「良いか?碇司令は気難しい人だからな。しっかりと挨拶するんだぞ?」
「は、はい」
あまり普段は使われる事がない司令フロア来賓控え室に只ならぬ緊張感が漂っていた。
「だからと言って、そんなに硬くなる事はない。いつも通り、普通にしていれば良いんだ」
「は、はい」
その発生源は、深く背をもたれてソファーに座るスーツ姿の中年男性と控えめにお尻だけを乗せてソファーに座る第壱中女子制服姿の少女。
「こらこら、硬くなるなって言ってるだろう?マユミ」
「で、でも・・・。お、お父さん・・・・・・。」
男性が緊張に体を強ばらせている少女の肩へ優しく手を置いて諭すが、少女はやや俯かせていた不安顔を上げ、男性へ縋る様な視線を向けた。
男性の名前は『山岸タケシ』、太い黒縁の眼鏡とオールバックにさせた髪が知的さを漂わすナイスミドル。
少女の名前は『山岸マユミ』、さらさらの艶輝くロングヘアーと眼鏡に大人しさと知的さを漂わせ、口元左下にある黒子が印象的な女の子。
「さあ、紅茶でも飲んでリラックスしなさい」
「う、うん・・・。」
タケシはマユミの緊張を少しでも和らげさせようと、テーブルに出されている紅茶を飲むように促し、マユミがテーカップへ手を伸ばす。
カタカタ、カタカタカタ・・・。
「ふぅぅ~~~・・・。(そんなに緊張しなくても良いだろうに・・・・・・。)」
だが、緊張に震えるマユミの腕はカップと受け皿を打ち鳴らして、カップを口へ上手く運ぶ事が出来ず、タケシはやれやれと溜息をついた。
「・・・まあ、マユミが緊張するのも無理はないか。
なにせ、碇司令はマユミの憧れの・・・。ほら、何と言ったかな?・・・そうそう、シンジ君のお父さんだからな」
「えっ!?」
ならばと一計を講じて、タケシは考えるフリをしつつ脈絡もなく話題を変え、マユミは話に突然出てきたシンジの名前に驚いて緊張から我に帰る。
「うんうん、解るぞ。母さんのお義父さんへ結婚の挨拶に行く時なんか、父さんもそれはもう緊張したからな」
「ち、違いますっ!!そ、そんなんじゃありませんっ!!!」
タケシはマユミの反応にニヤリと笑いながら腕を組んでウンウンと頷き、マユミが顔を真っ赤に染めてソファーを勢い良く立ち上がった。
「なんだ、違うのか?てっきり、父さんはマユミの好きな人はシンジ君だとばかり思っていたが・・・。」
「それは違わないけど・・・って、あっ!?」
するとタケシはマユミを見上げて首を傾げ、マユミは怒鳴ってタケシの言葉を否定するが、直後に己の重大発言に気付き、慌てて口を両手で塞ぐ。
「そうか、そうか・・・。マユミはシンジ君が好きか。確かに独り言でシンジ君の名前を良く呟いているくらいだからな」
「し、知りませんっ!!」
タケシは策が成功した事にニヤニヤと笑い始め、マユミは勢い良くソファーへ再び座り直すと、真っ赤に染めた顔を俯かせた。
「いや、父さんはシンジ君に興味があるな。
・・・おお、そうだ。今度、シンジ君を家へ連れてきなさい。父さん、シンジ君に会ってみたいな」
以前では見る事が出来なかったマユミのその女の子らしい仕草に目を細め、タケシはマユミを変えた原因であるシンジに興味を持って紹介を頼む。
ちなみに、ほんの数ヶ月前まで、マユミは本だけを好んで内に籠もり、誰とも積極的に会話を交わそうとしない大人しすぎる娘だった。
それは父親であるタケシにも同じであり、タケシは常にマユミの性格と行く末を深刻に心配していたのである。
ところが、たった2週間しか滞在していなかった第三新東京市を引っ越して以来、マユミは自分を変えようと努力して次第に明るくなり始めた。
タケシは己が幾ら試しても無駄だったマユミの変化を不思議に思い、マユミへ問い質してみると出てきたのが『碇シンジ』の名前。
それ故、タケシはネルフからの誘いを受けた際、ようやく掴んだ戦自のとあるプロジェクトリーダーと言う地位を捨てて二つ返事で誘いに乗った。
「そ、そんな・・・。は、早すぎます。わ、私達、まだ中学生ですし・・・。け、結婚なんて・・・。そ、それに14歳じゃ・・・・・・。」
「・・・はあ?」
マユミは今までの会話から紹介の意味を勘違いして俯きを深め、タケシはマユミが何を言っているのか解らず思わず茫然と目が点。
「私はマユミのボーイフレンドを見たいだけなんだが・・・・・・。そうか、そうか・・・。マユミはシンジ君との結婚まで考えていたのか」
「えっ!?あっ!!?そ、それは・・・。そ、その・・・。あ、あの・・・。え、えっと・・・・・・。」
数瞬後、タケシがマユミの勘違いに気付いてニヤリと笑い、マユミは勘違いの指摘に顔を勢い良く上げるが、すぐ恥ずかしさに俯いて言葉を濁す。
「うんうん、この調子だと初孫が見られるのも近いかな?」
「お、お父さんっ!!」
しかし、タケシに丸まった背中をバシバシと叩かれて、マユミが再び顔を勢い良く上げ、頬をプクゥ~ッと膨らませてプンスカと怒鳴ったその時。
コンコン・・・。ガチャ・・・。
「お待たせいたしました。こちらへどうぞ」
来賓控え室の扉がノックされると共に開き、この部屋へ2人を通した司令付き女性秘書官が現れ、2人へ面会の用意が整った事を告げた。
「さあ、マユミ」
「は、はいっ!!」
タケシはネクタイを締め直してソファーから立ち上がり、続いてソファーから勢い良く立ち上がり、マユミがビシッと『気を付け』の姿勢をとる。
「しっかりと挨拶するんだぞ?」
「は、はいっ!!」
せっかく緊張が解れたのに再び緊張し始めたマユミに苦笑し、タケシは何やらニヤリと笑ってマユミへ注意を小声で促した。
「うむ・・・。好印象を与えておけば、両家公認の交際が出来るんだから頑張るんだぞ?」
「は、はい・・・って、ち、違いますっ!!」
緊張の面もちでタケシの注意に頷くが、すぐに続いたタケシのお茶ら気も思わず頷いた後、マユミは言葉の意味に気付いて顔を真っ赤に染める。
「・・・何か?」
「い、いえ・・・。す、すみません・・・。な、何でもありません・・・・・・。」
女性秘書官がマユミの怒鳴り声に不思議顔を向け、マユミはますます顔を真っ赤に染め、慌てて女性秘書官へ謝りながら恥ずかしそうに俯いた。
「くっくっくっくっくっ・・・。さ、さあ、行くぞ・・・。くっくっくっくっくっ・・・・・・。」
「もうっ!!お父さんのせいで、変な目で見られたじゃないですかっ!!!」
タケシは必死に声を噛み殺して笑いを堪えつつ歩き始め、マユミはその後に続いて歩きながら、憎々し気にタケシの背中へ向かって小声で怒鳴る。
「だけど、緊張は解けただろ?」
「えっ!?あっ!!?う、うん・・・。(お、お父さん・・・・・・。)」
応えてタケシは正面を向いたまま言葉を返し、マユミは己の高鳴っていた鼓動が静まっている事に気付き、感謝の眼差しをタケシの背中へ向けた。
コツ、コツ、コツ・・・。
コツ、コツ、コツ・・・。
コツ、コツ、コツ・・・。
コツ、コツ、コツ・・・。
コツ、コツ、コツ・・・。
コツ、コツ、コツ・・・。
それでも、長い長い廊下に響く3人の足音に、再びマユミの緊張が次第に高まってゆく。
コツ、コツ、コツ・・・。
コツ、コツ、コツ・・・。
コツ、コツ、コツ・・・。
コツ、コツ、コツ・・・。
コツ、コツ、コツ・・・。
コツ、コツ、コツ・・・。
マユミは高鳴る胸を右手で押さえて緊張も抑えようと、気を紛らわせるべく廊下の窓へ視線を向ける。
(帰ってこれたんだ。また、この街に・・・。シンジ君がいるこの街に・・・。もう、2度と逢えないと思っていたのに・・・。
・・・ねえ、シンジ君。私、変われたかな?シンジ君みたいになれたかな?お父さんは明るくなったって言ってくれるけど変われたかな?)
ジオフロントの光景を眺めながら、マユミはガラスに写っている不安気な自分の顔を見て、心にシンジの顔を思い描いて縋る様に問いかけた。
(・・・って、これじゃあ、ダメですよね。いつも、シンジ君にばかり頼っていては・・・。)
パンパンッ!!
一拍の間の後、その問いかけこそが以前の気弱な自分だと気付き、マユミは軽く頬を両手で叩いて気を引き締め直す。
「マユミ、どうしたんだ?」
「いえ、何でもありません」
タケシと女性秘書官がその音に歩を止めて振り返り、いつの間にか立ち止まっていたマユミは、慌てて2人の後を追って早足で歩き始めた。
マユミは変わった。
その変化は、マユミを良く知る者以外にとっては気付かない程度の微々たるものだが、マユミは確かに変わったのである。
だが、マユミはまだ知らない。
時の流れがマユミを変えた様にシンジもまた変え、シンジが変わり過ぎた事をマユミはまだ知らなかった。
New NERV Commander
ゲドウ2世
第2話 巡りアイ、再び
「では・・・。」
重厚な扉の前までマユミとタケシを案内すると、女性秘書官は一礼して今来た道を戻って行った。
「・・・マユミ、良いか?」
「は、はい・・・。(あ、あのお父さんが緊張している・・・。そ、そんなに凄い人なの?シ、シンジ君のお父さんって・・・・・・。)」
タケシは窮屈そうにネクタイを少し緩めてマユミへ確認を取り、マユミは初めて見る緊張しきった父の姿に戸惑いながらも返事をする。
コン、コン・・・。コン、コン・・・。
「・・・入れ」
一拍の間の後、意を決したタケシが頷いて扉へノックすると、扉の向こう側から貫禄のある低い声が返ってきた。
「失礼します」
ガチャ・・・。
タケシは緊張にやや声を震わせながら扉を開け、マユミはその後に続いて部屋へ入ろうとするが、司令公務室の雰囲気に圧倒されて一歩後退。
(な、なに・・・。こ、この部屋・・・。な、何にもない・・・・・・。)
「マユミ、何をしている」
マユミが茫然と無意味に広い司令公務室をキョロキョロと見渡していると、タケシが振り返り立ち止まって小声ながら迫力のある声で叱った。
「は、はいっ!!」
数年ぶりに聞くタケシのその声色に驚いて慌てて我に帰り、マユミはタケシの後を追って部屋へ入って行く。
(あっ!?あれがシンジ君のお父さん?・・・少し想像していたのと違うかな?
お父さんの言う通り、確かに厳しそうな人だけど・・・。何処かの学校の校長先生っぽい感じで優しそうに見えるけど・・・・・・。)
それでも、マユミは目だけをキョロキョロと動かして様子を探り、司令席脇のソファーに座っている冬月を見つけてシンジの父親だと勘違い。
何故ならば、冬月は表情を険しくさせて人類の未来を考えるかの様に腕を組み、その姿は正にネルフ司令と言う貫禄が滲み出ていたからである。
しかも、ネルフ司令が座るべく司令席には誰も座っておらず、この部屋には冬月しか居ないのだからマユミが勘違いするのも無理がない話。
「山岸一尉。只今、着任いたしました」
しかし、冬月が副司令と知っているタケシは、冬月の方へは向かわずに司令席前で立ち止まって敬礼をした。
「・・・えっ!?」
「え、『えっ!?』じゃないっ!!ほ、ほら、マユミも挨拶しなさいっ!!!」
続いて挨拶するはずが、マユミは予想外の展開に思わず間抜け声を出し、顔面蒼白となったタケシが隣に立つマユミを肘で突っついて行動を促す。
「えっ!?えっ!!?えっ!!!?えっ!!!!?えっ!!!!!?えっ!!!!!!?」
「マ、マ、マ、マ、マユミっ!!は、は、は、は、は、早く挨拶しなさいっ!!!」
だが、椅子へ挨拶をする理由が解らず、混乱するマユミはタケシと冬月と椅子の順に何度も視線を向け、タケシは焦って冷や汗をダラダラと流す。
「えっ!?えっ!!?えっ!!!?・・・あっ!!!!?
や、山岸特務准尉っ!!シ、シクスチルドレンとしての召集を受け、着任いたしましたっ!!!」
視線を数順させた末、ようやく椅子がただ単に後ろ前になっているだけだと気付き、マユミもまた顔面蒼白になって慌てて敬礼する。
ギィ・・・。
「ご苦労様、着任を認めます。・・・山岸さん、久しぶり」
すると後ろ前だった椅子が軋み声を上げて正面へクルリと回り、サングラスをかけて椅子に深く腰かけるシンジが姿を現した。
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
三者三様がお互いに黙り込み、司令公務室に静寂が満ちてゆく。
マユミは何故シンジが目の前にいるのかが解らず、茫然と目を見開いて何か言葉を発しようとするが、言葉にならず口をパクパクとさせている。
タケシは何故ゲンドウではなく子供が司令席に座っているのかが解らず、茫然と目を見開いて思考回路の混乱に固まっていた。
そして、シンジは2人の反応に悪戯が成功したかの様に声を噛み殺してクスクスと笑っている。
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
しばらくして、笑いの収まったシンジが、2人のリアクションを待とうとゲンドウポーズをとったその時。
「ど、どうして、シンジ君がここに居るんですかっ!?」
「いやぁぁ~~~、ちょっとしたアルバイトでね。怠け者の父さんに代わって司令代理を務めているんだ」
マユミが遂に言葉を取り戻して驚き声をあげ、シンジはサングラスを外してマユミへニッコリと微笑んだ。
「し、司令代理・・・って、君があのシンジ君なのかっ!?」
「どのシンジ君かは解りませんが、僕は碇シンジですよ。ええっと・・・。そして、これが司令代理である証の国連の正式な辞令です」
だが、反応したのはタケシであり、シンジは驚くのも無理はないと苦笑し、初訪問者が来る度に見せている紙を引出の中から取り出して突き出す。
「ほ、本物だ・・・。し、しかも、中将・・・・・・。」
「・・・それって凄いんですか?」
タケシは紙面に書かれた内容に驚愕して目を最大に見開くが、その紙面の内容の威力が解らないマユミは、キョトンと不思議顔で首を傾げた。
「す、凄いなんてものじゃないっ!!ネ、ネルフの総司令と言ったら・・・。
と、父さんが昨日までいた戦自の1番偉い人はもちろん、この国の総理大臣だって、アメリカ大統領だって逆らえないんだぞっ!!」
「・・・す、凄いんですね。シ、シンジ君って・・・・・・。」
マユミの素朴な問いに、タケシはマユミへ驚愕顔を向けて応え、マユミが1テンポ遅れてシンジの凄さを知り、シンジへ驚愕顔を向けた途端。
「ば、馬鹿っ!!な、馴れ馴れしく名前で呼ぶ奴があるかっ!!!
も、申し訳ありませんっ!!し、司令代理っ!!!ほら、お前も謝るんだっ!!!!は、早くっ!!!!!」
「も、申し訳ありませんっ!!」
タケシはマユミの無礼な言葉づかいにギョギョッと驚き、慌ててマユミの後頭部を手で押さえて頭を下げさせながら自分も頭を下げて謝る。
「いいえ、構いませんよ。山岸さんとは友達ですからね」
「・・・シンジ君。(でも、友達なんですか?・・・ううん、時間はたくさんあるだから、これから頑張れば良いんです)」
応えてシンジはニッコリと微笑み、お許しに頭を上げたマユミは、その笑みに頬を紅く染めつつも内心ではシンジの言葉に落胆して溜息をつく。
「それはさておき・・・。山岸二佐」
マユミに遅れてタケシも頭を上げると、シンジはサングラスをかけてゲンドウポーズをとり、身に重苦しい雰囲気を纏って周囲に発散し始めた。
「は、はい・・・って、私は一尉ですが?」
いきなり豹変したシンジのオーラに怯み、タケシは声を震わせて返事を返すが、己を呼んだ階級の違いに気付いて怪訝そうな表情を浮かべる。
「まず、それなんですが、一尉だと課長職を務めて貰うのに何かと不便なので、僕が人事に昇進を頼んでおきました。その内に辞令が届きますよ」
「か、課長職?・・・わ、私がですか?」
「・・・おや、不満ですか?」
しかも、シンジから返ってきた応えに、タケシはますます怪訝さを表情に深め、シンジがタケシの発言に目を細めて眉をピクリと跳ねさせた。
「い、いえ、むしろ光栄なのですが・・・。し、新参者の私がいきなり課長などになって良いのかと思いまして・・・・・・。」
「失礼ですが、あなたの事を色々と調べさせて頂きましたが・・・。どうやら、山岸二佐は人付き合いが苦手の様ですね?」
「え、ええ・・・。ま、まあ・・・・・・。」
不興を買ったのかと慌てて弁解すると、シンジは脈絡もなく話題を変え、タケシは娘の前で己の欠点を指摘されてバツの悪そうな表情を浮かべる。
「その結果、戦自ではどの派閥にも入らず、実力に反して相応の地位ではなかった様ですが・・・。僕のネルフでは派閥など関係はありません。
・・・と言うか、材質工学の権威である山岸博士を引き抜いておいて、課長に据えなければ意味がありませんよ。
そして、どちらかと言えば、あなたは下でいるよりも、上にいた方が能力を発揮する人と僕は見ました。・・・・・・全く、戦自も愚かですね」
「し、司令代理・・・。」
しかし、続いたシンジの言葉に、長年抱えていた苦労を知ってくれる人物と遂に巡り会えた事を知り、タケシはジーンと感動して心を震わす。
何故ならば、タケシは人付き合いの悪さが災いし、その才能を上司に疎まれ続け、今まで1つの研究所に2年以上は長く留まった事がなかった。
おかげで、マユミは小さい頃から何度も学校を転々としており、内気な性格も手伝って今まで友達らしい友達が1人も出来た事がなかったである。
タケシはその事実に責任をかなり感じながらも、人付き合いの悪さはなかなか治せず、転勤する度に心でマユミに謝るくらいだった。
それ故、タケシがここまで感動してしまうのも無理はない話なのだが、シンジのこの手口こそ派閥化への人身掌握術だとタケシは気付いていない。
無論、タケシの才能が超一流なのも確かではあるが、実際シンジが司令代理に就任して以来の2週間、ネルフ内には粛清の嵐が巻き起こっていた。
その粛清対象は全てゲンドウの息がかかった者達であり、各部署トップの約3割近い人員が各支部へ左遷、もしくは栄転されている。
特に中でも司令付き保安部など予算の無駄だと取り潰し、加持の様に強請って絶対の忠誠を誓わせ、司令代理付き保安部と名を変えている始末。
「まあ、そんな事で山岸二佐には技術部二課の課長を命じます。詳細は一課の赤木博士と詰めて下さい」
「了解しましたっ!!」
シンジはタケシの反応にゲンドウポーズで隠した口元をニヤリと歪ませ、タケシはシンジの辞令に威勢の良い返事と共に最敬礼を返した。
「よろしい・・・。あと山岸二佐が戦自で携わっていた『GR計画』についての詳細を教えて頂けると嬉しいです」
「な、何故、それをっ!?じ、GR計画は戦自の極秘中の極秘プロジェクトのはずっ!!?」
「新しい僕のネルフを舐めて貰っては困ります。以前の父さんのネルフの時とは違うんですよ。・・・で、返答は?」
その礼を頷いて応えた後、シンジは敢えてゲンドウポーズを解いてニヤリ笑いを披露し、邪悪なオーラを全開に放ってタケシへ戦自の秘密を迫る。
「し、しかし・・・。あ、あれは・・・・・・。」
「口止めされているのでしょう?・・・でも、山岸二佐とマユミさんの安全は僕が絶対に保証します。ご安心を・・・。」
「そ、それならば・・・。あ、あとで書類にまとめておきます・・・・・・。」
オーラの直撃に思わず一歩後退して返答に詰まるが、とてもじゃないがシンジの頼みを断れず、タケシは身の安全と引き替えに怖ず怖ずと頷いた。
「さて、山岸特務准尉・・・って、山岸さん、どうしたの?」
「・・・・・・。」
シンジはオーラを霧散させて満足気に頷き、続いてマユミへ呼びかけるも、司令代理としてのシンジの姿に茫然としているマユミから返事はない。
「おぉ~~い・・・。やっほぉぉ~~~・・・。山岸さぁぁぁ~~~~ん・・・。大丈夫ぅぅぅぅ~~~~~・・・・・・。」
「・・・・・・。」
ならばとシンジは両掌をメガホンにして呼びかけてみるが、やはり返事は返って来ず、マユミは口を間抜けにポカ~ンと半開きさせたまま。
「マ、マ、マユミっ!?な、な、な、何をしているんだっ!!?へ、へ、へ、へ、返事をしなさいっ!!!!」
「えっ!?あっ!!?は、はいっ!!!!な、何ですかっ!!!!?」
見かねたタケシが慌ててマユミの制服の袖を強く何度も引っ張り、マユミはその揺れで我に帰るなり思わずシンジへビシッと最敬礼。
「そんなに畏まらなくて良いよ。山岸さん・・・。で、山岸さんにはシクスチルドレンとしてエヴァに乗って貰う予定なんだけど・・・。」
「は、はい・・・。」
シンジはマユミの態度に苦笑した後、サングラスを押し上げて重苦しい雰囲気を身に纏い、マユミが緊張に表情を引き締めてシンジの言葉を待つ。
「でも、今は残念ながら専用機がまだないんだよね」
「・・・そ、そうなんですか?」
するとシンジは一瞬で重苦しい雰囲気を消して困り顔で肩を竦め、肩すかしを喰らったマユミは再び茫然となりそうになるのを堪えながら尋ねる。
「そうなの。なかなか、予算が取れなくてね。老人達もケチケチせず予算をくれれば良いのに、何を悪巧みしているのやら・・・。
・・・って、そんな事はどうでも良いんだけど・・・。しばらくは訓練と実験を重ね、それから僕の初号機にもう1人の娘と乗って貰うから」
「・・・もう1人の娘?」
シンジはやれやれと深い溜息をついて応え、マユミはその応えの中に新たな疑問を見つけて更に問いかけた。
「そう、母さんの希望なんだ。その娘も1週間以内にこの街へ来ると思うから仲良くね?」
「はい、解りました」
「それじゃあ、直属の上司になるミサトさんを紹介するから付いて来て」
ところが、更なるその問いには多くを応えようとはせず、マユミを連れ立って司令公務室を出ようと、シンジが席を立ち上がったその時。
「シンジ君、待ってくれっ!!解ったぞっ!!!2四、金っ!!!!2四、金だっ!!!!!」
パチィィーーーン・・・。
今まで沈黙していた冬月が、シンジを叫び呼び止めて、司令公務室に将棋の駒を打つ心地良い音を響かせた。
「・・・どうだね?」
「なるほど、そう来ましたか・・・。なら、7五、歩で」
冬月は額にかいた汗を腕で拭って会心の笑みを向けるが、シンジはその場で将棋盤も見ず腕を組んで考え込み、5秒後に次手を導き出した。
「7五、歩か・・・。そんな事をしても、この鉄壁の守りは・・・って、な、なにっ!?ま、待ったっ!!!こ、この手、待ったっ!!!!」
「冬月先生、ダメですよ。最初のルールで待ったは3回までって決めたじゃないですか」
シンジご指名の駒を動かすなり、冬月は5秒前までの余裕を一瞬にして失って1手戻す事を懇願するが、シンジはすげなく首を左右に振る。
「うむぅ~~~・・・。むむむむむっ!?」
「おや、将棋ですか?」
たちまち額に汗をジワジワと滲ませ、冬月は将棋盤を睨み付けて唸り声をあげ始め、同好の趣味を持つタケシがウズウズとたまらず声を挟む。
「おおっ!?君は将棋が出来るのかっ!!?」
「はい、嗜む程度ですが」
「うむっ!!ならば、君ならこの局面をどうするっ!!?」
「そうですね。これは・・・。むむっ!?むむむむむっ!!?」
冬月は思わぬ援軍にアドバイスを求めるが、タケシは冬月の対面のソファーに座って譜面を見るなり、冬月同様に唸り声をあげ始めた。
「もう投了したらどうです?30分も考えたんだし、冬月先生は頑張りましたよ」
「いや、まだだっ!!シンジ君、もう少し待ってくれっ!!!山岸二佐、君も考えたまえっ!!!」
「しかし・・・。これは・・・。もう・・・・・・。」
シンジは溜息混じりに降伏勧告を勧めるが、冬月は諦めず援軍へ檄を飛ばし、あまり役に立たない援軍のタケシが降伏を口に出そうとしたその時。
「・・・ここはどうです?」
「「んっ!?・・・おおっ!!?」」
将棋盤の上にしなやかな細い手がスラリと伸びて駒を1つ進め、冬月とタケシがその絶妙の一手に驚き声をあげた。
「なに?何処、何処?」
「えっと・・・。4二、飛車が成りで」
「えっ!?・・・そんな所、あったっけ?」
シンジは冬月とタケシの驚きぶりに眉をピクリと跳ねさせ、マユミの解説を受けて、記憶にない駒の配置に驚愕して目を見開く。
「ええ、ほら・・・。王手、1歩前です」
「げげっ!?ほ、本当だっ!!?・・・や、山岸二佐、少し退いて下さい」
マユミは尚も解説するが信じられず、慌ててシンジは皆の元へ駈け寄って将棋盤の譜面を見るなり、タケシを横に退かして冬月の対面に座る。
「はい・・・。しかし、マユミが将棋を知っていたなんて意外だな」
「お父さん、忘れたんですか?小学校の時に将棋を教えてくれたのはお父さんですよ」
「・・・はて、そうだったかな?」
「はい、お父さんが負け込む様になって段々としなくなったんです」
タケシは難解な局面を解決した事はもちろん、マユミが将棋自体を知っている事に驚き、マユミは昔を思い出してクスリと笑いつつ返事を返した。
「こう打てば、こう来るし・・・。ああ打てば、ああ来るし・・・。これは弱ったなぁぁ~~~・・・・・・。」
「勝ったな・・・。どうやら、この書類の山の決裁と午後の上の会議へはシンジ君に行って貰いそうだね」
そんな和やかな雰囲気を余所に、シンジは将棋盤を凝視して眉間に皺を寄せ、冬月は将棋盤を悠然と見下ろして勝利の確信にニヤリと笑う。
余談だが、冬月の言葉通り、将棋盤の横には100枚以上は有ろうかと言う書類が山の様に積まれていた。
「えっ!?そ、そうだったんですか?ご、ごめんなさい・・・。シ、シンジ君」
冬月の言葉に勝負の裏にあったシンジと冬月の賭を知り、マユミは驚きながらシンジを苦況に立たせてしまった事に責任を感じて頭を下げて謝る。
「いやいや、良いんだよ・・・でも、これならどうだっ!?2六、銀っ!!!」
「「おおっ!?」」
シンジは気にした様子もなく将棋盤から視線を上げると、冬月へニヤリと笑って駒を進め、冬月とタケシがその絶妙の一手に驚き声をあげた。
「それなら・・・。あっ!?何でもありません」
「いや、言ってくれないかな?山岸さん」
一拍の間の後、次手を見つけたマユミは、喜々と手を将棋盤へ伸ばすも慌てて引っ込め、シンジが興味深そうに次手をマユミへ促す。
「うむ、君もここに座ると良い」
「はい・・・。では、3六、歩で」
「「おおっ!?」」
冬月も頼もしい援軍に次手を了承して席を譲り、マユミがシンジの対面に座って駒を進めると、冬月とタケシがその絶妙の一手に驚き声をあげた。
「やるねぇ~~・・・。だけど、これは避わせないでしょ?5六、角で王手」
「いえいえ、2八、玉を引っ込めて回避です」
「「おおっ!?おおっ!!?」
シンジは思わぬ伏兵の手強さにニヤリと笑い、マユミはシンジとの対戦の楽しさに微笑み、観戦者と化した冬月とタケシが驚き声だけをあげる。
「なら、4二、金」
パチッ!!
「では、2三、歩」
パチッ!!
「なら、7四、銀」
パチッ!!
いつの間にか、シンジvs冬月の戦いはシンジvsマユミの戦いへと完全に変わり、2人が即手で打ち合う駒の音だけが司令公務室に響く。
おかげで、冬月とタケシは一進一退の攻防に歓声をあげる間もなく、テニスの試合の様にシンジとマユミの打ち手へ交互に顔を向けていた。
「では、3四、桂」
パチッ!!
「なら、3四、飛」
パチッ!!
「では、2七、玉」
パチッ!!
だが、生来の性格によるものか、どうしても打ち手が受け身なマユミが徐々に防戦一方へと変わり、シンジに外堀と内堀を埋められてゆく。
「引っかかったね?・・・2八、金で王手っ!!」
「う゛っ・・・。ありません。参りました」
全ての退路を断つと、シンジはサングラスを押し上げながら最後の駒を進め、マユミはその手に敗北を悟って頭を下げた。
「・・・と言う事でお願いしますね。冬月先生」
「よ、よかろう・・・。」
シンジは立ち上がって冬月を見下ろしながらニヤリと笑い、冬月は既に勝敗を決した将棋盤を見開いた目で凝視しつつシンジの言葉に何とか頷く。
「さあ、山岸さん。ミサトさんを紹介するついでに本部を案内するよ」
「は、はい・・・。あ、あの、お役に立てず済みません。・・・あっ!?待って下さいよ」
するとシンジは笑顔の質を一変させてマユミへニッコリと微笑み、心底済まなそうに冬月へ頭を下げるマユミを放って司令公務室出入口へ向かう。
「そう言えば、少し変わったね?山岸さん」
「えっ!?・・・そうですか?」
「うん、少し明るくなったと思うよ。さっきだって前なら口を挟まなかっただろうからね」
そして、シンジとマユミは改めて再会を喜ぶの声を交わしながら司令公務室を出て行く。
「ありがとうございます。でも、シンジ君も変わりましたね。・・・何ですか?そのサングラス・・・。さっきから思っているんですけど?」
「あれ、変かな?僕は格好良いと思っているんだけど?」
「シンジ君がそう言うなら・・・。でも、私はちょっと・・・・・・。」
バタンッ・・・。
一方、取り残され、プロさながらの2人の対局に茫然としていたタケシと冬月は、司令公務室の重厚な扉が閉まる音と共にふと我に帰る。
「あの・・・。副司令、何と言ったら良いか・・・・・・。」
「いや、良いんだよ。むしろ、シンジ君にあそこまで善戦できるなんて大した物だよ。君の娘は」
「・・・司令代理はお強いんですか?」
娘の不手際を詫びるが、冬月は顔を引きつらせながら首を左右に振り、タケシは冬月の言葉に興味深い疑問が湧いて尋ねずにはおれず尋ねる。
「今、君も見ただろう?・・・強いなんてものじゃない。おかげで、ここ1週間惨敗続きで雑務の毎日だよ」
「・・・そ、そうなんですか」
冬月はその疑問にトホホと溜息をついて応え、タケシはネルフ最上層部の裁決業務が将棋の賭で分担されている事を知って顔を引きつらせた。
キーン、コーン、カーン、コーン・・・。
「起立、礼」
第壱中2年A組の教室に授業終了のチャイムと共に、委員長ヒカリの号令が響く。
だが、一時の解放を求めてざわめく教室の声は小さく、教室は主の居ない空席で目立っていた。
その理由は約1ヶ月前にあった第14使徒戦に原因がある。
今まで幾度の使徒襲来を受けながらも、第三新東京市市民達はネルフへそれなりの信頼を寄せ、この街に安心感を持って住む事が出来た。
しかし、ネルフは第14使徒戦で本部施設内侵攻と言う事態を起こしてしまい、この事実に危機感を抱いた市民達がこぞって疎開。
その為、現在この街にはネルフ関係者しかほぼ住んでおらず、この2年A組もネルフ関係者の親を持つ子供だけが残っていた。
「綾波はいつもの事として・・・。シンジ、今日も来ないのか」
頬杖をついて寂しくなった教室を見渡した後、ケンスケはシンジの席へ視線を固定して溜息をつく。
「・・・アスカも来ない。鈴原もまだ退院できないし・・・。」
仲の良い友達はもう居らず、話相手を求めてやってきたヒカリが、ケンスケの言葉の後に続いて寂しそうに呟いた。
「学校どころじゃないんだな・・・。今や」
「・・・あんな事があった後だもんね」
ケンスケは窓の外の景色に視線を移してしみじみと呟き、ヒカリも釣られて窓の外の景色に視線を移して呟き、2人は揃って深い溜息をつく。
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
休み時間だと言うのに教室は勿論の事、学校全体にまるで活気がなく、2人が黙り込んだだけで静寂が辺りを支配する。
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
しばらく、風に流されてゆく雲をぼんやりと眺めていたケンスケが、ふと青空を見上げたままヒカリへ尋ねた。
「今日もトウジの所へ行くのか?」
「うん・・・。でも、前は面会も出来たんだけど、2週間前から面会謝絶で・・・・・・。」
「・・・そうか。なあ、委員長。もし、シンジに会えたら謝っておいてくれないか?」
「えっ!?どうして?」
応えて俯くと、ケンスケはトウジのお見舞いへ行くヒカリにシンジへの言付けを頼み、ヒカリが不思議そうに顔を上げて問う。
「俺、シンジに電話で酷い事を言っちゃってさ・・・。本当はシンジがエヴァに乗りたくない気持ちを知っていたのにな」
「そう・・・。でも、それなら尚更、相田君が自分で謝った方が良いんじゃない?」
ケンスケはその問いにシンジとの最後の会話を思い出して辛そうに応え、ヒカリは詳しい事情を敢えて聞かず自分で謝るようにケンスケを諭す。
ちなみに、ケンスケが言う酷い事とは、シンジが第14使徒戦前にパイロットを止め、この街を出て行こうとする際にかけた電話の内容である。
「やっぱり、そうだよな・・・。だけど、どんな顔して会ったら良いか解らないんだ」
「大丈夫。碇君ならきっと許してくれるわよ。・・・そうだ。今日、一緒に鈴原のお見舞いにネルフへ行かない?」
するとケンスケは振り向いて沈痛そうな表情をヒカリに見せ、ヒカリは精一杯の明るい口調でケンスケを励ましてトウジのお見舞いを誘った。
「・・・・・・。」
司令室フロア・エレベータ前のベンチに座り、エレベーターと一本道しかない廊下の先に忙しなく視線を交互に送るレイ。
何故、そんな事をしているのかと言えば、昨日の夕方から姿を見失っているシンジを待ち構えているからである。
チ~~~ンッ!!
「碇君っ!!」
不意にエレベーターが到着の合図にチャイムを鳴らし、レイは喜びあらわに声を弾ませてベンチを勢い良く立ち上がった。
ウィィーーーン・・・。
「・・・なによ。いきなり、気持ち悪いわね」
そして、エレベーターの扉が開くや否や、レイはエレベーターから出てきた人物へ抱きつくが、レイの抱擁に応えたのはアスカの声。
「セカンド・・・。用済み」
ドンッ!!
「痛っ!?」
すぐさまレイは抱擁を解くと、アスカを突き飛ばしてエレベーター内へ戻し、壁へ背中を強かにぶつけたアスカが、痛みに小さく悲鳴をあげた。
「ファーストっ!!あんた、良い度胸してんじゃないっ!!!
・・・って、まあ、良いわ。今日は機嫌が良いから許してあげようじゃない。あたしに感謝しなさいよ」
だが、レイはそんなアスカに見向きもせず元いたベンチに座り直し、アスカは一瞬だけ怒髪天になるも、怒りの矛を収めて自分もレイの隣へ座る。
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
辺りに痛いほどの沈黙が漂い始めるが、レイは沈黙にも隣のアスカにも全く気にした様子を見せず、再び忙しなく視線を動かし始めた。
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
しばらくすると、アスカが得意気な表情で腕と足を組み、レイへ目線だけを向けて話しかける。
「なに?あんた、寝てないの?目の下に少しクマが出来ているわよ?」
「問題ないわ・・・。」
「ひょっとして、朝までシンジの帰りを待っていたとか?」
レイは視線を動かしたまま興味なさ気にアスカの質問に応えるが、続いたアスカの含み笑いが混じった言葉に反応して視線の動きを止めた。
「・・・何故、あなたがそれを知っているの?」
「だって・・・。シンジ、昨日はあたしの家に泊まったんだもん」
「っ!?」
ゆっくりと向けられた不機嫌そうなレイの視線に、アスカは勝ち誇った様な笑みを浮かべ、レイがその笑みの真意に驚愕して目を最大に見開く。
余談だが、アスカはシンジが葛城邸を出た3日後、シンジの部屋にレイが入り浸っている事を知り、シンジが居る司令公務室へ殴り込みをかけた。
ところが、シンジにその事実をのらりくだりと誤魔化され、アスカの殴り込みは失敗に終わる。
それどころか、アスカはシンジから愛を再確認する様に全くの謎の行為を受け、ニッコリ笑顔のホクホクな上機嫌で司令公務室を退室。
その後、依然とレイがシンジの部屋を出ていったと言う話は聞かず、アスカは幾度も司令公務室へ殴り込みをかけるも結果は全て最初と一緒。
ならばとアスカは訓練で夜遅くなった時の為と言う口実で本部内に宿舎を借り、シンジをレイの待つ部屋へ帰さぬように一計を立てたのである。
「ふふん♪あんたこそ、もう用済みなのよ。シンジが迷惑しているから、さっさと自分の家へ帰ったら」
「嘘・・・。碇君はそんな事を言わないわ。だって、私にプロポーズしてくれたもの」
「な゛っ!?あんた、馬鹿っ!!?嘘、言ってんじゃないわよっ!!!!」
アスカはレイの様子にますます勝ち誇って笑みを深めるが、レイの思わぬ反撃を受け、いきり立って席も立ち上がりながら怒鳴り声をあげた。
「私はあなたと違って嘘を言わないわ・・・。だから、例えあなたの話が本当だとしても、所詮あなたは愛人で2号さん」
「な、何ですってぇぇ~~~っ!!」
レイは澄まし顔でアスカの怒りの炎に油を注ぐ様に痛烈な言葉を浴びせ、今正に正妻を巡る女の戦いの火蓋が切って落とされようとした次の瞬間。
チ~~~ンッ!!
「「(碇君、シンジ)っ!!」」
再びエレベーターのチャイムを鳴り響き、レイがベンチを勢い良く立ち上がり、アスカが一瞬前まで怒っていたのが嘘の様な笑顔で振り返った。
「・・・なんだ、ロンゲか」
「な、なんだとは酷いっスね・・・。ア、アスカちゃん」
しかし、現れたのは待ち人ではなく青葉であり、アスカは不機嫌顔で吐き捨て、青葉はエレベーターの扉が開くなりの一声に顔を引きつらせる。
「ロンゲ・・・。要らない」
「・・・レ、レイちゃんまで」
その上、レイも同様に吐き捨てて顔を青葉からプイッと背け、青葉は2人の意味不明で理不尽な態度にやや憤って違う意味で顔を引きつらせた。
「ま、まあ、それはともかく・・・。し、司令代理は居るっスか?」
「・・・・・・。」
「はんっ!!そんなのあたしの方が聞きたいわよっ!!!」
それでも、大人の青葉は怒りを抑えて2人へ質問を問うが、レイに無視され、アスカに怒鳴られ、再び憤って眉をピクピクと跳ねさせたその時。
「へぇぇ~~~、あの後に呉へ引っ越したんだ。正しく、戦自の本場だね」
「「(碇君、シンジ)っ!!」」
「そうなんですか?私、良く解らないんですけど・・・。」
「「っ!?」」
長い廊下の先からシンジの声が聞こえ、レイとアスカが即座に反応して振り返り、シンジの隣に立つ見覚えのある少女の姿に驚いて目を見開いた。
「なあ、今日の放課後どうするよ?」
「そうだな・・・。俺んちでも来るか?」
「ねえねえ、昨日のドラマ見た?」
「見た、見たっ!!凄かったねぇ~~っ!!!」
第二東京市から電車で2時間ほど北上した位置にある人口1万人程度の小都市にある中学校。
「そういや、あそこのボスってどうやって倒すんだ?」
「ああ、あれはな。ちょっとしたコツがあって・・・。」
「そうよねぇ~~・・・。普通、ドラマのキスシーンで舌を入れる?」
「ホント、ホント。うち家族揃って見ていたから、妙に気まずい雰囲気が流れちゃってさぁ~~」
所詮、第三新東京市の惨状など何処か遠い国で起きている出来事でしかなく、教室は生徒達が休み時間の解放を満喫して騒がしさで溢れていた。
ガラッ・・・。
「ふぁぁ~~~あ・・・。みんな、おふぁよう・・・・・・。」
教室の扉が開き、先生が来たのかと生徒達が一斉に視線を向けるが、現れたのは眠そうに欠伸をしつつ重役出勤してきたショートカットの女生徒。
女生徒の名前は『長門ハルナ』、ちょっぴり外ハネの癖毛な髪の毛とタレ目がチャームポイントの活発そうな女の子。
ちなみに、この学校は男子生徒が一般的なYシャツに黒いズボンが男子制服で、女子生徒は古風でありながら目立つ白のセーラー服が女子制服。
「長門さん、おはようっ!!」
「おはようっ!!長門っ!!!」
「長門、おはようっ!!」
「おはようっ!!長門さんっ!!!」
すると女子生徒達はなんだと安堵して再び友達との会話に戻り、男子生徒達はハルナの挨拶が自分だけへの挨拶だと思い込んで挨拶を返す。
「はい、はい・・・。おはよう、おはよう・・・。あちらさんも、こちらさんも、おはよう・・・・・・。」
「な、長門さんっ!!」
応えてハルナが緩慢な動作で手を振りながら自分の席へ向かう途中、女子生徒達に人気がそれなりに高い鈴木君がハルナの前に立ち塞がった。
「んっ・・・。なぁ~~にぃぃ~~~?」
「こ、これっ!!き、昨日、頼まれた本っ!!!」
ハルナが立ち止まって眠そうなショボショボとした視線を向けると、鈴木君が意気込んで一冊の本をハルナへ勢い良く差し出す。
「・・・あっ!?ありがとう♪ちゃんと約束を覚えていてくれたんだ♪♪」
「あ、当たり前ですっ!!な、長門さんとの約束ですからっ!!!」
面倒臭そうに本へ視線を移して本のタイトルを確認するなり、ハルナは意識を完全に覚醒させて本を受け取りつつ嬉しそうにニッコリと微笑んだ。
「てめえ、このっ!!どういう事だっ!!?」
「そうだ、そうだっ!!説明しろっ!!!」
「約束って何なんだっ!?キリキリと吐けっ!!!」
「何故、何故だっ!!長門さんっ!!!」
鈴木君が己だけへのその微笑みに感動していると、嫉妬した男子生徒達が鈴木君の元へ群がり、幸福絶頂の鈴木君を教室の外へ拉致連行してゆく。
余談だが、ハルナは元々この街の住民ではなく、つい3ヶ月前ほどにこの街へ引っ越してきた転校生である。
また、この街の教育事情は、小学校が街の南北に2つあり、その95%の子供達が街に唯一あるこの中学校を経て、隣町にある高校へと進む。
それ故、クラスメイトの半分は小学校からの同級生であり、ましてや転校生などかなり珍しく、ハルナの転入はビックイベントで迎えられた。
しかも、転校生と言うものは容姿や学力、運動力が十人並みでも大抵ちやほやされるのだが、ハルナはちょっと訳が違う。
学力と運動力に関しては確かに普通なのだが、容姿はTVのアイドルとまではいかないにしろ、ハルナは十分に美少女と言える容姿を持っている。
更に明るい性格と時たま見せる寂しさを含んだ横顔が、男子生徒達のハートをガッチリと掴み、瞬く間に学校で1、2を争う人気者となった。
当然、男子生徒達はこぞってハルナへアタックするも全て失敗に終わり、あの手この手でハルナの気を惹こうとするも全て徒労に終わっている。
そして、全ての告白、デートの誘い、プレゼントを断るハルナに、つい最近ハルナの知らない水面下で1つの噂が流れた。
その内容は、ハルナに実は好きな人がいると言うありふれた物。
そんな状況下で先ほど初めてハルナが本と言うプレゼントを受け取ったのだから、男子生徒達が幸福絶頂の鈴木君を嫉妬するのも無理がない話。
「ふぁぁ~~~あ・・・。」
あのハルナが遂に動いたと女生徒達も驚くが、当のハルナは鈴木君が廊下へ消えると、再び眠そうに欠伸をしながら自分の席へと向かった。
ガタッ!!
「「「「「「「「「「「「「「「長門さんっ!!」」」」」」」」」」」」」」
しかし、それなりに人気が高い鈴木君だけあって、女子生徒達はそれぞれの談話を止めて一斉に席を立ち上がり、ハルナの席へ群がってくる。
「なに、なに?ハルナ、鈴木君から何を貰ったのよ?」
「えっ!?・・・これだけど?」
ハルナの隣の席に座るポニーテイルの女子生徒が興奮気味に皆の心を代弁して問い、ハルナがキョトンと不思議顔で問題の本を差し出した。
彼女の名前は『宮町ユウコ』、ハルナが転校してきた際、席が隣同士になったのをきっかけに仲が良くなったハルナの親友。
「・・・って、なに、これ?ゲームの攻略本?」
ユウコはその使い古された本の内容を知るなり呆れ、あまりに色気のない本に女子生徒達がなんだと興味を失って一斉に己の席へ戻って行く。
「うん。どうしても、あのダンジョンが解けなくてね」
「そんな事だろうと思った・・・。じゃあ、その寝不足と遅刻の原因はまたゲームで徹夜?一体、何時まで起きていたのよ?」
「う~~~ん、いつ寝たのかは解んないけど・・・。最後に時計を見た時は4時だったかな?じゃあ、おやすみぃぃ~~~・・・。」
ユウコから本を返して貰って鞄へしまうと、ハルナは眠そうに目を手で擦るが、睡魔に耐えきれなくなって机へ両手を乗せて俯せた。
「4時・・・って、学校へ来るなり寝ないでよ」
「・・・だって、眠いんだもん」
ユウコはますます呆れ、2日に1回は遅刻する上、いつも授業中は居眠りばかりしているハルナを注意するも、ハルナの上半身は俯せたまま。
「また、先生に怒られわよ?」
「・・・先生の授業って、何時間目だっけ?」
「5時間目だけど?」
ならばと学校における絶対者の名を出すが、ハルナはそれでも上半身を起こさず、ユウコがハルナの問いを不思議そうに応えた途端。
ちなみに、この場合の先生とはクラス担任の事であり、ハルナは熱血漢の担任以外のお叱りでは怯まない鋼鉄のハートを持っているのである。
「なら、それまで寝れるからお昼休みに・・・起こ・・・し・・・て・・・ね・・・・・・。」
「ちょ、ちょっと、ハルナっ!?・・・って、もうっ!!!」
早速ハルナは爆睡に入ってしまい、ユウコがハルナの体を激しく揺すって起こそうとするが、ハルナの爆睡を止める事は出来なかった。
「「(碇君、シンジ)っ!!」」
「あれ、2人とも学校は?」
「「えっ!?」」
レイとアスカはシンジの隣に立つマユミの姿に嫉妬をあらわに駈け寄るが、シンジが放った軽い切り返しに動きをピタリと止めて立ち止まる。
「ズル休みをしちゃダメじゃないか。・・・訓練は午後からでしょ?」
「任務だから・・・。(碇君のいじわる・・・。私は碇君の側に居ないといけないのに・・・・・・。)」
一拍の間の後、シンジは返事がない2人に呆れて溜息をつき、レイはつれないシンジを恨めしそうに上目づかいで見つめて口を尖らせた。
「そんな事はどうでも良いのよっ!!それより、こいつは何なのよっ!!!」
「アスカ、覚えていないの?ほら、2週間くらいだったけどクラスメイトだった山岸マユミさんだよ」
レイと時同じくして解凍したアスカは、マユミをビシッと指さして怒鳴ると、シンジは更に呆れて深い溜息をつきながらマユミを紹介する。
「綾波さん、アスカさん、お久しぶりです。これから、よろしくお願いします」
「知っているわよっ!!なんで、こいつがこんな所に居るのかって聞いてるんじゃないっ!!!」
マユミは紹介を受けてペコリとお辞儀をするが、アスカはその礼を無視して尚もシンジへ怒鳴った。
何故ならば、ここはネルフ職員でも幾つもの許可が下りない限り、絶対に立入を禁止されている司令室フロアだからである。
裏を返せば、恰好の密会場所とも言え、実際アスカもシンジとそういう目的で司令公務室を使った事があるだけに気が気でない。
ちなみに、そういう目的とはどんな目的なのか全くの謎だが、アスカはいつもシンジに司令公務室へ呼ばれるのを凄く楽しみにしていた。
「ああ、山岸さんは今日からシクスチルドレンになってね。今さっき、着任の挨拶をしに来たんだ」
「なぁ~~んだ・・・って、シクスチルドレンっ!?どういう事よっ!!?シンジっ!!!?」
だが、シンジは全く動ぜず平然と応え、アスカは己の想像が杞憂だったと知って安堵の溜息をついた後、衝撃の事実に驚愕して更に怒鳴り問う。
「どういう事って・・・。チルドレン選抜機関マルドゥクからの報告があったからだけど?」
「なんでっ!?どうしてよっ!!?解んないっ!!!?」
それでも、やはりシンジは全く動ぜず平然と応え、アスカは素人がチルドレンになる事を憤って、興奮するあまり両手でシンジの服を掴んで迫る。
「アスカの気持ちも解らなくはない。だが、そんな物は人類存亡の危機に要らないね・・・。それとも、アスカは僕の決定が不満なのかな?」
「そ、そんな事ないけど・・・。」
しかし、シンジが司令代理としての冷酷な視線を向けると、アスカは一瞬にして勢いをなくしてしまい、シンジの服を放してシュンと俯いた。
「なら、問題はないね?戦いにはチームワークが大事なんだから仲良くね。・・・綾波も良いね?」
「・・・解った」
「ええ・・・。」
シンジは素直なアスカにウンウンと頷いて2人へ訓辞を与え、アスカは俯いたまま不満そうに、レイも少し不満ながらシンジの言葉とあって頷く。
「じゃあ、そう言う事で行こうか?山岸さん」
「えっ!?あっ!!?は、はい・・・。」
「・・・って、綾波、何かな?」
ならば話は終わりだと言わんばかりに、シンジはマユミを連れ立って歩き出すが、素早くレイがシンジの前に立ち塞がって行く手を阻む。
「昨日・・・。何処へ行っていたの?」
「だから、あたしの家に泊まったって言ったじゃない。もう、あんたなんか入る隙間なんてないのよ・・・。ねぇ、シンジぃぃ~~~♪」
レイはシンジを鋭く睨んで昨夜のアリバイを問うも、アスカがシンジに代わって応え、レイへ勝ち誇った笑みを向けた。
「・・・2号さんには聞いていないわ」
「誰が2号よ・・・って、そうよっ!!ファーストにプロポーズしたってどういう事っ!!?シンジっ!!!!」
すぐさまレイはシンジへの睨みをアスカへ向け、アスカはその挑戦を受けつつも、先ほど仕入れた情報の真偽を確かめるべくシンジを鋭く睨む。
「プロポーズ・・・。結婚の申し込み・・・。結婚・・・。夫婦・・・。私は碇君のお嫁さん・・・・・・。」
「うっさいわねっ!!誰が意味を説明しろって言ったっ!!!あんたは黙ってなさいよっ!!!!」
すると今度はレイが勝ち誇った笑みを浮かべてシンジに代わって応え、アスカがシンジへ向けていた睨みをレイへ戻す。
「あなたの声の方がどう考えてもうるさいわ・・・。」
「何ですってぇぇ~~~っ!!」
「・・・なに、2号さん?」
「むきぃぃぃぃぃ~~~~~~っ!!」
「・・・サルの真似?」
売り言葉に買い言葉でシンジ追求論争がたちまち女の戦いへと変わり、アスカとレイの言い争う声が長い長い廊下に響き渡る。
「青葉さん、どうしたんですか?」
「えっ!?」
シンジはその女の戦いにやれやれと溜息をつき、皆に存在を忘れ去られて所在なさ気にボケ~~ッと立っている青葉へ話しかけた。
「「(碇君、シンジ)っ!!」」
「2人とも場所を弁えてくれないかな?ここは皆が仕事をしている場所、そういう事は家へ帰ってからするんだ。・・・良いね?」
「「は、はい・・・。」」
その途端、レイとアスカは本来の目的を思い出して怒りの矛先をシンジへ向けるが、シンジに正論と鋭い睨みを返されて瞬時に押し黙る。
ちなみに、そんな正論を吐いておきながら、シンジが先ほどまで冬月と将棋をしていたのは、ネルフ最高機密なのでレイとアスカが知る由もない。
「・・・で、青葉さん?何の用ですか?」
「はい、準備が出来ましたのでお呼びに参りました。(レ、レイちゃん・・・。ア、アスカちゃん・・・。お、俺が悪いんっスか?)」
シンジはサングラスを押し上げて再び青葉へ視線を向け、青葉は怒りの矛先が自分へと変わった2人の睨みに恐怖しつつシンジへ目的を告げた。
「準備?ああ・・・。もう、そんな時間なの?・・・冬月先生との話し合いに時間をかけすぎたかな?
山岸さん、ごめんね。これから、第二の方へ出かけないといけないんで、本部の案内をするのが出来そうにないや」
青葉の言いたい事が一瞬だけ解らなかったが、シンジは本日のスケジュールを思い出すと、済まなそうにマユミとの約束のキャンセルを謝る。
「いえ、そんな事・・・。(そんな事より・・・。綾波さんへプロポーズって、どういう事ですか?
アスカさんの言う通り、もう私が入る隙間なんてないんですか?せっかく、この町へ戻ってきたのに・・・。シンジ君・・・・・・。)」
マユミは気にしていない風を装って首を左右に振りつつ、レイとアスカの言い争いの中にあった言葉にショックを受けて表情を陰らす。
「でも、そうだな・・・。ねえ、綾波、アスカ。山岸さんにミサトさんへの紹介と本部の案内をしてあげてくれないかな?」
「嫌・・・。私も碇君と一緒に行く」
「なら、あたしも行くわっ!!」
シンジはその表情に心が妙に痛んで自分の代役を頼むが、レイはシンジとの同行を希望して拒否し、アスカも対抗意識を燃やして拒否する。
「ダメダメ、遊びに行くんじゃないんだから。その代わり、今日は学校を公休扱いにしてあげるからさ・・・。ねっ!?」
「公休・・・。任務・・・。了解・・・・・・。」
「むっ!?・・・それなら、仕方がないわね」
そんな2人に苦笑して、シンジが交換条件を出すと、レイは公休の単語に反応して了解し、アスカもレイばかり良い子にはさせないと了解する。
「では、行きましょう。青葉さん」
「はい」
「ところで、どれくらいの時間がかかるんです?到着まで」
「1時間半と言ったところかと思います」
シンジはあまりに解りやすい反応にますます苦笑を深めつつ、全ての問題は解決したと判断して、青葉を連れ立って司令室フロアを去って行く。
「山岸さん、頑張ってね」
「は、はいっ!!」
ウィィーーーン・・・。ガシャンッ!!
そして、シンジがマユミへ励ましの言葉をかけ、マユミが嬉しそうに応えると共に、シンジと青葉が乗るエレベーターの扉が閉まった次の瞬間。
「・・・で、あんたはどれに乗るの?」
「はい?・・・何がですか?」
アスカがシンジの消えた先へ視線を向けたまま怒気のこもった声で問いかけ、マユミは幸せ一杯のところへの意味不明な質問に戸惑い問い返す。
「あんた、馬鹿っ!!何号機のエヴァに乗るのかって聞いてんのよっ!!!」
「えっ!?あっ!!?は、はいっ!!!・・・シ、シンジ君が初号機にと言っていました」
応えてアスカはあらん限りの大声で怒鳴り、マユミは驚いて体をビクッと震わせ、恐怖に一歩後退してシンジから教えて貰った情報を教えた。
余談だが、弐号機はアスカの専用機となっているが、一般的には制動モデルとして零号機と初号機より汎用性が高いと言われている。
また、ネルフ本部へ新たなエヴァが装備されると言う情報も噂もない為、マユミが乗るとしたら弐号機としか他に考えられない。
それ故、アスカはマユミがシクスチルドレンになったと知り、先ほどからマユミに弐号機を奪われるのではと心配していたのである。
「「初号機っ!?」」
「は、はい・・・。そ、それが、何か?」
思ってもみなかったマユミの応えに、レイとアスカが揃って驚き声をあげ、マユミが再び驚いて体をビクッと震わせながら思わず一歩後退。
(初号機・・・。碇君の匂い・・・。碇君の匂いは私の物・・・。許せない・・・。許せない・・・。許せない・・・・・・。)
(どうして、こいつがシンジの初号機に乗るのよっ!!あんたなんて、ファーストのボロ号機で十分よっ!!!)
驚きが収まると、レイとアスカは敵意を剥き出しに殺意のこもったギラつく視線でマユミを睨みまくり始める。
(あうあう・・・。こ、怖いです・・・。な、何か、まずい事でも言ったんでしょうか?
が、頑張れって言ってくれたけど・・・。じ、自信がなくなってきました・・・。た、助けて・・・。シ、シンジ君、助けて下さい・・・。)
マユミはその睨みに汗をダラダラと流しながら恐怖に後退してゆき、背に壁が付いて退路を断たれると半泣きになってシンジへ助けを求めた。
「んっんっ・・・。シンジ・・・・・・。」
爆睡記録を着実に伸ばして4時間目の授業、予告のお昼休みまであと十数分と迫り、ハルナが瞳から1粒の涙をこぼして寝言を呟いたその時。
ギュイィィィィィィィィィィンッ!!
「な、なにっ!?な、何なのっ!!?」
安眠を妨害するかの様に凄まじい轟音が響き、ハルナが驚き飛び起きて思わず席を立ち上がった。
「キャっ!?」
同時に窓から吹き荒れる烈風が髪を激しくはためかせた上、直下からの風で見事にスカートが逆さまに翻り、ハルナが悲鳴をあげる。
「な、何なのよぉ~~・・・。」
慌ててハルナはスカートの前後を押さえて本日着用のブールのショーツを隠し、辺りの様子を伺うが幸運にも誰もハルナに目を止めていなかった。
それもそのはず、クラス中の生徒達のみならず、4時間目の国語教師までもが窓際に集まり、グランドを眺めて何やら騒いでいたからである。
「なに、なにっ!?ユウコ、どうしたのっ!!?何があったのっ!!!?」
ハルナ同様にスカートを押さて窓際に集まっている女子生徒達の中にユウコの姿を見つけ、ハルナも遅ればせながらユウコがいる窓際へ向かう。
「あっ!?さすがのハルナも起きたんだっ!!!ほら、あれ見てよっ!!!!あの飛行機がいきなりグラウンドに降りてきたのっ!!!!!」
「・・・どれどれっ!?」
肩を叩かれて振り向いたユウコは、グラウンド中央に着陸準備をしているVTOL機を指さし、ハルナがその指先へ視線を移す。
ちなみに、先ほどの轟音の発生源であるVTOL機はエンジンを着けたままなので轟音は止んでおらず、2人の声は必要以上に大きい。
「・・・あ、あれはっ!?」
そして、ハルナはVTOL機の尾翼に描かれた赤い片葉の無花果のマークを見るなり、絶望に目を最大に見開いて茫然と固まった。
「ちょ、ちょっとっ!!ハ、ハルナ、パンツが・・・って、キャっ!!?だ、誰か私のスカートを押さえてぇぇ~~~っ!!!!」
ハルナの両手の力が緩んで風にスカートが捲れ、慌ててユウコはハルナのスカートを押さえるが、おかげで今度は自分のスカートが捲れてしまう。
<ハルナ回想>
「・・・・・・君」
「はい?」
遠ざかってゆく少年の姿が写るバックミラーを見つめ、涙がこぼれそうになるのを堪えているところを呼ばれ、ハルナが涙を拭って振り返る。
「ダメだ、ダメだ。こんな初歩的な引っかけに引っかかる様では死ぬぞ?
君はさっき車に乗った瞬間から『長門ハルナ』なんだ。これから、その名前で呼ばれても2度と返事をしてはいけない」
「・・・はい」
すると運転席の加持は正面を向いたまま首を力無く左右に振り、ハルナは辛そうに返事をして俯いた。
「それと今さっきの事で酷だが、彼とは・・・。」
「解っています。もう2度と逢えないんですよね」
胸ポケットから煙草を取り出してくわえ、加持が辛い告知をしようとするよりも早く、ハルナが加持の言わんとする言葉を声に出す。
「ああ・・・。だから、早く忘れた方が良い」
「・・・・・・。」
その言葉に頷き、加持は続いて忠告を与えるが、ハルナは再びバックミラーへ視線だけを移して返事をしようとしない。
しかし、バックミラーには少年の姿は既になく、その背景に見えていた芦ノ湖も小さくなっていた。
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
それっきり、2人は喋らなくなり、車内に沈黙と加持が吸うタバコの煙だけが漂う。
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
そして、煙草が半分ほど灰となって消えた頃、加持は煙草の火を車の灰皿でもみ消してハルナへ再び話しかけた。
「ダシュボードを開けてくれ」
「はい・・・。これは・・・・・・。」
ハルナは自分が座る助手席の目の前にあるダッシュボードを開け、その中に入っていたカートリッジ式の銃を見て、加持へ驚き顔を向ける。
「それを君にやろう・・・。万全を期したつもりだが、万が一と言う事もある。
但し、弾は1発だけしか入っていない。万が一の場合、それをどう使おうと君の自由だ。
運命を終わらせるか、運命を切り開くかは君が選べ・・・。もし、後者を選ぶならここへ電話すると良い。もう1度、チャンスを作ってみよう」
加持は再び胸ポケットから煙草を取り出すと共に、1枚のメモも取り出してハルナへ差し出す。
「・・・加持さん」
「ま、君の未来に幸多い事を願っているよ。霧島マナ君・・・。いや、長門ハルナ君」
ハルナは涙を流しながらも嬉しそうに笑顔でメモを受け取り、加持は正面を向いたままニヒルな男臭い笑みを浮かべた。
「・・・・・・っ!!・・・・・ナっ!!!・・・・ルナっ!!!!・・・ハルナっ!!!!!ハルナっ!!!!!!」
「っ!?」
絶え間なく呼び続けるユウコの叫び声が次第にハルナの意識を覚醒させ、ハルナが心の奥底に封印した思い出の世界からハッと我に帰ってくる。
「やっと気付いたわねっ!!早くスカートを押さえなさいよっ!!!」
「みんな・・・。何やってんの?」
ユウコはその様子に気付いて尚も叫ぶが、その言葉はハルナの耳へ届かず、ハルナは目の前の光景にキョトンと不思議顔を浮かべた。
何故ならば、ハルナのスカートを押さえるユウコを先頭に女生徒達が1列に列び、お互いが己の前の女生徒のスカートを押さえていたからである。
そうなると最後尾の女生徒が必然的に困ってしまうのだが、彼女はスカートを両足で股に挟み込み、壁へお尻を押し付けてガードしていた。
「・・・って、それより、ユウコっ!!私、どれくらいボ~~ッとしてたっ!!?」
「えっ!?・・・1分くらいだけど?」
「そんなにっ!?」
一拍の間の後、再びハルナは慌てて我に帰ると、ユウコに自分が茫然としていた時間を尋ねるなり、ユウコの手を払って自分の席へと駈け向かう。
「ちょ、ちょっとっ!?ハ、ハルナっ!!?パ、パンツ、パンツっ!!!」
「「「「「「「「「「「「「「おおうっ!?」」」」」」」」」」」」」」
当然、ハルナのスカートは風で豪快に捲れ、慌ててユウコが注意を叫ぶもハルナは気にせず、その素晴らしい光景に男子生徒達が歓声をあげる。
「私は死ぬなんて嫌っ!!もう1度、シンジと逢うのっ!!?そう、シンジと約束したんだからっ!!!?」
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「っ!?」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
しかし、ハルナが鞄の二重底に隠し持っていた銃を取り出した途端、男子生徒達の歓声がピタリと止み、教室中の誰もが驚きに目を見開いた。
カチャッ!!カチャ、カチャッ!!!
「・・・良し」
そんな様子など目もくれず、ハルナは念の為に外しておいた弾装カートリッジを装填し、教室中央に陣取って2つある教室出入口へ意識を放つ。
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
依然、スカートは風で豪快に捲れ続けているが、誰も学校アイドルのブルーのショーツなど目もくれず、ハルナの持つ銃に目が奪われていた。
まさか、まさかと思いながらも、ハルナが放つ凄まじい殺気と気迫に銃が本物に見え始め、教室が緊張感に溢れてシーンと静まり返る。
ドキドキドキ・・・。
ドキドキドキ・・・。
ドキドキドキ・・・。
ドキドキドキ・・・。
ドキドキドキ・・・。
ドキドキドキ・・・。
それに呼応するかの様にVTOL機のエンジン音が止んで風も弱まり、重力に引かれたハルナのスカートがゆっくりと舞い下りてショーツを隠す。
ハルナは他人にも聞こえているのではと言うくらい激しく鼓動する胸を感じながら、耳に意識を集中させて招かざる来訪者の気配を探り始めた。
タッタッタッ・・・。
タッタッタッ・・・。
タッタッタッ・・・。
タッタッタッ・・・。
タッタッタッ・・・。
タッタッタッ・・・。
するとハルナの耳が廊下に響く駈け急ぐ足音を捉え、足音の方向からハルナが教壇反対側の出入口へ銃身を向けた次の瞬間。
(来たっ!?)
バァァーーーンッ!!
扉の覗き窓に人影が写り、教室の扉が開くと同時に、ハルナが右人差し指に力と希望を込めて引き金を引いた。
パリンッ!!
パリンッ!!
パリィィーーーンッ!!!
だが、緊張によって射線が逸れて人影には当たらず、銃弾は扉が開き合わさった2重の覗き窓を貫き、廊下の窓ガラスを割るだけに止まる。
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「っ!?」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
「ちっ!!」
教室中の誰もが銃声に体をビクッと震わせて驚き固まる中、ハルナは銃弾を外した事を悔やむ暇なく舌打ち、逃亡を計ろうと窓際へ駈け急ぐ。
「・・・そ、そんな」
そして、目指す窓際にいる者達を強引に掻き分け、2階と言う高さも怯まず飛び下りようとするが、ハルナは窓に片足をかけて絶望した。
今の銃声を聞きつけ、VTOL機よりグラウンドへワラワラと現れる黒服にサングラスの男達。
これでは例え窓から飛び降り逃げたとしても、周囲を追い囲まれて捕まってしまう可能性が非常に高い。
「マナ、酷いじゃないか・・・。せっかく、逢いに来たのに」
「えっ!?」
ハルナは勢い良く振り返ると共に、せめて一矢くらい報いようと人影へ突撃をかけるが、人影の口から出た良く知る声色に驚愕して動きを止めた。
「思ったより、ここって広いんですね」
マユミは勇気を振り絞って、己の前を歩くレイとアスカへ話しかけるが、そのどちらからも応答はない。
「随分と下りてきましたけど、ここで何階くらいなんです?・・・あっ!?地下だから何階と言うのはおかしいんでしょうか?」
それでも、マユミはめげずに間を空けず話しかけてみるも、レイとアスカは振り向きもせず黙って歩き続けている。
実を言うと、司令席フロアを出て以来、レイとアスカは案内の要所、要所でしか言葉を発していなかった。
しかも、その要所での案内説明も、そこが何処であるかと言う名称くらいしか言わない程度の物。
おかげで、沈黙と妙にピリピリとした雰囲気だけが3人の間に漂い、マユミは非常に居辛い思いをしていた。
それ故、マユミは何とかこの雰囲気を和らげようと、先ほどから頑張って2人へ何度も話しかけているのだが、その全ては徒労に終わっている。
また、マユミは時たまレイとアスカが自分へ見せる殺気を感じており、それが余計にマユミを多弁にさせ、沈黙が続くのを焦らせていた。
ちなみに、もう1つの目的であるミサトへの紹介だが、ミサトの所在が全く掴めない為、ミサトを探しながらの本部案内は2時間が経過している。
「そう言えば、鈴原君達は元気にしていますか?アスカさん」
「・・・マユミ」
「は、はいっ!!」
会話のキャッチボールを投げ続けて数十球、ようやくアスカがボールを受け取って投げ返してきた事に喜び、マユミが笑顔で返事を返す。
「あんた、さっきからうるさいわよ」
「ご、ごめんなさい・・・。(シ、シンジ君・・・。わ、私、どうしたら良いんでしょう・・・。お、教えて下さい・・・・・・。)」
だが、正面を向いたまま言い放ったアスカの冷たい言葉はマユミの心を凍りつかせ、マユミは思わず涙をホロリとこぼしてシンジへ助けを求めた。
「どうしたの?鳩が豆鉄砲を喰らったみたいな顔をして・・・って、鉄砲を喰らったのは僕の方か」
シンジはニッコリと微笑みながら戯けた口調で話しかけるが、ハルナは茫然と目を見開いた視線をシンジへ向けたまま何も応えない。
「あれ、今の面白くなかった?・・・青葉さん、どう思う?」
「ははははは・・・。な、なかなかじゃないでしょうか・・・。は、はい・・・・・・。」
幾ら待てどもハルナからの反応はなく、シンジが隣へ意見を求めると、廊下に座り込んで鼻っ柱から血を流している青葉が乾いた笑い声で応えた。
実は先ほどシンジを狙って外れた銃弾は、2重の覗き窓を貫いた後、青葉の鼻先をかすり通過して廊下の窓ガラスを割っていたのである。
ドスッ・・・。
「シ、シンジ・・・。ほ、本当にシンジなの?ゆ、夢じゃないよね?シ、シンジ・・・・・・。」
「ああ、夢じゃないよ。あんまりマナが逢いに来るのが遅いから、僕の方から逢いに来たんだ」
一拍の間の後、持っていた銃を床に落とすと、ハルナは震える足取りで歩き始め、シンジが顔をハルナへ戻して再びニッコリと微笑んだ次の瞬間。
ちなみに、シンジはネルフの黒い制服を着ているが、もう1つのトレードマークであるサングラスはかけていない。
「シンジぃぃ~~~っ!!」
「マナっ!!」
ハルナは涙をポロポロとこぼしながらシンジへ駈け飛び抱きつき、シンジは両手を左右に大きく広げてハルナを受け止める。
「逢いたかったっ!!ずっと、ずっと逢いたかったっ!!!シンジに逢いたかったっ!!!!」
「・・・僕も逢いたかったよ」
シンジと頬を撫で合わせて温もりを確かめた後、ハルナが心底嬉しそうな泣き笑顔を少し戻すと、シンジは微笑みながらハルナへ顔を寄せてきた。
「シンジ・・・。」
「・・・マナ」
ハルナはそれを受け入れて涙が溜まった瞳を静かにソッと瞑り、シンジがハルナの唇に己の唇を重ねて顔を少し斜めに傾けた直後。
「っ!?・・・んんんっ!!?」
シンジのハルナへの熱い想いが唇を割ってハルナの口内へ入り込み、まさかここまでするとは思わなかったハルナが驚愕に目を最大に見開く。
「んんん~~っ!!」
ジタバタジタバタッ!!
「んんん~~っ!!」
ジタバタジタバタッ!!
「んんん~~っ!!」
ジタバタジタバタッ!!
嫌ではないが、あまりに不意打ちの口撃にハルナは思わずシンジを突き放そうとするが、シンジはハルナの頭と腰をガッチリと拘束して逃さない。
「んんん~~っ!!」
ジタバタジタバタッ!!
「んんん~~っ!!」
ジタバタジタバタッ!!
「んんん~~っ!!」
ジタバタジタバタッ!!
その上、シンジは手近にあった机の上にハルナを寝かせると、ハルナの腰を固定していた右手を外して、ハルナの太ももを優しく撫で始めた。
「んんん~~っ!!」
ジタバタジタバタッ!!
「んんん・・・・。」
ジタ、バタ、ジタ、バタ。
「んっ・んんっ・。」
ジタ・・・。バタ・・・。
おかげで、ハルナはすっかりと大人しくなってしまい、ハルナのスカートの中へ侵入したシンジの右手が、上へ上へ目指そうかとしたその時。
ゴクッ・・・。
「マ、マジちゅぅ~~だ・・・。」
銃声が鳴って以来、驚きに固まっていたユウコが我に帰り、目の前で繰り広げられている大人の愛に生唾を飲み込みながら茫然と呟いた。
「はっ!?ど、何処の生徒かは知らんが、不純異性交遊は・・・って、な、何だねっ!!?き、君達はっ!!!?」
同時に国語教師も我に帰り、神聖な学舎に相応しくない行為を止めようと2人へ駈け寄るが、突如現れた黒服達に行く手を阻まれる。
「あ、あの・・・。お、お取り込み中に済みませんが・・・。し、司令代理・・・・・・。」
「・・・青葉さん、こういう諺を知りませんか?人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られ、アラスカ支部に飛ぶという諺をね」
そして、このまま大人の愛が続くかと思いきや、青葉が怖ず怖ずとシンジを止め、シンジがハルナから唇を離して不機嫌そうに振り返った。
「も、申し訳ありませんっ!!し、しかし、本部より至急の電話が・・・。」
シンジの言葉に戦慄しながらも、青葉は己の職務を果たすべく、腰を90度に曲げ、両手で恭しく携帯電話をシンジへ差し出す。
「ちっ・・・。貸して」
「はぁ・・・。はぁ・・・。はぁ・・・。はぁ・・・。はぁ・・・。」
シンジは忌々し気に舌打ち、キスが止んで荒い息をつくハルナのスカートの中から右手を戻して、不機嫌あらわに青葉から携帯電話を受け取った。
「はい、はい・・・。解りました。その様に手配します」
ピッ・・・。
「ふぅぅ~~~・・・。」
特別監査部員の青年は電話の相手にペコペコとお辞儀をして電話を切った後、深い溜息を漏らしながら額にかいた汗を制服の袖で拭った。
「・・・司令代理は何だって?」
「シ、シナリオB6だそうです」
すると隣に腕を組んで立つ加持が青年へ鋭い視線を向け、青年が加持の問いに声を震わせながら応えた途端。
「「「「「「「「「「B6っ!?」」」」」」」」」」
「B6か・・・。さすがだな」
周囲にいる特別監査部員達が一斉にどよめき声をあげ、加持はその応えを意味する内容に唸りながら、前方で起きている騒ぎへ視線を戻す。
ちなみに、特別監査部員の制服は白いネルフの上士官服で統一され、左腕には己の魂を売った証である黒い喪章が着けられていた。
この目立つデザインはシンジの意図であり、先週より施行された『勤務ランク付け』に対する職員達の反発を明確に向けさせる目的を持っている。
『皆さん、果たしてこのままで良いのでしょうかっ!!そう、特別監査部が行っている勤務ランク付けの事ですっ!!!
このランク付けが発足され、私は1週間の間ずっと日々思い続けましたっ!!
特別監査部による名目では勤労意欲の向上を目的にしている様ですが・・・。これはいわゆる差別ランクなのではないのかとっ!!
今一度、考えてみて下さいっ!!AランクとJランクの待遇の違いをっ!!!これほどの差を付ける必要があるでしょうかっ!!!!
Aランクは50%の増棒に加え、週1日の特別休暇が与えられ、フルタイムフレックス制で残業ゼロっ!!
それに対し、Jランクは50%の減棒に加え、本部から出る事を禁止された監禁状態での連日12時間労働の厳しい2交代制っ!!
一体、この差は何なんでしょうっ!!まるでJランクは奴隷と言わんばかりではありませんかっ!!
だが、懸命な皆さんなら既にお気づきでしょうっ!!例え、Aランクになったとしても落とし穴がありますっ!!!
そう、そうなんですっ!!Aランクの恩恵をそのまま受ければ、必然的に翌週はCランクへ落ちてしまうと言う甘い罠があるのですっ!!』
まだお昼休み前だと言うのに、職員食堂には100人以上のネルフ職員達が集まり、勤務ランク付けを反対する集会を開いていた。
そして、その中央に1段高く作られた壇上の上には、ハンドマイク片手に熱弁を振るう集会代表者のミサトの姿がある。
『つまり、この制度は我々に死ぬまで働いて死ねと言っている恐ろしい物ですっ!!
さあ、立ち上がりましょうっ!!そして、特別監査部なる横暴な・・・って、出たわねっ!!!特別監査部部長・加持リョウジっ!!!!』
心は必死に拒否しているもシンジの命令には逆らえず、加持は特別監査部員達を職員食堂の外に待機させたまま1人職員食堂へ入ってゆく。
『あ~~・・・。あ~~・・・。皆さん、ここでの集会は禁止されています。直ちに解散して下さい。
また、現在Fランク以下の職員の方々は就業時間中です。速やかに職場へ戻り、直ちに業務を再開して下さい。
この指示に従わない場合、特別監査法・第2項の適応により、あなた方を拘束させて頂きます・・・。繰り返します・・・・・・。』
瞬時に100以上の憎悪の視線が一身に集まり、加持は怯みそうになる心を奮い立たせ、ハンドマイクで集会の解散を呼びかけた。
『皆さん、聞いたでしょうかっ!!私はこの耳でしっかりと聞きましたっ!!!
特別監査部は言論の自由すらも認めてはいないのですっ!!
ならば、我々はこんな横暴を認めてはいけませんっ!!屈してはなりませんっ!!!皆さん、手と手を取って戦うのですっ!!!!』
「えいっ!!えいっ!!!おぉぉぉぉぉぉぉぉ~~~~~~~~~~~っ!!!!」
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「えいっ!!えいっ!!!おうっ!!!!」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
応えてミサトが真っ向から徹底抗戦を叫ぶと、ミサトの脇に立つ日向がかけ声をかけ、集会している者達がその後に続く。
『警告はしました・・・。では、あなた方を特別監査法・第2項の適応により拘束させて頂きます。・・・やれっ!!』
その光景に力無く首を左右に振り、加持がやるせない溜息をつきながら右手を掲げ、ミサトへ向かって右手を振り落とした次の瞬間。
カランッ!!コロコロ・・・。シュポンッ!!!
『くっ!?催涙ガスっ!!!・・・加持ぃぃ~~~っ!!!!あんた、なに考えてんのよっ!!!!!』
職員食堂の外に控えていた特別監査部員達より集会の中央へ幾つもの手投弾が投げ込まれ、床に落ちると共に手投弾から白煙が広がり上がった。
『突入っ!!』
タッタッタッタッタッタッタッタッタッタッ!!
続いて、加持が第二命令を発すると、ガスマスクを装備した半数の特別監査部員達が職員食堂へ突入を開始する。
「良いか、解っているな?日向二尉だけは拘束した後、葛城三佐の目の前で彼がAランクと言う事を明かして特別に解放するんだぞ?」
「はい・・・。しかし、恐ろしい作戦ですね」
「あとを頼む・・・。(ああ・・・。全く恐ろしいシナリオだ。恐らく、これで葛城はこの件に関して日向君へ信用が置けなくなるだろう。
・・・となれば、葛城に幾ら実行力があったとしても、日向君の存在抜きに組織は作れない。・・・シンジ君。君は本当に恐ろしい奴だよ)」
加持は職員食堂の出入口を封鎖する責任者へ一声残すと、ミサトの無様な姿は見たくないとその場を去って行く。
余談だが、勤務ランク付けは週毎に調査変更され、いつも日向に事務処理を頼んでいるミサトの先週のランクは最低のJランク。
『ちょっとっ!!変な所を触らないでよっ!!!・・・加持、覚えておきなさいっ!!!!私は絶対に負けないわよっ!!!!!』
「いつか言ったよな。やっぱり、いつもの様に・・・。葛城、お前はそっちで、俺はこっち・・・・・・。一体、どっちが幸せなんだろうな?」
背中にミサトの呪詛を浴びながら、加持は幸せの定義とは何ぞやと心で自問自答して深い深ぁ~~い溜息をついた。
「ごめん・・・。待たせたね」
不機嫌そうに差し出されたままになっている青葉の両手へ携帯電話を戻すや否や、シンジは今までの不機嫌が嘘の様にハルナへ優しく微笑んだ。
「・・・ダ、ダメ。み、みんなが見てる・・・・・・。」
「大丈夫・・・。見たい奴には見せておけば良いんだよ」
「あっ・・・。」
ハルナは上半身を起こして、再びスカートの中へ侵入してきたシンジの右手を掴んで止めるが、シンジに軽いキスを受けて力が弱まってしまう。
「あ、あの・・・。か、重ね重ね、お取り込み中に済みませんが・・・。し、司令代理・・・・・・。」
「・・・青葉さん。新しくチベットに支部を作ろうかと思うんですが・・・。行ってみます?」
今度こそ、このまま大人の愛が続くかと思いきや、青葉が怖ず怖ずとシンジを止め、シンジがハルナから唇を離して不機嫌そうに振り返った。
「も、申し訳ありませんっ!!で、ですが、戦自との取引の時間が迫っています・・・。そ、そろそろ、出た方が良いんじゃないでしょうか?」
シンジの言葉に戦慄しながらも、青葉は己の職務を果たすべく、腰を90度に曲げて冷や汗をポタポタと床に落としつつこの後の予定を告げた。
「シ、シンジっ!!せ、戦自と取引ってどういう事っ!!?」
「ああ・・・。実はね」
するとハルナが驚いて潤み微睡んでいた瞳に輝きを取り戻し、シンジがこれはもうダメだと落胆して、ハルナのスカートから右手を戻したその時。
「何ですか、この騒ぎはっ!?あなた達ですねっ!!?勝手にグラウンドへあんな物を停めたのはっ!!!?」
「校長っ!?」
バーコード禿頭の中年太りした初老の男性が教室へ怒鳴り現れ、黒服に囲まれていた国語教師がこの学校の校長であるその男性へ救い声をあげた。
「やあ、あなたが校長ですか。これは丁度良かった」
「全く、あれでは生徒達が体育の授業を・・・って、何だねっ!?君はっ!!?一体、何処の学校の生徒だっ!!!?」
シンジはグットタイミングと校長を手招きし、校長はその無礼な態度に怒鳴り、怒り肩の大股歩きでシンジへ近寄ってくる。
ちなみに、シンジが着ているネルフの制服は黒いだけに、校長が誤解した様に知らなければ学生服にも見えなくはない。
パチンッ!!
「な、何をするっ!?は、放さんかっ!!?」
しかし、シンジが指パッチンを鳴らすと共に、校長は黒服によって両脇を拘束され、足を浮かされてシンジの目の前に引き立てられた。
「・・・青葉二尉」
ズボンのポケットから取り出したサングラスを着けながら、シンジが重々しい声で青葉を促す。
「これより、当学校は完全閉鎖。一時的に特務機関ネルフの管轄下となりますっ!!
職員、生徒を問わず一切の外出を禁じた上、過去3時間以内より我々が退去するまでの事象は全て部外秘として守秘義務を命じますっ!!」
「・・・はあ?君は何を言っとるんだ?」
青葉は書類を校長の眼前に突き付け、その内容を声高らかに告げるが、校長は何の事だか解らず呆気に取られた様にポカンと間抜け顔。
「おや、意外な反応だね?」
「どうします?始めさせますか?」
意外すぎる校長の反応に、シンジは思わずクスクスと笑い始め、青葉がシンジの耳へ口を寄せて低い声で実力行使を提案する。
「う~~~ん・・・。でも、下らない抵抗にあうのも面倒だしね・・・って、なに、マナ?」
「シンジ、この街の人はネルフなんて知らないよ」
その提案に難色を示していると、シンジは肩を軽く叩かれて振り向き、ハルナがこの街のネルフの知名度を教えた。
「なるほど・・・。一応、非公開組織だもんね。・・・青葉さん、電話」
「どうぞ」
シンジはハルナの意見にもっともだと頷いて右手を横へ差し出し、青葉がその右手に素早く携帯電話を乗せる。
ポポパポピパポピッ!!プルルル・・・。プルルル・・・。カチャ・・・。
「もしもし、僕です。・・・えっ!?嫌だな。僕ですよ。僕・・・。ええ、その僕です。
お忙しいところ、申し訳ないんですが・・・。これから代わる人へネルフについて教えてあげてくれませんか?
はい、そうです。適当に逆らうなと言う程度の警告だけで良いですから。それじゃあ、頼みましたよ・・・・・・って事で、校長先生、どうぞ」
「んっ!?ああ・・・。はい、もしもしっ!!!」
目配せさせて黒服に校長の拘束を解かせ、シンジが携帯電話を差し出すと、校長は携帯電話を引ったくる様に受け取って不機嫌声で電話に出た。
「ええっ!?・・・は、はい、解りましたっ!!!お、おっしゃる通りにしますっ!!!!は、はい、はいっ!!!!!」
だが、一瞬後にその声は畏まった驚き声へと変わり、校長はシンジの顔をチラチラと伺いながら何度も電話の相手に頭をペコペコと下げ始める。
「いやいや、効果覿面だねぇ~~」
「何処へおかけになったんですか?」
シンジはその様子に声を立ててクスクスと笑い、青葉が校長の態度の変わり様を不思議に思って尋ねた。
「名前は何て言ったかな?・・・まあ、そんなのはどうでも良いんだけど、この国の内閣総理大臣にね」
「「な、内閣総理大臣っ!?」」
「うん、本当は文部大臣の方が適任なんだろうけど・・・。僕、面識がないから」
「シ、シンジ・・・。ど、どうして、そんな人と面識があるの?」
「・・・も、もう、そこまで影響力を持っているんっスか?」
ど忘れした電話相手の名前を思い出そうとするも、シンジはすぐに考えるのを止めて代わりに役職名を出し、ハルナと青葉が驚愕に目を見開く。
「はい、では・・・。」
ピッ!!
「お手数をかけて申し訳ありませんでした・・・。それで我々は何をすればよろしいのでしょう?」
そうこうしている内に電話が終わり、校長が禿頭にかいた汗をハンカチで拭いながら、シンジへ携帯電話を戻して目上の態度で話しかけてきた。
「ご理解頂けて嬉しいです。では、転校時より本日まで至る長門ハルナに関するあらゆるデーターを全て残らず抹消して下さい」
「えっ!?シ、シンジ、どういう事なのっ!!?」
応えてシンジがサングラスを押し上げて校長へ要求を伝えると、ハルナがその要求の意味を察して驚き声をあげ、今まで座っていた机から下りる。
「僕達が別れたあの日まで遡り、マナの戸籍が復活すると言う事だよ。
その為には、長門ハルナと言う架空のデーターが存在するのは、ネルフにとっても、戦自にとっても都合が悪いんだ」
「・・・そ、それじゃあっ!?」
シンジは優しく微笑んでハルナが予想した通りの答えを応え、ハルナが嬉しそうに瞳を震わせながら答えの実感と確認をする為に更に問う。
「そう、ハルナではなく、マナはマナに戻って良いんだ。もう、マナは本当の自分を隠す必要がないんだよ」
「う、嘘・・・。ほ、本当なの?シ、シンジ・・・。」
そして、シンジがその問いに応えて力強く頷き、長門ハルナが本来の名前である『霧島マナ』へと戻った次の瞬間。
「戦略自衛隊特車4課・霧島マナ陸曹長っ!!」
「は、はいっ!!」
いきなりシンジは興奮冷めやらぬマナへ強い軍隊口調で呼びかけ、マナはシンジの迫力に驚き戸惑いながらも条件反射的にシンジへ敬礼を返す。
「本日1130をもって、特務機関ネルフ本部・戦術作戦部特務課勤務の転属を命じ、セブンスチルドレンとして一階級進させる物とする」
「了解しました・・・って、ええっ!?わ、私がチルドレンっ!!?」
その上、シンジの口から信じられない言葉が飛び出し、マナはビックリ仰天。
「そっ、何だかんだでマナは重要参考人だからね。でも、チルドレンを名目に保護すれば、戦自は手を出せないんだよ。はい、これがその辞令」
「ほ、本物だ・・・。な、なんで、シンジの名前がここに・・・。ちゅ、中将ぉぉ~~~っ!?ネ、ネルフ司令代理ぃぃぃ~~~~っ!!?」
更にシンジから辞令の紙を受け取り、マナはそれが本物だと確認して2度ビックリ仰天した後、辞令の出所の欄の名前を見て3度ビックリ仰天。
「まあ、その辺はあとで説明するって事で・・・。
それより、これから戦自へ行くんだけど・・・。マナも一緒に来る?なんなら、今日からでも第三に住めるよう手配するけど?」
「えっ!?あっ・・・。うん・・・。でも、みんなや今のお父さんとお母さんにちゃんと挨拶したいし・・・・・・。」
その驚き様にクスクスと笑った後、シンジは表情を真剣な物へと変えて同行を誘い、マナは少し躊躇うもユウコへ視線を移して首を左右に振る。
「そっか・・・。じゃあ、第三新東京市で待っているね」
「・・・うん。今度こそ、待ってて・・・・・・。」
「青葉さん、行きますよ。あとマナのガードを何人か残しておいて下さい」
「はい、5人ほどでよろしいでしょうか?」
シンジはそんなマナの優しさに感動すると、マナの腰を抱き寄せて唇を合わせるだけの短いキスを交わし、青葉を連れ立って教室を出て行った。
「こうしちゃいられませんっ!!長門さんのデーター消去をっ!!さあ、先生も手伝って下さいっ!!!!」
「はっ!?ど、どういう事で・・・って、こ、校長っ!!?」
すぐさま黒服達もその後に続き、校長も未だ事態を飲み込めていない国語教師の手を引っ張って教室を駈け出て行く。
「っ!?・・・ハルナ、ハルナっ!!?一体、なんなのっ!!!?今、出ていった男の子は誰なのっ!!!!?」
「うん・・・。実はね・・・・・・。」
その途端、教室に充満していた緊張感が一瞬で霧散し、まずユウコがマナの元へ駈け寄ると共に、生徒達全員がマナの元へ駈け群がってきた。
ジャァァーーーッ!!
「ふぅぅ~~~・・・。」
和式便器を跨ってしゃがみ、消音の為に水を流すと共に、マユミは2つの開放感を味わって疲れた様に深い溜息をついた。
開放感の1つはもちろん尿意であるが、もう1つはその尿意を激しく催させたレイとアスカの敵意に満ち満ちたプッレシャーからの開放感。
「・・・お腹、空いた」
「マユミ、早く済ませなさいよねっ!!まだ案内は残っているんだからっ!!!」
「は、はいっ!!い、今すぐ、出ますっ!!!」
しかし、個室のドア1枚を隔てた外には未だ敵意が健在であり、マユミは驚いて体をビクッと震わせ、ゆっくり落ち着いて用も足せない始末。
(どうして・・・。どうして、こんなに怯えないといけないんでしょう・・・・・・。
綾波さん、アスカさん・・・。私、何か悪い事でもしましたか?・・・シンジ君、お願い。助けて下さい・・・・・・。)
マユミはアスカの注意に急いで用を足し終えるが、しゃがんだまま両膝に組んで乗せた両腕の中に顔を沈め、思わず涙を1粒だけホロリとこぼす。
カラカラカラカラ・・・。ジャァァーーーッ!!
「お待たせいたしました」
それでも、このままこうしていても、レイとアスカの不機嫌が増すばかりである為、マユミは素早く後始末をして立ち上がった。
「・・・あら?」
ガチャ、ガチャガチャガチャッ!!
だが、ドアノブを回してもドアは全く開かず、マユミは不思議そうに首を傾げ、何度も試すがやはりドアは開かない。
何故ならば、外側のドアノブには1メートル弱の便所ブラシが填め込まれて水平に置かれ、ドアにつっかえ棒がなされているからである。
「綾波さん、アスカさん。ドアが開かないんですけど?」
コンコンッ・・・。コンコンッ・・・。
ならばとマユミはドアをノックして助けを求めるが、外に居るはずのレイとアスカからは返事がない。
それもそのはず、このつっかえ棒をしたのは他ならぬレイとアスカ自身であり、2人は今さっき女子トイレを出て行ってしまっている。
「綾波さんっ!!アスカさんっ!!!居ないんですかっ!!!?」
ドンドンッ!!ドンドンッ!!!
不思議に思ったマユミは先ほどより強い口調と強いノックで呼びかけるが、当然レイとアスカから返事が返ってくるはずもない。
「綾波さん、アスカさんっ!!」
ドンドンッ!!ドンドンッ!!!
「綾波さん、アスカさんっ!!」
ドンドンッ!!ドンドンッ!!!
「綾波さん、アスカさんっ!!」
ドンドンッ!!ドンドンッ!!!
そうとは知らないマユミは尚もドアを叩き、必死にレイとアスカへ呼びかけ続ける。
普段は非常に仲が悪いレイとアスカだが、一旦危機を感じ取れば、宿敵は『とも』と言う読みの存在に変わり、この様な素晴らしい結束を生む。
しかも、ここはネルフ本部最下層近くにある女子トイレだけに人通りは滅多になく、マユミが幾ら叫ぼうとも助けは来ない場所と言うおまけ付き。
「綾波さん、アスカさんっ!!」
ドンドンッ!!ドンドンッ!!!
「綾波さん、アスカさんっ!!」
ドンドンッ!!ドンドンッ!!!
「綾波さん、アスカさんっ!!」
ドンドンッ!!ドンドンッ!!!ドンッ・・・・。
しばらく、マユミの叫び声とドアを激しく叩く音が女子トイレに響いていたが、不意にドアを叩く音が弱々しくなり、それっきり静かになった。
「・・・ひょ、ひょっとして、イジメですか?」
レイとアスカへ助けを求めて1分弱、この仕打ちがレイとアスカによる物だとようやく気付き、マユミが涙をルルルーと流し始める。
「うっうっ・・・。シ、シンジ君・・・。や、やっぱり、私にはチルドレンなんて無理です・・・。うっうっうっ・・・・・・。」
その後、マユミは個室上にある壁と天井の隙間から脱出しようとするも、懸垂力がないマユミにとってそれは重労働で脱出に1時間を要した。
感想はこちらAnneまで、、、。
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