「ん〜…クリームチーズは何処だったっけ、クリームチーズはっと…」

「パンの大きさは…こんなもんでいいかしらね…?」

「あ…卵買うの忘れてた…」

 

その日の葛城邸は、誰かがキッチンをパタパタと駆け回る忙しない雰囲気で、朝を迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【 TIP OFF 】

 

第十四話『動き出す朝』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…そうよね…いくら考えたところで答えが出ないんだから。

 

クリームチーズを電子レンジで温めつつ、胡桃を細かく刻みながらアスカは思う。

 

…それなら、能動的に答えを求めていくべきよね!

 

チン!という電子音に乗せるように、うんうんと一人頷いたりする。

それから電子レンジの中を覗き込んで、クリームチーズの具合に満足すると加熱された容器に気をつけつつ

取り出し、中のクリームチーズを練り始める。

 

…だいたい、一人でウジウジしてるってーのがそもそも性に合わないのよね、あたしは。

 

よく練ったクリームチーズに先ほどの刻んだ胡桃をぱらぱらと混ぜ合わせつつ、どこか自分に言い聞かせる

ように、そんなことを考える。

 

…だったら、アイツの近くに行って。

 

胡桃がいい感じでクリームチーズに混ぜ合わされたのを見るにはいささか真摯過ぎる表情を浮かべて、ふと

それに気づいたように苦笑し、冷蔵庫を開けて中からプロシュートの包みを取り出す。

それから、あらかじめ用意してあった丁度いいサイズに切られたパンに先ほどの胡桃入りクリームチーズを

たっぷり塗りたくり、その上にプロシュートを乗せて手際よくサンドする。

 

…それで、あたしが。

 

そうして幾つか胡桃チーズサンドを作ってから、今度はフライパンにオリーブオイルを敷いて火をかけてから

、予め洗っておいたグリーンアスパラ・セロリ・にんじん・ピーマン・たまねぎを次々と長さを揃えて薄切り

にしていく。

黙々と手を動かしながら、それもまたアスカの表情はどこか思いつめたようなものに変わっていく。

 

…あたしが何を感じて、何を想うのか。

 

薄切りにした野菜を入れられ、盛大な音を立てるフライパンを起用に操る。

勿論菜箸で炒め具合を調整しながら、塩・コショウで味を整えることを忘れない。

 

…ま、それを確かめれば良いだけの話よね、ウン。

 

コンロの火を消してから、また変に意識しだしてしまっていた自分を茶化すようにおどけたような表情で一つ

二つ頷き、炒められた野菜を容器に移す。

それから、今度は軽くトーストしたパンにマスタードを薄く塗ってから、それをサンドしていく。

 

…それで、その。

 

そんな手順で温野菜サンドを幾つか拵えてから、今度はアボガドと紫たまねぎを薄切りにしていく。

どこか、居心地の悪そうな、気後れするような、そんな表情で。

 

…ついでにとゆーか…えっと…なんとゆーか。

 

これまた、丁度いいサイズに切られたパンに薄めにマヨネーズを塗っていく。

 

…あのオンナとも話てみれば…その…いいんじゃないの?

 

眉根を寄せて、うーんと唸りながら冷蔵庫を開けてスモークサーモンの包みを取り出す。

 

…ウン。

 

目を瞑って腕組みをして殊更大仰な仕草で一つ頷いてから、アボガド・スモークサーモン・紫たまねぎの順

にサンドしていく。

 

…と、とにかく!

 

気を取り直すようにして、出来上がった三種類のサンドウィッチを並べる。

 

…今日のあたしは、昨日のあたしとは一味も二味も違うんだからっ。

 

サンドウィッチを握りつぶさない程度に力みながら、それをランチ用のバスケットにつめていく。

 

 

 

 

「…よし…完璧ね」

「ふぁ…おはよう、アスカ…」

 

サンドウィッチがつめられたバスケットを、満足そうに眺めていたアスカの背を見つけてぼさぼさ頭を撫で

つけながらあくびまじりの声を出しながら、いかにも寝起きといった気だるそうな顔でミサトがリビングに

入ってくる。

 

「おはよ、ミサト」

 

くるっと振り返って、ニッコリと晴れやかな笑みを浮かべるアスカに、ミサトは内心安堵の溜息をつきな

がら、相変わらずぬぼーっとした表情のままダイニングのテーブルにつく。

 

「いいわねえ…朝からご機嫌で…」

また大きなあくびを一つして、恨めしそうな視線をアスカに投げかける。

 

「フフン〜、言っとくけど今日のあたしは昨日のあたしとは一味も二味も違うわよ?」

そんな視線をまるで気にする様子も見せず、アスカは得意そうに笑う。

 

「へえ〜」

テーブルにつっぷした顔をアスカの方に向けながら、ミサトは気のなさそうな返事で返す。

 

「どう、このおべんと? 完璧でしょ? 美味しそうでしょ?」

 

ミサトの眼前に、サンドイウィッチの詰められたバスケットをトンっと置いて、アスカは腰に手を当てて、

誇らしげに胸を張る。

 

「あら、ホント…美味しそうね」

 

「でしょ?」

にゅっとバスケットに伸びたミサトの手をズピシッとはたきながら、えへへっと笑う。

 

「うう…いいじゃない、ちょこっとくらい…」

はたかれた方の手を摩りながら、ミサトは口を尖らせる。

 

「…ったく。ちゃんと朝食用に多めに作った分があるってば」

はあっと溜息をつきながら、アスカはキッチンを指差す。

 

「ありゃ、そりは失礼」

ぺちっと自分の頭を叩いてから、ミサトは愛想笑いを浮かべておもねるようにアスカを見上げる。

 

「あ、シンジんとこ寄ってくからあたしもう出るわね、ミサト」

頷いて見せるや否や、そそくさとキッチンに向かったミサトの背に、鞄の中身を確認しながら言葉をかける。

 

「ん〜了解〜…って…アスカ?」

怪訝そうに首を傾げてから、ふと壁を見上げるようにしながらミサトが言う。

 

「なによ?」

用意万端整った状態で、こちらもそんなミサトの様子に怪訝そうに首を傾げるアスカ。

 

「今日って…シンちゃん朝練ないの?」

 

「…あ」

思わずあんぐりと口を開けてしまうアスカ。

 

「っていうか、この時間だともう遅刻すれすれじゃないの?」

 

「…ああっ!!」

ばっと慌てて腕時計に視線を落とすアスカ。

 

「…最初から思いっきりアヤついちゃってるわねえ」

慌てて玄関に向かうアスカの背を見送りながら、ぼそっとミサトが呟く。

 

「…なにがよっ!!」

それを耳聡く聞きつけたアスカが、靴を履きながら声を荒げる。

 

「…一味も二味も違うとゆーアレ」

そんなアスカに、ニヤニヤしながらミサトが指摘する。止めを刺すように。

 

「ああ〜っ!!!」

思いっきり頭を抱えるアスカ。

 

「…アスカ?」

そんなアスカに、ミサトは穏やかに声をかける。

 

「なによっ!!?」

ドアノブに手をかけながら、アスカが噛み付くように振り向く。

 

「…がんばんなさい?」

 

「…ウン」

ミサトの柔らかい笑みに、少し頬を染めたはにかんだような表情で微笑って応えてから、アスカは出て行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『あら…なんで居るの?』

電話しておいてそれももないように感じはしたが、受話器を耳にあてた途端の第一声が、それだった。

 

「…兄さん、今日は一人で行ったから」

『朝練があるので、先に出ます。
 朝食はちゃんととるように。』

電話に向かいながら、レイは兄の残していった書き置きにそっと指を這わせてからそう応える。

 

『あら、レイちゃんたら不機嫌』

 

「…………」

さもびっくりしたと言わんばかりの白々しさでそう言ってから、電話口の向こうでクスクス笑う母に、憮然

とした沈黙でもって応える。

 

『じゃなくてね、どうして一緒に行かなかったの?って』

もう一度だけくすっと微笑ってから、ユイは今度はゆったりとした口調で訊ね直す。

 

「…昨日、兄さん電話して」

ぽつり、とレイが応える。

 

『電話って…アスカちゃんに?』

断片的にしか話さないレイの言葉の本質をしっかりとらえて、ユイが聞き返す。

 

「…………」

あるかないかの、ごく小さな溜息を一つ。

 

『うん、それで?』

それを、優しく包み込むようにユイが先を促す。

 

「…それで…少し喧嘩したみたいで」

昨晩の兄の様子を思い出し、レイの表情が僅かに曇る。

 

『ああ、それでシンジったら落ち込んじゃったんだ』

その応えに、流石にユイは思わず可笑しそうに吹き出してしまう。

 

「…………」

母の反応に、レイの口がごく僅かではあるが「への字」をカタチどる。

 

『あ、ゴメンね、笑ったりして』

その雰囲気を敏感に感じ取り、ユイはすぐに娘に謝る。

 

「…いい」

珍しく少し慌てたように、レイがそれを肯んじる。

 

『うん、良かった。それで、レイちゃんは気を使ってシンジを一人にしてあげたんだ』

ニッコリ笑った表情がわかるような調子で言ってから、ユイがまた訊く。

 

「…それに、私朝弱いから」

肯定と猶書き。

 

『ああ、なるほど。シンジったら妙に気負うとこあるものね。昨夜自分ががっくり落ち込んだとこ見せた

もんだから気を使わせてるんじゃないかなんて、変に気にするでしょうしね』

レイの応えの言わんとするところを正確に理解して、その上で楽しそうに同意する。

 

「…………」

 

『でも、やっぱりレイちゃんとしてはそれでもシンジと一緒にいたかったから、だから不機嫌なのね』

その沈黙の裏にあるレイの雰囲気を敏感に感じ取り、ユイの口調がからかいを含んだものになる。

 

「…わかってるくせに」

ぽっと頬を桜色に染めて、レイが囁くように呟く。

 

『フフフ…レイちゃんはいい子ね。我侭を言って良い時と悪い時をちゃんと区別してるんだ』

抱きしめてあげたいと言ってるような、そんな慈しむような調子。

 

「…………」

照れるように、レイは俯く。

 

『でもね、レイちゃんはちょっと我慢しすぎ』

クスッと微笑ってから、ちょっと得意そうな調子でユイは言う。

 

「…?」

 

『こういう時はね、そんな風に気を廻すより、ちょっと位困らしてあげる方が丁度いいのよ』

指をたてて言い聞かせるように。

 

「…でも」

 

『大丈夫。シンジはそんなこと位でレイちゃんを嫌いになんてならないから』

レイの懸念を、笑みを含んだ一言で振り払う。

 

「…そう…なの?」

 

『ええ、もちろん。母さんがレイちゃんに嘘ついたことある?』

えへん、と胸を張ってる姿が目に浮かんでしまう。

 

「…しょっちゅう」

同時に、母の忠告に従って行動を起こした後の兄の渋い顔が思い出されて、ちょっときつめになるレイ。

 

『…うっ』

見えないとは言えども、娘のじと目を敏感に感じ取り思わず詰まってしまう。

 

「…………」

 

『…コホン』

 

「…………」

 

『大丈夫。今回はホントだから、信じなさい』

努めて、優しげな口調で太鼓判を押す。

 

「…わかった」

また珍しく、レイの顔に微苦笑と言える表情が浮かぶ。

 

『…………』

 

「…………」

 

『…レイちゃん?』

 

「…?」

 

『…頑張ってね』

もう一度、ぎゅっと抱きしめるように。

 

「?」

 

『フフフ…じゃ、切るわね。シンジによろしくね?』

レイの困惑に微笑いながら、からかうような調子でつけ加える。

 

「ええ」

母の意図がわかっていながらも、やはりレイの頬は熱くなってしまう。

 

『いってらっしゃい、レイちゃん』

耳元で囁くような調子で、ユイが微笑する。

 

「! …いってきます」

びっくりしたように目を見開いてから、今度は本当に微苦笑してレイが応える。

 

『はい、それじゃまたね?』

 

「…また」

 

カチャ…。

 

 

 

誰でもそれとわかるほど、先ほどとは比べるまでもない、柔らかい表情でレイは自宅を後にした。

 

つづく

 



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