Truth Genesis
EVANGELION

Lesson:10

intimate friend’s





「はぁぁ〜〜〜あ・・・。」
ネルフのとある自動販売機コーナー、ベンチに座って天井をぼんやりと見つめ、紙コップのコーヒーを一口含んだ後に深い溜息を漏らすシンジ。
ちなみに、何故シンジがここに居るかと言えば、未だ初号機が修復中の為、作戦参加とならずネルフ本部待機任務となったからである。
「シンジ君も災難ね。せっかくの修学旅行だったのに」
「仕方ないですよ。僕も何だかんだで国際公務員ですし・・・。これも給料の内ってね」
「でも、シンジ君もやっぱり温泉へ行きたかったんじゃないの?」
「まあね。でも、それ以上に作戦時の危険手当を貰えない方が痛いかな?・・・結構、沖縄で散財しちゃっいましたから」
その溜息にシンジの左隣に座るショートカットの女性が笑みを漏らし、シンジが天井から視線を女性へ下ろし向け、肩を竦めて苦笑で笑い返した。
女性の名前は『雪風チエ』、ネルフ本部技術部一課に所属しており、マヤがリツコの右腕ならチエは左腕と言った存在で階級は二尉。
また、マヤとは高校時代からの親友であり、マヤほどでは無いにしろ童顔で見た目は高校生にも見えなくもない可愛いと言った感じの女性。
「そう、それなんだけどさ。確かにお土産を買ってきてとは頼んだけど・・・。こんな高そうな物を貰っちゃって良いの?これ、本物でしょ?」
チエはシンジの言葉に先ほど貰った宝石ケースを開け、その中で輝く珊瑚のイヤリングを見つめた後、シンジへ怖ず怖ずと上目づかいを向けた。
余談だが、セカンドインパクトによって、セカンドインパクト前と稀少価値が変わった物が世の中にはたくさんある。
その中の1つに珊瑚があり、地軸と海流が歪んだ為に世界各地の珊瑚礁が軒並み破壊され、今では希少価値が非常に高く値段も非常に高い。
「さっきから何度も良いって言ってるじゃないですか・・・って、もしかして、気に入りませんでした?」
シンジは既に6度目となる質問に苦笑を深めるも、ふと質問の別の可能性に気付き、眉間に皺を寄せた困り顔で問い返す。
「ううん、違うの。気に入りすぎているから困っているの・・・。だって、明日になって返してって言われても困るでしょ?」
「なら、ご安心を・・・。宝石とは女性が持って初めて光輝く物。だから、返せなんて言いませんよ。
 それにね・・・。実はそのイアリングをショーウインドーの中で見つけた瞬間、これが似合うのはチエさんしかいないと思ったくらいです」
慌ててチエが首を左右に振り、再び怖ず怖ずと上目づかいを向けると、シンジはわざとらしく胸をホッと撫で下ろして極上の微笑みで頷いた。
「も、もうっ、上手いんだから・・・。そ、そうやって、マヤも口説いたんじゃないの?」
「あっ!?解っちゃいました?・・・でも、マヤさんにこの事は内緒ですよ?」
たちまちチエはシンジの口説き文句に顔を紅く染めて照れ、シンジは視線を逸らして虚勢を張るチエに声を立ててクスクスと笑う。
「・・・解ってるわよ。ああ見えて、マヤって嫉妬深いからね」
「そうなんですよね。マヤさんって、こういう事に関しては不思議と強気なんですよね」
「まあ、今まで免疫がまるで無かったからね。その反動でなんじゃない?」
チエはシンジが笑った事に多少の不満は有れども、話題転換が上手くいった事に心の中でソッと安堵の溜息をつく。
「まるでって・・・。そうなんですか?」
「そうよ。マヤとは高校の時からの付き合いだけど、今までマヤが男の子と付き合った、好きになったなんて話は1度も無かったのよ?」
「へぇぇ〜〜〜・・・。」
それでも、胸のドキドキは一向に止まらず、チエはシンジと目を合わさぬ様に視線を彷徨わせ、マヤの話題を続けて胸の高鳴りを抑えんと試みる。
「それが今では顔を合わせる度、出てくる話はシンジ君の事ばっかりなんだから・・・。
 やれ、シンジ君が服を誉めてくれただの。やれ、シンジ君が作ったクッキーを美味しいって言ってくれただの。
 やれ、シンジ君と今度のオフにデートへ行くだの・・・。もう朝から晩までシンジ君、シンジ君、シンジ君ってうるさいくらいよ」
だが、チエは自分で話題転換しておきながら、言葉を重ねる度に不愉快となってゆき、その不機嫌理由が解らず戸惑って声を荒げてゆく。
「やれやれ、マヤさんにも困った物ですね(う〜〜〜ん・・・。もう少し口を酸っぱくして、マヤさんには言わないとダメだね。これは・・・。
 でも、そのおかげでこの通りだから結果オーライかも知れないね。今夜はアキちゃんと出かけようと思っていたけど、さてさて・・・・・・。)
シンジはその様子に口の端を邪悪そうにニヤリと歪め、それを隠す為に紙コップを傾けつつ、急遽出来た今晩の余暇の過ごし方に策謀を巡らす。
「でもさ・・・。実際のところ、あの堅物をどんな魔法で口説いた訳?」
「んっ!?・・・ああ、それはですね」
一頻りマヤを愚痴ったチエは前々から不思議で仕方なかった疑問を尋ね、シンジが策謀からチエへ意識を戻して紙コップのコーヒーを一気に呷る。
「うんうん、それは?」
「・・・秘密です」
「もうっ♪シンジ君ったら教えてよぉ〜〜♪♪」
チエはシンジへ興味津々顔を近づけて応えを待つが、口元に人差し指を立てるシンジにクスリと笑われ、シンジの肩を強く揺すって応えをせがむ。
「いいえ、ダメです。なにせ、企業秘密ですからね」
「ちぇっ・・・。」
しかし、シンジはクスクスと笑うだけで何も応えてくれず、チエは追求を諦める代わりに頬をプクゥ〜と膨らませて口を尖らせた。
「フフ、可愛く拗ねても教えてあげません」
「むっ!?馬鹿にしてぇ〜〜・・・。」
「馬鹿にするなんてとんでもない。僕は誉めたんですよ?」
「ふぅぅ〜〜〜んだっ!!」
シンジはチエの様子にますますクスクスと笑って肩まで震わせ、チエもシンジの様子にますます口を尖らせた上、シンジから顔をプイッと背ける。
「あぁ〜〜あ・・・。私も温泉へ行きたかったなぁぁ〜〜〜・・・・・・。」
「・・・チエさん。マヤさん達は温泉へ行ったんじゃなくて仕事へ行ったんですよ?」
そうかと思ったら、チエは天井を見上げながら不満の種類をいきなり変え、シンジは愚痴の耐えないチエがおかしく笑顔を苦笑に変えて諭し説く。
「そりゃそうだけどさぁ〜〜・・・。でも、その仕事の宿泊先は温泉のある旅館なんでしょ?」
「まあ、そうなりますね」
ならばとチエは再びシンジへ視線を戻して別角度から責め、さすがのシンジもこれには応える術を知らず苦笑を深める。
「ほら、やっぱり。マヤばっかり狡いと思わない?」
「う〜〜〜〜〜ん・・・。そんなに言うのなら、これから温泉にでも行きます?」
「・・・へっ!?」
すかさずチエは口を更に尖らせて同意を求めるが、いきなりシンジから意味不明な誘いを問われ、思わずキョトンと不思議顔になった次の瞬間。
「おや、お忘れですか?今でこそ、第三新東京市なんて名前ですが、つい数年前までは箱根と呼ばれていたんですよ。ここは・・・。
 確かに都市開発で昔の姿は微塵も感じられませんが・・・。ほんのちょっと足を伸ばせば、昔ながらの街並みや温泉宿もちゃんとありますよ?」
「ちょ、ちょっとっ!?シ、シンジ君っ!!?」
チエへ身を寄せたシンジが、チエの背中に回した左腕でチエの左肩を抱き、チエは瞬時に顔を真っ赤に染め、目を最大に見開いてビックリ仰天。
「どうです?僕等を置いていった薄情な彼女、薄情な親友の事は忘れて、今夜は2人で・・・・・・。」
「じょ、冗談は止めて・・・。マ、マヤに言い付けちゃうわよ・・・・・・。」
しかも、シンジは右手でチエの顎を持つと唇をチエの唇へ近づけ、チエは慌てて我に帰りながら顔を勢い良く背け、上半身もシンジから引いた。
「ご随意に・・・。」
「・・・あっ!?」
シンジはその隙を突いてチエの顎を更に持ち上げ、チエが後方へ傾いた頭の重みにバランスを崩し、シンジの思惑通りにベンチへ押し倒される。
「でも、その前に僕は貴女の唇を塞ぐ」
「・・・ダ、ダメよ。ダ、ダメ・・・。マ、マヤを裏切るなんて・・・。あ、ああ、ダメ・・・・・・。」
必然的にチエの頭がベンチと水平になって顎が引かれ、シンジが人差し指でチエの唇を一撫でして微笑み、チエが瞼を震わせながら瞑ったその時。
「んっんっ!!」
「っ!?・・・そ、それじゃあねっ!!!シ、シンジ君っ!!!!・・・お、お土産、ありがとうっ!!!!!」
すぐ間近でわざとらしい咳払いが鳴り、即座にチエはシンジを勢い良く押し退けると、その場から脇目も振らず猛スピードで駈け逃げて行く。
「いいえ、いいえ。・・・・・・で、どうかしましたか?青葉さん」
一方、シンジはチエの背中を見送った後、腕を組んでこちらを鋭く睨んでいる青葉へ白い視線を向け、深い溜息混じりに邪魔した理由を尋ねた。
「どうかしたかじゃないっ!!同志だと思って慰めに来てみればっ!!!」
「同志?・・・何の事です?」
応えて青葉は腕を組んだままシンジへ近寄って怒鳴り、シンジは身を起こして座り直しながら、青葉の意味不明な言葉にキョトンと不思議顔。
「何を言うんだっ!!俺達は同志だろっ!!!置いてけぼりを喰らったっ!!!!」
「・・・置いてけぼり?」
青葉はシンジの様子にますます憤って唾を飛ばしまくり、シンジは迷惑そうに顔の前に右手を置いて尚も問い返した。
「そうだっ!!置いてけぼりだっ!!!何故、俺達ばっかり温泉へ行けないんだっ!!!!理不尽すぎると思わないのかっ!!!!?」
「いいえ、全然」
すると青葉がシンジの両肩をガシッと掴んで同意を求め、シンジが意外なまでの肩を掴む青葉の力強さに顔を顰めながら首を左右に振る。
「何故だっ!?温泉だぞっ!!?温泉っ!!!?そう、温泉だっ!!!!!
 温泉と言えば・・・。温泉と言えば・・・。温泉と言えばぁぁ〜〜〜っ!!
 スリル満点の女湯覗き・・・。コンパニオンへのタッチ・・・。ほろ酔い野球拳・・・。ドキドキ、ワクワクな繁華街の風俗店・・・。
 見ろっ!!温泉にはこれだけのロマンが詰まっているんだぞっ!!?それを・・・って、聞いているのかっ!!!?シンジ君っ!!!!?」
「はいはい、聞いていますよ。続けて、続けて・・・。(そんなに行きたかったのか。温泉・・・・・・。)」
その結果、鬼気迫る熱弁を振るう青葉から逃れられなくなり、シンジは聞きたくもない『青葉的温泉論』を長々と聞かされる羽目となった。


「嫌ぁぁ〜〜〜っ!!何よ、これぇぇぇ〜〜〜〜っ!!!」
かなり強めの雨が降りしきる中、浅間山麓にある高校のグラウンドと体育館を利用して仮設営された作戦本部にアスカの絶叫が響き渡った。
「ねっ!?言った通りでしょ?」
「そんなに変かしら?機能美を追求した結果なのよ。アレは・・・。」
ミサトはその絶叫に苦笑をリツコへ向けて同意を求めるが、リツコは首を縦にも横にも振らず傾げて眉間に皺を寄せる。
ちなみに、ミサトとリツコが居る場所は体育館壇上中央であり、この学校の長机とパイプ椅子を借用して作られた指揮者席。
その左右にはお互いの片腕である日向とマヤの席があり、壇上眼下には3列に机が扇形で列び、50人にも及ぶ作戦部と技術部の面々が作業中。
タッタッタッタッタッタッタッタッタッタッ!!
「ちょっと、ミサトっ!!あれは何なのよっ!!!あれはっ!!!!あたしの弐号機をあんな恰好にして、どうする気よっ!!!!?」
それが早いか遅いか、体育館に駈け足の音を響かせてプラグスーツ姿のアスカが現れ、顔を2人へ向けたまま右側を勢い良くビシッと指さした。
その方向には体育館2階のテラス窓があり、窓の向こう側では風雨に晒されている弐号機が尻餅をついてグラウンドに鎮座中。
但し、その姿はいつもとは違って鮮やかな赤いボディーではなく、何処かアンティークな雰囲気を醸し出す灰色の潜水服を装備した不格好な姿。
「どうする気って、もちろん作戦の為に決まっているでしょ?ええっと・・・。」
「耐熱耐圧耐核防護服、局地戦用のD型装備よ」
ミサトはアスカの怒鳴り声に苦笑を深めて応えるも途中で言葉詰まり、リツコが固有名詞を思い出すのに手間取っているミサトに代わって応える。
「どういう事よっ!!それっ!!!」
「だから、作戦の為だって言ってるでしょ?そのプラグスーツだって特別製なのよ?」
だが、未だ作戦内容の詳細を聞いていないアスカは尚も怒鳴り、ミサトは面倒臭そうに溜息をつき、アスカの怒りを逸らすべく話題転換を計った。
今回のA−17発令下における作戦目的は使徒の殲滅は二の次であり、第一の目的は浅間山火口奥深くで眠る卵状の使徒の捕獲。
それ故、ミサトが立案した作戦は零号機をバックアップとして、弐号機を浅間山火口へ潜らせると言う何とも単純且つ大胆な作戦。
「えっ!?そうなの?・・・・・・って、別にいつものと変わらないじゃない」
アスカは『特別製』と言う言葉に心惹かれ、嬉しそうに己のプラグースーツを何度も観察するが、差異を見つけられずミサトへ不満顔を向ける。
「右のスイッチを押してみて」
「・・・んっ!?」
ミサトに代わってリツコがアスカの問いに持っていたボールペンで指し応え、アスカが怪訝そうにプラグスーツ右手首のボタンを押した次の瞬間。
プシュ!! ブクブクブクブクブクブクブクブクブクブク・・・。
「嫌ぁぁ〜〜〜っ!!何よ、これぇぇぇ〜〜〜〜っ!!!」
仕込まれていた冷却ガスが膨張して風船の様にプラグスーツが丸々と膨らみ、ギネスブックもびっくりな肥満児となったアスカが悲鳴をあげる。
「赤いだけに・・・。まるでダルマね」
「・・・・・・?」
遅ればせながら現れたプラグスーツ姿のレイは、その姿を見るなり正直に第一印象を漏らすが、アスカは比喩されたダルマ自体が解らず怪訝顔。
「「・・・ぷっ!?」」
「な、何ですってぇぇ〜〜〜っ!!」
それでも、ミサトとリツコが顔を背けて吹き出した事により、アスカは馬鹿にされているとだけは気付き、眉を吊り上げてレイを怒鳴りつけた。
「・・・えい」
「キャっ!?」
するとレイは好奇心に促されるままアスカの丸く出っ張ったお腹を押し、不意を突かれたアスカがバランスを崩して後方へひっくり返る。
「っ!?・・・な、何すんのよっ!?あ、危ないじゃないっ!!?レ、レイっ!!!?」
即座にアスカは後頭部を守るべく両手を首の後ろで組んで引くが、丸く膨らんだプラグスーツが幸いして後頭部を強打するまでには至らない。
「・・・って、あれ?・・・あれ?・・・あれ?・・・あれ?・・・あれ?・・・ほら、さっさと起こしなさいよっ!!馬鹿レイっ!!!」
一拍の間の後、比重で体勢が俯せとなり、アスカは起き上がろうとするも状態が状態だけに起き上がれず、間抜けに手足を必死にバタつかせる。
「赤木博士・・・。ダルマなのに起き上がらない。どうして?」
「「ぷっ!?」」
レイはアスカの救援要請を無視してキョトンと不思議顔で首を傾げ、ミサトとリツコがレイのコメントに再び吹き出した。
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「ぷっ!?ぷぷっ!!?くっくっくっくっくっ・・・。」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
「ば、ば、馬鹿レイっ!!さ、さ、さ、さっと起こせって言ってるでしょっ!!!は、は、は、は、早くしなさいよっ!!!!」
それをきっかけに作戦部と技術部の面々も一斉に吹き出し、アスカが羞恥と怒りに顔を真っ赤っかに染めてレイを猛烈に怒鳴りつける。
「起こせば良いのね・・・。掴まって」
「そう、それで良いのよ。・・・ったくっ!!大体、あんたはいつも、いつも・・・。」
さすがのレイもアスカの怒り様に反省したのか、素直にアスカを仰向けにさせて助け起こし、アスカが尚もレイを怒鳴ろうとしたその時。
「・・・えい」
「キャァァァァァ〜〜〜〜〜〜っ!!」
レイが口の端をニヤリと歪ませて笑い、再びアスカの丸く出っ張ったお腹を先ほどよりも強めに押した。
「「アスカっ!?」」
ガタッ!!
その結果、アスカは勢い良く転がって壇上から落ち、ミサトとリツコが驚愕に席を蹴って立ち上がる。
ボヨン、ボヨヨヨヨォォ〜〜〜ンッ!!ゴロゴロゴロゴロゴロ・・・。
「キャァァァァァ〜〜〜〜〜〜っ!!」
しかし、これまた丸く膨らんだプラグスーツが幸いしてバウンドしただけに済み、アスカは落ちた勢いそのまま体育館の彼方へと転がって行く。
「えい・・・。」
        「キャァァ〜〜〜っ!!」
                    ゴロゴロゴロゴロゴロ・・・。
「えい・・・。」
        「キャァァ〜〜〜っ!!」
                    ゴロゴロゴロゴロゴロ・・・。
レイはアスカを追って壇上から駈け下り、何度も何度もアスカを押して転がし続け、体育館にアスカの悲鳴がひきりなしに響く。
「えい・・・。」
        「キャァァ〜〜〜っ!!」
                    ゴロゴロゴロゴロゴロ・・・。
「えい・・・。」
        「キャァァ〜〜〜っ!!」
                    ゴロゴロゴロゴロゴロ・・・。
その様子に誰もが思わず仕事の手を止め、ミサトが顔を引きつらせて大粒の汗をタラ〜リと流す。
「・・・な、何やってんだか」
「放っておきなさい・・・。それより、そろそろ作戦を実行するか、しないかを決めないと日が沈むわよ」
リツコは人差し指をこめかみに置いて溜息をつきつつ席へ座り戻り、遊んでいる暇はないと言わんばかりにアスカが現れる前の議題に話を戻した。
「そうなんだけどさ。この天気じゃあねぇ〜〜・・・。日向君、天気予報の方はどうだった?」
「ダメですね。これから雨はますます強まり、今夜未明まで続くそうです」
ミサトも席へ座り戻ると、リツコの問いに腕を組んで難しそうな顔を浮かべ、日向がミサトの視線に受話器を電話へ置きながら首を左右に振る。
「なら、ここはやっぱり大事を取って明日にした方が無難かもね」
「僕もその意見に賛成です。この天候では爆撃機の待機は出来ませんし、弾道の外れる可能性がかなり高いですらね」
ますますミサトは表情を難しくさせて眉間に皺を深く刻み、日向がミサトの決心を後押しするかの様に頷いた。
余談だが、日向の言葉の中にある爆撃機とは、使徒を倒す為の物ではなく、万が一にもネルフが作戦に失敗した時を考えての物である。
つまり、作戦失敗時にN2爆雷を戦場へ投下して使徒の足止めを行い、本部待機中である初号機の出撃時間を稼ぐ目的とした物。
そんな事になれば当然の事ながら、ジオフロントと言う防御壁に守られている普段とは違い、戦場に身を晒すミサトやリツコ達も只では済まない。
言うなれば、今回の作戦は背水の陣であり、作戦に参加している者達の士気は異様なくらい必然的に高まっていた。
「そうよね。やっぱり、ここは・・・。」
「だけど、A−17が発令されているのよ?・・・その意味が解っているんでしょうね。ミサト」
ミサトも作戦延期を決意して頷こうとするが、リツコが頷くよりも早く水を注してミサトの決意を鈍らせる。
「解っているわよ。だからこそ、こうして頭を悩ませているんじゃない・・・・・・。
 万全を期して世界を救うか、強行してでも日本経済を救うかなんて究極の選択よね。・・・・・・全く、どうして雨なんか降ってくんのよ」
おかげで、ミサトは頷く事が出来なくなってしまい、既に1時間が経過する小田原評定状態に苦笑を浮かべながら肩を力無くガックリと落とした。
「えい・・・。」
        「キャァァ〜〜〜っ!!」
                    ゴロゴロゴロゴロゴロ・・・。
「えい・・・。」
        「キャァァ〜〜〜っ!!」
                    ゴロゴロゴロゴロゴロ・・・。
ミサトとリツコと日向は作戦の是非の決定打を探して黙り込み、再びレイとアスカの間抜けなやり取りだけが辺りに響く。
「えい・・・。」
        「キャァァ〜〜〜っ!!」
                    ゴロゴロゴロゴロゴロ・・・。
「えい・・・。」
        「キャァァ〜〜〜っ!!」
                    ゴロゴロゴロゴロゴロ・・・。
そこへトイレへ寄っていた為に到着が遅れたジャージ姿のトウジが現れ、レイとアスカの様子を眺めて呆れと怪訝が混ざった困惑顔を浮かべる。
「・・・何やっとるんや?あいつ等・・・・・・。」
「あっ!?鈴原君、済まないわね。せっかくの修学旅行中に呼び出しちゃって」
「いや、良えんです。これはわしが自分で選んだ事ですから・・・。それより、ほんまにわしは着替えんでも良えんですか?」
「ええ、今回はその目で実戦を直に見て貰う事が鈴原君の任務だしね。・・・だから、そんなに緊張しないで良いのよ?」
その表情の中にわずかな初々しい緊張感がある事を見破り、ミサトが到着を労いつつトウジの緊張を解すべくニッコリと微笑む。
「そうそう・・・。そりゃあ、沖縄に比べたら少し物足りないかも知れないが、ここだって温泉が有るんだから旅行気分で良いんだよ」
「日向君の言う通りよん♪今夜は温泉に宴会でパァ〜〜ッと盛り上がりましょ♪♪」
続いて、日向もミサトに習って微笑みながらトウジへ親指をニュッと立てて見せ、ご機嫌なミサトは調子に乗ってトウジへウインクまで投げる。
「・・・あなた達は浮かれすぎよ」
「「う゛っ・・・。」」
リツコはそんな作戦部コンビに呆れて溜息をつき、ミサトと日向がリツコの鋭い白い視線に言葉を詰まらせた直後。
「そうですっ!!先輩の言う通りですっ!!!シンジ君が居なくちゃ温泉も意味がありませんっ!!!!」
「マヤ、あなたも同じよ・・・。私を一緒にしないで頂戴」
壇上片隅で背を皆に向けて体育座りをしていたマヤが、泣きはらした顔を勢い良く振り向かせ、リツコが違う論点で憤るマヤに再び溜息をつく。
マヤが顔を泣きはらしている理由、それは修学旅行から呼び戻したはずのシンジが浅間山には来ず、ネルフ本部待機となった事に他ならない。
「しょうがないでしょぉ〜〜・・・。碇司令の指示なんだからさぁぁ〜〜〜・・・・・・。」
「うんうん、仕方ない、仕方ない。・・・だから、そんな所でいつまでも拗ねていないでさ。ほら、お茶でも飲んで機嫌を直しなよ。マヤちゃん」
ミサトは言葉とは裏腹に口を尖らせてマヤの悲痛な叫びに同意を示し、日向は何故かご機嫌にマヤを手招きしながら皆のお茶の用意をし始めた。
「おおっ!?せやせや・・・。シンジが電話をくれと言うてましたで?ミサトさん」
ところが、シンジの話題が出た事により、ふとトウジがシンジの言付けを思い出して右拳で左掌をポンッと叩いた途端。
「へぇぇ〜〜〜♪シンジ君が『私っ!!』に電話だなんて何かしらねぇぇぇ〜〜〜〜♪♪」
「す、鈴原君っ!?わ、私にはっ!!?わ、私には何も言ってなかったのっ!!!?シ、シンジ君が何か言ってたでしょっ!!!!?」
(・・・鈴原君。悪いが、君に飲ませるお茶はない・・・・・・。どうしても飲みたいのなら、セルフサービスだっ!!勝手に飲めっ!!!)
ミサトが喜びに目を輝かせ、マヤが泣きはらしていた顔に更なる涙を流してトウジへ迫り、日向がたちまち不機嫌となってトウジを睨み付けた。
「い、いえ・・・。マ、マヤさんには別に何も・・・・・・。」
「嘘っ!!嘘よっ!!!絶対、私にも何か言っていたはずっ!!!!ほら、良く思い出してっ!!!!!何かあるでしょっ!!!!!!」
襟首を掴むマヤの迫力に怯みながら、トウジが首を左右に振ろうとするが、マヤは許さずトウジを前後に揺すって首を上下に振りまくらせる。
「あぱっ!?あぱぱぱぱっ!!?あぱぱぱぱぱぱぱぱぱっ!!!?」
「えっ!?何っ!!?何、言ってるのっ!!!?・・・ねえっ!!!!?ねえってばっ!!!!!?」
「・・・無様ね」
三半規管を激しく揺すられ、トウジが白目を剥き始めるも、マヤは一向に構わず揺すりまくり、リツコはトウジに同情してソッと溜息をついた。


「あっ!?シンジ君♪私、私・・・。ミ・サ・ト♪♪」
『やあ、待ってましたよ。ミサトさん』
「えっ!?待っててくれたんだ♪へぇぇ〜〜〜・・・。そう、待っててくれたんだ♪♪」
こちらを上目づかいに睨んでいるマヤへ勝ち誇ってニヤリと笑いながら、これ見よがしの大声で電話の応対をするミサト。
『どうしたんです?何か変ですよ・・・って、まあ、良いや。それより、作戦はいつ始まるんですか?』
「ん〜〜〜・・・。それがさ。こっちは生憎の雨でね」
シンジはその様子を怪訝に思うも目的が先決と疑問を引っ込め、ミサトがシンジの問いに応えつつ、近寄ってきたマヤを手でシッシッと追い払う。
余談だが、マヤから自白拷問を散々受けたトウジは、白目を完全に剥いて現在は床で沈黙中。
『っ!?・・・その感じからすると、どうするべきかを迷っているとか?』
「ええ、実はそうなのよ。ちょっち色々と都合が悪くってね」
シンジはミサトの応えに刹那だけ息を飲んだ後、言葉の端に含み笑いを乗せ、今度はミサトがシンジの様子を怪訝に思いながら返事を返す。
『なら、1つ提案なんですが・・・。作戦を明日に延ばせませんか?そう、出来るのなら明日のお昼くらいまで』
「・・・へっ!?どうして?」
するとシンジが邪悪そうにニヤリと笑い、耳を電話へしつこく寄せてくるマヤを押し退けていたミサトが、動きを止めて作戦延期の理由を問う。
『それは内緒です。でも、僕のお願いを聞いてくれるなら・・・。ルノーの修理代、あれをチャラにしても良いですよ』
「そ、それ、本当っ!?」
ガタッ!!
だが、シンジは理由を語らず、ミサトへの素晴らしい報酬のみを語り、ミサトがその破格の報酬に驚いて席を蹴って勢い良く立ち上がった。
ちなみに、シンジが作戦延期を唱える理由は、作戦が延期すれば延期するほど策謀しているインサイダー取引の効果が高まるからに他ならない。
『嫌だなぁ〜〜・・・。僕がミサトさんに嘘を言うはずが無いじゃないですか。・・・・・・で、どうします?』
「す、するっ!!す、するっ!!!す、するわっ!!!!」
その様子にマヤは勿論の事、リツコと日向に加え、作戦部と技術部の面々も何事かと不思議顔をミサトへ向ける。
『では、契約成立です。あと作戦の1時間前に必ず電話を下さいね』
「わ、解ったわっ!!い、1時間前に電話をすれば良いのねっ!!?」
そんな周囲の視線に全く気付かず、これでもかと言わんくらいに何度も頷き、ミサトが喜びに目を爛々と輝かせてシンジへ再確認を取ったその時。
『あれっ!?・・・碇先輩、どうしたんですか?修学旅行に行っているじゃ?』
『フフ、野暮用でね。帰ってきたのさ。・・・それより、ノゾミちゃん。アキちゃんが居ない様だけど・・・。どうしたんだい?』
シンジの声ではなく、ミサトの知らない女の子の声が電話の聞き口から返り、ミサトが驚愕に瞬きと共に3度ほど目を大きく見開かせた。
「っ!?っ!!?っ!!!?・・・シンジ君っ!!!!?今の声は誰っ!!!!!?何処の女・・・。」
カチャ・・・。プーーー・・・。プーーー・・・。プーーー・・・。ー・・・。プーーー・・・。
すぐさまミサトはシンジへ今の声の正体を尋ねるが、シンジから返ってきた返事は電話の虚しい不通音のみ。
「ちぃっ!!」
ガシャンッ!!
「一体、どうしたの?ミサト」
ミサトは忌々し気に電話を勢い良く叩き切るも即座に受話器を上げ、リツコが何となく予想をつけながらも皆の心を代弁して溜息混じりに尋ねる。
「うっさいわねっ!!黙っててっ!!!緊急事態よっ!!!!緊急事態っ!!!!!
 くっ・・・。修学旅行から戻した事で気を緩めた私が馬鹿だったわっ!!十分、考えられる事態だったのにっ!!!」
しかし、ミサトは取り合おうとはせずにリツコの質問を怒鳴って突っぱね、今時珍しい黒電話のダイヤルをもどかし気に回してゆく。
「・・・どうしたんでしょう?」
「どうせ、シンジ君絡みの下らない事でしょ?いつもの事よ・・・。放っておきなさい」
「えっ!?シンジ君に何かあったんですかっ!!?」
日向はまるで要領を得ず怪訝顔を浮かべ、リツコが日向の視線に深い溜息で応え、マヤがリツコの言葉に勘違いをしてミサトへ迫った次の瞬間。
「(何や?シンジがどないしたんや・・・って、はっ!?アキが危険やっ!!?こないな所でのんびり寝ている場合やあらへんっ!!!?)
 う、うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」
沈黙中にあって聴覚は健在であったトウジが、ミサトの言葉より素晴らしい勘を閃かせ、復活と共に雄叫びをあげつつ体育館を駈け出て行く。
「・・・ど、どうしたんでしょう?」
「さ、さあ?は、初めての実戦で気が立っているんじゃないかしら?」
「鈴原君の事なんて、どうでも良いんですっ!!それより、シンジ君に何があったんですかっ!!?ねえ、ねえ、葛城さんっ!!!?」
「ええいっ!!鬱陶しいっ!!!
 ・・・あっ!?私よ、私っ!!!今すぐ、サードの監視を強めなさいっ!!!!そして、必ず30分おきに私へ連絡するのよっ!!!!!」
こうして、ミサトの決定打がシンジの策謀によって決まり、リツコの反対が有りながらも作戦部長権限で作戦開始時刻は明日の正午と決まった。


「んっ・・・。トイレ・・・・・・。」
まだ夕陽も沈みきらぬ時刻だと言うのに随分と寝ていたのか、ベットから上半身を緩慢な動作でムクリと起き上がらせて寝ぼけ眼のアキ。
ここは第壱中を挟んで葛城邸とは反対方向にある鈴原邸であり、この部屋はベットの主であるアキの部屋。
余談だが、鈴原邸は築20年の純和風一戸建て(借家)なのだが、アキの部屋だけはフローリングカーペットが敷かれてちょっぴり洋風。
もっとも、押し入れや障子貼りの戸があって内装自体は和風の為、部屋が妙にアンバランスな雰囲気を放っている感も否めない。
ポトッ・・・。
「んっ!?・・・何、これ?」
起き上がった際、おでこに置かれていた濡れタオルが布団の上に落ち、アキが記憶にない濡れタオルを手に取って首を傾げる。
「んんっ・・・。トイレ、トイレ・・・・・・。」
だが、起床する原因となった差し迫る尿意に体をブルルッと震わせて疑問を忘却の彼方へ押し込め、アキがベットから下りようとした次の瞬間。
「っ!?」
アキの目が部屋に有るはずの無い違和感を捉え、アキは驚愕に寝ぼけ眼を一気に見開かせて動きをピタリと止めた。
何故ならば、シンジが頬杖を突いて自分の勉強机で居眠りをしており、その脇でもペンペンが床に俯せて寝ていたからである。
ちなみに、シンジはペンペンを引き連れる為に葛城邸へ一旦は戻っており、赤いシャツに黒いズボンと普段着姿。
(ど、どうして・・・。ど、どうして、ここに碇さんとペンペンが居るの?)
すぐさまアキは布団を胸元まで手繰り寄せてベット壁際へ後ずさり、驚きに目を見開いたままシンジとペンペンがここに居る理由を思い悩む。
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
しかし、学校を本日欠席する理由となった風邪で熱を帯びた頭では答えなど出るはずもなく、部屋に果てしない沈黙だけが過ぎてゆく。
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
一体、どれほどの時が経過したのか、ふとアキは白無地Tシャツに白いショーツのみのだらしない己の姿に気付いて目をハッと見開かせた。
(そ、そうだっ!?き、着替えなくちゃっ!!?)
ガラッ・・・。
慌てて着替えるべく足音に細心の注意を払いながらベットから下り、アキがまずは箪笥1番下の下着棚を開けたその時。
「っ!?」
クンクン・・・。クンクン・・・。クンクン・・・。
この棚を開けるのが実は2日ぶりだと気付いて愕然とし、アキは一昨日から着用中のTシャツ襟首を口元へ引っ張って恐る恐る鼻を鳴らした。
「う゛っ・・・。(あ、汗臭い・・・・・・。)」
すると得も言われぬ豊潤な刺激臭がアキの鼻腔をくすぐり、アキは口元を押さえつつ顔を勢い良く背け、その方向にあった鏡を見てビックリ仰天。
(やだ・・・。凄い頭・・・。すぐお風呂へ入らなくちゃ・・・・・・。)
アキは寝癖が爆発している頭を手櫛で直そうとするも全く直らず、この姿をシンジに見せる事など出来ないと即座に入浴を決意する。
(でも、どうして?・・・・・・碇さん、修学旅行は?)
そして、これから外出する訳でもないのに、アキはとても部屋着とは思えない服と下着を持ち、足音を立てぬ様にお風呂場へと静かに向かった。


「フッフッフッフ〜〜〜ン♪フッフッフッフ〜〜〜ン♪♪今日は碇先輩といっぱい喋っちゃった♪アキに自慢してやらなくっちゃ♪♪」
右手に持つ学校鞄を前後に大きく振り、ご機嫌なスキップで夕陽に長く伸びる影を追いかけるノゾミ。
ガラガラガラッ・・・。
「ごめんっくださぁ〜〜い♪アキ、居るぅぅ〜〜〜♪♪」
目的地である鈴原邸前を鋭角なホップで曲がるとステップ、ジャンプで立ち止まり、ノゾミが鈴原邸の玄関戸を開けたその時。
「クワァァァァァ〜〜〜〜〜〜ッ!!」
「キャァァァァァ〜〜〜〜〜〜っ!!」
玄関から真っ直ぐ伸びる廊下の奧から暴走ペンギンがいきなり現れ、思わずノゾミは尻餅をついてビックリ仰天。
「クワッ!!クワッ!!!クワァァ〜〜〜ッ!!!!」
「・・・な、なんで、アキの家にペンギンが?」
だが、暴走ペンギンはノゾミなど目もくれず、見事な360度ターンを目の前で決めて階段を駈け上って行き、ノゾミは思わず茫然と目が点状態。
「クワワワワァァァァァ〜〜〜〜〜〜ッ!!」
ドスッ!!
「ぐえっ!?」
一拍の間の後、2階で暴走ペンギンの雄叫びがあがり、同時に鈍い音と息詰まる様な悲鳴が玄関先へ届く。
「何するんだっ!!ペンペンっ!!!焼き鳥にでもなりたいのかっ!!!?あ゛あ゛っ!!!!?」
「えっ!?い、今のって・・・。」
続いて、何者かの凄まじい怒号が間を置く事なく鈴原邸に響き、ノゾミがその聞き覚えのある声に視線を反射的に2階へ向ける。
「クワワッ!!クワワッ!!!クワワワワッ!!!!」
「・・・んっ!?何をそんなに慌てて・・・って、おや?ペンペン、アキちゃんは何処へ行ったんだい?」
「クワァァ〜〜〜ッ!!クワワワワッ!!!」
「っ!?・・・もしかして、アキちゃんに何かあったのかっ!!?」
「クワッ!!クワッ!!!クワァァ〜〜〜ッ!!!!」
すると2階よりシンジとペンペンが何やら意志疎通を行っているらしき会話が聞こえ、シンジを引き連れてペンペンが階段を急ぎ駈け下りてきた。
「碇先輩・・・って、キャっ!?」
ノゾミは思わぬ人物との出逢いに目を輝かすが、ふと尻餅をついてパンツ丸見え状態な自分に気付き、慌てて足を閉じてブルーのショーツを隠す。
「何故、それを早く言わないっ!!アキちゃんは何処だっ!!?」
「クワァァァァァ〜〜〜〜〜〜ッ!!」
しかし、シンジはノゾミのショーツなど目もくれず、見事な360度ターンを目の前で決めてペンペンと共に鈴原邸奧へ駈けて行く。
「・・・い、碇先輩。わ、私の事なんて、どうでも良いんですか?」
乙女のプライドをいたく傷付けられ、ノゾミがシンジの背中を茫然と見送りながら涙をホロリとこぼし、シンジが鈴原邸奧の一室へ消えた直後。
「アキちゃんっ!?」
「クワワワワッ!?」
「っ!?」
シンジの只ならぬ驚愕声が聞こえ、慌ててノゾミは立ち上がると靴を適当に脱ぎ捨て、玄関先に学校鞄を落としたまま鈴原邸奧へと駈け向かう。
「全く、どうしてっ!?・・・ペンペン、タオルはもう良いっ!!!パンツを取ってっ!!!!」
「クワッ!!」
「碇先輩、どうしたんですか・・・って、え゛っ!?」
そして、シンジが消えた一室へ駈け込み、ノゾミは目の前にあった光景を見るなり、目をこれ以上ないくらい大きく見開いてビックリ仰天。
何故ならば、床に寝そべる半裸のアキの最後の砦であるショーツを膝まで下ろし、シンジがアキに全くの謎の悪事を働こうとしていたからである。
但し、これはノゾミの主観であり、お風呂場の脱衣所で意識を失って倒れていた全裸のアキに、シンジがショーツを履かせているのが真相。
「丁度、良かったっ!!ノゾミちゃんも手伝って・・・。んっ!!?」
「そ、そんな・・・。う、嘘・・・。う、嘘よ・・・・・・。」
「・・・ノゾミちゃん?」
何故ノゾミがここにと思いながらも応援を求めるが、震わす瞳に涙を溜めているノゾミの様子を怪訝に感じ、シンジが言葉を切った次の瞬間。
「い、嫌ぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜っ!!い、碇先輩がそんな人だったなんてぇぇぇぇぇぇ〜〜〜〜〜〜〜っ!!!」
「ちょ、ちょっと待ってっ!!き、君は何か誤解しているよっ!!!・・・くっ!!!!ペンペン、追いかけるんだっ!!!!!」
「クワッ!!」
いけない妄想を炸裂させたノゾミが、遂に堪えきれなくなって止めどなく涙をポロポロとこぼしつつ、靴も履かず裸足で鈴原邸を駈け出て行った。


「君は何を考えているんだっ!!熱があるのにお風呂へ入るなんてっ!!!もう少しで肺炎になるところだったんだぞっ!!!!」
腕を組んで仁王立ち、上半身をベットに起こして俯くアキを睨み付け見下ろしながら凄まじい怒号を響かすシンジ。
余談だが、シンジからの連絡を受け、その慌て様にネルフの医師団が十数人ほど鈴原邸を訪れ、アキを診断してつい先ほど帰っていったところ。
「っ!?」
(っ!?・・・・・・い、碇先輩って、怒ると怖いんだ)
アキは体をビクッと震わせて顔を更に俯かせ、ノゾミも体をビクッと震わせ、居心地の悪さに思わず後ずさって部屋の片隅へ撤退。
ちなみに、ノゾミは先ほどの脱衣所での一件の後、アキを助ける為に近くの空き地に捨ててあったビニールバットを片手に鈴原邸へ恐る恐る帰還。
そして、四苦八苦の末にアキをパジャマに着替えさせ、ベットへ寝かしつけている最中だったシンジを背後からビニールバットで何度も殴打。
無論、シンジはこれが解っていながら甘んじて受け、興奮するノゾミが落ち着くのを待って事情を説明し、今ではすっかり誤解が解けている。
また、ペンペンは何処までノゾミを追って行ったのか、あれから約1時間が経っているにも関わらず、未だノゾミ追跡の旅から帰ってきていない。
「何とか言ったらどうなんだっ!!アキちゃんっ!!!」
「・・・・・・から」
「何っ!?聞こえないっ!!?もう1度、顔を上げて僕と目を合わせながら言ってみなよっ!!!!」
返事がない事に尚も怒鳴り、アキが肩を断続的に震わせながらか細く呟くが、シンジはその小声を許さず反比例させる様に声の音量を上げた。
「あ、汗、かいちゃったし・・・。ね、寝癖も付いていたから・・・・・・。」
「そんなのは風邪をひいて寝ているんだから、当たり前じゃないかっ!!」
「・・・・・・ご、ごめんなさい」
「僕に謝ってどうするっ!!自分の事だろっ!!!全くっ!!!!」
アキはシンジの強制に泣き顔をやや上げ、怖ず怖ずと上目づかいをシンジと合わせるも、出迎えたシンジの鋭い睨みと怒号に再び顔を俯かせる。
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
それっきり、シンジは険しい表情のまま目を瞑って黙り込み、アキは声を殺して嗚咽に肩を震わせ、部屋に痛いくらいの沈黙だけが漂う。
そんな中、唯一の部外者であるノゾミはあまりの居心地の悪さに耐えかね、部屋を出て行こうとするも張りつめた緊張感に足が全く動かない。
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
壁時計の秒針が3回ほど周回した頃、不意にシンジがベット脇に腰掛け、アキが驚きと恐怖に体をビクッと震わす。
「でも・・・。優しいね。アキちゃん・・・・・・。」
「・・・えっ!?」
シンジはアキの頭に手を置いて撫で、アキがシンジの口から出てきた思っても見なかった言葉に驚いて泣き顔を上げた。
「ノゾミちゃんから聞いたよ。・・・もう風邪で学校を3日も休んでいるんだって?
 だけど、心配をかけまいとトウジに言っていないんだろ?せっかくの修学旅行を楽しんで貰おうと・・・・・・。
 だって、あのトウジが知っていたら騒がないはずがないからね。・・・でも、お父さん達はどうしたんだい?やけに帰りが遅いじゃないか?」
「・・・お父さんとお爺ちゃんは明後日までアメリカに出張中です」
するとシンジは先ほどまで怒っていたのが嘘の様にニッコリと微笑み、優しく頭を何度も撫でてアキの心をゆっくりと落ち着かせてゆく。
「そう、頑張ったんだね。1人で心細かっただろうに・・・。今日は僕が付いていてあげるよ。明日になれば、トウジも帰ってくるから」
「・・・い、碇さん」
アキはこの3日間の苦労を理解して誉めてくれるシンジに感激し、今さっきまでとは違う涙をポロポロとこぼして泣き顔を見られまいと俯いた。
これこそ、シンジが師匠『加持リョウジ』より伝授された52の口説き技の1つ『王道の多用は禁物、その名は飴と鞭』の応用である。
(・・・・・・い、良いなぁ〜〜)
「ノゾミちゃんはどうする?帰るなら送って行くけど?」
「えっ!?・・・は、はいっ!!!わ、私も泊まる気でしたから大丈夫ですっ!!!!」
シンジはアキが落ち着いたのを見計らってノゾミへ視線を向け、ノゾミはアキを羨み見ているところをいきなり話しかけられてビックリ仰天。
「そうなんだ・・・。アキちゃん、食欲は?」
「は、はい、少しなら・・・。も、もしかして、碇さんが作ってくれるんですかっ!?」
「当然だろ?病人を働かせようだなんて思わないさ。・・・それで夕飯の材料は何があるのかな?」
「そ、それが・・・。そ、その・・・。お、一昨日から外へ出かけていないんで何も・・・・・・。」
「フフ、仕方ないね。なら、僕は夕飯の買い物のついでにペンペンを探してくるよ」
「あっ!?わ、私も一緒に行きますっ!!!」
それも束の間、シンジはすぐに視線をアキへ戻してしまい、シンジの手料理に目を輝かすアキに嫉妬して、ノゾミが強引に2人の会話へ割り込む。
「いや、ノゾミちゃんはアキちゃんに付いていてあげて・・・・・・。じゃ、行ってくるね」
「「はい♪行ってらっしゃぁ〜〜い♪♪」」
ガラッ・・・。バタンッ・・・。
シンジはそんなノゾミをクスリと笑いつつ部屋を出て行き、アキとノゾミがご機嫌な笑顔で見送り、部屋の襖が閉まってシンジの姿が消えた途端。
「・・・ノゾミ、嘘でしょ?泊まる気だったのって・・・・・・。」
「良いじゃない・・・。アキばっかり狡いよ。碇先輩に優しくして貰ってさ」
アキが不機嫌そうな冷え冷えとした横目をノゾミへ向け、ノゾミが口を尖らせて恨めし気な横目でアキを睨み返す。
「大体、着替えはどうするの?明日は学校だよ?家へ帰った方が良いんじゃないの?」
「何よぉ〜〜・・・。それくらい貸してくれたって良いじゃない」
「・・・コンビニでも買いに行けば?」
「な゛っ!?それがお見舞いへ来た親友に言う言葉ぁ〜〜?」
しかし、アキはノゾミから顔をプイッと背けた上に家へ帰れと追い出しにかかり、ノゾミがムカッと憤って思うがまま左手でアキの右頬を掴んだ。
「ひゃにすんのひょっ!!いひゃいでひょっ!??」
「いひゃっ!?ひょんなひひゅよくひっぱひぇひゃいでひょっ!!!?」
「うるひゃいっ!!ひゃひゃとかえひひゃひゃいよっ!!!」
すぐさまアキも負けじと左手でノゾミの右頬を掴み、お互いの口が横に広がって2人の言葉が意味不明と化す。
「ひゅんっ!!ひゃれがっ!!!いひゃりひぇんひゃいとひゅひゃひっひりにひゃへひゃいんひゃからっ!!!!」
「ひゃんひぇひゅっひぇぇ〜〜っ!!」
「ひぇによっ!!」
挙げ句の果て、ノゾミがアキの上に馬乗り、お互いがお互いの両頬を引っ張り合って涙目となり、今正に女の戦いが本格化しようとしたその時。
ガラッ・・・。
「2人とも・・・。僕が帰ってくるまで仲良くしている様にね?」
「「はぁ〜〜い♪仲良くしてまぁぁ〜〜〜す♪♪」」
襖が開いて買い物へ行ったはずのシンジが苦笑で現れ、アキとノゾミは即座に醜い争いを止め、シンジの言い付けにご機嫌な笑顔で応える。
バタンッ・・・。
「ひょひょひのひぇいでひひゃひひゃんにひょひょひゃひぇひゃひゃひっ!!!」
「ひゃひひゃひひぇひゃひんひぇひょっ!!」
だが、再び襖が閉まるや否や、アキとノゾミは醜い争いを再開させ、シンジが買い物から帰ってくるまで両者一歩も退かず戦い続けていた。


(あと13分・・・。幾ら何でも早く来すぎたな・・・・・・。)
第三新東京市駅前ターミナルにある羽ばたく天使像の前、珍しく小綺麗でおしゃれなスーツに身を包んだ加持が頬をにやけさせながら立っていた。
その足下には煙草の吸い殻が5本ほど落ちており、加持が随分と前からこの場所に立っている事を物語っている。
(それにしても、今日は何か有るのか?やけに人の足が早いじゃないか)
カチッ・・・。カチ、カチッ・・・。
行き交う人々のいつにない忙しさを不思議に思いながら、加持が懐から取り出した6本目の煙草に100円ライターで火を着けたその時。
(げっ!?・・・じょ、冗談だろ?な、何も、こんなタイミングで・・・・・・。)
ポトッ・・・。
視線の先にある駅構内の中に良く見知った女性の姿を見つけ、加持は驚きに目を見開いて思わず口を半開きにさせ、煙草を地面へ自由落下させる。
「あら、リョウジ君。誰かと待ち合わせかしら?」
「ああ、君を待っていたんだ。笛井」
いかにも仕事帰りのOLと言った感じの女性は加持と目が合うと歩き始め、汗をダラダラと流し始めた加持の前で歩みを止めた。
女性の名前は『笛井ヒジリ』、加持のアルバイト先である日本国内務省諜報部の数年来のパートナーであり、セミロングヘアーのセクシー美人。
「そう・・・。なら、何故A−17の発令を止めなかったか、その理由を聞かせてくれないかしら?」
「んっ!?ああ、それはだな・・・って、な、なにっ!!?え、A−17ぁぁ〜〜〜っ!!!?」
笛井は加持の口説き文句にも顔色を変えず尋ね、加持は冷ややかな笛井の睨みを受け流そうとするが、笛井の口から出てきた単語にビックリ仰天。
「ちょ、ちょっと・・・。こ、声が大きいわよ。き、聞こえるでしょ?」
「ど、どういう事なんだっ!?そ、それっ!!?き、聞いてないぞっ!!!?」
「えっ!?知らなかったの?・・・浅間山で使徒が発見されたらしく、ネルフは現在A−17発令下で作戦行動中よ?」
「っ!?」
笛井は加持の驚き様に驚いて目を見開き、加持は笛井より明かされた衝撃の事実に目を笛井以上に大きく見開いて2度ビックリ仰天。
ドスッ・・・。
(ひ、酷いじゃないか・・・。か、葛城ぃぃ〜〜〜・・・・・・。
 キャ、キャンセルするならするで連絡をくれよ・・・。お、俺の事なんか、もう本当にどうでも良いのか?か、葛城ぃぃ〜〜〜・・・・・・。)
一拍の間の後、加持はその場へ力無く両膝を折ると、涙をルルルーと流して項垂れ、前方へ倒れかけた自重を支える為に両腕を大地に突き立てた。
「何だ、何だ?どうしたんだ?」
「どうやら、別れ話がこじれて男の方が嫌だって言っているみたいだぞ?」
「うわぁぁ〜〜〜・・・。何か、ドラマみたいね」
「うんうん、私も今そう思ってた。こういう事って、本当にあるんだね」
だが、傍目にその姿はどう見ても加持が笛井へ土下座をしている様にしか見えず、周囲の者達が2人を盗み見ながら何やらヒソヒソと囁き合う。
「リョ、リョウジ君っ!?ど、どうしちゃったのよっ!!?ほ、ほら、みっともないから立って、立ってっ!!!!は、早くっ!!!!!」
「・・・なあ、笛井」
「も、もう、恥ずかしいじゃない・・・って、な、なに?」
笛井は観衆の注目に顔を真っ赤に染め、慌てて加持の腕を掴んで強引に加持を立たせるなり、その場から一目散に加持の腕を引っ張って逃げる。
「暇なら、これから鉄板でも食べに行かないか?」
「・・・えっ!?」
その後、失意の加持は笛井と共に鉄板焼きの店へ行った後、とあるホテルで内務省同士の全くの謎の会議を開き、2人で朝まで熱く語り合った。


「えぇぇ〜〜〜・・・。では、明日の戦勝祈願を込めて・・・・・・。乾ぱぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜いっ!!」
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「乾ぱぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜いっ!!」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
創業120年の歴史を持つ近江屋旅館の大広間、上座に座るミサトの音頭に応え、作戦部と技術部の面々がそれぞれ掲げたコップをかち鳴らす。
ちなみに、旅先での宴会は浴衣でとのミサトの言により義務づけられ、この場に居る全員が近江屋旅館の浴衣姿。
「・・・何が乾杯よ。全く・・・・・・。」
「まったまたぁ〜〜♪リツコったら、飲み足りないんじゃないの♪♪」
だが、リツコだけは白けムードでコップのビールを不機嫌そうに呷り、ミサトがリツコのテンションを上げるべく空いたコップへビールを注ぐ。
「いい加減にしてっ!!明日は大事な作戦があるのよっ!!!もう少し緊張感を持ったらどうなのっ!!!!」
「チッチッチッ♪・・・リツコ、甘いわね。緊張も度が過ぎれば害になるだけ・・・。だから、こうして適度に緊張を緩めているんじゃない♪♪」
するとリツコは別の意味でテンションを上げて怒鳴り、ミサトが人差し指だけを左右に振って舌打ち、笑顔でまあまあと宥めるも全く効果無し。
「緩めすぎよっ!!大体、この様は何なのっ!!?揃いも揃ってっ!!!!」
「だって、しょうがないでしょぉ〜〜・・・。この豪雨で露天風呂には入れないんだから、宴会でもして盛り上がるしかないじゃない」
おかげで、大広間はシーンと静まり返り、カラオケで熱唱していた者も歌声を止め、大広間にカラオケのBGMだけが虚しく鳴り響く。
実を言うと、午後7時より始まった宴会は、テンション最好調のまま既に約2時間半が経過しており、先ほどの乾杯は通算13回目を数えていた。
その上、途中の余興にあった王様ゲーム、ビンゴ大会などで大いに盛り上がり、大広間は乱れに乱れて酔っぱらいで溢れかえり状態。
余談だが、これ等の余興を用意したのは日向であり、日向はミサトより特命を受け、実は浅間山調査の傍ら宴会の準備を進めていたのである。
ガラッ!!
「さぁ〜〜っ!!食うで、食うでぇぇ〜〜〜っ!!!今夜は死ぬまでたらふく食うでぇぇぇ〜空〜〜っ!!!」
そんな雰囲気の中、音信不通だったアキとの連絡がようやく取れたトウジが、ご機嫌に襖を勢い良く開けて何とも間が悪く大広間に乱入してきた。
「・・・って、どないしたんでっか?皆さん」
「おっ!?鈴原君、いつもの調子がやっと出てきたじゃない♪ささ、こっちに来て駈け付け三杯よん♪♪」
「おおっ!?こりゃ、すんません」
さすがのトウジも場の空気がおかしいと歩を止めるが、ビール瓶片手のミサトに手招きされ、己のお膳からコップを持ってミサトの元へ向かう。
「あなた、未成年にお酒を飲ます気っ!?」
「っ!?」
「今日くらい良いじゃない♪無礼講、無礼講♪♪」
「ミサトっ!!」
しかし、リツコから怒号が飛んでトウジが再び歩を止めると、ミサトとリツコも再び言い争いを始め、重苦しい雰囲気が大広間に漂い広がる。
「(な、何んや?・・・ひょ、ひょっとして、わしが悪いんか?くっ・・・。こ、こうなったら・・・・・・。)
 ミサトさん、リツコさん・・・・・・。2人とも安心して下さいっ!!
 この漢、鈴原トウジっ!!酒など飲まずとも・・・。酔えますっ!!!歌えますっ!!!!盛り上がれますっ!!!!!
 ・・・と言う事で、まずは1発目っ!!この鈴原トウジが鈴原家に一子相伝で代々伝わる腹踊りを皆さんにご披露しまっせぇぇ〜〜〜っ!!!」
トウジは2人の言い争いの原因が己にあると勘違いして気まずくなり、この重い雰囲気を拭い去るべく一大奮起して浴衣上を豪快にはだけさせた。
「よっ!!待ってましたっ!!!」
パチパチパチパチパチッ!!ピーーー、ピーーーッ!!!
たちまちミサトは新たな余興に目を輝かせてリツコとの言い争いを止め、頭の上でやんややんやと拍手喝采して景気づけの指笛を鳴らす。
「良いぞっ!!やれ、やれぇ〜〜っ!!!(す、鈴原君・・・。き、君は真の漢だよっ!!ぼ、俺には君の真似はとても出来ないっ!!!)」
パチパチパチパチパチッ!!・・・パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチッ!!!
続いて、日向が本来は己のすべき仲裁役を代わってくれたトウジの勇気を拍手で褒め称え、それをきっかけに拍手が大広間に広がってゆく。
「ゴホンっ!!・・・まずぅ〜〜は一肌脱いで♪チャカポコ、チャカポコ♪♪(・・・な、なして、わしがこないな事をせなあかんねん)」
パンッ・・・。パンッ・・・。パンッ・・・。パンッ・・・。パンッ・・・。
トウジは満場の拍手に迎えられて引っ込みがつかなくなり、ミサトが音頭を取る皆の手拍子に合わせ、腰を左右にクネクネと振って踊り始めた。
「・・・全く、頭痛がしてくるわ。レイ、アスカ、あなた達も早めに切り上げて・・・・・・。」
その光景に人差し指をこめかみに置いて溜息をつき、リツコは部屋へ戻るべく腰を浮かしながら隣へ視線を向けてビックリ仰天。
「これ・・・。辛くて美味しい」
「どれどれ?・・・あっ!?本当だ。これはかなりイケてるわね」
何故ならば、いつの間にかお膳にお銚子を幾つも列べ、レイとアスカが熱燗に舌鼓を打って、頬をほんのりと桜色に染めていたからである。
「んっ!?何よ、リツコ?」
「・・・何でもないわ。あなた達、明日の為にも早く寝ておきなさいよ」
ふとアスカがリツコの驚き顔に気付いて不思議顔を向けると、中腰体勢で固まっていたリツコは、溜息をつきながら解凍して立ち上がるも束の間。
「うっうっ・・・。せ、先輩、何処へ行くんですか?シ、シンジ君が、シンジ君が、シンジ君が・・・。うっうっうっ・・・・・・。」
「・・・あなた、お酒に弱いんだから程々にしておきなさいよ?」
レイの隣に座って一升瓶を抱いていたマヤが、リツコの足に泣き縋って抱きつき、リツコが鬱陶し気にマヤを足蹴にして振り払う。
「あっ、それ♪それ、それそれそれそれぇぇ〜〜〜♪♪」
「おらおらっ!!勿体ぶらずパァ〜〜ッと脱げ、パァ〜〜ッとっ!!!」
「そうだ、そうだっ!!(す、鈴原君、すまない・・・。ひ、卑怯な俺を恨んでくれっ!!!)」
「ああっ!?あたしの刺身を食べたわねっ!!?レイっ!!!?」
「・・・多分、あなたの気のせいよ」
「うっうっ・・・。シンジ君、シンジ君、シンジくぅぅ〜〜〜ん・・・。うっうっうっ・・・・・・。」
そして、本格的に頭痛がしてきた両こめかみを両人差し指で押さえ、リツコは深い溜息をついて溜息しか出てこない騒がしい大広間から出て行く。
ガラッ・・・。バタンッ・・・。
「・・・無様ね」
こうして、歯止め役であるリツコの存在が消えた事によってミサトの暴走が始まり、宴会は何人も退場を許されず深夜過ぎまで延々と続けられた。


「あっ!?それくらい、私がしますよ」
廊下から台所への暖簾を潜って、シンジが夕飯の洗い物をしているのを見つけ、慌てて流し台へ駈け寄って行くノゾミ。
「いや、良いよ。あともう少しで終わるから」
「いいえ、碇先輩は休んでいて下さい。こう見えても、洗い物は得意なんですよ?」
「・・・そうかい?なら、お願いしようかな」
シンジは顔だけを振り向かせてノゾミの提案を断るが、ノゾミの強い要望に少し考えて頷き、エプロンを外してノゾミの首へかけてあげる。
「はい、任せて下さい♪さぁ〜〜て、やるぞぉぉ〜〜〜♪♪」
「フフ・・・。頼もしいね」
「・・・って、あれ?これ、何ですか?」
ノゾミはシンジの期待に満面の笑みで応えてエプロンを結びながら、ふと流し台の隣のコンロの鍋に火がかかっている事に気付いて首を傾げた。
「ああ・・・。もう、そろそろ良い頃だね。これは卵酒だよ」
「えっ!?これが噂の卵酒なんですかっ!!?」
シンジは思い出したかの様に湯立ち始めている鍋の火を止め、ノゾミが鍋に張られた薄黄色い液体の正体を知って驚く。
「何だい?その噂のってのは・・・。」
「だって、話では良く聞くけど、実際にはまず見ないじゃないですか。・・・夕飯の時も思ったんですけど、やっぱり碇先輩って凄いですね」
その驚き様がおかしくクスクスと笑い、シンジは用意してあったコーヒーカップへ卵酒を注ぎ、一口だけ飲んで出来映えを満足そうに頷いた。
「そんな卵酒くらいで大げさな・・・。多分、洞木さんだって作り方くらい知っているさ」
「でも、お姉ちゃんが卵酒を作ってくれた事なんて、今まで1度もないですよ?」
謙遜する上にヒカリを立てるシンジの度量に感動するも、ノゾミはシンジの『ヒカリも卵酒を作れる説』を疑って鼻で一笑する。
「それはノゾミちゃんのお父さんが日本酒を飲まない人だからじゃないかな?日本酒がなければ、卵酒は作れないからね。・・・・・・違う?」
「確かにそうですけど・・・。お姉ちゃんが私に卵酒を作ってくれるなんて絶対に想像できないなぁ〜〜」
「どうして、そう思うんだい?・・・洞木さん、ノゾミちゃんの事を良く心配しているよ?」
そんなノゾミへ鋭い横目を向けて諭すが、ノゾミは気付かず尚もヒカリを馬鹿して笑い、シンジが視線を戻して深い溜息混じりに戒めた。
「それは外面が良いだけですよ。家にいる時なんか、私を見る度にガミガミ、ガミガミと怒ってばっかり。
 昨日だって、電話がかかってきたかと思ったら・・・。
 遅刻はしなかったか、忘れ物はしなかったか、宿題はもうやったのか、戸締まりはちゃんとしたか・・・って、そんな事ばっかり。
 それに比べて、さっきのトウジさんなんて話をしたのは短かったけど、アキの事を本当に心配しているだなぁ〜〜ってのが良く解りましたもん」
しかし、ノゾミはヒカリの事を散々愚痴った揚げ句、トウジとアキの兄妹仲を羨んで自分の姉であるヒカリに対して口を尖らせる。
「んっ!?さっきの電話はトウジだったんだ?」
「はい。でも、アキが風邪をひいているって言いませんでしたよ」
「そうだね。明日に大事な作戦を控えたトウジにはその方が良い。・・・・・・でもね。ノゾミちゃん」
「・・・はい?」
「やっぱり洞木さんはノゾミちゃんの事を心配しているんだよ。ただ、トウジとはその方法がちょっと違うだけなのさ」
シンジは愚痴の中に出てきたトウジへの配慮にノゾミを誉めながも、話を元に戻して尚もヒカリに対するノゾミの感情を戒めた。
「えぇ〜〜・・・。そうかなぁぁ〜〜〜?」
「良く考えてご覧よ。アキちゃんはアキちゃんでノゾミちゃんにトウジの事を良く愚痴っていないかい?」
それでも、ノゾミはシンジの言葉がいまいち信じられず首を傾げ、シンジはやれやれと苦笑を浮かべつつ改めてノゾミを別角度から諭す。
「そう言えば・・・。」
「・・・だろ?つまり、自分の庭の柿は甘く感じず、隣の庭の柿ほど甘く見えると言う奴さ・・・。じゃ、僕はこれを届けてくるからお願いね」
するとノゾミは人差し指を顎に当てて神妙な表情を浮かべ、シンジはようやく戒めが伝わった事にニッコリと微笑みながら台所を出て行く。
「やっぱり、碇先輩って格好良いぃぃ〜〜〜・・・。お姉ちゃんと違って大人だもんね。
 ・・・と言う事で結論っ!!碇先輩が私のお兄ちゃんだったら良かった・・・って、あっ!!?・・・お、お兄ちゃんだとちょっと困るよね。
 だ、だって・・・。だ、だって、結婚できないもん・・・・・・。キャァァ〜〜〜♪言っちゃった、言っちゃったぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜♪♪」
だが、その実はいまいち伝わっておらず、シンジの姿が台所から消えるや否や、ヒカリ不要論を唱えて何やら妄想を炸裂させるノゾミだった。


「ふぅぅ〜〜〜・・・。ご馳走様。美味しかったです」
両手で包み持って傾けていたコーヒーカップを下ろし、ベット脇に座るシンジへご機嫌なニッコリ笑顔を見せるアキ。
ちなみに、アキは上半身を起こしてベットに座っており、その背中とベット頭柵の間には背もたれとして大きなクッションが置かれている。
「そう言って貰えると作った甲斐があったと言う物だよ・・・って、んっ!?もう顔が紅くなってきてるよ?」
「あっ!?本当だ・・・。熱くなってる」
「フフ・・・。もしかして、お酒は初めてだったのかい?」
「そりゃ、そうですよぉ〜〜・・・。」
シンジは桜色に染まったアキの頬を指摘してクスリと笑い、アキが酔いで熱を帯びた頬に手を当て、子供扱いするシンジに口を尖らせた次の瞬間。
「っ!?」
ドスッ・・・。
電光石火の早業でアキを抱き寄せたシンジが、その尖らせた唇に唇を重ね、アキが驚きに目を見開いて持っていたコーヒーカップを床へ落とす。
「んっ・・んんっ・。」
           「・・・んんっ・・。」
「・・んっ・・んんっ」
           「んんっ・・んっ・。」
「・・んんっ・・・。」
           「・・・んっ・・んっ」
だが、アキはすぐに落ち着きを取り戻すと、シンジの背中に両腕を回して静かに目をソッと瞑り、シンジのキスに応え始めた。
「・・んっ・んんっ。」
           「んっ・・んんっ・。」
「・んんんっ・・・。」
           「んんっ・・んんんっ」
「・・んっ・んんっ。」
           「・んっ・んっ・・。」
長い長いキスの果て、シンジがアキの胸元へ右手を伸ばしてパジャマのボタンに指をかけ、アキが期待に思わず体をビクッと震わす。
「はい、お終い・・・。」
「えっ!?・・・えっ!!?えっ!!!?えっ!!!!?」
しかし、シンジはアキとの抱擁を解いてキスも止め、アキがシンジの予想外の行動に驚いて目を何度もパチクリと瞬き見開く。
「どうしたんだい?そんなに驚いた顔をして・・・。僕は外れていたボタンを留めただけだよ?
 まあ、僕はアキちゃんの風邪なら移っても良いけど、アキちゃんが風邪をこじらせるのは頂けないからね。だから、お終い・・・。ねっ!?」
「で、でもぉ〜〜・・・。」
シンジはアキの様子が愉快でたまらずクスクスと笑いながら諭すが、アキは何やら諦めきれず切なそうに潤む上目づかいをシンジへ向ける。
「それにノゾミちゃんが下に居るんだからバレちゃうよ?・・・アキちゃんは意外とあの時の声が大きいからね」
「そ、そんな事ありません・・・。た、多分・・・・・・。」
ならばとシンジが耳打ち囁くと、あの時とはどんな時なのかは全くの謎だが、たちまちアキは真っ赤に染めた顔を俯かせて効果覿面に押し黙った。
「・・・ねえ、アキちゃん」
「は、はいっ!?」
一拍の間の後、シンジが右手をアキの左肩へ優しく置き、アキが再び期待に思わず体をビクッと震わせて顔を勢い良く上げたその時。
パチンッ!!
「っ!?」
左目から強烈な紅い輝きを放って、シンジがアキの眼前に置いた左手で指パッチンを打ち鳴らし、アキが全身を脱力させて後方へ倒れてゆく。
「・・・さあ、ゆっくりとお休み」
「はい・・・。お休みなさい・・・・・・。」
シンジは倒れ込む寸前でアキを抱き留めると、クッションを取り除いて綺麗に布団をかけ、微睡み開くアキの目の上に左手を置いて撫でつける。
「風邪には睡眠が1番の特効薬。これで朝には治っているだろう」
ピーーーーーーーーーーッ!!
「・・・っと、いけない、いけない。お風呂を沸かしていたんだっけ」
するとアキは瞼をゆっくりと閉じたかと思ったら、瞬く間に寝息を静かに立て始め、シンジは1階から聞こえてきたブザー音に部屋を出て行った。


「ノゾミちゃん、お風呂が沸いたから先に・・・って、あれ?」
「碇しぇ〜〜ん輩♪」
「・・・突然、どうしたんだい?」
約30分ぶりに台所へ帰還したシンジは、いきなり背後からノゾミに抱きつかれ、やや驚きながらも苦笑を浮かべた顔だけを後ろへ振り向かせた。
「んっ!?この臭い・・・。余っていた卵酒を飲んだね?ノゾミちゃん」
「はい、美味しかったです♪」
その途端、強いアルコール臭が鼻につき、シンジが苦笑を深めてノゾミの悪戯を諫めるが、ノゾミはご機嫌な笑顔で全く悪びれた様子なし。
「しかも、こっちのまで飲んじゃって・・・。お酒は20歳になってからだよ?(なんて、お約束な・・・・・・。)」
シンジは深い溜息をつきつつ顔を戻し、テーブルに置かれた鍋の中身と一緒に隣の一升瓶の量も変化している事にますます苦笑を深めた。
ちなみに、一升瓶の中身はもちろん日本酒でシンジが卵酒の材料に使った物。
また、この一升瓶は先ほど封を切ったばかりであり、シンジが使用したのはコーヒーカップ2杯弱ほどなのだが、今では半分以上が減っていた。
「むっ!?碇先輩、狡いですっ!!!アキにばっかり優しくしてっ!!!!」
「そんな事はないさ。僕はノゾミちゃんにも優しいよ」
そのつれない態度に苛立ち、ノゾミはシンジの頭を掴んで強引に体ごとシンジを振り向かせ、鈴原邸来訪以来ずっと感じていた不満をぶちまける。
「嘘っ!!嘘、嘘、嘘っ!!!そんなの嘘ですっ!!!!アキばっかり見て、私の事なんかちっとも見てくれないじゃないですかっ!!!!?」
「やれやれ、困ったね・・・。どうしたら、許してくれるのかな?」
シンジは肩を竦めてノゾミの不満を否定するが、ノゾミの怒鳴る勢いは止まる事を知らず、酔っぱらいには勝てないと早々に白旗を上げた。
「だったら・・・。ん〜〜〜〜〜っ!!」
「・・・仕方ないね」
するとノゾミは爪先立ちして目を瞑り、シンジは突き出された唇の降伏条件に溜息をつくと、ノゾミの前髪を掻き上げて唇をおでこに重ねる。
「?????・・・違いますっ!!そこじゃありませんっ!!!」
「えっ!?んんんっ!!?(おやおや、この僕が唇を奪われるなんて・・・。フフ、何年振りかな?)」
ノゾミは目を開けてキョトンと不思議顔になるも、すぐに不機嫌顔となってシンジの首に両手を回して引き寄せ、自らシンジの唇に唇を重ねた。
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
ノゾミは本懐を遂げられて感動に胸をジーンと震わせていたが、シンジが驚きに見開いていた目を笑わせ、ノゾミをきつく抱き寄せた次の瞬間。
(今夜はそんなつもりも無かったけど・・・。ノゾミちゃん、君が悪いんだよ?フフフフフ・・・・・・。)
「っ!?っ!!?っ!!!?」
シンジから怒濤の反撃が始まり、ノゾミは知識でしか知らなかった口撃を受け、一気に酔いを醒ましてビックリ仰天。
「んんんんんんっ!!」
           ジタバタジタバタッ!!
「んんん〜〜〜っ!!」
           ジタ、バタ、ジタ、バタ。
「んっ・・・・・・。」
           ジタ・・・。バタ・・・。
すぐさまノゾミは必死の抵抗を始めるが、シンジの凄まじい口撃に抵抗力を瞬く間に奪われ、遂にはシンジの首に回していた両手を力無く垂らす。
「んんっ・んっ・・。」
           「んんっ・・んんんっ」
「・・んっ・んんっ。」
           「・んんんっ・・・。」
「・んっ・んっ・・。」
           「・・んっ・んんっ。」
シンジはノゾミの腰を持ち上げてノゾミの足を浮かすと、キスをしたまま台所から続くお茶の間へ移動して、テーブルの上にノゾミを押し倒した。
「・・・ノゾミちゃん」
「はぁ・・・。はぁ・・・。はぁ・・・。はぁ・・・。はぁ・・・。」
そして、シンジは真剣な眼差しでノゾミの潤む瞳を覗き込み、キスの後遺症で荒い息をつくノゾミが、恥ずかしそうに視線を逸らして無言で頷く。
『逆行物とかけて、TV版最終回と説く。その心は・・・。』
「ク、クワワワワ・・・。」
その応対確認にどんな意味があるかは全くの謎だが、お茶の間にいたペンペンは見ていたTVを消すと、安住の地を求めてアキの部屋へ撤退した。


トントントントントン・・・。
「あ、あの・・・。お、おはようございます」
台所出入口で立ち竦み、包丁の心地良いリズムを鳴らすシンジの背中を眺める事3分弱、ノゾミが必死に勇気を振り絞って挨拶の声をあげる。
「やあ、おはよう」
「・・・えっ!?」
応えてシンジは笑顔を振り向かせるが、すぐにまた振り向き戻り、ノゾミはいつもと変わらぬながら予想外のシンジの反応に茫然と目が点。
「んっ!?どうかした?」
「い、いえ、何でもありませんっ!!は、はいっ!!!」
しかし、シンジがその驚き声に再び顔を振り向かせた途端、ノゾミは即座に茫然から立ち直り、今度は顔を真っ赤っかに染めて何やら焦りまくり。
「あれ、顔が紅いよ?アキちゃんの風邪でも移ったのかな?」
「ひゃあっ!?」
シンジはノゾミの様子を怪訝に思い、まさかと思いながら熱を計るべくノゾミへ近寄るも、ノゾミが驚きに跳ね後ずさってシンジとの距離を取る。
「ご、ごめんなさいっ!!ち、違うんですっ!!!わ、私、その・・・。」
「フフ・・・。どうやら、それだけの元気が有れば大丈夫だね」
すぐさまノゾミは自分の取った失礼な態度に気付いて詫びるが、シンジは全く気にした様子も見せずニッコリと微笑んでノゾミへ背を向けた。
(・・・ど、どうして?あ、あれはやっぱり夢だったの?
 で、でも・・・。そ、それなら、これは・・・。だ、だけど、碇先輩はいつも通りだし・・・。ちゃ、ちゃんと服も着ていたし・・・・・・。)
だが、ノゾミはいつもと変わらぬシンジに再び茫然と目が点になり、起床して以来ずっと鈍痛の走る下腹を押さえ、その場にただただ立ち竦む。
トントントントントン・・・。
              トントントントントン・・・。
トントントントントン・・・。
              トントントントントン・・・。
トントントントントン・・・。
              トントントントントン・・・。
シンジは作業を再開して包丁のリズムを刻み、鈴原邸に朝の清々しい静寂が満ち満ちてゆく。
トントントントントン・・・。
              トントントントントン・・・。
トントントントントン・・・。
              トントントントントン・・・。
トントントントントン・・・。
              トントントントントン・・・。
そのリズムに少し落ち着きを取り戻したのか、ノゾミがシンジの背中から目を離さず思考に没頭したままキッチンテーブルの椅子へ座ったその時。
バサッ!!
「おはようございまぁ〜〜す♪」
台所出入口にかかった暖簾を勢い良くはね除け、アキが元気一杯の挨拶と共に台所へ現れた。
「やあ、おはよう。調子はどうだい?」
「おかげさまで一晩寝たら、この通り♪」
そして、シンジが笑顔を振り向かせると、アキは満面の笑顔とガッツボーズで元気さをシンジへアピール。
「それは何より・・・。もうすぐ朝食が出来るから座って待ってて」
「はい♪・・・あっ!?ノゾミ、居たんだっけ?」
シンジは頷いて振り向き戻り、アキはシンジの指示に嬉しそうな返事を返すも、キッチンテーブルにお邪魔虫のノゾミの姿を見つけて口を尖らす。
「何よ、それぇ〜〜・・・。」
「こらこら、朝から喧嘩しない。・・・それより、ノゾミちゃん。そこのお皿を取ってくれない?」
「えっ!?あっ!!?は、はいっ!!!!」
ノゾミも負けじと口を尖らすが、苦笑するシンジのお願いに慌てて口を引っ込め、テーブルに用意してあった皿をシンジの元へ持って行く。
「ありがとう。そこに置いてくれるかな?・・・フフ、いつも通りにしていないとアキちゃんにバレちゃうよ?」
「っ!?」
パリンッ!!ガッシャァァーーーンッ!!!
シンジはノゾミへ手を差し出しながら言葉後半をノゾミだけに小さくクスリと笑い、ノゾミがシンジの囁きに衝撃を受けて思わず皿を落とし割る。
「ノゾミっ!?何やってるのっ!!?」
「ご、ごめん・・・。ア、アキ・・・・・・。」
「ああ、2人とも良いよ。僕が片づけるから」
朝食の後、ノゾミは朝シャン中に全くの謎の内出血後を首筋に見つけ、昨夜の出来事が夢ではなく現実だったとようやく実感した。


『レ、レーダー・・・。さ、作業終了』
『・・・し、進路確保』
『デ、D型装備、異常なし』
『に、弐号機・・・。は、発進位置・・・・・・。』
本日は天候に恵まれ、いよいよ作戦開始時刻である正午が30秒後に迫り、にわかにアナウンスで騒がしくなってゆく仮設営された作戦本部。
「了解っ!!アスカ、準備はどうっ!!?」
『・・・・・・。』
「アスカっ!!」
ミサトが意気揚々とアスカへ作戦の意気込みを尋ねるが、モニターに俯いて映るアスカからは幾ら待てども反応はなく怒鳴って尚も尋ねる。
『わ、解ってるわよ・・・。い、いつでも、どうぞ』
「では、発進っ!!」
応えてアスカが口元を押さえながら青白い顔を上げると、ミサトは満足そうに頷き、声高らかに号令を体育館に響かせた。
ウィィィィィーーーーーーン・・・。
同時に体育館の時計の針が全て縦に揃い、体育館に設置された50インチモニター内の弐号機D型装備が徐々にクレーンで火口へ降下して行く。
ちなみに、弐号機の両手には使徒捕獲の為の長方体電磁シールド柵が装備されている。
「日向君っ!!復唱はどうしたのっ!!?」
「に、弐号機・・・。は、発進・・・・・・。」
順調に進んでゆく作戦ではあるが、ミサトは職務怠慢な日向を怒鳴って叱り、キーボードに顔を伏せて打っている日向が息絶え絶えに復唱を返す。
「・・・ったくっ!!どいつも、こいつもだらしないわねっ!!!シャキッとしなさいっ!!!!シャキッとっ!!!!!」
「か、葛城さん・・・。き、聞こえてますから、そんな大声を出さないで下さいよぉ〜〜・・・。あ、頭に響くじゃないですか・・・・・・。」
ミサトはその様子に日向ともども眼下の者達へ尚も怒鳴って叱るも、返ってきたのは完全に机へ突っ伏してしまっているマヤの文句のみ。
無論、アスカと日向とマヤの調子が悪いのは二日酔いの為であり、その原因は深夜過ぎまで続けられた昨夜の宴会に他ならない。
しかも、この場にいる99%の者達が多少の程度の差はあれども実は揃って二日酔い。
また、壇上から眼下を見渡してみれば、作戦部と技術部の面々もほぼ総じて日向とマヤ同様に机へ突っ伏している状態。
『ま、回る・・・。ま、回る・・・。ま、回る世界・・・。い、碇君、世界がグルグルなの・・・・・・。』
「お゛、お゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛〜゛〜゛〜゛〜゛〜゛〜゛っ!!」
その上、アスカの隣のモニターではレイが時折クスクスと不気味に笑い、トウジに至っては壇上隅で顔をバケツへ突っ込んで出さない有り様。
「ほらほら、声が出ていないわよっ!!声がっ!!!」
「・・・無様すぎるわ」
一方、残り1%のミサトと陣営を同じくするもう1人、リツコは眼下の光景を見渡して深い溜息をつき、憤りを通り越して呆れるしかなかった。


その後、弐号機は第八使徒『サンダルフォン』を捕獲するも、引き上げ作業中に使徒が成長を遂げ、キャッチャーを破棄して捕獲を断念。
そして、火口内と言う状況下で熱膨張を利用したリツコの機転により、使徒は弐号機によってあっさりと殲滅された。




− 次回予告 −

歌は良いね・・・。                

歌は心を潤してくれる・・・。           

リリンの生み出した文化の極みだよ・・・。     

・・・と君がそう教えてくれたのはもうずっと昔の事。

今度は僕が君に教えてあげよう。          

フフ、僕と共に逝くかい?この世の果てへ・・・。  


Next Lesson

静 止した闇の中で

さぁ〜〜て、この次はカヲルさんで大サービスっ!!

注意:この予告と実際のお話と内容が違う場合があります。



後書き

正直に言って、Bパートはどうしようかと凄く迷ったんですよね。
シンジ中心にするか、浅間山中心にするか。
で、やっぱり主人公を中心にしないでどうすると思い、シンジ中心にしたら・・・。
Bパート自体が何だか外伝っぽいエピソードになっちゃいました(^^;)
実際、本来やるべきサンダルフォン戦も実質的に2行しかありませんしね(爆)
あとマヤの親友で『雪風チエ』が初登場していますが、今後の出番はまず無いかと思われます(笑)
まあ、リクエストが有れば別なんですが、チエは基本的に外伝向けなキャラなんですよね。


感想はこちらAnneまで、、、。


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