「んっ・・・。うんっ・・・・・・。」
夜と朝の狭間の時間、瞼を閉じていても通して入ってくるわずかで断続的な光に意識を覚醒させ、シンジが寝ぼけ眼でベットから上半身を起こす。
「あっ!?ごめん・・・。起こしちゃった?」
すると女の子座りをしてTVゲームをしていたマナが、機敏に反応して申し訳なさそうな顔をシンジへ振り向かせた。
ちなみに、マナは白無地のTシャツにショーツと言う大胆な姿であり、シンジに至っては何故か全裸。
もっとも、ここはジオフロント内宿舎にある1LDKの霧島邸の為、2人が気にしなければ如何なる恰好でもオールOKで全く問題なし。
「いや、そんな事ないよ・・・。それより、何時から?」
「うん・・・。シンジが寝てから」
シンジがマナの問いに優しい笑顔で首を左右に振って尋ね返すと、マナは苦笑して応えながら顔を隠す様にTVへ振り向き戻って俯いた。
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
それっきり、シンジとマナは口を噤み、無音状態でプレイしているTVゲームの瞬きだけが2人を照らして沈黙が広がってゆく。
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
シンジは目を細めて辛そうにするマナの背中を見つめていたが、不意に立ち上がって全裸のままキッチンへ向かった。
ガチャ・・・。
「マナも飲む?」
「ううん・・・。要らない」
冷蔵庫を開け、シンジは牛乳パックをマナへ見せてみるが、マナは視線すらシンジへ向けず首を左右に振る。
ガチャ・・・。
「・・・ねえ、マナ」
シンジはコップには注がず牛乳パックを持ったまま冷蔵庫を閉め、マナの隣に座って呼びかけてみるも、俯いたマナから返事はない。
「大丈夫だよ。これから少しづつ慣れてゆけば良い・・・。もうマナは自由なんだ。何時か夜が安心して眠れる日がきっと来るよ」
「・・・・・・うん」
「だから、元気を出して?僕もこうして一緒に居てあげるから・・・。ねっ!?」
ならばとマナの肩を抱いて強引に振り向かせ、マナを元気づける様に肩を抱く力を込め、シンジはマナの瞳を真剣な眼差しで問いかけ覗き込んだ。
ほぼ徹夜とも言える夜更かしをしてまで、マナがTVゲームをする趣味を持った理由は以下の通り。
長きに渡る潜伏生活、それは心の底から果てなく湧き出てくる恐怖心との戦いであり、常に緊張感を張りつめ強いられた苦しい日々であった。
特に夜などは酷く、マナは部屋の片隅の暗闇に怯えて眠れず、自分以外の誰かがいて騒がしい学校でしか安心して眠れなくなってしまったくらい。
当然、そんな状態が続いたマナは軽いノイローゼ状態に陥り、見かねたマナの養夫婦が何か気の紛れる物をとTVゲームをマナへ与えた。
その結果、マナはTVゲームへ集中する事によって恐怖心を忘れ、同時に知らず知らずの内にゲームマニアとなってしまったのである。
しかし、心に染みついた恐怖感が容易に治るはずもなく、シンジの側と言う安住の地を手に入れた今でもマナは眠れない日々を過ごしていた。
「ありがとう・・・。でも、良いの?」
「んっ!?良いのって何が?」
その甲斐あってか、マナは少しだけ元気を取り戻すが、反対に問われたマナの言葉が解らず、シンジが尋ね返して牛乳を口へ含んだその時。
「だから、その・・・。毎晩、私の所へ来てくれるのは嬉しいけど・・・・・・。綾波さんやアスカさん、マユミの所へは行かなくて良いの?」
ブゥゥゥゥゥゥゥゥゥーーーーーーーーーーッ!!
上目使いをするマナの口から衝撃的な言葉が飛び出し、シンジは驚愕して思わず口に含んでいた牛乳をマナの顔へ思いっ切り吹き付けた。
「キャっ!?ひ、酷いよっ!!!シ、シンジっ!!!?な、何するのっ!!!!?」
「けっほっ!!かっほっ!!!・・・な、何を言ってるのっ!!!?マ、マナっ!!!!?」
マナは驚きながらもTシャツを捲って顔を拭き、シンジは咳き込みつつ口元を腕で拭い、焦った口調で今さっきの言葉の意味をマナへ尋ねる。
余談だが、ノーブラのマナはTシャツを捲っている為、平均より少し発育の良い胸をシンジへご披露しているのだが、照れている様子は全くない。
「だって、シンジ・・・。私だけじゃないよね?マユミ達ともなんでしょ?つき合っていると言うか、こういう事してるのって・・・。
 アスカさんなんて公言してるよ?昨日だって着替えている時、このキスマークはシンジに付けられたんだとか自慢してたし・・・・・・。」
応えてマナはTシャツを捲ったまま拭う手を止めて目元まで顔を隠し、白い目をシンジへ向けながら隠れている口の部分のTシャツを尖らす。
「あはははははっ!!ア、アスカにも困ったなぁ~~っ!!!へ、変な冗談ばっかり言っちゃってっ!!!!」
「それに・・・。初めての時、シンジったら凄ぉ~~く手慣れた感じがしたし・・・・・・。まあ、おかげで痛くなかったから良かったけど」
「あはははははっ!!そ、それはマナの為に勉強したんだよっ!!!そ、そう、勉強したんだっ!!!!は、HowTo本でねっ!!!!!」
シンジは頭を掻きつつ乾いた笑い声をあげて必死に誤魔化そうとするが、マナの執拗な責めは止まず、背中に冷や汗をダラダラと流し始める。
「・・・ふぅぅ~~~ん」
「あはははは・・・ははは・・・はは・・・は・・・・・・。」
揚げ句の果て、マナの白い視線が鋭い睨みへと変わり、シンジは蛇に睨まれた蛙の様に乾いた笑い声も出せなくなった。
「でも、良いんだ。それでも、私は・・・。」
「・・・えっ!?」
嫌すぎる沈黙がしばらく続いていたが、不意にマナが顔を背けてTVへ向き直り、シンジはマナの浮気を容認する言葉に驚いて目を見開く。
「もう2度とシンジには逢えないと思っていたし・・・。ムサシとケイタの事を考えたら・・・。今以上の幸せを望んだらバチが当たるもんね」
「・・・・・・・・・マナ」
一拍の間の後、マナは先ほど手放したTVゲームのコントローラを拾い、やや俯き加減で辛そうに言葉を絞り出し始めた。
「だから、良いの。シンジの側に居られるだけで・・・。
 そう、側に居られるだけで良いの。例え、シンジと結婚が出来なくても、シンジの側にずっと居られるなら・・・。私は愛人で良いの・・・。」
「・・・・・・マナ」
「それなら、良いよね?シンジには絶対に迷惑をかけないから・・・。」
「・・・マナ」
その寂しそうな背中を見つめ、シンジはどう声をかけたら良いのかが解らず、ただただマナの名前だけを呼ぶ。
「お願い・・・。もう私にはシンジしか居ないの・・・・・・。」
「マナっ!!」
だが、マナが瞳に涙を溜めながら、ぎこちない笑顔を振り向かせた途端、シンジは言葉よりも行動を選び、マナを強くきつく抱きしめた。
「愛人だなんて・・・。愛人で良いだなんて、そんな事を言わないでよ。せっかく逢えたのに、そんな悲しい事を言わないでよ・・・・・・。」
「・・・・・・シンジ」
そして、シンジはマナの心を落ち着かせる様に背中をポンポンと優しく叩き、マナが使うシャンプーの匂いを鼻腔に感じつつマナの耳元で囁く
「マナはマナだよ・・・。例え、マナにどんな事情があろうとも、僕の中のマナは変わらない。だから、そんな悲しい事を2度と言ってはダメだ」
「・・・・・・うん」
その心に滲み入るシンジの真摯な言葉にシンジの心に楔を打てた事を確信して、マナが涙声を出しながら器用にニヤリとほくそ笑んだ次の瞬間。
実を言うと、マナが今先ほど言った独白は確かに最初こそは本音ではあるが、それ以降はシンジの心を自分から掴み離さない為の芝居であった。
無論、シンジが裏切って己の居ぬ間に他の娘へ手を出していたのを知った時はショックだったが、かつては鋼鉄のガールフレンドと称されたマナ。
例え、シンジに他の女の子が存在していようとも、シンジを他の女の子から奪い取るくらいのガッツとタフさとしたたかさは兼ね備えていた。
「良いね?・・・約束だよ」
「んくっ!?」
コトッ・・・。
シンジの囁き声がよりマナの耳元へ近づき、マナは何故か体をビクッと弓なりに反らし、その拍子に持っていたコントローラを床へ落とす。
「ダ、ダメ・・・。ま、まだセーブしていないんだから・・・・・・。」
「セーブなら終わったよ。マナのさっきの言葉は2人だけの心に秘めておこう。なら、次は2人のこれからをロードしなくちゃ・・・・・・。」
たまらずマナは身をよじってシンジから逃れようとするが、シンジの抱擁は解けず、それどころかシンジに床へ押し倒されてゆく。
「も、もうっ・・・。く、口ばっかり、上手くなちゃって・・・。きゃうっ!?」
「・・・牛乳の味がするね、マナ・・・・・・。」
「そ、それはシンジのせいじゃない・・・。あきゅっ!?」
その後、何をロードしたのかは全くの謎だが、シンジとマナはTVのチカチカと瞬く照明を浴びながら仲良く揃って朝日が昇るまで起きていた。


(やれやれ、シンジ君も人使いが荒いよな・・・。)
ジオフロントに朝靄が立ちこめる早朝、つい先ほど1泊3日のハードスケジュールな海外出張から戻った加持。
(葛城・・・。お前が羨ましいよ・・・・・・。
 所詮、俺は生きる屍・・・。こんな事になるなら、あの時に名誉より死を選ぶべきだったかも知れないな。どう考えても・・・・・・。)
その表情は精彩に欠き、頬は痩け、目元にはクマができ、背をやや丸めてふらつく足取りは疲労困憊といった感じで今にも倒れそうな様子。
(ここ1週間でちゃんと寝たのは6時間・・・。俺はナポレオンじゃないぞ・・・・・・。
 しかも、今日はこの後に笛井との連絡もあるし・・・。俺、ひょっとしたら死ぬんじゃないのか?いや、確実に死ぬな・・・・・・。)
それでも、加持は午後からの予定を考えて死体に鞭を打ち、1分1秒でも多く睡眠を取るべく恋しい己の部屋のベットを必死に目指す。
(しかし、不思議だよな。こんな状態なのに・・・。どうして、ここだけはこんなに元気があるんだ?
 ・・・と言うか、疲れれば疲れるほど、ここだけは元気になってゆくよな・・・って、んっ!?あれは・・・・・・。)
だが、ふと加持は疲れで霞む視界の先に見知った人物を見つけ、こんな朝早くから何故と怪訝に重いながら貴重な時間を削って立ち止まった。


「それじゃあ、おやすみ。テストへ遅れない様にちゃんと起きてくるんだよ」
ガチャ・・・。
優しい一声と笑顔を残して霧島邸から出てくるシンジを切なそうに見つめる眼差し。
(マナ・・・。やっぱり、気にしていたんだ。・・・・・・仕方ないか。ずっと一緒だったんだもんね。
 なら、こうなったら・・・。マナの為にもあの2人の身柄を戦自から買わないといけないな。
 やれやれ、出費がかさむなぁ~~・・・。エヴァの増強で予算が足りないくらいなのに・・・・・・。
 まっ・・・。その分、トウジみたいに体で稼いで貰えば良っか・・・。えっと、名前は・・・。マナ、何て言ってたっけ?)
そして、サングラスをかけて何やらニヤリと笑いながら近づいてくるシンジに、その者は緊張に胸をドキドキと高鳴らす。
(確か・・・。ムサシと・・・・・・。そう、コジロウっ!!ムサシとコジロウっ!!!
 ・・・って、あれ?そんな名前だったっけ?何か、少し違うような気が・・・・・・。
 あっ!?それ以前に片方はまだ生きているのかな?・・・あの時、N2爆雷の直撃を受けた様な、受けなかった様な?
 ん~~~・・・。こうなったら、そっくりさんを用意して洗脳でもするか?まだ、綾波が使っていた記憶転写装置は残っていたよな・・・。)
マナの為なら悪魔の計画をやってのけるシンジが、ますます邪悪そうに口の端を歪め、その者が隠れ待つT字路へ差し掛かった次の瞬間。
「お、おはようございますっ!!シ、シンジ君っ!!!」
その者が決意に拳をギュッと握り締め、シンジへ向かって普段からは考えられない様な大声で挨拶した。
「ああ、おはよう・・・。(さすがに写真くらいのデーターは残っているだろうし・・・。うん、そうだ。それが良い)」
だが、シンジは悪魔の計画立案に夢中でおざなりに応え、視線もくれずその者の目の前を通り過ぎようとするも束の間。
「・・・って、や、山岸さんっ!?ど、どうして、ここにいるのっ!!?」
聞き覚えのある声に驚き、シンジは立ち止まって驚愕に見開いた目をマユミへ向けた。
何故ならば、今は早朝も早朝の午前5時前、通路に人っ子1人居ない起きるには早すぎる時間帯だからである。
しかも、マユミが父親と住む山岸邸は現在地と正反対の区画にあり、マユミがここを訪れる理由が全くないのだから驚くなと言うのが無理な話。
「えっ!?あっ!!?は、はい・・・。な、なかなか眠れなかったので、気晴らしにジュースを買いに出たらシンジ君の姿が見えたんで・・・。」
「・・・そ、それでここにずっと居たの?」
「は、はい・・・。」
(ぼ、僕がジュースを買いに出たのって・・・。い、1時頃じゃないか・・・・・・。)
するとマユミは悲しそうに俯いて怖ず怖ずと言葉を重ね、シンジはマユミがここに居る理由を知って驚愕に言葉を失う。
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
嫌すぎる沈黙が2人の間に流れ、シンジはマナとの関係がマユミにバレたと半ば確信して冷や汗をダラダラと流す。
もっとも、マユミはマナ同様にレイとアスカの会話から、シンジが複数の女の子へ手を出している事をとっくに知っていた。
それでも、惚れた弱みなのか、マユミはシンジに不実さを感じながらも、日々シンジへの想いが増していくばかり。
また、本音を言えば、シンジを独占したいと思いつつ、レイ達と分け隔てなく想いを寄せてくれるシンジとの関係をそれで良いとも思っていた。
しかし、マナが第三新東京市、正確にはネルフへ来た瞬間からシンジの想いの比率は変わってしまう。
それまでは3日毎にシンジは夜になるとマユミの元へ訪れ、夜のジオフロントの散歩などをして、2人はお互いの想いを再確認し合っていた。
マユミはその日を毎日指折り数えて楽しみにしていたのだが、ここ3日間シンジはマユミの元へ訪れる事はなかったのである。
最初の日は首を傾げ、次の日はレイの不機嫌さを疑問に思い、その翌日は激しく口論するレイとアスカの様子に、マユミは1つの結論を導き出す。
それは1人ご機嫌なマナの元へシンジが毎晩訪れ続けていると言うもの。
そこでマユミは一計を企て、己の推察を確かめるべく仕事終わりのシンジの後を付け、昨夜10時過ぎからずっとここで待機していたのである。
一方、シンジはレイとアスカが言い争っているのは知っていたが、まさか自分との関係を赤裸々に言い合っているとは考えてもいなかった。
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
しきりにサングラスを押し上げるシンジ、顔を俯かせて肩を震わせるマユミ、そんな2人を1ブロック先のT字路から面白そうに見つめる眼差し。
(これは使えるぞっ!!・・・恨むなら、自分の所業を恨むんだなっ!!!シンジ君っ!!!!)
加持は焦りまくるシンジの様子にニヤリとほくそ笑み、目をキラリーンと輝かせ、眠い頭をフル活動させながら悪巧みを企んでいた。




New NERV Commander

ゲドウ2世

第3話 せめて、基本的人権を





「シンクロ率、43.7%・・・。初めてで、この数値だなんて凄いですね」
算出されたマナの初号機とのシンクロ値を見るなり、マヤは驚きを通り越して感嘆の溜息をついた。
「ええ、そうね・・・。(それにこの娘だけじゃないわ・・・。マユミのシンクロ率も38.6%。
 シンジ君には及ばないけど・・・。マナも、マユミも常識から考えれば破格の数値。
 それだけじゃないわ・・・。相次ぐチルドレンの増加、エバァンゲリオン、ヴァーチャルシステム・・・・・・。
 シンジ君、ユイさん、あなた達は何を考えているの?私は本当にこれで良かったの?・・・・・・ゲンドウさんを欺いてまでして)」
リツコはマヤに相づちを打ちつつ、碇親子のシナリオが読めず、自宅でだらけた自堕落な毎日を過ごしているゲンドウを心配して眉間に皺を刻む。
「それに比べて、どうしたんでしょう。アスカちゃん・・・。」
喜ぶべき事なのに難しい表情を浮かべるリツコを怪訝に思いながら、マヤはマナのデーターの隣に列ぶアスカのデーターを指さして首を傾げた。
「確かにそうね・・・。らしくないわ。
 最近、またシンクロ率が伸びてきたと思ったら、こんなにハーモニクスを不安定にさせるなんて・・・。アスカ、もっと意識を集中させなさい」
マヤの指摘に思考の渦から戻り、リツコはそのデーターに眉を顰めてアスカへ注意を飛ばすが、弐号機モニターに映るアスカからの反応はない。
「・・・・・・アスカ。・・・アスカ。アスカ。アスカっ!!アスカっ!!!アスカッ!!!!」
リツコは怪訝に思って再び呼びかけるも反応はなく、何度も呼び続けている内に段々と声が荒くなってゆき、終いには怒鳴り声へと変わった。
『んっ!?あっ!!?・・・な、何っ!!!?あ、あたしの事を誰か呼んだっ!!!!?』
そこでようやくアスカのぼんやりとしていた目の焦点が合い、アスカが目をハッと見開かせながら慌てて返事を返す。
「何度も呼んだわよ・・・。テスト中なんだから、しっかりと意識を集中させなさい」
『えっ!?』
その上、リツコが溜息混じりに注意を与えると、アスカは実験中だった事を忘れていたのか、エントリープラグ内をキョロキョロと見渡し始めた。
「・・・アスカ?」
『え、ええ、解ってるわっ!!しゅ、集中すれば良いんでしょっ!!!しゅ、集中、集中っ!!!!』
その戸惑いを機敏に感じ取り、リツコが低い声でアスカへ呼びかけた途端、アスカはこの場が何処かを理解して己のミスの誤魔化しを慌てて計る。
「でも、あれですよね。最近のアスカちゃんって、前に比べると少し棘が取れたと言うか・・・。丸くなりましたよね」
「ええ、そうね・・・。(これも明らかにシンジ君の影響に違いないわ・・・。
 聞けば、レイにも手を出しているみたいだし・・・。全く、親子揃って何を考えているんだが・・・・・・。女好きなのは遺伝なのかしら?)」
マヤはそんなアスカにクスクスと笑うが、リツコは不機嫌さを隠さず溜息をつき、今度は父方の碇親子の共通点を見出して眉間に皺を刻んだ。


「ねえ、聞きたかったんだけどさ。ヒカリ、そのプラグスーツの色って恥ずかしくない?」
「うん・・・。ちょっとだけね」
実験後のチルドレン女子更衣室、アスカ達は4時間目から学校へ登校する為にプラグスーツから制服へと着替えていた。
ちなみに、新たに追加されたチルドレンのプラグスーツの色は、ヒカリがピンク、マナがオレンジ、マユミがグリーン。
ついでに隣のチルドレン男子更衣室でトウジと一緒に着替えているケンスケは、ケンスケの要望があって意味もなく森林迷彩色。
また、搭乗する機体のないトウジとヒカリは、暫定的にトウジが零号機、ヒカリが弐号機の予備パイロットとなっている。
プシューー・・・。
「はぁ~~あ・・・。なんか、疲れちゃったよ」
圧縮空気を抜いてプラグスーツを上半身まで脱ぎ、マナが開放感に両手を挙げて思いっ切り伸びをした途端。
「これから学校へ行くなんて面倒だよねぇ~~・・・って、なに?マユミ」
突如、両脇より伸びてきた手がマナの両胸を掴み、マナが不思議そうに後ろを振り返ると、マユミが眼鏡をキラリーンと輝かせて立っていた。
「・・・気にしないで下さい」
「ちょっとっ!?何すんのっ!!?マ、マユミっ!!!?」
(むむっ!?この胸でシンジ君を・・・。許せませぇぇ~~~んっ!!!)
すると何を思ったのか、いきなりマユミはマナの胸を揉み始め、たまらずマナが抗議するが、マユミの揉み具合は更にエスカレートしてゆく。
「・・・あ、あんた達、そういう関係だったの?」
「ち、違うよっ!!マユミ、いい加減にしな・・・。あんっ!!?」
アスカはその光景に大粒の汗をタラ~リと流し、マナはアスカの誤解を解こうとするも、マユミに両乳首を摘まれて何やらたまらず悲鳴をあげた。
「べ、別にそう言うアレな趣味は否定しないけど・・・。ひ、人の居ない所でやった方が良いわよ?」
「ち、違うんだってばっ!!マ、マユミ、いい加減にしてよねっ!!!」
その結果、アスカは更に誤解を深めて一歩後退してしまい、マナは本気で怒って再びマユミを抗議しようと後ろを振り返り睨む。
「マナさん、正直に応えて下さい・・・。この胸でシンジ君を誘惑しましたね?」
「・・・へっ!?」
しかし、マユミは堪えた様子もなくマナを睨み返して問い、マナは脈絡のないマユミの意味不明な問いに怒りを忘れて思わず茫然と目が点。
余談だが、マユミの胸の成長具合は、マナと比べるまでもなく同年代よりやや小ぶり。
「な、何ですってぇぇぇぇぇ~~~~~~っ!?」
「っ!?」
その代わり、アスカがマユミの問いに反応して怒鳴り声をあげ、レイも反応して怒りに殺気を放って目を大きく見開いた。
「シンジの様子がおかしい、おかしいと思ったらっ!!あんたがシンジを連れ込んでいたのねっ!!!」
「ん~~~・・・。それはちょっと違うよ。だって、シンジの方が私の部屋へ来たんだもん」
「はんっ!!そんなのあるはずないわっ!!!シンジが好きなのはこのあたしなのっ!!!!あ・た・しっ!!!!!解ったっ!!!!!!」
「違うわ・・・。碇君が好きなのは私。私は碇君の奥さん・・・。所詮、あなた達は愛人止まり」
「私もそれで良いって言ったんだけどね。シンジが違うって言ってくれたよ・・・。なら、私が奥さんじゃない?」
「嘘ですっ!!嘘っ!!!シンジ君がそんな事を言うはずがありませんっ!!!!マナさん、あなたは嘘を付いていますっ!!!!!」
「でも、シンジの口からちゃんと聞いたよ?・・・今朝の3時半くらいだったかな?」
「そんなのは夢ですっ!!幻ですっ!!!却下ですっ!!!!大却下ですっ!!!!!」
たちまちシンジの寵愛を巡る女の戦いへと発展してゆき、更衣室に怒号と殺意と火花散る視線が飛び交う。
(不潔っ!!不潔っ!!!不潔よっ!!!!
 アスカ達の事は何となく知っていたけど・・・。この3日間、呼び出しがかからないから変だと思っていたら、霧島さんだけとだなんてっ!!)
そんな中、ヒカリだけは争いに参加せず、プラグスーツを脱ぎながらシンジの不実さを心の中で罵りまくる。
(・・・って、はっ!?や、やだっ!!!こ、これじゃあ、私が碇君に呼ばれるのを待っているみたいじゃないっ!!!!
 そ、そんなはずないわっ!!そ、そうよっ!!!ち、違うに決まっているじゃないっ!!!!わ、私は鈴原の為に仕方なくよっ!!!!!)
だが、ヒカリはふと心に渦巻く感情が嫉妬と気付き、顔を左右にブルブルと振って嫉妬と思しき感情を振り払う。
(だ、第一、碇君も言ってたじゃない。あ、あれは実験の為に必要な事だって・・・。
 だ、だから、やましい事なんてないのよ・・・。へ、変な目で見るからいけないのよ・・・。そ、そう、あれは実験、実験なのよ・・・。)
その甲斐あって嫉妬心は消えたが、ヒカリはトウジへ何やら懺悔する内に何故か耳まで真っ赤に染め、今度は顔を上下にウンウンと振りまくり。
「あうっ・・・。」
そうこうしている内にプラグスーツを脱ぎ終わり、ヒカリはショーツを履くや否や、妙な違和感を感じて動きと思考をピタリと止める。
「ヒカリ、どうしたの?」
「ち、違うっ!!ち、違うのよっ!!!ち、違うんだからっ!!!!あ、あれは実験なんだからっ!!!!!」
更衣室に響いた変な声に女の戦いが止み、アスカが不思議そうに尋ねると、ヒカリは何故か焦った様子で必死に弁解し始めた。
「「「「・・・・・・?」」」」
「そ、そうなのよっ!!だ、だから、勘違いしないでねっ!!!な、何でもないんだからっ!!!!」
その意味不明な弁解にレイ達が更に怪訝そうな表情を浮かべ、ヒカリは更に焦った様子で両手を突き出して左右に振りながら後退した次の瞬間。
「・・・って、キャっ!?」
ドッシィィーーーンッ!!
「あ痛たたたた・・・。」
「「「だ、大丈夫(ですか)っ!?」」」
ヒカリは皆が床を濡らしたLCLに足を滑らせて豪快に尻餅をつき、アスカとマナとマユミが慌ててヒカリの元へ駈け寄る。
(彼女・・・。要注意ね)
唯一人全く動こうとしなかったレイは、挙動不審なヒカリに漠然と警戒心を強め、リツコのアドバイスで買った黒の下着へ黙々と着替え始めた。


「ふぅぅ~~~・・・。」
ネルフのとある喫煙所自動販売機コーナーのベンチに座って俯き、何度も溜息ばかりを重ねて物思いに耽るマユミ。
ガチャンッ!!ガコッ!!!
「っ!?」
よほど思考に集中していたのか、マユミは接近者に全く気付かず、不意に近くで鳴った自動販売機の購入音に驚いて体をビクッと震わす。
(や、やだっ・・・。き、聞かれたかしら・・・・・・。)
ガチャンッ!!ガコッ!!!
慌ててマユミは辺りをキョロキョロと見渡し、2本目のジュースを購入中の男性の姿を見つけ、溜息を聞かれたのではと恥ずかしそうに俯いた。
「・・・ほら」
「えっ!?」
一拍の間の後、下がったマユミの視線の先に缶ジュースを差し出す男性の手が現れ、マユミが目を見開いた驚き顔を反射的に勢い良く上げる。
「溜息なんかついて、どうしたんだ?マユミちゃん」
「あ、あの・・・。ど、どうして、私の名前を?」
缶ジュースを受け取ろうとしないマユミへ無理矢理に握らせて、男性はマユミの隣へ座り、マユミは見知らぬ男性に話しかけられて茫然と戸惑う。
「そりゃ知っているさ。ここじゃ、君は有名だからね。・・・司令代理の1番のお気に入り。シクスチルドレン・山岸マユミ」
「名前は当たってますけど・・・。私はシンジ君のお気に入りなんかじゃありませんよ」
男性は男臭い笑みを浮かべてマユミのデーターを列べるが、マユミは首を左右に振って悲しそうに俯いた。
「おいおい、本当にどうしたんだ?まっ・・・。取りあえず、それでも飲んで気を落ち着かせると良い」
「あっ!?は、はい・・・。あ、ありがとうございます」
すると男性は大げさな口調で戯けて見せ、缶ジュースを勧められたマユミは、慌てて顔を上げてお礼を述べながら缶ジュースのプルタブを開ける。
プシュ!!
ゴクッ・・・。
そして、マユミは1口だけ口に含むと、缶ジュースを膝の上へ置いて両手で包み握り、再び俯いてドンヨリと暗い悲壮感を周囲に漂わし始めた。
「なんだ・・・。シンジ君と何かあったのか?俺で良かったら相談に乗るぞ?」
「っ!?」
しかし、男性が一呼吸を置き、今朝から抱えているマユミの悩みをズバリと言い当てた途端、マユミは驚きに目を見開いて勢い良く顔を上げる。
「おっと・・・。そう言えば、自己紹介がまだだったな。俺は加持リョウジ。まあ、噂に聞いた事くらいはあるだろ?」
「ええっ!?あ、あなたが・・・。そ、その・・・・・・。」
ふと男性はここでようやく初対面だと気付いて名乗り、マユミは男性の名前を聞くや否や、腰を引いてベンチ端まで男性との距離を素早く取った。
何故ならば、加持リョウジと言えばネルフ職員の誰もが知っている特別監査部部長であり、加持は今ネルフ内で最も悪名高い人物だからである。
また、特別監査部のやり口から加持に付いた二つ名が『あら探しの加持』、または『覗き見の加持』と大変有り難くない物。
「こりゃまた嫌われたもんだな・・・。」
「・・・ご、ごめんなさい」
加持が予想通り過ぎるマユミの反応に苦笑を浮かべると、マユミは失礼な自分の態度を素直に詫び、慌てて元の座り位置へ戻る。
それでも、先ほどに比べてマユミの座り位置がお尻半分だけ加持から離れている事に、加持は密かに気付いていた。
ゴクッ・・・。
「まあ、良いさ・・・。で、シンジ君とは何があったんだ?」
加持は缶コーヒーを一口飲んで言葉を溜め、場の空気を戻して自己紹介で途切れたマユミの悩みを改めて問う。
「大丈夫。こう見えても口は堅いから安心してくれ。1人で悩んでいるよりも、誰かに相談した方が楽だろ?
 それにこれは秘密なんだが・・・。実を言うと、シンジ君に頼まれたんだよ。君が悩んでいる様だから、相談に乗ってあげてくれないかってな」
だが、マユミからは返事すら返って来ず、加持は内心でやれやれと溜息をつきながら問い方を別角度へ変える。
「シ、シンジ君がっ!?ほ、本当ですかっ!!?」
「本当さ。だから・・・っと、そうだな。ここじゃあ、何かと話し難いだろ。俺の部屋へ行こうか?」
案の定、マユミはすぐさま喜び顔を加持へ振り向かせ、加持はその効果覿面ぶりに苦笑を浮かべて立ち上がり、マユミを自分の執務室へ誘った。


「はぁ・・・。はぁ・・・。はぁ・・・。はぁ・・・。はぁ・・・。」
ジオフロント内にある森の中、ミサトは大地に腰を下ろして背を木に持たれ、首を反らして必死に酸素を肺へ取り入れようと荒い息をついていた。
その姿はいつもの赤いジャケットのネルフ制服ではなく、何故か土や泥で薄汚れた灰色のつなぎ作業。
「っ!?」
しかし、研ぎ澄まされた感覚内に何者かの気配を感じるや否や、ミサトは俊敏な動きで立ち上がり、すぐさま木の影に隠れて戦闘態勢を構えた。
「・・・ぼ、僕ですよ。か、葛城さん・・・・・・。」
「なんだ。日向君か・・・。脅かさないでよ」
「・・・お、驚いたのはこっちの方ですよ」
そして、気配が間合いに入った瞬間、ミサトは木の影から疾風の如く躍り出るも、接近者が日向だと知り、放とうとしていた右拳を止める。
「ごめん、ごめん♪・・・で、持ってきてくれたんでしょ♪♪」
「はい、頼まれたエビチュとおにぎりです。こんな物で本当に良かったんですか?」
ミサトは悪びれた様子なく再び腰を下ろして笑顔で両手を日向へ差し出し、日向は人騒がせなミサトに苦笑してコンビニ袋を手渡す。
「OK、OK♪上出来、上出来♪♪」
「・・・そんなに酷いんですか?あそこ・・・・・・。」
するとミサトはたちまち上機嫌に喜びまくり、日向はそんなミサトを不憫に思い、ミサトの現在の境遇について聞かずにはおれず尋ねた。
ちなみに、ミサトの現在の境遇は後に説明されるのでここでは説明を省く。
「酷いなんて物じゃないわよっ!!今朝の食事なんて何だと思うっ!!!麦飯にみそ汁よっ!!!!麦飯にみそ汁っ!!!!!
 昨晩はパンに塩のスープっ!!その前はスルメだけっ!!!・・・ったく、あそこだけセカンドインパクト時代に逆戻りよっ!!!!」
応えてミサトは現在の境遇を毒づき吐き捨て、猛烈な勢いでおにぎりをガブり付き始めた。
「はぁ・・・。それは確かに酷いですね・・・・・・。」
多いかなと思いながら用意した10個のおにぎりが、見る見る内にミサトの胃袋へと消えて行き、日向はその食いっぷりに思わず茫然と目が点。
プシュッ!!ゴクゴクゴクゴクゴクッ・・・。
「ぷっはぁぁ~~~っ!!効っくぅぅぅ~~~~っ!!!久々のこの味、たまんないわぁぁぁぁ~~~~~っ!!!!」
5個目のおにぎりを食べたところで一息を付いたのか、ミサトはエビチュを一気飲みして酒臭い息をまき散らしつつおでこを手でペシペシと叩く。
「それで組合結成の進み具合についてですが・・・。」
日向は親父臭さ全開なミサトに顔を引きつらせるが、ここからが本題だと表情と気を引き締め、ミサトの視線を待って言葉を重ねる。
「正直なところ、かなり難航しています。むしろ、上位ランクが比較的に多い技術部などは現在のランク制度を推奨しているフシがありますね」
「くっ!?どうして、みんなはランク制度の危険性に気付かないのかしらっ!!!」
ミサトもまた表情と気を引き締めて食事の手を止め、日向から告げられた組合結成状況の旗色の悪さに、悔しさで持っていたおにぎりを握り潰す。
約2週間ほど前、職員食堂で勤務ランク付け反対の組合を旗揚げしようとして拘束され、3日間も独房へ入れられてしまったミサト。
それでも、ミサトは組合結成の志は諦めず、それどころか組合結成にかける情熱は日を追う毎に天井知らずでメラメラと燃え上がっていた。
「同感です・・・。僕達と同じ志を持っている人達は必ずいるはずです。葛城さん、諦めずに頑張りましょう」
「そうね。どうやら、今のところは向こうの方が上手だけど・・・。1人1人の力を合わせれば、きっと倒せるはずだわっ!!」
日向はミサトの思想に賛同して大いに頷き、ミサトが決意を新たに力強く握り締めた右拳を天高々と掲げたその時。
「残念ですが、それは無理と言うものです。葛城三佐」
「「っ!?」」
何処からともなく男性の声が森に響き、ミサトと日向はすぐさま立ち上がって戦闘態勢を構え、お互いに背中合わせとなって緊迫感を迸らす。
「第一、良く考えても見て下さい。あなたは作戦部長・・・。つまり、管理側の立場ですよ?
 そのあなたが組合を組織しようだなんて、司令部に対する背任罪も適用されかねませんよ?・・・それでも良いんですか?」
そんな2人に苦笑を浮かべて、駿河がミサトの前へゆっくりと姿を現し、特別監査部員十数人がライフル銃を構えて2人を取り囲んだ。
「ちっ・・・。シンジ君なら解ってくれるはずよっ!!このランク制度がどれほど危険な物かって事をねっ!!!
 大体、シンジ君を自分達の都合の良い様に動かす方が背任罪じゃないっ!!あんた達は・・・。加持は何を企んでいるのよっ!!!」
ミサトは逃げ場のない絶体絶命の状況下に舌打ち、例えこの身は死すとも我が志は義弟が継いでくれると負け惜しみを声高らかに叫ぶ。
「(その司令代理が黒幕なんだけどな・・・。)葛城三佐、あなたの決意は解りました。では、こちらもその様に対応させて頂きます」
カシャッ!!カシャ、カシャ、カシャ、カシュ、カシャッ!!!
真実を知らないミサトに同情の溜息をつき、駿河が右手を上げると、特別監査部員達が一斉にライフル銃をミサトと日向に向けて構えた。
いつの間にか、表舞台から姿を消したゲンドウに代わって現れたシンジ。
時同じくして、急速に台頭し始めてきた加持リョウジと特別監査部。
真相を知らない者達にとって、加持が言葉巧みに取り入って若いシンジを傀儡化させ、特別監査部を設立したと言うのがネルフの統一見解だった。
何故ならば、司令代理となる前のシンジと言ったら、気の弱いナイーブな少年と言うイメージがあり、それが未だに定着しているからである。
「・・・な、何する気?じょ、冗談よね・・・・・・。」
「ご安心を・・・。弾は非殺傷兵器の特殊ゴム弾ですから、かなり痛いですけど死にはしません」
さすがのミサトもこれには戦慄して声を震わして問うが、駿河はミサトへ首を力無く左右に振った後、後頭部しか見えない日向へ言葉を繋ぐ。
「そして・・・。日向二尉、情報提供と案内をご苦労だったな。これからも、協力を頼む」
「な゛っ!?ひゅ、日向君っ!!?あ、あなたっ!!!?」
「ち、違いますっ!!か、葛城さん、誤解しないで下さいっ!!!こ、これは彼等の策略で・・・。」
ミサトは衝撃の事実に思わず顔を振り向かせ、日向もまた顔を振り向かせ、ミサトへ身の潔白を証明しようとした次の瞬間。
シュポッ!!ボグッ!!!
「うげっ・・・・・・。」
駿河が無言で右手を素早く下げ、同時に駿河の脇に立つ特別監査部員がライフル銃の引き金を引き、ミサトが強烈な激痛を鳩尾に喰らって蹲った。
「か、葛城さん・・・って、な、何をするっ!?は、放せっ!!!」
慌てて日向がミサトへ身も振り向かせようとするが、その隙を突いて特別監査部員達が日向を取り押さえて大地に伏せさせる。
「良し、連れて行けっ!!」
「い、嫌ぁぁ~~~っ!!あ、あそこは嫌っ!!!あ、あそこは嫌ぁぁぁ~~~~っ!!!!お、お家に帰るのぉぉぉぉ~~~~~っ!!!!!」
一方、ミサトも激痛で動けないところを取り押さえられ、体を必死に藻掻かせるも、特別監査部員達によって森の外へ連行されて行く。
「か、葛城さんっ!!か、葛城さんっ!!!か、葛城さぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~~~~~んっ!!!!」
「おい、黙らせて医務室にでも運んでおけ」
「了解」
日向は遠ざかって行くミサトへ手を伸ばして必死に叫ぶが、駿河の指示を受けた特別監査部員にハンカチで口と鼻を塞がれて沈黙。
「むぐっ!!むぐぐぐぐっ!!!むぐっ・・・・・・。」
バタッ・・・。
その上、ハンカチから匂う薬品臭に何だか気持ちが良くなり、日向は目をトロ~ンと緩ませ、ミサトへ差し伸ばしていた手を力無く大地へ落とす。
「た、助けてっ!!た、助けてっ!!!た、助けて、シンジくぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ~~~~~~~~~~~んっ!!!!」
(だから、その司令代理が敵なんだって・・・。はぁぁ~~~・・・。加持じゃないけど、何処で人生を間違えたのかな。俺・・・・・・。)
だが、ミサトは最初から日向など宛にせずシンジへ助けを求めて叫び、駿河は真実を知らないミサトと哀れな自分に対して同情の溜息をついた。


「へぇ~~・・・。随分と早く組み上がりましたね」
ケイジに拘束された巨人の顔をアンビリカルブリッチから見上げ、シンジは感心の溜息を漏らし、脇に立つ青葉へ説明を求めて視線を向ける。
ちなみに、その巨人は従来のエヴァの様に装甲カラーが統一されておらず、カラフルに青、紫、赤、黒の4色が装甲の部分部分に施されていた。
「ご指示があった通り、各生体部に機械部品を組み込んで繋げた結果。
 癒着部分で多少の拒絶反応はありましたが、従来機の様に自然治癒を待たないで良い為、工期を1/3まで縮小させる事に成功しました」
「なるほど、なるほど・・・。これで使徒がいつ来ても大丈夫ですね」
応えて青葉は手に持つ書類の内容を簡潔に纏め、シンジは予想外に早く整ったネルフの戦力増強にニヤリと笑って満足そうにウンウンと頷く。
「しかし・・・。良いんですか?」
「・・・何がです?」
だが、青葉はシンジほど手放しに喜べず、シンジへ不安と心配を入り混ぜた表情を向け、シンジが青葉の心配が解らず不思議顔を浮かべる。
「機械部品のおかげで自重が増えてしまい、装甲量が削られて従来機の1/2程度の厚さしかないんですよ?しかも、この装甲は元々・・・。」
「構いません。何と言っても、この機体の意味はコストを下げる事が第一の目的ですからね。
 なんなら、次のナンバーからはもっと装甲を減らしても良いですよ?僕としては現在の半分くらいが理想コストですからね」
ならばと青葉は心配の種を語って聞かせるが、シンジは一笑して青葉の心配の種を吹き飛ばした。
「ですが・・・。それでは使徒との近接戦闘がまず出来ませんよ?今ですら、かなり難しいと言うのに・・・・・・。」
しかし、心配は全く消えないどころか更に膨らみ、青葉はシンジの心が読めず、目の前の巨人の危険性を尚も説く。
「それなら、それで良いじゃないんですか?だって、コストを下げると言う事は最初から有る程度の被害を考慮に入れているんですから」
「で、では・・・。し、司令代理はこれを使い捨ての目的に造ったと?」
するとシンジは邪悪そうにニヤリと笑い、青葉はシンジの言葉から目の前の巨人の目的を推察し、導き出した結論をまさかと思いつつ尋ねる。
「使い捨てだなんて嫌ですねぇ~~・・・。防御手段とか、盾とか、ダミーとか、他にも色々と言い方があるじゃないですか」
(け、結局・・・。つ、使い捨てと言う意味じゃないか・・・。か、可哀想に・・・・・・。)
シンジは肩を竦めて青葉の問いを有る意味で肯定し、青葉は顔を盛大に引きつらせて、この巨人に搭乗するパイロットの事を思って同情した。
「・・・ところで、司令代理」
「何ですか?」
一拍の間の後、青葉は心の中で溜息をついて気持ちを切り替え、十数分前から気になっていた事を尋ねながらシンジの背後を指さす。
「彼女・・・。司令代理に何かご用があるんじゃないですか?先ほどから、こちらをずっと見ていますよ?」
「・・・えっ!?」
シンジが何事かと後ろへ振り返ると、二十数メートル先にある曲がり角から体半分だけを覗かせ、マユミが熱い眼差しでシンジを見つめていた。


「(あの山岸さんが学校をサボるなんて・・・。)あれ、学校へ行ったんじゃなかったの?」
内心は憂鬱そうに深い溜息をつきながら、表面上は笑顔でマユミの元へ歩み寄って行くシンジ。
「えっ!?あっ!!?は、はい・・・。い、行こうと思ったんですが、気分が優れなくて・・・・・・。」
「・・・なら、少し早いけど一緒にお昼でもどう?」
元々生真面目なマユミはシンジの問いに視線をあちこちへと漂わせ、苦しそうにやっとの思いで嘘を付くが、シンジに昼食の同伴を誘われた途端。
「はい、喜んでっ!!(凄いですっ!!!加持さんの言う通りですっ!!!!)」
「じゃあ、行こうか(めちゃめちゃ元気じゃん。山岸さん・・・。)」
マユミはシンジに視線を固定して心底嬉しそうな笑顔で元気一杯に頷き、シンジは下手すぎるマユミの嘘を見破って苦笑を浮かべた。

<マユミ回想>

「マユミちゃん、良いか?想いは表現しなければ相手には決して伝わらない・・・。そう、恋愛はアピールだ」
「・・・アピールですか?」
特殊監査部部長執務室では講師・加持による恋愛講座が開かれていた。
「その通り・・・。それは言葉だったり、視線だったり、電話だったり、約束だったりする」
「・・・はぁ」
ところが、唯一の生徒であるマユミは机に対峙して座る加持の言いたい事がいまいち解らず、先ほどからオウム返しっぽく生返事を返すだけ。
「だが、君と10分くらい話してみたが・・・。どうやら、君は話下手の上に行動も受け身。
 一方、レイちゃん、アスカ、マナちゃんの3人はどちらかと言えば積極的で・・・。言い換えれば、これは攻めっ!!
 昔から言うだろ?攻撃は最大の防御と・・・。残念ながら、これでは防御だけの君が勝てるはずもない。なにせ、攻撃をしていないんだからな」
「・・・勝てませんか」
しかも、アドバイスによって励まされるはずが、加持はマユミが気にしている弱点をズバズバと指摘し、マユミは華が萎れる様に力無く俯いた。
「おいおい、悲観するのはまだ早いぞ?
 良く考えても見ると良い。レイちゃんは話上手か?・・・違うだろ?なら、何故レイちゃんが攻めに見えるかが解るか?」
加持はこれからが本題だとマユミの肩へ手を置いて問うが、マユミは無言で首を左右に振って顔を俯かせたまま。
「良し、教えてやろう。レイちゃんが攻めに見えるのは、隙あらば常にシンジ君の隣へ立とうする積極性による存在力があるからだ。
 これで解っただろ?言葉は少なくとも手段は幾らでもあるんだよ。だから、マユミちゃんはマユミちゃんなりのアピールをすれば良いのさ」
「では・・・。私も綾波さんの様に?」
だが、続いた加持のアドバイスに一縷の希望を見出し、マユミは顔を少しだけ上げて上目づかいを加持へ向ける。
「確かにそれも良い・・・。しかし、君がシンジ君の隣に立てば、レイちゃんは君へ無言のプレッシャーと睨みを効かすだろう。
 君はそれを耐える事が出来るか?アスカとも互角に渡り合えるレイちゃんの視線から・・・。
 恐らく、無理だろう・・・。いや、まず無理に決まっている。君の性格では5秒と経たない内に敗北を認めてしまうに違いない」
「はい・・・。でも、それならどうすれば?」
加持は腕を組んで頷きながらもマユミの問いを否定し、マユミはまた加持の言いたい事が解らなくなって困惑を混ぜた瞳を伏せた。
「そうだな・・・。レイちゃんが近距離で攻めるなら、マユミちゃんは遠距離で攻めるんだ」
「・・・遠距離?」
顎をさすって考えるフリをした後、加持は大げさに頷いてニヒルな笑みを浮かべ、マユミは加持へ上目づかいを向けて言葉の意味を尋ねる。
「そう、遠距離だ。敢えて、シンジ君との距離を取り、そこからシンジ君を見つめるんだよ。
 例え、誰かがシンジ君の側に居ても、その方法は変わらない。これならば、レイちゃん達の攻撃目標とされずにシンジ君へアピールが出来る」
「・・・なるほど」
加持は尚も顎をさすりながら言葉を補って最終アドバイスを与え、マユミは遂に己の進むべき道を見出して希望に顔を上げた。
「他にも電話と言う手段がある。朝昼晩に欠かさず、シンジ君へ電話してアピールをするんだ。
 電話なら1対1の会話が必ず成り立つ為、他の誰にも邪魔されず会話が出来る高等テクニックの1つだ」
「・・・なるほどっ!!」
その上、加持はサービス精神旺盛に追加アドバイスを与え、マユミは2つの素晴らしいアドバイスに目を見開いて表情に希望を満ち溢れさす。
「さあ、これでどうすれば良いかが解っただろ?
 それなら、早速試してみると良い。この時間ならシンジ君は本部を見回りしているから、ケイジにでも行けば会えるだろう」
そして、ならば話は終わりだと言わんばかりに、加持が部屋の出入口をビシッと指さした途端。
「はいっ!!ありがとうございましたっ!!!ではっ!!!!」
プシューー・・・。
マユミは席を蹴って勢い良く立ち上がり、もどかし気に加持へお辞儀をすると、すぐさま部屋を喜び一杯に駈け出て行く。
「電話は朝昼晩に欠かさずだぞぉぉ~~~っ!!」
そんなマユミの後ろ姿へ掌をメガホンにして応援を叫ぶ加持だが、そのメガホンに隠れた口は邪悪そうに禍々しくニヤリと歪みまくり。
何故ならば、加持がマユミへ与えたアドバイスは、自分なら絶対につき合いたくない女性のタイプ例だからである。
「はいっ!!朝昼晩に欠かさずですねっ!!!」
しかし、背中に目があるはずもないマユミはそれに気付くはずもなく、加持の応援を素直に受け取ってシンジの元へ駈け急いで行った。

(そ、それにしても・・・。け、今朝の事と言い・・・。ひょ、ひょっとして、山岸さんって・・・・・・。ぞ、俗に言う痛い女なの?)
どうもマユミの行動から匂ってくる危険な香りに漠然と不安感を抱き、シンジは顔を引きつらせて大粒の汗をタラ~リと流す。
「あ、あの・・・。て、手を繋いでも良いですか?」
「んっ!?ああ、構わないけど?」
「あ、ありがとうございますっ!!」
それでも、マユミから話しかけられればこの通り、シンジはマユミへニッコリと微笑み、マユミもシンジへニッコリと微笑み返して幸せ一杯。
(マユミちゃん、頑張れよ。応援しているぞ・・・。ついでに、シンジ君もな)
だが、1ブロック先のT字路から2人の様子を眺めている加持は、シンジを心を正確に読み取って満足のゆく結果にニヤリとほくそ笑んでいた。


「ねえ、先輩・・・。あれ、何ですか?今まで、あんなのは有りませんでしたよね?」
ネルフのスカイラウンジでの昼食中、ふとマヤは窓の向こうに見えるジオフロントの森を切り開いて作られた見慣れぬ敷地を見つけて首を傾げた。
「ああ、あれね。・・・マヤも聞いているでしょ?Jランクの下にKランクが出来たって・・・・・・。」
「はい、Kランクになった人達は何でも収容所と呼ばれる場所へ送られるとか・・・って、まさかっ!?」
リツコはその敷地へ視線を向けずに応え、マヤは昼食のサンドイッチを頬張りつつ、リツコの言わんとする事を悟って驚きに目を見開いて尋ねる。
「そう、あそこが通称『収容所』と呼ばれるKランク更正訓練所よ・・・。そして、ミサトが今居る場所でもあるわ」
「んぐっ・・・。最近、葛城さんの姿が見えないと思ったら、あそこに居るんですか?」
応えてリツコはコーヒーカップを口元へ近づけて香りを楽しみ、マヤは驚きで喉に詰まったサンドイッチを慌てて飲み込んで問う。
「・・・無様ね」
一拍の間の後、リツコはコーヒーを口に含み、視線だけをKランク更正訓練所へ向けてマヤの問いを肯定した。


ザクッ・・・。ザクッ・・・。ザクッ・・・。ザクッ・・・。ザクッ・・・。
灰色のつなぎ作業服姿の三十数人の男女がただひたすらに鍬を大地に打ち下ろす音だけが響く農園。
ここはつい1週間前にジオフロントの一角に設営されたKランク更正訓練所。
その訓練内容と目的は、大地を鍬のみで耕して野菜を育てる事により、ダメ人間なKランクの者達へ勤労意欲を取り戻させると言うもの。
但し、一般職員から『収容所』と呼ばれるだけあって、10ヘクタールの敷地面積がある訓練所周囲には3重の鉄条網が施されていた。
そして、この訓練所へ入ったが最後、過酷な作業ノルマを達成しない限り、特別監査部の許可なく外界へは出れないのである。
それでも、先ほどのミサトの様に訓練所の脱走を試みる者は後を絶たない。
何故ならば、週休なしの睡眠6時間、労働14時間、休憩4時間と言う過酷な作業スケジュールに加え、居住環境が劣悪すぎるからであった。
男女別にエアコンのないムシムシと蒸すプレハブ小屋に押し込められ、トイレは汲み取り式で農地の肥料に使われると言う屈辱感。
その上、外界との連絡は一切が断たれ、TVなどの娯楽は全くなく、三食は徹底した粗食で禁煙禁酒。
唯一の楽しみは本部施設へ入浴しに行く事だが、特別監査部員の厳しい監視の目が光り、入浴時間は30分までと制限されていた。
だが、ここを本気で脱走すると言う事は、第三新東京市外まで逃げなくてはならなく、所詮は脱走してもすぐに捕まってしまうのが関の山。
その結果、脱走の罰として更なる重いノルマが加えられ、1度脱走した者は大抵が再び脱走して悪循環を繰り返していた。
実際、この訓練所はダメ人間が入るだけあって、入居者の85%の者達が1度は脱走を経験している。
特にダメ人間筆頭のミサトなどこの1週間で既に9回の脱走を試みており、ミサトには半年かかっても払いきれないノルマが背負わされていた。
ちなみに、使徒襲来などで戦闘配置が発せられない限り、特別監査部権限によって訓練所入居中は全ての通常業務が免除されている。
また、訓練所入居中に辞職を申し出る事も可能だが、その場合は退職金を受け取れない上、反対に保釈金を支払わないと辞職は出来ない。
ブルブルブルブルブル・・・。キキッ!!
加持が運転するオープンジープが訓練所へ現れ、訓練所中央に立つ監視塔の前で停まった。
余談だが、これと同様の監視塔が訓練所周囲に等間隔で8つあり、サーチライトを装備して特別監査部員が夜も目を光らせて監視している。
「これから歓迎会を始めるから、君達はここに居てくれ」
「「「・・・歓迎会?」」」
「まっ・・・。見りゃ解るさ」
後部座席に座る3人の男達へ謎の言葉と苦笑を残して車を降り、加持は監視塔に掛けられた梯子を昇って行く。
「・・・新しい奴等か?」
「ああ・・・。気の毒にな」
「なら、いつものアレをやるのか?」
「一応、マニュアルだからな。仕方がないだろ」
駿河は加持を出迎えながら、オープンジープに残された3人の男達へ哀れみの視線を向けて尋ね、加持はその問いにやるせない溜息で応えた。


ウゥゥゥゥゥ~~~~~~・・・。
『集合ぉぉぉぉぉ~~~~~~っ!!』
訓練所にサイレンが鳴り響き、駿河がハンドマイクで呼びかけると、彼方此方に点在していた訓練員達が一斉に中央監視塔の元へ集まってくる。
『整列っ!!・・・用意っ!!!』
ダン、ダンッ!!ダッダッダッ!!!
そして、駿河の合図と共に訓練員達は横一列に並び、駿河の後ろに立つ特別監査部員が和太鼓を打ち鳴らす合図で鍬を頭上へと振り上げ構えた。
『ウォークっ!!』
ダンッ!!・・・ダンッ!!!・・・ダンッ!!!!・・・ダンッ!!!!!
同時に駿河のかけ声がかかり、和太鼓が50テンポで打ち刻まれて鳴らされ、訓練員達がこのリズムに合わせて鍬を上下させて前進して行く。
ちなみに、50テンポとは丁度1秒間隔くらいのリズム。
『トロットっ!!』
ダン、ダンッ!!・・・ダン、ダンッ!!!・・・ダン、ダンッ!!!!・・・ダン、ダンッ!!!!
30秒が経過した頃、再び駿河からかけ声がかかり、和太鼓が75テンポで打ち刻まれ、訓練員達の鍬を上下させる速度が1段階増す。
『キャンターっ!!』
ダン、ダン、ダンッ!!・・・ダン、ダン、ダンッ!!!・・・ダン、ダン、ダンッ!!!!・・・ダン、ダン、ダンッ!!!!!
更に30秒が経過した頃、和太鼓の音は最初の2倍の速度100テンポとなり、あまりの早さに訓練員達のそれぞれの動きが次第に乱れてゆく。
『ギャロップっ!!』
ダン、ダン、ダン、ダン、ダン、ダン、ダン、ダン、ダン、ダン、ダン、ダン、ダン、ダン、ダン、ダン、ダン、ダン、ダン、ダン、ダンッ!!
更に30秒が経過した頃、和太鼓の音は125テンポとなり、最早絶え間ないリズムに追いつけず、訓練員達の統率が完全に乱れる。
ダン、ダン、ダン、ダンッ!!
              ダン、ダン、ダン、ダンッ!!
ダン、ダン、ダン、ダンッ!!
              ダン、ダン、ダン、ダンッ!!
ダン、ダン、ダン、ダンッ!!
              ダン、ダン、ダン、ダンッ!!
しかし、125テンポは更に30秒が経っても、1分が経っても変わらず、過酷なリズムは止まる気配すらみせない。
ダン、ダン、ダン、ダンッ!!
              ダン、ダン、ダン、ダンッ!!
ダン、ダン、ダン、ダンッ!!
              ダン、ダン、ダン、ダンッ!!
ダン、ダン、ダン、ダンッ!!
              ダン、ダン、ダン、ダンッ!!
そして、遂に過酷なリズムに耐えきれなくなり、1人の男が鍬を落として大地へ倒れ込んだ。
バタッ・・・。
ブシュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥーーーーーーーーーーーッ!!
すると周囲を取り囲む特別監査部員より高水圧の放水が一斉に放たれ、その者は意識を強制的に覚醒させられ、立ち上がるまで放水し続けられる。
ダン、ダン、ダン、ダンッ!!
              バタッ・・・。ブシュゥゥーーーッ!!
ダン、ダン、ダン、ダンッ!!
              バタッ・・・。ブシュゥゥーーーッ!!
ダン、ダン、ダン、ダンッ!!
              バタッ・・・。ブシュゥゥーーーッ!!
それに続き、次々と大地へ倒れる者が現れ、その者達へ容赦ない高水圧の放水が襲う。
ダン、ダン、ダン、ダンッ!!
              バタッ・・・。ブシュゥゥーーーッ!!
ダン、ダン、ダン、ダンッ!!
              バタッ・・・。ブシュゥゥーーーッ!!
ダン、ダン、ダン、ダンッ!!
              バタッ・・・。ブシュゥゥーーーッ!!
既に半数近くの訓練員が大地へ倒れ、せっかく耕した大地が泥沼と化すが、過酷なリズムは止まる気配すらみせない。
「う、うぅぅ~~~ん・・・。」
バタッ・・・。
「だ、大丈夫っ!?」
だが、4人いる女性の内の1人が倒れ、慌ててミサトが鍬を投げ捨てて駈け寄った途端。
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「はぁぁ~~~ああああ・・・。」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
ドスッ・・・。ドス、ドス、ドス、ドス、ドスッ・・・。
加持が和太鼓を叩く特別監査部員へ視線を無言で送ってリズムを止めさせ、残っていた訓練員達は一斉にその場へ力尽きた様に腰を下ろした。


『葛城三佐、何をしている。・・・それとも、君が彼女の分まで耕すと言うのか?』
加持は息絶え絶えの訓練員達を辛そうに見下ろしながら、駿河からハンドマイクを受け取ると、心を鬼にしてミサトへ容赦ない叱責を浴びせた。
「なに言ってんのよっ!!あんたっ!!!この状況を見て、良くそんな事が言えるわねっ!!!!今度こそ、本当に見損なったわっ!!!!!」
『他の者も誰が座って良いと言った?罰として、最初からもう1度だ・・・。おい、始めさせろ』
倒れた女性を抱き抱えていたミサトは、怒鳴って人でなしの加持を責めるが、加持はミサトを無視して訓練員達に過酷な作業再開を求める。
「みんな、やる事ないわよっ!!大体、キャンターだの、ギャロップだの、これは何よっ!!!
 私達は馬でも、牛でもないわっ!!人間よっ!!!人間っ!!!!
 あんた達が勤務成績でランクを付けるなら、私達は労働基準法に則った人間らしい待遇をあんた達に求めるわっ!!」
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「そうだっ!!そうだっ!!!」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
だが、和太鼓がリズムを刻むより早く、ミサトは猛烈に怒鳴って矢継ぎ早に捲し立て、訓練員達全員がミサトの主張に賛同して作業をボイコット。
余談だが、リズム合図に使われているウォーク、トロット、キャンター、ギャロップとは元々馬の歩調の速さを表す言葉である。
『残念だが、君達にそれを言う資格はない・・・。何故ならば、君達に人権を求める資格はないからだっ!!』
「なんですってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ~~~~~~~~~~~っ!!」
加持はミサトを勢い良くビシッと指さしつつミサトの主張をあっさりと切り捨て、ミサトは加持の言い草に怒り心頭となって怒鳴り返した。
『では、聞くが・・・。君達がここへ来るまでの勤務態度・・・・・・。あれは何だ?
 Jランクに落ちても危機感を抱かず、まるで勤務態度を改めず・・・。全く呆れるしかないな。
 そして、君達が今まで遊び半分、遊び同然で仕事をしていた給料は何処から出ている?・・・それは税金からだ。
 なら、君達の今までの勤務態度は何だっ!!税金を払っている国民達に毎日の仕事ぶりを胸を張って言えるかっ!!!
 人並みにも働かない者が人権を求め、我々に対して反抗心を持つなど笑止千万、言語道断っ!!・・・恥を知れっ!!!恥をっ!!!!』
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「う゛っ・・・。」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
応えて加持は次第に興奮のボルテージを上げて声を荒げ、ミサトと訓練員達は加持に痛いところを突かれて言い返せず口ごもる。
『そんな君達の性根を叩き直すのが我々の役目だっ!!俺は、俺達はその為には鬼となろうっ!!!
 だが、これだけは解ってくれっ!!俺達は好きでこんな事をやっている訳ではないっ!!!俺達も苦しいんだっ!!!!』
終いに加持は興奮のあまり熱い涙をハラハラと流し始め、駿河も熱い涙をハラハラと流して加持の熱弁後半だけは本当だと黙ってウンウンと頷く。
「だ、だからって・・・。も、もう少しくらい待遇を良くしてくれたって・・・。い、良いんじゃない?」
『良いだろう。見る限り、君達は頑張っている・・・。その頑張りに応え、今晩の夕食には特別にステーキをおかずに付けようっ!!』
それでも、ミサトは必死に言葉を取り戻して弱々しく抗議してみせると、加持は意外にも頷いて提示条件の代わりに労働報酬を出した。
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「ス、ステーキぃぃ~~~っ!?」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
その途端、ミサトと訓練員達は勢い良く立ち上がり、目を歓喜に輝かせて一斉に天が震えんばかりの歓声をあげる。
何故ならば、おかずが食事に付くのはここへ来て初めてである上、訓練員達は酷い食糧難時期を青春に過ごしたセカンドインパクト世代。
そのセカンドインパクト世代にとって『ステーキ』と言えば、共通の何よりものご馳走なのだから喜ぶなと言うのが無理な話。
『そうだっ!!ステーキだっ!!!・・・さあ、諸君っ!!!!鍬を持てっ!!!!!夕飯まで頑張ろうじゃないかっ!!!!!!』
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「おおぉぉ~~~っ!!」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
それどころか、加持が右拳を掲げて叫ぶと、ミサトと訓練員達は先ほどまでの反抗心は何処へ行ったのやら加持に応えて右拳を掲げる。
『良し、始めるぞっ!!・・・用意っ!!!』
ダン、ダンッ!!ダッダッダッ!!!
そして、加持の合図と共に訓練員達は横一列に並び、駿河の後ろに立つ特別監査部員が和太鼓を打ち鳴らす合図で鍬を頭上へと振り上げ構えた。
『ウォークっ!!』
ダンッ!!・・・ダンッ!!!・・・ダンッ!!!!・・・ダンッ!!!!!
「「「「「「「「「「「「「「「「「肉っ!!・・・肉っ!!!・・・肉っ!!!!・・・肉っ!!!!!」」」」」」」」」」」」」」」」」
同時に加持のかけ声がかかり、和太鼓が50テンポで打ち刻まれて鳴らされ、訓練員達がこのリズムに合わせて鍬を上下させて前進して行く。
『トロットっ!!』
ダン、ダンッ!!・・・ダン、ダンッ!!!・・・ダン、ダンッ!!!!・・・ダン、ダンッ!!!!
「「「「「「「「「「「「「肉、肉っ!!・・・肉、肉っ!!!・・・肉、肉っ!!!!・・・肉、肉っ!!!!!」」」」」」」」」」」」」
しかも、今度はリズムが変わろうとも、訓練員達は漲るやる気を見せて機敏に動き、お互いにかげ声をかけてリズムに合わせる始末。
「い、嫌だぁぁぁぁぁ~~~~~~っ!!」
『捕まえろっ!!』
その光景に将来の己の姿を垣間見た新入りの1人が恐怖して逃げ出すが、すかさず加持の指示が飛び、特別監査部員達によって素早く拘束される。
「なあ、加持・・・。これって、有る意味で集団洗脳だよな?」
「そうとも言うかも知れないが・・・。それは禁句だぞ?シンジ君に聞かれでもしたら、どうなる事やら・・・・・・。」
「・・・確かにな」
「そうさ・・・。俺達は元々後がないんだ。シンジ君が作ったマニュアルを黙って従うしかないだろ」
「「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~~~~~・・・。」」
加持は駿河の呼び声にハンドマイクを下ろして応え、加持と駿河は引きつらせた顔を見合わせて深い深ぁ~~い溜息を揃ってついた。


「どうでしょう♪これで納得して頂けたでしょうか♪♪」
6つの机が集って長方形を作る暗闇の会議室に響くユイのご機嫌な声。
「しかし、ユイ様・・・。これ以上、エヴァンゲリオンを本部へ配備するのは無茶です。世界のパワーバランスをお考え下さいませ」
「さよう。しかも、5機も建造するなど予算はありませんぞ?」
だが、人類補完委員会のメンバー達が苦渋の視線を向けている先に居るのは、サングラスをかけたゲンドウポーズのシンジ。
「あら、嫌ですわ。私が知らないとでも思っているんですか?
 どうも、最近は香港市場で随分とお金が動いていると思ったら・・・。世界7ヶ所でエヴァ拾参号機までの建造を開始しているとか?
 本部にしてもドイツで建造中の伍、六号機のパーツをやっとの思いで回して貰っているのに・・・。一体、私に黙って何の悪巧みかしら?」
「「「「っ!?」」」」
「そ、それは誤報ですな・・・。ユ、ユイ様」
シンジは笑い声をクスクスと暗闇に響かせ、人類補完委員会達は汗をダラダラと流して戦慄し、キールがシンジの言葉を必死に取り繕う。
人類補完委員会、その正体は人類の有史以来より影から世界を支配してきた秘密結社ゼーレである。
ゼーレのトップに君臨する世界12ヶ所の支部長の者達は『12使徒』と呼ばれ、人類補完委員会はその中の有力者5人で構成されていた。
また、ゼーレ12使徒の座はそれぞれ宝石名で例えられ、例えばドイツ支部長のキールならばブラックアゲート。
他の4人は、イギリス支部のイエローベリル、アメリカ第1支部のラピスラズリ、ロシア支部のレッドアンバー、フランス支部のクロスストーン。
その存在を知る者ならば聞いただけで恐怖に震え上がる名だが、キール達すらも恐れて震える存在がたった1つだけあった。
それはゼーレ12使徒の頂点に立つ『キュターズアイ』と呼ばれる存在であり、現在は空位となる先代キュターズアイ・碇ユイの存在である。
15歳になると共にキュターズアイの地位となったユイは、その魅力的な笑顔で陰謀に長けた海千山千の12使徒を瞬く間に掌握。
その後、ユイは初号機へ取り込まれるまでの12年間、世界的には少し自己中心的な善政を、12使徒には恐ろしく強引な恐怖政治を強い続けた。
それ故、ユイが初号機に取り込まれた時、一部を除いて12使徒の半数以上が胸をホッと撫で下ろしたくらい。
ところが、ほんの1ヶ月ほど前、第14使徒戦の被害についてゲンドウへ責任追求を問おうと会議を開き、キール達は驚愕に目を最大に見開いた。
何故ならば、会議にはゲンドウではなく、不気味なくらいニコニコと笑うシンジが現れ、シンジの声がユイとそっくりだったからである。
その結果、過去の恐怖がまざまざと蘇り、ユイの名代を名乗るシンジに反抗する事が出来ず、キール達はたちまちシンジの下僕と化してしまった。
ちなみに、基本的にキュターズアイや12使徒の地位は血統によって継承される為、シンジがゆくゆくはキュターズアイの座に着く事となる。
「あら、そう?・・・なら、私の勘違いかしら?
 でも、こちらへエヴァを回して貰わなければ困りますよ?だって、本部のチルドレンが4人も増えましたからね」
「「「「「し、しかし・・・。」」」」」
シンジは立てた人差し指を顎に当てて首を傾げた後、人差し指を顎に当てたままニヤリと笑い、キール達はシンジの要求に渋って言葉を濁す。
「しかし、とは何です。フィフスチルドレンの登録を理由に、完成した伍号機の譲渡を拒否したのはあなた方でしょ?」
「「「「「う゛っ・・・。」」」」」
間一髪を入れず、シンジは更にニヤリ笑いを深め、キール達は痛烈なシンジの責めに今度は言葉を詰まらせる。
「それに・・・。アデューおじ様とガウリィおじ様は私の提案に賛成して下さいますよね?」
するとシンジは5人をグルリと見渡して言葉を溜め、レッドアンバーとラピスラズリへ魅力的なニコニコ笑顔を向けた。
「ユイ様、何を・・・。」
「「・・・・・・は、はい」」
キールは鼻で笑って自分達の結束力を誇ろうとするも、レッドアンバーとラピスラズリはシンジの提案を苦し気に頷いてキールから視線を逸らす。
「「「レッドアンバーっ!?ラピスラズリっ!!?」」」
「ほら、これで賛成3の反対3になったから五分五分ですね♪・・・だけど、私があと10くらい数えると賛成が4になるんですよ♪♪」
キールとイエローベリルとクロスストーンは2人の裏切りに驚愕して目を見開き、シンジが腕時計を見ながら場を黙らせる様にニッコリと微笑む。
余談だが、今までシンジは何度となくネルフ本部のエヴァ追加配備を要求していたが、キール達はあの手この手でのらりくだりと断り続けていた。
その理由はこれ以上の力をシンジ(ネルフ本部)に付けさせない為であり、苦肉の策として架空のフィフスチルドレンをでっち上げたくらい。
「「「「「えっ!?」」」」」
「10・・・。     8・・・。     6・・・。     4・・・。     2・・・。     0・・・。
       9・・・。     7・・・。     5・・・。     3・・・。     1・・・。     はい、どうぞ♪」
キール達がシンジの意味不明な言葉に茫然と戸惑う中、シンジのカウントダウンが進み、シンジが笑顔でキールへ右手を差し出した次の瞬間。
ジリリリリリンッ♪
「「「「「えっ!?」」」」」
キールの机の引出の中にある電話が鳴り響き、キール達はあまりにタイミングが良すぎる電話にビックリ仰天。
「キールおじさん♪お電話ですよ♪♪」
「・・・は、はい」
シンジは改めてキールへ右手を差し出し、キールは驚きから立ち直れないまま引出を開けて受話器を取り出した。
カチャッ・・・。
「わ、私だ・・・・・・。な、何っ!?そ、それは本当かっ!!?」
そして、キールは電話に出るなり、驚愕に席を勢い良く立ち上がって目を見開き、シンジへ視線を向けて全身をワナワナと震わし始める。
「う、うむ・・・。わ、解った。そ、その件に関しては後で追って指示を出す。い、今は会議中だ・・・・・・。」
カチャッ・・・。
しかし、キールは何事かと集まる皆の視線に動揺を必死に抑え、席に力無く座り直しながら電話を切った。
「さあ、どうします♪キールおじさん♪♪」
「わ、解りました・・・。エ、エヴァを本部へ追加配備するよう手配しましょう」
シンジはゲンドウポーズをとると、キールへ邪悪そうにニヤリと笑って問い、キールはシンジの要求を断れず震える声で了承して項垂れる。
「「キ、キール議長っ!?」」
「ですが、5機は無理ですっ!!今は2機が限界っ!!!それ以上はとても無理ですっ!!!!」
イエローベリルとクロスストーンはキールの突然の心変わりを非難するが、キールは顔を上げると2人を無視してシンジへ妥協案を切に訴えた。
「ん~~~・・・。良いでしょう♪あまり虐めても可哀想ですから、その辺で手を打つとしましょう♪♪」
「・・・あ、ありがとうございます」
シンジは立てた人差し指を顎に当てて首を傾げた後、キールへニッコリと微笑み、キールは力無く頷きつつ再びガックリと項垂れる。
「では、本日の会議はこれまでと言う事で♪・・・・・・全ては?」
「「「「「・・・ユ、ユイ様のシナリオ通りに」」」」」
ならば話は終わりだと言わんばかりに、シンジが前方45度に右手を掲げると、キール達が少し遅れて顔を引きつらせながら同様に右手を掲げた。
「よろしい♪ゆめゆめ、良からぬ事を企まないよう願いますよ♪♪」
ボワンッ・・・・。
シンジはその光景を満足そうにクスリと笑い、暗闇に鈍い音を鳴り響かせて己の姿をかき消す。
「「キール議長・・・。一体、何が?」」
「レッドアンバー、ラピスラズリ・・・。ひょっとして、お前達もか?」
一拍の間の後、イエローベリルとクロスストーンがキールの心変わりを尋ね問うが、キールは再び2人を無視して残る2人へ疲れた様に尋ねた。
「「・・・では、キール議長も?」」
「ああ・・・。我が支部の幹部がほぼ総入れ替えさせられ、ユイ様に我が支部の実権を事実上握られた」
レッドアンバーとラピスラズリが顔を見合わせて問うと、キールは頷いて先ほどの電話で知ったシンジの裏工作を説明して語る。
「「な゛っ!?」」
「・・・やはり」
イエローベリルとクロスストーンは衝撃の事実に驚愕して目を見開き、レッドアンバーとラピスラズリが揃って深い溜息をつく。
「イエローベリル、クロスストーン・・・。お前達も気を付けた方が良いぞ。
 これほどの動きがあると言う事は、12使徒の殆どがユイ様に籠絡されているに違いない・・・。間違いなく、ユイ様は我らを潰す気だ」
キールは着々と勢力を伸ばし始めているシンジに恐怖を抱きながら、イエローベリルとクロスストーンに驚いている暇はないぞと警告を与えた。


(今日は・・・。だから・・・。1、2、3、4、5・・・・・・。)
学校の女子トイレ、用を足し終えたアスカはふと体の異変に気付き、しゃがんだまま何やら指折り数えていた。
(9、10・・・。う、嘘っ!?い、1週間以上もっ!!?)
そして、右手の指が1つ1つ折られて一旦は全てが握られ、再び指の1つ1つが開き戻り、5本の指が全て開いた途端。
(ま、まさか・・・。で、でも、そうとしか・・・。よ、良く考えてみるとあの日って・・・・・・。)
アスカは驚愕に目を最大に見開き、改めて体の異変に危機感を募らせ、異変の原因を探って何故か顔を紅く染めてゆく。
(ど、どうしよう・・・って、そうよっ!!悩んでいる場合じゃないわっ!!!今すぐ、シンジに相談しなくちゃっ!!!!)
カチャンッ!!バタンッ!!!
そうかと思ったら、アスカはみるみる内に顔面蒼白となって慌てて立ち上がり、一気にショーツを引き上げて履くと、個室の扉を勢い良く開けた。
「・・・あっ!?」
「どうしたの?アスカ」
だが、アスカは個室を1歩出て固まり、タイミング良く真向かいの個室の扉も開き、中から出てきたヒカリがアスカの様子を不思議そうに尋ねる。
「う、ううんっ!!な、何でもないっ!!!(ど、どうしよう・・・。ふ、拭くのを忘れちゃった・・・・・・。)」
「・・・そお?」
アスカは何だかヒカリに見透かされた様な気分に陥って顔を紅く染め、ヒカリは何やら必死に誤魔化すアスカをますます不思議そうに首を傾げた。


「ネルフ本部中央作戦司令室付け情報オペレーター、青葉シゲル二尉。
 本日、1500を持って貴官を一階級進させるものとし、司令代理直属・司令室調査部部長を命じる」
「はっ!!謹んでお受けします」
司令席を間に挟み、シンジから渡された辞令を両手で恭しく受け取り、青葉は己の人生の選択が正しかったと実感して幸福絶頂に浮かれていた。
大学卒業後、国連養成所で半年間の訓練を経て、准尉として競争率の高いネルフへ入隊。
更に半年後、様々な部署を経験してネルフ保安諜報部諜報三課へ配属されると共に三尉へ昇進。
更に半年後、第二東京へ出張した際のリニアの車中、たまたま冬月と座席が隣り合って気に入られ、中央作戦司令室付け情報オペレーターに転属。
それと共に冬月の直属となり、その真面目で期待を裏切らない仕事ぶりが認められ、第三使徒襲来前に二尉へ昇進。
そして、使徒との12回の戦いを経て、24歳の若さで一尉へ昇進した上、部員は今のところ自分1人とは言えども部長職と言うスピード出世。
たまにシンジの強引な手腕に閉口する事はあるが、青葉はシンジに付いてきて良かったと実感し、シンジへの更なる忠誠心を高めていた。
「・・・と言う事で済し崩し的に今まで僕の副官を務めていて貰いましたが、現時刻を持って正式な副官になりました。
 ただ、今までの業務も一緒に引き継ぎますから、かなり大変だとは思いますが・・・。給料は格段に上がりますから頑張って下さいね」
「はっ!!司令代理のご期待に添う様、頑張らせて頂きますっ!!!これからも、よろしくお願いしますっ!!!!」
シンジは任官式も終わって司令席に座り直し、青葉はシンジの訓辞に張り切ってビシッと最敬礼を返す。
「・・・で、青葉さんの為に執務室を作ろうと思ったんですけどね。なかなか良い物件がないんですよ。これが・・・・・・。」
「はぁ・・・。」
満足そうに頷いて応えた後、シンジは困り顔で肩を竦め、青葉は部長職のステータスシンボルである執務室が貰えないと知ってやや落胆する。
「それで、さっき特別監査部へ問い合わせたところ・・・。
 ミサトさんはあそこからあと半年ほど戻って来ないそうですから、執務室はミサトさんの執務室を空けて使っちゃって下さい」
「えっ!?・・・そ、そんな事をして良いんですか?」
だが、シンジは場所が無ければ無理矢理にでも作れば良いと告げ、さすがの青葉も人の執務室を奪うのは忍びなく躊躇ってシンジへ確認を尋ねた。
「ええ、構いませんよ。そのまま腐らせておくのも勿体ないですからね。・・・部屋にあるミサトさんの荷物は適当な所へ運んでおいて下さい」
「・・・わ、解りました」
応えてシンジはゲンドウポーズをとってクスリと笑い、青葉が相変わらずの強引さに大粒の汗をタラ~リと流して顔を引きつらせたその時。
バタンッ!!
「シンジ君っ!!」
突如、司令公務室の扉が勢い良く開き、血相を変えた冬月が怒鳴り現れ、シンジの元へ怒り肩の早歩きで歩み寄って来る。
「おや、どうしたんですか?冬月先生・・・。そんなに慌てて」
「どうしたも、こうしたもないっ!!これは何だねっ!!!これはっ!!!!」
シンジはいつになく興奮している冬月を怪訝に思いながら迎えると、冬月は尚も怒鳴ってシンジへビデオテープを突き出した。
「・・・これ?」
「これだよっ!!これっ!!!」
それでも、シンジは冬月の興奮理由が解らず首を傾げ、冬月は業を煮やして司令席上のリモコンを引ったくり取り、リモコンのボタンを押す。
ウィィーーーン・・・。
すると司令席から見て左側の壁が左右に開き、その中から50インチの巨大モニターが現れた。
「さあっ!!」
「はいはい・・・。」
冬月は改めてシンジへビデオテープを突き出し、シンジは肩を竦めながらビデオテープを受け取り、引出の中にあるビデオデッキへセットオン。
『パターン青っ!!使徒ですっ!!!』
「あっ!?」
しばらくすると、黒い画面が切り替わり、いきなりモニターに叫ぶ青葉がアップで現れ、青葉が何事かと驚き声をあげた。
『エヴァンゲリオン初号機発進っ!!』
『イケるわっ!!』
同時にベートベンの第九がBGMとして流れ始め、今まで完全部外秘だった使徒との戦いの様子がフラッシュ映像で次々と映し出されてゆく。
『モニター反応なしっ!!パイロットの生死不明っ!!!』
『初号機、完全に沈黙っ!!』
『・・・勝ったな』
その合間合間に発令所主要メンバーの顔が1カットづつ入り、最後にネルフの無花果マークが表示される。
『人類の未来を守るネルフへ皆さんの応援をよろしくお願いします』
そして、無花果マークの下に『これは夢ではない。現実だ』と極太明朝体で表示され、シンジの声と共に15秒の短い映像が終わった。
ちなみに、ネルフ司令たるゲンドウの姿は1カットたりとも映像に出てきておらず、チルドレンも保安上の問題から出てきていない。
「何だねっ!!これはっ!!!」
「あれ?良く出来ていると思うんですが・・・。冬月先生は気に入りませんでしたか?」
「気に入る、気に入らないの問題ではないっ!!こんな物をTVでCMとして流して、どうする気なんだっ!!?
 シンジ君っ!!何の為の非公開組織だと思っているんだねっ!!!こんな物が世間に流れたら、無用なパニックが起こるではないかっ!!!!」
「え゛え゛っ!?」
怒鳴り問うが、シンジは首を傾げて意味を取り違え、冬月が怒っている理由を説明すると、青葉が今の映像がネルフのCMと知ってビックリ仰天。
余談だが、冬月は先ほど遅い昼食を摂っている際、このCMを職員食堂のTVで拝見し、食べていた天ぷらそばを思わず豪快に口から大放出。
すぐさま咽せて苦しい息を我慢しながら広報部へ駈け殴り込み、広報部でシンジの指示で作ったと言われ、司令室へ飛んで来たと言う訳である。
「お言葉ですが、冬月先生・・・。それは父さんと委員会の詭弁ですよ。
 本当に人類の為を思うなら危機意識を持たせるべきなんです。そして、人類にはこの危機を知る権利がある。
 そうした危機意識を持つ事により、セカンドインパクトの時の様な二次災害の被害は最小限に食い止められるはず。・・・・・・違いますか?」
シンジは冬月の怒鳴り声など堪えた様子もなくゲンドウポーズをとり、人類補完計画の為の非公開さを皮肉ってニヤリと笑った。
「ぐっ・・・。そ、それは、そうだが・・・・・・。こ、これでは今まで築き上げてきたネルフの秘匿性が崩れ去ってしまうではないか?」
「前にも言ったでしょ?この程度の情報なら、何処の組織も入手しているって・・・。
 こちらが必死に隠そうとするから、あちらも気になって探るんです。
 第一、エヴァや使徒なんて隠しようがありませんから、この街に住んでいる人達なら誰もがその存在を知っているんですよ?
 ・・・となれば、自然と外へ情報が流れてゆくでしょうし、それをいちいち抑えきれるはずがありません。
 なら、世間が騒ぎ出す前に、こちらから適当にあしらって満足させておけば良いんです。これだけで受ける印象は随分と変わってきます」
冬月はシンジの正論に言葉詰まった後、非公開組織としての体面で攻めてみるが、シンジに更なる正論であっさりとねじ伏せられてしまう。
「なるほど・・・。確かに一理ありま・・・って、いえ、何でもありません」
青葉はシンジの策に頷いて納得しようとするも、冬月に鋭くギロリと睨まれて口ごもる。
「しかし、こんな事をしたら老人達が黙っていないぞっ!?」
「それなら、問題ありません・・・。今さっきの会議で事後承諾と言う形で了解が取れましたからね」
ならばと冬月は最後の手段でゼーレの存在を示唆するが、シンジはニヤリと一笑した後、サングラスを押し上げて言葉を繋ぐ。
「それに、冬月先生・・・。これは最初の一歩目にしか過ぎません。そう、第2歩目は・・・・・・。」
「「・・・だ、第2歩目は?」」
ゴクッ・・・。
シンジは緊張感を漂わせると目を瞑って言葉を溜め、冬月と青葉も次の言葉を待って緊張感を高め、思わず揃って生唾を飲み込んだ次の瞬間。
「トップアイドルを呼んでの1日司令っ!!」
「「1日司令ぇぇぇぇぇ~~~~~~っ!?」」
シンジが目をクワッと見開き、冬月と青葉は遂に明かされた新たなネルフの第2歩目にビックリ仰天。
「どうです?良い案でしょ?トップアイドルの1日司令体験を通して、お茶の間の皆さんへネルフの働きぶりを紹介するんです。
 今、広報部で誰を呼ぶかを検討させていますが・・・。冬月先生は誰が良いですか?副司令特権で有力候補に挙げておきますよ?」
「シ、シンジ君・・・。い、一体、君は何を考えているんだ?」
腕を組んで満足そうにウンウンと頷き、シンジは冬月へ1日司令を誰にするかのリクエストを尋ねるが、冬月は目線を手で覆って深い溜息を返す。
「あれ?・・・やっぱり、小さなお子様にも解り易くする為にガチャピ◎とム◎クを呼んだ方が良いでしょうか?青葉さん」
「し、司令代理・・・。そ、そう言う問題じゃないっス」
シンジは意外な冬月の反応に首を傾げ、顎をさすりながら改案を青葉へ尋ねると、青葉は大粒の汗をタラ~リと流して顔を引きつらせた。


「はぁぁ~~~・・・。葛城さん、絶対に誤解しているよな・・・・・・。
 一体、どうしたら良いんだ。加持さんがああだからこそ、今がチャンスなのに・・・って、んっ!?何だ?」
肩を落として溜息つきながら歩いていた日向は、ふと前方にあるミサトの執務室前にたくさんの荷物が置かれているのを見つけて立ち止まった。
「おお、マコト。お前も手伝ってくれないか?」
「手伝ってくれって・・・。そこは葛城さんの執務室だぞ?」
すると扉が開け放たれている執務室から青葉が荷物を抱え持って現れ、慌てて日向はミサトの荷物を出そうとしている青葉を止めるべく駈け出す。
「ああ、そうか・・・。お前、まだ知らなかったんだな。今日からここは俺とお前の執務室になるんだぞ」
「な、なに言ってるんだ?シ、シゲル・・・。」
だが、日向の言葉に耳を貸さず、廊下に荷物を置いた青葉の言葉を聞き、反対に日向が執務室前でピタリと立ち止まった。
「なにせ、葛城さんはあんな状態だろ?それで司令代理が・・・って、そうそう、司令代理直属の司令室調査部部長になったんだ。俺」
「・・・えっ!?」
「しかも、一尉へ昇進したんだぜ」
「そうなのか?・・・おめでとう。なんか、差を付けられちゃったな・・・。っ!?」
青葉は再び執務室へ戻りながら己が昇進した事を教え、日向は青葉の昇進を自分の事の様に喜びつつ執務室内へ視線を移して思わず茫然と目が点。
何故ならば、ミサトの執務室にあった荷物はあらかた無くなり、既にほぼ空室と言って良いくらいガランとしていたからである。
「あっ!?すまん・・・。昇進に浮かれて、すっかり忘れていた」
「・・・何がだ?」
「司令代理がお前を呼んでいるぞ。・・・多分、お前も昇進するんじゃないか?」
「お、俺がっ!?ど、どうしてっ!!?」
「だから、葛城さんはあんな状態だろ?それで司令代理が正式にお前を作戦部部長代理に任命するって、さっき辞令を貰う前に言っていたからな」
「・・・そ、それ、本当かっ!?」
その上、新たな荷物を持ち出そうとしている青葉から昇進の内定を告げられ、日向は突然の昇進にビックリ仰天。
「ああ、本当だ。・・・で、葛城さんはこの部屋を当分は使わないだろうから、司令代理が俺とお前の2人で使えってさ」
「へ、へぇぇ~~~・・・。」
「へぇぇ~~~・・・って、大出世だぞ?戦自なら、この若さで一尉なんてまずないぞ?お前、昇進が嬉しくないのか?」
「そ、そりゃ、嬉しいさ・・・。(う、嬉しいけど・・・。そ、そうなったら、葛城さんはどうなるんだ?)」
しかし、青葉の話を聞いている内に、日向は己の昇進がミサトの犠牲の上にあると知り、心中を苦しくさせてミサトの行く末を思い悩んだその時
もっとも、日向がミサトの座を奪っても、戦闘時の作戦能力はともかく、平時は今までもミサトの雑務を日向が全て引き受けていたので問題なし。
『日向二尉、日向二尉・・・。司令代理がお呼びです。司令公務室へ出頭して下さい』
「・・・ほら、呼んでるぞ?」
「あ、ああ・・・。」
呼び出しのアナウンスが通路に響き、親指を立てて促す青葉に見送られ、日向は出世の喜びを感じながらも重い足取りで司令公務室へ向かった。


「なるほど、真の目的は戦自か・・・。」
「ええ、冬月先生も有る程度は予想していたでしょ?・・・最後の敵は戦自だろうって」
「やるせなくなるな。所詮、人間の敵は人間か・・・。しかし、効果はあるのかね?この程度では、そう期待は出来ないだろう?」
シンジと冬月は司令席脇のソファーに座って差し向かい、将棋で恒例の嫌な仕事を賭けての勝負中。
その間の話題は、青葉がいた時には話せなかったCMと1日司令などの情報公開におけるシンジの真の目的。
「確かに父さんが今まで行ってきた強引さが祟り、戦自上層部への効果はあまり望めないでしょう。
 ですが、この国に住む人達はどうです?恐らく、少なからずの影響を与えるでしょう。・・・そして、効果としてはそれだけで十分なんですよ」
「・・・どういう意味だね?」
パチッ!!
シンジが言う影響とやらが解らず、冬月は長考の末の駒を進め、将棋盤上から視線を上げて尋ねた。
「ネルフが最も恐れる物を考えてみて下さい・・・。
 それは特務機関ネルフの特例による法的保護の破棄、及び指揮権の日本国政府への委譲を意味する『A-801』の発令です。
 この命令を発令するのはあの老人達ですが・・・。ここを占拠する戦自へ指示を出すのは日本政府です。
 だが、世論がネルフを支持していたらどうです?そうなれば、政治家達は次期選挙の為にA-801なんて無謀な命令に従えっこありませんよ」
パチッ!!
応えてシンジは腕を組んでソファーへ背を持たれ、ほんの数秒ほど将棋盤を眺めて駒をあっさりと進める。
「ふむ・・・。この国の腐敗政治が我らを助けると言う訳か。皮肉な物だな・・・・・・。ところで、これはユイ君の考えた作戦なのかね?」
冬月は進んだ駒に反応して眉間を寄せて皺を刻み、顎をさすって次手を考え込みながら、今回の情報公開における真意の発案者が誰かを尋ねた。
「いえ、母さんは世論を味方にしろとは言いましたが、その手段までは相談する時間はありませんでした」
「・・・すると君が1人で考えたと言う訳か」
「ご相談もせず、申し訳ないと思っています。ただ、冬月先生に言えば、立案段階で反対されると思いまして・・・。」
「いやいや、良いんだよ・・・。多分、君が言う通り、私は反対しただろうからな」
シンジは発案者が自分である事を明かし、副司令である冬月を蔑ろにした事を詫びるが、冬月は咎めず反対にシンジへの感心を深める。
「しかし、碇もやり手だと思ってはいたが・・・。
 君の足下にも及ばないな。老人達への手並みと言い、さすがはユイ君の息子と言うべきか・・・・・・。さて、王手」
パチッ!!
そして、駒を進めてニヤリと笑い、冬月は勝ったと言わんばかりに自信満々の表情を浮かべた。
「確かに無茶が通れば、道理も通るとも言いますが・・・。父さんみたいに強引さだけでは何処かで無理が現れます。
 何も馬鹿正直に城の正門へ攻撃するだけが手段ではありません。
 水攻め、火攻め、兵糧攻め・・・。こうして、陽動をかけ、外堀を埋めて行くだけで自ずと活路は見えてくるんです・・・。さあ、王手ですよ」
パチッ!!
だが、シンジがニヤリと笑って即座に駒を進めた途端。
「な、なにっ!?・・・そ、その手、待ったっ!!!ま、待ったっ!!!!」
「ダメです。ルールで待ったは3回までと決めているでしょ?」
冬月はみるみる内に余裕をなくして待ったを要求するが、シンジは笑顔ですげなく首を左右に振って拒否。
「うぐっ・・・。ぐぐぐぐぐっ!?」
「っ!?・・・じゃあ、ドイツへの出張はお願いしますね。きっとキールおじさんが苦虫を潰した様な顔で迎えてくれると思いますよ?」
「いや、何かまだ手があるはずだっ!!そうだっ!!!私は絶対に諦めんぞっ!!!!」
唸る冬月の持ち駒を見て刹那だけハッと目を見開いた後、シンジは妙に焦った様子で降伏勧告を告げ、冬月がネバーギブアップを叫んだその時。
コン、コン・・・。
「・・・どうぞ」
司令公務室の重厚な扉がノックされ、シンジが入室の許可を与えると、表情に不安を乗せたアスカが怖ず怖ずと扉が開いて現れた。


「どうしたの?まだ学校が終わらない時間なんじゃない?」
「う、うん・・・。あ、あのね・・・・・・。」
シンジは所在なさ気に側で立ったままのアスカへ尋ねるも、アスカは何やら口ごもって冬月へ目線だけをチラチラと何度も向ける。
「んっ!?ああ・・・。冬月先生」
「何だねっ!?今、私は忙しいんだっ!!!声をかけんでくれたまえっ!!!!」
「解りました。では、今回は僕の投了と言う事で・・・。」
アスカのアイコンタクトを察して冬月へ呼びかけるが、将棋に夢中な冬月は怒鳴って耳を貸さず、シンジは苦笑していきなり敗北宣言を告げた。
「・・・な、何っ!?」
「だから、投了すると言ったんです」
「す、すると君は負けを認め・・・。しゅ、出張へ行くと言うのか?」
我が耳を疑って尋ねると、シンジは改めて敗北宣言を告げ、冬月は尚も我が耳を疑って再び言葉で補いながら尋ねる。
「冬月先生、まだ気が付きません?僕もうっかりしていましたが、ここをこうすると僕は手も足も出なくなるんですよ。ほら・・・。」
パチッ・・・。
「おおっ!?おおっ!!?おおぉぉ~~~っ!!!?・・・と言う事は、遂に72戦目にして勝ったんだなっ!!!!?私はっ!!!!!?」
応えてシンジは冬月の持ち駒を1つ取って将棋盤上へ置き、冬月は興奮して歓声をあげた後、今度は我が目を疑ってシンジへ勝利の確認を尋ねた。
「はい、そうなりますね。おめでとうございます」
「ありがとうっ!!シンジ君、ありがとうっ!!!
 なら、こうしちゃおれんっ!!早速、山岸二佐に自慢しなくてはっ!!!では、出張の件はよろしく頼むよっ!!!!シンジ君っ!!!!!」
タッタッタッタッタッタッタッタッタッタッ!!ガチャッ!!!・・・バタンッ!!!!
そして、シンジがニッコリと笑顔で勝利を褒め称えるや否や、冬月は勢い良く席を立ち上がり、司令公務室を嬉しさに猛ダッシュで駈け出て行く。
「・・・座ったら?」
「う、うん・・・。」
扉が閉まった後、シンジは未だ立ったままでいるアスカへ席を勧め、アスカがソファーへ怖ず怖ずとお尻だけを乗せた感じにちょこんと座る。
「・・・で、どうしたの?アスカのおかげでドイツまで出張する羽目になったんだから・・・。さぞや、重大な用事なんだろうね?」
「えっ!?・・・シンジ、ドイツへ行くの?」
するとシンジはサングラスを外しながらアスカの肩へ手を回して、アスカをゆっくりとソファーへ押し倒してゆく。
「うん、そうだけど・・・。それがどうかした?」
「なら、あたしも・・・って、ダ、ダメっ!!」
しかし、アスカはシンジの両肩を両手で掴み、密着して己の首筋へ顔を埋めようとしていたシンジを勢い良く突き放した。
「ダメって・・・。そりゃないんじゃない?アスカ」
「あたしも一緒に連れてってっ!!ドイツっ!!!」
「・・・はっ!?」
何故と言わんばかりに恨めし気な視線を向けて問うと、いきなりアスカに出張の同伴を求められ、シンジは話に付いてゆけず思わず茫然と目が点。
「ダメ・・・。なの?」
「いや、それは日向さんと打ち合わせをしてみないと解らないけど・・・。いきなり、どうしてまたドイツなんかに?」
組み敷かれたままアスカは不安そうに上目づかいを向け、シンジはアスカのお願いを半ば了承しつつ、お願いの詳しい理由を尋ねる。
「あ、あのね、あのね・・・。パ、パパとママに会って欲しいの。シ、シンジに・・・・・・。」
「・・・へっ!?どうして、僕がアスカのお父さんとお母さんに会わないといけないの?」
アスカは顔を紅く染めつつ視線をあちこちへ漂わせて説明するが、シンジはいまいち話が理解できず、更に詳しい理由を尋ねた。
「う、うん・・・。じ、実は・・・・・・。」
「・・・実は?」
ますますアスカは顔を紅く染めて何やら言葉をゴニョゴニョと濁し、シンジはアスカの制服のリボンを解きながら次なる言葉を促す。
「せ、生理が来ないの・・・。で、出来ちゃったみたい。あ、赤ちゃん・・・・・・。」
「・・・・・・え゛っ!?・・・だ、誰の?」
だが、アスカが恥ずかし気に言葉を告げた瞬間、シンジは動きをピタリと止め、アスカのブラウスの第1ボタンへ手をかけたまま固まった。
「シ、シンジのに決まってるじゃない・・・。も、もうっ・・・・・・。」
「・・・で、でも、いつもちゃんと付けていたじゃないか?」
「ほ、ほら、初めての時・・・。シ、シンジ、付けなかったでしょ?た、多分、あの時のだと思う・・・・・・。」
何を付けたのかは全くの謎だが、シンジはアスカの勘違いではないかと問うが、アスカは例外があった初めての時なる物を説明して勘違いを否定。
「そ、そんな・・・。ま、まさか、たった1回で?」
「い、1回って・・・。あ、あの時は3回もしたじゃない・・・・・・。
 そ、それに考えてみると、あの日は危ない日だったし・・・って、な、なに言わすのよっ!!も、もうっ!!!シ、シンジの馬鹿っ!!!!」
更に何の回数かは全くの謎だが、シンジは確率論で問うも、アスカは確率を高めて恥ずかしさに耳まで真っ赤っかに染めた顔を両手で覆う。
「・・・う、嘘だろ?」
「シンジ・・・・・・。あたしが嘘を言っていると思っているの?」
シンジは絶対の理論を2つとも看破されて思わず呟き、その呟き声に絶望を感じ取り、アスカが顔を覆い隠したまま悲しそうに愛を確かめ尋ねる。
「そ、そんな事あるもんかっ!!た、ただ、いきなりだったから、ちょっと驚いただけだよっ!!!あはははははははははっ!!!!」
「じゃ、じゃあ、じゃあっ!!パ、パパとママに会ってくれるよねっ!!?」
すぐさまシンジが乾いた笑い声をあげて誤魔化しに計ると、アスカは両手を退けて瞳にちょっぴり涙を溜めた嬉しそうな笑顔を現した。
「そ、それは・・・。そ、その・・・。だ、だから・・・。え、えっと・・・。う、う~~~ん・・・。ど、どうだろうねぇ~~・・・・・・。」
「・・・い、嫌なの?シ、シンジ・・・・・・。」
その途端、シンジはアスカの問いに激しく言葉を詰まらせ、アスカが瞳に溜めていた涙を溢れさせて顔の両脇へこぼそうとした次の瞬間。
ブーー、ブーー、ブーーッ!!
『総員、第1種戦闘配置っ!!対空迎撃戦用意っ!!!繰り返す・・・。総員、第1種戦闘配置っ!!!!対空迎撃戦用意っ!!!!!』
「「使徒っ!?」」
突然、けたたましく警報が鳴り響き、すかさずシンジとアスカがソファーから身を起こして立ち上がる。
「アスカっ!!この話はあとでまたゆっくりと相談しようっ!!!今はまず使徒だっ!!!!」
「ええっ!!そうねっ!!!」
タッタッタッタッタッタッタッタッタッタッ!!ガチャッ!!!・・・バタンッ!!!!
シンジはサングラスをかけて司令代理としての顔になり、アスカもシンジの言葉にセカンドチルドレンの顔になって司令公務室を急ぎ出て行く。
「はぁぁ~~~・・・。一体、今日はどうなっているんだ。
 マナには綾波達との事がバレるし・・・。山岸さんは監視の目を光らせているし・・・。アスカは出来ちゃったって言うし・・・・・・。」
ウィィーーーン・・・。
アスカが居なくなると、シンジは深い深ぁ~~い溜息をつきながら司令席へ座り、引出の中のボタンを押して司令席を床へ沈ませる。
「なんか、今日は厄日と言うか、天中殺と言うか・・・。
 僕にとってのサードインパクトって感じだよね。はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~・・・。」
ガッチャン・・・。
そして、司令席が床へ完全に沈んで床のハッチが閉まると共に、シンジの憂鬱そうな溜息がかき消え、司令席は発令所へと移動を開始した。



感想はこちらAnneまで、、、。

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