Childrenに祝福を…
by ZUMI
早朝の第三新東京市。
青葉シゲルが缶コーヒーを買っている。脇を子供が叫び声を上げながら駆けていく。微笑みながら見送る青葉。
コインクリーニングの看板のある店の前である。24時間OKの文字が見える。
「これじゃ毎回のクリーニング代がばかにならないわね」
「せめて自分でお洗濯できる時間くらい、欲しいですね」
クリーニング店の中で、できあがった洗濯物を取り出しながらリツコとマヤがぼやいている。
「うちに帰れるだけ、まだマシっすよ」
顔を出した青葉が気休めにもならないことを言う。
***
NERVの専用カードで電車に乗り込む三人。車内にほとんど人影はない。
「あら、副司令」
列車の中に日本経済新聞を読んでいる冬月がいる。新聞を降ろすと洗濯物をかかえたリツコが目に入る。
「おはようございます」
リツコは冬月の隣りに腰を降ろす。
「「おはようございます」」
オペレーター二人がしゃっちょこばってあいさつする。
「ああ、おはよう」
気のない返事をして注意を新聞をもどす冬月。
「今日はお早いですね?」
「碇の代わりに上の町だよ」
リツコの問いに答える冬月。
「ああ、今日は評議会の定例でしたね」
「くだらん仕事だ。碇め昔から雑務はみんな私に押しつけおる。MAGIがいなかったらお手上げだよ」
「そう言えば市議選が近いですよね?上は」
「市議会は形骸に過ぎんよ。ここの施政は事実上MAGIがやっておるんだからな」
「MAGI?三台のスーパーコンピューターがですか?」
マヤが口を挟む。オペレーター二人は吊り輪につかまって立ったままだ。
「三系統のコンピューターによる多数決。きちんと民主主義の基本にのっとったシステムだ」
「議会もその決定に従うだけですか」
「もっとも無駄の少ない効率的な政治だよ」
「さすがは科学の町。まさに科学万能の時代ですね」
「ふう…」
マヤの言葉にため息をつく青葉。
「そう言えば零号機の実験だったかな?そっちは」
冬月がリツコに問いかける。
「ええ。本日10:30より第二次稼働延長試験の予定です」
「朗報を期待しとるよ」
***
警報音が鳴り響く。モニターにエマージェンシーの表示が踊る。
ネルフ本部内、起動試験室である。窓の外に青く塗装されたエヴァ零号機が見える。
「実験中断!回路を切って!」
リツコが叫ぶ。零号機の電源が落とされる。
「回路切り替え」
「電源回復します」
マヤの言葉にオペレーターが答える。
・
・
・
起動履歴をチェックするリツコとマヤ。リツコの手にはネルフマーク入りのコーヒーカップが握られている。
「問題はやはりここね」
「はい。変換効率が理論値より0.008も低いのが気になります」
リツコとマヤの推論にオペレーターが問いかける。
「ぎりぎりの計測誤差の範囲内ですが、どうしますか?」
「もう一度同じ設定で、相互変換を0.01だけ下げてやってみましょう」
「了解」
「では、再起動実験、始めるわよ」
第八話
「暗闇でドッキリ!」
前編
葛城家の朝。
珍しくミサトが朝からビールを飲んでない。首をひねるシンジ。
普通なら起き抜けにビールを欲しがるミサトと止めようとするシンジとの間に一悶着あるのだが。
「今日は何かあるんですか?」
「え?ああ、ちょっちね」
「?」
「お偉いさんの視察があるはずなのよ」
「はあ」
「まさか、ビール臭い息をしてるわけにもいかないじゃない」
ミサトは心底残念そうに言う。
「ノンアルコールビール、飲みます?」
「あんなのビールじゃないわ」
「はあ…」
「おはよー、シンジ」
「ああ、おはよう、アスカ。お風呂落ちてるよ」
「ダンケ、シンジ。じゃ、入ってくるわね。トースト二枚お願いねー」
バスルームへ消えるアスカを見送りながら、シンジは食パンの用意をする。
「なーんか、アスカ、楽しそうねえ」
「は?そうですか?」
「まーたまたあ、とぼけちゃってえ。アスカのシンちゃんを見る目が最近違うわよん」
「はあ」
「んもう。わかっててとぼけてんなら、許さないわよ」
「そうは言っても、僕たちにそんな余裕が許されるんですか?」
「だからこそじゃないの?」
「はあ」
ミサトはキッチンで立ち働くシンジを見ながら先日の一件を思い出す。
***
前回の使徒を倒した後、シンジはこの家を出ると言い出したのだ。同い年の女の子と同居というのはどう考えてもうまくないという理由で。
そもそも同居の理由は第七使徒を倒すために二人パイロットの息を合わせるためであったのだから、その使徒を倒した時点で同居の必然性はないというのだ。
ミサトはその申し出に面食らった。
「シンちゃん、あたしたちと同居するのがいやになったの?あたしはシンジ君のこと家族だと思ってたのに」
「でも、他人同士の男女が同居するなんて、道徳的に許されることじゃありません」
「作戦上の要請だと言っても?」
ミサトは自分の権限をちらつかせてみた。
「同じマンションの中に部屋を借りればいいじゃないですか。それこそ隣の家だって。どうせ空いてるんだし」
「シンジ君、あたしたちと同じ家に住みたくないの?」
「そんなことないです。でも、僕だって男です。ミサトさんやアスカに迷惑をかける可能性はないとはいえないんです」
「それってシンちゃんがあたしたちを襲うってこと?無理無理〜」
「僕が料理をしていることを忘れないでください。食事に何か入れようと思えばなんでもできるんですよ」
「薬でも入れるっていうの?そんなものどうやって手に入れるの?」
「睡眠薬や、風邪薬だっていいんです。ちょっと強めのやつなら」
「シンジくんがそんなことするなんて、あたし信じないわ」
「僕だってしません!でも、欲望に負けないとは言い切れないから」
「シンジ君。…あなたがそんなことする子じゃないことはあたしが一番よく知ってるわ。だから、ここにいてよ」
「でも、僕は自分を抑えきれるか自信がないんです」
「シンジ君」
ミサトはしばらく考えた。
「アスカにこのことは?」
「言ってないです。アスカはもともと同居には反対だったし」
「アスカの意見を聞いてみましょ。アスカァ!そこで聞いてるんでしょ?出てきなさいよ」
「ひ、人聞きの悪いこと言わないでよ」
襖を開けてアスカが入ってきた。
「たまたま聞こえちゃっただけじゃない」
「まあなんでもいいわ。で?シンジ君、この家を出てくって言ってるけど、アスカの意見は?」
「い、いいじゃない。出ていくって言うんなら、出て行かせれば」
「そうすると、家事一切をしてくれる人がいなくなるんだけど?」
「う…。そ、それは困るわね。ミサトの料理じゃこっちの命が危ないし」
「ずいぶんな言いようね。まあ、いいわ。アスカはシンジ君の別居には反対なのね?」
「強いて別居する理由がないって言ってんのよ」
「アスカ。僕が言ってるのはそういう理由じゃなくて」
「シンジ君。もっと自分を信じてあげて。あたしたち、シンジ君のおかげでこうして生きているわ。シンジ君が戦ってくれるから、毎日こうしていられる。シンジ君がどれほど勇気を持ってるか、それも知ってる。だから、それを自分のためにも使ってよ」
「ミサトさん」
「それに、その時はその時で覚悟を決めるわよん。アスカだってそうでしょ?」
ミサトはシンジとアスカに向かってウインクした。
「「ミ、ミサト(さん)!?」」
ミサトの言葉にアスカもシンジも真っ赤になってしまった。
「ほらほら。つまんない話はもうおしまい。一杯やりましょ」
***
ネルフ本部。エレベーターホール。
エレベーターの中にミサトの姿。
「うぉーい!ちょいと待ってくれー!」
表情を変えずに閉を押すミサト。タッチの差で手を差し入れる加持。
「はっ!」
目を丸くするミサト。顔をゆがませる。
「ちっ!」
降下するエレベーター。
「ふぅーっ!走った走った。こんちまたご機嫌斜めだね」
「来た早々あんたの顔見たからよ」
***
公衆電話でネルフ本部に電話しようとするシンジ。
オペれーたーの「しばらくお待ちください」という声に受話器を耳に当てて待っている。
<ゲンドウだ>
「ああ、とうさん」
<ああ、シンジか。何か急用か?>
「そういうわけじゃないけど、京都のおばあさんから電話があって。たまには顔を出せってさ。とうさんにも」
<まったく。そんなヒマはないことがわからんのかな。まあいい、こちらから後で電話しておく>
「それと、実は今日、学校で進路相談の面接があるって。父兄に報告しとけって言われたんだけど、来られるわけないよね?」
<それは無理だ。それに今日の今日言われてもどうしようもない>
「そ、それもそうだね」
<葛城一尉に相談してみるんだな。なんとか都合をつけてもらうしかあるまい>
「そうなんだけど、ミサトさん今日はもうネルフへ行っちゃってて」
<仕方ない。本部へ電話して葛城一尉を呼び出していい。それから…>
ブツン!
唐突に電話が切れた。顔をしかめるシンジ。
もう一度受話器を耳に当てるが、何の音もしない。首をひねるシンジ。
***
ネルフ本部。エレベーターの内部。表示の電光板が唐突に消える。
「あらあ?」
天井をふりあおぐミサト。
「停電かな?」
「まっさかあ?ありえないわ」
赤い非常灯に変わるエレベーターの中。
「変ねえ?事故かしら」
「赤木が実験でもミスったのかな?」
***
実験モニター室。切断していく神経接続表示。
「主電源ストップ。電圧ゼロです」
マヤが叫ぶ。
コンソールの明かりのみで浮かび上がる実験スタッフの面々。
リツコの額に冷や汗が浮かぶ。
「あ、あたしじゃないわよ…」
***
エレベーター内部。相変わらず赤い非常灯に照らされている。
「どうだろうな?」
「でもま、すぐに予備電源に切り替わるわよ」
***
発令所。
「だめです。予備回線つながりません」
「バカな!?生き残っている回線は?」
青葉の報告に、冬月が怒っている。
下のフロアからオペレーターが手メガホンで報告する。
「「全部で1.2%。2567番からの旧回線だけです」
「生き残っている電源はすべてMAGIとセントラルドグマの維持に回せ」
「全館の生命維持に支障が生じますが」
「かまわん!最優先だ!」
***
第三新東京市路上。歩行者用信号が青から赤に変わる。
通過する選挙宣伝車。歩道に立ち止まる日向。
「ほんっと、ずぼらな人だなあ。葛城さんも。自分の洗濯物くらい自分で取りにいきゃいいのに」
信号の電気が消える。
「あれ?」
***
強烈な日差しのせいでかげろうの揺らめく中、歩くアスカ、シンジ、レイ。
「それは碇司令、ただ忙しかっただけじゃないの?」
「そうかなあ?途中で切ったっていうより、なんか故障したみたいだったけど」
「んもう!男のくせにいちいち細かいこと気にすんのやめたら?」
黙って二人を見つめるレイ。
・
・
・
ネルフ本部、入り口ゲート。シンジがカードを通すが反応ない。
「あれ?」
レイがやっても同じ。カードを見つめるレイ。
「なにやってんの!?ほら代わりなさいよ。ん、ん?」
アスカも何度もやってみるが、これも反応なし。
「もう!壊れてんじゃないの!?これ!」
***
ネルフ本部、起動試験計測室。人力でドアを開ける職員たち。ようやく開いたドアからちゃっかり出てくるリツコとマヤ。
「とにかく発令所へ急ぎましょう。七分たっても復旧しないなんて」
***
ネルフ本部、エレベーター内。
「ただごとじゃないわ」
眉をひそめるミサト。
「ここの電源は?」
「正副予備の三系統。それが同時に落ちるなんて考えられないわ」
「となると…」
***
ネルフ本部、総司令執務室。
「やはりブレーカーは落ちたと言うより落とされたと考えるべきだな」
「原因はどうであれ、こんな時に使徒が現れたら大変だぞ」
ゲンドウの言葉に、焦慮の色を濃くする冬月。
***
府中。戦自総括総隊司令部。
「測敵レーダーに正体不明の反応あり。予想上陸地点は旧熱海方面」
オペレーターの声に空自指揮官が応じる。
「おそらく八番目のやつだ」
「ああ、使徒だろう」
「どうします?」
陸自指揮官の言葉に、空自指揮官が質問する。
「一応警報シフトにしておけ。決まりだからな」
「どうせまたやつの目的地は第三新東京市だ」
「そうだな。ま、俺たちがすることはなにもないさ」
進路予想図が表示される。相模湾から熱海方面へ向かっている。
蜘蛛のような形の使徒が上陸する。
「使徒、上陸しました」
「依然進行中」
「第三新東京市は?」
「沈黙を守っています」
陸自指揮官の問いにオペレーターが応じる。
「いったいネルフの連中は何をやっとるんだ!?」
***
発令所の梯子を登るリツコとマヤ。
「タラップなんて前時代的な飾りだと思ってたけど、まさか使うことになるとはねえ」
「備えあれば憂いなしですよ」
***
テンキーを操作するアスカたち。
「これも動かないわ」
「どの施設も動かない。おかしいわ」
「下でなにかあったってこと?」
「そう考えるのが自然ね」
レイの言葉にむっとするアスカ。
「とにかく、ネルフ本部へ連絡してみようよ」
シンジが意見を述べる。
***
ネルフ本部、エレベーター内。受話器をもどすミサト。
「だめだわ。非常電話もつながらない」
***
ネルフ本部、発令所。
「だめです。77号線もつながりません」
ヘッドセットを片手に青葉が叫んでいる。
***
ネルフ本部、入り口ゲート付近。
携帯電話を耳に当てるレイ。
「だめ。連絡つかない」
公衆電話の受話器をもどすアスカ。
「こっちもだめ。有線の非常回線も切れちゃってる」
「どうしたもんかな?」
シンジの言葉をよそにカバンを開けるレイ。カードを取り出し熱心に読んでいる。それに気付いて同じようにカバンからカードを取り出すアスカ。
「なんだい、それ?」
「あんたバカぁ!?緊急時のマニュアルよ!」
「あ、そうか」
「とにかく本部へ行きましょう」
シンジに一瞥をくれた後、レイが言う。
「そ、そうね。じゃ、行動開始の前にグループのリーダーを決めましょう」
「?」
アスカの言葉に首をひねるレイとシンジ。
「で、当然あたしがリーダー。異議ないわね?」
身を乗り出すアスカ。思わず引くシンジ。
「じゃー、行きましょう」
マニュアルを見るレイ。
「こっちの第七ルートから下に入れるわ」
アスカと違う方向を指し示す。顔面を引きつらせるアスカ。
・
・
・
No.7と書かれたドアの前に着く三人。
「でも、ドアが動かないんじゃ…あ、手動か」
「ほらシンジ、あんたの出番よ」
必死でハンドルを回すシンジ。
「うあー。こんなときだけ、人に頼るんだもんなー」
***
府中。戦自総括総隊司令部。受話器をもどす空自指揮官。
「統幕会議め。こんな時だけ現場に頼りおって」
「政府はなんと言ってる?」
「ふん。第二東京の連中か。逃げ支度をしている」
侵攻を続ける使徒。
「使徒は依然健在、進行中」
「とにかくネルフの連中と連絡を取るか」
オペレーターの声に陸自指揮官が言葉を漏らす。
「しかし、どうやって?」
「直接行くんだよ」
***
第三新東京市上空。JASDFの表示のついたセスナ機が飛んでいる。
<こちらは第三管区、航空自衛隊です。ただいま正体不明の物体が本地域に対し移動中です。住民のみなさんはすみやかに避難してください>
空を見上げる日向。
「やばい!急いで本部にしらせなきゃ」
あたりを見回す日向。
「ああ、でもどうやって」
選挙宣伝カーがやってくる。
<高橋、高橋をよろしくお願いします>
「あー。ラッキー!」
***
ネルフ本部、エレベーター内。ミサトの上着が脱ぎ捨てられている。
「それにつけても暑いわねー」
「空調も止まってるからね。葛城、暑けりゃシャツくらい脱いだらどうだ?」
「むっ」
「今更恥ずかしがることもないだろう?」
赤面し服を着るミサト。
「こういう状況下だからって、変なこと考えないでよ」
「はいはい」
***
ネルフ本部発令所。リツコとマヤは扇子で自分をあおいでいる。あちこちにろうそくが灯されている。
「まずいわね、空気も澱んできたわ。これが近代科学の粋をこらしたシティとは」
「でも、さすがは司令と副司令。この暑さにも動じませんね」
リツコの言葉にマヤが応じる。
口の前で手を組んだいつものポーズを崩さないゲンドウ。ただしその足下では裸足でバケツの水の中にひたされているが。
「ぬるいな」
「ああ」
冬月の言葉に憮然として答えるゲンドウである。
…… to be continued
Copyright by ZUMI
Ver.1.0 1998/10/17
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*感想をお願いします。zumi@ma.neweb.ne.jp
な、なんと!アスカはもう覚悟を決めている!?
どさくさにまぎれてミサトもショタの本性を見せているし。
あぶないぞー、あぶなすぎるぞー!
というところで後編へ続きます。