キィィィィィ―――――――ン……



 「ん?なんだろう?」

 今日も今日とて妻子を養うためにあてがわれた仕事に精を出す中年の男が上空から降ってくるような
その音を聞きつけ首を捻った。

 ここは第三新東京市の湾岸地帯にある港である。近くには戦略自衛隊やUN海軍の軍艦も停泊してお
り、自然、港の規模も大きく、労働者も多数従事していた。



 キィィィィィ―――――――ン……



 「……なんか段々大きくなってきてるような」

 なんだか妙に嫌な予感を感じ、視線を自分の頭上に向ける。が、そこにはやはりまぶしく輝く太陽と、
風に流されたゆたう雲、抜けるような青空しか広がっていなかった。

 「…………気のせいか?」



 キィィィィィ―――――――ン……



 「や、やっぱ気のせいじゃない!どこだぁ!?」

 ぶんぶんと首をそこかしこに振り回し、謎の嫌な予感の発生源を捜し求める。

 そして―――――



 キィィィィィ―――――――ン……



 「き、来たぁ~~~!?」

 その答えは見つけるまでもなく、自らやってきてくれた。

 そう…………



 キィィィィィ―――――――ン……



 ドイツ発、乗客3名。貨物、人造人間一体を載せたウィングキャリアーは――――――



 ドドドドドォォォォォン!!!!!



 港湾地帯に恐怖と破壊を撒き散らし、今、目的地に不時着したのだった。





 そして数分後、それをもたらした赤毛の少女は何故かキズ一つ無い状態でバックに燃え盛る炎を揺ら
めかせて仁王立ちになっていた。

 何故か?などと聞いてはいけない。ギャグなんだから。

 「ふっ…………ついに来たわね…………」

 腕を組み、感慨深げにつぶやくその少女。どこからか、



 「要救助者、二名発見~~~!!!」



 二体のドザえもん発見の報告が耳に入ってきたのだが、そんなことに気を取られるようなこともなく
じっとどこかを見つめている。そしてその方角は正しく、とある少年の住むマンションを向いていた。

 「ついに……この日が……!」

 そうしてしばし眼に見えぬ少年と幼子の姿を空に思い描いていたが、やがて悼むようにその目を閉じる。

 「待ちに待った時が来たのよ…………二つの英霊が、無駄死にでなかったことの証の為に…………」

 アスカは苦しげにそんなことをうめいたが、まだ死んでないはずである。



 ――――――たぶん。



 「再びアタシとシンジのらぶらぶな生活を掲げるために!星のクズ成就の為に!!」

 くわっ!と目を見開き、ばっ!と力強く拳を天に捧げ、彼女が叫ぶ!!



 「第三新東京市よ!あたしは帰ってきた~~~っっ!!!」



 ズドドドォォォン!



 アスカの背後でついにウィングキャリアーのメインエンジンに火が回り、大爆発を起こした。

 それはあたかも、彼女の前途を祝う巨大な祝砲のようだった…………





 ぷっ……しゅ~~~



 ”第三新東京~、第三新東京です。お降りのお客様はお足元に十分ご注意ください”

 駅のホームにラッシュアワーの通勤電車が滑り込み、さわやかな朝のメロディーと共に乗客を吐き出
す。せかせかと、何かに追われるかのごとく急ぎ足でホームに溢れ出す人々。それはもはや、当たり前
の朝の風景で、いつもと何ら変わらないものである…………はずだった。



 「「「「……………………」」」」

 そんな中、異常事態はその電車の4両目にて発生していた。

 いつもだったら先を争うようにして降りてくるはずの人々がいつまでたっても降りてこないのだ。

 そう―――――まるで何かを恐れているかのように。

 「……な、何なんだいったい?」

 駅員もその様子に電車を発車させられないまま、息を飲んでいると、



 ざわっ…………



 モーゼが海を割るかのごとく、人の波が左右に割れる。思い切り壁と人との間に押しつぶされている
人もいるのだが、誰も声を上げようとしない。

 そしてそこに立っているのは…………



 「ふっ……第三新東京市……何もかもが懐かしい…………」



 その細身をボロボロになった迷彩服に包み、恐らくは美しいと思われる顔立ちを薄汚れさせた少女。

 ショートのブラウンの髪も塵埃に塗れてぼさぼさになり、落武者か本隊に見捨てられた傭兵か、とい
った様になっていたが、特筆すべきは他にあった。

 そう。ここまできたらもうわかっていると思うが、彼女が肩から下げているずた袋…………

 いや、それはもう既に赤い色の何かに濡れて、血袋肉袋と言ったほうが正しいような気がする。

 もちろん中身がなんなのかはさっぱりわからないのだが。



 しばらくそうして周りの人間の思考を停止させていた少女は、ついに悠然と歩き出しホームに降り立
った。

 ざんばらになった髪でその瞳は完全に見えることはないが、その眼光はぎらぎらと餓えた肉食獣のよ
うに光り輝き、時折思い出したかのように震えるずた袋のおかげで、どうしようもなくバイオレンスな
雰囲気を辺りに発散しているのだが、

 「うふふふふふ…………待っててねぇ…………」

 口元に浮かぶ妖しすぎる笑みが何というか、何もかもを台無しにしている気がする。



 ともあれその少女もまた、恐怖と血痕をその場に残して目的地へと到達したのだった。






 こうして遠き地より来る少女二人が第三新東京の大地に立ってしまった

 彼女たちの来訪が既にこの地にいる少年と少女、そして幼子の運命に何をもたらすのか…………

 それはまだ誰も知らないのだった……………………





 いや、予想はつくんだけどね。








新世紀エヴァンゲリオン リターン

パパは14歳


第三話 『誰が為にチャイムは鳴る』





 じりりりりり!!



 がらっ



 「うーーーー…………おあよ~~~」

 「おはようございますミサトさん」

 「あうあー!」

 「おはよー、シンちゃん、マイちゃん…………ふわぁぁぁぁ…………」

 カーテンの隙間から太陽の光が覗き込み、ダイニングのテーブルを照らしている、そんなさわやかな
朝の葛城家に、一番遅くベッドからはいずってきたミサトの大あくびが炸裂した。

 タンクトップにショートパンツというラフな格好で、眠い目をしょぼしょぼさせて寝癖がところどこ
ろ跳ねているのがいとおかしい。

 「……朝ご飯できてますから、その前に顔洗ってきてください」

 「あーい…………」

 シンジに言われて素直に洗面所に向かうミサト。さすがにまだ目を覚ましていないためか、その足取
りはゾウガメよりも重かった。

 シンジはそんな彼女を微笑みながら見送ると、

 「変わんないなぁ、ミサトさん……」

 「うー」

 かいぐりとマイの頭を撫でてやりながら瞳を細めた。

 「前の時と一緒なんて……考えてみれば当たり前なんだけど。やっぱりなんか嬉しいや」

 「…………んくっ……んくっ……」

 懐かしげにつぶやく父親の顔を膝の上で哺乳瓶に吸い付いていたマイが少し見上げるが、すぐに意職
を朝ご飯のほうに向けてしまった。

 そんな娘の様子を見て、シンジも自分のトーストにかぶりついていたが、ふと、視線を開きっぱなし
のミサトの部屋に移すと、

 「………………………………

 はぁ…………ほんとに…………相変わらずだらしないんだからなぁ…………」

 そこにあるゴミ溜めのような光景に思わず深々とため息を漏らすのだった。





 「さて……と…………これもやっぱり同じなのかなぁ?」

 実に一年と四ヶ月ぶりに袖を通す第壱中学の学生服。まるで違う時間軸の世界のことのはずなのだが、
それが以前自分が着ていたものだと思うと不思議な感じがする。

 部屋の机の上に置いてあったかばんを手に取り、部屋を出る。そこではミサトが今頃になってようや
く朝食を取っていた。

 「ああ、もう学校の時間…………って、なんでマイちゃん背負ってるの?」

 「ふぁー」

 トーストをかじる手を止め、ミサトが驚きの表情で固まる。彼女が言う通り、シンジの背中にはいつ
ものごとくマイが陣取っていた。

 対してシンジは苦笑しつつ、

 「実は……マイも一緒に学校に連れて行こうと思うんですよ」

 「ええっ!?そ、そりゃちょっとマズイんでない?」

 ミサトの言うことは確かにごもっとも。14歳の少年がいきなり子連れで学校に現れ、実の親子です。
なんて言って受け入れてもらえるかというと、それは疑問だろう。

 それにシンジの性格からいって、この件については下手なごまかしをするとは思えない。

 それ故のミサトの心配だったのだが、シンジはますます苦笑を深めて、

 「でも……マイは僕がいないとダメですから」

 「ダメって言っても…………なんとかならないの?」

 「……………………暴走しちゃうんですよ」

 「!…………なるほど。そりゃどうにもならないわね」

 暴走―――――とはマイの中にあるアダムの力の暴走のことである。ミサトを含んだネルフの主要メ
ンバーには先日、既にそのことを伝えてあった。

 「ま、そういう理由じゃ仕方ないかもね~~~」

 「ええ」

 お互いに仕方ない、とばかりの笑いあう。

 が、ミサトがシンジの背中のマイの頭をなでながら、

 「マイちゃんも早くパパから離れて他にいい人見つけなくっちゃね~~~」

 などと冗談交じりでのたまった瞬間、シンジが血相を変えた。

 「な、なに言ってるんですか!ま、マイにはまだ早いですよッ!!」

 「や、やぁねぇシンちゃんってば。冗談に決まってるじゃない。将来的なことよ将来的なこと」

 「それにしたってダメですっ!!」

 背中にマイをかばうように隠して声を荒げるシンジ。親バカもここに極まれり、である。

 (やぁれやれ…………これじゃ、子離れできないのはシンちゃんのほうねぇ~~~)

 内心で呆れたようにつぶやき、深々とため息をつくミサト。

 「な、なんですか…………?」

 「なんでもないわよー。それよりそろそろ時間じゃないの?早く学校行きなさい」

 「え?あ、ホントだ!そ、それじゃ行ってきます!」

 「はいはい。行ってらっさ~い」

 慌てて玄関に駆けていき、前代未聞の子連れ中学生がここに誕生した。





 タッタッタッタッタ…………



 「……………………」

 玄関のドアの向こうのシンジの足音が遠ざかっていくのを、ペンギンと一緒に聞き届けた後、ミサト
はおもむろに立ち上がり、電話をとってどこぞにコール。


 ぷるるるるー、ぷるるるるー…………かちゃ


 「わたし。今出たから。後のガード、よろしくね」

 ミサトがかけているのは言うまでもなくネルフ保安部である。実際のところ、あの親子を傷つけるこ
とのできる人間など、この世にはほとんど存在しないのだが、念には念を入れておく必要はある。

 それに――――――

 「わかってるでしょうね。今日は『彼女』も学校に復帰する日だから。その行動には十分気をつける
のよ。特に―――――」

 表情を真剣なものに変え、自分の部屋の机の上のほうに視線を向ける。そこにあるのは、今、巷では
やりのティーン向け恋愛小説。

 情報によれば…………ここ数日『彼女』がそれを穴が開くほど読んでいた、とある。

 「そう、特に、電柱の影や曲がり角なんかは特に危険だわ。その上で走っていたりしたら状況は間違
いなく赤!だと思って頂戴!!それからラッキーアイテムはトーストよ!!

 …………それを忘れないように。じゃ、まかせたわよ」

 端から聞いていたら全く意味不明のことを口走って電話を置くミサト。しかしその表情は晴れない。

 (あたしの予想が正しければ、あの娘は絶対にシンジ君たちを待ち構えているはず…………保安部で
どこまで抑えきれるかわからないけど、今回ばかりは頑張ってもらわなくちゃね。でないと…………

 次回からタイトルを変えなくちゃいけなくなるもの!

 『何故』

 そんなツッコミがどこからか聞こえてきそうだが、少なくともミサトの耳に届いた様子はなく、あく
まで厳しい表情でどこかを見つめていた。

 そんな時、



 ♪♪ちゃちゃちゃちゃーちゃちゃーちゃちゃちゃちゃっちゃ♪♪



 「あら…………リツコ?」

 ミサトの携帯のから着信コールがかかった。着メロは某美少女戦士のオープニングテーマである。

 「あーいミサトちゃんよ~ん。なんか用?」

 『ミサト!?そんな呑気に迎え酒しようとか考えてる場合じゃないのよ!大変なのよ!!』

 「なっ、なによ!ひ、人聞きの悪い…………」

 とか言いつつも冷蔵庫に伸ばした手を引っ込めるミサト。完全に読まれている自分が悔しかった。

 「で?大変ってなにがあったのよ?あんたがそんなに慌てるなんて珍しいじゃない」

 と、思ったがやっぱり思い直して冷蔵庫からえびちゅを取り出す。いいのだ。誰が見てるわけでもな
いんだし。

 プルトップを起こし、神々しくも金色に輝くおビールを喉に流し込む。

 『そ、そうだわ。大変なのよ!』

 「だぁーらなにが大変なのよー」

 『碇司令が行方不明なのよ!!』



 ぶふぅぅぅぅぅぅぅっ!!!



 「クワワワワワワッ!!!?」

 ミサトの口から噴出したビールが、思いっきりペンペンにひっかかった。







 タッタッタッタッタッタ…………



 「はっ、はっ、はっ、はっ」

 「あー、うー、ぶー、うー」

 朝のさわやかな光を全身いっぱいに受け、額から飛び散る汗を輝かせているのはもちろんシンジ。背
中に背負ったマイが、上下に揺れる動きに合わせてリズムを取るように声を上げている。

 『転校初日から遅刻じゃマジでやばいって感じだよねー!』

 とシンジが言ったかどうかは定かではないが、遅刻がまずいのは確かである。

 昔とは言えないほどの過去に通い慣れた通学路を走るシンジ。

 その足取りには訪れる懐かしい学校生活への期待と…………以前は辿ってしまったあることに対する
不安がある。

 その不安とは言うまでもなく鈴原トウジのことなのだが、今回は前回とあまりにも違う過程で使徒を
殲滅し、それにかかった時間は圧倒的に短い。だが、同時に母・ユイの暴れっぷりも半端ではなく、そ
の点がシンジの不安に起因していた。

 …………まあ、あれだけのストレスを一片に発散したのだから、あの破壊力も頷けるというものだ。

 (無事でいてくれたらいいんだけど…………)

 かつて殴られた頬に無意識に手を伸ばし、さするシンジであった。





 一方――――――



 『赤ずきんちゃんはおばあさんの家に一直線だ……そちらはどうだ?』

 「相変わらずだ……オオカミは皮をかぶって待っている」

 『そうか。ならば作戦通りに。いいな?』

 「ああ。任せておいてくれ。こちらの準備は万端だよ」

 『………………………………すまん』

 「いいんだよ…………これも俺たちの仕事さ…………」

 『…………健闘を祈る!』



 ぴっ



 「さて、と……」

 切った携帯電話を上着のポケットにしまい、電信柱の影からそっと対面の通りを伺う。

 そこには…………

 「ふっ…………もう待ちきれないってカンジだな。だがその焦りが不覚を呼ぶということに気づかな
い…………ま、それが若さというものか…………」

 不敵な笑みを浮かべるその先には、今回の迎撃目標。皮をかぶったオオカミこと、綾波レイがトース
トを片手に立っていた。

 どういう肉体構造をしているのかはわからないが、前々回、そして前回で負っていたケガはきれいさ
っぱり癒えており、恋しい人を待つ少女にある、華やかな美しさをその全身に湛えていた。

 それだけなら良い。問題なのは、



 そこにある、イヤになるほど綾しい悪魔の微笑み



 それさえなければ、完璧な美少女で通るはずなのに…………惜しい。

 その笑みに男の背筋に寒いものが走ったが、過去3回の入院経験が耐性を作っ
たのか、何とかそれに耐えぬいた。

 それはともかくとして、

 「葛城一尉の読みはズバリだったな。さすがは作戦部長といったところか…………」

 手にした今回の『作戦教本』をぱらぱらとめくりつつ、つぶやく。それは言うまでもなく、例の恋愛
小説である。そして立てられた作戦もこれを元にしており、対面にいるレイもトーストを携帯している。

 では、ここでその作戦の概要を簡単に説明しよう。



 1.オオカミが赤ずきんちゃんを補足。

 2.それに伴い、オオカミが行動を開始したらこちらも行動を開始。タイミングを計り、体当たりを
敢行。ここでの注意点は、こちらもトーストをくわえていること(意味はない)。

 3.オオカミを迎撃した後、直ちに戦線を離脱。捨て台詞は無論、アレだ(当然、意味はない)。



 というものであるが、以上のことからわかるように、ネルフ保安部の者が作戦教本を熟読しすぎたと
いうのがよくわかる内容となっていた。



 ぱらぱらとページをめくりながら、いつしかやけに手垢の目立つページで手を止めていた男だったが、

 「……むっ!来たか!!」

 視界の端に赤ずきんちゃんこと、碇シンジ・マイの親子の姿を捉え、瞬時に一流の保安部員へと思考
が切り替わった。見れば、レイもシンジの接近に気づいたらしく、全身に緊張を漲らせている様子が手
に取るようにわかる。

 男も準備を整え(トーストをくわえ)、レイの呼吸と自分の呼吸を合わせ始める。無論、本当に呼吸
が合っているわけではないのだが、要はリズムの問題である。相手の体のわずかな動きから、彼女の飛
び出すタイミングを計っているのである。

 そして…………



 「はっ、はっ、はっ、はっ」

 「あー、うー、ぶー、うー」



 シンジとマイの声が鍛えこんだ耳に届き、レイの足に力がこもったのを確認すると、

 (ここだぁっ!!)

 覚悟を決めて飛び出し、レイの

 「遅刻遅刻~~~」

 という、妙に棒読みなそのセリフが耳に飛び込んだその瞬間!



 パッパーーー! キキキィィィッッッ!!!



 『え?』

 とつぶやく間もなく、



 ドガァァァ!



 妙に鈍い音と共に、クラクションを鳴らしながらやってきた車と正面から激突した。

 そしてそのまま激しく捻りを加えつつ、どういった方向にベクトルが働いているのかは永遠の謎のま
ま天高く舞い上がり――――――







 脳天から豪快に車田落ち。







 「……………………」

 「……………………」

 「……………………」

 到着したシンジとマイ、そしてさすがに呆然としているレイの目の前に広がっていく、普通
なら間違いなく 致死量となるほど大量の血の海


 その様はさながら地獄絵図であったが、男はバックに炎を背負いつつ不屈の闘志で立ち上がると、

 「ま、マジで急いでたんだ……ゴフッ!ほ、ほんと…………ご、ごめんね~~~……!」

 その顔にあからさまな死相を浮かび上がらせながらも、最後までセリフを言い切ると、何かを期待す
るようにシンジを見つめる。そしてそれは正に命懸けであった。

 「……………………あ、うん」

 シンジが呆然としつつもそうつぶやくと、男はニヤリと満足げに笑って、自らの激しい喀血のせいで
真っ赤に染まったトーストをくわえて歩み去っていった。







 「な……なんだったんだろう……今の?」

 「ふぁ~……」

 後に残されている夥しい量の血痕を目で追いながらも、誰が片付けるんだろう?などと少し的の外れ
た心配をしているシンジ。

 「……………………」

 同じようにそれを目で追っていたレイは、やがて手を伸ばすとそっとシンジの制服の袖を摘んだ。

 「……………………」

 「え?あっ!」

 「……………………」

 「あ……ああ、あ…………」



 この時間軸に戻ってきてからというもの、彼女のことは片時足りとも忘れたことはなかった。

 あまりにいろんな……ショッキングなことがありすぎて、彼女に会うことは出来なかったが、それで
も他の二人の少女同様、この少女はシンジの心の一番深く、大切な場所の住人であった。

 この世界での彼女のいろんな噂を聞いても…………それでも彼女はシンジの思い出の一番暖かく、や
わらかいところに深く食い込み、離れない。

 どうしようもなく……………………大切な女性。

 しかし―――――

 「あ、う……そ、その…………………………………………

 だ、だいじょう……ぶ…………!」

 この少女はあくまで自分の知っている彼女とは違う。

 自分の事を知らなければ、もちろん思い出を共有しているわけでもない。

 あの頃に会ったばかりの、まだ弱く、自身を無価値の存在と思い込んでいる少女であるはずだった。

 だから耐えがたきを耐え、ようやくそれだけを口にすることしかできなかった。



 レイは呆然としていた。

 別にさっきの衝突事故に驚いているわけではない。まして、目の前の少年が自分を知らない振りをし
ていることに衝撃を受けたわけでもない。

 会う前は言いたいこと、ヤリたいことなどいっぱいあったはずなのに、いざこうして目の前に立つと
そんな考えていたことなど、全てがきれいに消え去って…………頭が真っ白になってしまったからだ。

 (……………………)

 頭が真っ白になる、などというのはレイにとって経験のないことだったから、こういう時どういう顔
をしたらいいのかもわからず、まるで昔に戻ってしまったかのような無表情でただ、じっと恋しい少年
とその背にいる愛しい娘の顔を見つめていることしか彼女には出来なかった。

 純粋ゆえの不器用。

 それは確かに彼女の魅力の一つではあったが、ここではそれが妨げとなっていた。



 天下の往来のど真ん中で、二人の間に流れる時間だけが凍りつく。

 行き交う人々の忙しそうな足音も、不思議そうにこちらを見る視線も彼らの間には割って入れず、た
だ自分自身の鼓動の音と、互いの瞳の色しか入ってこなかった。

 だが――――――





 「まぁー」





 「……!?」

 「えっ?」

 凍りついた時間を溶かしたその声のほうに視線をやると、そこでは小さな手が何かを求めるように一
生懸命伸ばされていた。

 少したれ気味の蒼い瞳を大きく開き、レイのほうをじっと見つめている。そしてその娘の顔に浮かん
でいるのは、言うまでもなく満面のエンジェルスマイル。

 「あーう、まぁー、まーぁ」

 「ま、マイ…………まぁ……って、もしかして…………」

 そんな娘の様子と紛れもなく母を呼ぶ声に振り返ると、そこにいるのは確かに彼女。

 「あ……綾波……?」

 今度こそ完璧に茫然自失の態になるシンジ。マイの言葉が確かならば、ここいる彼女は自分の知って
いる彼女であり、そして自分とマイにとっては…………

 突然の事態に頭の回転がついてこれないシンジをよそに、レイはそっと背中のマイに近寄る。

 「………………………………

 あなた…………わたしがわかるの?」

 息がかかるほどまで顔を寄せ、白魚のような指でそっとマイの頬を撫ぜる。だがその指先は、彼女の
内心を表すかのように小さく震えていた。

 しかしそんなレイの不安などどこ吹く風と、マイのほうは無邪気に、なんの躊躇もなかった。

 「まぁー……あーう、ふあー。まぁー」

 おぶい紐から身を乗り出すようにして、短い両腕を一生懸命に伸ばしてレイの白い頬をぴたぴたと触
り始め、しだいに顔全体を撫でまわすようにあちこちを触り始めた。

 「そう……そうなのね。わかるのね…………わたしのこと…………」

 マイに触られたところからじわじわと全身に暖かな温もりが伝わっていくのを感じる。

 自分の心が満たされていくのがわかる。

 「……あ、ありが、とう…………ありがと…………」

 「ふあ……?」

 レイの頬を撫ぜるマイの手に暖かい何かで濡れる。

 とめどなく零れるそれに彩られた彼女は息を飲むほど美しく、何より可愛らしい…………とシンジは
感じた。

 もうここまでくれば彼とて、涙を流しているこの少女を受け入れざるを得なかった。

 「…………」

 「あ」

 シンジは黙って背中のおぶい紐を外すと、マイを腕の中に抱きいれた。そして、

 「……久しぶりだね」

 「…………ええ…………碇君…………」

 お互いに瞳を濡らして微笑を交わし、シンジはそっとレイの胸にマイを預けた。

 「…………あったかい」

 「そうだね」

 おずおずと慣れない手つきで抱き上げるレイの腕の中、マイは彼女の胸に頬を擦りつけるようにして
身を預ける。

 そしてそれを微笑みながら見つめるシンジ。

 マイの頭を撫でながら、またシンジを見つめ返すレイ。

 …………見詰め合う二人。

 「綾波…………」

 「碇君…………」





 天下の往来であろうが遅刻寸前であろうが全く知ったこっちゃないといった風で、常人には侵入不可
能のアットホームかつ、らぶらぶな空間がそこに展開していた。

 いつもならこの道を通って駅に向かうサラリーマンも、ジョギングのコースにここを使っているおじ
いさんも、この空間に近づくだけで毒気に当てられてしまい、とてもじゃないが通る気をなくしてしま
っていた。

 ――――――が!

 やはりというか、なんというか…………

 世界のどこかにいる『公平』を司る神様の天秤はまだ、レイに独占勝利を賜わなかったようだ。





 「綾波…………」

 「碇君…………」

 娘を間に挟んで、徐々に近づいていく二人の顔。

 あろうことかあの超・奥手のシンジでさえこのシチュエーションに溺れてしまい、自分が登校途中だ
とかここが道路のど真ん中だとか、娘がじーっ、と見上げているとか……そういうことをすっかり失念
していたのだ。

 ましてレイに関してはなにをか況や、である。

 だからまあ……あの二人の接近にこの二人が気づかなかったとしても無理はないのである。



 「シンジーーーっっ!!!」



 「シンちゃーーーんっっ!!!」



 「えっ!?」

 「はっ!」

 「あーうー?」

 と三人それぞれに振り返ったそこにいたのは、ご存知、アレアレ

 言うまでもなくアスカとマナであり、シンジはすさまじい勢いで突進してくる突然の彼女たちの登場
に驚き、硬直してしまった。

 で、ここまでくれば聡い方ならおわかりになるであろう。

 この後の展開が。





 「「あぶなーーーーいっっっ!!!!」」





 二人は叫びつつ、レイの魔の手からシンジとマイを救うため(と信じている)に突っ込んできた。



 ―――――――シンジ目掛けて。





 『え?』

 とシンジがつぶやく間もなく、



 ドガァァァ!



 妙に鈍い音と共に人間凶器二体と正面から衝突したシンジ。

 そしてそのまま激しく捻りを加えつつ、例によってどういった方向にベクトルが働いているのかは永
遠の謎のまま天高く舞い上がり――――――







 再び車田落ち。且つ血の海







 「ふぅ…………危ないところだったわ…………」

 額の汗を拭いつつ、イヤになるほどさわやかな笑顔で微笑むアスカとマナ。

 一方、レイとマイは呆然とし、シンジはアスファルトに沈んで痙攣中。この物語において、初めて主
人公が撃墜された記念すべき瞬間であった。

 しばし安堵の息をついていたアスカであったが、やがて例によって意味もなく胸を張り――――プラ
グスーツのままなのでよく目立つ――――レイに向けてビシィッ!と指を指す。

 「ふっ……ファースト!このあたしがいる限り、シンジには指一本触れさせないわよ!!」

 「あなた…………どうしてここにいるの?」

 「無論、よ!!!」

 「…………あなたがなにを言っているのか、わたしにはわからないわ…………人間の言葉を覚えてか
ら出直してくるといいわ…………サル」

 「なっ、なぁんですってぇぇぇぇぇ!!!?

 だ、だいたいなんであんたがマイを抱いてんのよっ!!」

 「わたしの娘だもの………………………………ぽっ」

 「なっ!?なにわけのわかんないこと言ってんのよ~~~~っっっ!!!!」

 「……ふあ~~~」

 どうもあまり事態についていけてないマイを挟んで睨みあう両雄。背景に暗幕と、特殊効果で雷なん
かが欲しいところである。



 さて突然だが、この世には『漁夫の利』という言葉がある。

 もはやその意味は説明する要を持たないのだが、この場にてその言葉を実行した人物がいた。





 「シンちゃん…………」

 「ま、マナ……なの?ど、どうしてここに……?」

 息も絶え絶えのシンジにそっと顔を寄せ、その手を両手で包み込むマナ。

 「もちろんシンちゃんを追いかけてきたの…………ずっと……ずっと見てたよ」

 「ず……ずっと?それじゃあ……ま、マナも……?ゴフッ!」

 お約束で喀血するシンジを見て、瞳からぽろぽろと涙を零して頭を振る。

 「シンちゃん!いいの!もう、いいからしゃべらないでっ!!」

 「ま……マナァ……!」

 「シンちゃん……!」

 嗚呼、見詰め合う二人!





 「って、なに雰囲気作ってんのよそこーーーーっ!!!」

 アスカ乱入。

 「ちょっと!邪魔しないでよ、いいところだったのにぃ!!」

 「なに言ってんのよ!シンジはあたしのなんだからちゃんと許可取んなさいよね!!」

 「誰がアスカのものなのよーーーーっ!!!」

 きゃんきゃん、きーきー、とシンジの頭の上で言い争いを始める両名。レイも言いたいことは多々あ
ったのだが、マイを抱いたままで荒事に参加するわけにはいかず、額に青筋を浮かべたまま、闘争心を
ふつふつと不完全燃焼させていた。



 ところで――――



 「だ、誰か……ぼ、僕に……優しくしてよぅ…………」

 大ダメージを負ったシンジはほったらかしであった。みんなして意外と冷たいというか視野狭窄とい
うか…………

 主役すら忘れ去られ、作者もなにをやっているのかわからなくなってきたほどに混乱の度を極める現
場。そしてさらに、ここでますます混乱を増長させる発言が彼女から発せられた。



 「まぁ~~~。うー…………まぁ!」



 「「「「……えっ?」」」」



 つぶらな瞳を向け、アスカ・マナを指差してそんなことを言ってしまったのは、無論、マイ。

 「ま……マイ?も、もしかして…………アスカとマナも……そうだっていうの?」

 「あうー!」

 シンジの問いに満面の笑みで答え、レイの腕から身を乗り出してアスカとマナに手を振りだした。

 「マイ……!」

 「マイちゃん!」

 「そんな…………」

 アスカ、マナ、レイと三者三様の様子でこの事実に驚きを見せる。

 だがただ一人、シンジだけは、

 「…………と、とりあえず…………話は後で聞くからさ…………

 だ、誰か…………助けてくれないかなぁ……?」

 とのつぶやきを最後に、とうとう力尽きたのだった。



 合掌。









 き~んこ~んか~んこ~ん



 というわけで学校。今日から通う、第三新東京市立第壱中学校の職員室を出たシンジは、主人公特権
で見事に復活を遂げ、自分のクラスである2-Aに向かっていた。

 レイは既に自分のクラスに戻ってシンジを待っているし、アスカとマナはさすがにあの格好のままじ
ゃまずいので、とりあえず着替える為に一時別れた。

 シンジは一人、いや、二人で廊下を歩きながらアスカやマナ、そしてレイに思いを馳せていた。

 (まさかあの三人が僕を追って戻ってきてくれてたなんて…………僕とマイを…………ずっと見てて
くれたなんてな…………思ってもみなかった…………

 本当に……なんて果報者なんだろうな、僕は…………)

 自分を想っていてくれる人たちの存在に、思わずまた涙が浮かびそうになる。

 あの後、三人に詳しい話を聞いている時…………マナもレイも、そしてあのアスカでさえ、涙を流し
ていた。四人全員があの辛い記憶を背負い、傷つき、一時は引き離されながらも、ついにこうして生身
でそれぞれの大切に想う人と再会することが出来たのだ。無理もない。

 しかも今度はマイという、これも全員にとってとても大切な娘がいるのだから、喜びもひとしおとい
うものだろう。

 ただ、一つだけ問題があるとすれば―――――

 「ぷふー……?」

 シンジは背中で自分の髪をくわえて遊んでいるマイの顔をそっと覗き込む。

 (でも…………一体誰がマイのほんとのお母さんなんだろう…………マイは三人とも『まぁ』って呼
んでたしな……………………

 い、いや、そんなことより一番の問題は…………僕…………い、いつシたんだろう!?)

 マイがあの三人を母親として見ているのは、正直なところシンジにとってそうそう大きな問題ではな
かった。マイが彼女たちを慕ってくれるなら、それはそれで嬉しいことだし、あの三人もマイを自分の
娘だと言ってくれている。…………まあ、少々行動に問題がないわけではないが。

 それよりもシンジにとっては、自分が彼女たちに対して不誠実な行動を取ってしまったのではないか、
ということであり、また、そのことを全く覚えていないことであった。

 正確には一つだけ心当たりがあったのだが、それは――――――

 「あっ、と…………ついたのか」

 考え事をしているうちに、いつの間にか教室の前にたどり着いていた。見上げたプレートには懐かし
い『2-A』の文字。

 (まあ…………わからないものを悩んでも仕方ないし…………後でネルフでみんなと相談してみよう
…………いずれは『アダム』のことについても考えなくちゃいけないんだしな…………)

 長きに渡る死の世界での生活で精神的に成長したシンジは、いつの間にか思考の棚上げを獲得してい
たらしい。一時問題を思考の隅にうっちゃって、目の前のドアの向こうの世界に意識を向けた。

 そしてタイミングよく、声がかかる。

 「転校生の紹介だ――――――入れ」

 「……?」

 シンジは頭を捻った。

 以前の担任はこんなに声の低い、しかも無愛想な人だったろうか…………?と。

 (まあ、母さんの例もあるし……もしかしたら違う人になってるのかもしれないな)

 しかしそう思ったシンジは、何の躊躇いもなく、新しい生活への扉を開いた。





 ガララララッ





 「……よく来たな、シンジ」



 ずしゃああああっ!!



 そこに立っていた人物と聞きなれた野太い声。そして相変わらずなれない半ヒゲを目にしてシン
ジは見事、顔面からずっこけた。

 その男はもちろん碇ゲンドウ。シンジの父親にして、見た目人間災害であるネルフの総司令だ。

 いや、それどころか無くなった部分が復活し始めてむしろ半・無精ヒゲになっている為にブキミ
度は更にアップしていた。

 まあ、それはともかく。

 「とっ、父さん!」

 「じぃ~~~♪」

 「ふっ……元気だったか?マイ」

 ひりひりと痛む鼻を擦りながら顔を上げるシンジと、おじいちゃんに会えて嬉しそうなマイ。そして
孫の笑顔にヤられてほんのりと頬をピンクに染めたイヤすぎるゲンドウ。

 このせいでクラスメートの何人かが逝きかけていたのは言うまでもない。

 シンジもかなりダメージは大きいようだがそこはさすがに慣れもある。何とか踏みとどまり、ゲンド
ウに捲くし立てた。

 「そんなことより何でここに父さんがいるのさ!?」

 「決まっている。私がこのクラスの担任だからだ」

 「たっ、たんにん~~~!?父さんが!?」

 「ふっ…………この第三新東京市において私に出来ぬことなどない」

 サングラスをクイッと持ち上げてニヤリ笑うゲンドウ。目的のためならば手段を問わないところは相
変わらずらしい。

 しかし、だからと言ってシンジもここで退くわけにはいかない。このあまりに特殊すぎる父親が学校
生活に関わりでもしたら、自分のみならず他の生徒たちも危険だと判断したからだ。いろんな意味で。

 ……………………既に手遅れということにシンジは気づいてないらしい。

 それはともかく。

 「父さんが教師なんて…………そんなのダメに決まってるじゃないか!

 だいたい父さんは教員免許は持ってるの!?」

 「……………………」

 「どうなのさ!」

 「……………………」

 「…………父さん?」

 「ふっ…………」

 ニヤリ

 「問題ない」

 「大アリだよ!!」

 呆然としているクラスメートを前に繰り広げられる見事な親子漫才。ボケとツッコミのタイミングが
絶妙なのは血の繋がった親子だから成せる技なのか。

 睨みあうシンジとゲンドウ。二人の間に、妙に的の外れた緊張感が高まっていき…………それが最高
点に達したその時!



 ガララララッ



 「そこまでよっ!」

 「ミ、ミサトさん?それからリツコさんまで!?」

 勢いよく開かれた扉の向こう側に立っていたのは、やけに誇らしげに、ポーズまで決めているミサト
と、あからさまにローテンションで疲れた表情をしている白衣のリッちゃん。

 「ど、どうしてここに!?」

 「ふっ……今朝方シンちゃんが学校にいった直後、司令が消えたという連絡が入ってね」

 「で…………司令の行きそうなところっていったらここしかないでしょ?」

 ふかぁ~いため息をついてリツコ。

 「さ、司令。今日の業務もあるんです。冬月副司令もいない分、量も多いんですから…………司令に
は頑張って頂かないと…………」

 冬月の名前が出た瞬間、シンジの背中に冷たい汗がつたったが、無論誰も気づかない。

 そしてゲンドウはといえば、

 「構わん!通常業務など冬月が戻ってきた時にやらせればいい!!下らぬ連中との会合なども全てキ
ャンセルだ!!」

 ワガママを言ってリツコを困らせていた。

 「司令…………そんなミサトのようなことを言ってもらっては困ります…………」

 「ちょ、ちょっとリツコ、なんでそこであたしが……………………な、なんでもないわ…………」

 ミサトは見た。リツコのこめかみに浮かび、激しく武者震いをする青筋を。

 そしてそれは完全に舞台の下の観客となっていた2-Aの少年少女たちの目にも映り、その心に恐怖
を植え付けるには十分であった。

 が、そこはそれ、墓穴を掘るのが得意なゲンドウである。

 「いかん!私の知らぬ間にマイに悪い虫がついたらどうするというのだ!!」

 「…………そうですか…………ミサト?」

 「な、なに?」

 「司令を拘束して頂戴」

 「は、は~い……」

 「むっ!葛城一尉!なにをするのだ!?」

 リツコの鋭い眼光にシャレにならないものを感じ、ゲンドウを羽交い絞めにするミサト。

 「ええ~い、離せっ!離せっ!!離せっ!!!私を誰だと思っている!?」

 「お静かに」



 ぷすっ



 「うっ!」



 きゅうううう~~~~



 「ううっ……」

 「…………大人しくなったわね…………帰るわよ、ミサト」

 カラッポになった注射を白衣のポケットにしまい、ゲンドウを担ぎ上げるリツコ。完全に意識を失っ
ているその顔は土気色に変色し、あからさまに死相が出ていたりする。

 「あ、あの……リツコさん。今打った薬って…………?」

 「安心して。単なる睡眠薬だから」



 『ウソだな……』



 と、この場にいる全員が心の中でつぶやいたものだが、賢明というか当然というか、声に出すものは
一人もいない。

 まあ、紫色の睡眠薬なんてものがあるならお目にかかりたいものである。





 台風一過――――――



 「碇シンジです。第二新東京から来ました。よろしくお願いします」

 先ほどの騒ぎはなかったことにして、改めてHR。担当も前回と同じで例の老教師がやってきていた。

 無難に転校の挨拶を済ましたシンジ。ここまでは前と同じなのだが、今回は背中にマイがいる。

 よって当然―――――

 「はーい、質問。なんで碇君は赤ちゃんを背負ってるんですかぁ~?」

 一人の女生徒の質問に、クラスメート全員がうんうんと頷く。まあ、こういう質問がこないほうがお
かしい。シンジとしてもわかっていたし、ごまかすつもりなどはないのだがさすがに答えにくいものが
ある。

 何故なら…………

 「…………」

 窓際からこちらを凝視しているレイがいるからだ。

 とにかくいつまでも黙っているわけにもいかず、若干苦笑しつつも、

 「えっと……この子はマイっていって……………………その、僕の…………娘です」

 「「「「……え?」」」」

 「だ、だからその…………僕の娘です。血の繋がった、僕の子供です」

 「「「「……………………」」」」

 「あう……ぱぁ~?」



 「「「「えええええええ~~~~!!!?」」」」



 一同、大合唱。

 後――――――



 「いやぁぁぁ!!ふっ、ふっ、ふっ!!
フケツよぉぉぉぉぉ!!!!」




 一名、大絶叫。



 「そんな14歳で子供なんてわたしたちまだ中学生なのよ責任とったの
碇君!?まさかカバン一つで駆け落ちして四畳半のアパートで水入らずで
一枚のフトンに二人で寝て十月十日後には近所の産婦人科の分娩室で手
に手を取ってラマーズ法!!?ってイヤンイヤンイヤンッ!!!女の子
にこんなこと言わせるなんてフケツフケツフケツフケツフケツよ碇君~
~~~~っっっっ!!!!

 って、ちゃんと聞いてるんですかっ!!?」



 その場の全員を撃墜した超音波兵器はそんな無茶なことをのたまった。





 台風二号通過――――――



 「む~~~む~~~む~~~んむむむむ~~~~~~っっっっ!!!!!」

 というか拘束――――――



 「そ、それで……その娘が碇君の子供だっていうのはわかったんですけど…………

 お母さんは誰なんですか?」

 ようやく立ち直ったクラスメートのうちの一人が、恐らく誰もが気になっているであろうことを問う。
見れば、若干数名まだ再起動していない者もいたが、ほとんどは期待に満ち満ちた瞳でシンジを見つめ
ていた。

 そして例外一名、窓際からピンク色の妖気を視線に乗せて送ってきている者もいる。

 誰とはいうまい。

 そんな視線に晒されたシンジ。しばし言い難そうに口をもごもごさせていたが、さすがにこの雰囲気
には勝てず、正直に、

 『実は……わからないんだ……』

 と言おうと思い口を開く。

 「じつ「アタシよっ!!!

 「「「「えっ!?」」」」

 クラスの全員が声のした方に顔を向けると、そこにはシンジもよく知る彼女がいた。

 背中まで届く紅茶色の髪を揺らし、息を飲むほど美しいサファイアブルーの瞳をシンジとマイに向け
て微笑む彼女は、つかつかと黒板の前までやってきて、流麗なドイツ語で名前を書いて見せた。

 「・アスカ・ラングレーです!よろしく!!」

 『碇』の部分を特に強調して胸を張る彼女は、壱中の制服に身を包んだアスカだった。

 「このあたしが碇シンジの奥さんで、マイのママよ!!」



 「「「「なにぃぃぃぃ~~~~っっっ!!!?」」」」



 声を揃えて絶叫したのは無論、男子諸君である。アスカほどの美少女を奥さんにしていると聞けば、
それも無理はないだろう。

 が、これはまだあくまで第一弾。

 「変なことを言わないで…………」

 ゆぅらりと立ち上る妖気に身を強張らせてそちらを向けば、

 「あ、綾波…………」

 「でたわねファースト…………」

 「碇君の妻はこのわたし。そしてマイの母もこのわたしよ…………あなたじゃないわ」



 「「「「なにぃぃぃぃ~~~~っっっ!!!?」」」」



 絶叫第二回。教室のそこかしこでは、頭を抱えて悶える者や、滂沱と涙を流している者もいる。レイ
はその美貌と神秘性から、学校中に隠れファンが多かったのだ。

 ま、それはともかく続いて第三弾。



 「ちょっとまったぁ~~~~!!!」

 という声に反応してそちらを向けば、何故か窓に張り付くヤモリ……じゃなくて少女一人。

 ここまで来ればもはや説明の要はあるまい。彼女だ。

 張り付いたまま器用に窓を開き、教室の床にしゅたっ!と着地する。

 「ねえマナ……なんでいきなり窓からなんて……?」

 「だってそのほうが斬新でしょ?それに一刻も早くシンちゃんに会いたかったから!」

 そう言ってにこっ、と華が開いたような微笑を見せる。それはとても無邪気で可愛らしく、シンジは
思わず頬を染めてしまった。

 その様子を見た某二人がまことに苦々しいツラをしているのは言うまでもない。

 「まあ、それはともかくとして!アスカさん、レイさん!」

 びしっと指を突きつけ、はじまるマナの宣戦布告。

 「シンちゃんのお嫁さんはこのわたし!んで、マイちゃんのお母さんもこのわたし!変な勘違いは良
くないわよっ!」



 「「「「なにぃぃぃぃ~~~~っっっ!!!?」」」」



 三度沸き起こる絶叫をその一身に受け、シンジはもはや、

 (どうにでもしてくれよ…………)

 と、なんだか妙に悲痛な気持ちで悟りを開いていた。



 「シンジッ!あんたはあたしのことが好きなのよね!そうでしょ!?」

 「碇君、お願い。このケモノ二匹にはっきり言ってあげて。あなたの妻はわたしだけだと……」

 「シンちゃん、わたしはシンちゃんのこと信じてるから!そう、天にお嫁さんは二人も要らないの!」



 まるで抱きつかれるようにして三人に拘束され、前後左右にがっくんがっくん揺さぶられるシンジ。

 そして観客はますますヒートアップし、一層教室は混乱の渦に包まれる。



 「ちくしょ~~~!一人だけいい目見やがって~~~!」

 「一人で三人も!しかもあんな可愛い子ばっかり!!」

 「あ、綾波さ~~~ん!ウソだと言ってくれぇ~~~」

 「目から!目から心の鼻水がぁ~~~!止まらないぜ!!」



 男子中心に大騒ぎの最中、更に手がつけられない事態が発生する。

 そう……教室最後方にて封印されていたケモノ少女が復活を遂げようとしていたのだ。



 「むむむっ!う~~む~~~むむむ~~~~~!プハッ!!」



 自力で拘束を引きちぎり、解放。



 「フッ・ケッ・ツッ、よぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」



 存分に言葉を溜め、ゲージ満タンで大絶叫。

 そして後に続く言葉の速射砲は言うなれば乱舞系・超必殺技だ。さようならS○K。



 「14歳で妻子持ちだけならいざ知らずよりにもよって三股なんてそん
なのフケツよ!!奥さんがいるのに浮気ッ!?不倫ッ!?ジゴロッ!?
天然スケコマシッ!?失楽園ッ!?そして行き着く先は離婚届よッ!慰
謝料よッ!手切れ金よッ!家庭裁判所よッ!愛憎の果てに日本海で心中
よ~~~~ッ!!!!」




 昨晩見たドラマに感化されたのか、わけのわからないことを口走るヒカリ。ついでに言えば、彼女の
瞳は濡れたように潤み、両手を胸の前で組んで、表情はウットリとまどろんでいる。

 ちなみに彼女以外の人間がほとんど墜ちているのは言うまでもない。



 「ド、ドラマチックだわっ!!あ、でもやっぱり三股はフケツよっ!!
わたしたちまだ中学生なんだから最初は清く正しく交換日記からで、で
もやっぱり手を握るくらいならいいかもしれないしあわよくばもう少し
くらい、ってイヤンイヤンイヤンっ!!!フケツフケツフケツフケツフ
ケツよスズハラぁぁぁ~~~~~!!!!」




 もはや周りの様子など一切目に入れず、あっち側にアクセル全開で突っ走っていった2-Aの誇る
妄走委員長・洞木ヒカリ。

 シンジのみならず、例の三人娘までもが屍となっている中、

 「あの頃私は根府川に住んでましてね……」

 「えうー、あ~い、ぱあ~~~?まーあ?」

 あっち側にトリップすることで難を逃れた老教師と、現状をよく把握していないマイだけが人間災害
の魔の手を逃れていた。







 一方その頃――――――



 「ねえ、ままぁ。昨日のおじちゃんとおねえちゃん大丈夫だったかな?」

 「シオリちゃん、昨日のことは見なかったことにしなさいって、ママ言ったでしょ?」

 「うん……でもぉ、どうしてなの?」

 「……大人になるってね、そういうことなのよ。さ、ホラもう病院に着いたわよ。今日こそパパに会
いにいきましょうね」

 「は~い!……………………あれ?まま、ドアのところになにかあるよ?」

 「あらホント……やだ、ずいぶん汚い。何かしら?――――――って、イヤァァァァァァァ!?」

 「うわぁ~~~、このふくろまっかっかだぁ。でもなんでだろ?昨日のおじちゃんと同じ感じがする」

 「だ、ダメよシオリちゃん!触っちゃいけません!!」

 「でも~~~、つん」



 ビクン!



 「ひゃあ!」

 「イヤァァァァァ!動いたぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」



――― タ……タ・ス・ケ・テ ―――




 「しゃ、喋ったぁ!?血まみれのずた袋が喋ったわぁぁぁ!」

 「ま、まま!助けてって言ってるよ!?」

 「気のせいよ!幻聴よ!!見なかったことにするのよぉぉぉぉ!!」

 「ま、ままぁ~~~~~!」



 タッタッタッタッタ…………





 その一時間後、母親の通報でやってきた警察の手により中の人は無事救出され、全治
二ヶ月でめでたく入院となったそうな…………






 作者の戯言


 前回(Take16話-A)に引き続き、今回も暴走したヒカリが印象的な第三話のAパートです。

 本当はパート分けするつもりではなく、今回でトウジのお話まで突っ走るつもりだったのですが、途
中の綾波さんたちとの再会シーンや、ゲンドウの話なんかで長引いてしまい、こんなんなってしまいま
した。反省。

 でも本人的には、綾波さんとの再会シーンが結構ラブラブなものに仕上がったので満足してるんです。
対してアスカやマナのほうはちょっと分量不足かな~、と。以降への課題ですね。

 ま、僕の根っこのところは綾波さん贔屓なので仕方ないかな?(^^;)


 さて次回は、予定通りトウジとの再会シーン。続いて余裕があれば、プロットを繰り上げてシャムシ
エル戦まで突入しようかと思っています。

 プロット通りに行けば十分そこまでいけるんですが、途中で突発的にネタを思いついた場合はその限
りではありません。そんでそういう時は大概、キャラが暴走を始めるんですよね~~~(^^;)

 結局のところ、僕にも先は見えてません。成るようにしかならないですね(爆)


 それでは今回はこの辺にて。読んでくださった皆さんの感想をお待ちしてます。



ぽけっとさんへの感想はこちら


Anneのコメント。

>「待ちに待った時が来たのよ…………二つの英霊が、無駄死にでなかったことの証の為に…………」
>「再びアタシとシンジのらぶらぶな生活を掲げるために!星のクズ成就の為に!!」
>「第三新東京市よ!あたしは帰ってきた~~~っっ!!!」

そのセリフを言った瞬間にアスカの敗北は決まりましたな。
だって、そのセリフの元ネタの人は結局革命に失敗したもの(爆)

>「前の時と一緒なんて……考えてみれば当たり前なんだけど。やっぱりなんか嬉しいや」

・・・そう言ってられるのも今の内だけ(^^;)

>「さて……と…………これもやっぱり同じなのかなぁ?」
>実に一年と四ヶ月ぶりに袖を通す第壱中学の学生服。まるで違う時間軸の世界のことのはずなのだが、
>それが以前自分が着ていたものだと思うと不思議な感じがする。

細かいツッコみの上、後半は良く解らないんですが・・・。
確か、シンジは第壱中の制服を着てなかったと思いますよ?
シンジが履いているズボンは一般的な黒い制服ズボンに対し、第壱中のは濃い緑色の制服ズボンなのです。

>そこにある、イヤになるほど綾しい悪魔の微笑み

この造語・・・・・・。素敵すぎ(笑)

>脳天から豪快に車田落ち。
>(中略)
>「ま、マジで急いでたんだ……ゴフッ!ほ、ほんと…………ご、ごめんね~~~……!」

・・・お、漢だっ!!(ハラハラ涙)
馬鹿馬鹿しい任務の為に我が身を犠牲にするとは・・・。(笑)
・・・正に車田落ち(^^;)
絵にすると右1ページを使って、右下に車、左上に男が逆さまになって背を向け、極大の効果音にトーン貼り『ドガァァァ!』?(爆)

>「シンちゃん…………」
>「ま、マナ……なの?ど、どうしてここに……?」
>「もちろんシンちゃんを追いかけてきたの…………ずっと……ずっと見てたよ」
>「ず……ずっと?それじゃあ……ま、マナも……?ゴフッ!」
>「シンちゃん!いいの!もう、いいからしゃべらないでっ!!」
>「ま……マナァ……!」
>「シンちゃん……!」

シンジだけはマトモだと思ったのに・・・。ノリノリじゃんかっ!!(笑)

>(でも…………一体誰がマイのほんとのお母さんなんだろう…………マイは三人とも『まぁ』って呼んでたしな……………………
> い、いや、そんなことより一番の問題は…………僕…………い、いつシたんだろう!?)

まあ、シンジも多感な思春期の男の子ですから・・・。
結果も大事だがっ!!過程も大事っ!!!と言ったところでしょうか?(爆)

>「そんなことより何でここに父さんがいるのさ!?」
>「決まっている。私がこのクラスの担任だからだ」

・・・こんな担任、嫌すぎ(笑)



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