「わぁ〜〜いっ!!当たった、当たったぁぁ〜〜〜っ!!!」
朝っぱらからアイスの当たり棒を掲げ、目の前のコンビニへ駈け急ぐ無邪気な小学生を眺め、缶コーヒーを飲みながら思わず微笑みを漏らす青葉。
その左肩には仕事明けに趣味でやっているバンドのライブがあるのか、ジャケットに包まれたベースギターが背負われている。
「全く・・・。これだと毎回のクリーニング代も馬鹿にならないわね」
「せめて、自分でお洗濯出来る時間くらい欲しいですね」
そこへ背後のコインランドリーより洗濯物の入った紙袋を胸に抱えて出てくるリツコとマヤ。
「いや・・・。家へ帰れるだけ、まだまだマシっすよ。所詮、俺達なんて・・・・・・。」
そんな2人のボヤきを聞きつけ、青葉が微笑みは苦笑に変えて首を左右に力無く振り、小学生が入っていった目の前のコンビニを指さす。
「ありがとうございましたぁ〜〜♪」
「くぅ〜〜っ!!効くぅぅ〜〜〜っ!!!漢字こそ違えど、正に皇帝っ!!!!舌はピリピリ、脳天直撃って感じだよなっ!!!!!」
すると店員の朗らかな挨拶と共にコンビニの自動ドアが開き、強壮ドリンクにストローを差して美味しそうにチューチューと啜る日向が現れた。
その姿は見た目にも明らかにやつれまくって酷いクマが目元に浮かび、やや丸まった背中など何処か燃え尽きて煤けた雰囲気を放っている。
だが、眠そうながら2/3が開いた瞼の下の目は、異様なくらい血走りまくって轟々と燃え盛り、何とも奇妙で二律背反な雰囲気も放っていた。
ちなみに、先ほどの説明にもあったが、今は早朝の出勤前の為、4人ともそれぞれがラフな私服姿。
「・・・そ、そうね」
「良ぉぉ〜〜〜しっ!!これであと3時間はイケるぞぉぉぉ〜〜〜〜・・・って、あれ?どうしたんですか?みんなで変な顔なんかしちゃって?」
一拍の間の後、リツコが顔を引きつらせつつ青葉の意見を深く頷き、日向が皆の視線に気づいて怪訝を表情に浮かべて立ち止まった。
「つ、つかぬ事を聞くけど・・・。あ、あなた、さっきも飲んでなかった?し、しかも、2本・・・・・・。」
「はい、日課ですから。寝起きに1本、朝食後に1本、出勤中に3本と計5本」
「ご、5本も・・・・・・。ラ、ラベルには1日1本と書いて有るでしょ?か、体を壊すわよ?」
リツコは日向の問いに応えるよりも問わずにはおれない質問を問い返し、日向から返ってきた応えに大粒の汗をタラ〜リと流して注意する。
「はっはっはっはっはっ!!平気ですよ。ちょっと尿が真っ黄色になりますけど・・・。そうだっ!!?赤木博士もどうです?効きますよ?」
「・・・え、遠慮しておくわ」
しかし、日向は堪えた様子もなくリツコの注意を笑い飛ばし、リツコは顔を引きつらせまくって丁重に差し出された強壮ドリンクを辞退した。
カシャッ・・・。
(こ、これで7本目・・・。い、一体、何本飲めば気が済むの?)
ジオフロント行きの地下鉄を待つ静かな駅のホームにとある音が響き、リツコが隣へ視線だけを向けて大粒の汗をタラ〜リと流す。
「・・・・・・日向二尉」
「えっ!?・・・あっ!!?はいっ!!!!何でしょうかっ!!!!?」
新たな強壮ドリンクを一気に呷ろうとしていたところへ畏まった口調で話しかけられ、慌てて日向が強壮ドリンク瓶を下ろしてリツコへ向き直る。
「あなたは勤務態度も真面目だし、仕事も早くて正確。畑違いの私から見ても申し分がないわ」
「は、はぁ・・・。あ、ありがとうございます・・・・・・。」
リツコは視線を正面へ戻して一呼吸を置くと、そのまま顔を向けずに語り、日向は突然の珍しいリツコの誉め言葉に驚いて茫然と目が点。
「でも、自分の仕事量の限度くらい解るでしょ?無理な事は無理と言える勇気を持ちなさい。・・・今のままだといつか必ず倒れるわよ」
「は、はぁ・・・。す、すいません。い、以後、気をつけます・・・・・・。」
それも束の間、リツコは溜息混じりに今度は怒り始め、日向は誉めたり怒ったりと忙しいリツコの心が解らず、戸惑いを重ねつつも相づちを打つ。
「あなた、本当に解ってるのっ!?私はミサトの事を言ってるのよっ!!!」
「・・・え゛っ!?」
その気のない返事に業を煮やしたのか、リツコは日向へ顔を勢い良く向けて怒鳴り、日向はリツコの凄まじい怒号に怯んで思わず一歩後退。
「『え゛っ!?』じゃないわよっ!!『え゛っ!?』じゃっ!!!
毎日、遅刻をしようとも平気な顔っ!!就業時間はネルフ中をブラブラと散歩っ!!!その癖、残業は一切拒否して毎日が定時帰りっ!!!!
全く、幾らあげてもキリがないわっ!!・・・でもねっ!!!これはあなたがいつもミサトを甘やかしている事にも原因があるのよっ!!!!」
「あわわわわわわわわわ・・・。」
するとリツコは何か鬱積した物があったらしく、それ等を一気に爆発させて猛烈な剣幕で捲し立て、日向が恐怖と驚愕に腰を抜かして言葉も失う。
「大体、解ってるのっ!?あなたが朝方まで残業していた頃、ミサトが何処で何をしていたかをっ!!?
そうねっ!!この際だから、はっきりと言ってあげるわっ!!!ミサトはシンジ君と一緒に朝までいたのよっ!!!!
・・・えっ!?そんなの一緒に住んでいるから当たり前ですってっ!!?
いいえ、違うわっ!!2人が居たのは何処かのホテルの一室・・・って、何よ、その顔はっ!!?私の話を信じてないわねっ!!!?
でも、お生憎様っ!!残業している私の所へミサト自身からご丁寧に電話があったわっ!!!
そう、私が食堂で食事をしていた頃、『えへへ♪これからシンジ君とデートでフランス料理のフルコースなんだ♪♪』ってねっ!!
ああ、そうですかっ!!良かったわねっ!!!どうせ、私の夕飯は食堂の粉っぽいカレーよっ!!!!
次は私がプログラムに行き詰まっていた頃、『ねえ、見て見て♪この部屋から見える景色ってば最高よん♪♪』ってねっ!!
ああ、そうですかっ!!良かったわねっ!!!こっちは点滅するカーソルしか見えない最悪の景色よっ!!!!
最後は私がそろそろ仮眠を取ろうかと思った頃、『さすが、ロイヤルスイート♪ベットがフカフカで気持ち良いわん♪♪』ってねっ!!
ああ、そうですかっ!!良かったわねっ!!!こっちは足も伸ばしきれない執務室のソファーの肘置きを枕に30分の小休止よっ!!!!」
だが、リツコは怒鳴る勢いを止めようとはせず、左手を屈めた腰に当てて日向を見下ろしつつ、右人差し指で日向を何度もビシビシと指しまくり。
余談だが、日向の酷いやつれようの原因はリツコが言う通り、ぐうたらなミサトとそれを甘やかす日向に原因があった。
ミサトから仕事を頼まれる度に一応は断って見せるのだが、日向はミサトの縋る様な目に断りきれず、ついつい仕事を引き受けてしまうのである。
当然、そんな事が何度も度重なれば、誰しも頼み事が段々と大胆になってゆくのは当たり前の事。
実際、最初こそは遠慮がちに日向へ仕事を頼んでいたミサトだが、今では重要な決裁以外の雑務は全て日向へ当然の如く押しつけている始末。
無論、只でも忙しいミサトの副官としての職務に加え、更に忙しい作戦部長の職務を日向1人でこなせるはずもない。
その結果、幾ら働いても仕事が尽きる事なく雪だるま方式に増えてゆき、日向にとって深夜過ぎまでの残業の日々が今では日常の事となっていた。
「あ、赤木博士、落ち着いて・・・。き、きっと仕事で疲れているんですよ。さ、さあ、一緒に深呼吸でもして落ち着きましょう」
「はぁ・・・。はぁ・・・。そ、そうね。わ、私とした事が、どうかしてたわ・・・。はぁ・・・。はぁ・・・。ふうっ!!」
青葉は八つ当たりされている日向を不憫に思って2人の間に割って入り、リツコが青葉の勧告に我を取り戻して深呼吸に息を深く吸った次の瞬間。
「先輩っ!?今の話、本当なんですかっ!!?」
「ぐえっ!?」
今度はマヤがエキサイトして両手でリツコの襟首に掴みかかり、深呼吸の最中だったリツコが首を強かに絞められて呼吸困難に陥る。
「『ぐえっ!?』じゃありませんっ!!『ぐえっ!?』じゃっ!!!
シンジ君と葛城さんがロイヤルスイートでだなんて・・・。嘘ですよねっ!!嘘だと言って下さいっ!!!先輩っ!!!!
・・・そうですっ!!先輩は嘘を付いていますっ!!!葛城さんに何て言って頼まれたんですかっ!!!!私は騙されませんよっ!!!!!」
「あうあうあうあうあうあう・・・。」
その上、マヤは襟首を掴んだままリツコの首を前後に猛烈な勢いでガクガクと揺すりまくり、リツコの瞳がみるみる内に輝きを失ってゆく。
「ま、まあまあ、マヤちゃんも落ち着いて・・・。よ、良し、俺と一緒に深呼吸だ」
「十分、私は落ち着いてますっ!!・・・さあ、先輩っ!!!黙ってなんかいないで早く応えて下さいっ!!!!嘘だってっ!!!!!」
「あうあう・・・。あ、あう・・・・・・。」
すぐさま青葉がマヤを羽交い締めて宥めるも効果は全く見られず、抵抗にマヤの腕を掴んでいたリツコの腕が遂に力無くダラリと垂れ下がる。
「・・・そ、それにしても、ロイヤルスイートだなんて凄いよな。
シ、シンジ君って、月にどれだけ稼いでいるんだ?き、聞けば、先日マンションの部屋を買ったんだろ?」
これは危険だと悟り、青葉は即座に作戦を切り替え、いつもの様にのろけられるのを覚悟してシンジの話題を素早く出した。
「そうそう、これが素敵な部屋でね♪リビングなんて、すっ・・・ごく広くてカウンターバーも付いてるのよ♪♪
でねでね♪お風呂へ行ったら、もうビックリ♪♪だって、蛇口がライオンの口なんだもん♪私、ライオンの口なんて初めて見ちゃった♪♪」
案の定、マヤはリツコの拘束をすぐに解いて青葉の方へ向き直り、まるで自分の事の様にシンジが買ったと言うマンションの部屋を自慢する。
「あとは荷物を運び入れれば、すぐにでも住めるのに・・・。どうして、引っ越さないのかな?シンジ君・・・・・・。
引っ越せば、私も引っ越して毎日お料理を作ってあげれるのに・・・・・・って、キャァァ〜〜〜っ!!言っちゃった、言っちゃったっ!!!」
挙げ句の果て、マヤは自分自身の言った言葉に照れて耳まで真っ赤に染めた顔を両手で覆い、辺りをご機嫌にピョンピョンと跳ねまくり。
「そ、そう・・・。ぜ、是非、引っ越しが決まったら教えてくれよ。お、俺も手伝うからさ・・・・・・。」
「ありがとう♪その時はよろしくね♪♪」
「しかし、凄いな。せいぜい、1LDKくらいかと思っていたけど・・・・・・。
さすが、株や相場に手を出しているだけの事はあるよ。そんなに儲かるんなら、俺もシンジ君に習って株でもやってみようかな?」
予想通り過ぎるマヤの反応に顔を引きつらせた後、ふと青葉が前回の戦闘前にあったシンジとの会話を思い出して何気なく呟いた途端。
「何ですってっ!?それ、本当なのっ!!?」
白目を剥いて床にペタンと女の子座りをしていたリツコの瞳に輝きが急速に戻り、リツコは勢い良く立ち上がって青葉へ叫び尋ねた。
「えっ!?・・・あっ!!?ライオンの口ですか?ええ、本当ですよ。口からガオォ〜〜ッて感じにお湯が出てくるんです」
「違うわよっ!!株の話よっ!!!シンジ君が株をやってるって、本当なのっ!!!?」
「は、はい・・・。つ、つい最近、知ったんっスけど本当っスよ」
しかし、勘違いをしたマヤに口を挟まれ、リツコは先ほどの事も相まって不機嫌に怒鳴り改めて尋ね、青葉がその形相に怯んで怖ず怖ずと頷く。
「・・・それ、本当に間違いないのね?」
「え、ええ・・・。じ、直にシンジ君の口から聞いたんで間違いないっス」
「そう・・・。フッフッフッフッフッフッフッフッフッフッ・・・・・・。(一端とは言え、遂に掴んだわよ。・・・シンジ君)」
「・・・せ、先輩?」「・・・あ、赤木博士?」
それでも、リツコは尚も確認を尋ねて青葉が再び頷くと、口の端をニヤリと歪めて笑い始め、マヤと青葉が怪しすぎるリツコに顔を引きつらせる。
『間もなく、2番線に下り電車が入ります。白線の後ろまで下がってお待ち下さい』
「・・・い、良いですよ。あ、貴女の為なら・・・・・・。」
一方、日向はそんなリツコに気づく余裕もなく、今にもホームへ飛び込みそうな暗い表情を浮かべて何やら涙を止めどなくルルルーと流していた。
「・・・あら?おはようございます。副司令」
「「「おはようございますっ!!」」」
たまたま目の前で開いたドアの車両に乗る冬月と乗り合わせ、リツコの挨拶に続き、気合いの入った挨拶の声を張り上げる日向と青葉とマヤ。
「ふむ・・・。おはよう」
「今日はお早いんですね?」
冬月は読んでいる新聞を少し下げて皆へ挨拶を返し、リツコが新聞を目線へ戻した冬月の隣に座る。
一方、日向と青葉とマヤは車内の座席がガラガラに空いているのにも関わらず、自分達の上下関係から誰ともなく吊革に掴まって2人の前に列ぶ。
「碇の代わりで上の街だよ」
「ああ、今日は評議会の定例でしたね」
「下らん仕事だよ。碇め、昔から雑務は私に全て押しつけよって・・・。MAGIがいなかったらお手上げだよ」
「そう言えば、市議選が近いですよね。上は・・・。」
「市議会は形骸にすぎんよ。事実上、ここの施政はMAGIがやっとるんだからな」
「MAGI、3台のスーパーコンピューターがですか?」
冬月とリツコの世間話に口を挟めず3人は黙っていたが、MAGIの話題が出た途端に目を輝かせてマヤが口を挟む。
MAGIとは、ネルフのメインシステムを司るコンピューターであり、冬月が言う様にネルフだけではなく第三新東京市をも司るコンピューター。
現在のところ、その性能はいかなる追従も許さず、家庭用端末と比べて1世紀先の性能を誇る超々高性能な第5世代コンピューターである。
その特徴は心臓部であるCPUに人間の脳に近い合成有機物の人工脳を使い、3台で1台とする事によって決定の多数決制を組み込んだもの。
「3系統のコンピューターによる多数決だ。きちんと民主主義の基本に則ったシステムだよ」
「議会はその決定に従うだけですか?」
「最も無駄の少ない効率的な政治だよ」
「さっすが、科学の街っ!!正に科学万能の時代ですねっ!!!」
「ふぅ〜〜る臭いセリフ」
冬月はマヤへ視線をチラリと向けて苦笑を浮かべ、青葉も興奮を隠せないマヤに苦笑を浮かべた。
「ところで・・・。今日、フィフスチルドレンが来るんだったな?」
妙に会話が弾んでしまった為、1人静かに新聞を読んでいる雰囲気にはなれず、冬月が新聞を下ろし畳んでリツコへ尋ねる。
「はい。本日、1400に第三新東京市へ到着予定。1530よりシンクロテストを開始します」
「うむ、朗報を期待しとるよ・・・って、ぬおっ!?ひゅ、日向二尉・・・。ど、どうしたんだ?だ、大丈夫かね?」
そんな冬月の心情を察してか、今度はリツコが苦笑を浮かべ、冬月はリツコの応えに頷きながら視線を前へ向けてビックリ仰天。
何故ならば、新聞を下ろした事により、今まで気づかなかった日向の凄まじいやつれぶりに初めて気づいたからである。
「・・・はい?何がです?」
「な、何がって・・・。な、なあ?」
だが、日向本人はいつもと変わらぬ様子を見せ、冬月は同意を求めて日向の隣に立つ青葉とマヤへ視線を向けるが、2人は一斉に視線を逸らす。
「と、とにかくだっ!!こ、ここに座りたまえっ!!!」
「えっ!?しかし・・・。」
「い、良いから座るんだっ!!私の事など気にせんでも良いっ!!!」
「は、はあ・・・。」
その反応を怪訝に思うも、冬月は日向を立たせて自分が座っている気にはなれず立ち上がり、半ば強引に渋る日向を自分の代わりに席へ座らせる。
「副司令、この際です。是非、副司令から葛城三佐にきつく言ってくれませんか?」
「・・・な、何をだね?」
それに伴い、リツコも席を立ち上がり、冬月がリツコの言葉に日向のやつれ様がミサト絡みと悟って嫌な予感に体をビクッと震わす。
「そもそも、日向二尉がこうまでなった原因は、全て葛城三佐が自分の仕事を日向二尉に仕事を押しつけている事に他なりません。
そのおかげで、日向二尉は家にも帰れず、残業の毎日。・・・ご存じですか?人事部から日向二尉へ超過勤務による警告が出されている事を」
「・・・い、いや、聞いてないな」
リツコはここぞとばかりにミサトのぐうたらぶりを冬月へ訴え、ミサトのぐうたらぶりの確証を高める為に日向へ質問を重ねる。
「日向二尉、この1ヶ月の間で自宅へ帰宅した日数を言いなさい」
「ええっと、1、2、3・・・。3・・・。3・・・。多分、5日ほどだと思います」
「その内、休日として丸1日を休んだ日数は?」
「ありません。最高、半日ちょっとくらいでしょうか?」
「では、ここ1週間の平均睡眠時間は?」
「そうですね。先週は使徒が現れたから少し忙しくて・・・。2、3時間ってところですね」
「そ、それは・・・。ひ、酷いな・・・・・・。」
すると日向の口からミサトのぐうたらぶりが次々と露呈して現れ、さすがの冬月も己の過ちに気づかされざるおれず大粒の汗をタラ〜リと流す。
実を言うと、冬月は今まで幾度となく人事部からの上告を受け、ミサトが日向へ仕事を押しつけている事実をかなり以前から知っていた。
ところが、例によって弱みをミサトに握られていると勘違いしている冬月は、その上告がある度に見て見ぬふりを決め込んできたのである。
その結果、ミサトのぐうたらぶりは止まる事を知らず、言うなれば日向の現在を作ったのは冬月にも少なからず原因があった。
「副司令、これでお解りでしょう?全ての原因は葛城三佐の職務放棄にあるんです」
「し、しかし、だな・・・。お、押しつけられたと言っても、それを断れば良いのではないかね?」
それでも、冬月はミサトへの訓告を尻込みして保身に走り、正論を唱えて日向へ責任を全て押しつける。
「それが出来れば、こうはなっていませんっ!!第一、葛城三佐は日向二尉の直属の上司なのですから断り難いじゃありませんかっ!!!」
「う、うむ・・・。た、確かに・・・・・・。」
「だからこそ、ここは副司令から葛城三佐にきつく言って欲しいのですっ!!」
「だ、だが、何も私でなくとも・・・。そ、そうだっ!?い、碇に頼んでみてはどうだっ!!?」
「碇司令では話になりませんっ!!それとも、副司令は碇司令に事細かな訓告が出来るとお思いですかっ!!?」
「い、いや、思わない・・・。い、今の日本に雪を降らせるくらい無理だろうな」
「だったらっ!!」
「う、うむむむむ・・・。」
ならばとリツコも正論で切り返して冬月の正論を一気に畳み込み、冬月が反論を封じられて汗をダラダラと流しながら言葉に詰まった次の瞬間。
「ちょっと待って下さいっ!!さっきから聞いていれば、まるで葛城さんが悪いみたいじゃないですかっ!!?
大体、俺は仕事を押しつけられているとは思っていませんし、葛城さんの仕事を嫌々でやっている訳ではありませんっ!!
ただ、いつ来るか解らない使徒との戦いに備え、俺は葛城さんにベストのコンディションでいて欲しく、仕事を引き受けてるんですっ!!」
目の前で交わされているミサト無能論にいきり立って席も立ち上がり、日向が冬月に代わってミサトの正当性をソウルフルに叫び訴えた。
(マ、マコト・・・。い、いい加減、目を覚ませよ。い、幾ら尽くしても、絶対に葛城さんの目はシンジ君からお前に向かないぞ?
で、でも、尊敬するよ。お、俺・・・。ど、どうして、そこまで葛城さんを盲目的に信じられるかなぁ〜〜?お、俺には解らん・・・・・・。)
(何、言ってるんですかっ!!せっかく、先輩が私の為に頑張っているのにっ!!!
そうですっ!!この際、葛城さんなんて何処か遠くの支部へ飛んじゃえば良いんですっ!!!そして、私はシンジ君と・・・。エヘへっ♪)
その勢いの反動で沈黙の間が流れ、あくまでミサトを信奉する日向に、青葉が静かにそっと溜息をつき、マヤが口を尖らせつつ器用に頬を緩める。
「・・・み、見たまえっ!!ひゅ、日向二尉もこう言っているっ!!!
こ、これで葛城三佐への訓告は必要ないなっ!!う、うむ、必要ないっ!!!あ、ああ、必要ないともっ!!!!」
一拍の間の後、冬月は誰よりも早く言葉を取り戻すや否や、すかさず日向論を後押しして自分自身を納得させるかの様に何度もウンウンと頷く。
「副司令っ!!」
「と、とにかくだっ!!ひゅ、日向二尉に今から5日間の休日を命ずるっ!!!し、下へ着いたら、そのまま家へ引き返して寝たまえっ!!!!」
「・・・へっ!?」
リツコがそんな冬月を非難しようとするが、冬月はそれよりも早く最終結論を下してしまい、日向は脈絡もない突然の命令に思わず呆然と目が点。
「こ、これは副司令命令だっ!!だ、第一種警戒態勢が発令されない限り、ネルフ本部への立ち入りを禁止するっ!!!い、良いなっ!!!!」
「わ、解りました・・・。い、いえ、了解です」
日向の承知がなくては話を蒸し返される可能性がある為、冬月は半ば強引に沙汰を怒鳴り言い渡し、日向が冬月の気迫に圧されてビシッと最敬礼。
(・・・絶対、怪しい。やっぱり、ミサトと副司令の間には何かが有るに違いないわ。
以前、碇司令は一笑したけど・・・。もう1度、それとなく警告を出しておく必要があるわね。これは・・・・・・。)
その不自然すぎる冬月の慌て様を冷静な目で眺めながら、リツコは以前から漠然と感じていた冬月の派閥化疑惑の猜疑心を深めていた。
真世紀エヴァンゲリオン
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Lesson:11 静止した闇の中で
「・・・そう言えば、シンジがパンなんて珍しいな?」
お昼休みの開放感にざわめく教室、本日も虚しいコンビニ弁当の昼食を食べながら、ふとケンスケが対面のシンジの違和感に気づいて尋ねる。
「ご覧の通り、今日は綾波達が居ないから、わざわざ1人分を作るのも手間だろ・・・っと、洞木さん、おいでよ。僕らと一緒に食べないかい?」
「えっ!?・・・い、良いの?」
シンジは事情を説明しつつ教室をグルリと見渡し、普段昼食を共にするレイとアスカが居らず1人寂しく食事をしているヒカリを微笑み呼んだ。
ちなみに、レイとアスカとトウジはエヴァ各機の機体調整実験が午後からあり、つい先ほど昼休み前に学校を早退したところ。
また、議題に上っているお弁当だが、レイとアスカが葛城邸隣へ引っ越してきた為、普段シンジはレイと共に3人分のお弁当を作っていた。
「だって、1人で食べるのも寂しいだろ?さあ、遠慮せずにおいでよ」
「う、うんっ!!」
シンジの思いもよらぬ提案に驚きながらも、ヒカリは嬉しそうに目を輝かして立ち上がり、慌てるあまり箸を口にくわえたまま移動を開始。
「(・・・さすがだ。どんな時にもフォローを忘れず。これが秘訣か・・・。でも、なかなか普通は出来ないよな)ところで、シンジ?」
「なんだい?」
「ま、まあ・・・。そ、その・・・。な、何だ・・・・・・。や、山岸さんのメール、お前の所へ届いたか?」
そんなシンジの気配りに感嘆の溜息をついた後、ケンスケはここ数日間ずっと尋ねられず思い悩んでいた質問を決意して言い辛そうに尋ねた。
「・・・なんだ、彼女に僕のアドレスを教えたのはケンスケだったの?」
「まずいかな?って思ったんだが・・・。どうしてもって頼まれてな」
「うん、届いてるよ。ここ毎日、夜9時になると必ずね」
「へ、へぇぇ〜〜〜・・・。(な、何故だ。お、俺のも教えたはずなのに・・・。な、何故、俺の所には1通も届いていないんだ)」
シンジは何故それをと刹那だけ驚くも、ここ数日間の疑問解決に柏手を打ち、ケンスケが1番聞きたくなかった最悪の応えに顔を引きつらせる。
「・・・碇君」
「なんだい?」
「山岸さんって・・・。誰?」
同時にシンジの隣の席へ座ろうとしていたヒカリが、眉をピクリと跳ねさせて中腰体勢で固まり、やや顔を俯かせつつシンジへ低い声で尋ねた。
「フフ、僕の武勇伝を聞いていないのかい?」
「・・・へっ!?」
応えてシンジはニッコリと微笑み、ヒカリは予想外な反応と意味不明な問い返しに思わず顔を上げて呆然と目が点。
「ほら、修学旅行の時の事だよ。僕が不良達に絡まれていた女の子を助けただろ?その女の子が山岸さんなのさ。
・・・で、あの時、僕等は使徒が来たおかげで早々に帰ったろ?それでお礼も言えずにすみませんでしたってメールを送ってきたと言う訳」
「な、なぁ〜〜んだ・・・。」
その反応がおかしくクスクスと笑いながら、シンジが追加説明をしてあげると、ヒカリは自分の勘違いを知って安心にようやく席へ腰を下ろす。
「・・・あっ!?そうそう、昨日のメールで・・・。近々、この街へ引っ越してくるとか言ってたね。彼女」
ガタッ!!
「そ、それ、本当かっ!?シ、シンジっ!!?」
「ああ、何でも彼女のお父さんは国連のお偉いさんらしいから・・・。きっとネルフ絡みだね」
ガタッ!!
「い、碇君っ!?そ、その娘、この学校へ転校してくるのっ!!?」
だが、ちょっぴり悪戯心が沸いたシンジの一言により、驚き喜んで席を立ち上がったケンスケに続き、ヒカリも座る間もなく席を立ち上がった。
ヒカリが席を立ち上がった理由、それはこの第三新東京市自体に理由があるからに他ならない。
この街はその名の通り、次期首都としてしか他県に知られていないが、その実体は使徒襲来に備えたネルフの為に存在している要塞都市。
そうなれば必然的に街の住民構成率はその殆どがネルフ関係者となり、そうでなくとも何らかの理由でネルフに携わっている者達となる。
この様な地方の田舎町にありがちな1つの街に1つの巨大企業と言う状況下では様々な問題点が発生してしまう。
その最たる例が、企業内部の役職上下がそのまま街の権力指数上下となってしまう問題である。
例えば、隣の部長宅は毎晩夜遅くまでうるさいが、自分は係長なので文句を言えず泣き寝入りするしかないなど、小さな事から大きな事まで様々。
無論、これは明らかに間違った行為なのだが、人間社会では世の中のしがらみで理想が現実にならないのが常。
ましてや、子供達に大人でも難しいこの理想を理解しろと言うのが無理であり、親の役職がそのまま子供社会の権力指数となるのは当然の事。
しかも、ネルフは紛いなりとも軍隊の為、企業とは違って階級と言う厳しいランク付けがあり、この認識格差は企業の比ではない。
それ故、ネルフは階級、役職で居住地区による住宅補助の上下を出し、それとなく地区別に同階級、同役職が集まりやすくしているのである。
実際、この第壱中学校区内は尉官以上、課長クラス前後が主に集っており、ヒカリの父、ケンスケの父、トウジの祖父は尉官以上で課長職。
ここで話を戻すと、シンジの話によればマユミの父は国連のお偉いさんであり、シンジと出会ったのが修学旅行なのだからマユミの年齢は14歳。
その結果、どう考えてもマユミが第壱中学校区内に引っ越し、第壱中に転校してくる可能性が高いのだから、ヒカリが焦るのも無理はない話。
「さあ、そこまでは知らないけど・・・。取りあえず、2人とも座ったら?食事は座ってするものさ」
「・・・そ、そうだな」「・・・そ、そうね」
打てば響く様な2人の反応にクスクスと笑いながら、シンジは2人の問いに応えて肩を竦め、ケンスケとヒカリが冷静さを取り戻して着席する。
(そうか、そうか・・・。山岸さんが引っ越してくるのか・・・・・・。
こうなったら、今夜は徹夜で市役所のマザーへハッキングだっ!!何としても、シンジより早く山岸さんにアタックしないとなっ!!!)
(なんか、凄く嫌な予感がするわ。まさか、この学校に・・・。このクラスへ転校して来ないでしょうね。
もし、そんな事にでもなったら・・・。ううんっ!!碇君を信じなきゃっ!!!一昨日、アスカの事も誤解だって言ってたじゃないっ!!!!)
しかし、食事を再開させつつも心の内には様々な感情が渦巻き、ケンスケは何やら眼鏡をキラリーンと輝かせ、ヒカリは次第に顔を俯かせてゆく。
「・・・な、なにっ!?」
「うん、美味しそうだなって思ってね」
それでも、ヒカリは顔を左右に振って不安を打ち払い、縋る様にシンジへ上目づかいを向け、こちらを凝視するシンジと目が合ってビックリ仰天。
「・・・た、食べる?」
「やあ、すまないね。催促しちゃったみたいで・・・。」
そして、その物欲しそうな視線が運び持ち上げた口元の鳥の唐揚げにある事を知り、ヒカリが小首を傾げて尋ねた次の瞬間。
「「「「「「「「「「「「な゛っ!?」」」」」」」」」」」」
ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタッ!!
シンジ自ら顔を突き出してヒカリの口元にある鳥の唐揚げをくわえ、教室にいた女子生徒達がその大胆行為に驚愕して席を一斉に立ち上がった。
「うん、美味しい。さすがだね」
「そ、そんな・・・。か、唐揚げくらいで・・・。で、でも、ありがとう・・・・・・。」
やはりヒカリもシンジの大胆行為に驚くも、まずはシンジの誉め言葉に顔を紅く染めた後、周囲の見渡してクスリと笑いながら皆を注意する。
「あら?ダメじゃない。みんな・・・。食事は座ってするものよ?さっき、碇君もそう言ったじゃない?」
「「「「「「「「「「「「くっ!?」」」」」」」」」」」」
その微笑みは自分こそがシンジの彼女だと言わんばかりに勝ち誇り咲き、女生徒達が悔しさに奥歯をギュッと噛んで次々と着席してゆく。
余談だが、シンジは例によって誘拐などの危険性を説き、ヒカリへ自分達がつき合っている事実を皆へ公表する事を堅く禁じている。
それでいながら、アスカと親友のヒカリは日頃アスカからシンジとの事を密にのろけられ、ヒカリに日々かかるストレスたるや極大であった。
(・・・なるほど。まずは不安にさせといて、それ以上に安心させる。言わゆる飴と鞭って奴か・・・・・・。
それにしても、解っちゃいたけど・・・。こりゃ、どう見てもダメだな。もう・・・。トウジ、完全に勝ち目なしだ。諦めろ・・・・・・。)
その明らかなまでの勝利者と敗北者の構図を眺め、ケンスケがトウジへの同情を禁じ得ず深い溜息をついたその時。
「さて、僕は食事も済んだ事だし・・・。そろそろ、帰ろっかな」
「「「「「「「「「「「「「えっ!?碇君、帰っちゃうのっ!!?」」」」」」」」」」」」」
ガタッ!!ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタッ!!!
シンジがクラス委員長を前に堂々とサボり宣言をして立ち上がり、この衝撃的発言にヒカリを筆頭とする女生徒達が一斉に勢い良く立ち上がった。
ヒカリと女生徒達が立ち上がった理由、それはシンジへ授業をサボるのはよくないと注意する為ではない。
それどころか、クラス副担任である国語教師を除き、シンジのサボり癖はクラス公認化されたいつもと変わらぬ日常であった。
「ああ、修理に出したチェロを取りに行かないといけないからね。・・・取りあえず、いつもの様にネルフの用事と言っておいてくれないかな?」
「うん、解った・・・。でも、先生を誤魔化すのもそろそろ限界よ?」
「そうなったら、その時はその時さ。それに今日のはあながち嘘ではないから平気だよ」
それこそ、委員長のヒカリでさえ今では最早咎める事を諦め、シンジとつき合う様になってからはサボる言い訳作りにシンジと共犯する有り様。
ならば何故に立ち上がったかと言えば、皆を何とか出し抜き、シンジと下校して放課後ライフを楽しもうと思っていたからである。
なにせ、本日は常にシンジと登下校をする邪魔者のレイとアスカが居らず、今日という日はまたとない絶好のチャンス。
それが誘う前にシンジから断られたのだから、ヒカリと女子生徒達に絶望するなと言うのが酷な話。
「ねぇ、ねぇっ!!チェロって・・・。あのチェロだよねっ!!?」
「どのチェロかは知らないけど、僕のは弦楽器のチェロだよ?」
「すっごぉ〜〜いっ!!碇君ってば、チェロを弾けるんだっ!!?」
「まあ、嗜む程度にね。・・・自慢するほどの物じゃないさ」
「そんな事ないよっ!!今度、碇君が弾くところを聞かせてっ!!?ねっ!!!?良いでしょっ!!!!?」
「ああ、僕程度ので良かったら、是非・・・。」
「じゃあさ、じゃあさっ!!うちの弦楽同好会に入らないっ!!?碇君が入れば、部昇格も夢じゃないわっ!!!!」
「ごめんよ。残念だけど、放課後は訓練とかがあるから部活動は禁止されているんだ」
シンジは言付けをヒカリへ残すと教室を出て行き、シンジの新たな一面を知った女生徒達が食べかけの昼食を放り出してシンジの後を追って行く。
「俺もバイオリンでも習おうかな?・・・やっぱり、チェロが弾けるってのはモテる要素だよな」
「そんな事ないわよ。相田君・・・。でも、碇君のチェロって凄く素敵なのよね」
その相変わらずのモテモテぶりを眺め、ケンスケが羨ましそうにポツリと呟き、ヒカリがクスクスと笑ってケンスケの呟きを否定した。
ウィィーーーン・・・。
テロ防止の為、11階以上のエレベーターがない中、唯一あるネルフ本部全階直通エレベーター。
(あと3分・・・。これなら大丈夫そうね)
女性職員は何か約束があるのか、しきりに先ほどからエレベーター階数表示と腕時計へ視線を交互に向け、表情に緊張感を漂わせていた。
チィィ〜〜〜ン♪
「ちっ・・・。(仕方ないわね。かなり歩く事になるけど、何か間違いがあってからでは遅いわ)」
不意に予定階より12階も早くエレベーターの到着チャイムが鳴り、女性職員が舌打ってエレベーターを降りようと扉前に立ったその時。
ウィィーーーン・・・。
「・・・えっ!?」
エレベーターの扉が開いて目の前にミサトが現れ、女性職員は目をこれ以上ないくらい見開いてビックリ仰天。
「んっ!?・・・何?」
「い、いえ・・・。な、何でもありません・・・・・・。」
するとミサトから不思議そうに問いかけられ、すぐさま女性職員は我に帰ってミサトの為に道を開け、そそくさとエレベターを降りようとする
「おぉ〜〜いっ!!ちょいと待ってくれぇぇ〜〜〜っ!!!」
「くっ!!撒いたと思ったのにっ!!!」
「キャっ!?」
「あっ!?ごめんっ!!!事情はあとで説明するからっ!!!!」
だが、通路の彼方より加持の叫び声が聞こえた途端、慌ててエレベターへ駈け込み入ったミサトに押され、女性職員はエレベーターに逆戻り。
「待て、待て、待て、待てっ!!待てぇぇぇぇぇ〜〜〜〜〜〜っ!!!」
カチカチカチカチカチカチカチカチカチカチッ!!
「ほらっ!!さっさと閉まんなさいよっ!!!早くっ!!!!」
加持は閉まりゆくエレベーターの扉へ猛ダッシュを必死に駈け、ミサトはさせてなるものかと扉の『閉』のボタンを必死に超高速連射。
「ぇぇぇぇぇ〜〜〜〜〜〜・・・っと!!セぇぇ〜〜〜フっ!!!」
「ちっ・・・。」
しかし、ミサトの願い虚しく、加持は扉が閉まる間一髪のところで手を押し込んで止め、ミサトが心底嫌そうに舌打つ。
「いやぁ〜〜、走った、走った。・・・こんちまた、ご機嫌斜めだな」
「あんたさぁ〜〜・・・。いい加減、諦めたらどうなの?その情熱を私じゃない他の誰かへ向けなさいよ」
「葛城こそ、いい加減に解ってくれよ。俺が好きなのは葛城だけだって事・・・。」
左手を膝に置いて屈めた腰を年寄り臭く右手で叩き、ミサトの深い溜息混じりの言葉を戯けた口調で反論しながら、加持が姿勢を正した次の瞬間。
「に゛っ!?」
(やっぱり・・・。この人がいつか寝言で言っていた葛城さんなのね)
ミサトのおかげでエレベーターから降りるタイミングを失った女性職員と目が合い、加持は大口を開けた上に目を最大に見開いてビックリ仰天。
何故ならば、その女性職員はネルフの下士官服こそ着ているが、加持のアルバイト仲間『笛井ヒジリ』だったからである。
「・・・どうしちゃったの?あんた・・・。間抜けな顔なんかしちゃってさ?」
ウィィーーーン・・・。
一拍の間の後、ミサトが加持の驚き様に首を傾げると、停車中だったエレベーターが改めて次なる停車階の12階上を目指して上昇し始めた。
カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタッ・・・。
漆黒の参号機と白銀の四号機が拘束される実験場前の管制室に響く軽快なキータッチ音。
(何なの、これ・・・・・・。これはもう財テクやマネーゲームを通り越して、立派な投資家レベルじゃない。
幾ら資産を運用したからと言って、こうも劇的に資産が増えるはずないわ・・・。絶対に誰かが資金提供をしている裏があるはずよ。
でも、変ね。金融相場はともかく・・・。こんな銘柄株を買い占めて、どうする気かしら?しかも、わざわざ名義分散するメリットは何?
・・・まさか、乗っ取りっ!?・・・って、それこそ、あり得ないわね。メリットもないし・・・。彼がそんな事に興味を持つはずもないわ)
だが、その音を発生させているリツコの端末ディスプレイに表示されている物は、実験とは全く関係のないシンジの資産出納帳。
ちなみに、この画面はMAGI経由のネットワークを通り、シンジが先日購入したマンションの一室にある常時稼働待機中の端末と繋がっている。
ピーーーーーッ!!
「ちっ・・・。(全く、さっきからブンブンとうるさい虫ね。でも、この私に外せないプロテクトは無くってよ?シンジ君・・・・・・。)
リツコは画面内に羅列されたシンジの資産力に驚いて手を止めていたが、不意に端末から響いたビープ音に反応して再びキーボードを叩き出す。
「フッフッフッフッフッ・・・。」
カタカタカタカタカタッ・・・。
「フッフッフッフッフッ・・・。」
カタカタカタカタカタッ・・・。
「フッフッフッフッフッ・・・。」
カタカタカタカタカタッ・・・。
リツコの不気味な笑い声とキータッチ音が響き、管制室にいる誰もが顔を引きつらせ、一斉に救いを求めてリツコの隣に座るマヤへ視線を向ける。
「フッフッフッフッフッ・・・。」
カタカタカタカタカタッ・・・。
「フッフッフッフッフッ・・・。」
カタカタカタカタカタッ・・・。
「フッフッフッフッフッ・・・。」
カタカタカタカタカタッ・・・。
その注目に体をビクッと震わせ、マヤは無言で首を左右に勢い良く振って拒否を示すも、皆も首を左右に振ってマヤの拒否権を認めない。
「あ、あのぉぉ〜〜〜・・・。せ、先輩?じ、実験の準備はとっくに出来てるんですけど?」
マヤは力無くガックリと項垂れるが、皆の期待に応えるべく顔をすぐに上げ、精一杯の勇気を振り絞ってリツコへ怖ず怖ずと声をかけた。
「・・・マヤ」
「は、はいっ!!」
「見て解らない?・・・今、私はとっても忙しいの。
第一・・・。あなた、私に付いてもう2年になるでしょう。そろそろ、これくらいの実験は私なしでも出来なくってどうするの?」
「わ、解りましたっ!!た、直ちに実験を始めますっ!!!」
その甲斐あってか、リツコの指が止まるも、冷え冷えとした声をリツコに返され、マヤは恐怖に思わず立ち上がってシャッキーンッと直立不動。
しかも、リツコはディスプレイから視線すらも上げないのだから、マヤの感じる恐怖度合いは当人比で日頃の1.5倍強。
「しゅ、主電源接続っ!!チェ、チェック、2506からスタ・・・。」
「フッフッフッフッフッ・・・。逃さないわよ?シンジ君」
「・・・えっ!?」
これ以上リツコを不機嫌にしてはまずいと悟り、マヤは実験開始の指示を出そうとするが、作業再開させたリツコの独り言に驚いて言葉を止める。
「そして、見せて貰うわよっ!!あなたの全てをっ!!!」
カタカタカタカタカタッ・・・。カチッ!!
そして、興奮のボルテージを上げたリツコがキータッチ速度を神速に変え、自信満々の表情で最後にリターンキーを押した次の瞬間。
『ふっ・・・。総員、第一種戦闘位置』
「え゛っ!?」
ディスプレイ一杯にゲンドウポーズでニヤリと笑うゲンドウが映り、リツコは思わず茫然と目が点になって頭の中が真っ白け。
チュ〜〜、チュ〜〜ッ!!
ニャ〜〜、ニャ〜〜ッ!!
チュ〜〜、チュ〜〜ッ!!
ニャ〜〜、ニャ〜〜ッ!!
チュ〜〜、チュ〜〜ッ!!
ニャ〜〜、ニャ〜〜ッ!!
その隙を狙い、ディスプレイ右端よりネズミを追いかけるネコが現れ、2匹がディスプレイ左端へと駈け消えて行く。
ニャ〜〜、ニャ〜〜ッ!!
ワンワン、ワンワンッ!!
ニャ〜〜、ニャ〜〜ッ!!
ワンワン、ワンワンッ!!
ニャ〜〜、ニャ〜〜ッ!!
ワンワン、ワンワンッ!!
そうかと思ったら、今度はディスプレイ左端よりネコを追いかけるイヌが現れ、2匹がディスプレイ内を所狭しと追いかけっこし始めた。
ニャ〜〜、ニャ〜〜ッ!!
ワンワン、ワンワンッ!!
ニャ〜〜、ニャ〜〜ッ!!
ワンワン、ワンワンッ!!
ニャ〜〜、ニャ〜〜ッ!!
ワンワン、ワンワンッ!!
誰もが茫然とする中、管制室にネコとイヌの鳴き声だけが響き、いち早く我に帰ったリツコが苛つきに眉をピクピクと痙攣させて跳ねさす。
「・・・ど、何処まで人を馬鹿にしてるの。あの子は・・・・・・。」
「あ、あのぉぉ〜〜〜・・・。せ、先輩?
そ、それ、早く何とかした方が良いですよ。ぎゃ、逆ウイルス式で侵入者のシステムを次々と破壊してゆきますから・・・・・・。」
「な、何ですってっ!?」
するとマヤが怖ず怖ずとリツコへ声をかけ、リツコはマヤの忠告に驚愕して目を最大に見開き、慌ててキーボードを叩いて必死に対応を計る。
「くっ!?間に合わないっ!!!マヤ、この部屋とMAGIの直結を切り離してっ!!!!」
「りょ、了解っ!!」
しかし、システム破壊は一向に止まらず、リツコがMAGIを守る為に管制室のシステムを犠牲にする決意をしてマヤへ指示を叫んだその時。
プゥゥ〜〜〜〜ン・・・。
「・・・しゅ、主電源ストップ。で、電圧ゼロです」
何とも気の抜ける音と共に管制室の電源が全て切れ、マヤの隣に座るチエが大粒の汗をタラ〜リと流しながら状況報告の声をあげた。
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
それっきり、暗闇に包まれた管制室は誰もが口を噤んでシーンと静まり返り、痛いほどの静寂だけが広がってゆく。
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
同時に管制室の視線が全てリツコへ集い、リツコが汗をダラダラと流しながら静寂と注目に耐えかねて沈黙を打ち破る。
「・・・わ、私のせいじゃないわよ。た、多分・・・・・・。」
「でもぉ〜〜・・・。これはどう見ても・・・・・・。」
「マ、マヤっ!!あ、あなた、このプロテクトを知っている様だけど、これって有名なのかしらっ!!?」
リツコの苦し気な否定に、マヤが客観論を述べようとするも、リツコが大声でマヤの言葉を遮り、苦し紛れに話題転換を計って尋ねた。
「実はですね。それ・・・。私がシンジ君に頼まれて作ったプロテクトなんですよ♪」
「な゛っ!?」
応えてマヤは照れくさそうに舌をペロッと出して頭を掻き、リツコは現状の原因が全てマヤにあったと知って驚きのあまり言葉を失う。
「えへへ♪シンジ君に良く出来てるって誉められたんですけど・・・。先輩はどう思います♪♪」
「・・・そ、そうね。こ、この私を出し抜くなんて、なかなかの物だと思うわ」
そんなリツコの様子に気づかず、マヤはご機嫌に自作プロテクトの感想を尋ね、リツコは顔を目一杯に引きつらせながらマヤを褒め称えた。
「そりゃ、もうっ♪先輩の直伝ですから♪♪」
ゴチッ!!
たちまちマヤは花咲く様にニッコリと微笑み、あくまでリツコを立てて謙遜するが、リツコから返ってきたのは手痛い拳骨。
「い、痛ぁぁ〜〜・・・。な、何するんですか?せ、先ぱぁぁぁ〜〜〜〜い・・・・・・。」
「チエ、発令所へ急ぐわよっ!!MAGI本体の方が心配だわっ!!!」
「は、はいっ!!」
マヤは両手で頭を押さえながら涙目で非難するも、リツコは全く聞く耳を持たず、チエを伴って管制室を出て行く。
「あ、ああっ!?ま、待って下さいよっ!!?せ、先輩っ!!!?」
「あなたはここで反省してなさいっ!!全く、余計な仕事を増やしてっ!!!・・・ほら、あなた達っ!!!!早く開けなさいよっ!!!!!」
「「「「「「りょ、了解っ!!」」」」」」
慌ててマヤが後を追うが、リツコは許さず、扉前に立っても電源が切れて開かない自動ドアを男性職員達へ人力で開けろと不機嫌そうに命令した。
「・・・あら?」
突然、エレベーターの上昇が止まると共に照明が落ちて赤い非常灯が点り、ミサトが不思議そうにエレベーター階表示を見上げる。
「停電か?」
「まっさかぁ〜〜、あり得ないわ」
加持もまたミサト同様にエレベーター階表示を見上げ、この非常時に冗談すら交わし合う2人の表情に危機感はまるで感じられない。
「リっちゃんがまた実験でミスったのかもな」
「案外、そうかもよ。でも、まあ・・・。すぐに予備電源へ切り替わるわよ」
だが、笛井だけは2人と違って顔を下へ向け、腕時計の現在時刻に心の中で舌打ち、皺を眉間に刻んで表情を険しくさせていた。
「ダメですっ!!予備回線、繋がりませんっ!!!」
不夜城・発令所の電源も切れて赤い非常灯が点り、電子音の止まった静寂が満ちる発令所に青葉の報告が木霊する。
「馬鹿なっ!?・・・生き残っている回線はっ!!?」
「全部で1.2%ぉ〜〜っ!!2567番から旧回線だけでぇぇ〜〜〜すっ!!!」
すぐさま冬月は司令席フロアの手すりから身を乗り出して下へ叫び、応じた発令所最下層フロアの女性職員が掌をメガホンにして報告を返す。
「くっ・・・。生き残っている電源は全てMAGIとセントラルドグマの維持に回せっ!!」
「しかし、それでは全館の生命維持と移動に支障が生じますが・・・。」
「構わんっ!!最優先だっ!!!」
苦し気に即決した冬月の命令を受け、青葉がネルフ本部内の空調設備や移動手段、地上との交通手段などを次々と切断してゆく。
プゥゥ〜〜〜〜ン・・・。ガッタンッ!!
終点のネルフ本部が間近に迫り、レイとアスカが下りる準備をそろそろ始めようかと思っていたところ、リニアトレインが唐突に立ち止まった。
ガコッ!!
「ぶべらっ!?・・・むほぉぉ〜〜〜っ!!!むほぉぉ〜〜〜っ!!!!むほぉぉ〜〜〜っ!!!!!むほぉぉ〜〜〜っ!!!!!!」
おかげで、居眠り中だったトウジは慣性の法則に従い、横倒しに倒れて側頭部を床へ強かにぶつけ、あまりの激痛に頭を抱えてのたうち回る。
「馬鹿丸だし・・・。」
「・・・あんた、馬鹿?」
停車の瞬間、咄嗟にお互いを密着させて揺れに耐えたレイとアスカは、その間抜けな様を対面座席から眺めて冷たいお言葉。
「何やねんっ!!その態度はっ!!?お前等には仲間を労り合うっちゅう精神がちっとはないんかっ!!!?」
「・・・でも、変。アナウンスもない」
「確かにそうね。あたし、前へ行って車掌に聞いてみるから・・・。念の為、あんたは本部と連絡を取ってみて」
「解った」
その態度への憤りが激痛に勝り、トウジが勢い良く立ち上がって怒鳴るも、レイとアスカはトウジを完全に無視して作戦会議を開く。
「おらっ!!聞いとんのかっ!!!われっ!!!!」
「それじゃあ、お願いね・・・。ほらっ!!あんた、邪魔よっ!!!」
「のわっ!?」
ますます憤ったトウジは2人の目の前に立って尚も怒鳴るが、立ち上がったアスカに胸を突き飛ばされ、先ほどまで座っていた座席へ逆戻り。
「・・・こらぁぁ〜〜〜っ!!惣流ぅぅぅ〜〜〜〜っ!!!何すんじゃぁぁぁぁ〜〜〜〜〜いっ!!!!」
「鈴原君、黙ってっ!!電話の邪魔っ!!!」
「は、はい・・・。す、すんません・・・・・・。」
すぐさまトウジは勢い良く跳ね立ち上がるも、反対にレイから怒鳴り返され、初めて見るレイの怒り様に萎縮して席へスゴスゴと座り直した。
プップゥゥーーーッ!!
『間もなく、強羅行き発車しまぁ〜〜す』
『まぁ〜るい緑は箱根線、真ん中通るは中央線♪第三西口駅の前ぇぇ〜〜〜♪♪』
車のクラクションやバスの発車アナウンス、大型電気店の店頭音楽など様々な音で溢れる第三新東京市駅前ターミナル。
「係長、もう歩き疲れたっスよぉ〜〜・・・。茶店にでも入って休みましょうよぉぉ〜〜〜・・・・・・。」
「何、だらけた事を言ってんだ。ほら、キリキリと歩け」
「そうは言っても、朝から歩き回ってるのに契約が1つも取れないじゃないですか・・・。」
「だから、こうして頑張ってるんだろ。・・・第一、このまま帰ってみろ。それこそ、課長に何を言われるか解ったもんじゃないぞ」
シンジは待ち合わせのスポット『羽ばたく天使』のブロンズ像前の縁に腰掛けると、担いでいたケースの中から取り出したチェロを調律し始めた。
「しっかし、暇よねぇぇ〜〜〜・・・。」
「・・・あのね。人を一緒にサボらせて、それはないでしょ?」
「だってさぁ〜〜・・・。暇があっても、お金がなければ意味ないじゃん」
「じゃあさ、あたしん家でも来る?今晩、親も居ないしさ」
それ等の音は全て周囲の雑音にかき消されて良く聞こえぬも、満足気に頷いたシンジが改めてチェロを構えて弦に弓をあてがったその時。
キキキキキィィィィィーーーーーーッ!!
「馬鹿野郎っ!!急に止まるんじゃねえよっ!!!」
「うるせいっ!!いきなり信号が消えたんだよっ!!!」
「何、言ってんだっ!!!お前っ!!!そんなはずが・・・って、あん?」
「・・・なっ!?」
突如、シンジの演奏を祝福するかの様に周囲の雑音が一斉に消え、同時に道路上の信号機に至るまで駅前全てのライトが消える。
「なんだ?どうしたんだ?」
「・・・停電か?」
「停電?・・・この街でか?」
「でも、現に信号すら止まっているんだぞ?」
「・・・だな」
そして、何事が起こったのかと人々がざわめく中、シンジは静かに目を瞑って優雅に弓を振るい始めた。
「一体、どうなっているんだっ!?私は4時からある大事な会議の為に第二へ行かないとダメなんだぞっ!!!」
「で、ですから・・・。た、只今、原因を調べているところでして・・・。お、おい、どうだっ!?か、管制塔からの返事はっ!!?」
「ダメですっ!!電話も全く繋がりませんっ!!!」
第三新東京市駅構内、旅路を急ぐ者達が一斉に各駅員事務所へ詰めかけ、駅全体が半ばパニック状態に陥っていた。
ガチャッ・・・。
「・・・変だな。有線はともかく、携帯すら使えないとは只事じゃないぞ。これは・・・・・・。」
駿河は使えない公衆電話の受話器を下ろした後、改めて携帯電話の交信を試みるが何処とも繋がらず、表情を険しくさせて懐へ携帯電話をしまう。
「一尉、非常回線もダメです。繋がりません」
「そうか・・・。なら、やはり下で何かあったと考えるべきだな」
「・・・どうします?」
「当然、下を目指すべきだ。こういう時はエヴァよりも俺達の手が必要だろう」
そこに駅構内の非常回線調査へ向かわせていた部下が戻り、駿河は部下の報告に顎をさすって考え込み、本部への自力帰還を決意して頷く。
「・・・と言う事で、君には少々きついかも知れんが、俺達の後に着いて・・・。んっ!?どうした?」
そして、駿河は現在の任務である護衛対象の少女へ視線を向けるが、その少女の顔が自分とは反対方向へ向けている事に気づいて言葉を止める。
カチャッ・・・。カチャカチャッ・・・・・・。
「これ、持っていていただけませんか?」
すると少女はその場へしゃがみ込み、唯一の手荷物であるケースからバイオリンを取り出すと、再び立ち上がって駿河へケースだけを手渡した。
少女の名前は『渚カヲル』、同色ながらレイとは違った魅惑的な紅い瞳と雪の様に白い肌を持ち、美しい銀髪ショートヘアーを光輝かす美少女。
しかも、涼しげなノースリーブの白いワンピースに包まれた肢体は、レイより細く括れたウエスト、アスカより豊満なバストと超絶なスタイル。
その姿は正に美の女神の寵愛を一身に受けたと言え、あとは女性としての成熟さが加われば、男を狂わす危うい傾国の美女にも育ちかねないほど。
ちなみに、今朝ほど冬月とリツコが話していたフィフスチルドレンとはカヲルの事であり、カヲル達はつい先ほど第三新東京市駅へ着いたところ。
「ああ・・・。それは別に構わないが、何をする気だ?」
「では、お願いします」
「・・・って、おいっ!?何処へ行くっ!!?」
そうかと思ったら、カヲルは先ほどまで顔を向けていた方向へ歩き始め、慌てて駿河がカヲルの肩を掴んで止める。
「フフ、聞こえませんか?・・・あの音が僕を待っているんですよ」
「・・・あの音?」
♪〜♪♪〜〜♪〜〜♪♪♪〜〜♪♪〜〜♪♪〜〜♪・・・。
カヲルは駿河の問いに極上の微笑みを振り向かせ、駿河がその意味不明な応えに耳を傾けると、何処からともなく聞こえてくる弦楽器の調べ。
「ねっ!?聞こえるでしょ?」
「・・・んっ!?おっ!!?ちょ、ちょっと待てっ!!!?」
「いいえ、待てません。あの音が僕を待っているんですから・・・。」
その隙に歩を進めて駿河の静止を振り切り、カヲルはバイオリンを構え、かすかに聞こえてくる弦楽器の調べに合わせて弓を優雅に振るい始めた。
♪〜〜♪♪〜♪〜〜〜♪♪〜〜♪〜♪♪〜〜♪〜〜・・・。
(おいおい、勘弁してくれよ・・・。この停電がお前を狙った物だったりしたら、どうすんだよ。全く・・・・・・。)
只でさえ目立つカヲルの容姿に加え、その音色に周囲の視線がカヲルへ何事かと一斉に集まり、駿河が天を仰いで完全に失われた隠密性を嘆く。
♪〜〜♪♪♪〜♪〜〜・・・。
♪〜〜♪〜♪♪〜〜♪・・・。
♪〜♪♪〜〜〜♪♪〜・・・。
♪♪〜♪〜〜♪〜♪〜・・・。
♪♪♪〜〜♪〜♪〜〜・・・。
♪〜♪〜♪♪♪〜〜〜・・・。
カヲルの旋律に道行く全ての者達が歩を止め、まるで時が止まったかの様に半ばパニック状態で騒がしかった駅構内のざわめきがピタリと止む。
♪〜♪〜♪〜♪♪〜〜・・・。
♪〜〜♪♪♪♪〜〜〜・・・。
♪♪〜〜♪〜♪♪〜〜・・・。
♪〜〜〜♪♪〜♪♪〜・・・。
♪〜〜〜〜♪♪♪〜♪・・・。
♪♪♪♪〜〜♪〜〜〜・・・。
それに伴い、カヲルの旋律に加えて新たな旋律が重なり現れ、誰もが新たな旋律の主を求めて発生源へと視線を一斉に向ける。
♪〜♪〜〜♪♪♪〜〜・・・。
♪♪〜〜♪〜♪〜♪〜・・・。
♪〜♪♪♪〜〜〜♪〜・・・。
♪〜♪〜♪♪♪〜〜〜・・・。
♪♪〜♪〜♪〜♪〜〜・・・。
♪〜♪♪〜〜♪♪〜〜・・・。
奇しくも時同じくして、その発生源の周囲に集っていた人垣も不意に後方より現れた旋律に振り返り、カヲルへと視線を向けた。
♪♪〜♪♪〜♪〜〜〜・・・。
♪〜♪〜〜♪♪♪〜〜・・・。
♪♪〜♪〜♪〜〜〜♪・・・。
♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜・・・。
♪♪♪〜〜♪〜♪〜〜・・・。
♪〜〜〜♪♪♪〜♪〜・・・。
そんな中、カヲルは幾多の視線にも怯む事なく己を誘う旋律へ歩を進め、カヲルの行く手の人々が自然とカヲルに道を譲って左右に分かれてゆく。
♪〜〜♪♪♪〜♪〜〜・・・。
♪〜♪♪〜♪〜〜〜♪・・・。
♪♪〜♪〜♪♪〜〜〜・・・。
♪〜♪〜♪〜♪♪〜〜・・・。
♪♪♪〜〜〜〜♪♪〜・・・。
♪〜〜〜♪♪♪♪〜〜・・・。
遂にはカヲルの前方に花道が出来上がり、十数メートルの距離を間に挟み、もう1つの旋律の主であるシンジとカヲルが見合って微笑み合う。
(ま、また、お前か・・・。い、碇シンジぃぃ〜〜〜っ!!)
その微笑みに老若男女揃って思わず溜息を漏らすが、柱の影に隠れる駿河だけは、この騒ぎの元凶がシンジと知って憤りに鼻息を荒くさせていた。
「幾ら何でも変だわ。7分経っても復旧しないなんて・・・。」
ミサトが何度もエレベーターの緊急ボタンを押してみるが、やはりエレベーターはウンともスンとも反応を見せない。
「ここの電源は?」
「正、副、予備の3系統。それが同時に落ちるなんてあり得ないはずよ」
加持は険しい顔つきで腕を組んで考え込み、ミサトの説明を聞きながら目線だけを笛井へ向けて問う。
「と、なると・・・。」
応えて笛井は加持から目線を逸らし、無言で顎先をわずかに頷かせた。
「やはり・・・。ブレーカーは落ちたと言うより、落とされたと考えるべきだな」
遅ればせながら発令所に現れて一通りの報告を聞き終え、司令席にゲンドウポーズをとりながら冷静に分析するゲンドウ。
「・・・だな。だが、原因はどうあれ。こんな時に使徒が現れたら大変だぞ」
照明代わりのロウソクを司令フロアの手摺りに列べる冬月は、その分析に頷いて緊張感なく割とのんきにボヤいた。
<戦自厚木方面基地・総括総隊司令部総合警戒管制室>
『索敵レーダーに正体不明の反応ありっ!!予想上陸地点は旧熱海方面っ!!!』
中央巨大モニターの観測レーダーに赤い丸と赤い丸から延びる紡錘形が点滅表示され、緊張に満ちたオペレーターの声が管制室に飛び交う。
「・・・恐らく、8番目の奴ですね」
「ああ、使徒だろう」
だが、司令席右脇に立つ陸幕長と司令席に座る陸将の表情には緊張感も、やる気も微塵に感じられない。
余談だが、陸将は現れた使徒を8番目と言っているが、ご存じの通り本来は9番目であり、これはネルフの情報操作による認識違いの為である。
「・・・どうします?」
「取りあえず、警報シフトにだけはしておけ・・・。決まりだからな」
司令席左脇に立つ参謀長もまた緊張感なく気の抜けた声で指示を仰ぎ、陸将が頬杖を付いて適当に指示を出す。
「どうせ、奴の目的地はまた第三新東京市ですよ」
「そうだな・・・。まっ、俺達がする事は何もないさ」
陸幕長は肩を竦めて陸将のやる気のない指示を後押し、陸将は頷いて深い溜息をついた。
ザパァァーーー・・・。
ザパァァーーー・・・。
ザパァァーーー・・・。
ザパァァーーー・・・。
ザパァァーーー・・・。
ザパァァーーー・・・。
細長い2関節の4本足で波を掻き分け、駿河湾沼津沖をゆっくりと上陸してゆく巨大な生命体。
その正体は本体部の半球形に不気味な目玉模様を幾つも描き、何処か蜘蛛の姿を連想させる第9使徒『マトリエル』である。
ザパァァーーー・・・。
ザパァァーーー・・・。
ザパァァーーー・・・。
ザパァァーーー・・・。
ザパァァーーー・・・。
ザパァァーーー・・・。
『使徒、上陸後も依然侵攻中っ!!』
「それで・・・。」
カチッ、カチカチッ・・・。
「・・・第三新東京市は?」
切羽詰まったアナウンスを何処か別世界の様に聞きながら、陸将はのんびりと煙草にライターで火を着け、1口目の煙を吐き出しつつ尋ねる。
『ダメですっ!!何度試しても、全く応答しませんっ!!!』
ドンッ!!
「一体、ネルフの連中は何をやっているんだっ!!」
だが、自分達の無力的立場も不満なら、アナウンス報告も不満だらけの物しか返らず、陸幕長は苛立ちを隠せず司令席を右拳で思いっきり叩いた。
ガチャッ!!
「ダメですっ!!77号線も繋がりませんっ!!!」
受話器を電話へ叩き付け、青葉が勢い良く振り返り司令席を見上げて絶望的状況を叫ぶ。
ちなみに、青葉の言葉にある77号線とは、司令席の日本政府と人類補完委員会へのホットラインに次いで最優先される国連への回線の事である。
つまり、これが繋がらないと言う事は、電波、有線、非常回線のあらゆる外部通信手段が途絶え、ネルフ本部が完全な盲目になったのと同義。
「やれやれ、これはさすがに困ったな。そっちはどうだ?」
カチャ・・・。
「・・・ダメだな」
冬月が青葉の報告に溜息をつきながら隣へ視線を向けると、ゲンドウがホットラインである赤い受話器を引出の中の電話へ置いて引出を閉めた。
「全くっ!!あの車掌、話になんないわっ!!!・・・あんたの方はどう?レイ・・・って、んっ!!!?」
アスカが車掌とのすったもんだの押し問答から不機嫌そうに帰ってくると、レイが何やら熱心にポストカードサイズの紙を読んでいた。
「あっ!?」
カチャカチャッ・・・。
「・・・あれ?・・・あれ?・・・確か、ここに入れたはずなのに?」
その紙面を怪訝そうにレイの脇から覗き見るや否や、アスカは目をハッと見開き、慌てて自分の学校鞄を漁って同様の紙を必死に探す。
「何しとんねん?」
「あんた、馬鹿っ!!緊急時のマニュアルよっ!!!」
暇そうにマンガを読んでいたトウジは、何事かとアスカの鞄の中を覗き込み、アスカがチルドレンとしての自覚が足りないトウジに憤って怒鳴る。
「な、何やねん・・・。そ、そない怒らんでもええやないか・・・・・・。」
「・・・ったくっ!!どうして、こんな奴がチルドレンなのっ!!!マル何とか機関の審査基準を疑うわっ!!!!」
トウジはその猛烈さに怯んで体を仰け反らせるが、アスカはトウジを追いかけて前傾姿勢になった上、トウジをビシッと指さして怒鳴りまくり。
「とにかく、本部へ行きましょう」
そんな騒動などお構いなく緊急時マニュアルを読み終え、レイが立ち上がって宣言する。
「そうね・・・。それじゃあ、行動開始の前にグループのリーダーを決めましょう♪」
その宣言にトウジから上体を戻すと、アスカはトウジへ指していた人差し指を立て、何やら嬉しそうに提案するも束の間。
「・・・で、当然、あたしがリーダーっ!!意義ないわねっ!!!」
「「・・・・・・。」」
提案しておきながら考える間も与えず、アスカは続けざまに自らリーダーを名乗りあげ、レイとトウジは唖然となって思わず沈黙。
「・・・と言う事で決まりっ!!さあ、行きましょうっ!!!」
「せやけど、どないして行くんや?」
「そ、それは・・・・・・。う、うるさいわねっ!!そ、それを考えるのが部下の役目でしょっ!!!」
その沈黙を可決と受け取り、アスカは得意気にエッヘンッと胸を反らすが、トウジの素朴な質問にたちまち言葉詰まって怒鳴り返す。
何故ならば、現在地よりネルフ本部までの距離が約400メートルしかないとは言え、ここはモノレール線にぶら下がったリニアトレインの中。
つまり、電源が回復しない事には進む事も退く事も出来ず、リニアトレインから降りるにしても下までの高さは軽く100メートルはある状態。
「誰が部下やっ!!誰がっ!!!お前なんぞの部下になるくらいなら、猿山のサルに尻尾をふった方がマシじゃっ!!!!」
「あんた、馬鹿っ!!あたしがリーダーなんだから、あんたはあたしの部下に決まってるでしょっ!!!」
「そもそも、それやっ!!誰がお前をリーダーなんて決めたっちゅうねんっ!!!お前がリーダーなら、わしは大将じゃっ!!!!」
「馬っ鹿じゃないのっ!!張り合って、どうすんのよっ!!!大体、あんたの何処が大将だって言うのっ!!!!このザコ顔がっ!!!!!」
さすがのトウジもアスカの理不尽な言い様に怒髪天となって怒鳴り、売り言葉に買い言葉でアスカも怒髪天となって怒鳴り合う。
「(どっちも馬鹿・・・。)車掌に聞いてくるわ」
その下らない言い争いに深い溜息をつくと、レイは我関与せずと決め込んで車掌がいる先頭車両へ向かう。
「なんやとぉぉ〜〜〜っ!!」
「なによぉぉ〜〜〜っ!!」
ドンッ!!
「何すんじゃいっ!!」
アスカは怒りに右手でトウジの胸を突き飛ばし、後方へ蹌踉めいたトウジが体勢を整え、怒りに我を忘れて同様にアスカの胸を突き飛ばす。
ムニュ・・・。
「キャっ!?」
「あやっ!?・・・・・・ちゃ、ちゃうんやっ!!?わ、わざとやないんやでっ!!!?こ、これは不可抗力やっ!!!!?」
その結果、トウジの掌から脳へ電流がスパークしてアスカの胸の感触を伝え、トウジがその素敵な柔らかさに怒りから慌てて我に返った次の瞬間。
「な、何すんのよっ!!こ、このスケベっ!!!」
ボグッ!!
「ぶべらぁぁ〜〜〜っ!?」
後方へ蹌踉めいたアスカが体勢を整えるなり、猛襲右フックをトウジの左頬へ喰らわせ、トウジは見事なくらい吹き飛んで床へ轟沈した。
♪〜〜♪♪〜♪〜〜〜♪♪〜〜♪〜♪♪〜〜♪〜〜・・・。
約10分間にも及ぶ、シンジとカヲルの演奏が終演を告げ、2つの音色が余韻を残してゆっくりと消えてゆき、辺りがシーンと静寂で満ちてゆく。
パチッ・・・。パチパチパチッ・・・。
パチパチッ・・・。パチパチパチパチパチッ!!パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチッ!!
しばらくして、誰かが控えめながらの拍手をしたのをきっかけに彼方此方で拍手が起こり、終いには聴衆全体へと伝染して辺りが拍手で溢れ返る。
パチパチパチパチパチッ!!
パチパチパチパチパチッ!!
パチパチパチパチパチッ!!
パチパチパチパチパチッ!!
パチパチパチパチパチッ!!
パチパチパチパチパチッ!!
シンジはその拍手に応えて立ち上がり、カヲルが申し合わせたかの様にシンジと背中合わせに立つ。
パチパチパチパチパチッ!!
パチパチパチパチパチッ!!
パチパチパチパチパチッ!!
パチパチパチパチパチッ!!
パチパチパチパチパチッ!!
パチパチパチパチパチッ!!
そして、シンジが胸に右掌を置いて恭しく一礼すると共に、カヲルも左手でワンピースの裾を軽く持ちながら右足を後ろへ退いて恭しく一礼。
パチパチパチパチパチッ!!
パチパチパチパチパチッ!!
パチパチパチパチパチッ!!
パチパチパチパチパチッ!!
パチパチパチパチパチッ!!
パチパチパチパチパチッ!!
すると聴衆から尚一層の拍手が起こり、これまた誰かがシンジのチェロケースへお金を投げ入れたのをきかっけに皆が次々とお金を入れてゆく。
パチパチパチパチパチッ!!
パチパチパチパチパチッ!!
パチパチパチパチパチッ!!
パチパチパチパチパチッ!!
パチパチパチパチパチッ!!
パチパチパチパチパチッ!!
その殆どは硬貨ばかりだが、人数が人数だけにその額は万単位を軽く越え、最終的にはミサトの給料半月分がたった10分の演奏で集まった。
ガチャッ!!
「第二の連中めっ!!こんな時だけ現場に責任を押しつけよってっ!!!」
赤い受話器を電話へ叩き付けて切り、苛立ちと不満をあらわに声を張り上げる陸将。
「・・・政府は何と?」
「ふんっ!!あいつ等か?・・・逃げ支度だそうだっ!!!」
参謀長は応えが解っていながらも己の立場的に問い、陸将は吸い殻が山盛りとなった灰皿に煙草をこれでもかともみ消して吐き捨てた。
『目標は依然侵攻中っ!!間もなく、第1次防衛ラインへ入りますっ!!!』
「とにかく、ネルフと連絡を取るんだ」
モニターでは使徒を表す赤い丸が戦自戦力を表す水色の長方形へいよいよ迫り、陸将が新たな煙草をくわえ様と煙草ケースを探る。
「・・・しかし、どうやって?」
「直接行くんだよ」
クシャッ!!
だが、煙草ケースは既に空で1本も入っておらず、参謀長の疑問に応えながら、陸将が苛立ちに煙草ケースを握り潰したその時。
「ええっ!?そ、それは本当ですかっ!!?・・・し、しかし、あれはまだ早いのでは?
い、いえ、そうではありませんが・・・。りょ、了解です。た、直ちに作戦を開始します。は、はい、では・・・・・・。」
「・・・どうした?」
隣で電話をしていた陸幕長が驚愕声をあげ、陸将が何事かと電話へ何度もお辞儀をする陸幕長へ視線を向けて尋ねる。
「と、統幕本部よりトライデント計画を発動しろとの事です・・・。」
「っ!?」
ガタッ!!
そして、受話器をゆっくりと下ろした陸幕長が、驚愕顔のまま振り向いて事情を説明した途端、陸将は驚愕に声もなく席を勢い良く立ち上がった。
「・・・そ、それは本当なんですか?い、一佐」
「あ、ああ、間違いない。じゅ、10分後には正式な書類も届くそうだ」
一拍の間の後、参謀長が動揺を隠しきれず怖ず怖ずと確認を尋ね、陸幕長が躊躇いがちに深く頷き、2人も陸将同様に言葉が続かず声を失う。
「ならば、こうしちゃおれんっ!!総力戦だっ!!!本基地と入間の全航空兵力を上げろっ!!!!N2搭載爆撃機も忘れるなっ!!!!!
第一、第二次防衛ラインの車両隊は第四次防衛ラインまで後退っ!!第三次防衛ラインの車両隊は前進して目標を足止めしろっ!!!
富士山麓トライデント基地に打電っ!!作戦地点は第4次防衛ライン上、作戦開始は1500を予定っ!!!・・・以上、急げよっ!!!!」
しかし、陸将は己の責務を果たすべく無理矢理に言葉を取り戻すと、眼下に居並ぶオペレーター達へ矢継ぎ早に指示を轟かせた。
「こんなに演奏が楽しかったのは初めてだよ。君はバッハが好きなのかい?僕はベートベンが・・・。
・・・あっ!?いけない、いけない。僕とした事が楽しさのあまり、すっかり自己紹介を忘れていたよ。僕の名前は・・・・・・。」
聴衆は三々五々去って行くが、未だ興奮冷めやらぬと言った感じで片跪いてチェロをケースへ収納しているシンジへ話しかけるカヲル。
「音楽は良いねぇ〜〜・・・。」
「っ!?」
「音楽は心を潤してくれる。リリンが生み出した文化の極みだよ。・・・そう感じないかい?渚カヲルさん」
だが、シンジはチェロの収納作業をしながらカヲルの言葉を遮り、意味不明な言葉と共に初対面のはずのカヲルの名前をズバリと言い当てた。
「・・・こ、この声はっ!?」
「いつか言っただろ?僕等は時が満ちる約束の日にまた出逢うと・・・。そして、今日がその日なのさ」
「そう、そうだったんだね。この日をどんなに待ち望んだ事か・・・。なら、今日こそは約束通り、君の名前を教えてくれるんだろ?」
その聞き覚えのある忘れもしない声色に驚いて目を見開いた後、カヲルが嬉しそうにニッコリと微笑んでシンジへ自己紹介を求める。
「僕はシンジ。碇シンジ・・・。君と同じ仕組まれた子供、サードチルドレンさ」
「サ、サードチルドレンっ!?き、君があの・・・。い、碇君っ!!?」
応えてシンジがチェロから顔を上げて微笑むが、カヲルはようやく知り得た想い人の名前に己の運命を呪って愕然と目を最大に見開いた。
何故ならば、カヲルが来日した目的はチルドレンとしての任務もあるが、その真の目的はシンジとゲンドウの実態調査だからである。
しかも、単なる調査だけに止まらず、上からの指示が出た場合はシンジとゲンドウを殺害しなくてはならないと言う過酷な物。
この密命は人類補完委員会より発せられた物であり、人類補完委員会はこれまで幾度となく初号機が見せた次元違いの力に危機を抱き始めていた。
無論、人類補完委員会はカヲル以前に何度となく2人の調査を行ったのだが、取り分けシンジに関して解った事は無類の女好きと言う事だけ。
もっとも、シンジの実態は身内のネルフですら掴めないのだから、外部から調べたところでシンジの尻尾すら掴めるはずもない。
その結果、人類補完委員会は度重なる調査失敗に業を煮やし、唯一解ったシンジの女好きに目を付け、カヲルを送り込んできたと言う訳である。
「シンジで良いよ。渚さん」
そんなカヲルの心情を知ってか知らずか、シンジはその驚き様など気にした素振りも見せず、微笑みを極上の微笑みへと変えて右手を差し出した。
「・・・あっ!?ぼ、僕もカヲルで良いよ」
カヲルは胸がキュンキュンと激しく高鳴るのを感じつつ我に帰り、顔を紅く染めながら差し出されたシンジの右手に応えて握手を返す。
「それじゃあ、カヲルさん。この通り、たくさんお金もあるし・・・。どうだい?これから、第三新東京市見物へ行くと言うのは?」
「それは名案だね♪是非、エスコートしてくれるかな♪♪」
それどころか、今さっきまでの苦悩などすっかり忘れ、シンジの提案を嬉しそうに頷き、カヲルは腕をシンジの腕に絡めてニコニコと満面の笑顔。
ちなみに、先ほど聴衆から頂いたお金はチェロを収納するのに邪魔な為、たまたまシンジのポケットに入っていたコンビニ袋へ入れ替え済み。
「フフ・・・。当然だろ?レディーをエスコートするのは紳士の役目だからね。
・・・と言う事で、伊達眼鏡と似合わない七三分けでサラリーマン風を装い、何食わぬ顔で新聞を読んでいる売店前の駿河さんっ!!」
シンジはカヲルへ微笑み返すと、カヲルとは反対方向へ顔を向け、邪悪そうに口元をニヤリと歪めつつクスクスと笑って駿河を大声で呼んだ。
「あのなぁぁ〜〜〜・・・。何度も言う様だが、街中で俺の名前をそうやって呼ぶなよ。お前のせいで、こっちは商売上がったりだ」
たちまち周囲の視線が売店前に集い、顔を引きつらせた駿河は新聞を下ろして脇に挟み、嘆きの深い溜息をつきながらシンジの元へ歩み寄る。
「まあまあ、良いじゃないですか。・・・そんな事より、彼女をお借りしますよ?駿河さん達は下へ急がないといけないでしょ?」
「んっ!?まあ、そうだな・・・・・・。良し、頼む。お前となら、まず安全だろう」
「では、商談成立ですね」
「それでも、念の為に2、3人ほど置いていくか?」
しかし、シンジから思ってもみなかった嬉しい提案がなされ、駿河は表情を真剣な物へと変えて考え込み、頷いて一抹の不安に提案し返す。
「まさか、ご冗談を・・・。恋人達のデートをつけ回すなんて、野暮って物ですよ?」
「ああ、はいはい。解った、解った。・・・だったら、それはデートに邪魔だろ?葛城三佐にでも預けておくから、俺達が持っていってやるよ」
シンジは駿河の心遣いを鼻で一笑して断り、駿河は聞くんじゃなかったと後悔しながらも、優しい気づかいを見せて2人から楽器を貰い受ける。
「やあ、それは助かります。あと迷惑ついでに、このお金も両替して欲しいんですけど?」
「絶対、そう言うと思った。しかし、良くもまあ・・・。これだけ稼いだな。これ、全部で幾らなんだ?」
ならばとシンジはコンビニ袋も一緒に渡し、駿河はそのズシリとした重さに驚いてコンビニ袋を開き、中に詰まった硬貨の山に感嘆の溜息をつく。
「いえ、7、8万ほどで良いですよ。あとはチップとして皆さんに差し上げます」
「チップぅ〜〜?・・・口止め料の間違いじゃないのか?」
硬貨の山を目算して半分ほどの両替を頼み、シンジは残り半分を駿河へ微笑んで進呈するが、駿河はシンジの言葉を茶化して白い目を向ける。
「やれやれ、いつになく厳しいお言葉・・・。悲しいな。僕と駿河さんの仲じゃないですか」
「はいはい、3、4、5、6、7・・・。ほら、10万っ!!口止め料は負けといてやるっ!!!」
シンジは駿河の嫌みにわざとらしく肩を竦め、駿河は軽く避けられた敗北感に財布から抜き取ったお札をシンジの眼前へ勢い良く突き出す。
「それはどうも・・・って、んっ!?何だい?」
「・・・シンジ君、口止め料って?」
お札を受け取り、シンジは勝利宣言にニヤリと笑うも、カヲルがシンジの腕をクイクイッと引っ張り、2人の会話にある素朴な疑問を尋ねた途端。
「えっ!?い、いや・・・。そ、それは・・・。そ、その・・・・・・。な、何だろうねっ!!!カ、カヲルさんっ!!!!」
「・・・んっ!?」
たちまちシンジは笑顔を凍らせて言葉に詰まり、カヲルは豹変したシンジの態度にキョトンと不思議顔。
「くっくっくっ・・・。フィフス、実に良い質問だ。良いか?口止め料ってのはな・・・・・・。」
その初めて見るシンジの慌てふためき様にニヤリと笑い、駿河が形勢逆転を確信してカヲルへ疑問の答えを教え説こうとした次の瞬間。
「さ、さあ、カヲルさんっ!!だ、第三新東京市見物にレッツ・ゴーだっ!!!」
「キャっ!?・・・ど、どうしたんだい?そ、そんなに慌てて・・・・・・。」
「な、何、言ってるのさっ!!ぼ、僕はちっとも慌ててなんかいやしないよっ!!!」
「そ、そうかい?な、なら、良いんだけど・・・・・・。」
シンジがカヲルと腕を組んだまま猛ダッシュを駈け、その場から一目散に驚くカヲルを強引に引っ張って逃げて行く。
「・・・なんだか、凄く珍しい物を見ちゃいましたね」
「確かに・・・。あれほど慌てるサードなんて、お目にかかった事がないからな。くっくっくっくっくっ・・・・・・。」
2人の姿は瞬く間に小さくなって人混みの中に消え、目を丸くさせた保安部員が同意を求めて駿河へ歩み寄り、駿河は笑いを堪えながら頷いた。
感想はこちらAnneまで、、、。
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