NERV総司令室。
ゲンドウが電話中である。
「そうだ。その問題はすでに委員会に話はつけてある。荷物は昨日佐世保を出港し、今は太平洋上だ」
受話器を置くゲンドウ。顔を上げる。
「聞いた通りだ。明日、葛城一尉と受け取りに行ってくれ」
ゲンドウの前に立つ小柄な人影は黙って頷いた。
二人の同乗者はご機嫌で、はしゃぎまわっているのだが。
「MDU55D輸送ヘリ! こんなことでもなけりゃあ、一生乗る機会ないよ。
全く、持つべきものは友達って感じ。なあ、シンジ?」
「えーっ!?なんだって?」
ヘリのエンジン音がすごくて、ケンスケの言うことなど聞き取れるものではない。
何が気に入らないと言って、この轟音だけはいただけない。まったく耳がどうにかなりそうだ。
反対側の席に座ったトウジは窓にしがみついている。真新しい野球帽がわざとらしい。
前の席に座ったミサトが振り返る。
「毎日同じ山ん中じゃ息苦しいと思ってね。たまの日曜だから、デートに誘ったんじゃないのよン」
「エーッ!?それじゃ今日はミサトさんとホンマにデートっすか?
この帽子、今日のこの日のために買うたんです、ミサトさぁん!」
恥ずかしい奴。いや、この恥も外聞もなさがすごいところなのかも、と妙な感心をする。
「で、どこ行くんです?」
「豪華なお船で太平洋をクルージングよっ」
はあ?まさか真に受けるわけにもいくまいが。
雲が切れて海面が望めるようになる。
「おおおっ!空母が5、戦艦4、大艦隊だ!ホント、持つべきものは友達だよなあ」
「これが豪華なお船?」
興奮するケンスケに対し、冷ややかなトウジ。
「まさにゴージャス! さすが国連軍の誇る戦略空母、オーバー・ザ・レインボー!」
「あのね。でかいのは認めるけどね」
「よくもまあこんな老朽艦が浮いていられるものねえ」
「いーやいやァ、セカンドインパクト前の、ヴィンテージものじゃないっすか?」
シンジの言葉はミサトとケンスケに完全に無視される。
甲板上へ降りたケンスケは大騒ぎである。あたり構わずビデオカメラを向けておおはしゃぎだ。確かにずらりと並んだ戦闘機や見渡す限りに浮かんだ軍艦は壮観ではあるが、どれもこれも老朽艦ばかりだ。たいして戦力になりそうもない。
シンジは甲板に下りると一回伸びをする。ミサトはなぜかあたりをはばかって身をこごめている。やはりケンスケのせいで気が引けているのか。
甲板上は風が強い。トウジの野球帽が風に飛ばされる。あわてて後を追うトウジ。
「止まれ!止まらんかい!」
帽子は赤いパンプスに引っかかって止まる。と、思ったらその靴はトウジの帽子をぐしゃと踏み潰した。
「ヘローウ。ミサト、元気してた?」
帽子を引っ張るトウジを無視して足の持ち主はミサトに声をかけた。
声に振り返るシンジ。そこには赤みかかった栗毛を腰のあたりまで伸ばした少女が立っていた。碧い瞳は白人であることを明かしているが、その言葉使いは流暢な日本語である。
「まあね。あなたも少し背伸びたんじゃない?」
気安い返事をするミサト。興味深げに二人のやり取りを見守るシンジ。
「そ。他のところもちゃーんと女らしくなってるわよ」
どうでもいいけど、トウジの帽子から足を離しなよ。せっかくおニューなんだから。
「紹介するわ。エヴァンゲリオン弐号機の専属パイロット、セカンドチルドレン。惣流・アスカ・ラングレーよ」
ミサトの言葉に挨拶しようと思った瞬間、強い風が吹き上げて、少女のスカートをめくり上げた。
ふーむ、白か。
そう思った瞬間、頬に張り手をかまされた。少女がツバメのように動き回り、トウジ、ケンスケ、シンジの三人に平手打ちをかましていたのだ。
うーん。大した運動神経だ。妙な感心をするシンジ。
「何すんのや!」
トウジが怒り狂っている。まあ、帽子のこともあるし、わからないでもない。
「見物料よ。安いもんでしょ」
うーむ。そうかも。
「何やてェ? そんなもん、こっちも見せたるわ!」
おいおい。
トウジはジャージのズボンを引き下げた。あの、バカ! いっしょにパンツまで降ろしている。
「きゃーっ!エッチ!ヘンタイ!」
もう一発ビンタをくらうトウジ。ま、そりゃ仕方ないわな。
少女は肩で息をしている。
「…で、うわさのサード・チルドレンはどれ? …まさか今の…」
「違うわ。この子よ」
シンジを示すミサト。
「ふーん…」
顔を突き出すようにしてためすがめつするアスカ。あまり気持ちのいいものではない。
「…冴えないわね」
いきなりそんなことを言われる筋合いはないな。
ミサトは身分証を示している。
「おやおや、ボーイスカウト引率のお姉さんかと思っていたが、それはどうやらこちらの勘違いだったようだな」
皮肉は親父だな、こいつ。
「ご理解いただけて幸いですわ、艦長」
うーん。ミサトさん、大人だな。
「いやいや、私の方こそ久しぶりに、子供たちのお守りができて幸せだよ」
かさにかかって。いやなやつだ。まあ、ケンスケがはしゃぎまわってるから、そう言われてもしょうがないか。
「このたびは、エヴァ弐号機の輸送援助、ありがとうございます。こちらが、非常用電源ソケットの仕様書です」
「フン……だいたいこの海の上であの人形を動かす要請なんて聞いちゃおらん!」
「万一の事態に対する備え、と理解していただけますか?」
ミサトさん、そんなににこやかにして、後でキレるんじゃないだろうな。だんだん心配になるシンジ。
「その万一に備えて、我々太平洋艦隊は護衛しておる。いつから国連軍は宅配屋に転職したのかな?」
いいかげんに騒ぐのやめろよ、ケンスケ。ミサトさんが迷惑してるじゃないか。
「某組織、が結成された後だと記憶しておりますが」
こいつもいやみな副長だな。
「オモチャひとつ運ぶのにたいそうな護衛だな。太平洋艦隊勢揃いだからな」
「エヴァの重要度を考えると足りないくらいですが。……では、この書類にサインを」
書類を差し出すミサト。
「まだだ!」
ミサトさん。笑顔が引きつってるよ。
「エヴァ弐号機および同操縦者はドイツの第3支部より我が艦隊が預かっておる。君たちの勝手は許さん」
勝手なことを。わざわざ受け取りに出向いて来てるってのに。
それにしても、なにしれっとしてるんだ?この女は。シンジはアスカをにらむ。
「では、いつ引き渡しを?」
「新横須賀に陸揚げしてからになります」
「海の上は我々の管轄だ。黙って従ってもらおう」
副長と艦長が口々に言う。
「わかりました。ただし、有事の際は我々NERVの指揮権が最優先であることをお忘れなく」
「カッコエエー」
ミサトに見とれていたトウジはその場にそぐわないことを言う。
「なんか、リツコさんみたいだ」
シンジの感想である。
「相変わらずりりしいナア」
背後から男の声がかかる。
「加持センパ〜イ」
その声に振り向いたアスカは急に声色をころっと変えて手を振る。
なんだなんだ。そのわざとらしい笑顔は。
艦橋入り口のドアの隙間から長髪でにやけたの男が顔をのぞかせる。片手をポケットに突っ込んだ姿はちょっときざだな。
「よっ」
ミサトの顔色が変わり、持っていた書類が床に落ちた。
ん?知り合いか?この二人。
シンジはミサトの胸に顔を押し付けられて困惑している。
だが、気にもせずミサトは加持にかみつく。
「何であんたがここにいるのよっ!?」
「彼女(アスカ)の随伴でね。ドイツから出張さ」
「う…うかつだったわ。十分考えられる事態だったのに」
頭を押さえるミサト。
「ちょっと!、さわらないでよ!」
ミサトとアスカが同時に叫ぶ。
「「仕方ないだろ!」」
同時に答えたのはトウジと加持。
ん?どうしてシンジはお目こぼしにあずかっているんだ?
ひょっとして男として認められていないのか?
テーブルにコーヒーが並んでいる。
テーブルを挟んで座るミサトと加持。その周りに子供たち。
にやけた笑顔をミサトに向ける加持。それを見てミサトを睨み付けるアスカ。三人三様である。
「…で、今、つきあっている奴とか、いるの?」
視線を逸らせたままのミサトはかなりご立腹である。
「そ、それが、あなたにどういう関係があるっていうの?」
「つれないなあ」
テーブルの下で加持の足はミサトの足をつついていたが、払いのけられる。ま、このへんは大人の駆け引きだろう。
「…あ、君は今、葛城と同居してるんだって?」
急に質問をシンジに向ける。
「え? ええ」
「彼女の寝相の悪さ、……直ってる?」
「「えええええーっっ!!」」
シンジ以外の子供たちは妙な格好でのけぞったまま凍りつく。
ミサトは真っ赤になって、テーブルをたたいて立ちあがる。コーヒーカップからコーヒーがこぼれる。
「何言ってんのよ!?」
加持はミサトを一瞥しただけで言葉を続ける。
「相変わらずか? 碇シンジ君」
「さあ?ぼく、ミサトさんの寝相、見たことありませんから」
拍子抜けした顔の加持。アスカの硬直がようやく解ける。
「どうして僕の名前を?」
「そりゃあ知ってるさ。この世界じゃ、君は有名だからね」
アスカは横目でシンジを睨み付ける。
「何の訓練もなしに実戦でエヴァを動かしたサード・チルドレン」
「偶然ですよ」
「偶然も運命の一部さ。才能なんだよ、君の」
「…」
黙って相手を観察するシンジ。
アスカはシンジをにらみ続けている。
「じゃ、僕はこれで」
加持はそれだけ言うと立ちあがった。
しかしミサトとトウジ、ケンスケの三人はまだ硬直したままである。
「…冗談。 …悪夢よ」
頭を抱えたまま青ざめるミサト。若気の至りとはげに恐ろしい。
加持とアスカが話している。
「どうだ? 碇シンジ君は?」
「つまんない子。あんなのがサード・チルドレンなんて、幻滅」
「でも、いきなりの実戦で、彼のシンクロ率は、90を越えたっていうぞ」
「うっそお!」
アスカは目を見開いている。
「なんか面白い人ですね、加持さん」
「昔からああなのよ。あのぶわーか!」
ミサトはそっぽを向いている。よほどいやな思い出があるのか?
「サード・チルドレン!」
強気そうなアスカの声に思わず振り仰ぐ。
見ると、アスカが、片手を腰にあてて、こちらを見下ろしながら行く手を遮っている。
「ちょっと、つきあって」
甲板にあきれるほど大きな防水シートがかかっている。そのシートをめくり上げるアスカ。のぞき込むシンジ。
「ふーん。弐号機って赤いんだ」
「違うのはカラーリングだけじゃないわ」
シンジに挑戦的な目を向けるアスカ。
弐号機は船倉に張られた水の中に横たえられている。元はタンカーなのか?この船は。タラップを水面まで降りる。ドラム缶で作られた浮き橋の上に立つシンジ。
「所詮、零号機と壱号機は、開発過程のテストタイプとプロトタイプ。訓練なしのあなたなんかにシンクロするのがいい証拠よ」
船倉の中にアスカの声がこだます。アスカは弐号機の背中の最上部、エントリープラグカバーの上あたりに立ちはだかる。いつの間にあんなところに登ったんだ?
「でも弐号機は違うわ。これこそ実戦用に作られた世界初の本物のエヴァンゲリオンなのよ!制式タイプのね!」
なんだか偉そうだなあ。でも足を滑らしたら危ないと思うけど。
突然の衝撃音に船体が震える。浮き橋が揺れてあわてるシンジ。
「水中衝撃波! 爆発は近いわ!」
弐号機から駆け下りるアスカ。うーん。すごいバランス感覚だな。感心するシンジ。
甲板に駆け上がる二人。
遠方の護衛艦が水柱に包まれている。続いて黒煙も。
水柱が立て続けに沸き起こる。何かが水中にいるのだ。
「あれは、使徒だな…」
「あれが?本物の?」
「どうする?…ミサトさんのところに戻るか!?」
デッキの手すりから身を乗り出して見つめていたアスカは、顔をそむけるとにやっと笑った。
「チャーンスッ!」
ミサトの協力の申し入れは拒絶されたようだ。
「ちょっと。どこ行くんだよ!?」
そのころシンジはアスカに引きずられて輸送船の船室にいた。
「ん?」
人気の無い階段をのぞき込むアスカ。
「ちょっとそこで待ってなさいよ!」
階段の下部でプラグスーツに着替え始めるアスカ。
待たされ続けてシンジはひょいと階段下をのぞき込む。
「きゃーっ!覗かないでよ!エッチィ!」
あわてて顔をひっこめるシンジ。真っ白な背中が目に焼き付いてしまった。
しかし、後ろも見ないでどうして分かるんだ?
「なんで男の子ってああバカでスケベなのかしら?」
ぶつぶつ言うアスカ。それが男のサガというものです。
プラグスーツの空気を抜き、体に密着させるアスカ。さすがにプロポーション抜群!?
「アスカ、行くわよ」
「ん?」
「さあ!行くわよ!」
「え?」
「あんたも、来るのよ!」
「…」
一瞬あっけに取られるシンジ。
「ちょっと待って。まさか一緒にエヴァに乗れってこと?」
「そうよ!」
「それは止したほうがいいよ。ノイズが入ってシンクロがうまくいかなくなるよ」
「あたしはそんなもの関係無いわ!」
「でも、僕の時はシンクロがめちゃめちゃになってひどい目に会ったよ」
「それは、あんただから、でしょ?」
シンジを睨み付けるアスカ。その瞳を見つめて決心するシンジ。
「わかった。いっしょに行くよ」
アスカの赤いプラグスーツを着込んだシンジ。内股でどこか窮屈そうだ。
「なに、変な格好してんのよ?」
「しょうがないだろ、股が狭いんだ」
「バカ!ヘンタイ!」
「そっちが着せといて、そんなこと言うなよな」
この際なので、多少きついのは我慢することにするシンジ。
意味ありげな視線でそんなシンジを見つめるアスカ。
「なんだよ?」
「けっこう似合うじゃない?女物が」
「どーせ僕はなよっとしてるよ!」
もう、やけくそである。
「ミサトさんの許可は?」
「あんたバカァ?勝った後で貰えばいいのよ」
「ごもっとも」
「あたしの操縦、目の前で見せてあげるわ。ただし、邪魔はしないでね」
「はいはい」
イジェクトされるエントリープラグ。アスカはパイロットシートへ。シンジはそのシートのバックレストにしがみつく。なんかだんだん不安になってきたぞ。
「L.C.L Fullung. Anfang der Bewegung. Anfang des Nerven anshlusses. Ausloses von links kleidung.」
起動プロセスをドイツ語で行うアスカ。彼女の生い立ちからして当然か?
「Sinklo−start」
いきなりエラーの警報が発せられる。
「あ、バグだ。どうしたんだろう?」
「思考ノイズ!邪魔しないでって言ったでしょ!」
だからそう言ったじゃないかあ。そう思うシンジ。
「ちゃんとドイツ語で考えてよ!」
「え?あ。…Ich leibe dich」
ぼんっ!と音がするほど赤くなるアスカ。
「ななな、なんてこと言うのよ!?」
「仕方ないだろ。それしか知らないんだから」
「も、いいわよ!言語を切り替え。日本語をベーシックに」
警報が消える。
「エヴァンゲリオン、弐号機。起動!」
オーバーザレインボーのミサトから入電する。
<かまわないわ、アスカ。発進して!>
それ見たことか、とほくそえむアスカ。
「それより、弐号機の今の装備は?」
「B装備よ。それがどうかしたの?」
「それって、海に落ちたらヤバいんじゃない?」
「落ちなきゃいいのよ」
そういうもんかね。
<シンジ君も乗ってるのね?>
再びミサトの声。
「はい」
<あれ、試せるか。アスカ!出して!>
「行きます!」
弐号機を発進させるアスカ。シートを被ったまま起きあがろうとする。
それに気づいたのか、輸送船に巨大な波が向かう。
身をかがめ、ジャンプの体勢を取る弐号機。
間一髪、弐号機が飛び出した後に巨大な使徒が輸送船を直撃する。
ブリッジを踏み潰してイージス艦に着地する弐号機。シートをまとったその姿は・・・。
「どこよ!?」
「あっち! あと58秒しかないよ」
「わかってる。ミサト、非常用の外部電源を甲板に用意しといて」
<わかったわ>
「さあ、跳ぶわよ」
「跳ぶ?」
身をかがめ、一気に反動で空中に飛び出す弐号機。フリゲート艦や巡洋艦の甲板を次々に足場にして空母目がけて跳躍していく。艦上では乗組員が右往左往している。
空母では予備電源の準備が進む。
「エヴァ、弐号機。着艦しまーす!」
「うわわ」
完全に目の回っているシンジ。
使徒は空母にねらいを定める。
「来る!左舷9時の方向」
叫ぶシンジ。
「外部電源に切り替え」
アンビリカルケーブルのソケットを背中につなげる弐号機。
「切り替え終了!」
「でも、武器がないだろう?」
「プログナイフで十分よ!」
プログナイフを装備する弐号機。初号機と違いカッタータイプだ。
使徒が海上に姿を現す。白い巨体で魚とも取れるような形をしている。
「けっこうでかい」
「思った通りよ」
海上を進む使徒は空中に飛び出す。そのまま空母の甲板上の弐号機に体当たりをかまそうとする。
両手を広げて食い止めようとする弐号機。
激突。なんとか艦橋への衝突は食い止める弐号機。だがその拍子にプログナイフを落としてしまう。
<アスカ!よく止めたわ!>
ミサトの歓声。
だが使徒の重さを支えきれず、弐号機の足の乗った飛行甲板の一部が陥没する。どうやらエレベーターだったらしい。
バランスを崩して海中に落下する弐号機と使徒。
「アスカ!B型装備じゃ水中戦は無理だよ」
叫ぶシンジ。
「そんなの、やってみなくちゃわかんないでしょ!?」
無理だと言ってるのに。ぼやくシンジ。
使徒は海底に達するとすごい勢いで動き始める。
「うっくっ!」
「なんとかしないと…」
アスカは弐号機を使徒にしがみつかせるのに精一杯である。
ケーブルの残りがなくなる。弐号機は使徒から引き離されてしまう。
「しまった!」
使徒を取り逃がし悔しがるアスカ。
「届け物があるんで先に行くわ。じゃよろしく、葛城一尉」
あっけに取られた後、怒り狂うミサト。
「あんの!ぶわーか野郎っ!」
「またくるぞ!」
「くっ!こんどこそ仕留めてやるわ」
レバーを操作するアスカ。しかし弐号機は身動きしない。
「なによ!?動かないじゃなーい!」
「B型装備じゃね」
「どうするのよ!」
「どうするったって」
「だらしないわね。サードチルドレンのくせに」
この際、それは関係ないんじゃ…。使徒が迫る。
「きた!」
使徒が巨大な口を開く。ばかばかしく大きな尖った歯が並んでいる。
「口ぃ!?」
引きつった悲鳴を上げるアスカ。確かにこんな海の底で使徒のエサになりたくはない。
開いた口の奥に赤い光球を見定めるシンジ。
「使徒、だな」
次の瞬間、使徒は弐号機をがぶりと噛みこんでしまった。
「「うわぁっ!!」」
伸びきったケーブルを引きずったまま高速で海底を動き回る使徒。まるで釣り針にかかった魚である。それを見てミサトは一計を案ずる。
「これじゃピンチに逆戻りだ」
「うっさいわね!手を出さないでよ」
「わかってるよ。…離れそう?」
「やってるわよ!」
「アスカ」
「なによ!?」
「おなか、だいじょうぶ?」
「だいじょうぶよ。なに言ってんの?」
シンジは自分の感じる腹部の痛みを黙っていることにした。
<アスカ、聞こえる!?絶対に離さないでね>
ミサトが作戦を説明する。使徒をケーブルをたぐって引き寄せる一方、無人の戦艦二隻を沈降させて使徒の口の中へ突入させ、主砲のゼロ距離射撃で撃破しようというのだ。
無茶な作戦ではあるが、有効かもしれないな。シンジは考える。タイミングを合わせて使徒の口を開けるかが成否の分かれ目だろう。
<二人とも作戦内容はいいわね?>
「なんとかやってみるよ!」
「まかせて!」
アイオワ級戦艦二隻、『イリノイ』と『ケンタッキー』のキングストン弁が抜かれ、ゆっくりと沈み始める。海上は二隻から脱出した乗組員を乗せたボートを回収するので大わらわである。
「ケーブル、リバース!」
ブリッジでミサトが命令を下す。ドラムが回転し、ケーブルを巻き戻し始める。
「「うわっ!?」」
ショックで弐号機が揺れる。ケーブルが巻き取られるにつれて引きずり上げられ始める使徒。うまくいきそうだ。
だが、使徒の口は開きそうにない。
<エヴァ、浮上開始。接触まであと70>
オペレーターのアナウンスが入る。
「口、開きそう?」
「開けるわよ!」
アスカの声にあせりが見える。
<接触まであと60!>
<戦艦二隻。目標に対し沈降中>
どうやら戦艦のほうは順調のようだ。
<エヴァ、上昇中。接触まであと50>
「どう!?」
「もう時間がないわ!」
<目標。テンペストの艦底を通過>
<間に合わないわ!早く!>
ミサトの叫び声が入る。
「アスカ!ごめんよ!」
アスカの上に覆い被さって、一緒に操縦ハンドルを握るシンジ。
「ちょ、ちょっと!なにすんのよ!?」
「だからごめんって」
「変なとこ触んないでよ!」
「ごめん!あとで謝るよ」
「もう!」
「今は使徒を倒すんだ」
「分かったわよ。考えを集中させるわよ」
「わかってる」
<接触まで、あと20!>
二人で協力して操縦ハンドルを握る。しかし、まだ使徒の口は開かない。
<接触まで、あと15!>
「開け!開け!開け!開け!開け!開け!開け!開け!開け!開け!開け!開け!開け!開け!開け!」
「開け!開け!開け!開け!開け!開け!開け!開け!開け!開け!開け!開け!開け!開け!開け!」
弐号機のシンクロ率が急上昇する。弐号機の目に明かりが点り、一気に使徒の口を引き開けていく。
その瞬間、開いた使徒の口の中に戦艦の艦首が飛び込んでいった。
<撃てぇ!>
間髪を入れずミサトの号令が響く。
戦艦が前部6門ずつ、合計12門の40センチ砲を咆哮させる。
使徒の体が膨れ上がり、ばらばらになって爆発する。
海上に巨大な水柱が立ち上る。使徒の断末魔だ。
オーバーザレインボーの甲板上に弐号機が飛び降りる。そのまま活動停止して崩れ落ちる弐号機。
「なんとかね」
「ちょっともう、どきなさいよ!」
「あ?ああ、ごめん」
「わかってるわよね?」
「何が?」
「あとでお詫びするっていったわよね。なにしてもらおうかしら」
「ええー?」
「なによ?不満そうね。どさくさにまぎれてあたしの胸や腿を触ったじゃない」
「そんなことしてないよ」
「みんなに言いふらしてやろ」
「わかった、わかった。とにかくここを出ようよ」
「そうね」
エントリープラグがイジェクトされる。
中から出てきた二人を見て、ミサトは大笑いした。
「おおーっ!ペアルック」
トウジの珍妙な声。
「いやーんな感じ」
なんだそれは?ケンスケ。
「ほんとにもう、似合ってるわよ」
ひとしきり笑った後、ミサトは涙を流しながら言った。
「記念に写真でも撮っておこうかしら」
「やめてくださいよ!もう」
しかし、この時すでにケンスケのカメラにシンジの姿はばっちり撮られていたとは、この二人も気づかなかった。後にアスカのプラグスーツを着たシンジの写真はプレミアムがついたとか。
新横須賀に入港するまでシンジは空母の乗組員の格好のからかいの対象になったらしい。
「またはでにやったわね」
クレーンで吊り下ろされる弐号機を見ながら、リツコが言う。二人はトレーラーの運転席に並んで座っている。
「水中戦闘を考慮すべきだったわぁ」
「あらぁ。珍しい。反省?」
「いいじゃない。貴重なデータも取れたんだし」
「そうね。ん?ミサト」
「んー?」
「これは本当に貴重だわ。アスカのシンクロ率の記録更新じゃない」
「シンジ君のせいでしょ?」
「あれ?アスカね?」
リツコの声に首を回すミサト。
「んー?」
空母のタラップを降りようとしている二人。仲良く並んでいる。もっともアスカがシンジに何やらまくしたてているが。
シンジは穏やかな笑顔で応えている。
「ずいぶん仲よさそうじゃない?いつの間に?」
「仲いいっていうのかしらねー。アスカが一方的にくってかかってるだけよ」
「そう」
アダムを見下ろすゲンドウと加持。
「人類補完計画の要、ですか」
「そうだ」
「では、これで」
「うむ」
退出する加持。
入れ違いに入ってくる小柄な人影。
「これを見ておくんだ」
「これは?」
「第一の使徒、アダムだ」
「これが…」
二つの人影はしばらく身動きしなかった。
「ま、顔に似合わず、いけ好かん女やったなあ」
「ま、俺たちはもう会うことないさ」
トウジとケンスケがアスカについてくさしている。
「センセは仕事やからしゃーないわな。同情するで、ホンマ」
そんなに悪い子じゃないよ、と考えるシンジ。
ドアが開いて教師が入ってくる。後から女生徒が入ってくる。どうやら転入生らしい。
その顔を見て、トウジとケンスケが奇声を上げる。
「うわ!」「どしぇー!」
彼女は赤みかかった茶色の長い髪と碧い色の瞳をしていた。
教師に促される前に自分の名前を黒板に書いた少女は、くるりと振り向くと澄ました顔でこう言った。
「惣流・アスカ・ラングレーです。よろしくっ」
…… to be continued
なんだかなー。
アスカの性格、あまり変わってないな。
ただ、どうもLASになりそうな予感が・・・。