「やれやれ・・・。有る程度は覚悟していたけど、これ程とは困りましたね」
「・・・は、はあ」
「んっ!?青葉さん、どうしたんですか?気分でも悪いんですか?」
頼まれた調査を簡潔にまとめ、報告書を持って司令公務室を訪れた青葉は、目の前の人物を先ほどからただただ茫然と見つめていた。
「・・・い、いやね。ど、どうして、シンジ君がここに居るのかな?って思ってさ・・・・・・。」
「ああ・・・。それなら、実は3日ほど前から僕が父さんに代わって司令を務めているからですよ」
「シ、シンジ君が碇司令の代理っ!?」
「はい、今日中に国連からの正式な辞令も下り、明日にはネルフ内外へ発表が出来ると思います」
それもそのはず、目の前の司令席に座る人物は、3日前と変わらぬ碇司令は碇司令でも、碇ゲンドウではなくて、その息子の碇シンジの方。
ちなみに、シンジはゲンドウから奪ったサングラスをかけ、服装もゲンドウが着ていたネルフの黒い制服と同じ自分サイズの物を着ている。
「こ、国連から正式な辞令がっ!?シ、シンジ君、本当なのかっ!!?」
「・・・あれ?この人もそうなのか・・・・・・。」
事の真相に驚く青葉を無視して、シンジは机に置かれた書類に列ぶ名前の中に見知った名を見つけて驚き、何やらニヤリと口の端を歪めて笑った。


人通りも、車の通りも全くない田舎道のバス停。
『はい、只今留守にしております。発信音の後にメッセージをどうぞ・・・。ピィーーッ!!』
バス停の脇にある電話ボックスから男は電話をかけるが、あいにく相手は留守で家の主の声で留守番電話のメッセージが流れてくる。
しかし、男は相手が留守である事を承知で電話をかけ、いつもと変わらぬ口調で留守番電話にメッセージを入れた。


ガチャン。ピピー、ピピー、ピピー・・・。
テレフォンカード口からテレフォンカードの代わりにもなるネルフのIDカードが吐き出される。
「最後の仕事か・・・。」
白いネルフのロゴマークを浮かび上がらす真っ赤なカードを見て男『加持リョウジ』は呟いた。
「・・・まるで血の赤だな」




New NERV Commander

ゲドウ2世

第1話 ネルフ、新生





「拉致されたって・・・。副司令が?」
作戦部長室で珍しくミサトが嫌なデスクワークと格闘の最中、訪れた黒服にサングラスの男の話を聞くなり、作業を中断して驚きに目を見開いた。
「今より2時間前です。西の第8管区を最後に消息を絶っています」
「うちの所内じゃない。あなた達、諜報部は何をやってたの?」
椅子に座るミサトは少し見上げ、机の前に立つサングラスの男に非難の目を向ける。
「身内に内報、及び扇動した者がいます。その人物に裏をかかれました」
「諜報2課を煙にまける奴・・・。まさかっ!?」
脳裏にある1人の人物の名前が浮かび、ミサトの眉がピクンとはねた。
「加持リョウジ。この事件の首謀者ともくされる人物です」
サングラスの男は部屋に入る前から、スーツの懐に右手を入れ、その先には拳銃が握られている。
「・・・で、私の所に来た訳ね?」
「ご理解が早く助かります。作戦部長を疑うのは同じ職場の人間として心苦しいのですが・・・。これも仕事ですので」
ミサトもまた懐に手を入れるが、無抵抗を表す為に拳銃とIDカードを机の上を置く。
これでミサトは武器とネルフ内で行動の自由を失った事を意味する。
「私と彼の経歴を考えれば・・・。当然の処置でしょうね」
「ご協力感謝します。・・・お連れしろ」
部屋に入って以来、ずっと無言で出入口を塞ぐ様に立っているもう1人の男に、サングラスの男はミサトから視線を外さず指示を出した。


「久しぶりです。キール議長・・・。全く手荒な歓迎ですな」
暗闇の中、手を後ろで縛られて椅子に座る冬月。
ボワン・・・。
「非礼を詫びる必要はない。君とゆっくり話をする為には当然の処置だ」
「相変わらずですね・・・。私の都合は関係なしですか?」
鈍い音を立てて現れたキールだが、いつもの立体映像ではなく、厚さ:横幅:高さが1:4:9のモノリスと呼ばれる板に良く似た黒い石板。
モノリスには『SEELE』と『01』と『SOUND ONLY』の文字がオレンジ色に光っている。
ボワン・・・。
「議題としている問題が急務なのでね」
ボワン・・・。
「やむなくなのだ」
ボワン・・・。
「解ってくれたまえ」
続いて『02』と『03』が現れ、次に『08』のモノリスが出てきた事に、冬月が少し驚いて軽く目を見開いた。
(委員会ではなく・・・。ゼーレのお出ましとは・・・。)
何故ならば、通常通りの人類補完委員会の会議ならば、『08』が登場する理由はなく、これはゼーレによる直接査問という事になるからである。
ちなみに、ゼーレとは人類補完委員会の事実上の実体であり、有史以来人類社会を世界の影からコントロールしてきた秘密結社の名前。
ボワン・・・。
「我々は新たな神を作るつもりはない」
ボワン・・・。
「ご協力を願いますよ。冬月先生」
ボワン・・・。ボワン・・・。ボワン・・・。ボワン・・・。ボワン・・・。ボワン・・・。
冬月は『11』が言った呼び名にフッと笑い、連続する鈍い音を聞きながら何かを思い出す様に目を瞑った。
(冬月先生・・・か・・・・・・。)


<冬月回想:4時間前>

パチーーンッ!!
広い司令公務室に響く将棋の駒を打つ心地よい音。
(しかし、シンジ君にこれほどの決裁力があったとは・・・。さすがユイ君の息子だな。
 よっぽど碇より働いてくれて助かるんだが・・・。出来が良い生徒と言うのも少し張り合いがないな)
冬月は詰め将棋の手を止めて司令席へ横目を入れ、司令席で黙々と司令としての仕事をこなしているシンジに頬を緩めてウンウンと頷いた。
「どうだね?何か解らない所があったら遠慮なく聞いて良いんだぞ?シンジ君」
「冬月先生、ありがとうございます♪でも、早く慣れたいから出来るだけ頑張りたいんです♪♪」
「そうか、そうか・・・。シンジ君は偉いな」
そして、声をかけてみると、シンジからユイの声で返事を返され、冬月はますます頬をだらしなく緩ませつつ再び将棋盤へ視線を戻す。
カチカチカチ・・・。
          カチカチカチ・・・。
カチカチカチ・・・。
          カチカチカチ・・・。
カチカチカチ・・・。
          カチカチカチ・・・。
再び司令公務室に静寂が広がり、時計の秒針が時を刻む音を響かせる。
カチカチカチ・・・。
          カチカチカチ・・・。
カチカチカチ・・・。
          カチカチカチ・・・。
カチカチカチ・・・。
          パチーーンッ!!
だが、その静寂はたった十数秒で打ち破られ、冬月が次なる一手を決断して、駒の打つ心地よい音を司令公務室に響かせた。
「少しは休んだらどうかね?朝からずっと休んでいないのだろ?」
「冬月先生、ありがとうございます♪でも、もう少し頑張ってみようと思います♪♪」
「そうか、そうか・・・。シンジ君は偉いな」
シンジは冬月の勧めをユイの声でニッコリと微笑んで断り、冬月は目尻までだらしなく緩ませる。
実を言うと、先ほどからちょっと間が空く度、冬月はユイの声が聞きたいが為にシンジへ声をかけ、明らかにシンジの仕事を邪魔ばかりしていた。
その証拠に一見すると詰め将棋をしている風に見える冬月だが、実際は詰め将棋などしておらず、現にたった今動かした駒の動きも出鱈目。
「あっ!?そうだっ!!?」
「どうしたね?何か解らない事でもあるのかな?」
不意にシンジが思い出した様に書類から視線を上げて引出を開け、冬月は嬉しそうにウンウンと頷き、ようやく出番かとソファーから腰を浮かす。
「いいえ、違いますわ♪冬月先生は座っていて下さいな♪♪」
「んっ!?そうなのか・・・。ふむ・・・・・・。」
しかし、シンジに手で制され、冬月はちょっぴり残念そうに力無くソファーへ座り直した。
「んっ・・・。んっんっ・・・。私だ」
(相変わらず、シンジ君の声帯模写には驚かさせられるな)
するとシンジは自分の喉元へ右手を置いたかと思ったら、引出から出した受話器へゲンドウの声で話しかけ、改めて冬月がシンジの特技に驚く。
「戦自総司令に繋げ」
(・・・せ、戦自総司令だと?)
「そうだ。ネルフが仲直りしたいとな」
「な、なにぃぃぃぃぃ~~~~~~っ!!」
その直後、シンジから告げられた電話の内容を聞いて更に驚き、冬月は思わず驚き声をあげて席を立ち上がった。
「しぃぃ~~~・・・。」
「シ、シンジ君っ!?せ、戦自と仲直りするとはどういう事なんだっ!!?」
シンジは人差し指を立てて口元へ当てるが、驚き混乱する冬月の興奮は止まらず、電話の向こう側へも聞こえる様な大声で尋ねる。
カチャ・・・。
「もうっ!!冬月先生、ダメじゃないですか。人が電話をしている時に大声を出すなんて」
仕方ないと言わんばかりに受話器を溜息混じりに置き、シンジが再びユイの声に戻して冬月をギロリと睨む。
「い、いや、しかしだな・・・。せ、戦自と和解をすると言う事は情報公開を迫られるという事と同義なんだぞ・・・・・・。」
「あら、良いじゃありませんか♪その程度の事はスパイが得ているだろうと冬月先生も今朝言っていたじゃないですか♪♪」
その睨みを受けて冬月は背筋に戦慄が走り、思わず一歩後退して座っていたソファーでバランスを崩し、再びソファーに座り込んだ。
「だ、だからと言って・・・。ひ、非公開組織としての体面が・・・・・・。」
「そんな物は無用の長物ですよ♪父さんの時代はともかく、これからのネルフにはね♪♪」
一方、シンジは司令席を立ち上がり、冬月が座るソファーの後ろへ回り込み、シンジの提案を尚も渋る冬月の耳元へ口を寄せて甘い声で囁く。
「だ、だが・・・。ひ、1つを許すと他の組織も・・・・・・。」
「あら、そこが腕の見せ所でしょ♪冬月先生の♪♪」
「そ、それはそうだが・・・。し、しかしな・・・・・・。」
「ねぇ~~♪冬月先生、お願ぁぁ~~~い♪♪」
「こ、これだけは・・・。さ、さすがに・・・・・・。」
「お・ね・が・い♪あ・な・た♪♪」
決して首を縦に振ろうとしなかった冬月だったが、夫へおねだりする妻の様にシンジが冬月の頬を人差し指でツンツンと突っついた途端。
「う、うむ・・・。し、仕方がないな」
「冬月先生、ありがとうございます♪やっぱり、ゲンドウさんと違ってお優しいんですね♪♪」
冬月はあっさりと首を縦に振り、シンジはソファー越しに冬月へ抱きつきながら邪悪そうにニヤリと笑った。


(グフフフフ・・・。ユイ君、当たり前じゃないか。あの碇と私を比べんでくれ)
正に幸せという2文字を表情に浮かべ、これ以上ないくらいデレデレとにやけ、だらしなく頬を緩ませる冬月。
「何をしている。君は自分の立場を弁えているのか?」
「っ!?」
だが、むさ苦しいキールの声によって、冬月は我に帰って意識を現世へと戻し、ささやかなる冬月の幸せは一瞬にして終焉を迎えた。
「さて・・・。読ませて貰ったよ。2つ、3つ、疑問は残るが刺激的な報告だったよ」
「ありがとうございます」
奥歯に物を噛んだ様なはっきりと言わないキールの言い草に、冬月はわずかに口の端を歪めて苦笑を漏らす。
「碇・・・。シンジでしたな。確か・・・。」
「さよう。少し見ただけでは、瓜二つと言って良いね」
冬月が頷くのをきっかけに、ゼーレ古参の者達である人類補完委員会のメンバーが慎重に言葉を選びながら発言する。
「この先、どうするつもりかね?懐柔か?それともこのまま放置しておくか?」
「所詮、相手は子供・・・。欲しい物を与えればそれで済むだろう。むしろ、その方が動かし易いと言う物だ」
「まだそれを見極めるには材料が欠いているだろう。それに第3の選択も有るんじゃないのかね?」
「おやおや、相変わらず過激だな。まだ未成年の少年を殺すとでも言うのかね?」
それに対して、割と新参者達は過激な発言を出し合い、終いにはシンジの抹殺を仄めかす。
「それはいかん。相手は初号機パイロット・・・。彼を欠いては計画に支障をきたす」
「確かに・・・。初号機パイロットを失ったら百害あって一利なしだな」
「さよう。事は慎重に運ばないといけないよ」
しかし、キールはシンジ抹殺策をすぐさま一蹴し、古参メンバーもやや慌てた感じにキールの意見に同調する。
(ふっ・・・。ゼーレも一波乱がありそうだな)
キールと古参メンバーの言葉の端々に見える動揺を感じ取り、冬月は心の中でニヤリとほくそ笑んだ。


「そうですか・・・。今後は報告を早くする様に」
カチャ・・・。
「・・・どうしたんですか?」
かかってきた電話の受話器を置き、椅子へ深く背をもたれて難しそうな顔で顎をさするシンジへ、青葉が不思議そうに問いかける。
ちなみに、この数十分間でゲンドウを凌駕するシンジが放つオーラに屈し、既に青葉のシンジへの態度は目上の物に対する物へと変わっていた。
「いやね。副司令が2時間ほど前に拉致されたらしいんですよ」
「ええっ!?」
「まあ、そんな事より、この件だけど・・・。」
「そ、そんな事っ!?」
シンジの応えに驚いて目を見開くが、シンジはあっさりと頭を切り替え、青葉は2度ビックリ仰天して更に目を大きく見開く。
「だって、そうでしょ?僕が騒いでも副司令が帰ってくる訳じゃないし、こういう事は専門家に任せるのが1番ですよ」
「そ、それは、そうですが・・・。」
「それに、うちを出し抜ける人物と組織は決まっているんです。なら、目的もおおよそ想像できるし、夕飯には帰ってくると思いますよ」
「だ、だからと言って・・・。(ゆ、夕飯って・・・。い、犬じゃないんですから・・・・・・。)」
だが、シンジはこの話は終わりだと言わんばかりに再び書類へ視線を向け、青葉はシンジの非情さに目を見開いたまま固まる。
「それより、今はこっちの方が重要です。・・・まるでザルとしか言い様がないですよね。うちの保安諜報部は何をやっているんですか?」
「し、しかし・・・。げ、現行の人員数と予算ではこれが精一杯かと・・・。」
書類から視線を上げたシンジにギロリと睨まれ、青葉は慌てて解答して、同時にシンジの鋭い眼光に冷や汗を背筋にタラ~リと流す。
補足だが、青葉は冬月直属の部下であり、作戦時は情報担当する為、所属は保安諜報部となる。
「ま、それもそうですが・・・。その現状が副司令拉致に繋がったと思えません?」
「も、申し訳有りません」
しかも、何食わぬ顔でシンジに嫌味まで言われ、青葉は恐縮して身を縮めて項垂れた。
「・・・と言う事で、来月より通常の階級レベル設定とは別に、勤務態度レベル設定を採用しようかと思うんですけど・・・。どう思います?」
「はっ!?・・・勤務態度レベル?」
するとシンジはいきなり今までの話と脈絡ない事を言い始め、青葉は頭を上げて茫然と目が点。
「そう、勤務態度による10段階評価を設定して、それを月単位で変動させるんです。いわゆる能力査定と言う奴かな?
 より真面目に働いた者へは最高50%の増棒や有給などの特別報酬を出し、より不真面目な者へは最高50%の減棒を出す。
 これなら、職員の労働意欲は今以上に向上するし、レベル評価によって他人との競争意欲もわき、よりネルフ全体が活性化するでしょ?」
「はあ・・・。それは名案ですが、これと情報保安に何の関係が?」
それもそのはず、シンジが提案する内容は保安諜報部の青葉には畑違いであり、提案するべき部署は管理部か総務部が最も相応しい。
「そうですね。ここまでなら只の能力査定に過ぎない・・・。だけど、この次が重要です。
 そう、こんな噂をそれとなく流して下さい。・・・ネルフに対するスパイを報告すると無条件でレベルが上がるらしいってね」
「そ、それはっ!?ま、まさかっ!!?」
「フフ、こうすれば自然と職員全員が諜報員に様変わり・・・。
 こちらが捜査しなくても勝手に情報が入ってくるだろうし・・・。きっとスパイもこんな組織には居辛いだろうねぇ~~」
しかし、真相と目論見を知り、青葉はシンジの恐ろしさを知って打ち震え、シンジは愉快そうにクスクスと笑う。
「た、確かに・・・。し、しかし、その能力査定は誰がするんですか?そ、そんな役をしたがる人間は居ないと思いますが?」
「居ますよ。ここにたくさんね」
青葉は何とかシンジを止めようとするが、シンジは手に持っていた書類を司令席の机の上へ放り投げた。
「・・・む、無茶なっ!?ス、スパイに2重スパイさせる気ですかっ!!?」
「いいや、無茶なんかじゃありません。
 方法は幾らでもあるし、それに僕は2重スパイをさせるつもりもない。彼等には僕だけの為に働いて貰うつもりです」
シンジの言わんとする事が解るや否や青葉は一瞬だけ絶句して驚愕に目を見開き、シンジは冷静にゲンドウ譲りのゲンドウポーズをとる。
「そ、そんなっ!?ど、どうやってっ!!?」
「勿論・・・。強請るんですよ」
そして、もう驚く事しか出来ない青葉の問いに、ドス黒い邪悪なオーラを漂わすシンジが禍々しいほどにニヤリと笑ったその時。
バタンッ!!
突然、司令公務室の重厚な扉がノックもなしに勢い良く開け放たれた。


「おやおや、ノックもなしにどうしたんですか?リツコさん」
開けた扉も閉めず、肩を怒らせて大股で歩いてくるリツコの様子に、シンジは肩を竦めつつゲンドウポーズの下でクスリと笑みを漏らす。
「シンジ君、あなた・・・。」
「失礼。この場でその呼び名は相応しくないですね」
リツコの迫力に青葉が場所を譲り、司令席前に立ったリツコが何かを怒鳴ろうとするが、シンジが言葉を遮ってリツコへ1枚の紙を差し出した。
「・・・何よ、これ。私はあなたに聞きたい事が・・・。」
気勢を制されたリツコが条件反射的に紙を受け取り、書かれていた短い書面を斜め読みして顔を上げ、再びシンジを怒鳴ろうとした次の瞬間。
「中将っ!?碇シンジ中将っ!!?」
1テンポ遅れて脳が書面の文字を理解し、リツコは慌てて書面へ視線を戻して、驚愕に目を最大に見開いた。
「ええ、10分ほど前に正式な辞令が届いたんです。一緒にネルフ司令代理にも正式就任しました」
「代理って・・・。どうして、少将の碇司令より階級が上なの・・・。いえ、上なんですか?」
シンジはリツコの驚き様がおかしくてたまらずクスクスと笑い声をあげ、リツコはシンジの態度にムッと苛立ちながらも言葉使いを改めて尋ねる。
「ひょっとしたら、僕のお願いを聞いてくれないと初号機で暴れちゃうぞ・・・って、上へ駄々をこねたのが効いたのかな?」
「「あ、暴れちゃうぞって・・・。し、司令代理」」
応えてシンジは笑い声の種類をクックックッと含み笑いに変え、リツコと青葉は茫然と顔を引きつらせて大粒の汗をタラ~リと流す。
「だって、ほら・・・。今の初号機の性能を考えれば、それくらいの階級で人類を守ってあげるんだから安い物でしょ?」
「「・・・た、確かに」」
だが、続いたシンジの言い様にリツコと青葉はもっともだと頷き、改めて現在がとんでもない事態になってしまったのだと悟った。


「S2機関を自ら搭載したエヴァンゲリオン初号機」
「それは理論上無限に稼働する半永久機関を手に入れたと同義だ」
「5分から無限か。突飛な話だ」
「絶対的存在を手にして良いのは神だけだ」
「人はその分を越えてはならん」
「我々に具象化された神は不要なのだよ」
「我々のシナリオにそんな物はない」
ざわめくモノリス達は、神に等しい存在になってしまった初号機について討論していた。
「・・・神を造ってはいかん」
時々、キールの重々しい声が響く。
「ましてや、あんな子供に神を渡す訳にはいかんよ」
「碇シンジ・・・。どんな人物なのだ?」
12枚のモノリスは円を作り、その中心にいる冬月は先ほどから何も喋っておらず、何やら幸せそうにニヤニヤとだらしない笑みを浮かべていた。


「まあ、それはさておき・・・。青葉二尉、今話していた件を今日帰るまでに草案をまとめておいて下さい」
司令公務室がシンジと初号機の恐ろしさにシーンと静まり返りそうになるが、シンジが沈黙を許さず青葉へ暗に退出を命じる。
「えっ!?あっ!!?・・・は、はい、了解しましたっ!!!!」
「では、よろしくお願いします」
「はい、失礼しますっ!!(・・・こりゃ、残業だな)」
慌てて我に帰った青葉はシンジへビシッと最敬礼をして曲がれ右をした後、やや肩をガックリと落として司令公務室を出て行く。
バタンッ・・・。
「さて、もう良いですよ。いつも通りで」
青葉が司令公務室の扉を閉めると、シンジはゲンドウポーズを崩して椅子の背もたれにもたれ、リツコへニッコリと微笑んだ。
「司令代理って、どういう事なのっ!?シンジ君っ!!?」
バンッ!!
「どういう事って・・・。言葉通りですよ?
 父さんが帰ってくれば、僕は権限を父さんに渡します。・・・でも、父さんが帰ってこれればの話ですけどね」
その途端、怒鳴るリツコは司令席を両掌で叩いて迫るも、シンジは全く怯んだ様子もなくニコニコと笑顔を絶やさない。
「だから、それがどういう事なのかと聞いているのよっ!?どうして、碇司令がここに居ないのっ!!?」
「居ないのって・・・。それはリツコさんの家に隠れているからでしょ?」
「・・・ど、どうして、それをっ!?」
無論、そんな事では誤魔化されないリツコは更に迫るが、シンジにあっさりと自分がゲンドウを隠している事を見破られてビックリ仰天。
「だって、父さんがここから逃げた直後に父さんの銀行口座は凍結させちゃいましたからね。
 なら、そろそろ持っていたお金も無くなるだろうし・・・。そう考えれば、消去法で次に行く場所は衣食住を完備した愛人宅しかないでしょ?」
「な゛っ!?」
更にはシンジに自分がゲンドウの愛人だと見破られている事を知って、リツコが2度ビックリ仰天した上に絶句するも束の間。
「それにしても、父さんも意外と根性なしだよね。
 お金が無くても野宿とか何でもすれば良いのに、リツコさんの家へ行ったら逆効果じゃん。父さん、本当に母さんへ謝る気があるのかな?」
「ちょ、ちょっと待ちなさいっ!?か、母さんへ謝るって、どういう事なのっ!!?母さんって・・・。ユイさんの事よねっ!!!?」
肩を竦めて深い溜息をつくシンジの言葉の中にとんでもない単語を見つけ、リツコは慌てて言葉を取り戻してかなり必死にシンジへ質問する。
「さて、ここからが本題です。・・・赤木リツコさん」
「・・・な、何よ。い、いきなり・・・・・・。」
しかし、シンジはその問いに応えずニヤリと笑って席を立ち上がり、リツコはシンジから発せられている言い知れぬ迫力を感じて思わず一歩後退。
「お義母さん・・・。そう、僕に呼ばれたくはないですか?」
「・・・えっ!?」
更に更に後退しようとするも、いきなりシンジから母親呼ばわりをされて驚き、リツコが半歩後退したところで動きを止めた。
「僕に協力してくれれば・・・。近い将来、きっとリツコさんを僕はそう呼ぶ事になりますよ?」
「そ、それって・・・。」
するとシンジはリツコを引き戻すかの様に右手を差し出し、リツコはシンジの言わんとする事が解って驚愕に目を丸くする。
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
それっきり、2人は見つめ合ったまま黙り込み、司令公務室に沈黙だけが流れてゆく。
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
         ゴクッ・・・。
一体、どれくらいの時が経過したのか、ふとシンジはリツコの心を後押しするかの様に頷き、リツコが司令公務室に生唾を飲み込む音を響かす。
「これからは身内として、よろしくお願いします。お義母さん」
一拍の間の後、リツコは無言のまま恐る恐るシンジへ右手を差し出し、シンジは重なり合った右手に感じるリツコの震える握力にニヤリと笑った。


「・・・はっ!?」
突如、トウジは恐ろしい悪夢から醒めたかの様に勢い良く見開いて目を醒ました。
「はぁ・・・。はぁ・・・。はぁ・・・。はぁ・・・。はぁ・・・。」
グゥゥ~~~・・・。
荒い息をつきながら現実を満喫していると、不意にお腹が自己主張を鳴らし、トウジはのっそりと気怠そうに上半身を起き上がらせる。
「なんや・・・。ごっつう腹が減ったのう・・・・・・。」
お腹が空いている事を意識した途端、表情から緊迫感が消え、トウジは更なる現実感を求めて寝ぼけ眼で辺りをキョロキョロと見渡す。
「・・・って、ここ、何処なんや?」
しばらく白い壁と白い天井をぼんやりと見つめている内に、様々な記憶が徐々に脳裏へ蘇り始め、トウジはここが病院の病室だと知った。
「そっか・・・。あれはホンマの事やったんやな・・・・・・。」
同時に先ほどまで見ていた悪夢が現実だと気づき、トウジはやるせない気持ちを押さえつつ自分の左足に視線を移してビックリ仰天。
「わ、わしの足が・・・。わ、わしの足が・・・。わ、わしの足があるっ!?」
なんとそこには第13使徒戦で失ったはずの左足があり、トウジは驚愕に目を見開いて膝を何度も曲げながら嬉しそうに撫で回すも一拍の間の後。
「どういうこっちゃっ!?確かにわしはあの時・・・・・・。」
ふと記憶と現実が合わない事に気づき、トウジは左足を大事そうに抱えつつ、今見ている現実こそが夢なのかと頬を右手で思いっ切り抓った。
「痛っ!?・・・って事はっ!!?」
当然その結果、頬には激痛が走り、トウジは間抜けにも涙目で自分が抓った頬を手で押さえて現実を確認。
「せやけど・・・。何でや?何でなんや?」
それでも、目の前の現実が全く信じれず、トウジが左足をさすりながら首を傾げたその時。
プシューー・・・。
(なんやっ!?なんやっ!!?なんやっ!!!?)
病室の扉が開いたかと思ったら、十数人の医師団がゾロゾロと病室へ入って来て、トウジのベット周りを隙間無くグルリと囲んだ。
「目が醒めた様だが・・・。気分はどうかね?」
「はあ・・・。悪くはないと思います」
その中の髪を逆立てた目つきの悪い初老の男性が一歩前へ進み出て、トウジの脈や瞳孔などを調べる簡単な検診を次々と行ってゆく。
「うむ、それはなにより・・・。では、これから簡単な質問しよう。君の名前は?」
「はあ・・・。鈴原トウジですけど」
それと同時に男性はトウジへ簡単な質問を行い、医師団に囲まれて戸惑うトウジは目線を忙しなくキョロキョロと彷徨わせながら応える。
「君の家族構成、家族の名前を教えてくれ」
「おじいとおとん、妹・・・。おじいが鈴原ハルヒコ、おとんが鈴原ナツオ、妹が鈴原アキです」
「君が通う学校、クラス、出席番号は?仲の良い友達は誰だね?」
「市立第壱中学校2年A組、出席番号は18番。友達はシンジとケンスケやな」
するとトウジが質問に応える度、医師団の全員がどよめき声をあげて驚き、それぞれがトウジを横目に入れて何やらヒソヒソと囁き合う。
「君が好きな女の子は?」
「イインチョ・・・って、いきなり何を言わすねんっ!!」
おかげで、トウジは戸惑いをますます深め、出された質問に思わず己の秘密を暴露してしまい、慌てて顔を紅く染めて男性を怒鳴る。
「凄いぞ・・・。記憶はそのまま残っている」
「それにあの大阪弁っぽい変な口調も健在ですね」
「それだけじゃありません。最後の質問に照れてもいると言う事は、感情が残っている証拠ですよ」
しかし、怒鳴られた男性は検査を止めて嬉しそうにウンウンと頷き、助手らしき人物達とトウジへ聞こえない様な小声で何やら密談。
ヒソヒソヒソ・・・。
          ヒソヒソヒソ・・・。
ヒソヒソヒソ・・・。
          ヒソヒソヒソ・・・。
ヒソヒソヒソ・・・。
          ヒソヒソヒソ・・・。
医師団のヒソヒソ声だけが病室に響き、トウジがますます困惑を深めてゆく。
(何やねん・・・。一体・・・・・・。)
「さて、そうだな・・・。次はこのリンゴを思いっ切り握ってくれるかな?」
しばらくすると男性は密談を止め、ふと目に入ったテーブルの上に置かれているフルーツバスケットの中からリンゴを1つ取ってトウジへ手渡す。
ちなみに、このフルーツバスケットは、2日前にトウジのお見舞いへ来たヒカリからトウジへのお見舞いの品である。
「・・・ええですけど」
グシャッ!!
「っ!?」
トウジが右手にリンゴを持って握り締めた瞬間、大して力を入れていないのにリンゴは一瞬にして砕け散り、周囲に勢い良く破片が飛び散った。
「おおっ!!・・・凄い。こちらの予想以上だ」
「ええ、あの滑らかな動きを見ましたか?正に人間の物ですよ」
「皮膚の伸縮を全く自然に見えます。これは正確なデーターを取るのが楽しみですね」
一瞬の出来事に男性はどよめき声をあげて驚き、またもや助手らしき人物達とトウジへ聞こえない様な小声で何やら密談。
ヒソヒソヒソ・・・。
          ヒソヒソヒソ・・・。
ヒソヒソヒソ・・・。
          ヒソヒソヒソ・・・。
ヒソヒソヒソ・・・。
          ヒソヒソヒソ・・・。
トウジもまた己自身の握力の強さに驚いて目を見開き、ただただ無言で茫然と自分の右手を見つめていた。
「続いてだが・・・。私が良いと言うまで少し目を瞑って貰えるかな?鈴原君」
「はあ・・・。(一体、さっきから何やっちゅうねん・・・。全く・・・・・・。)」
そこへ興奮した様子で男性がトウジへ興味津々そうな視線を向け、トウジは戸惑いの中にやや苛立ちを含ませながらも素直に指示通り目を瞑る。
ゴソゴソ、ゴソゴソ、ゴソゴソ、ゴソゴソ・・・。
「良し・・・。もう目を開けて良いぞ」
「はい」
暗闇の外から聞こえてくる物音に首を傾げていると、再び男性より声がかかり、トウジは目を開けて目の前の光景を見るなり顔を引きつらせた。
「さあ、鈴原君。君だったらあの天井からぶら下がったバナナをどう取るかね?但し、使って良いのはこの3つの道具だけだ」
「・・・わ、わしを馬鹿にしとるんでっか?」
何故ならば、男性が指さす先にあった物は、天井から紐で吊されたバナナと床に置かれた野球のゴムボールと木の棒とミカン箱。
そして、何よりも男性から出された出題は、誰もがTVや本で1度は見た事があるチンパンジーの知能テストにかなり酷似していたからである。
「気分を害したなら謝るがこれも検査だ。バナナが取れたら食べても良いから、まずは試してみてくれないか?」
「・・・わ、解りました」
それでも、男性の熱意に押され、トウジは渋々と言った感じにベットから下り、迷う事なく箱を踏み台にして天井から吊らされたバナナを取った。
「凄すぎる・・・。確実にチンパンジー以上の知能がある」
「はい、迷わず箱を踏み台に選びましたね」
「しかも、箱を縦に置き、より高みを目指しています。これは知能指数はかなり高いですね」
その瞬間、今までにない大きなどよめきが病室にあがり、男性は医師団全員を引き連れ、部屋の隅でトウジへ聞こえない様な小声で何やら密談。
ヒソヒソヒソ・・・。
          ヒソヒソヒソ・・・。
ヒソヒソヒソ・・・。
          ヒソヒソヒソ・・・。
ヒソヒソヒソ・・・。
          ヒソヒソヒソ・・・。
トウジは横目にその様子を不機嫌そうに睨み、報酬のバナナを食べながら心の中で毒づいたその時。
(確かにわしは赤点キングや・・・。せやけど、これはないやろっ!!失礼にもほどがあるっちゅうねんっ!!!)
プシューー・・・。
「おおっ!?司令代理っ!!!まだ正確なデーターはまだですが、実験はほぼ成功ですよっ!!!!」
病室の扉が開いて、サングラスを外しているシンジが現れ、男性が嬉しそうにシンジの元へ駈け寄って行く。
「やあ、それは良かった。さすがは鷹山博士ですね」
「いえいえ、司令代理のおかげです。学会から、組織から追放された私にこれ程の予算を与えて下さって」
シンジもまた嬉しそうにウンウンと頷き、男性は差し出されたシンジの右手を両手で握り、涙ながらに何度も何度も頭を下げる。
「まあまあ、その話は後でと言う事で・・・。今は少し彼と2人にさせて貰えませんか?」
「はっ!!解りました」
だが、ふとシンジはバナナを食べているトウジを見つけて当初の目的を思い出し、男性は指示を受けてすぐに医師団を連れて病室から出て行った。


「トウジ、ごめんっ!!」
「・・・な、何やねん。い、いきなり・・・・・・。」
医師団達が病室から出るや否や、いきなりシンジはその場に土下座を始め、驚いたトウジは思わず一歩後退して食べかけのバナナを床に落とす。
「僕は・・・。僕は・・・。僕はトウジに取り返しのつかない事をしてしまったっ!!本当にごめんっ!!!」
「・・・あれに乗るって決めたのはわしや。シンジが謝る必要なんてあらへん・・・・・・。」
だが、涙声を出すシンジの謝罪の言葉に、トウジはシンジが第13使徒戦の事を言っているのだと悟り、少し怒った様な口調でシンジを諭した。
「でも、僕はトウジに酷い事をしたんだよっ!!僕はどうやってトウジに償ったら良いかが解らないんだっ!!!」
「やかましいっ!!わしがええっちゅうんやからええんやっ!!!それ以上、ガタガタぬかしおったらパチキかますぞっ!!!!」
それでも、シンジは頭を上げようとはせず、トウジはシンジの元へ歩み寄って片跪き、怒鳴りながらシンジの肩を掴んで強引に頭を上げさせる。
「だけどっ!!」
「わしにはちゃんと参号機の中で聞いとったで・・・。シンジが最後まで苦しんでいた声をな。・・・・・・だから、ええんや」
シンジは泣き顔を見られまいと目線を腕で覆い、トウジはその態度にフッと頬を緩め、口調を一変させて優し気な声でシンジを諭す。
「トウジ・・・。僕を許してくれるの?」
「許すもなにも、2人とも無事やったんやからそれでええやないか。わし等は友達やろ?」
トウジの心が届いたのか、シンジは腕で目をゴシゴシと拭って赤く腫らした目を晒し、トウジは立ち上がって男臭いニカッとした笑みを浮かべる。
「僕の事をまだ友達って呼んでくれるの?」
「当たり前やないか・・・。シンジ、お前はわしの親友や。さあ、立て」
「ありがとう・・・。トウジ・・・・・・。」
シンジはその笑顔を眩しそうに目を細め、差し出されたトウジの右手を取って立ち上がった。
「せやせや・・・。そう言えば、さっきごっつう恐ろしい夢を見たんや」
「・・・どんな夢?」
「わしの左足がなくなる夢や」
ふとトウジは今自分のした行為が照れ臭くなり、漂う雰囲気を打ち消そうと戯けた口調で先ほど見た悪夢を話そうとした途端。
「ああ・・・。それなら夢じゃなくて現実だよ」
「なんやてっ!?そしたら、この足は何なんやっ!!?生えてきたんかっ!!!?」
「トカゲじゃないんだから生えてくる訳がないじゃない。その足は作ったんだよ。気に入ってくれたかな?」
今まで泣いていたのが嘘の様に、シンジはクスクスと笑い始め、胸ポケットに入れていたサングラスをかけた。
「・・・はっ!?・・・作った?足をか?」
「いやいや、左足だけじゃないよ。右足も、両手も、体も全て人工の物なんだ」
「な、なんやとっ!?」
シンジの言葉に茫然なるも、更に続いたシンジの言葉に、トウジは目が飛び出るくらいビックリ仰天。
「なかなかネルフの技術も凄いでしょ?何処をどう見ても、人間そっくりだからね」
「そ、そしたら・・・。わ、わしはロボットなんか?」
その様子が愉快で仕方ないらしく、シンジは右手で口元を押さえながら、左手でお腹を押さえて必死に笑いを堪える。
「いや、ロボットでもないね。脳や臓器の一部は元のまま使っているから、呼び名としてはサイボーグの方が正解かな?」
「な、なして、そないな事に・・・。」
一方、トウジは己が人外の存在になってしまった事を知り、絶望が心を支配してその場へ力無く膝を折った。
「いやぁ~~、実を言うとね。トウジがあの戦いで失ったのは左足だけじゃなかったんだよ。
 これは後から調べてみて解った事なんだけど・・・。特に脊椎の損傷が酷くて、そのままだと一生寝たきりは確実だったらしいよ。
 だから、トウジ本人の断りもなく済まないと思ったんだけど、トウジのお父さんの了解を得て、僕がサイボーグ化の決断をさせて貰ったんだ」
「そ、そうなんか・・・。き、気を使って貰ってすまんかったな」
トウジを元気付けようとする心遣いか、シンジは戯けた口調でトウジへ衝撃の事実を伝えるが、更にトウジは絶望に暮れて頭をガックリと垂れる。
「ううん、大した事ないよ。だって、この際だから今後の為に色々と試させて貰ったからね」
「・・・色々と試した?」
しかし、シンジの言葉に疑問を感じて、トウジが顔を上げた次の瞬間。
「そう、例えば・・・。」
バンッ!!
「のわっ!?」
いきなりシンジがトウジに向けて躊躇いなく銃を発砲し、近距離でトウジは胸に弾丸の直撃を受け、部屋の隅まで勢い良く吹き飛んだ。


「・・・って、なんや、脅かすなや。ケンスケの影響でも受けたんか?」
一拍の間の後、床に倒れたトウジは何事もなかった様に上半身を起き上がらせ、病院服の上着をガバッと開けると胸に銃弾が突き刺さっていた。
「いいや、これはモデルガンなんかじゃなくて、間違いなく本物の銃だよ。
 だけど、トウジの人工皮膚の下に超硬質の特殊金属を外骨格としてコーティングしたからね。
 ご覧の通り、銃なんかじゃトウジの体に傷1つ付けられないし、博士の計算なら10トンの衝撃にも耐えられるらしいよ。
 これなら、例え象に踏まれようとも、ダンプに跳ねられようとも、トウジが絶対に死ぬ事はない。
 その上、これも計算上だけど、1万度までの超温度に耐えられる金属だから、皮膚は溶けるだろうけど溶岩の中でも有る程度は平気なんだ」
トウジの疑問に応え、シンジはトウジへ施した改造を喜々と語り、トウジはあまりの事実に茫然と大口を開けて目が点。
「フフ、驚いているね?驚いているね?・・・でも、驚くのはまだ早い。
 人工眼球には様々な機能が取り付けられ、1キロ先まで見る事が出来るし、赤外線照射や温度探知も出来るから暗闇も全く問題なし。
 そして、何と言っても極めつけは、元の両腕と右足を敢えて取り除き、新たに取り替える事によって実現した強化筋肉の性能なん・・・。」
「ちょ、ちょっと待てやっ!?りょ、両腕と右足を取り除きって、なんやっ!!?ど、どういうこっちゃっ!!!?」
「ああ・・・。それなら、博士が言うには・・・。
 元の右足と新しい左足だと、性能差で軸足のバランスと力の加減が悪くなるって言うから右足を切ったんだよ」
「な、なんやてっ!?」
だが、解説の中に引っかかる物を感じ、トウジが尋ねてみると、虫も殺さぬ様な顔をするシンジの口から恐ろしい事実が告げられてビックリ仰天。
「なら、この際だから両腕も改造しましょうって博士が言うものだからさ・・・。それもそうかな?と思って。
 そうしたら、人間の体って難しいよね。体のあちこちで拒絶反応が出ちゃって・・・。
 もう引き返せないから、たまたま博士が作っていた人造人間へさっき言った通りトウジの脳と臓器の一部をそのまま入れ替えたんだ」
シンジのクスクスと笑いを噛み殺す声を聞きながら、トウジは俯いて肩をブルブルと震わせていたが、シンジが言葉を切った次の瞬間。
「うがぁぁぁぁぁ~~~~~~っ!!」
「うわっ!?」
ドガァァーーーンッ!!
トウジは獣の様な咆哮をあげてシンジへ殴りかかり、シンジは慌てて横へ避け、轟音が響くと共にシンジの背後にあった壁が見事に粉砕された。
「トウジ、何するんだよっ!?トウジのパンチの威力は殺人級なんだよっ!!?僕を殺す気なのっ!!!?」
予想通りの性能、予想外の行動を見せるトウジに驚き、シンジは喜びと恐怖に心をゾクゾクと打ち震えながら叫んでトウジを非難する。
「やかましいっ!!わしはお前を殴らなあかんっ!!!殴っとかな気が済まへんのやっ!!!!」
「どうしてさっ!?トウジは僕を許してくれるって言ったじゃないかっ!!?僕達、親友じゃなかったのっ!!!?」
「それとこれは話が別じゃっ!!わしはっ!!!わしはっ!!!!わしはお前を許さへんでぇぇぇぇぇ~~~~~~っ!!!!!」
しかし、怒りに我を忘れる今のトウジにはシンジの言葉は届かず、またもやトウジが殺人級のパンチをシンジへ喰らわせようとしたその時。
「っ!?」
ドスッ・・・。
「なんやっ!?どういうこっちゃっ!!?」
突然、トウジは何もない所でバランスを崩して前倒しに倒れ、すぐさま立ち上がろうとするも手足が全く動かない。
「僕は悲しいよ・・・。トウジの事を信じていたのに・・・・・・。」
「それはこっちのセリフやっ!!どうせ、これもお前の仕業やろっ!!?わしに何をしたんやっ!!!?」
無様に倒れているトウジの元へ近寄ってしゃがみ、シンジはさも悲しそうな表情を浮かべ、トウジは唯一自由になる顔を上げてシンジを睨む。
「酷いよ。すぐに僕を疑うなんて・・・。僕達は親友だろ?そんな悲しい事を言うなよ」
「ドやかましいっちゅうねんっ!!お前なんぞ、もう親友でも、友達でも何でもあらへんっ!!!」
シンジは涙までうっすらと瞳に溜めてトウジの肩へ手を置き、トウジはよほどシンジに触られるのが嫌なのか、首を左右に何度も振って手を払う。
「例え、トウジがそう思っていなくても・・・。僕はトウジの事を親友だと思っている。その証拠がこれさ」
「・・・何や、それ?」
何とかトウジを落ちつかせようと、シンジは隠し持っていたリモコンを取り出し、トウジはそのリモコンのパネルを見るなり嫌な予感を覚えた。
ちなみに、リモコンには青、黄、赤の3つのボタンがあり、赤のボタンにはいかにも死を連想させるかの様なドクロのマークが描かれていた。
「トウジは知っているかな?
 人間は手を曲げたり、足を曲げたりさせるのに、筋肉へ微弱な電流を流して筋肉を収縮させている事を・・・。
 そして、それはトウジに施された強化筋肉も一緒でね。
 この黄色のボタンはトウジの手足へ流れる電流の動きを遮断して、トウジの手足だけを動かせなくさせるボタンなんだよ」
「・・・そ、そしたら、その赤いボタンは何なんや?」
シンジの説明に怒りを忘れて愕然としながら、トウジはリモコンを見た時から気になって仕方がなかった疑問を恐る恐る尋ねる。
「これこそが僕とトウジの友情の証だよ。もうトウジがサイボーグだと言う事は解ったよね?
 では、ここで問題です。人間の臓器の中でも最も複雑で完全に人の手では作れない臓器ってなんだと思う?」
「・・・な、なんや?」
応えてシンジは反対に問い返すが、赤点キングのトウジにそんな問題が解るはずもなく、トウジはあっさりと考えるのを止めて解答を求めた。
「答えは心臓だよ。確かに人工心臓というのは存在するけど、血液の凝固が問題で常に故障と隣り合わせなんだ。
 そこでトウジの血液をエヴァにも使っているLCLに全て変えたんだよ。
 これなら粘性もないから凝固する事はないし、LCL自体が酸素を含んでいるという便利な優れ物。
 つまり、小型化がかなり難しい装置である人工心肺機を使う必要はなく、トウジはLCLを飲むだけで体液内に酸素の補給が出来るんだ」
「ほ、ほう・・・。そ、そうなんか」
「ここで話を心臓について戻すけど・・・。さっきのパンチで解る通り、明らかに人間とは思えない威力だよね?
 なら、その動きを果たして人間の心臓がフォローする事が出来ると思う?・・・うん、そんな事が出来るはずがないよね。
 もし人間の心臓なら瞬間的にかかる圧力の負担で一瞬でパンク・・・。だから、Sドライブと言う人工臓器に変えさせて貰ったんだ」
「・・・え、Sドライブ?」
「そう、Sドライブ。詳しくは極秘事項なんで言えないけど、電力を供給する半永久機関だと思ってくれれば良いよ」
「ほ、ほう・・・。き、切れない電池みたいな物か?」
喜々と説明するシンジだが、やはり赤点キングのトウジには何の事だか解らず、シンジの言葉が右耳から入って左耳へそのまま素通りしてゆく。
「なら、もう1度、このリモコンを見て?
 黄色のボタンは手足を動かせなくさせるボタン。青はそれを解除させるボタン。では、今までの説明をふまえて赤は何のボタンでしょう?」
「・・・な、何のボタンや?」
シンジから出された問題の答えを解りすぎるほど解っているのだが、トウジはその答えが恐ろし怖すぎて応える事が出来ない。
「答えは、トウジの動力源であるSドライブを止めるボタン。言い換えれば、これを押すとトウジは苦しむ事もなく即死しちゃうボタンなんだ」
「っ!?」
するとシンジの口から予想通りの解答が明かされ、トウジは絶望に目をこれ以上ないくらい最大に見開いた後、頭をガックリと垂れた。
「でも、安心して・・・。僕達は親友だから、こんなボタンを僕は絶対に押したりしないよ・・・って、何、泣いているの?」
トウジの心中を思いやってか、シンジは優し気にトウジへ語りかけながらトウジの肩へ手を置き、トウジが肩を震わせて泣いている事に気付く。
「う、嬉しいんや。シ、シンジが親友で・・・。せ、せやけど、わし・・・。こ、こんな時、どない顔したらええんか解らんのや・・・。」
「・・・笑えば良いと思うよ」
そして、トウジが涙をルルルーと流す顔を上げると、シンジはトウジに向かってニッコリと微笑んだ。


「そうそう、完全に元通りって訳にはいかないけど、トウジを人間に戻す方法がない事もないんだよ?」
「なんやてっ!?それ、ほんまなんかっ!!?」
落ちついた頃を見計らい、シンジがリモコンの青のボタンを押して拘束を解除すると、トウジはシンジの言葉に驚いて勢い良く立ち上がった。
「うん、トウジの脳を移植した際に拒絶反応が起きなければね」
「そしたら、お願いやっ!!わしを今すぐ人間に戻してくれっ!!!わし等は親友やろっ!!!!」
「ただ、トウジの場合は脳以外を全部必要とするから、どうしても移植相手が死体になっちゃうんだけど・・・。それでも良いかな?」
「ええっ!!ええっ!!!この際、贅沢は言わんっ!!!!何でもええから、わしを人間に戻してくれっ!!!!!お願いやっ!!!!!!」
「それを聞いて安心したよ。実はネルフの総力を持って全世界を調べたら、トウジと拒絶反応を起こさない人をたった1人だけ見つけたんだ」
「ほんまかっ!?」
シンジはトウジの反応を嬉しそうに笑顔でウンウンと頷き、トウジは喜びあらわに目を見開いてシンジへ必死に頼み込む。
「本当だよ。ほら、この写真を見て」
「誰や?・・・この爺さん?」
「名前は新倉タゴサクさん。職業は元漁師で年齢は86歳。今朝、心不全で亡くなったんだ」
「ほぉ・・・。そりゃ、大変やな。せやけど、わしにこんな爺さんの写真を見せてなんやっていうんや?」
するとシンジは上着の内ポケットから1枚の写真を取り出して渡し、トウジは写真に写る見知らぬ老人の男性に首を傾げた。
「嫌だなぁぁ~~~・・・。だから、このお爺さんの体ならトウジも人間に戻れるよって言っているんじゃないか」
「ドアホぉぉ~~~っ!!こんなヨボヨボの爺になっても、すぐ死んでしまうやないかぁぁぁ~~~~っ!!!」
応えてシンジは肩を竦めてクスリと笑い、トウジは瞬時に怒髪天となってシンジの襟首を掴もうと手を伸ばす。
「おっとっ!!」
ドスッ・・・。
だが、それよりも早くシンジにリモコンの黄色のボタンを押され、トウジは無様に床へ倒れ、首以外の身動きが全く取れなくなってしまう。
「トウジ・・・。さっきも言ったけどトウジの力は殺人級なんだよ?早くその体にも慣れて欲しいな」
「す、すまん・・・。つ、ついつい、カッとなってしまってな。わ、わしの悪い癖やな・・・。せ、せやから、許してや」
シンジはトウジを冷たい目で見下ろして深い溜息をつき、トウジは見上げてリモコンの赤いボタンに置かれたシンジの指に戦慄して必死に謝る。
「今回は大目に見るけど・・・。僕が親友じゃなかったら大変なところだったよ?」
「ホ、ホンマやな・・・。わ、わしはお前が親友でホンマに嬉しいわ」
更にシンジは深い深ぁ~~い溜息をついて念を押すと共に青のボタンを押し、トウジは冷や汗を全身にダラダラと流しながら立ち上がった。
「それはともかく、どうするの?新倉タゴサクさんに移植を希望するなら用意をさせるけど?」
「い、いや・・・。わ、わしはもう少し若い方がええな」
「うん、解った。なら、また移植が出来るフレッシュな死体の情報が入ったらすぐ教えるね」
「お、おう・・・。た、頼むわ。き、期待しとるで・・・。」
そして、シンジから移植希望の意志があるかと尋ねられ、トウジは頭をガックリと垂れ、首を左右に力無く振って拒否を示す。
何故ならば、移植の相手が老人であり、しかも死因が心不全となれば、人間へ戻った途端に死は間違いないからである。
「そうそう、希望を捨てちゃダメだよ?僕の母さんが言っていた言葉だけど・・・。生きてゆこうと思えば、何処だって天国になるんだからさ」
「・・・せ、せやな」
シンジはそんなトウジにニッコリと微笑んで元気づけるが、トウジは涙をルルルーと流して心に絶望を、現状に地獄しか見いだせなかった。


(暗い所はまだ苦手ね・・・。嫌な事ばかり思い出す・・・・・・。)
ネルフ本部・第4隔離施設の薄暗い部屋の中、ミサトは椅子の上に膝を抱えて座り、顎を膝の上に乗せて目を瞑っていた。


(何・・・・・・。)
ネルフでもごく限られた一握りの人物しか存在を知らない極秘区画。
(何なの・・・・・・。)
人口進化研究所3号分室の薄暗さに以前は感じなかった恐怖を感じ、戸惑うレイはやや震える手で着衣を脱いでいた。
(・・・この気持ちは何?)
その指先がブラウスのボタンを1つ外す度、レイの心は恐怖に満たされ、手の震えが徐々に大きくなってゆき、最後のボタンが外された次の瞬間。
「止めろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!」

「っ!?」
レイの脳裏にシンジが第13使徒戦であげた絶叫が響き渡り、レイは大きく目を見開き、体をビクッと震わせて動きを止めた。
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
レイは瞬きを忘れたかの様に瞼を開けたまま固まり、静寂だけが辺りを包み込む。
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
         「・・・・・・。」
当然その結果、眼球が乾いて自律神経が瞬きを要求し、レイは目をギュッと瞑ると共に1粒の雫を頬に流した。
(でも、ダメ・・・。私にはこれしかないもの)
しかし、絶対者の命令を逆らう術などあるはずもなく、レイは脳裏に浮かんでいるシンジの幻影を振り払うかの様に頭を左右に何度も振る。
(碇君・・・。どうしたら良いの?私・・・・・・。)
それでも、レイはシンジの幻影を振り払えず、シンジに救いを求めながらブラウスを脱ぎ、下着も脱ぐと一糸纏わぬ姿で部屋を出て行った。
プシューー・・・。


プシューー・・・。
光の灯らない暗闇の通路を歩き、扉の前で一旦立ち止まる事1分弱、レイは意を決して扉を開けた。
「・・・・・・。」
正面に見えるLCLが満たされた人間大のシリンダーの向こう側に人影を見つけ、レイはやや俯き加減に視線を落として部屋へ入ってゆく。
真円形をした部屋の壁にはやはりLCLに満たされた水槽があり、その水槽には何人ものレイが全裸で漂っていた。
ここはネルフでも最重要極秘区画の1つであるレイのクローン体を作るダミープラント工場。
実を言うと、レイは第13使徒戦以来、シンジを苦しめたダミープラグについて酷く悩んでいた。
何故ならば、ダミープラグはレイの分身と言っても良い存在であり、事実上シンジを苦しめたのが自分だと悟ったからである。
それ故、本日ダミープラグの実験を行うという連絡が入った際、レイはいっそ今すぐにでも使徒が来て実験が中止になれば良いと思ったくらい。
事実、いかなる実験にも今まで遅刻をした事が1度もなかったレイが、今回はなんと1時間もの大遅刻。
「遅かったね・・・。綾波」
「っ!?・・・い、碇君っ!!?」
静寂の中にシンジの声が響いて、レイは驚いて顔を上げ、シリンダーの向こう側の人影がシンジの後ろ姿だと解り、愕然と目を最大に見開いた。
「・・・どうして、逃げるの?」
「い、嫌・・・。い、嫌・・・。ち、近寄らないで・・・。い、碇君・・・・・・。」
「・・・どうして?綾波は僕の事が嫌いなの?」
最もこの部屋の光景を見られたくない人物に見られ、レイは知らず知らずの内に後ずさり始め、シンジはサングラスを外してレイへ近寄って行く。
「そ、そんな事ない・・・。そ、そんな事ない・・・。そ、そんな事ない・・・。」
だが、それほど広くない部屋ではすぐに入ってきた出入口に背を付けてしまい、レイは自動的に開くはずの扉が開かず進退窮まる。
「・・・なら、どうして?」
ならばとシンジは歩を詰めてレイの目の前に立ち、レイへ右手を差し伸ばした次の瞬間。
カッキィィィィィーーーーーーンッ!!
「ATフィールドっ!?」
「嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!」
シンジの手が2人の間に輝いた美しい八角形のオレンジ色の輝きに阻まれ、レイが出したとは思えない絶叫が部屋に響き渡った。


プーー、プーー、プーーッ!!
「ターミナルドグマにATフィールドの発生を確認っ!!」
突如、発令所に警報がなり響き、日向が報告の声を張り上げる。
「パターン青、使徒で・・・。えっ!?第二使徒っ!!?」
続いて青葉も報告の声をあげようとするが、ディスプレイに赤く点滅して表示される『2nd ANGEL』の文字に驚いて言葉を失う。
「先輩、何をっ!?」
「警報を止めなさいっ!!関係各所にはMAGIの故障と伝えるのよっ!!!」
すると作業をしていたマヤの横からリツコが身を乗り出し、猛烈な勢いでキーボードを叩きながら指示を出した。
「何しているのっ!?早くしなさいっ!!!」
「「りょ、了解っ!!」」
だが、いつまで経っても警報は止まらず、苛立ったリツコが怒鳴り、リツコの方へ驚き顔を向けていた日向と青葉が慌てて正面へ向き直る。
プーー、プーー、プーー・・・。
(・・・始まったわね)
一拍の間の後、警報が止まると、作業を終えたリツコは額にかいた汗を手の甲で拭いつつ、リターンキーを押して心の中で呟いた。


「何も怯える事はないよ・・・。僕も綾波と一緒だからね」
「えっ!?」
シンジの顔がまともに見れず、顔を両手で覆っていたレイは、いつもと変わらぬシンジの優し気な声に指の隙間からシンジを見て我が目を疑った。
「・・・A、ATフィールドっ!?」
「そう、人はそう呼んでいるね。何人にも犯されぬ聖なる領域、心の光・・・。
 でも、綾波は知っているだろ?ATフィールドは誰もが持っている心の壁だという事を・・・。するとこれは綾波が僕を拒絶しているのかな?」
なんとシンジはレイが発しているATフィールドの表面に指先を入れ、徐々に指先で開けた隙間を左右に引っ張って穴を大きくしていたのである。
「・・・ち、違う。わ、私は・・・。わ、私は・・・・・・。」
「なら、ATフィールドを解いてくれるよね?」
レイはシンジの言葉にゆっくりと首を左右に振り、シンジはレイへニッコリと微笑んだ。
「・・・って、おっとっと」
「あっ!?」
その途端、ATフィールドが消えてなくなり、やや前傾姿勢だったシンジはバランスを崩し、慌てて目の前にいたレイがシンジを抱き留める。
「やっと捕まえた・・・。もう放さないよ。綾波・・・。」
「・・・い、碇君」
応えてシンジもレイの腰へ手を回してきつく抱きしめ、レイは間近にあるシンジの顔に頬をポッと紅く染めた。
「綾波・・・。僕は親の罪を子が被るなんてナンセンスだと思う。
 でも、敢えて父さんの罪を被り、僕はこのボタンを押そう。彼女達には済まないと思うけど、これで綾波が少しでも楽になれるなら・・・。」
一拍の間の後、シンジは更にきつく抱きしめてレイの肩へ顎を乗せて囁き、ズボンのポケットからリモコンを取り出してボタンを押す。
ピッ!!
同時に小さな電子音が部屋に響き、部屋を囲む水槽のLCLがオレンジ色から一気に真っ赤っかな色へと変わった。
ブクブクブク・・・。
          「あはははは・・・。」
ブクブクブク・・・。
          「あはははは・・・。」
ブクブクブク・・・。
          「あはははは・・・。」
続いて水槽に気泡が次々と立ち上り、笑い声をあげる何人ものレイ達が少しづつ分解され、その姿形が徐々に崩れてゆく。
ブクブクブク・・・。
          「あはははは・・・。」
ブクブクブク・・・。
          「あはははは・・・。」
ブクブクブク・・・。
          「あはははは・・・。」
レイは目の前で全くうり二つの自分達が崩れてゆく光景に瞳と膝を震わせ、崩れ落ちない様にシンジの背中へしっかりと手を回す。
「これで綾波は自由だ・・・。父さんに縛られる必要はもう無いし、これからはヒトとして自由に生きてゆける」
「・・・ヒト?でも、私は・・・・・・。」
シンジはそんなレイをあやすかの様に髪を撫でて囁き、レイはシンジの言葉に俯いて、更にシンジをきつく抱きしめた。
「知っている?人間が18番目の使徒だと言う事を・・・。なら、綾波も人間も変わらないよ。・・・そして、19番目の使徒の僕もね」
「っ!?」
だが、シンジの口から出てきた衝撃の事実に驚いて抱擁を解き、レイは見開き震える瞳でシンジを見つめる。
「・・・綾波には僕が化け物に見えるかな?」
「違う・・・。碇君は碇君」
シンジもまた真剣な眼差しでレイの瞳を覗き込んで尋ね、レイはその問いに首を左右にフルフルと振った。
「ありがとう・・・。僕も綾波が化け物なんかに見えないよ」
「碇君っ!?」
その応えを嬉しそうに頷き、シンジがニッコリと微笑むと、レイは再びシンジに抱きついて嬉しさのあまり瞳に涙を溜める。
「でも、ちょっと今は大胆な恰好をしているみたいだけどね」
「っ!?・・・キャっ!!?」
するとシンジはいきなりクスクスと笑い始め、レイはシンジの言葉に今更ながら自分が全裸だと気づき、慌ててシンジに背を向けた。
(今の悲鳴って・・・・・・。綾波の?)
(・・・な、なに?こ、これ・・・。な、何なの・・・。こ、この気持ち・・・・・・。)
しかし、レイがシンジを抱きしめていた様に、シンジもレイを抱きしめていた為、ただ単にシンジがレイを背後から抱きる形に変わっただけ。
(うわぁ~~~・・・。綾波がこんな声を出すなんて・・・。凄い新鮮だ・・・・・・。)
(は、裸なら碇君に見られた事があるのに・・・。何故・・・。何故・・・。何故・・・。)
しかも、レイの目の前には扉しかなく、必然的にシンジだけを意識するしかなく、レイの白い肌がみるみる内に紅く染まってゆく。
(まずいよ、まずいよ・・・。母さんとの事を色々と思い出しちゃった・・・。どうしよう?そんなつもりじゃなかったんだけど・・・・・・。)
(・・・はっ!?そ、そう言えば、あの時・・・。い、碇君に胸を・・・。んんっ!!?な、なに・・・。体の奧で熱い物が・・・・・・。)
その見た事もないレイの乙女チックな仕草に、シンジの中で何かのスイッチが切り替わり、シンジは音を立てない様に生唾をゴクリと飲み込んだ。
「ねえ、綾波・・・。せっかく自由を手に入れたばかりだけど・・・。もし・・・。もし良かったら、僕と一緒に来てくれないか?」
「えっ!?」
シンジはもう放さないぞと言わんばかりにレイをギュッと抱きしめ、レイは耳元にかかるシンジの吐息に体をビクッと震わせる。
「いつも側にいて欲しいんだ・・・。綾波・・・・・・。」
「い、碇君・・・。そ、それって・・・。」
「・・・ダメかな?」
「そ、そんな事ない・・・。う、嬉しい・・・。」
更にシンジはまるでプロポーズの様なセリフを甘い吐息と共に吹きかけ、レイは感動に心も打ち振るわせ、嬉しさのあまり見開いた瞳も震わす。
「ありがとう。なら、僕と絆を結ばない?」
「・・・き、絆?」
そして、シンジはレイが最も求める甘美な言葉を耳元で囁き、レイが心底嬉しそうな表情で顔だけをシンジへ向けた次の瞬間。
「言い換えるなら、契りかな?」
「きゃふっ!?・・・んんっ!!?んんんっ・・・・・。」
レイを抱き留めていたシンジの両手が上下に分かれ、何故だかは全く謎だが、レイは色っぽい悲鳴をあげようとするもシンジに唇で唇を塞がれた。



感想はこちらAnneまで、、、。

<Back> <Menu> <Next>

Gポイントポイ活 Amazon Yahoo 楽天

無料ホームページ 楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] 海外格安航空券 海外旅行保険が無料!