<とある研究所>



 「ふむ…………これなんて面白そうだね」

 しばし雑誌のページをめくって読みふけっていたカヲルが、指を止めて顔を上げた。

 「冴島博士。少し頼みがあるんだけどいいですか?」

 「……なにかしら?」

 呼びかけられた白衣の女性がコンソールから顔を上げてカヲルに向き直る。本来ならただの人形にす
ぎないカヲルの頼みなど無視したところで構わないのだが、急に懐っこくなった彼のことを彼女は嫌い
ではなかった。

 彼女の名前は冴島ミツキ。彼女はゼーレの秘中の秘であるこのカヲルのメンテナンスを一手に任され
た優秀な女性科学者であった。それこそリツコにも劣らないほどの。

 カヲルが今読んでいる雑誌も一昨日頼まれて与えたものだ。ちなみに防水加工済みである。

 「実はこれなんですけどね…………今度試してみたいんですよ」

 そう言って開いたページの右端を指差すカヲル。

 「これは…………」

 そこにあったのは二つのお椀をチューブで繋げたような奇妙奇天烈な道具であり、その下に


 
『これであなたも今日からボインボイン!!』



 とかいうあまりにもあんまりな謳い文句が書いてあった。

 要するにアレだ。胸に自信のない女性がワラにも縋る気持ちで使うインチキ商品だ。

 「さすがは知恵の実を手にしたリリン…………素晴らしい発明だね」

 いちおう男であるカヲルがこれを欲しがるということは、つまり彼がマイのママンになる為ついに行
動を開始したということである。

 だが――――――

 「やめておきなさい。こんな非科学的なものを使っても効果はないわ」

 カヲルの目的を知っているのか知らないのか、それは置いといて、彼女は冷たく言ってのけた。まあ、
一般のリリンにならばこれが普通の反応というものであろう。

 「そうかい……君がそう言うならば正しいのだろうね………………ん?」

 カヲルも素直に彼女の言葉に従う気になったようだが、ふと、何かに気づいたような表情になって視
線をどこぞに向けた。

 「…………」

 「…………」

 「……………………」

 「…………なにかしら?」

 「ふふ…………既に実証済みということかい?麗しきリリン…………」

 彼女の白衣の胸元に視線を釘づけて微笑むカヲル。

 そこは哀れなことに…………Aカップだった。

 だがたとえそれが本当のこととはいえ、言っていいことと悪いことというのはある。

 「………………………………」

 「ん?…………ごぼっ!?ごぼばっ!?ごぼばぼばばばっ!」

 口は災いの元…………これでカヲルもまた一つ賢くなったことだろう。





 「げほっ、げほっ……ふふふ……ひどいことをするね。好意に値しないよ…………ん?」

 ようやく解放されてむせていたカヲルだったが、突如何かを感じて視線をあげた。

 「……………………これは」

 しばしその状態のまま考え込むような表情で虚空を見据えていたが、

 「まあ、シンジ君なら平気だね。なんとなれば初号機の中の彼女も目覚めるだろう…………」

 そうつぶやくと笑みを浮かべて再び視線を落とそうとする。が、そのつぶやきをミツキは耳ざとく聞
きつける。

 「……いきなりどうしたのかしら?」

 「ああ…………こちらのことですよ。お気になさらずに」

 「……………………」

 飄々とした笑みを浮かべてそんなことを言うカヲルに、無言のままで鋭い視線を送るミツキ。

 彼が急に変化したのは先程のやり取りからでも明白である。まだ上に報告はしていないものの、以前
なら常に眠ったままで、たまに起きてもぼんやりした視線を宙に送っていただけの彼が…………

 「ふふ…………綺麗な薔薇には棘があるというけれど……僕の棘は少し鋭いかな?彼にはね…………」

 今はこのザマである。

 肉体の一部が18禁となっている彼に相変わらず鋭い視線を送りながらも、心中では深い嘆息
を漏らす――――――が、



 カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ!



 コンソールの上で激しく指を躍らせ、データのバックアップを取っている辺り、彼女もアレ者である
ということにもはや疑いの余地はないだろう。







 さて…………一方、第三新東京市では?






新世紀エヴァンゲリオン リターン

パパは14歳


第五話 『おかあさんといっしょ』





 「エヴァンゲリオン初号機!リフト・オフ!!」

 ヤケクソ気味に叫んだミサトの号に応え、初号機の最終拘束具が解除される。

 大地に降り立ち、切れ長の瞳でじっと正面に立ちはだかる使徒を見据える初号機――――シンジは、
エントリープラグの中でその幼い容貌を鋭くさせていた。

 (第四使徒シャムシエル…………『前回』の勝利はほんとに刹那の差でしかなかったけど、今からす
ればそれほど手強い敵でもない。あの唯一の武器―――――)

 だらんとぶら下げている、肉体の一部なのか、エネルギー体なのかもわからないが…………ムチ。

 (厄介なのはあれだけだ。あれの打撃速度と破壊力は脅威だけど、あいつ自体は鈍い!初号機の高機
動モードでふりまわしてやって、懐に飛び込めば勝てる!)

 普段見せないような獰猛な笑みを浮かべ、ぺろりと唇を舐める。まるでアスカのような様であったが、
不思議と不様には映らなかった。

 「ミサトさん!」

 『なに?』

 「とりあえずこいつは正攻法で勝てる相手です。それでですが、これから現場の判断で動きたいんで
すが…………許可を頂けますか?」

 『そうね…………』

 シンジの言葉に少し考え込むミサト。

 『…………こうなった以上、こちらから出せる指示なんてたかが知れてるわね。それに使徒戦に関し
てはそちらのほうが一日の長があるんだし…………OK!遠慮しないでやっちゃって!!』

 「ありがとうございます!」

 本当は遠慮なくやってしまったら一部の人間にとって致命的なのだが…………まあ、いいか。実際の
ところ誰も気にしてないみたいだし。

 ちなみにシンジは…………



 「あのー、ところで…………さっきからなんか視界にちらちら黒い影が入るんですけど、なんなんで
すか?そちらから見てわかります?」

 『あ、そうそう!実は『なんでもないわシンジ君。気にせず戦って頂戴』……ってリツコ!あ、ちょ
っとこら!何するのよレイ、アスカ!もがっ!もがががっ…………』

 「そうですか……でもやっぱりなんだか頭が重たいような気がして気になるんですけど」

 『きっとツノがドリルになったのがまだ慣れてないんでしょうね。あなたのシンクロ率はただで
さえ高いのだし、ちょっとしたことでもフィードバックに影響する可能性は十分に考えられるわ』

 『もがっ!もががっ!』

 「なるほど…………わかりました。そういうことなら思いっきりいかせてもらいます」

 『頑張ってねシンちゃん!思いっきり逝かせてやってね!!』

 「ああ!まかせておいてよ!!」

 『もがががががが~~~~~~っっっ!!!!』



 とばかりにまあ、全く気づいていなかった。

 それもこれも、大学出の頭脳をフルに使ったアスカの絶妙な配置があったからに他ならない。ちょう
ど初号機のメインカメラの範囲外に彼らがぶら下がっている…………というわけだ。

 唯一助けてくれそうなシンジにも気づいてもらえず、彼らにできることといえば、



 「俺たち……………………これからどうなっちゃうんだろうな……………………」

 「負けへんで!わいの愛はこの程度じゃ負けへんで~~~っっっ!!!!」



 と、ミノムシのようにぐ~るぐると回転することくらいであった。

 合掌。





 そんな彼らの現状など露知らずのまま、肩のウェポンラックからプログレッシブナイフを取り出した
シンジは戦闘を開始する。

 「外電源パージ!」


 バン!!


 ボルトが炸裂して初号機に接続されていたアンビリカルケーブルが地響きを立てて落ちる。そして同
時に初号機の肢体が大きく後方に跳び、両膝を沈めて着地した瞬間

 「スタート!!」

 シンジが叫び、バネが弾けて翔ぶように紫の突風が出現する。

 疾走する初号機の周囲の空気が徐々に歪み、宙に舞う塵芥がパチパチと弾けて火花を散らす…………
そしてついに空気の壁を突き破って音速を突破した。

 渦巻くようなソニックブームと、周囲を噛み砕く破壊音を後ろに残して翔け抜けていく紫の暴風。

 ぶらさがっている肉二つは…………とりあえず目も当てられない状況だ。





 それを見ていた発令所では。


 「なんかさ~、あれってほら、馬の目の前にニンジンぶら下げて追っかけるやつ。あれに似てない?」

 「ああ、そう言えば似てるかもね」

 「ニンジンではなくて肉だけれどね…………マヤ、データは?」

 「バッチリです!見てくださいよ先輩……脳内物質どぱどぱですよ。アドレナリンとか」

 「あらほんと…………でも下半身は別の物質を分泌してるわね」

 「肉かぁ……あ、そういえば初号機って肉食だったわね」

 「にく…………キライだもの」

 「あんたたち…………もう少し他に言うことないの?」


 などと呑気なものだった――――――――――が、

 次の瞬間、それは驚愕の表情に取って代わることになる。





 瞬間移動でもしたかのように一気に間合いを詰めた初号機に、シャムシエルの二本のムチが空間を切
り裂きながら迫りくる。

 が、それは突如目標を失って地面を叩くに過ぎなかった。

 そして次の瞬間、シャムシエルの右後方に残像を残した初号機が現れ、断裂した脚部筋組織から体液
を流しつつもプログナイフを構えて肉迫する。


 「もらったぁっ!」

 「終わったァァァァ!!!!!」


 勝利を確信して吼えるシンジと、死を覚悟して絶叫するケンスケ。

 だが、

 「!!?」



 シュバババババババッ!!



 今にも背部からコアを貫こうとしていた初号機の周囲を数条の閃光が踊り狂い―――――



 プシューーーーッ



 迸る鮮血が空に紅の虹を描き出した。





 「!?」

 「シンジ!」

 「し、シンちゃん!?」

 「!」

 思わぬ事態に色めきたつ発令所の面々。

 その間にも初号機は、両足を絡めとられ持ち上げられた。

 「いけないっ!シンジ君、逃げなさい!!」

 しかし、慌てて叫ぶミサトの声も虚しく、そのままサイドスローで放り投げられた初号機は、矢のよ
うに飛んで山肌に背中から突き刺さった。

 「ちょ、ちょっとレイ!どうなってんのよこれっ!!?」

 「何故……?前回、あんなモノは彼は持っていなかったはず。しかもあんな動きが…………」

 珍しく表情を驚愕に張り付かせてレイがうめく。

 そんな彼女が睨み据えるモニターの中には…………その肉体から生えている『六本』のムチを、嘲る
ように揺らめかせているシャムシエルの姿。

 対して初号機は、山に背を預けたまま微動だにしない――――いや、できなかった。

 「日向君っ!初号機とパイロットの状況は!?」

 「きゃ、脚部、腕部の筋組織が断裂!胸部第一装甲板大破!!

 ぱ、パイロットは……モニター不能!生死不明です!!」

 「…………まさに満身創痍ね」

 リツコの漏らしたつぶやきが、初号機の今の状況を明快に語っていた。

 無理もない。

 ATフィールドを張っている状態でならばともかく、互いに接近して中和された状態でまともにあの
ムチの攻撃を喰らったのだ。しかも威力は単純計算で3倍だ。

 いくらシンジのシンクロ率が高いとはいえ―――――いや、だからこそひとたまりもなかった。



 「ちくしょう!!どうなってんのよいったい!!?あのシンジがこんなところでこんなやつにやられ
るはずないのに!!なんで初号機はあんなことになってんのよ!!?」

 焦り、不安、恐怖、怒り。

 アスカの声にはそういった複数の感情が入り混ざっていた。見ればマナが少し色を失ったくちびるを
噛み締めてただ、モニターの中を睨みつけている。

 そのマナの腕の中でマイは、いつものような声を一つもあげず身じろぎすらしていなかった。

 そしてレイは―――――

 「…………もしかして」

 シャムシエルを熾火の灯る紅の瞳で睨みながら、ぽつりと漏らした。

 「なによレイ。なんかわかったの?」

 「…………多分」

 アスカの問いに小さく頷いて返すと、レイの視線はマイに向かう。

 「多分……アダムが既に目覚めているからね…………」

 「……………………」

 ”アダム”

 レイの漏らした、どことなく不吉な響きのするその言葉に、マナはマイを抱く力を無意識に強めた。
まるで彼女を逃がすまいとするかのように…………

 一方、マイはそんな時でもただじっと、初号機を見つめ続けていた。







 さてその頃のシンジはといえば、初号機のエントリープラグの中で完全に気を失っていた。

 が、彼の意識はその肉体には無く別の場所―――――――



 そう。

 初号機のコアへと導かれていた。





 (ここは…………LCLの海…………?)

 光に満ち溢れ、揺らめく視界。

 深い青が時折形を変えて輝くマリンブルーになる……そんな中を何の抵抗も感じずに泳いでいたシン
ジはふとそんなことを思った。

 だが、

 (いや……違うか。ここは人のざわめきが聞こえない。とても静かだ…………あそことは違う)

 かつて自分が中心となっていた海のことをほんの少しだけ思い返しながら、自分がそことは違うとこ
ろにいるということを知って安堵する。

 (だいたいあそこは血の色のように赤かったもんな…………

 でもそれじゃあ、ここは?僕は確か……………………)

 不可解な場所にいるというのに、冷静に今の自分を判断しようとするシンジ。

 皮肉なことだが、過去の辛い体験が彼の精神力を強くしていたのは間違いなかった。

 (そうだ……僕は確かシャムシエルと戦ってて…………負けたんだ。

 ん?ってことはここはもしかして初号機の中ってこと?)

 ようやく現状を把握し、わずかな驚きに目を見開くシンジ。

 (それじゃあここにいれば母さんに……………………あれ?)

 その視界の先に開けたような光の空間が飛び込んでくる。球状になっていて、まるでそこだけ別の世
界のように隔離された空間だ。

 ――――――もちろんシンジは惹きつけられるようにしてそこに泳いでいった。





 「……………………かあさん」

 「シンジ…………」

 光に包まれた空間の中心。あたたかい温もりが満ち満ちているそこにユイはいた。

 ……………………いたんだが。

 「母さん…………なにやってるのさ」

 「だって母さん…………おばあちゃんなんだもの」

 ユイはまだ拗ねていた。

 どてらを着こんでコタツに足を突っ込み、みかんをむいている碇ユイ。ちなみに見えないが、下はも
んぺをはいていたりと、全身から妙においたわしい雰囲気を漂わせていた。

 「その髪……染めたの?」

 「うん」

 しかもわざわざ白髪にしている辺り芸が細かいというかなんというか…………力の無駄遣いだ。

 「……………………」

 「……………………」

 今時珍しい石油ストーブの上に置かれたやかんが立てているしゅんしゅんという音をバックに、むい
たみかんの一粒を口に入れる。

 「……すっぱいわ。心に染みわたるの」

 「…………かあさん~」

 情けない。

 気持ちはわからんでもないが、嗚呼、情けない。

 はらはらと流したりしている涙がとっっっても情けない。

 「すっぱいわ~~~、やっぱりみかんは愛媛に限るわねぇ」

 そんなことをつぶやきつつ、もそもそと猫背でみかんを食べつづけるユイ。シンジは激しくため息を
つきながらそれを見ていることしかできなかった。

 なんていうか…………口を挟めない雰囲気がそこにはあったのだ。



 やがて―――――

 「嗚呼、すっぱかった~~~…………」

 「そう、よかったね。ところで母さん…………」

 ようやく食べ終わったユイに、ここぞとばかりに話し掛けるシンジ。

 ユイはシンジをちらっと見て、コタツぶとんをめくりあげた。

 「とりあえずシンジも入って?あったかいわよ」

 「……………………」

 言われた通りにコタツの中に足を入れるシンジ。

 と、

 「ぶにゃーーー!」

 「え!?」

 なにか柔らかいものを踏んづけたかと思うと、コタツから影が飛び出しユイの膝に駆け上った。

 「あらあらシンジってば…………ミケをいじめちゃだめじゃない」

 「にゃーー」

 「母さん…………いくらなんでもアリだからってそりゃないよ…………」

 ここはユイのイメージする、ユイの為の世界である。

 彼女が望めば、シンジの言った通りなんでもアリなのだ。

 つまり―――――――



 コタツにみかん。

 ストーブにやかん。

 どてらにもんぺ。

 膝の上にネコ。

 ついでに白髪。



 これがユイのイメージする『おばあちゃん像』であるらしい。

 「ちょっと待っててね。今、お茶入れるから」

 「……お願いします」

 「ゴロゴロゴロゴロ…………」

 なんというか、すっかり諦めきった様子で大人しくするシンジ。完全に独特の『ユイちゃん空間』に
巻き込まれてしまっていた。

 「はいどうぞ」

 「頂きます……」

 どこから出したのかは全くの謎だが、目の前に置かれた『寿』と書いてある湯飲みに口をつける。

 「「ずずずっ……」」

 番茶だった。



 とまあ、どうにも老けた空気の流れる中、シンジは持ち前の才能で状況に流されかけていたが、

 (……って、こんなことしてる場合じゃないよ!)

 どうやら使命感のほうがそれを上回ったらしい。なんとかこっちに戻ってくることができたようだ。

 「か、母さん!」

 「シンジ、みかん食べる?みかん。いっぱいあるわよ」

 「いや……いらないよ。それより」

 「それじゃあお餅のほうがいいかしら?きねつきだからおいしいわよ~~~」

 「それもいいってば!そんなこと言ってる場合じゃないだろう!?」

 のらりくらりとペースを自分のほうに持っていこうとするユイに、ついついシンジも苛立って大声を
出してしまった。となればどうなるか?

 (しまった!)

 と、シンジが思った時にはもう遅い。

 「……………………」

 「あ、あの……母さん?」

 目の端に粒を浮かべて、じっとシンジを見据えるユイ。

 かと思うと、

 「うっうっ……ゲンドウさん。私たちの息子は冷たくなってしまいました。これもあなたの教育が悪
かったせいよ~~~。うっうっうっ…………昔はあんなにちっちゃくてかわいかったのに~~~」

 「ああ~、また泣く~~~。どうしろってのさ、もう…………」

 いじけてめそめそ。一方、シンジはお手上げだ。

 しかしだからといってここで諦めてはいけない。シンジは現状打開のために次なる手段を講じた。

 「……………………」

 「うっうっ……うっうっ……」

 「……………………」

 「うっうっ……うっうっ……うっうっ……………………?」

 「……………………」

 「……………………」



 昔の人は言いました。

 『押して駄目なら引いてみろ』



 果たしてその言葉通り、いつしかユイは顔を覆っていた手の間からちらちらとシンジを窺っていた。

 「……シンジ?」

 「……………………」

 「シンジぃ~…………シンちゃ~ん?」

 ついに顔から手を放してシンジの顔を覗き込むユイ。勝機到来だ。

 「ねぇ、シンちゃんってば~~~」

 「…………ウソ泣きだね?」

 「シンちゃ……えっ!?」

 「ウソ泣きなんだね、母さん」

 「えっ!?えっ、えっ!?」

 「……………………」

 「……………………」

 見詰め合うこと数秒。

 「うっうっうっ…………」

 「もう無駄だってば!!」



 こうして戦いはシンジの勝利に終わった。

 …………ていうか、いつから戦いになってたんだ?





 それから『碇ユイ標準時間』で十数分後――――――



 「…………というわけなんだよ、母さん」

 「ふ~ん……なるほどね~~~。シンジもいろいろと大変だったのねぇ」

 「にゃにゃ~~~」

 膝の上のミケの背中のノミを取りながらのほほんとユイ。

 これまでの出来事をシンジが簡単に説明していたのだが、過ぎたことだからこそこれだけ軽い雰囲気
で話すことができたのだ。そうでなきゃ、とてもじゃないが…………

 「でもシンジってば、母さんに断りなく子供作るなんて…………まだお嫁さんの顔も見てないのに」

 「そ、それに関しては…………その、いろいろと事情があって」

 「おかげで母さん、27歳でおばあちゃんになっちゃったわ」

 「だ、だから、アレはもう勘弁してよ。マイだってまだ赤ちゃんなんだからしょうがないじゃないか。
それとも…………母さんは嬉しくないの?」

 「そんなことないけど~~~。でも、やっぱりおばあちゃんはねぇ…………」

 「うな~~~」

 とほほな様子なユイの頬をミケがぺろりと舐め上げる。どうやら慰めているらしい。

 一方、シンジはどちらかといえば自分のほうを慰めてもらいたい気分だった。



 ところで。

 この外では現在も初号機が活動停止中であり、第四使徒シャムシエルの前に、結構のっぴきならねえ
事態に陥っているはずである。なのに何故、彼らはこんなに呑気にしていられるのだろうか?

 答えはこの空間が前述した通り、ユイのために構成された空間だからである。

 ここと外界とは、全く時間の流れが異なっており、先ほどの『碇ユイ標準時間』によって支配されて
いる。そして外界の時間とのレートも彼女の思うがままだった。

 ちなみに今の為替レートは『碇ユイ』一年につき『外界』一秒。

 『外界』は底値を思いっきり割り、大暴落に陥っていた。

 というわけで、二人とも意外と呑気なのだ。



 とはいえ、根が真面目なシンジに、いつまでもここでぐだぐだやっていられるはずもない。

 今頃自分のことを心配しているであろう、彼女たちや、娘のことを思うと…………

 「とにかく母さん。今はこんなことしてる場合じゃないんだ。みんな心配してるだろうし、僕はそろ
そろ還ることにする。どうすればここから戻れるの?」

 するべき説明は全て済ませたことだし、これ以上ここにいる必要もない。シンジはコタツから出て立
ち上がった。

 そんな息子をわずかに戸惑いの瞳で見上げるユイ。

 「え……?もう行くの、シンジ?」

 「うん。いつまでもここにいるわけにはいかないし、使徒は倒さないと」

 「そう…………」

 「……ごめんね母さん」

 どことなく寂しげな表情をしたユイに、シンジはその内心を察して頭を下げた。

 が。

 「……?なに謝ってるのシンジ?」

 「え?なにって、だって…………僕が還ったらまた母さんはここに一人ぼっちじゃないか。だから」

 「なに言ってるのよ…………もちろん母さんも還るわよ」

 「…………ええぇぇぇっっっ!!?」

 「ふにゃー!」

 シンジ、絶叫。それに驚いたか、ユイの膝の上からミケが飛び降りてどこかへと走っていった。

 「で、でも母さんがここからいなくなったら初号機は!」

 「それこそなに言ってるの。今のシンジの魂の容量なら、初号機を直接支配して余りあるわよ。ちょ
っとくらいコアに持っていかれたって消滅するはずないじゃない」

 「た、魂の容量って…………どういうこと?」

 どうにも話が見えないシンジは不思議顔。

 対してユイはそんなことを問うシンジにわずかにきょとんとした顔を見せ、

 「もしかしてシンジ……エヴァとかそのコアのこととか……わからないの?」

 「え?わからないのかって…………エヴァのコアにはパイロットの親近者の魂がインストールされて
て、その結びつきを介してパイロットがエヴァを制御してるってことだろ?」

 「それはそうだけど、それだけじゃないのよ」

 「……?」

 ハテナを浮かべて間抜け面の息子に苦笑を漏らす。

 「わからないならいいわよ。あとで全部説明してあげるから」

 「う、うん…………

 それじゃあ、これからは母さんも一緒なんだね?」

 「もちろんよ…………私だって初孫を抱いてみたいもの」

 今度は微笑を満面に浮かべるユイ。同時に髪も元の色に戻っていく。

 そうしている彼女はとても若々しく可憐であった。



 ところで彼女にはとある目論見があった。

 (初孫を抱くのはいいけど、やっぱりおばあちゃんはイヤよねぇ……………………そうだ!)

 かつてその頭脳で世界を震撼させた天才科学者は、その才能をフルに無駄遣いして現状の打
開案を打ち出した。

 (これならきっと大丈夫よ……なんせ一緒だもの。それにもう一度…………)

 シンジにわからないようにこっそり、ニヤリと笑うユイ。

 それがレイよりも更に綾しかったのは言うまでもない。







 「!!」

 その瞬間、マイが瞳を大きく見開いた。

 「ぱあーーーー!」

 「えっ!?」

 「マイ!?」

 頬を紅潮させ、喜色満面といった様子が全身から滲み出ているマイ…………その視線の先には。

 『みんな、聞こえる!?』

 「碇君っ!」

 「あ、あんた!無事なの!?」

 「シンちゃん……よかったぁ~~~!」

 回復した通信回線の中に現れた、変わらぬ少年の姿にそれぞれが無事を喜び合う。

 「うー、ぱあ……」

 『ごめんね。心配かけた……もう大丈夫だから』

 「うぶ~、あうあうあ~~~」

 『うん、ほんとにごめんよ。もういなくなったりしないから…………』

 「ひゃー」

 『わかったよ、マイ』

 お互い納得したように笑みを浮かべるマイとシンジ。

 だが端からすれば不可解極まりないものとしか映らない。

 「あ、あれで会話が成立しているんだからすごいわよね~~~」

 「あったり前でしょ、親娘なんだから。あのくらいあたしにだってわかるわよ」

 「へ?な、何でアスカが…………」

 まだ事情を聞かされていないミサトが不思議顔を向けようとする、が。

 『ミサトさん、ミサトさん!』

 「あ?ああ、ごめんなさい。どうしたの?」

 『ど、どうしたのって……使徒ですよ使徒!』

 シンジにしてみればあれから30分も過ぎており、有体に言ってしまえばこちら側との時差ボケの状
態なのだ。故に詳しい情報は必須である。

 「あっ!そ、そうだったわね。ちょっといろいろ一気に押し寄せたもんだから混乱してたわ…………
使徒は相変わらずよ。ただ気づいているとは思うけどあのムチが六本になっているわ」

 『六本!?』

 驚くシンジに、リツコが割って入ってくる。

 「ええ、どうやらあなたの経験とは多少ズレが生じているようね。まあ、『今のあなた』がここにい
ること自体、既にあなたの歴史とは違っているのだから無理もないわね」

 『それもそうですね…………とにかく今はやつを倒さなきゃ。初号機は?』

 「各部筋組織が断裂。それから胸部の装甲板が大破してるわ。普通なら戦闘不能と言っても差し支え
のないほどのダメージだけど…………そう言えばシンジ君、あなた痛くないの?」

 『はい。それもいろいろと事情があるんですが…………とりあえず行きます!』

 と、シンジが改めてインダクションレバーを握りなおした瞬間だった。

 『……えっ!?』

 シンジの意思に反して……というか、彼が行動を起こす前に初号機が勝手に立ち上がったのである。

 そして――――――





 ウヲヲヲヲヲヲォォォン!!





 大地を震わせ天を突き、万物を引き裂かんばかりの雄叫びが喉の奥から迸る。

 使徒が天使の名を冠す神の御使いならば―――――――今の初号機はまさにそれに仇なす悪魔の化身。

 そう…………

 「ちょ、ちょっと母さん!いきなりどうしたのさ!!」

 (決まってるでしょ!シンジを可愛がってくれた礼はきっちりさせてもらうのよっ!!)

 いろんな意味で悪魔だった。



 慌てるシンジを他所に初号機=ユイは、

 (もう!こんなの重たくってジャマなだけよっ!!)

 とばかりにほぼ完全に砕けている胸部の装甲を振り払う。その下からは紅に輝くコアが露出した。

 そしてそれだけに止まらず、次は痛々しく血を流していた脚、腕を修復させ傷を塞ぐ。

 いつの間にかエネルギー残量は無限を表すオール8…………

 ではなく、何故か777に変わっていた。

 (ジャンジャンバリバリ、時間無制限大放出よ~~~!!!)

 ユイのお茶目さんだった。

 さて、わけがわからないのは一部を除いた発令所の面々である。

 『し、シンジ君?いったいなにが起きてるの!?』

 「さあ……どういう原理かは僕にも……母さんに聞いてみてください」

 『か、母さんっていったい…………くわっ!?』

 ミサトが首を傾げたところで突如彼女を押しのけた者がいた。

 『母さんって……まさかユイ博士!?』

 リツコだ。

 さすがに彼女は血相を変えていたが、使徒はそんなリツコに構ってくれやしなかった。

 初号機が立ち上がり体勢を立て直したのがわかったのか、それまでゆっくりと揺らしていたムチを空
気が裂けるほどに旋回させ、地上10メートルの辺りに浮上する。

 完全な戦闘態勢だ。

 「リツコさん、とにかく全ての話は纏めてあとでしますから」

 (嗚呼っ!血が騒ぐっ!血が騒ぐわ~~~っっ!!!)

 「…………ウチの母さんも殺る気まんまんですしね」

 『…………わかったわ』

 言われて大人しく引き下がる。

 彼女もわかっているのだろう。ユイが目覚めた以上、戦いの帰趨が既に決したということを。

 そして戦いの第2ラウンドが幕を開ける―――――――



 と同時に、忘れられていた彼らの惨劇も幕を開ける。



 「あ~る~はれた~~~、ひ~る~さがり~~~」

 ケンスケは屠殺場に連れて行かれていく気分を味わい、

 「わ、わいはトウジや!愛の死者鈴原トウジや~~~~っっ!!!」

 こちらは字が間違っているのにも気づかず絶叫していた。





 先手を取ったのはシャムシエルだった。

 ホバリングの状態からそのままで一気に間合いを詰めると、



 シュババババババッ!!



 先ほどと同じく六連閃を仕掛けてくる――――――が!

 (甘いわよッ!)

 ユイの駆る初号機は、音速を超えて迫るムチの全てを一寸の見切りで回避していく。

 一方、悲惨なのはやつらである。



 ビュン! 「「おお~~~っ!!?」」


 ビュン! 「「おおお~~~っ!!?」」


 チリッ! 「「おわわわ~~~っ!!?」」



 初号機が小刻みに動くもんだから上下左右から凄まじいGが襲い掛かるし、閃光が目の前を通り過ぎ
ていったり髪の毛を数本掠めていくたびに大興奮のスペクタクル。命懸けでハラハラドッキドキだ。

 だが彼らの存在に気づいていないシンジとユイは、

 「か、母さん、凄いじゃないか!」

 (うふふ~ん♪伊達に高校時代ゲーセンの女王の座をキョウコと競ってたわけじゃないわ!!)

 とばかりに呑気そのものである。

 ちなみに当時の彼女らの二つ名は『技のユイ』、『力のキョウコ』であり、毎回校則違反を犯す彼女
らを叱りに来た化学教師を『ツッコミのナオコ』という。

 その後、この三人が揃ってゲヒルンに関わることになるとは誰も思っていなかったが…………まあ、
今更どうでもいい話である。



 シュバババババッ!シュバババババババ!!



 (おほほほっ♪十年早いのよ~~~っ!)

 当たらないことに焦ったか、馬鹿の一つ覚えみたいに次々と繰り出される音速の連撃を、それを上回
る動きで回避していくユイ。やがてついに完全にその動きを見切り、

 (いただきっ!)

 とばかりに叫ぶと(シンジにしか聞こえないが)振り下ろされる一本のムチをその手の内に納め、そ
のまま瞬く間に六本を捉えてしまった。

 (うふふふ…………捕まえたわよ~~~)

 「か、母さん…………」

 イヤすぎる笑みを漏らすユイに呼応し、彼女とほぼ一体化している初号機も『げっげっ……』とブキ
ミすぎる笑みを漏らして、

 「「ひぃぃぃぃ…………」」

 とばかりにトウジたちに妙に生ぬるくて血生臭い息を吹きかける。

 そして――――――



 (ええーーーーーいっ♪)



 どぎゃあっ!



 妙に可愛らしい掛け声とは裏腹に、シャレにならない威力のサッカーボールキックが見事炸裂。まと
もにそれを喰らったシャムシエルは、鋭くドライブ回転しながら先ほど初号機が突っ込んだ山肌
に轟音と共に不時着した。

 (さあっ!トドメと逝くわよっっっ!!!)

 「母さん!お手柔らかにね!!」



 ウヲヲヲヲヲヲォォォォン!!



 ユイの気合と共に初号機が天に劈く雄叫びを上げ、ビルのガラスをビリビリと震わせ破壊する。

 そしてのろのろと身を起こそうとするシャムシエルを睨み据え、前屈姿勢を取って構えに入った。



 「ま、まさかアレはレイのっ!!?」

 「そうね……そのまさかのようね」

 発令所でそれを見ていたミサトが驚きに声をあげ、リツコが冷静に相槌を打つ。周りにいる発令所要
員も第一話で炸裂した大技の再現を確信し、シートから腰を上げる者も少なくなかった。

 だが…………何かがおかしい。


 きゅいいい……ん


 「…………この音は?」


 きゅいいいいいいいいいいん


 「まさか……!」

 「せ、先輩!これって!!」

 その音の何たるかに気づいたか、リツコとマヤのMADコンビが驚愕を表情に張り付かせる。

 「マヤ!主モニターを拡大して初号機の前頭部を映しなさい!!」

 「はいっ!!!」

 リツコの声が飛び、拡大された主モニターに映ったのは、



 人間扇風機



 であった。

 「「「…………完璧ね」」」

 イヤすぎるニヤリと共に声をハモらせた3人が誰であったかは言うまでもないだろう。

 で、逆に焦ったのはミサトである。

 「ちょ、ちょっとリツコ!早くアレ止めなさいよ!!」

 無理もない。何にもしていないが、一応この戦闘の責任者は彼女なのであるから、例え恥ずかしすぎ
る死に方をしたとしても、ホトケさんが出れば彼女の責任となってしまうからだ。

 それは避けたい。こんなしょうもない理由で、しょうもない責任は取りたくない。

 「リツコ!」

 「………………ミサト?」

 ニヤリ

 「なんと吃驚。秒速3万回転よ」

 全く答えになっていなかった。







 ダッ!

 とばかりに初号機が地面を蹴り、突進を始める。

 激しく回転するドリルを前面に押し出し、空気の壁を突き破る。

 先っぽに憑いている彼らは、同様に激しく回転しつつも風圧で後ろに流されてドリルに掠ったり離れ
たりととっても心臓に悪そうな体験を繰り返していた。

 無論そんなことをユイが知るはずもない。

 (うふふっ♪うふふふっ♪やっぱりドリルはいいわ!

 この痺れる回転音!唸る切っ先!これでエグれるかと思うと~~~!!!!)

 ドリルの魅惑にとり憑かれて酔いまくっていた。



 そんなこんなしているうちにようやく立ち上がったシャムシエルに初号機が突っ込み、ドリルの先端
がコアに深深と捻じ込まれた。

 「!!」

 声も無く苦しむシャムシエル。抉られるコアが激しく明滅し、動けずに隙だらけの初号機に攻撃もで
きずムチが宙をのたうった。

 と、同時に。



 「あっついぜ~~~!あつくて死ぬぜ~~~~~~!!!!」

 「こ、これはわいに課せられた愛の試練なんや!萌えてきた!!萌えてきたで~~~!!!

 って、ほんまに燃えとるがな~~~~っっっっっ!!!!!」



 弾ける火花をモロにかぶった二人が絶叫する。ていうか、この状況でも意外と余裕である。





 キュイイイイイイン!!



 高速回転するドリルと人間ファン徐々にめり込んでいき、コアの明滅も次第に激しく、不規則になっ
ていく―――――まるでロウソクの火が風に吹かれて揺れるかのように。

 そしてついに彼の命の火が掻き消える時がくる。

 「……母さん!!」

 そのことに気づいたシンジが母に注意を促す。

 彼の視線の先にあるのは…………初号機の頭上に高々と持ち上がった二本のムチ。

 それが今にも振り下ろされんと、しかし小刻みに震えながらあった。

 (……………………)

 ユイはそれに気づいているのかいないのか、ただ黙って放っている。

 次々と彼の命の炎が吹き散らされ小さくなっていく。生命力という名の溶けたロウの塊が足元を浸し
てその場に縛り付けていく。

 そして最後の瞬間――――――

 震えるムチがその瞬間、ピタリと止まり…………燃え上がる。



 バアン……ッ



 最後の焔が初号機の左右数センチの地面を叩きつけたその時、シャムシエルのコアは輝きを失った。





 「目標、沈黙」





 全てが終わり、残されたのはオブジェと成り果てた四番目のヒトの遺骸。

 死肉を貪り喰らうカラスたちにすら見捨てられたそのヒトは、敵でありながらあまりに哀れであった。

 (……………………)

 「……………………」

 黄昏が生き残った人々の心と街を包んでいく。

 翳っていく陽の光に寂しさと、交じり合う伸びた影に安堵を感じているそんな中…………


 きゅいいいいいいいん


 人間扇風機の回る音が虚しく空に響き、溶けていった。

 いつまでも、いつまでも…………







 それから数時間後―――――――



 「とまあ、そういうことだったんですよ」

 「はあ」

 シンジの説明に気の抜けたような返事を返すミサト。

 前回も突拍子もない話だったが、今回もそれに輪をかけて突拍子もない話だった。

 その周囲には同じように口をあんぐりさせている発令所要員―――――オペレーターズ3人が雁首を
そろえていた。この間ミサトたちに話した真実から今回のあらましまで全てを語ったのだが、このザマ
では再起動までしばらく時間がかかることだろう。



 ちなみにリツコは現在ここにはいない。理由は後々わかることになるのでここではあえて語るまい。

 それから『アレら』だが、回収班によって救助され肉問屋、もとい、病院に収容された。あの状態
でもまだ生きているというのだから凄まじい生命力ではある。

 結局――――――最後までシンジに気づいてもらえることはなかった。



 「それでシンジ、これから初号機の中のあんたのママをサルベージするんでしょ?」

 「うん…………母さんはそのつもりみたいだから、きっと還ってくると思うけど」

 「ばぁ?」

 「ん……そうだよ。でもねマイ、あんまり母さんの前でそういうことは言わないで欲しいんだけど」

 「えう~?」

 シンジの腕の中で不思議顔しているマイ。まあ生後6ヶ月弱の子供に女性としての機微を察しろと言
うほうが無茶なのだが、わかってもらえなければ今後いろいろと差し支えがあるだろう…………

 特にゲンドウに。

 なんにせよ、マイとしてはシンジが無事に帰ってきてくれたので、それだけでご機嫌だった。

 「でも碇君…………コアから彼女がいなくなってしまったら、初号機は…………」

 「そうそう。あたしもそれは気になるわね」

 「うー…………もしかしてわたし置いてきぼり?」

 そんなマイの頭を撫でながらのレイの疑問にアスカが頷く。まだいまいちエヴァの仕組みというやつ
をはっきりと理解していないマナは蚊帳の外に置かれてちょっとぶーたれている。

 ま、とりあえずそれは置きっぱなしにしとくしかないだろう。

 「僕もそれは気になるんだけど…………母さんは大丈夫だって言ってた。なんか魂の容量がどうとか
言ってたけど、何のことかわかる?」

 「魂の……容量?なにそれ」

 蜂蜜色の髪を揺らして首を傾げるアスカ。

 だが一方のレイはそれを聞くと思案顔で黙り込んだ。

 「……………………」

 「綾波?もしかして何か心当たりでもあるの?」

 「…………それがエヴァに関係のあることかどうかはわからないけど」

 そしてシンジ……アスカ、マナ、と順番に顔を見渡し、

 「魂の容量というのには心当たりがあるわ」

 「……まぁ?」

 最後に視線をマイに止めて言った。

 「……?あ、綾波、それってどういう!」

 どこか意味ありげな彼女の仕草にシンジは思わず勢い込んだが、

 「シンジ君。準備、できたわよ」

 「あ……そうですか……」

 割って入ってきたリツコの声にそれを止められる形になった。

 「作業はケイジで行うわ。ついてきて」

 「……はい」

 ファイルを片手に発令所を出て行くリツコの背中を追いながらまだ心ここにあらずといった感じのシ
ンジにマナが歩み寄る。

 「ほら、シンちゃん。とりあえずいこっ」

 「あ?ああ……」

 「そうそう♪後でまとめてお義母さんに聞けばいいじゃない!ね?」

 「……そうだね。ありがとうマナ」

 言って、何故か頭を撫でるシンジに嬉しそうに破願する。

 「へへへ~……それじゃごほうびっ♪」

 「わっ!ちょ、ちょっとマナってば…………」

 ようやく笑顔を見せたシンジの背中にマナが飛びつき後ろから彼の頬にじゃれついた。

 「へへっ……すりすりすりすり」

 「まぁ~~~」

 「あっ、マイちゃんも一緒にやる?」

 「あうー!」

 「ふ、二人ともくすぐったいって…………もう」

 嬉しそうに頬擦りしているマナとマイの頬の感触に、シンジは少し困った顔をしていたが内心ではま
んざらでもなく証拠に目元が少し緩んでいた。

 「えへへへ~~~、気持ちいいね♪」

 「うう~~~♪」

 こうしているのを見ると誠に微笑ましい構図なのだが…………もちろんこれで治まるはずがない。

 「あーーーっ!ちょっとあんたなにやってんのよっ!!」

 「…………一人だけずるいの」

 不満に頬をぷくらせてシンジに飛びかかってくる。

 「わっ……ちょ、アスカ、綾波!」

 アスカは腰にしがみつき、レイはマイを空いている左腕を抱え込む。

 結果――――――

 「お、重いよみんな…………」

 全身に4人の女の子を装備したシンジはよろよろと頼りない足取りでケイジに向かう羽目となった。





 「すいません、遅れました」

 「来たわねシンジ君…………ってなにをやっているの?」

 一番最後にケイジに入ってくるシンジの声に振り向いたリツコがそのザマを見て眉を顰める。

 ニコニコと幸せそうな4人の女の子と、一人だけ苦笑しているシンジ。

 「ま、まあ、家族のスキンシップだとでも思ってください」

 「…………いいけどね」

 ふう、と呆れたようにため息をつくリツコだったが、それを見る目に暖かいものがあるのは気のせい
ではないはずだ。

 「……とにかく全員が揃ったことだし、サルベージを始めるわよ」

 「あ、すいません。お願いします」

 マヤが相変わらずフリーズ状態でいるために、リツコ自らが端末に向かう。

 「残っていたサルベージのデータは10年前のものそのままだけど…………」

 「10年前~~~?そんな古いもの使って大丈夫なの?」

 「さあ?でもその時は失敗したという話だから、今回もどうなるかはわからないわね」

 「ゲ…………ますます不安」

 顔を顰めて言うミサト。それも無理もない話だが、

 「大丈夫ですよ、ミサトさん」

 「シンジ君?」

 4人をぶら下げたシンジが笑みを浮かべて自信たっぷりに言う。

 「母さんはきっと戻ってきますよ…………僕も一度サルベージされたことがあるからわかるんです」

 目の前に佇む初号機…………その真中に輝く血色のコアを見つめる。

 「自分が戻ろうと思えば……そうと願えば戻れないことはないんです。

 決して覚めない夢がないように…………どこにいたってね」

 「そう…………ま、シンジ君がそう言うなら大丈夫なんでしょうね」

 「……………………始まるわよ」

 黙ってシンジの声に耳を傾けていたリツコがそう宣言し、ユイのサルベージ作業が始まった。



 様々な計器につながれたコアが、音一つ立てずに見つめているシンジたちの前に輝いている。

 始まって数分…………それは一見、何も変化がないように見えた。

 が―――――。

 「……!」

 最初に気づいたのはさすがにシンジだった。それは現在、過去あわせて何度も初号機の母とシンクロ
していたが故の影響だったかは知らない。

 しかし自分の中で何かが脈動する音を聞いたのは確かだった。

 そしてそれに呼応するように徐々に、今度は他の人間にもはっきりとわかるほどにコアが明滅し始め
る。ドクンドクンと心臓が鼓動を打つように、血液が流れていくように。

 やがて――――――その中心に細身の人影が映し出され、

 「お帰りなさい…………母さん」

 シンジがそうつぶやいた瞬間、その人影はLCLの水音と共に降り立った。



 「「「「「「……………………」」」」」」

 「ふう、外に出るのも久しぶりねぇ~~~」

 …………降り立った。

 のはいいのだ。それ自体はとてもいいのだ…………が。

 「「「「「「………………………………」」」」」」

 思いっきり絶句している一同。

 「このケイジもあの頃とほとんど変わってないわ~。懐かしいわね」

 ユイはそんな彼らに気づいた様子もなく、目を細めて周りを見回している。

 そしてやはりというかなんというか、ほとんどもう義務感だけで動いたのは彼だった。

 「…………母さん」

 「あら?あらあら、ごめんなさい。母さんってばうっかりみんなのこと忘れちゃってたみたい」

 「……母さん」

 「はじめましてみなさん。シンジの母のユイです……………………って、あら?」

 「母さん」

 「ねえシンジ。みんなどうしたの?ハトが豆鉄砲食らったような顔してるけど」

 その元凶のくせに状況を全く把握していないユイの呑気な声に、ついにシンジが叫ぶ。



 「かあさん、なにやってるのさ!!」



 ってなところで次回に続く。








 作者の戯言……ではなく業務連絡(?)


 え~と、去年発生した悪夢が、さらに悪い形で再び発生しました。

 ハードディスクがおじゃんです。全データが吹っ飛びました(涙涙涙)

 幸いSSのデータは常にフロッピーにバックアップしているのでこのように無事ではありますが、メ
ールデータはそういうわけにはいきません。アドレスから受信メールまで全てが消えました(大泣)


 というわけでNozomuさん。申し訳ありませんが、前回送ってくださった感想をもう一度送って
はいただけませんでしょうか?受け取り、読むまではしたのですが、お返事を書く前に上記のようにな
ってしまったためにお返事を返すこともできなくなってしまいました。

 大変ご迷惑をおかけしますが、どうかよろしくお願いいたします。


 それから迷惑ついで……と言ってしまっては何ですが、今まで僕に感想を送ってくださった方々にも
お願いがあります。本当に勝手だということは重々承知していますが、できる限りでかまいません。送
ってくださった今までの感想を、もう一度送ってはいただけませんでしょうか?

 無論、こちらも何かできる限りのお礼を致します……といって僕にできることなんてSS書くことく
らいなんですけどね。身勝手ではありますが、お願い致します。

 では今回は戯言なしで失礼します。薄くなったギャグシーンは次回以降で取り戻せるよう努力します
ので、今後ともよろしくお付き合いくださいね。




ぽけっとさんへの感想はこちら


Anneのコメント。

>「実はこれなんですけどね…………今度試してみたいんですよ」
>「これは…………」
>「さすがは知恵の実を手にしたリリン…………素晴らしい発明だね」

こんな事を相談されたゼーレの秘中の秘の冴島嬢の心はいかに・・・。(笑)
いや、もしかすると彼女が科学者を目指したのは己のAカップ克服の為かも知れない(爆)

>『…………こうなった以上、こちらから出せる指示なんてたかが知れてるわね。
> それに使徒戦に関してはそちらのほうが一日の長があるんだし…………OK!遠慮しないでやっちゃって!!』

おや、なかなか理解力がありますね。
原作のミサトもこれくらいの度量と余裕があったら良かったのにね(^^;)

>「俺たち……………………これからどうなっちゃうんだろうな……………………」
>「負けへんで!わいの愛はこの程度じゃ負けへんで~~~っっっ!!!!」

私・・・。密かに初めてかも知れない。
ケンスケをこんな純粋に哀れと思ったのは(笑)
ああ、とばっちりケンスケに幸あれ(^^;)

>「母さん…………なにやってるのさ」
>「だって母さん…………おばあちゃんなんだもの」
>「その髪……染めたの?」

フフ、まだまだ甘いですなっ!!ぽけっとさんっ!!!
この場合、私だったらユイの髪の毛を『紫』にするでしょう(爆)
でも、どうしてお婆ちゃんって揃いも揃って髪の毛を紫に染めるんでしょうね?(^^;)

>「おかげで母さん、27歳でおばあちゃんになっちゃったわ」

人間は男女とも12歳前後でアレが可能になりますから・・・。
可能性はありますが、限りなく無茶な可能性ですね。27歳のお婆ちゃんって(笑)

>「かあさん、なにやってるのさ!!」

・・・恐ろしい鬼引き(^^;)
一体、ユイに何が起こっているのでしょ?



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