「おはよう、シンジ君。調子はどう?」
リツコの声がエントリープラグの中に響く。
シンジはエヴァ初号機の中に座っている。今日は朝からネルフでエヴァの訓練である。
「まあまあというところですね」
「そう?まあいいわ。もう一度おさらいします。いいわね?」
「はあ」
「ちゃんと聞いてるの?」
「大丈夫ですよ」
たぶん。という言葉をシンジは飲み込んだ。いきなりの戦闘訓練である。
まともにできたらおなぐさみだ。
「目標をセンターに入れてスイッチ、いいわね?」
リツコの説明が続く。
「わかったと思います」
「頼りないわね」
「いきなりの実戦に比べれば、よっぽど大丈夫でしょう?」
「…」
「始めてください」
戦闘訓練が始まる。
「しかし、よく乗る気になってくれましたね、シンジ君」
マヤがリツコに話しかける。
「そうね。いきなりの実戦でエヴァを乗りこなしてしまうんですもの。
ひょっとしたらこんな訓練、いらないのかもね」
「天才、ってほんとにいるんですね」
「そうとも言えるかもしれないけど。あの生意気さはどうにかならないかしら」
そんなことを言われてるとは知らないシンジは、淡々と射撃訓練をこなしていく。
ミサトはまだ布団の中。シンジがふすまの外から声をかける。
「じゃ、学校、いってきますよ」
「今日木曜日だっけ? 燃えるゴミお願いねー」
「はいはい」
布団の中からの横着な声にあきれるシンジ。もう、だいぶ慣れはしたが。
「あ、シンジ君、学校の方はもう慣れた?」
「ええ、まあ」
「そう。行ってらっしゃい」
布団の中から手を振られても、あまりありがたくないが。
「…いってきまーす」
シンジはごみをごみ置き場に置いていく。しかし、ほかにごみは見当たらない。
ひょっとして、このマンションは僕たちだけしか住んでないのかな?
教室に入ると、一人自分の机に座って外を眺めている綾波レイの姿が見える。
「おはよう、綾波」
「おはよう」
それだけ返事を返して、また黙って外を向いてしまう。
シンジはちょっと首を振ると、自分の席に向かう。レイとは最低限の挨拶をする間柄のままである。
もっともほかのクラスメートがレイに挨拶をしているところを見たことはないが。
特徴のある外観のせいなのかどうか、レイはクラスから浮いた存在なのかもしれない。
数学の授業中、なぜかセカンドインパクトの話を延々と続ける教師。生徒は誰も聞いていない。
シンジはちょっと首をひねる。あまりに当たり前のことをしつこく繰り返している。
この教師はぼけが始まっているのだろうか?それとも、なにか意味があるのだろうか?
見ると机の上のノートパソコンの画面が点滅している。どうやらメールの着信らしい。
<碇くんが あのロボットのパイロットというのはホント? Y/N>
あたりを見回すシンジ。見ると二三人の女生徒が手を振っている。
<N>
返事を返すシンジ。
<ホントなんでしょ?>
<N>
<ウソつかないで!>
<知ってるなら聞かないでよ>
「えー!?」
「なによー!」
いきなり大声が上がる。
「やっぱりそうなわけぇ!?」
結局、シンジは生徒たちに取り囲まれてしまう。
「ねえねえ、どうやって選ばれたの?」
「テストとかあったの?」
「怖くなかった?」
「必殺技とかあるの?」
次々にいろんな質問を浴びせられる。
ひとつひとつ答えようとして、結局わけがわからなくなる。
「あー、もう!質問はメールでしてよ。まとめて答えるからさ!」
レイは珍しいものを見たような目で、シンジを見つめている。
そしてさらに、シンジを足を机に乗せたままにらみつけるジャージ姿の少年。
さらには、しきりにパソコンに何かを打ち込んでいるメガネの少年。
「すまんなあ、転校生。ワシはおまえをなぐっとかなあかん。なぐっとかんと気がすまへんのや」
口の端をぬぐって、手についた血に気づき、顔をしかめるシンジ。
いったいぜんたい、どういう理由でなぐられなくちゃならないのだろう?転校してきてからこっち、恨みを買うよな真似をした憶えはないのに。
「悪いね。この前の騒動で、あいつの妹さん、怪我しちゃっててね。……じゃ、そういうことで…」
メガネの少年はそれだけ言うと逃げ去ろうとする。そうか。そういうことか。
胸が少し痛む。ビルを壊したとき、やはり怪我人が出たんだ。
「それは、悪かったけど」
「けど、なんじゃい!?」
だからといって、あれ以上はうまくできなかったんだ。
「こっちも必死だったんだ」
去りかけたジャージの少年は、再びシンジに近づき、もう一発なぐる。
本気でなぐったな、こいつ。校庭にたおれてしまった。
「気はすんだかい?」
「ん?ああ」
「じゃ、これはお返しだ」
言うが早いか跳ね起きて殴り返すシンジ。
「がっ!なにしよる!」
「二発はよけいだろう?」
「なんやと!」
乱闘になりかかるところへ近づいてきて、声をかけるレイ。
「碇君、非常呼集。…先に行くわ」
冷水を浴びせるような声に、お互いにつかみ合ったまま固まる二人。
「水入りだな」
「ああ。あとでケリつけたるわい」
あとがあればいいけど。そう考えるシンジ。
「さあて。今度もうまくいくといいけど」
エントリープラグの中でつぶやくシンジ。
「シンジ君、いい!?行くわよ!」
「オーケーです。いつでもどうぞ」
「地上に出たら、すぐにパレットガンを取って。練習通りにすればいいわ」
「わかりました」
「発進!」
リニアモーターカタパルトから打ち出されるエヴァ。
出たところはビル街のど真ん中である。
「こんなところで戦えってのか。使徒はどこだ?」
兵装ビルのシャッターが開き、パレットガンが現れる。取り出して構えるエヴァ。
「そこか!」
パレットガンを斉射するエヴァ。弾幕で使徒が隠れてしまう。
「なんだよ、これ? こんなに煙はシミュレーターじゃ出なかったのに」
ぼやいてるひまは無い。弾丸はATフィールドで阻止されているのだ。
「いったん引くか?」
つぶやいた瞬間、光の鞭のようなものが伸びてくる。
「うわっ!」
危うく飛びのくが、パレットガンを切断された。
「くそっ!」
「シンジ君、代わりを出すわ!受け取って!」
モニターからミサトががなる。
「わかりました。どこですか?」
「地図を見て!」
どこだよ?と地図を見ながら考えるひまも無い。『使徒』の鞭はつぎつぎと襲い掛かってくるのだ。
なんとか避け続けていたが、ついに捕まった。
アンビリカルケーブルを切断されてしまう。残り時間五分弱。
「くそ!離せ」
エヴァの足をつかんだ『使徒』は、空高くエヴァを放り投げた。
なんか前回の仕返しをされてるような。
山腹にたたきつけられるエヴァ。
「いたた」
頭を押さえるシンジ。いくらLCLの中とはいえ、ショックがないわけではない。
アラームが鳴る。見るとエヴァのすぐそばに子供がいる。
「あれは?」
先ほどシンジをなぐったジャージ男とメガネ男だ。
「どうしてこんなところにシンジ君の同級生がいるのよ!?」
ミサトが怒鳴るが、今はそれどころではない。
『使徒』が目の前に迫っている。光る鞭でエヴァを打ち据えてくる。
鞭を両手で掴むエヴァ。
「シンジ君、そこの二人をエヴァに乗せて!」
ミサトの命令に眉をひそめるシンジ。大丈夫なのか?
とはいえ、ここでへたにエヴァが動いたら、二人を押しつぶしてしまう。
「そこの二人、エヴァに乗るんだ!」
シンジは外部スピーカーで叫ぶ。
二人はエヴァによじ登ると、せり出したエントリープラグに飛び込む。
「うわ!?なんや?水やないか」
「カ、カメラがぁ」
二人が入ったことを確認すると、『使徒』に注意を集中する。
何かひどく気持ち悪い。
「シンジ君、後退して!」
後退してどうするのだ?どうやって足止めするつもりなのか。
「方策はあるんですか!?」
「とりあえず、戦術的後退よ!」
「おい!逃げろって言うとるで!」
ジャージ男が叫ぶ。うるさいな。ちょっと待てよ。
だめだな、これは。旗色が悪いので、逃げようとするだけだ。これじゃ、ケンカに勝てない。
いったん下がった間に『使徒』は好き放題にやるだろうし、次なら勝てる保証はない。
だいたい、エレベータにたどりつく時間があるかどうか。
いくしかない。
エヴァは『使徒』を蹴り飛ばす。
吹き飛ばされる『使徒』。後を追って駆け出すエヴァ。プログレッシブナイフを装備。
「うおりゃああああ!」
シンジの叫びとともにエヴァはナイフを突き出す。
ナイフは『使徒』の胸のあたりにある赤い光球に突き刺さる。
すさまじい火花が散る。
残り時間が見る見る減って行く。
「うおおおおお!」
腹から激痛が伝わってくる。『使徒』の鞭にエヴァの腹部を貫かれているのだ。
激痛と不快感に耐えながら、シンジはナイフを突き立たせ続ける。
『使徒』が活動停止したのはエヴァの電源の切れる三秒前だった。
はっきり言って、虚脱状態である。よく勝てたものだ。
薄氷を踏む勝利というのはこういうことかも知れない、などとぼんやりと考える。
「お、おい。転校生、大丈夫か?」
「…うん」
「そうか」
「…」
自動排出されたエントリープラグのドアが開く。目の前にヘリから垂らされたタラップが見える。
「こっちだ!」
レスキューのクルーらしい男が大声で怒鳴った。
ネルフ本部にもどったシンジは、ミサトの前に立たされた。傍らにリツコがいる。
「どうして命令を無視したの?」
「すみません」
「後退しろって言ったわよね?」
「はい」
「勝手な行動を取って。許されると思ってるの?」
「いえ」
「命令違反は厳罰よ」
「銃殺にでもしますか?」
「なっ!?」
激昂するミサト。
「あんたねえ!ふざけるのもたいがいにしなさいよ!おとなをなんだと思ってるの!?
だいたい、いつもいつもえらそうにして!その生意気な態度、いいかげんにしなさいよ!」
「ちょっと、ミサト」
さすがに見かねたのか、リツコが止めに入る。
われに返ったのか、顔を紅潮させたミサトはあたりを見回す。
「しばらく一人で反省しなさい」
ミサトはシンジに謹慎を言い渡した。
とうとう牢屋入りか。自嘲的に考える。
ま、あれだけ勝手やったんだから無理もないけど。
それにしても、ミサトさんの指揮はもう少しなんとかならないものかな。あんな感情的な命令をだされたんじゃついていけないよ。
ふいにドアが開く。ミサトが外の光に逆光に浮かび上がっている。
「シンジ君。もう一度聞くわ。どうしてあたしの命令を無視したの?」
「すみません」
「あなたの作戦責任者は私でしょ」
「はい」
「あなたは私に従う義務があるの」
「はい
「今後こういうことのないように」
「はい」
しばらく沈黙するミサト。
「ほんとにわかってるの?」
「わかってますよ。あの戦いは滅茶苦茶だったって」
「どういうこと?」
「指揮官との連携が取れてなかったってことです」
「それは上官批判なの?」
「間違った命令で命を落とすのはこちらですからね」
「あたしの命令が間違っていたって言いたいの!?」
「そうですよ」
「なっ!?」
「怒らないでください。僕は事実を言ってるだけです」
一回大きく息をするミサト。
「聞かせてもらうわ」
「まず、相手の情報がなかったですよね」
「しかたないわ。あたしたちが相手してるのはヒトじゃないもの」
「だったら、なおさら情報が要りますよね?」
「そ、そうね」
「次に関係ない人間をエヴァに乗せたこと」
「しかたないわ。ああしなければあの子たちが危なかったでしょう?」
「そうですね。それじゃ、最後に、あの後退命令」
「それがなに?」
「あれは間違いです」
「どうして?あのままじゃ、あなた死んだかもしれないのよ」
「でも、生きてます」
「それは結果論よ。たまたま『使徒』を倒せたからいいようなものの」
「それじゃ、逆にもし後退していたらどうなっていたと思います?」
「それは…」
「あのまま後退したら、『使徒』はそのまま暴れまわりましたよね。
阻止するには、えっと、なんでしたっけ、このあいだの爆弾を使うしかないですよね?」
「そうね」
「でも、こんな町のまん中で使えますか?」
「ひ、必要とあればね」
「じゃ、後でもう一度戦ったとして、勝てる可能性はあったと思いますか?」
「それは、まあ…」
「あったかもしれないけど、なかったかもしれないですよね」
「きっと勝てたわよ」
「だからそのまま戦ったんですけど?」
「そんなの、言い逃れよ」
「もうひとつ」
「まだあるの?」
ミサトはいいかげん、うんざりしてきたようだ。
「あのまま後退したとして、リフトの入り口へもどるわけですよね?」
「そうね」
「そこまで電源が保ちましたか?」
「う。それは、近いところを指示すれば大丈夫だったわよ」
「その間、使徒が黙って見逃してくれたとでも?」
「それは戦いながら後退して」
「そんな器用な真似、できたと思いますか?だから戦うことに集中したんです」
「…」
黙って見つめるミサト。しかしその目は先ほどの険悪なものから、違った色を見せている。
「もういいわ。家へ帰ってなさい」
「はい」
初めは疲労がひどかったせいで、次には体調がおかしくなったせいで。若いとは言え、エヴァに乗っての戦いは、やはり相当な負担をかけていたのだ。
四日目の早朝、むっくりと起き出すシンジ。
どっか行ってみよう。そう思いつくと、服を着替え、バッグをかついだ。べつにバッグは必要ないのだが、手ぶらでは格好がつかないし。
ミサトあてに手紙を書く。
『ちょっとぶらついてきます。
心配しないでください。
シンジ』
外は雨。
それでも気にせず、一回伸びをしてから歩き出す。
環状線の電車に乗り、繁華街へ。しばらく商店街をぶらつく。
人通りは多いとは言えない。子供の姿はもっと少ない。
うかうかしてると補導される可能性があることに思い至った。そんなことになったら面白くない。
とはいうものの、どこへ行くあてもない。
つくづくと自分はこの町で一人なのだと思う。
やたら人工的な、わざとらしい活気に満ちた街。その活気は『使徒』と戦う準備のためなのだ。まったくどうかしてる。そう思う。
わざわざこんなハリネズミみたいに武装した都市を作って、どうしようというのだろう?人類を守るため?使徒と戦う?
とても正気とは思えない。もっとも、エヴァに乗って『使徒』と戦ってる自分はその矢面にいるのだが。
もう一度環状線に戻る。シートに座りぼんやりと窓外に目を向けたまま、雨にけぶる風景を見ることもなく見る。
霧が出ているのかビルの上部は霞がかかったように見えなくなっている。何か巨人の町にでも迷い込んだように錯覚する。
そのまま夕方まで環状線に乗りつづけてしまった。さすがに体がこわばってしまっている。
繁華街をぶらついていると、セカンドインパクトというタイトルを掲げた映画館が目に留まった。
たいして考えることもなく中へ入る。映画が始まっているが、あまり画面に注意を向けない。
そのうち飽きてきて眠ってしまった。騒がしい映画の効果音も子守唄でしかない。
目がさめると、まだ映画の最中だった。ふと目を動かすと、前のほうの席に座るカップルがいちゃついているのに気がついた。
映画館にはだいたいこういう者がいるということを知らなかったシンジは、ちょっと目を丸くする。
さて、どこへ行こう?
シンジは考える。やはり行き先は思い浮かばない。
まさか武蔵野へ戻る気もないし、かといってまだミサトのところへは帰りたくはない。
郊外へ向かうバスから降りるシンジ。やたら古臭いバスだ。ひょっとしたらセカンドインパクト以前のものかもしれない。
箱根の外輪山へ登るシンジ。といっても、途中までだが。
はるかに芦ノ湖が、その向こうに第三新東京市が見える。てくてくと歩くシンジ。
きのうと打って変わって天気がいい。ちょっと汗ばむ。
断崖の上に座ってぼんやりと風景を眺める。風が起きて、霧が現れたり消えたりする。
ちょっと肌寒い。
ミサトがつぶやく。
ネルフ内の検査室。そのオペレータールームである。
「時々、あの子が子供だってこと、忘れちゃうのよね」
「大人びてることは認めるわ」
リツコは検査室内のベッドに横たわるレイを見ながら言う。
レイは包帯に巻かれたまま、パンティ一枚で横たわっている。スキャナーが動いていく。
「なんか、どう扱っていいかわからなくなるのよ」
「あなたの言葉とは思えないわね」
「茶化さないでよ。真剣に悩んでるんだから」
「一人前の男として扱ったほうがいいんじゃなくて?」
「それなのよ、問題は。
やたら生意気なくせに、妙に子供っぽいところがあるから、こっちとしてはどうしていいかわからなくなるのよ」
「ミサト。あなた、男をわかってないんじゃないの?」
「そういうリツコはわかってるって言うの?」
「どうかしら」
軽くいなすリツコ。
「あーあ。まだ帰ってくる気はないのかなぁ」
さて、今夜はどうするかな。いったん、街まで戻ろうか。でも、バスがあるかどうか。
「あ!転校生。碇!」
突然、声をかけられる。
見ると、ジャージ男と一緒にいたメガネの男である。確か、名前は相田ケンスケといった。
「なにしてるんだ?こんなとこで」
「ちょっと息抜き。それよりそっちこそ」
「ああ、オレも似たようなもんだ」
「そう」
ケンスケの格好は、まるでゲリラ戦の兵士みたいだ。
「その格好?」
「ああ、これか。まあ、趣味というか、道楽というか」
「ふーん」
「それより、どうするんだ?これから。もうバスは明日までないぜ」
「そうか。困ったな」
「オレんとこへ来るかい?」
「え?いいのかい」
「ちょうど退屈してたとこさ」
ケンスケは軍用の野戦テントを張っていた。エアガンが並べられているのが見える。
石でかまどが作られ、飯盒を炊く準備ができている。
「すごいな。サバイバル訓練かい?」
「ま、そんなとこだ。飯、食うだろ」
「悪いね」
「気にすんな」
薪に火をつけるケンスケ。飯盒をはさんで向かい合って座る。
「トウジの奴さ、反省してた。あの戦闘で怪我をした妹にむしろ説教されたらしいよ。
『私たちを救ってくれたのはあのロボットなのよ』って。
小学校低学年に説教されるなっての、ホント……な?」
「…」
「夜はいいよな。あのうるさい蝉が鳴かないから。小さい頃は静かでよかったけど、毎年、増えてる」
「生態系が戻ってるらしいよ、ミサトさんが言ってた」
「……フーン、ミサトさん、ねえ。
全くうらやましいよ。あんなきれいなお姉さんと住んでで、エヴァンゲリオンを操縦できて。
ああ! 一度でいいから、エヴァンゲリオンを思いのままに操ってみたい!」
「それはよしたほうがいい。お母さんが心配するだろうから」
「あ、それなら大丈夫。オレ、そういうのいないから。
碇と一緒だよ」
「そう。でもやっぱりやめたほうがいいと思う。そんなにカッコイイものじゃないよ」
「そうか?」
・
・
・
明け方、ネルフの保安諜報部の人間がシンジを連れ戻しにやってきた。
「なんだ?あんたたち」
ケンスケの言葉は無視される。
「碇シンジ君だね?ネルフ保安諜報部のものだ」
「戻れってことですね?」
「そうだ」
「わかりました。支度するから十分待ってください」
「五分だ」
ちょっとむっとするシンジ。黙って従う。
「ひさしぶりね」
ドアを開けてミサトが入ってくる。
「二日も留守にして。少しは気が晴れたかしら?」
「手紙、見なかったんですか?」
「見たわよ。でも、無責任じゃないの?」
「無責任、ですか?」
「そうよ。あなたは唯一のエヴァのパイロット。もしものことがあったらどうするつもりだったの?」
「綾波がいるじゃないですか」
「レイはまだ無理よ。体が回復してないわ」
「…そうですね。軽率でした」
「間違いを認めるわけね」
「はい。僕には責任があるんですね」
ずしっと体が重くなったように感じられる。
それは、気分がそうさせているのに過ぎないのだろうが、息をするのもおっくうになりそうなほどだった。
「いやだったら、やめてもいいのよ?」
「え?」
「ここを出て、元の生活に戻る?」
「できるんですか?そんなこと」
「できないことはないわ」
「そうですか。少し考えさせてください」
部屋を出て行くミサト。
「すみません。ミサトさん、呼んでもらえますか?」
「少し待ちたまえ」
どこかに電話する係官。
「葛城一尉は自室にいるそうだ。来てもらうかね?」
「いえ。まだ寝ているでしょう。もう少し待ちます」
「そうか」
ベッドにもう一度ひっくり返るシンジ。さて、どうしたものか。
「碇シンジ君、決心はできたかね?」
見ると黒服にサングラスの男が立っている。
「はい」
シンジは決心をした。
エヴァを見上げながらリツコが言う。
「しかたないわよ。今のままではエヴァに乗りたくないって言うんだもの」
「それを素直に受け入れたわけ? あなたの指揮じゃ戦えないって言われたのよ」
「うーん。そうなんだけどねえ」
頭をぽりぽりとかくミサト。
「あながち的外れじゃないような気がするのよ」
「あらあら。殊勝ですこと」
「だって、あたしのせいでシンジ君がいやな思いをしていると思うと」
「あらあら。恋人の心配をしてるようね?」
「そんなんじゃないわよ!」
「じゃ、なに?」
「家族、みたいなものかな」
「かわいい弟?」
「そうかもね」
「元気かしら」
「元気でいるわよ」
「パイロットがいなくなったわね」
「なんとかなるわよ」
ミサトはまだ布団の中。枕元で目覚し時計が鳴り出す。
足を伸ばして止めるミサト。しかし、起き出す気配はない。
「…朝か」
思わず枕元の飲みかけの缶ビール手を伸ばす。中身がないので舌打ちするミサト。
玄関のチャイムが鳴る。
「うっさいな。あたしはまだ寝てるわよ」
しつこく鳴り続けるチャイム。
「あー、もう。わかったわよ」
いやいや起き出して玄関に向かうミサト。
「こんな朝早くから誰よ?」
どうやらミサトの時間帯は一般人とは違うらしい。もう九時すぎである。
インターホンのボタンを押す。
「はい。どなたぁ?」
「僕です。シンジです」
「シンジ君!?」
あわててドアを開けるミサト。
そこには、以前初めてやってきたときと同じような格好のシンジが立っている。
「シンジ君…」
「ただいま、ミサトさん」
「ただいま、って。あなた帰ったんじゃ…」
「え?おじさんたちに挨拶に行ってきただけですけど。もう戻りません、って」
「え?そんなこと、聞いてないわよ」
「そうですか? おかしいなあ。とうさんには、言っておいたんですけど」
「そんなこと、しらないわよ!」
涙声になるミサト。
「帰ってくるならくるって、連絡ぐらいしなさいよ!」
「すいません。早く帰りたくって、始発に乗るのに忙しくって」
ちょっと、おどおどするシンジ。
「入っちゃ、だめですか?」
「だめなわけ…、ないでしょう」
にっこり笑うシンジ。
「ただいま」
「おかえりなさい」
…… to be continued
スランプだ。
まあ、ギャグを入れるようなパートが少ない話なんだけど。
それにしても、三人称の話は書きずらい。
ふだん一人称で通してるから。
なかなか突き放して書けないんですよ。
思い入れが強すぎるのかなあ。