プシュウ・・・・・・・・・ン・・・・・・。


 駅に着き、開いたドアから車両に乗り込んで来る三人。

 ふと見ると、シートに見知った顔があった。

 「あら、副司令・・・・・・。おはようございます」

 極自然に挨拶をするリツコ。

 「「おはようございます!!」」

 クリーニングされた服を持ったまま、ピシっと直立不動で挨拶をする青葉とマヤ。

 「ああ、おはよう」

 冬月は読んでいた本から顔を上げ、笑顔で答えた。

 「将棋・・・・・・ですか?」

 リツコが本のカバーを覗き込んで言う。

 「ああ・・・・・・東郷師範がけっこういける方でね・・・・・・。これが実力伯仲していて面白いんだよ」

 「なるほど・・・・・・」


 リシュウは碁も将棋も嗜む。

 冬月としてはこんな極近くに強敵ができた事が何より嬉しかった。

 それに最近はEVAパイロットの少年・・・・・・シンジが教えを請いに来る。

 戦いに活かせたいという願いからかもしれないが、同好の志が増える事は喜ばしいことなのだ。

 ・・・・・・というより、孫に教える楽しそうな祖父そのものだとリツコ達は見ていた。


 「今日はお早いですね」

 つり革に掴まったまま、マヤが口を開く。

 流石に上司が座っている横に座るわけにはいかない。

 当然、青葉も立っている。

 「碇の代わりに上の街だよ・・・・・・」

 冬月は何となく不服そうにそう答えた。

 その言葉にリツコも気が付く。

 「ああ。今日は評議会の定例でしたね」

 「碇め・・・・・・管理だけでなく雑務まで押し付けおって・・・・・・MAGIが無いとお手上げだよ」

 実質、この街の政治はMAGIが行っている。

 コンピューターに支配されている事など気分がいい話ではないので、お飾りの政治屋が必要なのだ。

 総司令はなぜか今日も不在。

 よって雑用が溜まり、冬月に全てかかってくる。

 「まぁ、前線で戦っているシンジ君たちよりかは遥かにマシだがね・・・・・・」

 とは冬月の弁。


 迫る市議選・・・・・・。

 その野暮用に借り出される冬月・・・・・・。

 クリーニングを取りに行っている三人・・・・・・。

 このタイミングで起こるある事件・・・・・・・・・。


 当然、大人たちが知る良しもなかった・・・・・・・・・。








 むぐむぐむぐ・・・・・・。


 なでなでなで・・・・・・。


 「静かね・・・・・・」

 「・・・・・・そうね」


 むぐむぐむぐ・・・・・・。

 なでなでなで・・・・・・。


 「シンジ・・・・・・がんばってるかしら・・・・・・」

 「・・・・・・そうね」


 むぐむぐむぐ・・・・・・ごくん。

 なでなでなで・・・・・・。


 第壱中学校、お昼休み。

 いつものメンバー±1名が集まって食事をしていた。

 −1はNERVにて特訓中のシンジ。

 +1は三年の榊である。

 シンジが居ない為にとても静かである。

 トウジやケンスケがそれだけで静かにしていると言うのはヘンといえばヘンであるが、静かにしている事
には違いない。

 黙って弁当を食べ続け、榊はアルファの背中を撫で続けている。

 ヘタすると“前”のレイと同じくらい無口で無表情な彼女も、ネコを前にすると表情が富む。

 さらさらとした長い黒髪が屋上の風に流され、とても扇情的に映えていた。

 伊達に三年の美少女代表と言われているだけはある。


 で、そのアルファはというと、

 『つ、疲れたニャ・・・・・・』

 愛想をふりすぎて疲労していた・・・・・・。


 シンジが居ない事で“上の空”気味のアスカとレイ。

 そんな二人の様子を見、

 『ああ、夕べの碇君はスゴかったのね・・・・・・・・・』

 と、腐女子がスッカリ板についてしまって勝手な事考えて一人納得しているヒカリ。

 『売れる! 売れるぞぉ!』

 『ケンスケ!! 1割よこせや』

 と、しゃがんでアルファにかまっている為、スカートの中が丸見えになっている事に気付いていない榊の
写真を撮るケンスケ。

 同調するトウジ・・・・・・。



 シンジが不在であるが故に腑抜けていたのであろうか、アスカとレイはある大切な事をすっかりと失念し
ていた・・・・・・・・・。






───────────────────────────────────────────────────────────── 

    For “EVA” Shinji 

        フェード:弐拾

─────────────────────────────────────────────────────────────



「一意専心という言葉がある」

 ジオフロントにある森の中、シンジは特殊アイシールドを科してリシュウと剣を交えていた。

 保安部からの借り物、拘束用のアイシールドを科せられたシンジの視界はゼロ。完全な闇の中である。


 目隠しをしながら相手に剣を振る。

 それが如何に難しい事等は今更言うまでも無い。

 この年齢で“できる”というのだからシンジの実力は奇跡といえるレベルなのだ。

 とは言うものの、シンジの打ち込みなどリシュウから言えば知れた者である為、少年が如何に踏ん張ろう
と剣の師は話しながらその一撃一撃を受け流していた。

 「一意専心・・・・・・脇目も振らずに努めるということじゃ・・・・・・お主が皆を守りたい・・・・・・その為に強くな
  りたいというのもそれじゃ」

 振り下ろされるリシュウの使うものと同じユスの木の木刀。



 ガツッ!



 師はその一撃をすくい上げるように受け、そのまま剣先を滑らせ少年の喉を狙って突き込む。

 しかしシンジは首を捻るように避けた。

 リシュウの口元に笑みが浮かぶ。

 「ここまで」

 その言葉に反応するかのように、シンジの息が乱れる。

 まるで無呼吸運動をやっていたが如く・・・・・・。


 「一意専心・・・・・・その言葉は剣の道にも言えることじゃ・・・・・・解かるか?」

 「・・・・・・」

 少年は息を整えながら首を横に振った。

 感覚では理解しているのであるが、頭で解かっていない為に説明が出来ない。

 それでは本当の意味で解かっているとは言い難かったからだ。

 「まぁ、よいわ・・・・・・しばらくここで瞑想でもしているがよい。後で迎えに来る」

 「あ、ありがとうございました・・・・・・」

 鍛錬の終わりの言葉を聞き、律儀に姿勢を正して頭を下げるシンジ。

 その気配が遠のくまで待ち、それから木の根方に腰を下ろし足を組んだ。


 上の喧騒から離れたジオフロント・・・・・・・・・。


 少年が心静かに自分を見つめ直す環境には最適であった・・・・・・。



                      *   *   *   *   *   *



 「ご苦労様です」

 「おお、赤木博士。労わりの言葉、忝い」

 NERV内施設の浴場、別名“NERVの湯”で汗を流し、着物を着替えてから食堂に向かう途中、リシュ
ウはリツコにばったりと出会う。

 「今日は起動実験があったのでは?」

 「ええ・・・・・・滞ってた箇所も解かっていましたし・・・・・・後は起動コードの入れ直しだけでしたから」

 初号機と弐号機の二機に比べ、今一つ不安定な零号機の起動実験。

 だが、第五使徒襲来より今日まで暴走することなく活動を続けられていた為、起動実験は日夜行う事がで
きていたのだ。

 更に積極的にEVAの実験や鍛錬にシンジが関わっていた事もあり、“前”に比べて起動コードもプログラ
ムも安定するのは当然なのかもしれない。

 「先生の方も、まだシンジ君の鍛錬の時間では?」

 「やっておるよ。あやつは今、瞑想中じゃ」

 「瞑想・・・・・・ですか」

 理数系のリツコは今一つ理解できない。

 精神安定の為とは解かるのだが・・・・・・頭で先に理解しようとする科学者なのだから仕方が無い。

 「ただ単に腕前というのなら、殆ど教えることはない。なんと言うか・・・・・・言葉は悪いが“天賦の才”が
  あっての」

 「はぁ・・・」

 言葉は悪いが・・・・・・というのは、天賦の才は“天”が授けた“才能”と言う意味であり、その強さは少年
自身が培ったものではないという意味にもなるからだ。

 「まぁ、その才能を活かすも殺すも本人次第・・・・・・あやつはどういう訳か自分の才能を認めておらぬ節が
  あっての・・・・・・まぁ、良い意味でじゃが・・・・・・・・・ほっといても自分で研磨していきおる」

 自惚れるより遥かにマシじゃ・・・・・・とリシュウは付け加えた。

 リツコはやはり今一つ理解し切れない。

 だが、遠回しとはいえ、この“剣鬼”が手放しで誉めているのだ。

 少年には頭を垂れるしかない。

 事実、シンジの鍛錬のことを話すリシュウの目は、いつも輝いているのだから・・・・・・。

 「では、その成果に喜んでいらっしゃる師範に食事でも奢らせていただきますわ。食堂のモノで申し訳あ
  りませんが・・・・・・」

 「すみませんなぁ・・・・・・では、某も高名なる赤木博士に食事を奢らせて頂かせてもらうとしようかの。食
  堂のモノで申し訳ないが・・・・・・」

 二人は顔を見合わせ、静かな笑みを浮かべた。

 食堂の担当者が聞いたら「なんだとー」と文句を言いそうなセリフではあったが、それでも二人はその冗
談に笑いなら廊下の奥に消えていった。



 「ヲイヲイ・・・・・・いい雰囲気作ってんじゃねぇよ・・・・・・」



 ミサトのジト目の視線に気付かぬまま・・・・・・・・・。



                *   *   *   *   *   *   *   *   *



 「あっついわね〜〜〜〜〜〜・・・・・・・・・」

 ジリジリと照りつける太陽に辟易としながら、アスカとレイは道路を歩いていた。

 ジ〜ワジ〜ワと鳴く蝉の声も神経を逆なでする。

 最初はシンジのように静けさよりも蝉の声という生物の反応に喜んではいたのであるが、“帰還”した世界
に慣れた今はうっとおしいだけである。

 もっとも、シンジが「蝉の声っていいよね」等と言えば即座に同意するであろうけど・・・・・・。


 それはともかく、


 レイの肩でアルファもぐったりとしていた。

 彼女(?)の為にレイは日傘をさしていたが、性能ともかくデザインも色もコウモリ傘そのものであった
のでアスカは離れて歩いていた。

 必然的に足が速くなるも、当然ついてくるレイも早くなる。

 アスカが抜け駆けをしてシンジに引っ付こうとしていると邪推しているのだ。


 そんなアスカの本部へと進む足がまた速くなる。

 別に急ぐ理由は無い。

 無いのであるが・・・・・・なぜか足早になる。

 レイを引き離し、他人と想われるように早く歩きたい・・・・・・とは思っていない。

 シンジに早く逢いたい・・・・・・それは確かにある。

 理由の80%はそれだろう。

 他の10%は暑さからの避難。では残り10%は?

 “勘”である。

 何かしら言いようの無い焦りがアスカにはあった。

 いつもより15分は早くゲートに着く。

 焦るようにパスケースからカードを出し、スリットを通す。

 だが、反応が無い。

 レイもアスカに代わってカードを通すがやはり反応が無い。



 二人は驚いて顔を見合わせた。



 「「今日だったの?!」」


 非常電話にかける必要も無い。

 非常用マニュアルなぞ見るまでも無い。

 二人は鞄を握り締め、急いで第7ルートに駆けて行った。


 「わたしがやるわ」

 R−07と書いてあるドアの前、手動用コックを握り締めると、レイがスルスルと回す。

 “今”現在のレイの腕力はあの時代の比ではないのだ。


 自動ドアと同等のスピードで開いたドアに二人は飛び込んだ。

 「シンジ、待ってて!!」
 「今行くわ」


 ・・・・・・・・・発令所の事はどうでもいいのか? と聞きたくなる言葉である。

 だが、このセリフにはちゃんとした意味があるのだ。


 “帰還者”碇シンジ・・・・・・・・・。

 彼は悪魔的な方向音痴なのである・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。



               *   *   *   *   *   *   *   *   *



 当然にしてNERVというものは重要施設であり、非常用電源は存在する。

 だが、正,副,予備の三系統が一斉に落ちた。

 これは・・・・・・。

 「やっぱりブレーカーは“落ちた”んじゃなくて、人為的に“落とされた”と見るべきよね〜〜」

 電源の落ちた発令所でそうミサトは呟く。

 第三新東京市全域が停電状態で、交通網も麻痺している事は安易に予想できる。

 「病院等の施設は無事かのぉ・・・・・・」

 リシュウはそっちを気にしている。

 そんな“剣鬼”というあだ名を感じさせない様子にリツコも笑みが浮かぶ。

 「病院施設には独立した非常用電源がありますわ」

 「ふむ・・・・・・」

 その言葉に一応納得する。

 それでも停電状態が長く続くと問題があるだろう。

 それに、ここ第三新東京市には別の弊害がある。

 「原因はどうあれ、こんな時に使徒に来られたら大変だぞ・・・・・・」

 冬月が蝋燭に火を灯し、それをあちこちに配置しながら人事のように呟く。

 『・・・・・・こんな数の蝋燭・・・・・・どこから・・・・・・?』

 等と青葉は疑問に思ったのだが、あえて口には出さなかった。

 「ところで、キョウスケ達はどこへ行った?」

 「へ? 南部クン?」

 「そう言えばエクセレンも見えないわね・・・・・・」





 当然、この非常事態だ。彼らは発令所に向かおうと思っていた。

 いや向かいたかった。

 しかし、それは少々難しい事であったりする。


 「だめね〜〜・・・・・・非常用電話も使えないわ」

 「・・・・・・このジオフロントは外部から隔離されても自給自足できるコロニーとして作られている筈だ」

 「それが非常用電源全てがパーって事は・・・・・・・・・」

 「人為的だろうな・・・・・・恐らくはどこかの組織がここの調査にやってるんだろう」

 「こないだの浅間の事といい・・・・・・本部の最初の被害が人間ってのもやりきれないわね〜〜」

 溜息をつく二人。

 愚痴る事しかできないのだ。


 二人がいるのはエレベーターの中。

 発令所に移動し始めたところで電源が落ちたのだ。

 この施設で電源が落ちるという事実に非常事態を察知したのではあるが、この状態では如何ともし難い。

 当然ながら閉じ込められていたりするからだ。

 「ところで・・・・・・キョウちゃんは暑くないの?」

 「蒸せはするが。まだ・・・・・・な」

 ジャケットは既に脱ぎ払い、上下とも下着姿のエクセレンがぼやく。

 空調も止まり、空気が蒸せているのだ。


 だから、そんな格好なのも致し方ないのだ・・・・・・・・・と、一部の男性職員は嬉しそうに頷くであろう。


 ハッキリ言って美女が魅惑の姿をしているのであるが、キョウスケは動じない。

 というか、こんな艶姿はいつも自分に晒されているので慣れているのだ。

 付き合いはそこそこ長いのだから・・・・・・・・・。


 だが、今のエクセレンの様子はちょっと違っている。

 顔色も悪い。

 「・・・・・・・・・あたし、ピンチかも・・・・・・」

 「どうした?」

 いつもより元気が無い口調にキョウスケが顔を見つめる。

 「・・・・・・今日、出掛けにビール飲んじゃってさ・・・・・・」

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 「ちょっと非常事態なワケよ・・・・・・」

 もじもじと太股をすり合わせるエクセレン。

 「確かに・・・・・・非常事態だな」

 彼は懐からコルトを引き抜くと、

 「耳、塞いでいろ・・・・・・」

 「ゴメンね」

 「・・・・・・始末書は慣れている」


 天井の検査用ハッチのビスが、キョウスケの撃った弾によって吹き飛んだ。



                *   *   *   *   *   *   *   *   *



 『何か来る?!』

 目隠しをしているとはいえ、そこはシンジ。

 迫りつつある脅威に逸早く気付いた。


───これは・・・・・・・・・・・・使徒?! 行かなきゃ!!!


 と腰を上げてから固まった。


 どこへ? である。

 いつもなら集光機と光ファイバーによって地上から光が送られてくる事もあり、森の中からでも不気味な
NERV本部のピラミッドが見える。

 だが、今の彼は目隠しをしているのだ。

 しばらくフンフンと外す努力をするもビクともしない。

 それはそうだろう。拘束用の特殊アイシールドなのだ。簡単に取れたら意味がない。


───どうしよう・・・・・・・・・。


 使徒は迫ってくる。

 NERV本部はおろか何も見えない。

 最悪だ。

 とにかく、使徒(と思われる)気配が向かってる方向に駆け出した。

 どちらにせよ、行動する事が先なのだから。


 が、



 どぼ〜んっ



 イキナリ水の中に落ちてしまった。

 「わ、わぁっ!!」

 泳げないシンジは相当慌てた。

 視界がゼロだということも拍車をかける。


 それでも、五分も溺れているとなんとか岸にもどれた。

 水を咳き込んで吐き、しばらくは息が荒れて立てない。

 少年は、LCLに慣れているからか、水を吸い込みやすくなっていたのである。

 なんとか息を整えると、ふらつく足に力を込め、なんとか立ち上がる。


 不幸中の幸いだが、これでNERVに行ける。

 今落ちたのが本部前の巨大なプール(逆さピラミッド型の池ではあるが・・・・・・)だ。

となると、その縁を歩いていけば本部に着ける。

 少年は、濡れた身体に鞭打って慎重に且つ急いで走り出した。



 ・・・・・・・・・途中三回も水に落ちた事はご愛嬌である。



                       *   *   *   *   *   *



 「これは・・・・・・・・・・・・シンジってば外よ!!」

 所変わってこちらは美少女二人。

 アスカはシンジの気配が本部の外から感じていたのである。

 「間違いニャい・・・・・・今は作業用の入り口にいるニャ」

 流石に使い魔であるアルファは彼の位置を正確に把握している。

 「いけない・・・・・・急がなきゃ・・・・・・」

 レイは落ちていたパイプを拾って非常扉に突き込み、むりやりこじ開けて突き進んでゆく。

 アスカも方向を指示しながら、頭に叩き込んでいる本部の地図と照らし合わせてレイを誘導する。

 ダクトなら毟り取り、ドアなら破壊し、ただひたすら少年のいる場所を目指す。

 「移動してるわ・・・・・・って、当然か。アレが迫って来てんだから・・・・・・」

 第九使徒が襲来している事はアスカも感じていた。


───第九使徒マトリエル。


 停電中に現れ、溶解液を使って本部に直接攻撃を仕掛けてきた四本足の蜘蛛のような使徒である。

 “あの時”は三人の連携と初号機のライフル連射だけで殉滅した為、“最弱の使徒”というイメージがあった。

 が、今回のマトリエルまで弱いとは限らない。

 大体、“前回”のマトリエルにしても下から撃ち抜いただけなのだ。正面から戦っていたら強かったのかも
しれない。

 それに、アスカは嫌な予感がしていた。

 この間戦ったサンダルフォンは明らかに最初からEVAと戦う為に来ていた。

 という事は、このマトリエルも・・・・・・・・・。


 アスカは頭を振って思考を戻した。

 とにかくシンジの確保が最優先だ。


 自分らが求める彼は、このすぐ近くにいるはずなのだ。

 気配を感じる事が出来ているのだから・・・・・・。


 ───と、


 唐突に自分らの知らない気配がした。

 いや、正確に言えば押し殺した・・・・・・隠し切っていた気配が動いたというべきか。

 チリチリとした感覚が後頭部に当たり、アスカは反射的にしゃがみこむ。


 パスッ


 気が抜けるような音と共に、すぐ上を何かが突き抜けた。

 サイレンサーの音?!

 ならばあのまま立っていたのであれば、少女の頭は爆ぜていたかもしれない。

 アスカはレイを引き倒し、アルファを抱えて角に隠れながら様子を窺った。

 見つかった事に開き直ったのか、“それ”はゆっくりと近寄ってくる。

 この薄闇の中で撃って来るのだから、相手はスターライトスコープかレーザーサイトでも使用している筈
だ。

 明かりでもあったらスコープはともかく襲撃者に牽制できるのだが、あいにく懐中電灯一つ持っていない。


 だが、ぐだぐた考えているヒマはない。

 鞄を盾、鉄パイプを剣に見立てて武装し、間を読んで襲撃者に先制攻撃をかける。

 突然の行動ではあるが、襲撃者はプロだった。

 アスカの大体の動きを読んでいたのだ。

 さっと後に飛び去って間合いを取り、アスカの眉間に銃口を向けた。



 ずどむっ!!



 だが、アスカの動きだけ読んでいても話にならない。

 ここにはもう一人いるのだ。

 アスカが飛び出すと同時に、レイが重さ1キロは越す大きな国語辞典を襲撃者に投げつけたのである。

 “今”のレイが“思いっきり”投げつけたのだ。

 とんでもない速度と重さを乗せて、襲撃者の腹部を直撃する辞典。

 身体がくの字に曲がったところへ、アスカが鉄パイプを振り下ろしてジ・エンドだった。


 「何よコイツ・・・・・・」

 足で銃を蹴り飛ばしてから装備品をあさる。

 襲撃者は見慣れぬ男で、どう見てもサラリーマン風である。


 まぁ、“如何にも”な風体の殺し屋もいないものであるが・・・・・・。


 アスカは鞄からセロハンテープを取り出し、後ろ手にした男の親指を封じてから手首をぐるぐる巻きにした。

 ついでに財布を失敬しポケットに入れ、両足も一本のパイプに開いた上体で固定し、動けなくした。

 まぁ、縄抜けの達人ならばともかく普通であれば動けないだろう。


 一応、榊のパンチラ写真を撮っていたケンスケから奪ったカメラで写真を撮っておくのも忘れなかった。


 ・・・・・・まさかこんな事で役に立つとは思わなかったが・・・・・・。


 「・・・・・・何者なのかしら・・・・・・」

 「さぁね・・・・・・刺客みたいだったけど・・・・・・」

 チルドレンとしての自分がここで狙われる理由は解からない。

 如何にゼーレ系以外の組織にとっては目の上のタンコブとはいえ、使徒の来る今、アスカ達を襲撃するメ
リットなぞ無いのだから。

 「とにかく、碇君の所へ急ぎましょう」

 「そうね・・・・・・・・・・・・・・っ!!!」

 アスカの背後に向かって、アルファが唸っていた。

 振り返った視線の先、銃口が見える。


 アスカは己の浅はかさは呪った。


 襲撃者は一人ではなかったのだ。

 避ける事はできない。

 避ければ後ろのレイに当たる。

 一瞬、アスカの脳裏に死のイメージが浮かんだ。




 ズンッ!!!!




 唐突に襲撃者の右肩がへこみ、仰向けにひっくり返った。

 その背後には、鬼のような形相の少年が立っていた。

 「シンジ!!」
 「碇君!!」

 少年にとって大切な絆であるアスカとレイを襲ったのだ。

 木刀によって鎖骨が打ち砕かれて肺腑にまで達していたが、生きているのだから少年の手加減を感謝すべ
きであろう。

 「アスカ、レイ。大丈夫?!」

 相変わらずアイシールドをつけたままだが、気配だけで二人の危機を察し、そのまま踏み込んできたのだ。

 二人の感激も盛り上がろうというものである。


 だが、二人はシンジに抱きついたまま、襲撃者の様子を窺うだけであった。

 「こいつら・・・・・・なんで・・・・・・?」

 「解からないわ・・・・・・でも・・・・・・」

 「間違いないわね・・・・・・こいつらの狙いは・・・・・・」



 二人の襲撃者は、間違いなく、


 “惣流・アスカ・ラングレー”の命をターゲットにしていたものであった・・・・・・・・・。



 『使徒、接近中!! 繰り返す!! 使徒、接近中!!!』


 非常時だからと選挙カーを乗っ取った日向の声が辺りに響き渡り、シンジ達にも降りかかる。


 それでも三人と一匹は闇の中、襲撃者の前で佇むのであった・・・・・・・・・。








                                          TURN IN THE NEXT...


作者"片山 十三"様へのメール/小説の感想はこちら。
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