Childrenに祝福を…

                   by ZUMI



    第三話
    「ためらいと決意」



 第二使徒の残骸は仮設の建物で被われている。シンジはその中に立って、かつて使徒だったものを見上げていた。

「こうなってしまうとただの抜け殻だな」

「どうしたの?シンジ君。考え込んじゃって。怖いの?」

 ミサトが近づいて声をかける。

「あ、そういうわけじゃないんですけどね。

ただ、ちょっと…。どうしてこんなものが現れたのかって」

「そうねえ。

リツコぉ!なにかわかったぁ!?」

 ミサトは作業足場の上にいるリツコに声をかける。

「そうせかさないでよ。せっかくいいサンプルが手に入ったんだから。
ほんと、理想的よ。どこも破壊されてないし。コアだけよく破壊できたものね」

 今ごろ誉められてもあまり嬉しくないのだが。どうせなら戦った直後に言って欲しかったものだ。

「で、どうなの?」

 ワークステーションの前に集まるミサト、リツコ、シンジ。
ワークステーションのまわりは、リツコの臨時の研究室のようになっている。

 紙コップに入ったコーヒーを配るリツコ。思いのほかいい香りがするのは、インスタントではないかららしい。
リツコのこだわりにちょっと微笑むシンジ。

「何かわかった?」

「使徒が粒子と波動、二つの性質を持つ物質からできていることはわかったわ」

「光のようなもの。量子論の基礎ですね」

 シンジの言葉にちょっと目を見張るリツコ。ミサトはなんのことだかわからないらしい。

「そうよ。で、我々の知るどの原子にも該当しないの」

「周期律表の外ってことですか?」

「そうでもないのよ。構成する素粒子が陽子と電子ではないらしいの。強いて言えば陰陽子と陽電子かしら」

「それじゃ、反物質ってことですか?でも、もしそんなものなら通常の陽子や電子と触れたら、それだけで爆発しません?」

「そうね。だから、それだとも言いがたいの。見て、MAGIの分析結果よ」

 リツコはマウスを操作して画面を一つ呼び出す。画面にはコード601とだけ示されている。

「なによ、これぇ?」

「解析不能の識別コードよ」

「つまりわけわかんない、ってわけえ?」

「つくづくあたしたちの科学の限界を思い知らされるわね。

で、見てもらいたいのはこれよ」

 画面が切り替わり、何かの配列パターンが示される。

「これって?」

「そう。構成要素に違いがあっても、遺伝子の配列パターンは人類に酷似してるわ。合致率は99.89%」

「それって、まさか」

「限りなく人間に近い、ってことですか」

「そういうことね」

 シンジの言葉にリツコはにっこりする。

「もう一つの人類、ですか」

 シンジの考え深そうな声。

「そうだとしたら、互いの存亡を賭けた戦いになるわね、この戦いは」

 ミサトはきっぱりと言いきった。

 その脇を冬月を伴ったゲンドウが歩いていく。

「司令!」

 振り向くゲンドウ。表情は変わらない。

「シンジか。司令はよさないか」

「ごめん。ここではそのほうがいいかと思って」

「そうか。なら好きにするといい」

 そのまま歩き去るゲンドウ。見送るシンジ。そんなシンジを見つめるミサトとリツコ。
ただ、その表情は微妙に違う。

 声をかけたものの、結局無視された格好のシンジは、立ち尽くしたままゲンドウを見守っている。

「シンジくん?」

「ミサトさん。司令の、父さんの手、どうしたんです?」

 手袋を脱いでコアの残骸に触れているゲンドウの手に目を留めたシンジが聞く。

「手ぇ?司令の手がどうかしたの?」

「やけどしてるみたいだから」

「やけど?リツコぉ。なんか知ってる?」

「シンジ君。あなたがここにくる前に零号機が暴走した事故があったことは知ってるでしょう?」

「はい」

「そのとき、司令は一人で排出されたエントリープラグの中からレイを助け出したの。
過熱したハッチをむりやりこじ開けて。あの傷はその時のものよ」

「とうさんが?」

 シンジは苦笑する。

「とうさんらしいや」

「どうして?」

「いつもそうなんですよ。いつもは冷たいふりしてますけど、いざとなるとなりふりかまわないから」

「司令のこと、よく知ってるわね。

ずっと会ってなかったのに?」

 リツコのちょっと皮肉な言葉に穏やかな笑顔を返すシンジ。

「そんなに性格変わるものじゃないでしょう?
昔はそうだったんですよ。今だって、そうは変わらないと思ってます」

「おとうさまのこと、信じてるのね?」

「信じてる、っていうか。信頼はしてます」

「そう。すごいわね」

「リツコぉ。なにからんでるのよ?」

「え?べつにそういうわけじゃないわ」

「そーおぅ?シンジ君いじめて楽しい?」

「いじめてなんかいないわ。ただちょっとね、(うらやましいだけ)」

 リツコの言葉は後半、心の中でだけで語られた。

「事故って、どんなぐあいだったんです?」

「え?ああ、あの事故ね」

 気を取りなおすリツコ。

「零号機の始めての起動実験だったわ。途中まではうまくいったんだけど、起動レベルを越えたところで神経接続がおかしくなったの。
停止信号も受け付けず、暴走状態になったわ」

 眉をひそめながら語るリツコ。

「電源を切断して強制的に停止させたけど、それまで零号機は荒れ狂ってたわ」

 ゲンドウめがけて殴りかかったことは語らないリツコ。

「そのときね、レイの乗ったエントリープラグがイジェクトされてケージ中を飛び回ってね。
レイは中でもみゃくちゃにされたわ」

「怖かったろうな」

「…シンジ君も怖いと思う?エヴァに乗って」

「怖いです。正直言えば」

 優しく笑うリツコ。

「シンジ君のそういうところ、すごいと思うわ」

「は?なんでです?」

「なんでかしらね」

「リツコぉ。なに一人で悦に入ってるのよ。なーんかたくらんでない?」

「あら、たくらんでるのはミサトでしょう?」

 結局、じゃれあいたいミサトとリツコである。




 第一中学校の校庭。今は体育の時間中である。
男子はバスケット、女子は水泳である。なんか、差別ではないかと考えるシンジ。
休憩の間、なんとなくプールのほうへ目を向ける。

 綾波、今日も一人か。
シンジの目にようやく包帯が取れたものの、異様なほどの肌の白さを際立たせるレイの姿が映る。

「なーに熱心に見とんのや?センセ」

「あ?ああ、あれ」

「綾波か?」

「くー、センセも隅に置けんな」

 なぜかトウジとケンスケにかまわれるシンジ。
先日の一件のあと、ケリをつけて(双方ぶったおれるまでなぐりあった)、意気投合したのだ。

「やっぱ、ええカラダしとんもんなあ」

「そ、そうじゃなくて」

「まーた、またあ。」

「「綾波のムネ、綾波のフトモモ、綾波の」」

 思わずのけぞるシンジ。

「「ふくらはぎっ」」

 がっくりとなるシンジ。

「あー、おどかすなよ」

「なんでや?」

「どうしてさ」

「もっとすごいこと言うかと思った」

「「こんのお!ドスケベ!!」」

 二人に殴られるシンジ。だがその姿は楽しそうである。

「でもさあ」

「なんや?」

「どうして綾波はいつも一人なんだろう?」

「そうやなあ。一年のときに転校してきて。ずっと友達おらんな」

「なんか、近寄りがたいんだよ」

「性格、悪いんちゃうか。ほんまは」

 選手交代で呼び出されるシンジたち。

「シンジのほうが同じエヴァのパイロットだし、いろいろ話しするんじゃないのか?」

「あまり話す機会がないんだ」

「そうなのか?」




 ネルフ本部内、第七ケージ。シンジはエヴァに搭乗したまま待機中である。

 まったく、毎日毎日テストテストテスト。よくまあ、次から次へとやることがあるもんだ。
エントリープラグの中で、なぜか空き時間ができて所在無い状態である。

 多少、皮肉っぽい考えが浮かんでも無理はない。

 向こう側に同じく待機中の零号機の側面が見える。
エントリープラグがハーフイジェクトされ、ハッチが開いている。横着なシンジと違い、レイはエントリープラグ周りを自分で点検している。

 そのレイに近づくゲンドウ。シンジの眉がひそめられる。
ゲンドウの前に飛び降りたレイは何か話し始める。当然、音声のモニターはできない。穏やかな顔で相手をしているゲンドウ。

 レイの顔に笑顔が浮かぶ。

「綾波」

 つぶやくシンジ。

「とうさんには、ああいう顔するんだ」




 その夜、葛城宅にお客が来た。
リツコである。私服に着替えたリツコはいつもの白衣姿とだいぶ印象が違う。
金髪のせいか客商売の女性のようにも見える。

「さーて、いただきますか」

 ほかの二人の前にはカレーが置かれているのに、ミサトの前にはカップ麺が置かれている。

「シンちゃーん、それ、ここへ入れてねえ」

  カップの蓋を開けるミサト。

「いいんですか?」

「いいのいいの。どっぶゎーと入れちゃって」

 引きつった顔で見守るリツコ。しかし、止めようとはしない。ミサトの嗜好は心得ているのか。

「お湯を少なめにするのがコツよ~」

「ミサトさん、塩分取り過ぎですよ。高血圧になりますよ」

 シンジの言葉もどこ吹く風。おいしそうに食べ始めるミサト。

「大丈夫よ、シンジ君。ミサト、もともと低血圧気味だからちょうどいいのよ」

「はあ。そういうもんですか」

 リツコの言葉になぜか疲れを感じるシンジ。

 二人してスプーンを口に運び、同時に石になる。

 ま、まずい。

「これ、作ったのミサトね」

「は、い」

「インスタントでしょ、これ。それでどうしてここまで。
今度呼んでいただく時はシンジ君の料理当番の時にしてもらうわ」

「なによお、それ?」

「ミサト、いったい何を入れたの?この中に」

「え?カレーだけよお」

「うそおっしゃい」

「え、だからあ。ルーのまんまじゃつまらないだろうと思ってえ、調味料を少し」

「何が入ってるかは聞かないことにするわ」

 青ざめた顔でカレーを見つめるシンジ。
隣りの部屋から何かが倒れた音がした。見ると皿に盛られたカレーを前にして、ペンペンが泡を吹いて倒れている。
犠牲者第一号に合掌。

「シンジ君。悪いことは言わないわ。がさつな同居人のせいで人生を台無しにする前に、考え直しなさい」

「もう慣れましたから」

「そうよお。人間の環境適応能力をあなどってはいけない」

 ビールを飲みながら言うミサト。

「なにをえらそうに。自分がゴキブリ並みの生命力だからって」

「ちょっとお。それはないんじゃない」

「そうかしら。このあいだまでゴキブリの巣並だったじゃない、ここ。ねえ、シンジ君」

「え、あ、いや」

 いきなり振られてあわてるシンジ。

「そ、そこまでひどくは…」

 フォローになってない返答をするシンジ。ミサトがむくれている。

「やっぱり引っ越したほうがいいわ。」

「どこへよ?」

「どこだっていいわ。部屋が見つかるまであたしの所に居たっていいし」

 リツコの言葉にミサトの額に血管が浮き上がる。

「なによお。だいいちまた引越しするのは大変よ。せっかく正規のIDカードができたばかりなのに」

 ムキになるミサト。

「そういう問題じゃないわ。あ!」

 リツコはハンドバッグをまさぐり始める。

「シンジ君、レイの更新カード出来ていたんだけど、渡しそびれてたの。明日、渡しといてくれないかしら」

 カードを差し出すリツコ。受け取ってカードを見つめるシンジ。

「どーしちゃったのぉ? レイの写真をじっと見ちゃったりなんかしてぇ。

ひょっとしてシンちゃん……」

 実に嬉しそうに突っ込みを入れるミサト。どうも、こういうことが大好きらしい。

「綾波って、きれいな子なんですね」

 ビールを吹き出すミサト。見事にリツコにかかる。

「ちょっと!汚いわね!」

「ああ、ごめんごめん。それにしても…」

 カードをしまっているシンジを見やるミサト。

「からかい甲斐ないわね」

「ミサトさんを喜ばせても仕方ないですからね」

「あんなこと言ってるぅ」

「シンジ君のほうが一枚上手ってことね」

 ハンカチで服をぬぐいながらリツコが答える。

「ミサトにどうにかなるとは思えないわ」

「むー」

「じゃ、片付けますから」

 食器を持って立ち上がるシンジ。

「ねえリツコ。シンジ君、レイとどうなの?実際のところ」

「どういう意味かしら?」

「パイロット同士として、意思疎通はうまくいってるのかってことよ」

「そういう意味なら、必要にして十分というところかしら」

「そう」




 翌日、教室でレイの姿をを探すシンジ。

「なにきょろきょろしとんのや、シンジ」

「え、ああ。綾波に渡すものがあって」

「ほおお!ずいぶん大胆だなあ」

「そうだぞう。教室でいちゃつくもんじゃないぞ、シンジぃ」

 トウジとケンスケがさっそくからかおうとする。

「あのね!なんか誤解してないか、二人とも。
僕はセキュリティカードを渡そうと…」

「わかったわかった。それよりバスケットしようぜ」

「そうそう。早くしないとリングを取られちゃうぜ」

「ちょ、ちょっと待てよ」

 二人に引きずられてグラウンドへ出て行くシンジ。
結局、バスケットボールに夢中になってしまう。

 渡しそびれてとうとう放課後になってしまう。レイはさっさと教室を出て行こうとする。

「あ、綾波」

 振り向こうともしないレイ。

「ちょっと待てよ」

 後を追おうとするが、後ろから捕まえられる。

「掃除当番、逃げるんじゃないぜ」

「そうじゃないって。あ、あ」

 教室を出て行くレイ。

「あーあ」

 がっくりしながらモップを持つシンジ。


 老朽化が進み、解体作業の始まっている高層アパート街。そこにシンジはいた。

「ほんとにここでいいのかな」

 階段を上がるシンジ。そこらじゅうにゴミが散らばっている。

「ここか」

 表札を見上げる。「綾波」と書かれた紙が貼ってあるだけである。
インターホンのボタンを押す。チャイムが鳴っている気配はない。

「? 壊れてるのかな」

 何気なくドアハンドルを回す。ドアはあっさり開いてしまう。

「え?」

 中をのぞき込む。薄暗くてよく分からない。

「綾波!? 綾波! いないのか?」

 意を決して踏み込む。

「失礼するよ」

 中は郵便物が散乱し、ほこりだらけである。
しばらくためらった後、靴を脱ぐ。

 入って右手にキッチン、左手がバス、奥が部屋らしい。典型的ワンルームの間取りだ。
カーテンの締め切られた部屋は照明も壊れて薄暗くなっている。

 ベッドの上に学校の制服、部屋の隅に洗濯物がぶら下がっている。冷蔵庫脇に空き缶の詰まったビニール袋。

 奥のチェストの上で何かが光っている。歩み寄るとメガネであることがわかる。

「綾波の?わけないよな」

 メガネを手に取る。男物である。レンズがひび割れている。
ツルに名前が書いてある。IKARIと。

「とうさんのメガネ?」

 何気なく自分でかけてみる。視界がゆがむ。とても掛けていられない。

 メガネを外そうとしたとき、背後に気配を感じた。
振りかえると、素っ裸でタオルを肩から掛けただけの姿のレイが目に入る。どうやらシャワーを浴びていたらしい。

「あ、綾波!?こ、これは…」

 レイの目つきがきつくなる。すたすたと近づくと手を伸ばしてメガネを取ろうとする。
反射的にのけぞろうとするシンジともみ合いになる。

「あ、や。ちょっと…」

 もつれあって倒れる二人。
なぜかチェストをひっかけて中身をぶちまけてしまう。中から出てきたのはブラジャーの山。
なんでこんなにブラジャーを持ってるんだ?こんな場合なのにバカな疑問が浮かぶ。

 もつれあったまま動けない二人。互いの瞳を覗き込み合う。
そのまま時間が過ぎる。

「どいてくれない?」

「え?あ!うわっ!」

 シンジの左手はレイの右胸を包み込むようにしておさえている。
あわてて飛びのく。

「ごっ、ごめん!わざとじゃ、わざとじゃないんだ」

 うろたえるシンジ。レイは下着をつかむとバスルームに駆け戻ってしまう。

 そのまましばらく沈黙の時間が過ぎる。拷問とも思える時間が過ぎる。

「制服」

「え?」

「制服、取って」

「あ、ああ」

 ベッドの上から制服をつかんでバスルームへ向かう。

「ここに置くよ?」

「よこして」

 バスルームのアコーデオンカーテンが少しだけ開き、手が出てくる。

「あ、うん」

 制服をつかむとカーテンが閉まる。

 シンジは部屋に戻り、所在無く立ち尽くす。
ふと、周りを見回す。冷蔵庫の上にビーカーと薬袋。水が入っている。

「綾波、どこか体が悪いのかな」

「そんなこと、ないわ」

「綾波!?」

 振りかえると制服を着たレイが立っている。

「さ、さっきはごめん」

「いいわよ」

 一見いつもの無表情に見える。

「あ、あの」

「なに?」

「あ、あの。えと。なんだっけ…」

 自分で何を言っているのかわからなくなる。

「いや、だから。その」

「用がないなら行くわ」

「あ、ちょっと」

 レイはさっさと玄関へ向かう。

「待ってよ」

 後を追うシンジ。

 建物から出たところでようやく追いつく。

「はあはあ。そんなに急がなくったって」

 返事しないレイ。

「そ、そうだ。これ」

 ようやく本来の用件を思い出すシンジ。レイにIDカードを渡す。

「これ、リツコさんから」

「…。ありがと」

 表情を変えずに受け取るレイ。

 それっきり話し掛けるきっかけを失ってしまうシンジ。

 電車の中でも完全に無視されてしまう。




 ネルフ内部。地下へ向かう長いエスカレーターの上。

「さっきはごめん」

「もういいわ」

 そっけないレイ。

 しばらく沈黙。

「これから再起動試験だよね。
今度はうまくいくといいね」

 帰ってきたのは沈黙。

「綾波は、怖くない?」

「なにが」

「またあの零号機に乗るんだろ?」

「そうよ」

「よく乗れるね」

「どうして?」

「前の実験でケガしたんだろ」

「あなたは実戦に出てるじゃない」

「それはそうだけど」

「だったら、大したことじゃないわ」

「そうかもしれないけど」

 沈黙が再び訪れる。

「あなた、碇司令の子供でしょ?」

「うん?」

「信じられないの? お父さんの仕事が」

 しばらく沈黙。

「人間のやることに完璧はないよ」

 くるりとレイは振り向くと、平手打ちを一発見舞わせる。
そのまま先に駆け下りてしまう。

ぼう然として見送るシンジ。

「なにか怒らせるようなこと、言ったのかな」




 シンジはケージの中を見下ろすコントロールルームにいる。
レイはすでに零号機の中。することのないシンジはオペレーターの動きを見守るしかない。

「レイ。聞こえるか」

「はい」

 ゲンドウが命令を下す。

「これより零号機の再起動実験を行う。第一次接続開始」

 オペレーターの手が動き始める。
見守るゲンドウ、リツコ、ミサトら。

 綾波はなぜこれに乗るのだろう。何を考えているのだろう。ぼんやりと考えるシンジ。
知らず知らずシンジの手は自分の頬をなでている。レイに叩かれた頬を。

 今回は順調に起動手続きが進んでいく。起動レベルをクリアし、皆息をつく。

「零号機、起動しました」

「了解」

 落ち着き払ったレイの声がモニタから流れ出る。

「綾波」

 シンジのつぶやきは誰にも聞き取れなかった。




 司令用コンソールのインターホンが点滅する。ハンドセットを取り上げるゲンドウ。

「…。わかった」

「どうした?碇」

 問い掛ける冬月。

「未確認飛行物体が接近中だ」

「恐らく、第五の使徒だな」

「テスト中止、総員、第一種警戒体制」

 オペレーター達の動きがあわただしくなる。

「初号機はどれくらいで出せる?」

「380秒で出せます」

 ゲンドウの問いにリツコが答える。

「シンジ。出撃だ」

「敵は?」

「駿河湾上空だ。すぐに来る」

「わかった」

 駆け出すシンジ。

「零号機は出せんのか?」

「まだ戦闘に耐える状態ではない」

 背後からゲンドウと冬月のやり取りが聞こえる。

 おっとり刀でケージへ駆けつける。
プラグスーツを着込んでいたのは幸いだったというべきなのだろうか。

 手早くチェックをしエントリープラグへもぐりこむ。すぐに格納される。

 命の吹き込まれたモニターに、デッキに佇むレイの姿が映る。思わずズームアップするシンジ。
レイの表情を読むことはできない。

「いい!?シンジ君。地上に出たらすぐに戦闘よ!」

「わかってます」

 そう答えたものの、ちらりと不安がかすめる。
あまりに状況がわからなすぎる。

「発進!」

 考える間もなく、打ち出されてしまった。あっという間に地上へ出てしまう。

 ピラミッドを上下にくっつけたような正八面体をした使徒の縁が発光する。

「目標内部に高エネルギー反応!周辺部を加速。収束していきます」

 オペレーターのシゲルが叫ぶ。

「何ですって!?」

「まさか…」

 ミサトとリツコの叫びは、しかし何にもならない。

 エヴァが地上に到着し、シャッターが開く。

「だめ! よけて!」

 しかしすでに遅く、使徒の放った加粒子ビームが初号機の前部装甲を貫いていた。

 絶叫を上げるシンジ。

「シンジ君!」

 ミサトの悲鳴が響き渡る。




「戻って!早く!」

 ミサトの叫びに緊急回収される初号機。

「パイロットは?」

リツコの切迫した声。

「心音微弱。生死不明」

「心臓マッサージ!急いで!」

 電気ショックに跳ね上がるシンジの体。すでに意識はない。

「シンジ君は?」

「生きています」

「ケージへ行くわ。後、よろしく」

 ミサトはリフトでケージへ向かう。

「パイロット、脳波乱れてます」

「生命維持システム最大」

 リツコの声も焦りを隠せない。

「プラグを強制排除して!早く!」

 ケージにたどり着いたミサトはメカニックに怒鳴る。
シンジは鼻から血を流して気を失っている。

「シンジ君!」

 ミサトが悲鳴を上げる。




 地上では使徒に対する攻撃が続行されている。ただそれは、相手の力量をはかる意味合いが強い。
本来ならば最初に実施すべき性質のものである。

 使徒は平然とそれらを跳ね返し、ジオフロント直上へ侵攻する。
使徒は巨大なシールドを降ろし、掘削を開始する。

 シンジは集中治療室の中で昏睡状態である。
その間にも初号機の修理、対使徒戦闘の作戦準備が進む。

 ミサトは大出力陽電子砲による一点突破作戦を立案し、ゲンドウの承認を得る。
俄然あわただしくなるネルフ本部内。戦自研のポジトロンライフルの徴発にミサトとレイは出かける。
電力源の調達にマコトが日本中の電力会社に連絡を取る。
使徒の加粒子砲の防御のために盾が準備される。

 着々と準備が進む中、シンジは眠り続ける。

 夕方、シンジの容態はようやく安全域に入る。
病室に移されるシンジ。まだ眠りつづけている。

 レイが食事の入ったトレーを乗せたカートを押して、病室に入ってくる。
気配で目覚めるシンジ。

「綾波?」

 視界がまだぼやけてよくわからない。

「明日、午前0時より発動されるヤシマ作戦のスケジュールを伝えます」

「?」

 スカートのポケットから小さな手帳を取り出して読み上げるレイ。

「碇、綾波の両パイロットは本日17:30、ケージに集合。
18:00、初号機及び零号機起動。18:05、発進。
同30、二子山仮設基地到着。以降は別命あるまで待機。
明朝、日付変更と同時に作戦行動開始。」

 眉をひそめるシンジ。

「これ、新しいの」

 放り出された新しいプラグスーツを見つめるシンジ。
条件反射のように体を起こす。

「寝ぼけてそのままの格好で来ないでね」

「?」

 自分が素っ裸であることにやっと気づく。

「うわわ!」

 あわてて毛布にもぐりこむ。

「お、教えてくれたっていいじゃないか?」

「どうして?」

「こっちは死にそうな目に会ったってのに。少しはいたわってくれたって…」

「…いたわってるわよ」

「?」

 レイを見上げる。しかし表情はつかめない。

「そう。…そうかもね。ありがとう」

「食事」

 シンジの礼の言葉にもそっけないレイ。

「食べられそうにない」

「60分後に出発よ」

 枕に頭を倒すシンジ。

「またあれに乗るのか」

「そうよ」

「…」

 黙りこむシンジ。

「食べないと、もたないわよ」

「わかってる」

 もう一度体を起こすシンジ。

「もう少ししたら食べるから」

 両手を組む。気がつくと両手が細かく震えている。

「あれ?」

「?」

 かたかたと歯が鳴っている。
歯の根が合わないというのはこういうことか、と妙に冷静な自分が考える。

「あれ?おかしいな。
エヴァに乗ることを考えたら。
震えが止まらないよ」

 自分で自分の腕を押さえつけようとするシンジ。

「は、はは。笑っちゃうよ。なんでだろ?」

「怖いの?
乗りたくないなら、あたしが初号機に乗るわ。
赤木博士に頼めば初号機のパーソナルデータを書き換えてくれるから」

「綾波?」

 いつになく饒舌なレイにいぶかしげな視線を送るシンジ。

「じゃ、葛城一尉と赤木博士がケージで待っているから」

 そのまま出口に向かうレイ。

「さよなら」

 ドアが閉まる。

「さよなら、って。まだ乗らないなんて言ってないじゃないか。ただ…」

 天井を見上げるシンジ。

「どうしてこんなことになったのかと思っただけさ」

 天井を見つめるシンジ。震えは止まらない。

「やっぱり、少し相手をなめてたかな…」

 返事はない。




 一時間後、シンジは再び初号機の中にいた。
プラグスーツを着て現れたシンジに、レイは何も言わなかった。
ただ、表情のない瞳をしばらく向けていただけだった。

 ミサトの簡単な説明を受けて、直ちに発進準備をする。

「いい?最初は戦闘を避けて。発見されなければなおいいわ」

「射出口はここ。そのまま箱根火山を迂回して箱根湯本へ出て」

「ここって。学校のすぐそばじゃないか」

 リツコの言葉に首を振るシンジ。

「ほんとにそこらじゅうが要塞なんだな」

「待機地点はここ。朝日滝近傍。わかったわね」

「わかりました」

「それでは、準備開始。エヴァンゲリオン、発進!」

 レールで移動する二体のエヴァ。レイの零号機は巨大な楯を持っている。
山肌の中腹に設けられた射出口から出る、二体のエヴァ。

 やはり学校がすぐそばに見える。ズームアップすると屋上に生徒が何人かいて、手を振っているのがわかる。

「トウジ、ケンスケ。みんな…」

 唇を噛みしめるシンジ。

「今度は絶対に勝つ」




 二子山へ上る道は移動変電車で埋め尽くされている。麓の新小田原市街から太いケーブルが無数に延びてきている。

 電源テストのアナウンスが響く。

 使徒のシールドがネルフ本部に到達するまで、残り四時間を切る。

 ようやくポジトロンライフルが到着する。

「精密機械だから慎重にね」

「でも、こんな野戦向きじゃない兵器、役に立つんですか?」

 疑問を呈すシンジ。

「仕方ないでしょ。間に合わせなんだから。」

「大丈夫ですよね」

「理論上はね。でも...撃ってみないとわからないわ。こんな大出力で試射したこと、一度もないから。」

 理論上、か。つごうのいい言葉だと思う。それが間違っていても、それは理論上、の一言ですまされてしまう。

 憮然とした表情のシンジ。

「本作戦における担当を伝達します。シンジ君?」

「はい」

 ミサトの声に顔を上げる。

「初号機で砲手を担当」

「はい」

「レイは零号機で防御を担当して」

「はい」

「これは初号機とシンジ君のシンクロ率の方が高いからよ。
今回はより精度の高いオペレーションが必要なの。
陽電子や地球の自転、磁場、重力の影響を受け直進しません。
その誤差を修正するのを忘れないでね。
正確に。コア一点のみを貫くのよ。」

「練習もなしにですか?」

 リツコの言葉はあまりに安易だと思う。人間は機械ではないのだ。いきなりうまくいくはずがない。

「大丈夫。あなたはテキスト通りにやって。最後に真ん中にマークが揃ったらスイッチを押せばいいの。
後は機械がやってくれるわ。
それから、一度発射すると冷却や再充電、ヒューズの交換などで次に撃てるまで時間がかかるから。」

「じゃ、もしはずれて使徒が撃ち返してきたら?」

「今は余計なことを考えないで。一撃で撃破することだけを考えなさい。」

 そんなものは作戦じゃない。そんなに都合よくいったらおなぐさみだ。

「要するに後がない、ってことか」

「私は。私は初号機を守ればいいのね」

 それまで黙ってやり取りを聞いていたレイが口を開く。

「そうよ」

「分かりました」

「時間よ。ふたりとも準備して」

「「はい」」

 ミサトの言葉にエヴァに向かう二人。




 カーテン一枚を隔ててシンジとレイが着替えている。
いったいネルフの大人たちは何を考えているのだろう?
いくら臨戦体制とはいえ、ふつう男と女を同じ部屋で着替えさせるか?
そんなシンジの思いを知ってか知らずか、レイはためらわず着替えを続ける。

「これで死ぬかもしれないよ」

 視線を避けたままシンジが口を開く。

「どうしてそんなことを言うの?」

「綾波は怖くないの?」

「碇君は怖いの?」

「怖いよ」

「…あなたは死なないわ」

「え?」

 思わず顔をカーテンに向ける。

「あたしが守るから」

 レイの顔にはある決意がみなぎっている。




 日本じゅうの明かりが消えて行く。
作戦準備のため、一般への電力供給がカットされていくのだ。満天の星空がその存在を主張しはじめる。
中空に満月が昇っている。

 シンジとレイはそれぞれのエヴァの隣に設けられたプラットホームに腰を降ろしている。

「ねえ、綾波」

 シンジはレイを見ずに声をかける。

「綾波はどうしてこれに乗るの?」

 レイはうつむいたまま少し考える。

「絆、だから」

「絆?」

 シンジはレイに目をやる。

「そう、絆」

 シンジは再び視線を前方に戻す。

「とうさんとの?」

「みんなとの」

「そうか。強いんだな、綾波は」

 気落ちしたようなシンジの声。

「あたしにはほかに何もないもの」

「ほかに何もない、って?」

 シンジの問いにレイは答えない。

「時間よ。行きましょう」

 立ちあがるレイ。中空に満月。月光がまぶしいくらいだ。

「じゃ。…さよなら」

 思わず振りかえるシンジ。

「綾波?」

 レイは答えずエントリープラグへよじ登って行く。




 午前零時を告げるアナウンスが響く。

「作戦、スタートです!」

 マコトが作戦開始を告げる。移動作戦指揮車の中で仁王立ちになるミサト。

「シンジ君!日本じゅうのエネルギー、あなたに預けるわ。がんばってね」

 ミサトの激励に返事する。

「はい!」

 作戦開始。
すべての変圧器が、すべての冷却機が全力運転を開始する。
日本中の変電所で切り替えが行われ、電力が二子山へ、ポジトロンライフルへと集まってくる。
送電ケーブルは大電圧に耐えかね、白煙を上げ始める。

 シンジは遮光バイザー内部のヘッドアップディスプレイに浮かび上がる、照準マークをにらみつける。

「はずせないんだ、こいつは」

「最終安全装置解除!全エネルギー、ポジトロンライフルへ!」

 マコトの声がレシーバーから響く。

「撃鉄、起こせ!」

 ガシャン!初号機がレバーを操作する。

「カウントダウン、開始!」

 日本中の電力が集まり、陽電子が加速されていく。加速器のうなりがものすごい。

「目標に高エネルギー反応!」

 マヤの叫び声が響く。

「なんですって!?」

 リツコの狼狽した声。

「気づかれたか。発射!」

 ポジトロンライフルから白熱の光がほとばしる。同時に使徒からも光の束が伸びてくる。
交差した二つの光は、互いに進路をねじ曲げ合い、両者とも失中する。

 市街地と二子山、双方に火柱が立ちのぼる。
衝撃に耐えるシンジ。ミサトらの乗る指揮車は爆風で横転する。

「きゃっ!」

 飛ばされるリツコ。

「ミスった!」

 コンソールにしがみついたミサトの叫び声。

 使徒のシールドはとうとうジオフロントまで貫通する。

「第二射!急いで!」

 カートリッジを入れ替える初号機。
だがいち早く使徒は次の攻撃準備に入る。

「目標内に再び高エネルギー反応!」

「まずい!」

 ミサトの悲鳴とも聞こえる絶叫。

 使徒からの第二射が伸びる。

「くそっ!」

 まだ再充填は終わらない。

「シンジ君!」

 ミサトが叫ぶ。

 しかし、使徒から伸びた光は初号機の直前で弾かれる。零号機が楯を構えて立ちふさがっている。

「綾波!?」

 だが、すさまじい熱量のため、楯が融け始める。

「楯がもたない!」

 絶望的なリツコの声。

「まだなの!?」

 死に物狂いのミサトの声。だがまだ十秒かかる。

「早く!」

 レバーを握り締めるシンジ。
楯はほとんど溶け、零号機が直接楯になっている。

「綾波!もういい!やめろ!!」

 充填完了のマークがつく。ためらわず引き金を引く。
撃ち出された陽電子の束はたがわず使徒のコアを貫く。炎を上げて崩れ落ちる使徒。

「いよっしゃ!」

 ガッツポーズのミサト。
使徒は燃えながら市街地へ落下していく。

 崩れ落ちる零号機。

「綾波ぃ!」

 バイザーを跳ね上げて叫ぶ。

 初号機は零号機のエントリープラグをカバーを引き千切って、引きずり出す。緊急排出されるLCL。

 零号機のエントリープラグを地表に降ろす初号機。

 シンジは初号機から飛び降りると、エントリープラグに駆け寄る。緊急脱出用のハッチのハンドルに手を掛ける。

 過熱したハンドルはシンジの手のひらを焼く。煙が立ち昇るが、気にせずハンドルを回す。

「うおお」

 力を振り絞ってハンドルを回すシンジ。
本人は知る由もないが、その姿はかつてレイを助け出したゲンドウそのままである。

「綾波!?だいじょうぶか!?」

 ドアを引き開け、中を覗き込む。

「綾波!?」

 レイのまぶたがゆっくりと開かれる。まだぼうっとしているようだ。

「よ、よかった」

 安堵でへたりこみそうになる。気力をふりしぼってエントリープラグへ入り込む。
LCLがものすごく熱い。こんな中にいたら煮立ってしまう。

「出るんだ、早く!」

 レイの体を抱きかかえる。その軽さに愕然となる。
こんな軽い女の子が戦うってのか!?

 どうにもやり場のない怒りがわき起こる。

「ばかっ!なんて無茶するんだよ!
死んじまったらどうするんだ!?

死んじまったら!」

「…」

「死んだら何もなくなるんだぞ。
体も、心も、思い出も」

 黙ってシンジにエントリープラグから連れ出されるレイ。

「最初から何もないなんて言うなよ。
別れ際にさよならなんて言うなよ」

 ぽろぽろと涙を流すシンジ。

 二体のエヴァは動かない。

 シンジはレイを助け出しながら泣きつづけている。

「どうしてあなたが泣くの?」

 とまどったようなレイの声。

「ごめんなさい。こんな時どうしたらいいかわからないの」

 平地を見つけてレイを座らせようとするシンジ。

「笑えばいいんだよ」

 驚いたようなレイの瞳。見つめあう二人。

 やがて、ゆっくりとレイの顔にほのかな笑顔が浮かぶ。




    …… to be continued

Copyright by ZUMI
Ver.1.0 1998/07/28
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 レイであってレイではない。

 うーん。なかなか難しい。

 ただ、本編よりは多少ものを考える性格のようです。

 シンジ君、今回はほとんど本編と変わらないな。

 なんかつまらん。

 それにしても本編はよく練れてるストーリーだと改めて感心する次第。

 ラストシーンはテレビ版のわざとらしさがいやでちょっと変えてみました。

 好き嫌いはあるでしょうが。

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