Childrenに祝福を…

                   by ZUMI




    第九話
    『人はそれを奇跡と呼ぶ』
    後編


 ジオフロント。兵装ビルの最下階。足下にネルフ本部が見える。
 ミサトの前に立つアスカ、シンジ、レイの三人。
「えー!?手で受け止める?」
 アスカの素っ頓狂な声が響きわたる。
「そう。落下予想地点にエヴァを配置、ATフィールドを最大であなた達が直接使徒を受け止めるのよ」
 アスカの声に反して妙に冷静なミサトの言葉。
「使徒がコースを大きく外れたら?」
 シンジが問いかける。
「その時はアウト」
 しれっと言うミサト。
「機体が衝撃に耐えられなかったら?」
「その時もアウトね」
 アスカの問いにも同様に答えるミサト。
「勝算は?」
 期待はできないが、一応聞いてみるシンジ。
「神のみぞ知る、といったところかしら」
 ちょっと無責任じゃないかな、と思うシンジ。
「これでうまくいったらまさに奇跡ね」
 アスカが投げやりに言う。
「奇跡ってものは起こしてこそ初めて価値が出るのよ」
「つまりなんとかしてみせろってこと?」
 アスカの言葉を聞きながら、ミサトの言葉にそれは屁理屈だろうと感想を持つシンジ。
「すまないけど、ほかに方法がないの、この作戦は」
「作戦と言えるの!?これが」
 アスカの怒りももっともである。
「そ、言えないわね。だから嫌なら辞退できるわ」
「辞退して、どうなるんです?」
「第三新東京市がなくなるわね。それからサードインパクトが起きてすべてパア」
 シンジの言葉にあっさりと答えるミサト。
「それじゃ辞退なんかできないじゃないですか」
「ということなの。いいわね?一応規則だと遺書を書くことになってるけど、どうする?」
 シンジの言葉を無視して言葉を続けるミサト。
「別にいいわ。そんなつもりないもの」
「あたしもいい。必要ないもの」
 アスカとレイはあっさりと言い放つ。
「誰宛に?」
「それは、家族にでしょうね」
「とうさんに、ですか」
 げんなりした表情のシンジ。
「いやなの?」
「いえ。そうとなったら書きたい相手はいっぱいいるんですが」
「書いてちょうだい。時間はあるわ」
「わかりました」
「すまないわね。終わったらみんなにステーキおごるから」
「えーっ!?本当?」
 アスカが歓声を上げる。
「約束する」
「無理しなくていいですよ」
「よけいなこと言わないの!忘れないでよ、ミサト」
「期待してて」
 立ち去るミサト。どこか無理した笑顔のアスカ。シンジは天井を眺めている。
「ごちそうと言えばステーキで決まりか」
「今どきの子供がステーキで喜ぶと思ってんのかしら。これだからセカンドインパクト世代って貧乏くさいのよね」
 シンジの言葉にアスカが答える。
「まあ、しょうがないか」
「あんた、遺書なんか書くつもり?使徒に負けたら誰も生き残らないのに?」
 信じられないという表情のアスカ。
「いいじゃないか。お礼を言いたい人だっているし。ふだん言えなかったことだってあるし」
「あそう。律儀ねえ」
 東京グルメマップガイドブックを取り出すアスカ。
「さてと、せっかくごちそうしてくれるって言うんだもの、ど・こ・に・し・よ・う・か・なー、と。あんたもいっしょに来るのよ」
「わたし、行かない」
 アスカの言葉ににべもないレイ。
「どうして?」
「肉、嫌いだもん」

***

 NERV本部、発令所。
 大スクリーンにノイズが走り、LOSTの表示が出る。
「使徒による電波攪乱のため目標を喪失」
 マヤが報告する。
「正確な位置の測定ができないけど、ロスト直前までのデータからMAGIが予想した落下予想地点はこれよ」
 作戦室でミサトが第三新東京市の地図を見ながら説明している。落下予想は第三新東京市全域に及んでいる。
「こんなに範囲が広いの?」
 あきれ返ったようにアスカが言う。
「はしっこまでずいぶんありますよ」
 シンジは首を振っている。
「目標のATフィールドをもってすれば、そのどこに落ちても本部を根こそぎえぐることができるわ」
 リツコの冷静な指摘。
「ですからエヴァ前期をこれら三カ所に配置します」
 ミサトが地図上に配置位置を指し示す。
「この配置の根拠は?」
「カンよ」
 レイの問いにミサトはしれっと答える。
「「カン?」」
 シンジとアスカがユニゾンする。
「そ。女のカン」
 ミサトはそう言い張るばかりである。
「なんたるアバウト。ますます奇跡ってのが遠くなっていくイメージね」
 アスカが天をあおいで嘆息する。
「ミサトさんのくじって当たったことないんだ」
「げー」
 シンジの言葉にうんざりしきった表情のアスカである。

***

 ネルフ本部内。エヴァのケージへ向かうエレベーターの中。
「ねえ、アスカ」
 アスカに話しかけるシンジ。
「なによ?」
「こんな時だけどさ、アスカはなぜエヴァに乗っているの?」
「決まってるじゃない。自分の才能を世の中に示すためよ」
「自分の存在を?」
「まあ似たようなもんね。…あの子には聞かないの?」
 レイに向かってあごをしゃくるアスカ。
「綾波には前聞いたんだ」
「ふーん」
 ジト目でにらむアスカ。
「な、なんだよ」
「いやらしい」
「な、なんなんだよ?それ」
「ふん!」
 そっぽを向くアスカ。
「アスカ?」
「…」
「アスカってば」
 くるりと振り向くアスカ。
「シンジはどうなのよ?」
「僕?」
「そ」
「よくわからない」
「わからないって。あんたバカぁ!?」
「そうかもしれないね」
 どこか沈んだ風に答えるシンジ。
 そんなシンジを不安そうに見つめるアスカ。
 そんな二人を黙って見つめるレイ。
「あのさ、シンジ」
「なに?」
「遺書、誰宛に書いたの?」
「おばあさん」
「おばあさんなんていたの?」
「そりゃいるよ。母さんにだって親はいるんだし」
「おばあさんって、お母さん方の?」
「うん。ずっと面倒見てもらってたから」
「ふーん」
「こっちへ来てから一度も会ってないし、せめてそのくらいしないと」
「いいわね、そういう人がいて」
「? アスカ?」
 アスカは返事しない。
 黙ったままの三人をのせてエヴァのケージへエレベーターが着く。
<落下予測時間まであと120分です。>
 マヤの声が響いてくる。

***

 ネルフ本部内。発令所。
 ミサトがオペレーター二人に話しかけている。
「みんなも退避して。ここは私一人でいいから」
「いえ。これも仕事ですから」
「子供たちだけ危ない目には会わせられないっすよ」
 ミサトの言葉を拒絶する青葉と日向。
「あの子たちは大丈夫。もしエヴァが大破してもATフィールドがあの子たちを守ってくれるわ。
エヴァの中が一番安全なのよ」

***

 第三新東京市、郊外。
 待機する三機のエヴァ
 初号機の中で待機するシンジ。先日のミサトとの会話を思い出している。

 夕陽を浴びて赤く染め上がった第三新東京市が眼前に広がる。最初にミサトに連れられて来た展望台である。
「シンジ君。昨日聞いてたわね。私がどうしてNERVに入ったのか」
 市街に目をやりながらミサトが口を開いた。
「私の父はね、自分の研究、夢の中に生きる人だったわ。そんな父を許せなかった。
憎んでさえいたわ。」
「ミサトさん」
「母や私、家族のことなどかまってくれなかった。周りの人たちは繊細な人だと言ったわ。
でも本当は心の弱い、現実から、あたしたち家族という現実から逃げてばかりいた人だったのよ。子供みたいな人だったわ。
母が父と別れたときもすぐに賛成した。母はいつも泣いてばかりいたもの。
父はショックだったみたいだけど、その時は自業自得だと笑ったわ。
けど、最後は私の身代わりになって、死んだわ。セカンドインパクトの時にね。
私にはわからなくなったわ。父を憎んでいたのか、好きだったのか。
ただ一つはっきりとしているのは、セカンドインパクトを起こした使徒を倒す。そのためにNERVへ入ったわ。
結局、私はただ父への復讐を果たしたいだけなのかもしれない」
 黙ってミサトを見つめるシンジ。その顔はどこか苦しそうだ。
「父の呪縛から逃れるために」
 ミサトの言葉がシンジの耳朶を打つ。

「負けられないんだ、ミサトさんのためにも」
 回想から抜け出すシンジ。

***

 NERV本部、発令所。画面に大気摩擦で真っ赤に焼けた使徒が映っている。
 それを見つめる。ミサト、青葉、日向、リツコ。
「目標、最大望遠で確認!」
「距離、およそ二万五千!」
 青葉と日向が報告する。
「おいでなすったわね。エヴァ全機、スタート位置」
 ミサトが作戦準備を命ずる。
 準備する零号機、弐号機。スタート姿勢を取る初号機。
 淡々とした顔のシンジ。緊張した顔のレイ。
<目標は光学観測による弾道計算しかできないわ。よって、MAGIが距離一万までは誘導します。その後は各自の判断で行動して…>
 ミサトの声が響く。
<あなたたちに全て任せるわ>
 決意に満ちた顔のアスカ。
「使徒接近!距離およそ二万」
「では、作戦開始」
 青葉の報告に、抑えた声で命令を下すミサト。

***

 第三新東京市市街地。待機するエヴァの中。
「行くよ」
 静かに声をかけるシンジ。
 頷くレイ。目を閉じるアスカ。
 アンビリカルケーブルが切断される。残り時間五分。カウントダウンが始まる。
「スタート!」
 ダッシュする初号機、零号機、弐号機。
 市街を走る初号機。ジャンプして送電線を飛び越える初号機と弐号機。着地の衝撃で送電線が揺れる。
 落下を続ける使徒。大気との摩擦熱で発光している。
「距離、一万二千!」
 青葉の報告が入る。
 加速する初号機。走った後に衝撃波ができている。
 使徒が迫る。すさまじい大きさである。
 急ブレーキをかける初号機。
「フィールド全開!」
 シンジの言葉に灼熱光を発する初号機。周辺の建物を吹き飛ばしてしまう。
 『使徒』が直前に迫る。
 『使徒』を両手で受け止める初号機。衝撃波が発生する。
 丘の頂上にATフィールドの巨大な八角形が生じている。『使徒』を支えようとする初号機。しかし『使徒』は巨大である。
「く、ああっ!」
 地面にのめり込む初号機。
 ガキン!
 初号機のどこかが破損した音がする。
 急迫する零号機。
「弐号機!フィールド全開!」
「やってるわよ!」
 レイの言葉に怒鳴り返すアスカ。
 こちらも迫る弐号機。
 初号機に駆け寄り、エヴァ三機で使徒を支える。
「今だ!」
 シンジの言葉にプログナイフでATフィールドを切り裂く零号機。
「このーお!」
 『使徒』のコアにプログナイフを突き立てる弐号機。
 巨大な絨毯がつぶれるように落下する『使徒』。
 『使徒』が爆発する。
 爆炎が丘全体をつつむ。
 『使徒』の爆発跡に巨大なクレーターができている。

***

 NERV本部、発令所。
 ミサトの前に並ぶシンジ、アスカ、レイ。すでに制服姿にもどっている。
「ふふん」
 楽しそうなアスカ。
 三人を見つめるミサト。その顔はけして楽しそうではない。むしろ苦さを感じさせる。
「電波システム、回復。南極の碇司令から通信が入ってます」
「お繋ぎして」
 青葉の言葉にミサトが答える。
 サウンドオンリーの表示。
「申し訳ありません。私の勝手な判断で初号機を破損してしまいました。責任は全て私にあります」
<かまわん。使徒殲滅がエヴァの使命だ。その程度の被害はむしろ幸運と言える>
 ミサトの言葉に冬月が答える。
<ああ、よくやってくれた、葛城三佐>
「ありがとうございます!」
 ゲンドウの言葉に喜びを露わにするミサト。
<ところで初号機のパイロットはいるか?>
「はい」
<良くやってくれた、シンジ>
「はい」
<では葛城三佐、後の処理は任せる>
「はい」
 全線上りの表示の出た高速道路が、戻る車で再び埋め尽くされている。

***

 夕焼けの中の第三新東京市。
 第三新東京環状線7号。
 電車の中には戻ってきた人々でにぎわっている。子供や若者の姿も見える。
 シンジはそんな電車の中の風景をながめている。
<次は新宮ノ下、新宮ノ下。お出口左側に変わります>
「さあ、約束は守ってもらうわよ」
 アスカがミサトに約束の履行をせまっている。
「はいはい。大枚降ろしてきたから、フルコースだって耐えられるわよ」
『給料前だけどね』
 言った言葉とは裏腹に青ざめるミサトである。
 アスカが案内したのはただのラーメン屋の屋台である。ラーメンと書かれた提灯が吊されている。
「ミサトの財布の中身くらいわかってるわ」
 屋台の前でふんぞり返るアスカ。
「無理しなくていいわよ。優等生もつきあうっていうしさ」
 あっけに取られるミサト。
「私、ニンニクラーメンチャーシュー抜き」
 レイはさっさと注文を出している。
「私はフカヒレチャーシュー、大盛りね」
 そんなものあるのかな?と思うシンジ。
「あ、僕は味噌バターを大盛りで」
 わりとつつましいシンジである。
「へい!フカヒレチャーシューお待ち!」
 本当に出てきたのでびっくりするシンジ。ひょっとしてこの屋台は、とんでもない穴場なのでは?
「ミサトさん、こんなこと言うと失礼かもしれないですけど」
「ん?なあに?」
 ラーメンをくわえたままのミサト。
「さっきの父さんの言葉を聞いていたミサトさん、嬉しそうでしたね」
「えー?そうだったあ?」
「ええ」
 割り箸を割るシンジ。
「そうかしら」
「ミサトさん、父さんに認められているからNERVにいるんじゃないですか」
「え?」
 意表を突かれた表情のミサト。
 シンジはすでにラーメンをすすっている。
「なになに?なに二人で話してんのよ?」
「ん、ミサトさんがね…」
「シンちゃん!」
 ちらとミサトを見るシンジ。
「ミサトさんがネルフにいる理由さ」
「はあ?」
 シンジとミサトを交互に見るアスカ。
「ミサトが?」
「そう」
 それ以上しゃべらずにラーメンを食べるシンジ。
 釈然としない表情のアスカ。
 麺を食べるのに夢中のレイ。
「ちょっとお。どういうことよ?」
 アスカは納得しないようである。
「ん。この前聞いたんだよ。どうしてミサトさんはNERVにいるのかって」
「あきれた。あんたみんなにそんなこと聞いて回ってるんじゃないでしょうね?」
「そうだけど」
「バカ」
「ちょっとお、二人で何話してんのよ?」
 割り込むミサト。
「だって、気になるじゃないか」
「なにが?」
「『使徒』を倒し終わったらどうするか」
「「え?」」
 意表を突かれた表情のアスカとミサトである。
 箸を止めるレイ。
 屋台にしばらく沈黙が漂う。
「ど、どうするって」
「あんたバカぁ!?今からそんな心配してどうすんのよ!?」
「そ、そうだよね。変なこと言ってごめん」
「ったくもう」
 ぶつぶつ言いながらスープをすするアスカ。
「…」
 黙ってシンジを見つめるレイ。
「?」
 ふと顔を向けたシンジに、赤面するレイ。あわててラーメンに向き直る。
「まあったくもう、シンちゃんたら心配性なんだからあ」
「そ、そうですね」
 ミサトがシンジをからかうが、二人ともややぎこちない。
 そんな二人をアスカはやや不安そうな目で見つめている。
 第三新東京市の夜は更けていく。



  …… to be continued

Copyright by ZUMI
Ver.1.0 1998/11/14

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  *感想をお願いします。zumi@ma.neweb.ne.jp

  今回はシンジ君の過去が少し明らかになりました。
  少しずつ設定が本編と変わっているということですね。
  さてさて、次回は使徒侵入編ですが、どうなるのかな。

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