「あらミサト。もう始末書終わったの?」

 リツコの部屋に入ってきたミサトに開口一番に向けられたのは始末書の話だ。

 「あのね・・・・・・まぁ、いいけど・・・・・・シンちゃん達ばっか苦労かけらんないわ。とっとと済ませたわ。そ
  れに被害も少なかったしね」


 レイの柔道らしき投げ技によって第七使徒イスラフェルはけっこう沿岸で爆撃を受けた。


 そのせいで街の被害はかなり少ない。


 もっとも、海底にできたクレーター等によっての潮流変化はどうしようもないであろうが・・・・・・。


 「で? 作戦部長様が何の御用かしら?」

 落ち着いた様子でリターンキーを押すリツコ。

 モニターには何やらパーセンテージを乗せた数値が並ぶ。

 「うん・・・・・・あのね、EVA用の新兵器って他なんかある?」

 「はぁ?」

 「今回の使徒にしても、これからの戦いにしても、絶対的に火力が足んないじゃない? だから大火力の
  兵器できないかな〜ってね・・・・・・ダメ?」

 リツコは溜息をついて親友に眼を向ける。

 「あのね・・・貴女いつから対艦巨砲主義になったの? そんなの無いわよ。あったって使えないし・・・・・・」

 「使えないって・・・・・・?」

 技術的なことは専門外であった為、今まで聞いた事が無いミサト。

 だが、最前線で戦うシンジ達の為、彼女も必死になっている。

 もっとも、リツコにしてもそうなのであるが・・・・・・。

 「だってEVAが使い方を知らないんだもの」

 「は?」

 訳の解らないミサトに、リツコが噛み砕いてやった。

 「だから、EVAには基本の戦闘動作モーションを入力してるわよね?
  シンクロっていうのはパイロットの神経とかとEVAを直結連動させる事なのよ。
  だから、シンジ君達が知ってても、EVAが知らなかったらその武器は使えないわ」

 「じゃあ、シンクロ率を上げたら・・・・・・」

 「あのねぇ・・・・・・78%にした初号機が第伍使徒に左腕破壊されたでしょ? あの時の事を忘れたの?」

 そう言われて思い出した。

 高いシンクロ率で倒したのは良いが、ダメージのフィードバックでシンジの左腕は電気パルスのリハビリ
で何とか動くようになったくらいなのだ。

 もし、シンクロ値が後数%高ければシンジのリハビリはかなり長くなっていたであろう。

 「確かに100%近くまで上げたらパイロットが使えるものだったら、どんな武器も使えるわ。
  だけどね、その場合は戦闘のダメージはシンジ君に直接かかるのよ?
  そんな高シンクロ率であの戦闘の時みたいに左腕を破壊されたとしたら・・・・・・彼の腕は弾け飛んでいる
  わ・・・・・・」

 その言葉にミサトの顔も青くなる。

 今までは彼は、擬似的とはいえそんなダメージを受け続けている。

 第三使徒戦の腹部、第四使徒戦の左腕、第伍使徒戦の左腕消失、第六使徒戦のダブルエントリー時にアス
カにかかる負担を自分が受けた為に左肩部陥没。


 大の大人でも泣いて逃げるようなダメージを受け続けながらも戦い続ける少年達。

 その子供達に何もしてやれないというのか?

 自分達を守る為に傷だらけで戦い続けているいうのに・・・・・・・・・。


 だが、感傷に浸っている暇は無い。

 今は眼前の第七使徒だ。


 「仕方ないわね・・・・・・ミサト、これ・・・・・・」

 親友にデータをまとめたファイルを渡す。

 「ん? ナニこれ?」

 「南部クンとエクセレンの案をまとめたものよ。今、MAGIで計算させてたんだけど、この作戦が一番
  可能性が高いの」

 「作戦部長はあたしなんだけどね・・・・・・」

 ブツブツ言いながらファイルをめくっていくミサトの眼が止まる。

 「これって・・・・・・・・・」




 ───作戦タイプ───

 “三人”同時による加重攻撃。

 “荒ぶる幽霊”・・・・・・・・・“ランページ・ゴースト”とあった・・・・・・・・・。



───────────────────────────────────────────────────────────── 
  
    For “EVA” Shinji 
  
        フェード:壱拾伍 
  
─────────────────────────────────────────────────────────────



 第七使徒との戦いを引き分けからはや三日。

 相変わらず沖合いでは使徒が再生中であり、依然として危機は去っていない。


 もっとも、まだ内地には迫っていないので学校なども閉鎖している訳ではない。

 当然ながら学校はある訳であるからして、宿題等も出てたりする。


 「あれ? イインチョ、どないしたんや?」

 「鈴原こそ」

 シンジが登校していないのを心配し、様子見に向かう途中、トウジとケンスケはヒカリにばったりと出会
う。

 「私は先生に言われて綾波さんとアスカにプリント持ってきたんだけど・・・・・・鈴原は?」

 「ワイらも同じや。シンジんトコやけどな。まぁ言うたらシンジの見舞いや」


 ぐぎゅうるるるるるるるるる〜〜〜・・・・・・・・・・・・・・・・・。


 「・・・・・・・・・ほれに、せめて様子が分からなんだら飯が出ん・・・・・・」

 やや顔色の悪いのは仕方ない事であろう。

 空元気バリバリで笑顔を向けるトウジ。


 突然学校に来なくなったシンジ達。

 その初日につい使徒戦の事をハルミに漏らしてしまい、そのせいでシンジが登校するまでまたしても食事
抜きなのである。




 ヒカリは溜息をついて道を歩き出した。

 この鈴原兄妹の仲の良さは知っている。

 だが、その妹のハルミはシンジを“男”として惚れてしまっている。

 結果、トウジは妹の使いっパシリと化してしまっているのだ。


 しばらく無言で歩き、コンフォートの前で立ち止まる。


 「「あれ?」」


 エレベーターに乗り、同じ階を押す。


 「「え?」」


 その階で下り、一つの部屋の前で立ち止まる。


 「「なんで、アンタ達(委員長)がココでとまるのよ(んや)?」」


 そんな二人を無視し、ケンスケが代表としてインターフォンを押した。



 ぴ〜んぽ〜〜ん♪



 『はいは〜〜い』

 やけに明るい大人の女の声がしてドアが開く。

 「あら。どちら様?」

 そこには金髪でスタイル抜群で、やや童顔の美女がいた。


 「ぬぉっ???!!!」


 反射的にカメラを構えるケンスケ。

 そしてカメラを向けられ反射的にポーズを極めるその美女。

 パシッ! パシッ! パシッ!

 フラッシュがたかれ、その度にポーズを変える美女。

 「いいよ!! その表情、サイコーだぁっ!!」

 様々なアングルから撮り続けるケンスケ。

 「はぁ・・・・・・センセ、これでいい?」

 足でドアを挟み込み、妙に濡れた眼でカメラマンを見る美女。

 「そ、そのポーズ!!!! それだぁあああっ!!!!!!」



 「「「いい(ええ)加減にしろ(せぇっ)ぉっ!!!!!!!!!!!!!!!!」」」



 ずがぁんっ!!!!



 二人は部屋から出てきた男と、ヒカリ&トウジの攻撃を食らって動かなくなった。



                      *   *   *   *   *   *



 「あの〜〜・・・・・・ちょっと足痛いんだけど・・・・・・」

 「知らん。我慢しろ」

 部屋にトウジ達三人を入れ、台所でさっきの美女──エクセレン・ブロウニング──がキョウスケに正座さ
せられていた。

 フローリングであるからして、慣れてないとちょっと痛い。

 当然、お仕置きである。


 「えっと・・・・・・それで話は分かったんですけど・・・・・・碇君達、大丈夫なんですか?」

 そんな二人の間を見てからヒカリが口を開いた。



 第七使徒イスラフェル。

 三つのコアを持ち、そのコアを同時に破壊しなければ殉滅は不可能。

 となればEVA三機で同時に加重攻撃を加え、それで破壊する方法しかない。

 ただ、受け持ちが決まっている。

 特にシンジは大変だ。

 彼の相手はガギエル部分である。


 アスカの弐号機も機動性、攻撃力は優れているのであるが、移動力に難がある。

 零号機は攻撃力、防御力に問題はないのだが、機動力と移動力が心もとない。

 つまり、戦いにおいての移動力、そして機動力、破壊力から考えても、海から上がらないであろうガギエ
ルに即座に踏み込んで攻撃できるのは彼を措いてはいないのだ。

 その事については何の疑問も衒いもない。

 ただ、問題は“同時”というところである。

 つまり、三人の呼吸が完全に合っていなければコアを破壊できないのだ。

 その為の特訓であった。


 「んで、これかいな・・・・・・」

 キョウスケ達の前でシンジ達は、やっぱりお揃いの格好で“あの”ダンスゲームを行っていた。

 最初は“例”のツイスターであったのだが、人数が人数であったし、同時かどうかのタイミングがあやふ
やであった為、家庭用ゲーム機のダンスゲームをリツコが改造し、戦闘実践用練習機TDR(トリプル・ダン
シング・レヴォリューション)として生まれ変わったものを使用している。

 「せやけど・・・・・・練習言うても点数が・・・・・・・・・」

 「るさいわね!! 外野は黙ってなさい!!」

 トウジの呟きに反応して、つい叫んでしまうアスカ。


 ぶぶーっ


 情けない音と共に画面に出るエラーの文字。

 「ホラホラ。実戦中だったら死んじゃってるわよ? 外野の声なんかに反応しないの」

 「く・・・・・・」

 エクセレンの叱咤も、正座させられたままなので今一つ説得力に欠ける。


 現在のハイスコアは36点。

 特訓を始めて三日目だと言うのに、いくらなんでも低すぎる。

 「・・・・・・また駄目か・・・・・・シュミレーションでこれではな・・・・・・」

 責めている訳でもなく、淡々とした口調でキョウスケがこぼす。

 「ん〜〜・・・・・・息は合ってるのにね〜〜」

 珍しくエクセレンが悩んでいる。


 汗を拭きながらアスカも考えていた。

 シンジと自分は“前回”においてユンゾンを成功させていた。

 あの時は自分のプライドで作った壁がユニゾンを阻害していたのだ。

 だが、今のアスカにシンジへの隔たりは無い。

 自分一人で走り続けたって息が切れて躓くだけ。その事は思い知っている。

 だから理由が解らないのだ。


 シンジも同意見だった。

 “前”の時と違い、“今”のアスカは自分から積極的に合わせてくれようとしている。だったら反射能力が
上がった自分もその手を取って互いに進めばいいだけなのだ。

 だが、それが上手くいかない。


 理由は至極簡単なことである。

 簡単であるが故に気が付かない。

 唯一気が付きかかってたのは・・・・・・ヒカリであった。


 『綾波さん・・・・・・苦しそう・・・・・・』

 ヒカリの眼にはレイが息も絶え絶えに映っている。

 身体的な事ではなく、精神的な事でだ。

 何かに苦しんでいる。とても・・・・・・・・・。

 だけど、悩んでいるシンジ達は気付いていない。

 ヒカリも理由が解らない。だけど黙っていられないほど苦しそうだった。

 表情はただの身体疲労に見えない事はない。だが、いつも(妄想している為)レイを見つめていたヒカリ
には涙を流し苦しみ喘いでいるレイの姿が見えているのだ。

 「綾波さ・・・」

 ヒカリが何か言おうとした時、

 「君達の意見も聞きたいのだが、どうだろう?」

 とキョウスケが口を挟んだ。

 「・・・・・・」

 タイミングを逃されて次の言葉が出なくなるヒカリ。

 「・・・・・・ん〜〜〜・・・・・・ワイにはちょっと・・・・・・イインチョはどうや?」

 「え?! えと・・・・・・」

 更にトウジの追い討ち。

 これであった筈の自分の意見が消し飛んでしまった。


 「あのさ・・・・・・ちょっといいかな?」

 それまで写真を撮るだけだったケンスケが挙手をして言った。

 「何だ?」

 「確認したいから見せてほしいんだけど、シンジと綾波に踊ってほしいんだ」

 「はぁ?! アンタね、写真撮る為だけだったらコロすわよ?」

 「違うって!! 今聞かれた事に対するオレの意見の確認だよ!!」

 流石に慌てるケンスケ。

 だが、いつもの悪戯を誤魔化す時の慌て方ではなかった為、アスカもすぐ引っ込む。

 「3フレーズくらいでいいんだ。いいかな?」

 「え? ま、まぁそれくらいだったら・・・・・・綾波?」

 「・・・・・・かまわないわ」

 レイの確認を取ってからケンスケの言った設定をコンフィグセットして音楽をスタートさせる。


 ちょっとテンポは速めであるが、とても息が合っていた。

 なんと言うか・・・・・・お互いの動きをお互いがトレースしているような・・・・・・呼吸一つもお互いがお互いに
合わせ、それでいて無理が無い。

 一つのセットとして成り立っているものがそこにはあった。

 「おおっ!! やるやないか!!」

 「ホント・・・・・・すごいわ!!」

 得点は95点。

 合格とまでは言わないが、いきなりであったから十分及第点である。

 「うん・・・・・・解った。んじゃ、次はシンジと惣流」

 「アタシも?! まぁ、いいけど・・・・・・」

 満更でもなさそうではあるが、あえて不満げな口調でシンジの横に立つ。

 “久しぶり”のユニゾン練習であった。

 「いくわよ、バカシンジ!」

 「うん」

 音楽がスタートする。

 こっちもアップテンポだ。



 たん、たん、たん、たん、たん、たん、たん、たん、たん、たん、たん、たん、



 まるで鏡に映る姿のように完全に動きが同調していた。

 二人の違いは“シンジ”と“アスカ”というパーソナルだけ。

 吐く息、吸う息、ヘタをすると鼓動まで同調しているとしか思えなかった。

 シンジはアスカを見ていない、アスカもシンジを見ていない。

 でも解るのだ。お互いを感じるのだ。

 だからこそ感じるままに身体を動かす。

 身体の動きは、ただ曲に乗せるだけ・・・・・・。

 それが、『ユニゾン』・・・・・・・・・。

 そのことは二人は知り尽くしているのだ。


 点数は100点・・・・・・。


 出るべくして出た点数であった。


 「なんちゅうか・・・・・・感動やな・・・・・・」

 「うん・・・・・・キレイだった・・・・・・」

 昨今、プロバレエでもここまで息の合ったものを見れるかどうか・・・・・・そのくらいのレベルであった。


 「やっぱりな・・・・・・解ったよ。合わない理由が」

 「え? なんだったの? 相田君」

 「綾波さ」


 ざく・・・・・・。


 レイの胸に楔のようにケンスケの言葉が突き刺さった。

 一番言われたくなかった事実である。

 「ちょ、ちよっと!! 綾波さんの点が低かっただけで・・・・・・」

 「違うって! オレだって点数だけで言ったりしないよ。
  さっき三人でやった時、妙に違和感があったんだ。だからカメラを通してペアのを見せてもらったんだ。
  お陰でハッキリ見えたよ」

 「・・・で、ファーストがなんだっての?」

 アスカが腰に手を当てて睨むように言った。

 それに動じず、ケンスケは続ける。

 「シンジも惣流も相手に合わせようとしてた。
  お互いに呼吸まで合わせてたからあの点数が出てたんだ。
  だけど綾波は違う。
  綾波はシンジ“達”に合わせていない。
  シンジ達が合わせようとしてテンポを遅くしても追い抜いていくんだ。で、シンジ達がペースを変えて
  合わせようとすると、やっとそれに気付いてペースを落とす・・・・・・。
  何に焦っているか解らないけど、こんなんで三人同調なんて成功する訳無いじゃないか」



 がたっ



 いきなりレイが立ち上がる。

 その剣幕に驚く子供達。

 白いレイの顔色が一層白くなっており、そして瞳は潤んでいた。

 『綾波さん・・・・・・泣いて・・・・・・・・・?』

 「・・・・・・・・・うっ」

 弾かれたようにレイが部屋を飛び出して行った。

 「綾波さん!!!」

 そのすぐ後をヒカリが追う。

 「ファースト!!」

 「レイちゃん!!」

 その後を追おうとアスカとエクセレンが立つ。

 が、足がしびれていたエクセレンはひっくり返りそうになりアスカのシャツを掴んでしまう。

 「きゃっ!!」

 「わっ!!」

 二人して転んでしまう。

 「わっ!!」

 「なっ!!」

 やはり後を追おうとしたトウジとケンスケが躓いてその上にぶっ倒れる。

 「ぐぇっ」

 「ど、どきなさいよ!! 重いぃいいっ!!」

 「のわっ!! ス、スマンっ!! はよ退けケンスケ!!」

 「痛たたた・・・・・・そんなこと言われたって・・・・・・」



 台所にできた人山を眺めながら、シンジはキョウスケに口を向けた。

 「キョウスケさん・・・・・・ケンスケに“言わせ”ましたね?」

 フッ・・・と表情を緩ませるキョウスケ。

 「俺やエクセレンが言っても仕方が無い。しかしお前らは気付いていない・・・・・・となると、“友達”に指摘
  された方が良いからな・・・・・・あの三人が来てくれたのは渡りに舟だった」

 ヤレヤレ・・・・・・人が悪い・・・・・・。

 そう考えているシンジの前で、ケンスケがアスカとトウジに八つ当たり殉滅されていた。

 心の中でケンスケに詫びを入れたキョウスケは、シンジ問い掛けた。

 「・・・・・・シンジは追わないのか?」

 「今は・・・委員長に任せます。委員長だったら大丈夫です。本当に、優しい人だから・・・・・・」

 そう言って微笑みを浮かべるシンジは、ヒカリの事を信頼する不安の無い顔であった。




                      *   *   *   *   *   *



 ・・・・・・わたしは、何をやってるんだろう・・・・・・・・・。


 人気のない公園で、レイは一人ブランコに乗っていた。


 碇君の為に魂の欠片を異世界から呼び出し、碇君の為に時間を遡って、碇君の力になる・・・・・・。

 その為にリリスの力を生命の木に譲り、自分はリリンへと還った。

 碇君の為に・・・・・・・・・。


 だけど、現実は違った。

 いつもいつもシンジの足を引っ張る。

 いつもいつも気にかけてくれるシンジの足を引っ張る。


 彼の助けになる為に一緒に戻って来たのに・・・・・・。

 シンジの妨げにしかなっていない・・・・・・・・・。

 第伍使徒の時も、自分を守って戦ってくれた碇君・・・・・・。

 左手を吹き飛ばされても剣を振るい戦ってくれた碇君・・・・・・。

 そして、イスラフェル戦でガギエル部分を倒せず、結局“前回”同様の“再戦”にしてしまった自分・・・・・・。


 不甲斐無くて涙が出てくる・・・・・・・・・。

 リリスの力の無い自分はこんなにも無力だったのか・・・・・・。

 “あの”時代は気にもしなかった事実が、レイの心を暗黒に包んでゆく。

 “ヒト”として成長を始めていたレイにとって、初めて味わう“挫折”という現実は、余りに重く、苦し
いものであった。


 「綾波さん・・・・・・・・・」

 そんな彼女の背に、優しい声がかけられた。

 呼びかけや問いかけではなく、語りかけるように・・・・・・・・・。

 「・・・・・・・・・洞木さん・・・・・・・・・」

 レイは涙目のまま振り返り、優しく微笑むヒカリを見た。




                      *   *   *   *   *   *



 「・・・・・・・・・わたしは司令の道具として育てられたの・・・・・・・・・」

 誰に言う風でもなく、ただ口から声が出ているだけ。

 そういった口調でレイの告白は始まった。

 ヒカリは黙って聞いている。

 「道具として、生き、死に、死んだら新しいわたしが来る。
  ただ、それだけの存在だった・・・・・・・・・」

 乗っているブランコの鎖がきしむ。

 以前の孤独感を思い出して微かに震えている。

 「でも、そんなわたしの前に碇君が現れたの・・・・・・・・・」

 レイは空を見上げる。

 「・・・・・・・・・嬉しかった・・・・・・・・・」

 思わず表情が緩み、涙混じりの笑顔に変わった。

 「わたしを人として接してくれた・・・・・・わたしを真っ直ぐ見てくれた・・・・・・・・・人形みたいに見られてたわ
  たしを、初めて人として見てくれた・・・・・・・・・。
  わたしに色んな初めてを教えてくれた・・・・・・・・・」

 すうっと顔がが下がり、また悲しみの味の涙になる。

 「・・・・・・・・・でも、わたしは碇君の役に立っていない・・・・・・・・・」

 小さい彼女の肩が更に小さく見える。

 その小さな肩が震えていた。

 「・・・・・・・・・わたし・・・・・・・・・自分が情けない・・・・・・・・・何も役に立てない自分が・・・・・・・・・」

 そう言って、レイは“泣いた”。

 “悲しい”“辛い”という“感情”で初めて泣いた。

 それもシンジがもたらせた初めてであった・・・・・・。


 そんなレイにヒカリは声をかけ難い。


 もっとも、レイの告白に対して自分を見失っている訳ではない。


 前々から言っているが、ヒカリはシンジとレイの関係を(かなり)誤解している。

 そのせいで声がかけ難いだけなのだ。


 『そうだったの・・・・・・綾波さんは孤児院かどこかからシンジ君のお父さんの“奴隷”される為に買われて
  きたのね・・・・・・。
  でも、碇君が綾波さんを“自分のもの”にして救い出した・・・・・・。
  自分は碇君の“所有物”なのに、アスカという別の女の子が来て、焦った綾波さんはその為に二人に合
  わせられないのね・・・・・・。
  ・・・・・・・・・でも、アスカは綾波さんの事をファーストって呼んでる・・・・・・アスカも碇君の“奴隷”なのか
  もしれない・・・・・・。
  ・・・・・・・・・そっか・・・・・・これは二人が被所有権を争う戦いでもあるのね・・・・・・・・・』



 ・・・・・・・・・部分的な意味合いでは間違ってはいないのであるが、内容的には大間違いであった。

 だがヒカリは、その大間違いのせいで冷静でいられたのであるから世の中は皮肉で満ちている。


 ヒカリはレイの心を救う為、意を決して前に進み出ると、



 ぺちん



 子供のほっぺたを叩くように、ヒカリはレイの顔を両手で挟み込んだ。


 ぽかんとするレイ。

 そんなレイの赤い瞳を、ヒカリの黒い瞳が真っ直ぐ射抜く。

 「綾波さん。あなた、碇君のことを信じてる?」

 「・・・・・・え?」

 「どうなの?」

 「信じているわ」

 端的に答える事が、彼への信頼の大きさを感じられる。

 「そっか・・・・・・・・・じゃあ、碇君はあなたを道具として使うような人間かしら?」

 「違うわ。碇君はあの“じいさん”とは違うの。碇君は本当に優しいもの・・・・・・」

 「そう・・・・・・・・・」


───本当に彼を信頼し切っているのね・・・・・・綾波さん・・・・・・・・・。


 「綾波さんがさっき言った『役に立てない』って言葉の通りだったら、その碇君の事を、人を道具として
  使うような人に見てる事になるわよ?」

 レイの眼が大きく見開かれる。

 「碇君が“ナニ”をあなたにしてくれているか知らないけど、碇君は綾波さんを道具としてなんか見てな
  いでしょ?
  碇君は綾波さんを女の子として見てくれてないって言うの?
  それともあなたは彼の事を、女の子を人間として扱わない人だって思っているの?」

 顔を挟まれたまま、首を強く横に振る。

 「ほら、綾波さんと碇君の気持ちが噛み合ってないじゃない」

 「・・・・・・え?」

 「碇君とアスカは綾波さんを仲間として行動してるわ。でも、あなたは道具みたいになろうとしてる・・・・・・。
  だったらリズムが合わないのも当たり前じゃないの」

 レイは黙ってヒカリの言葉を聞いている。

 「綾波さん、あなたは碇君やアスカの事、信頼してるんでしょ?」

 「誰よりも信じてるわ・・・・・・・・・」

 即答する。

 「そっか・・・」

 ニコっと笑って、ヒカリはレイの顔から手を離してすくっと立つ。

 「じゃ、後は碇君に任せるわ」

 ハッとしてレイが振り返ると、そこには微笑みかけてくれるシンジの姿があった。

 「ほ、洞木さん・・・・・・」

 照れくさがっているのか、シンジから眼をそらせてヒカリに眼を戻す。

 「ヒカリ」

 「え?」

 「“ヒカリ”よ。“レイ”。私の方がアスカより付き合い長いんだもん」

 そう言ってヒカリはレイに微笑みかけた。

 「ヒ、“ヒカリ”・・・・・・さん」

 「うん?」

 「ありがとう・・・・・・・・・・・・・・・」

 頬を染めてレイはヒカリに微笑んだ。

 その赤い瞳は、さっきまでの悲しみのものとは別なもので潤んでいる。

 「うん♪ じゃ、わたしは帰るから、がんばってね」

 手をひらひらとさせて、振り返らずに歩いてゆく。

 「ヒカリさん、ありがとう・・・・・・」

 その背にもう一度お礼の言葉を投げかけた。

 振り返りはしなかったが、その背中からヒカリが微笑んでいるような気がした。




                     *   *   *   *   *   *



 「ヒカリちゃん、ご苦労様♪」

 公園の入り口にエクセレンとアスカが立っていた。

 風に金髪をゆらせ、意味深ではあるけど優しそうな笑みを浮かべて。

 「アスカ、エクセレンさん・・・・・・聞いてたんですか?」

 ちょっと照れるヒカリ。生意気な意見を言ったような気がしたからだ。

 「ノンノン。そんなマナー違反はやってないわよ。シンちゃんとアスカのラブラブシーンだったら是が非
  でも聞かせてほしいと思うけどね〜〜♪」

 「な、なによ!!」

 真っ赤になって照れるアスカを二人は笑って謝る。

 無論、アスカも本気で怒っていない。

 「・・・・・・でも、碇君凄いわね・・・・・・あそこまで信頼されてるんだもん・・・・・・」

 
 公園の中、ブランコのそばでレイがシンジに頭を下げていた。

 ──流石はレイの御主人様なだけはあるわね・・・・・・──と、おもっきり勘違いのヒカリ。


 距離がある為シンジの表情は分からないが、恐らくは笑顔で慰めているであろう。

 その必死に謝るレイの姿に、以前の無機質な彼女は感じられない。


 「ま、ね・・・・・・・・・初めてアタシの奥まで入ってきた奴だもん・・・・・・」


 ・・・・・・・・・“心の”が抜けている。


 無論、“心に触れてきた”という意味合いであり、“大人の女性”であるエクセレンは理解している。

 ただ、妄想爆裂娘のヒカリは知る由もない。


───やっぱり・・・・・・アスカも碇君に全てを・・・・・・。


 大人の階段をほぼ登り切っている(と思っている)親友に、妙に(生)あたたかい眼差しを向けてしまう
ヒカリ。

 「さてと・・・・・・ヒカリちゃん、送ってくわ」

 「え、でも・・・・・・」

 「ジャージバカもカメラバカも帰ったわ。遅くなってきたからエクセレンに送ってもらいなさいよ」

 「え? うん」

 「そーそー。アスカちゃんは、これからシンちゃんと・・・・・・ぐふふふふふ」

 「下品な想像はするなっての!!」










 「アスカ達、大丈夫ですよね?」

 てくてくと歩く道すがら、なんとなく話しかけてしまうヒカリ。

 「ん? ああ、多分ね〜・・・シンちゃんいるし」

 「ですよね・・・・・・」

 あれだけ(都合により、一部規制よん♪)なんだもんね・・・・・・。

 「その為のユニゾン特訓だもん。だから三人で寝てるのよ?」


 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え?」


 『さ、3Pっスか???!!! ・・・・・・・・・って考えてみたら三日も来なかったんだから、その三日間の夜
  は・・・・・・・・・』



 ぎょくっ・・・・・・・・・・・・・・・・・・。



 ヒカリの喉が鳴った。



 「いやぁあああああああああああああああああああああ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっ!!!!

  大人よぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっ!!!!!!!

  ぬぁんて淫靡なのぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ(*T△T*)!!!!」



 やっぱりギュインギュインと身体をくねらせながら絶叫する委員長。

 その生体ダンシングフラワーを見、彼女の放つ超音波破砕砲から防御すべく耳を押さえたままエクセレン
は思った。

 『・・・・・・・・・この子・・・・・・・・・・・・・・・・・・面白い♪』

 新しい玩具を見つけたような眼で・・・・・・・・・。



                      *   *   *   *   *   *




 「ったくもぅ・・・・・・いきなり飛び出すんだからビックリしたじゃない」

 「・・・・・・ごめんなさい」

 「いいわよ。もう・・・・・・」

 アスカが自分を咎め、それを自然に受け入れているのは、司令のように大事なパーツが無くなるのを恐れ
ての叱咤ではないと理解したからだ。


 今までレイは、シンジ達と司令と線引きをしているつもりで、その実、同等に見ている部分があった。

 さっきヒカリに指摘されたように、シンジ達にとって便利で使い勝手の良い道具になろうとしていた部分
を持っていた。


 だが、今のレイにはそれが無い。


 考えてみれば、シンジはレイが居なくなっても心を壊しかねない。そんな人間相手なのに、レイを道具に
使う事は元より、道具になる事なんかできるはずも無いのだ。


 だから、レイはすっぱりと殻を取った。


 シンジもアスカもレイが何であるか知っている。

 知っていてなおも友達、仲間、そしてアスカはシンジを巡るライバルとして見てくれている。

 そんな二人のココロを危うく踏みにじるところであった。


───やっぱり、洞木・・・・・・ヒカリさんはスゴイ・・・・・・・・・。


 発端はヒカリのおもっっきりの勘違いなのであるが、レイにとってはココロの大恩人だ。

 夕暮れの空に浮かんで見えるヒカリの姿に、思わず拝んでしまうレイ。


 “HoHoHo!! Good Job!!”


 別人が入ったヒカリが歯を光らせて親指を立てていた。


 もちろん、アスカ達には見えていない。




 「アラ、こんなトコにいたの?」

 そんな三人に明るいおねぇさんの声がかけられる。

 「え? あ、ミサト」

 ミサトはなにやら紙袋を持って歩いてきた。

 「探したのよん? せっかく新装備&戦闘曲ができたのにいないんだもん」

 「え? 新装備ですか?」

 シンジの問い掛けに答えるように、ミサトは紙袋からヘッドセットに似たヘッドフォンを取り出した。

 耳にしっかりくっつくタイプで、他の音が聞こえないようになっている。

 後は長細いシールの様なプラグが六本。

 「先にこのプラグを両手首に貼り付けて・・・・・・そうそう、こっちのシートで固定してね。どう? 違和感
  ある?」

 手を握ったり開いたりしたり、腕を動かしてみたりするが、違和感はない。

 いつもサポーターとか着けていたので尚更だ。

 「じゃ、そのヘッドフォンつけてね。青いのがシンちゃん。赤いのがアスカ、白いのがレイね」

 三人とも装着してみる。

 途端、周りの音が遮断された。

 そんな三人に、ミサト身振りでスイッチを入れてみろと言っていた。

 だから従ってみる。



 たん、たん、たん、たたたん、たん、たん、たん、たたたん、たん、たん、たん、たたたん、



 ブルースにも似たややスローなテンポの曲が二曲和音で三人の耳に入ってきた。

 何の音かは理解できないが、曲というよりただ単にリズムである。

 それでもなんだか落ち着く奇妙なリズムであった。


 と、いきなりニンマリと笑みを浮かべたミサトが、レイの手を取ってシンジに抱きつかせる。


 「「わわっ!!」」

 アスカとシンジの驚きと共に、リズムのペースが急に上がった。

 「!! ち、ちょっとミサト!! これって・・・・・・」

 ヘッドフォンを外し、ミサトに眼を向けると、さも得意そうなミサトが言った。

 「コレが新装備、その名も“ハートフォン”!!
  プラグが感知した心臓の鼓動を他の二人にリズムとして伝えるってシロモノよん♪」

 シンジとレイもヘッドフォンを外し、感心したようにそれ見つめる。

 これなら更なるユニゾンもできるかもしれない。

 「それにね・・・・・・その伝わってくる音・・・・・・三人の心臓の音がベースなの」

 「「「え?!」」」

 同時に驚いてミサトを見る。

 ユンゾンはできかかっていた。

 「アスカのはシンちゃんとレイ。レイのはシンちゃんとアスカの。当然、シンちゃんのには二人の心音が
  入ってるの」

 『『シンジ(碇君)の・・・・・・・・・』』

 顔が赤くなる少女二人。

 「いつだって子猫ちゃんを安心させるのは愛しい対象の心音だもんね〜〜」

 ミサトがニシシ・・・と悪戯な笑みを浮かべる。

 「心臓のペースは大体同じものだけど、鼓動数は若干の違いがあるから調整に苦労したわよ〜〜」

 とは言うものの、製作も調整もリツコのやった事だったりするのは公然のヒミツである。

 「じゃ、あたしは先に戻ってTDRにデータをインストしておくわ。んじゃっ!!」

 なんだか妙にテンション高くミサトは戻っていった。






 「綾波・・・・・・」

 「・・・・・・え?」

 ミサトが見えなくなってからシンジが口を開いた。

 「前に言ってたよね・・・・・・『私達の炎で使徒を倒してゆく』って・・・・・・」

 「・・・・・・うん」

 「だから、先走らないで。僕達の誰が欠けても何にもならないんだから・・・・・・」

 「・・・・・・うん」

 「・・・・・・一緒に、行こうね・・・・・・」

 「・・・・・・・・・うん」

 「ナニよ!! 何の話??!!」

 良い雰囲気であった為、やはり噛み付くアスカ。

 ライバルの照れた赤い顔に、こっちも嫉妬で赤い顔。

 「え? あ、ああ、第伍使徒戦の時にね・・・・・・綾波に言われたんだ・・・・・・僕らの火はそれぞれが小さいけ
  ど、二つ合わせたら“炎”になる・・・・・だから力を合わせようって・・・・・・」

 漢字が苦手なアスカの為、地面に字を書きながら説明するシンジ。

 「へぇ〜〜〜・・・・・・・・・言うじゃん」

 「・・・・・・何を言うのよ」

 赤くなって照れるレイ。

 「でもさ、今はアタシもいるんだけど、どうなるの?」

 「・・・・・・決まってるわ」

 レイは小石を拾って字を書き足した。

 「・・・・・・・・・“火炎”よ」






 子供達の炎、燃え盛る“火炎”。


 その生命と魂の生み出す奔流が、世界に漂い始めている“運命”と袂を分けてゆく・・・・・・。


 その流れ行く先は・・・・・・・・・・・・・。


 未だ定まっていない。








                    *   *   *   *   *   *




 決戦前夜。



 リビングは子供達が雑魚寝をしているので家主のミサトはキッチンに避難して電話していた。


 「あ? リツコ? そ、あたし〜〜〜。

  ナニよ。その反応は〜〜。

  ま、いいけどね。

  ん? ああ、そうなのよ。カンパしてほしいの。

  え? 理由? 決まってんじゃないの。“戦勝”祝賀パーティーの料理のカンパよ。

  わかってるわよ・・・・・・でも、きっと勝つわ。

  うん・・・うん・・・・・・そうなの。

  もち、シェフはシンちゃんよん♪

  だからさ・・・・・・へ? そ、そんなにいらないわよ!! え〜〜? だってさぁ・・・・・・・・・」



 リビングで満足そうな顔で熟睡する子供達の枕元、ズボラなミサトがスイッチを切り忘れたTDRがあった。



 その画面で並ぶハイスコア。



 1thから10thまで、100点が並んでいた・・・・・・・・・。






                                                                                                      TURN IN THE NEXT...


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