Childrenに祝福を…
by ZUMI
第六話
「近づく心 離れる心」
アスカが転入してきて一週間が過ぎた。
その抜群の美貌でたちまち学校中の人気者になったアスカだが、それはあの性格を隠していたということもあるのかもしれない。
別に本人は猫をかぶっているつもりはないと言うかもしれないが。
確かに、靴箱に山と入れられたラブレターの山を平気で踏みつけたりしているのだから?
「あーあ。ネコもしゃくしもアスカ、アスカ、か」
「みんな平和なもんやな」
校舎の壁にもたれながらケンスケとトウジがぼやいている。
もっとも隠し撮りしたアスカの生写真を売りさばいて儲けているケンスケには、そんなことをいう資格はないだろう。
「まいどあり」
「写真にあの性格はあらへんからな」
トウジの取り上げたフィルムには一見絶世の美少女であるアスカが写っている。
どれもこれもにこやかな笑顔を浮かべたアスカなのだ。これなら高く売れること間違いなしだろう。
中には女子更衣室を盗み撮りしたものもあるが、これなどは門外不出の品であろう。
***
通学途中、シンジは背後から声を掛けられた。
「ハローウ、シンジッ」
「やあ、アスカ」
「グーテン・モルゲン」
「おはよう。Guten
Morgenのほうがいいかな?」
「どっちでもいいわ。相変わらずぼけっとした顔ねえ」
朝からそれはないだろうに。
「もうちょっと嬉しそうな顔しなさいよ。あたしがこうして声かけてるんだから」
「そんなにつまらなそうな顔してるかな?」
「そうよ!まだ目ぇ醒めてないわけ?」
「そんなことはないんだけどね」
当然である。シンジはすでに朝食をきちっと作ってミサトとペンペンに与えてきているのだから。
「で?ここにいるんでしょ?もう一人」
「誰が?」
「あんたバカァ?ファーストチルドレンに決まってるじゃない」
「ああ。綾波なら…」
シンジの指し示す先、歩道橋を降りたところにあるベンチに一人腰掛けている、特徴のある水色の髪が見える。
レイは一心に何かの本を読書中である。どうやら分子生物学の本らしい。
レイの読む本の上に人影がさす。読みにくくなったのか、体をずらすレイ。だが、影はしつこく追いかけてくる。
少し怒ったように目を上げるレイ。植え込みの上に立ちはだかるアスカを認めるが、目をそらしてしまう。
「ハローウ。あなたが綾波レイね?プロトタイプのパイロット。
あたしアスカ。惣流アスカラングレー。エヴァ弐号機のパイロット。仲良くしましょ」
「どうして?」
顔も上げずに答えるレイ。
「そのほうが都合がいいからよ、いろいろとね」
「命令があればそうするわ」
そっけないレイの返事。
「…変わってるね」
じゃなくて、綾波は怒ってるんだよ。後ろで首を振るシンジ。
「ホンマ。エヴァのパイロットって、変わりモンが選ばれるんちゃうか?」
トウジ、おまえもわかってないな。あきれ顔のシンジ。
***
ネルフ内。赤木リツコ研究室。
モニタに向かうリツコ。後ろから加持が抱きすくめる。
「あ…」
「少し痩せたか?悲しい恋をしてるのか」
耳元でささやく加持。
「どうして。そんなことがわかるの?」
どこか甘えたような声のリツコ。
「それはね。涙の通り道にほくろのある女性は一生泣き続ける運命にあるからだよ」
なんと言うか、大人の恋の駆け引きである。
「これから口説くつもり?でもだめよ!こわーいおねえさんが見ているわ」
窓ガラスに貼りついたミサトが鼻を鳴らす。
「お久しぶり、加持くん」
明るい声で言うリツコ。
「や!しばらく」
加持もけろっとしている。
「しかし加持君も意外とうかつね」
「こいつのバカは相変わらずなのよ!あんた弐号機の引き渡しすんだんならさっさと帰りなさいよ」
部屋に入ってきたミサトが怒鳴る。
「今朝、出向の辞令が届いてね。ここに居続けだよ。また3人でつるめるな。昔みたいに」
動じない加持。
「誰があんたなんかと!」
ミサト、キレそうになる。
その瞬間、壁一面に警報の表示が現れる。同時に鳴り響くアラーム音。
「敵襲!?」
司令室へ駆け込むミサト。加持との軋轢はすでに忘れ去っている。このへんはプロであろう。
「警戒中の巡洋艦−はるな−より入電。我紀伊半島にて巨大な潜行物体を発見。データを送る」
オペレーターの青葉シゲルが報告する。
「受信データを照合。波長パターン青。使徒と確認」
同じく日向マコトが報告する。
「総員。第一種戦闘配置」
冬月が臨戦態勢を命ずる。
***
シンジとアスカは一時間目の授業が終わったところだった。
アスカに対するレイの冷ややかな態度は教室まで持ち越され、シンジはいささか居心地の悪い思いを味わっていた。
「アスカ、やっぱりあれは綾波の気に障ったと思うけど?」
「どこがよ!?あたしがせっかくあいさつしてるのに、あんな態度とるなんて」
アスカを説得しようとしたシンジだったが、そんなわけで失敗に終わっている。
レイがやってきたのは、どうやってレイをなだめようかシンジが思案中の時だった。
「碇君、非常呼集」
「綾波?」
「弐号機のパイロットもいっしょに来るようにですって」
「わかった。使徒だな」
「ええ」
アスカを呼びに行くシンジ。その姿を見送るレイの瞳に微妙な翳がさしたのを、シンジは知らない。
***
ネルフに着いた三人は、すぐさま出撃準備を命じられた。
もっとも、零号機は大破修理中で、まだ出撃できない。レイは留守番である。
ケージから出て輸送機に積まれる初号機をレイはデッキで見送っている。モニターに写るレイをアップにするシンジ。
相変わらず無表情で、その内情はつかめない。
「綾波。ちゃんと帰るから…」
シンジはぽつりとつぶやく。
***
<先の戦闘によって第三新東京市の迎撃システムは大きなダメージを受け、現在までの復旧率は20%、実戦における稼働率はゼロと言っていいわ。
従って今日は上陸直前の目標を水際で一気にたたく!
初号機並びに弐号機は交互に目標に対し波状攻撃。>
移動指揮車の中のミサトから指示が届く。
<近接戦闘でいくわよ!>
「「了解!」」
そろって返事するアスカとシンジ。すでに空中である。
「あーあ。日本でのデビュー戦だっていうのに、どうしてわたし一人に任せてくれないの?」
「しかたないよ。作戦なんだから」
あきれ顔のシンジ。アスカはこれが実戦だってことがわかってるのかな?
「言っとくけど、今度はじゃましないでよね」
「ええ?」
「もう!ぼさっとしてるんだから!」
輸送機から切り離され、自由落下する初号機と弐号機。相模湾の海辺に着地する。
海岸縁にはすでに支援車両が展開している。
アンビリカルケーブルを接続する、二体のエヴァ。
初号機はパレットガンを装備する。弐号機はソニックグレイブである。
「二人がかりなんて、ひきょうでやだなあ。趣味じゃない」
アスカはまだ不満そうである。気持ちはわからないでもないけど、これは殺し合いなんだよ。
<わたしたちは選ぶ余裕なんてないのよ。生き残るための手段にね>
指揮車の中からミサトがさとすように言う。
海上に目をやっていたシンジが叫ぶ。
「きた!」
<攻撃開始!>
間髪を入れず、ミサトが叫ぶ。
「ちょっと待ってください!ミサトさん」
「あたしから行くわ!援護してね」
「ちょっと待って!アスカ。うかつに近づくのは危ないよ」
「いいじゃない!?レディーファーストよ!」
「ミサトさん、援護攻撃はないんですか?」
<ごめんねえ。まだそろってないの>
「ったくもう」
相変わらずの泥縄だな。きっとそのうちひどい目に会うぞ。顔をしかめるシンジ。
使徒が海上に姿をあらわす。足の一本足りないヒトデのような形。ただし、その大きさはエヴァよりかなり大きい。
パレットガンを斉射する初号機。
命中の爆煙があがる。しかしATフィールドで阻止されているようだ。
構わず全弾たたきこむシンジ。要は使徒の注意を引き付けられればいいのだ。
使徒はでくの棒のようにただ突っ立ったまま。
「いける!先手必勝!」
アスカの叫び声。
「うわあーっ!」
アンビリカルケーブルを切断して空中に飛び上がった弐号機は、ソニックグレイブを振り下ろす。
まっぷたつに両断される使徒。
「…おみごと」
思わずつぶやくシンジ。
「どう?サードチルドレン。戦いは常に無駄なく美しくよ」
いや、たいしたもんだ。素直に感心するシンジ。
くるりと背を向けた弐号機は海岸目指して歩き出す。
だが、まっぷたつになった使徒はそのまま変化がない。いやな予感がする。
使徒の顔に当たる部分がぐるりとひっくり返る。
「アスカ!」
「え?」
真っ二つになったと見えた使徒は、くるりと皮がむけるみたいに別々の使徒となって再生した。
<なんてインチキ!>
ミサトが叫ぶ。そんなこと言ったってなあ!
「アスカ!よけて!」
素早く弾倉を交換してパレットガンの連射を浴びせる初号機。
だが、効果はない。
「いやあん!」
分離した一方の使徒が弐号機につかみかかっている。後ろ向きだった弐号機は一瞬、対応が遅れたようだ。
使徒はただ弐号機をつかんで振り回しているだけである。だが、中のアスカはたまったものではないだろう。
「アスカぁ!」
弐号機を助けようと飛び出した初号機の前に、別の使徒が立ちふさがる。
「くそっ!」
もう一度パレットガンを向ける初号機。だが、使徒の腕に弾き飛ばされてしまう。思いのほか、動きがすばやい。
<シンジ君!バッテリーの残りが少ないわ。気をつけて!>
弱り目にたたり目とはこのことだな。
シンジは思い切りよく、外部電源を切断する。残り五分でなんとかなるか?
弐号機を振り回していた使徒は、そのまま弐号機を放り投げた。
「アスカぁ!?」
放り投げられた弐号機は沖合い遠くへ落下した。
はでな水飛沫が上がる。黒っぽいのは海底の泥が混じっているせいか?
「アスカ!?」
「いったいわねえ!なにすんのよ!」
「無事なんだね!?」
「あったりまえでしょ!このくらいでやられるあたしと弐号機じゃないわ!」
「パレットガンを放るよ!受け取って」
「わかったわ!」
パレットガンを投げ渡す初号機。ナイスキャッチ。
「ダンケ。シンジ」
「いいから、気をつけて。使徒が行ったよ!」
「わかってるわよ!」
引き付けてからパレットガンを撃ちまくる弐号機。ATフィールドを中和してからの攻撃はさすがである。
たちまち破壊されていく使徒。
「やったか!?」
だが、みるみるうちに再生してしまう。
「なんなのよ!?これえ」
初号機も予備のパレットガンを取りに戻る。
使徒が追ってくる。弐号機に習ってシンジもATフィールドを中和しての攻撃を行う。
確かにダメージを与えているのだが、やはり同じようにあっという間に再生してしまう。
「くそっ!きりがない」
<シンジ君!バッテリーが残り少ないわ>
バッテリーインジケーターは狂ったように赤く点滅している。
「アスカ!撤退するよ!」
「なんでよ!?」
「バッテリーがもう切れるんだよ!」
「もうちょっとなのにぃ!」
だが、弐号機のパレットガンの残弾が切れる。
「アスカ!」
「わかったわよ!」
***
「本日10時58分15秒。二体に分離した目標甲の攻撃から離脱した初号機は駿河湾沖合2キロの水上で活動停止。同20秒、弐号機活動停止。
この状況に対するE計画責任者のコメント」
状況説明する伊吹マヤ。
<ぶざまね>
リツコの声が響く。
NERV内、作戦室。作戦行動の結果の検討中である。最前列にアスカとシンジ。その後ろに加持。最後列に冬月とマヤである。それぞれ憮然とした表情である。
「んもう!あんたのせいでせっかくのデビュー戦がめちゃめちゃになっちゃったじゃない!」
画面を見ていたアスカが文句を言う。それは言いがかりというものだろう。
「まあ、使徒が深追いしてこなかっただけめっけものかな」
どこか投げやりなシンジ。
画面が切り替わりライブとなる。二体のエヴァの回収作業が行われている。
「なによ!?人ごとみたいに!だいたいあんたがぼさっとしてるからあんなことになったんじゃない!?」
「油断したのは惣流もだろ?」
「うるさいわね!あれはちょっと予定が狂っただけよ!」
「本日11時3分をもってネルフは作戦遂行を断念。国連第二方面軍に指揮権を譲渡」
マヤの説明が進む。
「自分だってあわててたくせに!」
「まったく恥をかかせおって」
苦虫を噛みつぶした表情の冬月。
「同05分。N2爆雷により目標を攻撃」
攻撃の状況を示す録画に変わる。
「また地図を書き直さなきゃならんな」
苦り切った顔の冬月。
「構成物質の28%を焼却に成功」
攻撃の結果が示される。
「やったの?」
どこか期待した声のアスカ。
「足止めにすぎん。再度侵攻は時間の問題だ」
「ま、立て直しの時間が稼げただけでも儲けものっすよ」
加持が茶々を入れる。立て直しねえ。で、どうするんだよ?
「いいか、きみたち。きみたちの仕事はなんだかわかるか?」
「エヴァの操縦」
冬月の問いにアスカが答える。
「使徒を倒すことだよ」
シンジがぼそっと言う。
「そうだ。だからこんな醜態をさらすことはもってのほかだ。なんとしても使徒を倒さねばならん。そのためにはきみたちが協力しあって…」
「なんでこんなやつと!?」
激高するアスカ。シンジはため息をついた。
「惣流。…もういい」
冬月は退室してしまう。
「どうしてみんなすぐに怒るの?」
加持に問うアスカ。そういうアスカが一番怒りっぽいと思うけど?
「大人は恥をかきたくないのさ」
「ミサトさんはどうしたんです?」
加持に問うシンジ。
「後片付け。責任者は責任取るためにいるからな」
***
作戦部長室。つまりミサトの部屋。
机の上に板が見えないほど書類が積まれている。
「関係各省からの抗議文と被害報告書。で、これがUNからの請求書。広報部からの苦情もあるわよ」
リツコが書類をミサトに示す。
「ふーん」
気のない返事のミサト。
「ちゃんと目、通しといてね」
「読まなくてもわかってるわよ。ケンカするならここでやれってんでしょ」
「ご明察」
「言われなくったって、使徒が片づけばここでやるわよ。使徒は必ずあたしが倒すわ」
いつになく真剣な表情のミサト。
「副司令官はカンカンよ。今度恥かかせたら左遷ね、間違いなく」
「碇司令が留守だったのは不幸中の幸いだったけどさ」
どこか開き直った表情のミサト。
「いたら即刻クビよ。これを見ることもなくね」
「で、あたしのクビがつながるアイデア、持ってきてくれたんでしょ?」
「一つだけね」
「さすが赤木リツコ博士。持つべきものは心優しき旧友ねー」
「残念ながら旧友のピンチを救うのはあたしじゃないわ。このアイデアは加持くんよ」
マイハニーへと書かれたROMカセットを示すリツコ。
「加持が?」
受け取ったカセットを見つめるミサトの顔はどこか嬉しそうだ。そんなミサトをしげしげと見守るリツコ。
***
ミーティングのすんだシンジはシャワーを浴びて更衣室を出た。
見ると見知った人影がいる。
「綾波?」
「…」
「どうしたの?」
「なんでもないわ」
「そう。…やられちゃったよ」
どこか、さばさばした表情のシンジ。
「?」
「ま、今回は見逃してもらったようなものかな」
「碇君」
「次はこうはいかないだろうな」
「また戦うのね?」
「そうなるね」
「あの人といっしょに?」
「? 惣流のこと?」
「……」
レイの表情は一見いつもと同じ無表情である。だが、何か気になるシンジ。
「わからないよ。まだあの使徒をどうやって倒したらいいかもわからないんだ」
「そう」
身を翻したレイはそのまま去っていく。
「綾波?」
「先、帰るわ」
***
ミサトのマンションに戻ったシンジは、ドアのロックを解いて中に入った。
「ただいま。…と言ったって、だれもいるわけないよな」
廊下に上がる。
「ん?おわっ!?なんだこれ?」
見ると廊下いっぱい段ボールの箱が詰め込まれている。
「失礼ね。あたしの荷物よ」
Tシャツにホットパンツ姿のアスカが現れた。
「な、なんで惣流がここにいるんだよ?」
「あんたこそまだいたの?」
「まだ?え?」
「あんた、今日からお払い箱よ」
「え?」
あたりを見回すシンジ。廊下はおろか、シンジの部屋にまで段ボール箱があふれている。
「ミサトはあたしと暮らすの。
まあ、あたしは女なんだし、若い男と未婚の女が一緒に暮らすなんてハレンチよねえ、やっぱり。
あたしは加持さんと同居だっていいんだけどー」
アスカ、言うこと矛盾してない?
「しっかし、どうして日本の部屋ってこう狭いのかしら。荷物が半分も入らないじゃない」
「あ、あーっ!」
廊下の片隅に置かれた段ボール箱に詰め込まれた自分の荷物を見つけて悲鳴を上げるシンジ。いっくらなんでも、ひどいじゃないかあ。
「おまけにどうしてこう日本人って危機感足りないのかしら。よくこんな鍵のない部屋で暮らせるわね。信じらんない」
ふすまを開け閉めしながら言うアスカ。
「日本人の人情は察しと思いやりだからよ」
いきなり現れたミサトが言う。この女は忍者か?
「「ミサト(さん)!」」
「おかえりなさーい。さっそくうまくやってるじゃない」
「「なにが(ですか)?」」
「今度の作戦準備」
「「どうして?」」
***
「第七使徒の弱点は一つ!分離中のコアに対する二点同時の加重攻撃!これしかないわ。つまり、エヴァ二体のタイミングを完璧に合わせた攻撃よ」
ダイニングテーブルに陣取ったミサトはシンジとアスカに次の作戦計画を説明している。
どうでもいいけど、Tシャツと短パンじゃ緊張感ないですね、ミサトさん。ま、ビールを開けてないだけマシかな。関係ないことを考えるシンジ。
「そのためには二人の協調、完璧なユニゾンが必要なの」
? 首をひねるシンジ。なんかやな予感がするな。
「そこで…あなた達にこれからいっしょに暮らしてもらうわ」
「「ええーっ!?」」
いったいぜんたい何を考えてるんだ?この人は。
「いやよ!昔から男女七歳にして同衾せずってね」
アスカ、それはちょっと違うよ。それってヤバい意味だよ。
「使徒は現在自己修復中。第二派は六日後。時間がないの」
アスカの抗議を無視して淡々と続けるミサト。
「そんな無茶なー」
アスカはちょっと泣き声である。
「そこで無茶を可能にする方法」
ミサトはS−DATのテープを取り出す。
「二人の完璧なユニゾンをマスターするため、この曲に合わせた攻撃パターンを覚え込むのよ。六日以内に、一秒でも早く」
「あのー、ミサトさん?」
「なに?シンジくん」
「それっていったい?」
「ちょっとしたダンスよ」
げんなりした表情でアスカを見やるシンジ。それに気づいたアスカは顔をそむける。
「プィッ」
わざわざそんなこと言わなくてもいいだろうに。
***
ミサトのマンション。エレベーターの中。
トウジとケンスケが話している。
「しかし、シンジのやつどないしたんやろ?」
「学校休んでもう三日か」
チーン!エレベーターのドアが開く。
同時に開いた隣のエレベーターから、同級生の女生徒が降り立つ。
「あれ?いいんちょやんか」
そこに立っているのは2−Aのクラス委員。洞木ヒカリである。
「三バカトリオの二人」
何時の間にそんな評価が定着したんだ?シンジ。
「なんでいいんちょがここにおるんや?」
「惣流さんのお見舞い。あなたたちどうしてここに?」
「碇くんのお見舞い!」
ふざけたケンスケの答え。
三人は廊下を歩き、同じドアの前で立ち止まる。
「「「なんでここで止まるんだ(の)?」」」
三人同時にインターホンのボタンを押す。
ピンポーン。
「「はあーい」」という返事。
出てきたのはおそろいのレオタード(ケープ付き)を着たアスカとシンジ。
「う、う、うらぎりもん」
声が裏返るトウジ。どういうイミだ?それ。
「またしても今どきペアルック。いやーんな感じ」
妙な格好をしたケンスケが言う。ヒカリの目元がひくついている。
「う「これは…」」
互いに逆の方向に顔をそむけるアスカとシンジ。
「「日本人は形から入るものだって無理矢理ミサトさんが…」」
「フ、フケツよっ!二人とも」
「「ご、誤解だよ」」
「五回も六回もないわ」
顔を両手でおさえたまま、いやいやをするヒカリ。今時ふつうの中学生がそんなことするか?
「あらあ。いらっしゃい」
声に振り返ると、そこにはレイを伴ったミサトが立っている。
「これはどういうことか説明してください」
どこか涙声のトウジ。いったい何がそんなに悲しい?
***
ミサト宅のリビング。
ヒカリ、ケンスケ、トウジは笑い合っている。
「それならそうと、早うゆうてくれたらよかったのに」
「で、ユニゾンはうまくいってるんですか?」
膝でペンペンを遊ばせながらヒカリが聞く。
「それは見ての通りなのよ」
アスカとシンジのほうに目を向けた三人はそろってため息をつく。
アスカとシンジはダンスのレッスンの真っ最中である。ただし、その動きはてんでばらばら。
「あったりまえじゃない!
シンジがこんなにどんくさいのよ!このシンジに合わせてレベル下げるなんてうまくいくわけないわ!
どだい無理なのよ」
すでに激怒状態のアスカ。アスカの怒りもむべなるかなである。
とにかくシンジの状態はひどいの一言に尽きる。簡単に言って、全然リズムに乗れてない。
どうやらアスカのことを気にしすぎのようである。
シンジは完全に自信喪失状態である。これはだめだよ、ミサトさん。
「じゃあ、やめとく?」
どこか、からかうようなミサトの声。
「ほかに人いないんでしょ?」
「レイ」
「はい」
「やってみて」
「はい」
ミサトの声にそれまで一人だけ読書にふけっていたレイが立ち上がる。
アスカに目もくれずシンジの隣に立ったレイは、ヘッドホンをつける。
音楽、スタート。
同時に踊り始める二人。その息はぴったりである。
え?どうしてこんなに気持ちが楽なんだろう?不思議に思うシンジ。
アスカと全然違う。なんていうか、まるで鏡の中の自分と踊っているような。
シンジとレイの見事なユニゾン。見守るアスカの顔がゆがんでいく。
「あ…」
「「うわー」」
思わず歓声を上げるトウジたち。
「これは作戦変更してレイと組んだほうがいいかもね」
どこか悪意を感じさせるミサトの声。
「はっ!ええっ?」
ミサトを振り向くアスカ。だがミサトは知らんふりである。
レイが表情のない目をアスカにちらと向ける。アスカの顔に朱がさす。
「もお!いやっ!やってらんないわ!」
アスカは部屋を飛び出していく。
「あ!」
シンジは踊るのを止めてヘッドホンをはずす。
「あ、アスカさん」
「オニの目にも涙や」
トウジ、それもちょっと違う。
「ミサトさん!すみません!」
それだけ言うとシンジは部屋を飛び出した。
***
シンジがアスカを見つけたのは、最寄りのコンビニの中だった。
アスカはしゃがみこんでショーケースをのぞき込んでいる。
「アスカ」
「何も言わないで」
「ごめん。僕がヘタなばっかりに」
「何も言わないでって言ってるでしょ!
わかってるわ。あたしはエヴァに乗るしかないのよ。やるわ、あたし」
立ち上がるアスカ。
「だから協力しなさいよ」
***
ミサトのマンションの屋上。
二人は部屋へは戻らず、コンビニで買い込んだ食料を持ってここへ上がってきた。
「こうなったら、なんとしてもレイやミサトを見返してやるのよ」
「そんなのいいじゃないか」
「なぁに甘いこと言ってんのよ!男のくせに。
傷つけられたプライドは、十倍にして返してやるのよ」
サンドイッチを頬張りながら宣言するアスカ。
決意にあふれたその顔を美しいと感じるシンジ。
「アスカは強いね」
「? あったりまえじゃない!」
「アスカのそういうとこ、好きだよ」
「!?」
いきなり真っ赤になるアスカ。顔をそむける。
「ば、ばっかじゃない!」
「あ、いや、だからそういう意味じゃなくて…」
「あんたに好かれたってちっとも嬉しくないわ。
あたしが好きなのは加持さんなんだからね」
「わかってるよ」
苦笑するシンジ。
***
アスカとシンジの特訓が続く。
決戦は11日。今日は8日。
いっしょに起きて、いっしょに食事して、一緒にレッスン。さすがにシャワーは別だけど。
なぜかトイレも一緒。といっても、アスカが先に入るのでシンジは冷や汗を垂らしながら待つのだが。
ダンスのレッスンも、勿論いっしょ。
相変わらずぎくしゃくした動きのシンジ。激怒したアスカはシンジをはり倒す。
「なにすんだよぉ!?」
「それはこっちのせりふよ!いったいあんたやる気あるの!?いつまでそんなことやってるつもり!?」
「そんなこと言ったって、ダンスなんて生まれて初めてなんだし」
「あたしだって初めてよ!」
「…」
息抜きも、掃除も洗濯もいっしょ。
夜はミサトを含めた三人でリビングでごろ寝。ミサトの寝相が悪いので、両側の二人は隅に避難している。いつかの加持の言葉が実証された?
そして10日夜。残りは半日、12時間である。なんとか二人のユニゾンも形になってきた。
***
レッスン後のシャワーを浴びるアスカ。タオルを巻いて出る。
「ミサトは?」
「仕事。今夜は徹夜だって。さっき電話があった」
リビングで寝ころんだままヘッドホンの音楽を聴いていたシンジが答える。
「じゃあ今夜は二人っきりってわけね」
「?」
布団を持ってとなりの部屋へ去るアスカ。ふすまを後ろ足で閉める。いつの間にそんな技を覚えたんだ?
「これは決して崩れないジェリコの壁」
「はあ」
再びふすまが開いて四つん這いになったアスカが顔を見せる。どうでもいいけど、Tシャツ1枚だとその格好じゃおっぱいが見えるよ、アスカ。
そっちのほうにどきどきするシンジ。
「この壁をちょっとでも越えたら死刑よ。子供は夜更かししないで寝なさい!」
パシン。ふすまが閉まる。
なんだかよくわからないなあ。そんなに嫌ならそんな挑発的な格好しなけりゃいいのに。
「どおして日本人て床の上に寝られるのかしら?信じらんない!」
アスカの不満が聞こえる。
***
夜。窓の外に月が出ている。眠れないシンジはS−DATを聞いている。
アスカの寝室のふすまが開く。あわてて寝たふりをするシンジ。S−DATのスイッチを切る。
廊下の先で明かりがつく。なんだ、トイレか。
気の抜けたシンジは目を閉じる。おどかすなよ。
ふと気配を感じて目を開ける。
ぎょっとするシンジ。目の前にアスカの寝顔がある。
しばし硬直するシンジ。
なにが起こったのかよく分からない。
目の前いっぱいに広がるアスカの顔が、すべての思考を吹き飛ばしてしまったようだ。
アスカは穏やかな寝顔を見せている。
長い睫毛。形の良い鼻。小ぶりだがセクシーな唇。
それを見ているうちに、穏やかでない考えが浮かぶ。
…キスしてみようか。
でも、起きてたら怒られるだろうしな。
やっぱりやめとくか。
でも、せっかくのチャンスだし。
シンジの顔はそろそろとアスカに近づく。
アスカの寝顔に変化はない。
シンジ緊張のあまりは汗を流しながら顔を寄せていく。
ふと、アスカの唇が動く。
え?
「…ママ」
動きを止めるシンジ。
「マ、ママ」
軽く息をつくシンジ。
見るとアスカの閉じた瞼の端に涙が浮かんでいる。
しばらくアスカをそのまま見守るシンジ。
そっと手を伸ばしてアスカの髪の毛をなでる。
アスカは動かない。
ゆっくりとシンジは目を閉じる。
『お休み、アスカ』
シンジは心の中でつぶやく。
***
ネルフ本部。エレベーター内。
ミサトを加持が抱きすくめている。
「いやだ、見てる」
「誰が?」
「だれって。ん。んーん。ん」
ミサトの唇を奪う加持。
「んーはっ。もう、加持君とはなんでもないんだから、こういうの、やめてくれる」
エレベーターを飛び出したミサトは、服を直しながら言う。
「でも、きみの唇はやめてくれとはいわなかった。きみの唇ときみの言葉とどっちを信用したらいいのかな」
加持の差し出した書類を、ばっとうばうミサト。慇懃にお辞儀する加持。
閉まったエレベーターのドアに書類を投げつけるミサト。
***
ネルフ本部。空中ラウンジ。
一人で物思いにふけるミサト。リツコがコーヒーを持ってくる。
「はい」
「ありがとう」
「きょうは珍しくしらふじゃない?」
「んーん。ちょっちね」
「仕事。それとも男?」
「いろいろ」
「ふーん。まだ好きなのかしら?」
「ブフォ!ゴホゴホ。へ、変なこと言わないでよ。だれがあんなやつと。
はー!いくら若気の至りとはいえ、あんなのと突き合っていたなんて、我が人生最大の汚点だわ!」
優しい瞳で見るリツコ。
「私が言ったのは加持くんがよ。動揺させちゃった?」
「あんたねーえ!」
「怒るのは図星を突かれた証拠よ」
「むーう」
「今度はもう少し素直になったら?8年前とは違うんだから」
「変わってないわ、ちっとも。大人になってない。」
憂い顔のリツコ。
「さーって!しごとしごと。明日は決戦だもんね!」
***
「な、なんであんたがここにいるのよ!?」
朝、シンジはアスカの悲鳴で目を覚ました。
「え?」
「もう!信じらんない!このスケベ!チカン!」
「ちょ、ちょっと待ってよ」
体を起こしたアスカは怒鳴りまくっている。
「うるさいわね!ひとの寝込みを襲うなんて、もう最低!」
「アスカぁ」
「なによ!このヘンタイ!」
「ここはどこ?」
「なにバカなこと言ってるの!?リビングに決まってるじゃない!」
「アスカはどこで寝たの?」
「そんなこと決まってるじゃない!あたしの部屋…。って、あれ?」
「アスカぁ!」
「え?そんな…。なんで?」
きょろきょろとあたりを見回すアスカ。
「もう!信じらんない!あたしをこっちへ連れ込んだのね!?」
「アスカぁ!本気?」
「だってそうじゃない!あたしが自分で来るわけないじゃない!」
「…」
ジト目でにらむシンジ。
「そんなことしたらすぐアスカ、目を醒ますだろ」
「…って?そんな。…シンジ」
黙ってうなずくシンジ。
「あたしが来たの?」
「そう」
「うそ…」
しばし呆然とするアスカ。
「あんたなんかしてないでしょうね!?」
「なんか、ってなにさ?」
「っそれは…。やらしいこととかよ!」
ため息をつくシンジ。
「してないよ」
「うそ!」
「うそなもんか」
「信じらんないわよ!となりに女の子が寝ていてなんにもしないなんて!」
「…して欲しかったわけ?」
「だれもそんなこと言ってないでしょ!!」
ひっぱたかれるシンジ。
「こーんなに美人が隣で寝ててなんにもしないなんて!?…あんたひょっとしてホモ?」
「いい加減にしてくれよ」
起きあがるシンジ。
「あ、いてて…」
左腕に痛みが走る。見ると赤く跡が残っている。丸い形からしてこれは…。
「なによ?そんなに赤くして。どっかにぶつけたとか…」
赤い跡の隅にアスカの髪の毛がついている。
「アスカぁ。これなに?」
「あたしの髪の毛。って!?うそぉ!?」
どうやらアスカは一晩中シンジの腕枕で眠っていたらしい。
***
使徒が移動を開始する。
「目標は強羅絶対防衛線を突破」
シゲルが報告する。
「きたわね!今度はぬかりないわ!」
司令所に陣取ったミサトは、エヴァ両機に命令を伝える。
「音楽スタートと同時にATフィールドを展開。後は作戦通りに!二人とも、いいわね!?」
「「了解」」
シンジとアスカはすでにエヴァの中でスタンバイしている。
「目標は山間部に進入!」
シゲルの声が響く。
「いいわね?最初からフル稼働!最大戦速でいくわよ!」
アスカがシンジに声をかける。
「わかってるよ。62秒でケリをつける」
冷静な表情のシンジ。
「目標、ゼロ地点に到達します」
「外電源、カット!」
アンビリカルケーブル切断を命ずるミサト。
「発進」
低く抑えた声で作戦開始を命ずる。
エヴァ、空中へ。
ソニックグレイブで使徒を二つにカット。
初号機はパレットガン、弐号機ポジトロンライフルを撃ちまくる。だが使徒にダメージはないようだ。
使徒の逆襲、破壊光線をバック転で回避。防御板の陰へ回り込む両機。パレットガンを撃ちまくる。
防護板を切り裂く使徒。両側へ飛び離れて逃れるエヴァ両機。
援護射撃を命ずるミサト。ミサイルの雨が使徒に降り注ぐ。
「でやーっ!」
エヴァ二体、そろって回し蹴り。
吹き飛ばされた使徒は合体する。
二人のエヴァは、空中高くジャンプする。
見守るリツコ、加持、冬月、ミサト。
「「うわあーっ!」」
エヴァ両機の足が使徒の二つのコアを直撃する。
爆発する使徒。
モニターに顔をしかめるミサト。
「エヴァ両機、確認」
マヤの声が響く。
「あちゃー」
顔をおさえるミサト。
「ブザマね」
リツコが決めつける。
二体のエヴァは使徒の爆発後の火口で折り重なって倒れている。
すでに電源は切れて身動きはできない。
「あーあ」
エントリープラグから出たシンジはそんな様子を見てため息をつく。
「ん?」
受話器を鳴っている。
「ちょっとお!あたしの弐号機になんてことすんのよ!?」
「そんなあ!そっちが突っかかってきたんじゃないか」
「最後にタイミング外したの、そっちでしょ!ふだんからボケボケっとしてるからよ!」
「あのね…」
「まったくもう!格好悪いったらないわ!」
「いいじゃないか。使徒は倒したんだし」
「良くない!これじゃまたミサトになんか言われるわ!」
「言わせとけばいいじゃないか」
「だめよ!ちゃんと最後までできるところ見せようと思ったんだから!」
「アスカ?」
「あんたのパートナーはあたしだってこと、わからせようとしたんだから!」
それを聞いてシンジは真っ赤になり、聞いていたネルフの面々は大笑いしたとか。
ただレイだけが黙って赤い瞳を光らせていたらしい。
…… to be continued
Copyright by ZUMI
Ver.1.0 1998/08/28
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なんかLASよりもっと露骨な三角関係になりそうな予感が。
綾波が思いのほか積極的だな。
アスカの気持ちも揺れてるみたいだし。
なんか面白くなってきたぞ。