♪〜♪〜〜♪♪♪〜〜♪♪〜〜♪〜♪〜♪〜・・・。
「うん、これだよ。これ・・・。これでこそ、わざわざ隣町へ来た甲斐があったと言うものさ」
クラシック音楽が静かに流れ、店内の装飾品や雰囲気にアンティークな趣がある喫茶店『せかんど・いんぱくと』の窓脇角の席。
「どうだい?この味はなかなか素人には出せない味だろ・・・って、おや?どうしたんだい?」
「・・・・・・。」
シンジは待望の一口を飲んで満足気に頷き、対面へ視線と共に同意を求めるが、俯くヒカリはコーヒーに手を付けずじまいのまま返事を返さない。
「・・・ヒカリ?」
「えっ!?な、なにっ!!?」
その入店以来ずっと同じ調子なヒカリに溜息をつき、シンジが再び呼びかけると、ヒカリは驚きに体をビクッと震わせて慌てて視線を上げた。
「いや、大した事ではないんだけど・・・。やはり、コーヒーは冷めない内に飲んだ方が良いと思ってね」
「えっ!?あっ!!?いつの間に・・・。熱っ!!!?」
そして、困惑顔を浮かべるシンジに気づかず、ヒカリはシンジの指摘に急いでコーヒーを飲み、予想外の熱さに今度は口からカップを急ぎ離す。
「だからって、そんなに慌てて飲む必要はないよ。舌を火傷してしまうだろ?」
「う、うん・・・。」
シンジはカップで口元を隠してヒカリの慌てぶりをクスリと笑い、思わず『美味しい』と漏らすであろうヒカリの第一声を待って沈黙する。
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
ところが、ヒカリはシンジの予想に反して黙して何も語らず、コーヒーを一口飲んだだけでカップを両手で包み持ってテーブルの上へ戻した。
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
しかも、しばらくするとヒカリの視線はゆっくりと落ちてゆき、終いには揺らぎ収まったカップ内の水面をぼんやりと眺めて沈黙。
「・・・やはり、学校をサボったのを気にしてるのかい?」
「・・・・・・。」
そんな状態が約1分ほど続き、シンジがヒカリの様子を探りつつ問うが、ヒカリは全く微動だにせず返事も返さない。
「・・・ヒカリ?」
「えっ!?な、なにっ!!?」
またもや先ほどの状態へ戻ったヒカリに溜息をつき、シンジが再び呼びかけると、ヒカリは驚きに体をビクッと震わせて慌てて視線を上げた。
「いやね。さっきから黙っているから・・・。学校をサボらせて、こうして付き合わせた事が迷惑だったのかな?・・・と思ってさ」
「う、ううんっ!!そ、そんな事ないっ!!!そ、そんな事ないっ!!!!」
シンジはまるでお手本の様に何度となく同じ反応を繰り返すヒカリに苦笑を浮かべ、ヒカリがシンジの心配に何度も首を左右に振って否定する。
ちなみに、現在時刻は午後3時30分過ぎでシンジの言葉にある通り、シンジとヒカリは午後から授業をサボってのデート中。
ところが、ヒカリはデート中であるにも関わらず、学校を抜け出して以来ずっと常にご覧の通りの上の空状態だった。
おかげで、さすがのシンジも間が持たず、最初こそはあちら、こちらへとヒカリを連れ回していたのだが、遂に疲れて喫茶店へ入ったと言う次第。
「・・・本当に?」
ガタッ!!
「ほ、本当よっ!!そ、それどころか、嬉しいくらいよっ!!!だ、だって、碇君がこうして誘ってくれたのって初めてじゃないっ!!!!」
今までにない反応の良さに作戦を変え、シンジは意地悪そうな笑みで横目を向け、ヒカリは席を勢い良く蹴り立ち上がって必死の否定をアピール。
「そう言えば、そうだったね。ごめんよ・・・・・・。いつも訓練とかで何かと忙しく、ヒカリとはいつも学校で・・・。ばっかりだもんね」
「う、うん・・・。」
その途端、何故だかは全くの謎だが、シンジは2人の思い出を探ってクスクスと笑い始め、ヒカリは顔を真っ赤っかに染めて俯きつつ静かに着席。
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
しかし、不意にヒカリの目がハッと見開いたかと思ったら、紅く彩られていた顔色が瞬く間に失われ、再び2人の間に沈黙が広がってゆく。
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
またもや逆戻りしてしまったヒカリの様子に溜息をつき、シンジが口の中をコーヒーで湿らせてから沈黙を打ち破る。
「なら・・・。君は何を話したいんだい?」
「えっ!?」
その直球勝負にヒカリの体が今までになく激しくビクッと震え、ヒカリが顔を勢い良く上げながら動揺に目を見開く。
「僕に聞いて欲しい事があるんだろ?」
「う、うん・・・。」
シンジは合わせて親譲りのゲンドウポーズをとり、穏やかな表情でありつつも有無を言わせぬ厳かな視線を向け、ヒカリへ沈黙の元の吐露を迫る。
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
ヒカリはしばらく目を見開いたままでいたが、何かやましい事でもあるのか、驚愕が解けると共にシンジのプレッシャーに怯んで目を逸らした。
その上、ヒカリは再び顔を俯かせてしまうも、シンジはヒカリの自己世界への没頭を許さず、絶え間なくプレッシャーを放って緊張を強いる。
スカートの両膝の上で力強く握られた両拳は次第に汗ばみ始め、ヒカリは何とか言葉を紡ぎだそうとするが緊張に口から声がなかなか出てこない。
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
かれこれ、その様な状態が3分弱ほど続き、ゲンドウポーズを解いたシンジが、カップを持って口へ傾けかけたその時。
「・・・あ、あのさ」
「ああ・・・。」
シンジによって敢えて緩急の付けられた緊張の間に精神がフッと緩み、あれほど出なかったヒカリの言葉が口から自然と紡ぎ出てきた。
「っ!?・・・あ、明日、暇かな?」
「フフ、デートのお誘いかい?それなら、明日は訓練もないから心配ないよ。第一、僕がヒカリからの誘いを断るはずがないじゃないか」
ヒカリは慌てて手を口に当てようとするも吐いた唾は飲めず、後には退けない決意表明に両膝の上の拳を更に力強くギュッと握り締める。
「じ、実は・・・。」
「・・・実は?」
我が計は成ったりと心の中でほくそ笑むシンジだったが、俯いたまま裏返ったかすり声を出すヒカリの様子を怪訝に思いつつ話を促し相づち打つ。
「コ、コダマお姉ちゃんの友達なんだけど・・・。そ、その、あの・・・。ど、どうしても、紹介してくれって頼まれてちゃって・・・・・・。」
「ふぅぅ〜〜〜ん・・・。」
するとヒカリはたどたどしく言葉を紡ぎ出しながら怖ず怖ずと上目づかいを向け、シンジは疑問解決なヒカリの要求に半眼をヒカリへ向け返した。
「そ、そうよねっ!!ダ、ダメよねっ!!!う、うん、良いのっ!!!!ダ、ダメならそれでっ!!!!!
 ご、ごめんなさいっ!!へ、変な事を頼んじゃってっ!!!だ、大丈夫っ!!!!わ、私、ちゃんと断っておくからっ!!!!!」
たちまちヒカリは焦りまくって思わず身をシンジへ乗り出して腰をやや浮かせ、必死の形相で息継ぎなしに慌てて前言撤回を計る。
「・・・いや、構わないよ」
「え゛っ!?」
だが、シンジはヒカリの予想に反してカップを下ろしてニッコリと微笑み、ヒカリが豹変したシンジの態度に茫然と目が点になるも束の間。
「ただ、自分の彼女から他の娘を紹介されると言うのは・・・。彼氏としてちょっと複雑な気持ちだけどね」
「・・・ご、ごめんなさい」
窓の外へ視線を向けて漏らしたシンジの溜息に、ヒカリは良心がキリキリと痛んで我に帰り、深く深く俯きながら力無く着席。
「良いんだ・・・。むしろ、僕の方がヒカリへ謝りたいくらいさ。
 これも全て僕等の関係を公に出来ないからこそ起きる問題。・・・ごめんよ。いつも、つまらない心配ばかりかけて・・・・・・。」
「ううん、良いの。私は・・・。」
シンジは視線を刹那だけヒカリへ戻した後、再び窓の外へ視線を向けて尚も溜息をつき、ヒカリは俯いたまま首を小さく左右に振った。


「・・・でも、これでようやく一安心したよ」
「えっ!?何が?」
「ほら、ここ数日のヒカリって何事にも上の空で元気がなかっただろ?」
2人の間に穏やかな静寂が1分ほど流れ、実は密かに道行く女性達を観察していたシンジがヒカリへ視線と微笑みを戻す。
「・・・そうだったかしら?」
「うん、火曜日くらいからかな?いつ話しかけても歯切れが悪いし、それでいながら何か言いたそうだったし・・・。アスカが心配してたよ」
「へぇぇ〜〜〜・・・。そうだったんだ」
大役を終えた安堵感に浸り、緊張に乾いた喉をコーヒーで潤していたヒカリは、シンジの言葉に相づちを打ちながらも小首を傾げて怪訝顔。
「そうさ。昨日だって、お昼休みに用務員室でシている最中も上の空でアンとも、ウンとも言わないマグロ状態だったし・・・。
 それどころか、終わったら終わったでヒカリは僕に何て言ったと思う?・・・『えっ!?もう終わったの?』だよ?
 挙げ句の果て、もう用はないでしょと言わんばかりに無言でさっさと着替えて用務員室を出て行っちゃうしさ。
 ・・・はっきり言って、ショックだったね。僕は・・・・・・。放課後のチャイムが鳴るまでズボンを脱いだまま放心してたくらいさ。
 それはもう未だ嘗て味わった事のない屈辱だったよ。おかげで、それっきり僕のアレはウンともスンとも文字通り立ち直れなくなっちゃうしさ」
シンジはその平和そうな顔に自分の苦労も知らないでとムッと苛立ち、やや尖らせた口から愚痴を放って意地悪そうな横目をヒカリへ向ける。
(確か、火曜日って言うと・・・。前の日の夜にお姉ちゃんから話を持ちかけられた日だっけ・・・・・・。
 ・・・・・・そっか、そうなんだ。碇君、気づいてくれていたんだ。私の事をちゃんと見てくれていたんだ・・・。そうなんだ・・・・・・。)
しかし、シンジが愚痴れば愚痴るほど、ヒカリはシンジの自分への気づかいを知り、シンジとは正反対に頬を綻ばせてゆく。
ちなみに、シンジの言葉にある通り、ヒカリを気にかけていたのはアスカも一緒なのだが、今のヒカリにとってアスカの存在は遠いお空の向こう。
「だから、てっきり僕はヒカリに愛想を尽かされたのかと思って・・・。
 本音を言うと、誘ったのは良いけど・・・。いつ別れ話を切り出されるのかと冷や冷やして・・・。」
「クスっ・・・。馬鹿ね。そんな事ある訳ないじゃない」
「・・・って、何を笑ってるのさ?僕の不幸話がそんなにおかしいのかい?」
終いにヒカリはとうとう堪えきれなくなって吹き出してしまい、シンジが本格的にムムムッと苛立って意地悪そうな横目を鋭い睨みへと変える。
「やぁ〜〜ね。それは碇君の被害妄想よ。・・・ひ・が・い・も・う・そ・う」
「そうかい?だったら・・・。」
「・・・だったら?」
「今夜は恋人らしく・・・。どう?」
それでも、笑顔を隠して俯くヒカリのクスクス笑いは一向に止まず、シンジは伸ばした右手でヒカリの顎を持って反撃にクスリと笑い返した。
「・・・えっ!?」
「だって、そうだろ?僕の不安が本当に拭い去れたのかを確かめなくては・・・。ヒカリ自身でね?」
その強引な行動は効果を覿面に発揮してヒカリの笑い声が止み、シンジは笑顔で驚き戸惑うヒカリの顎先を更に力強く固定して自分へ向けさせる。
「・・・ど、どういう意味?」
「今、言ったばかりじゃないか・・・。ヒカリのおかげで僕のアレはウンともスンとも言わなくなったって」
しかも、シンジはヒカリの唇を右人差し指で撫でた上、指先をヒカリの口内へ滑り込ませ、かき混ぜて探り当てたヒカリの舌先へタッチ。
「・・・あっ!?」
「どうだい?今日は上手い具合に多少の持ち合わせがあるし・・・。何よりも明日は土曜日。一緒に食事でもして、朝まで・・・・・・。」
すると何故だかは全くの謎だが、ヒカリは顔を紅く染めると共に体をビクッと震わせ、シンジの執拗な指先攻撃にたまらず両膝を擦り合わせる。
「で、でも・・・。あ、明日はコダマお姉ちゃんの友達との約束が・・・・・・。」
「所詮、そんな物は僕等の仲を偽装する為のデート・・・。それとも、ヒカリは僕と一緒にいるのが嫌なのかい?」
だが、いつの間にか靴を脱いでいたシンジの右足によって両膝はこじ開けられ、シンジの右足が更に伸びてヒカリのスカートの中へ侵入してゆく。
「っ!?っ!!?っ!!!?」
「・・・嫌なのかい?」
ヒカリが何やら驚愕にギョギョッと見開いた目をシンジへ向けるが、シンジは右人差し指を戻して舐め、何食わぬ涼しい顔でヒカリへ応えを促す。
「そ、そんな・・・。わ、私も碇君と一緒にいたい。い。いたいけど・・・。ゆ、夕飯の支度とかあるから・・・・・・。」
「偉いね。ヒカリは・・・。私事より公事を取るなんて、なかなか出来ない事だよ。
 ・・・でもね。君だって、暦に母の日がある様にたまには休んだって良いはずだ。大丈夫、家族だって解ってくれるよ。・・・そうだろ?」
その行為にヒカリの目が更に見開かれ、これまた何故だかは全くの謎だが、ヒカリがしきりに辺りを落ち着きなく気に見渡し始めるも束の間。
余談だが、店内の客はシンジとヒカリしかおらず、カウンターに立つマスターはコーヒー豆を削るのに夢中で2人の様子には全く気づいていない。
「で、でも・・・。んんっ・・・。お、お父さんに・・・。んふっ・・・。な、何て言ったら良いか・・・。んあっ・・・・・・。」
「馬鹿だな。素直なのは君の美点だけど、ヒカリはもう少しずる賢さを学ばなくちゃいけないね。
 こう言う時の為にこそ、親友がいるんじゃないか。・・・うん、そうだ。今夜はアスカの家に泊まりへ行く事になったと言うのは?」
ますます謎は深まるばかりだが、ヒカリはそれどころではなくなってしまい、やや前傾姿勢になって何かを堪える様に両手で口を必死に塞いだ。
「う、うん・・・。くふっ・・・。そ、それなら・・・・・・。きゃうっ!?」
「なら、善は急げ。早速、家へ電話を・・・って、げっ!?」
前傾姿勢ながら時おり体を弓なりにビクビクッと反らすヒカリの様子をニヤリと笑い、シンジはふと窓の外の景色へ視線を向けてビックリ仰天。
「はぁ・・・。はぁ・・・。ど、どうしたの?」
「いや、何でもないよ。今、携帯がブルってね・・・っと、これはまいったな。せっかく今夜は2人でと話していた矢先に・・・・・・。」
同時にヒカリが切な気に潤む瞳を驚きに体を硬直させたシンジへ向け、シンジは懐から携帯電話を取り出してヒカリの問いに深い溜息をついた。
密かにこれはシンジだけの秘密だが、携帯電話の液晶モニターには現在時刻しか表示されておらず、電話がかかってきた形跡など全くない。
「どうしたの?」
「・・・ごめんよ。ヒカリ・・・・・・。これから僕はネルフへ行かなくちゃならない」
その溜息に今夜の予定が変わった事を悟り、ヒカリが悲しそうに眉を寄せて尚も問い、シンジが右足をヒカリのスカート内から下ろした次の瞬間。
「そ、それってっ!!?」
ガタッ!!
シンジの向かう目的地に使徒襲来を連想させ、ヒカリが瞬時に上気していた紅い顔を真っ青に変えて席を勢い良く立ち上がった。
「その心配はないよ。只の実験だから・・・。さあ、座って。せっかく、隣町まで足を伸ばしたんだ。ヒカリはゆっくりしてきなよ」
「えっ!?でも・・・。」
シンジも右足の靴を履いて立ち上がり、ヒカリの肩を掴んで席へ押し戻すが、ヒカリは安心したもののシンジ1人を帰らすのも悪いと立ち上がる。
「大丈夫、今夜の埋め合わせは必ずするから・・・。さっきのヒカリの顔、とっても可愛かったよ。フフフ・・・・・・。」
「っ!?」
ならばとシンジは作戦を変えてヒカリの耳元へ吐息を吹きかけ、ヒカリは体をビクッと仰け反らせた後、顔を紅く染めて力無くヘナヘナと着席。
「さあ、座って、座って・・・。ここのパンケーキは美味しいんだ。お金は僕が払っておくから食べていきなよ」
「・・・う、うん」
「それじゃあ、また来週」
「・・・ま、また来週」
謎は深まって既に迷宮入りだが、ヒカリは先ほどの余韻が蘇って立てなくなり、シンジはヒカリへニッコリと微笑んで席を離れて行った。


「はい、1400円。彼女にパンケーキをお願いしますね」
喫茶店出入口にあるレジカウンターを目指して途中から早歩き、何処か慌てた様子で精算と追加注文をしてゆくシンジ。
「・・・碇君」
「はい、何ですか?」
そんなシンジの心を知ってか知らずか、レジを打ち終わったマスターは差し出す代金を受け取らず尋ね、シンジが怪訝そうに眉を寄せて尋ね返す。
「常連客にこう言うのは何だか・・・。頼むから、この店での修羅場は勿論の事、刃傷沙汰は止してくれよ」
「あはははは・・・。き、期待に添うよう善処します」
応えてマスターは深い溜息をつきながらシンジへ白い視線を向け、シンジがマスターの警告に顔を目一杯に引きつらせて乾いた笑い声をあげる。
「なら、良いんだが・・・。ほら、別の彼女が待ってるぞ。早く行った方が良いんじゃないか?」
「おっと、そうでした。では・・・。」
代金は受け取れどもシンジの了承は話半分だけ受け取り、マスターが尚も深すぎる溜息をつきつつ顎で喫茶店出入口を指したその時。
チリン、チリン・・・。
「やあ、どうしたんだい?こんな所で奇遇だね」
喫茶店の扉が鈴を鳴らして開き、眉をつり上げた第弐中の制服を着た少女が現れたが、すかさずシンジが立ち塞がって少女を店外へ押し出した。
バタンッ・・・。
「どうしたかじゃありませんっ!!一体、あの人は誰なんですかっ!!!」
「うん?彼女は僕のクラスの学級委員長だけど・・・。それがどうかしたのかい?」
その行為に少女が眉を更につり上げるが、シンジは嫉妬の炎がヒカリへ飛び火しないよう喫茶店の扉を素早く閉め切って少女の怒鳴り声を遮断。
シンジが自分から誘っておきながらヒカリとの予定を崩さなければならなかった理由、それは今口論している少女の存在に他ならない。
先ほどシンジは最後の詰めをヒカリへ施す際、喫茶店前が通学路で家路につく少女と偶然にも鉢合わせて目が合ってしまったのである。
この説明で既に御察しかと思うが、少女はシンジが愛する女性達の内の1人であり、密かにシンジと少女の仲はシンジとヒカリの仲より古い。
「・・・へっ!?」
「んっ!?ああ、そう言う事か・・・。なるほど、なるほど・・・・・・。」
尋ねていたはずが反対に尋ね返された上、シンジから邪気のない笑顔を返され、少女は予想外すぎるシンジの反応に思わず茫然と目が点。
「な、何がですかっ!!ちゃ、ちゃんと応えて下さいっ!!!」
「いや、実は来月にある文化祭の準備委員会を任せられてね。その買い出しに彼女と来た帰りって訳さ」
その隙を狙って彼女の肩を抱き、シンジはそそくさと喫茶店から離れ、我に帰って声を荒げる少女へ心の焦りを隠してクスクスと笑って見せる。
「・・・そ、そうなんですか?」
「そうなんだよ。嘘を言ってどうするのさ」
「な、なぁ〜〜んだ・・・。わ、私はてっきり・・・・・・。」
「・・・てっきり?」
「い、いえ、何でもないんですっ!!(・・・私ったら馬鹿だな。そんなはず、ある訳ないのに・・・・・・。)」
たちまち少女の心に安堵が広がり、少女が胸をホッと撫で下ろして頬を自然と綻ばせるも束の間。
「そうかい?」
「は、はい・・・って、何処へ行くんですか?」
唐突にシンジが進路を変更してビルとビルの間の細い抜け道へと入り、少女が表情に驚きと戸惑いを浮かべてシンジへ尋ねる。
「何処って・・・。嫌だな。決まってるだろ?せっかく、こうして予定もなく会えたんだから、恋人同士の一時を・・・。ねっ!?」
「きゃうっ!?な、何するんですか・・・。い、いきなり・・・。み、耳はダメって、いつも言ってるじゃないですか・・・・・・。」
シンジは少女の耳元へ吐息を吹きかけて応え、少女は思わず体をビクッと震わせて立ち止まり、紅く染まった顔をシンジへ振り向かせて猛抗議。
「さあ、着いたよ」
「えっ!?・・・・・・え゛っ!!?」
だが、極上の微笑みで迎えたシンジに目的地到着を知らされ、少女は顔を再び正面へ戻してビックリ仰天。
何故ならば、目の前には全くの謎の宿泊施設ビルがそびえ立ち、来訪者を今か今かと待ち構えて『空室』のランプを点灯させていたからである。
「今の時間なら大丈夫だろ?だったら・・・。ねっ!?」
「・・・は、はい」
シンジが抱いている少女の肩を軽く揺すって尋ねると、何故だかは全くの謎だが、少女は真っ赤っかに染めた顔を俯かせて小さく頷いた。


「鍋は良いねぇ〜〜・・・。鍋は身も心も暖めてくれる。そう感じないかい?シンジ君」
湯気が立つ鍋から取り出したカニ殻を丹念に剥き、カニを頬張って至福のうっとりとした表情をシンジへ送るカヲル。
「・・・どうして、あなたがここに居るの?」
「おやおや、いつもながらつれないね。レイちゃんは・・・。鍋は大勢で囲んでこその鍋だよ?」
だが、シンジが何かを応えるよりも早く、カヲルの対面で白菜を頬張っているレイが鋭い睨みを向け、カヲルは肩を竦めて鍋の定義を説いた。
「・・・どうして、あなたがここに居るの?」
「そうよっ!!どうして、あんたがここに居るのよっ!!!毎晩、毎晩、夕飯をたかりに来てっ!!!!」
それでも、レイの睨みは衰える事を知らず、レイの左隣に座るアスカが上手く剥けないカニ殻の苛立ちも相まってレイの意見に同調して怒鳴る。
「・・・それはこっちのセリフよ」
バキッ!!
「な、何よ・・・。」
するとアスカの対面に座るミサトがカニ殻を意味もなく割ってアスカを睨み、アスカがミサトの眼光に怯んで腰をちょっぴり引いた次の瞬間。
「この際だから、はっきりさせておくけど・・・。」
バンッ!!
「ここは私とシンジ君の家っ!!あんたとレイの家は隣っ!!!渚さん、あなたに至ってはこのマンションの住人ですらないわっ!!!!
 良いっ!!もう1度言うけど、ここは私とシンジ君の家よっ!!!あんた達が勝手に作ったスペアキーを今すぐ私に渡しなさいっ!!!!」
静かに席を立ち上がったミサトが、言葉を溜めた後に机を思いっきり両掌で叩き、猛烈に怒鳴って3人へ右掌を勢い良く突き出した。
余談だが、ミサトの言葉にある通り、ここは鍋専門店などのお店ではなく、住所登録ではシンジとミサトだけが住んでいる葛城邸のリビング。
それにも関わらず、レイとアスカは葛城邸隣へ引っ越してきた当日から、カヲルは5日前から葛城邸で皆と一緒に夕飯を摂る毎日。
しかも、3人は夕飯だけに止まらず、夕飯後も葛城邸でまったりと過ごした上、お風呂へ入ったところでようやく各々の家へ帰って行く始末。
本音を言えば、3人はそのまま葛城邸に泊まりたいのだが、それでは何かと不便の為に渋々と言った感じで家へ帰るのである。
そして、今夜も良い夢が見られます様にと願い、5日に1回の割合で深夜過ぎに枕元へ立つ夢の使者の来訪を待ってベッドに入ると言った次第。
「・・・も、問題ないわ」
「そ、そうよっ!!べ、別に良いじゃないっ!!!し、知らない仲でもないんだからさっ!!!!」
「そ、そうです。ま、ましてや、僕等はチルドレン同士なのだからお互いのコミニュケーションは必要ですよ」
「た、たまには良い事を言うじゃないっ!!カ、カヲルっ!!!」
「だ、だろ、だろ?き、君もそう思うだろ?レ、レイちゃんはどうだい?」
「・・・そ、そうね。こ、今度だけはあなたの意見に賛成するわ」
その途端、今さっきまで諍いをしていたのが嘘の様に結束し始め、レイとアスカとカヲルは反ミサト連合を結成。
「なに言ってんのよっ!!親しき仲にも礼儀ありって言うでしょっ!!!何処の世界にスペアキーを勝手に作る奴がいるのよっ!!!?
 それにコミニュケーションが必要とか言ってるけど・・・。
 そんな物、学校や私の目の届かない所で十分すぎる程してるでしょうがっ!!私が知らないとでも思ってるのっ!!!
 第一、チルドレン同士のコミニュケーションなら鈴原君はどうなのよっ!!1人だけ仲間外れにして可哀想だとは思わない訳っ!!!」
「「「う゛っ・・・。そ、それは・・・・・・。」」」
しかし、ネルフ作戦部長であるミサトには3人の生兵法は通じず、ミサトは矛盾と人差し指をビシッと突きつけ、3人が言い返せず言葉に詰まる。
「まあまあ、落ち着いて・・・。ほら、この辺のが煮えてますよ。ミサトさん」
「大体、シンジ様もシンジ様ですっ!!」
(碇君っ!!)(シンジっ!!)(シンジ君っ!!)
そんな最中、シンジが話にのほほんと割って入り、ミサトがシンジの暢気さに腹を立て、3人が頼もしい援軍に目を目一杯に輝かすも束の間。
ちなみに、シンジはテーブルの上座に座っており、シンジ寄りで席順を再確認すると右手側にカヲルとミサト、左手側にレイとアスカ。
この席順が決まるまでに幾多の諍いが巻き起こったのは言うまでもなく、醜い争いに見かねたシンジの発案により席順はあみだくじで定められた。
「フフ、ミサトは少し冷静になった方が良いね・・・。ほら、あぁぁ〜〜〜んして」
「シンジ様がいつもそうやって曖昧な態度を取るから・・・って、えっ!?あっ!!?は、はい・・・。あ、あぁぁ〜〜〜ん・・・・・・。」
シンジが自分の口元へ運んだカニを方向転換させてミサトの口元へ運び、ミサトが戸惑いながらも顔を紅く染めてシンジの誘導に口を開ける。
「「「っ!?」」」
ガタ、ガタ、ガタッ!!
その信じられない光景に目をこれ以上ないくらい見開き、レイとアスカとカヲルが計った様に揃って思わず席を勢い良く立つ。
「そうね。私とした事が熱くなり過ぎたみたいね・・・って、あら、どうしたの?みんな、席なんか立っちゃってさ?」
「「「くっ・・・。」」」
ガタ、ガタ、ガタッ・・・。
ミサトはカニと幸せを丹念に噛みしめながら3人へ勝ち誇ってにんまりとほくそ笑み、レイとアスカとカヲルは悔しさに肩を震わせつつ着席した。


「ぷっはぁぁ〜〜〜っ!!かぁぁぁ〜〜〜〜っ!!!・・・うまいっ!!!!やっぱ、鍋にはビールが1番よねぇぇぇぇ〜〜〜〜〜っ!!!!!」
先ほどまでとは打って変わり、上機嫌も上機嫌で350mlビール缶を連続2本一気飲みしてご満悦なミサト。
「・・・葛城三佐、いつか必ず殺す」
「何よ、何よ。シンジの奴・・・。」
「酷いよ。シンジ君・・・。僕の気持ちを知っている癖に・・・・・・。」
一方、レイとアスカとカヲルはやや俯き、取り皿に取った鍋の具材を箸でツンツンと突っつき、尖らせた口で独り言をブツブツと呟きまくり。
(やれやれ、これでやっと静かに食事が出来るね。
 まあ、多少の犠牲はあったけど、この様子なら・・・。今夜はアスカにフォローしておけば良いかな?
 フフ、アスカ・・・。今夜は泣いて頼んだって朝まで寝かさないよ?なにせ、ヒカリのおかげで昨日から溜まりまくりだからね)
その両極端な様子を眺めながらカニを頬張り、シンジが予定する今夜のスケジュールに笑みを隠せず口の端を邪悪そうにニヤリと歪めたその時。
「そぉ〜〜うだ♪ミサト、明日の予定は♪♪」
「えっ!?・・・ついさっき、食事の前に明日は休日出勤だって言ったじゃない。聞いてなかったの?」
不意にアスカがご機嫌な声をリビングに響かせ、問われたミサトは勿論の事、シンジとレイとカヲルもアスカの突然の変化に戸惑う。
「ああ・・・。そう言えば、そんな事も言ってったっけ?でも、あたし達は実験もないし・・・。ふふん♪シンジは暇よね♪♪」
「・・・んっ!?」
するとアスカはミサトへ意地悪そうなニヤリ笑いを向けた後、表情を一変させて極上の美少女スマイルをシンジへ向けた。
「っ!?」
「なら、良かったら・・・。」
ミサトはアスカの意図を即座に悟って目を見開き、アスカは逆転勝利の美酒をと敢えて言葉を区切り、テーブルのグラスを持って口へ傾ける。
ちなみに、逆転勝利の美酒と言っても、レイとカヲルも飲んでいる只の炭酸ジュースであり、お酒を飲んでいるのはミサトとシンジだけ。
「僕と映画でも見にいかないかい?新聞を取ったら販売員の人が券をくれたんだ」
「ちょっとっ!?人の話に割り込まないでよねっ!!!」
しかし、カヲルがその隙を狙って漁夫の利を掠め取り、アスカはギョギョッと驚いてグラスをテーブルへ叩き付け、眉をつり上げて猛りまくり。
「ダメ・・・。明日、碇君は私とガーデニングするの」
「・・・って、レイっ!?あんたもよっ!!!明日、シンジはあたしと一緒に買い物へ行くって決まってんのっ!!!!」
ならばとレイも釣り糸を垂れて漁夫の利を狙い、アスカはカヲルからレイへ顔を勢い良くグインッと振り向けて唾を飛ばして怒鳴る。
「誰が決めたの?」
「あたしよっ!!あたしっ!!!」
「アスカちゃん、それは横暴と言う物だよ。でも、僕は違う・・・。明日、僕とシンジ君が映画へ行くのは運命だからね」
「なぁ〜〜にが運命よっ!!馬っ鹿じゃないのっ!!!」
「私と碇君にあるのは絆・・・。ガーデニングは碇君との絆なの。そろそろ、手入れをしないとダメなの」
「こら、そこの天然っ!!お前も訳の解らない事を言うなっ!!!」
それを契機に場がたちまち騒がしくなり、レイとアスカとカヲルはシンジとのデート権を巡って次第に興奮のボルテージを上げてゆく。
余談だが、言い争い中のレイの言葉にある通り、レイはシンジの勧めによって最近は趣味としてガーデニングを持つ様になっていた。
それこそ、最初は義務感で花を育てていたレイだったが、今では葛城邸隣の綾波・惣流邸のベランダ半分ほどがレイの鉢植えで占領しているほど。
(くっ・・・。こんな小娘共に・・・。小娘共に・・・。小娘共に・・・。小娘共に負けてなるものかっ!!
 そうよっ!!私には日向君が付いてるじゃないっ!!!彼なら私が居なくても立派に役目を果たしてくれるわっ!!!!
 第一、あと3年ちょっとでシンジ様も18歳っ!!そうなれば、私はきっと円満寿退職っ!!!
 そう、その時の為にも今から自分の後継者を育てておく必要があるのよっ!!
 ・・・あっ!?でも、確か・・・。日向君って、今日は夜勤で明日はオフだったっけ?
 いいえっ!!これは仕方がない事、日向君の為なのよっ!!!それに日向君なら私の気持ちをきっと解ってくれるはずっ!!!!)
3人の言い争いを目の当たりにしてミサトは、社会倫理と言う楔を強引に抜き放ち、負けてなるものかと都合良い未来図を打ち立てて参戦決意。
「まあまあ、落ち着きなよ。アスカ」
「だってっ!!」
だが、ミサトの表情に不穏な物を感じたシンジが、事態のエスカレート化を危ぶみ、ミサトの先手を打って争いの中心であるアスカを諫めた。
「だから、落ち着きなって・・・。大体、決定や運命、絆も良いけどさ。3人とも大事な事を忘れているよ」
「「「・・・大事な事?」」」
それでも、アスカの興奮は冷めず、シンジは肩を竦めて溜息混じりに諭し、レイとアスカとカヲルがシンジの言葉に疑問を感じて聞き返す。
「そう、僕の意思さ。それが何よりも1番大事だろ?」
「そうよねっ!!シンジ君の意思こそが大事よねっ!!!
 ふふぅ〜〜んっ!!残念でしたぁぁ〜〜〜っ!!!シンジ君はあんた達となんか出かけたくないってさっ!!!!」
シンジは人差し指を立てると共にウインクで応え、ミサトがシンジの応えに勝ち誇ってニヤニヤと笑いつつ3人の苛立ちを煽る。
「「「っ!?」」」
「ミサトさんは黙ってて下さい。話がややこしくなります」
レイとアスカとカヲルは激昂して思わず席から腰を浮かすも、シンジがミサトを諫めて3人の心を静め、視線で言葉無く3人へ着席を促す。
「えっ!?でもっ!!?」
「・・・ミサト」
「は、はい・・・。も、申し訳ありません。わ、私ごときが出しゃばった真似をして・・・・・・。」
ミサトはシンジの裁定に不服を訴えるが、シンジに凄まじい眼光とプレッシャーを浴びせられ、たちまち意気消沈して身を精一杯に縮めた。
「・・・な、なら、今すぐ決めなさいよっ!!だ、誰を選ぶかをっ!!!ま、まあ、答えは解りきってるけどねっ!!!!」
「でも、良いのかい?シンジ君はそれで・・・。レイちゃんとアスカちゃんが気の毒だよ」
「碇君・・・。信じてるの」
時たま垣間見る2人の絶大な主従関係に場が沈黙しかけるも、アスカが言葉を取り戻してシンジへ決断を迫り、カヲルとレイがアスカの後に続く。
「・・・で、明日なんだけど、実は既に予定が入ってるんだよね。これが・・・・・・。」
「「「「ええっ!?」」」」
応えてシンジはクスクスと笑いながら肩を竦め、レイとアスカとカヲルとミサトは思ってもみなかったシンジの応えにビックリ仰天。
「いや、洞木さんにどうしてもって頼まれてさ。明日は洞木さんが紹介してくれる娘とデートなんだ」
「「「「デ、デートぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!?」」」」
シンジは衝撃の事実を包み隠さず教え、これにはアスカとカヲルとミサトは勿論の事、あのレイですら大声を出して驚愕に目を見開いた。




真世紀エヴァンゲリオン

Lesson:12 奇跡の価値は





ジャァァーーー・・・。ガチャ・・・。
「ふぁぁ〜〜〜あ・・・。」
扉の向こうから水流の音が聞こえ、Tシャツに水色のショーツと言うあられもない恰好で大欠伸をしながらトイレから出てくるコダマ。
ガチャ・・・。
「ん〜〜〜・・・。眠い・・・・・・。」
トイレの扉を閉めると、コダマは左手で寝癖に乱れた頭を掻き、右手ではお尻を掻きつつキッチンへと向かう。
ちなみに、現在時刻は9時半過ぎと起きるにはちょっと遅い時間なのだが、本日は土曜日で学校が休みの為に問題なし。
「あっ!?コダマお姉ちゃん、おはよ・・・って、うわっ・・・。何、それ・・・・・・。」
「・・・何よ?」
「あのさぁ〜〜・・・。幾ら家だからって、もう少しくらいちゃんとしたら?そんなんだと、いつまで経っても彼氏が出来ないよ」
「大きなお世話。子供が生意気を言ってるんじゃないの」
「またっ!!コダマお姉ちゃん、いつもそればっかりっ!!!子供、子供って・・・。私、もう大人なんだからっ!!!!」
その途中、すれ違った普段着姿のノゾミがコダマの醜態を諫めるが、コダマはノゾミの忠告に全く耳を貸さない。
「はいはい・・・。そう言う事はアソコに毛が生えてから言ってね」
「なっ!?なっ!!?なっ!!!?なっ!!!!?なぁぁ〜〜〜っ!!!!!?」
それどころか、コダマはノゾミが気にしている弱点で反撃を試み、ノゾミは瞬く間に血を頭に上らせるも怒りのあまり言葉が上手く出てこない。
「・・・何、言ってるのよっ!!私だって、その内にちゃんと生えてくるし・・・。
 胸だって、今にコダマお姉ちゃんなんかあっと言う間に追い越すんだからっ!!その時に泣いたって許してあげないからねっ!!!」
「あれ?・・・ヒカリは?」
一拍の間の後、背後からノゾミの魂の叫びが聞こえてくるも気にせず、コダマはいつもキッチンにいるはずのヒカリの姿がない事に首を傾げた。
「んっ!?ああ・・・。ヒカリならちょっと前に出かけたみたいだな」
「ふ〜〜〜ん・・・・。珍しいわね」
キッチンテーブルに座って新聞を読んでいたパジャマ姿のマックスは、毎度の姉妹喧嘩に苦笑を浮かべながらコダマの疑問に応える。
「ちょっとっ!!お姉ちゃん、聞いてるのっ!!!」
「そう言えば、少し着飾っていたから・・・。ひょっとして、彼氏とデートかもな」
すると猛るノゾミがコダマを追ってキッチンへ駈け現れ、姉妹喧嘩の激化を恐れたマックスが、戯けた口調でコダマへの相づちを打った途端。
「嘘っ!?ヒカリお姉ちゃんにも彼氏が出来たのっ!!?」
「「・・・えっ!?」」
ノゾミがマックスの冗談に反応して驚き声をあげ、それに1テンポほど遅れてコダマとマックスが目を最大に見開いて驚愕声をあげた。
「な、何?・・・ど、どうしたの?」
その明らかに驚きの種が異なる2人の様子を怪訝に思い、ノゾミが2人のあまりの驚き様に戸惑い顔を向けて怖ず怖ずと問う。
「ノゾミ・・・。今、何て言ったの?」
「えっ!?だから・・・。ヒカリお姉ちゃんにも彼氏が出来たのって・・・・・・。」
応えて驚きのあまり固まってしまったマックスに代わり、コダマが身を屈めて探っていた冷蔵庫の中から皺を眉間に寄せた真顔を振り向かせた。
「『にも』って、どういう事?『にも』って・・・。」
「あ゛っ!?」
コダマの問いに要領を得ず更に困惑を深めるも、続いたコダマの指摘に失言を知り、ノゾミが遅まきながら慌てて口を両手で塞いだ次の瞬間。
バリッ!!バリバリバリバリィィィィィーーーーーーッ!!!
「ノ、ノゾミ、そうなのかっ!?そ、そうなのかっ!!?そ、そうなんだなっ!!!?」
「・・・な、何が?」
驚きから我に帰ったマックスが、開き持っていた新聞を豪快に引き裂き、ノゾミはマックスの迫力に怯んで一歩後退しつつ腰を引きまくり。
「い、いかぁぁ〜〜〜んっ!!い、いかん、いかん、いかんっ!!!い、いかんぞぉぉぉぉぉ〜〜〜〜〜〜っ!!!!
 ノ、ノゾミにはまだ早すぎる・・・って、はっ!?い、いやいや、ここは理解ある父として娘の成長を喜ばねば・・・。
 そ、そうだっ!!ノ、ノゾミ、彼氏と言うのは何処の誰なんだっ!!?あ、明日は予定を空けおくから家へ連れてきなさいっ!!!!
 う、うむっ!!そ、それが良いっ!!!そ、そうしようっ!!!!と、父さんがノゾミに相応しい相手かどうかを見てやろうっ!!!!!」
その態度を拒絶と受け取り、取り乱したマックスは頭を抱えて左右に何度も猛烈に振った後、今度はしきりに首を上下にウンウンと振り始めた。
「そ、そんな・・・。お、大げさだよ。だ、第一、そんな事を急に言われても・・・・・・。」
「認めたっ!!彼氏がいる事を認めたわねっ!!!あたしですら、未だ誰とも付き合った事がないのに・・・。妹の癖に生意気よっ!!!!」
「い、いや・・・。そ、それは・・・。そ、その・・・。だ、だから・・・・・・。」
ノゾミはマックスのいきなりの提案に困り果て、人差し指をビシッと突きつけるコダマからは言葉の裏を取られて言葉を濁す。
「な、何故だっ!?ど、どうしてだっ!!?と、父さんはノゾミの為を思ってだな・・・って、ま、まさかっ!?
 ノ、ノゾミっ!!お、お前、まさか、まさかとは思うが・・・。そ、その彼氏と中学生にあるまじき関係なんじゃないだろうなっ!!?
 だ、だから、父さんに紹介できないのかっ!?・・・そ、そんな事ないよなっ!!?ち、違うと言ってくれっ!!!!ノ、ノゾミっ!!!!!」
「な、何ですってっ!?あんた、もうヤっちゃったのっ!!?あたしですら、まだキスもした事ないのにっ!!!!」
その思わぬ反抗に妄想力を高め、マックスは取り乱しまくり、コダマがマックスの妄想にギョギョッと驚愕してノゾミへ真実の追求を迫る。
余談だが、先ほどコダマはノゾミの事を子供と称したが、確かにノゾミの発育は平均に比べて遅く、着用のブラジャーも見栄のAカップとプチ胸。
但し、ノゾミはシンジと共に大人の階段を登り切った大人の女であり、この点に関しては未だ少女のコダマに比べて大人。
また、マックスが彼氏を紹介しろとノゾミへ迫ったが、シンジが例の口封じをノゾミへ厳重に施してある為、ノゾミとしては絶対に出来ない相談。
「え、ええっと・・・・・・。そ、そうそうっ!!わ、私、アキと約束してたんだっけっ!!!」
「ノ、ノゾミ、待ちなさいっ!!」
進退窮まったノゾミは唯一残った手段の逃げに転じてキッチンを駈け去り、マックスが席を勢い良く立ち上がってノゾミへ静止を叫ぶ。
「逃がさないわよっ!!ノゾミっ!!!」
「お、お昼ご飯、要らないからぁぁ〜〜〜っ!!」
同時にコダマがノゾミの後を追って駈け、玄関間際で伸ばしたコダマの右手がノゾミの襟首を掴もうとしてその時。
プルルルル・・・。プルルルル・・・。プルルルル・・・。プルルルル・・・。
「えっ!?・・・あっ!!?」
玄関先に置いてある電話のベルが鳴り、思わず立ち止まったコダマは、ノゾミへ伸ばしていた右手をそのまま電話へと方向転換。
「じゃ、じゃあ、行って来まぁぁ〜〜〜すっ!!」
ガチャンッ!!バタンッ!!!
「・・・ったく、誰よっ!!この大事な時にっ!!!・・・はい、もしもし?洞木ですけど?」
その隙を付き、ノゾミは靴を履ききらないまま靴の踵を潰して外へ駈け出て行き、コダマは獲物を逃した苛立ちを声に乗せて電話の主へぶつけた。


『あっ!?コダマ?・・・私よ、私』
「何よ。今、忙しいんだけど・・・って、あれ?アサマ、今日はヒカリのクラスの子とデートじゃなかったっけ?」
電話の相手が気心の知れた親友と知り、遠慮なく不機嫌を隠さず言葉の端に棘を乗せるコダマ。
電話の主の名前は『永野アサマ』、コダマとは幼稚園の頃からの幼なじみで今年度は同じクラスメイトの親友。
『うん、それなんだけどさ。急に親戚の法事が入っちゃって、これから家族と出かけなくちゃならなくなったのよ』
「ふぅぅ〜〜〜ん・・・。それは残念だったね」
『それでさ。コダマ、悪いんだけど・・・。私の代わりに碇君へ謝りに行ってくれない?』
アサマはコダマの不機嫌声を怪訝に思うも、電話の用件は緊急を要する為、敢えて気にせず用件のみを切に訴える。
「はぁぁ〜〜〜?何でよ?どうして、あたしが謝りに行かなくちゃならない訳?そんなの電話でもすれば済む事じゃない」
『だって、碇君の電話番号・・・。知らないんだもん』
だが、コダマはアサマのお願いにあからさまな難色を示し、アサマは拗ねた様にボソボソと小声でコダマの代案を却下した。
「だったら、今ヒカリに聞いて・・・って、そう言えば、出かけたんだっけ」
ならばとコダマは紹介のツテを頼ったヒカリの存在を思い出すが、そのヒカリは現在外出中と言う事に気づいて思い悩む。
『ねっ!?だから、この通りっ!!!一生のお願いっ!!!!月曜日の放課後にパフェでも奢るからさっ!!!!!』
「もうっ・・・。しょうがないわね。その代わり、ジャンボパフェよ」
アサマはこの機を逃してなるものかと電話の向こうで必死に拝み倒し、コダマは少し躊躇うもアサマの必死の頼みに根負けして用件を了承した。
『ありがとうっ!!ジャンボパフェでも、何でも奢っちゃうからっ!!!
 あと碇君に今週はダメだったけど、来週はどうですか?って聞いておいてっ!!お願いよっ!!!絶対に忘れないでねっ!!!!』
「はいはい。・・・で、何時に何処で待ち合わせてるの?」
たちまちアサマはご機嫌となって更なる注文に声を弾ませ、コダマがアサマの上機嫌ぶりに苦笑を浮かべる。
チ〜〜〜〜〜ン・・・。
「母さん・・・。ノゾミに彼氏が出来たらしい・・・。娘を嫁に出す心境と言うのはこういう物なのかな・・・・・・。」
その頃、マックスは仏間に飾ってある今は亡き洞木婦人の遺影へやるせない溜息混じりにノゾミの成長をしみじみと語っていた。


「・・・おかしいわね。もう、約束の時間なのに・・・・・・。」
第三新東京市西口駅前ターミナルを一望する事が出来るビル2階の喫茶店。
その窓際席の中で最も見晴らしの良い席に座り、ヒカリはターミナルにある『羽ばたく天使』のブロンズ像周辺を一分の隙もなく凝視していた。
しかも、視界の光景を30倍まで拡大できるバードウォッチング用の双眼鏡を常時装備と徹底したこだわり様。
おかげで、ヒカリを中心に得も言われぬ雰囲気が店内に漂い、他客達はヒカリとの隣席を避けて座り、時たまヒカリをチラリと見ては囁いていた。
ちなみに、ヒカリの服装は白のブラウスにオレンジ色のキュロット、黒いストッキングといかにも動き易そうな軽装。
また、ヒカリが何故にこの様な奇行に走っているかと言えば、シンジとアサマのデートを監視しに来たからである事は言うまでもない。
「あ、あのぉぉ〜〜〜・・・。お、お客様、コーヒーのお代わりをお持ち致しましょうか?」
「お願いします」
そんな状況下の中、ウエイトレスの1人が果敢にもヒカリへ怖ず怖ずと話しかけるが、ヒカリは返事だけを返して視線は双眼鏡内から外さない。
「そ、それと・・・。」
ウエイトレスは困り顔を振り向かすも、離れた場所でやり取りを見守る仲間達に無言でせっつかれ、振り向き戻って再びヒカリへ話しかける。
「はい、何ですか?」
「い、いえ、何でもありません・・・。ご、ごゆっくり、どうぞ・・・・・・。」
だが、ヒカリから鬱陶し気に返事だけを返され、意気消沈したウエイトレスが敗北に体を振り向かせ、仲間達の元へ引き下がろうとした次の瞬間。
「な゛っ!?」
ガタッ!!・・・バッタァァーーーンッ!!!
「ひいっ!?」
ヒカリが驚愕声を店内に響かせながら席を勢い良く蹴り倒して立ち上がり、ウエイトレスは勿論の事、店内にいる全ての者達がビックリ仰天。
「・・・ど、どうかなさいましたか?」
一拍の間の後、店内全ての視線がウエイトレスへと集い、ウエイトレスは皆の無言の要求に半泣きとなりつつも精一杯の勇気を振り絞って尋ねた。
「どうして、あそこにお姉ちゃんがいるのよっ!?」
「さ、さあ?そ、そう申されても・・・。わ、私にはちょっと・・・・・・。」
「はっ!?・・・そう、解ったわっ!!そう言う事だったのねっ!!!」
「ど、どう言う事でしょう?」
それでも、ヒカリは双眼鏡を離そうとはせずに何やら1人納得して目を見開かせ、ウエイトレスはヒカリの怒り様がさっぱり解らず尚も尋ねる。
「解らないっ!?お姉ちゃんはアサマさんをダシにして、本当は自分が碇君とデートするつもりだったのよっ!!!」
「・・・そ、そうなんですか?」
「そうよっ!!そうに決まってるわっ!!!・・・ゆ・る・せ・なぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜いっ!!!!」
するとヒカリはようやく双眼鏡を下ろしたかと思ったら、テーブルにコーヒー代を置き、憤怒の絶叫を轟かせながら喫茶店を急ぎ駈け出て行った。


「っ!?」
突如、背筋に凄まじい寒気がゾクゾクッと走り、思わず体をビクッと震わした後、忙しなく辺りをキョロキョロと見渡すコダマ。
ちなみに、コダマはただ単にデートの断りをしにきただけの為、Tシャツにジーンズ、靴はサンダルと全く着飾っていない普段着姿。
「あっ!?もしもし、私だけどさ・・・。何やってんのよ?もう30分も待ってるんだけどぉ〜〜?」
「少し早いけど・・・。飯にする?それとも、このまま行こうか?」
「ごめん、ごめん。待った?」
「あなたの幸せを祈らせて貰えませんか?」
しかし、辺りには待ち合わせのスポットらしい騒がしさのみが溢れ、コダマが今はもう感じない先ほどの寒気に首を傾げる。
(まっ、いっか・・・。それより、早く探さないといけないんだけど・・・・・・。
 よくよく考えてみたら、あたしってば彼の顔を良く知らないのよね。1度、アサマから写真を見せて貰ったくらいで・・・・・・。)
コダマは一頻り考え込んで先ほどの寒気を勘違いだと決め込み、シンジ探しに改めて辺りをキョロキョロと見渡す。
(でも、それは向こうも一緒なんだから、それっぽいのが居ても良いはずなのに・・・。
 そりゃぁ〜〜、あたしも遅刻したけどさ・・・。こういう時は男の方が先に来て待ってるってのが礼儀じゃないっ!!全くっ!!!)
だが、シンジらしき人物の姿はまるで見あたらず、コダマが腕時計へ視線を向け、約束の時刻より20分も遅れている事に苛立ちを覚えたその時。
プォン、プォンッ!!プォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!
「んっ!?」
ふと彼方より明らかに改造が施されていると思しき甲高いエンジン音が響き、コダマを含めて辺りにいる全ての者達が思わず会話を止める。
プォォォォォーーーーーーッ!!
               プォォォォォーーーーーーッ!!
プォォォォォーーーーーーッ!!
               プォォォォォーーーーーーッ!!
プォォォォォーーーーーーッ!!
               プォォォォォーーーーーーッ!!
そのエンジン音は次第にこのターミナルへと近づき、皆が皆ともエンジン音に釣られてターミナル入口へ視線を移す。
プォォォォォーーーーーーッ!!
               プォォォォォーーーーーーッ!!
プォォォォォーーーーーーッ!!
               プォォォォォーーーーーーッ!!
プォォォォォーーーーーーッ!!
               プォン、プォン、プォンッ!!キキキキキキキキキキィィィィィィィィィィィーーーーーーーーーーーーッ!!!
しばらくするとターミナル入口より白いバイクが現れ、スリップ音を響かせつつスピンターンをかけ、コダマがいる羽ばたく天使像前で停まった。
「・・・・・・あっ!?」
何とも派手な来訪者の出現に皆が見守る中、ノーヘルのドライバーがアイドリング状態で片足をつき、丸縁サングラスを額へ押し上げ置いた途端。
(あ、あれは・・・・・・。そ、そうよね。ぜ、絶対に間違いないわ・・・・・・。
 で、でも、何でバイクなんか乗ってるの?バ、バイクの免許って・・・。た、確か16歳からじゃなかったっけ?)
頭の片隅にあった微かな記憶がドライバーの顔と一致し、コダマが目をこれ以上なく見開いて驚き声をあげた。
無論、このドライバーこそ、昨夜の夜更かしが原因で朝寝坊してしまい、約20分も約束の時間を遅刻してきたコダマの待ち人シンジである。
シンジは朝寝坊によほど慌てたのか、裾を出した赤いシャツのボタンは1つ違いに留められ、黒のダブルバックルパンツの装着ベルトは1つのみ。
(・・・おや?あれはコダマさんじゃないか・・・・・・。
 確か、今日はアサマさんとのデートだって聞いてたけど・・・。ヒカリ、間違えたのかな?)
その驚き声に反応して皆の視線がコダマへと集い、シンジもコダマに気づき、待ち合わせと違う相手を怪訝に思いつつ無反応を装う。
(う゛っ・・・・・・。この注目の中を話しかけにいかなくちゃならないの?
 ・・・アサマ、恨むわよ。こうなったら、ジャンボパフェどころか、徹底的に奢って貰うからね)
皆の視線とバイクを降りようとしないシンジに覚悟を決め、コダマはこの境遇を作った元であるアサマを恨みながらシンジへ近づいて話しかけた。
「え、ええっと・・・。い、碇シンジ君よね?」
「ええ、そうですが・・・。では、あなたが永野アサマさんですか?」
いかにも誰かを捜している風を装い、辺りをキョロキョロと見渡していたシンジは、コダマの呼び声に応えてわざと間違えてみせる。
「ううん、違うの。私はアサマの代理(良かったぁぁ〜〜〜・・・。これで人違いだったら、どうして良いか解らなかったわ)」
「・・・代理?どういう事です?ええっと・・・・・・。」
「洞木コダマ。ほら、あなたにこのデートを申し込んできた洞木ヒカリってのがクラスにいるでしょ?あれ、あたしの妹なの。
 ・・・でね。アサマなんだけど、急に親戚の法事が予定に入ったとかで来れなくなっちゃったのよ。それであたしが謝りに来たって訳なの」
コダマは記憶が確かだった事に安堵して落ち着きをやや取り戻し、自己紹介をして早々にこの場を立ち去るべく続けざまに本来の目的を済ます。
「そうなんですか?それは残念ですね」
「あとアサマが今日はダメだったけど、もし良かったら来週にでも・・・。」
「でも、そういった事情なら仕方ありませんね。さあ、後ろへ乗って下さい」
「・・・って、えっ!?」
更に頼まれたもう1つの目的を果たそうとするが、シンジにサングラスをかけられ、コダマは戸惑いに言葉を止めて思わずキョトンと不思議顔。
「んっ!?だって、コダマさんはアサマさんの代理なんでしょ?」
「い、いや・・・。た、確かにそうは言ったけど、それは・・・・・・。」
「それとも、この後に何か予定でも入ってるんですか?」
「そ、そんな事ないけど・・・。」
その反応をクスクスと笑いつつ言葉巧みに丸め込み、シンジはコダマの為に座る位置を前にずらして空いた座席部分を左掌でポンポンと叩いた。
「なら、決まりです。さあ、乗って下さい」
「え、ええ・・・。(まあ、良っか・・・。どうせ、今日は暇だもんね。アサマには悪いけど、バイクにも乗ってみたいし・・・・・・。)」
コダマは断る理由を失った上、バイク初体験を挑戦したい誘惑に負け、勧めるままシンジの後ろへ跨り乗ってシンジの腰を両手で掴む。
「違う、違う。そんな乗り方だと振り落とされて大変な事になっちゃいますよ。・・・ほら、腕はここでしっかりと組んで」
「キャっ!?」
するとシンジはコダマの乗車方法の間違いを指摘してコダマの両手を掴み、そのまま強引に引っ張って互いの体を密着させて自分の腰へ回した。
「嫌かも知れませんが我慢して下さいね。これはコダマさんの安全の為なんですから」
「う、うん、解ってる・・・。(ア、アサマ、ごめん・・・。で、でも、これは不可抗力で仕方がないんだから・・・・・・。)」
コダマは未だ嘗てない男の子との接近距離に胸を激しくドキドキと高鳴らせ、本来この役を演じるはずだった親友へ心の中で詫びる。
「それじゃあ、行きますよ。良いですか?」
ブルンッ!!ブルルルルッ!!!
「え、ええ・・・って、キャっ!?」
そして、シンジにとって予定通りの、コダマにとって予想外のデートが始まり、ターミナルより2人の乗るバイクの姿が消えた次の瞬間。
タッタッタッタッタッタッタッタッタッタッ!!
「「「「タクシーっ!!」」」」
何処からともなく4人の少女がターミナルへ駈け現れ、ターミナルの4ヶ所で声を揃えてタクシーの乗車宣言。
ウィィーーーン・・・。ガチャッ!!
「「「「・・・えっ!?」」」」
その要望に応えて停車した4台のタクシーが扉を開けるが、レイとアスカとカヲルとヒカリは右手を掲げた体勢のまま固まって顔を見合わせた。


「もうっ!!何やってんのよっ!!!どんどん離されてゆく一方じゃないっ!!!!もっとスピードを出しなさいよっ!!!!!」
次第に離されてゆくシンジ達のバイクとの距離に焦り、運転席後ろの後部座席に座るアスカが運転席を盛んに揺すってタクシー運転者を煽る。
「そ、そう、申されましても・・・。あ、相手はバイクなんですから・・・・・・。」
「あ゛あ゛っ!!バイクだからって何だってぇ〜〜のよっ!!!前の車なんて、ちゃっちゃっと追い抜けば良いでしょっ!!!!」
運転手は困り果てながらも、苦労の末に拾得した第二種普通免許を手放す訳にゆかず交通法規を守り、アスカの苛立ちは天井知らずにウナギ登り。
「まあまあ、落ち着きなよ。アスカちゃん・・・。運転手さんが困っているだろ?」
「それじゃあ、何っ!?あんたはこのままシンジ達を見失っても良いって言うのっ!!?」
隣に座るカヲルが見かねてアスカを宥めるが、アスカの苛立ちは止まる事を知らず、アスカが怒りの矛先を運転手からカヲルへと変えるも束の間。
「それは困るけど・・・。その前に僕はアスカちゃんへ聞きたい事があるんだ」
「何よっ!!」
「その目の下のクマ・・・。どうしたんだい?昨夜は何を夜更かししていたのかな?」
「・・・へっ!?」
カヲルから向けられた素朴な疑問と白い横目にたちまち押し黙り、アスカはカヲルの脈絡のない突然の質問に思わず茫然と目が点。
「それ・・・。私も聞きたい」
「・・・ど、ど、どうだって良いでしょっ!!ほ、ほ、ほ、本よ、本っ!!!ほ、ほ、ほ、ほ、本を読んでて夜更かししたのよっ!!!!」
するとカヲルの隣に座るレイもカヲルの質問に乗じて白い横目をアスカへ向け、アスカは何やら焦りまくって声を上擦らせながら怒鳴り応えた。
「そう・・・。」「ふぅぅ〜〜〜ん・・・。」
「・・・な、何よっ!?」
だが、レイとカヲルの疑わし気な白い横目は鋭さを増すだけで止まず、アスカが嫌な予感に大粒の冷や汗を背筋にタラ〜リと流した次の瞬間。
「だったら・・・。この目で確かめさせて貰うよっ!!」
「えっ!?あっ!!?キャっ!!!?・・・な、何すんのよっ!!!!?カ、カヲルっ!!!!!?」
「本を読んでいたのなら、やましい事は何もないはず・・・。そうだろ?」
カヲルが覆い被さってアスカをシートへ押し倒し、アスカは本日着用のレモン色のワンピースの肩紐を外してゆくカヲルの行動にビックリ仰天。
「・・・手伝うわ」
「キャっ!?ど、何処に顔をツッコんでんのよっ!!?レイ・・・って、パンツを下ろすなぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜っ!!!!」
その上、抵抗にジタバタと藻掻く両足をレイに押さえられ、アスカはスカートを豪快に捲って中へ侵入してきたレイの行動に2度ビックリ仰天。
ちなみに、カヲルの服装は白いノースリーブシャツに緑のプリッツスカートとスパッツ、レイの服装は水色の半袖ブラウスに青いキュロット。
「おや、この絆創膏は何だい?剥がさせて貰うよ」
「ちょ、ちょっとっ!?い、いい加減にしないと本気で怒るわよっ!!!」
「ここも赤毛・・・。狡い」
「いぎっ!?・・・・・・な、何て事すんのよっ!!?こ、この馬鹿レイっ!!!?」
アスカは必死の抵抗を試みるが、カヲルとレイは素晴らしい連携と結束を見せ、アスカをあれよあれよと半裸にしてゆく。
「運転手さんへプレゼントなの・・・。」
「な゛っ!?・・・ば、ば、馬鹿っ!!!か、か、か、返しなさいよっ!!!!」
「うわっ!?僕の口にっ!!?ぺっ、ぺっ、ぺっ、ぺっ、ぺっ!!!!」
おかげで、20代の若い運転手はルームミラーに写る後部座席の様子がどうしても気になり、運転に集中する事が出来ずタクシーを激しく蛇行。
プップッ!!ププップッ!!!プゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!
「はっ!?」
その為、後続車達の間で混乱が起こり、はた迷惑なタクシーに対してクラクションが鳴らされ、慌てて運転手は我に帰って運転と前方に集中。
「停めてっ!!」
「えっ!?あっ!!?は、はいっ!!!?」
しかし、助手席に俯き座って今まで沈黙を守っていたヒカリが、唐突に顔を勢い良く上げて運転手へ停車を叫んだ。
キキッ!!キキキキキキキキキキィィィィィィィィィィィーーーーーーーーーーーーッ!!!
「「「キャっ!?」」」
ヒカリの大声に驚いた運転手は慌ててブレーキを踏み、車が突然の急ブレーキに激しく揺れ、後ろの3人がバランスを崩して座席足置きへ落下。
「・・・ちょっとっ!?何、停めてんのよっ!!!ヒカリっ!!!!」
「そうだよっ!!早くしないとシンジ君に置いて行かれるじゃないかっ!!!」
「停めてはダメっ!!・・・碇君が呼んでるっ!!!」
すぐさまアスカは起き立ち上がって屈めた上半身を前部座席へ乗り出させ、カヲルとレイもアスカに続いてヒカリの行動に対して非難を叫び問う。
余談だが、アスカは我を忘れて気づいていないが、現在はレイとカヲルにワンピースをほぼ脱がされて膝まで落ちている半裸状態。
しかも、レイに脱がされたピンクのショーツは、抵抗の際に思いっきり引き上げた為、食い込んで前はTフロント、後ろはTバックと危険な状態。
つまり、アスカは前へ身を乗り出している故、この危険なお尻が必然的に後方へ突き出され、リアウィンドウを通して後続車から丸見え状態。
もっとも、この危険なお尻のおかげで後続車の男性ドライバーも驚いて急ブレーキを踏み、タクシーは衝突事故を起こさないで済んだのである。
「だって・・・。」
「「「・・・だって?」」」
「お金・・・。もう、無いんだもん」
「「「・・・え゛っ!?」」」
応えてヒカリが涙をルルルーと流す情けない顔を振り向かせ、レイとアスカとカヲルが意外な追跡劇終了に思わず茫然と目が点になったその時。
ブオンッ!!キキキキキキキキキキキキキキキキキキキキッ!!!・・・ガチャッ!!!!
「乗んなさいっ!!あんた達っ!!!」
「クワッ!!」
スリップ音を響かす青いルノーがタクシーの前に横付けされ、助手席の扉が勢い良く開いてミサトとペンペンが姿を見せた。


「いかなる生命の存在も許さない死の世界、南極・・・。」
濁りきった灰色の空の元、高濃度の海水が作った幾本もの塩の柱を避け、赤紫色の海面を突き進んで行く艦隊。
「・・・いや、地獄と言うべきか」
「だが、我々人類はここに立っている。生物として生きたままだ」
「科学の力で守られてな」
「科学は人の力だよ・・・。」
その艦隊の中央に座する旗艦空母の艦橋、冬月が周囲を見渡しながら深い溜息混じりに嘆くが、ゲンドウは冬月の感傷を不敵に鼻で一笑した。
余談だが、この通りゲンドウと冬月はネルフ本部不在の為、階級序列としてはまだ上が存在するも作戦指揮権では作戦部長のミサトが現在最上位。
それ故、当然の事ながらゲンドウと冬月の留守を預かる立場として、ミサトはネルフ本部での待機を義務づけられている。
それにも関わらず既にご承知の通り、今現在のミサトは公事よりも私事を優先してシンジの追跡に夢中であり、これがバレたら懲戒免職は確実。
しかし、ミサトには幸いにして優秀な部下がおり、ミサトは日向の裏工作によって今現在も記録上はネルフで待機している事となっていた。
「その傲慢が15年前の悲劇『セカンドインパクト』を引き起こしたのだ。
 その結果がこの有り様・・・。与えられた罰にしてはあまりに大き過ぎる。正に死海そのものだよ」
冬月は傲慢なゲンドウにやれやれと尚も深い溜息をつくと、改めて周囲を見渡しながら皮肉混じりに吐き捨て、隣に立つゲンドウへ横目を向ける。
「だが、原罪に汚れなき浄化された世界だ・・・。私のレイの様にな」
(・・・碇よ。いい加減、諦めたらどうだ?大体、そのレイも最近はシンジ君の影響でどっぷりと俗世界に染まっている様だが?)
それでも、ゲンドウは自分の考えを曲げる事なくニヤリと笑い、冬月は今一度だけ深い溜息をつきつつゲンドウへの横目に呆れた白け色を混ぜた。
『報告します。間もなく、目標ポイントSに到達します』
「うむ、あれがそうか・・・・・・。な、なんとっ!?ひ、人は・・・。じ、人類はこんな事も可能にしてしまうのかっ!!?」
すると会話が一区切りしたのを狙っていたかの様にアナウンスが入り、冬月が首にかけていた双眼鏡で前方を覗き見るなり驚愕に目を見開く。
彼方此方に点在する塩の柱は別として、周囲に広がるはただひたすらに見渡す限りの赤紫色の海。
そんな景色の中、前方に忽然と超巨大な人工建造物があり、周囲にある4つの塩の柱を頂点として海を囲み、海が正方形に区切られ抜かれていた。
どれほどの巨大さかと言えば、正方形の一辺は約1キロにも及び、干上がった海底より伸びる壁の高さは約300メートル。
それは正に逆ダムと言え、天文学的費用の必要性は勿論の事、海流が少ない穏やかな海であり、北極ではなく元南極大陸だからこそ出来た建造物。
「・・・これこそ、科学の勝利だ」
「確かにそう言わざるおえん・・・。
 ・・・しかし、それよりもだ。槍に関しての報告は何度も聞いていたが・・・。信じられん。我が目を疑うとはこの事だ」
「ああ・・・。」
「あれではまるで人為的に突き刺したとしか考えられん」
「地平に対し、槍の角度は直角に90度。突き刺さった深さは推定で約15メートルとの話だ」
「・・・あの槍と繋がる赤い物体は?」
「解らん。現在、調査中だ・・・。ただ言えるのは、あの物体が四方へ引き合って槍を支えているらしい」
ゲンドウも首にかけていた双眼鏡を覗き、先ほどの会話の再戦を試みてニヤリと笑うが、冬月が呟き漏らした感想に同意せざるおえなく頷く。
干上がった海底の中心に突き刺さるは『ロンギヌスの槍』と命名された柄が二重螺旋構造を持つ双頭の槍。
そして、海草らしき赤い極細の繊維が幾本も絡み合い、柄中心辺りより1本のボロ布の様になって四方へ伸び、四方の塩の柱と弛み繋がっていた。
「なるほど・・・。槍を無理に引き抜けば、槍自体の自重で槍が倒れてしまい、その際に起こる波によって槍を引き上げ中の船は沈む。
 だからこそ、これほどの大げさな物が必要となってくる訳か・・・・・・。あの赤い物体は言うなれば、さしずめ槍の番人と言ったところだな」
冬月は双眼鏡を下ろして額にかいた汗を右腕で拭うと、隣を連結併走する空母とこの艦に積まれた人類史上最大のクレーン機へ視線を向けた。


「ミサト、ヤバいわよっ!!シンジの奴、高速へ入るつもりだわっ!!!もっと飛ばしなさいよっ!!!!」
シンジ達のバイクが高速道路への車線変更に入り、運転席後ろの部座席に座るアスカが運転席を盛んに揺すってミサトを煽る。
「どうしてだい?高速に入れば、こちらの方が車なんだから排気量的にも断然有利だろ?」
「あんた、馬鹿っ!!バイクでもシンジの腕を持ってすれば、ミサトなんかじゃ相手になんないのよっ!!!!そんな事も知らないのっ!!!!」
「・・・と言うか、僕はシンジ君がオートバイを持っていた事すら知らなかったんだけど・・・。何故、アスカちゃんはそんなに詳しいんだい?」
この絶対有利下の状況を焦るアスカの心が解らず、カヲルが怪訝顔でアスカへ問い、返ってきたアスカの応えにますます怪訝を深めて更に問う。
「ふふん♪どうしてか、知りたい♪♪ねぇ、知りたい、知りたい♪そう、知りたいわよねぇぇ〜〜〜♪♪
 ・・・それはねぇ〜〜♪あたしが日本へ来てまだ間もない頃、シンジとあのバイクでダンデムデートした事があるからよ♪♪」
応えてアスカはニンマリとほくそ笑み、是非を問いておきながらカヲルの応えを待たずにシンジとの思い出話をご機嫌に鼻高々と語った。
「な、何だってっ!?う、嘘だろっ!!?」
「う、嘘っ!?う、嘘よっ!!?」
未だシンジとデートらしいデートをした事のないカヲルとヒカルは驚き、即座に顔を勢い良く振り向かせてアスカへ訂正を求める。
ちなみに、車内の座席位置はタクシーの時と一緒で助手席にヒカリ、後部座席に運転席側よりアスカ、カヲル、レイの順。
もっとも、後部座席と言ってもミサトのルノーは本来2シータの為、3人が比較的に小柄とは言えども後部座席に3人も乗ればすし詰め状態。
また、ペンペンはヒカリの膝の上に抱かれており、現在はヒカリが驚いた際に思わず強ばった体と腕の締め付けによって声も出せず窒息中。
「本当よ♪嘘なんか言ってもしょうがないじゃない♪・・・そうそう、それでね♪あの時のシンジってば凄か・・・・・・。」
「いいえ、嘘よ。あれは訓練・・・。だって、碇君がそう言ってたもの」
アスカは2人の期待に応えず、更に鼻高々と思い出話を語ろうとするが、レイが思い出話に割り込んでアスカへ思い出の訂正と鋭い視線を送った。
「ううっ・・・・・・。ふ、ふんっ!!
 シンジがどう言おうとあれはデートよ♪・・・で・ぇ・と♪♪
 ここにちゃぁ〜〜んと証言者がいるんだから♪・・・ねぇ、ミサトは覚えてわよね♪♪あたし達がミサトの車を余裕でブッチぎった時の事を♪」
その訂正が強ち間違いでないだけに言葉を詰まらせるも、アスカはご機嫌をすぐに取り戻し、あの時にいたもう1人の当事者へ話を振る。
ウィィィィィーーーーーーン・・・。
「フッフッフッフッフッフッフッフッフッフッ・・・。」
料金所でチケットを受け取ったミサトは、パワーウィンドのスイッチを押して窓を閉めつつ、アスカの問いに応えて不気味な笑い声を響かせた。
「・・・ミ、ミサト?」
「ええ、そうね・・・。あの時、私は負けたわ。そう、徹底的な完敗と言って良いくらいにね」
その笑い声に今までのご機嫌など吹き飛び、アスカは大粒の汗をタラ〜リと流して嫌な予感を覚え、ミサトが笑みを自虐的な笑みへと変える。
「でも、今日は違うわっ!!エアロモぉぉぉぉぉ〜〜〜〜〜〜ドっ!!!スイッチ・オぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ンっ!!!!」
パチ、パチ、パチ、パチッ!!
そうかと思ったら、ミサトは目をクワッと見開かせつつ絶叫をあげ、ウインカーレバー下に増設したパネルのスイッチを次々と押し倒してゆく。
ウィン、ウィン、ウィン、ウィィーーーン・・・。
「ぼ、僕の第7感が『今すぐ、ここを逃げろっ!!』と叫んでいるんだけど・・・。い、一体、何が始まるんだい?」
すると車内の各所で謎のモーター音が聞こえ始め、辺りをキョロキョロと見渡すカヲルも嫌な予感を漠然と感じ取って大粒の汗をタラ〜リと流す。
「リニアホイぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ル・・・。始動っ!!」
ガチャッ!!
一拍の間の後、フロントとリア、両サイドにウイングが現れ、ミサトが車へのダウンフォースを確認して車内灯前の増設レバーを下へ引いた途端。
ウォンッ!!ウォンウォンウォンウォンウォォォォォーーーーーーンッ!!!
「な゛っ!?・・・ミ、ミサトっ!!?あ、あんた、まさかっ!!!?」
リアウイング下より空冷式ターボエンジンが凄まじい咆哮をあげて現れ、アスカがそのやかましさに思わず後ろを振り向いてビックリ仰天。
何故ならば、先ほど自慢気に語ったシンジとの思い出の中にはミサトの悲惨な末路もあり、今の状況がその時の状況に酷似しているからである。
「ふっ・・・。このニュールノーのパワーならっ!!前回の様に負けはしないっ!!!何人たりとも私の前は走らせないのよっ!!!!」
「む、無茶よっ!!こ、この前の事を忘れたのっ!!!あ、あんた・・・って、キャッ!!!?」
「大丈夫かいっ!?アスカちゃんっ!!?」
アスカは振り向き戻って静止を叫ぶが、振り向きと車の急加速のタイミングが合い、バランスを崩してカヲルの上へ倒れてしまう。
「痛ぅぅ〜〜〜・・・って、そ、それよりっ!!ミ、ミサト、馬鹿な真似は・・・・・・。」
「屈辱は2度も口にしないっ!!抜かれた剣は血塗られずして鞘には収まらないのよっ!!!アスカっ!!!!」
すぐさまアスカはカヲルの膝にぶつけて痛む鼻を両手で押さえつつ起き上がるも、悲しいかな目を血走らすミサトの耳にアスカの静止は届かない。
「メッサー・ウイぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ングっ!!」
ガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチッ!!
そして、幾つもある安全装置に引っかかる音を鳴らしながら、ミサトが引いた増設レバーをルームミラー前まで一気にスライドさせた次の瞬間。
ブォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!
「「「「キャっ!?・・・キャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!?」」」」
アナログ表示の操作パネルが反転してデジタル表示へと代わり、車体後部のマフラーが青白く細長い炎を噴かせ、車内に4つの悲鳴が木霊した。
「どうよっ!!このダブル12気筒の痺れる加速と言ったらっ!!!
 スピードが違うっ!!伸びが違うっ!!!おまけに、アクティブ・サスが・・・って、言ってる内に時速250キロ突破ぁぁ〜〜〜っ!!!!」
天井知らずに加算されてゆく殺人的な加速に周囲の景色がバターの様に溶け、ミサトが緊張に乾いた唇を舌で舐めて不敵にニヤリと笑う。
「に、に、250キロぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!?・・・・・・はううっ!?」
「し、し、死んじゃう・・・。い、い、い、碇君、助けて・・・・・・。はううっ!?」
その加速は殺人的Gをも発生させ、ベルトは体に食い込み、体はシートに押しつけられ、ヒカリとレイはブラックアウト現象を起こして気絶。
「勝てるっ!!勝てる、勝てる、勝てるっ!!!勝てぇぇぇぇぇ〜〜〜〜〜〜るっ!!!!
 絶対、これならシンジ様に負けはしないっ!!今日こそ、あの日の雪辱をっ!!!シンジ様、お覚悟ぉぉぉぉぉぉぉ〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!」
2人の犠牲の甲斐あってか、ルノーがシンジ達のバイクに追いつき始め、ミサトは前方にその姿を確認して更なる加速にアクセルをベタ踏んだ。
『エンジン臨界まで、あと38秒。カウント開始』
「い、い、今、とても嫌なアナウンスが聞こえた様な気がするけど・・・。ぼ、ぼ、ぼ、僕の気のせいかな?」
「き、き、気のせいじゃない?あ、あ、あ、あたしにも聞こえた様な気がするけど・・・。き、き、き、き、きっと空耳よ」
「な、な、なんだ・・・。そ、そ、そ、空耳か」
「そ、そ、そうよ。そ、そ、そ、空耳に決まってんじゃない」
「「あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは・・・。」」
同時に嫌すぎるマヤの声らしきアナウンスがスピーカーより届けられ、カヲルとアスカは我が耳を疑い、お互いに乾いた笑い声を車内に響かせる。
『あと20秒・・・。』
「「っ!?」」
しかし、カーナビのマヤは2人に現実逃避など許さず厳しい現実を突きつけ、アスカとカヲルが笑い声を瞬時に止めて顔を勢い良く見合わす。
『10・・・。9・・・。8・・・。7・・・。6・・・。5・・・。4・・・。3・・・。2・・・。1・・・。』
「「キャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!?」」
遂にはカウントダウンが始まり、アスカとカヲルはあと数秒で訪れる恐怖に怯え、日頃の不仲が嘘の様にしっかりと固く抱き合って泣き叫ぶ。
しかも、先行するシンジ達の前方にはカーブがあり、それはどう考えても現在のスピードでは曲がりきれない角度のカーブ。
そこから導き出される未来図は自ずと予想がつき、例えエンジンが無事であっても大惨事は間違いなし。
「心配・・・。ご無用っ!!」
ガチガチガチガチガチガチガチガチガチガチッ!!・・・パチッ!!!ウィィーーーン・・・。
一方、ミサトは慌てず焦らず落ち着いて増設レバーを車内灯前へ引き戻し、操作ボタンを押してリアウイングの角度を車体と直角にさせた。
「そして・・・。ここぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」
グイッ!!
スピードがエアブレーキの効果で一気に落ち、ミサトはサイドブレーキを引いてカーブ突入と共に逆ハンを切り、お得意のイナシャールドリフト。
キキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキキッ!!
「んなぁ〜〜っはっはっはっはっはっはっはっはっはっ!!・・・どうよっ!!!」
ルノーは片後輪を滑らせて見事にカーブを曲がりかけ、ミサトがご機嫌に高笑いをあげ、2人の感想を聞こうと後ろへ勢い良く振り返ったその時。
余談だが、ミサトが振り返るよりも早く、アスカとカヲルは気絶して白目を剥き、2人揃って車内にちょっぴりアンモニア臭をまき散らしていた。
バキッ!!
「・・・え゛っ!?」
リアウィンドウの向こう側に見えるリアウイングが風圧に耐えかねて吹き飛び、ミサトは顎が抜けるくらいアングリと大口を開けて茫然と目が点。
キュルキュルキュルキュルキュルキュルキュルキュルキュルキュルキュルキュルキュルキュルキュルキュルキュルキュルキュルキュルキュルッ!!
「のわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!?」
空気抵抗バランスを崩したルノーは、当然の事ながら激しいスピン回転をし始め、ミサトが幾らハンドルを切っても操作を受け付けない。
ドガァァーーーンッ!!・・・ドゴッ!!!プシューーーッ!!!!
「そ、そんな・・・。テ、テールにも食らいつけず、またクラッシュ?う、嘘よ・・・。こ、これは悪い夢だわ・・・・・・。」
その結果、ルノーは道路の騒音緩和壁をぶち破った後、その先に運良くあった防風林の木にぶつかり、衝突の衝撃にエアーバックを膨らませる。
「あははははははははは・・・。」
「シッシッシッシッシッシッ!!」
この笑うしかない状況下、ミサトは涙をルルルーと流して乾いた笑い声をあげ、ペンペンはエアバックの窮屈さに息苦しそうな笑い声をあげた。


「知ってるよな?高速道路にも最高時速制限があるってのを・・・。
 まあ、ちょっとや、そっとならともかく・・・。お前、幾ら何でもスピードを出し過ぎだろう。45キロオーバー、減点3な」
高速道路の緊急待避所、とある若者が制限速度オーバーで捕まり、白バイ隊員からきつぅ〜〜いお説教を受けていた。
「そ、そんな・・・。か、勘弁して下さいよぉぉ〜〜〜・・・。俺、あと2点で免停なんっスよぉぉぉ〜〜〜〜・・・・・・。」
「だったら、尚更だ。教習所からやり直して来い。・・・ほら、免許を出せ」
若者が両掌を合わせて必死に拝み倒すも冷たくあしらい、白バイ隊員が免許証の提示を求めて若者へ右掌を差し出したその時。
キュルキュルキュルキュルキュル・・・。ドガァァーーーンッ!!・・・ドゴッ!!!
「んっ!?・・・事故か?」
遥か後方より激しいスリップ音と凄まじい衝突音が聞こえ、若者と白バイ隊員が反射的に音の発生源を求めて振り返る。
プォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!
「「な゛っ!?」」
その直後、シンジ達の白いバイクが爆音を轟かせつつ2人のすぐ横を超スピードで通過して行き、若者と白バイ隊員は目を見開いてビックリ仰天。
「・・・野郎ぉぉ〜〜〜っ!!舐めやがってぇぇぇ〜〜〜〜っ!!!」
ブルンッ!!ブルルルルッ!!!
すぐさま白バイ隊員は我に返って白バイへ跨り、燃えたぎる正義感に目の前の若者よりシンジ達の捕縛を優先してエンジンスタート。
なにせ、高速道路であるにも関わらず2人乗りをしている上、シンジ達のバイクの速度は目の前の若者の速度違反など可愛く思える超スピード。
しかも、白昼堂々と警察官の目の前で常識外れの違反行為を行ったのだから、これを警察への挑戦状と言わずして他に何と言えと言う話。
「あ、あれはっ!?あ、あの白いYZRはっ!!?・・・ま、間違いないっ!!!!キ、キング&クィーンっ!!!!!」
「・・・何だ、そりゃ?お前の知り合いか?」
だが、若者があげた驚き声に反応して、白バイ隊員はアクセルの握り絞りを踏み止まり、呆れ顔を若者へ向けてシンジ達の情報を求めた。
「いえ、俺も話に聞いただけなんっスが・・・・・・。
 約1ヶ月前の夜に突如現れ、この高速の名だたる走り屋達を悉く完膚無きにまで破り、一夜にして最強の名を欲しいままにした2人っ!!
 そして、敗れ去った走り屋達は敬意を込め、最強に相応しい名で2人をこう呼んだ・・・。そう、キング&クィーンとっ!!
 だが、その正体は誰も知らず、ただ解っている事は・・・。白いYZRにノーヘルで乗り、やけにイチャつくカップルと言う事だけっ!!
 特に誰もが驚きに言葉を失い、誰もが我が目を疑い、誰もが2人の正気を疑った超高速ウイリーでの熱すぎるキスは伝説に・・・・・・。」
「もう良いっ!!今日のところは勘弁してやるっ!!!あいつ等に感謝するんだなっ!!!!」
応えて若者は伝説を目の当たりにした興奮を隠せず熱く語るが、ますます憤った白バイ隊員が話の途中で怒鳴り止める。
「その代わり、絶対にあいつ等を捕まえて免許取消にしてやるっ!!」
ブォンッ!!ブォォォォォォーーーーーーーッ!!!ファン、ファン、ファン、ファン、ファン、ファン、ファン、ファン、ファン、ファンッ!!
そして、白バイ隊員はアクセルを一気に引き絞り、けたたましく爆音とパトランプを響かせながらシンジ達の後を追跡開始した。


ファン、ファン、ファン、ファン、ファン、ファン、ファン、ファン、ファン、ファン、ファン、ファン、ファン、ファン、ファン、ファンッ!!
『前の2人乗りっ!!いい加減に停まれっ!!!各料金所は全て封鎖したっ!!!!もう逃げられんぞっ!!!!!』
環状高速道路を舞台にまるでハリウッド映画さながらの捕物帖を繰り広げる白いバイクと警察陣営。
その超高速バトルは熾烈を極め、バトル開始より既に30分近くが経過しており、この間に2台のパトカーと3台の白バイが脱落している。
それにも関わらず、警察陣営は未だ白いバイクへの接近すらかなわず、今現在はパトカー2台と白バイ1台が追跡中。
余談だが、この恐れを知らぬバトルは幾人もの走り屋達に目撃され、またもや口コミで広がってキング&クィーンの最強伝説は不動化してゆく。
『ガス欠になるまで続けるつもりかっ!!これ以上の逃走は無駄だっ!!!停まれっ!!!!停まりなさいっ!!!!!』
「・・・い、碇君。ヤ、ヤバいんじゃない?」
ようやく超高速の世界に慣れ始め、心に少し余裕が出来てきたコダマは恐る恐る振り返り、自分の置かれている立場を初めて知ってビックリ仰天。
「う〜〜〜ん・・・。そろそろ、潮時かな?」
『良ぉぉ〜〜〜しっ!!それで良いっ!!!大人しく待ってろよっ!!!!良いなっ!!!!!』
シンジは残念そうにコダマの勧告に従ってバイクを緊急待避所へ停車させ、すかさず警察陣営が逃げぬ様にシンジ達のバイクの周囲を取り囲む。
ファン、ファン、ファン、ファン、ファン・・・。
「ど、どうするの?い、碇君、無免だし・・・。こ、このままじゃ・・・・・・。」
爆音とパトランプが消えて辺りは静まり、皆を代表して白バイから降りた白バイ隊員に怯え、コダマが思わずシンジの腰へ回した腕に力を入れる。
「大丈夫。僕に任せて・・・。コダマさんは黙ってるだけで良いから、絶対に喋らないで下さいね?」
「・・・え、ええ、解ったわ」
シンジは立てた人差し指をコダマの唇に当てて言葉を封じ、コダマは向けられたシンジの微笑みに少し不安を晴らして縋る様にシンジへ抱きつく。
「全く、世話をかかせやがって・・・。ノーヘル、整備不良、高速での2人乗り、制限速度オーバー、危険走行、その他諸々・・・。
 これだけ揃えば、どうなるかくらい解ってるよな?・・・免停どころか、免許取消だぞっ!!さっさとバイクから降りて免許証を出せっ!!!」
噂に違わぬ2人のイチャイチャぶりに苛立ち、白バイ隊員は苛立ちを隠そうとせず免許証の提示を怒鳴り求めてシンジへ右掌を勢い良く突き出す。
「国連特務機関ネルフ・ネルフ本部作戦部作戦課所属特務二尉、碇シンジです。
 現在、我々は極秘任務中の為、これ以上の追跡と詮索は作戦妨害と見なし、あなた方へ超法規的措置を取らせて貰いますがよろしいですか?」
しかし、シンジは全く怯む事なくクスリと笑い、財布の中から取り出したネルフの身分証を文字通り白バイ隊員の眼前に勢い良く突き出し返した。
「・・・えっ!?・・・えっ!!?・・・えっ!!!?・・・えっ!!!!?・・・えっ!!!!!?
 しょ、少々、お待ちいただけますかっ!?・・・じゅ、じゅ、巡査部長ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!?」
その遥かに予想を超える展開に一瞬だけ頭の中が真っ白となり、白バイ隊員は判断を仰ぐべくパトカーで待機する上司の元へ慌てて駈け向かう。
「・・・い、碇君、極秘任務って?」
「しっ!!・・・コダマさんは黙ってる約束でしょ?」
「あっ!?」
コダマもまた遥かに予想を超える展開に茫然となってシンジへ尋ねるが、シンジに人差し指を口に立てられ、慌てて両手を口に当てて声を封じる。
「・・・な、なにぃぃぃぃぃ〜〜〜〜〜〜っ!?」
ガチャッ!!・・・タッタッタッタッタッタッタッタッタッタッ!!!
巡査部長は何事かと怪訝そうに白バイ隊員を迎えるも事情を知るや否や、慌ててパトカーから降りてシンジ達の元へ血相を変えて駈け寄って来た。
何故ならば、ネルフと言えば第三新東京市市民は勿論の事、元箱根に位置する第三新東京市がある神奈川県の県民なら誰もが知る公然の秘密組織。
その上、使徒襲来とでもなれば避難勧告が発令され、その際に交通規制や交通誘導をする立場にある警察官なら誰もが知っている公然の秘密組織。
そして、何よりも警察官が所属する警視庁の親方が日の丸に対し、ネルフは国連である上に法の制限を受けない行動が許された超法規な秘密組織。
どう考えても警視庁vsネルフでは100戦して100敗しそうなカードであり、巡査部長が慌てふためいてしまうのも無理はない話。
「ぶ、部下が失礼を致しましたっ!!わ、私は神奈川県警第6方面交通機動隊隊長、比叡ヨウイチ巡査部長でありますっ!!!」
「国連特務機関ネルフ・ネルフ本部作戦部作戦課所属特務二尉、碇シンジです」
巡査部長は息子ほどの年齢のシンジへ直立不動の最敬礼をとり、シンジは父親ほどの年齢の巡査部長へバイクに乗ったまま軽く頷き返した。
また、巡査部長の背後には白バイ隊員と4人の警察官が横一列に列び、巡査部長に習ってシンジへ直立不動の最敬礼をとっている。
(ど、どうなっちゃってるの?・・・い、碇君って、そんなに凄いの?
 で、でも、確か・・・。お、お父さんが一尉でしょ?な、なら、碇君より1つ上って事になるから・・・。
 も、もしかして、お父さんって・・・。か、かなり偉いとか?・・・ま、まさかね。そ、そんなはず有る訳ないか・・・・・・。)
その光景に驚いて目を白黒させ、コダマがシンジの階級からマックスの偉大さを連想するが、家での情けない父の姿しか頭に思い浮かばない。
ちなみに、警察の階級である巡査部長を軍隊的な階級に当てはめるとすれば、大体のところで三尉から曹長の片足だけ尉官と言ったところ。
但し、ネルフと警視庁では権威にかなりの差がある為、巡査部長から見れば二尉のシンジも佐官クラスとなる。
「み、身分証を拝見してよろしいでしょうか?」
「どうぞ・・・。」
「(・・・ほ、本物だ。そ、それに碇と言ったら・・・・・・。)あ、あの・・・。ひ、1つ、お聞きしてよろしいでしょうか?」
「はい、守秘義務に関わらない事ならお応えします」
「こ、ここに碇とありますが・・・。ネ、ネルフ司令であらせられる碇ゲンドウ氏とは何かご関係が・・・・・・。」
巡査部長は恭しく両手でシンジからネルフの身分証を受け取り、ふと身分証の一部が気になって聞かずにはおれず尋ねた。
「ええ、碇ゲンドウは僕の父です」
「どげげぇぇぇぇぇ〜〜〜〜〜〜っ!?」
「「「「「じゅ、巡査部長っ!?」」」」」
応えてシンジは肩を竦め、巡査部長は予想通りで最悪すぎる応えに驚きのあまり腰を抜かしてしまい、背後の者達が慌てて巡査部長を支え起こす。
碇ゲンドウ、その強引な手腕による悪名は日本の政治家達や戦自隊員達は勿論の事、神奈川県警の警察官達の中にも浸透していた。
特に幹部ともなれば、悪名だけではなくゲンドウの冷酷非情な恐ろしさも知っており、ゲンドウの名とは出来うるなら絶対に関わりたくない名前。
その悪魔の大王の息子が現実に目の前に居り、つい先ほどまでのシンジへの行為を思い出せば、巡査部長が肝を冷やして驚くのも無理はない話。
「おや?・・・どうかしましたか?」
「し、知らずとは言え、申し訳ありませんでしたっ!!こ、これよりの追跡は止め、料金所の封鎖も直ちに解きますっ!!!」
シンジが巡査部長の驚きように苦笑を浮かべると、すぐさま巡査部長は立ち戻って再びシンジへ最敬礼をとり、今までの非礼を叫び詫びた。
「・・・解って頂けて光栄です」
「はっ!!あ、ありがとうございますっ!!!ふぅぅ〜〜〜・・・。」
巡査部長にとって長い一拍の間の後、シンジは頷いてニッコリと微笑み、巡査部長が許しを得た安堵感に思わず姿勢を崩して安堵の溜息をつく。
「ところで、僕も1つお聞きしたい事があるんですが・・・。」
「はっ!!な、何でありましょうかっ!!!」
だがそれも束の間、シンジの目つきが鋭く細まり、慌てて巡査部長は直立不動となって最敬礼をとり、シンジの言葉を待って汗をダラダラと流す。
「この辺りで美味しいパスタの店を知りませんか?あとお洒落なブティックも教えてくれると嬉しいです」
「・・・・・・へっ!?」
するとシンジはクスクスと笑いながら唐突に脈絡もなく話題を変え、巡査部長はシンジの質問が一瞬だけ理解できず思わず茫然と目が点になった。



感想はこちらAnneまで、、、。

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