トウジは憤怒の表情で葛城邸の扉を睨んでおり、嫌な予感的中のケンスケは途方に暮れて心の中で頭を抱える。
「そしたら、シンジは女と一緒に風呂へ入っとるちゅう事か?」
「あ、ああ・・・。た、多分、そうだろうな(シ、シンジ・・・。ど、どうして、お前は俺ばっかりに厄介を押し付けるんだ)」
トウジは怒りに奥歯をギリギリと鳴らして噛みしめ、ケンスケはトウジを落ちつかせようとするが、上手い言葉が見付からず同じ言葉を繰り返す。
「そしたら、アキはどうなるんやっ!?二股とでも言うんかいなっ!!?応えろっ!!!!応えろや、ケンスケっ!!!!!」
「あ、ああ・・・。た、多分、そうだろうな(で、でも、女子の様子からすると・・・。い、碇の場合は二股どころじゃないよな。ぜ、絶対に)」
遂にトウジは怒りを抑えきれず怒鳴り、ケンスケは汗をダラダラと流しながらトウジの意見を肯定した途端。
「シンジぃぃ〜〜〜っ!!出てこんかいっ!!!われぇぇぇ〜〜〜〜っ!!!!」
「ト、トウジ、止めろっ!!か、返り討ちにあって殺されるだけだっ!!!や、止めろっ!!!!」
トウジは右拳を振り上げて葛城邸の扉を叩こうとするが、その意図を即座に悟ったケンスケによって腰を掴まれ、葛城邸の扉から引き離される。
「ケンスケ、離せっ!!わしはあいつを殴らなあかんっ!!!殴っとかな、気が済まへんのやっ!!!!」
「お、落ち着けっ!!シ、シンジは天下を取るんだろっ!!!な、なら、昔から言うじゃないかっ!!!!え、英雄、色を好むってっ!!!!!」
だが、トウジの怒りのパワーは凄まじく、力んで顔を真っ赤に染めて踏ん縛るケンスケだが、徐々に葛城邸の扉へ向かって引きずられて行く。
「何、訳の解らん事を言っとんねんっ!!はよう離さんとお前でも奥歯をガタガタいわすぞっ!!!こらっ!!!!」
「くうっ!?ダ、ダメだっ!!!」
そして、トウジが葛城邸の扉へあと1歩と迫ったところで持久力が限界を超え、やむなくケンスケがトウジの腰を離してしまった次の瞬間。
ドガンッ!!
「ぶべらっ!!」
いきなり負荷がなくなったトウジは、凄まじい怒りのパワーを余すところなく存分に発揮して、見事なくらい葛城邸の扉へ顔面から大激突。
バタッ・・・。
「ま、まあ・・・。け、結果、オーライか?」
一拍の間の後、トウジは扉に顔を張り付けたままズリズリと崩れ落ち、ケンスケは大粒の汗をタラ〜リと流しながらも胸をホッと撫で下ろした。
ガタン、ゴトン・・・。
ガタン、ゴトン・・・。
ガタン、ゴトン・・・。
ガタン、ゴトン・・・。
ガタン、ゴトン・・・。
ガタン、ゴトン・・・。
この街に住む市民にとって重要な足とも言える第三新東京市を走る環状線。
それ故、朝は通勤、通学の利用客でごった返し、乗客率が250%を越える車内は正にギュウギュウのすし詰め状態。
「んがぁぁ〜〜〜っ!! んがぁぁ〜〜〜っ!! んがぁぁ〜〜〜っ!!
ふぅぅ〜〜〜・・・。 ふぅぅ〜〜〜・・・。 ふぅぅ〜〜〜・・・。」
だが、不思議な事にそんな状態の車内にポッカリと空いた空間が存在していた。
その空間を生み出している発生源、それこそが作戦部長と言う要職にありながら無断欠勤を本日で4日も続けている『葛城ミサト』その人である。
「んがぁぁ〜〜〜っ!! んがぁぁ〜〜〜っ!! んがぁぁ〜〜〜っ!!
ふぅぅ〜〜〜・・・。 ふぅぅ〜〜〜・・・。 ふぅぅ〜〜〜・・・。」
ミサトはシートを1つまるまる占有して寝そべり、100年の恋も冷めてしまう様な実に酒臭い豪快なイビキをあげていた。
しかも、右手にバーボンが半分入ったボトルを持ち、時たま空いている左手でお腹をボリボリと掻く親父臭さも全開。
その上、ネルフ制服のタイトミニだと言うのに大股を広げ、見かねた誰かが置いたらしいスーツの上着がミサトの腰から下にかけられている。
「んがぁぁ〜〜〜っ!! んがぁぁ〜〜〜っ!! んがぁぁ〜〜〜っ!!
ふぅぅ〜〜〜・・・。 ふぅぅ〜〜〜・・・。 ふぅぅ〜〜〜・・・。」
そして、その周囲には傍迷惑なミサトを注意しようとして排除されたのか、この列車の車掌と数人の乗客が何故か屍となって床に沈黙していた。
ガタン、ゴトン・・・。
ガタン、ゴトン・・・。
ガタン、ゴトン・・・。
ガタン、ゴトン・・・。
ガタン、ゴトン・・・。
ガタン、ゴトン・・・。
ブクブク・・・。ブクブク・・・。
巨大な水槽内の気泡が時たま上ってゆく音だけが響く薄暗い部屋。
シュイン・・・。
静寂の中、何かが鋭く断ち斬られる様な音が響き、部屋の中央辺りの床に部屋の薄暗さよりも濃い漆黒の真円が描かれた。
「・・・・・・。」
その真円の中よりズボンのポケットに両手を入れた姿の影が浮遊して現れ、影が床に降り立つと共に足下の漆黒の闇が消え去る。
「はぁぁ〜〜〜・・・。」
目の前の光景に深い溜息をつきながら首をやるせなく左右に振った後、影がポケットより右腕を抜いて掲げ、空を斬る様に振り落とした。
ピシッ!!ピシピシピシッ・・・。ガチャァァァァァーーーーーーンッ!!!
一拍の間の後、水槽に綺麗な直線の亀裂が入ると、それを起点に水槽全体へひびが瞬く間に走り、水槽内の水圧に押されて強化ガラスが砕け散る。
ザッパァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーッ!!
その直後、水槽を満たしていたオレンジ色の液体が一気に外へ放出されるが、不思議な事に影を避ける様に左右へ分かれ流れてゆく。
ザァァァァァーーーーーーー・・・。
しばらくすると、水槽から流れるオレンジ色の液体の勢いが衰え、それほど広くない薄暗い部屋に影の膝元までオレンジ色の液体が満たされた。
「・・・・・・。」
再び右手をズボンのポケットに入れ、影がゆっくりと瞳を瞑って眉間に皺を深く刻んだ次の瞬間。
バチッ!!バチバチバチバチバチッ!!!
影の足下から眩いばかりの放電が走り、部屋を満たしていたオレンジ色の液体が一瞬にして気化し、同時に肉の焦げる嫌な臭いが部屋を充満した。
「・・・一体、僕は君を何人殺せば良いんだ」
部屋のあちこちに転がっている人間大の黒炭に顔を顰め、影が辛そうに弱々しく呟いたその時。
プシューー・・・。
「「っ!?」」
影の背後で圧縮空気の音が響くと共に薄暗い部屋に光が射し込み、影は瞬時に身を屈めて部屋へ入ってきた者へ襲いかかって背後を取った。
「僕はカヲル、渚カヲル・・・。是非、僕の兄弟達を救ってくれた君の名を知りたいんだけど?」
「今は言えない・・・。そして、君は後ろを向いてもいけない」
だが、カヲルを名乗る者は影に背後から右手で顔を固定され、左手で体を固定されるも慌てた様子はなく、むしろ感謝の気持ちを影へ向ける。
「それは残念だな。でも、今はと言う事はいつか教えてくれるのかい?」
「いずれ、僕達は逢う事になるよ・・・。時が満ちて約束の時が来れば必ずね」
影はカヲルの声に少し驚いて目を見開くが、すぐに目を細めて嬉しさを混ぜた声でカヲルの問いをはぐらかした。
「なら、その時の為に楽しみは取っておこうかな?あと・・・。」
「・・・あと?」
しかし、カヲルは影の言葉に未来の楽しみを見出して声を嬉しそうに弾ませた後、困った様な表情を浮かべ、今度は影が不思議そうに問いかける。
「出来れば、手を胸から退けてくれないかい?これでも、レディーだからね」
「げっ!?カヲルさんなのっ!!?」
応えてカヲルは恥ずかしそうにやや俯き、影は驚愕に目を見開きながら、カヲルの言葉を確かめようと左手でカヲルの胸を揉みしだく。
「くふっ・・・。酷いじゃないか。乱暴にしないでおくれ」
「わっ!?ご、ごめんっ!!!」
するとカヲルは何故か色っぽい声をあげて体を弓なりにビクッと震わせ、慌てて影がカヲルの胸から左手を離して謝る。
「フフ、許してあげるよ。君は僕達を解放してくれた恩人だからね・・・。それより、早く逃げた方が良いよ?そろそろ、誰かが来る頃だから」
「そ、そうだねっ!!そ、それじゃあ、またっ!!!」
カヲルは影の焦りまくる様子にクスリと笑い、影はカヲルの忠告に言われるまでもないと足下に描いた真円の中へ逃げる様に沈んで行く。
「・・・ディラックの海を利用した空間転移かい?凄いね・・・・・・。
でも、君が幾ら逃げようとも、僕はいずれ君を捕まえてみせるよ・・・。だって、胸を揉まれた責任は取ってもらわないとね♪」
背後の気配が完全に消えると、カヲルは振り向いて足下へニッコリと微笑んだ後、嬉しさを隠しきれずスキップ混じりに部屋を出て行った。
ガタン、ゴトン・・・。
ガタン、ゴトン・・・。
ガタン、ゴトン・・・。
ガタン、ゴトン・・・。
ガタン、ゴトン・・・。
ガタン、ゴトン・・・。
この街に住む市民にとって重要な足とも言える第三新東京市を走る環状線。
さすがにお昼を過ぎて利用客は少なくなったが、それでも主要駅周辺では立っている乗客も存在している。
「んがぁぁ〜〜〜っ!! んがぁぁ〜〜〜っ!! んがぁぁ〜〜〜っ!!
ふぅぅ〜〜〜・・・。 ふぅぅ〜〜〜・・・。 ふぅぅ〜〜〜・・・。」
だが、そんな状況にも関わらず、目の前に立つ腰が曲がったお年寄りにも席を譲らず、まるまる1シートを占有している愚か者がいた。
その愚か者の正体は、未だ目を醒ます事なくイビキをあげ続けている3年寝太郎『葛城ミサト』その人である。
「んがぁぁ〜〜〜っ!! んがぁぁ〜〜〜っ!! んがぁぁ〜〜〜っ!!
ふぅぅ〜〜〜・・・。 ふぅぅ〜〜〜・・・。 ふぅぅ〜〜〜・・・。」
そして、ミサトの周囲には屍が死屍累々と重ねられ、その人数は今朝のそれを軽く2倍は越えていた。
ガタン、ゴトン・・・。
ガタン、ゴトン・・・。
ガタン、ゴトン・・・。
ガタン、ゴトン・・・。
ガタン、ゴトン・・・。
ガタン、ゴトン・・・。
(困ったなぁ〜〜・・・。今回こそは冷静にいられると良いんだけど・・・・・・。)
とある個室で用も足さないのに腕を組んで佇み、シンジは何やら眉間に皺を深く刻んで激しく悩んでいた。
(ま、いっか・・・。その時になったら考えれば良いや)
カチャ・・・。
だが、その悩みを先送りにして悩むのを止め、シンジが個室を出ようと扉を開けたその時。
「えっ!?」
「えっ!?」
タイミング良く真向かいの個室の扉も開き、中から出てきたクラスメートの永沢さんは驚愕に目を見開き、シンジもまた驚愕に目を見開いた。
「・・・あれ?出る所を間違えちゃったみたいだね」
一拍の間の後、シンジは辺りをキョロキョロと見渡して、トイレのタイル張りがピンク色だと気付くと共にここが女子トイレだと知った次の瞬間。
「キ・・・。」
「っ!?」
永沢さんが我に帰り、悲鳴をあげようとするが、それを察知したシンジが即座に永沢さんへ迫り、素早く唇を唇で塞いで悲鳴を封じた。
バタンッ!!カチャ・・・。
そのままシンジは永沢さんが今さっきまで入っていた個室へ入って扉と鍵を閉め、永沢さんを壁に押し付けて本気の大人のキスモードへ突入。
「ねえ・・・。今、男の子の声が聞こえなかった?」
「ううん、聞こえなかったけど?・・・それより、急ごうよ。次、体育なんだからさ」
たちまち永沢さんは大人しくなって脱力してしまい、ならばとシンジは口撃を止め、永沢さんの首筋へ顔を埋めて次なる行撃へと移る。
「げっ!?そうだったっ!!?」
「ミキぃ〜〜、まだなのぉぉ〜〜〜?」
すると個室の外より永沢さんが呼ばれ、シンジはニヤリと笑うと、行撃を止めずに顎を永沢さんへ振って返事をするように促す。
「う、うん・・・。さ、先に行って・・・・・・。」
「・・・どうしたの?大丈夫?」
永沢さんは懸命に返事をするが、シンジの行撃の凄まじさに何やら声を震わせてしまい、外にいる友人が心配そうな声で尋ねてきた。
「だ、大丈夫・・・。す、すぐに行くから・・・・・・。」
「・・・そう?じゃあ、私達は先に行ってるからね」
それでも、永沢さんは何かを耐える様に友人達へ必死に先へ行く事を勧め、不審に思いながらも友人は永沢さんの言葉に応じる。
「ミキ、どうしちゃったのかな?」
「馬鹿ね。察しなさいよ・・・。おっきい方なんじゃないの?」
「あっ!?そ、そっか・・・。ご、ごめんね。ミ、ミキぃ〜〜」
「う、うん・・・。い、良いの・・・・・・。」
一体、シンジと永沢さんが個室で何をやっているのかは全くの謎だが、始業のチャイムがなっても2人が入っている個室の扉が開く事はなかった。
ガタン、ゴトン・・・。
ガタン、ゴトン・・・。
ガタン、ゴトン・・・。
ガタン、ゴトン・・・。
ガタン、ゴトン・・・。
ガタン、ゴトン・・・。
この街に住む市民にとって重要な足とも言える第三新東京市を走る環状線。
閑散としていた車内も夕方となれば、朝のラッシュ時まではいかないにしても帰宅する学生やサラリーマンで溢れ始める。
「んがぁぁ〜〜〜っ!! んがぁぁ〜〜〜っ!! んがぁぁ〜〜〜っ!!
ふぅぅ〜〜〜・・・。 ふぅぅ〜〜〜・・・。 ふぅぅ〜〜〜・・・。」
だが、そんな状況にも関わらず、相変わらず彼女はまるまる1シートを占有して惰眠を貪っていた。
その彼女とは、結局1日中電車に揺られながらも1日中ずっと寝ていた『葛城ミサト』その人である。
「んがぁぁ〜〜〜っ!! んがぁぁ〜〜〜っ!! んがぁぁ〜〜〜っ!!
ふぅぅ〜〜〜・・・。 ふぅぅ〜〜〜・・・。 ふぅぅ〜〜〜・・・。」
君子危うきに近寄らずの心境なのか、運悪く同車両に乗り合わせた乗客達は車両前後に分かれ、ミサトがいる車両中央だけが閑散としていた。
もっとも、ミサトの周囲にも乗客はいるのだが、それは全て物を言わぬ屍達であり、その中には朝からミサトと一緒に乗っている者もいる。
『次は長尾峠、長尾峠です。お出口は右側に変わります』
そして、この光景が終電まで続くのかと思いきや、車内に次の停車駅アナウンスが流れたその時。
「んっ・・・。んんっ・・・・・・。」
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「っ!?っ!!?っ!!!?」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
不意にミサトが上半身をムクリと起き上がらせ、乗客達は驚きに目を見開き、目を合わせない様にしながらミサトの一挙手一投足を見守る。
「ふぁぁ〜〜〜あ・・・。」
ドタドタドタドタドタッ!!
するとミサトは大きく欠伸をして寝ぼけ眼で頭をボリボリと掻きむしり、過剰に驚いた乗客達がミサトから距離を取ろうと一斉に後退する。
ング、ング、ング、ング、ング・・・。
「ぷっはぁぁ〜〜〜・・・。」
だが、まだ頭がはっきりしないミサトは、ぼんやりと辺りを見渡して首を傾げた後、喉の乾きを癒そうと持っていたバーボンを飲んで一息ついた。
プシューーー・・・。
「んっ・・・。私、下りる」
そうこうしていると、電車が次の停車駅へ到着して扉が開き、ミサトはのっそりと立ち上がり、少し千鳥足加減で電車を降りて行く。
プシューーー・・・。
一拍の間の後、再び扉は閉まり、電車は茫然としたまま固まっている乗客達と屍達を乗せて発車した。
ガタン、ゴトン・・・。
ガタン、ゴトン・・・。
ガタン、ゴトン・・・。
ガタン、ゴトン・・・。
ガタン、ゴトン・・・。
ガタン、ゴトン・・・。
「ねえ、アキちゃん?」
「なんですか?」
学校の昇降口で待っていたシンジに誘われ、アキは帰宅途中の道草に近くの繁華街へ来ていた。
「もしかして、トウジから僕の事で何か聞いてる?」
「いえ、何も・・・。と言うか、ここ最近ずっと家へ帰って来ないから、お兄ちゃんと会ってないんですよね」
「へぇぇ〜〜〜、そうなんだ」
シンジは何気なくながら、それでいて真剣に尋ね、隣を歩くアキから返ってきた応えに、学校を出て以来ずっと強ばらせていた表情を緩ませる。
「なんか、相田さんの家に泊まり込んでいるみたいです。・・・でも、どうしてですか?お兄ちゃん、また碇さんに何か言ったんですか?
大丈夫ですよ。例え、お兄ちゃんが何か言ってきても、私達には関係有りませんから。碇さんもお兄ちゃんの言う事に耳を貸しちゃダメですよ」
それに気付いたアキは不思議に思いながらも、第4使徒戦前にシンジとトウジの間に起きた諍いを思い出して心配そうに尋ねた。
「ううん、そうじゃないんだけど・・・。ほら、トウジって僕等の事を反対しているみたいだから、アキちゃんが困っているかなと思ってね」
「大丈夫ですよ。・・・でも、お兄ちゃんってしつこいんですよね。
確かに、私の事を真剣に心配してくれるのは凄く嬉しいんですけど・・・。私だっていつまでも子供じゃありませんから」
「そうは言ってもねぇ〜〜・・・。」
その問いに苦笑で応えると、アキはトウジの日頃の過保護ぶりを頬をプクゥ〜ッと膨らませて愚痴り始め、ますますシンジが苦笑を深めたその時。
ちなみに、シンジがアキに何を尋ねたかったかと言うと、今朝のマヤとの一件がトウジからアキへ密告されていないかと心配だったのである。
「っ!?」
「・・・どうしたんですか?」
背後から迫る凄まじい殺気に気付き、シンジが素早くアキを守る様に殺気の間に立ち塞がり、アキがキョトンと不思議顔で首を傾げた。
「いや、何でもないよ。・・・それより、帰るにはまだ早いから、何か軽く食べて行こっか?」
「あっ!?」
一拍の間の後、応えてシンジはニッコリと微笑んでアキの肩を抱き、アキが体をビクッと震わせて驚きに目を大きく見開く。
「んっ!?どうしたの?」
「あ、あの・・・。そ、その・・・。か、肩・・・・・・。」
すると今度はシンジがキョトンと不思議顔で首を傾げ、アキは紅く染めた顔を俯かせながら、怖ず怖ずと自分の肩に乗ったシンジの手を指摘する。
「・・・嫌なのかい?」
「い、いえ・・・。そ、そんな事・・・。な、ないです・・・・・・。」
名残惜しそうにアキの肩から手を離し、シンジが残念そうに悲しみを混ぜた声で尋ねると、慌ててアキは顔を上げて首をブルブルと左右に振った。
「なら、平気だね。それじゃあ、行こうか?」
「は、はい・・・。」
たちまちシンジは表情に嬉しさを目一杯に表して再びアキの肩を抱き、アキはシンジに肩を抱かれながらシンジの先導で歩き出す。
「(フフ・・・。それにしても、意外と近くに居たんだね)アキちゃんは何が食べたい?」
「い、碇さんの好きな物で・・・。」
「そうだね・・・。なら、アキちゃんを食べちゃっおかな?」
「えっ!?あっ!!?そ、それは・・・。そ、その・・・。え、えっと・・・。は、はい・・・・・・。」
2人が何処へ食事しに行ったは全くの謎だが、シンジとアキがお互いの家へ帰ったのは夕飯時がとっくに過ぎた頃だった。
(なによっ!!なによっ!!!なによぉぉ〜〜〜っ!!!!
そろそろ、心配している頃だろうと思って見に来てみれば、あんな小娘とイチャイチャしやがってっ!!
なによっ!!いつもは私の事を綺麗だとか、可愛いだとか言ってる癖にっ!!あんな乳臭い小娘の何処が良いって言うのよっ!!!!)
シンジとアキが仲睦まじそうに去って行く姿を電柱の影から覗き眺め、ミサトは奥歯をギリギリと鳴らしてアキの背中を鋭い視線で睨みまくり。
実を言うと、ミサトは家出しておきながらシンジの事が気になって仕方がなく、この通り夕方になるとシンジを探して街を彷徨っていた。
そして、4日目にしてシンジをようやく見つけたと思ったら、シンジはご覧の通りミサトの事など気にした様子もなくいつもの調子。
もっとも、シンジは先ほどミサトの気配を感じ取り、敢えてミサトへアキとの仲を見せつける様な態度を取っていた。
これこそ、シンジが師匠『加持リョウジ』より伝授された52の口説き技の1つ『嫉妬は劇薬、口に苦いが効果は覿面』の応用である。
(大体、私には食事どころか、デートを1度も誘った事がないのにっ!!
・・・って、はっ!?な、何、言ってんのよっ!!!そ、そんなの全然羨ましくなんかないわよっ!!!!
そ、そうよっ!!わ、私はシンジ君の事なんて、これっぽっちも想っていないんだからっ!!!そ、そうよ、そうに決まっているわっ!!!!)
しばらくして、ミサトはふと心に渦巻く感情が嫉妬である事に気付き、その場へ頭を抱えてしゃがみ込んだ。
(そ、そう・・・。ち、違う。ち、違うのよ・・・。ち、違うんだってば・・・・・・。と、とにかく、違うのよ・・・。
うっうっ・・・。ど、どうしたら・・・。ど、どうしたら、良いの?シ、シンジ君、どうしたら良いの・・・。わ、私・・・・・・。)
苦悩の末、ミサトはシンジを拒絶しながらシンジを頼る矛盾した答えを導き出すと、虚ろな目でユラリと立ち上がってフラフラと歩き出した。
ドンッ!!
「キャっ!?」
そんな状態で夕方過ぎの人の賑わう繁華街を歩けば迷惑千万、案の定ミサトは学校帰りの女子高生らしき真っ茶髪の少女と正面衝突。
(うっうっ・・・。や、やっぱり、若い娘の方が良いのかしら・・・。そ、そうよね。わ、私なんてシンジ君の倍だもんね・・・。
でも、歳なんて関係ない・・・って、違うのよっ!!だから、何とも想っていないんだってばっ!!!シンジ君の事なんてっ!!!!)
その結果、ミサトは体重差の違いで平然としているのに対し、少女は尻餅をついて規定より短すぎる制服のスカートの中身を往来の人々にご披露。
「おい、ばばあっ!!人にぶつかっておいて、そのままで済ます気かよっ!!!」
「っ!?」
ミサトは何事もなかった様に少女の横を通り過ぎて行こうとするが、熱り立つ少女が怒鳴った言葉に反応して肩をビクッと震わせた。
「肩がぶつかったくらいで止めなって・・・。また問題を起こしたら、今度こそ退学になるんだよ?」
「そうそう、こんなおばさんは放っておいて、早くカラオケにでも行こうよ」
正に一発触発な状況に、これまた真っ茶髪の友人らしき少女2人が面倒臭そうに溜息をついて少女を諫めつつ、手を貸して少女を起き上がらせる。
「うるさいわねっ!!これはあたしの問題だろっ!!!
それに、あたしは恥もかかされたんだっ!!・・・ほら、こっちを向けよっ!!このタコがっ!!!」
だが、少女の怒りは全く収まる事はなく、少女が背後からミサトの肩へ手を置き、ミサトを強引に振り向かせようとしたその時。
「誰がばばあだってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」
ドガッ!!
「うきゃっ!?」
ミサトは自ら勢い良く振り返り、腰の捻りと腕の捻りが存分に入ったコークスクリューパンチを少女の右頬へ放ち、少女が見事に真横へ吹き飛ぶ。
「ああんっ!!誰がばばあなのか、もう1度言ってみなさいよっ!!!」
ボキッ!!ボキボキボキッ!!!
それでも飽きたらず、ミサトはドスの効いた声を出しながら指の関節の骨を鳴らし、白目を剥いて沈黙した少女の元へゆっくりと歩み寄って行く。
「っ!?・・・や、止めて下さいっ!!!こ、これ以上やったら、死んじゃいますっ!!!!」
「そ、そうですっ!!あ、謝りますから、許して下さいっ!!!お、お願いですっ!!!!」
思わず茫然となってしまったが、少女の命の危機を悟って慌てて我に帰り、少女の友人達がミサトを止めようと必死に左右から縋り付いた。
「うがぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜っ!!」
「「キャァァァァ〜〜〜〜〜っ!!」」
しかし、アウトロー気取りの不良パワーでは鍛えぬかれた軍人パワーに到底かなわず、ミサトの一払いで少女の友人達が吹き飛んでしまう。
「ほっふ・・・。 ほっふ・・・。 ほっふ・・・。 ほっふ・・・。
ほっふ・・・。 ほっふ・・・。 ほっふ・・・。 ほっふ・・・・・・。っ!?」
邪魔者が居なくなると、ミサトは暴走した初号機の様に荒い息をついて背中を丸めて腰を落とし、呼吸を整えて目をクワッと見開いた次の瞬間。
「そうよっ!!あたしはシンジ君の事を何とも想っていないから、リツコが何と言おうとも絶対にタコじゃないっ!!!
それを何度言ったら、あんたは解るのっ!!私はおばんでもないし、タコでもないのよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!」
ブォン・・・・・・。ブォン・・・。ブォン。ブォンッ!!ブォンッ!!!ブォンッ!!!!ブォンッ!!!!!ブォンッ!!!!!!
ミサトは少女の両足を持って脇に挟み、周囲の者達にとっては意味不明な事を大声で叫びながら、少女を思いっ切りジャイアントスイング。
ピューーーンッ!!
「「「「「おわっ!?」」」」」
回転力が十分に達すると、ミサトは最高のタイミングで少女を放り投げ、少女がこの騒動を遠巻きに眺めていたギャラリーの中へ飛んで行く。
余談だが、ギャラリーがクッションになってくれた為、少女は最初にミサトから殴られた頬以外に傷を全く負う事はなかった。
但し、倒れた際にスカートが見事に捲れ、少女は先ほどより豪快にパンツ丸見え状態となってしまい、その精神的ダメージは計り知れない。
何故ならば、少女が運悪く本日着用していたショーツは、不良らしからぬ可愛いクマさんのバックプリントが入ったショーツだったからである。
「はぁ・・・。はぁ・・・。はぁ・・・。はぁ・・・。はぁ・・・。」
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「っ!?」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
ミサトが荒い息をつきつつ顔を上げると、その方向にいたギャラリー達が一斉に左右へ分かれ退き、モーゼの十戒の如く1本道が出来上がる。
「うっうっ・・・。そ、そうよ・・・。わ、私はシンジ君の事なんて何とも思っていないんだから・・・。うっうっうっ・・・・・・。」
その花道をトボトボと肩を落として歩きながら、ミサトは涙をルルルーと流して嗚咽声をシーンと静まり返った周囲へ響かせ去って行った。
「シンジ君、ごめんね。急な残業で遅くなっちゃって」
「いいえ、そんな事ないですよ。僕の方こそ、すみません・・・。仕事で疲れているのに」
「ううん、気にしないで♪私の方から約束したんだから♪♪」
とっくに夕飯時も過ぎた午後9時前、シンジはキッチンテーブルに座り、慌ただしく夕飯の用意をするマヤの背中をぼんやりと眺めていた。
「はい・・・。それにしても、こうしているとアレですね」
「・・・なに?」
ミサトとの同居では決して見られない光景に、シンジは両手で頬杖をついてクスリと微笑み、マヤがシンジの言葉に調理の手を止めて振り向く。
「いや、今の僕達って何だか新婚さんみたいだなぁ〜〜っと思って」
「し、新婚さんって・・・。や、やだっ!!シ、シンジ君ったら、もうっ!!!」
応えてシンジは極上の笑みでニッコリと微笑み、たちまちマヤは顔を真っ赤っかに染めて俯いた。
「・・・あれ?僕とじゃ嫌ですか?」
「えっ!?あっ!?え、えっと・・・・・・。」
するとシンジは表情を一変して哀愁を漂わせ、マヤは慌てて顔を勢い良く上げながらも、シンジへ何と応えて良いか言葉に詰まったその時。
プルルルルルルルルルッ!!
「あっ!?で、電話っ!!!わ、私が出るからシンジ君は座ってて」
意外な所から助け船が入り、椅子から腰を浮かせようとしたシンジを押し止め、マヤは自分が電話へ出る事で場を持たせようと電話へ駈け急ぐ。
プルルルルルルルルルッ!! カチャ・・・。
「はい、碇です・・・って、キャっ♪奥さんみたい♪♪」
だが、口では困っておきながら本音ではシンジの言葉が嬉しいマヤは、ついつい新婚さん気分に浸って嬉しさ100%の声で電話に出た。
「マヤさん・・・。それじゃあ、電話の相手が困るでしょ?それにこの家で電話に出る時は『葛城』でね?」
「ご、ごめん。シ、シンジ君・・・・。は、はい、葛城です」
『ピッ!!プーーー・・・。プーーー・・・。プーーー・・・。』
シンジはそんなマヤに苦笑を浮かべ、マヤはシンジの注意に改めて電話へ出るが、受話器から返ってきたのは電話の不通音だけ。
「・・・あれ?」
「どうしたの?」
「うん、切れちゃった・・・。間違い電話かな?」
耳から受話器を離して不思議そうに首を傾げるマヤに、シンジが怪訝顔で尋ねると、マヤは受話器を電話機へ下ろして反対側へ首を傾げた。
「何なのよっ!!何なのよっ!!!何なのよぉぉ〜〜〜っ!!!!
家に1人ぼっちで寂しいと思って電話してみれば、どうしてマヤちゃんが家にいる訳ぇぇぇぇぇ〜〜〜〜〜〜っ!!」
ガシャンッ!!
高級そうなバーのカウンターに座るミサトは、怒りに任せて携帯電話を投げつけ、壁にぶつかった携帯電話が見事なくらいに粉砕される。
実を言うと、ミサトは家出しておきながら夜になると寂しくて家へ電話をしていたのだが、ここ3日間はシンジが不在だった為に繋がらなかった。
そして、4日目にして電話がようやく繋がったかと思ったら、電話に出たのはシンジではなくマヤ。
これではさすがのミサトもやりきれず、ついつい携帯電話にあたってしまうのも無理がない話。
「そりゃあ、シンジ君だって男なんだから、魔がさす事もあると思うわっ!!あいつだって、そうだったから解らなくもないっ!!!
だけど、家へ他の女を連れてくるってのは、ルール違反なんじゃないのっ!!かぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜っ!!!やってられないわっ!!!!」
ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ・・・。
ミサトは猛烈にシンジへの愚痴を重ねると、目の前のテーブルに置かれた大ジョッキを持って口へ付けると一気に傾けた。
但し、大ジョッキと言っても中身はミサトが好きなビールであるエビチュビールではなく、入っているのはアルコール度数がかなり高いテキーラ。
ちなみに、ミサトの言葉の中にある『あいつ』とは、8年前に交際していたシンジが師匠『加持リョウジ』の事。
ドンッ!!
「ぷっはぁぁ〜〜〜っ!!・・・ねっ!!?あんたもそう思うでしょっ!!!?思うわよねっ!!!!?」
ボトル1本分まるまると注がれた大ジョッキを飲み干し、ミサトはシンジへの愚痴の同意を隣に座る色男へ求めるが返事はない。
何故ならば、色男は既に数十分前に酔い潰れ、カウンターに上半身をグッタリともたれ倒し、彼方の世界へ旅立っているからである。
余談だが、この色男はミサトを繁華街でナンパして、ミサトが言った『あいつを忘れさせて欲しい』の言葉に乗り、この店へ連れてきた張本人。
無論、色男の計画では、ミサトを軽く酔わせた後に全くの謎のホテルへ連れ込み、ミサトとムフフな事をしようとしていたのは言うまでもない。
ところが、ミサトを軽く酔わせるつもりで色男の方が深く酔わされてしまい、色男の野望が達成される事は永遠にないであろう。
また、ミサトがこんな状態だけに触らぬ神に祟りなしなのか、それまで店内にいた客は帰ってしまい、現在店内にいるお客はミサトと色男だけ。
「・・・ったく、どいつも、こいつもっ!!マスター、お代わりっ!!!」
「お、お客さん・・・。も、もう止した方が・・・。お、お連れさんもご覧の通りですから・・・・・・。」
反応のない色男に憤慨して、ミサトがジョッキを勢い良く差し出すが、マスターは顔を引きつらせながらミサトへやんわりと帰宅を勧める。
「あんっ!!この店は客が注文しているのに断るってぇ〜〜のっ!!!それとも、私に飲ます酒はないとでも言いたいてぇ〜〜のっ!!!!」
「い、いえ・・・。そ、その様な事は・・・・・・。」
その途端、ミサトはシンジと色男へ向けていた怒りを全てマスターへ向け、マスターは恐怖に汗をダラダラと流して一歩後退。
「だったら、さっさと注ぎなさいよっ!!」
「か、かしこまりました・・・。」
だが、ミサトが怒りもあらわに再びジョッキを勢い良く差し出すと、慌ててマスターは前に進んでミサトのジョッキへ追加のテキーラを注いだ。
「そう、それで良いのよっ!!今日は朝まで飲むわよっ!!!」
「あ、あのぉ〜〜・・・。う、うちは午前1時が閉店なんですけど・・・・・・。」
ジョッキを満たしてゆく透明な液体に、ミサトが満足そうにウンウンと頷くが、マスターはミサトの言葉に驚いてテキーラを注ぐのを止める。
「あぁぁ〜〜〜んっ!!聞・こ・え・な・いっ!!!・・・もう1度、言ってくれるかしら?」
「ははははは・・・。と、当店は24時間営業です。は、はい・・・・・・。」
するとミサトは手を当てて耳をマスターの口元へ近づけ、ミサトの迫力に根負けたマスターは乾いた笑い声をあげながら営業時間の延長を決めた。
「良ぉ〜〜しっ!!それで良しっ!!!さあ、あんたも飲みなさいよっ!!!!今日はその棚を右から左まで全部開けるんだからっ!!!!!」
「・・・こ、これを全部ですか?そ、それに失礼ですが・・・。い、1番左端のボトルは1本10万円の品なんですけど?」
ミサトはその応えに再び満足そうにウンウンと頷き、マスターはミサトの追加注文に驚愕した後、怖ず怖ずと追加注文を止めるように勧める。
「平気、平気♪万事、おっけぇ〜〜よん♪♪・・・だって、お勘定を払うのは彼だから♪ほら、あんたも飲んで、飲んで♪♪」
「そ、そうですか・・・。で、では、頂きます」
しかし、ミサトは隣で潰れている色男を指さしてニッコリと笑い、マスターへ自分が飲んでいたテキーラのボトルを差し出した。
「さあ、飲みなさいっ!!じゃんじゃんと飲みなさい・・・って、ほぉ〜〜♪イケるねぇぇ〜〜〜♪♪」
「くっはぁぁ〜〜〜・・・。さ、さすがにテキーラはキツいですね」
マスターは顔を引きつらせ、色男に同情しながらも酌を断るのが怖くて受け取り、やけっぱち気味にコップへ注がれたテキーラを一気に飲み干す。
「いいや、それだけ飲めるんなら、コレもいけるでしょ?ささ、ぐいぃ〜〜っと飲んで、飲んで」
「い、いや・・・。テ、テキーラの後にアイリッシュは辛いんじゃないかと・・・・・・。」
「あによっ!!あんた、私の酒が飲めないってぇ〜〜のっ!!!」
「い、いえ、飲ませて頂きますっ!!は、はい、一気にいかせて頂きますっ!!!」
その後、酔い潰れたマスターが翌朝に目を醒ますとミサトの姿はなく、色男が翌昼に目を醒ますと目の前に47万円弱の請求書が置かれていた。
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