「らっきぃ〜〜♪加持さんにショッピングをつき合って貰えるなんてぇ〜♪♪」
第三新東京市郊外のとあるデパート、土曜日で人が賑わう中を加持と腕を組んで一緒のお買い物にご機嫌なアスカ。
ちなみに、アスカの姿はブルーのノースリーブシャツにジーンズのミニスカート。
一方、加持はいつもながらアイロンがけしていない万年ヨレヨレな水色のシャツにグレーのスーツズボン。
「姫のご要望とあっては断れませんからな。・・・でも、王子様とじゃなくて良いのか?」
「・・・王子様ぁ〜〜?」
加持は恭しくアスカの喜びに応えながら戯けた口調で茶化し問うが、アスカは加持の言わんとする事が解らずキョトンと不思議顔で問い返す。
「アスカの王子様、シンジ君さ・・・。俺なんかと一緒の所を見られたらまずいんじゃないのか?」
「な、何、言ってるのよっ!!か、加持さんっ!!!あ、あたしとシンジは別に何でもないんだからっ!!!!」
応えて加持がニンマリと笑ってシンジの事を指摘すると、たちまちアスカは顔を真っ赤に染めて加持の言葉を怒鳴り否定した。
「おや、そうなのか?結構、お似合いだと思ったんだけどな?」
「ほ、本当なんだってばっ!!あ、あたしも迷惑してるのよっ!!!あ、あいつ、追っ払っても、追っ払っても付きまとうんだからっ!!!!」
その大声に周囲の視線が何事かと集まり、アスカは加持の言葉を否定しておきながら、慌ててシンジが居ないか辺りの様子を伺いつつ腕を離す。
「ほぉぉ〜〜〜・・・。」
「な、何よっ!!」
「はいはい・・・。姫の仰せの通りにございます」
「もうっ!!加持さんなんて知らないっ!!!」
加持はアスカの恋する乙女の態度にニヤニヤと笑い、反対にアスカは加持の態度にプリプリと怒り、加持を置いて大股歩きの早足で歩き始めた。
「はっはっはっ!!すまん、すまん・・・。
・・・で、そのシンジ君はどうしたんだ?こういう役は俺なんかよりもシンジ君の方がよっぽど適任だろ・・・って、どうした?アスカ」
「レイと買い物・・・。レイの方が先約なんだってさ・・・・・・。」
しかし、失笑と言う感じに笑って肩を竦める加持にシンジの所在を問われた途端、アスカは立ち止まり、拳を力強くギュッと握って顔を俯かせる。
「(やれやれ、こう見えても色々と忙しいんだが・・・。この俺がキープ扱いとは・・・・・・。
しかし、変われば変わる物だ。今のアスカを見たら、副司令がどんな顔をする事やら・・・。)ところで、修学旅行は何処行くんだ?」
加持はそのドイツ時代では見られなかった恋する乙女の背中に苦笑を浮かべた後、アスカの肩へ手を置いて場の空気を変え様と話題転換を図った。
余談だが、加持の言葉の中にある副司令とは冬月の事ではなく、ネルフドイツ支部副司令であるアスカの父親の事。
「お・き・な・わ♪メニューにはスクーバダイビングも入ってんの♪♪」
するとアスカはよほど修学旅行が楽しみなのか、たちまちご機嫌を取り戻し、大きく腕を振ったスキップで売場を再進行。
「スクーバね・・・。そういや、もう3年は潜ってないな」
「ねえ、加持さん♪加持さんは修学旅行に何処へ行ったの♪♪」
「んっ!?ああ・・・。俺達、そんなの無かったんだ」
おかげで、先ほど以上の注目を浴び、加持は今さっきとは別種の苦笑を浮かべるも、アスカから投げかけられた素朴な質問に表情を素に戻す。
「・・・どうして?」
「セカンドインパクトが有ったからな」
「そっか・・・・・・。」
加持の応えに立ち止まり振り返って尚も問うが、加持から返ってきた応えに、アスカが悪い事を聞いたなと気分を沈ませるも束の間。
「あっ!?着いた、着いた♪」
「な、なんだぁ〜〜?こ、ここ、水着コーナーじゃないか・・・。」
アスカは視線の端に捉えた目的地に目を輝かせて突撃を駈け、加持が女性客しか居ない色とりどりの水着が列ぶ売場に顔を引くつかせる。
しかも、隣はランジェリーコーナーであり、気付けば男はこの1区画に加持しか居らず、周囲の女性達が加持を指さして何やらヒソヒソと密談中。
なにせ、加持とアスカの年齢差ではどう見ても兄妹にも親子にも見えず、噂好きの女性達にとって2人の関係の推察は噂の恰好の的。
「ねぇねぇ♪これなんか、どお♪♪」
「いやはや・・・。中学生にはちと早すぎるんじゃないかな?」
そんな加持の心中など知らず、アスカが赤と白のストライプ模様のセパレートタイプ・ハイレグカット水着を持って売場から早速戻ってくる。
「加持さん、おっくれてるぅ〜〜♪今時、こんくらい当たり前よ♪♪」
「う〜〜〜ん・・・。でも、こっちのもう少し大人し目の方が良くないか?」
だが、加持は少し過激なその水着に難色を示し、この場を早々に立ち去るべく近くのマネキンに飾られた白無地ワンピース水着を適当に指さした。
「ダメ、ダメっ!!これでも、まだまだ足りないくらいなんだからっ!!!大体、そんなんじゃレイに勝てない・・・って、はっ!!!?」
その水着を悩みもせず却下すると、アスカはより過激さを求めて再び売場へ戻ろうとするが、思わず口走った失言に慌てて口を塞いで立ち止まる。
「・・・ち、違うっ!!ち、違うんだってばっ!!!シ、シンジなんて、全然関係ないんだからっ!!!!」
「なるほど・・・。そういう理由か」
一拍の間の後、アスカはゆっくりと振り返り、焦りに顔を真っ赤っかに染めて前言撤回するが、そこにあった加持のニヤリ笑いは消えない。
「ほ、本当なんだってばっ!!か、加持さん、信じてよっ!!!ね、ねえってばっ!!!!」
「はいはい・・・。だが、そういう目的ならこっちの方が良くないか?」
それどころか、先ほどまでの気恥ずかしさは何処へやら、加持はアスカを追い越して売場へ入り、すぐさま鋭敏な知覚でとある水着を選び出した。
「えっ!?・・・こ、これは幾ら何でもちょっと派手すぎない?も、もうちょっと大人しいのが良いんだけど・・・。」
アスカは手渡されたハイビスカス柄の派手なビキニ水着に大粒の汗をタラ〜リと流し、さっきとは立場を逆にして加持ご推薦の水着に難色を示す。
「何を言ってるんだ。自分の武器を認識してこそ、初めて武器は武器で有り得るんだぞ?」
「・・・ぶ、武器?」
加持はそんなアスカにやれやれと首を左右に振って諭すが、アスカは加持の言いたい事がまるで解らず戸惑い問い返した。
「そう、武器だ。こう言っちゃなんだが、レイちゃんは発育がやや遅め・・・。しかし、アスカは同年代に比べ、立派な物を持っているだろ?」
「り、立派な物・・・って、や、やだっ!?か、加持さんのHっ!!!ど、何処、見てるのよっ!!!!」
ならばと加持はニンマリと笑いながら横目でアスカの胸へ視線を向け、アスカが恥ずかしさに慌てて上半身をやや屈めつつ胸を両手で覆い隠す。
「はっはっはっ!!すまん、すまん・・・。
だけど、アスカがこれでボイぃ〜〜ンと出しちゃって見ろ?浜辺の視線はアスカへ釘付け・・・。当然、シンジ君もメロメロに決まっているさ」
加持はアスカの責めに悪びれた様子もなく笑って謝った後、アスカの耳元へ口を近づけ、再びニンマリ笑いを浮かべてシンジ陥落策を小声で囁く。
「ボ、ボイぃ〜〜ンで・・・。シ、シンジがメロメロ?」
「ああ、ボイぃ〜〜ンでシンジ君がメロメロの上に1発でコロリだ」
「・・・い、1発でコロリ」
その囁きに何か心を惹かれる物があったのか、アスカは一笑した加持に尖らせていた唇を緩め、加持同様にだらしなくニンマリと笑い始めた。
<アスカ妄想>
「おい、見ろよっ!?惣流の水着っ!!?」
「すっげぇぇ〜〜〜っ!?」
「たまんねぇ〜〜なっ!!中学生でアレは反則だろっ!!?」
南国の煌めく白い砂浜のビーチ、アスカのハイビスカス柄の派手なビキニ水着に挙って喝采をあげる男共。
だが、アスカの前にはシンジしか立つ事が許されず、正に水着のハイビスカスが高嶺の花状態。
「シ、シンジ・・・。ど、どう?」
「んっ!?あ、ああ・・・。よ、良く似合っているよ」
長い長い沈黙の末、ふと俯くアスカが上目づかいに怖ず怖ずと尋ね、慌てて我に返ったシンジが動揺に声を上擦らせながら水着の感想を返した。
「・・・そ、それだけ?」
「い、いや、凄く綺麗だっ!!あ、綾波なんて目じゃないよっ!!!い、いや、比べるまでもなく素敵だっ!!!!ア、アスカっ!!!!!」
しかし、アスカはシンジの応えに満足せず俯きを更に深め、シンジが焦りまくって必死にフォローを重ね叫ぶ。
「ほ、本当っ!?」
「うん・・・。僕は決心したよ。アスカ・・・。是非、僕とつき合ってくれないか?そう、結婚を前提に・・・・・・。」
するとアスカは嬉しそうに顔を勢い良く上げ、シンジはアスカの腕を取って抱き寄せ、アスカの瞳を真剣な眼差しで覗き込んだ。
「えっ!?・・・で、でも、レイはどうするの?」
アスカは思いも寄らぬシンジの衝撃告白に一瞬だけ喜ぶが、レイの存在が心に重く伸し掛かり、シンジの眼差しから目を逸らして辛そうに尋ねる。
「綾波には本当に済まないと思う・・・。でも、僕は自分の心に嘘は付けないっ!!僕が好きなのは君なんだっ!!!アスカっ!!!!」
「シ、シンジっ!!」
応えてシンジはアスカを力強く抱きしめ、アスカはその力強さに嘘偽りが無いと感じて嬉しそうに力強くシンジを抱き返した。
「アスカ・・・。」
「・・・シンジ」
そして、何十人と言う観衆が見守る中、シンジとアスカが唇をお互いの唇へゆっくりと近づけてゆく。
「悔しい・・・。でも、完敗よ。アスカ・・・・・・。」
「・・・綾波さん。私、思うんだけど・・・。アスカと張り合う事自体がやっぱり間違っていたのよ」
レイはその誓い口づけを近くのヤシの木の影から見守りつつ涙をホロリとこぼし、ヒカリはレイの心中を察して手をレイの肩へ力無く慰め置いた。
「えへ・・・。えへへ・・・・・・。」
自分自身の妄想にだらしなく頬を緩めて幸せそうながら不気味に笑うアスカ。
「良しっ!!こうなったら、今日は俺が旅先で男を仕留める方法を徹底的にアスカへ伝授してやろうっ!!!」
「ほ、本当っ!?」
だが、加持から魅力的な提案が成された途端、アスカは妄想世界より現実世界へ戻り、虚ろだった目を輝かせ、期待満面の表情を加持へ向けた。
「任せておけってっ!!・・・俺も男だ。男の弱い所は幾らでも知っている。これでレイちゃんなんか目じゃないぞっ!!!」
「ありがとうっ!!加持さんっ!!!・・・ふんっ!!!!今日は負けてあげたけど・・・。今に見てなさいっ!!!!!レイっ!!!!!!」
加持は拳で胸を力強くドンッと叩いて応え、アスカはその頼もしい姿に勝利を確信し、力強く握った右拳を高々と掲げてレイへの闘志を燃やす。
(・・・とは言ったもの。アスカ達はチルドレンだからな。修学旅行へ行けるかどうかもかなり怪しいんだが・・・・・・。
しかし、シンジ君がこの街から居なくなるのは絶好のチャンス。・・・・・・またリっちゃんに頼んで何とかして貰うしかないな)
その様子に策が上手く言ったと心の中でニヤリとほくそ笑みつつ、加持は是が非でもシンジ達を修学旅行へ行かせるべく頭を悩ませ始めた。
「えぇぇ〜〜っ!!修学旅行に行っちゃダメぇぇぇぇぇ〜〜〜〜〜〜っ!!!」
夕方の訓練が終わって夕飯前の軽い食事会中、アスカの絶叫がネルフのカフェラウンジに響き渡った。
「そっ・・・。」
「どうしてっ!?」
「戦闘待機だもの」
「そんなの聞いていないわよっ!!」
アスカは興奮に思わず席を立ち上がった上、テーブルに身を乗り出して怒鳴り問うが、ミサトは全く動じた様子もなく淡々と回答を返してゆく。
「今、言ったわ」
「誰が決めたのよっ!?」
「作戦担当の私が決めたの」
「うぐっ・・・。」
ミサトのビールを飲みつつの余裕の態度が癪に触り、アスカは怒髪天になるも付け入る隙のないミサトの回答に反撃を詰まらせた。
ちなみに、リツコは加持の必死の頼みを断りきれず、渋々ながら断られるのを承知でチルドレン達の修学旅行案をミサトへ提案している。
だが、修学旅行へ行かす確固たる理由がない為、結局はチルドレン達の修学旅行は予定通り断念となった次第。
もっとも、リツコ自身はこの提案が受けられるはずもないと考え、適当にミサトへ一言、二言ほど進言してみた程度だったりする。
但し、そのおかげでリツコは帰宅途中で加持に捕まり、今現在は自分の執務室で延々と加持の愚痴を30分に渡って聞かされ続けていた。
「そんな殺生なっ!!修学旅行でっせっ!!!青春のメモリーでっせっ!!!!そやのにあんまりやっ!!!!!」
するとアスカの勢いに気圧され、思わず口を噤んでいたトウジが席を立ち上がり、アスカに代わってミサトの理不尽な指示を嘆き訴え始める。
余談だが、トウジがチルドレンとなった当初、アスカのトウジに対する反発たるや壮絶な物があった。
何故ならば、幼少の頃よりチルドレンとして厳しい訓練を従事してきたアスカにとって、ぽっと出のトウジの存在など耐え難いからである。
しかし、日に日に明らかとなってゆくトウジの訓練結果のダメさ加減に溜飲を下げ、シンジの説得もあって今では怒りの矛を収めていた。
「そうよ、そうよっ!!青春の日々は2度と帰らないのよっ!!!あんた、それが解ってるのっ!!!!」
「まあ、2人の気持ちは解るけど、こればっかりは仕方無いわ。あなた達が修学旅行へ行っている間に使徒の攻撃が有るかも知れないでしょ?」
アスカはそれに続けと言葉を取り戻して再び怒鳴るが、やはりミサトは全く動じた様子もなくツマミの枝豆を頬張りながら模範解答を返す。
「いつも、いつもっ!!待機、待機、待機、待機っ!!!
いつ来るか解んない敵を相手に守る事ばっかしっ!!たまには敵の居場所を突き止めて攻めに行ったらどうなのっ!!?」
「・・・それが出来れば、とっくにやってるわよ」
ミサトの意見は十分過ぎるほど承知しているも納得がゆかず、アスカは痛烈な嫌味を飛ばすが、ミサトはビールを呷りつつ苦笑を浮かべるだけ。
「シンジっ!!あんたも暢気にビールなんか飲んでいないで、ちょっと何か言ってやったらどうなのっ!!?」
「う〜〜〜ん・・・。多分、僕はこうなるんじゃないかと思っていたからね」
ならばとアスカはシンジへ援軍を要請するも、シンジはジョッキをテーブルに下ろして参軍を拒否。
「なら、レイっ!!あんたはどうなのよっ!!?昼間、シンジと修学旅行の買い物へ行ってきたんでしょっ!!!!」
「・・・碇君が行かないなら、私も行かない」
続いて、シンジの真似をしてビールを頼んだは良いが、苦くて飲めずチビチビと舐めているレイにも援軍を要請するも、レイはシンジに追従。
「うぐぐぐぐっ・・・。」
「何でやっ!?修学旅行やでっ!!?青春のメモリーやでっ!!!?お前等っ!!!!?」
アスカは不甲斐ないシンジとレイに憤って肩をワナワナと震わせ、トウジがシンジとレイの心中がまるで理解できず怒鳴り尋ねたその時。
(ニッシッシッ・・・。誰が行かせるもんですか。只でさえ、好き勝手し放題なのに旅行なんて行かせたら、ますます好き勝手し放題じゃない。
まあ、シンジ君がどうしてもって頼むんなら・・・。今度、休暇でも取って、近場の温泉くらいなら2人っきりで連れて行ってあげるわよん♪)
ミサトがシンジへ刹那だけ横目を向け、思いの外に上手くいった策を心の中でニヤリとほくそ笑み、つい堪えきれず口の端を少しだけ吊り上げた。
「ほほう・・・。」
「・・・な、何かしら?」
その一瞬を見逃さず、シンジは目を細めて邪悪そうにニヤリと笑い、ミサトが心を見透かす様なシンジの視線に体をギクッと動揺に震わす。
「なるほどね。そういう事か・・・。なら、僕も修学旅行へ行きたい派に加わるけど、綾波はどうする?」
「・・・碇君が行くなら、私も行く」
「な゛っ!?」
ガタッ!!
ミサトの動揺から確信を得たシンジは、あっさりと掌を裏返した上にレイも味方へ引き入れ、ミサトが思わず絶句して席を蹴って立ち上がった。
「そうこなくっちゃ♪・・・どう、ミサトっ!!これで4対1よっ!!!これなら文句ないでしょっ!!!?」
「せや、せやっ!!多数決で決定やっ!!!」
アスカはその反応に鬼の首を取ったかの様に腕を組んでふんぞり返り、トウジも腕を組んでウンウンと頷きつつ民主主義を訴えるも一拍の間の後。
「まっ・・・・。幾ら多数決を取ってもダメな物はダメよ。
第一、この決定には碇司令も承認しているんだから。・・・もっとも、まず有り得ないけど碇司令が許可するなら話は別だけどねぇ〜〜?」
「「う゛っ・・・・・・。」」
気を取り直したミサトがニヤリと笑いながら着席して軍事主義を唱え、アスカとトウジは伝家の宝刀の斬れ味にたちまち言葉を失って意気消沈。
「そう、ガッカリする事ないさ・・・。ミサトさん自身が交換条件を提示してくれたのだから、その条件を満たせば良いだけだろ?」
「「「えっ!?」」」
そんな2人をクスリと笑った後、シンジはミサトへニヤリと笑い返して肩を竦め、3人が超難題な条件をいとも簡単そうに表現するシンジに驚く。
「くっくっくっくっくっ・・・。綾波、ちょっと耳を貸して」
「・・・何?」
シンジは3人の驚き様が愉快で堪らないのか、ニヤリ笑いのまま含み笑いを響かせた後、3人へ聞こぬ様に何やら声を潜めてレイへ耳打った。
パチーーーンッ!!
「・・・そう言えば、南極の報告を読んだか?全く、人間の浅はかさを感じさせてくれるよ。大自然の驚異と言う物は・・・・・・。」
司令公務室に将棋の駒を打つ心地よい音を響かせ、ふと冬月は詰め将棋の手を止めて司令席へ顔を向け、腕を組んで深い溜息混じりに問いかけた。
「問題ない・・・。労せず、老人達のキーポイントを守ってくれているのだからな」
「・・・確かにな。だが、それはこちらとて同じ事だぞ?」
「ふっ・・・。漁夫の利を得るだけだ。ならば、こちらの財布は傷まない」
「まあ、度重なる初号機の修理代も馬鹿にならんからな。それが良いだろう」
応えてゲンドウポーズをとるゲンドウがニヤリと口の端を歪め、冬月がゲンドウの悪どい陰謀に顎を手でさすりながら苦笑を浮かべたその時。
コン、コン・・・。
「・・・入れ」
司令公務室の重厚な扉がノックされ、ゲンドウの許しと共に扉が開いて現れたレイが、無言のまま司令席前まで進んでゲンドウと対峙する。
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
司令公務室に沈黙だけが漂い、レイとゲンドウが視線だけを交錯させるが、2人にとってこれが当たり前の会話なので冬月は口を挟まない。
それどころか、冬月は早々に2人を無視する事に決め込み、再び将棋盤へ視線を向けて詰め将棋に頭を悩ませ始めた。
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
一体、どれほどの時が経過したのか、不意にレイが悲しそうに俯き、遂にゲンドウがその仕草に折れて困ったながら嬉しそうに話しかけた。
「・・・どうした?また何か欲しい物でもあるのか?遠慮なく言ってみろ」
(碇・・・。物で感心を買う様になった時点で敗北を認めた様な物だぞ?それに気付いているのか・・・って、愚問だな。聞くのも馬鹿らしい)
沈黙から1分弱、ようやく成されたその言葉にゲンドウへ白い横目を向け、冬月が音を潜めつつ心底呆れた様に溜息をつく。
余談だが、レイが葛城邸隣へ引っ越して以来、ゲンドウは危機感を募らせ、レイの感心を買おうと事ある毎に小遣いや服などを買い与えていた。
「・・・行きたい」
「んっ!?なんだ?」
一拍の間の後、レイが蚊の鳴く様な小声でか細く呟き、ゲンドウがレイの声を聞き取ろうとゲンドウポーズのまま身をやや乗り出す。
「(少し口を尖らせて、俯いたまま上目づかいで・・・。)修学旅行・・・。行きたい」
「ぬっ!?」
するとレイがシンジから授かった策を心で反復しながら行動に移し、ゲンドウはその乙女チックな仕草に衝撃を受けて思わず身を勢い良く引く。
「(脇を締め、胸の前で両手を組んで・・・。)みんなと修学旅行・・・。行きたいの」
「ぬっ!?ぬぬぬっ!!?」
間一髪を入れず、レイは一歩前進して頼み込み、ゲンドウは返答に困って言葉詰まり、ゲンドウポーズを解いてサングラスをしきりに押し上げる。
「(涙を溜め、少し首を右に傾げて・・・。)お願いなの・・・。碇司令、ダメ?」
「ぬっ!?ぬぬぬっ!!?ぬぅぅ〜〜〜っ!!!?」
レイは更に一歩前進すると瞳に涙をジンワリと溜め始め、ゲンドウは汗をダラダラと流しながら今にも縦に振りそうな首を必死に耐え凌ぐ。
(一体、どうしたと言うんだ。レイ・・・・・・って、まさかっ!!?
いや、そうに違いないっ!!これは葛城三佐の入れ知恵だなっ!!?そうだっ!!!!そうに決まっているっ!!!!!
しかし、その目的は何だっ!?何なんだっ!!?レイが修学旅行へ行って、葛城三佐に何のメリットがあるっ!!!?
そもそも、レイが行くとなれば・・・。自ずとチルドレン全員も行かせなかればなるまいし、防衛上も護衛上もデメリットだらけだろう?
・・・はっ!?そう、そうかっ!!?チルドレンの護衛を名目にした沖縄旅行かっ!!!?うむ、そうとしか考えられんっ!!!!!
うぬぬぬぬっ!!葛城三佐めっ!!!レイの引っ越しに続き、またしても無理難題をっ!!!!
だが、ここで私が誠意を見せねば、葛城三佐は・・・。ぬがぁぁ〜〜〜っ!!そうなったら、私は終わりだっ!!!何とかせねばっ!!!!)
そんな一進一退の攻防が繰り広げられる中、冬月が例によって例の被害妄想を膨らませ、詰め将棋どころではない悩みに頭を抱えていた。
「碇、良いんじゃないか?・・・チルドレン達もこの街に閉じこもりっぱなしでは息が詰まるだろう。ここは気分転換に行かせてみては?」
「ふ、冬月・・・。お、お前、自分が何を言っているのかが解っているのか?」
そして、一頻り激しく悩んだ後、冬月は憑き物が取れたかの様に爽やかな顔で額の汗を拭い、ゲンドウが冬月らしからぬ発言にビックリ仰天。
何故ならば、ゲンドウが冬月を己の右腕として信頼を置く最たる理由は、何かと強引な自分をギリギリの段階で抑え諫めてくれるからである。
それにも関わらず、これでは立場が全く逆である上、常識人である冬月の提案はあまりに非常識なのだから、ゲンドウが驚くのも無理はない話。
「副司令・・・。ファイトなの」
「レ、レイっ!?」
すかさずレイは小脇を締めたまま両拳を握って小さなガッツポーズを冬月へ向け、ゲンドウがレイらしからぬ行動に2度ビックリ仰天。
「まあ、お前が心配するのも無理はないが・・・。まあ、沖縄には国連の基地もあるし、有事の際はすぐ駈けつける事が出来るだろう」
「確かに防衛上はそれで良いだろう。・・・・・・だが、護衛はどうする?この街に居てこその安全性だ」
冬月は任せておけと言わんばかりにレイへ力強く頷き、ゲンドウは冬月の提案の穴を必死に捜し、何とか冬月を思い止まらせようと責める。
「そんな物は取るに足らん。特別予算でも組んで護衛を増やせば良かろう」
「お前・・・。さっき、初号機の修理代も馬鹿にならんとか言ってなかったか?」
だが、冬月は予め予想していた反論をあっさりとねじ伏せ、ゲンドウは先ほど予算について愚痴っていた人物とは思えない発言に白い目を向けた。
「それくらいは私が何とかする。普段、私達はレイ達に守られているのだから、これくらいしてもバチは当たらんだろう?」
「副司令、素敵・・・。碇司令、嫌い・・・・・・。」
冬月は堪えた様子もなく自分を納得させるかの様に腕を組んでウンウンと頷き、レイが冬月へ尊敬の眼差しを、ゲンドウへ失望の眼差しを向ける。
「ま、待てっ!!わ、私は何も行ってはダメだとまだ言ってないぞっ!!!レ、レイっ!!!!」
「なら、良い?・・・修学旅行」
たちまちゲンドウは焦りまくって席を勢い良く立ち上がり、レイはゲンドウの言葉に目を輝かせ、改めて修学旅行への許可を求めた。
「うぬっ!?ぬぬぬぬぬっ!!?ぬぅぅぅぅぅ〜〜〜〜〜〜っ!!!?
・・・よ、良しっ!!な、ならば、旅行中は絶対にシンジの半径10メートル以内に近寄らない事を条件に許そうっ!!!」
(やはり、本音はそこか・・・。)
応えてゲンドウは断腸の思いで首をゆっくりと縦に振り、冬月はゲンドウの交換条件に呆れた後、己の役目は終わったと胸をホッと撫で下ろす。
「・・・やっぱり、碇司令は嫌い」
「わ、解ったっ!!は、8メートルでどうだっ!!?」
「・・・どうして、そういう事を言うの?」
「よ、良しっ!!な、7メートルっ!!!」
「そう・・・。良かったわね」
「ええいっ!!こ、こうなったら、6メートル50センチだっ!!!」
こうして、シンジがレイへ施した策と冬月の被害妄想が上手い具合に働き、チルドレンはゲンドウから修学旅行へ行く許可を見事勝ち取った。
真世紀エヴァンゲリオン
M
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T
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Lesson:10 マグマダイバー
「降り注ぐ太陽の光・・・。何処までも青い空・・・。白い砂浜に寄せては返す波・・・。ここは沖縄、南国パラダイス・・・・・・か」
幾つものボートが停泊する船着き場桟橋の先に腕を組んで立ち、緑無地のトランクス水着姿のシンジは目を細めて水平線の彼方を見つめていた。
修学旅行も既に折り返し地点の3日目、そろそろ引率疲れの出てきた教師達は生徒達に自由時間を出して今現在は宿泊先ホテルでお休み中。
そして、ここは様々な修学旅行生達で賑わうビーチから割と離れた人気のない静かなボート貸出所。
ちなみに、ボートと言っても行楽地の湖や池などで見かける手漕ぎボートではなく、三角帆が張られたスポーツ用の小型ボートである。
「シぃ〜〜ンジ♪」
「えっ!?」
不意に背後からご機嫌な声をかけられ、シンジが予想外の声に驚き振り返った次の瞬間。
「うわっ!?」
バッシャァァーーーンッ!!
ハイビスカス柄のビキニにレモン色のパーカーを羽織ったアスカに勢い良く押され、バランスを崩したシンジが海へ落ちて激しい水柱を上げた。
「やぁ〜〜い、やぁ〜〜い♪引っかかった、引っかかった♪♪」
「うわっぷっ!!うわっぷっ!!!・・・ア、アスカっ!!!!た、助けてっ!!!!!」
バシャバシャバシャッ!!バシャバシャバシャッ!!!
すぐさまカナヅチのシンジは懸命に手足をバタつかせ、猛烈な水飛沫を上げながら必死にアスカへ助けを求める。
「いぃぃ〜〜〜だっ!!・・・あたしに隠れてコソコソしていた罰よっ!!!罰っ!!!!あっはっはっはっはっはっはっはっはっ!!!!!」
「そ、そんなっ!!ひ、酷いよっ!!!・・・うわっぷっ!!!!」
バシャバシャバシャッ!!バシャバシャバシャッ!!!
アスカはその要請に目を思いっ切り瞑って歯を剥き出して見せると、シンジから顔をプイッと背けた上にふんぞり返って高笑いをあげ始めた。
「ひぎっ!?」
ブクブクブクブクブク・・・。
「あっはっはっはっはっ・・・・。へっ!?も、もしかして、泳げないの?あ、あんたって・・・・・・。シ、シンジっ!!?」
だが、足をつったらしきシンジが海底へ沈み行く様子に事の重大さを知り、慌ててアスカがシンジを助けるべく海へ飛び込もうとしたその時。
「馬鹿っ!!何やってるのよっ!!!碇君は泳げないのよっ!!!!」
「キャァァ〜〜〜っ!?」
バッシャァァァァァーーーーーーンッ!!
突如、何者かによって勢い良く横へ押し退けられ、アスカはシンジとは別方向へ吹き飛び、海へ落ちてシンジ以上の激しい水柱を上げた。
バシャッ!!
「ぷっはっ!!・・・だ、誰よっ!!?い、いきなりっ!!!!・・・って、ヒ、ヒカリ?」
一拍の間の後、海上へ浮上したアスカは無礼な不届き者に憤って怒鳴るが、不届き者の正体がヒカリと知ってビックリ仰天。
実を言うと、ヒカリは修学旅行の思い出作りに皆の目を盗み、こっそり連れ出したシンジと2人っきりでボートに乗ろうと企んでいたのである。
その証拠にヒカリの左手首にはボートの鍵が付いたリストバンドが填められ、桟橋にはボートで飲む予定だったジュース缶が2つ転がっていた。
ちなみに、ヒカリの姿は水色無地のワンピース水着にグリーンのパーカーとヒカリの性格を表す様に大人し目。
しかし、ワンピース水着には密かにハイレグがやや入っており、ヒカリにとってはドキドキで大冒険な水着とも言える。
無論、大冒険をした理由はシンジへ見せる為であり、既にヒカリはシンジからお誉めの言葉を頂いて大冒険の甲斐があったとご満悦。
一方、アスカは未だシンジからお誉めの言葉を頂けず、加持も頼りにならないとご不満で先ほどシンジを海へ突き落とした行為に至った次第。
「碇君、大丈夫っ!?私にしっかり掴まってっ!!!・・・やんっ!!!?だ、だからって、変な所を掴んじゃダメだってばっ!!!!!」
ヒカリはシンジの脇に左手を回して抱き、さして遠くない浜辺へ向かおうとするが、シンジに全くの謎の場所を掴まれて思わず動きを止める。
「シンジっ!?」
「来ないでっ!!」
バシャッ!!
すぐさまアスカは不埒なシンジに憤ってヒカリの元へ向かうも、修学旅行の思い出作りを邪魔されたヒカリが不機嫌あらわに水をかけて追っ払う。
「・・・・・・ヒ、ヒカリ?」
「さあ、頑張ってっ!!碇君・・・って、きゃんっ!!?
そ、そんなに引っ張らないで・・・。んはっ・・・。お、お願い・・・。う、動かしちゃダメ・・・。んくっ・・・。はぁっ・・・・・・。」
その予想外すぎる行動に思わず目が点になり、アスカはヒカリが何やら悶えながらシンジと共に浜辺へ向かって行くのをただただ茫然と見送った。
「はぁぁ〜〜〜・・・。」
ズルズルズルズルズル・・・。
修学旅行前に渡された生活費を1日目の梯子酒で使い切り、ひもじくネルフの職員食堂で昼食のかけそばを不機嫌そうに啜るミサト。
勿論、ミサトが不機嫌なのはシンジが修学旅行へ行った為であり、1日目に梯子酒で豪遊した理由はそのウサを晴らす為である。
また、金遣いの荒いミサトは最初の1週間で給料を使い切る為、現在の様な月半ばのミサトの財布は実に軽くほぼ無一文状態。
「こりゃまた不景気そうな溜息なんかついて、どうしたんだ?」
「・・・あんたの顔を見たからよ」
「へいへい・・・。ここ、良いか?」
ミサトが醸し出す不機嫌さに誰もがミサトとの同席を避ける中、加持がハンバーグ定食を持ってミサトの向かいの席へ座った。
「勝手に座れば良いじゃない。私に断る必要なんてないわよ」
「あれ?つれないなぁ〜〜・・・。」
ズルズルズルズルズル・・・。
ミサトは一瞥を向けて加持のハンバーグ定食にますます不機嫌となり、遂には加持との会話に無視を決め込んで黙ってソバを啜る。
「・・・なあ、葛城」
「あによ?」
それでも、加持は諦める事を知らずミサトへ話しかけ、ミサトは加持との視線を遮る様におつゆを飲む為に丼を呷った。
「鉄板のうまい店を見つけたんだが・・・。今夜にでも、どうだ?たまには大人同士で・・・・・・。」
「あんたも懲りないわね。いい加減、昔の女なんかさっさと見切りを付けて、新しい相手を捜せって言ってるでしょ?」
ならばと加持はミサトの意識を強引に自分へ向けるべくテーブルの下でミサトへ足でちょっかいを出す。
「それこそ、何度も言わせるなよ。俺にとって今も昔も葛城だけだって言ってるだろ?」
「はいはい・・・。そう言って、いつも口説いている訳ね。ご馳走様」
しかし、丼を下ろしたミサトから返ってきたのは冷たい気のない返事の上、ミサトはカケソバを平らげるや否や、早々に席を立ち上がった。
余談だが、シンジ達が修学旅行へ行っている間、加持はいつも以上にミサトへ猛烈なアプローチをかけ、この3日間で既に13連敗を記している。
「アスカから聞いたんだが・・・。修学旅行は沖縄だって?
・・・なら、さぞかし毎晩が海の幸でご馳走なんだろうな。刺身に、壺焼きに・・・。あっ!?沖縄だから豚の角煮ってのも有りか?」
「っ!?」
そして、そのまま立ち去ろうとするが、やはり諦める事を知らない加持が別角度から攻めた途端、すぐさまミサトは歩をピタリと止めた。
「ところで、葛城は昨日の夕飯に何を食べた?」
「・・・コ、コンビニのシャケ弁」
「だったら、豪勢にいってもバチは当たらんだろ?いや、むしろ葛城にはその権利がある。・・・鉄板だぞ?鉄板?」
加持はミサトの反応にニヤリとほくそ笑み、ここが勝負時だと見定め、ミサトに考える暇など与えず言葉を繋ぐ。
「その店は薩摩和牛が自慢でな。何でも焼けば肉汁が溢れてジューシー、生で食べても口の中でとろけるんだそうだ。
・・・で、そんな極上の肉をシェフが目の前の鉄板で焼くんだぜ。溢れる肉汁でジュー、ジューと音を弾けさせながら・・・・・・。」
「うっ・・・。うううっ・・・。」
案の定、ミサトは加持の情報に踊らされ、自然と頭に湧いてきた鉄板で焼かれるステーキの想像図に生唾を大きくゴクリと音を立てて飲み込んだ。
人間のみならず、人間の食料となる豚や牛などあらゆる生命を奪った大惨事・セカンドインパクト。
しかも、セカンドインパクトで起きたポールシフトによって生態系は崩れ、穀物は一気に枯れ果ててしまい、世界的に大規模な飢饉が訪れた。
特に長期間の備蓄が効かず、希少価値の高かった生鮮食品の物価指数は天井知らずにうなぎ登り、肉料理など当時は最高のご馳走とまで化した。
この様な時期が世界的に約5、6年続き、この時期に成長過程の青春時代を不幸にも過ごした者達を総称してセカンドインパクト世代と呼ぶ。
その為、食料事情がすっかり落ち着いた今現在でも、セカンドインパクト世代にとって肉料理はご馳走色が非常に強い。
それ故、当然の事ながらセカンドインパクト世代に含まれるミサトが、ステーキに思わず心惹かれてしまうのも無理がない話。
「そして、サーロイン400グラムのステーキがまた格別らしく・・・。」
「う、うるさいわねっ!!い、行かないったら行かないのよっ!!!」
だが、頭を左右にブルブルと振って想像をかき消しながら加持の追撃を怒鳴って遮り、ミサトは逃げる様に丼を戻しに返却口へ足早に向かう。
「じゃあ、そう言う事で7時に駅前で待って・・・。」
「い、行かないって言ってるでしょっ!!」
加持はミサトの反応に勝利を確信して更なる追撃をかけるが、ミサトは尚も加持の言葉を遮って職員食堂に怒鳴り声を響かせる。
(あわわわわ・・・。そ、そんなに沖縄へ行きたかったのか?か、葛城三佐・・・・・・。
ま、まずいっ!!ま、まずいぞっ!!!そ、早急に何とかせねばっ!!!!だ、だが、どうすれば・・・。ど、どうすれば良いっ!!!!?)
その様子を離れた位置で眺めていた冬月は、2人の会話は解らなかったがミサトの不機嫌さだけは解り、例によって例の被害妄想を募らせていた。
「あ、あのぉ〜〜・・・。ふ、副司令?」
「何だねっ!!うるさいぞっ!!!私は今考え中なんだっ!!!!」
「・・・は、はい」
真向かいに座る青葉が冬月の様子を怪訝に思って声をかけるが、いきなり冬月に強い怒鳴り口調で叱られて口ごもる。
(だ、大体、無茶だったんだよ。さ、作戦部長の君とチルドレンが同時に本部を離れるだなど・・・・・・。
わ、私だって頑張ったんだっ!!あ、ああ、頑張ったともっ!!!だ、だから、それで良いじゃないかっ!!!!か、葛城三佐っ!!!!!)
冬月は汗をダラダラと流しまくってミサトの不機嫌ぶりに怯え、いつミサトが己の秘密をバラすのかと気が気ではなく食事も喉へ通らない。
余談だが、冬月は当初の目論見通り、チルドレン達の護衛としてミサトを修学旅行へ同行させようとしていた。
ところが、作戦部長とチルドレン達が同時にネルフ本部を離れる事にリツコから強い反対があり、チルドレンだけが修学旅行へ行ったと言う次第。
「あ、あのぉ〜〜・・・。し、七味の入れすぎでは?」
「なにっ!?・・・のわっ!!?」
しばらくして、再び青葉から怖ず怖ずと声をかけられ、冬月は昼食である月見うどんへ視線を向けてビックリ仰天。
何故ならば、恐怖に固まっていた為、傾けていた薬味瓶より七味が山盛りで振りかけられ、月見うどんが血の池うどんに変わっていたからである。
「お、俺、取り替えてきましょうか?」
「・・・な、何を言うんだっ!!あ、青葉二尉っ!!!わ、私は辛いのが好きなんだよっ!!!!」
青葉がうどんを取り替えに行くべく席を立つが、冬月は少し躊躇った後に己の挙動不審さを誤魔化す様に血の池うどんを猛烈な勢いで食べ始めた。
ズルズルズルッ!!ズルズルズルッ!!!ズルズルズルッ!!!!ズルズルズルゥゥ〜〜〜ッ!!!!!
「・・・だ、大丈夫っスか?」
その鬼気迫る自棄っぱち気味な食いっぷりに思わず茫然となり、青葉が再び腰を席へ力無く下ろした次の瞬間。
ブゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥーーーーーーーーーーーッ!!
「けっほっ!!かっほっ!!!けっほっ!!!!かっほっ!!!!!」
「・・・ふ、副司令、どうしたんですか?さ、最近、変ですよ?」
冬月が辛さに耐えきれなくなって口の中の物を勢い良く吹き出して激しく咳き込み、うどんを顔に張り付けた青葉が心配と怪訝を混ぜて尋ねる。
「そ、そんな事はないっ!!こ、この通り、私は元気だよっ!!!
オイッチニー、サンシーっ!!ニイニー、サンシーっ!!!サンニー、サンシーっ!!!!ヨンニー、サンシーっ!!!!!」
(・・・やっぱり、変だ)
すると冬月は席を立ち上がったかと思ったら、いきなりラジオ体操を始め、これには青葉のみならず職員食堂にいる全員が茫然と目が点になった。
「え、ええっと・・・。ま、まずは気道を確保して、鼻を摘み・・・。そ、それから、それから・・・・・・。」
浜辺にグッタリとしたシンジを仰向けで寝かせ、人工呼吸を行うべくシンジの唇へ唇を近づけてゆくヒカリ。
「何、やってるのよっ!!ヒカリっ!!!」
「キャっ!?」
しかし、シンジとヒカリの唇が接触する寸前、一足遅く駈けつけたアスカが、ヒカリの頭を掴んでシンジから離すと思いっ切り横へ放り投げた。
ちなみに、何故かは全くの謎だが、ヒカリのお尻には水着が激しく食い込んで凄い事になっているが、ここにはアスカしか居ないので問題なし。
「え、ええっと・・・。た、確か、気道を確保してから、息が漏れない様に鼻を摘んで・・・。そ、それで、それで・・・・・・。」
「何する気っ!!アスカっ!!!」
そして、今度はアスカがヒカリに代わって人工呼吸を行おうとするが、お返しと言わんばかりにヒカリがアスカの頭を掴んで同様に放り投げた。
「そんなの人工呼吸に決まっているでしょっ!!見て解らないのっ!!!」
「だったら、どうして目を瞑るのよっ!!そんな必要ないじゃないっ!!!」
すぐさまアスカは立ち上がり、両手をヒカリの腰に回して放り投げようとするが、ヒカリが負けじとシンジの腕を掴んで踏ん張る。
「何となくよっ!!何となくっ!!!」
「何となくって何よっ!!何となくってっ!!!」
だが、軍事訓練で鍛え抜かれたアスカの腕力にはかなわず、ヒカリは放り投げられる直前で体勢を捻り、慌てて両手をアスカの腰に回した。
ドッシィィーーーンッ!!
「「キャっ!?」」
おかげで、アスカとヒカリは揃って砂浜へ倒れてしまい、2人の悲鳴と共に砂埃があがる。
「うっさいわねっ!!どうだって良いでしょっ!!!」
「良くないっ!!私には知る権利があるわっ!!!」
「何よ、それっ!!全然、ヒカリには関係ないじゃんっ!!!」
しかし、嫉妬と怒りで体を打った痛みなど一瞬にして無効化させ、アスカとヒカリは倒れたままお互いを押し退けようと放り投げ合う。
「あるわっ!!大ありよっ!!!校則で不純異性交遊は禁止されているもんっ!!!!委員長として見逃せないわっ!!!!!」
「はんっ!!そんなの個人の勝手じゃないっ!!!」
「それを許していたら校則の意味がないわっ!!そんな事も解らないのっ!!?」
その結果、2人は上になったり、下になったりを交互に繰り返し、全身砂だらけになってシンジの周辺を間抜けにゴロゴロと転がり始めた。
「2人ともええ加減にせえっ!!そないな物、わしがしちゃるっ!!!」
「「えっ!?」」
そんな女同士の醜い争いに見かねてか、何処からともなくトウジが颯爽と現れ、アスカとヒカリが意外な人物の登場に動きを止めた次の瞬間。
実を言うと、トウジは昼食後のヒカリの挙動不審さを怪しんでヒカリの後を付け、近くのヤシの木の影に先ほどからずっと隠れていたのである。
「っ!?」
ドンッ!!
トウジの突き出したタコ唇がシンジの唇に重ねられ、シンジが驚愕に目をギョギョッと見開きながら両掌でトウジの胸をフルパワーで突き飛ばす。
「ぶべらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!?」
ヒュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ン・・・。バッシャァァァァァーーーーーーンッ!!
恐ろしい衝撃で突き飛ばされたトウジは天高く舞って放射線を描き、30メートルほど彼方の海へ着水して高々と水柱を立ち上らせた。
「・・・だ、大丈夫かしら?」
「す、鈴原なら多分・・・。」
アスカとヒカリが着水音にゆっくりと顔を振り向かせ、水面に背中を向けてプカプカと浮かぶトウジの安否を気づかうも束の間。
「お゛、お゛え゛え゛え゛え゛え゛〜゛〜゛〜゛〜゛〜゛〜゛っ!!・・・な、納豆、臭ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!」
「「(シ、シンジ、い、碇君)っ!?だ、大丈夫っ!!?」」
砂浜に掘った穴へ昼食を吐き戻すシンジの悲鳴に顔を揃って勢い良く戻し、アスカとヒカリはトウジの事など頭から綺麗さっぱりに消し去った。
「・・・これでは良く解らんな」
発令所の巨大モニターに映された赤地と黒の斑点だけの映像を眺め、難しそうな表情で眉間に皺を寄せながら首を傾げる冬月。
「ですが・・・。これを見て下さい。浅間山地震観測所の報告通り、この影は気になります」
「もちろん、無視は出来ん」
青葉がキーボードを叩いて黒い斑点が集中している拡大図に映像を切り替え、冬月が青葉の指摘に首を戻して顔をリツコへ向ける。
「MAGIの判断は?」
「フィフティ・フィフティです」
「ふむ・・・。」
リツコは冬月の視線を受けて顔をマヤへ向け、マヤはリツコの要請に応えて冬月へ顔を向け、冬月が戻ってきた視線に再び首を傾げたその時。
プシューー・・・。
「日向くぅ〜〜ん、そろそろ使徒でも来たぁぁ〜〜〜?」
発令所出入口の扉が開き、だらけ声に不謹慎な問題発言を乗せてミサトが現れた。
「か、葛城さんっ!?」
「何よ・・・って、げっ!?」
驚いた日向は席を慌てて立ち上がって諫め、ミサトは日向の態度を怪訝に思いながら、日向がしきりに目線で指す先へ視線を移してビックリ仰天。
「・・・葛城三佐」
「は、はいっ!!な、何でしょうかっ!!?」
一拍の間の後、冬月が背中を向けたまま重々しい声を発し、ミサトはどんなお小言が飛び出すかを戦慄してシャッキーーンッと直立不動。
「海も良いが・・・。山も良いぞぉ〜〜」
「・・・はっ!?」
すると冬月は腕を組んでウンウンと頷きつつ、いきなり意味不明な事を言い始め、ミサトは勿論の事、その場にいる全員が思わず茫然と目が点。
「特に浅間山と言ったら温泉だ。湯に浸かって山の珍味をつまみにキュ〜〜ッと・・・。こりゃ、たまらんね」
「は、はぁ・・・。」
そうとも気付かない冬月は、お猪口で酒を飲む仕草して再びウンウンと頷き、ミサトが何と返したら良いやら解らないなりにも相づちを打つ。
「・・・と言う事で宿はこちらで取っておくから、君はすぐにでも浅間山へ向かってくれ」
「へっ!?」
ならばと冬月が振り返って出張命令をミサトへ出すが、まるで話が見えてこないミサトは思わず首を突き出して間抜け顔。
「・・・ふ、不服かね?」
「め、滅相もありませんっ!!か、葛城三佐、直ちに浅間山へ向かいますっ!!!」
たちまち冬月は焦りと不安を表情に浮かべ始め、ミサトは尊敬する冬月が困っていると知り、良く解らないまま慌てて最敬礼で出張命令を受けた。
「うむ・・・って、そ、そうだな。あ、赤木君も、君達も一緒に行きたまえ。そ、その方が何かと都合が良いだろう」
「・・・わ、解りました。ほ、ほら、早速準備するわよ。マ、マヤ」
冬月は安堵の溜息をついた後、そこでようやく皆が茫然顔となっているのを知り、己の挙動不審さを誤魔化す様にリツコ達へも出張命令を出す。
「はい・・・。温泉だなんて楽しみですね♪日向さん♪♪」
「おいおい、マヤちゃん。俺達は仕事に行くんだよ?」
「ねえ、どういう事なの?青葉君」
「ええ・・・。実はスっね」
リツコは茫然から立ち直れないまま出張命令を受け、リツコから促されたマヤに続き、日向と青葉も席を立ち上がる。
「・・・待ちたまえ。青葉二尉、何処へ行くんだ?」
「えっ!?ですから、温泉・・・。じゃなくて、浅間山の調査へ・・・・・・。」
だが、皆が発令所を出て行く間際、冬月が青葉を引き留めて皆が立ち止まり、青葉が不思議顔を冬月へ振り向かせた。
「何を言っとるんだね。君はここに居残りだよ」
「な、何故ですかぁぁ〜〜〜っ!!ふ、副司令ぇぇぇ〜〜〜〜っ!!!」
冬月は青葉に呆れて席へ戻る様に指をさして促し、青葉が仲間外れ的で理不尽な指示に納得がゆかず魂の咆哮をあげる。
「何故って・・・。君は作戦部でも、技術部でもないだろ?」
「そ、そんなっ!?あ、あんまりっスぅぅ〜〜〜っ!!!」
ドスッ・・・。
ますます冬月は呆れて深い溜息をつき、青葉は止めどなく涙をルルルーと流しながら膝を床へ力無く折った。
「青葉君、お土産に温泉饅頭を買ってきてあげるからねぇぇ〜〜〜♪」
「そう、気を落とすなって・・・。俺も湯ノ花を土産に買ってきてやるからさ」
「ええっと・・・。じゃあ、私は何が良いかなぁ〜〜♪」
「ほら、3人とも何をしているの。さっさと行くわよ」
そんな青葉をあっさりと見捨て、ミサトと日向とマヤの出張兼温泉旅行御一行は手をヒラヒラと振り、リツコに急かされて発令所を出て行く。
「これで一安心だな・・・。さて、仕事に戻るか」
「うっうっ・・・。お、温泉・・・。げ、芸者遊び・・・。にょ、女体盛り・・・。ス、ストリップ劇場・・・。うっうっうっ・・・。」
そして、冬月も発令所を出て行き、第一オペレーターフロアには両肘両膝を床について首を左右に力無く振りながら嗚咽する青葉だけが残った。
(全く酷い目にあったよ・・・。うっぷっ・・・。あぁ〜〜、まだ気持ち悪い・・・・・・。)
丹念なうがいと歯磨きを何度も繰り返したが、唇に残るトウジの感触は未だ消えず、青ざめた顔で時たま口を押さえずにはおれないシンジ。
ちなみに、ここは宿泊先ホテルの廊下であり、もう海は懲り懲りだとヒカリとのデートをキャンセルさせ、既にシンジは制服に着替え済み。
おかげで、ヒカリのトウジに対する評価は下がりまくり、洞木銀行では鈴原トウジ不良債権が乱発され、街金融に委託取立をして貰うべく検討中。
「よう、泳ぎに行ったんじゃなかったのか?シンジ」
「・・・行ったんだけど、悲しい事が色々とあってね。帰ってきたんだよ。うっぷっ・・・・・・。」
すると前方よりケンスケが現れ、シンジはケンスケの質問に海での一件をまざまざと思い出し、こみ上げてきた熱い物に慌てて手で口を押さえた。
「ふぅぅ〜〜〜ん・・・。なら、ちょっと良いか?聞きたい事があるんだけど・・・・・・。」
「なに?別に構わないけど?」
ケンスケはシンジの様子を怪訝に思いながらも敢えて深く追求せず、何やら思い詰めた表情でシンジへ相談を持ちかける。
「・・・・・・ああ、実はさ」
「まあ、立ち話も何だし・・・。確か、ロビーの2階にカフェがあったよね?丁度、僕もコーヒーを飲みたい気分だから、そこで話そうか?」
その表情に単なる世間話ではないと察したシンジは、口の中の酸っぱさを打ち消す為にもケンスケを誘ってホテルのカフェへ向かった。
「・・・エヴァ四号機っ!?」
シンジはコーヒーカップを傾けながら眉をピクリと跳ねさせ、一瞬だけ驚きを混ぜた視線を対面のケンスケへ向けた。
「そっ、アメリカで建造中だった奴さ。完成したんだろ?」
「ほう・・・。(今までになく早いじゃないか・・・。ちょっと力を見せすぎたせいで、ゼーレとやらが焦っているのかも知れないな)」
興奮気味にケンスケが尋ねるも、シンジはコーヒーカップを置くと、椅子に背を保たれて腕を組み、右手で顎をさするだけで何も応えない。
「隠さなきゃならない事情も解るけど・・・。なあ、教えてくれよっ!!」
「さあ、僕は所詮末端のパイロットだからね。上の思惑なんて知らないのさ」
「じゃあ、トウジの参号機と一緒に四号機が来週の木曜日に日本へ来るって噂も知らないのか?」
「知らないよ。・・・大体、四号機の存在も知らなかった僕が知るはずもないだろ?」
「ならさ、そっちのパイロットはもう決まっているのか?」
「だから、知らないってば・・・。ケンスケもしつこいねぇ〜〜」
その様子にシンジが勿体ぶっていると勘違いし、ケンスケは身をテーブルに乗り出して尚も尋ねるが、シンジは苦笑しながら肩を竦めるだけ。
「俺にやらせてくれないかなぁ〜〜。ミサトさん・・・。なあ、シンジからも頼んでくよ。乗りたいんだよ。エヴァに・・・・・・。」
「・・・どうして、エヴァに乗りたい訳?」
ケンスケは落胆を隠せず椅子へ腰を落とすと、縋る様な視線を向けて頼み、シンジはコーヒーカップを傾けつつ上目づかいの視線を返して問いた。
これまでシンジの前では1度も口に出した事は無かったが、密かに常々チルドレンへの強い憧れを持っていたケンスケ。
もっとも、今まではシンジ、レイ、アスカと言った何処か浮世離れした者達がチルドレンだった為、所詮その憧れは憧れ止まりに過ぎなかった。
ところが、トウジがフォースチルドレンとなった今現在、ケンスケにとってチルドレンと言う称号の憧れは夢や希望、現実の物となったのである。
何故ならば、ケンスケとトウジは小学校高学年の頃からの知り合いであり、シンジが来るまでは常に2人で同じ時を歩んできた親友同士。
そのトウジがチルドレンになれたのだから、ケンスケが自分もチルドレンになれない筈はないと言う淡い期待を持っても仕方がない話。
「そ、それは・・・。お、俺もシンジ達と一緒に自分の手で世界を守りたいんだよっ!!も、もう黙って見ているだけなんて嫌なんだっ!!!」
「うん、実に高潔で素晴らしい模範解答をありがとう。・・・でも、建て前は良いよ。ケンスケの本音を聞かせてくれないかな?」
ケンスケはその鋭い眼光に怯みながらも果敢に応えるが、シンジはやれやれと首を左右に振り、鋭い眼光を向けたまま溜息混じりに真意を促す。
「えっ!?そ、それは・・・。そ、その・・・。だ、だから・・・。え、ええっと・・・・・・。」
「ちなみに、僕はそんな大それた目的の為に戦っている訳じゃないよ?・・・まあ、遥かずっと昔の僕はそう思っていたかも知れないけどね」
だが、憧れだけあって明確な理由がないケンスケは返答に詰まり、シンジはそんなケンスケに今1度だけ溜息をついてコーヒーカップを下ろした。
「・・・だ、だったら、シンジは何の為に乗っているんだよ?」
「そうだね。僕は綾波やアスカ・・・。手の届く範囲の13歳から35歳くらいまでの女性さえを守れれば良いと思っている。
だから、正直に言うとケンスケやその他大勢の人達は僕の守備範囲に入っていないんだね。これが・・・・・・。いやはや、実に申し訳ない」
ケンスケがシンジの言葉に闘争理由とやらを問わずにはおれず問い返すと、シンジは苦笑しながら肩を竦めて己の闘争理由を説いた。
ブッ!!
(で、でかい・・・。シ、シンジらしい下らない理由だけど・・・。か、かなり現実的でスケールがでかい・・・・・・。)
呆れるとしか言い様のない闘争理由に、シンジと背中合わせに座るサラリーマンが何故かコーヒーを吹き出し、ケンスケは呆れを通り越して唖然。
「そもそも、ケンスケは少し勘違いをしているんじゃないかな?
僕等はエヴァに乗っているのではなく、エヴァで戦っているんだ。それにエヴァは人造人間であって、ロボットじゃないよ?」
「・・・どういう意味だ?同じじゃないのか?」
その隙を突いて、シンジは話題転換を計り、ケンスケが怪訝顔で己の考えとシンジの言葉の差異を尋ねる。
「全然、違うね・・・。ほら、覚えていないかな?以前、ケンスケとトウジがシャルターを抜け出して初号機に乗った時の事を・・・。
良く思い出してご覧よ。初号機が使徒の攻撃を受ける度、僕も初号機と同様のダメージを感覚で受けていただろ?
つまり、パイロットは生身で使徒と対峙している様なもの・・・。マンガやアニメの様に鋼鉄の装甲越しで戦っているのとは訳が違うのさ。
これが単なる喧嘩なら多少の怪我で済むだろうけど・・・。使徒との戦いは違う。お互いの命を賭けたやり取りだ。
さあ、想像もつかないだろうが想像して見るが良い。目を潰され、腕や足を引き千切られ、レーザーや爆風を全身に浴びる様を・・・・・・。」
「・・・だ、だけど、脱出装置くらいはあるんだろ?」
シンジは溜息と共に首を左右に振って諭し、ケンスケは第四使徒戦時の事を思い出して戦慄するが、諦めきれず兵器の最終安全性に縋り問いた。
「確かに脱出装置は有るよ・・・。でも、僕の話をちゃんと理解している?ケンスケ。
脱出装置が働く時はエヴァが動かなくなった時・・・。即ち、パイロットが死んでもおかしくない状況に陥った時の事だよ?
大体、この脱出装置自体がパイロットの事をあまり考えていないお粗末な代物でね。文字通り、パイロットの命だけを救う物なんだ。
ほら、僕が転校してくる前、綾波が酷い怪我をしていたでしょ?あれこそ、脱出後に受けた怪我だったりするんだね。実は・・・・・・。」
応えてシンジは甘い甘いと言わんばかりに再び首を左右に振り、ケンスケは改めてシンジ達が非現実的な世界に居る事を再認識して言葉を失う。
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
2人の間に沈黙が広がり、シンジは腕と足を組んで椅子に背を保たれ、ケンスケがシンジの視線から目を逸らす様に俯いて膝の上で両拳を握る。
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
そして、1分弱が経過した頃、ふとシンジがコーヒーカップに残っていたコーヒーを一気に飲み干し、改めてケンスケへ選択を迫った。
「・・・さあ、ケンスケ。もう1度だけ問おう。ここまで聞いても、まだエヴァのパイロットになりたいかい?」
「だ、だったら、トウジはどうしてエヴァに・・・。」
しかし、ケンスケは様々な葛藤で首を縦にも横にも振れず、俯いたままトウジをダシにして応えを先延ばす。
「僕はトウジじゃないから、トウジが何を目指して、どんな理由でチルドレンになったかは知らない。
そして、僕が今言った事をチルドレンに成り立てのトウジはまだ理解していないだろう。
でも、これから少しづつ解ってゆくのさ。チルドレンなんて称号は決して誇り、憧れる様な物ではないと言う事を・・・。多くの犠牲と共にね」
シンジはケンスケに言葉を最後まで言わせず遮ると、何処か遠い目をケンスケへ向け、ケンスケがシンジの重み有る言葉に再び言葉を失う。
「それより、教えて欲しいんだけど・・・。ケンスケはどうやって四号機の情報を知ったの?」
「んっ!?・・・ああ、パパのデーターをちょいと失敬したんだ。プロテクトがかかっていたけど、この俺にかかればちょちょいのちょいだね」
そうかと思ったら、またもやシンジはいきなり話題を変え、ケンスケはシンジの問いに戸惑いながらも得意気な顔を上げて応えた。
「う〜〜〜ん・・・。そういう事はもう止めた方が良いよ。ケンスケのお父さんが左遷ならまだしも、いつ拘束されちゃうか解らないからね」
「ど、どうしてだっ!?」
するとシンジは難しそうな顔で首を傾げつつ唸り、ケンスケは告げられた警告にビックリ仰天。
「だって、守秘義務違反じゃないか。こういう事はまず家族からだろ?
第一、ケンスケのやっている行為は立派なスパイ行為だって事に気付いている?それこそ、拉致された上に殺されても文句が言えないよ?」
「そ、そうなのかっ!?」
シンジはケンスケの反応に苦笑して肩を竦め、ケンスケが更に告げられた恐ろしい警告に2度ビックリ仰天した次の瞬間。
「ねっ!?駿河さん、そうでしょ?」
「っ!?」
何を思ったのか、シンジが振り返って背後の座るサラリーマンの肩を叩き、今度はそのサラリーマンが肩をビクッと震わせてビックリ仰天。
「・・・知り合いか?シンジ・・・・・・。」
「ああ、紹介するよ。・・・駿河マサムネさん。胃潰瘍で入院した前の人に代わって僕の護衛の指揮を執っている人さ。
もっとも、今は付け髭に伊達眼鏡をかけて、ホテルには偽名を使って宿泊しているから・・・。扶桑トシヒコさんと呼んだ方が良いのかな?」
ケンスケがシンジの行動に驚きを忘れて怪訝そうに尋ねると、シンジは口元をニヤリと歪めつつクスクスと笑ってケンスケへサラリーマンを紹介。
「そ、そこまで知っているのか・・・。お、お手上げだな」
「なあ、シンジ。護衛って・・・。」
正体を完膚無きまで明かされた駿河は溜息をつきながら振り返り、ケンスケがシンジの口から飛び出てきた非日常用語に戸惑いを表情に浮かべる。
「当たり前だろ?僕等は世界にたった4人しかいないN2爆雷にも耐えられる現状最強兵器のパイロットだよ?
なら、世界中のあらゆる組織が僕等を狙うのは当然の事。そして、僕等をそれ等から死守するのも当然の事。
まあ、護衛と聞こえは良いけど、その実は監視・・・。チルドレンになっても、あんまり良い事はないよ?ケンスケ。
実際、このカフェに5人、そこのロービーにいる人達も実は1/3が護衛の人だったり・・・する・・・から・・・ね・・・・・・。」
シンジはケンスケの問いに応えながらカフェテラス下のロビーへ視線を向け、ふとある一点で視線を止め、驚愕に目を最大に見開いた。
(んっ!?何だ・・・・・・。あっ!!?可愛い・・・って、まさかっ!!!?)
思わずケンスケはシンジの視線を追い、その先で見慣れぬ制服姿の少女を見つけるなり、ある予感が閃いてシンジ同様に目を最大に見開く。
「・・・ケンスケ。悪いけど、この話はまた今度って事で・・・。僕は用事が出来たから、これで失礼するよ」
(や、やっぱりぃぃ〜〜〜っ!?)
一拍の間の後、シンジが口の端をわずかにニヤリと歪めて席を立ち、予感を的中させたケンスケはシンジがカファを出て行くのを茫然と見送った。
「・・・・・・。」
ロビー角隅のソファーに座り、静かに文庫本を読書する眼鏡をかけたロングヘアーの少女。
少女の名は『山岸マユミ』、さらさらの艶輝くロングヘアーと眼鏡に知的を感じさせ、口元左下にある黒子が印象的な女の子。
また、同校の女子生徒達が沖縄の熱さでブラウスのみの姿に対し、ブラジャーのラインが見える事を嫌って着ているベストに慎ましさも感じる。
ちなみに、マユミが着る女子制服は、ブラウスにサマーセーター風のベストと薄緑色の丈が膝上ちょい上なプリッツミニスカート。
ドスッ・・・。
「・・・っ!?」
不意に何者かが対面のソファーへ座り、マユミは顔を本へ俯かせたまま対面へ上目づかいを向け、微笑むシンジと目が合って慌てて目を伏せる。
余談だが、セカンドインパクトにより、修学旅行のメッカであった京都は壊滅的打撃を受け、今では修学旅行と知ったら沖縄が定番になっていた。
その理由は、セカンドインパクトにより日本の気候が亜熱帯になった為であり、沖縄は前世紀よりマリンスポーツ施設が整っていたからである。
しかも、今の時期は全国的に修学旅行シーズンの為、このホテルには第壱中とマユミの学校の他にも4校が宿泊していた。
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
たっぷり30秒ほど経った後、マユミが再びシンジへ上目づかいを刹那だけ向け、続いて目線のみを左右に動かして辺りの様子をこっそりと伺う。
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
そして、他の席がガラガラに空いているのにも関わらず、対面にわざわざ座ったシンジの心が解らず、マユミは戸惑いまくって混乱大パニック。
(・・・ど、どうして?)
更に30秒ほど経った後、マユミはシンジの存在を無視すれば良いと決め込み、再び文庫本へ視線を固定して読書に集中し始めた。
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
だが、1度気になった存在を容易に無視する事など出来ず、マユミは更に30秒ほどが経っても文庫本のページを1枚も捲れない。
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
更に30秒ほどが経ち、遂に居心地の悪さに耐えきれなくなったマユミが、席を立つべく文庫本を閉じようとした次の瞬間。
「本は好きかい?」
「っ!?」
シンジがそれを狙っていたかの様に話しかけ、気勢を制されたマユミは思わず顔を上げ、文庫本を膝の上に置いてシンジへ視線を向ける。
「本は好きかい?」
「えっ!?あっ!!?は、はい・・・。」
「フフ、奇遇だね。僕もそうなんだよ・・・。本は心を豊かにしてくれるからね」
「・・・は、はぁ」
マユミから返事が無かった事に、シンジが同じ問いを繰り返すと、マユミは即座に紅く染めた顔を再び俯かせ、緊張のあまり裏声で返事を返した。
何故ならば、引っ込み思案のマユミにとって、父親以外の異性との会話らしい会話はシンジの前が思い出せないくらい数ヶ月ぶり。
(な、何だ、そりゃ?・・・も、もしかして、これがツカミなのか?シ、シンジ・・・・・・。)
そんな2人の会話を聞きつけ、マユミ寄りの壁とソファーの隙間に身を隠すケンスケがシンジへ心の中でツッコむ。
実を言うと、ケンスケはシンジの女性掌握術の秘密を知るべく2人の元へ隠密裏に近づき、こうして2人の会話を盗み聞きしているのである。
「でも、せっかくの修学旅行、せっかくの沖縄じゃないか。・・・泳がないのかい?」
「え、ええ・・・。ちょ、ちょっと・・・・・・。」
(馬鹿っ!!相手は女の子なんだぞっ!!!事情を察しろよっ!!!!)
シンジは例えマユミが俯いていようとも気にせず極上の微笑を浮かべ続け、例えマユミの返答が言葉少なくとも熱心に話しかけてゆく。
「ふぅぅ〜〜〜ん・・・。なら、どうしてこんな所で本を読んでいるんだい?部屋の方が落ち着くんじゃないのかな?」
「そ、それは・・・・・・。」
(確かにそれは言えてるっ!?・・・この時間なら全員が何処かへ出払っているだろうから、ここなんかよりも部屋の方が断然に静かなはず)
しかし、マユミはシンジが言葉を重ねれば重ねるだけ居心地の悪さを感じ、同時に言葉の歯切れも悪くさせて言葉を半ば詰まらせる。
「・・・怖いのかい?人と触れ合うのが・・・・・・。
他人を知らなければ、裏切られる事も、互いに傷つけ合う事もない。・・・でも、寂しさを忘れる事もないよ?
人間は寂しさを永久に無くす事は出来ない。人は1人だからね・・・。ただ、人は忘れる事が出来るから生きて行けるのさ・・・・・・。」
「っ!?っ!!?っ!!!?」
(な、何、言ってんだ。お、お前・・・って、げっ!?)
シンジはその様子に微笑を解いて真顔となり、マユミが己の内を見透かす様なシンジの言葉に顔を勢い良く上げ、驚愕に何度も目を見開かせた。
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
敢えてシンジはそこで沈黙の間を作り、真剣な眼差しでマユミの瞳を覗き込む。
(ん〜〜〜・・・。さすが昔の僕に似ているだけあって、カヲル君の口説き文句が山岸さんには良く効くねぇぇ〜〜〜・・・・・・。
そう、驚異に値するよ・・・。効果バツグンって事さ・・・・・・って、あっ!?隣に座って一時的接触から始めた方が良かったかな?)
(ど、どうして?ど、どうして、解るの・・・。こ、この人・・・・・・。っ!?)
(・・・う、嘘だろ?よ、良く解らないが、大当たりなのか?・・・だ、だとしたら、たった数分間でこの洞察力は凄すぎるっ!!)
ふと驚きから我に帰ってシンジの視線に気付き、慌ててマユミが顔と視線をシンジから逸らした途端。
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
シンジは素早く席を立ち上がると、マユミが顔と視線を逸らしている方向の隣席へ移動した。
「常に人間は心に痛みを感じている。心が痛がりだから生きるのも辛いと感じる。ガラスの様に繊細だね。特に君の心は・・・・・・。」
「・・・わ、私が?」
「そう、好意に値するよ」
「・・・コ、コウイ?」
必然的にマユミはシンジの顔を見るしか出来なくなり、肌が触れ合うほどの距離にいるシンジに顔を真っ赤っかに染めて胸を激しく高鳴らせる。
「好きって事さ・・・。」
「っ!?っ!!?っ!!!?っ!!!!?っ!!!!!?」
(お、おいおいっ!?で、出逢って数分でそれかよっ!!?し、しかも、彼女も満更じゃなさそうだし、何て恐ろしい奴なんだっ!!!?)
その上、シンジは膝の上に置かれたマユミの手に手を置き重ねて追い打ちをかけ、たまらずマユミが顔をシンジの反対側へ勢い良く背けたその時。
チィィ〜〜〜ン♪ウィィーーーン・・・。
「おっ!?・・・あれって、碇なんじゃねえか?」
「ああ、間違いない。あの根暗顔はどう見ても碇だろ」
「よう、久しぶりだなっ!!シンジっ!!!」
シンジ達の近くにあるロビーのエレベターの扉が開き、シンジを知っているらしき茶髪の不良っぽい3人組が現れた。
「・・・ったく、僕は忙しいんだ。さっさと消えろ・・・。しっ、しっ!!」
せっかく築き上げたマユミとの雰囲気を壊され、やけに馴れ馴れしく近寄ってきた3人組に苛立ち、シンジが鬱陶し気に手で3人組を追っ払う。
「な゛っ!?シンジの癖に生意気だぞっ!!!」
「まあまあ、許してやれよ。碇も彼女の前だから良い所を見せたいんだろ?」
「なるほど・・・。しかし、良くお前が彼女なんて作れたな。・・・でも、2人とも根暗っぽいところがお似合いのカップルだぞっ!!」
たちまち1人がその態度に怒髪天となるも、1人がニヤニヤと笑いつつ宥め、1人がシンジと一緒にマユミを馬鹿にして手をシンジの肩へ置いた。
(・・・こ、こいつ等、大馬鹿だ。ど、どうなっても知らないぞ・・・・・・。)
「「「あっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっ!!」」」
ケンスケが3人組の恐れを知らぬ横柄な態度に戦慄して目を見開き、3人組が2人の悪口を傑作と言わんばかりに高笑いを上げた次の瞬間。
「僕に触るなっ!!俗物がっ!!!」
ドゴッ!!
「ふげっ!?あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛・・・・・・。」
バタッ・・・。
シンジが肩に手を置いている者の股間へ強烈な裏拳を放ち、その者は腰を引いて両手で股間を押さえつつ10メートルほど後方へ蹌踉めいて轟沈。
「だ、大丈夫かっ!?お、おいっ!!?」
「シ、シンジっ!?て、てめえっ!!?」
慌てて残った2人は驚愕に目を見開いて駈け寄るが、完全に白目を剥いて轟沈した者は呼びかけに口から昼食らしき消化物を次々と吐き出すだけ。
「ハイエナはハイエナらしく弱い者イジメでもしているんだね。フフ・・・。ライオンに喧嘩を売った報いは受けて貰うよ。
ましてや、僕だけならまだしも・・・。彼女を侮辱した罪は許し難い。トラウマになるくらいの悪夢を君達に見せてあげよう」
「「何をぉぉ〜〜〜っ!!」」
シンジは緩慢な動作でユラリと席を立ち上がり、2人がいかにも雑魚らしく声を揃えてシンジへ襲いかかろうとしたその時。
ちなみに、マユミは先ほどの悪口でよほど傷付いたのか、顔を深く俯かせてスカートに涙らしき染みを2つ、3つほど作っている。
「おい、何やってんだ?お前達・・・って、碇じゃないか?」
「おお、良いところに来た。・・・こいつ、転校した途端に随分と意気勝っているみたいだからよ。お前等も一緒に遊ばないか?」
「止めとけ、止めとけ・・・。碇、お前も素直に謝って許して貰えよ。まっ、その代わり小遣いを少し分けて貰えると嬉しいんだけどな」
「そうだな。それが良いな。・・・良し、ここは1000円くらいで許してやるぞ。シンジ」
ロビーのエレベターの扉が開き、シンジと2人を知っているらしき茶髪の不良っぽい団体さんが現れた。
「おやおや、大群になって随分とハイエナらしくなってきたじゃないか。面倒だから、さっさと纏めてかかってきなよ」
「「「「「「「「「「な゛っ!?」」」」」」」」」」
シンジは勝手に盛り上がっている不良達に肩を竦めつつ面倒臭そうに溜息をつき、不良達がその態度に憤りまくって鼻息荒く握り拳を一斉に作る。
「ケンスケっ!!」
「な、何だっ!?お、俺は別にシンジを見捨てようだなんて思ってないぞっ!!!た、ただ、俺には荷が重すぎるからトウジを呼んでこ・・・。」
するとシンジが不意にケンスケを呼び、忍び足で戦場から撤退しようとしていたケンスケが、驚きに慌てて壁とソファーの隙間から姿を現した。
「ああ、はいはい。解った、解った・・・。そんな事はどうでも良いから、彼女を連れて早く逃げるんだ」
「・・・えっ!?」
シンジはあからさまに動揺を見せるケンスケに苦笑し、マユミと共に撤退を命じるも、混乱状態のケンスケはすぐに命令を理解できず棒立ち。
「おっと、そうはいか・・・。」
「フフ、それはこっちのセリフさ」
ドガッ!!
「ぶべらっ!!」
それが命取りになり、1人がケンスケとマユミの退路を塞ごうとするが、即座にシンジから強襲飛び膝蹴りが放たれ、豪快に吹き飛んで床へ轟沈。
「山岸さんを連れて早く逃げろって言ってるだろっ!!ケンスケっ!!!」
「わ、解ったっ!!す、すぐトウジを呼んでくるからなっ!!!ほ、ほら、行くよっ!!!!」
「えっ!?あっ!!?は、はいっ!!!?」
シンジは再び撤退を命じて怒鳴り、すぐさまケンスケはマユミの手首を掴んで引っ張り、シンジが指し示すホテル玄関口を目指して逃げて行く。
(あ、あの人・・・。ど、どうして、私の名前を・・・・・・。)
「ほら、振り返らないでっ!!もっと早く走ってっ!!!」
「は、はいっ!!」
そんな中、マユミは何故シンジが己の名字を知っているのかを怪訝に思ったが、ケンスケの叱咤に今は逃げるのが先決と頭を素早く切り替える。
「さあ、舞台は整ったよ。・・・沖縄の病院に入院したい人から、ご随意にどうぞ」
「「「「「「「「「な、なめやがってぇぇ〜〜〜っ!!」」」」」」」」」
そして、2人が安全圏まで逃げ切ると、シンジは両手をズボンのポケットに入れて微笑を浮かべ、それを合図に不良達が一斉に襲いかかってきた。
ポワァァ〜〜〜ン・・・。
ポワァァ〜〜〜ン・・・。
ポワァァ〜〜〜ン・・・。
ポワァァ〜〜〜ン・・・。
ポワァァ〜〜〜ン・・・。
ポワァァ〜〜〜ン・・・。
浅間山地震研究所観測室に響く浅間山火口内部無人観測機のソナー音。
その沈降深度は650メートルを超え、それは単なる観測ならば決してこれ以上は沈降させない数字。
ポワァァ〜〜〜ン・・・。
ポワァァ〜〜〜ン・・・。
ポワァァ〜〜〜ン・・・。
ポワァァ〜〜〜ン・・・。
ポワァァ〜〜〜ン・・・。
ポワァァ〜〜〜ン・・・。
必死に耐えていた研究所責任者だったが、悲鳴を訴える様に点滅しているディスプレイの警告文字にたまらず悲鳴をあげる。
「もう限界ですっ!!」
「いえ、あと500。お願いします」
だが、ミサトは無情にも観測中止指示は出さず、無人観測機が更に火口奥深く沈降して行く。
ポワァァ〜〜〜ン・・・。
ポワァァ〜〜〜ン・・・。
ポワァァ〜〜〜ン・・・。
ポワァァ〜〜〜ン・・・。
ポワァァ〜〜〜ン・・・。
ポワァァ〜〜〜ン・・・。
研究所責任者は見るに耐えんと目を瞑りたくなるも瞑る事など出来ず、ディスプレイを凝視しながら見開いた瞼をワナワナと震わす。
ポワァァ〜〜〜ン・・・。
ポワァァ〜〜〜ン・・・。
ポワァァ〜〜〜ン・・・。
ポワァァ〜〜〜ン・・・。
ポワァァ〜〜〜ン・・・。
ブゥゥゥゥゥーーーーーーッ!!
そして、遂に警告が目だけではなくブザーとなって耳に届き、ほぼ半泣き状態の研究所責任者が絶叫に近い悲鳴をあげる。
『深度1200、耐圧隔壁に亀裂発生』
「葛城さんっ!!」
「壊れたら、うちで弁償します。あと200」
それでも、ミサトは無情にも観測中止指示は出さず、研究所責任者がこうなったら損害賠償の契約書を書いて貰おうと席を立ったその時。
ピーーーーーーーーーッ!!
「モニターに反応っ!!」
「解析開始」
「はいっ!!」
ネルフより持ち込んだ日向の端末が電子音を鳴らせ、すぐさまミサトが日向の端末ディスプレイを後ろから覗き込んで指示を出す。
ブゥゥゥゥゥーーーーーーッ!!
『観測機、圧壊。爆発しました』
それが早いか遅いか、観測室に再びブザーが鳴り響き、無人観測機が火口の超高温超高圧の負荷に耐えかねて爆発消滅した。
「解析はっ!?」
「ギリギリで間に合いましたね・・・。パターン青ですっ!!」
「間違いないっ!!使徒だわっ!!!」
ミサトが思わず生唾をゴクリと飲み込んだ後、日向のディスプレイ映像が切り替わり、卵の中で胎児が丸まっている様な影が映る。
「葛城さんっ!!」
「マヤちゃんっ!!」
パチンッ!!
するとマヤが目を喜びに輝かして席を勢い良く立ち上がり、ミサトはマヤの喜び声に応えて勢い良く振り返り、2人は上機嫌にハイタッチ。
「「これで合法的にシンジ君を呼び戻す事が出来(るわ、ますね)っ!!」」
「あ、あなた達・・・。そ、それで出発前からいつになく意気投合していたのね」」
その様子に果てしなく深い溜息をつき、リツコは怒りを遥々と通り越して呆れに呆れる。
「う゛・・・。こ、これより、当研究所は完全閉鎖っ!!
ネ、ネルフの管轄下になりますっ!!い、一切の入室を禁じた上、過去6時間以内の事象は全て部外秘としますっ!!!」
ミサトは取り繕うかの様に凛とした声を響かそうとするが、動揺を隠しきれず声を上擦らせてしまって大失敗。
プルルルル・・・。プルルルル・・・。カチャ・・・。
「あっ!?青葉君っ!!?」
ますますリツコの視線がきつくなり、ミサトはネルフ本部へ電話をかけながら部屋を逃げ出て行く。
『・・・温泉は良い湯加減っスかぁ〜〜?』
「まだ入っちゃいないわよっ!!それより、碇司令宛にA−17を要請して・・・。大至急っ!!!」
一拍の間の後、受話器より青葉の刺々しい嫌味が聞こえ、ミサトは憤ってスピーカーが壊れるんじゃないかと言うほどの大声で怒鳴り返した。
「(昨日、碇君は可愛いって言ってくれたけど・・・。)はぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜・・・・・・。」
ビーチと直結したホテルの女子更衣室、永沢さんは修学旅行の為に水着と列んで大枚を叩いた現在着用中の自慢の下着を眺めて深い溜息をついた。
その理由は、隣で水着から制服へ着替え中のレイであり、正確にはレイが今正に着用しようとしているゴージャスな下着。
なんとレイの下着は中学生の分際にも関わらず、見た目にも美しい光沢と心地良さそうな肌触りを持つ白のシルク素材のショーツとブラジャー。
その上、お揃いのガーターベルトとストッキングまであり、その1つ1つに施されたレース刺繍は匠の技を感じさせる逸品。
ストッキングに至っても、そこいらのコンビニで売っている様な安物とは遥かに違い、正にキングの名に相応しいきめ細やかなストッキング。
そんな物と比べたら、オレンジでお揃いの8800円の下着セットなど貧相に見え、永沢さんが溜息をついてしまうのも無理がない話。
「あっ!?綾波さん、留めてあげるよ」
「・・・ありがと」
ふとレイがブラジャーのホック留めを悪戦苦闘している事に気付き、永沢さんは手伝ってあげながら問わずにはおれない質問をここぞと尋ねる。
「ねえ、綾波さん・・・。」
「・・・なに?」
「このブラとパンツ、幾らしたの?」
「確か・・・。」
「・・・確か?」
すると女子更衣室にいる第壱中御一行様が一斉に待ってましたと言わんばかりに聞き耳を立て、女子更衣室に静寂だけが満ち満ちてゆく。
実を言うと、ここにいる女子生徒達は全員が全員とも先ほどからレイの方を盗み見て、この質問を聞きたくて聞きたくて仕方がなかったのである。
余談だが、第壱中2年A組を中心にして一学期半ば辺りより、女の子達の下着のアダルト化、高級化が何故か異様なくらい流行っていた。
それこそ、体育の着替えの時などランジェリーファッションショーが開催できるのではと思うくらいの流行ぶり。
その中でも常にトップを君臨、独走するのがレイであり、今やレイは第壱中のランジェリーファッションリーダーと言っても過言でないほど。
実際、今回の修学旅行には皆が皆とも申し合わせ、競い合うかの様に気合いの入った下着を用意していた。
「・・・・・・5万円くらい?」
「「「「「「「「「「「「「「「「「ご、5万えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜んっ!!」」」」」」」」」」」」」」」」」
そして、レイが小首を傾げながら着用中の下着の値段を明かした途端、第壱中御一行様が一斉に声を揃えてビックリ仰天。
「ねえ、ねえっ!?やっぱり、エヴァのパイロットってお給料が良いのっ!!?」
「そう言えば、綾波さんほどじゃないけど惣流さんのも凄いよねっ!!」
「じゃあさ、じゃあさっ!!昨日、着けていた黒の奴はっ!!?」
「羨ましいなぁ〜〜っ!!綾波さん、肌が白いから何の色を着けても似合うんだもんっ!!!」
「そうよねぇ〜〜っ!!黒とか、赤とか、原色系って難しいよねっ!!!」
そうかと思ったらレイの元へ一斉に集まり、今度はレイが驚いて次々と出される質問に狼狽え、大粒の汗をタラ〜リと流して困り果てたその時。
プルルルル・・・。プルルルル・・・。プルルルル・・・。
「黙ってっ!!」
レイの巾着袋の中で携帯電話が鳴り、レイがその着信音の種類に表情をキリリと引き締め、レイの一喝に女子更衣室がシーンと静まり返った。
ドガッ!!バシッ!!!ズドッ!!!!ドゴッ!!!!!ズサッ!!!!!!
静まり返る中に何かの炸裂音だけが響き、ホテルのロビーには茫然と立ち竦む人垣が出来ていた。
「トウジ、あそこだっ!!あそこっ!!!」
「任せんかいっ!!ほれ、退け、退け、退け、退け、退かんかぁぁ〜〜〜いっ!!!」
そこへケンスケがトウジを引き連れて現れ、トウジが走る勢いそのまま勇猛果敢に人垣を強引に押し退けて中へ分け入って行く。
トウジにとってシンジは色々と思うところがある憎々しい相手だが、トウジの良いところは義理と人情が厚く、たいへん義侠心が強いところ。
それ故、ケンスケにシンジがピンチだと聞きつけ、今だけはドス黒い感情を心の奥底に眠らせ、トウジはシンジの救援に現れたと言う次第。
「シンジ、待たせたなっ!!トウジを連れてきたぞっ!!!」
「おうっ!!助太刀するでっ!!!シンジっ!!!!」
「「・・・って、え゛っ!?」」
ケンスケとトウジは意気揚々と援軍の到着を知らすが、厚い厚い人垣を掻き分けて目の前に広がった光景を見るなり、驚愕に目を最大に見開いた。
バキッ!!グシャッ!!!
「フフ・・・。実に良い音がしたね。奥歯が砕けちゃったかな?・・・まっ、永久歯でない事を祈るよ」
何故ならば、不良達が十数人ほど床に死屍累々と無惨な姿で倒れ、その中心でシンジが微笑を浮かべながら傷1つなく戦っていたからである。
「うわぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜っ!!」
「おやおや、不良とも有ろう者が人前で涙なんか流しちゃいけないな」
しかも、シンジは両手をズボンのポケットへ入れたままであり、華麗なステップで攻撃を巧みに避け、足技のみで相手を打倒する姿は舞いの如し。
ベシャッ!!
「あらら、運がなかったね・・・。鼻骨が割れちゃったから、しばらく鼻で息が出来ないよ」
終いには最初にシンジへ絡んできた3人組の1人だけが残り、シンジが腰を抜かして失禁までしているその者の元へ悠々と歩み寄って行く。
「・・・さてと、残るは君だけだね」
「わ、わわわわわっ!!や、止めろっ!!!シ、シンジっ!!!!パ、パパとママに言い付けるぞっ!!!!!」
その者は涙と鼻水をダラダラと流しながら意味不明な虚勢を張り、さすがのシンジもこれには思わず茫然と目が点になって歩を止める。
「んっ!?おぉぉ〜〜〜・・・。おぉぉ〜〜〜・・・。おぉぉ〜〜〜・・・。
何となく見覚えが有るから誰かなぁ〜〜っと思っていたら、先生の家の馬鹿息子じゃないか。いやぁぁ〜〜〜、実に久しぶりだね」
一拍の間の後、シンジは戦い始めてから初めて両手をポケットより抜き、目の前の情けない人物が誰なのかが解って左掌を右拳でポンッと叩いた。
実は何を隠そう目の前の情けないこの不良こそ、シンジが4歳から14歳までの10年間をお世話になった先生宅のシンジと同い年の息子。
また、今は無惨に床へ轟沈している不良こそ、シンジが第三新東京市へ来る以前通っていた学校の同級生なのである。
今でこそ、シンジが先生の息子を見下ろしているが、以前の2人の関係は全く逆であり、その関係を作った諸悪の根元こそが2人の親である先生。
但し、2人の親と言っても、産みの親と育ての親の違いがあり、先生家族のシンジに対する扱いは酷い物があった。
元々親戚筋に評判が悪かったゲンドウだったが、2004年に起きた初号機の事故が世間に一部明るみとなった際、その評判は最悪となった。
その時、ゲンドウは一身上の都合からシンジを誰かに預けようとしていたのだが、評判最悪の息子の引き取り手など当然いるはずもない。
それ故、ゲンドウは多額の養育費を餌に引き取り手を探し、その餌に釣られて先生がシンジを来るべき日まで引き取ったのである。
最初こそ、先生夫婦は我が子同然にシンジを育てていたのだが、所詮は元々乗り気ではなく養育費に釣られて引き取った子供。
しかも、先生夫婦にはシンジと同い年の息子がいた為、シンジよりも我が子を可愛がる様になり、子供間に差別感が必然的に生まれた。
その上、シンジが小学4年生となり、シンジの躾に手がかからなくなると、先生夫婦はシンジへの教育義務をあっさりと放棄して放任。
挙げ句の果て、シンジが中学校へ上がるや否や、庭に勉強部屋と称したプレハブ小屋を建て、恐ろしい事に家から半ば追い出したのである。
その結果、2人が14歳となった頃には、シンジは内罰的な虐められっ子、先生の息子は外罰的な虐めっ子となっていた。
もっとも、シンジにとってそれは遥か昔の事であり、幼少期の憎き相手とは言え、激動の1年を繰り返すシンジが忘れてしまうのも仕方がない話。
余談だが、床で沈黙中のシンジの元同級生はこの後に修学旅行を延長し、それぞれが沖縄の病院で1週間から2ヶ月に渡って滞在する事となった。
「ひ、ひぃぃぃぃぃ〜〜〜〜〜〜っ!!」
「やれやれ、そんなに怯えなくとも良いじゃないか。偶然と偶然が幾つも重なり合って、せっかく会えたんだからさ」
だが、その者はシンジが殴ると勘違いして腰を抜かしたまま後ずさり、シンジが肩を竦めてクスクスと笑いながら後を追って行く。
「ひ、ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」
「そうだ。・・・この際だから、僕と君の長年の決着を付けようじゃないか?」
そして、その者を壁際まで追い詰めると、シンジは再び左掌を右拳でポンと叩き、何やら名案だと言わんばかりにウンウンと頷き始めた。
「ひ、ひぃっ!?ひ、ひぃっ!!?ひ、ひぃぃ〜〜〜っ!!!?」
「・・・とは言っても、君と僕とでは差が有りすぎる。そこで正々堂々と戦う為にハンデを君にあげよう」
反対にその者は必死に首を左右にブンブンと振るも、全く意に介さないシンジが右貫手をその者の左肩付け根へ放った次の瞬間。
バッシィィーーーンッ!!
「は、はわわわわわわわわわっ!!」
その者の左手が主の意思とは関係なく水平にピーンと伸びて壁へ張り付き、その者が尻餅をついたまま思いっ切り胸を限界まで反り始めた。
ブクッ・・・。ブクブクブクブクブクッ!!
「あっはっはっはっはっ!!どうだいっ!!?凄いだろっ!!!?これで君も超人だっ!!!!!」
「ぱ、ぱぺぇぇぇぇぇ〜〜〜〜〜〜っ!!」
シンジが右貫手を抜くと、その者の左腕から不気味な音が鳴り響いて徐々に筋肉が膨らみ、その者の左腕が1.5倍強の太さになりかけたその時。
「へろぱっ!?」
ブチッ!!ブシュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥーーーーーーーーーーーッ!!!
「ん〜〜〜・・・。違ったかなぁぁ〜〜〜?」
その者の奇妙な悲鳴と共に左腕全ての毛穴から血が噴水の様に噴き出し、シンジがまるで悪びれた様子もなく右手で顎をさすってニヤリと笑う。
「まあ、誰にでも失敗はあるさ。フフ・・・。でも、安心しな。今度は絶対に間違えないよ」
「止めいっ!!シンジ、止めいっ!!!もう、十分やろっ!!!!お前の勝ちやっ!!!!!何があったかは知らんが許したれっ!!!!!」
それどころか、シンジは右貫手を今度はその者の右肩付け根へ放とうと試み、慌てて我に帰ったトウジがシンジを止めるべく力強く羽交い締めた。
「あれ、トウジ・・・って、はっ!?(や、やっちゃったよ・・・。し、しかも、これだけの人前で・・・・・・。
・・・さ、最悪。せ、せっかく、築き上げてきた信用が・・・。ど、どうして、僕って怒るとこうも周りが見えなくなるかな・・・・・・。)」
シンジもその拍子に激怒から我に帰って慌ててニヤリ笑いを消し、今更ながら周囲の人垣の戦慄顔と惨状に汗をダラダラと流して困り果てる。
ピン、ポン、パン、ポォォ〜〜〜ン♪
『・・・富士山麓にオウムが鳴くの』
すると突然、レイの声で意味不明な館内アナウンスが入ったかと思ったら、ホテルのロビーにクラシック音楽の『新世界』が猛々しく流れ始めた。
「シ、シンジっ!?こ、これってっ!?」
「ああ、間違いない・・・。行くよ。トウジ」
誰もが思わず茫然としてしまう中、トウジが表情を緊張に引き締めて問い、シンジが頷いて非常召集の合図にホテル玄関口へ歩み出した途端。
ちなみに、この合図は当然の事ながらホテル館内のみならず、ビーチやホテル近隣のお土産屋街一帯に流されている。
この合図の為に団体行動の時は別だが、チルドレンは宿泊ホテルに1人以上の待機が常に義務付けられており、今現在のお留守番役はレイだった。
「(やれやれ・・・。無理もないか・・・・・・。)ケンスケっ!!」
「んっ!?よ、呼んだかっ!!?」
シンジの行く手の人垣が瞬時に左右へ分かれて道を作り、シンジは皆の素早い反応に苦笑を浮かべ、ケンスケが呼び声にシンジの元へ駈け寄る。
「あとのフォローはよろしくね。上手くいったら、さっきの話を考えても良いよ」
「ほ、本当かっ!?」
「うん。ただ、さっきの彼女の事は・・・。」
「解ってる、解ってるって。上手い事、はぐらかせって言うんだろ?」
シンジは歩きながらケンスケへ声を潜めて耳打ち、ケンスケはシンジの言葉にウンウンと頷き、希望と喜びに目を爛々と輝かす。
「そう言う事・・・・・・。駿河さんっ!!」
「・・・はいはい、そう来ると思ったよ。だが、幾ら何でもこう大っぴらに呼ばれると面目丸潰れなんだがな」
続いて、シンジは視線をカフェテラスへ上げて駿河を呼び、駿河が頭をボリボリと掻きながら困り顔でロビーへ下りてきた。
「まあまあ・・・。それより、あの馬鹿共の後始末をよろしくお願いします」
「解った。任せておけ」
シンジはそんな駿河をクスリと笑って宥めつつ、人差し指でチョイチョイと手招き、駿河が面倒くさそうな溜息をついてシンジの口へ耳を寄せる。
「あと色々と汚しちゃったから、ホテルの方にクリーニング代として100万ほど包んで下さい。これは第三へ帰ってきたら僕が払いますんで」
「それは良いが・・・。100万も要らんだろう?10万やそこらで十分じゃないか?」
「いいえ、ダメです。僕等はこれで帰りますが、修学旅行はまだ2日あります。なら、みんなへ迷惑はかけられないでしょ?」
「なるほど・・・。解った(本当になるほどって感じだな。これは前任者が胃潰瘍で入院する訳だ・・・。あの親にこの子と言ったところか)」
だが、耳打たれたシンジの子供らしからぬ配慮に驚いて目を見開き、駿河は改めてシンジの顔を茫然と眺めて更に目を大きく見開く。
「では、頼みます・・・って、おや?トウジ、怖いのかい?」
「ち、違わいっ!!こ、これは武者震いやっ!!!」
こうして、チルドレン達の修学旅行は終わりを告げ、チルドレン達はクラスメイト達よりも一足早く第三新東京市へ帰って行った。
「A−17っ!?こちらから撃って出るのかっ!!?」
「ダメだっ!!危険すぎるっ!!!15年前を忘れたとは言わせんぞっ!!!!」
「さよう。あの大惨事がまた引き起こったりでもしたら、我々の悲願は潰えると言っても良いのだよ」
「その通りだっ!!我々は15年も待ったっ!!!また、ここで下手を打ったら、今度は15年では済まんぞっ!!!!」
ゲンドウから提案された命令ナンバーに、急遽召集された人類補完委員会のメンバー達の間に衝撃と動揺が瞬時にして走る。
「ですが・・・。」
「これはチャンスですっ!!これまで防戦一方だった我々が初めて攻勢に出る為のっ!!!是非、許可をっ!!!!」
ゲンドウは叫くだけの無能者達を鼻で笑って反論しようとするが、いきなり横から現れた興奮する冬月の大声に声を遮られた。
「・・・ふ、冬月?」
「はっ!?こ、これは会議中に申し訳ない。こ、興奮しすぎた様です。は、はい・・・・・・。」
一拍の間の後、ゲンドウが茫然顔を向けると、冬月は我に帰って向けられた6つの茫然顔に気付き、慌てて立体映像会議から姿を消す。
「・・・リ、リスクが大きすぎるな」
「し、しかし、生きた使徒のサンプル。そ、その重要性は既に承知の事でしょう」
更に一拍の間の後、キールが茫然から立ち直れないまま何とか会議を正常化させんと試み、ゲンドウも茫然としたまま何とか応えを返した。
「・・・し、失敗は許さん」
ボワンッ!!
決して満足のゆく応えではなかったが、キールは納得の出来る応えに会議を締め、人類補完委員会達が茫然のまま鈍く響く音と共に消える。
「・・・失敗か。その時は人類そのものが消えてしまうよ。・・・碇、本当に良いんだな?」
「良いのかって・・・。お前が推奨したんだろうが・・・・・・。」
同時にライトが司令公務室に灯り、ソファーに座る冬月が腕を組んで渋く決めるが、ゲンドウは呆れて白い視線を冬月へ向けた。
「そ、そうだったなっ!!は、はっはっはっはっはっはっはっはっはっはっ!!!」
「お前・・・。最近、少し変だぞ?」
たちまち冬月は焦って汗をダラダラと流しながら乾いた高笑いをあげ、ゲンドウが心底に怪訝そうな顔を浮かべて尋ねる。
「そ、そんな事はないっ!!こ、この通り、私はいつもと変わらんよっ!!!
オイッチニー、サンシーっ!!ニイニー、サンシーっ!!!サンニー、サンシーっ!!!!ヨンニー、サンシーっ!!!!!」
(・・・な、何を焦っている。ふ、冬月・・・・・・。)
すると冬月は席を立ち上がったかと思ったら、いきなりラジオ体操を始め、これにはさすがのゲンドウも呆れを通り越して茫然と目が点になった。
『A−17が発令される以上・・・。』
「はい、はいっ!!青葉さん、質問がありますっ!!!」
第三新東京市へのVTOL機中、モニターに映る青葉が作戦説明をしようとするや否や、シンジが挙手と共に威勢の良い声で青葉の説明を遮った。
『んっ!?・・・あ、ああ、どうぞ?』
「A−17はもう発令したんですかっ!?」
『いや、まだだよ。でも、司令達の会議がさっき終わったらしいから、もうすぐ発令されるんじゃないかな?』
シンジの真剣で鬼気迫る迫力に戸惑い気圧されながらも、青葉がやや首を傾げてシンジの質問に応えた途端。
「ありがとうございますっ!!
あっ!?僕ですっ!!!僕っ!!!!今すぐ、僕が持っている円を全て売ってっ!!!!!・・・そう、全部だっ!!!!!!
・・・なに?次の債権回収で円は上がるから持っていた方が良い?
うるさいっ!!そんな先の事はどうでも良いっ!!!今だよ、今っ!!!!とにかく、今すぐ全部売るんだっ!!!!!じゃっ!!!!!!」
シンジはお礼そこそこに携帯電話を懐から取り出してかけ、何処ぞの電話相手へ矢継ぎ早に捲し立てて切った。
「・・・ったく。あっ!?僕ですっ!!!僕っ!!!!とにかく黙って、僕が持っている日本銘柄株を残らず売ってっ!!!!!
はいはい、解ってるよっ!!勿体ないって言うんだろっ!!!良いから、とにかく全部売るんだっ!!!!
そう、今すぐだよっ!!スピードが勝負だから、いつもみたいに分散させる必要はないからねっ!!!じゃ、頼んだよっ!!!!」
間一髪を入れず、すぐさま別の相手へ電話をかけて再び矢継ぎ早に捲し立て、シンジは電話を切ると共に額の汗を拭って何やら一安心。
「ふぅぅ〜〜〜・・・。これで一安心だね。正確なところ、A−17の発令にはどれくらいの時間がかかります?青葉さん」
『そ、そうだな。しょ、書類にして、関係各所に通達してからだから・・・。あ、あと30分くらいかな?』
「それだけ有れば十分だね。あとは底値を割るのを待って買い戻せば・・・。フッフッフッフッフッフッフッフッフッフッ・・・・・・。」
そうかと思ったら、シンジは不気味に含み笑いを機内に響かせ、レイを除いて青葉共々機内にいる全員が思わず茫然と大粒の汗をタラ〜リと流す。
『つ、つかぬ事を聞くが・・・。シ、シンジ君は相場や株に手を出しているのか?』
「ええ、そうですよ。ただ、僕は未成年だから代理人を立ててですけどね」
『だ、だったら、今の行為って・・・。イ、インサイダー取引とか言うんじゃないのか?』
それでも、青葉はシンジへ問わずにはおれず言葉を取り戻して怖ず怖ずと尋ねた。
インサイダー取引とは簡単に言えば、予め株価が下がる事を知って株を売り、その売却金で株価が下がった時点で株を買い戻すと言う手段である。
例えば、株価1000円の株を1000株持っている場合、資産価値は1000000円。
これを全て売り払い、株価が500円となった時点で1000000円分を買い戻せば、所有株数は2000株。
そして、株価が1000円に戻れば、必然的に資産価値は最初の2倍である2000000円となる仕組み。
これだけなら単なる株取引に過ぎないのだが、インサイダー取引のポイントは株価の上下を絶対的に知りながら株を売買している点。
この取引が行われるのは、突然の不慮の事故により一時的な株価暴落があり、時間と共に株価が回復する優良銘柄に限られるのが特徴。
また、突然の不慮の事故とは、トップ経営者の死去、経営での致命的ミス、災害による事故などなど様々。
これらの事故を世間へ知らす前に事情を知る内部の人間が株価の下落を知って取引するのが、その名の通りのインサイダー取引なのである。
ちなみに、A−17の命令内容には色々とあるが、その中でも最も目を惹くのが日本国内のあらゆる銀行の取引を停止する資産凍結と言う項目。
そんな現象が起これば、当然の事ながら会社は動かなくなって日本銘柄株価は下がり、それに伴って円安が進むのは当たり前の事。
つまり、シンジはこれを見越しての行動であり、この情報は世界で数人しか未だ知らないのだから立派なインサイダー取引と言えるかも知れない。
「フフ、気のせいですよ。気のせい・・・。まあ、もしそうだとしても・・・・・・。
古今東西、王となった者は王となるべくの手段を使ってきたんです。偶然で王となる人なんていませんよ。
それはネルフの悪どさを近くで見ている青葉さんが良く知っているでしょ?勝利者はいかなる手段も正当化されるって・・・・・・。」
応えてシンジは恐ろしく邪悪そうにニヤリと笑い、青葉はその笑顔に戦慄して体をブルルッと震わせ、大口をアングリと開けて再び言葉を失う。
「・・・どういうこっちゃ?綾波、解るか?」
「解らない・・・。」
(やっぱり、只者じゃないわ・・・。聞けば、ミサトの車の修理費を立て替えたのもシンジだって言うし・・・・・・。)
翌日、シンジの隠し資産はA−17の効果で3倍強までに膨れ上がり、シンジは一夜にして文字通り億万長者となった。
(あの人とさっきの人にちゃんとお礼を言わなくっちゃ・・・。)
夕飯も済んで女湯へ向かう途中、ふとマユミはホテルの遊技場にケンスケが居るのを見つけ、精一杯の勇気を振り絞ってケンスケへ話しかけた。
「あ、あのぉ〜〜・・・。す、すみません」
「誰だよ。今、良いところなのに・・・って、あっ!?君は・・・・・・。」
ビリヤードをして遊んでいたケンスケは、背後からかかった声に不機嫌そうな顔を振り向かせるが、声の主がマユミと知って驚いた次の瞬間。
「おいおい、誰だよ。この娘・・・。紹介しろよ。相田」
「はっ!?・・・もしかして、相田の彼女っ!!?」
「嘘だっ!?嘘だと言ってよっ!!?バーニィっ!!!?」
「許さんっ!!許さんっ!!!許さぁぁ〜〜〜んっ!!!!」
「何故だっ!?まさか、ミリタリー盗撮マニアの時代が来たのかっ!!?」
一緒に遊んでいた男子生徒達がケンスケの元へ一斉に集まり、興味津々な目をマユミへ向けながら、言いたい放題の悪口をケンスケへ放ち始めた。
「な、何だよ・・・。お、俺に彼女がいたら、そんなに変かよ?」
友人達のあまりな酷評に顔を引くつかせ、ケンスケが憤る以前に悲しくなって涙をちょっぴり瞳に溜めつつ尋ねた途端。
余談だが、ロビーでの一件はケンスケの献身なるフォローによって、シンジの評判は落ちるどころか、ますますうなぎ登り状態となっていた。
何故ならば、シンジが喧嘩した理由は、見知らぬ女の子が不良達に絡まれているのを見かね、女の子を助ける為にだと説明したからである。
これを聞き、女子生徒達はシンジの正義感と頼もしさに胸をときめかせ、男子生徒達は多勢に無勢を跳ね返すシンジに肝を冷やしまくり。
また、シンジが報酬とした四号機パイロットの座だが、これは既に非公開で決まっている為、ケンスケの夢が叶えられる事は最初から無かった。
「「「「「変だっ!!変に決まっているっ!!!それこそ、お前に彼女がいたら大変だっ!!!!」」」」」
「・・・・・・そ、そこまで言うか?」
男子生徒達がビリヤードのキューでケンスケを一斉に勢い良くビシッと指し、ケンスケが酷い友人達に堪えきれなくなって涙をルルルーと流す。
「よ、良く解らないんですが・・・。た、多分、変じゃないと思いますよ?だ、だから、元気を出して下さい。は、はい、これ・・・。」
「あ、ありがとう・・・。や、優しいね。き、君・・・・・・。」
マユミはあまりに不憫なケンスケの姿に慰めずにはおれず、スカートのポケットから取り出したハンカチをケンスケへ差し出した。
感想はこちらAnneまで、、、。
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