Childrenに祝福を…
by ZUMI
NERV本部内、総司令執務室。
ゲンドウの前にシンジが座っている。
「ロンギヌスの槍を回収した。これで老人たちを牽制することができる」
ゲンドウの言葉に首をひねるシンジ。
「口実を与えることになりはしないかな?」
「物は全てこちらにある。いくら老人たちでもうかつに動けはしないさ」
「万一、それをなくした時が危険だね」
「考えたくもないがな」
テーブルの上のコーヒーに手を伸ばすゲンドウ。
「いい香りのコーヒーだね」
「赤木博士、特性のブレンドだからな」
「リツコさんの?……父さん、リツコさんと再婚しないの?」
「なに?」
「今更、リツコさんを母さんとは呼べないけど、反対はしないよ」
「だれも再婚するなんて言ってないぞ」
「でも、リツコさんは父さんのこと愛してるよ、たぶん」
「だとしても、私にそんな資格はない」
「どうして? 母さんのせい?」
「それもあるがな。赤木博士の母親のことを聞いたことがあるか?」
「話だけなら。ちょっとだけ」
「彼女は最高のパートナーだった。そして彼女の母親の死の責任は私にある」
「交通事故だったんじゃないの?」
「事故なものか。老人たちに仕業に決まっている」
眉をひそめるシンジ。
「本当に?」
「ああ。いずれその時の事情を話してやるよ」
「いずれ?」
「そうだな。ユイが目覚めたときにでも」
「母さんが?いつなの?それ」
喜色を浮かべるシンジ。
「近々のような気がする」
「そんないい加減な!」
「シンジのほうがわかるんじゃないのか?シンジには半分ユイの血が流れているんだからな」
「わからないよ」
「…そうか」
あからさまに落胆の色を見せるゲンドウ。
「そんなにがっかりしないでよ」
「ん?ああ」
「母さんを救い出せると思う?」
「ああ」
「本当に!?」
「そう思わなかったら、こんなことしとらんさ」
「そう。そうだよね」
「お前だって母さんに会いたいだろう?」
「そりゃ会いたいよ。もう何年たってると思うのさ」
「そうだな」
しばらく沈黙が立ちこめる。
「母さんが帰ってきたら、また三人で暮らせるかな」
「四人だ。いや、五人になるかな?」
珍しく、いたずらっぽい笑顔を浮かべるゲンドウ。
「な、なんのことさ!?」
赤面するシンジ。このへんはまだ中学生である。
「ふむ? 全てが終わったらアスカ君はドイツへ帰していいと?」
「な、なんでそこでアスカが出て来るんだよ!?」
「ん?ずっと同居を続けたいのではないのか?」
「そ、そんなことあるわけないだろう!」
「その言葉をアスカ君に伝えていいんだな?」
「う…!か、かまわないよ!」
「無理を言ってるな?」
「そ、それ以上言うと、帰るからね!」
「やれやれ。かまい甲斐のあるやつだな。まあいい」
表情を引き締めるゲンドウ。
「次の『使徒』についてどう思う?」
「前回がマクロだったから、次はミクロかなあ。なんだか常套的過ぎるような気もするけど」
「ふむ。そうだな」
苦笑いをするゲンドウである。
***
NERV本部内、発令所。MAGIの点検作業が進んでいる。
MAGIの点検後、エヴァの試験が行われるというアナウンスが流れている。
キーボード作業をするマヤ。クリップボード片手に見守るリツコ。
「さすがはマヤ。早いわね」
「それはもう。先輩の直伝ですから」
「あ、待ってそこ。A−8のほうが早いわ。ちょっと貸して」
リモート操作するリツコ。ディスプレイにコマンドが流れる。
「さすが先輩。」
リフトで現れるミサト。
「どーお?MAGIの診察は終わった?」
「だいたいね。約束通り今日のテストには間に合わせたわよ」
「さあーすがリツコ。同じものが三つもあって大変なのに」
リツコの飲みかけのコーヒーを飲むミサト。
「冷めてるわよ、それ」
「ぶっ!」
BALTHASARのモニターがグリーンになる。
<MAGIシステム。再起動の自己診断モードに入りました>
<第127次定期検診、異常なし>
<了解。お疲れさま。みんな、テスト開始まで休んでちょうだい>
発令所にリツコの声が響く。
***
NERV本部内、洗面所。
顔を拭くリツコ。鏡に映る自分の顔を見つめる。
『異常なしか。かあさんは今日も元気なのに、あたしはただ年を取るだけなのかしらね』
第十話
『ゆずれない思い』
前編
NERV本部内、テストルーム入り口シャワールーム。
「えーっ!?また脱ぐのお?」
アスカの抗議の声が響いている。
<ここから先は超クリーンルームですからね。シャワーを浴びて下着を換えるだけでは済まないのよ>
スピーカーからリツコの声が答える。
「なんでオートパイロットの実験でこんなことしなきゃいけないのよお!?」
<時間はただ流れているだけじゃないのよ。エヴァのテクノロジーも進歩しているの。新しいデータは常に必要なの>
「「えー!?」」
アスカとシンジの声がハモる。
まあそうだろうけど、と考えるシンジ。それにしてもシャワーの浴びすぎで身体がひりひりするよ。
洗浄作業が進む。
シャワールームのドアが開き、三人のチルドレンが現れる。
三人とも全裸である。憤然としているアスカ。レイは何も考えていないようである。
「ほら。お望みの姿になったわよ。十七回も垢を落とされてね」
すでにアスカは開き直りの状態である。
C−03のドア。CAUTIONの文字が見える。
<では三人ともこの部屋を抜けて、その姿のままエントリープラグに入って頂戴>
「えーっ!?」
アスカの悲鳴もむべなるかな、である。ほとんどさらし者じゃないか、と考えるシンジ。これはリツコさんに対する評価を変えなくちゃいけないかな。
<大丈夫。映像モニターは切ってあるわ。プライバシーは保護してあるから>
「そおいう問題じゃないでしょう!!?気持ちの問題よ!」
確かに天井からぶらさがるカメラの電源は切ってあるようである。
<このテストはプラグスーツの補助なしに直接肉体からハーモニクスを行うのが趣旨なのよ>
<アスカ。命令よ>
リツコの声にミサトの声もかぶさってくる。
「もおーう!ぜーったい見ないでよ!」
カメラのインジケーターランプが点灯する。どうやら映像を切っているというのは嘘のようだ。
「んもう!シンジ、先に行ってよね!」
「やれやれ」
アスカの声にブースを歩み出たシンジの隣にレイが並びかける。
「綾波?」
「行きましょう、碇君」
ちらとアスカに目をやるレイ。その目は明らかに挑戦の色を帯びている。
「むっ!」
とたんに不機嫌になるアスカ。
「ちょっと!ファースト。待ちなさいよ」
「あなたは碇君といっしょじゃいやなんでしょう?」
「あ、綾波」
「そんなこと言ってないわよ!行くわよ。行けばいいんでしょ!」
あわててシンジを追いかけるアスカ。
シンジは、ただ目のやり場に困っていた。下手なところを見れば、膨張するはめになるのはわかっていたから。
***
NERV本部内、シミュレーションプラグテストルーム。
モニターに三人のチルドレンが映っている。さすがにシルエットになってはいるが。
多少はNERVの大人たちにも良識があるのか?
<各パイロット、エントリー準備完了しました>
オペレーターの報告にリツコが答える。
「テスト、スタート」
測定室の外側。ガラス窓の外は水槽になっている。水槽の中に片手のみ付いた胴体だけの素体が並んでいる。
<テストスタートします。オートパイロット、記憶開始>
<シミュレーションプラグを挿入>
オペレーターの声に続いて素体にプラグが挿入されていく。
<システムを模擬体と接続します>
様子をガラス窓から見つめるリツコ。少し離れたところにミサトがいる。
「シミュレーションプラグ、MAGIの制御下に入りました」
「おー、早い早い。MAGIさまさまだわ。初実験の時一週間もかかったのが嘘のようね」
マヤの報告に、モニターを見ながらミサトが感心したような声を上げる。
<テストは約三時間で終わる予定です>
オペレーターが事務的に報告する。
***
シミュレーションプラグ内。
いつものように表情を消したレイ。
<気分はどう?>
「何か違うわ」
リツコの声に返事をする。どこかとまどったような声。
「うん。いつもと違う気がする」
「感覚がおかしいのよ。右腕だけはっきりして、あとはぼやけた感じ」
シンジもアスカも口々に違和感を表明する。
<レイ。右手を動かすイメージを描いてみて>
「はい」
レイがレバーを操作すると素体の右手が動いている。
<データ収集、順調です>
「問題はないわね。MAGIを通常にもどして」
オペレーターの報告にリツコが命じる。
MAGIのモニタ画面を見つめるミサト。
「ジレンマか」
「作った人間の性格がうかがえるわね」
「なあに言ってんの?作ったのはあんたでしょう?」
「あなた何も知らないのね」
あわれむようなリツコの声。
「リツコが私みたくべらべらと自分のことを話さないからでしょ?」
すねるミサト。リツコは顔をそむけている。
「そうね。わたしはシステムアップしただけ。基礎理論と本体を作ったのは母さんよ」
***
NERV本部。発令所。
第三新東京の地図の表示された大スクリーンを前に、冬月が青葉に確認を求めている。
「確認してるんだな?」
「ええ、一応。三日前に搬入されたパーツです」
画面にシグマユニットD−17第87タンパク壁の表示。
「ここですね。変質してるのは」
青葉が画面の一部を指し示す。
「第87タンパクルームか」
「拡大するとシミのようなものがあります。なんでしょうね?」
「浸食だろう?温度と伝導力が若干変化してます。無菌室の劣化はよくあるんです最近」
二人の会話に日向が口を挟み込む。
「工期が60日近く圧縮されてますから、また気泡がまざっていたんでしょう。杜撰ですよ、B棟の工事は」
「そこは使徒が現れてからの工事だからな」
「無理ないっすよ。みんな疲れてますからね」
「明日までに処理しておけ。碇がうるさいからな」
「了解」
***
第87タンパク壁にシミが広がっている。
オペレーターの報告に振り向くリツコ。
「また水漏れ?」
「いえ、浸食だそうです。この上のタンパク壁」
リツコの言葉にマヤが応える。
「まいったわね。テストに支障は?」
「今のところは何も」
「では続けて。このテストはおいそれと中断するわけにはいかないわ。碇司令もうるさいし」
「了解。シンクロ値、正常」
「シミュレーションプラグを模擬体経由でエヴァ本体と接続します」
「エヴァ零号機、コンタクト確認。」
「ATフィールド、出力16度で発生します」
オペレーターたちが作業を進めていく。
零号機に微弱なATフィールドが発生する。
***
シミがわずかに発光する。
計測室にアラームが鳴り響き、ALERTが表示される。
「どうしたの!?」
振り返るリツコ。
<シグマユニットAフロアに汚染警報発令>
「第87タンパク壁が劣化。発熱してます」
「第6パイプにも異常発生」
オペレーターたちが次々と異常を報告する。
「タンパク壁の浸食部が増殖しています」
マヤが悲鳴のような声を上げる。
モニタされたタンパク壁とパイプにシミが圧倒的な速さで広がっていく。
「爆発的スピードです!」
「実験中止!第六パイプを緊急閉鎖!」
マヤの声に、ついにリツコは決断を下す。
「はい!」
マヤが全閉鎖の緊急スイッチを入れる。緊急閉鎖の表示とともに各パイプが遮断されていく。
「60、38、39閉鎖されました」
「6−42に浸食発生」
「だめです。浸食は壁伝いに進行しています」
パイプは遮断されたが浸食が止まる気配はない。
「ポリスオフ用意」
リツコは補修メカの用意を命じる。
レーザー発生器を装備した自走ロボットが浸食部に向かう。
「レーザー、出力最大。侵入と同時にタッチアップ」
「浸食部、6−58に到達。きます!」
リツコが命じるのと間をおかず、マヤが叫ぶ。
緊迫した沈黙が漂う。
<きゃーっ>
その沈黙を破ったのはレイの悲鳴だった。
「レイ?」
リツコが水槽へ目を向ける。模擬体がぎくしゃくと動いている。
「レイの模擬体が動いています」
「まさか?」
マヤの報告に、駆け寄るリツコ。
模擬体が苦しそうにもがいている。
「浸食部、さらに拡大。模擬体の下垂システムをおかしています」
模擬体がのたうっている。それを見つめるミサトの目は狂気をはらんでいるように見える。
「綾波!?」
シンジもレイの悲鳴を聞いていた。
「な、なんだ?この悪寒は」
つぶやくシンジ。
「使徒か?」
アラームが鳴り響き、エマージャンシーの表示の表示が狂ったように点滅している。
窓に迫る模擬体の手。カバーをたたきこわし緊急レバーを引くリツコ。模擬体の手が切断される。
振り向くミサト。
「レイは!?」
「無事です」
***
模擬体内。
シンジはレイの乗る模擬体の腕が切断されるのを見ていた。
「綾波!?大丈夫か!?」
返事はない。
「なんなのよ!?いったい?」
アスカの声が割り込んでくる。
「使徒だと思う!」
「ええーっ!?だったら早くEVAに乗らなくちゃ」
「そうなんだけど…。リツコさん!聞こえますか!?」
<全プラグを緊急射出!レーザー急いで!>
「ちょっと待ってください!」
<シンジ君!?緊急です!直ちにプラグを射出します>
「いいですけど、上のフロアで止めてください!」
<どうして!?地上へ出たほうが安全なのよ!>
「いいから、お願いします!」
「ちょっとお!あたしたち裸なのよ!?」
「見られたくなかったらプラグから出なければいいから」
「もーう!」
プラグが射出される。
***
第87タンパク壁。
シミにレーザー光線が発射される。ATフィールドが発生し、レーザーをはじき返す。
「ATフィールド!」
「まさか!?」
ミサトの声にリツコも唖然とした声を上げる。
模擬体の腕が発光している。発光が胴体部に広がっていく。
「なに?これ」
「分析パターン、青。間違いなく使徒よ!」
ミサトの疑問にリツコが断定する。
***
NERV本部、発令所。
EMERGENCYのアラームが鳴り響く。
「使徒?使徒の侵入を許したのか!?」
<申し訳ありません>
「言い訳はいい。セントラルドグマを物理閉鎖。シグマユニットと隔離しろ」
ミサトの報告に冬月が指示を下す。
***
NERV本部。プリブノウボックス。
<セントラルドグマを物理閉鎖シグマユニットと隔離します>
「ボックスは破棄します。総員退避!」
緊急放送の流れる中、ミサトが命令する。さっきまでとは別人のようである。
凝然として立ちつくしているリツコ。スタッフはあわてて退避していく。
「なにしてるの!!?早く!」
リツコを引きずり出すミサト。
<シグマユニットをDフロアより隔離します>
ボックスが閉鎖される
<該当地区は総員退避>
***
NERV本部。発令所。
「わかっている。よろしく」
どこかへ電話をかけていたゲンドウが受話器を置く。
「警報を止めろ!」
「け、警報を停止します」
「誤報だ。探知機のミスだ。日本政府と委員会にはそう伝えろ」
「は、はい」
「汚染区域はさらに進行。プリブノウボックスからシグマユニット全域へと広がっています」
「場所がまずいぞ」
冬月がゲンドウの耳元でささやく。
「ああ。アダムに近すぎる」
ゲンドウが声を張り上げる。
「汚染はシグマユニットまでで抑えろ。ジオフロントは犠牲にしてもかまわん。EVAは?」
「第七ケージにて待機。パイロットを回収次第発進できます」
「パイロットを待つ必要はない。すぐ地上を射出しろ」
日向の返事に命令を下すゲンドウ。
「「え?」」
「初号機を最優先だ。そのために他の二機は破棄してもかまわん」
「初号機をですか?」
「しかし。、EVAなしでは使徒を物理的に殲滅できません」
「その前にEVAを汚染されたら全て終わりだ。急げ!」
「「はい」」
初号機が地上に射出される。
***
NERV本部。セントラルドグマ。
<シグマユニット以下のセントラルドグマは60秒後に完全閉鎖されます>
「あれが使徒か。仕事どころじゃなくなったな」
マンホールから顔を出した加持が姿を消す。
<セントラルドグマ完全閉鎖。大深度施設は侵入物に完全に占拠されました>
***
NERV本部。発令所。
「さて。EVAなしで使徒に対しどう攻める?」
この状態でも冬月は以外と冷静である。
…… to be continued
Copyright by ZUMI
Ver.1.0 1998/12/01
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*感想をお願いします。zumi@ma.neweb.ne.jp
困ったなあ。このお話はチルドレンの出番がほとんどないんですよね。
ということで、ちょっとひねってみました。
後半はリツコとマヤの戦いがメインですが、どうなるかな?
ところで、いつもゲンドウと会話していたのはシンジだったことが明らかになりました。
そろそろ本編とは変わっていくと思います。