第一話
「天使襲来」
<ただいま東海地方全域に非常事態が発令されています…>
受話器から流れ出る録音の音声を聞いて碇シンジはため息をついた。
「だめか。やっぱり来るんじゃなかったかなあ」
そう言いながら片手に持った写真を見る。
そこにはキスマークがつけられ、胸の谷間に「ココに注目」と落書きされた若い女性が写っている。
かわりに迎えに来るって言ったって、どこにもいないじゃないか。変な写真を送ってくるくらいだから、きっといい加減な人なんだ。
けれど、そんな思いとは裏腹に、シンジは丁寧に写真をしまっている。
「しょうがない。シェルターに行こう」
ふと目を上げると、交通の途絶えた道路の真ん中に少女が立っているのが見えた。
中学生らしい制服を着た少女。水色の髪の毛。
蜃気楼のように、そこにいるのかどうか定かではない姿。
何かの物音に気を取られ、目を離した隙に少女の姿は消えていた。
あわててあたりを見回すシンジ。それらしい姿はどこにもない。
まずいなあ。たまってるのかなあ。
シンジが首を振っていると、轟音が響いた。目を上げると山の向こうから巨大なモノが現れるところだった。
まわりにまとわりついているVTOL機がオモチャみたいに見える。
二本の腕と足を持ち、見ようによっては人型にも見える。
どう見ても子供の落書きみたいな姿だ。
それがのしのしと歩いてるのは、悪い冗談としか思えない。
「なんだよ?あれ」
いきなり目の前をミサイルが飛んでいく。
見ていると、ミサイルはその怪物に命中してるのだが、まるでこたえた様子がない。
まるで昔の怪獣映画みたいに。
「あぶないなあ。こんなとこでミサイルなんか撃って」
国連軍のVTOL機と怪物との戦いが目の前で展開されている。
のんびり見物を決め込んでいたシンジだったが、怪物に撃ち落とされたVTOL機が目の前に落ちてきては、そうもいってられなくなった。
「うわわ」
気がつくと目の前に車が止まっている。
「ごめーん。お待たせぇ」
この場の状況にそぐわない軽い言葉に、思わずシンジも返事を返す。
「お待ちしてました。でも、あれ見てましたから」
車の中の女性はしばし絶句したが、目の前に怪物が飛び降りてきたので叫んだ。
「とにかく乗って。逃げるわよ!」
「はい。失礼します」
のんびり乗り込もうとしていたシンジは、車の中に引きずり込まれた。
「いたた」
「んもう。なにもたもたしてるのよ!」
何か言い返そうとしたシンジだったが、車が猛烈な勢いで発進したので、その機会を失った。
破片が落下したのか、車のルーフがぼこぼこへこむのを不安そうに見ながらシンジが言う。
「あのー。屋根に穴あきませんか?」
「だいじょぶよ!この車は頑丈だから」
そうかなあ、とぺこぺこ動くルーフを触りながら思うシンジだった。
「ちょっとお、N2地雷を使うわけえ!? 伏せて!」
シンジは頭を押さえられて頭をコンソールにいやというほどぶつけた。
「いたたた!」
おでこをさすっていたシンジの頭上を閃光と衝撃波が通り過ぎた。
車がぐるりとひっくり返る。
「うわー!」
「きゃー!」
爆風が通り過ぎていく。
「あのー」
シンジは遠慮がちに声を出した。
「どいてもらえません?」
シンジの目の前には写真にあったバストの実物があった。
「あ、ごめーん」
なぜか一回ぐりぐりとバストを押しつけてから、女性はシンジから離れた。
車をはい出たシンジは顔を上に向けて鼻を押さえ、首の後ろをトントンとたたいていた。
「あら、どしたの?」
「いえ。べつに」
まいったな、これは。そう思ったものの、ちょっと嬉しかったシンジであった。
「碇シンジ君ね。あたしは葛城ミサト。よろしくね」
「あ、はい。よろしくお願いします」
「ミサト、って呼んでね」
サングラスを取りながらにっこり笑うミサトの笑顔に邪気はないようだったが、なぜか悪寒を感じるシンジだった。
「車、はでにこわれちゃいましたね」
「言わないで。ローンがまだ残ってるんだからぁ」
「泣かないでください」
「シンジ君てやさしいのね」
色っぽい流し目に思わず身を引くシンジ。
「あの、僕、十歳以上年上の女性は守備範囲外ですから」
一瞬、ミサトの顔が夜叉に見えたのはシンジの気のせいではないだろう。
地下に向かうコンベア上である。
「そ。国連直属の非公開組織」
「これも父の仕事なんですか?」
「そうよ。おとうさんの仕事について何か聞いてる?」
「いえ。地球を守る仕事だってことだけ」
「そう。おとうさんのこと苦手なんだ」
「別にそういうわけじゃ。ただ、会ってもしょうがないですから」
「そう。あたしは父親は苦手だったわ」
「そうですか?でも、娘を嫌う父親なんていませんよ。屈折はしてても」
ミサトはしばらくシンジを見つめる。
「ねえ、おとうさんからIDもらってない?」
「え?ええ」
がさごそとリュックの中をかきまわすシンジ。
「あれ?おかしいなあ」
探すのに時間のかかるシンジに、だんだんミサトの顔がけわしくなる。
「あ、ありました」
リュックの底からくしゃくしゃになった手紙とカードが出てきた。
それを受け取ったミサトはファイルを手渡す。
「これ、読んどいてね」
「なんですか?これ」
「紹介のパンフみたいなものよ」
表紙に書かれた『ようこそNERV江』という文字が何かふざけた印象を与える。
「なんかリクルート活動してるみたいですね。まだ僕、中学生なのに」
「そうねえ」
コンベアは地中の広い空間に出る。
「ここは?ジオフロント?」
「そうよ」
「驚いたな。本当にあったんだ」
「あのー。施設の見学は後でいいと思いますけど」
「そ、そう?」
「ひょっとして、迷いました?さっきもここ通りましたけど」
ミサトの後頭部に大きな汗が現れた。
やっぱり。
急に不安が増大するシンジ。
「も、もうすぐ着くわよ」
気休めとしか思えない。
エレベータの前に立ったとたん、ドアが開いて中から髪を金髪に染めた女性が出てきた。
水着の上に白衣を羽織った姿はちょっと異様に感じる。
「どこに行っていたの?葛城一尉。今は時間も人手も足りないのよ」
「ごみん」
ごみん、って。中学生じゃあるまいし。
「で?この子がそう?」
「そ。マルドゥック機関による三人目。サードチルドレン」
「あたしは赤木リツコ。ここの技術部の責任者をしているわ。よろしくね」
「はい。初めまして」
「じゃ、こっちへ来て」
シンジは地下の巨大な水槽に浮かべられたゴムボートへ案内された。
「あ、真っ暗ですよ」
こんなところで仕事ができるのだろうか。
あかりがつくと、目の前に巨大なお面があった。いやそれは巨大なロボットの頭部らしい。
肩から下は水中に隠れて見えないが、人型だったらとんでもない大きさだろう。
「これは?ロボット」
「人間が作り出した究極の汎用人型決戦兵器、人造人間エヴァンゲリオン。
その初号機。我々人類、最後の切り札よ」
どこか誇らしげなリツコの声にシンジはため息をついた。
こんなものを作って喜んでいるなんて、どうしようもない大人たちとしか言いようがない。
「なんか、あまりかっこよくありませんね」
シンジの言葉にその場にいた全員が凍り付く。
リツコやミサトの額にむかつきマークが浮かんでいたのは当然として、
エヴァの額にまでそれが浮かんでいたのは気のせいだろう。
「その通り!」
見上げるとバルコニーに人影が見える。
「とうさん?」
「久しぶりだなあ、シンジ」
「そうだね。三年ぶりかな。元気だった?」
「おまえも元気そうでなによりだよ」
「で?何か僕に用なんだろう?」
「ああ」
いきなり施設全体が振動し、地響きが聞こえてきた。
「やつめ、ここに気づいたか」
ゲンドウは天井を見上げてつぶやく。
「シンジ、時間がない。エヴァに乗るんだ」
「エヴァ、って?これ?」
「そうだ」
「動かし方、知らないんだけど」
「赤木博士に聞けばいい」
「乗って、どうするのさ?」
「使徒と戦うんだ」
「使徒?」
「さっき見た怪物よ」
ミサトの説明に首を傾げるシンジ。
「まさか、こんなものを作っておきながら操縦者を決めておかなかったってわけ?それってずいぶんマヌケじゃない?」
「だからおまえを呼んだんだが」
「自分で作ったロボットに自分の子供を乗せる。なんか公私混同してない?」
「そういうわけではない」
「そうかなあ」
「乗りたくないのか?」
「気は進まないな」
「そうか。それなら仕方がない」
ゲンドウは傍らのインターコムに何か言う。
「じゃ、僕は帰るから」
「ちょ、ちょっと、シンジ君」
ミサトがなぜかうろたえている。
「あわてなくていい。どうせ今はこの施設は閉鎖中だ。そのへんで見学でもするといい」
「ふーん」
「初号機のデータを綾波レイに書き換えて。起動準備」
リツコの言葉にエヴァを起動するための作業が始まる。
シンジは眉をひそめてその姿を見る。
建物が振動し、天井から照明機材が落ちてくる。反射的に手を上げてかばおうとするシンジ。
その瞬間、エヴァの手が水中から持ち上がり、シンジを守ろうとする。
ほとんどの落下物はエヴァの手がはじいたが、はじききれなかった小さなかけらがシンジに当たる。
「いたっ!」
どうやらさっきの一言を根に持っていたらしい。
ベッドから少女がずり落ちそうになっていたので、駆け寄るシンジ。
見ると先ほど駅前で見た少女だ。
水色の髪の毛の子なんてそうはいない。紅い瞳が印象的だ。
苦しそうな少女を抱き上げると、手に赤い染みがつく。
「あーあ」
手を寄せてにおいをかぐ。ため息を一つ。振り仰いで叫ぶ。
「とうさん!僕が乗るよ!」
ゲンドウの顔がにやりとゆがんだような気がしたが、気にしないことにした。
少女をベッドの上に乗せ直す。
少女は無表情のまま、紅い瞳をシンジに向けている。
シンジはベッドから離れ際に耳に口を寄せてささやく。
「血のりにはケチャップは使わないほうがいいよ。臭くなるから」
少女の瞳に変化なかったが、頬がほんのり赤く染まった。
シートに座ると下からオレンジ色の液体が満たされてくる。
「なんなんですか、これ?おぼれちゃいますよ」
「だいじょうぶよ。肺がLCLで満たされれば直接酸素を取り込んでくれます」
「なんか、安易じゃありません?」
返事はなく、そのままLCLで満たされてしまう。
しばらく我慢したが、あきらめてごぼりと息を吐いて吸い込んでしまった。
「うえ。気持ち悪い」
「がまんなさい!男の子でしょ!」
ミサトの怒声。
この際、男の子かどうかは関係ないと思う。
「なんかへ理屈の多い子ねえ」
「しっ。聞こえてるわよ」
よけいなお世話だ。
エヴァの起動プロセスが開始される。
「シンクロ、スタートします」
オペレータの声。あとで伊吹マヤという名だとわかった。
プロセスが進み、シンクロ値があっさりと起動限界を越える。どよめきに包まれる管制室。
「いけるわね」
「ええ」
シンクロ率は更に上昇し、90%で安定する。
「信じられないわ」
「理論値の限界を超えてますね」
リツコとマヤが会話を交わしている。むろん、なんのことだかわからない。
「いいですね?」
ミサトが壇上に構えるゲンドウにお伺いを立てる。
「無論だ。使徒を倒さない限り、我々人類に未来はない」
「エヴァンゲリオン、リフトオフ!」
ミサトの命令一下、エヴァが打ち出される。
「どうすればいいんです?」
「とりあえず歩くことだけに集中して」
「だからどうやって?」
「歩くことをイメージすればいいの。それだけでエヴァは言うことを聞きます」
「なんか、究極のご都合主義ですね」
「さっさと歩きなさい!」
あまり逆らうのもなんだし、言う通りにする。
ここは戦場なのだ。
エヴァは片足を上げ、踏みしめるように歩き出す。
モニターから管制室の歓声が流れ出る。
目を上げると角を曲がり、異形の者が姿を現すところだった。
「どうすればいいんです?何か武器はあるんですか?」
「ないわ」
ないわ、って。あんなのと素手でやりあえってのかい?頭痛がしそうになってきた。
とはいえ、今更逃げるわけにはいかない。
意を決して使徒と向き合う。
使徒も歩みを止め、こちらをうかがうようだ。
お互いに相手の出方を見極めようと、身動きのないままじりじりとした時間が過ぎる。
使徒が腕を上げ、こちらへ差し出す。
あれは!?
国連軍のVTOL機をたたき落とした様を一瞬で思い出す。
両腕でガードをしたとたんに、使徒から光の槍が伸びる。
衝撃。
腕がちょっと痺れる。大丈夫だ。
使徒が続けざまに槍を突き出す。腕に立て続けに衝撃が走り、はじかれてしまう。
一撃を顔面に食らった。
くらくらしていると、使徒が飛びかかってきた。両腕をつかんで押さえつけられてしまう。
「こらっ!何するんだ!」
ぎりぎりと腕を締め上げられる。
「いたた」
足を振り上げ、蹴り飛ばす。使徒は百メートル以上ふっとんでいく。
使徒がビルにぶつかって動きを止める。あああ、ビルを壊しちゃったよ。
別に怒られもしなかったので、ちょっとほっとする。
使徒はビルの残骸の中から身を起こす。シンジはエヴァを油断なく構えさせる。
使徒はそのまま動かない。何かを考えているようにも見える。
シンジはエヴァの腕を振り上げさせた。芦ノ湖の向こう、南の方角を指さす。
使徒の顔と思える部分の目とも見える穴があいたり閉じたりしている。
まるで人間がまばたきしてるみたいだ。
「シンジ君!なにしてるの!?攻撃して!」
モニターが騒ぐがシンジはそのまま動かない。
使徒はしばらく動かなかったが、いきなり飛びかかってきた。
不意を突かれて吹き飛ばされるエヴァ。道路の上に尻餅をつく。
「このぉ!わからずや!」
シンジはエヴァを立ち上がらせる。そこへ使徒が突っ込んでくる。
あわててATフィールドを展開させる。
使徒のATフィールドとぶつかって、八角形の光の模様が浮かび上がる。
「いい加減にしないか、こらぁ!」
シンジが叫ぶとエヴァはATフィールドをあっさり引き裂く。
使徒が熱線を放つが、エヴァは歯牙にもかけない。
そのまま接近してなぐりつける。
一発、二発。
たまらず倒れる使徒。エヴァはかまわず馬乗りになってなぐり続ける。
ぼろぼろになった使徒はエヴァに丸まりながらまとわりつこうとする。
エヴァはそうさせず、使徒を空中高く放り上げた。
空中で爆発する使徒。十字形の閃光が浮かび上がる。
モニターから聞こえる歓声を聞きながら、シンジは深いため息をついた。
もっともそれはLCLの中で泡となって浮かんでいっただけだったが。
気がつくと病室らしいベッドに寝かされている。
「知らない天井だな」
いったん起きあがったが、そのまままたベッドに倒れ込む。
周囲にだれもいない。
しばらくそうしていたが、腹の虫が鳴ったので空腹なのに気づいた。
「おなかすいたな」
誰かいないかと思って廊下に出る。やはり人の気配はない。
窓の外を眺める。緑に覆われた山並みと市街地が見える。
廊下を移動ベッドが押されてくる。
乗せられているのは綾波レイと呼ばれていたあの少女だ。
シンジとレイは黙って見つめあう。
「ほんとにケガしてたんだ」
レイの目が険しくなる。
「おだいじに」
レイは何も言わずに行き過ぎる。
そう言われても、どうしたものかなあ。ぼんやりと考える。
とうさんのところには行かないほうがいいだろうし、ホテルにでもとりあえず泊まるか。
それからアパートでも探してもらって。食事はどうしよう。
当座の生活について考えをめぐらすシンジ。
ミサトと男がシンジを呼びにくる。
「君の住居はこの先のB18ブロックになる。いいね」
「はい」
「ちょっと。一人で住むわけぇ!?」
「大丈夫ですよ、家事ならできます」
「そういう問題じゃなくて」
「では、そういうことで」
男が歩き去る。
「それじゃ、行きましょうか?あ、ちょっと電話してきていい?」
「どうぞ」
何カ所かに電話しているミサト。シンジはぼーっとしている。
おなかすいたなあ。
「…だから、上の方の許可も取ったし、あたしが引き取るって言ってんの」
誰と話してるんだろ。ずいぶん気安そうだけど。
「心配しなくても、あんな子供に手を出したりしないわよぉ」
それを聞いたとたん、急に寒気がしてくる。まさかね。
電話の相手が何か怒鳴っている。それを受話器を耳から話してしのぐミサト。
「ジョークの通じないやつ」
ホントにジョークなのか。思わずつっこみをいれたくなった。
ぼろぼろの車は、ガムテープをそこらじゅう張り付けられて補修され、さらに悲惨な状態になっている。
「ぱーっと、ですか?」
「そうよ。シンジ君のひっこし祝い」
「どうせなら祝賀会のほうがいいんじゃないですか?使徒をやっつけたんだから」
ミサトはちょっといやな顔をする。
「そっちはNERVのみんながしてくれるわよ」
どこかいやそうな響き。シンジはしゅんとなる。
「すみません。よけいなこと言って」
ちらとシンジを見るミサト。
「いいのよお。それより、食べ物買って帰りましょ?」
車が留まったのは変哲のないコンビニの前だった。
「ん?なに?」
「もしかして、これが夕食ですか?」
シンジはかごの中に山と入れられたインスタント食品とレトルト食品を見る。
「そうよお」
にっこり笑うミサト。
「ジャンクフード」
笑顔に汗が浮かぶ。
「栄養価、ゼロ」
さらに青ざめる。
冷たい視線をミサトに投げつけると、シンジは車に戻ってしまった。
後には引きつった笑顔のまま泣いているミサトが残された。
「ひーん。シンちゃんのイジワルー」
シンジとミサトは市街を見下ろす高台に来ていた。
夕日の中に平板な印象の町が広がっている。
「時間だわ」
サイレンが鳴り響くと、地下から次々と高層ビルが上昇してくる。
「へえ!」
「驚いた。これが第三新東京市。あなたが守った町なのよ」
「すごい!」
「着いたわ。ここよ。悪いけど荷物持ってね」
「はい」
見上げると十階建てほどの鉄筋コンクリート造りの建物である。
「こっちよ」
「あ、はい」
エレベータを降り、廊下を突き当たったところでミサトは足を止めた。
表札にM.KATSURAGIとある。
「はいってー」
先にドアをくぐったミサトが言う。
「あ、じゃ。おじゃまします」
「ちがうでしょー!」
「は?」
「ここは、あ・な・たの家なのよ」
「いつ僕はミサトさんの家族になったんです?」
ちょっとむっとするミサト。
「今日からよ」
「僕の承諾も得ずに?」
「もういいわよ!」
ミサトの声はちょっと泣き声に聞こえた。
「あ、ごめんなさい。僕、こういうの初めてなんで。人に自分の家だって言われたことなかったから。ごめんなさい」
「ただいま、は?」
「た、ただいま」
シンジは少しためらってからドアをくぐる。
「おかえりなさい」
これが、ちょっち、だってぇ!?
周りを見回して呆然とするシンジ。
部屋中缶ビールの空き缶とウイスキーの空き瓶、レトルト食品のゴミであふれている。
台所の流しは洗い物が山になってるし。
「悪いけど、荷物、冷蔵庫に入れといてくれるー?」
着替えに自室に戻ったミサトが言う。冷蔵庫を開けてみると。
「ビールがいっぱい」
ガラッ。
「氷だな」
ガラッ。
「おつまみ!」
どんな生活してるんだ?このひとは!よく生きてられるよなあ。
とりあえず明日は大掃除だな、と考えるシンジ。
「い、いただきます」
いきなりビールをあけるミサト。
「ウグ、ウグ、ぷはあーっ!どうしたの?食べないの?けっこういけるわよ、レトルトだけど」
ため息をつくシンジ。
「ミサトさん」
「ん?なに?だめよお、好き嫌いしちゃ」
「そういう問題じゃないと思いますけど」
頭の上に?マークを浮かべたまま、笑顔でビールのをあおるミサト。
「こんなものばかり食べてると、早死にしますよ」
飲みかけのビールを吹き出すミサト。
「まーた、またあ。シンちゃんてば冗談きついんだからぁ」
「三十歳台になったとたんぽっくりと」
笑顔でビール缶を持ったまま凍り付くミサト。
「シンちゃーん。そおいう話はやめてぇ」
「僕はミサトさんのためを思って言ってるんです」
「だからってそんなにいじめなくったってぇ」
「家族なんでしょ?だからですよ」
「うえーん。シンちゃんがいじめるーぅ」
本気かどうかわからないが、泣き出すミサト。
「だいじょうぶです。明日から僕がちゃんとしたもの作ってあげますから」
「シンちゃーん」
両手を合わせて目をうるうるさせるミサト。
「でも、おさんどんはいやだからミサトさんも作るんですよ」
「えー。あたし料理なんてできないもーん」
「みーっちり仕込んであげます。ミサトさんがお嫁に行っても困らないように」
「ひえーん」
それからしばらくミサトは泣きながらビールを飲み続けたという。
シンジは風呂で湯船に浸かっている。
「風呂は命の洗濯か。悪い人じゃないんだ、ミサトさん」
目の回りそうな展開で、なんだかここへ来てからのことが信じられない。
「くわ?」
なぜかシンジはペンギンといっしょに湯船に浸かっている。
すでに意気投合したらしい。
「エヴァに、使徒、か。とんでもない名前をつけるもんだな」
部屋の中にはシンジのバッグが一つ置かれたまま。
風呂上がりらしいミサトの気配がふすまのむこうにする。
「シンジ君、起きてる?」
「はい」
「言い忘れたけど、あなたは人に褒められる立派なことをしたのよ。誇りにしていいわ」
「ありがとうございます」
「おやすみ」
…… to be continued
ほかの人たちは大体同じです。ただ、チルドレンたちの性格は少しずつ違うかもしれません。
どう違うかは今後のお楽しみということで。