『本日12時30分、東海地方を中心とした関東中部全域に特別非常事態宣言が発令されました。
 住民の方々は速やかに指定のシェルターへ避難して下さい。繰り返します…………』

 ガシャン、ピーッ、ピーッ、ピーッ……





 「やっぱりここもつながらないか…………」

 苦笑しつつテレホンカードをポケットにしまい、今度は代わりに一枚の写真を取り出した。

 「ま、わかってたことなんだけどね」

 『ここに注目!』と胸元に矢印の刺されたグラマーな女性の写真だ。

 少し線の細い―――それでいてとても穏かな、そしてきれいな瞳を持つ少年が懐かしげに笑った。

 「なにもかも同じ……か」

 少年の心に、一度はたどった時間の思い出が広がる。

 暖かく、優しく、そしてどうしようもないほどに悲しい時間の記憶。

 (なにもかも同じ……全てはじまったあの時と…………

 僕は…………還ってきたんだ…………)

 瞳に強い決意を漲らせ、強く右手を握り締める。

 何度も閉じたり開いたりなど…………しない。





 と、少年の頬を小さな何かがペちペちと叩いた。

 「ん?どうしたの……?

 ああ…………これか。ほら、ごらん」

 自分の背中に背負った、その手の持ち主に件の写真を見せる。

 「この人がミサトさんだよ……マイ」

 「……あー、うー」

 その小さな手の持ち主…………少年・碇シンジの娘、碇マイは、彼の手から写真を取ると、くりくり
とよく動くたれ気味の大きな紅い瞳でそれをじっとみつめた。

 つぶらな瞳でミサトの顔を見つめている娘の姿に、シンジはかすかな喜びを感じていた。だが、突如
「うー」とうなったかと思うと、

 「……あうっ」

 ぱくっ、と写真をその小さな口にくわえてしまった。

 「あ、マイ!」

 シンジは慌ててそれを取り返したが、時すでに遅し。ミサトの顔はヨダレまみれなっていた…………





 時はAD2015

 こうして親娘はやってきた。

 全てをやり直す為に第三新東京市へと――――――








新世紀エヴァンゲリオン リターン

パパは14歳


第一話 『親娘・襲来』





 「まったくもう……マイってばなぁ…………」

 ミサトの顔に纏わりついたよだれをぬぐいながらつぶやくシンジ。マイはといえばぽやー、っとした
視線を興味深げにあたりに配っている。

 「まあ、とにかくここでこうしててもしょうがないし……こっちからミサトさんのところに行かなき
ゃな。歴史通りに時間に遅れてることだし」

 ぬぐい終えた写真をポケットにしまい、足元のかばんを拾って恐らくミサトが来るであろう通りに向
かって歩き出す。ネルフ本部からここまでの道のりを逆算すれば、大体の予想はつくのだ。





 ―――――イイイイィィィィン…………



 「……!はじまったか!!」

 なるべく早足でミサトの元に向かうシンジの目に、頭上を駆け抜けていく戦闘機の姿が映る。青空に
白い尾を流し矢のように飛んでいくその姿は、知らぬものが見れば頼もしいものと映るかもしれない。

 だが知っているが故にそう思うことが出来ないシンジには、顔も知らぬ戦士のために苦虫を噛み潰す
ことしか出来なかった。

 「急ごう……」

 諦念を含んだつぶやきと共に振り返るシンジ。

 「……!!」

 その視線の先に立つ人影…………

 「…………綾波…………」

 学生服を着た懐かしい少女の姿が、正しく幻となって陽炎に揺らめいていた。

 「綾波…………」

 物を語らぬ幻の姿に、シンジの目頭は熱くなった。

 シンジが、少年が望む幸せの一つ。取り戻したい大切な人との再会…………

 返事がないとわかっていても、語らずにはいられなかった。

 「綾波…………帰ってきたよ、僕。

 君は知らないと思うけど…………僕は君にたくさん辛い思いをさせてしまった…………

 だから、もう……僕は逃げないから。君を、君を必ず……!」

 そしてシンジは決意を新たに、その幻から背を向けた。







 『……………………』

 そしてシンジが去った後、そこに取り残されたレイ(幻)。

 『……………………』

 歴史通りであればここで揺らめくように消えていくはずなのだが、何故だかその場に残ったままシン
ジの背中に熱いまなざしを送っている。そして、

 『…………(ニヤリ)』

 と、激しく綾しいニヤリ笑いを浮かべたものだが、もちろんシンジがそれを知ることはないのだった。







 その頃、誰もいなくなった第三新東京市内を一台の車が爆走していた。

 ハンドルを握っているのはもちろん、葛城ミサト(29)だ。

 あたり一帯にソニックブームを撒き散らし、器物破損を繰り返しつつ驀進している。

 「遅刻遅刻ぅ~~~!

 初日から遅刻はマジでやばいって感じだよね~~~!!」

 誰かにぶつかったりしたら、相手はパンツ覗き魔になるまでもなく昇天してしまうわけだが、今のシ
チュエーションに酔いまくっているミサトがそんなことに気づく可能性はこれっぽっちもない。

 まるで本来の目的を忘れてるんじゃないかっていうくらいに楽しそうに飛ばしているミサトだったが、
実際問題として、楽しんでいられるような心理状態ではなかった。

 「ったく……早くしないと……早くしないと……!」

 ハンドルを握りながらつぶやくミサトの脳裏には、親友の手によってもたらされる恐怖の未来予想図
が出来上がっていた。







 「…………サキエル…………」

 こちらに驀進中のミサトを待つシンジは、その頃もう一人の懐かしい顔と対面していた。

 木の葉を払うようにUNの戦闘機を撃ち落とす巨体…………第三使徒サキエル。

 「人類の敵…………だけど本当は人類の兄弟…………」

 「うー……」

 それを悲しげに見上げるシンジ。そしてマイも父の胸の内を理解できるのか、後ろからシンジの髪を
引っ張った。

 「…………心配してくれるんだね、マイ。でも僕は大丈夫だから…………ありがとう」

 そう言って微笑むシンジに、マイはぱたぱたと手を振ることで返した。



 チュドオオォォン!


 「!」

 と、そこにサキエルの槍に貫かれた戦闘機がコントロールを失い突っ込んできた。こんなところまで
歴史通りなのだが、昔とは若干違うところがある。

 「…………試してみるか?」

 シンジだ。そこに突っ立ったまま微動だにせず、突っ込んでくるそれを見据えたままつぶやく。

 「…………フィールド、展開…………!」

 マイの身体がぼんやりと紅光に包まれ、シンジの両眼も紅く輝く。そして次の瞬間、



 ズドドォォ!



 爆炎に包まれるシンジたち。だが、

 「…………やっぱりここでも使えるか…………」

 煙が晴れた後には、かすり傷一つない姿で立っていた。

 シンジがマイの中にあるアダムの力を利用してATフィールドを張ったのだ。その力は絶大無比。

 そう、例えば目の前で猛威を振るっているサキエルとは比べ物にすらならないくらいの力だ。

 「倒そうと思えば、このままサキエルを倒すことはできる…………でも」

 自分の背中で小さな手のひらを握ったり開いたりしている娘を見やる。

 「護る為ならともかく…………傷つける為にマイの力を使いたくはない」

 それはシンジの精一杯の親心だった。







 ヴキャキャキャキャキャ!

 「あっ……」

 シンジの前に急停車するルノー。葛城ミサト到着である。

 「だいじょうぶ!?」

 ドアを開けて姿を現したのは、あの頃と寸分違わぬミサトの姿。

 (ミサト、さん…………ミサトさん、ミサトさん!)

 レイの時と同じように、シンジの瞳に涙がせり上がってくる。このまま泣きじゃくりながらミサトの
胸に飛び込んでいきたい自分がいる。

 だが、何とかそれを理性で止まらせた。なぜならこのミサトは、自分とは初対面なのだから。

 「……葛城さん……ですか……?」

 「お待たせシンジ……君…………と、赤ちゃん?」

 ミサト、と呼びたいのを我慢しているシンジに気づかず、ミサトはシンジの背負っている赤ん坊の姿
に目を丸くした。

 「あ、マイっていいます」

 「あーうー、ぱぁー?」

 「うん、そうだよ。この人が葛城ミサトさん。

 ほらマイ、ご挨拶しなさい」

 「うーー、あう」

 シンジに言われて、にぱぁ……と笑顔でにぎにぎするマイ。

 「あ…………よろしくぅ、マイちゃん…………

 って、そんなことしてる場合じゃないわ!早く乗って、時間がないの!!」

 あまりの愛らしさに一瞬、我を失いかけたがそこはそれ。さすがに人類の未来と自分の将来がかかっ
ているということを即座に思い出してシンジをシートに押し込んだ。

 「さっ!飛ばすわよぉ~~~!!」

 アクセルベタ踏み。


 ヴキャキャキャキャキャ! ガオオオォォォン!


 という感じで暴走を始めるミサトカー。

 たまったもんじゃないのはシンジだ。

 「ちょ、ちょっとミサトさん!マイがいるんですよ!?

 い、急いでるのはわかりますけど、もうちょっと安全運転で!!」

 いつの間にか背中におんぶしていたマイを両腕に抱き抗議する。が、

 「ごめんね!いいたいことはわかるけどそれどころじゃないのよ!!

 人類の未来と…………あたしの将来がかかってるのよ!!」

 「…………将来?」

 なんだか前回にはなかった展開に顔をしかめるシンジ。

 「早くネルフに行かないと…………早く行かないと、リツコに改造されるのよ!」

 「……………………改造?」

 真剣そのものの顔のミサトに、なんだか珍妙なイヤな予感がしてくるシンジ。

 「そうよ!身体の右半分を顔色の悪い中年のオッサンにされてしまうのよ!!」

 「………………………………オッサン?」

 さらに増してきた予感に背筋を寒くするシンジ。

 ミサトは、思わず想像してしまった自分の未来予想図を見て顔を青くする。

 「あ、あたしは人間なのよ!

 リツコの館で二身合体なんてイヤ~~~~~ッ!!!!」

 「…………………………………………二身合体?」

 運転しながら頭を振ってイヤイヤするミサトの姿に、シンジはなんだか自分は取り返しのつかないこ
とをしてしまったんじゃないか、という気持ちになってきた。





 そんなヤバイ予感に苛まれている父親をよそに、彼の一人娘はというと、

 「うー、あう、ぶー♪」

 こんな状況にも関わらず、なにげに楽しんでいたりした。







 一方、その頃のネルフ本部



 「エヴァ初号機の発進準備、整いました!」

 オペレーターの伊吹マヤの報告に、発令所の最上段、司令席に座る碇ゲンドウが鷹揚に頷く。

 そして初号機との回線を開き、そのパイロットシートに座っている少女に話し掛ける。

 「……レイ」

 『…………はい』

 全身に包帯と、それのために大胆にカットがなされたプラグスーツにその肢体を包んでいるレイ。




 ちなみに、この時のレイの隠し撮り写真がネルフの男性職員の間で高値で取引されていたとか、それ
を買い占めたのが某髭眼鏡だとかいうのは全くの余談である。





 「目標は第三新東京市内をこちらに向かって侵攻中だ。

 …………おまえの任務はわかっているな?」

 『はい』

 「フッ…………ならばいい…………」

 いつも通りの鉄面皮のままで頷くレイに、ゲンドウは趣味の悪いメガネの奥をみっともなく弛ませて
ニヤリと笑う。

 だが、そのゲンドウの言う任務と、レイの認識している任務の間には若干の食い違いがあった。





 (わたしの任務…………)

 血の匂いのするLCLに身を委ねながら、レイは自身に課せられた任務を反芻した。

 ところどころ傷が痛むには痛むが、そんなものはそれを上回る覚悟と気迫で耐えれば良いだけのこと。
そんなことよりも、今は眼前の任務に全力を尽くさなくてはいけないのだ。

 (初号機で出撃後、目標を補足…………

 目標は…………葛城一尉の暴走車)

 この目標はこれまでにわざわざ足を運んで何度もその目で確認したから、まさか見間違えることはな
いだろう。レイはこの日を一ヶ月間待ちつづけたのだ。

 そう…………本当の敵がくる前に勝負をつけねばならないのだから…………

 (目標を補足後、それと接触…………邪魔者を排除した後…………)

 レイの口元がニヤリと歪む。瞳が前髪で隠れて見えない分、綾しさ倍率ドン!さらに倍。出てきた数
字は竹下○子さんレベルであろうか。

 (碇君と一次的接触、マイと一次的接触。碇君と一次的接触、マイと一次的接触。碇君と一次的接触、
マイと一次的接触。碇君と一次的接触、マイと一次的接触。碇君と一次的接触、マイと一次的接触。碇
君と一次的接触、マイと一次的接触。碇君と一次的接触、マイと一次的接触ウフフフフフフフ…………)

 『ヒイイイィィィィッ!』

 双方向回線の向こう側から引き攣るような悲鳴が聞こえてきたが、全く問題ない。

 (待ってて碇君、マイ…………いま行くわ……!)

 こうしてレイの『明るい家族計画』は発動されようとしていた。





 …………ちなみにもう言うまでもないと思うが、このレイはもちろん『あの』レイである。







 さて場面は戻って、あっちの世界にきてしまったことに気づきかけているシンジだ。

 「ミサトさん!使徒が正面に!!」

 「わかってるわよっ!」

 こっちはこっちで結構、シリアス目にまずい展開に陥りかけていた。まあ、もちろんシンジとマイが
いる以上、その危険が死に直結することはないのだが…………

 彼らにとってこの程度の危険はまだ序の口であることに気づくのは間もなくである。





 「あたしはネルフの『ミニ四ファイター』と呼ばれた女よーーーーっ!!!」

 ギャキャキャキャッ!

 ミニ四駆は運転技術など全く関係ない気がするが、確かに見事なドライビングテクニックで網の目の
ような第三新東京市内を駆け抜けていくミサトカー。

 だが所詮は使徒から見ればちっぽけな鉄の塊。

 「!!ミサトさん、来たっ!!」

 一足飛びでミサトカーの眼前に瓦礫を巻き上げて立ち塞がる。

 「ちっ!」

 舌打ちしてハンドルを急旋回させるミサトと、思わずマイを抱く腕の力を強めるシンジ。

 眼前に立つ使徒の巨体を見据え、いつでもATフィールドを張れるように精神を集中する。

 (マイっ……力を貸してもらうよ!)

 そしてこちらを舐めるように見つめている使徒の両眼が輝きかけた瞬間、



 ドカァッ!



 出撃してきた初号機がサキエルを弾き飛ばした。

 「ナイス、レイッ!」

 (レイ……?

 …………はっ、そうだった!いまの初号機には傷ついた綾波が!!)

 そのことに思い至るシンジだったが、

 「シンジ君!今のうちにできるだけ遠くに離れるわよっ!」

 「!?ミサトさん!?」

 と、ミサトが再び愛車を再スタートさせてしまった。

 (綾波…………ごめん!)

 彼女を助けられる手段をもっているというのに、それをしない自分に心底腹立たしくなりながらも、

 「ん……あー、ぱーぁ?」

 自分を見上げている愛娘のことを思うと、どうしてもそれができなかった。

 自分に対する情けなさと彼女に対する申し訳なさとで、後ろの初号機を振り返るシンジ………………

 そして、その顔が瞬時に凍りつき――――叫ぶ。



 「ミサトさん、逃げてぇっ!!!!」







 『エヴァ初号機、発進!』

 シンジが謎の大ピンチに陥るチョッチ前、レイは重傷のその身を押して果敢にも出撃した。

 救国の乙女、現世のジャンヌ・ダルクともいえる彼女のその表情は凛々しく…………

 「ウフフフフ…………」

 …………訂正。ジャアクに歪んでいた。

 『『『『ヒイイイィィィィ…………』』』』

 再び引き攣るような悲鳴が耳に飛び込んできたが、やっぱり彼女には問題なしだった。





 その笑顔に殺られた発令所の所員の屍を尻目に、レイの乗る初号機は地上に射出される。

 エヴァを固定していたロックボルトが解放され、初号機が大地に墜つ。

 「…………!

 目標、補足…………」

 そしてその場所は『彼女にとっては』運良く、目標からそう遠くない場所であった。



 ガッ!



 レイの意思を受け初号機が大地を蹴る。

 獲物を狙うケモノのごとく、それはそれは野性的な暴走りであったと後に専門家は語った。

 (碇君と一次的接触、マイと一次的接触。碇君と一次的接触、マイと一次的接触。碇君と一次的接触、
マイと一次的接触。碇君と一次的接触、マイと一次的接触。碇君と一次的接触、マイと一次的接触。碇
君と一次的接触、マイと一次的接触。碇君と一次的接触、マイと一次的接触。碇君と一次的接触、マイ
と一次的接触。碇君と一次的接触、マイと一次的接触。碇君と一次的接触、マイと一次的接触。碇君と
一次的接触、マイと一次的接触。碇君と一次的接触、マイと一次的接触………………!!)

 『明るい家族計画』成就に向けて直走るレイだったが、

 「!?」

 目標であるミサトカーと自分との間に立ちはだかった者がいた。

 もちろん言うまでもなく使徒であり、ちなみにこっちが本来の目標である。

 だが、そんなことは今のレイには全く関係ない。

 「アナタ、邪魔……!」

 障害は実力で排除するのみだ。

 レイの駆る初号機が心なしか前屈姿勢で速度を上げ、額部の角を前面に押し出す体勢をとる。

 知る人ぞ知る、伝説の技の体勢だ…………そして炸裂!





 ハリケーン・○キサー





 初号機は牛ではないとか、そういうツッコミは一切受け付けないので悪しからず。

 ともあれ、豪快に吹っ飛ばされたサキエルは空中でかの伊藤ミ○リのようにソウルフルにスピンしつ
つ、脳天からリング……じゃなくて道路にめり込んだ。

 さすがは1000万パワーの威力である。もしこれが使徒でなければ五体がバラバラにされて一つず
つ肉質にされていたところである。

 「邪魔者は排除…………碇君とマイはどこ?」

 とうとう綾しい輝きを放ち始めた瞳をきょろきょろとあたりに配るレイ。もう、すでに使徒のことな
ど彼女の頭の中にはメモリーされていない。

 と……ついにその紅い瞳が一点で止まる。

 「目標……補足……」

 瞳がキュピーンと光ったかどうかは定かではないが、少なくともこの時点で彼女の脳内OSはハング
アップ、『もうしんぼうたまらん!状態』になっているのは間違いないことであった。

 そして走り去っていくミサトカーの中にいるシンジが、こちらに心配そうな瞳を見せた瞬間…………

 「…………碇くふぅ~~ん!」

 彼女ははちきれて…………その意思を受けた初号機が宙に舞った!







 もちろんその様子はネルフ本部発令所でもバッチリモニターされていた。

 まあ、発令所要員が何人か彼岸に旅立ちかけていたが、どうにかこうにかその分はバックアップでき
ているので問題なし。

 司令席にいるゲンドウは、モニターの向こう側で不可解な行動―――命令違反(激しい勘違い)を犯
しているレイの様子に珍しく苦渋の表情を見せていた。

 「なにをやっているレイ…………!

 伊吹二尉!パイロットの現状を報告しろ!!」

 「は、はい!(なによ……髭のクセに偉そうに……!)」

 髭親父の理不尽な八つ当たりの対象にされて、内心では腹立たしいマヤではあったが、アレでも一応
上司である。おまんまの食い上げになってはたまらないと、大人しく心理グラフをチェックし始めた。

 と、その途端にマヤの表情が驚愕に歪む。

 「こ、これは!」

 驚きの声と共に、激しいオーバーアクションで振り返るマヤ。彼女の見せ場ともいえる場面だ。

 「パイロット、心理グラフが激しく変化しています!パターンピンク!

 初号機パイロット、妄走です!!」

 マヤが叫ぶのと、初号機が宙に舞い、ルパンダイブを敢行するのはほぼ同時だった。







 「ミサトさん、逃げてぇっ!!」

 「!?なっ、なに考えてんのよあの娘はぁ!?」

 シンジの絶叫の意味をバックミラーで確認したミサトは、賢明にも加速はせず、車をバックさせた。

 なぜならすでにミサトカーは最高速近くを弾き出しており、これ以上の急加速は不可能であったから
だ。さらに、ルパンダイブはその特性上、身体がほぼ直角に近い角度で地に落ちてくるため、その場か
ら遠くに逃げるよりも落下点から早く離れるほうが得策なのだ。

 最後にはどうせ、


 ズドォォォン!


 とまあ、犬神家状態になるのは判りきっているのだから。



 「……………………」

 「……………………」

 「んむー…………」

 停車したミサトカーの後方で、ピクリとも動かない紫色の下半身。マヌケだ。

 「な、なに考えてるのよ……ホントに…………」

 「だ、大丈夫なのかなぁ…………」

 「あー、うー……」

 三者三様のつぶやきを受け、エヴァ初号機、ここに沈黙――――――







 珍妙なアクシデントが途中にあったものの、ミサトカーは予定より若干遅れでジオフロント内のカー
トレインにまでたどり着いていた。

 「んくっ……んくっ……んくっ……」

 「はぁ~、よく飲むのねぇ~~~」

 「マイは食いしん坊ですから…………」

 マイに哺乳瓶でミルクを飲ませながらシンジが愛しげにマイの髪を撫でてやる。自動で走るカートレ
インのために手持ち無沙汰なミサトも、物珍しげにその様子に見入っていた。

 振動も音もない車内に、マイがミルクを飲む音だけが聞こえる。

 一心不乱にちくびに吸い付くマイを、シンジは目を細め、穏かな微笑を浮かべて見つめている。

 それを見たミサトは、

 (う~ん……こうしてるとシンジ君ってマイちゃんのお父さんみたいね…………

 ってまさかそんなことないだろうけどさ……………………)

 と、そんなことを考えつつ、なぜシンジが赤ちゃんを連れているのか聞いてみることにした。

 「ねえシンジ君?」

 「はい、なんですか…………あ、ちょっと待ってください」

 哺乳瓶のちくびから離れたマイの口元をハンカチで拭ってやるシンジ。

 マイもお腹がいっぱいになったらしく、『ぷぅ』と満足げに息をついて、シンジのシャツを掴み頬を
擦り付ける。今度は眠たくなったようだ。

 「よしよし…………すいません、なんですかミサトさん?」

 腕の中のマイを抱きなおしてしっかりと抱えてやると、ミサトの方に向き直った。

 「あ、うん……あのね、どうしてシンジ君が赤ちゃんを連れてるのかなー、って。

 親戚の子かなんかを預かったの?」

 「…………マイは親戚の子じゃないですよ」

 珍妙なごたごたであやふやになっていたが、いつかは聞かれることだとわかっていたことだった。

 確かに世間的にはまだ子供である自分が子連れだと思う人はいないであろうし、誰が知ってもその事
実を全面的に好意的に受け止めてくるれる人も、普通ならいないだろう。

 だが、シンジはこの件に関しては絶対にごまかすつもりなどなかった。

 「マイは……僕の娘です」

 「……………………は?」

 はっきりと言ったシンジに、予想通りミサトはマヌケな返答を返す。まあ、当然だろう。

 だからシンジはもう一度はっきりと言ってやった。

 「マイは僕の娘で、僕はマイの実の父親です」

 「……………………」

 「……………………」

 「……………………」

 しばしの沈黙が車内に走る。

 「…………義理の娘とか、親戚の子を娘として育ててるとかじゃなくて?」

 「違います。マイは確かに僕の血を分けた娘です」

 「シンジ君と……相手の女の子との…………愛の結晶?」

 「…………はい」

 最後の質問にはわずかばかりの躊躇があった。自分は確かに父親であるが、マイの母親が誰なのかは
依然として知れない。

 まあ、マイの容姿からしてある程度の予想はついていたが…………

 「…………なんてこと…………」

 ミサトが信じられない、といった口調でうめいた。

 (確かに…………そう思うよな、普通は…………

 でも…………ミサトさんには認めてもらいたい…………)

 もしかしたら自分のことを軽蔑してしまったかもしれない、という心配がシンジの心をよぎる。

 だが、シンジのその懸念は全くの杞憂に過ぎなかった。

 なぜなら…………





 (なんてこと…………あの歳で娘?妻帯者!?愛の結晶ぉ~~~!?

 ど、どこのどいつよ!あんな上玉捕まえた女はぁ!?あたしだって結婚してないのに~~!!!)





 葛城ミサト29歳。お肌の曲がり角をとうに迎え、嫁き遅れを本気で心配する女…………

 「そ、それでシンジ君……その不届き者、じゃなくてマイちゃんのお母さんはどうしたのかな~?」

 内心で色んなたぎるものを抱えつつミサトが聞く。

 が、シンジは黙したままなかなか口を開くことができなかった。

 さすがにその様子から不信なものを感じたミサトは、シンジの顔を覗き込んだ。

 「……シンジ君?」

 「…………わからないんです…………マイの母親が、誰なのか…………」

 「わからない?それってどういうことよ。

 まさか子供の作り方知らないってわけじゃないわよね。それをしたからマイちゃんが生まれたんじゃ
ないの?」

 「……………………」

 「シンジ君!?」

 次第に口調が厳しくなっていくミサト。無理もない話だ、彼女とて女性なのだから。

 だがシンジは若干は声のトーンが落ちたものの、毅然とした態度で言った。

 「母親は誰かはわかりません…………僕がここにきた理由は、その人を捜すためでもあるんです」

 「はぁっ!?いい加減なこと言うんじゃないわよ!?」

 「いい加減なんかじゃありません。今はまだ言えませんが…………いろいろあったんです…………

 そう…………たくさんのことが、いろいろと…………」

 「……………………!」

 そう言うシンジの顔を見たミサトは思わず息を飲んだ。

 その黒耀の瞳の輝きには、たとえようのないほどの悲しみと、強い意志を持つ者だけが手にできる深
みがたゆたっていたからだ。少なくとも14歳の子供にできるような瞳では、ない。

 (こんな子供が…………どうしてこんな目をしているの?

 いったいこの子はなにを見てきたって言うのよ…………)

 思わず背筋に寒気を走らせるミサト。





 確かにシンジは子供だ。それはあのサードインパクトの世界を体験したところで変わることはない。

 だが、今のシンジにはマイがいる。

 人は護るべき者を持つと強くなるというが、それはシンジにも同じことだった。しかも全てが壊れた
世界でたった二人きりで生きていかなくてはいけなかったシンジは、娘を護るために必要以上に強くな
らなくてはいけなかった。

 それがここまでシンジを成長させたのである。





 「信じてもらえないのはわかります…………でも、信じてください。お願いします」

 その声に我に返ったミサトに前に、頭を下げたシンジの姿が映った。

 「……………………」

 「……………………」

 二人の間に、しばしの緊張感が訪れる。

 「……………………」

 「……………………」

 そして先に口を開いたのはミサトからだった。

 「…………その理由ってやつ…………ちゃんと話してくれるんでしょうね」

 「はい。近いうちには」

 「そう…………ならいいわ。信じてあげる」

 緊張感をといてミサトはにっこりと笑った。

 「あ、ありがとうございます…………」

 「あー、いいのよ別に。頭なんか下げなくたって」

 喜色も露に再び頭を下げるシンジに、ミサトは慌てて手を振った。

 「よくよく考えてみれば、こんなことあたしが口出していい問題じゃないのよね。あなたと相手の女
の子の間のことなんだし…………ちょっち余計なお世話だったかしら?」

 「いえ……そんなことないですよ……」

 照れたように頭を掻くミサトに、シンジは意味ありげに返答した。

 「でも、なんちゅーか……すごいわよね~~~

 14歳で子持ちかぁ~~~。いろいろ大変でしょ?」

 「まあ……確かに大変は大変ですけど、やっぱりかわいいですから」

 「ふ~~~ん…………

 あのさ……シンジ君。ちょ~っちお願いがあるんだけど~~」

 「はい?なんですか?」

 そう言って手を合わすミサトは、心なしか上目遣いでシンジを見つめるのだった。







 「ミサトってば…………あれだけ遅れるなって言ったのに…………」

 独り言をつぶやきつつネルフの廊下を金髪黒眉の女性が歩いている。

 名前を赤木リツコといい、葛城ミサトの親友にしてネルフが世界に誇るマッドサイエンティストだ。

 別名『ネルフのDrヘル』

 その飽くなき科学への探究心は、親友を人体改造の実験台とすることも厭わないほどである。

 まさに理想的なマッド。マッドの鏡。マッド・オブ・マッドサイエンティストである。

 「まったく……どうせミサトのことだから飲みすぎで寝坊したとか、道に迷ったとか、スピード違反
で切符を切られてたとかそういう下らない理由なんでしょうけど…………」

 到着したエレベーターに乗り込み、相も変わらずぶちぶち独り言。意外と、いや、やっぱり危ない。



 うぃぃぃぃん チーン♪



 不機嫌なリツコを乗せてエレベーターは上昇し、目的の階で停止。リツコを吐き出した。

 「さて……統計からいけばこの階のどこかで迷子になってる確率が一番高いのだけど…………」

 さすがは科学者。ミサトの行動予測までデータから弾き出すとは。ネルフも意外とヒマなようだ。





 「あら、リツコ~~~?」

 と、その予測通り、向こう側の通路からミサトの声が聞こえてきた。

 (来たわねミサト…………)

 反省の色も何もなさそうな浮かれた声のトーンに、額に怒を表す刻印が浮かび上がる。

 「遅かったわね、葛城いち…………い?」

 構想に上がっている人体実験のうち、どれを施してやろうか、とか思いつつ振り向くリツコだったが、
思わぬものを目にして凍りついた。

 「…………」

 「?どしたの、リツコ?」

 ミサト。

 「……………………」

 「…………どうしたんですか?」

 シンジ。

 「………………………………」

 「……うー……ふぁぁ…………うー」

 そしてマイと順番に視線が動き、右手を額に当て何かを考え込むような顔になる。

 「あーう…………ふぁ…………」

 「あらあら、マイちゃん起きちゃったわねー」

 ミサトの腕の中で、マイが小さくあくびをする。

 自分の腕の中の小さなぬくもりと心地よい重みに、ミサトは目を細めてマイの髪を撫でた。

 マイも気持ちよさげに小さな手をふにふにと動かしてミサトの顔に伸ばしていたが、やがてそのつぶ
らなサファイアブルーの瞳をきょろきょろと彷徨わせ、目的のものを見つけると今度はそちらに手を伸
ばしはじめた。

 「ぱぁー、ぱーぁ」

 「あらら……やっぱパパのほうがいいみたいね~~~。ちょっち残念」

 「はははっ、そんなことないですよ。マイも大人しく寝てましたし」

 ミサトからマイを受け取りつつシンジが顔をほころばす。シンジの腕に抱かれたマイも、こちらに手
を伸ばしているミサトの手の指を握ってあどけなく笑っていた。

 平和な家庭の中にあるような穏かなその光景。

 だがそのすぐそばに、取り残されたように心中を嵐に見舞われている女性がいた。

 (そう……やっぱりそういうこと…………

 この私を差し置いて…………いい度胸してるわね、ミサト…………フフフ…………)

 無論言うまでもなくリツコだ。

 「ミサト……?」

 「ああ、忘れてた。なーにリツ…………ヒッ!?」



 おお見よ。笑みを浮かべて立つ、彼の者の姿を。

 全身から立ち上る妖気はヘビのようにうねり、三十路女だけが持つその邪気は天を突かんばかり。

 その瞳はギリシャ神話にありし伝説の妖女・メデューサのごとく輝き、見るもの全てを凍りつかせん
ばかりではないか。




 「ミサトぉ……?ウフフフフフ…………」

 「ヒッ、ヒィィィィ!なっ、なぁによぉ~~~!?」

 ミサトは梅図かずお調で悲鳴をあげつつ、隣りのシンジに視線で助けを求めたが、残念なことに彼は
英雄ペルセウスでなければ、鳥と二身合体した馬を連れているわけでもない。

 (む、無理ですよ~~~!)

 できることといえば、その圧倒的な妖気から愛娘を護ることだけであった。

 そうしてる間にもなおもリツコの妖気はミサトを圧迫していく。

 「ミサトぉ…………男爵と伯爵…………どっちがいいかしら?

 今ならどちらでも好きなほう選ばせてあげるわよ…………?」

 いつもの冷静さをかなぐり捨て、完全にイってしまった表情で意味不明なことをのたまうリツコ。

 だがミサトには充分通じていたらしく、

 「い、イヤァァァッ!?どっちもイヤァァァァァァッ!!」

 縦線を雨のごとく顔に降らせつつも絶叫した。

 「だ、だいたいなんであたしが改造されなきゃいけないのよっ!?

 こうしてシンジ君も連れてきたし……そりゃ少しは遅れたけど、まだ手遅れじゃないじゃない!」

 遅刻は遅刻でいちおうは認めるが、さすがに改造されなくてはいけないほどの遅刻ではないと、ミサ
トは激しく抗議。だがリツコにしてみればそれは往生際の悪い悪あがきにしか取れないようだ。

 「あら、そういうこと言うのミサト…………

 14歳の子供に手ぇ出したあげく、赤ちゃんまで作っておいてまだシラを切るつもりかしら……?

 抜け駆けは罪が重いって知ってるでしょう?」

 「…………は?」

 あまりに激しく勘違いしたリツコの言葉に、間の抜けた声で返答するミサト。

 「ちょっとリツコ…………あんたなんか勘違いしてなぁい?」

 「フッ…………ごまかすつもりミサト…………

 あそこまで堂々と仲を見せ付けておいて…………フフフ…………」

 (やっぱ勘違いじゃない…………)

 ミサトはそのことに気づき、安堵と呆れが7:3くらいの割合で混ざったため息をついた。

 「あのねぇ、リツコ。言っとくけどあたしとシンジ君は今日会ったばかりなのよ?そこんとこわかっ
てるわよね?」

 「フッ…………言い訳は無用よミサト…………

 ならそこにいる赤ん坊はいったいどういうことなの?それが動かぬ証拠ではなくって?」

 「あ……あの…………」

 完全に意識をあっち側に吹き飛ばしていると思われるリツコに、シンジがさすがに横から割って入る。

 しかしリツコの妄走は止まらない。

 「碇シンジ君ね?安心なさい。すぐにこの私があなたを解放してあげるから。

 あなたまだ若いんだから、こんな人間失格女に騙されて人生を棒に振っちゃダメよ」

 「…………コラ」

 「いや、そうじゃなくって…………」

 「ミサト、あなたも見下げ果てたものね。こんな純粋な子供を騙すなんて…………

 そこまで追い詰め……いえ、餓えていたの?」

 「…………ちょっち待て」

 「あ、あの…………だから僕とミサトさんは別にそういう関係じゃなくってですね…………」

 「……いいのよ。ミサトにそう言えって脅されているのでしょう……?

 ミサト…………取り返しのつかないことしといて、体面を気にしているというの?そんなことしなく
たって、あなたにショ○気があるなんてこと、みんな知っていることよ」

 「えええっ!?」

 明かされるミサトの秘密に驚きの声をあげるシンジ。心なしかミサトと距離を開けていたりするのは
ご愛嬌である。

 一方、内緒の趣味をばらされたミサトはといえば――――

 「…………ふーん…………

 最近みんながあたしを見る視線が変だ変だと思ってたんだけど………………そう、あんたの仕業だっ
たわけね赤木博士…………?」

 クックックッ…………とこちらもまた不穏な笑みを漏らしつつ、背後に陽炎を立ち昇らせる。

 「どうせいつかはばれることだったんだから…………先に暗黙の了解を取っておいたほうが後で傷つ
かなくっていいとは思わないかしら?」

 「あ、あの?お二人とも?」

 「そうねぇ…………あんたが同性○好者だってこともすでに暗黙の了解だもんねぇ…………」

 「…………そう…………

 最近、なんかマヤがやけに私に熱い視線を送ってきてると思ったら…………フフフッ…………」

 「なんか…………脱線してませんか?」

 必死に空気をこっちの世界に戻そうとするシンジの努力も虚しく、その場に流れこんでくる電波は最
高潮に達し、そして…………

 「ミサトぉぉぉぉっ!!」

 「リツコぉぉぉぉっ!!」

 二人の中央で激しくスパーク。

 第一回ネルフ杯争奪、嫁き遅れ女タイトルマッチのゴングが鳴った。





 「だ、だめだこりゃ…………」

 シンジは全身にドリフ色の空気を纏いつつ、危険がヤバすぎることを直感して、マイを連れてその場
から早々に退避するのだった。







 ―――――――しばらくおまちください  BYぽけっと―――――――







 シンジ離脱から約10分後――――――



 「そ、そうならそうと…………早く言いなさいよミサト…………」

 「だ、だからなんども言ったじゃないのよ…………」

 二大怪獣大決戦はどうやら引き分けに終わったようだった。

 曲がり角の影から某ねーちゃんのように戦いの様子を見守っていたシンジが、恐る恐る出てきて満身
創痍の二人に声をかける。

 「ふ、二人ともズタボロですね…………」

 「ま、ね…………」

 全身に引っかき傷や青タンを作ったミサトが疲れきった声で返し、今度は同じようなざまのリツコが
シンジに話し掛ける。

 「シンジ君…………話はミサトから全部聞いたわ」

 「はい」

 「正直信じられないような話だけどね…………14歳で子持ちなんて…………」

 「普通はそうだと思います」

 事実シンジが経験し、マイを得るようになった経緯ははっきりと常識外の出来事を経てのことなのだ
から仕方ない。近いうちにリツコにも話しておく必要があるだろう。

 「まあ、ミサトがこんなことでウソついても得にはならないだろうし、信じてあげるわ。

 ただし、ちゃんと私にも理由は話してもらうわよ…………いちおう女だしね、私も…………」

 「もちろんです」

 「……そう、ならいいわ」

 シンジにしがみつくように抱かれているマイにちらりと視線を送り、微笑むリツコ。

 「ところでこんなとこでずいぶん時間食っちゃったけどさ、使徒のほうはどうなったわけ?」

 恐らく今世界で一番重要なことを、思い出したように言うミサト。ホントにこれでネルフの作戦部長
なのだろうか?緊張感まるで無しである。

 だが、それに対しリツコもさして気にした風でもなかった。

 「使徒ならレイのハリ○ケーン・ミキサーを喰らって自己修復中よ。MAGIの予想では再侵攻まで
まだ多少の余裕があるわ」

 「ふ~ん…………んじゃ、初号機は?レイの妄走で地面に頭から突っ込んでたじゃない」

 「パイロットのレイが気絶したから、あのままで回収したわ。ちょうど突っ込んだ場所が退避口の直
上だったのが幸いしたわね」

 「あのままって…………逆さのまんまで?」

 「そ…………装甲の一部に欠損が見られるけど、それ以外は全て正常よ」

 「…………レイは?」

 ミサトが若干うんざりしたような様子でレイのことを聞く。まあ、無理もない話かもしれない。一歩
間違えれば自分もシンジも今頃はスルメかいったんもめんだったのだ。

 「もちろん回収したわ…………回収班の報告によると、気絶しながら笑っていたそうよ…………

 おかげで回収班にも何人か精神汚染の被害が出たわ…………」

 「またぁ!?これで何人目よ!?」

 「今週に入って合わせて20人弱ってところかしらね…………」

 額に人差し指を当てて、憂鬱なため息をつくリツコ。

 それを横で聞いていたシンジは後頭部にでっかい汗をたらしつつ、

 (あ、綾波…………君はいったいどうしちゃったんだい…………?)

 テンションアップしていく嫌な予感に背筋を濡らしていた。







 そんなこんなで通常よりもたっぷりと時間をかけてようやくケイジにたどり着いた一行。

 シンジはそこで14ヶ月ぶりに初号機=母と対面したわけだが…………

 「角が…………折れてますね…………」

 「さっき犬神家になった時にね…………」

 そう。初号機の額についていたトレードマークとも言える角が根元から無くなり、初号機の頭はまさ
にツンツルテンになっていた。装甲の欠損とはこのことだったらしい。

 (母さん……なんておいたわしい…………)

 思わずつーんとくるものをこらえるシンジ。

 そこに頭上高いところから懐かしいダミ声が降ってきた。

 「久しぶりだなシンジ」

 「!!…………父さん…………」

 複雑なものを心に抱きつつ父を見上げる。

 あの頃と何ら変わりない父の姿。当然だ。シンジは時間を遡ったのだから。

 (父さん…………僕を捨てた父さん…………一度は恨みもした父さん…………

 でも…………)

 もう父を恨む気持ちはシンジの中にはとうになくなっていた。それはサードインパクトが起きた時に
父の気持ちを知ったからか、それとも自らの手で父を殺してしまったからなのか。

 (多分、どっちも違う…………きっと僕も父親になったから…………)

 自分の父親であって欲しいという以前に、マイにとってはよい祖父であって欲しいと思うシンジ。

 昔自分が味わった悲しみを、マイには感じて欲しくないと思うのだ。同時に、自分ももう一度父であ
るゲンドウとやり直したいと思う気持ちも当然ある。

 シンジは意を決してゲンドウを見上げ、声を張り上げた。

 「父さん!!」

 「…………なんだ」

 腕に抱いていたマイの脇から手を添えて、ゲンドウに良く見えるように掲げた。

 「僕の……僕の娘だよ…………マイって言うんだ…………」

 「…………なぬ?」

 「うー……ぱぁ~?」

 マイはいきなり自分を掲げた父の行動を不思議に思ったのか、シンジのほうに首を傾げつつ、手足を
小さくぱたつかせた。

 「マイ……僕の父さんだよ。マイのおじいちゃんだ」

 「う~~~」

 父に言われて、マイは子犬がうなるように、サファイアブルーの瞳でゲンドウを見つめ、2・3度ぱ
ちくりした。

 いきなり現れたサードチルドレンが子持ちだということに驚く発令所の職員たち。

 だがその後に起こる出来事に比べれば、そんなものは通常のザク赤いザク以上の差があった。

 「あーうー…………じぃ?」

 「そうだよ、おじいちゃんだよ」

 ぱたぱたと手を振るマイを凝視するゲンドウ。

 と、突然いきなりその場からその姿が消えた。

 「…………父さん」

 もしかしたら逃げてしまったのか、と不安な気持ちに駆られるシンジ。



 だだだだだっ だっ!がんっ!がががががっ! ぬおっ!ぬおっ!ぬおおおおっ!?

 ごろごろごろごろごろ がしゃああん! ぐはぁっっっ!!




 「…………父さん」

 「…………司令」

 消えたその直後、どこからか聞こえてくる謎の鈍音に、別の意味で不安に駆られるシンジとネルフ職
員のみなさん。





 そして数分後、



 「…………ふっ、問題ない」

 どこをどう見ても問題ありそうな満身創痍の姿でシンジたちのもとにゲンドウが再登場した。

 「…………」

 無言のままシンジのもと、いや、正確にはマイのもとに近づくゲンドウ。

 「……………………」

 「……………………」

 「……………………」

 「「「「……………………」」」」

 こちらもまた無言でそれを見守るシンジ、ミサト、リツコ、そしてネルフ職員のみなさん。

 「うむー…………」

 そしてマイは自分を無言で見下ろすゲンドウを、まるで全てを見通しているかのような穢れなきつぶ
らな瞳でじっと見つめた。

 「あうー…………」

 「……………………」

 見詰め合う中年髭親父とあどけない赤ん坊。

 そして先にアクションを起こしたのはマイのほうからだった。

 ちいちゃな手をゲンドウの顔に伸ばし…………

 「「「ああっ!」」」

 周囲の声も無視し、その髭をむんずと掴んだのだ。

 髭を掴む赤ん坊と、掴まれている中年髭親父との対峙。妙にシュールな光景ではある。

 「あー♪うー♪じぃ~、じーぃ♪♪」

 マイはさっきからずっと気になっていたそれを手にし、やけにご機嫌な様子であどけなく笑う。

 シンジはそんなマイを微笑ましく思いながら見つめ、ゲンドウに対しては若干の不安をこめて様子を
気にする。

 そしてそんなシンジと、同様に息を飲む一同を前にし、ついにゲンドウが動く。



 「…………ふっ」

 ニヤリ

 「あうー♪」

 にぱぁ

 「ふふふ」

 ニヤリニヤリニヤリ

 「あーうー♪じぃー♪」

 にぱぁにぱぁにぱぁ

 「ふふふふふ…………ふふふふふふふふふはははははははははは」

 ニヤリ×∞

 「あーう、きゃははは♪あうーあー♪ぷぁーう♪♪」

 にぱぁ×∞



 「いけない!ミサト!!」

 「わ、わかってるわ!

 日向君!?至急、衛生兵を一個中隊編成してケイジ及び発令所にまわして頂戴!!」

 微笑ましいんだか怪しいんだかさっぱりワケわからん光景を前に、ミサトはそう指示を出した。

 確かにレイのニヤリ笑いの師匠であるゲンドウのアレがここまで炸裂したのである。非常事態には違
いなかろう。事実、要救助者はケイジをはじめとするネルフの施設内各地において多数存在していた。

 「ミサト、あなたは大丈夫なの……?」

 「どうにか……こうにかね…………シンジ君は?」

 「僕もまあ、なんとか…………でもやっぱり効きますね…………」

 ミサトやリツコ、そしてそれを至近距離で喰らったシンジも足元がちょっぴり震えていたが、さすが
に彼らは一般人に比べてタフであった。

 「ふっ…………」

 そんな状況に気づいているのか無視しているのか、ともかくゲンドウは最後のニヤリを一発かまし、
マイを抱いているシンジに向き直る。

 「父さん…………」

 「…………よくやったな、シンジ…………」

 「父さん…………それじゃあ、認めてくれるの?

 マイのこと…………僕のことも!」

 「ふっ…………当然だ。私とて人の子だ……………………今まですまなかったな……シンジ……」

 「父さん!」

 前ふりで多大な被害を出したものの、こうして感動の親子の和解は成ったのだった。





 が、やはりオチはつけなくてはいけないだろう。

 「あーう……じぃ、じぃ~~~♪」

 楽しげにゲンドウの髭を引っ張るマイだったが…………不意にその手に力がこもったかと思うと、

 「あうっ!♪」



 ぶぢぃっっっ♪



 「ぬおおおぉぉうっっっ!!?」

 「父さん!?」

 「司令!?」

 「司令の……ヒゲが!?」

 「あうー♪」

 豪快な音の後に、ちいさな手の中に収まる黒い塊……ゲンドウの髭。そして嬉しそうなマイ。

 「のおおおおおおっっっ!!」

 萌えているわけでもないのにごろごろその場を転がるゲンドウ。まさに悶絶髭地獄

 「父さん!大丈夫!?」

 「も、問題ない…………」

 駆け寄るシンジにゲンドウは健気にもそう言って返すが、上げた顔は…………

 「と、父さん…………」

 「し、司令…………」

 「おいたわしい…………」

 一同がそう言って目頭を抑えてしまうほどに問題ありまくりだった。

 何故なら今のゲンドウは、



 半ヒゲ



 だったからだ。

 「ぬぅ…………」

 どうにか立ち上がったゲンドウのバランス感覚がおかしくなっていたのはもはやお約束である。







 電波色の混乱に包まれている初号機ケイジ。そこに発令所からモニターを通じて、冬月副司令からの
通信が入ってきた。



 もちろん、『どこにそんなモニターがある』なんてツッコミをしてはいけないぞ。



 所在不明の謎のモニターに映った冬月は、傍目にも不機嫌丸わかりの様子で声を荒げた。

 『碇!なにを遊んでいるのだ、使徒が……ぶふぅぅぅぅぅっ!!!』

 が、半ヒゲになったゲンドウのツラを見た瞬間、速攻で沈黙。老人の心臓にはやはり酷だったか。

 ともあれ、冬月はこれにて出番終了。

 おかげで空気が電波色からお通夜色になってしまったが、ミサトがどうにか気を取り直そうとする。

 「し、司令!発令所からの報告によりますと、使徒が自己修復を完了、現在こちらに再侵攻を開始し
たとのことです」

 「うむ…………シンジ」

 「な、なに……父さん?」

 半ヒゲのツラを突きつけられ、シンジもちょっと引いてしまうが、なんとか持ちこたえる。

 「おまえがこれに乗って使徒と戦うのだ」

 事ここに至ってようやくエヴァの話に入れた。長すぎる前ふりだった…………作者も疲れたよ。

 目線で初号機(ツンツルテン仕様)を指すゲンドウに、シンジも静かに頷く。

 「わかってるよ、父さん……でもその前にやっておかなくちゃいけないことがあるんだ」

 「なに?」

 この期に及んでまだ話を引っ張るつもりらしい。

 シンジは髭を握ったままのマイを抱きなおして初号機の前に進み出た。

 「母さん…………」

 「なにっ!?」

 「!?」

 初号機に向かってぽつりとつぶやくその声をゲンドウをはじめ、リツコは聞き逃さなかった。

 「シンジ!?なぜおまえが……!!」

 「…………知ってるよ、父さん…………全て…………

 ゼーレのこともエヴァのことも…………父さんがなにを願っているのかも、全部ね…………」

 「シンジ…………」

 瞳に悲しみをたたえて告げるシンジ。

 対してゲンドウは、サングラス越しにも戸惑いを隠すことができなかった。

 「その理由は後で全部話すよ…………だけど今は…………」

 そこでもう一度初号機に向き直る。

 「母さんに紹介しておかなくちゃ。僕の娘……マイのこと」

 「…………そうだな」

 微笑んで言うシンジに、ゲンドウも静かに首肯した。

 「司令……」

 「良いのだ赤木博士…………」

 やってきたリツコを片手で制し、憑き物の落ちたような表情を見せる。

 「シンジがなぜ全てを知っているのか知らぬが…………嘘は言ってはおるまい。

 ならばもう、我々が何をしたところで無駄だ。全ての要はシンジにあるのだからな。それに…………」

 髭を握った手をふりふりしているマイを見る。

 「あの子の瞳に…………人類の絶望を見せるわけにはいくまい…………」

 「そうですね…………」

 「今まですまなかった…………リツコ君…………」

 「…………はい」

 真剣な顔で告げるゲンドウに、リツコは今にも涙を流しそうなほど頼りない表情で頷いた。

 リツコの苦悩の日々はここに終わったのだ……………………が、半ヒゲ。周りから見れば意外
と笑わしてくれる光景ではある。





 初号機の中に眠る母にマイを見せてやりながら、シンジは半分涙目で話し掛ける。

 「母さん…………僕に娘ができたんだ。僕…………父親になったよ。

 名前は、マイっていうんだ」

 「あー?」

 今日はどうにも脇から抱えられることが多いなぁ、とマイは不思議顔で首を傾げた…………ように見
えなくもない。

 「マイと一緒に暮らすようになって…………親の気持ちっていうのがはじめてわかったような気がす
るよ。どうして母さんがエヴァの中に入ったのか…………今ならなんとなくわかるような気がする。

 マイがこれから先幸せに暮らしていくためなら、僕はきっと神にも悪魔にもなれるから」

 手の中のぬくもりとやわらかな感触を心底愛しく感じるシンジ。

 ゲンドウたちはそうして母に語りかけるシンジを黙って見つめていた。

 「だから僕はこうして戻ってきたんだよ…………マイにあの世界で一人になって欲しくなかったから。

 それから…………僕ももう一度みんなとやり直したかったから……………………

 母さんや父さん……ミサトさんたちにも、マイを抱いて欲しかったから…………」

 熱をこめてそう告げるシンジの目には、その時初号機の両眼が確かに光を帯びたような気がしていた。

 「シンジ」

 「父さん…………」

 そのシンジの隣りにゲンドウが並び、初号機の巨大な顔を見つめながらシンジの肩に手を置いた。

 「ユイ、シンジは…………シンジは私たちの手を離れても立派に育ってくれたようだ。まさか……こ
んな私に孫を見せてくれるとは思わなかった…………

 だが、おかげで私も目が醒めた。この子に、マイに悲しい思いをさせてやるわけにはいかん。この子
は…………私に笑顔を見せてくれたのだからな…………」

 見えない瞳に穏かな光をたたえ、初号機の中に眠る妻に話し掛けるゲンドウ。その声が届いているか
どうかはわからない。が、今はそうするべき時だった。

 シンジは初めてのそんな父親の姿を、感激と共に見つめていた。



 その父親があんなことになるとは、その時いったい誰が予想しただろう。



 「私ももう、年老いた…………じいさんと呼ばれてもよい頃なのかもしれん…………そして…………」

 ニヤリ、顕在するゲンドウスマイル。後ろに続く余計なひと言。

 「ユイ。おまえも今日からばあさ」



 ざばぁ



 『ん』と、最後までその言葉を言い切れないうちにプールから初号機の腕が飛び出し、



 どびしぃっ!!



 「ぐおはぁっ!!」

 「!!と、父さぁん!!」

 「し、司令!?」

 初号機の指による、ごっついデコピンがゲンドウを直撃し、空気の壁を破って吹き飛びケイジの壁に
激突した。無論、ゲンドウは沈黙。

 と、そんな超・お通夜色になったケイジに、発令所に詰めていたはずのマヤが息を切って入ってきた。

 「セ、センパイ!大変です!!」

 「!?なに、どうしたのマヤ!?」

 「初号機の素体に…………青筋が浮かんでます!!」

 「なんですって……!?

 まさか……ばあさん呼ばわりされて怒っているというの?初号機が…………」

 「…………いける!!」

 驚愕の事実に、妙に根拠のない自信たっぷりな表情でミサトが拳を握る。

 いったいなにがどうして、どこに行くというのか説明して欲しいところだ。





 「……………………」

 シンジはしばらく血まみれで、な~んか間違った方向に首が曲がっているゲンドウを心配そうに見て
いたが、やがて初号機に向き直り、

 「か、母さん…………そりゃ確かにその……父さんは余計なこと言ったかもしれないけど…………

 今のはちょっとやりすぎ…………なんじゃないかなー、って……思うんだけど?」

 恐る恐る母に進言した。まあ、無理もない。

 初号機も中指をまっっっすぐに伸ばしたデコピンの体勢で、心なしか反省したように見えなくもない。

 「あー、うー…………」

 そしてマイは、痙攣中のゲンドウと反省中のユイとを交互に見やり、

 「うー、むーう……」

 なにかを思い出すかのようにちいさく首を傾げ…………不意に初号機を指差しひと言。

 「……ばぁ?」

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 周囲の人々が完全に自我を凍結させる中、再びマイが『その』言葉を口にする……全くの他意もなく。

 「ぱぁー……ばぁ?」

 シンジの顔に窺うような瞳を投げかけつつ、初号機を指差すマイ。

 「あ~~~、えっ……と、ね」

 「うー……ぱぁ~~…………ばぁ?」

 ま白い頬をわずかに紅潮させ、まっすぐな瞳を向けてくる娘を見たら、どんなに答えにくかろうと父
親としては正直になるしかあるまい。

 「え~と……うん、まあ……マイの…………言う通りだよ。うん。そうなんだけど…………」

 「あー!♪♪」

 しどろもどろに肯定の頷きを返す父親に、マイは表情をぱっ!と輝かせた。どうやら自分の予想が正
しかったのがよほど嬉しいらしい。

 手足をぱたぱたと振り回し、それはそれは嬉しそうに口舌の刃を振るいまくる。

 「ばぁ~♪ばぁ、ばぁ、ばぁ~~~♪ばぁ!あう~~~♪♪」

 ちなみに言うまでもないが彼女に他意は、まっっったくない。

 「か、母さん…………マイはまだ赤ちゃんだから……さ。気にしないでよ…………」

 ずーん、と雰囲気が重たくなったのが事情を知らぬ者からでもわかる初号機に、シンジはそう言って
慰めの言葉をかけるが、もちろん効果ナシ。





 「マ、マヤ…………初号機の様子はどう……?」

 「…………泣いてます…………」

 「そう…………ブザマ……とは言えないわね、これは…………」

 「きっっっついわよね~~~、これは…………」

 リツコとマヤ、そして事情をよく知らないミサトまでもが悲痛な表情になっていた。



 (おいたわしや…………)



 これがその場にいる者の総意であったことは言うまでもない。







 どどおおぉぉぉん……



 と、段落ついていきなりだがすさまじい振動が初号機のケイジを襲った。

 「はっ、使徒の攻撃!?」

 そう。珍妙なストーリー展開ですっかりお忘れかも知れないが、現在第三新東京市は使徒の侵攻にさ
らされ、結構いい感じに危険がヤバイ雰囲気になっているはずなのだ。

 「リツコさん!こうしているヒマはありません、僕が初号機で出ます!早く準備を!!」

 凛々しく引き締めた表情のシンジだが、



 どどおおぉぉぉん……



 それにリツコが答える前に再び使徒の攻撃がネルフを揺るがし、ケイジの天井が崩れ始める。

 揺れる足元と崩れ落ちるガレキに誰の物ともつかぬ悲鳴があがる中、

 「!?危ないっ!!」

 その場を支配する全ての音を圧し、よく通る声が響き渡った。

 そう。

 シンジの声が―――――――――ユイに。





 ごわぁぁぁぁん……あんあんあん…………





 その音と共に揺れも収まり、視線という視線全てが初号機を貫く。

 『ドリ○ターズ…………』

 初号機の頭部に直撃したガレキが何故だか金だらいに見え、その場にいた者は一人の例外もなくその
単語を心に浮かべた。







 そして本日いいとこまるでなしのユイは、初号機のコアの中で思っていた。



 いったいこの自分の扱いはなんなのか?そもそもこの物語の真のヒロインは自分ではないのか?

 それなのになんだ。

 10年前に生き別れた息子に会えたのはいい。その息子が可愛い孫を連れていたのもすごく嬉しい。

 だが翻ってみれば、妄走少女のおかげで意に添わぬルパンダイブを敢行する羽目になるわ、そのせ
いでヘアースタイルが乱されるわ、頭に痛いものがぶつかってみんなに変な目で見られるわ…………

 そ、それに……それに……!

 よりにもよってこの自分が…………ば、ば、ばあさ…………!

 まだ自分は27歳なのだ。そこで自分を見ているパツキン(死語)やイケイケ(死語)よりもずっと
若々しくってお肌もつやつやなのに…………!

 なのに……グスッ……なのに……ヒック……!



 考えれば考えるほど悲しくなってくる。

 ユイの中に溜まったストレスという名のやり場のない怒りは、臨界寸前であった。

 そしてついに…………



 もう、もう……!



 もう、辛抱たまらんわよ~~~っっ!!!




 臨界突破。







 「うおおおおぉぉぉぉぉん!!!」



 がばぁ!とプールの中から初号機が身を起こす。

 「初号機が!?まだエントリープラグも挿入してないのに……………………まさか!?」

 「暴走!?」

 「か、かあさぁん!!!」

 「ばぁ~~~♪♪」

 うろたえる人々(一部例外あり)をじっと見下ろす初号機。

 「……………………」

 「……………………」

 「……………………」

 「……………………」

 そして――――――



 「うおおおおぉぉぉぉぉん…………」



 ざばっざばっざばっ ばきゃっ! がしょんがしょんがしょん……



 妙に悲痛な声で唸り声を上げると、ケイジの出口である鉄網を突き破ってアンビリカルブリッジを自
らの足で駆け抜けていった。





 「マ、マヤ…………?」

 「初号機…………やっぱり泣きっぱなしでした…………」

 「そ、そう…………」

 「ありゃあ……みのもんたに電話してもおかしくない勢いだったわね~~~…………」

 「母さん…………おいたわしい…………」

 「うぶ~~~……」

 その場の一同、目頭に熱い物をこらえつつ、つぶやくのだった…………







 そして初号機はそのままネルフ本部内を走って走って、5番射出口から地上に出撃。

 出たところにたまたま居合わせた第三使徒サキエルがどういう末路を辿ったかは言うまでもない。



 げに恐るべきは女性のヒスとやつあたりか…………

 サキエルに一同、黙祷。チ~ン♪











 一方その頃――――――





 「わたし……なぜここにいるの……?」

 ネルフ本部内にある緊急治療室で、首にごっつい極太のギプスを巻いたレイがつぶやいた。

 ちなみにその病室の鍵という鍵全てが厳重にロックされていることは言うまでもない。

 「わたし……今頃はケイジで碇君と一次的接触してるはず。

 それで合体で妹か弟で母親で大願成就のはずなの…………」

 なにを言っているのかさっぱり意味がわからないが、彼女にとっては大切なことらしい。

 「なのになぜ……………………

 そう……もう、ダメなのね…………わたし、出番削られたのね…………」

 舌打ちでもしそうなほどに苦々しく裏話をつぶやき、ごろりと転がって天井を見上げると、

 「!!」

 突如その赤い瞳をかっ!と見開いた。

 「知らない天井…………そう、一緒……碇君と一緒…………

 これも絆。わたしと碇君の絆ね…………ふふふふふふ…………」

 そして壮絶に綾しい笑みを綻ばして、様子をモニターしていた諜報部員を昏倒させたのだった。








 作者の戯言



 なんか…………妙にシンジが目立ってないような…………主人公なのに。

 まあ、彼がマトモである以上、どうしても受け側の立場になってもらうしかないわけで…………



 前半と後半でギャグのテンションと質が違う第一話です。

 果たしてこんなもんでウケを取れるのかどうか…………心配ですが、まあ書いてた本人は楽しかった
ので良しとしましょう。

 次回はまず冒頭で残ったあの人たちが出てくるでしょう。とりあえずマトモな物にはならないので、
覚悟の程をそれなりにしておいてください(^^;)



 では、また次回にお会いしましょ~~~

 感想・ご意見等いつも通りにお待ちしてます。





ぽけっとさんへの感想はこちら


Anneのコメント。

そして、始まったのが娘を連れたシンジの逆行物だったんですねっ!!
しかし・・・。あれですな?
あくまでシンジだけはマトモなのに、周囲がギャグキャラと言うのが妙におかしい雰囲気を放っていますね(笑)
あとこのタイトルを見て思い浮かぶのは、やはり約10年前の名作『ママは小学4年生』ですね(爆)

>歴史通りであればここで揺らめくように消えていくはずなのだが、何故だかその場に残ったままシン
>ジの背中に熱いまなざしを送っている。そして、
>『…………(ニヤリ)』
>と、激しく綾しいニヤリ笑いを浮かべたものだが、もちろんシンジがそれを知ることはないのだった。

振り返っていれば、シンジはきっと元の世界に帰っていたのではないでしょうか?
また、マイは泣き喚いて母親を拒否していた・・・。
いや、ゲンドウのニヤリ笑いにも耐えるくらいですから大丈夫か?(^^;)

>(待ってて碇君、マイ…………いま行くわ……!)
>こうしてレイの『明るい家族計画』は発動されようとしていた。

それって・・・・・・。2人目も作るって事?(笑)

>(母さん……なんておいたわしい…………)
>思わずつーんとくるものをこらえるシンジ。

今回、各所に『おいたわしい』の表現が出てきましたが、私的に妙に気に入りました(笑)
何て言うか、年齢不相応な表現がなんとも言えません(^^;)

>「私ももう、年老いた…………じいさんと呼ばれてもよい頃なのかもしれん…………そして…………」
>ニヤリ、顕在するゲンドウスマイル。後ろに続く余計なひと言。
>「ユイ。おまえも今日からばあさ」
>ざばぁ
>『ん』と、最後までその言葉を言い切れないうちにプールから初号機の腕が飛び出し、
>どびしぃっ!!
>「ぐおはぁっ!!」

やはり、エヴァにおいて『ばーさん』は禁句なのか?(笑)
まあ、ユイはまだまだうら若き27歳の乙女ですからね。
さすがに『ばーさん』は辛いか?(^^;)



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