赤い海。 なぜ十数年も経っているというのに、ここの海の色は変わらないのか? なぜ元の色を戻さないのか? 様々な意見はあるが、正確な事は何も解かってはいない。 ここは昔、南極と呼ばれていたところ。 今は生命を感じない死海。 “死海”・・・・・・とは言っても塩湖のそれではなく、本当の意味で“死んでいる海”。 ポツポツと突き出されている塩の柱が野ざらしの肋骨を連想させ、死のイメージに拍車をかける。 その死んだ海で唯一感じる命は波。 だが、風や潮流が生み出す地球の息吹から生まれた波ではなく、死の海を進む軍艦が起こしたもの。 ものが軍艦であるが故、死体を踏みにじりながら進む軍靴のイメージが払拭できない。 その中にあるのは目立って大きい空母。 そしてその甲板に固定されているカバーのかけられている細長いもの。 見ようによっては槍か何かにしか見えないが、余りといえばあまりに大きい。 その空母の甲板、端から端まであるのだから・・・・・・・・・。 その空母を守るかのように護衛艦が取り巻いているのも印象的だ。 その空母の艦橋で、二人の男がその巨大な“包み”を見下ろしていた。 「如何なる生命の存在も許さない死の世界、南極・・・・・・・・・・・・いや、地獄というべきかな・・・・・・」 前を見据えたまま、老人に手が掛かっている男が口を開いた。 「だが我々人類はここに立っている。生物として生きたまま」 もう一方の男も立ったままそれに返す。 手をポケットにいれたまま微動だにしない。 「科学の力で守られているからな・・・・・・」 皮肉を含んだ言葉を男にかけてみるも、そのサングラスをかけた髭の男の表情は変わらない。 ・・・・・・・・・いや、この風景を受け入れている風でもある。 「科学も人の力だよ」 この男の言葉は、理由は解からないが自信に満ちていた。 自分が存在している事か、はたまた“委員会”の“計画”の事か、あるいは自分が進めている“計画”の 事か・・・・・・。 そのスケジュールは確かに科学から生まれたものだ。 例え発生源はオカルトであったとしてもだ・・・・・・・・・。 「その傲慢が十五年前の悲劇・・・・・・セカンドインパクトを引き起こしたのだ」 他者には解かりかねるほど微かな語尾の感情の跳ね上がり。 その男は風景に眼を向け、吐き捨てるように続ける。 「結果この有様だ・・・・・・与えられた罰にしては余りに大きすぎる。正に死海そのものだよ」 その言葉は自分の前にいる男に対し、悔改めさせようとしているようでもある。 「だが、現在の汚れ無き、浄化された世界だ」 だが、壊滅的な思考を持つこの男には非難は賛辞にも近い。 計画が進んでいるのを確認させてもらっているようなものだからだ。 ・・・・・・・・・・・・既に破状している現実を受け入れていない自分から眼を背けたまま・・・・・・・・・。 「俺は罪にまみれても、人の生きている世界を望むよ・・・・・・」 諦めを含んだ男の溜息。 自分の教え子であった男は、あの時代より頑なになっている。 それも、救いがたいほど・・・・・・・・・・・・。 話が途切れるのを待っていたかのようにアラートが非常時を告げた。 『報告します。NERV本部より入電、インド洋上空、衛星軌道上に“使徒”発見!!』 ───来たか・・・・・・・・・・・・・・・・・・。 計画が頓挫使用とも、完遂されようとも、眼前に迫る障害は取り除かねばならない。 例え、自分らがばらまいた障害だとしても・・・・・・・・・。 『ユイ・・・・・・・・・』 色眼鏡の男は自分の中の唯一の現実の名を浮かべ、 『シンジ君・・・・・・・・・すまない・・・・・・・・・』 元その男の恩師は、最前線で皆の為に命を磨り減らす男の息子の安否を気遣っていた。 黒き月の地にて“福音を齎すもの”を駆るは三人の少年少女。 福音を打ち鳴らし、神の使徒と戦わされる子供達。 神と戦わせている当の大人達に、天の恩恵が有るや否や・・・・・・・・・・・・・・・。 この“刻”には、まだ誰も解からない・・・・・・・・・。 ───────────────────────────────────────────────────────────── For “EVA” Shinji フェード:弐拾四 ───────────────────────────────────────────────────────────── 「特別宣言D−17?」 エクセレンは一見したところ飄々としていると見えぬ事もない化粧を直す上官、葛城ミサト一佐に問い掛ける。 「そ。第三新東京市を中心とした半径50キロ以内の全住民の避難。更に松代の実験場にMAGIのバック アップを依頼してるわ」 前に鏡があるというのに、コンパクトのミラーで確認する。 ああ、やっぱりファンデの色を間違ってる・・・・・・。 「つまり、それだけ厄介な使徒って事?」 そのセリフと噛み合わない一連の動作を呆れながらも見つめる。 「そうね〜〜・・・・・・N2航空爆雷もATフィールドのお陰で効果なし。 放っておいたら第三芦ノ湖が誕生して富士五湖と太平洋が繋がるでしょうね本部ごと」 「あらま。これからは水とお魚には困らなくなるってワケか・・・」 どこか呑気ささえ感じるミサトの言葉に、これまた呑気に受けるエクセレン。 やはり似たもの同士なのだろう。 「で、作戦ブチョー様はどんな無茶をシンちゃん達にさせるつもり?」 パクン コンパクトを閉じ、初めてエクセレンの眼を見た。 彼女に何時もの笑みはない。アスカと同じその青い眼は真っ直ぐにミサトを射抜いている。 彼女とて子供達の“姉”を自認しているのだから・・・・・・・・・。 「仕方ない・・・・・・とは言いたくないわ。だけど、これしか方法がない・・・・・・・・・」 ミサトは逃げずにエクセレンの眼を見つめながら、搾り出すように答えた。 「あのコンピューターはなんて言ってるの?」 「MAGI? ・・・・・・・・・全会一致で保留よ。敗北を認めたくないみたいね」 「それでミサトの作戦だと、成算はあるの?」 作戦部長はフッと表情を崩し。 「あるわ」 と答えた。 「どれくらい?」 「少なくとも、前にリツコが言ってた初号機の起動確立よりは上よ」 「初号機の起動確立・・・・・・ねぇ・・・・・・」 それは前に聞いた事がある。 ───確かオーナイン・・・・・・0.000000001%だったかな? 諦めともいえる溜息をついてから、 「そりゃまた期待できる確立ですこと・・・・・・」 ミサトは何も言わず、ただ意味ありげに微笑んだ。 * * * * * * * * * 「手で、受け止める?!」 文字通り、これしか“手”が無かった様だ。 当然ながらこの作戦を聞くのは“二回目”である。 さほどの驚きのないアスカだが、ミサトはその意外さに気付いていない。 「そうよ。使徒はATフィールドで自分を包んで質量を増加させて、ここに落ちてくるつもりなのよ。 だから作戦開始と同時に兵装ビルから迎撃を開始。あ、これはダメージを狙っての事じゃないわ」 「落下の慣性を弱める為ね?」 「そ♪ さっすがアスカ」 教えられる側が優秀だと説明が少なくて済む。 「弾頭は指向性N2地対空爆裂弾よ。その後はMAGIのサポートで落下地点に移動し、ATフィールド を張って受け止め、しかる後に攻撃。 それと、移動速度のダウンを防ぐ為にケーブルは外すわ。内蔵電源は現在八分持つしね。 質問は受付中だけど・・・・・・・・・何かある?」 「特に・・・無いです」 シンジも緊張して答える。 実際のところ、受け止められなければそこでオシマイ。 受け止める事ができてもヘタするとオシマイ。 のるかそるか以前の問題なのである。 だったら少しでも確立のあるこの作戦の方がマシなのだ。 「ところで、一応、規則だと遺書を書く事になってるけど・・・・・・・・・どうする?」 答えを待っているのではない。 ただ聞いただけだ。 「ん? ハイこれ」 「どうぞ・・・・・・」 シンジとミサトはギョっとした。 アスカとレイが白い封筒を出したからだ。 「ちょ、ちょっと二人とも・・・・・・?!」 シンジが止める前に二人はミサトに封筒を渡す。 「いいの・・・・・・?」 真面目な顔で封筒を受けるミサト。 だが、アスカの顔は笑っている。 「いいわよ。だって恥かくのシンジだもん」 「え?」 「アタシにどんな性的暴行を加えて、恥辱と屈辱を与え続け、犬のように扱った事を書いたから」 「「ええ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ????!!!!」」 「碇君・・・・・・・・・わたしにひどい事したの・・・・・・痛かった・・・・・・(ぽっ)」 「ち、ちょっと!! シンジ君?!」 驚いて詰め寄るミサト。 「し、知らないよぉ〜〜っ!!! そんな事やってないよぉ!!!!」 シンジの眼はウソをついていない。 つまりそれは・・・・・・。 「シンジ、いい? もしアンタが死んだらこのアタシ達の遺書をリツコに頼んで日本中にばらまいてもら うわよ。 アンタはこれからず〜〜〜〜〜〜〜っと鬼畜扱いね」 「そ、そんなぁ・・・・・・」 「碇君はわたしを奴隷みたいに扱ったわ・・・・・・とても酷いの・・・・・・人間じゃないわ」 「ちょ、ちょっと、綾波ぃ!!!」 アスカはビシっとシンジに指を突きつけた。 その澄んだ瞳は笑いの色が抜けている。 「いい? シンジ。 そんな恥を日本にばらまかれたくなかったら絶対に死んじゃダメだからね??!! 例え神が許したってアタシは許さないんだからね!!!!!!!!」 「え・・・・・・? あ・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 この期に及んでやっと気付いた。 二人とも自分だけ無茶をするなと言っているのだ。 いつもいつも無茶をするシンジの事を心から心配しているのだ。 アスカの今にも泣き出しそうな眼を見てやっとその事を理解したシンジである。 「・・・・・・・・・ゴメン・・・・・・・・・やっぱり僕はバカシンジだ・・・・・・・・・」 そう言って二人に微笑みかけた。 勢いが無くなり、ヘロヘロヘロと手が下がってゆくアスカ。 彼の笑顔は栄養剤であり猛毒なのだ。 当然、レイもヘロヘロである。 「うん・・・・・・そうだね。 死んじゃってそんな噂ばらまかれたくないもんね・・・・・・・・・。 アスカや綾波も恥かいて生活できないもんね」 「そ、そうよ!! 生き恥晒して生きるなんてゴメンだわ!!」 「碇君がいないのに生きていてもしょうがないから・・・・・・」 シンジは二人に微笑みかけると(当然、二人は撃沈される)、静観していた作戦部長に、 「じゃあミサトさん。今晩、何食べたいですか? リクエストに答えますよ」 と作戦“後”の事を問いかけた。 彼女はすぐに返答できなかった。 いつもいつも子供達には教えられてばっかりだ。 頼る大人も大人だが、頼らねばならない状況も状況だ。 だけど、不平を言わない。 だけど、不満を紡がない。 子供達は皆の代わりに、盾に、剣になって最前線で立ちはだかる。 自分らは安全な場所でのうのうとしているのに・・・・・・・・・。 内心、唇を噛み締めながら笑顔を取り繕う。 彼らにしてやれる事は、“日常”を与えてやる事だけなのだから・・・・・・・・・・・・。 「ん〜〜っとねぇ、今日はこの“おねぃちん”が奢ってあげるわよん♪ なんでも好きなもの言ってねん♪」 「ホントにいいの?!」 眼の色を変えるアスカ。 顔の色が変わるミサト。 「ま、まかせて!! ステーキだろうがなんだろうがドンと来いよ!! 葛城一佐様にまかせなさいっての!!」 ───リツコ、カンパぷり〜〜ず。 内心は救援を求めていたりする作戦部長であった。 「とにかく、ドコに行くか後で決めておくわ。 ファーストもいるしね〜〜♪」 「任せて・・・・・・問題ないわ」 「あは、ははは・・・・・・・・・」 そんな美少女二人の会話に乾いた声で笑う少年。 『手加減無しに食べそうだよ・・・・・・』 「ちょっと、シンジの意見もいいなさいよ」 「え? 僕?」 「皆で行くもの・・・・・・碇君も好きな物食べなきゃいけないの・・・・・・」 「でも・・・・・・」 「『でも』も『スト』もないの!」 ぎゃあぎゃあと言い合う三人。 けっして現実逃避ではないのは空気で解かる。 かと言って油断しているのでもない。 ただ単に、未来を語り合っているのだ。 戦いを“終わらせ”て、“帰って来た”後の事を・・・・・・・・・・。 自分の立てた作戦・・・・・・・・・。 “落ちてくる使徒を手で受け止め、然る後フィールドを中和して撃破・・・・・・・・・” ハッキリ言って作戦とはいえない。 完全に“運”任せなのだ。 使徒がコースを大きく外れたたらアウト。 機体が衝撃に耐えられなかったらアウト。 勝算は低すぎて、“神のみぞ知る”と言ったところ・・・・・・。 それでも子供達は前へ進む。 転進は許されぬ状況であるが、振り返りもしない・・・・・・・・・。 大人達は振り返り“平和”な過去を懐かしんでいるというのに・・・・・・・・・。 ミサトはそんな子供達に、 そんな希望を捨てない微笑ましい子供達の為、ミサトもそっと決意を明かした。 「安心してアスカ、レイ。 あなた達に何かあったら、この手紙はMAGIを通して世界中にばらまいてあげるから」 と。 シンジの情けない悲鳴が作戦室に響き渡るのであった・・・・・・・・・。 * * * * * * * * * 『作戦開始まで、後120秒』 時間はどんどん近寄ってくる。 怖い? と聞かれれば、僕はすぐ『怖いよ』って言い返すと思う。 実際に怖いしね・・・・・・・・・。 アスカは機内に持ち込んだ防水加工済みのS−DAT(元僕の)を聞いてるし、綾波はじっと眼を閉じて 時を待ってる。 僕は・・・・・・・・・“前”の時を考えてる。 あの時は・・・・・・そう、ミサトさんの事を考えてたっけ・・・・・・・・・? よく思い出せないや。 そんなに前じゃないのにね。 ミサトさんは使徒への復讐の為にNERVに入ったんだっけ・・・・・・。 アスカが悩んでた時には核心に近付いてて何のフォローもできなかったくらいだった。 それだけ復讐に囚われていたミサトさん・・・・・・・・・。 だけど、今のミサトさんは復讐の事より“生きぬく”っていう信念の方が強い。 ミサトさんに何があったかは解からないけど、目的だけになって生きてるミサトさんを見ずにいられるの は嬉しいんだ。 僕は、まだまだ非力だけど、それでもアスカや綾波を支えるぐらいはできると思う。 だから、NERVの・・・・・・こっちでできた“家族”の支えになれるんだったら・・・・・・・・・。 僕は・・・・・・・・・。 『使徒、最大望遠で確認!』 僕は・・・・・・“逃げない”。 “前”は『逃げちゃ駄目だ』って口にしてた。 だけど、それは自分に“言い聞かせてる”だけなんだ。 『おいでなすったわね・・・・・・EVA全機、スタート位置』 だから、自分の“意思”でここで戦ってる僕はそんな言葉を言っちゃいけない。 僕は・・・・・・僕らは、戦う為に還って来たんだから・・・・・・・・・。 だから、 『目標は光学観測による弾道計算しかできないわ。 高度二万から兵装ビルから多弾頭N2対空ミサイルをで迎撃し慣性を緩和、その後MAGIが再計算し ながら距離一万までは誘導します。 その後は各自の判断で行動して・・・・・・・・・・・・。 あなた達に、全て任せるわ・・・・・・』 だから僕は、 『では、作戦開始』 「いくよ」 僕は、逃げない!!! ケーブルをパージする。 内蔵電源が八分からカウントダウンが始まる。 短距離走のクラッチングフォームからそのまま駆け出し、加速する。 上空に星が見えた。 物理的、精神的にプレッシャーを僕らに与えながら・・・・・・。 だけど、 僕は、 僕“ら”は逃げない!!!!!!! 僕“ら”はそのまま前を見据え、機体を加速させた。 そう、本番はこれからなんだ・・・・・・・・・。 * * * * * * * * * 「さてと・・・・・・ここからが本番よ」 マヤの横に座ったリツコがキーを叩き情報を解析する。 使徒の落下速度、そしてフィールド強度の測定等、やる事は山済みなのだ。 「距離、二万八千」 「兵装ビル、上部攻撃版展開。N2対空ミサイル発射準備完了」 「了解。MAGIよりターゲットロックの支持が入りました」 日向の使徒の報告を聞き、青葉が兵装のハッチを開き、マヤが弾道誘導をMAGIにつなぐ。 ここ数週間で完全に繋がった連携である。 そんな声も耳から入れながら、リツコは計測を休まない。 どうも落下速度が遅いのだ。 作戦前に計算した速度より、確実に遅い。 おかしい・・・・・・・・・。 と思った時、それはいつも使徒の行動に呑み込まれている時だ。 そして、それは今回もそうだった。 「・・・・・・・・・?! し、使徒、形状が・・・・・・・・・変化しました!!!」 「な・・・・・・・・・っ?!」 真ん中の“眼”の部分が突き出して、砲弾のように形に変わってゆく。 「あの形状・・・・・・・・・まさか・・・・・・・・・」 慌てて全センサーを起動させ、再々測定を始める。 「これは・・・・・・」 センサーに映る磁粒子が加速している。 それは使徒の周りで小さな渦を巻き、使徒全てを包み込んでいた。 その画像は、 かの“ガギエル海戦”のおり、ガキエルの対艦戦闘のイメージモデルを連想させるもの。 これから判断される行動は・・・・・・・・・。 「いけないっ!!!! 青葉君!!! 弾幕を張って!!! 早く!!!!」 「り、了解!!!」 リツコより先にミサトが動いた。 直に青葉に命令を飛ばし、衛星から高高度弾幕の全てを発射する。 カッ 発射された弾幕は加速しかかった使徒の周辺で特殊反応弾の凄まじい爆発が起こり、発生した高電磁波が 磁粒子運動を阻害する。 その使徒の極近辺で発生した電磁波障害は、目標が行おうとしていた行動を間一髪で阻止した。 一瞬遅ければ・・・・・・・・・高高度から地上に“使徒”というリニアカノンを食らうところだったのだ。 「あっぶな〜〜〜・・・・・・・・・」 ミサトが一瞬だけ気を抜く。 だが、使徒はその隙に行動を変えた。 「し、使徒、尚も形状変化っ!!!!」 ギリギリと音が聞こえそうなほど前に突き出してゆく“眼”。 それに従って細くなってゆくカラダ。 丁度広げたハンカチの真ん中を摘み上げたように、細長くなってゆく。 「・・・・・・・・・く、釘ぃ?」 それは、螺旋状にATフィールドを纏い、地上に打ち込まれようとしている螺旋釘。 天空よりNERVに打ち込まれる破壊の“楔”。 それが“今回”の『第十使徒サハクィエル』であった。 * * * * * * * * * 「く・・・・・・・・・っ」 落下地点に初号機が間に合わない。 形が変わって細長くなった分、空気の抵抗が減ったからだと思う。 だめだ!! もっと早く!! もっと早く!! もっと早く!! もっと早く!! もっと早く!! “前”の時と同じように身体が突っ張るような感覚がする。 前に進むというより、後から前に引っ張られるような感じ。 身体より足が前に行く感触。 そして、自分の走る音が後ろから聞こえた時、僕はいつの間にか使徒の真下に迫っていた。 「フィールド、全開っ!!!!!!」 足元から周りにフィールドが展開される。 だけど、“貫く”という事に特化している形状だからこれでは駄目なんだ。 僕はフィールドを真上に集中させた。 ズシン・・・・・・・・・ッ。 「ぐっ・・・・・・・・・」 喰いしばった歯が軋む。 “前”と違って重さが一点集中してるから始末が悪い。 だけど、押し負けて堪るもんか!!!!! ───両足を踏ん張って、腹に力を入れろ!! 心の奥底から誰かが叱咤してくる。 解かってるよ!! やってるんだ!!! ギシギシギシ・・・・・・・・・。 ミシミシミシ・・・・・・・・・。 プラグ内にも軋む音が聞こえる。 だけど、踏ん張ればアスカが・・・・・・綾波が来てくれる。 ここで僕が踏ん張らないと・・・・・・・・・。 この街が・・・・・・。 僕を初めて受け入れてくれた街に被害が出てしまう。 こっちに・・・・・・・・・。 こっち来るなよ!!! 僕は、 フィールドに“念”を重ねた。 ぐぎぎぎぎぎぎぎぎき・・・・・・・・・・・・。 微かに・・・・・・ほんの少しだけ動きがゆるくなる。 それでも重さと衝撃は緩和できてない。 ごぎゃっ 「ぐぅううううっ・・・・・・・・・」 初号機の左足が折れた。 違う。骨が砕けた。 足首が真横に向いて地面にめり込んでる。 「く、くぅううう・・・・・・・・・」 太股が震える。 足を燃やしてるみたいに痛い・・・・・・違う・・・・・・苦しい。 今まで腕とか消し飛んだ時は一部の神経をカットしてもらえてたから戦えたけど、今回はそんな事をした らシンクロ率が落ちてしまう。 だから、折れた足そのままに地面に踏ん張ってやるしかないんだ。 めぎめぎめぎ・・・・・・・・・。 今度は両手が捻られる。 螺旋状に回転するフィールドに初号機の手が巻き込まれてゆく。 何時もの様に弾けたり、溶けたりする感覚じゃない。 普通なら絶対に体験しない、“捻じり切られる”感触だった。 ぎぎぎぎぎぎぎぎぎ・・・・・・・・・・・・・・。 だけど、もうすぐ二人が来る。 来たら勝てる。 だってあの二人なんだから・・・・・・・・・。 ──シンジぃいいいいいいいいいいいいっ!!!! ──碇君っ!!!!! ホラ・・・・・・来た・・・・・・・・・。 もう大丈夫・・・・・・・・・。 気が抜けた僕の意識は急速に遠のいてゆく・・・・・・・・・。 『シンジぃっ!!!!』 『碇君っ!!!!』 二人の声がプラグ内に響く。 もう少し・・・・・・・・・。 もう少し耐えなきゃいけないのに・・・・・・・・・。 その時、足の痛みが増大した。 一瞬、“あの時代”のトウジが頭に浮ぶ。 プラグから救出される、血まみれの姿・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。 あの走り回ってた元気な足は戻らない・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。 ぱちんっ 頭の奥で何かが弾けた。 外れていたスイッチが入ったような感覚がする。 こう・・・・・・・・・するのかな? 上から“釘”を引っ張り上げてゆく感覚。 ああ、そうだったんだ・・・・・・。 持ち上げるんじゃなくて、引っ張り上げるべきだったんだ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。 使徒の落下衝撃が、急速に落ちていった・・・・・・・・・。 * * * * * * * * * 「シンジィイイイイっ!!!!!!!」 アタシは絶叫する。 心から大切なモノが毟り取られていく痛みがそうさせている。 だけど使徒の落下の妨げになる訳も無い。 無茶しないって約束してくれたけど、“今回”の使徒は無茶しないとどうする事もできない。 アタシの目に、楔につぶされていく初号機のATフィールドが見える。 チクショウ!!!!! チクショウ!!!!!! いくら毒づいても弐号機の足はそれ以上速くならない。 つぶれちゃう!!! シンジがつぶされちゃうよぉっ!!!!!! アタシの心は砕けるほど痛んだ。 そこにいるのに!!! すぐそこなのに手が届かないなんて!!!!!!! そんな弐号機のモニターに、 初号機の足が折れたのが見えた。 よくも・・・・・・・・・!!! 初号機の手が捻られていくのが見えた。 よくもシンジを・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・っ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!! 吠えたのはナニ? 弐号機? アタシ? それとも、レイ? アタシは未だかつて感じた事無い殺意に苛まれていた。 その楔は、ギリギリと押し戻されてゆく。 また、シンジのチカラなんだと思う。 アタシ達はシンクロ率を更に上げ、使徒を殺す為に加速させた。 そして、シンクロを上げた事によって感じる“声”。 弐号機の奥から心に触れてくる悲しみ。 解かってるわ・・・・・・。 ママ、ゴメンね。 “コロシタイ”なんて考えてゴメンね・・・・・・。 だけど、コイツは・・・・・・・・・。 コイツはシンジを苦しめてるの・・・・・・・・・・・・。 シンジを傷つけてるの・・・・・・・・・。 シンジを殺そうとしてるの・・・・・・・・・。 アタシから・・・・・・・・・。 ううん・・・・・・アタシとレイから“全て”を奪おうとしているの・・・・・・・・・。 だから・・・・・・・・・・・・・・・・・・。 どうしても許せないの・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。 アタシの気持ちを酌んでくれたのか、弐号機の速度は跳ね上がった。 ありがとう・・・・・・・・・ママ・・・・・・・・・。 弾丸みたいな速度でアタシもレイもシンジの元にたどり着く。 シンジのフィールドに干渉し、同調させてコイツを持ち上げる。 レイからビシビシ殺気が伝わってくる。 アンタも許せないのね。 当然よ。 『・・・・・・今だ!!』 シンジの生気のある声がアタシ達の心を軽くする。 ざぎゅっ アタシはプログナイフでフィールドを切り裂いて、馬鹿みたいに尖らせた眼を殴りつける。 よくも・・・・・・・・・シンジを!!! 一撃でつぶれる“眼”。 だけどレイがその程度で許すわけが無い。 ATSを剣状にしてフィールドごと尖った眼の部分を切断する。 ああ、やっぱり許せないのね。 だけどね、 アタシもその程度で許せないの・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。 * * * * * * * * * 発令所にはとんでもない映像が入っていた。 前に突き出される形になっていた使徒の“眼”。 それが災いしてATフィードを斬り裂かれた直後に弐号機に殴り潰され、 零号機のATSから伸びた剣で目の部分が切断される。 コアがあったのであろうその“眼”は斬り落とされた後に弐号機に踏み潰された。 当然身体の部分は力を失ってグンニャリとするのだが、その “先っぽ”の無くなった特大の楔を“むんず” と掴むと、落下モーメントまで巻き込んで真上に投げ飛ばした。 当然、こんなコトできるのはオレンジ色の機体である。 この時点で全員絶句。 だが、怒り狂った二人は追撃を止めない。 落下してくる前に手近かな武器庫ビルを千切る様にこじ開けてランチャー等を毟り取り、その全てを使徒 へと発射する。 機能停止し、これだけが救いとばかりに爆発する使徒。 だが、その欠片さえ弐号機はパレットライフルを乱射して叩き潰してゆく。 後に残ったものは・・・・・・・・・。 踏み潰されたコアと・・・・・・。 なんだかよく解からない“屑”だった・・・・・・・・・・・・。 『シンジっ!!! しっかりして!!!』 『碇君!!! 駄目なの!! がんばらないと駄目なの!!!!』 粉々にした使徒など既にどうでもいいらしく、二人の戦女神は初号機を・・・・・・一人の少年の救出活動に集 中していた・・・・・・。 『『『『『二人をシンジ君の事で怒らせちゃいけない・・・・・・・・・』』』』』 発令所の全員の心に、そういう不文律が“楔”として打ち込まれるのであった・・・・・・・・・。 使徒による第三新東京市への“楔”攻撃阻止の代償としては・・・・・・妥当であったと言えるかもしれない。 『ちょっとぉっ!!! さっさと救護班よこしなさいよ!!!!』 『急がないと許さないの・・・・・・』 その救護作業の速度はギネスに更新を申請したくなるほどであったという・・・・・・・・・。 * * * * * * * * * 「申し訳ありません・・・・・・私の勝手な判断で初号機を破損してしまいました・・・・・・責任は全て私にありま す」 ジャミングが晴れ、ようやく司令と連絡が取れた本部。 シンジはまたしてもフィードバックで失神。 擬似骨折等で鎮痛治療を行っている。 もっとも、痛み止めのシートを貼り付ければどうにかなる程度であったが・・・・・・。 後遺症として、しばらくは片足は使えないだろう。 ヒゲオヤジの声になんか聞く趣味は無いが、報告の為と割り切って通信機の前にいるチルドレン。 心は既にベットに眠るシンジの横にいたとしてもだ。 『かまわん。使徒殲滅がEVAの使命だ。その程度の被害はむしろ幸運と言える』 映像が送られてこないSOUND ONLYの画面で、柔らかく冬月が労わりの声をかけてきた。 彼も最近は前以上に人当たりが良い。 『ああ・・・・・よくやってくれた葛城一佐』 珍しくゲンドウ司令の労わり。 だが、社交辞令の色が見え隠れする様にも感じるのは、自分達のシンジへの贔屓目か? 「ありがとうございます司令。ですが、初号機パイロットが・・・・・・・・・」 この場でこの言葉は不要だった。 だが、冬月はもちろん、誰一人としてその言葉の危険性に気付いていない。 顔の浮かばない通信機から、その言葉がもたらされた。 『初号機が無事なら問題ない』 ビシっっ 瞬間的に全員の表情が固まる。 だが、通信機の向こうはそんな状況の事等知った事ではない。 その言葉を最後にして沈黙する。 バギィィン!!! ・・・・・・・・・通信機そのものも沈黙した。永遠に・・・・・・・・・。 アスカが自分の学生鞄を機械に投げつけて破壊したからである。 肩で息をする赤みがかった金髪の少女は、悪鬼のような顔をしていた。 その横で蒼みがかった銀髪の少女が呪詛の言を繰り返す。 「碇君ががんばったのに・・・・・・碇君ががんばったのに・・・・・・碇君ががんばったのに・・・・・・ 碇君ががんばったのに・・・・・・碇君ががんばったのに・・・・・・碇君ががんばったのに・・・・・・ 碇君ががんばったのに・・・・・・碇君ががんばったのに・・・・・・碇君ががんばったのに・・・・・・ 碇君ががんばったのに・・・・・・碇君ががんばったのに・・・・・・碇君ががんばったのに・・・・・・ 碇君ががんばったのに・・・・・・碇君ががんばったのに・・・・・・碇君ががんばったのに・・・・・・」 アスカも、レイも、司令に少年を誉めてあげてとは言わない。 だが、あれだけがんばったのだ。 あれだけ文字通り自分を削って戦ったのだ。 せめて・・・・・・・・・せめて労わりの言葉ぐらい出したらどうなんだ?! 自分の妻だけで血を分けた息子はどうでもいいと言うのか?! やっと忘れようとしていた怨鎖が、再び心から湧き出してくる。 呪いと、怒りを伴って・・・・・・・・・。 自分達をあの赤い地獄へと追いやった男を絞め殺さんとするが為・・・・・・・・・。 「ホラホラ、二人とも早く行く。シンちゃんが待ってるわよ」 「ミサト・・・・・・」 「葛城一佐・・・・・・」 いつもの悪戯っ子のような笑みで二人に話しかけ、 「いつまでもそんな怖い顔してたらシンちゃんに嫌われるわよ?」 と、心をいなした。 慌てて自分の顔を触る二人。 「そーなったらシンちゃんもらっちゃおうかしら? 若くてカッコよくて優しくって家事完璧の優良物件 だしね〜♪」 「な〜に言ってんの!! この行き遅れ!!」 「碇君は渡さないわ」 「だったらホラ、シンちゃん起こしてご飯食べに行こ。お腹空いたでしょ?」 尚もブツブツ言う二人を伴って部屋を出てゆくミサト。 「ごみんねリツコ。後お願いねん」 「ハイハイ。解かってるわよ」 プシュ・・・・・・ッ ドアの向こうで言い合いを続ける三人に苦笑しつつ、視線を前に戻す。 マヤは悔しそうに両手を握り締め俯いている。 日向と青葉も同様に憮然としていた。 皆、結局は子供達に前線で戦わせている事を恥じている“正常な”大人なのである。 部屋のドアが閉まりきる一瞬、 確かにミサトの眼は殺気を含んで破壊された通信機を睨みつけていた。 自分がこの間まで必死になって追い続けていた男・・・・・・。 その男は確実に敵を作り続けている。 己の生み出した罪。 己のとった行動の代償・・・・・・。 あの男の言動も行動も知った事ではないが、初号機パイロット・・・・・・シンジを蔑ろにした事には納得がい かない。 だから、彼女は心からの言葉を“過去の”男に送った。 「ふん・・・・・・無様ね・・・・・・」 * * * * * * * * * 「シンジは勝ったようだな・・・・・・」 「みたいね〜〜」 二人の男女が汗だくになりながら休憩を取っていた。 男はキョウスケ。 女はエクセレンである。 別に艶っぽい話ではない。 ただ単に自分らに課せられたトレーニングの休憩なのだ。 使徒戦の間中もぶっ続けで行われているシュミレーション。 使徒戦では全く役に立てない大人達の最後のあがき、 シンジ達の援護の為、二人は噛り付くように機械に鍛えてもらっていた。 「キョウちゃんの方もだだっ子なの?」 「ああ・・・・・・かなりピーキーだ・・・・・・。 吹かし気味なら何とかなるだろうがな・・・・・・・・・。安定性は殆ど無い」 「あたしの方もよ・・・・・・。 姿勢制御が大変だわ・・・・・・・・・加速力はあんのに旋回力がヘリか複葉機くらいあるのよ? シャレになんないわ・・・・・・」 流石のエクセレンも疲労している。 アスカの様に明るいブルーの瞳も、心なしか濁っている気がする。 プシュッとパックの高タンパク高カロリー食を飲み終えると、キョウスケは又もシュミレーターに付き合 う。 「え〜〜?! キョウちゃんまだやるの〜?!」 「疲れたのなら休んでろ。俺はノルマは終わらせておく・・・・・・」 プシッ・・・・・・。 油圧ハッチが閉まり、またマシンが起動する。 「はぁ〜〜・・・・・・・・・仕方ないっか・・・・・・」 エクセレンも又、吸いかけのパックを飲み干し、シュミレーターに身を預けた・・・・・・。 二つのマシンには、 X−003C、X−007−03Cとコードが打たれていた。 EVAに・・・・・・子供達に頼り切りたくない大人達の最後の意地・・・・・・。 そしてそれは子供達の為に花開く時を迎える。 だが、その時はまだ遠い・・・・・・・・・。 その晩もかくも平和だった。 だが、あるラーメン屋台において、 『両手に怪我をした少年に誰がラーメンを食べさせるか?』 という、胸焼けがするような戦いが勃発した事も、 事件として付け加えておこう・・・・・・・・・。 今回の戦闘 都市被害・・・・・・・・・・・・・・中破 武器庫ビル破損 修理 零号機・・・・・・・・・・ATS破砕 交換 零号機パイロット・・・・・・無傷 司令への嫌悪増大 要注意レベル 初号機・・・・・・・・・・両腕部破損 左足首損傷 交換 初号機パイロット・・・・義骨折 両掌軽度の麻痺 左足軽度の麻痺 鎮痛シート配布 弐号機・・・・・・・・・・・・・・・・軽微 全射撃兵装弾切れ 要補給 弐号機パイロット・・・・・・無傷 司令への殺意増大 要注意レベル 某とんこつラーメン屋台 ・・・・ネルフ関係者の来店拒否 ──あ(と)がき── ハイ。サハクィエル戦終了です。 このネタ、五寸釘が足に落下して刺さった事から出た話というのは秘密です。 親指の爪の上にねぇ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。 戦いがぶっ続けですけど、少しだけ止まります。 理由ですか? 直にわかりますよ・・・・・・・・・。 多分ね・・・・・・・・・。 では、また・・・・・・・・・。 〜〜母娘の間に幸いあれ・・・・・・〜〜
感想は新たな作品を作り出す原動力です。1行の感想でも結構 ですので、ぜひとも作者の方に感想メールを送って下さい。 |