来ることは解かっていた───


 なぜなら、“前回”だってヤツは唐突に現れたのだから。


 確かに、表に出なかったけど真のイロウル戦の終了を故意に一ヶ月先に延ばした。

 絶対零度の世界で電子運動すら停止させられれば、幾ら使徒といえど動きは取れない。それがまだカビの状態であ
るなら尚更だ。

 だから、壱拾壱使徒イロウルと認定呼称されている前回の使徒(モドキ)を殲滅してからそこそこの時間をとり、
こっちの態勢を整えてもらうつもりでいた。


 が、バタフライ効果というものは起きるもので、こっちの都合で変えられたスケジュールは思わぬ弊害をも生み出
していた。


 つまり、使徒来襲の不明瞭さだ。


 第三使徒から数えて今日くらい、海上に出たから第六使徒が・・・・・・。

 等と来ることがスケジュール的に解かっているのなら心構えもできるというもの。


 しかし、うっかり第壱拾壱使徒のスケジュールを変更させてしまったが為、次の来襲タイミングが解からなくなっ
てしまったのである。



 それが、この大悲劇を生んだのだ。



 絶望ともいえる最悪の状況で、辛うじてマシだと言える事は二つある。

 一つはこの闇の世界の構成。

 もしこのレリエルの中がリツコが言っていたように“ディラックの海”であったならば、虚数の空間なのであらゆ
る物質が触れた瞬間に対消滅爆発を起こし、何もかもが吹き飛んでいた筈である。

 ただ吸い込むだけの闇であったことは幸いなのだ。

 もっとも、上下感覚はゼロの宇宙空間と同じではあるが・・・・・・・・・。


 もう一つは三人一緒であること。

 引き込まれた時に三人でいたこともあり、固まって吸い込まれたのだ。

 これがシンジだけ、或いはアスカだけというのであれば、シンジという存在の切れたアスカの精神が持つ訳がない。

 それに、シンジだけが取り込まれたのであれば、レイまでもおかしくなってしまう。

 不幸中の幸いとは言いたくないが、三人一緒に固まっていることは何よりの天の采配と言えた。


 では、最悪とはなんだろう?

 それは、“今”殲滅の方法が無い事である。



 なぜなら、この三人は、



 『シンジ、大丈夫?』
 『こっちはね・・・・・・二人とも無事?』
 『無問題よ・・・・・』



 子供達は闇の中でしっかりと抱き合い、口ではなく“心”で会話していた・・・・・・・・・。


 空気は存在するようだが、振動が伝わらないので音が響かないのである。



 そう───三人は、“生身”で第壱拾弐使徒レリエルに囚われていたのだ・・・・・・・・・。




 直径“5m”厚さ3ナノの極薄空間をATフィールドで形成し、内部に異空間を形成する、見た目円形の“影”に
しか見えない・・・・・・・・・と言うか、影“だけ”の使徒。




 これが、“今回”の第壱拾弐使徒レリエルであった───




───────────────────────────────────────────────────────────── 

    For “EVA” Shinji 

        フェード:参拾壱

─────────────────────────────────────────────────────────────



 『しっかし・・・・・・ホント参ったわねぇ・・・・・・』

 思考の波で愚痴る少女。

 これが光の中だというのなら、陽光を受けて赤みがかった金髪を披露するであろう、ブルースカイの瞳の美少女。

 言うまでも無くアスカである。

 『仕方ないわ・・・・・・逃げる場所が全く無かったんだもの・・・・・・』

 同じく思考の波で話す少女。

 光は光でも、こちらは月光に映えるであろう、蒼みがかった銀髪のルビーの瞳の美少女だ。

 当然、レイ。

 二人は一人の少年に抱きつく形でピクリとも動かず、じっと眼を瞑り、ただ会話だけを続けていた。

 『うん・・・・・・でも、まだ使徒は動かないね・・・・・・遠くで様子を見ている“気”はあるんだけど・・・・・・・・・』

 その抱きつかれている少年は、二人を離すまいときつく抱き返している。

 その行為そのものが少女達に生きる意思を膨らませ、心に焦りという隙を生み出させないのだ。

 陽光の元では烏の濡れ羽色の黒髪に瑪瑙の瞳という中性的な魅力と、軟らかでいて点を射抜くような鋭さをもった
破壊力満点の笑顔を惜しげも無く周りに振り撒き、不必要な騒動を巻き起こしている少年。

 この塗りつぶされた様な漆黒の闇の中でもその存在感を放射する心の強さを秘めている。

 二人の守護天使、碇シンジだ。


 いつもの様に下校し、鍛錬すべくNERVへと向かう道すがら、エスカレーターが故障していた為にエレベーター
に乗ったのが運の尽き。

 下へと下る小部屋の中がそのまま闇に飲み込まれたのだ。

 エレベーターの昇降する位置に出現したレリエルの内部に自分で飛び込んでしまったのである。


 無感覚訓練など宇宙飛行士にでもならない限りやる訳もない。

 普通ならこんな少年少女の精神が持つ訳が無いが、三人とも普通ではない。

 アスカは百戦錬磨の宇宙戦闘のプロフェッショナルの魂の欠片をもっており、
レイの持っている魂の欠片に至っては、そんな無感覚など気にもならないようなズ太い精神の持ち主ばかり。

 更にシンジの心には無感覚を恐れるような根性無しは殴り飛ばしかねない激しい魂が存在している。


 それに、三人一緒に抱き合っているのだ。


 “不安”はあっても、“恐怖”は浮かばなかった。


 『移動用のエレベーターの中・・・・・・ってゆーか水平にビルとか障害物無視して進んでるって事は本部に直接行くつ
  もりかしらね?』

 『多分・・・・・・使徒の目標は解からないけど、わたし達はたまたま巻き込まれた可能性もあるわ・・・・・・』

 『・・・・・・でも、“前回”のレリエルは間違いなくEVAがターゲットだったよ?
  初号機取り込んでから動かなかったんだろ?』

 『う〜〜ん・・・・・・解かんないわねぇ・・・・・・』


 無駄話をやっている訳ではない。

 ただチャンスを待っているのだ。

 人間だけ取り込んだとは言っても使徒は使徒。シンジの張るフィールドに何かしらのアクションはある筈である。


 子供達はそれに懸けているのである。




 もっとも、彼らの教官ですら一瞬躊躇するほど分の悪い賭けではあったが・・・・・・・・・。



                 *   *   *   *   *   *   *   *   *



 「ここんトコ、使徒の反応って無いわよね〜〜」


 子供達の苦労なぞ露とも知らず、作戦課長殿はリツコの許可も無くカップに注いだコーヒーを啜っていた。

 「あ、頂いてるわよん」

 「先に言いなさい・・・・・・・・・まったく・・・・・・」

 といいつつも呆れているのか慣れているのか左程気にしてる風でもない。

 流石は腐れ縁といったところか?


 リツコはリツコでいつもの様にキーを叩くでなく、一心にファイルを読んでいる。

 あるマシーンのスペックデータである。

 NERV援護支援開発部から届けられた最新のデータだ。

 「で、リツコ。期待通りの成果は出てんの?」

 「そうねぇ・・・・・・もう少しって言うところかしら? ディーンドライブの出力は安定してるけど、コントロールが
  今一つね・・・・・・。
  バランサーだけじゃ賄えないからパイロットの負担が大きすぎるわ・・・・・・」

 「あいつがそんなタマかなぁ・・・・・・なんかさ、『ありゃ?』って感じに操りそうじゃない?」

 「あなたねぇ・・・・・・」

 簡単に話を進めるミサトに溜息が出るが、なんとなく納得している自分もある。

 彼女の普段行動を見ていれば、ミサトとそう変わりが無い位ちゃらんぽらんで、違うのは声くらい。

 かと思ったら息が止まるほど鋭い事を言って来たり、女の勘と言い張って勝手に始める行動の大半も的を得ていて
怖すぎる。

 勘を信じて行動し、とんでもない困難な事を運で乗り切ってテクニックで自分のものにする。

そういう女なのだ。エクセレンという女は・・・・・・・・・。


 「で、南部君の方は?」

 リツコがこめかみに痛みを訴えている間にミサトは脳内で切り替えていた話を口に出す。

 思考と言語の区分が離れすぎている為に付いて行くのが大変だ。

 もっとも、それに慣れているからこそ親友として付き合ってられるのだが・・・・・・。


 「こっちはもっと大変よ・・・・・・・・・バランスが取り難いったって・・・・・・・・・大変なのよ」

 「へぇ〜? 陸戦兵器なのに?」

 「メカニックというか・・・・・・技術的なものじゃないわ・・・・・・南部君のせいなのよ」

 「へ? あ、やっぱ試作機破壊王って名前は伊達じゃないの?」

 とんでもない二つ名であるが、実質間違ってはいない。

 UN、戦自と渡り歩き、試作機のテストパイロットをやっては破壊してしまう南部キョウスケ・・・・・・。

 人は彼の事を破壊王とまで言っている。

 「違うわよ・・・・・・・・・彼のセンスはピカイチよ・・・・・・・・・私の知る範囲でのデータで彼の操縦に付いて行ける人間は
  いないわ」

 「マジ? だったらなんで・・・・・・」

 「彼の身体が丈夫過ぎるのと、操縦センスが突出し過ぎてるのよ。
  だから、機体の方が彼の腕に追従できないの」


 例えば旋回運動。

 普通の人間にとってマッハの世界での旋回は左右に掛かるGも含めて気絶率そのものが高い。新型機等では特にそ
うだ。

 だが、キョウスケは全てやり終えてしまう。

 意志の力がハンパではなく、機体のスペックを限界まで出し切ってしまうのだ。

 結果、彼には普通に乗りこなせても、他人は強化剤でも注入しない限りあやす事も儘ならないマシンとなってしま
う。


 では、“この”マシン・・・・・・彼が乗っている新型機はどうか?


 結論から言って・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・表現できない・・・・・・・・・。

 相性はいい。バッチリだ。

 だが、彼の腕が突出している為、マシンの無茶が利きすぎてしまい、調整が中々出来ないのだ。

 実は負担が掛かっている急旋回。

 実はアブソーバーが悲鳴を上げている急停止・・・・・・・・・等々・・・・・・・・・数えていけばきりが無い。

 高速戦闘しながら射撃回避、尚且つ目標の破壊等、全てを期待値以上で出せるのである。

 が、後で機体がかなり傷んでいる結果が出てしまうのも常のことであった・・・・・・・・・。

 「ちょっと出たとこ勝負な所もあるけどね・・・・・・・・・・・・。
  流石はギャンブラーといったとこね・・・・・・・・・無茶なトコだけは確実に潜り抜けてるわ・・・・・・・・・」


 シュミレーションでの結果も上々なのだからミサトは単純に喜んではいたのであるが・・・・・・・・・。

 ミサト的には戦局的に嬉しいのだが、リツコから言えば技術的に溜息モノなのである。


 「ま、支援開発部にがんばってもらうしかないわね・・・・・・要求技術とかはこっち(技術開発部)で何とかするしか
  ないけど・・・・・・」

 「そうね〜〜〜・・・・・・ところでシンちゃん達、今日も鍛錬かしら?」

 「来てるのならね・・・・・・来てないんだったら・・・・・・デートじゃない?」

 「はぁ〜〜〜・・・・・・・・・シンちゃんも早くどっちか選びゃあいいのに・・・・・・」

 「無理ね・・・・・・シンジ君の性格だったら、どっちの涙も嫌でしょうから・・・・・・・・・」


 技術的なものからデバガメ寸前の井戸端会議と化した二人の会話。


 そんな呑気な事をやっている間にも、本部への危機は高まって行くのであった・・・・・・・・・。




                 *   *   *   *   *   *   *   *   *



 『待つ身は辛いわね・・・・・・』

 等と考えてみたりする。

 意外にもそんな苛立ちにも似たセリフを思い浮かべたのはレイであった。

 『アンタねぇ・・・・・・落ち着いてんだか、焦ってんだか、どっちかハッキリしなさいよ』

 なんとアスカの方がまだ落ち着きがある。

 『落ち着いて焦ってるわ・・・・・・・・・ヒゲはともかく、本部の皆に危害が及ばないか・・・・・ね・・・・・・・・・』

 『あの・・・・・・そのヒゲって僕の父さんのような気が・・・・・・・・・』


 ぎくっ


 『・・・・・・・・・・・・・・・・・・それはともかく、敵に動きがないわね・・・・・・・・・』

 『(アンタって・・・・・・)』


 この完全閉鎖された世界には音は無い。

 なぜか空気が振動してくれないから声を伝えられないのだ。

 音がしないから三人はお互いの心音を聞いている。

 この“音”があるからこそ、三人は落ち着いていられるのだ。

 それに、会話はシンジを中継して心の波動(“念”らしい)が伝わり、三人だけで伝わる会話が出来るからそう淋し
い訳ではない。



 意識レベルを故意に下げ、眼を瞑って闇に身を任せる・・・・・・・・・。



 普通の人間ならば一時間も必要とせず発狂するかもしれない状況で、宇宙戦闘で培った感覚を持つ魂の欠片をフル
に使い、この状況の中で力を温存していた。

 なにせ所持している武器はシンジの木剣と、アスカの自衛用小型拳銃、そしてレイのコンバットナイフ(ダマスカ
ス製)だけである。

 迂闊な事はできないし、無理も利かないのだ。


 無論、勝負を捨てた訳ではない。


 彼らは“あの”地獄からの・・・・・・・・・。

 痛みも辛さも苦しさも存在しない代わりに、変化と発展と希望のない地獄からの帰還者なのだ。

 これで勝負を捨てると言うのなら、“今”に還って来たりはしない。


 それに、今は大切なモノがある。

 少年の、この腕の中に大切な二人がいるのだ。


 “諦め”は、彼女達を見捨てる事である。


 それだけは断じて避けねばならない。

 それに、“勝つ”というモノは生きていて初めて成立するものである。


 確かに、自分の身を犠牲にして助かると言うのであれば、シンジは喜んで差し出すだろう。

 だが、そうすれば彼女達は間違いなく死を選ぶ。

 良くも悪くも彼女達にとって大切なシンジ。

 シンジにとって大切な彼女達・・・・・・そのスタンスは不動なのである。


 もっとも、彼女達を抱き締めているからこそ、彼らの周りには念動フィールドが発生しており三人が無事でいられ
るのだ。

 シンジは、他者を守る時に最大級の力が発生する。

 だから生身でフィールドか張れているのだ。



 とは言っても、手が無い以上ジリ貧であるが・・・・・・。







 その間にも、レリエルは刻一刻と目標に迫っていた・・・・・・・・・。




                 *   *   *   *   *   *   *   *   *



 「のわっ!!!」

 正に間一髪、彼は危機を回避した。

 もし察知せねば命が危なかったやも知れない。

 いや、間違いなく死んでいた可能性がある。



 墜落死・・・・・・・・・。流石に青葉シゲルはそんな死に様は御免であった。



 「どうしたシゲル!!??」

 後ろでファイルを抱えていた日向が、驚いて声をかける。

 ファイルが邪魔で前が見えないからだ。

 「エ、エレベーターがないんだ・・・・・・」

 「はぁ?!」

 とにかくファイルの束を床に置き、青葉が示すドアの向こうに眼を向ける・・・・・・と?


 エレベーターのドアの向こう。


 そこには、あるはずの小部屋が無かった。

 いや、あることはあった。

 だが、見慣れた小部屋の“上半分”しか無く、肝心の積載する重量に耐えてくれる床の部分が存在しないのだ。

 「おいおい・・・・・・なんの冗談だよ・・・・・・・・・」

 いつも冷静な日向であったが、流石の状況にポカンとするしかない。




 「あ、見た見た見た??!! ね、キョウスケ、今の見た?! メガネ君のメガネがずり落ちてたわよ?!
  わぁ・・・ホントにメガネ君って驚いたらメガネがズレるんだ・・・・・・・・・ヘェ〜〜〜〜・・・・・・スゴイんだぁ・・・・・・」

 「お前は何に感心してるんだ?」

 いきなり騒がしくやって来た二人・・・・・・エクセレンとキョウスケが緊迫した空気を吹き消す。

 「あ、南部さん・・・・・・」

 いや、現実に戻れたことは喜ばしいのであるが、この訳の解からない状態の打開になるとは思えなかった。

 「な〜んか失礼な事、考えてなかった?」

 「い?! あ、いえいえ・・・・・・」

 この美人のジト眼攻撃を受けるのはチクチクと痛い。

 只でさえ勘が鋭い女である。

 ヘタな言い訳は大怪我の元だ。

 だったら、とっとと説明をした方が良い。

 「と、とにかくこれを・・・・・・」

 と異変を伝えるべくドアの中を・・・・・・・・・・・・。



 閉じてる・・・・・・・・・。



 「あ、あれ? おいっ、シゲル!!」

 「いや、そう言われても・・・・・・・・・」

 当然ながら自動で閉まってしまったのだから仕方が無い。

 自力で開け閉めするエレベーターなんか今時ある訳が無いのだ。

 「じゃあ、開けておいてくれよな」

 「だから、オレがやったんじゃないってばっ!!」

 別に誰彼が悪いという訳ではないが、ちゃんと異変を伝えねば意味が無いのだ。

 訳が解からないといった顔のキョウスケとエクセレンが後にいるのだし・・・・・・・・・。

 「えと、あのですね・・・・・・・・・口で説明するのは難しいんですけど・・・・・・・・・」



 仕方なく次に来るまで口で説明する事にした日向。

 しかし、運悪くというか当然であるというか、ついに・・・・・・と言うべきか、

 そのエレベーターは故障して止まってしまい、彼らの前に現れなかったのである。



                *   *   *   *   *   *   *   *   *



 『動かないわね・・・・・・』

 『・・・・・・そうだね』

 ポツリと出される言葉に律儀に答える少年。

 必死に落ち着こうとしているのではなく、あくまでも少年の意志の固さで落ち着いていた。

 掛かる状況でパニックを起こし、一人地団駄を踏んでヒステリーを起こしていた彼女ではないのだ。

 ある意味EVAに乗っていなくて幸いである。


 なぜなら、電源の残量とかが表示されない為、無駄に落ち込んだりしていないのだ。


 ただ、愛撫と言うか抱擁と言うか・・・・・・かかる状況そのものによる副次効果が何とも言えずに心地よい。


 いや落ち着いてシンジの腕の中を味わっている場合じゃ無いのだけれど・・・・・・。

 レイに至ってはウトウトする始末。

 一人心配する自分の方が馬鹿みたいである。


 ならば、自分もこの時間を有効に使うべきではないだろうか?


 使徒は動かない。

 邪魔者もウトウトしている。

 お互いが相手を思いやって抱き締められ・・・・・・或いは抱き締められ、辺りは無音の闇黒ワールドである。

 自分が眼を開けて確認するのも良いが、残念ながら見えるのは只の無音。瞼を開けていても瞑っていても同じよう
な世界だ。

 精神的な活動限界はまだまだある。

 ただ、心配なのはコイツの目的だけだ。


 だったら・・・・・・・・・。


 『シンジぃ・・・・・・アタシ達大丈夫なのかなぁ・・・・・・・・・』

 唐突に気弱になる少女。

 そんな少女を黙って放っておく少年ではない。



 ぎゅ・・・・・・っ



 僅か、ほんの僅かであったが少女を抱き締める手に力が篭った。



 『大丈夫。僕が絶対に守ってみせる。今度こそ・・・・・・絶対に・・・・・・・・・』

 『シンジぃ・・・・・・』

 ゴロニャンと子猫を被った雌豹が甘えた。

 これだからこの少年の懐は暖かい・・・・・・・・・赤い金髪の少女もウトウトし始めていた・・・・・・・・・。


 『ねぇ、碇君・・・・・・・・・わたし達、大丈夫かしら・・・・・・・・・』


 そんなわざとらしいセリフが耳に(心に?)に届くまでは・・・・・・・・・。





                *   *   *   *   *   *   *   *   *




 本部内で不可解な事件が起こっていた。

 まず、エレベーターの一つが使用不能になっていた。

 これはエレベーターの下半分が消失いており、その天井部分に上手いこと鉄骨がのっかってて安全装置が重量的な
安全装置が働かなかったから発見が遅れていた。

 無論、報告は受けていたのであるが・・・・・・・・・。

 「ごみ〜〜ん・・・・・・ホントとは思わなかったのよ」

 「ヒドイっスよ葛城一佐ぁ〜〜・・・・・・」

 流石の青葉も悲観していた。

 話が突飛だった為、信じてもらえなかったのだ。

 日向にいたっては蹲って「の」の字を書いている。

 ミサトにはフラれる(とは言っても、ミサトは気持ちにすら気付いてなかったりする)わ、信じてもらえないわで
踏んだり蹴ったりの泣きっ面に蜂である。

 「でも、どうしてそんなエレベーターに乗ろうとしたの?」

 素朴な疑問を投げかけたつもりであったが、涙眼になったオペレーター二人は立ち上がってリツコに詰め寄った。


 「「赤木博士が上からファイル持って来てって言ったんでしょ?! 運搬用のが使えないから直接行ってって!!」」

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そうだっけ?」


 ジト〜〜〜と見つめる眼は、ミサトを見るようであり、リツコにとっては屈辱的なものであった。

 「ちょっと!! ミサトを見るような眼はやめてよ!! 精神的に辛いのよ?!」

 「ちょっとリツコ!! どー言う意味よ!!!」

 思わぬ事で勃発したミソジリアンの戦いは、本部に迫っている危機をそのまま薄めるには十分であった。




               *   *   *   *   *   *   *   *   *



 ・・・・・・・・・いない・・・・・・・・・。

 ココにいない・・・・・・・・・。

 違う・・・・・・・・・・・・・・・この世界にいない・・・・・・・・・。



 私の可愛いあの子はどこ・・・・・・・・・?



 眼で探っても見えない。

 少しだけ意識を浮かべても感じられない。


 自分の近く感じるようになった、あの存在を、

 お腹を痛めて産み出したあの子を、

 やっと幸せへの道を見つけて進もうとしているあの子を、

 自分から遠ざけようとしているのは何?



 “彼女”は“その眼”を使うのを諦め、近くにある“眼”を使わせてもらった。

 ヒトでは解からないだろう存在が、

 ヒトではありえないヒトが、

 ジリジリと、こっちへと進んでくる。


 何の為に?

 解からない・・・・・・・・・。


 だけど、確実に迫っている。


 それは物陰から、

 壁の隙間から、

 或いはそのまま直進して、

 只真っ直ぐに進んでくる。


 間違いない。

 この“ケイジ”に向かってきている・・・・・・・・・。



 いや、“来た”。



 しばらく真正面でふらふらと浮いて“何か”を探っている。

 見てる? 自分を? この機体を?

 だけど、用件のものとは違うのか“ここ”から離れようとした。



 ・・・・・・・・・っ!!!!!!!!



 刹那、

 その内部に“それ”を感じた。



 そう、あなたが隠していたの・・・・・・?



 許さないわ・・・・・・・・・。



 私は許さない・・・・・・・・・。



 その子は・・・・・・その子達は“今度こそ”幸せにならなければならないの。



 だから、あなたには・・・・・・・・・あなたになんか、



 誰が好きにさせるものかぁあああああああああああああああああっっっ!!!!!!




 ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!




 狭いケイジの中に、その機体の吠える声が響き渡った。




                *   *   *   *   *   *   *   *   *




 「なっ、何?!! 今の唸り声みたいなの?!!」



 ヴィイイイ!! ヴィイイイ!! ヴィイイイイ!!!



 たちまち流れるREDアラート。緊急非常時のサイレンである。

 「慌てないで!! とにかく状況を確認して!!」

 ミサトの声になんとか落ち着きを取り戻し、全ての計器を調べていたマナが驚きの声を上げた。


 「そ、そんな・・・・・・・・・っ!!! EVAがケイジで自立起動しています!!!」


 「「ぬぁんですってぇえええっ??!!」」


 奇しくも、親友同士、初のユニゾンであった。



                *   *   *   *   *   *   *   *   *



 『な、何?!』

 『何なの?! このプレッシャーは?!』


 暗黒の世界でレイとアスカはその波動をまともに受けていた。

 ここの中にはその力の出所はない。

 無いからこそどこから伝わって来るのか解からない。

 だけど、彼女らが感じたそのプレッシャーは以前に感じたモノ。


 第壱拾四使徒襲来のおり、再起動した初号機とほぼ同質のものだ。


 まさか、初号機が・・・・・・・・・?


 考える暇もなく蠢く闇。


 その咆哮に、

 プレッシャーに、

 あるはずも無い恐怖に怯えるように、

 本来なれば闇である自分が他に与える筈の恐怖が、

 その闇すら食い破るような圧力が、


 この“世界”そのものを歪曲させているのだ。


 『来る・・・・・・・・・・・・・・・・・っ!!!!』


 一人落ち着いていたシンジが、その方向に意識を向けた。


 と、同時に、




 ガシャァ・・・・・・・・・・・・・・・・・・アン・・・・・・・・・!!!!




 ガラスを叩き割るような音がし、漆黒の世界が光に満たされた。

 『う・・・っ』

 『痛・・・っ』

 光とは言ってもココより明るいくらいであるが、全くの闇の中にいた子供達には眩しい事この上も無かった。


 そして、その光をもたらせたもの。


 闇をぶち壊して突き進んできたもの。


 それは“拳”だった。


 そのすぐ傍、かろうじてその一撃を回避した“それ”が怯えるようにそこにいた。



 『皆っ、絶対に手を離さないでね!!!!!』

 『解かってるわ・・・』
 『頼まれたって離しゃしないわよ!!』

 シンジは見えない“それ”に意識を向けた。

 本当にちっぽけな“それ”。闇と言う巨大なテリトリーが無ければ本当にちっぽけで非力な“それ”。

 だけど人の力ではどうしようもない“それ”。


 だが、それでも打つ。


 この二人を助ける為にも、

 今度こそ守ると誓ったのだから・・・・・・・・・。






 以前。剣の師たるリシュウに言われた言葉があった。


 其れ即ち、──一意専心──


 ただ、皆を守る為、

 ただ、この二人を救う為、

 脇目も振らずに剣に努める・・・・・・。




 シンジの心はただ一刀のみの点となり、その一撃は“無”にして“激”となった。



 当然、その“念”波動に怯える“それ”。


 “カラダ”を震わせ、ATフィールドで空間に歪を作り、シンジ達との相対距離を“無限”にする。




 がぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!




 だが、一瞬後、その巨大な腕がATフィールドを侵食し、相対距離を逆転、

 “無限”から“零距離”にしてしまう。



 『逃がさ』
 『ないっ!!』



 ドゥッ!!

 ビシュッ!!



 アスカの一撃が、

 レイの投げたナイフが、


 “それ”のコアに突き刺さる!!




 GYHOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!!




 奇怪な振動・・・・・・・・・。

 恐らくは“それ”の悲鳴が、その巨大な腕によって半通常化され空間に響き渡る。




 木剣を握るシンジの手に力が篭った。



 『一意専心っ!!!』



 シンジが使える技は無い。

 元々そんなものは習っていない。



 如何な存在であろうとも、

 如何な巨大な物体・・・・・・・・・例えそれが戦艦であろうとも、

 全てを貫くその曲がらず進む重き一撃。



 シンジの持つ木剣。

 ユスの木を蝋で二年も煮詰めて繊維をバラけさせ、その繊維を樹脂と蝋で固めた代々東郷の家に伝わる一品。


 鉄より硬く重いそれは、


 プラーナを纏わり付かせ、


 念が篭り、


 オーラ力を吸い、


 付きこまれた巨人の腕を足場に蹴ったシンジの手の中で、

 全てを断つ“意思”を持ち、




 “それ”に振り下ろされた。




 ズバァッン!!!!




 その名は、


 『一文字流、斬艦剣っっ!!!!!


  其に断てぬ物無しっ!!!!』





 ガッシャアアアアアアアアアアン・・・・・・・・・・・・・・・!!!!





 何かが砕け散り、世界そのものにヒビが入る。



 バラバラに砕ける空間に浮かぶ巨人の腕を一瞬眼にした子供達は、



 その腕が間違いなく“赤色”である事を理解できていた・・・・・・・・・。





              *   *   *   *   *   *   *   *   *




 どばしゃぁああああああああああああああああああああああんっっ!!!!!



 イキナリの大水中爆発。


 スプリンクラーがぶち壊れたと錯覚するほど大量のLCLがケイジ内に降り注ぐ。

 ケイジに詰めていた作業員も驚いて、雨から逃げる蜘蛛の子の様に散らばった。


 「な、何事なの?!」


 イキナリ弐号機が起動し、拳を振り上げてLCLのプール表面を殴ったと思ったらいきなり爆発したのである。

 そしてそれっきり弐号機は沈黙。

 リツコ達がすっ飛んでくるのも当然と言えた。


 「マヤ!! MAGIは何て言ってるの?!」

 インカムで発令所に連絡を入れるが、

 『わ、解かりません!! 不問1、保留2で逃げてます!! 全然予想も付いてませんっ!!!』

 という悲鳴にも似たセリフが飛んできた。


 兎も角、コード類が全て引きちぎられた為に、直接データロガーを接続しなければならないので必死に繋ぎに来た
リツコ達。

 「ったく・・・・・・いざンなったら逃げるのね母さんは・・・・・・・・・」

 ぶつぶつ愚痴を言いながらも手先は動くのは流石と言うかなんと言うか・・・・・・。

 「ちょっとぉ〜〜〜〜リツコぉ、このコードどこに挿すのぉ〜〜?」

 「ああ、コラっ!! 貴女は触らないで!!」

 しかし、どんなに手際が良かろうと、身内から茶々が入るのだからどーしよーも無い。



 等とやっていると・・・・・・・・・。




 ばっしゃあああああああああああああああああああんっ!!!!




 「きゃあっ!!」

 「何なにナニ?! 何なの?! またぁ〜?!!!!」


 慌ててLCLのプールを覗き込む作業員達。

 と・・・・・・・・・。



 「ちょっとっ!!! 何でケイジなのよぉ〜!!」

 「知らないわ・・・・・・」

 「そんな事より、二人とも無事なの?」


 と、やたら知った声がする。


 「「ええ??!!」」


 驚いて駆け寄ると、やっぱり知った人間がLCLでずぶ濡れになっていた。

 赤みがかった金髪少女に至ってはその自慢の髪が全身に絡んで、正に濡れ鼠である。


 「ちょ、ちょっとどうしたのよ貴方達、その格好??!!」

 「へ?」

 そう言われて初めて気付く。

 三人とも服はボロボロで、二人の美少女は惜しげもなく太股をさらしていた。


 「くぉおおおるぅああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!!!

  ナニ見てんのよっ!!! シンジ以外は見るんじゃないわよっ!!!!!!!!」


 やおら立ち上がって護身用拳銃を引き抜いて構えるアスカ。


 「・・・・・・わたしは碇君のモノなの・・・・・・」

 ダマスカス製のコンバットナイフを構えるレイ。



 恐怖の冷や汗を流しつつ後退りしてゆく作業員達に対し、今地獄の戦士達が牙を剥いた。



 「「ぶっ(ヌッ)殺す・・・・・・・・・」」




 「「「「「「うぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」」」」」」




 「アスカ!!! ここにはLCLが在るのよ?! 不純物が混じったらどうするの??!!!!」


 やはりリツコは怖い人であった。


 反対にミサトは何とか騒ぎを収めようと努力をするも、止まる戦女神達ではない。


 「こぉら、やめなさいっ!!! アスカぁっ!!! シンちゃんも手伝ってよぉ〜〜〜〜〜〜!!!」











 そんな声にも反応せず、シンジは自分の手の中の木剣を見つめていた。


 手ごたえがあった。


 確かに断てた。


 僕だってアスカと綾波を救う事ができるかもしれない・・・・・・・・・。




 相変わらず自信は無い。


 無いけど、それでも一歩だけ進むことが出来たのである。


 そしてその力を与えてくれたのは、やはり・・・・・・・・・。




 「アスカ、綾波!!」

 「え?」
 「・・・?」


 流石に彼の一言は効く。

 一発で停止した。


 「どうしたの?」


 と、愛しい少年に眼を向けると、息が詰まるほど澄んだ笑顔が待っていた。


 「二人とも・・・・・・ありがとう。僕、もっとがんばるよ!!!」





 ずぶっ!! どすっ!!! ぐさっ!! ざくっ!!




 訳は解からない。

 解からないけど・・・・・・・・・。


 自分らに向けられた笑顔。

 何かを掴んだという達成感に溢れた笑顔が、この場にいた女性陣の胸を貫通し、心を壁に縫い付けていた。


 「「「「へぐぅ・・・・・・・・・」」」」


 昆虫採集された虫達のように固まってしまう女性陣。



 作業員らは恐怖で心臓が停止しかかっていた所に喰らったのだ。


 間違って本当に心臓を停止させてしまい、医療部に直行する者まで出る始末であった・・・・・・・・・。







 本部にとって不可解極まりない弐号機暴走事件・・・・・・・・・。


 その裏で発生していた第壱拾弐使徒襲来の情報は、またもSeeleには届くことは無かった・・・・・・。





 碇シンジ。

 斬艦剣習得・・・・・・・・・・・・。


 これが事件の顛末であった・・・・・・・・・。




今回の戦闘
   都市被害・・・・・・・・・・・・・・皆無
   本部被害・・・・・・・・・・・・・・軽微
      エレベーター修理交換
    データコードシステム破損
          配線修理交換
   零号機パイロット・・・・・・重傷
       鼻血による大量出血
            鉄分補給
   初号機パイロット・・・・・・無傷
              疲労
        女性陣の看病疲れ
           栄養剤配付
   弐号機パイロット・・・・・・重傷
       鼻血による大量出血
            鉄分補給
   赤木リツコ技術部主任・・・・・・
              重傷
       鼻血による大量出血
            鉄分補給
   葛城ミサト一佐・・・・・・・・重傷
       鼻血による大量出血
      えびちゅ補給にて復活
   日向マコト二尉・・・・・・・・・・鬱
         面倒なので放置





 ──あ(と)がき──




 やってもた〜〜〜〜・・・・・・・・・。

 コレが今回の感想です。


 某所にて『他の人間全てが犠牲になって、アス×シン“だけ”幸せ♪』的なの書いた反動か、妙に軽い文章になっ
てしまいました。


 気をつけてたつもりでコレ・・・・・・嗚呼、なんてこったい・・・・・・・・・・・・。


 ま、なんとかここまで来ましたよ。


 次はコイツです。

 第壱拾参っっっ!!



 さてさて・・・・・・どうなるのかのぉ・・・・・・フォフォフォ・・・・・・(←逃げ)。




 〜〜襲来せし“ユダ”との戦いに幸いあれ・・・・・・〜〜


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boh3@mwc.biglobe.ne.jp

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