どこでもありふれている夕食前の光景。


 夕暮れ時に家に帰ると温かい食事が待っていてくれる。


 サンマの匂いなら香ばしさに喉を鳴らし、カレーの香りなら我が家の味を思う。


 真夏日が永遠と続く現在の第三東京市でも望郷の時代とさしてが無い光景だ。



 この家でも手早く夕食が用意されてゆく。


 だが、エプロンをつけてまめまめしく働いているのはまだ年端も行かない少女であり、この家の母親役を
一手に担わされている次女である。


 セカンドインパクト後の混乱のせいで、片親の無い家庭など珍しくも無いことである。


 が、長女も三女も父もいるという環境で、長女は何もせずに待っているのは、次女の方がしっかり者だか
らであろう。


 夕食を作っているのは、ソバカスのあるおさげの少女。

 学校ではイインチョと呼ばれている、その呼び名の通り委員長をやっている洞木ヒカリであった。


 いつもなら手伝ってくれる妹のノゾミも帰ってきているのだが、部屋に篭りっきり。

 多分、今日の宿題は多いのだろう。


 だからといって文句が出るという訳でもなく、一人で皿に盛ってゆく。

 「ヒカリ」

 「何? お姉ちゃん」

 そんな忙しい妹に水を差すように声をかけてくるコダマ。

 ヒカリはシンジとレシピ交換をして、今日も新作メニューに挑戦しながら姉の声に反応していた。

 「ちょっと頼みがあるんだけどさぁ・・・・・・」

 「だから、何?」

 「あのね・・・・・・」

 流石に言い辛いのか、ヒカリの耳元でそれを伝える。

 見る見る変わって行くヒカリの顔色。

 「ア、アスカを紹介しろですってぇ〜???!!!」

 「お願いっ!! もう頼まれちゃってるのよ」

 何でもクラスの男子に噂の美少女、惣流・アスカ・ラングレーとの仲介を頼まれたそうなのだ。

 もっとも、それなりのものは貰っているようだが・・・・・・。


 「ダメよ」


 しかし、キッパリとヒカリは断った。

 「ええ?! どーしてよ!! その娘って付き合ってる子っていないんでしょ?!」

 そんな姉の懇願をひと睨みで吹き飛ばす。

 「いい? お姉ちゃん。アスカはダメなの。もう子供じゃないの。お手つきなの。人の“物”なの」

 「も、物って・・・・・・」

 流石に冷や汗の垂れるコダマ。

 「アスカにはね、れっきとした御主人様がいるのよ?!」



 ががーーーーんっ!!!



 コダマの心をジェネレーションギャプとカルチャーショックが襲った。

 ヤック・デカルチャーと言ったところか?


 「ひ、ひょっとして・・・・・・アスカちゃんて・・・・・・もう処じ・・・・・・」

 「そうよ!! 私のクラスにいる碇シンジって子の“奴隷”なの!! それも二人目の」

 「な、なんですってぇ?!」


 コダマも聞いたことがある。

 都市伝説として知られている“3Pやってる”とか、“テクニシャンの碇”の事は・・・・・・。


 もっとも、その都市伝説の出所は目の前の妹ヒカリ(『フェード:弐十弐』参照)であるが、コダマが知る
由も無い。


 「ひょっとして・・・・・・噂の“碇”って・・・・・・その碇シンジ・・・・・・・・・」

 「そうよ!! 魅了するを幸いに、三年の榊さんや、ノゾミの同級生のハルミちゃんやチヨちゃん達を契っ
  ちぁ投げ、投げては契り、散々食い散らかして・・・・・・」


 “千切っては”投げ・・・・・・じゃなかったっけ?


 どちらにしても、完全に妄想である自分の脳内補完話を炸裂させているヒカリ。

 「なんですってぇ〜〜?!」

 それを真に受けて精神汚染されてゆくコダマ。

 彼女も、ちょいとナニな人の様だ。


 『そ、そんな・・・・・・じゃあ中学生なのに縄師だっての?! そんな・・・・・・すごいテクの持ち主って・・・・・・。
  でも、そんな“腕”だったらあたしも・・・・・・・・・って、イヤン・・・・・・あたしってそんな趣味が・・・・・・?』


 妄想に引き込まれ、別の意味で腐女子化してゆくコダマ。

 一体、いつシンジが縄を使ってるとヒカリが言ったというのだろうか?


 そして、


 『そんな・・・・・・ハルミちゃんもチヨちゃんも、もうオトナなの・・・・・・?
  ああ・・・・・・全身余す所無くオトナにされちゃったのね?!
  なんて羨ま・・・・・・・・・じゃない!! なんてヒドイ・・・・・・・・・・・・。
  だけど・・・・・・・・・そんな・・・・・・・・・いやん、ダメ♪』


 姉コダマの大声に反応して部屋から出てきたノゾミがヒカリの言葉に精神汚染され、



 うら若い腐女子となっていた・・・・・・・・・。




 この日、アスカはどーでもいい男とのデートから免れ、


 洞木三姉妹は、

 三人とも“腐女子”というアンデッドモンスターになってしまったのである・・・・・・・・・・・・・・・・・・。


 あ〜あ・・・・・・・・・。




───────────────────────────────────────────────────────────── 

    For “EVA” Shinji 

        フェード:弐拾七

─────────────────────────────────────────────────────────────




 「明日、何着て行く?」

 いつものシンクロテストに使ってる実験場。

 プラグに収まってLCLプールに突き刺さっている三人の子供達を前に、テストと何の関係もない話を切
り出す。

 いつものシステムを前に、いつものペースでグラフを確認しているリツコが、後で見学している作戦課長
に何の脈略も無く問い掛けたのだ。

 慣れているテストであるからこその無駄口である。

 「え? ああ、結婚式ね」

 唐突に質問であったにも拘らず、そこは親友。

 一瞬思考を停止させたものの、すぐに何を言わんとしていたかを理解する。

 「ピンクのスーツはキヨミん時、着たし〜・・・・・・紺のドレスはコトコん時着たばっかだし〜・・・・・・」

 「オレンジのは? 最近着てないじゃない」

 その事にピクンと反応し、視線が泳ぐ。

 「あ、ああ・・・・・・あれね、あれはちょっちワケありで・・・・・・」

 ゴニョゴニョと言葉の最後を濁してゆく。

 「・・・・・・キツイの?」

 「・・・・・・そうよ・・・・・・」

 野太い声で認める。

 やっぱり悔しい。

 「はぁ・・・・・・帰りに新調するか・・・・・・あ〜あ・・・・・・出費が嵩むなぁ・・・・・・」

 「こう立続けだと、ご祝儀も馬鹿にならないしねぇ・・・・・・」

 「ケッ・・・・・・三十路前だからって、ドイツもコイツも焦りやがって・・・・・・」

 ひがみ炸裂だが仕方が無いとも言える。

 このままでは引き出物を配ることなく、貰うだけのコレクターになってしまうのだから・・・・・・。

 「お互い最後の一人にはなりたくないわね・・・・・・・・・三人とも、上がっていいわよ。お疲れ様」

 終了を告げると三人は同時に眼を開ける。

 ユニゾン以来、三人の呼吸は合いっぱなしなのだ。

 だが、その中心的なシンジの顔には表情が無い。

 いつもなら笑顔の一つも出してくれるのに・・・・・・。

 そんな彼が映るモニターに、明らかな落胆した表情を浮かべるマヤ。

 そんな後輩に苦笑しつつ、システムを切ってゆくリツコ。

 「そう言えば・・・・・・今日はなんか暗いわね・・・・・・シンジ君」

 リツコの言葉にやや暗い顔で反応して、ミサトは言葉をつむぎ出す。

 「・・・・・・・・・明日だからね・・・・・・」

 「・・・・・・・・・そうか・・・・・・・・・」








 「・・・・・・明日は、母さんの命日か・・・・・・」

 カウントしてゆくエレベーター。

 乗っている三人の中、二人の美少女に挟まれる形でいるシンジは、誰に言うとも無くそう呟いた。

 「・・・・・・そう・・・・・・」

 「・・・・・・」

 内容が内容だけにアスカもレイも言葉の返しようが無いのだ。


 レイは“母親”というものが良く解からないし、アスカは複雑な環境だ。

 尤も、今のレイは意識のスープから得た母性本能があるし、魂の欠片が持つ喩えようも無いほどの母性本
能と保護欲がある。

 アスカにしても、自分が殺されかかったと言う途轍も無いほどの心の傷があったのだが、シンジが掬い上
げた時にトラウマの部分は廃棄してあるし、自分の首を絞めたのは母の“抜け殻”という事を深い意味で理
解しているから心に変な強張りは無い。



 だが、だからといってシンジを慰めることなど出来ない。



 彼の父は妻に会うと言うそれだけの為に人類を滅ぼそうとしたのだ。

 シンジはその為に道具となるべく他所へ預けられた少年・・・・・・。


 無論、初めからそうすべくあんな所へ送った訳ではない。自分の子供としての愛情もあったのだ。


 只単に接し方がまるで解かっていなかっただけである。
 

 そう。性質の悪い事に、彼自身がシンジを追い詰めて苦しめているという自覚が全くなかったのだ。


 それだけならまだマシだったが、ユイと再会する手段の道具として使うことを思いついたのが最悪である。


 知識と意識が偏りすぎにも程がある。


 結局、シンジは大人達の思惑通りに働いてしまったのだから・・・・・・・・・。



 どう言葉を取り繕っても、環境に愛情を感じられない彼を慰める事など出来るはずもなかった・・・・・・。



 だが・・・・・・・・・。



 「うん。だから、一緒に学校行けないんだ・・・・・・ごめんね」


 彼は落ち込んでいない。


 母がまだ生きていることを知っているから。

 世界を破滅から救えるチャンスが残されているから。

 アスカの母や、“最初の”レイを救う手立てが残されているから・・・・・・。


 だから、彼には希望があった。


 その笑顔には曇り一点も無かった。


 つられて微笑んでしまう二人の頬がみるみる赤くなって行く。


 自分の“過去”の環境よりも、自分達の事を想ってくれる・・・・・・。

 そんな愛しい、優しい少年・・・・・・。

 自分達の心をかき乱してくれる幸せの源・・・・・・。

 「? どうしたの?」

 諸悪の根源は壊滅的な鈍感さで、真っ赤になって俯くアスカ達に問い掛けるのであった・・・・・・・・・。




                 *   *   *   *   *   *   *   *   *




 沈んだ太陽がまた昇り、次の日───


 「「それじゃあ、行ってきます」」

 「「「「いってらっしゃい(クァ)(にゃあ)」」」」

 新調を諦め、給料前だというのに新しい服を買ったミサトと、“前回”のような虚ろな顔ではなかったが、
それでもいつもの元気の無いシンジはマンションを後にした。


 前は置いてけぼりだったペンペンであったが、今回はアスカもレイもアルファもいるので不貞腐れてはい
ない。


 日曜だというのに出かけない美少女二人組みに訳を聞くと、

 「「シンジ(碇君)もいないのに、ドコ行けって(言う)の?」」

 と明確な答えが返ってきた。


 「せっかくの日曜なのに、デートでもして来たらいいのに・・・・・・」

 と漏らしてみても、

 「「シンジ(碇君)がいないじゃない」」

 と、これまた解かり易い答え。

 『他の子を誘って・・・・・・』

 と言い掛けるが、

 『シンジ君と・・・・・・同レベルの子・・・・・・・・・?』

 を探す事になるのだが、そんなオポンチな発想は女装した総司令を探し出す方が楽な気がしたので止めた。


 まぁ、そんな総司令も想像したくないのだが・・・・・・・・・。



 それはともかく、



 「シンジ君・・・・・・お父さんに会うの・・・・・・怖い?」

 エレベーターの中、二人っきりなのを良い事にシンジに問い掛けた。

 彼女とて元気の無いシンジを見るのは嫌なのだ。

 「怖い・・・・・・って言うか、間が持たないだけです・・・・・・父さんは、母さんのこと以外が頭に無いから・・・・・・」

 「そ、そうなの?」

 ミサトにしたら初耳だ。

 あの厳格で威張り散らしたオーラを振り撒くいけ好かない総司令が愛妻家・・・・・・・・・。

 どうにも頭で繋がらないのだ。


 「本当ですよ? 父さんは母さんの影を振り払えないんです・・・・・・・・・」


 そのままミサトは絶句してしまった。


 結局、それ以上話す事も無く1階に止まる音がするまでミサトは所在無げにドアに眼を向けたままであっ
た・・・・・・。




 手を振って別れた少年の背中をミサトは複雑な眼で見つめていた。


 何の事は無い。

 シンジの元気が無かったのは父親を心配しての事だった。


 最後にシンジが言ったセリフから察するに、ゲンドウ総司令は妻という絆以外を拒絶して自分の世界を閉
じているのだろう。


 そんな閉塞した視界の父親と会うのが辛いのだ。


 何とかしてあげたい。


 だけど影を振り払えないからこっちを見てくれない。


 その事実が少年の表情に影を落としているのだ。


 シンジの意識は既に少年のそれではない。

 彼はとっくに親離れしているのだ。

 だから父親に心を頼らせてはいない。

 逆に父親を心配しているのだ。




 父の影を追い続けた自分となんと違うことか・・・・・・・・・。



 父の影を振り払ったつもりで父を追い求めるかのように同じ職場に着き、

 使徒殲滅の任に就いたのも父の敵を討つつもりではなかったか・・・・・・?


 そして・・・・・・。


 「加持くん・・・・・・」


 まるで父の影を見ていたかのように付き合っていた男・・・・・・。

 同棲し、恋人同士であった彼・・・・・・。

 一方的に別れを切り出して離れていった自分・・・・・・・・・。

 なんて自分勝手なんだろう・・・・・・・・・。


 ドイツでアスカがやたらと加持に纏わり付いていたが、彼女も加持に父性を求めていた。

 自分と同じ“眼”をしていたからそれはすぐに解かった。

 結局、意地の張り方がアスカとベクトルが違うだけで、本質は同じなのだ・・・・・・。


 違うところは・・・・・・。


 「シンジ〜〜っ!! 早く帰ってくんのよ〜〜〜っ!!」
 「碇くぅ〜〜ん」


 マンションのベランダから手を振って見送る二人。

 遠目だが、真っ赤になりつつも手を振るシンジが見えた。


 ミサトはクスっと笑ってから駅へと向かう。



 ───アスカはあたしなんかと違う・・・・・・・・・。
    だって、あんなに惚れた男に正直なんだもの・・・・・・・・・。


 父の影を振り払えた妹分のいる部屋に笑みを送って、ヒールの音も高くして駅へと急いだ。


 「さぁっ、今日は飲むぞ〜〜〜♪」


 自分の車で行かない理由はそれであった。












 
 「父さん・・・・・・やっぱり来てたんだ・・・・・・」

 前と同じくゲンドウが墓参りしていたことに驚く。

 とは言うものの、世界の全てよりユイを取るであろう彼の事。来ていない方がおかしいと言える。


 例え、本物がここにいない事を知っているとしてもだ・・・・・・。


 林立する安っぽいマッチ棒を思わせる墓場。

 セカンドインパクト以降、あまりと言えばあまりにも人が死んだ為、墓石が間に合わなかったのである。

 よって、全員がポールの様なものの下で、遺体さえ発見できない無縁仏と一緒に眠っている・・・・・・。


 その中の一つに『1977−2004 IKARI YUI』とある、

 ・・・・・・母の墓があった・・・・・・。


 無論、ここには骨の一つも無い。

 その髪の毛一本も全てが初号機のコアの中にいるのだから・・・・・・。

 こんな墓場に淋しい雰囲気はユイには似合わないような気がするが、シンジにとってはサードインパクト
の意識漂う夢の中でしか会っていない為、今一つ確証は無い。


 そういった意味で、シンジにとっては最も他人に近い肉親なのかもしれない・・・・・・・・・。


 「父さん・・・・・・やっぱり来てたんだね」

 「ああ・・・・・・」

 ゲンドウが後ろも振り返らずに答える。

 恐らく毎年来てたのであろう、それは何となく解かってる。

 「三年ぶりだな・・・・・・二人でここに来るのは・・・・・・」

 『ううん・・・・・・違うよ“数ヶ月ぶり”なんだ・・・・・・』

 という訪れていない事実を飲み込んで、

 「僕は、あの時逃げ出して・・・・・・・・・それからは来てない・・・」

 無意識に“昔”語ったものと同じセリフを口に出す。


 突っ立っているだけの様なゲンドウを避け、跪いて母の墓前に花を添える。

 菊とかではなく、明るい色のユリの花・・・・・・。

 何となく母に合う様な気がしたからだ。


 祈る訳でもなく、ただ石の柱を見つめ続ける二人。

 父は妻を想い、

 子は、業が深い父を想って・・・・・・。


 だから感じている緊張感を軽くするべく少し口を開いてみた。

 「母さんの事、覚えてる? まだ忘れない? 何も残っていないのに・・・・・・・・・」

 或いは鬼門だったかもしれない。

 ゲンドウの身体が一層固くなったのをシンジは感じた。

 もっと人生経験を積んだ者であるのならば、もっとマシな言い方は出来たであろうが、残念ながらシンジ
は庇護戦闘能力の突出しているだけの中学生なのだ。

 どうがんばっても、時間的なものはどうしようもない。


 「人は思い出を忘れることで生きていける。だが、決して忘れてはならない事がある・・・・・・ユイはその掛
  け替えのない事を教えてくれた・・・・・・私はその確認をする為にここに来ている・・・・・・」


 「そっか・・・・・・写真とか・・・・・・全部捨てちゃったんだね・・・・・・」

 ゲンドウは答えない。

 実際は息子シンジよりも不器用で、人との付き合いを苦手とする男だ。

 説明が出来る訳がない。

 風の音以外答えてくれない時間が無駄に過ぎて行く。

 やがてその静けさをタービンの音がかき消し、VTOLが着陸してくる。

 「時間だ・・・・・・」

 沈黙が苦痛だったかのように、きびすを返して機体に近寄ってゆくゲンドウ。

 「父さん!!」

 思わず叫んでしまう。


 ピクリと反応するも、振り返りもしない・・・・・・。


 いや、出来ない。

 怖いのだ。

 あの強く輝く息子の眼が。

 自分のやっている事を恥じさせる真っ直ぐな瞳が・・・・・・。


 「今日はありがとう。話が出来て嬉しかったんだ」

 そのまま歩き出す父。



 怖かった。



 こんな自分にすら慕ってくれる息子が。



 恐ろしかった。



 妻に会う為だけに生きているという自分の小ささを認めることが・・・・・・。



 そんな心の葛藤を残したまま、ゲンドウを乗せたVTOLは空へ上ってゆく。

 自分を包み込む母のイメージ。

 “あの世界”で見た母は、若く美しかったが、母性を殆ど感じることが出来なかった。

 包み込んではくれたものの、イメージとしての母の感触しかなかったのだ。


 シンジはユイを親として見ているのか、絆として見ているのか解からなくなってきた。


 空の色に溶けてゆく父の乗る機体。

 彼は迷いもなく母に向かえるのか?

 サルベージできたとしたらどうするつもりなのか・・・・・・・・・?

 シンジは複雑な気持ちを胸に仕舞い込み、墓を後にした。






 ぽつんと置かれた花が、悲しげに風で揺れていた・・・・・・・・・。




                *   *   *   *   *   *   *   *   *




 滞りなく式は進んでゆく。


 ケーキカット、よく解かんない上司による長ったらしいになるお話、テントウ虫のサンバ。

 ありきたりだが、ドハズレた式よりかはいい。


 なんだか同じ職場のエクセレン等は突拍子も無いような式をしそうで、それを考えると笑ってしまう。

 「どうしたの?」

 ミサトの苦笑にモスグーンのドレスを着たリツコが訝しげな顔をして問いかけた。

 「ううん。ちょっちね〜」

 言葉を誤魔化すミサトは、紺のドレスに制服と同じ色の赤いジャケットを羽織って極めていた。

 ワインもあったのだが、いつ非常事態になるとも限らないのでアルコール度低めのシャンパンを頼んでい
る。

 楽しんでいないと言えば嘘になるし、楽しんでいるかといえばそうでもない。

 結婚相手の顔を見たが、それほどよい男とも思えない。

 友人の旦那であるし、まぁ男は中身だからと割り切ってやる。

 職場にはキョウスケや日向、更に青葉や、ちょっと若すぎるがシンジといういい男ぞろい。

 眼が慣れてしまってもしょうがない。

 一種の職場病ともいえる。


 ミサトのいるテーブルはリツコと二人しかいない。

 あと一人の席が用意されてはいたのだが、その人物がいないのだ。

 誰かは知らないが、こうなると女二人で何かと物悲しい。


 「ま〜〜ったく・・・・・・こんないい女がいるのに、男っ気が無いなんてね〜〜」

 酔ったような声で不貞腐れるミサト。

 無論、この程度で酔う女ではない。

 アルコールで勢いをつけているだけだ。

 「私に絡まないでよ。貴女だって選り好みしなければ色々いるじゃないの・・・・・・。

  ま、ベッドを共にしたら二日と持たないでしょうけどね」

 「ど〜〜ゆ〜〜〜意味よ」

 「あら? 私に言わせるの? 貴女のぐ〜〜たら生活記を」

 「うぐ・・・・・・」

 なまじ頭が良い分、どーしても口ではリツコに勝てない。

 いや、屁理屈では勝てるのだけど・・・・・・・・・。

 益々不貞腐れるミサト。

 「ちぇっ・・・・・・自分はラヴラヴな相手みっけたくせに・・・・・・あたしにはこの扱いだし〜〜」

 「ち、ちょっ、何の話よ!!」

 てき面にうろたえたリツコに、攻撃ポイントを見つけたミサトはニヤリとして追撃する。

 「だってさ〜〜・・・・・・最近、リシュウ顧問と仲いいじゃない?
  この間だって、二人っきりで飲みに行ってたし〜〜・・・・・・」

 「あ、あれは、ただ、その・・・・・・私の気晴らしに付き合ってもらっただけで・・・・・・」

 「へぇ〜? マヤちゃんも南部クンもエクセレンも、日向君も、青葉君も居たのに?」

 「だって・・・・・・静かに飲んでくれる人って東郷顧問しか・・・・・・」

 「南部クンだって静かに飲んでくれるわよ?」

 「南部クン誘ったら、エクセレンも付いてくるじゃないの」

 「ふぅ〜ん・・・・・・リシュウ顧問のコト以外じゃドモらないんだ・・・・・・・・・」

 「う・・・・・・・・・」

 どう取り繕ってもロクな事にならない。

 どうやらミサトはリシュウの事でからかうと決め込んだようである。

 ボロが出る前に話を変えたかったのだが、焦っている今では上手くいかなかった・・・・・・。


 しかし、意外なところから救援が現れた。


 「遅れちまったな。だけど、なんとか間に合ったよ」

 ミサトの隣に男が座ったのだ。

 その声に視線を向けると、ミサトはそのまま凍りついた。


 「よ、葛城。今日はいつも以上にお美しい・・・・・・」


 呆けたようなミサトの頭が段々と現状を理解してゆく。

 フリーズしていた彼女の頭がどうにか再起動を果たすと、かくも解かりやすく男を表現した。


 「か、かかか、加持ぃいいいいい????!!!!」



 「うん。久しぶりだな葛城」


 久しぶりに見た加持は、綺麗に無精髭をそり落とし、サッパリとした顔で笑っていた。





                 *   *   *   *   *   *   *   *   *





 「ただいま・・・・・・」

 「「おかえり〜」」

 シンジの声に反応して、少女二人が出迎える。

 「お帰りニャ」
 「クァッ」

 ついでに二匹も。

 何となく暗くなっていた少年の気が少し晴れた気がした。

 「さぁ、上がって〜。今日はアタシとレイで作った晩御飯よ」

 「がんばったの・・・・・・」

 胸を張る赤みがかった金髪の少女と、赤くなって照れてる蒼銀の少女。

 「え? そうなの? ありがとう」



 真に悪気が無いという事は始末が悪い。

 美少女二人してその笑顔に精神を侵食されフリーズしてしまった。

 「あ、あれ? どうしたの?!」

 そんな二人に驚くシンジを見、

 「「ハァ〜〜・・・・・・・・・」」

 と溜息をつくアルファとペンペンであった・・・・・・。








 夕食はハマグリを使ったパスタだった。


 白ワインとオリーブオイル、ニンニク、バジル、パセリ、具はハマグリ、マッシュルームというシンプル
な物。

 それと二人が焼いてくれたパンが付いていた。


 確かにそれだけの夕食だった。

 シンジが作るものより品数が圧倒的に少ない。



 だけど、途轍もなく美味しかった。



 二人が自分の為に作ってくれたのだ。



 今日という日、心を疲れさせているであろうシンジの為に作ってくれたものだ。

 不味い訳が無い。

 心から二人に感謝して食べた。


 嬉しかった。

 二人の気持ちが。


 本当に嬉しかった。






 楽しい夕食も終わり、洗い物を終わらせて食器を片付けるとする事がなくなってしまう。

 何事も三人でやると早い。

 あのユニゾンから呼吸が合いまくりなので能率が更に上がっているのだ。


 だから交代で風呂も終わらせると、することも無くなり久しぶりにダラダラと時間をつぶしていた。




 シンジが風呂から出ると、レイがミサトから電話があったと言う。


 「よく解からなかったけど・・・・・・今日は帰らないって・・・・・・」

 「飲みすぎたのかな? 前は加持さんと一緒だったけど・・・・・・」

 今回はいないし、リツコさんとかな?

 等と考えていると、


 「あ〜〜〜〜〜〜っ!!!!! 思い出したぁっ!!!!!」


 突然、アスカが身を沈ませていたクッションから飛び起きた。


 「ど、どうしたの?!」


 驚いたシンジが駆け寄ると、何時に無く沈んだ顔をしてアスカが自分を見つめているではないか。

 問い掛けようにもアスカの様子に言葉が紡げない。


 「シンジ・・・・・・ごめんね・・・・・・お詫びがしたいの・・・・・・」


 「は?」


 先に口を開いてくれたのはアスカだった。


 だが、突然謝られてもシンジは困ってしまう。


 というより、アスカが何かやったのだろうか?

 しかし自分に覚えは無い。


 アスカの言ったお詫びの意味が解からないシンジはそのままボンヤリと考え事に没頭していた。

 その頭にアスカの腕が巻きついた。


 驚くシンジの眼前に、

 アップになってゆく眼をつぶったアスカの顔が・・・・・・・・・。






 時間が止まった気がした。






 実際時間は三分、






 余りの事態にシンジは意識を飛ばし、


 アスカが口中を味わいつくし、


 レイが再起動を果たすまでその行為は続いていた。



 「アスカ!! 抜け駆け!!」



 再起動を果たしたレイはヒートシンクでも放熱不可能なほど一気に熱が立ち昇り、少年から赤い暴漢者を
引き剥がす。


 ムリヤリ引き剥がされた唇からは銀の橋がついと伸び、ゆっくりと切れる。

 アスカは赤い舌で唇を舐めつつウットリとしていた。


 最初は本当にお詫びのつもりだった。


 最悪のファーストキスの思い出。


 勢いと腹いせだけで少年にキスをさせ、

 あろう事か鼻を摘まみ、あまつさえ汚らしい行為をしたかの様に嗽まで行ったのだ。


 自分のやったシンジに対するあまりと言えばあんまりな行為に嫌悪感さえある。


 だから、本当にお詫びのつもりだった。


 レイの受けたミサトからの電話で、加持とミサトへのやっかみからやった事を思い出し、今度こそ自分の
ファーストキスをシンジにプレゼントするつもりでとった行動なのである。


 が、それは唇が触れる瞬間までだった。


 唇が触れ合った時、アスカの頭から謝罪とか侘びとかいったモノは消し飛んでしまい、ただひたすら快楽
と喜びのみが腰から駆け上がって来たのだ。


 心から愛する者と触れ合うことが、

 自分の初めてと相手の初めてを交換する行為が、

 シンジとキスをしているという事実が、

 これほど理性をとろかして没頭させるとは思いもよらなかったのだ。


 実際、アスカはシンジの口中にあったものを飲み込んでいる。

 これが昔の自分であったなら、“昔”と同じ様に激しく口をゆすいでいたであろうが、そんなもったいない
事は思いもよらなかった。


 だが、コレに納得するレイではなかった。


 自分とてシンジに押し倒され(誤解)、あの意識の海の中ではシンジに対して騎乗位(汗)になったのだ。

 自分だってそれくらいやってもバチは当たらないハズだ。

 否、やらなければならないのだ(反語)。


 レイは未だに心ここにあらずのシンジの頭を掴むと、



 むちゅううう〜〜〜〜〜・・・・・・・・・。



 音が出るほど激しく口中を攻めだした。



 レイも驚いた。

 なんという快感!!

 なんという悦楽!!

 心から想っている異性と唇を重ねるという事が・・・・・・肉体との接触をするという事がこれほどの喜びをわか
せて来るとは思いもよらなかったのだ。


 ───嗚呼・・・・・・わたしが碇君と一つになろうとしたのは間違いじゃなかったのね・・・・・・・・・。


 けっこうオポンチなレイは、訳の解からない納得をして、柔らかいシンジの舌を味わった・・・・・・。



 五分も経った頃、流石に余韻から復帰したアスカが慌ててレイを引き剥がす。

 「ナニすんのよ!! アタシのシンジに!!!!」


 シンジの意識は・・・・・・・・・飛んでいた・・・・・・。


 「くぅ〜〜〜・・・・・・・・・こうなったら消毒しなきゃ!!」


 ぶちゅぅうううううううううううう〜〜〜〜・・・・・・・・・。


 「アスカ、ズルイ・・・・・・・・・」


 むちゅぅうううううううううううう〜〜〜〜・・・・・・。


 「負けないわよ!!」

 「させないわ・・・・・・」

 「まだまだぁ〜〜」

 「もっとよ・・・・・・」

 「シンジ!!」

 「碇君・・・・」

 「あふ・・・」

 「ん・・・」

 「・・・・・」

 「・・・」

 「・・」

 「・」

 「」





 ミサト不在の為、ツッコミ人員がいない。



 それはタイヘンな事だったりする・・・・・・・・・。



 次の日、シンジの意識は異世界にいたままだったという・・・・・・・・・。






                *   *   *   *   *   *   *   *   *





───第壱拾壱使徒イロウル───


 先読みしたシンジ達によって人知れず殲滅された使徒だ。

 だから、次に来るモノはこの“第壱拾壱使徒イロウル”の名を持つ事になる。



 ここにイレギュラーがいた。


 使徒にして使徒にあらず。


 NERVによって認められず、直接はゼーレに伝えなかった戦いの相手・・・・・・。

 奇しくも“進化する”という同様の能力を有していた為に、“それ”は代わりに“第壱拾壱使徒イロウル”
という座を得ることとなった。


 地下より迫り来る“それ”。

 黒い繭・・・・・・或いはウニを想像させる“それ”は、ゼーレの思惑を他所に第三東京市に移動を開始してい
た。


 “寄り代”を得、戦える能力を得、そして名前と称号を得た“それ”は、


 地中を潜行しながら街へと迫っていた・・・・・・・・・。


 一つの悲劇・・・・・・いや、喜劇を生み出す為に・・・・・・・・・。








                                           TURN IN THE NEXT...


作者"片山 十三"様へのメール/小説の感想はこちら。
boh3@mwc.biglobe.ne.jp

感想は新たな作品を作り出す原動力です。1行の感想でも結構
ですので、ぜひとも作者の方に感想メールを送って下さい。

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