<特務機関ネルフ・ドイツ支部>



 「第一次接続開始」

 発令所の司令席に座る、カイゼル髭を持った初老の男の指示が伝えられ、その実験が始まる。もう、
この施設では何度となく繰り返され、もはや日常茶飯事となった実験だ。

 「主電源コンタクト、稼動電圧臨界点を突破…………

 パイロットと弐号機、接続を開始します。パルス及びハーモニクスは全て正常、シンクロ問題なし」

 淡々と続けられるエヴァ弐号機の起動実験。当たり前すぎるその実験は、いつもと変わりなく進めら
れ、モニターに大写しになっている赤い巨人と、それに乗る赤毛の少女もいつも通りだ。

 「どうやら今日もお姫様は元気なようだな…………」

 順調に進んでいく実験に、発令所の片隅からその様子を見つめていた男がつぶやいた。緩んだネクタ
イにだらしない無精ひげ。長い髪を尻尾にしているその男は加持リョウジといった。

 「……0.3、0.2、0.1……ボーダーラインクリア!エヴァ弐号機、起動しました」

 「シンクロ率は?」

 「はい。シンクロ率は……えっ!?」

 「どうした」

 見事なカイゼル髭の司令官に促され、今だに驚きの表情のままオペレーターが返答する。

 「シンクロ率、92.4%!前回の実験よりプラス18.3%の上昇です!!」

 「ほう……!見事だ!」

 それまでとは比べ物にならない好成績に、感嘆の声を漏らすドイツ支部の司令。彼を含め、発令所の
スタッフたちは自分たちの作品が優秀な成績をあげたことを単純に喜んでいた。

 が、一人だけ例外がいた。

 「妙だな……」

 加持だ。彼の中で、何かが訴えている。

 『何かがおかしい…………』と。

 それは彼を幾度もこの世界で救ってきた動物的な……勘とでもいうべきものだった。思い返せば、昨
日のアスカはいつもとどこか違っていたような気がした。

 話し掛けてもどこか上の空で…………視線があっち側を見つめていた。そんな気がした。

 そして彼の予感は当たってしまう。



 ぎぎぎぎぎ………………バキャアッ!



 「弐号機が拘束具を実力で排除!」

 「コンタクト停止、シンクロカット!続いて電源を落としたまえ!!」

 「了解!…………そ、そんな!ダメです!!信号拒絶!!弐号機、制御不能です!!」

 「暴走かっ!!」

 忌々しげな司令の叫び。そして、モニターをチェックしていたオペレーターの顔が、そこにある文字
とデータの羅列を追っていくたびに、徐々に驚愕に歪んでいく。

 「!!…………ま、まさか……そんな……!」

 「どうした!?」

 「これは……パイロット側からの侵食……?違います!これはエヴァの暴走じゃありません!!

 パターンピンク!弐号機パイロットの妄走です!」

 「なにぃぃぃぃっ!?」

 司令が絶叫すると同時に、セカンドチルドレン『惣流・アスカ・ラングレー』の操るエヴァ弐号機は
拘束具を完全に排除し、



 バリィン!



 「きゃあああっ!」

 「うわぁっ!」

 「わあああああっ!!」

 発令所の前の強化ガラス突き破る。そして伸ばされたその手のひらは、

 「ぬおっ!?な、なにをするっ!!」

 「なっ!?ア、アスカ!?」

 カイゼル髭の司令と無精ひげの加持をふん捕まえた。

 「くっ!お、おのれっ!離せっ!!」

 「これはいったいどういうことなんだ、アスカ!?」

 腹のところで掴まれたわが身を自由に返そうともがもがする二人。だが、もちろんそんなことで巨大
なエヴァの手のひらがどうこうなるはずもなく、それは絵に描いたような徒労となって終わった。

 「動くんじゃないわよ…………言っておくけどあたしは本気よ…………」

 そんな二人に向けて低い声で漏れてくる弐号機の中のアスカの声。発令所全体に響くその声は、その
場に詰めている全ての人間の手に汗を握らせるものだった。

 だがその恐怖の正面に晒されながらも、少なくとも表面には恐れをカケラほども見せない男がいた。

 「貴様……セカンドチルドレン!この私にこのようなことをしでかしておいてただで済むと思ってい
るのか!?」

 「お静かに……あんたの命は今、このあたしの手の中にあるってのを忘れないで欲しいわね」

 まるっきり悪役口調のアスカだが、さすが支部とはいえネルフの重職にある者である。そんな脅しに
ひるむようなカイゼル髭ではなかった。

 「そのような脅しに屈するこの私と思うてか!!」

 顔色も変えずに怒鳴り返す髭に、アスカは口の端をわずかに歪めて薄く笑う。

 「さすがはドイツ支部司令ね…………見事な口上だわ。

 ふふふ……でも…………これならどうかしら?」

 「なにぃ!?」

 アスカが謎の場所から取り出したリモコンのような器具のスイッチを押したその瞬間!



 『あなたぁ、あなたぁ~~~』

 『お父さん!いやぁ!ここはどこなのぉ~~~!?』

 『うぇぇぇぇぇん!!おじいちゃ~~~ん!』



 そしてもう一度アスカがスイッチを押した途端、再び発令所は静寂に包まれた。しかし、その静寂も
一瞬前までとはがらりと雰囲気が変わっている。

 この場を包んでいる雰囲気は―――――戦慄。

 唇を細かく震わせ、その表情は一瞬前までのものとはうって変わって恐怖に彩られている。よく見れ
ば心なしか見事な髭も力なくうなだれているようにも見えた。

 「い、今のは…………」

 その言葉だけをようやく発したカイゼル髭司令に、アスカは口元にイヤな笑みを浮かべると、

 「ふふっ……可愛いお孫さんねぇ…………」

 「ぬおお~~~っ!!貴様っ貴様っ貴様ぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!

 我が妻トレーシーをっ!我が娘ジェニーをっ!我が孫娘ハンナをどうするつもりだ~~~っ!!」

 「ふふふふふっ…………それはあんたの態度次第ね!」

 「くぉぉぉぉぉ…………」

 責務と人情の狭間で苦しむ司令とあまりにイヤすぎるニヤリ笑いを浮かべるアスカ。そんな二人を横
目に加持は先週、彼女に頼まれていたことを思い出していた。

 「な、なぁ……アスカ?今のはもしかして…………ぅげっっ!!!」

 それを問いただそうと口を開いた加持だったが、腹部に強烈な圧迫を感じて瞬時に閉口。

 そんな彼を貫くアスカの視線は雄弁に語っていた。

 『しゃべったら、殺ス』と。

 ……………………加持はあっさりと陥落した。

 「さあ…………どうなさいますぅ?」

 加持の口を完全に封じたことを確認し、アスカはいよいよカイゼル髭に迫る。

 「………………………………」

 髭の司令はしばし苦悩の表情で沈黙し…………天井を仰ぎ…………愛する家族の姿を浮かべ…………

 (すまん…………おじいちゃん、明日から職探しだよ…………)

 「よ……要求を言え…………」

 「…………賢い判断ね…………」

 ようやく引き出したその言葉に、アスカはその日一番の笑顔を浮かべたのだった。





 …………ちなみにもう言うまでもないと思うが、このアスカはもちろん『あの』アスカである。







 <第二新東京市・戦略自衛隊秘密基地>



 ウ~~~~~ッ ウ~~~~~ッ



 「見つけたか!?」

 「いや、まだだ!!」

 日の落ちた基地にサイレンの音が響き渡り、幾人もの男たちの声と走る足音が鳴り響く。

 複数の小部隊に分かれ、勝手知ったる庭を駆け回る彼らがいったいなにを探しているのか?

 その答えは建物の暗がりから小動物のようにじっと息を潜めていた。

 「まったく…………しつこいんだから、もう…………」

 ブラウンの髪とちょっとたれた感じの瞳が可愛らしい、年端もいかない少女。身に付けている夜間迷
彩服は、彼女のそれまでの逃走劇の激しさを物語るかのように、いたるところが汚れ、泥が跳ねている。

 背中に簡素なデイパックを背負い、左手にその可憐な手には不似合いな小銃を、右手にはサンドバッ
クのようなずた袋を携えていた。

 彼女の名前は霧島マナ。この戦略自衛隊において、とある特殊な任務に携わっている少女だ。

 性格はいたって明るく、とても無邪気。その上に下手なアイドル顔負けの幼い美貌も相まって、隊員
間ではちょっとした人気者であった。

 その彼女が何故こうして仲間の戦自隊員に追われているのか…………



 マナの隠れている暗がりが、突如まぶしい光に照らされた。

 「!?」

 「そんなところにいたのかっ!?…………ぐあっ!」

 単独で捜索活動を行っていた男が他の隊員に連絡を取ろうとした瞬間、マナが発砲。男は一つ声をあ
げて地に倒れ付した。



 「なんだ今の銃声は!?」

 「こっちからだぞっ!!」



 「ちっ!見つかったわね!!」

 遠くから聞こえてくる男たちのダミ声に舌打ちし、マナは一つ深呼吸すると暗がりから飛び出した。

 なるべく身体を小さくし、足音もそこそこに暗闇の中を駆け抜ける。手にしたずた袋が地面引きずり、
その中から何故か不気味な音が聞こえてきたりもするのだが、そんな音には耳も貸さず、ひたすらにマ
ナは駆け続けた。

 ただ一心に――――――ある場所を目指して。



 「いたぞーーーっ!」

 「逃がすなっ!追えっ、追えーーーーっ!!」

 背後から聞こえてくる複数の声と、次々と増える追っ手の足音に背筋を濡らしつつマナは駆け続ける。
ここで捕らえられれば彼女の望みが果たされる機会は今後一切失われてしまうだろう。軍事組織におい
て脱走、機密漏洩は重罪だ。

 「くっ…………」

 足元で弾ける銃弾に踊らされつつも直走る。数日前から用意していた抜け穴まであとわずかだ。そこ
まで逃げ切れば後はどうとでもなる…………そんな希望を胸にマナは走った。何故か手にしたずた袋が
ウネウネと不可思議な動きを見せたりしているのだが、そんな動きを気にしている暇などなかった。



 「ええーい、ちょろちょろとネズミがっ!構わん、威嚇射撃などまだるっこしいことはやめにして、
構わんから2・3発ぶちこんでやれっ!!」

 「た、隊長!?しかしそれでは……!」

 「構わんと言っている!死ぬわけではないっ!!」

 「……りょ、了解っ!」



 と、マナの預かり知らぬところでそんな物騒な会話が繰り広げられた直後、彼女を襲う銃弾の数が目
に見えて増え、明らかに当てるつもりで放たれたそれがブラウンの髪を削って弾いた。

 「!?ほ、ほんとに当てる気ぃ!?この可憐な乙女の顔に傷でもついたらどーしてくれるのよっ!シ
ンジに合わせる顔がなくなっちゃうじゃないっ!!!」

 今更な文句ではあったが、顔は女性の命である。それも仕方がないっちゃあ仕方ない。

 足元を弾き、耳元を突き抜け、暗闇に火線を迸らせる銃弾を掻い潜り逃げつづけるマナ。しかし、い
つまでもそうしているには限界がある。



 ダンッ!ダンダンッ!!



 「!?」

 比較的近い距離から聞こえてきた銃声にマナはそちらを振り返った。

 何故かゆっくりと、銃弾がスローモーションで迫り来るのを彼女は見つめていた……………………

 が、そこからの反応が常人ではないのが霧島マナたる少女の所以である。

 右手に抱えたサンドバック大のずた袋を自身と銃弾の間に遮るように掲げ、



 「必殺!!肉のカーテン!!!!」



 ダムダムダムッ!!



 ぐもぉっ!



 銃弾がずた袋に食い込み、何故かくぐもったうめき声に酷似した音を発した。

 ちなみに使われている銃弾は訓練用に特殊コーティングされたゴム弾で、当たっても『必殺』という
わけではないのだが、とりあえず『死ぬほど』痛い。

 とにかく最初の危機を乗り切ったマナだが、まだまだ危機は続く。時折無駄な反撃を交えつつ、迫る
危険に対し彼女の持つ頼もしい楯は十二分な働きを見せた。

 ずた袋を楯にして何故に『肉』なのか、それは全くの謎ではあったがマナは次々と、



 「肉のカーテン!」

      「肉のカーテン!」

           「肉のカーテン!」

                「肉のカーテン!」

                     「肉のカーテェェェェェェン!!!!」




 まさに穴が開くまでカーテンを酷使しまくった。

 ちなみにすでにずた袋からは例の不気味なうめき音は聞こえなくなり、不可思議な動きも止まってい
る。そして代わりといってはなんだが、その周りに妙においたわしい空気を纏っていたりするのだが、
単なる穴だらけのずた袋が何故そんな空気を纏うのか、それもまた謎なのであった。

 そしてその雰囲気を敏感に感じ取ったマナは、

 「ごめんねムサシ!あなたの尊い犠牲は無駄にはしないわっ!!」

 走りつつ、どうやらムサシと名づけたらしいそのずた袋に涙ながらに謝罪した。愛着のある道具に名
前をつけ、時には話し掛けたりする…………誠に女の子らしい行為と言えよう。





 その後、無事に追っ手を撒いたマナは用意してあった抜け穴から、まさにズタズタになってしまった
ずた袋とその中身を伴い無事に脱出。結果、戦自秘密基地では不名誉なことに脱走者を『二名』も出す
羽目となり、数名の部隊責任者が始末書を書くこととなったという…………





 …………ついでにいちおう述べておくと、このマナは無論『あの』マナである。








新世紀エヴァンゲリオン リターン

パパは14歳


第二話 『あちらな過去とこちらな現在』





 薄気味の悪い空間。そこにいるだけで圧迫感に押しつぶされそうになるほど嫌な空気が漂っているそ
んな場所…………それはなにもこの場所そのものが悪いのではなく、その場に集う人間たちの発する醜
悪な瘴気がそうさせているかのようであった。

 円卓を囲み、景気の悪い顔で席についている数人の老人たち。皺に埋もれ、年月を経た彼らの表情は
一様に無表情でありながら、純粋さはなく、そこ秘めた欲望が渦となって周りを取り巻いていた。

 そしてそんな老人たちの群れの中にはネルフ総司令・碇ゲンドウの姿もあった。



 ちなみに前回あっち側にカーブしていった首の骨は、いつのまにか元通りになっていた。



 「碇君…………これはどういうことかね?

 この初号機の戦いぶり……そしてこのデータ……どう見ても初号機が覚醒したとしか思えんぞ?」

 「左様……この段階での初号機の覚醒……これは我々のシナリオには無いことではないかね?」

 「納得のいく説明を聞かせてもらおうか…………碇?」

 矢継ぎ早に放たれる問いかけ。それは全て先日の第一次直上会戦、別称『初号機の乱』とネルフ内で
呼ばれる戦いについてのことだ。

 この老人たち…………『ゼーレ』と呼ばれる彼らには一つの計画があった。

 それはこれから第三新東京市で起きるすべての事柄を自分たちの意の通りに進め、古ぼけた脳裏に思
い描く未来を現出させるもの。彼らはそれを『人類補完計画』と呼んでいた。

 彼らはその計画の遂行役に、卓の下座でゲンドウポーズを組んでいる男…………

 その名も正に碇ゲンドウにまかせていたのだが、その計画のいきなり最初から躓きが発生してしまっ
たわけである。事情の云々を問うのは当然のことと言えた。

 自分に年齢に似合わぬ鋭い視線を送ってくる老人たちだが、ゲンドウはそれにさして感銘も受けず、

 「あれは誤報です…………使徒殲滅はゼーレのシナリオ通りです」

 「よくぞ言ったものだな碇。あの動きが意思の無いケモノの動きだとでも言うつもりか?」

 嘲るように口元を歪める老人の眼光にも全く怯むことなく、いけしゃあしゃあと言い放った。

 長年、世界の暗部にて生きてきたゲンドウにとって、この程度の老人たちの威圧など何程でもない。
これに比べれば喰らったばかりの妻のヒスや、手にしたばかりの孫娘の泣き声のほうが余程こたえる。
柳に風と受け流し、適当に相手してやればいいだけだった。

 「左様…………あの仕草は在りし日の君の妻、そのものではないかね」

 「それにあのヤクザな蹴りかた…………あんなことができるのは碇ユイ、その人だけだ」

 「返す返すも君たち夫婦は昔から……そうそうあれは12年と少し前だったな…………」

 いつの間にか詰問から単なる愚痴になってしまい始めた老人たちの言葉をゲンドウは黙って聞いてい
る。つまるところ、どうやら今回の彼の役目はじいさんの話し相手、とでもいうところらしい。



 ぐちぐちぐちぐちぐちぐちぐちぐちぐちぐちぐち……………………



 これでもか、これでもか!とばかり飛び出す愚痴の数々。よくもまあここまで出てくるものである。
そしてそれに付き合うゲンドウも大したものだ。さすがはネルフの総司令。

 …………意外とゲンドウがネルフの司令に選出されたのはこの才能の為かもしれない。

 「だいたい最近の若いモンは…………」

 「うちのカミさんは…………」

 「誰が食わせてやってると…………」

 「聞いてるのかね碇君?」

 「…………問題ありません」

 すでに会議の議題なんぞ、どこか遠く、アンドロメダ星雲の彼方まで逝ってしまったかのようにいつ
までも続いていく……………………かと思いきや。



 「いい加減にしたまえ諸君」

 今までずっと無言を押し通していた卓の上座に座っていた老人が口を開く。

 「「「「………………………………」」」」

 そしてそれだけで先ほどまでの病院の待合室のような雰囲気は一掃され、最初のような実に重苦しい
雰囲気がその場を支配した。

 「………………………………」

 ゲンドウも彼が開口した瞬間、わずかに眉根を上げ視線をバイザーの老人に送った。

 「……………………」

 そのバイザーをかけた老人―――――キールは、無機物に隠された下にある鋭い視線を周囲に一つ配
る。それだけで他の老人たちの背筋は針金が入れられたように固くなり、額には冷たい汗がにじんだ。
空調は完璧であるというのに。

 そうしてあたりに威を払うと、キールは重々しい口を再び開いた。

 「碇」

 「はい」

 ゲンドウも特有のポーズを保ったままで負けず劣らずの空気をにじませる。

 「ネルフの報告…………信じてもよいのかな?」

 「……無論です。お疑いになるのであればいくらでも調べていただいても構いませんよ。MAGIに
もログは残っていますので」

 「ふっ………………………………よかろう」

 口の端をわずかに歪めたそれとない笑みを浮かべ、長い沈黙。

 「いずれにせよこれ以上のスケジュールの遅延は認められん。予算については一考しよう」

 「ありがとうございます」

 「では後は委員会の仕事だ」

 キールがそう言って事実上会議の終了を宣言すると、その場に張り詰めていた空気がわずかに緩み、
ゲンドウとキール以外の各々がそっと気づかれぬように嘆息を漏らした。

 が、それもつかの間、再びキールが重苦しい空気をゲンドウに向ける。

 「碇…………」

 「なんでしょう?」

 そのバイザーの奥に隠された瞳でゲンドウの顔を貫くほどに見据え、

 「貴様がなにを考えているかは知らぬが…………後戻りはできんぞ」

 「…………わかっております」

 「……………………」

 「……………………」

 再び満ちる重い雰囲気の中、しばしの沈黙がその場に流れる。

 そして最初に動いたのは意外なことに、この中では最下位に列せられるゲンドウであった。

 「…………申し訳ありませんが、この後予定がありますので」

 不遜とも取れる言葉を放ち席から立ち上がる。そんな態度に眉をひそめ、鋭い視線を送る老人たちで
あった、が!



 「「「「「!!!?」」」」」



 立ち上がり、神秘のヴェールを脱いだ彼のツラを目にした瞬間、一人の例外も無く目を見開いた。

 「……………………」

 「……………………」

 「……………………」

 「……………………」

 「……………………」

 キールですらあからさまな動揺をもってゲンドウの顔…………正確には顎に視線をやっている。

 そこには、つい先日まであったはずのものが…………欠けていた。

 顎に突き刺さる複数の熱い視線に、妙なむず痒さを感じた彼はどうにも堪らず口を開いた。

 「…………なにか?」

 「…………碇君」

 ゲンドウに問われ、老人たちの一人、立派な鷲鼻の男が恐る恐る、といった感じで応える。

 「……………………君は比翼連理という言葉を知っているかね?」

 「知っておりますが、それがなにか?」

 「!……な、ならば何故かね!?」

 OH!NO!とでも言いたげに右手で顔を覆う鷲鼻の老人。周りを見渡せば、他の老人たちも天を仰
いでいたり、胸の前で十字を切っていたり、榊を振っていたりと、実に豊かな感情表現を見せていた。

 そしてそんな彼らを制したのは、やはりまとめ役のキールであった。

 片手をあげてうろたえる老人たちを黙らせると、

 「碇…………」

 「なんでしょう?」

 そのバイザーの奥に隠された瞳でゲンドウの顎を穴が開くほどじぃぃぃぃっと見据え、

 「貴様がなにを考えているのかは知らぬが…………後戻りはできんぞ」

 どこか沈痛な表情でそう言って、鈍く響く電子音と共に一方的にその場から消えた。





 「……………………」

 ゼーレのメンバー全てが消えた会議室で一人たたずむゲンドウ。

 「……………………」



 じょりじょり……すべすべ……………………じょりじょり……すべすべ……………………



 「ふっ…………問題ない。失ったのであればまた取り戻せばいいだけのことだ…………

 老い先短い老人たちにはそれがわかっていないと見える」

 ニヤリ、と笑い顎を撫でさすり続ける。

 「…………私も同じだったな…………昨日までは…………」



 じょりじょり……すべすべ……………………じょりじょり……すべすべ……………………







 ピッ…………ピッ…………ピッ…………



 小さなモニターに映る波の音が静かな部屋の中に響き渡る。あまりにか細くあまりに儚いその音は、
周囲の雰囲気を否がおうにも物悲しくさせるものであった。

 そして点滴が繋がれ、ベッドの上でこんこんと眠り続けるその人の印象もまた、あまりに儚く、今に
も消えいくのではないかと思わせるほど頼りないものに感じられた。

 「…………ごめんなさい…………僕たちのせいでこんなことに…………」

 「うー……ぶぅ……」

 神妙な面持ちで目を伏せて、わずかにくちびるを噛み締めるシンジ。彼の腕の中で手を伸ばすマイも
父親の雰囲気が写ったのか、いつもに比べて少々元気が無い。

 そんな二人の視線を一身に受けるその人は『白』という色がよく似合った。

 儚げな雰囲気も、身体的な特徴からも、いつもあるその存在感からも…………

 「ごめんなさい、本当に…………もう誰も傷つけないって思ったのに…………なのに…………」

 そっとその人の髪に触れ、その名を呼ぶ。



 「ごめんなさい…………冬月さん…………」



 そう。そのベッドの上で眠る人の名は冬月コウゾウ。

 特務機関ネルフの副司令にして、前回、降って湧いたような災難で心臓停止寸前に追い込まれ、三途
の川で本格的に心臓マヒになりかけた悲劇の老人である。

 ちなみに彼のどこがどう白っぽいかというと、



 ・儚い雰囲気=今にも燃え尽きそう。

 ・身体的特徴=言うまでもなく白髪。

 ・その存在感=いてもいなくても同じっぽい。



 以上の三点からである。

 で、何故シンジがわざわざこうして冬月のお見舞いにきているかというと理由は簡単。まず前回の人
生ではさしたる出番もアクシデントも無かった彼が、直接的な理由ではないにしろマイのおかげで余計
な被害を被ってしまったというのが一つ。

 そしてもう一つは、本命のある少女に会いたくても会えない、という状況にあるからであった。

 …………どういう理由で会えないのかは各自考えていただきたいと思う。

 なんにせよそういうわけでシンジに見舞ってもらっているわけだが、昨日のあの瞬間から今まで一度
足りとも目を覚まそうとせず、差し入れのバナナがどす黒く変色しはじめ、枕もとの菊の花がしおれか
けていた。

 「……………………」

 今のところ規則正しく呼吸を繰り返す冬月の顔を気遣わしげにじっと見つめているシンジ。

 と、いきなりそれまで大人しくしていたマイが何かに興味を持ったかのように手を伸ばしだした。

 「あーうー、あ~~~」

 「?……ああ、マイも冬月さんの髪を撫でてあげたいんだね…………」

 どうやら冬月の白髪に興味を持ったらしいと察したシンジは自分の都合のいいようにそれを解釈し、
幼い娘の優しさに一人勝手に感動していた。

 「ほら……マイも撫でてあげて」

 「う~~~」

 冬月の髪のところまで導かれたマイは、いつものように何の躊躇も無くそれに手を伸ばして探るよう
な手つきで撫で始めた。シンジもそうした娘の様子に嬉しそうに破顔していたが、

 「…………うー!」

 とばかりにその髪をわし掴みにした瞬間、あからさまに顔色を変えた。

 「マ、マイ!?」

 シンジの脳裏で倍速再生される昨日の悪夢。ここでそれが再現されれば、冬月はいい歳して頭にミス
テリーサークルをこさえる羽目になってしまう。

 「ダメだよ、マイ!」

 「あうー!」

 そうはさせじとそこから引き剥がすシンジ。邪魔されたマイはマイで不満げな声をあげた。逆にシン
ジとしては、とりあえず毛を毟る音がしなかったのでほっと一安心し、悪さをしようとした娘にお説教
しようとして―――――

 「全く……おいたしたらダメだろ、マ!…………イ?」

 ―――――絶句。

 それもそのはず。なぜなら娘の手のひらの中には…………見覚えのある髪の毛があったから。



 しかも一部じゃなくて全部。



 「………………………………」

 「…………うー?」

 自分が持っているそれを凝視している父親に、思わず首を捻って唸るマイ。

 大好きなパパのこめかみには冷たそうな汗がしたたり、その表情は、

 『僕は…………取り返しのつかないことを……してしまった……!』

 などと、雄弁に語っていた。まあ、自分が娘を無理やりそこから引き剥がした結果のことなのだから
基本的に内罰的なシンジならそう思うのも無理はない。

 たっぷり三分間、そのままで固まった後、シンジは結局――――――

 「き、気のせいだよな……気のせい…………」

 ――――――見なかったことにした。

 視線を明後日の方向に向けたまま、手探りで『それ』を元の位置に戻すと、おもむろに立ち上がり、

 「そ、それじゃあ…………また、来ますから…………」

 「あーう~~~?」

 今だに不思議顔のマイを抱きかかえ、視線を上手いこと『そこ』から外して病室から出て行った。



 …………退室する直前、ちらりと視界に入った『それ』が、不自然な位置にあったような気もしたの
だが…………無論、それもシンジの気のせいなのである。







 「あらシンジ君、副司令のお見舞い?」

 「あ……ミサトさん」

 こんな時どういう顔をしたらわからないまま病室から出たシンジを待っていたのは、葛城ミサトとの
ランデブーだった。

 そんな彼の内心の葛藤も露知らず、ミサトはマイの小さな手を握って微笑みかけた。

 「おはよ~、マイちゃん。今日も元気?」

 「うぶぅ~~~」

 「ミサトさんはどうしたんですか?」

 「あたし?あたしはシンジ君を探しに来たのよん」

 「僕をですか?」

 「そ。ほんとナイスタイミングだったわ」

 「…………そうかもしれませんねぇ…………」

 確かにその通り。あと一分遅かったら、ある意味危ないところだった。

 「ん?どうしたのシンジ君、難しい顔しちゃって」

 「い、いえ!なんでもないんです、なんでも!

 そ、それで僕を探してたって、どうしたんですか?」

 「あ、うん……いやね、シンジ君の住む場所のことなんだけど……」

 「僕の家ですか?」

 予想外のミサトの言葉に不思議顔をするシンジ。昨日はネルフ本部内の個室に泊まったのだが、今日
からはてっきりゲンドウと一緒に住むことになるのだと思っていたのだが…………

 「あの…………父さんは?」

 「司令?う~ん…………そのことなんだけどね。

 碇司令はホラ、あの通り忙しい人だから、実は決まった家というものを持ってないのよ。いつもネル
フの個室で寝るか、出張先のホテルかって具合で」

 「………………………」

 「え~~~っと……まあ……結論から言っちゃうと、シンジ君が司令と一緒に住むっていうのは事実
上不可能なのよ。いや、できないことはないんだけど、それにしたってすれ違いの生活が多くなるし、
それに…………」

 言葉を切り、不意に表情を真剣なものに変える。

 「保安上の問題もあるわ。これから先、連中とやりあっていくのなら常に命の心配もする必要が出て
くる…………そうでしょう?シンジ君」

 「……そうですね」

 「ええ、そういうことよ。だからあたしたちをしては、ネルフにとって最重要人物の碇司令とあなた、
それからマイちゃんを一つのところにしておくわけにはいかないの」

 「…………わかりました。そういうことなら仕方ないですね…………」

 シンジの言葉に思わず嘆息が混じる。期待していただけに残念なことだった。

 「ごめんね、ご希望に添えなくって…………」

 「いえ、仕方のないことですから構いません。

 ……でもそうすると、僕はどこに住めばいいんでしょう?」

 「そのことなんだけどね、シンジ君…………よかったらさ、ウチ、来る?」

 窺うような瞳で申し出るミサト。

 「えっ?でも……いいんですか?」

 「いいもなにも、この間までそうしてたんでしょ?シンジ君さえよければ、あたしとしては別に反対
する理由もないし、それどころか歓迎したいくらいよ」

 そりゃそうだ。水準以上の美少年が家事一切を取り仕切り、三食昼寝つきでおまけに愛らしい娘さん
もついてくる。これだけの物件に手をつけない理由はないだろう。

 事実、ミサトがここに来る前には同居希望者数名と激しく争ってきたものだが、それはまた別の話。

 「で?どうするの?」

 「ぼ、僕は……ミサトさんさえよければぜひお願いします!」

 「は~い、それじゃけって~~~~!今日からヨロシクねん」

 「はい!」

 嬉々として握手を交わすシンジだが、一方のミサトの内心はというと、

 (ふふふ…………素直なものね~~~♪

 優しくて、家事ができて、美少年で…………これだけ天に愛された少年もそうそういないわよ?今日
からはじまるあたしのバラ色生活…………楽しみだわ~~~ん…………いろいろとね…………)

 などと脳の中身をピンク一色に染め上げていた。







 はてさてこちらは一方、隔離病棟。



 「ダメ……碇君が呼んでる……」

 もちろん呼んでないのだが、彼女の中の碇君は全力で彼女に助けを求めているらしい。となれば、も
はやこれ以上彼女がここにいる理由は全くない。

 己の望みに向けて直走るのみだ。





 ドカアアアアン!!



 病室の鉄扉を粉砕し、何かが部屋の中から飛び出してくる。



 ヴキャキャキャキャキャ!!



 そして飛び出したそれは激しくドリフト、ブラックマークを床に残して一直線に走り出した。

 「碇君…………今行くわ…………」

 それの上で仰向けになったまま綾しいニヤリ笑いが虚空に炸裂。その瞬間、レイが横になっているそ
れ――――――車輪つきの移動式ベッドの走行速度が急上昇した。

 ちなみに動力源は全くの謎である。

 移動式ベッドの常識を遥かに越えた速度で疾走するそれは、あっというまに隔離病棟の入り口に到達。
『悪霊退散』と書かれ、注連縄で封印された扉を粉砕し、一般病棟に飛び出した。



 「きゃ~~~~っ!」

 「うわ~~~~っ!」

 「ひえ~~~~っ!」

 「おたすけ~~~~っ!」

 突如現れた暴走車に驚きの声と悲鳴をあげる一般の人々を気にもとめず、

 「碇君の匂いがする…………こっち」

 レイはストーカー行為に走り、相変わらず顔にはアレな笑みを貼り付けていた。

 黙っていれば沈魚落雁、閉月羞花、飛ぶ鳥すら羽ばたきを忘れて地に落ちる、といったところの世に
比類なき美少女の綾波レイであったが、今のままでは飛ぶ鳥すら心臓の動きを止めて地に墜落、海を泳
ぐ魚もエラ呼吸を忘れて沈没する、といったところの美妖女である。

 まあ、今更世の中の評価など知ったところでない彼女は、愛しの碇君を自前のセンサーを全開に発揮
させて捜し求め、ついに、

 「碇君!」

 今にもミサトともに階段を下りていこうとしているシンジの後姿を補足した。

 そうなればますます彼女の愛車は謎の動力源を全開にしてスピードアップ。もはや妄走といっても
差し支えのない速度でぐんぐんとシンジに迫る。

 「…………碇くふぅぅ~~~~ん!」

 もちろんすでに妄走済みの彼女もその背に向けて激しくシャウトする。

 が、頭の中まで逝ってしまうのはいただけない。彼女は大切な言葉をすっかり失念していた。

 その言葉とはすなわち、



 『赤信号、車は急に止まれない』



 法定速度を遥かに越え、しかもブレーキすら持たない移動式ベッドがどうして階段前の曲がり角を曲
がれようか。当然の理で直線上にあるエレベーターに向けてカミカゼアタックを敢行せんとするレイ。

 そして不幸とは重なる時に重なるものである。



 チーン♪

 「ふむ…………シンジとマイは冬月の見舞いか…………ぬおっ!?」

 エレベーターの扉が開き、現れたゲンドウの視界に飛び込んできたのは高速で迫る移動式ベッド。

 (なんなのだ…………いったい…………?)

 そんな思いを最後にゲンドウの意識は真っ白な世界に消えていった。





 ドカアアアアァァァァァン……………………





 「ねーねー、ママァ?パパ、あともうちょっとでシオリのおうちに帰って来れるんでしょ?

 そしたらまたいっぱい遊んでくれるかなぁ?」

 「もちろんよシオリちゃん。今のうちから何して遊ぶか考えておきましょうね」

 「うん!あっ!ママ、えれべーたー来たよ!早くいこ、パパのところ早くいこ!!」



 チーン♪



 「うふふふ……はいはい、大丈夫よ。パパは逃げないから………………って、イヤァァァァァァ!?」

 「ま、ママァ!?大変だよ!えれべーたーから変なおじちゃんが生えてるよ!?

 しかもなんか、おじちゃんってばまっかっかだよぉぉぉぉぉ!?」

 「イヤァァァァァ!?イヤァァァァァァァァァァァァ!!!?」

 「ま、ママァ!?このおねえちゃん、笑ってるけどなんかすっごく怖いよぉ!?」

 「だ、ダメよシオリちゃん!見ちゃいけません!!

 だ、誰かぁ!?救急車呼んでくださぁぁぁぁい!!!」

 「うわぁ!!おじちゃんの足、ピクピクしてるぅ!!すご~~~い!!!」

 「だ、ダメよシオリちゃん!触っちゃいけません!!!」





 綾波レイ――――――前回に続き、今回も自滅。







 「?今なんか上のほうですごい音がしませんでしたか?」

 「そ~お?あたしは聞こえなかったけど……気のせいじゃない?」

 もちろん気のせいではないのだが、高物件をゲットして気持ちが浮かれに浮かれまくっているミサト
の耳には、恐らく自分の都合のいいことしか聞こえなくなっているのだろう。

 「…………そうかもしれませんね」

 シンジもしばし不思議顔であったが、聞こえなかったことにしてミサトに向き直った。

 「ま、そんなのはいいから早く行きましょシンジ君。今日は宴会よん♪」

 「はい。あ、それはいいんですけど、その前に買いたいものがあるんですけど」

 「買いたいもの?」

 「ええ。マイのミルクがもうなくなっちゃったんですよ」

 「……?」

 突然名前を呼ばれて、腕の中で丸くなっていたマイが眠そうに目を二・三度しばたかせたが、しばし
ぼけ~~~っ、とシンジの目を見つめた後、再び丸くなって寝息を立て始めた。

 その姿にミサトと顔を合わせて笑みをもらしつつも話を続ける。

 「それに他にもいろいろ必要なものがありますしね…………ミサトさん?」

 「ん?……なによその目…………意味深ねぇ」

 本気でわけわからん、といった顔をしているミサトに、シンジは苦笑を浮かべて返す。

 「宴会する前にあの部屋を何とかしなきゃいけないでしょ?」

 「へっ!?部屋を何とかって…………な、何でシンジ君が――――――って、そうだったわね」

 「そういうことです。さ、行きましょうか。それから夕飯はもちろん僕が作りますし、家の中の一切
の家事も僕が取り仕切らせてもらいます。ミサトさんにはまかせられませんから」

 「……全部事実で言い返せないだけに悔しいわ……」

 あっけらかんと、からかうような口調のシンジと対照的に、ミサトは苦虫を噛み潰したような顔をし
てついて行くのだった。







 <特務機関ネルフ・司令執務室>



 薄暗く、どこか無機質でむやみに広いその部屋には、ネルフの首脳陣――――――すなわち、司令の
碇ゲンドウ、技術部主任の赤木リツコ、作戦部長の葛城ミサト…………そしてサードチルドレン・碇シ
ンジとその一人娘の碇マイが顔を揃えていた。

 といっても、マイは時間が時間であるため、すでにシンジの腕の中で小さく寝息を立てており、本来
この場にいなくてはならないはずの副司令・冬月コウゾウはご存知の通り、現在、三途の川で足をつっ
ており、川岸のライフセーバーに全力で助けを求めていた。

 そしてもう一人、ファーストチルドレン・綾波レイはわざと呼んでいない。

 『初号機の乱』と呼ばれる戦いが終わり、暴れつかれて再び眠りについた初号機をケイジに収容した
後、シンジの要請で指名されたネルフの人間たちがこの場に集まった。

 理由はもはや言うまでもなく、シンジの辿ってきた過去について話すためである。





 一時間近くの長い間、淡々と話しつづけたシンジの口がようやく閉じられた。

 「……………………」

 まぶたを伏せ、わずかにうつむく彼の表情はまだ語りたいことが多くあるようであった。

 そのシンジの話を聞かせられた一人は、驚愕と怒りに表情を凍らせ、二人は嘆息と後悔とを交えたよ
うな、しかし静かな表情で過去の事実を受け止めていた。

 やがて暗いものを押し殺した声でミサトが代わるようにしてその口を開く。

 「…………それじゃなに?結局サードインパクトは発生して、世界は滅亡して…………あたしたち大
人はみんなLCLの中に逃げ込んだまま、シンジ君を一人だけ残してたってわけ?

 それまでさんざん苦しめておいて、その責任も取らないで……?」

 「……………………」

 言葉も発さず、ただ黙ってうつむく少年。彼の浮かべる表情は、言葉は無くとも肯定の意を克明に彼
女に向けて語りかけていた。



 それは全てすぎたことでありまた、今ここにいる『葛城ミサト』という女性にはまるで無関係なこと。
そして少年の語った『過去の出来事』と『現在の真実』はあまりに荒唐無稽なことであり、普通なら一
笑に付してしかるべきものであった。

 だが、ミサトにはとても目の前の少年がウソを言っているようには思えなかった。ウソであると決め
つけるにはあまりに彼は悲しすぎて、その瞳はあまりに大人びすぎていた。

 そうなればミサトとしてはシンジの言葉を信じるほかに道はない。彼女は常識という無形の鎖よりも
己の感覚と根拠のない勘を信じる人間であったからだ。



 シンジが無言であるように、ミサトもまたしばし無言であったが、やがて静かに立ち尽くす親友のほ
うを振り返り歩み寄った。

 「……………………」

 「……………………」

 そうして時間にすればほんの数秒、黙って向き合った後、



 パァン



 と、乾いた音が部屋中に妙に音高く響き渡った。

 「……………………

 この……バカリツコ……!」

 「……………………」

 たったひと言…………ありったけの憐憫と苦渋に満ち満ちた、親友が親友に捧げるその言葉は、深く
強くリツコを打ちのめした。

 「……………………」

 うなだれる彼女をその場に残し、ミサトは今度はゲンドウのほうに向き直る。

 司令席でいつものポーズをとっていたゲンドウは、しかし、ミサトが一歩一歩と近づくと、自らも席
を立ってミサトの前に歩を進めた。

 「……………………」

 「……………………」

 向きあう両者は、女性としてはやや長身のミサトであったが、ゲンドウを前にしてはその顔を見上げ
て見るしかできなかった。それでも視線は厚いガラスを切り裂き、その奥の瞳を離すことはない。

 いつしか顔を上げ、マイを抱く腕に力をこめてそれを見つめているシンジ。

 「……………………」

 そんな息子と孫の前でしばしの沈黙を経て、ゲンドウは長年自らの心を覆ってきたそのサングラスに
手をかけると、ゆっくりと、それを外してミサトを見つめた。そして――――――

 「……………………」

 ――――――ひと言の言葉もなく、黙ってその頭を垂れた。

 ミサトはそんなゲンドウをしばし黙って見つめていたが、やがてその両の瞳に涙を浮かべると、



 ガツッ



 「…………あたしの15年…………返せるものなら返してください…………!」

 とても細くて儚い、女性そのものの右手で力いっぱい頬を打ち据えた。

 わずかな揺らぎも見せずに甘んじてその拳を受けたゲンドウは、もう一度ミサトの涙を浮かべた顔を
見つめ、その瞳からふたつ、零れたのを見ると、再びものも言わずに頭を下げた。



 ……………………過去の悲しみは過去のもの。それを上回る幸せと喜びがあれば払拭できる。そして
その幸せは少年の腕の中にある。

 が、現在の断罪をなかったことにできるわけがない。15年を苦しみ続けた女性には、その対価とな
る幸せも喜びも与えられないのだから。今のことをすぐに水に流し、昔のことにできるような真似は誰
にもできはしないのだ。

 それゆえの断罪と………………そして赦し。



 「…………ふぁ」

 「マイ?」

 肩を震わすミサトと頭を垂らして動かぬゲンドウ。そんな二人を見つめているシンジの腕の中で眠っ
ていたマイが、いきなり身じろぎして瞳をぱっちりと開いた。

 そうして二・三度まばたきをしてあたりを見回し、こちらを見ているミサトとゲンドウの瞳にぶつか
った瞬間、

 「あぅ……ふぁ、ふあああぁぁああああん!」

 「マイ!?」

 ちいさくこぶしを作って、声をあげて泣き始めた。

 つぶらな瞳からぽろぽろと、いくつも雫を零して、大きな声で…………聞くものの心に罪悪感を芽生
えさせるような悲痛な泣き声をあげた。

 「…………マイちゃん…………」

 「ああああぁぁぁぁぁ!ふああぁぁぁぁぁぁん!」

 呆然とその様子を見詰めているミサトの、わずかふたつしか零れなかった涙の代わりとでもいうかの
ように、マイはたくさんの涙を零しつづけていた。







 「あたしねぇ……ほんとは司令のこと…………殺してやりたいって……思ったんだ…………」

 空になった皿と空になったビールの空き缶がジャングルを作るテーブルの上に頬杖をついて、ミサト
が赤ら顔でつぶやいた。

 「こんなこと、ほんとはシンちゃんには言っちゃいけないんだけどね」

 「ミサトさん…………」

 深酒を飲み、アルコールが脳にまで回って理性が麻痺しかけているらしく、そんな物騒なことすらも
『にへへ』とした顔で言ってのける。聞き手に回っているシンジとしては、さすがに表情を乏しくする
ことしかできなかった。

 手にしたえびちゅの缶を揺らすように振ると、底のほうにわずかに残る液体が左右にステップを踏み、
その足音が小さく外の世界に漏れ出した。

 「一瞬だけよ?一瞬だけ…………だけど…………

 そのほんの一瞬だけでもあたしが考えちゃいけないことを考えたのはほんとの話…………」

 「……………………」

 酔いに任せた勢いで、己の罪を告白する懺悔者のように淡々とミサトは語り、シンジはその告白を黙
って受け止め聞いてやっていた。

 「シンちゃんとマイちゃんがすぐそこにいるってのにね…………他人の気持ちなんか無視して、自分
のことしか考えないで……………………自分の感情最優先。

 前のあたしもそうしてきたんでしょ。あなたたちを復讐の道具にしてた…………違う?」

 「それは…………」

 「正直に言って頂戴…………言わなくてもわかってるつもりだけどね」

 「………………………………」

 そう言って促すミサトは、顔に苦い笑いを浮かべていた。酒の味に顔を顰めたのかそうでないのかは
わからなかったのだが…………

 だがシンジには正直なところ、あの時のミサトの心の内など察してやれていなかった。彼とて自分の
ことしか考えてやれず、それ故に大事な少女の心を崩壊へと導いてしまったのだから。そんなシンジが
ミサトの真の気持ち云々を語ってやれるはずがない。

 本当にミサトが自分を道具としてしか見ていなかったのか……………………『あれ』がごっこだった
のか、それとも真実だったのかシンジにもわからないのだから。ただ――――――

 「………………………………」

 「…………ごめん、シンちゃん。またあたし自分のことしか考えてなかったね。

 そんなこと言われても、困っちゃうわよねぇ……………………ほんと、ごめんね」

 「僕は…………」

 「ん?」

 「僕はあの時、ミサトさんと一緒に暮らせて嬉しかったです」

 「……………………シンジ君」

 ミサトやアスカが何を想っていたかは知らない。というより、そんなこと関係ない。誰がどんな思惑
でいたとしても、少なくとも自分があの生活を心から楽しんでいたのは真実なのだから。

 「なにもなかった僕にとって、この家だけが帰って来れる場所だったんです。だから…………」

 「……………………」

 懐かしむように部屋を見回すと、そこかしこに見慣れた光景が飛び込んでくる。





 あの時と同じものを買い揃えたキッチン周り。


 リビングに置かれた観葉植物、壁にかけられた絵。


 世にも珍しい、ペンギン専用の冷蔵庫。


 飽きるほどに見慣れた天井についたシミの数まであの頃と一緒…………





 「僕は楽しかったです」

 「…………そっか」

 黒耀の瞳を潤ませる少年の表情に、ミサトは酒精によるものとは別の理由で頬を紅潮させた。

 「それじゃあ、きっと……あたしも同じ気持ちだったわね。間違いなく」

 「……………………」

 違う人…………だけど同じ人……………………その大事な女性の言葉を、シンジは言葉もなく、真摯
に受け止めた。それを確認できただけでも、戻ってきた甲斐があったと思えた。

 「よかったわ~~~、早まったことしないで。一生後悔したまま生きてくとこだった」

 「…………そう思いますよ。理由がどうあっても…………人殺しなんてするもんじゃないです」

 そのシンジの言葉には、彼の心に刻まれたもっとも深い傷によるものが含まれていたが、ミサトはそ
のことに気づかなかった。元々、シンジもそのことだけは誰にも語っていない。

 「そうね。あたしもそう思うわ……………………それに、っと」

 プシッ!と最後の一本のプルトップを跳ね開けて、金色の液体を喉に流し込む。

 「なんかもう、父のことも吹っ切れたような気がするわ」

 「…………そうなんですか?」

 「んぐっ、んぐっ、んぐっ、んぐっ…………ぷはぁ~~~っ!!

 ほんとのこと知って……なんか力が抜けちゃったのよ。も~~、どうでもいいや、って感じで。父は
父なりに世界のことを考えて、自分の意志に殉じた。…………こう言ったらなんだけど、父があそこで
ああしてなかったら、アダムの覚醒で人類が滅んでたんでしょ?

 それだったら仕方ないかな…………って気にもなれるし……………………」

 一息で半分ほどを一気に飲み干して、テーブルにカツン、と缶を置いた。350ml缶から噴出す汗
の雫が淵の周りに垂れて集まり、ちょっとした水溜りを作っていく。

 そんな様子をしばし黙って見ていた後、ミサトは不意に顔をリビングのほうに向けた。

 「それに…………あの時、あたしの分までマイちゃんが泣いてくれたしね」



 そこにはテレビの前でペンペンとがっぷりよつに組み、まわしを取り合っているマイの姿があった。

 「あー、うー、あうぶぅ~~~」

 「クワァ~~~、クワッ」

 双方劣らぬ一進一退の攻防を笑みを浮かべて眺めていると、ほんわかとした気持ちになってくる。

 「ねぇシンちゃん?」

 「なんですか?」

 「子供ってさ…………可愛いわよね」

 「可愛いですよ。マイは特に可愛いです」

 「…………親バカねぇ」

 呆れたようにつぶやくミサトに、シンジは恥ずかしげもなく笑って見せた。

 「当然ですよ。親ですから…………」

 「…………はいはい」

 諸手を上げて『降参』の態度を取るミサトと、頬を緩めているシンジの目が正面からぶつかり合い、
二人はなんとなくおかしくなってくすくすと笑いあったのだった。







 一方その頃――――――





 窓の外には漆黒の空。眼下には海のごとく横たわる雲雲雲雲雲。

 ここは地上一万キロの空の彼方。いわゆる成層圏という場所である。

 であるからして、天気は晴れ―――――

 「だぁぁぁぁぁっ!!まぁだ日本につかないの!?」

 ―――――時々アスカの雷。

 要するにアレだ。ドイツ支部司令を脅迫してウィングキャリアーを分捕り、シンジの待つ日本に向か
って一直線~~~、というわけである。

 で、その脅された司令はというと。

 「こ、これでもう精一杯なのだ!これ以上の速度を出せば機体に無理が出るぞ!!」

 運ちゃんをさせられていた。

 「ア、アスカ?短気は損気だぞ?」

 と、なだめる加持の席は副長席である。

 また、一緒に持ってきた巨大な荷物、エヴァ弐号機はキャリアーの腹からぶらさがっているのだが、
時間がなかったせいなのかどうなのかは知らないが、ぶらさげかたに問題があった。

 普通、四肢をロックボルトに固定するものなのだが何故か固定されている個所が、



 首だけ。



 見ているだけで呪われそうな、縁起の悪い光景である。まあ、ヌシのアスカが一切に気にしていない
のだからそれはそれでいいのだろうが。

 とりあえずそれはそれとして、だ。

 「無理を通せば道理が引っ込むって言うでしょ!?ぐずぐずしてたらあたしのシンジが極悪ファース
トに襲われちゃうのよっ!!そうなったら誰が責任取るってーのよ!!」

 無理と無謀と非常識の固まりのようなアスカは、やっぱりワガママだった。

 「し、しかし日本に着く前に墜落でもしたらそれこそお話にもならないではないか!!」

 「そんなモン、愛と勇気とド根性でなんとかしなさいよっ!!!」

 無論、ならない。

 「だ、だいたい、どうしてアスカがサードチルドレンの名前を知ってるんだ?」

 「加持さん!?余計な詮索は身を滅ぼすわよ!!!」

 『加持リョウジ監察日誌』と書かれた謎のファイルを加持の前にちらつかせ、またもや脅しにかかる。
無論、加持は完全に沈黙だ。



 完全に独裁状態のアスカと丁稚二人。そしてあんまりと言っちゃあ、あんまりな扱いのエヴァ弐号機
と共に、ウィングキャリアーは風を切って飛んでいく。

 「はーやーくー!スピードアーップよ!!はやく!!!どうなってもいいっての!!」


 『あなたぁ、あなたぁ~~~』

 『お父さん!いやぁ!ここはどこなのぉ~~~!?』

 『うぇぇぇぇぇん!!おじいちゃ~~~ん!』


 「まっ待て待て待て待て!待ってくれぇ~~~!!!!」

 「待ってやるから早くしろっつの!そのヒゲ、毟るわよ!?」

 「い、いったいなにがあったんだ、アスカ?」

 「加持さん!?ネット上にばら撒くわよ!?」

 「そ!それだけはやめてくれ!!!」



 一路第三新東京市へと――――――







 「く、食い逃げだぁ~~~!!!!」

 親父の絶叫が迸ると同時にその店の自動ドアのガラスが粉砕されて、中から小柄な影が飛び出した。

 「どいてどいてぇ~~~!」

 地面にずた袋を引きずって、両手には大事そうにどんぶりを抱えながら人々の間を縫うようにして走
る美少女。誰かと問われれば、無論、霧島マナ嬢である。

 「だ、誰かそいつを捕まえてくれぇぇぇ~~~!!」

 「んもう!……はぐはぐ……おじさんってば……もぐもぐ……けちなんだからなぁ~~~」

 走りながらも器用に彼女が食べているそれは、もちろん牛丼。



 マナが戦自秘密基地から飛び出してすでに一晩が経過している。用意した路銀はここまで来るのに必
要となった一人分のタクシー代ですっかりぱー。

 おかげで第三新東京市までの距離をだいぶ縮めることができたのだが、人間とは水と空気と食い物が
なければ生きていけない、難儀な生き物だ。

 で、元々あまり堪え性のないマナは、あっさりと本能の赴くままに犯罪行為に走ったというわけであ
る。ちなみにすでにこの時点で前科一犯である。が、警察に連れて行かれたのはずた袋であった。

 なぜずた袋なんぞを補導するのかはさっぱりわからないのだが、とにかくマナはその大事なずた袋の
中身を実力で奪還。

 ちなみに奪還する際に、交番に駐在していたおまわりさんが、



 『ま、待ってくれ!とりあえず中の人にこのカツ丼を!!!』

 などとわけのわからないことを言ってマナを引き止めたのだが、もちろん彼女が、

 『中の人なんていませ~~~ん♪』



 と言って追撃を振り切ったのは言うまでもない。

 とにかくそんなわけで、戦自だけでなく警察からも追われつつ旅路を急いでいるのであった。



 「ごちそうさまぁ~~~♪…………それっ!」

 食べ終わってすっかり空になった牛丼のどんぶりを、後ろから追撃するダンナの方に投げて返し、同
時にお腹一杯になったマナの走行速度はさらに上昇。一気に追っ手を引き離しにかかる。

 そのため、曲がり角を曲がったりする際にずた袋をあちこちにぶつけて、妙に生々しい鈍音がそこか
ら響いてきたり、何故か布地に赤いものが滲んできたりと謎の現象が次々に発生したりしたのだが、今
はそんなことに構っているヒマは彼女になかった。

 「待てって言ってるだろうが、この食い逃げ娘がぁ~~~~!!!!」

 なおも背後から執拗に追ってくる、牛丼屋のダンナ。見た感じ結構いい歳している割にはずいぶんな
健脚で、若くて戦自で訓練を積んだマナにもまるで負けてはいない。

 「もう~~~、しつこいなぁ…………どうしよう」

 一向に振り切れぬ様子から、マナはその小さな口を可愛らしく尖らし、柳眉を下げて辟易とした表情
を形作る。そうして走りながらも顎に手を当て、事態を打開する手段について黙考し、

 「…………しょうがないかな」

 そうつぶやくと、口ぶりとは逆に妙に生き生きした表情でずた袋を肩に抱えあげる。
何故かそのずた袋がおびえるようにイヤイヤしているのだが、もちろん気のせいなのだろう。

 そして――――――



 「頑張れムサシ♪」



 ――――――全力で投擲。そのずた袋はまるで流星のごとく、キラキラと光る雫を空に零しながら一
直線に飛んで逝った。



 「……………………

 悲しいけどこれ、戦争なのよね」


 目の前の惨状に遠い目をやりながら虚しくつぶやくマナ。しばしそうしてその光景を眺めていたが、
それを見ていた野次馬の一人が公衆電話でどこぞにコールしたのを見ると、そっときびすを返し、

 「ごめんね…………ほとぼりが冷めたら迎えに行くから…………あなたの犠牲は無駄にはしないわ!」

 そこはかとなく前後で矛盾している言葉を吐きながらその場を離れていくのだった。



 そしてそのわずか数分後、その現場に赤色灯が殺到していたのは言うまでもない。









 <とある研究所>



 「ヒマだねぇ~~~」

 オレンジ色の溶液に浸り、アルカイックスマイルを浮かべたカヲルはつぶやいた。

 ここは世界のどこかにあるゼーレの研究所。渚カヲルが生まれ、育った場所である。

 無機質な機械とコンピューターとに囲まれたそこは、清潔感こそ違えど、かつてレイが生活していた
あのマンションの部屋と同じような雰囲気をかもし出しており、なにをどう間違えたら、カヲルのよう
なある意味感情豊かな人間が育つのか、疑問に思うようなところであった。

 この時期のカヲルは、前回の時もそうであったが、オレンジ色の溶液―――LCL―――の中に身を
沈められ、外の世界に出られない状態であった。

 いや、出ようと思えばいつでも出られるのであるが、前回ではカヲルは時が満ちるまでそうする意思
はなかったし、今回はとある理由で、むやみに自分の力を使うことを自らに禁じていた。

 …………というわけで、

 「ヒマだねぇ~~~」

 なのである。



 プシューッ



 「おや?お客様のようだね」

 そんなこんなしていると突然、研究室の扉が開いて一人の女性が入ってきた。

 「……………………」

 「やあ。ごきげんよう、麗しきリリン…………」

 「……………………」

 カヲルが声をかけるもその女性、白衣を纏った二十台半ばほどの鋭い目つきが印象的な彼女は、カヲ
ルの秀麗な顔を一瞥しただけで何も応じることはなかった。

 「おや、無視かい?挨拶は人の心を潤してくれるもの……リリンの生んだ文化の一つだよ?」

 「……………………」

 「君は無口なリリンだね…………昔のリリスのようで好意に値しないよ」

 再三の呼びかけにも全くの無視で反応のない彼女に、カヲルもやれやれとお手上げした。

 溶液の中、全裸で肩をすくめるカヲルに構わず、彼女は自分のデスクに座り端末を立ち上げると、す
さまじい速度でキーボードを叩き始める。

 カタカタという音が心地よいBGMとなって部屋の中に響き渡ったが、それをただ見ていることしか
できないカヲルは彼女の背中をじっと見つめていたが、

 「歌を…………聞かせてくれないかい?」

 不意に何かを懐かしむような、そして切ないような色を紅玉の瞳に浮かべてそう言った。

 「…………歌?」

 「そう…………歌さ…………」

 その言葉に振り返り、無表情で聞いてくる彼女にカヲルはなおも続ける。

 「そうだね………………………………愛。愛を綴る歌がいいねぇ。

 この僕の渇いた心を熱く潤してくれる、情熱に満ち満ちた熱い熱い愛の歌……………………

 それは僕とシンジ君との間に流れる悦びの調べ……………………」

 「シンジ君?……………………男性なの?」

 「そうさ。見目麗しく、温かい心を持つ僕だけの天使様さ」

 「そう…………」

 ウットリとしたカヲルの言葉を聞いて、フム、とばかりに顎に手を当てる。

 そうしてしばし黙考した後、彼女はおもむろに顔を上げた。

 「愛を語る…………の歌がいいのね?」

 「そう!愛があれば性別なんて関係ないのさ!」

 「わかったわ」

 両者の間で致命的なすれ違いがあったということに気づかぬまま、カヲルは勢いよ
く頷き、彼女も軽く頷いて端末にを操作しはじめた。

 そして流れ始めるむやみに熱いメロディー。

 「!?」

 予想していなかった事態に驚くカヲルを他所にはじまる、



 ♪YouはShock!!♪



 豪快なシャウト。



 ♪愛で空が落ちてく~る~ YOUはShock!!♪



 「な、なんだいこれは!?」

 「だから愛を語るの歌よ」

 熱苦しいほどに熱い愛の調べをBGMとして流れる中、うろたえるカヲルとは対照的に白衣の彼女は
あくまで淡々と…………

 「♪♪」

 いや、そこはかとなくリズムにノリながらのたまった。どうやら趣味らしい。

 しかしリクエストした当のカヲルといえば、

 「違う!これは違うんだ!!僕とシンジ君の愛のテーマはもっと優雅で美しく、気品に満ちたものだ
よ!?この歌は好意に値しないよ!!」

 LCLの中で激しく身をくねらせているが、そんなことで陶酔の領域に入り始めている彼女を止める
ことなどできるはずもなく、正に無駄な徒労に終わった。



 ♪あ~いを~ とりもど~せぇぇぇぇぇ~~~♪



 歌は二番に続き、物語はオチもないまま三話に続く。








 作者の戯言


 なんて強引な終わらせ方なんでしょうね、コレ。修行不足をつくづく実感します(^^;)

 というわけで第二話なんですけど、前回に比べてちょっぴりシリアスシーンが目立ったできだと思っ
てます。実際の分量ではそう変わりはないと思うんですが、一箇所にまとまってるとそういう印象が強
いですね。内容的にもシリアス度が高いですし。


 さて次回は転校編ですね。トウジやらケンスケやらのキャラも登場し、綾波さんも今度こそ碇君と一
次的接触できるんじゃないかな~~~、と。

 個人的にはユイさんを出したいんですけどね……内容的に無理かな?(^^;)


 では、次は『Take...』の15-Bになりますので、そちらもどうかよろしく。

 皆様の感想、ツッコミ、その他もろもろ首を長くしてお待ちしております。




ぽけっとさんへの感想はこちら


Anneのコメント。

>「ふふっ……可愛いお孫さんねぇ…………」
>「ぬおお~~~っ!!貴様っ貴様っ貴様ぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!
> 我が妻トレーシーをっ!我が娘ジェニーをっ!我が孫娘ハンナをどうするつもりだ~~~っ!!」
>「ふふふふふっ…………それはあんたの態度次第ね!」
>「くぉぉぉぉぉ…………」
>(中略)
>…………ちなみにもう言うまでもないと思うが、このアスカはもちろん『あの』アスカである。

・・・・・・そ、そうかぁ~~?(笑)
それでアスカはまだ優しいと思うのだが、すっかり外道になっちゃって(^^;)
エヴァの私的使用、私的な恫喝などなど・・・。犯罪じゃん(爆)
まあ、海の彼方にいるシンジが何とかしてくれるんでしょうが、普通ならまず間違いなく極刑だと思うんですけど(大汗)

あとドイツ支部司令なのに大型キャリアーのパイロットが出来るなんて、なかなかの強者ですね。
現場の叩き上げから司令になったのかしら?
だけど、この司令・・・。日本へ着いたところで色々とアスカに無茶難題をふっかけられそうだなぁ~~(笑)

>「肉のカーテン!」
>「ごめんねムサシ!あなたの尊い犠牲は無駄にはしないわっ!!」

・・・・・・そ、そうかぁ~~?(笑)
マナはもっと優しい女の子だと思ったんですが・・・。(^^;)
やっぱり、戦自からの逃亡生活で色々と荒んじゃったんでしょうか?(爆)

あとムサシですが、これまた第三新東京市に着いても色々とマナに無茶難題をふっかけられそうですね(笑)
ああ・・・。鋼鉄のガールフレンドで見せたマナの優しさは何処へ・・・。
ところで、ケイタは・・・?
・・・・・・ひょっとして、マナに置いてけぼりされたとか?(爆)

>(ふふふ…………素直なものね~~~♪
> 優しくて、家事ができて、美少年で…………これだけ天に愛された少年もそうそういないわよ?今日
> からはじまるあたしのバラ色生活…………楽しみだわ~~~ん…………いろいろとね…………)

・・・そうかなぁ~~?
マイ(赤ちゃん)が居るんだから、夜泣きとかの世話でまずバラ色生活にはならないと思うんだけど・・・。
だって、赤ちゃんが居るだけで、その家は必然的に赤ちゃん中心の生活になりますからね。
でも、まあ・・・。これでミサトも母性に目覚め、少しでも家事をする様になれば良いんですが(笑)

>♪YouはShock!!♪

ゼーレの研究員が何故っ!?などなど・・・。かぁ~~なり、色々とツッコみたい事は多々ありますが(笑)
この歌、20代前の人って解らないと思うんですが・・・。(^^;)
で、私的にですが、シンジとカヲルの関係を表すなら、初代ではなく世紀末救世主伝説の方があっているんじゃないかな?と思います。



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