ミ〜ンミンミンミンミンミンミ〜〜・・・・・・。 ミ〜ンミンミンミン・・・・・・。 ミンミンミ〜・・・・・・。 一人道を歩くと蝉の音がうるさい。 一年中が夏のような気候になった今の日本では、蝉は年がら年中無く節操の無い昆虫と 化していた。 セカンドインパクト以前であれば、“夏”という限定的な期間での活動生命体で、別に害 虫のような扱いではなかったのであるが、生憎と年中やかましく鳴き続ける虫なんぞにか けられる情けは無い。 彼らにとって、罵声を浴びせられつつ鳴いている木を蹴りつけられる事など珍しくも無 い。 もっとも、別に蝉に対して恨みのなぞ持ち合わせていないシンジは、道路が吸収した太 陽の暑さに辟易する程度だった。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・それに。 波の音しかしない、静寂の世界よりマシだ・・・・・・・・・・・・。 我に返ったように頭を振り、いやな記憶を振り払う。 シンジは一人、道を歩いている。 もっとも、彼の目的地はそう遠くでもない。 もうすぐ着く。 あの、 静寂だけの世界から、 自分たちと共に還って来た大切な“仲間”、 大切な“家族”、 前の時間の中で、最初に自分が“絆”をあげた少女のもとへ。 ───────────────────────────────────────────────────────────── For “EVA” Shinji フェード:八 ───────────────────────────────────────────────────────────── 事の始まりは、昨日の夜であった。 かねてからミサトに色々言っていたリツコが、シンジの体調観察の為に家庭訪問すると 称し、マヤを引き連れやって来たのである。 もっとも、事前連絡は入っていたので夕食の材料は整っていた。 シンジの主夫としての本領が発揮される時は来た。 手早く小口に切られた鳥肉に少量のウイスキーをかけて休ませ、その間に予め水煮して 灰汁を抜いて再度水から煮た牛テールを又も水煮する。 煮えるまでにニンニクや生姜、京ネギをみじん切りにして炒めて、チリソースを作りだ す。 豚ばら肉の塊をブツ切りにして炒め、これまた軽く炒めたスナックえんどうと一緒に醤 油で煮る。 落し蓋代わりにキャベツの葉を乗せてから、別鍋にて合計五時間も煮ているテールの灰 汁を丁寧におたまで掬い取り、さらにこしとって味を調え、澄んだスープを作った。 テールは網で燻ってから肉をこそげ取り、醤油で味をつけて一品にする。 リツコとマヤの目の前で、異様なほどの手際のよさで作られてゆく夕食。 一般の主婦・・・・・・・・いや、いっぱしの料理人の手際の良さだ。 「ちょ、ちょっと、ミサト。シンジ君、いつもこんな風に作ってるの?」 「え? ウン、そうよん。今日はリツコとマヤちゃんが来るって言うから張り切ってる みたいね〜」 喉にグビリとえびちゅを流しつつ、シンジの作る肴を待つ。 おとなしく待っていると、すぐに美味しい物を運んでくれる事を学習したからである。 やがて、先ほどの鶏肉を唐揚げにし、千切りキャベツと半月切りのレモンといっしょに 盛り合わせ、色付けにパセリを添えると全てが整った。 「すみません。おまたせしました・・・」 なんとなく申し訳なさそうに料理の皿を運んで来るも、その料理の内容は、申し訳無い どころの騒ぎではない。 スナックえんどうと豚バラの炒め煮。 海老のチリソース(カシューナッツ入り)。 先ほどのテールスープにラーメンを入れた、テールラーメン。 味付けテール。 自家製ゴマ油ドレッシングが用意された野菜サラダ(クルトン付)。 特製鳥の唐揚げ。 自家製のカクテキ。 ミサトやリツコが飲酒することを考慮してのメニューである。 あまり飲まないであろうマヤと、未成年であるのから飲まない自分の為に少量のご飯も 炊いてあった。 「・・・・・・・・・えと・・・・・・?」 ほこほこと湯気をたてる料理を、ぼ〜〜〜っと見つめるリツコとマヤに対して困惑気味 なシンジ。 ミサトは、そんな三人にプッと吹き出す。 「な〜〜にボサッとしてんのよ。さっさといただきましょ♪」 と、自分の箸を取ってまず、テールラーメンを口にする。 具が何一つ入っていないから、純粋にスープの味が際立つ。 「ん〜〜〜〜〜・・・・・・・・・コレ、美味しい〜〜っ!!」 その声に再起動を果たしたリツコとマヤも箸を取って、それぞれが想いの料理を口にす る。 「「・・・・・・?!・・・・・・」」 心配そうに見守るシンジの前で、見る見る気色が上がっていく二人。 「こ、これ、ホントにシンジ君が作ったの?!」 マヤが信じられない事の様に言った。 チリソースのかかった海老のぷりぷりとした食感と、カシューナッツの香ばしさがたま らない。 「外で食べるのよりずっと美味しいわ・・・・・・って言うか、外で食べたくなくなってしま う・・・・・・」 唐揚げを口にしたリツコも驚きを隠せない。 中華料理店で食べた唐揚げより、ずっとジューシーで香ばしいのだ。 「ふっふ〜〜ん・・・・・・いいっしょ? あたし、毎日食べてるもんね〜〜」 今度こそ勝ち誇った声のミサト。 声を殺して悔しがる二人。 あの時、 シンジがどこで生活するかで、誰が引き取るか争った時・・・・・・。 実はリツコとマヤはズルをしていた。 結局くじ引きにしたのであるが、二人とも自分の部屋になるようにくじ引きのプログラ ムに介入したのだ。 結果、プログラムに矛盾が生じ、人選がずれ込んでミサトに決まってしまったのである。 お互いが介入の事実を知らなかった事もあり、プログラムミスをしたと思い込んだ二人 は、プライドが邪魔して皆に事実を黙っていたのだ。 そしてミサトが勝者となった。 今は、強烈に悔やんでいる。 なにせ、毎日ミサトに弁当を見せられているのだから・・・・・・。 そして今日、シンジの手料理を口にし、さらに後悔を深めるのだった。 シンジの料理への賞賛以外の事を口に出さずに食べ続け、デザートにと出された杏仁豆 腐にまたも驚かされつつも、喜び勇んでレンゲをつける。 やはり美味かった・・・・・・・・・。 気が付けば夜の十一時を回っていた。 「あ、こんな時間! レイのトコ行けなくなったわ・・・・・・」 酒が入っていたこともあるが、今更な時間となってから、やっと気が付いたリツコ。 既に、シンジの様子見という訪問理由は綺麗サッパリ忘却の彼方であり、ただ単に“突 撃! お宅の晩ごはん”という内容と化していた。 ちなみにマヤはリツコの膝枕で酔いつぶれている。 「何か用事でもあったんですか?」 洗い物を済ませ、手を拭きながら戻ってくるシンジに、リツコはカードを取り出した。 「・・・・・・これって・・・・・・」 “それ”にシンジは見覚えがあった。 二枚のセキュリティーカードである。 一枚はシンジの分。 で、もう一枚は・・・・・・・・・。 いきなりシンジの顔が赤くなる。 “前回”のレイ宅への訪問事件を思い出したのである。 「コレ、レイの分なんだけど・・・・・・う〜〜ん・・・悪いけど、シンジ君。明日にでも持っ て行ってくれないかしら? これが無いと本部に入れないし、私は午前中に実験の準 備があって出られないのよ」 酒が入り、正常な観察眼を失っているリツコは、シンジの顔の赤さに気が付かない。 「シンちゃ〜〜ん。勢いに任せてレイを襲っちゃだめよぉ〜〜〜?」 飲みすぎてベロベロになり、既にシンジが行く事を決定事項にしているミサト。 「ミ、ミサトさぁん!!」 顔を赤くして反論するが、酔った大人であるミサトとリツコにとって、少年の純情さは 酒の肴にしかならなかった。 結局、“前”の歴史通りシンジがレイにセキュリティーカードを持って行く事となったの だ。 * * * * * * 指示された地図を見るまでもなくレイの部屋に行く事はできるのだが、後ろか護衛の為 について来てくれるキョウスケの目もあるので、いちいち地図を見ながら知らない場所へ 向かうフリをしつつ、レイの部屋に向かう。 相変わらず工事の作業音の響く寂しい場所だ。 少なくとも女の子一人で住むところではない。 チルドレンとしての護衛がいなければ、レイのような一級の美少女であれば遠からずス トーカー等の餌食になっていることであろう。 そして、部屋の前に立つ。 前と同じドア・・・・・・・・・じゃない。 部屋主を示す名前の処に、くすんだ字で『綾波』と書いてある・・・・・・のではなく、ちゃ んと『綾波レイ』と書いてある新しいプラスチックのプレートが入っており、人気の無い 他の部屋のドアと違い、明るいライムグリーンに塗られたドアがシンジの前に佇んでいた。 “帰ってきた”影響なのかと首を傾げつつ、念の為にチャイムを押して見ると、 きんこーん♪ 可愛い音が迎えてくれた。 『・・・・・・あ、綾波・・・・・・』 その変化に戸惑いつつも、返事を待つがそれは来ない。 そこだけは変らないのかとドアに手をかけると、“前”と同じく無用心にも鍵が開いてい る。 ・・・・・・・・・ ともかく、前のように部屋に入る。 念の為に浴室の音に気をつけるが、無音。 では、部屋の中なのかと入って行って・・・・・・・・・・・・シンジは驚いた。 ・・・・・・・・・なんというか・・・・・・女の子の部屋? 前の部屋よりずっと大きなラックには文庫本が揃っており、可愛い色の背表紙を向けて いる。 縦に大きな背表紙は絵本のようだ。 勉強机はないが、グリーンのテーブルカーペットの上に赤い縁取りのガラステーブルが 置いてあり、書きかけた宿題が置いてある。 水色のクッションが、小さめのソファークッションの横に転がっている。 綺麗に拭かれた窓ガラスにかかる白いレースのカーテン。 ベッドにしても、味気ないパイプベットではなくウッドパターンのベットで、枕元にク リップ式のスタンドが付けられている。 赤い一人暮らし用の小さな冷蔵庫の上にはシャンパン用のグラスが置いてあり、その中 にビー玉と水を入れてバンブーを生けてあった。 壁紙ですらクリーム色にされているこの部屋は、見紛う事ない“女の子の部屋”が出来 上がっているではないか。 僅か数日の内にここまで女の子女の子した部屋に改革するとは・・・・・・・・・伊吹マヤの並々 ならない努力の賜物であろう。 もっとも、彼女がプロデュースしたこともあって、やや過剰気味な少女趣味が見えるの だが、この程度は目をつぶるのが礼儀というものだ。 しかし、レイはいない。 『買い物にでも行ったのかな?』 部屋を再度見回すと、壁のフックに制服がかけられており、ベッドの上には脱いだもの であろうチューブトップと、なんだかやけに短いスカートと下着が置かれていた。 ・・・・・・・・・・・・・? 服と・・・・・・下着? カチャ・・・・・・ シンジの背後で金属音がした。 くるりと振り返ると、そこには・・・・・・・・・ 「あ、ああ・・・・・・綾波いた・・・・・・・・の・・・・・・?」 そこに立っている蒼銀髪の少女を上から下まで、たっぷり一往復見た。 いや、見てしまった。 「あ、あ、あ、ああああっ!!! 綾波ぃぃいいいいいい〜〜〜っ?!」 “前回”のようなシャワー上がりの裸ではない。 決して。 ファーストチルドレン、綾波レイは、 薄紫色のガーターストッキングと、ガーターベルト・・・・・・・・・ “だけ”の姿で立っていた。 「・・・・・・・・・碇君に見られた・・・・・・・・・(ポッ)」 一般的には“見せている”としか考えられない行動と格好なのであるが、レイが“見ら れた”と言うからにはそうなのであろう。 両手を後ろに組んで、もじもじとシンジににじり寄り、妙に濡れた瞳は夜這いに来た人 間のソレなのだが、今は夜ではないからして“夜”這いでないので健全でOKだ。 「ちょ、ちょっと! あ、綾波・・・・・・服着てよ! 服!!」 「・・・・・・着てるわ」 ほら・・・・・・と、ドコで学んだのか妙なポーズをとった。 「そ、そんなの服って言わないよぉ〜っ!!」 もはや半泣きの少年。 健全なる中学生男子にとって、『うっひょぉっ!! ラッキィ〜〜っ!!』な格好であっ ても、純情部分が強いシンジにとっては痛い刺激だ。 とは言うものの、元々暴走したら『僕は最低だ』と突拍子も無い行動に出る(病室での アスカ事件参照)部分がある為、自制心もボロボロと剥がれていってる事もまた事実であ る。 まだマシなのは、シンジの心の中にある欠片たちが揃いも揃って純情な事だ。 しかし、反対にレイの方は勢いに任せて突き進む心ばっかりである。 よって、レイのフローチャートは、 碇君に大好きって言ってもらった→→わたしも碇君が好き→→二人の想いは同じ→→何 をやってもOK。 であった。 無論、アスカも大切な“絆”である事は間違いない。 ただ単に、先に行動したまでである。 追い詰められるシンジ。 にじり寄るレイ。 玄関に背中を向けているところが計算高い。これではシンジに逃げ道は無い。 どんっ とシンジは後ろに下がりすぎてラックにぶつかる。 バサバサっと文庫本が落ちてカバーが外れた。 シンジはギョっとした。 小説は小説なのだが、カバーの中身は全く別の種類の本。 おフランスな国の名前の書院の本ばっかりだったのだ。 シンジ君ぴんちっ! 「あ、綾波・・・・・・じょ、冗談・・・・・・だよね・・・・・・?」 「冗談・・・・・・? それ、何? わからない・・・・・・」 ニヤリと笑う。 『ウソだぁ〜っ!!』 物凄い力で押さえつけられた。 今のシンジの力をもってしてもピクリとも動かない。 『助けてぇっ!! ミサトさぁんっ!!』 心の中でエラく懐かしい悲鳴をあげる。 「碇君・・・・・・今度こそ、一つになるのよ」 しかし、こんなトコロに誰が助けに来るというのか? きんこーん♪ 来たよ。ヲイ! ハッとして玄関を見るレイ。 伊達に訓練を続けていないシンジは、その隙を逃さない。 するりとレイの腕から抜け出て、玄関側に回った。 「あ、あの・・・・・・こ、コレ、セキュリティーカードだから・・・・・・そ、それじゃあっ!!」 カードを冷蔵庫の上に置いて玄関に駆ける。 ご丁寧に鍵まで(さっきの金属音?)かけてあった。 焦りつつも鍵を開けて部屋を飛び出し、振り返らずに風のように逃げて行く。 よって、誰が来たのかも知らなかった・・・・・・。 「今の・・・・・・碇君?」 ぼんやりと走ってゆく少年の背中を追いながらヒカリが呟いた。 「・・・・・・・・・洞木・・…・さん?」 部屋の中からレイの声が聞こえた。 「え? あ、うん。綾波さん、昨日プリントもらってなかったでしょ? だから今日の 分を先生・・・・・が・・・・・・・・・・・」 ヒカリの眼に、とんでもない姿の綾波が飛び込んできた。 「・・・・・・・・・ちょっとだけ来るタイミング悪かったわ・・・・・・もう少しだったのに・・・・・・」 少し残念そうなレイ。 ヒカリは、委員長としてではなく、一人の“女の子”として聞いてみる。 「あ、あの・・・・・・綾波さん・・・・・・」 「・・・何?」 グビリ、と喉が鳴る。 外の暑さ以上に喉が渇いていた。 「な、ナニをしようとしてたの・・・・・・?」 「・・・・・・決まっているわ・・・・・・」 ニヤリ、ゲンドウ笑いを浮かべ。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・碇君を、食べようとしてたの」 ずどーーーーーんっ!!! 衝撃が少女の脳内を駆け抜けた。 そうだった。 この少女と碇君は、深くて“コア”な事している仲(大誤解)だった。 レイはプリントを氷結しているヒカリから受け取ると、ドアを閉めて鍵とチェーンをか けた。 髭眼鏡ヲヤジが来ても知らんフリする為にチャイムの電源も落とす。 さっきはコレを怠った為に失敗した。 “次”はそんな間違いは起こさない。 それにしても惜しかった・・・・・・・・・・・・。 レイの行動はかなり無茶であったが、(そうは見えなかったのだが)考えなしにとった行 動ではない。 もうすぐ第伍使徒が来る。 それまでにシンジに“生”への想いを強めてほしかったのだ。 “今”のシンジは他者を生かす為にとことん無茶をする。 これはシンジの命を確実に縮めてゆく。 それを回避したかったが為、“誰か”あるいは“何か”の為に生きたいという想いを深め てほしかったのである。 ぼんやりと窓の外を見ると、季節を無視した日差しがコンクリートを焼いていた。 「碇君・・・・・・・・・今度も、絶対にわたしが守るわ・・・・・・」 誰に言うことなく、レイはそう呟いた。 「いゃぁあああああああああああああああああああああああああっ!! 大人よぉおおおおおおおおおおおおおおお〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!」 ドアの外では謎の少女の声が響き渡ってた。 だが、シンジを想うレイの心には響かなかった・・・・・・・・・・・・・・・・・・。 ──あ(と)がき── 何も言う事はありません(^^;) そーですとも。レイがなんかエッチぃになってるのも、ストーリー進行が遅いのも私の せいなのですから(^^;) とは言うものの、やっとなんとか次はラミエルですよ。ハイ。 少し強くなっている使徒たちに、シンジ君は持ち前の優しさで苦戦します。 もーすこしでアスカさんが来ますから、皆様もお願いですからブーイングはやめてくだ さいね(^^;) 次回、ラミエル戦。 多分、文章長いです。お覚悟を・・・・・・・・・。 〜〜シンジ君の想いに幸いあれ・・・・・・〜〜
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