Childrenに祝福を…

                   by ZUMI




    第十話
    『ゆずれない思い』
    後編



 NERV本部。
 シグマユニット、プリブノウボックス。
 模擬体を浸食する使徒がさらに成長している。

***

 NERV本部。発令所。
 モニターを見つめるリツコとマヤ。
「ほら。ここが純水の境目。酸素の多いところよ」
「好みがはっきりしてますね」
 11thANGELの表示。シグマユニット:プリブノウボックスとある。
「無菌状態維持のためオゾンを噴出しているところは汚染されていません」
「つまり酸素に弱いって事?」
 青葉の言葉にミサトが問いかける。
「らしいわね」
 返事をしたのはリツコである。
「オゾン注入。濃度、降下しています」
「効いてる効いてる」
 日向の報告に嬉しそうな青葉。
 ゲンドウはいつものごとく口の前で手を組むポーズを崩さない。
「いけるか」
 冬月がつぶやく。
 模擬体の腕に取りついた使徒の動きがやや弱まったようにも見える。
「ゼロAとゼロBは回復しそうです」
 マヤが朗報を告げる。
「パイプ回り。正常値に戻りました」
「やはり中心部は強いですね」
 青葉も日向もやや余裕が戻ったようである。
「よし。オゾンを増やせ」
 冬月がだめ押しを命ずる。

***

 NERV本部、D棟。プリブノウボックス階上のフロア。
 緊急停止したシミュレーションプラグからシンジが這い出してくる。
「誰かいないかな。裸じゃ身動き取れないよ」
 アスカとレイのプラグはジオフロント地表へすでに射出されている。

***

 NERV本部。発令所。
 使徒の様子を見つめるリツコ。
「変ね」
「あれ?増えてるぞ」
リツコの言葉に応じるように青葉も疑念の声を上げる。
「変です。発熱が高まってます」
「汚染域。また拡大しています」
 日向と青葉が事態の急変を告げる。
「だめです。まるで効果がなくなりました」
「今度はオゾンをどんどん吸っています」
 マヤと日向の報告にリツコが決断を下す。
「オゾン、止めて!」

***

 NERV本部。シグマユニット。
 シンジは廊下を必死に走っている。
 たまたま通りかかったNERV職員に職員の制服を用意してもらっている。
 大きすぎるのか、だぶだぶであるが。
 シンジが目指しているのは発令所である。

***

 使徒の拡大図を見つめるリツコ。
 パターンが見る見るうちに変化していく。
「すごい。進化しているんだわ」
 リツコの言葉が終わらないうちに画面が消えてしまう。
「どうしたの!?」
 ミサトが声を上げるのと同時にけたたましいアラート音が鳴り渡る。
 画面にUNIDENTIFIED INTRUDER SUBCOMPUTER #1と表示される。
 INTRUDER ALERT。侵入者である。
「サブコンピュータがハッキングを受けています。侵入者不明」
「こんな時に、くそう。Cモードで対応」
 青葉の報告に日向がののしり声を上げる。
「防壁を解凍します。疑似エントリー展開」
 青葉が侵入防御を試みる。
 部下たちの働きを見つめるゲンドウ。表情に変化はない。
<疑似エントリーを回避されました>
<逆探まで18秒>
<防壁を展開>
<防壁を突破されました>
<疑似エントリーをさらに展開します>
 侵入者と防御側との攻防が展開される。
「人間業じゃないぞ」
 日向がつぶやく。
「逆探に成功。この施設内です。D棟の地下!プリブノウボックスです!」
 絶叫する青葉。
 模擬体の腕の発光が激しくなる。
「光学模様が変化しています」
「光っているラインは電子回路だ。こりゃあコンピュータそのものだ」
 日向と青葉が口々に叫ぶ。
「疑似エントリー展開。…失敗!妨害されました」
 日向の声に険しい表情を増すミサト。
「メインケーブルを切断!」
 ミサトが断を下す。
<だめです。命令を受け付けません>
「レーザー撃ち込んで!」
「ATフィールド発生。効果なし」
 続けざまの手だてもことごとく跳ね返される。
 ミサトの表情がさらに険しくなる。
「保安部のメインバンクにアクセスしています。パスワードを走査中。12桁。16桁。Pワードクリア!」
「保安部のメインバンクに侵入されました!」
 青葉と日向が悲鳴のような声を上げる。
 冬月の表情も険しくなる。
「メインバンクを読んでいます。解除できません!」
 すさまじい速さでメインバンクを浸食していく使徒。
「やつの目的はなんだ?」
 冬月が眉をひそめる。
「メインバスを探っています。このコードは…やばい!
MAGIに侵入するつもりです!」
 きっとした表情のミサト。リツコの表情も心なしか青ざめている。
「培養システムをダウンしろ」
 ゲンドウが初めて命令を下す。
 解除キーを差し込む青葉と日向。
「カウントを取るぞ!」
「3! 2! 1!」
 青葉の声に日向がタイミングを測る。
 同時に回されるスイッチ。
「「くっ!」」
「電源が切れません!」
 日向の声はすでに悲鳴と化している。
「使徒、さらに侵入!メルキオールに接触しました!」
 マヤが悲痛な声を上げる。
 モニターにMAGI system-1 MELCHIORの表示。アラートが点滅している。
「だめです!使徒に乗っ取られます!」
 モニターの表示が真っ赤に埋め尽くされる。
「メルキオール。使徒にリプログラムされました!」
 マヤの言葉にミサトはモニターをにらみつける。
<人工知能メルキオールより自律自爆が提訴されました>
 MAGIに審議中の文字が表示される。
<否決、否決、否決>
「こ、今度はメルキオールがバルタザールをハッキングしています!」
 ほっとしたのもつかの間、青葉がさらに悪い状況を報告する。
 模擬体の腕の発光が激しくなる。
「くそう!早い!」
 ののしる日向。
 ミサトは石のように固まったままである。
「なんて計算速度だ!」
 キーボードをすさまじい速さで操作しながら青葉もののしる。
 手を組んだまま動かないゲンドウ。
 バルタザールの表示が赤く変わっていく。
「ロジックモードを変更。シンクロコードを15秒単位にして!」
「「了解!」」
 リツコの指示に日向と青葉が応じる。使徒の浸食速度が急激に抑えられる。
 息をつく冬月。
「どのぐらい保ちそうだ?」
「今までのスピードから見て二時間くらいは」
 冬月の問いに青葉が答えている。
「MAGIが敵に回るとはな」
 ゲンドウの言葉にうつむくリツコ。
 息せき切ってシンジが発令所に飛び込んでくる。
「ミサトさん!?」
「シンジ君?」

***

 NERV本部。発令所。
「彼らはマイクロマシンよ。細菌タイプの使徒と考えられます。
 その個体が集まって群を作り、この短時間で知能回路の形成に至るまで爆発的な進化を遂げています」
 リツコがモニターを前に使徒の説明している。
「進化か?」
「はい。彼らは常に自分自身を変化させ、いかなる状況にも対処するシステムを模索しています」
 冬月の質問にリツコが答える。
「まさに生物の生きるためのシステムそのものだな」
 憮然とした表情の冬月である。
「自己の弱点を克服、進化を続ける目標に対する有効な手段は、死なばもろとも。MAGIと心中してもらうしかないわ。
MAGIシステムの物理的消去を提案します」
 ミサトが強硬策を提示する。
 そんなミサトを睨み付けるリツコ。
「無理よ!MAGIを切り捨てることは本部の破棄と同義なのよ」
「では、作戦部から正式に要請するわ」
「拒否します。技術部が解決すべき問題です」
「なぁに意地張ってんのよ!?」
 リツコは顔を背けてしまう。
「わたしのミスから始まったことなのよ」
 リツコの言葉にミサトの顔が曇る。
「あなたは昔っからそう。一人で全部抱え込んで他人をあてにしないのね」
 ミサトはほとんどつぶやくようにそう言う。
 そんな二人を黙って見つめるシンジ。表情がやや曇っている。
「使徒が進化し続けるのなら、勝算はあります」
 リツコは正面のゲンドウと冬月に向き直る。
「進化の促進かね?」
「はい」
「進化の終着地点は自滅。死そのもの」
「はい」
「ならば進化をこちらで促進させてやればいいわけか」
 感心したような冬月の言葉。
「使徒が死の効率的な回避を考えるならばMAGIとの共生を選択するかもしれません」
「でも!どうやって?」
 リツコの言葉に日向が疑問を呈する。
「目標がコンピュータそのものなら、カスパーを使徒に直結、逆ハックをしかけて自滅促進プログラムを送り込むことができます。マヤ?」
「同時に使徒に対しても防壁を解放することになります」
 顔をしかめるシンジ。
「カスパーが早いか、使徒が早いか。勝負だな」
「はい」
 ゲンドウの言葉にリツコがきっぱりと言い切る。
「そのプログラム、間に合うんでしょうね?カスパーまで冒されたら終わりなのよ」
「…約束は守るわ」
 ミサトの言葉にリツコはそう応じた。
「リツコさんと一緒に行っていいですか?」
 シンジがゲンドウに問いかける。
「ああ。かまわんな?赤木博士」
「シンジ君が?」
「じゃまはしませんから」
「そう。まあいいわ」

***

 NERV本部、発令所。MAGIフロア。 
<R警報発令、R警報発令。NERV本部内部に緊急事態が発生しました>
 場内放送が流れる中、カスパーがせり出してくる。
<B級勤務者は全員退避してください>
 カスパーの中はパイプが複雑に組合わさったような構造をしている。
 ドアを開き、リツコがカスパーの中をのぞき込む。
「な、何ですか?これ」
 マヤが素っ頓狂な声を上げる。
 通路に四つん這いで入りこむリツコ。
 通路の中はメモ書きがびっしり貼られている。
「開発者のいたずら書きだわ」
 リツコはそうつぶやく。
「すごい。裏コードだ。MAGIの裏コードですよ、これ。さながらMAGIの裏技大特集ってわけね、これ」
 感心したようなマヤの声。
 <のるなへこむ>と書かれている。<碇のバカヤロー>の落書きも見える。
「あー、こんなの見ちゃっていいのかしら。わっ、びっくり。これなんてintのCよ」
 マヤは大げさに感激している。それを聞いて微笑むリツコ。
「これなら意外と早くプログラムできますね、先輩」
 通路の中をミサトがのぞき込んでいる。
 リツコは頷くと、メモを見つめる。
「ありがとう母さん。確実に間に合うわ」

***

 マヤはキーボードを操作し始めている。
 シンジはその内容をモニターしている。とくにそれ以外は何もする気はないようである。
「レンチ取って」
 リツコの声にレンチを渡すミサト。
「大学の頃を思い出すわね」
「25番のボード」
 ミサトの言葉にもそっけないリツコ。ミサトはキーボードを拾い上げるとリツコに渡す。
「ねえ、少しは教えてよ、MAGIのこと」
「長い話よ。そのわりに面白くない話」
 リツコはパネルを開けている。
「人格移植OSって知ってる?」
「ええ。第七世代の有機コンピュータに個人の人格を移植して思考させるシステム。EVAの操縦にも使われている技術よね」
「MAGIはその第一号らしいわ」
 保護カバーを外すリツコ。中にCASPER 3 MAGIと書かれている。
「母さんが開発した、技術なのよ」
「じゃあ、お母さんの人格を移植したの?」
「そう」
 ダイヤモンドカッターで容器を切断するリツコ。
「言ってみればこれは、母さんの脳味噌そのものなのよ」
 容器の中にはまるで人間の脳のような有機コンピュータ本体が納まっている。
「それでMAGIを守りたかったの?」
「違うとおもうわ」
 リツコは接続端子を調べている。
「母さんのこと、そんなに好きじゃなかったから」
 チェック端子に電極を差し込みながら答えるリツコ。
「科学者としての判断ね」
 しばらくリツコを見つめるミサト。
「それにしても、意外よねえ」
「何が?」
 キーボードから目を離さずにリツコが応じる。
「シンちゃんよ」
「シンジ君?」
「一緒にいっていいですか、なんてさ。何かわかるのかしら?」
「さあ? 邪魔はしてないようだし、いいんじゃないの?」
「そうねえ」
 黙ってモニター画面を眺めていたシンジが、何かを思いついたようにキーボードに打ち込み始める。決して早くはないが着実にソースコードを書き込んでいく。

***

 モニターのバルタザールが赤く染まる。
「来た!」
 日向の声とともに警報が鳴り響く。
「バルタザールが乗ったられました!」
 NERV本部の自爆がMAGIにより提訴される。
<人工知能により自律自爆が決議されました>
「始まったの!?」
 カスパーから這い出したミサトが問いかける。マヤが不安そうに顔を上げる。
<自爆装置稼働は三者の一致後、02秒で行われます。自爆範囲はジオイド深度マイナス280,マイナス140,ゼロフロアです。
特例582発動下のため人工知能以外によるキャンセルはできません。人工知能似より…>
 リツコはカスパーの中でひたすらプログラムを打ち込んでいる。
 シンジも一心にキーボードをたたき続けている。
 模擬体の腕の発光が強まっている。
「バルタザール、さらにカスパーに侵入!」
 青葉の報告の通り、カスパーも赤く染まっていく。
「押されてるぞ!」
 冬月の声に焦燥が混じっている。
「なんて速度だ!」
 悲鳴を上げる青葉。
 ミサトは四つん這いのまま外を眺めている。
 リツコはひたすらキーボードを打ち続けている。
<自爆装置稼働まで、あと20秒>
 モニター画面のカスパーがすごい勢いで赤く染まっていく。
「いかん!」
 冬月の声もせっぱ詰まってきている。
「カスパー、18秒後に乗っ取られます!」
<自爆装置稼働まで、あと15秒>
 カスパーが赤く染めあげられていく。
「リツコ!急いで!」
 ミサトの叫び声にもひたすらキーボードをたたき続けるリツコとマヤ。
 指の動きが早くなるシンジ。
「大丈夫。1秒近くも余裕があるわ」
 キーボードを叩きながら答えるリツコ。
「1秒って…」
「ゼロ、マイナスじゃないのよ。
マヤ!?」
「いけます!」
<…4秒、3秒、2秒>
「押して!」
 同時にリターンキーを押すリツコとマヤ。
<1秒、0秒>
 カウントが停止する。
 まさに全て赤く染まる直前であったカスパーに青が一気に広がる。
 バルタザール、メルキオールも青く染め上がられる。
 否決が表示されている。
<人工知能により自律自爆が解除されました>
「やったあ!」
 歓声を上げる日向と青葉。冬月はため息をついている。
<なお特例582も解除されました>
 ミサトとマヤも笑顔を見せている。
「はあっ」
 リツコもため息をついている。
<MAGIシステム、通常モードに戻ります>

***

 模擬体の発光が弱まってくるが、あるところでそれが止まってしまう。
 発光パターンが次々と変わっていき、しきりに何か考えているようにも見える。
 おもむろにキーボードのリターンキーを押すシンジ。
 模擬体の発光が急速に消滅していく。

***

 ジオフロント、地表部。
<R警報解除。R警報解除。総員第一種警戒態勢に移行してください>
「もう!どうなってるのかしら!?」
 シミュレーションプラグの中でいらついた声を上げるアスカ。
「大丈夫。赤木博士がいるもの。それに碇君も…」
 落ち着いた声で応ずるレイ。
「もーう!裸じゃどこにも出れないじゃない!早く誰か助けてぇー!」

***

 NERV本部。発令所。
<シグマユニット解放。MAGIシステム再開までマイナス03>
 カスパーの横で椅子に座り込んでいるリツコ。
「もう歳かしらね。徹夜がこたえるわ」
「また約束は守ってくれたわね。お疲れさん」
 コーヒーを持ってきたミサトに話しかけるリツコ。
「ありがと」
 一口、口にするリツコ。
「ミサトの入れてくれたコーヒーをこんなに旨いと思ったのは初めてだわ」
 ミサトは苦笑いするしかない。
 MAGIを見るリツコ。
「死ぬ前の晩、母さんが行ってたわ。MAGIは三人の自分なんだって」
 黙って聞くミサト。
「科学者としての自分、母としての自分、女としての自分。その三人がせめぎあっているのがMAGIなのよ。
人の持つジレンマをわざと残したのね。実はプログラムを微妙に変えてあるのよ」
「…」
「私は母親にはなれそうもないから、母としての母さんはわからないわ。だけど科学者としてのあのひとは尊敬もしていた。
でもね、女としては憎んでさえいたのよ」
「今日はおしゃべりじゃない?」
 ミサトの声は友をいたわるように優しさに溢れている。
「たまにはね」
 カスパーが収納されていく。
 それを見つめるリツコとミサト。
「カスパーにはね、女としてのパターンがインプットされていたの。最後まで女でいることを守ったのね。
ほんと、母さんらしいわ」

***

 NERV本部。発令所、総司令席。
「首尾よくいったようだな?」
「大したことはしてないよ。リツコさんのプログラムにパッチを当てただけだもの」
「赤木博士に知れたら機嫌をそこねるかもな」
「バレるかな?」
「わからんはずがなかろう?」
「困ったな…」
「まあ、後で謝っておくんだな。それより、早く迎えに行ったほうがいいな。女性を待たすと後がこわいぞ」
「そうだった!じゃ、とうさん、また後で」
 あわてて駆け出していくシンジ。
「ふむ。しっかり敷かれおって」
 その後ろ姿を見つめるゲンドウの目元はどう見ても笑っているとしか見えなかった。
「碇。あまり感心せんぞ」
 入れ違いに現れた冬月が苦言を呈する。
「…」
「あまりシンジ君に依存するのはどうかと思うが?」
「問題ない」
 正面に向き直ったゲンドウは視線を大スクリーンに向けた。そこには回収中のプラグの様子が映っていた。



  …… to be continued

Copyright by ZUMI
Ver.1.0 1998/11/14

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  *感想をお願いします。zumi@ma.neweb.ne.jp

  さてさて。やっと後編ができました。なんだか変になっちゃったな。
  このシンジ君はいったい何者?どうやらプログラミングの素養もあるようですがどこで習ったのやら。
  どうもシンジ君の立場は本編とだいぶ違ってきそうな気がします。

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