Childrenに祝福を…
by ZUMI
相模湾上空。
NERVのマークのついたヘリが陸地目指して飛行していく。
客席に座っているのはゲンドウと冬月である。
「第二、第三芦ノ湖か。これ以上増えないことを望むな」
地表を見下ろしながら、冬月が独り言のように言う。見下ろした先には、水の溜まった巨大なくぼみが二カ所横たわっている。
使徒が爆発した際にできたクレーターに芦ノ湖の水が入り込んで、湖のようになっているのだ。
むろん、冬月もゲンドウの返事を期待したわけではない。
「昨日、キール議長から、計画遅延の文句が来たぞ。俺のところに直接」
ゲンドウは黙ったままである。
「相当苛ついてたな。しまいにはお前の解任もほのめかしていたぞ」
「計画は順調だ。アダムのほうもだ。エヴァ計画もダミープラグに着手している。あの老人はなにが不満なんだ?」
うるさそうに答えるゲンドウ。
「肝心の人類補完計画の遅れだよ」
「計画はすべてリンクしている。問題はない」
「レイ、もか?」
「…」
またしても黙り込むゲンドウ。どうやら必要なこと以外はしゃべらないつもりらしい。
「まあいい。ところであの男はどうするんだ?」
「好きにさせておくさ。マルドゥック機関と同じだ」
「もうしばらくは役に立ってもらうか」
二人はそれっきり黙り込んでしまう。
ヘリの進路前方に第三新東京の市街が見え始めている。
***
京都。
町工場の廃墟へ人影が入り込んでいく。建物の中へ忍び込んでいくのは加持である。
事務所の跡であろうか。がらんとした広い部屋である。黒い電話機が一つ置かれている以外、何もない。その電話機ですら、コードを切られてしまっている。
黙って中を見回す加持。どうやら目当てのものは見つからないようだ。
「しかし、16年前、この京都で何が始まったっていうんだ」
そう、ひとりごちる加持。
かすかに音がして、通用口のドアノブが回転する。
加持はドアの脇の壁際に貼り付く。真剣な表情のまま、油断無く懐に手を伸ばしている。
そっと加持はドアの隙間から外をうかがってみる。
ドアの外の階段に中年の女が腰掛けて週刊誌を広げている。野良猫であろうか、まとわりつく二三匹の猫に餌をやっている。
脇には赤い原付バイクが停めてある。女が乗ってきたものであろう。
「ああ。あんたか」
加持は緊張をやや緩める。
「シャノン・バイオ。外資系のケミカル会社。この会社は9年前からここにあるが、9年前からこの姿のままだ」
女は加持に背を向けたまま、独り言を言うように言葉を続ける。
女の声は、姿のわりに若い。どうやら変装のようである。
「マルドゥック機関につながる108の会社のうち、106がダミーだったよ」
「ここが107個目というわけか」
「この会社の登記簿だ」
「取締役の欄を見ろ、だろ」
女の持つ週刊誌に登記簿が挟まれている。覗きこむと、ゲンドウ、冬月、キールらの名前が並んでいる。
「もう知っていたか?」
「知っている名前ばかりだしな」
加持は目を建物の中をさまよわせる。
「マルドゥック機関。エヴァンゲリオン操縦者選出のために設けられた、人類補完委員会直属の諮問機関。だが活動は非公開で、組織の実態はいまだ不透明、か」
「貴様の仕事はネルフの内偵だ。マルドゥックに顔を出すのはまずいぞ」
「ま、何事もね。自分の目で確かめないと気が済まないたちで」
加持の口調は軽かったが、目元は笑ってはいなかった。
第十二話
『沈黙という嘘』
前編
<はい、加持です。ただいま外出しています。ご用の方はお名前とメッセージをどうぞ>
「あーもう!いいかげんしつこいっていうのよ!やめてよ!バカ!いやーん!」
携帯電話を耳に当てていたアスカが、それだけわめくと通話スイッチを切った。
「なんちゃって」
第一中学校の廊下である。放課後の掃除の時間なので、当番の生徒たちが掃除をしている。
「加持さんたらどこへ行っちゃったのかしら。これで三日も留守よ」
そう言いながら携帯電話をしまうアスカ。ヒカリが近づいてくる。
「どうしたの?」
「明日の日曜にさ。加持さんにどっかつれてってもらおうかなーと思って電話したんだけど、すっといないの。ここんとこいつかけても留守」
「てことは、明日ヒマなのね?」
「残念ながら、そういうこと」
「じゃあさあ。ちょっと頼みがあるんだけど」
「は?」
「実はさ…」
アスカの耳に口を寄せて内緒話をするヒカリ。
「ええーっ?!デートお?」
「コダマおねえちゃんの友達なんだけど、どうしても紹介してくれって頼まれちゃってさあ。お願い」
手を合わせて頼みこむヒカリに、アスカはため息をついている。
「なんだってこうめんどくさいのかしらねー。で?」
顔をヒカリに向け直す。
「当然、ヒカリのほうともいっしょにダブルデートよね?」
「ええっ?!だっ、だめよ、そんなこと。だいいち鈴原がOKするはずないわ」
「だれも鈴原となんて言ってないわよ?」
「んもう!アスカのいじわる!」
『でも、デートかあ。ほんとなら加持さんとがよかったなあ。まあ、シンジだってよかったんだけど。』
真っ赤になって怒るヒカリを見つめながら、アスカはそんなことを考えていた。
***
教室の中ではトウジとケンスケがほうきを振り回してふざけあっている。
その向こうでシンジがモップをかけている。
ふとその手を止めるシンジ。
シンジの視線はバケツで雑巾を絞っているレイにで止まっている。
レイはほとんど感情をあらわさない表情のまま、雑巾をていねいに絞っている。
シンジの瞳は慈愛とわずかの悲しみに彩られている。
レイはシンジの視線に気づいているのかいないのか、そのまま雑巾絞りを続けている。
「メーン!」
いきなり、ほうきがシンジの頭にたたきつけられた。
「マジメにやらんかい!」
トウジが仁王立ちになってわめいている。
「あ、ああ。そうだね」
ばつが悪そうな顔をしてシンジはトウジに向き直る。
「まじめにやるのは掃除でしょう?!」
教室に入ってきたヒカリがトウジを叱りつけた。トウジはうげっとした表情になってほうきを持ち直した。
ヒカリと一緒に教室に入ってきたアスカは黙ってシンジを見つめていた。
***
ネルフ本部。
ハーモニクス試験室の中にしつらえられたシミュレーションプラグの中にレイ、アスカ、シンジが入っている。
まるで瞑想でもしているような三人の表情がモニターに映し出されている。
オペレータ席に座ったマヤに覆い被さるようにしてコンソールを操作しているのはリツコである。
「明日なに着てく?」
リツコはコンソールを操作しながら、背後の壁に寄りかかったミサトに声をかける。
「あー結婚式ね。ピンクのスーツはキヨミんとき着たし。紺のスーツはコトコんとき着たばっかだし…」
「オレンジのは?最近着てないじゃない」
「あれね。あれはちょっちワケアリで」
「きついの?」
オペレートしながらさりげなくキツいことを言うリツコ。
ミサトは一瞬むっとしたが、言い逃れても仕方ないと思ったのかあっさりと認める。
「そおよ。はーあ。帰りに新調するか。ふーう。出費がかさむなあ」
「こう立て続けだと、ご祝儀もバカにならないしね」
相変わらずパラメータを操作しながらリツコが言う。
「けっ!三十路前だからってどいつもこいつもあせりやがって」
「お互い、最後の一人にはなりたくないわね」
ミサトの毒づきにもリツコは取り合わず、さらっと言ってのける。
「三人とも、上がっていいわよ」
エントリープラグの中にリツコの声が響く。
<お疲れさま>
<あーあ。テストばっかでつまんなーい>
アスカのぼやきを聞きながら、シンジはモニターに映ったレイの横顔を見つめている。
プラグの電源が落ちてモニターが消えたとたん、びっくりしたように我に帰るシンジ。
「そう言えば、シンジ君なにを考え込んでるのかしら」
休憩時間となってだれもいなくなった測定室で、リツコがデータの整理をしている。
「明日だから」
リツコの問いにこれまた何か考え込んだミサトが答える。
「そうね。明日ね」
リツコはミサトを振り返らずにそう答える。そのせいでリツコの表情はつかめない。
***
NERV本部内。No.55エレベーター。
シンジはレイと二人きりでエレベーター内にいた。
「明日、父さんと墓参りに行くんだ」
「どうしてあたしにそんなこと言うの?」
「綾波もいっしょに行って、もらえないかな?」
ドアのそばに立って、ドアに向いたままのレイの表情はシンジからはわからない。
「どうして?」
「ん。なんでかな。綾波にいっしょに行ってほしいと思ったんだ」
「それで昼間からあたしのほう見てたの?」
「ん?ああ」
気づかれていたことに、ちょっと赤面するシンジ。
「あ、いや。なかなか言い出せなくってさ。なんて言って切り出していいかわかんなくって」
「お墓。誰の?」
「え。ああ。かあさんのなんだ。綾波ってさ。おかあさんみたいだと思って」
自分の言葉にさらに赤面するシンジ。
「ほら。今日の掃除の時間、綾波はこうやって雑巾絞ってたろ?」
レイのまねをしてみせるシンジ。
「あれって、なんかおかあさんって感じがした」
「おかあさん?」
「うん」
「なんか、おかあさんの絞りかたって感じがしたんだ」
なぜか目元が赤くなるレイ。瞳がうろたえたように揺れ動いている。
シンジは気づかず、言葉を続けている。
「案外、レイってさ。主婦とかが似合ってたりしてね」
「な、何を言うのよ」
振り向けないレイ。すでに頬は真っ赤である。
そのせいか、シンジに名前を呼ばれたことに気づかないようだ。
「で、いいかな?」
「え?」
「明日」
「え、ええ…」
動揺したままだったのか、レイはあっさりとシンジの申し入れをのんでしまった。
***
ミサトのマンションでアスカは寝転がりながら、テレビを見ている。
片手にはポテチ。周りには雑誌が散らばっている。
アスカの隣では、同じようにペンペンが寝転がっている。
「ただいま」
ミサトが帰ってきて、アスカの脇を歩いていく。
「おかえり」
「アスカ。もう寝なさい。明日はデートなんでしょ?」
「そう、美形と。あっ、そうだ。ねえ、あれ貸してよ。ラベンダーの香水」
「だめよ。子供のするもんじゃないわ」
「ちぇーっ、けち」
「シンジ君は?」
「部屋じゃない?なんだか考え込んでるのよね」
「そう?」
「なにそんなに深刻ぶってるのかしら」
「シンジ君にはシンジ君の事情があるのよ」
元は物置だった狭い部屋でシンジはベッドに寝転がっていた。
天井からぶら下がる蛍光灯をぼんやりと見つめている。
「かあさん…、か」
しばらく目をぎゅっと閉じてみる。
「くそう…」
両手をぱしんと打ち付けてみる。
「シンジくん、入るわよ」
そう声がしてミサトが入ってくる。
「どうしたの?」
「あ、いえ。別に」
あわてて起きあがるシンジ。
「夕飯、食べますか?」
「いいわよ。一杯やれれば」
「そんなことばかりしてるから、スーツが着られなくなるんですよ」
「むー!よけーなお世話よ」
「す、すいません」
あわてて謝るシンジ。
「まあ、いいわ。それより、明日は墓参りよね。司令も行くんでしょう?いいの?」
「なにがです?」
「あー、もしかして気まずいんじゃないかって」
「そんなことはないんですけどね」
肩をすくめて、部屋から出てくるシンジ。
「軽く何か作りますよ」
「そうお?悪いわね」
キッチンでシンジが雑炊を作り始めていると、リビングからアスカとミサトが服について論評しあっているのが聞こえてきた。
どうやらミサトが買ってきた新しいスーツについてしゃべっているらしい。
***
翌朝。
ミサト、アスカ、シンジはそれぞれに準備を整えて玄関に立っていた。
「「では、いってきます」」
「くわ」
留守番役はペンペンである。
ミサトは結婚式へ、アスカはデートへ。そしてシンジは墓参りである。
***
結婚式場。
変哲もない披露宴が進んでいる。
お偉いさんの挨拶や、ケーキ入刀。
新婦の友人たちによる「てんとう虫のサンバ」まで、何年たっても変わらない光景が繰り広げられていく。
ミサトはリツコと同じテーブルに座っている。
隣には空席がもう一つ。
加持の席には、まだ本人が現れていない。
「加持君、来ないわね」
空席を見やりながらリツコが言う。
「あのバカ。時間通りに来たことなんてないわよ。ほんとにいい加減なやつ」
「デートの時は、でしょ?仕事は違うわ」
そっぽを向くミサト。
そのミサトの目が更に険しくなる。
ようやく加持が現れたのだ。
「お二人とも、今日は一段とお美しい」
加持は気にもしない様子で、お世辞を言っている。
「遅いわよ」
まるで相手にせず、きりつけるミサト。
「時間までに仕事、抜けられなくてね」
そう言いながら、加持はミサトの隣に腰を降ろす。とりあえず礼服にはなっているが、ネクタイはだらしなく緩められたままである。
「いつもなにしてるんだか。その無精ひげ、なんとかならないの?」
ミサトは喧嘩腰である。
「ほら、ネクタイ曲がってる」
手を伸ばしてネクタイを締め上げるミサト。
「あ、こりゃどうも」
その様子を見ながら、リツコは吹き出している。
「あなたたち、夫婦みたいね」
「リッちゃん、いいこと言うねえ」
「だれが!こんなやつと」
ミサトの機嫌はさらに悪化したようである。
***
どこまでも墓標が続く墓地にシンジは立っていた。
ただの杭だけの、そっけない墓標。
傍らにはレイがまるで無関心のように佇んでいる。
坂道を上ってゲンドウが歩いてくる。
黙ってその様子をシンジは見守っている。
レイはゲンドウに目をやってから、墓標に目を戻した。
やがてゲンドウが二人の傍らにやってきた。
「早かったな、シンジ」
それからレイに目を向けて、無言で理由を問うた。
「綾波にも来てほしかったんだ。いいだろう」
ゲンドウは無言で手に持っていた花を墓標に供えた。
「レイ」
「はい」
「シンジに無理強いされたのか?」
「いいえ。頼まれました」
「では、なぜ受けた?」
「…はい」
わずかに目元をゆがめるゲンドウ。
シンジは墓標に目をやっている。
IKARI,YUI 1977−2004と読める。
「三年ぶりか、二人で来るのは」
諦めたのか、ゲンドウはシンジに話しかける。
「そうだね。父さんは毎年来てた?」
「ああ」
「僕も来たかった」
ちらとシンジに目を向けるゲンドウ。
「ユイを、かあさんを忘れたわけではあるまい?」
「もちろん」
「なら、それでいい」
「父さんは、忘れない?」
「人は思い出を忘れることで生きていける。だが、決して忘れてはならないこともある。ユイはそれを教えてくれた」
シンジを見つめるゲンドウ。
「私はそれを確認するためにここへ来ている」
「かあさんは、どう思ってるかな?」
「なに?」
「忘れて欲しがってないのかな?」
「当たり前だ」
黙って交互に墓標とゲンドウを見やるシンジ。
「京都でね…」
墓標に目をやりながらシンジが言う。
「いろいろ考えたんだ。母さんがどんなことを考えてたんだろうか、とか。何が夢だったんだろうか、とか。
わかるはずはないけど、考える時間だけはたっぷりあったから」
黙って先を促すゲンドウ。
「結局、母さんは幸せだったんだろうな」
「なぜそう思う?」
「自分のしていることに疑いを持つ必要がなかったから」
しばらく墓標を見つめるゲンドウ。
「時間だ。先に帰るぞ。レイ、来るんだ」
「はい」
それまで黙って二人のやりとりを聞いていたレイが小さく返事をした。
タイミングを合わせるように、VTOL機が着陸してくる。
中に乗り込むゲンドウ。
続いてレイも乗り込もうとする。
「レイ!」
レイはシンジの声に怪訝そうに振り返る。
なぜかシンジは少し赤い顔をしている。
「あ、今日は、つき合ってくれて、ありがとう。うれしかったよ」
一回、目をぱちくりするレイ。
「いいの」
それだけ言って、レイはVTOL機の中に消えた。
顔をそむけていたので、その頬がほんのり染まっているのにシンジは気づかなかったが。
飛び去っていくVTOL機を見送ってから、シンジはゆっくりと墓地を後にした。
後には花束が一つ、残されていた。
…… to be continued
Copyright by ZUMI
Ver.1.0 1999/04/20
第十一話へ戻る 第十二話後編を読む
目次へ戻る
*感想をお願いします。zumi@ma.neweb.ne.jp
うあああ〜。
なんだかとんでもないことになってきてるう。
そろそろシンジが始動する気配が…。
でも、その前にもう一山ふた山越さなくちゃならないんだよなー。